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No.15932の一覧
[0] 時をかけるドクター[梅干しコーヒー](2010/06/21 22:13)
[1] 第1話 アンリミテッド・デザイア[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:29)
[2] 第2話 素晴らしき新世界[梅干しコーヒー](2010/01/31 01:37)
[3] 第3話 少女に契約を、夜に翼を[梅干しコーヒー](2010/02/01 22:52)
[4] 第4話 不屈の魔導師と狂気の科学者[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:01)
[5] 第5話 生じるズレ――合成魔獣キマイラ[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[6] 第6話 生じる歪み――亀裂、逡巡――純[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[7] 第7話 生じる答え――矛盾邂逅[梅干しコーヒー](2010/03/03 17:59)
[8] 第8話 歪曲した未来――無知と誤解[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:10)
[9] 第9話 歪曲した明日――迷い蜘蛛、暮れる夜天[梅干しコーヒー](2010/03/18 00:02)
[10] 第10話 歪曲した人為――善悪の天秤[梅干しコーヒー](2010/03/20 23:03)
[12] 第10・5話 幕間 開戦前夜――狂々くるくる空回り[梅干しコーヒー](2010/03/25 20:26)
[13] 第11話 始まる終結――擦違いの戦場へ[梅干しコーヒー](2010/03/29 05:50)
[14] 第12話 始まる集結――蠢く夜の巣へ[梅干しコーヒー](2010/04/02 22:42)
[15] 第13話 始まる終決――時の庭園へ[梅干しコーヒー](2010/04/08 21:47)
[16] 第14話 絡み合う糸――交錯の中心座[梅干しコーヒー](2010/06/16 22:28)
[17] 第15話 空見合うカンタービレ――過去と未来のプレリュード[梅干しコーヒー](2010/06/21 23:13)
[18] 第16話 空見合い雨音――歩くような早さで。始まりの終わりへ[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:34)
[19] 第17話 変わる未来[梅干しコーヒー](2011/05/02 00:20)
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[15932] 第9話 歪曲した明日――迷い蜘蛛、暮れる夜天
Name: 梅干しコーヒー◆8b2f2121 ID:af37fdb2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/18 00:02





鐘の音と言えばそれで正しいのだが、美しい、安らぐ等と言った感慨を誘引するには至らない機械的な音色が木霊していく。
続けて浸透していくのは、余り感情の篭っていない女性の声――所謂、閉館のアナウンスと呼ばれる業務的なそれは、ほぼ毎日繰り返されている為か、前者と同じく、やはり行き交う人々の感情を発起させるには届かない。

何も考えず人込みの波に逆らえば、一人二人くらいは接触するだろうか。
ごった返すとまではいかないが、各々が気に留める程混雑はしていない。
そこから少々距離の開いた場所で二人の少女――八神はやてと月村すずかが、口々に言葉を交わしながら談話に興じていた。


「――――あ、そうだ。
良かったら今度オススメの童話教えてあげるね」

「うん、是非お願いするわ。ありがとうなー。
ちなみにそれってどんなお話なん?」

「ジーンときたり印象に残ったりとか色々だよー。
んー……詳しい話は見てのお楽しみかな」


風芽丘図書館の出口――車道に面する歩行者用の道脇で、通り過ぎる車を横目に入れながら、二人の少女は談笑する。
共通の趣味である読書が起点となった為か、初対面でありながら、手探り感は否めないものの、おおよそ余所余所しさは見受けられない。

会話の途中、ちらり、と腫れ物に触れるような挙動で、すずかは視線をはやてへ――ではなく、自分から見てその背後に位置する少年へ――向けられた瞳に気づいたジェイルは、応えるように口を開いた。待っていたよ、と言わんばかりに。


「――はやて君、そろそろ私も混ぜてくれないかね?
待たされる、耐えさせられる事は嫌いでね。
簡潔に言えば、我慢できない――嗚呼、我慢したくない」

「んー……じゃあ、さっき自分の何が悪かったか、言うてみて?」

「皆無だ。
私は自分の欲望に忠実なだけだからね。
正直は美徳と言うだろう?」

「それ、正直になったら色々危ないからやめとこな?
という訳で反省時間延長や」

「くくっ……中々辛辣な事を言うね」


怒られている事が未だよく分かっていない少年――ジェイルの様子を見やり、呆れを伴った溜息をつくはやて。
胸中で労いのような苦笑を浮かばせながら、すずかは渇いた笑いを洩らす――躾けられてるのかな?、と。

姉と弟――悪戯をした弟を咎める面倒見の良い姉。すずかが二人の関係を最初に比喩した時、感じた雰囲気がそれだった。
出会い方からして稀なケース――はやてがジェイルを叱咤中だった為か、余計にその印象は強い。

次いで、現在進行形で少年はお仕置き中の真っ最中だ。
図書館内に居た間――自分とはやてが会話している際にも、一人で読書を――背中が寂しげだったのは、思い違いだろうか?

原因は自分が少なからず――と言うか、原因の対象は自分。
正直、蒸し返されるのは気恥ずかしい。


「ジェイル君?
分かってないみたいやからもう一回言わせてもらうけど……初対面の女の子にいきなり、観察したい、はないやろ?」

「ああ、言われてみればそうだね。
場所を選ぶべきだったと反省しているよ。
しかしだね、はやて君に気を取られて気づかなかったが……そう、すずか君を初めて視界の中央に捉えた時、私は否応なく知識欲を刺激されてしまったのだよ。
抗う事等したくなかった。故に、しなかった。
君達が童話を見たいと思う心、それと似たようなものだと思うよ」

「どこでも駄目やろ。
それと童話と一緒にせんといてな?
ジェイル君、えっちぃわ」

「私がえっちぃ? ――違う、違うよはやて君。
えっちぃのはすずか君だ。僅か数秒で私の食指を刺激したポテンシャルは驚嘆に値する」

「――……あ、あれ? 私の話になってる? ――って、私ってえっちぃのっ!?
ち、違うよっ!?
私、嫌らしくなんかないよぅ……」

「すずかちゃん、真に受けたら駄目や。
ジェイル君はもう少し自重って言葉覚えような?」

「断るよ。
それは私とは対極に位置する言葉だ。
字違いだが、自嘲ならば幾らでも受け入れようではないか」

「そか……じゃあ、私とジェイル君は相容れないて事になるな……凄く残念や。
私、自重って結構大事な事やと思うんよ」

「……ふむ」


一考しておこう、と言いながらジェイルは横目ですずかを眺める――完全に諦めきれてはいないが、迷うような動作を垣間見せ始めた。
こういった話題――つまるところ、えっちな話に慣れていないすずかは顔を赤くしながら俯き、それにはやてがフォローを入れる。

