好き。
それは簡単なようで、凄く難しい感情。
初めての感覚にどうしたらいいのかわからない。
フェイト・T・ハラオウン、自覚?
たつのが大好きです。
余生におけるある世界との付き合い方 第二十三話
ぽーっとする。
フェイトは未だに感触の残る唇に触れた。
すっとなぞり、あの時のことを思い出す。
―たつの。
呟く。それだけで胸が温かくなった。
それは彼女と絆が出来てから度々あったこと。
だが今回は少し違っていて、温かいどころか熱いくらいだった。
「たつの」
たつの、たつの、たつの。と呟いているといつの間にか声に出ていた。
それに彼女は気付いていない。
今部屋に居るのはフェイトただ一人であった。
客間でぼんやりとしているせいで同室であるなのははお風呂に入っていていないのだ。
あの後、場は何とか収まった。
なのはは拗ねるし、フェイトは落ち着かないしで大変だったのだ。
龍野は酷く疲れた顔をしていたがフェイトにそれを気にする思考は残っていない。
起きた事態に対応するだけで精一杯だったのだ。
それでも一応大丈夫か確認した辺り彼女の心配性な所が出ているだろう。
―なんで?
フェイトには分からない。
なんで、こんなにも自分は嬉しいのか。
なんで、なのはは泣きそうな顔をしていたのか。
全ては暗闇の中で答を探しているような気分だった。
一つだけ分かっているのは自分が原因でなのはが泣きそうな顔をしたということである。
龍野にキス-偶々とはいえ立派な一回だ-をしてしまったからだというのも分かる。
ただその間を繋ぐ感情がフェイトには分からない。
客間は二人で使う分には少し広い。
龍野の部屋はこれより手狭であるが二人で居るにはあれくらいが丁度良いとフェイトは思った。
色々自分の物もなのはの物も増えた部屋である。
それらの一つ一つに仲良くなった経過が詰まっているようで頬が緩む。
「キスが、嬉しいのは」
―好きってこと、だよね?
いかにそういう事情に疎いといえど知っている。
学校の同級生はそういう話題が好きなようだし、世の中周りを見回せばよく転がっている。
身近な人で考えれば義兄であるクロノとエイミィが当てはまる。
あの二人もとても幸せそうで、フェイトも気を利かせて家を空けるときもある。
“好き”
それはフェイトにはぴんと来ない感情だ。
もちろん、なのはは好きだし、アルフも好きだ。
その他にも好きな人を挙げればきりはない。
それでも恋愛の好きをフェイトは今まで経験した事が無かった。
「でも」
龍野は女性で、フェイトも女性だ。
一般の恋愛は男女間で行われるものだ。
ユーノがなのはを好きなのは目に見えて分かるし、微笑ましい。
しかしフェイトの直感が当たっていれば彼の恋は成就しないだろう。
少し可哀想だとは思うがなのはの感情を最優先させる親友には仕方ない事だった。
――なのはのことは何があっても応援する。
それはあの日から決めていた事だ。
白の少女が今のフェイトにとっては始まりで、掛け替えの無い人物なのだ。
何があってもフェイトはなのはの味方なのだ。
そう心に決めて生きてきたはずなのに芽生えた感情はそれに反対するものの予感がした。
「フェイトちゃん」
「……なのは」
考え込んでいた背中に声が掛けられる。
いつもは結んでいる髪の毛を下ろしたなのはだった。
長く綺麗な髪の毛が微かに濡れていていつもより大人っぽく感じる。
気づかなかった事にフェイトは苦笑する。
いくら考え事をしていたとしても、しかもそれがなのはだとしても、全く気付かないのは問題と言えるだろう。
フェイトが考え込んでいた隣になのはは座った。
それから親友の方は見ずにただ真っ直ぐ前を見る。
その姿は好きなだけ考えていいよと言っているようにも見えた。
静かにその横顔を垣間見る。なのはの心中を推し量りたかったからだ。
それでもその横顔から読み取れる事はとても少なくて、ちょっとだけ悲しくなった。
「龍野ちゃんはね」
なのはが言葉を区切る。
