憎みあっているわけでも、すれ違っているわけでもない。
ただ向き合い方が分からず背を向けているだけ。
そう知っているから龍野は父の頼みを断る事が出来なかった。
何より実父との関わり方を達信も、龍野も学ばずに生きてきたのだ。
後藤 龍野、お見合い。
親心が痛いです。
余生におけるある世界との付き合い方 第十二話
「お見合い?!」
「うん」
秋も深まり出した季節である。
吹く風も涼しくなり冬服を着ることにも然程抵抗を感じなくなってきた。
その時分に龍野の元を訪れた話は唐突であり、困惑を隠せない。
前世、同僚がお見合いをしたと言う話は聞いた事がある。
女気のない職場だったので家族がそういう話を持ってくる割合も多いようだった。
しかし家族が無く人との縁が薄かった達信にはそういう経験がない。
ましてや今の龍野は女であり、見合い相手は当然男である。
結婚相手になど思えるはずがない。
「たつの、が?」
「会社の人の息子さんとらしいよ」
淡々とした様子の龍野にフェイトが呆然と尋ねる。
大きな目を更に見開く姿は驚きを表している。
龍野は父親から齎された最低限の情報を口にする。
お見合いを知っている事に龍野は意表を突かれたが、後から聞いた話によるとアリサやすずかも似たような話が来たことはあるらしい。
当然二人とも受けるまでも無く断った。
流石はお嬢様と龍野は逆に感心したのである。
「アンタ、まだ中学生でしょうがっ」
アリサがイスから立ち上がって龍野に詰め寄る。
位置関係は龍野の右になのは、左にフェイトで対面にアリサがいる。
アリサの両脇にはやてとすずかがおり六人で少し歪な円を作っていた。
教室に残っている人影は疎らである。
それぞれが思い思いの場所で食事を取っているためこの時間帯は人気がない。
龍野は苦笑した。
中学生なのだが父親の狙いは多分そこにある。
左腕麻痺などというハンディキャップを抱えた娘を放っておく事は出来ないらしい。
だが今更顔を合わせ辛い上に仕事の関係自分が世話をする事もできない。
高校に進学するにしても、進学した後就職が上手くいくとも限らない。問題が先延ばしになるだけだ。
娘の今後に不安を抱いた父親は一番安定した職業―永久就職と言う奴だ―をさせようと考えたのだ。
今のうちに見合いをさせて、16になると同時に結婚してくれるのが理想だろう。
結婚できる年齢までは二年ほどある。その間に恋愛してくれればいい。
確かにある意味よく考えられている。
「左腕、動かなくなったから心配してるみたい」
あくまで軽い調子で龍野は言葉を告げた。
心配する必要など微塵もないのだがその気持ちが嬉しかった。
父親から心配されるなどという経験が無かったためだ。
嬉しいのだが龍野自身、見合い話に発展するなど予想していない。
そして、そんな父親の行動に最も納得がいかない人物が龍野の隣にいる。
「勝手なの!!」
握っていた箸を置いてなのはが机を叩く。
憤りを存分に表現する彼女を宥めるべく言葉を探すも良い言葉が思い浮ばない。
相変わらず、龍野のことになるとなのはは沸点が低い。
出会った頃はそうでもなかったのだが撃墜―この世界では撃墜と言えるほど酷くもない―されてから更にその傾向は強くなったといえる。
龍野は家族の大切さを再認識したからではないかと勝手に推測していた。
「なのは、父さんは私のためを思って」
充分予想できた反応に龍野は言葉を掛けた。
しかしそれで収まる幼馴染ではない。
今にも立ち上がって教室を出て行きそうな勢いである。
「それでも勝手な事には変わらないのっ」
元々なのはは龍野と龍野の父親の関係に納得していない。
家に一人残される寂しさを知っているからだ。
龍野は“慣れている”の一言で済ませてしまうが、寂しいのに変わりはないだろう。
寂しさに慣れるなどなのはは認めたくない。龍野にそんな想いをして欲しくない。
その上見舞いも来なかった事故の後遺症の面倒を見られないから結婚を勧めるなんて。
――認めない、絶対。
だからなのはは声を上げた。
「たつの、たつのは受けるの?」
おろおろしていたフェイトは縋るように龍野を見る。