そういえばと、ふと友人の一人――いや、親友とも呼べる間柄である少女――高町なのはとの通話をすずかは不意に想起し始める。
ここ数日、何やら忙しいようで遊んだりはしていないが、夕食後の空いた時間に電話で話す等の事はしていた。
親友から投げ掛けられる主な話題は、自分と共に保護した一匹のフェレットと、一人の少年の事についてだった。
それが、浮かんできたのは、ピースのようなものが合致したからだろう。


(……あれ? 確かなのはちゃんが話してた男の子も……ジェイル君って名前だった気が……)


変な人で、変な人で、変な人――でも、自分を助けてくれ、今も手伝ってくれている男の子。
親友は、そう言っていた――少々楽しげに。

大まかな自己紹介を終えた後、唐突に「くくっ!! さぁ、観察させてくれたまえ!!」等言うのだから、確実に変な人だろう。
疑う余地が見つからない。

多分、間違いない。
何度思い返してみても、親友が男の子の事を[ ジェイル君 ]と呼んでいたのは聞き間違いではないだろう。
非常に失礼かもしれないが、変な人という特徴も一致する。


「――確かに裏表がないのはいい事だと思うんよ。
でもな、表表過ぎるのもそれはそれで問題や」

「一理或る――とでも言うと思ったかね? そこに至る理由がなければ、私は納得しないよ?
幾らはやて君の言でも、明確な理由が欲しいという事だ。さぁ、私を諭すといい」

「……あぅ」


聞いてみよう、とそう思い口を開こうとしたすずかだったが、いつの間にか新たに巻き起こっていた論争――それに飛び込むのは気が引けた為、押し黙ってしまう。
同一人物なのか、その確認の為でもあるが、それに付随して親友が忙しい理由――それを聞きたいと思う気持ちも或る――自分が手助け出来る事は何かないか、と。


「…………あ」


何処で会話に入り込もうか、もう一人の親友――アリサならば、迷わず突撃するかもしれない、と。
そう悩んでいたすずかの丁度目の前に、一台の車が停車する――高級車の部類に入るだろうか。
完全にその場で止まると、運転席から制服――メイド服に身を包んだ女性が一人現れ、すずかの前に立ち、助手席のドアを開け放った。


「……すずかちゃんって……もしかしなくてもお嬢様?」


ジェイルと口論を繰り広げていたはやてだったが、メイドらしき人物を見て、絶句しながらすずかを見つめ始める。
あははー、と苦笑しながらそれにすずかは応じると、迎えの女性に催促された場所を一旦視界から外し、二人に向き直った。


「ごめんね。この後習い事あるから……」

「あー……気にせんといて。引き留めたのはこっちやし」

「ううん、一緒にお迎え待ってくれて嬉しかったよ。
二人共、またここに来るよね?」

「うん、来るで」

「君が来るのなら、来よう」

「じゃあ、またその時にでもお話したいな……駄目かな?」

「ううん、大歓迎やで」


笑顔で応じるはやて、満悦顔で応えるジェイル――そんな二人を見て安堵したすずかは、待ち惚けを喰らう形になっていた女性の催促通り、漸く後部座席へと。
それを確認したメイドは、静かに余り音を立てないようにドアを締め、運転席へと戻って行く。
少年に聞き忘れた事は或るが……今日の夜にでも、なのはに電話して確認すればいいだろう。
そう考えながら、ずずかはドアの窓を開け、顔を覗かせた。


「じゃあ、またね。はやてちゃん、ジェイル君」

「またなー」

「また会おう、その時は君を脱――」


キッ、とジェイルを睨みつけるはやて――やれやれ、と肩を竦めながら仕方なさそうに左手を振るジェイル。
すずかはそんな二人の様子に苦笑しながら、御淑やかな動作で手を振る――スライドしていく窓が完全に締め切られた時、はやてとジェイルの視界から消えていく。

重厚な、低音気味の駆動音を自動車が鳴らし始め暫くすると、黒色か灰色か区別の付き難い排気ガスで尾を引きながら、その場から去っていく――またね、と後部しか見えなくなったそれを見て、未だ余韻の冷めやらぬ様子のはやては、自然とそう呟いていた。


(月村すずかちゃん……かぁ。
想像してた通り、ええ子やったなぁー)


意気投合――とまでいったかどうかは定かではないが、それでも、話は合った。
やはり互いに本好きだったのが大きいだろう――いや、本の事を抜きにしても、良い友達になれる、とそう感じた。

すずかちゃんも、そう思ってくれてるといいなー。
内心で、そう言葉尻に付け加えながら、隣に居るジェイルへとはやては視線を投げ掛ける。
視界に映った少年は、濃紫の髪を少々冷たくなり始めた風で稲穂のように揺らしながら、何やら思案顔で考え込んでいた――その様子は何時になく、真剣だ


「――あぁっ……見たかったなぁ……っ」


残念そうな言葉とは裏腹に、すずかが去って行った方角へと恍惚顔で熱視線を送り続けるジェイル――その様子を見て、真剣そうだと思った私が阿呆やった、と溜息と呆れを小声に乗せて、はやては吐き出してしまっていた。

……まぁ、それでも――、と。はやては胸中でそう呟く。
言葉尻に続くのは単純な感謝の言葉だったが、それをそのまま口にしていいものかどうか、少々逡巡が立ち塞がっていた――戸惑いではなく、言いあぐねているとでも言えば正しいだろう。

ジェイルの悪戯が起点と為り、全く予想外のファーストコンタクトを遂げた――勿論、相手は月村すずかだ。
ああして話し掛けるか、否かを戸惑っていたのは、今日に始まった事ではない。
確かに一歩踏み出しかけてはいたが、今日も元の木阿弥に陥っていたであろう可能性は捨て切れない――というより、恐らくそうなっていた。

正直、感謝している――そのお陰で、友達が出来るかもしれないからだ。
確かに感謝している――自己紹介を終えた後、いきなり「君を、観察したい」等言った事を考慮から放り投げれば、の話だが。