それは自分の中の気持ちを整理しているかのようだった。
感情を確認するように言葉にする。
フェイトにもなのはにも今一番大切なことである。
「うん」
「すごく、素敵な人でしょ?」
「そうだね」
鮮やかな笑顔だった。
余り見たことのない種類の笑みだった。
充実感と、誇らしさと、フェイトが理解してくれた事と。
色々なものが混ざってとても綺麗な表情として現界していた。
長年一緒に過ごしてきたがこういうのは見た事が無いかもしれないとフェイトは思う。
そして同時に昔から龍野に対する態度だけは違っていたなのはだから、これはそういうものなのかもしれないとも思う。
フェイトやはやてに向ける親愛の笑顔でもない。家族に向けるのともまた違う。
それはきっと“特別”な笑顔なのだ。
「なのはの言うとおりだった」
小さく頷き返しながら答える。
龍野は優しくて、静かで、一緒に居てとても心地よい人だった。
事故の前は何故なのはが時々彼女と一緒にいるか分からなかった。
むしろフェイトにとって彼女は親友を連れて行く人物という認識で。
彼女の良い所を親友がよく口にしていたのを覚えている。
それでも結局龍野からフェイトたちの方へ来ることは無く、真偽も分からなかった。
だが側にいれば分かってしまう。親友の事は大体理解しているつもりだ。
なのはが惹かれる理由はフェイトが惹かれる理由にもなる。
根本で似たような性質を持っている二人なのだ。
沈黙が二人を覆った。
息苦しくなるようなものではなく、眠りに付く前のような穏やかなものだ。
この部屋に居る二人ともが同じ人物について想いを馳せているからかもしれない。
すぅとなのはが小さく息を吸って話し始める。
それは確認の言葉だった。
「フェイトちゃんも、龍野ちゃんが好きだよね?」
直球過ぎる言葉に息が詰まる。
知らずフェイトは少し顔を俯けていた。
親友と同じ人を好きになる事に引け目のようなものを感じる。
何よりなのはの邪魔をすることがフェイトは嫌だった。
―なのは……。
形の良い眉目が乱される。
何とも言えない気持ちだった。フェイト“も”となのはは言った。
その言葉はなのはが龍野を間違う事無く好きであることを表している。
それはとても不味い事のような気がした。
好きと口に出す事は簡単だ。
だがそれによって派生する出来事をフェイトは処理できない。
親友と同じ人を好きになる――良くない事だ。
人造魔導師である自分が人を好きになる――良くない事だ。
なのはやはやては自分を普通の人を同じく扱ってくれる。
家族もそれは変わらない。それでも自分が人とは違うことは否めない。
幾ら周りが否定してもフェイト自身が否定できないのだ。
ましてや龍野は魔法の存在を知らない。
――そういった未知の技術で自分が作られたと知ったら……。
フェイトは黙り込んだまま青くなった。
「フェイトちゃん?」
何も言わない親友になのはは声を掛けた。
覗き込むようにして顔色を見れば、良くない。
心配に表情が曇る。
そんな相手の表情に気付かずに、フェイトはただ俯いていた。
膝の上にある手はぎゅっと握りこまれていて痛そうだった。
血の気が引く位込められた力で何を抑え込んでいるのか、なのはには分からない。
――なのはは逆に少しも気にしていなかった。
龍野が魔法の事を聞いたところで態度を翻すとは思えない。
フェイトの事情が少々特殊だったとして変化はないだろう。
あの冷めているとさえ言える彼女は想像よりずっと冷静に受け止めてくれると思う。
「あ、そう」くらいで済まされてもなのはは不思議に思わない。
それが龍野という人物なのだ。
「事故の事、気にしてるの?」
だからなのはの思考は自然とそちらに向いた。
魔法の事を龍野が気にすることはないと自信を持って言える。
そんな彼女はフェイトが自分の出自を気にしているなんて思いもしなかった。
何故ならなのはにとってフェイトは親友なのだ。
クローンだとか、人造魔導師だとかは関係ない。