なのはの激昂も宥めなければと思いながら心情としては似たようなものである。
しかしフェイトは寂しさというより、親の勝手さに憤っていた。
親友である二人は、己の生き様の違いで龍野に共感する部分が僅かに違うのだ。
フェイトは龍野と二人で後藤家にいることが多かった。
だからこそ、なのはより父親の影の薄さや放置の限りは知っている。
ただ龍野がそれらを全く気にしていないのもまた理解していた。
その為、気になるのは父親の事より龍野がそれを受けるか受けないか。
今の生活を続けていけるかどうかの方だった。
「心配しているって知ってるから、受けるつもり」
「龍野ちゃんがそう言うなら止めへんけど」
お見合いをするだけなら吝かではない。
必ず結婚しろと言われたら逃げたかもしれないが、そこまで強要されたわけでもない。
父親の顔をいうものもあるだろうし、心配してくれたなら応えたかった。
はやての言葉に軽く頷いてみせる。この中で一番冷静なのは彼女だ。
龍野ははやてを幼馴染やフェイトよりもある意味信用していた。
状況判断を任せたら上手く回すに違いない。
そして龍野の感情を酌むことにも長けていて時々酷く楽になる。
はやては龍野の顔を見る。嫌なら止める気でいた。
同時に嫌ならきっと自分で何とかするとも思っていた。
はやてならばそうするからだ。周りに心配を掛けるような事は極力しない。
だからこの時間帯-軽いおしゃべりだ-に出された時点でそこまで心配はしていない。
「大丈夫。付き合う気はないから」
なのはを見てフェイトを見てアリサを見る。全員にアイコンタクトを贈り、宥める。
続けざまに上がった声に疎らな人数とはいえ視線を集めていた。
それは龍野にとって余り好ましい事ではない。
立ち上がっていたアリサがストンとイスに座りなおす。
腕を組む様子は冷静に頭を働かそうとしているのだろう。
龍野の感情を考え、龍野の父親の立場を予測し、二人の状況を推測する。
次に出た言葉は非常にアリサらしいものであった。
「まぁ、妥当な判断ね」
無碍に断るよりは一度受けた方が良い。
それはあやふやや曖昧を美徳とする日本の文化のようなものである。
アリサからすれば断ると決めているものを態々受ける意味など皆無に等しいが龍野はそうではない。
あくまでやんわりと物事を進めたい性質であるのは分かりきった事であった。
「私も結婚する気はない」
結婚の前には密かに“一生”という修飾語が付く。
龍野は女である。それは紛れもない事実であるし、違和感もない。
だが趣味や嗜好の部分では前世の影響を大きく受けてしまい、女とは言い切れない。
特に男を恋愛対象として見られるかと言われれば否である。
むしろこの世界に生まれてから生き抜く事に頭を使いすぎて、興味が限りなく薄れていた。
生き抜きたい。不幸にしたくない。幸せになってほしい。
そんな感情ばかりが周囲に動いて細かく個人に執着を持たせない。
「本当だよね?」
言い切った龍野になのはは不安そうに言葉を紡いだ。
なのはにとって龍野は世界を構成する大事な人物である。
特に崩れない日常を象徴するのに幼馴染の彼女以上の存在はいない。
皮肉にも魔法を知らないという事がそれに拍車をかけていた。
その、ある意味要でもある龍野がいなくなるかもしれない。
それはなのはにとって恐怖でしかない。
「うん」
「ほんとの、ほんとに大丈夫だよね?」
「心配しないで、なのは。お見合いっていうのも大げさな位みたいだし」
いつもより心配そうに尋ねてくる幼馴染が不思議ではあったが、正直に答える。
結婚する気は微塵もない。しなくても構わない。
とりあえず前世の記憶の示す山を全て越えたら旅にでも出たい。
見られなかった世界が沢山残っている。達信はそれに死んでから気付いた。
もっとも今の状態では気ままな一人旅などさせてくれそうにないのが悩みの種である。
龍野の願いが叶う可能性は限りなく低い。
「その男の人に一目惚れとかしちゃわないよね」
「しない」
確認のような言葉に瞬時に返す。それだけは断言できた。
―男に一目惚れ?
