今回は完全なる番外編。
本編とは全く関係ない。
百合分が補給したい人は頭を軽くして読んでくれ。
「龍野ちゃん!」
「たつのぉ」
「どうしたの?」
後藤 龍野、夢の中。
未来は無限に広がっていると思います。
……むしろお願いだから広がっていてください。
余生におけるある世界との付き合い方 番外編 ~ある一つの未来~
「あーもー、泣かないのフェイト」
「だって」
部屋に飛び込んできたフェイトの背中を擦る。
その瞳には薄ら膜が張ってあり何かあったことを伺わせる。
とりあえず龍野はハンカチを手渡した。
彼女に泣かれることは相変わらず、最もおろおろしてしまう瞬間である。
仕事はどうしたという言葉は飲み込みながら、もう一人の人物に目をやる。
もう一人――なのははフェイトとは対照的に憮然とした表情だ。
今までだって唐突な訪問がなかったわけではない。
しかし二人一緒に、しかもこのような様子だと話を読む事はとても難しい。
「何があったの、なのは」
龍野は甘えるように身体を擦り付けてくるフェイトを宥めつつ尋ねる。
抱きついて肩に顔を埋めている人物から話を聞き出せるとは思っていない。
何よりこうなった状態のフェイトは暫く口を利かないのである。
―甘やかしすぎた。
そう思うも後の祭りであろう。
だが甘え下手な性格も知っているため止めろとも言えない。
何より彼女がこういう状況になったら受け止めるしか龍野に手段はないのだ。
「話がまとまらなくて」
数秒待つとなのはは重い口を開けた。
言葉を選んで、その上どう伝えればよいのか分からなかったなのはは端的に言葉を告げる。
話がまとまらない――その言葉から導き出されるのは口論である。
しかしなのはとフェイトが口論になる事などないに等しい。
お互いのすることを応援する事さえあれ、反対する事は危険でもない限りないからだ。
「なのはが怒って、フェイトが泣くような?」
龍野は首を傾げる。
この二人が目下の状況になるような懸案は記憶にない。
ましてや、龍野自身に関わる事などなかったように思える。
魔法の力を欠片も持たない龍野は仕事関係には手を出さない。
少し口を添えたのはティアナのことだけであるし、それにしたって相談に乗ったようなものである。
泣き止みはしたもののまだ鼻を愚図らせるフェイトをソファに座らせる。
どうにもこの二人は感情の起伏が激しい。
―もう、仕方ないなぁ。
龍野の側にいるときそれは特に顕著になる。
というより自分のことになると妙に敏感になると龍野は思っていた。
フェイトが服を離さなかったため、龍野も隣に座る。
まるで幼子のような状態にはぁと心の中で溜息を吐いた。
「怒ってはない、よ?」
幼馴染から齎された言葉をなのはは否定する。
しかしその顔は明らかに拗ねていて、龍野は苦笑する。
時々ではあるがなのはは言葉と表情が反対になる。
人によっては子供っぽいという姿かもしれないが、龍野にしてみれば微笑ましい。
大人に揉まれて来た彼女に未だに残るこういう部分は可愛らしいのだ。
「怒ってる顔してる」
「むー」
それを指摘して、つんとなのはの頬を突く。
呻りながらも龍野に構ってもらえる事が嬉しいのだろう。
少し表情が緩んで中々に面白かった。
「それで、内容は?」
袖を引っ張られた感覚に下を向くとフェイトが何とも言えぬ瞳で見上げていた。
はいはいとなのはの頬を突いた手を戻し、抱きついたままのフェイトの頭を撫でる。
気分的には子守であるが同い年に向かってそんな事は言えない。
また彼女達の大人すぎる部分-大半が意志の強さに起因する-も充分に知っている。
何より龍野に幼馴染達を子ども扱いできる器量はなかった。
「誰が龍野ちゃんのお嫁さんか」
頭を撫でて貰っているフェイトを鋭い視線で見つめながらなのはは龍野の問いに答えた。
聞こえた言葉に龍野は動きを止める。