「――む、どうしたんだい?
何やら楽しげだが?」

「……え?
あぁ……私そんな顔してた?」


はやての視線に気づくジェイル――漸く天を仰ぐ危険人物のような顔を已めると、不思議そうに見返し始める。
思惟に耽っていた為か、自分が今どんな顔をしているか等、全く念頭に置いていなかったはやて――楽しそう、かぁ……まぁ、確かに、と。

否定するような事でもなかったので、はやては特に迷うような事もなく、心中で肯定していた。
自分がもし、少年の言う通り楽しそう――嬉しそうな顔をしていたのならば――約束を守ってくれた――それが一番大きいのだろう、と。


「……なぁなぁジェイル君、この後、時間ある?」

「或るには或るが、何故だい?」

「んー……ほら、約束守ってくれたやろ?
そんでご褒美あげないかん思て――ううん、あげたい思てな」

「ふむ、褒美、か……ならば、君の体を検査させて欲しいのだが」

「いや、それ褒美と違うやん。
私がしてもらうんじゃなくて、私がしたいんや。
そやね……夕飯をご馳走する、でどう?」

「はやて君の手料理かい?」

「もちろん。
自分で言うのもなんやけど、結構、上手やで」

「是非――と、言いたいところだが、少々寄り道したい場所が或ってね。
その後でもいいのなら、甘えようじゃないか」

「うんうん。全然構わへんよ」

「ふむ、ならばお邪魔しようか。
では私からもお誘いなのだが――夕飯後、共にお風呂でもどうかね?
風呂場ならば、君の体を隈なく検査出来、裸で或っても何ら不思議はない。
まさにTPOを弁えている」

「却下や。
代価に私も脱ごう、とか言うても駄目。というか、嫌や。
そろそろ本気で引くで? いや、ちょっと引いてるんやけど」

「くくっ……どうやら君の家はバリアフリーでも、君の心はバリアフリーではないらしいね」

「そやなー。
ジェイル君限定バリアやけど、めっちゃ固いで」


ふむ、それは実に残念だ、と愉快そうに言うと、はやてに背を向け歩道脇へと向かうジェイル――その先には、少々傷が入り、前籠が凹んでいる自転車が立て掛けられていた。
右ハンドルは握れない――ギブスで固定される程の重症を負っている為だ。
その為、片腕で左ハンドルのみを掴み、少々億劫そうにサドルに跨ると、ジェイルははやてに振り返った。


「では、また後ほど」

「うん。
……あ、家分かる?」

「一度通った道は忘れないよ。
それがはやて君の自宅ならば尚更だ。心配には及ばない」

「そかそか。
じゃあ、腕振るって待っとくわ。冷めん内に来てなー」


了承した。そう言うと同時、ジェイルは地を蹴り勢いをつけ、軽い調子でペダルを漕ぎながらその場を去っていく。
下り坂ではないにも関わらず、一気に加速し始め――あっという間に背中は小さく、遠くなっていった。

事故起こしませんように、とはやては心配そうにそれを眺めると、若干楽しそうに心躍らせながら、夕飯の献立を考え始める。
そういえば、もうすぐスーパーのタイムセールが始まる。
そう思い出すと、少々急ぎながら、その場を離れて行った。





















【第9話 歪曲した明日――迷い蜘蛛、暮れる夜天】




















窓から見える傾き始めた夕陽を横目で視界に入れながら、糸の切れた人形のように、ベッドの上に仰向けに体を放り投げる少女。
一日中町内を駆け回った為か、両足は鉛のように重い――尤も、それ以上に重いのは身体的にではなく、精神的、心だ。
重い心を引き摺っていた為、余計に足が強張っている、とでも言えば正しいだろうか。

片腕を額に乗せ、溜息――独白のような声を洩らし、天井を見上げる。
そこに目に付く染みは存在していない――が、一点を眺めたまま、視界は動かない――しかし、確かに揺れていた。


「…………」

「…………なのは」

「……うん?」

「その……なのはが気に病む事、ないと思うよ。
それにほら、用事が或るとか行って出て行ったんだし、その内ひょっこり戻ってくるんじゃないかな?」

「うん……そう、だね」


自分が今寝転がっているベッドの枕付近から齎された声――ユーノの声に、なのはは生返事で応じる。
どうしても気持ちの籠らない生返事に為ってしまうのは、それがどうしても希望的観測にしか思えないからだ――不安だ、と。

ユーノの言う通り、帰ってくるかもしれない――だが、あくまで[ かもしれない ]なのだ。
帰ってこない可能性も或る――いや、なのはの胸中はそんな予感で埋め尽くされている――原因は、言うまでもなく、奔ってしまった亀裂。

今朝、少年が姿を眩ますまでは、その亀裂はまだ或る[ かも ]としか考えていなかった。
出て行った事を知った時、直感的に悟ってしまった――溝が生まれた。勘違い、思い違いと信じるのは、楽観的だろう、と。
その溝を掘削した原因――[ 価値観の違い ]の答えでさえ、まだ出ていないのだ。
どうしたらいいのか、分からない。


(ねぇ、ジェイル君……何処に居るの?)


今日一日、藤見町とその周囲限定だが、少年――ジェイルを捜索し、文字通り足が棒の様になるまで市内を駈け摺り回った。
結果は少女の現在の様相が表しており、言うまでもなく何も得られなかった。
いや、分かった事が一つだけ或る――何も知らない、その一点だけが、傷口に染みるような、そんな重さを伴い、認識してしまった。

何故、海鳴市――地球に来たのか?
何故、自分とユーノを手伝ってくれているのか?
何故、あんな顔をしたのか?

