「フェイト、それはプロポーズって言うのよ」
アリサが呆れたような口調で言った。
腰に手を当てはぁと小さく息を吐く様子は正しくお嬢様だった。
「ふぇっ?!」
その言葉にフェイトは顔を紅くする。
フェイトが龍野に所謂プロポーズ紛いのことをしたのはこれが初めてではない。
なんと言っても左手薬指に指輪を送った人物である。
「無意識、だったんだね……」
「なのはちゃんがいないのが救いっちゃ、救いやな」
すずかが今までも何度か見た顔で困ったように笑う。
なのはやフェイトが龍野と仲良くなってから良く見る表情だった。
はやてが我関せずと青空を見上げる。
冬に近くなった空が綺麗に透き通っていた。
後藤 龍野、お見合いは無事終了。
よく分からない展開に頭を悩ませるばかりです。
余生におけるある世界との付き合い方 第十六話
サンドイッチを口に運ぶ。
片手が動かなくなってから、こういったものを昼食に選ぶ事が増えた。
箸さえ持てれば食事に不自由はしない、なんてことはない。
食器を押さえると言う行為は非常に大切である。
特にこういった人目に着く場所では、物理的倫理的に食べ辛かった。
「父さんと話したんだ?」
「……うん」
一口食べ咀嚼し飲み込む。
左隣にいるフェイトは龍野の言葉に少し顎を引いた。
視線が机より下を向く。いつも眩しいくらい真っ直ぐに自分を見る彼女にしては珍しい。
余り見ることのない横顔は何処か新鮮で、微かな時間ではあるが見とれてしまった。
気まずいのだろうと龍野は思う。
勝手にお見合いについてきて、勝手に父親と話したことがフェイトの中で申し訳なさに変わるのだ。
龍野が余り話していないのに自分だけという思いもあるのかもしれない。
フェイトは-これはなのはにも言える-龍野の親子関係が改善される事を望んでいた。
会話をして欲しかったに違いない。
「何々、とうとう親に挨拶?」
「でも龍野ちゃんお見合いに行ったんだよね?」
そういう経緯を知らないアリサとすずかが首を傾げる。
アリサは好奇心旺盛に突っ込んで、すずかはただ事前に聞いていた予定を思い返す。
どちらも性格が出ていて龍野は知らず苦笑した。
―親に挨拶って。
その言い方だとフェイトが龍野とお見合いをしたようである。
しかし後にフェイトから聞いた内容だと挨拶に近いものだったようで龍野は何ともいえない気持ちになる。
天然で、純粋な少し世間知らずの執務官はそれでも龍野のことをとても考えてくれているのだ。
「気になったから着いてったんよ、フェイトちゃんとなのはちゃん」
事情を知らない二人にはやてが答える。
はやてはお見合いの後フェイトともなのはとも会っていた。
だから事情は大体知っている。というか、お見合いに行くというのも知っていた。
はやてはなのは達と別々に会ったが様子はそれぞれでかなり違った。
フェイトは明らかに怒っていたし、なのははぼうっとした様子で話ができる状態ではなかった。
「あー……予想しなかったわけじゃないけど」
「二人とも龍野ちゃんのこと大好きだもんね」
アリサとすずかの言葉は全くもってその通りで、龍野は対面にいるのに頷きたくなった。
以前からなのはは妙に懐いているなとは思っていたのだ。
しかし、事故があってからはフェイトまでも同じ状況になってしまい戸惑いを隠せない。
本当ならば、前世の記憶通りならば二人はここまで魔法の事を知らない他人に傾倒するはずがない。
―悪影響しなければいいんだが。
龍野がしたのは二人の疲労を少しばかり軽くしただけである。
フェイトに至っては助けた量より錘をつけた量のほうが多いかもしれない。
それなのになのはもフェイトも龍野のことを好んでくれている。
嬉しい事に違いないが、理由が分からないため困惑に近い感情を抱くときも有る。
「大丈夫って言った」
わざと拗ねた口調で龍野は言う。
勿論、本気で拗ねているわけではないし、ちょっとしたジョークだ。
龍野はフェイトの性質をここ数ヶ月で全てとまではいかなくても充分知ることができた。
従って自分がどれ程彼女に気を遣われているか分かっている。