音は確かに耳に入ったのだが意味を理解するまで数秒掛かった。
「はぁ?」
耳に音が入り、脳がそれを処理する。
途中エラーが出てもう一度意味を考え直すもその言葉の意味は一つしかない。
――誰が龍野の嫁になるか。
もちろん、話がまとまらなかったのは“誰が”の部分であろう。
「今日なぁ、あるランキングが発表されたんよ」
「……はやて、ノックくらいして」
呆けていた龍野の背後から唐突に声が掛けられる。
二人と同じくらい長い付き合いになってしまった人物である。
その上、この世界では色々お世話になった-協力したともいう-人物でもある。
いつ入ってきたのかさっぱり分からなかった。
なのはとフェイトが入室した際にいなかったことも確かである。
二人を宥めるのに一生懸命だったため龍野ははやてに気付かなかったのだ。
だがはやてが気付かせようとしなかったのも事実であり、龍野は痛い頭に手を当てる。
「ええやんなー。どうせこの二人もしてへんし」
「プライバシー」
「この世界じゃ、あんま聞かん言葉やなぁ」
―いや、聞くから。
そんな突っ込みは置いておく。今大事なのははやてではない。
悲しい事に親しい友人はノックをせずに入ってくる事も度々だ。
慣れの恐ろしさを実感するも、取りあえず話を進めた。
「どんなランキング?」
「管理局で嫁に貰いたい人ランキング、や」
龍野ははぁと溜息を吐き尋ねる。
はやてが来たことによりなのははだんまりを決め込んだし、フェイトはさっきから口を開く気配も無い。
説明というものは口達者な友人に任せる事がこの二人は多いのだ。
ましてなのはにしてみれば、不快な気分を思い出させる話題である。
フェイトは龍野に甘えられる時間を減らす事はしない。
「管理局勤めの人らで集計してな。まぁ広報の一つやね」
「こんなに可愛い人が働いてますよーってな」とはやてが笑う。
人手不足で悩む管理局である。
人員を募集するために甘い餌を垂らすのは、基本的な広報活動と言えよう。
だからそれについては何も言わない。自分が巻き込まれなければ。
「私は管理局勤めじゃない」
眉間に皺を寄せる。
管理局に龍野は所属していない。
従って自分がそのランキングに載るはずが無いのだ。
しかし、この二人の様子がそのランキングに関係するのは間違いない。
龍野の言葉にはやては頷き、なのはとフェイトに視線を動かした。
「ランキングに乗ったのは龍野ちゃんやなくて、その二人や」
「まぁ、納得できる」
僅かに肩を竦めて、はやてが薄く笑う。
先ほどとは逆に今度は龍野が小さく頷き相槌を放つ。
「やろ?だけど、そこで泣いてるお嬢さんがいつもの調子でぽろっとなぁ」
「なんて……?」
何となく予想は付く。
フェイトの性格は任務以外では出会った頃と大差ない。
むしろ、全てを龍野が知ったため甘えが強くなった気がする。
龍野としても嫌な気分ではないため、何も言わない。
これもなのはとの喧嘩-はやてに言わせれば痴話喧嘩だ-の火種の一つであるが今は関係ない。
「“わたしはたつののお嫁さんだよ?”なの」
はやての言葉を継ぐように、沈黙を貫いていたなのはが口を開く。
少し-いや、もしかしたら結構-力が入っている声だった。
龍野は苦笑する。予想通りに近い答だった。
なんと言って良いか分からず天井を仰ぐ。
「あー」
「なのはちゃんも、対抗してしまってなぁ」
恐らくその場にははやても居たのだろう。
手を頬に当て思い出したように「困ったわぁ」と首を傾げさせる。
確かになのはが居て、フェイトがそれを言った現場に居たら龍野自身も困るに違いない。
もっともその場合は二人で話をする前に龍野に話が回ってくるに違いない。
その為この喧嘩は元からなかっただろう。
「私だけじゃないもん」
はやての言葉になのはが抗議をする。
それは龍野に駄々っ子だと思われたくないからかもしれなかった。