居なくなって気づいてしまった――自分はジェイルの事を、何も知らない、と。
不思議に思う事さえしなかった。
楽しかったからかもしれない――これでいい、と思っていたからかもしれない。
聞いたら壊れるかもしれない――いや、そこまで考えてさえいない。
壊れる等と思っていなかったのだから。


「……ねぇ、ユーノ君」

「何?」

「私間違っちゃったの、かな?」

「……分かんない。
でも、もし間違えてたんだとしたら、なのはじゃなくて、僕だよ。
無理に聞き出そうとした僕が原因って事は確かだ……もうちょっと聞きだし方が或ったんじゃないか、ってそう後悔もしてる。
……ジェイルが言ってた価値観って話になるんだけどさ、それって別の所でも当て嵌まるんじゃないかなって考えたりもしてるんだ。
家族が居る、居ないとは別の話になっちゃうんだけど……」

「……それって、何?」

「……僕はジェイルの事が知りたかった。
なのはにしても、ジェイルにしても、僕が巻き込んでおいて言うのも本当におこがましい事だと思うけど……仲間だって、そう思ってたから。
だから違うのってそこなのかな、って。
仲間だったらお互いの事知りたいって思う……それが、押し付けだったのかもしれない、かなって」

「……そっか。
ねぇ、ユーノ君……ジェイル君の事、好き?」

「……嫌いじゃないよ。悪い奴っては思えないし。
手伝って貰ってるとか、そう言うの抜きにして、嫌いにはなれないかな。
そうだね……多分、好きなんだと思うよ」

「そっか、良かった」

「まぁ……だから、そんなジェイルにあんな事言われたから、余計に怒っちゃったんだろうと思う。
どうでもいい奴に言われても、勝手に思ってればいいよ、できっと流せたから」


素直じゃないもんね二人共、男の子って皆こうなんだろうか、と。
なのははユーノと、何処かに居るであろうジェイルに向かって胸中で呟く。

仲間、かぁ。
自分はユーノ、ジェイルの事を仲間ではなく――、


そこから先を口に出そうとしていたなのはだったが、齎された音色が、それを遮断してしまう。。
小刻みな振動と、かわいらしい着信音――それは自分の体と同じように、ベッドへと放り投げていた携帯電話から発生しているものだった。

億劫そうに上半身を起こし、携帯を手に取る――液晶画面には[ 月村すずか ]――親友の名前が表記されていた。

応答ボタンを押しそれを耳に押し当てると、何の話だろう、と思考しながら、なのはは体を起こした。








































キィッ、と甲殻虫の鳴き声のようなブレーキ音を伴うと、一対の車輪が動きを已め、乗せていた少年をある一軒家の前へと運び終わる。
表札には[ 八神 ]の二文字――まぁ、間違える筈がないが、と。
少年――ジェイルはそう呟きながら、入り口近くに自転車を駐輪し、荷物を手に取る。

自分としては、最初から家に上がり込み、闇の書に拠る侵食具合を確認する程度の予定しか立てていなかった。
が、それに付随して夕飯が食せる――手料理、八神はやての。
正直、楽しみでしょうがない――動悸していると言い換えても差し障りはないだろう。

興奮しているのは、何もかも事が上手く運んでいる事も或るだろう――プレシア・テスタロッサを味方に引き込んだ事。
忘れ物――ジョーカーを手中に収めた事等だ。

取り合えずの見返り――前払いとして受け取った魔力反応断絶効果を内包する布。
それを使い、ジョーカー――12の願いの欠片も隠蔽し終わった。
時の庭園の座標を自動アップデートし、転送、逆転送を可能にする補助デバイス――と言うよりも、補助端末だろうか。
それが譲渡された為、咄嗟の状況でも難なく帰還及び退却も出来る。
或る程度の準備は整った。

完全に協力者となった為、自分も働かなければならないが、これで思う存分大魔導師を使役する事が出来るだろう。
付随するように、フェイト・テスタロッサもだ。

――そして、その後は、


(――嗚呼、この事件が終結すれば、首輪がこの手に――フェイト君への、鎖が手に入る。
くくっ……!!)


自分が興味が或るのは、あくまで[ フェイト ]――[ アリシア ]ではない。
興を傾けている少女、その元と為った存在では或るが、手に入れた所でもう一度フェイトを創造出来るとは限らない。
蘇生等、無駄な労力にしか為り得ない。

つまり、どちらにせよ、プレシア・テスタロッサにはアルハザードへと旅立ってもらうつもりだ。
アリシア・テスタロッサの蘇生等、自分には容易く出来るだろう――それをしないもう一つの理由は、楔を打ち込む為。

この段階で深く関わるつもりはないが、プレシア――母が旅立てば、依存している彼女は崩壊の兆しを確実に見せる。
その空洞――隙間へ、自分が侵入すれば、依存の矛先は自分へと向かせる事が出来るだろう。

深く関わり過ぎ、自分――ジェイルの事を知ろうとされるのは煩わしい――が、それが依存ならば、何の問題もない。
事実、現在進行形で、フェイトはプレシアに依存している。
そして、何も知ろうとしていない――ジュエルシードを理由も知らされず回収させられている所を鑑みるに、確実に成功する。


(――くくっ……嗚呼、楽しみだ)


利用できるものは全て利用し、自分の理想へと変換する。
予定外の大怪我こそ負ったものの、それは既に些事でしかない――故に、胸中の嗤いは止まらない。
もしかすると、表に出ているかもしれないが、それも気になりはしない。


「――にゃぁ」

「……む?」


入り口に備え付けられていた呼び鈴を押そうと、手を伸ばし掛けていたジェイルだったが、ふと聞こえて来た鳴き声に、半ばで一旦動きを止める。
呼び出しベルが付随している塀の延長線上――その上で、一匹の猫が此方を眺めながら鳴いていた。


「……ふむ、猫か」

「にゃぁ」

「君は運が良い。
もしも君が犬やフェレットだった場合、問答無用で消していたかもしれないからね」

「にゃぁ」

「では、通らせて貰うよ」


塀を伝い、此方に立ち塞がるかのように正面に歩を進めていた猫を無視し、ジェイルは呼び鈴を鳴らす。
それでも、猫は鳴き已む事はない――寧ろ、より間隔を縮め、断続的に声を出し続ける。

――出て行け、と言っているような気がしなくもなかったが、度が過ぎ始めていた為、鬱陶しいとしかジェイルは感じない。
そろそろ黙らせようか、と考え始めた矢先、静かにドアが開き、中から車椅子に乗った少女――八神はやてが顔を覗かせた。
それを確認すると、門を潜り、敷地内へとジェイルは歩を進め始める。