ただ親友なのだ。
なのはの言葉にフェイトは反射的に首を横に振りそうになる。
事故の事は気にしていない。
龍野の性格上、気にした態度で接すると逆に苛立たせる。
フェイトはそれを知ってから、あくまで自分がしたいという気持ちで関係を築いてきた。
事実として最初事故の償いで行っていた事は段々と龍野の側にいたいからする事になっていたのだから。
「分からないけど……たつののことは好き、かもしれない」
ぽつんと呟いた声は思ったより響いた。
断定できる自信がフェイトにはない。
しかし好意を否定する気は微塵も起きなくて、言葉を濁すしか出来なかった。
なのははその言葉を受けて微笑む。そうじゃないかと思っていた。
内向的な親友は、特に自分のことに自信が持てないようだった。
そんな様子がなのはは少し不思議に思えた。
―そんなことないのに。
フェイトは綺麗だ。
空を飛んでいるとき舞う金糸も。戦闘の時の凛々しい姿も。
日常で見る笑顔も全て綺麗だとなのはは思っていた。
「同じだね?」
「……そうだね」
ふわっとした笑顔のなのはと割り切れないフェイト。
二人に共通するのは一人の人を好きという事だ。
しかしなのはと自分は決定的に違うとフェイトは考えていた。
最初に龍野と仲良くなったのはなのはだ。
どうして事故というマイナスから近づいた自分が気持ちを素直に認める事が出来るだろう。
龍野が好きだ。恋かどうかは別としてそれは間違いない。
ただ同じくらいなのははフェイトにとって大事な人で。
背反する二つの感情が現実だった。
****
「――タツノさんは大事な人いるの?」
ティアナがそんな話を振ってきたのは、いつものように彼女に付き合っているときだった。
最初の頃はとりあえず街に出てぶらぶらしていた。
だが回数を重ねてくると段々お互いの好きなものも分かる様になり。
ティアナの訓練―もどき、ではある―に付き合うことも増えてきた。
その度に思う事は彼女の向上心の強さであり、その後ろに見える兄の姿だ。
余程尊敬していたのだろう。
両親のいない状態で家族を養うというのは重責である。
ミッドで働く事に年齢が関係しないとしても、育てると言う責任は必ず伴うのだ。
「どうして?」
龍野はジュースを啜りながら首を傾げた。
彼女の記憶では話の流れは学校での生活だったはずだ。
どこから自分の話題に逸れたのか、さっぱりだった。
「だって、時々遠くのほう見てるし」
静かにジュースをテーブルに置く。
思うにそろそろ街のみに会うところを限定するのも難しいだろう。
いい加減、回れるところも無くなって来た。
家とまではいかないが人の目を気にせず話せる拠点くらいは欲しい。
何より龍野の内気功はベッドは設備として欲しい。
手っ取り早くはホテルだが、何となく気が引ける。
何しろ龍野はミッドチルダの紙幣を持っていない。
全てティアナに会いに行く前にはやてに替えてもらっているのだ。
ミッドのホテルの相場がどのくらいかは知らないが記憶にある“ホテル・アグスタ”などはとても高そうだ。
それならば安いところを探せばいいのだが龍野にはその知識も無い。
はやてに「安いホテル知らない?」なんて聞いた日には台風が起こるだろう。
主に金の雷と桜色の雨を伴うものである。
「……流石。執務官には観察眼も大切」
「あ、ありがとう――ってそういうことじゃなくて」
言葉少なに頷いて褒めればティアナは嬉しそうに笑って、直ぐに顔を険しくした。
流されない所にも頭の回転が速い事が現れている。
本当に指揮官向きだ。
なのはが指揮官として彼女を育てようとしていた事はとても良い判断だろう。
龍野は少しだけ頬を緩めた。
なのはやフェイトは確かに強い。
だがあれは個人としての戦闘力だ。個を集団にして扱う強さではない。
その点ティアナはそういうものを扱うことにこそ適正がある気がする。
頭の中で推論を重ねた所で、実際の戦闘を見た事が無い龍野には判断が出来ないのだ。