嬉しいが、それが金の少女の負担になっているかと思うと心苦しい。
気を遣い過ぎるフェイトに対する龍野の意趣返しであった。
「で、でもねっ。たつの綺麗だったし、たつのにその気がなくても向こうが――」
「フェイトは私を信じてないの?」
それで焦るのは彼女の性格から考えて当然の事であろう。
あわあわと落ち着きなく言葉を重ねる姿は微笑ましくて、可愛かった。
予想通りの反応に龍野は心の中でほくそ笑みながら言葉を返す。
少々悲しそうな演技をする事は忘れない。
「信じてるよ。たつのが約束守ってくれるのは分かってる」
すっと物腰が落ち着いて、柔らかく微笑まれる。
言葉通り全幅の信頼を置いてくれている態度に龍野がこそばゆくなってしまった。
フェイトという少女は何処かにスイッチを持っているのではないだろうか。
龍野は時々そう感じる。もしかしたら達信の記憶も関係しているのかもしれない。
何が言いたいかというと、この少女は時折切り替わるのだ。
とてつもなく愛らしい笑顔を見せてくれる少女から、凛とした冷静で格好良い少女へと。
それは見ていて驚くほどの変化である。
「はいはい。お二人さん、わかったからな」
「龍野も、フェイトで遊ぶんじゃないわよ。どうせ分かってたんでしょ?」
龍野は微かに肩を竦めてみせる。
図星だったので否定する事はできない。
真剣なフェイトと遊んでいる龍野のやり取りは聞いている方にもくすぐったさを与える。
龍野がこうなる前はなのはとの会話でそうなることが多かったが、この頃は違う。
フェイトの方が無邪気に話を振ってくるのだ。
なのはは龍野に言葉を掛ける際、以前は感じられなかった間がある。
何か考えているようにも見えたが口にされない内容まで理解できるはずもない。
当然、一緒に過ごす時間の長短もある程度関係していた。
「フェイトもなのはも目立つし、隠れてなかった」
「え、そうかな?」
「鮮やかな金は何処でも良く映える」
フェイトは気付いていなかったらしい。
首を傾げる姿に龍野は結っているせいで自分の肩口付近に来ている金の髪の毛を掬う。
その動作にフェイトは自然と頬が緩む。
自分に触れる彼女の手はいつも優しくて、心地よい。
それは神経の通っていない髪の毛でさえ同じであったようだ。
サラサラと流れるそれはまさに錦糸のようで光を反射して眩しい。
これが目立たないと思う人間がいたら見てみたいと龍野は思う。
幹と幹との間といっても髪の毛は見切れていた。
何よりフェイトの金色はとても瞳に残るのだ。
「フェイトは普通に見えてたし、なのはは……声が聞こえる大きさだった」
龍野の正面になのはもフェイトも陣取っていたのだから、様子はよく覚えている。
フェイトの方がなのはより若干ではあるが背が高いため見える面積も大きい。
またなのはに至っては声が聞こえていた。
あの席についていた人物で龍野以外、なのはの声を知る者はいなかったため流されたに過ぎない。
その時点でも呆れていたが、気付いてないと思っていたと聞いて更にその感情が積もる。
「そうだったかな?」
実を言うとフェイトは良く覚えていなかった。
龍野のお見合いの席を見つめていた記憶より父親との会話の方が鮮明だったためだ。
あの時のことを聞くならなのはが適任だろうが今はいない。
―なのはもぼうっとしてたから、覚えてないかも。
それに、とフェイトはあの時の様子を思い返す。
なのははこの頃、時々-特に学校で-ぼんやりとしている事がある。
理由は分からないが任務に行くときの様子に変化はないので何も言わないでいる。
激務をこなす中学校でぼんやりするくらい許容範囲だろう。
「フェイトちゃん……」
「ねぇ、あの子あんなんで本当に仕事できてるわけ?」
「優秀な執務官で、戦闘やって群を抜いてるんやけどなぁ」
間の抜けた返事に肩を落としたのは他の三人である。
すずかは苦笑を隠さないし、アリサなどははやてに情報を確かめている。
はやてにしてみればしょうがない事なのだ。
戦闘中のフェイトは本当に冷静で失敗もない。
だが日常でその姿は余り見られることはなく、そういう人物であるとしか言えないのだ。