「うんうん。
よう来てくれたなジェイル君。
歓迎するで」

「君との約束は違えないさ。
何よりはやて君の手料理が楽しみでね。
少々急ぎ足に為ってしまったよ。もう、出来ているのかな?」

「後少しや。
テレビでも見ながら待っててもらってもええか?」

「では、君の後姿でも眺めながら――……五月蝿いね。
いい加減にしたまえよ、猫科」


舌打を交えながら、背後――塀の上で鳴き続けている猫をジェイルは睨みつける。
はやてとの会話中――甘美な時を邪魔された事も或るが、何より、鬱陶しい。


「あー、あんまり怒らんといてあげてな?
その子、昔から家に住みついてて、多分、ジェイル君見るの初めてやし、警戒してるんやと思うわ。
全然、悪い子やないで」

「……まぁ、いいが。
家の中までは入ってこないのだろうね?
食事中にこれは、さすがに鬱陶しい――む、初めて?
以前、家の手前までだが私は来ただろう? その時に私を見たのではないかい?」

「んー……何か、ここ一週間くらい見掛けなかったんよ。
心配してたんやけど、今朝戻ってたし……ほら、猫って気まぐれやろ?
何処か旅行にでも行ってたんちゃうかな」

「ふむ、まぁいい。お邪魔するよ」


取り合えず、今も鳴き続けているそれを無視し、はやての脇を通って玄関へと入って行くジェイル。
それを確認すると、開け放っていた玄関を締めるはやて――締まり際に見えた猫に微笑むと、ジェイルの後を追い家の中へと消えて行った。


「…………にゃぁ」


最後に一言鳴くとそれきり――張り上げていた声が已むと、固定される視点――その先は、この場を去った二人。
その視線は、興味が或る、警戒しているの段階を越え――敵意のそれと思える程、鋭く為っていた。









































張り切りすぎたと感じる程、10歳に満たない二人だけで食すには少々豪勢な夕飯を終えると、ジェイルはベランダへと足を運んでいた。
満腹感も相まり、常日頃より余計に心地良く感じる夜風――実際に風は無いが、余韻に浸るには丁度良い空気を体全体で感じながら、大きく伸びをする。

正直に言わなくとも、美味だった。
高級レストランで出されるような華やかさこそ無かったが、それを差し置ける程、手の込んだ料理――ああいった物を気持ちの篭った料理、温かみの或る料理と言うかもしれない、と。お袋の味とでも言うべきか。言葉尻にそう付け加えながら暫く歩を進め、ジェイルは振り返りながら部屋の中を覗き見る。


「――お粗末様でした」


丁度、ジェイルが振り向いたのと同時――そう言いながら、少年に続いてベランダへとやって来るはやて。
カラカラ、と滑車の回るような音を伴いながらドアを開け、同じように閉める――静かな夜の住宅街に、僅かに浸透していくそれに対して、中々悪くない、とジェイルは心中で呟く。


「粗末ではなかったよ。実に美味だったからね。中々の腕前だ。
こういう場合、いい嫁に為る、とでも言うべきかな?」

「貰い手がないけどなー。
まぁ、満足してもらえたようで何よりや。
んー……風、気持ちええなぁ……」

「ああ……悪くない。
いや、ここは率直に――良いね。実に心地良い」


ジェイルは、はやてが隣に来た事を横目で一瞥すると、夜空を見上げ始める。
それに習ったわけではないが、同じように空を仰ぐはやて――理由は無い、何となく、だ――寧ろ、理由を求めるのが無粋なのかもしれない。


「……くははっ~」

「何だね、藪から棒に」

「ジェイル君の真似」

「……余り、覚えがないね」

「大体、こんな感じや。
夕飯中、ジェイル君よう笑ってたしなー。
そら嫌でも覚えるわ」

「嫌なのかい?」

「ううん、嫌やないよ。
面白いなって、ちょっと思っただけや」

「む……それは何と返せばいいのか図りかねるよ。
どういった返答をご所望かな?」

「ええよ、そのままで」

「む? ……まぁ、いいが」

「うんうん」


不思議そうにはやてを見るジェイル、それに微笑みを以って返すはやて――まぁ、いい。
先程口にしたのと同じように、ジェイルはそう呟くと、再び夜空を見上げ始めた。


(……月が綺麗だ。
何故だろうね、普段と何ら変わりはないのだが――、)


――安堵しているかもしれない。
若しくは、明確に目標が定まった故に、より明瞭に映り、映えているのだろうか。

夜に入り、自己主張の強くなった満月を見上げながら、ジェイルは胸中でそう洩らしていた。
長いようで短かった一週間――八神はやてと出会い、高町なのはと邂逅し、フェイト・テスタロッサに連れ去られ――答えと真実を得た。

尤も、答えと言っても未だ一里塚に過ぎない――が、答えへの道程が定まったと言う意味合いならば、正しく答えなのだろう。
式が起立出来れば、後は解くだけなのだから。
即ち、或る程度の差異は発するだろうが、最終的にもう一人の自分――ジェイル・スカリエッティ及びナンバーズを倒させる、だ。

長い旅路に差し掛かったばかりだが、感慨は或る――感慨深い、とまではいかないが。
だからこそ、安堵しているのかもしれない。
嵐の前の静けさのようなものだろう――もはや確実に、時空管理局との敵対は避けられなく為るが故に。

時空管理局――嫌い。自分にとってそれはイコールで繋がる――憎んでいると言い換えてもいい。
だからこそ、幾ら幽閉されようが、捜査協力等しなかった。
元居た世界を離れる際、協力体制を見せたのは利用する為――あくまで、協力するフリだ。自分から進んで協力する気等毛頭ない。

何せ、自分の夢――生命操作技術――それを全面的に否定している。
夢、理想、願望、生甲斐、生きる目的――刷り込みだろうが、他者から与えられたモノだろうが何だろうが、それを否定すると云う事は――死ね、生きるな。
自分に対し、そう言っているのと同義だ――ジェイル・スカリエッティを生かしておく気がない組織に、どうして協力出来ようものか、と。
約8年の幽閉期間――数百年続いたとさえ思えてしまう地獄の日々――自分は死んでいないだけで、生きているとは言い難かった。

だからこそ、当然の帰結だったのだろう――自分がプレシア・テスタロッサと手を組む事に為ったのは。
正義が時空管理局、悪がプレシアだとし、たとえ善悪が入れ替わろうとも、結果は変わらないのだろう。
善悪等些細な価値観、立つ瀬の違いだ――正直、自分が善だろうが、悪だろうがどうでもいい――理想さえ叶えばそれでいい。


(……だからこそ、なのかもしれないね。
理解するべきはそこなのかもしれない――強かったのだから。
あの時――JS事件の渦中、彼女達が正義で或り、私が悪だった――ならば、彼女達が強かったのは、正義だったから……か?)