ただ記憶の中-未来の六課だ-では上手く回せていたと思う。
なのはは一度危険行為としてティアナの指揮を叱っていたが、あれは強者の弁だ。
どうしても倒さなければならない絶対的な強者が居れば危険は避けられない。
悪い手ではない、同時に訓練でする手でもない。
「大事な人、ね」
「そう。大事な人!」
いるか?と頭を捻る。
幸せになって欲しい人ならいる。なのはやフェイトたちだ。
どうにも前世の記憶が影響して彼女達には明るい未来を歩いて欲しい。
龍野自身にできることが極小だったとしても、何かをしてあげたい。
その中にはティアナも入っている。むしろかなり上位だ。
「うん、いるかな」
頭の中に浮んでくる顔を見つめながら答える。
この世界に生まれたから仲良くなった人たちだ。
最初は死にたくなくて避けていたけれど、結局繋がってしまった。
それをお約束という一言で片付けるのは簡単だがそれを成就させたのはなのはの努力があったからなのだ。
「ティア?」
「あっ、ごめん……そっか、やっぱいるんだ」
ぼうっとしているティアナに龍野は声を掛ける。
この時ティアナは龍野の雰囲気に呑まれていた。
いつもは無に近い彼女の顔が優しげに微笑んでいたのだ。
今までも笑顔や怒ったような顔は見た事があった。
だがそれらとは違う何かがあって、ティアナは少し羨ましくなった。
きっとあんな表情で見つめられる人は幸せなのだろう。
「何も、してあげられないけど」
自嘲的にそう呟いてしまったのは、やはり役に立たない事が僅かなりとも堪えていたのだろうか。
龍野自身にもそれは分からない。魔法が使えるとは思っていなかった。
この世界に生まれる前、それを望まなかったのは自分自身なのだから。
世界を変える力ではなくて生き残る力だけが欲しかった。
だから雪の少女から貰った能力に少しも後悔はない。
「それは違うんじゃない?」
「ん?」
「タツノさんが大事にしている人ならきっと何かして貰ってると思う」
段々と言葉が尻すぼみになっていく。
同時に居心地悪そうに身じろぎをした。
それでも龍野を見る目は真っ直ぐであった。
意見を撤回させる事など微塵も感じさせない瞳だ。
―断言するのか。
苦笑が漏れる。
ティアナはこういった事を口にするのを苦手としている。
それでも言ったのは買いかぶられているからだろうかと龍野は思った。
事実、ティアナには何もできてないのだがそれを言ったら更に否定されるだろう。
こういう所に意志の強さが垣間見える。
「そう?」
それでも何かしているというティアナの提案を龍野は受け入れられなかった。
言葉を濁すように尋ね返す。
するとティアナははっきりと一度頷いてみせた。
「龍野さん、一回会っただけの私との約束守るくらいだし」
それは、と龍野は顔を顰める。
ティアナは知らないが事情があったのだ。
龍野はティアナを知っていた。
だから一回会ったというのは正確ではない。
むしろティアナの方が凄いと龍野は思う。
彼女は本当に一回会っただけの龍野との約束を守ったのだから。
「それはお互い様」
「確かに、そうかもね」
ふふっと顔を見合わせて笑う。
穏やかな時間だった。
ティアナにしてみれば、兄が居なくなっても笑える自分が信じられない。
それでも実際今自分は笑っているわけで、これは龍野がいたからに違いない。
だから何もしていないという言葉に自信を持って否定できたのだった。
―して貰ってますよ?
ティアナは心の中で告げる。
口に出すにはまだ少し恥ずかしかった。
第二十三話 終
フェイトが遠い……なのはとティアナは勝手に寄ってくるのに。
やっとラブラブできるかもしれないという淡い願望は打ち砕かれました。
狙ってるキャラに限って攻略が遠回りだったりするのはお約束なんだろうか?
感想・指摘・誤字報告、ありがとうございます。
事件のまま進めてみた話です。
そしてティアナもいるのは龍野のほうも少し進めたかったからだったり。
あと少ししたら話を展開させるつもりです。
では。