私だけじゃない――その言葉は嫌な予感しか龍野には抱かせない。
なのはとフェイト、はやてがいるのだ。
事態をややこしくさせるもう一人が居ても可笑しくはない。
「そーそー、ティアナもな“タツノさんは私の家族です!”って」
「間違ってはいない」
予想通りの名前が出てきて、龍野は頷いた。
あれ以来色々あって龍野はティアナの家族みたいなものになっている。
言葉としてはなんともあやふやだがそれが一番近い状態である。
フェイトのように保護者ではないし、書類上繋がりはない。
ただ心の繋がりで言ったら父親よりは濃い気が龍野にはした。
「確かにそやけど……相変わらず甘いなぁ。龍野ちゃんは」
はやては苦笑する。
ティアナと仲良くなる切欠は婉曲的には自分である。
その後色々協力しているのも確かな事だ。
だがここまで仲良くなるとは思わなかったのも事実であった。
龍野は本当に予想外の事ばかりをしてくれる。
「それでフェイトちゃんだけなら未だしもティアナまで加わるとなのはちゃんも我慢できへんくて」
「この状態?」
「そや」
十全とはいかないが理解はできた。
フェイトと話が纏まらないだけでこんな状況になるとは思えなかったのだ。
二人の間に何があったのかは知らない。
何か龍野に関する取り決めがあったのは違いないようではある。
一時期張り合ってばかりいた二人は、ある時を境にぴたりと張り合うのを止めた。
それから小さないざこざはあったものの泣き出すようなものは無くなったのだ。
「なのは、フェイト」
龍野はソファに座っているフェイトと少し離れた場所に立ちんぼしているなのはに声を掛ける。
視線が合ってなのはの位置が近づく。
この二人が、こういう話で揉めるのは一体何度目だろう。
そして自分がそれを収めるのは何度繰り返された事なのだろう。
龍野は知らない。途中で数える事を止めてしまった。
「だって、指輪もらってくれた」
「それは一般に旦那さんがやること」
お嫁さんには少しも関係ないと龍野が言うと、なのはは今にもぶーと言いそうなほど頬を膨らます。
指輪とはなのはとフェイトが龍野に対しての取り決めをした際、二人から貰ったものである。
一つずつ、計二つの指輪を手渡された。
当然二人とのペアリングであり、1個を単独で着ける事は許されず。
まるで二連環のようにして着けることになる。
何も言わずに手渡されそんなことを知らなかった龍野はこれで失敗している。
一度、なのはの方だけをしていたらフェイトに散々泣かれた方が良い目にあった。
―本当に偶々だったんだけど。
なのはの方を選んだとかそういう事は少しも無い。
寝ぼけてフェイトの方を忘れたというだけだ。
それからは外すのが怖くなり、滅多な事では外さなくなった。
「たつのはわたしを貰ってくれないの?」
「そういうことじゃない」
なのはをかわしたと思えば、次はフェイトだった。
こちらはこちらで無理なことをサラリと言ってくれる。
この傾向は昔からである。
龍野は気にしない事にした。
「フェイトちゃん、龍野ちゃんは私のだよ?」
「なのは、それはたつのが決めること」
ばちっと二人の間に火花が散る。
一人はソファで龍野に抱きついたままであるため、格好はつかない。
だが挟まれた方としては中々に空気が刺さるようで痛かった。
「まーまー、ここはずばっと答えたほうが早いで。龍野ちゃん」
「何を答える?」
「だから、二人のどっちをお嫁さんと思えるかや」
「嫁、ね」
大体にしてここにいる全員は女な訳で。
誰が嫁だという問題で揉めるのは間違っている。
しかし、龍野の周りの大いに変な環境-いつこうなったかは分からない、気付いたらこうなっていた-でその常識は通用しない。
些細な事と笑ってはいけない。
この対応一つで、嫁候補の二人は本気で喧嘩をするのだ。