あははー…と誤魔化すように笑うはやてにアリサは仕切りなおすかのようにフェイトを見る。
すずかもにっこりとした笑顔で見てきたというお見合いの状況を尋ねた。
「それでどんな様子だったの?」
「龍野の父親の話って聞いたことないから、興味あるわね」
アリサとすずかは余り龍野の親子関係に詳しくはない。
だが家に遊びに来た以上、人気のないそこに違和感があったのは否定しない。
そして龍野の口から親について語られる事は更に少ない。
だからだろう。龍野の父親と話したというフェイトに注目が集まった。
「え、と…事故の事を謝罪して、それで側にてくれてありがとうって」
四方から向けられる期待の視線にフェイトは一瞬口ごもる。
どれを言って良いのか、何を言うべきなのか、判断が難しかった。
―言わない方が、いいよね。
龍野はフェイトと父親の会話を知らない。
全て話してしまって龍野を傷つける事態になることだけは避けたかった。
「謝らなくていいって言ったのに」
「わたしは一度でいいからきちんと謝りたかったんだ」
はぁと溜息を吐く。フェイトが父親に会いたがっているのは知っていた。
薄々事故の事を気にしてだという事も感づいていたが、その通りだったようだ。
―必要ないって言ったんだが。
父親に対して今回の事故についての説明はついている。
フェイトが関係した事は言ってあるし、責任がないこともきちんと伝えていた。
龍野と父親の間に会話が皆無というわけではないのだ。
会わなくとも電話で報告するくらいの事はしている。
もっとも、不定期でありほとんど活用されていない事は否めない。
だが今回のように連絡がある時は確り使われているのだから問題も少ないのである。
「で、側にいてくれて~ってお礼を言われたわけね?」
「うん」
自分なりにフェイトの言葉を咀嚼してアリサが頷く。
常識的な会話であった。
龍野に親らしいことをほとんどしない人物とは思えない。
少なくとも、側にいられない事を申し訳なく思う感性は残っているようだ。
「たつののお父さんに、これからも側にいれるかわからないって言われて」
「ふんふん」
「だから私が側にいますって……聞こえてなかったかもしれないけどね」
フェイトはあの時の状況を思い出す。
背中に向けて言った言葉はきっと届いていない。
悔しくて、悲しくて、怒りが湧いてきてどうしようもなかったのだ。
それに、とフェイトは思う。
聞こえていたとしても、聞こえていなかったとしても龍野の父親は振り返らなかった。
それが答えのような気がした。
「それでね、たつの」
その流れでフェイトは更にあの時感じたことを思い出す。
龍野の側にいようと決めた。
同時に彼女を幸せにしようとも思った。
――自分が事故によって奪ってしまった分も全て返そう。
そんな感情がフェイトの頭に渦巻いていた。
「わたし、たつのを幸せにしようって思ったんだ」
龍野は刹那顔を顰める。
またか、と声に出さずに呟く。
フェイトが自分のために色々犠牲にしようとしてくれているのは分かる。
任務の時間だってその一つだ。あれはフェイトの夢へ一番の近道のはずである。
助けられただろう人たちを見過ごして龍野の側にいてくれたのだ。
充分に埋め合わせは貰っている。
それなのにフェイトは時々多大なものを龍野にくれようとするから困ってしまう。
―わかってないな。
これは後でフェイトと話し合う必要がある。
事故の後も何回か軽くこの話題は触れたのだが、龍野の思いはフェイトに伝わっていなかったようだ。
真っ直ぐに自分のことを考えてくれているから恐らく彼女の思考には彼女自身が入っていない。
その考えは頂けない、と龍野は思う。
幸せ、なんて定義づけが最も難しいものの一つである。
だからフェイトの幸せに口を出すつもりはないし、自分の幸せくらい自分で決める事が出来る。
それが前世の大方を一人で過ごしてきた達信のポリシーのようなものだった。
そして曖昧な幸福の中で一つだけ確定しているのは、フェイトが幸せでなければ龍野も幸せでないという事だった。
誰がこの純粋な少女の犠牲の上で幸福を貪りたいと思うだろう。