龍野はなのはの言う状況を頭の中で反復してみる。
何度考えても無い。前世でも一目惚れをしたことはない。
衝動的に誰かを好きになると言う感覚が龍野には分からなかった。
それならばシグナムに会ったときの方が余程一目惚れに近いとさえ思った。
「そっかぁ」
そこまで尋ねて、なのはは初めて安心したように頬を緩める。
安堵した表情は普通の女の子のようで可愛い。
誰がこの裏でばったばったと人をなぎ倒していると思うだろう。
人は外見では分からない事が巨万とある。
龍野がこの世界に来てからその言葉に当てはまることばかりだ。
これでなのはは大丈夫と一息ついた龍野の肩が叩かれる。
軽いそれはこっちを向いて欲しいと言う合図であり、慣れつつある物でもあった。
左隣に視線を動かす。
そうすると予想通り金の少女がじっと龍野を見上げていた。
「どうしたの?フェイト」
予想は着くがあえて知らぬ振りを通す。
フェイトの視線が床と龍野を何回か往復する。
そしてやっと決心のついたというように口を開いた。
「あの、家に行っていいかな?」
出された提案は予想通り過ぎて、龍野は苦笑する。
お見合いと家とがどう繋がるかは分からないがフェイトには繋がる何かがあったらしい。
―いつもだって家に来る確認なんて取らないくせに。
退院してから、フェイトとなのはは後藤の家に約束も無しに訪れる。
というより二人は暇ならば龍野の元に入り浸っていた。
それでも週に二、三日しか来ない辺り忙しさを物語っている。
日数にするとなのはは週一が平均である。
フェイトは本当に区々で週に五日来るときがあれば、来ない時も稀にだがある。
僅かにフェイトの訪問率が高いのは職務の違いだろう。
「今までも来てた」
龍野に二人を拒む意思はない。
お見合いするから来ないでくれなんて言う気も勿論ない。
だから素直に今まで通りを続けられる事を口にする。
「今までと同じように一緒にいていいよね?」
「うん」
念を押すような言葉に微笑む。
するとフェイトもニコッと龍野が綺麗だと思う笑顔を見せてくれた。
いつの間にか力の込められていた身体から力が抜けるのが見えた。
「ならわたしは気にしないよ」
ほっとした息遣いと共に吐き出された言葉が終焉を告げる。
龍野の両隣はやっと元の安寧とした学校生活に戻った。
中断されていた食事を再開させる。
時折、口元におかずを持ってくる二人に龍野はしぶしぶ口を開けた。
「……アイツ、男だったら結婚相手に苦労しないわね」
対面で三人の様子を眺めていたアリサは呆れた口調で呟く。
手元にあるお弁当が何となく甘さを増したような気がした。
いつもと何ら変わらない味であるはずなのに、雰囲気とは凄いものである。
「逆の意味で揉めるんちゃう?」
「あー、確かに」
同じように三人を見つめていたはやてが普段どおりの顔で言った。
少々楽しそうな顔をしているのは状況が面白い方向に転がっているからだろう。
はやての言葉にアリサは頷く。
なのはが龍野に懐いているのはそれこそ昔からである。
だがフェイトの事故からその症状は目に見えて悪化していて、その内離れなくなる様な気さえした。
龍野の意識の無かった間、なのはは普通に振舞っていたが胸中ずっと心配していたのは言うまでもない。
―あんな想い、二度としたくないって所かしら。
なのはは普通の少女ではない。魔法少女だ。
それも聞いた話によると天才の部類に入るらしい。
今度そんな事が龍野の身に近づいたならば万難を排してでも助けるに違いない。
なのはという少女はそういう弱さを伴う強さを持っている人物であった。
「16才になった途端結婚しても二人とも問題ないもんね」
「なのはちゃんも、フェイトちゃんもよう稼ぐし生活の心配はないな」
すずかの言葉は的を射ている。
はやてにはなのはの仕事ぶりもフェイトの優秀さも耳に入る。
ましてや同じく働いている身である。二人の下にどれほどの給金が流れているかなど予想がついた。
龍野の父親が安定した生活を第一に求めるならば二人ほど理に適った人物もいない。
もっとも龍野がそれを望むとは、はやてには思えなかった。
「というか、中学卒業したらあっち行くんだっけ?」
「たぶんな」
アリサが思い出したように言葉を紡ぐ。
はやてはうーんと少し濁らせてから返事をした。