口喧嘩などという生ぬるいものではない。魔法込みの真剣な戦闘である。
原因や理由の分かる傍からすると馬鹿馬鹿しくなるようだが真面目な話なのだ。
「考えた事ないわけないよな」
言葉に詰まった龍野に、はやてが追い討ちを掛ける。
にっこり笑顔はこの状況を楽しんでいるに違いない。
フェイトが顔を上げ涙に濡れた表情で見上げる。
なのはは更に龍野との距離を詰めた。
「たつの」
「龍野ちゃん」
二人の迫力に、乾いた笑みを返す。
本当にいつこんな風になったのだろう。
その分岐点があるならば、タイムマシンにでも乗って書き換えてしまいたい。
「勿論、二人ともなんて答えはなしやで」
―はやて、少し黙って。お願いだから。
考える。考える。
二人に角が立たない方法を只管に考える。
なのはを嫁と言った場合とフェイトを嫁と言った場合、更にティアナと答えた場合を仮定する。
どれもこれも上手くはいかない。
この場でティアナなんて答えたら結果は火を見るより明らかだ。
いや、実際火を見る結果になる。
「私の中の答えは決まってる」
「ほう、是非聞かせてもらいたいもんや」
滲む汗を感づかせないように、平坦な声で告げる。
はったりも良い所だがある程度きっぱりと言い切ったほうが良い。
その演技もはやてには無意味のようだが気にしない。
なのはとフェイトにさえ通じれば良いのである。
「私の旦那はなのは、嫁はフェイト、娘というか妹はティアナ」
ごほんと一つ咳払いをする。
逃げたと言われたら仕方ない。
だが龍野の中の感想として、甲斐甲斐しく世話をしてくれるフェイトが一番嫁に近かった。
それに比べなのはは指輪をくれたときの印象が強く旦那になった。
あれは男だった達信でも惚れてしまうくらい清々しいプロポーズだったのだ。
ティアナは彼女も言っていた通り家族、妹に近い。
嫁は一人に絞ったし、なのはも対極だが同じくらいの地位だし、文句無いだろうと龍野は意味も無く胸を張る。
「みんな、大事」
結局はそうなのだ。
分類がどれほどの意味を持つと言うのだろうか。
龍野にとってなのはもフェイトもティアナも、何だかんだではやても大事な存在なのだ。
もちろん、アリサやすずかのような友人たちも。
彼女たちが作る日常に幸せを感じているのだから。
「だからこんな事で揉めない」
「相変わらずやね。龍野ちゃん」
ある意味漢らしいわぁとはやてがからかい半分に笑う。
ほっといてと龍野は髪の毛を掻いた。
大体にして、この質問をしたのははやてである。
そして火を消さずにここまでもって来てくれたのも彼女だ。
はやてが本気になればこんな言い争いその場で鎮められたに違いない。
「一番揉めない方法。はやても止めれるんだから止めて」
「やってこっちの方が楽しそうやったし」
軽く言う。
龍野は反省も何もないその姿に溜息を吐いた。
そして反応を返さない二人に視線を向ける。
見えたのは「龍野ちゃんの旦那さん」と呟くなのはに「わたしがたつののお嫁さん」とうっとりするフェイトだった。
細かい呟きが更に前後についているがそれは聞かなかったことにする。
そうした方が龍野の精神に優しかった。
新婚シミュレートは昔から見られる二人の悪癖である。
誰に迷惑をかけるわけでもないが、主に龍野の精神力が目減りする。
「まぁ、幸せそうだからいい」
「本当やなぁ」
親友二人の姿にはやてがくすくすと小さな笑いを漏らす。
龍野は何とも言えない表情で肩を竦めた。
番外編 ~ある一つの未来~ end
百合分が足りない。
暴走した。
結果これが出来た。
最初に書いたとおり、軽いノリで読んでください。
本編とは全く関係ない話っす。
感想・誤字報告・指摘、ありがとうございます。
本編はまだ考え中な箇所が幾つかあるので少しお待ちを。
そろそろ日常の百合に戻りたくてしょうがない。
たぶんそんな話になる予定です。
では、完全なる番外編でした。