なのはにも言えるが、龍野はむしろ彼女達にこそ幸せになって貰いたかった。
被った不幸の量を比べようとは思わないが、過酷さならば明らかに彼女達の方が上だ。
龍野のことを気にする前に自分が幸せを掴んで欲しい。
ずっと、特に事故後は思ってきたことだった。
「んん?」
「フェイトちゃん?」
相槌を打ちながら話を聞いていたアリサの口から声が漏れる。
聞き流しそうになったが今の言葉は意味が違う。
はやても気付いたようで一瞬顔を見合わせた。
いつもなら直ぐに突っ込むだろう龍野は黙ったままである。
これはフェイトとの話し合いについて考えていたからなのだが周囲にそれがわかるはずもない。
つんつんと、偶々近くに座っていたすずかが龍野の肩を突く。
覚醒を促すためだ。
こればかりはアリサ達には-というか当事者以外には-対処しきれない問題である。
「どうかした?」
様子を変えた友人達にフェイトは首を傾げる。
その姿に思考の淵から呼び戻された龍野は、あーと言葉を選んでから告げる。
「思ってることまで言わなくていいと思う」
恥ずかしいしと龍野は付け加えた。
龍野自身、少々麻痺していたことは否めない。
性格なのだろうか、フェイトは中々恥ずかしい事でも口に出せる。
むしろ純粋すぎて恥ずかしいと思っていないことが予想できた。
その上、素直に思ったことを話すから更に性質が悪い。
龍野だったら絶対口に出せない事をさらりと言ってしまうから、いつの間にか流す癖がついていたのだ。
円滑な日常生活を送るために身に着けた特技ともいえよう。
「側にいちゃダメ、かな?」
「駄目じゃないし、私も助かってる。でも」
龍野の言葉にフェイトの思考は幾分巻き戻されたらしい。
確認を取るように悲しげな顔で見つめられる。
どうにもこの顔には弱い。
―あー、そうだった。
フェイトの恥ずかしい言葉を流す癖がついた、と思ったがそれにはもう一つ理由がある。
その言葉に下手な反応を返すとこうなるからである。
泣きそうとも、縋りつくような視線とも違う儚げな表情を龍野は受け止めるしか出来ない。
拒否できない時点で龍野がフェイトに甘いという事は決定されたのだろう。
「でも?」
ダメ押しのように首を尋ねられる。
負けだ、と龍野の中で白旗が上がった。
これがはやてだったら一笑に伏せるのに人間関係とは不思議なものである。
思うようにいかない世の中に嘆きながら龍野は返事をする。
「……何でもない。フェイトが側に居てくれて嬉しい」
「うん!」
泣いた烏がもう笑うという言葉の通り、フェイトの顔に笑顔が戻る。
嬉しそうな顔だった。これを見られるならいいかなと考えてしまうのは毒された証拠だろうか。
元より-事故の前から-彼女達には笑っていて欲しいと思っていたのだから、そう変わったわけでもない。
戦闘中の凛々しい顔もいいかもしれない。
涙だって時には必要になるだろう。
だがやはり笑顔が見てる分には一番である。
この後アリサにそれはプロポーズだと指摘されたり、すずかに苦笑されたり。
はたまたはやてにからかわれたりするのだが、それはまた別の話である。
第十六話 end
お見合い編終結話。
内心、喧嘩フラグと呼んでいる話でもある。
なのフェイと龍野の意見は真っ向対立なわけだから仕方ない。
それともう一つ。なのはが自覚すると怖くてこういう話に同席させられないという弊害が出てくる。
こっちの面でも喧嘩しそうだな。……うむ、その場合は百合的に楽しめそうだ。
というか百合な展開をしてる諸君には、百合分が少なくて申し訳ない。
暫く辛抱させることになるかもしれない。どかっと百合分を注入できそうな話が転がっていなくて困っている。
自分の中の百合分が枯渇したら暴走して関係ない幕間を書くかもしれんが、その時は生暖かい目で見てやってくれ。
感想・誤字報告・指摘、感謝する。
前話は特に誤字が多かったようで面目なく思う。
一応全て直したつもりではあるが直ってなかった時はもう一度教えて欲しい。
父親は色々難しい。何だかんだで話には関わる事になりそうだ。
中学卒業して移住したなのははそういう面でも凄いと言わざるを得ない。
では。