“あっち”――当然ミッドチルダの事である。
はやては地球に執着する必要がない。生まれ育った地ではあるから思い入れはある。
だが何より魔法を使い働くためにはミッドチルダにいた方が便利だった。
自分の力である魔法で人の役に立つ事は三人にとって命題の様なものだ。
元々ミッド出身のフェイトは言うまでも無く、なのはもそうするとはやては思っていた。
――少なくとも龍野の事故までは。
その後の過ごし方を見ると、とても二人に移住する気があるとは思えない。
いや、龍野と離れる気がないといったほうが良いだろう。
ミッドに二人が移住するならばきっと龍野も一緒である。
―困ったなぁ。
なのは、は分からないでもない。ずっと絆を紡いできたようだし、心を分けてきたらしい。
しかしフェイトもこうなるとは微塵も予想していなかった。
事故の事に責任を感じているとしても、フェイトの入れ込み具合は凄い。
人に傾倒しがちな性質を考えても充分にお釣りが来る。
龍野という少女には人誑しの才能があるのではないかとはやては感じていた。
「龍野は事情知らないんでしょ?」
目の前では変わらず、なのはとフェイトに世話を焼かれる龍野がいる。
本来なら龍野の前で迂闊な話は出来ないが今は両隣への対応で精一杯だろう。
ちらりとその様子を再び見たアリサがはやてに言葉を投げかける。
「アリサちゃんもそう思うか?」
「アタシじゃなくても思うわよ。ね、すずか」
「そうだね、なのはちゃんは前からだけどフェイトちゃんも少し心配かな」
すずかが少し困った顔で笑った。
アリサは軽く肩を竦めて目の前の状況を指す。
この状況に対して感じている事に大した差は無かったらしい。
「あれで離れられるのかしら?」
全くもってその通りである。はやては小さく苦笑した。
そしてはやて自身、離れられないに五分以上賭けている。
移住しなくても仕事は出来る。だがそれで済んでいるわけでは勿論ない。
アリサとすずか相手にはやては少し真面目な顔をして声のトーンを下げた。
「……実際、フェイトちゃんの仕事減った事に対して文句が来とらんわけやないんや」
眉を下げる。
はやてとしても出来るだけ情報は止めている。
なのはやフェイトの耳に入らないようにするためだ。
だがいずれ何処かから漏れてしまうのが人の口と言うものだろう。
はやてがカバーできる範囲など限られているのだから。
はやての言葉にアリサは髪を掻き揚げた。
その文句は働くものの立場として当然である。
会社を継ごうと思っている身として人心掌握の術は学んでいる。
つまり働く側としての大衆心理をある程度は理解しているのだ。
「優秀に、勤勉に働いていた人が働かなくなって忙しくなったら、そりゃ文句も言いたくなるわよ」
「その気持ちは分かるけどな」
管理局の慢性的な人員不足はどうしようもない。
ましてやフェイトやなのはクラスの人物は極僅かである。
働く能力があるくせに働かないと突かれても仕方がないのだ。
だがはやてとしては普通の幸せを謳歌している親友を止めるとこはしたくない。
邪魔をさせたくもないが、このどっちつかずな状況がいつまで持つかも分からない。
「色々面倒くさい事になりそうやなぁ」
はやては呟く。
今はまだ良いかもしれない。
だが中学校を卒業するときに問題が起きることは目に見えていた。
どうすべきか、それをはやては考え始める。
親友のために、自分のために――そして何れにしても巻き込まれるだろう龍野の未来のために。
はやてはできる事を始めなければならなかった。
第十二話 end
そろそろ、なのフェイに恋心を自覚してもらう。
幾ら鈍くても中学生だからいい加減気付いてもいい時期だ。
ただ単に恋に慌てるなのフェイが見たくなったとも言う。
龍野はまだだ。というより主人公が鈍いのはデフォだよな…?
私的好みとして百合はじりじり行きたい。
……xxxを書いた人間の言葉とは思えないが、それはそれ、これはこれだ。
感想・誤字報告・指摘、感謝する。
いつも参考にさせてもらいつつ話の筋道を考えている。
百合分を補給するのに役立ててもらえたら嬉しい。
もちろん、作品自体が面白いと言ってくれるのはとても励みになる。
段々思考が染まってきている読者諸君もいるようで、同士が増えることは大歓迎だ。
では、色々ぶっとんだ話ではあるが感想を待つ。