今、自分の隣で微笑み、車椅子での生活を余儀なくされており、脆弱と言っても差し支えのない少女――八神はやて――夜天の主。
母の道化を演じ、演じている事さえ気づいていない、盲目に陥っている少女――フェイト・テスタロッサ――金色の閃光。

そしてエース・オブ・エース――高町、なのは。


(…………む)


そう考えた時、ふと、あの時垣間見せた――見てしまった表情が浮かんでしまった。


「――……はやて君、少しいいかね?
この前のように、少々足を診せて貰いたい」


――不愉快だ。そう胸中で切り捨てると、表面上は何時も通り、ニヒルな笑みを浮かべながら、ジェイルははやてへと話し掛ける。
本来ならばそれも知るべきなのだろう――が、隣に居る少女へ口を開く事で、無理矢理放り投げる――鬱陶しい、アレは同情でもする気だったのか、と。

同情、か――同情されるような事でも無いだろうに――ならば、憐れみだろうか?
同情される事でも、憐れと思われる事でも無い――ならば、自分がこれについて思惟する事こそ、間違いなのだろう。
そう最後に付け加えると、話の矛先だけでなく、漸く意識もはやてへとジェイルは向け始めた。


「んー……診て貰えるって言うのは嬉しいんやけど……。
変な事せんといてな?」

「変な事、とは?」

「えっとな……すずかちゃんに言った事といいその他諸々見てて、私の中のジェイル君イメージ変態で固定されてしまったんや。
正直、ちょっと不安なんよ。私一応、女の子やし」

「何を以って私を変態としたのかは定かではないが、この前と同様の軽い触診だよ。
まさか局――」

「――うん、その先は何かえっちぃ事言いそうな気がするからやめとこな?
この前と同じ程度なら、構わへんよ」


こめかみをひくつかせながら、はやては体毎ジェイルへと向き直る。
何故少々憤慨気味なのかジェイルには良く分からなかったが、まぁ些事だろう、と一旦脇にどけ、少女の足元へとしゃがみ込んだ。


「じゃあ、よろしゅうお願いします。未来の……科学者さん、やったっけ?」

「その解釈は限りなく正しいよ。
中々の翠眼だ――嗚呼、そういえばこの前もそう言っていたね。
――では」


言いながら、はやてが膝に置いていた掛け布を脇に除け、左手で足をまさぐり始めるジェイル。
はやてが少々擽ったそうにしていたが、それに気を留める事なく、診察の手を休める事もない。
足の裏から始まり、脹脛へ、次に太腿へ――……同じ程度?、と擽ったそうにしていたはやてが少々顔を赤らめ始めても気にせず、片足分その動作を終える。

まだ診ていないもう片方へと手を伸ばし――、


(――……何?)


――その途上、ジェイルの脳裏を掠めたのは疑問――おかしい、と。


(これは……どういう事だろうね。
まさか、進行具合が定まっていないのか?)


詳細な検査器具が無く、触診だけで感じ取れる程、飛躍的に進行、侵食している――正直、予想外だ。
以前の触診から数えて五日――そこから逆算する限り、どう考えてもこの侵食具合は矛盾している。
少女が言うに、この足はつい最近どうこう為った訳ではない――随分昔から不自由だと言っていた。
そう、随分昔から、だ――この進行速度ならば、既に闇の書が覚醒していてもいい。その筈だ。


(ふむ……直線ではなく曲線、か。
全く……さすがに加速するとは予想していなかったかな。
――ならば、その要因は何なのだろうね)


触診ではこれ以上の事は分からない――詳細な医療器具が必要だ――そして、この世界にはそれが無い。
覚醒まで残された時間を知る為に訪れたのだが、これでは何の予測も、スケジュールも立てられない。


(正直、幼年体へと退化させるよりも、此方……パラドックスを緩和して欲しかったよ――ジュエルシード)


ちらり、と自分の右腕――ギブスで固定、さらにその内部で魔力反応隠蔽用の特殊な布で二重に包んだ場所――12の願いの欠片を埋め込んだ部位を、恨めしそうに見やる。
自分の見立てでは、これの魔力が回復するまで一週間と半分程。
だが、それでも本来の力には及ばない、願いを叶えるには及ばない――が、今ここで、タイムパラドックスを消してくれ、と願ってしまいたい感は否めない。

本来の自分ならば、何時闇の書が目覚めの時を迎えるのか、知っていた可能性は高い。
今の自分が覚えている事と言えば、闇の書事件の中心人物及び所有者は八神はやてで或り、初代祝福の風が消え、その後Ⅱ世が生み出された、等だ
肝心の事件発生時期は――PT事件の後――それくらいしか覚えていない。


「――……あのー、ジェイル君?
何か難しい顔してるけど、どうかしたんかな?」


完全に思考領域へと埋没していた為か、齎された声に対し、ジェイルは数拍置いて漸く顔を上げた。
心配そうな表情――そこまではいかないが、不思議そうに首を傾げるはやて――嗚呼、夢中に為り過ぎたようだ、とジェイルは心中で軽く謝辞を述べながら立ち上がる。
マルチタスクでも使っておけばよかったかな、と付け加えながら。


「……ふむ、悪いね。
経過、予測が明確に導けないのが非常に歯痒いが……一応、診察は終了だ」

「ううん、病院の先生でも分からへんのやから、ジェイル君が気にする事やないよ」

「比較対象が低位過ぎるよ、はやて君。
私を有象無象の医者と同列に並べられては困る。
機材さえ或れば――……まぁ、無い物強請りは已めておく事にしよう。
だが、何もせず、得ずに終えるのは我慢ならないね――……ふむ、はやて君、キッチンを借りても良いかな?」

「……台所?
一応聞いとくけど、料理やないよね?
夕飯食べたばっかりやし」

「私はコックではなく、ドクターだからね。さすがに料理は専門外だ。
何、無い物強請りはしない。単に或る物を使うだけの話だよ」

「んー……?
まぁ、危ない事せんなら、ええけど」

「ああ、約束しよう。
では、借りるよ」


背中を向け、言いながらリビングへと入って行くジェイル。

何をするつもりなのか気にはなったが、まぁ、心配は要らないだろう。変人で変態だが、約束は守る少年だ――きちんと本も返してくれたし。
はやてはそう思いながら、閑静な住宅街と、星の瞬く光景を視野に入れ始める――やけに月が綺麗だ、と感じながら。


(風、気持ちええなぁ……うっかりしてると寝てしまいそうや)


月村すずかと初めて会話を交わし、ジェイルに約束を守ってもらい、夕飯を何時も通り一人じゃなく二人で食べた――楽しかった、と。
振り返ってみれば、その一言に尽きる――尤も、尽きてはいない。今も楽しいのだから。

かと言って、毎日が楽しくない訳ではない――何かしらに一喜一憂する事くらいは勿論或る。
だが、何かしら、だ。何に対してそう為ったかは、思い出せない――所詮、その程度だったのかもしれない、と。

自分の足が不自由でなければ、もっと出来る事――普通に学校に通い、友達と遊ぶ、等をしていたのだろうか。
そう考えた事は或ったが――そういえば近頃その辺りの事を考えるのが少なくなったかも、とはやては知らず知らずに苦笑していた。
自嘲や、諦めの色が滲んでいるのは、自分でも感じ取れた――今更、しょうがない、どうしようもない事だ、と。


「――待たせたね」


以外と早く戻ってきた少年から齎された声に、卑下とも言える思考の靄を払い、振り返るはやて。
少年の左手にはタオル――台所に備え付けてられていた筈の手拭が握られていた。

右腕に怪我、左手に荷物を持っている為か。
一旦ドアを閉めるような素振りを見せるジェイルだったが、無理と悟ったのか、開け放ったままはやての前に歩み寄り――先程の診察中と同じように、しゃがんだ。


「えっと、それ何に使うん?」

「知らないのかい? 中々有名な自然療法だよ。
君の病気に対する効能はないが、それでも身体的に良効果を齎してくれる筈だ。
まぁ、口で説明するより、体で実感してもらおうか
では――、」


――失礼するよ。
そうジェイルは言うと、一旦持っていたタオルを一旦脇に除け、はやての膝辺りの布を捲る。
はやてとしては少々気恥ずかしかったが、至極真面目そうな様子なので、戸惑いながらも為されるがまま、少年を眺め始める。

ジェイルは目標の部位を確保すると、置いていた手拭を再び手に取り、そこ――膝に、そっと置く。
その動作を、左手だけで終えた手際の良さに、はやては何故か感嘆の息を洩らす――ジェイルはそんなはやての声を耳に入れながら、立ち上がった。


「――さて、と。どうだい?」

「どう、言われても……あれ?
何か、やけに暖かいっていうか……ほくほく?」


肌にそれが宛がわれた際、はやてが感じたのは熱――湯で濡らしたのだろう、とその程度にしか思っていなかったが、妙に暖かい。
時間が経つ毎に、外部からだけでなく、内部からも温められていると錯覚してしまうような感触が或った。


「生姜湿布、と言えば分かるかな?
はやて君が夕飯を調理している際、熱湯を使用しているのが見えてね。
丁度良かった為、その余りと冷蔵庫に入っていた生姜を利用させてもらったよ」

「へー……何やほくほくしてて気持ちええなぁ……お風呂入ってる時みたいな感じするわ」

「ふむ、まぁそう感じるかもしれないね。
ちなみに効能は様々或るが、こりの緩和や血行促進効果が主だよ。
感覚が或りながら、動かないストレス、こり――動かせない為、余り巡らない血。
君にぴったりだと思ってね」

「お婆ちゃんの知恵袋みたいやなー。
ジェイル君って物知り――……あ、もしかして気、使わせてしもた?」

「いや? 特には。
まぁ、夜風はその足には少々辛いかもしれない、と懸念していたのも確かだが、これも診察の一環だよ。
以前、言っただろう? 君が闇から夜天を見出せなかった時、そこへ至らせる翼を献上する、とね。
その一里塚のさらに一里塚だが、今出来る事はやっておきたかった――唯、それだけだよ」

「ん……?
まぁ――うん、ありがとうな。
コレ、凄く嬉しいで」

「礼には及ばない。
あくまで自分の為だからね」

「それでも、や。ありがとうな。
――っと、そういえば……この前も言ってたみたいやけど、闇とか夜天とか翼とかって何の事なん?
私がその内、飛ぶみたいな事言ってるけど……後々考えてみても、よく意味が分からんくてな」

「気にしなくていいよ――ああ、これも以前言ったか。
いずれ分かる、と言いたい所だが……。
そうだね――……願わくば、君が夜天へと飛び立つ際、その手助けが出来れば、とは思っているよ。
まぁ、それは予定外の事態が発生した場合、だがね」

「……やっぱり良く分からへんのやけど?
んー……なぁなぁ、ジェイル君。何で手助けなん?」

「何で、とは?
そこを疑問に思われるとは思っていなかったが、何が気になるんだい?
出来る限り、答えるよ」

「んとな、そのいずれってのが何時なのかは教えてくれそうにないから、取り合えず置いとくとして。
折角飛ぶんなら手助けじゃなくて、一緒に飛びたいなぁって。ほら、一人だと心細いし、怖そうやん?
それに――、」


――私ら、友達やろ?
友達と一緒に飛ぶんなら、安心出来るし、楽しそうやんか。


何の戸惑いも見せず、そう言いながら微笑むはやて――だからこそ、ジェイルは戸惑いを隠せず、返答に困り、迷う。
それが、数日前まで一緒に居た少女と同じ――そう、理由は定かではないが、そんな風に感じてしまったからだ。


(む、これは……少々、予定外だね)


状況こそ違えど、またもや深く関わりすぎてしまったのか、と。
昼頃言われたように、自重すべきなのかもしれない――尤も、そんな気はないが。
自分は自分のやりたいようにやるだけ――無限の欲望の赴くまま、だ。
しかし、まだこの段階だからこそいいが、調子に乗り過ぎれば後々巨大な弊害と為るかもしれない―― 一考しておくべきか。

ジェイルは取り合えず、そう自身の心へと軽く楔を打ち込むと、どう返答するべきか、思考と視線を巡らせ始める。
少年のそんな様子を不思議に思ったのか、首を傾げているはやて――それを他所に、数秒そうしていただろうか。
ふと、視界の端で動いた――と言うよりも、震えた細い糸が、ジェイルの気を留める――あれは、と。

何か思い至ったのか、一旦リビングへと戻るジェイル―― 一旦台所へと姿を消すと、何やら握り閉めながら、再びベランダへと。
左手に握られていたのは、少々大き目の透明な瓶――中身は何も入っておらず、空っぽだ


「んと、別に使ってもええけど……何に使うん? それ」

「虫の採集でも、と思ってね。
その内、洗って返すよ」


そう言いながら、はやての脇を通り過ぎ、先程視点を固定した場所――ベランダの淵と、壁が接触している地点へと向かい、しゃがみ込むジェイル。
さっ、とまるでジャブのように素早く左腕を突き出し、収め――突き出した際に掴んだ何かを、瓶に詰め、はやての居る場所へと戻って来た。


「……クモ?」

「正しくは黄金蜘蛛――コガネグモ、だね。これはちなみに雄だ。
美しい黄金の体色は雌特有のもので、雄は茶褐色、体長も雌に比べ5分の1程しかない為、非常に性別を見分けやすい。
尤も、私が知ったのは今日――月村すずか君に対するアプローチへのお預けを喰らっていた時だが」

「あー……あれって、図鑑見てたんか」

「ああ。
取り合えず、この国における大まかな生態系は網羅したつもりだよ。
外見、特徴、特有の生態等はね」

「ふーん、勉強家やなぁ……。
……ん? ていうか、どうしたん? 突然。
無性に虫捕まえたくなった、ってわけでもないやろ?」

「何、例え話をするには丁度良くてね」


例え話?、と首を傾げ始めるはやて。
もしかすると、自分が口にした疑問――闇、夜天、翼についてだろうか?
等、思惟を巡らせるが、それと蜘蛛に何の関わりが或るのか、皆目見当もつかなかった。
そんなはやてを尻目にジェイルは、――では、と切り出しながら、口を開いた。


「――はやて君、君は蜘蛛について、どんなイメージを持っているかな?
まずは、それを聞かせて欲しい」

「ん、んー……イメージ言われてもな。
足が八本或って、蜘蛛の巣張って、種類に拠っては益虫……くらいしか知らんよ?」

「そうではない、イメージだよ――好きか、嫌いか。
それだけで構わない」

「んなら……どっちでもない、やな。
犬は飼いたい思うけど、蜘蛛はちょっとなー。
かわいいとは思わへんし、突然目の前とか出てこられたらびっくりするし」

「そうかい。それは良かった」

「……ん? 何が?」


ジェイルははやての返答に、少々満足感を得たような様子で、苦笑のような嗤いをくぐもらせた。
何か面白い事を言っただろうか、と困惑するはやてを他所に、少年は話を続ける。


「嗚呼、そうだ――それでいいのだよ、八神はやて君。
君はこんな地を這い回る事しか出来ない存在に対し、興を傾けてはいけない。
好きも嫌いも、感情の起伏に変わりはない――故に、そう、今君が言ったように、どちらでもない――興味がないが、正しい。
それこそ、私の求める答えだよ」

「えっと……?
よく意味分からんのやけど、ご期待に沿えたようで良かった、でいいんか?
ていうか、何が言いたいん?」

「では分かりやすいよう、少々或る男の昔話――まぁ、私の話をしようか。
敗北者と為り、地に堕ち、見上げるは空――それが、私だ。
幾ら手を伸ばそうとも、糸を伸ばそうとも、天に届く事はない――それが、蜘蛛。
私はね、似ている――いや、まさに蜘蛛なのだよ。罠を張り巡らせ、糸や縄を使役する特徴も合致する。
そして未だ羽ばたいてこそいないが、君は翼持つ者だ。
私――ジェイルは地を往き、君――八神はやては天を往く」

「……ごめん。
分かりやすいように言ってくれたんかもしれんけど、意味分からん」

「君と私は違う――返答だよ。
君が私を友、と。そう口にした事に対する、ね――ここまで言えば分かるだろう?
次いで言えば、はやて君は、恐らく勘違いしている。
君自身が口にしていた通り、ジェイルと言う蜘蛛が突然目の前に現れた為、驚き、混乱している――友と思い違いしている。
落ち着いて考えてみたまえ。
私の何処に、君が友と思える要素が或る――鑑みるに、無い、そう思うよ」


――あの目は、嫌悪の眼差しは、嘘偽り等なかった筈だ。
と、かつての世界での彼女を思い出しながら、ジェイルは胸中でそう呟き、口を閉ざした。

話はここで終わり。そう言わんばかりに、戸惑い気味なはやてを尻目に、それきり言葉を紡ぐ事をしない。
少年は別段、少女の返答を待っているわけではない――これは一方的な独白、拒絶の意思の表れなのだから――友達には為れない、と。

えと、その……等の助動詞を口にするはやて――少年の言葉へ思索する毎に、表面上だけでなく、内心でも戸惑いが占有し始めていた。
分かりたくないが、分かってしまう――少年は自分の事を友人だと思ってくれていないのだと。

こうして顔を合わせたのも未だ二度目――そんな僅かな期間で、友達だと想った自分がおかしいのかもしれない。
昔は兎も角、現在、自分には友と呼べるような人間は存在していない――故に焦ってしまい、何か間違ってしまったのか、と。
友達が居ない――だからだろうか? 無理にでも欲しい――等、考えていた事は決して否定出来ない。

先程の自分の言葉――友達と言ったのは、頭で考えてから口にした訳ではない。
自然と、それが当然で或るかのように、口にした――それが、自分が目の前の少年を友達だと思っている何よりの証拠だろう。

ただ、欲しかった――独りは、寂しいから。
だから、嬉しかった――やっと、友達が出来た、と。
もう独りじゃない――そう、思った。

それを――拒絶された――されて、しまった。


「――さて、その湿布の効能も頃合だ。
過度に施せば、悪影響を及ぼすからね。
しかし、今後も続けていれば、病状は兎も角として、体調は幾分かマシに為る筈だ。
作り方、注意点を帰る前に教えておこう」


はやてに例え話――友達には為れない、と説明する為に捕獲した蜘蛛――ジェイルは、それが内包された瓶を手に取る。
纏まらない、揺らぐ思いと視点――半ば呆然としながら、はやては唯それを眺めていた。

[ 頃合 ]――[ 帰る ]。
言葉の意味は当然、理解出来る。
だが、今のはやてには、それ以外の言葉にも聞こえ、深読みしててしまう――[ これで終わり ]――[ さようならだ ]、と。

背を向けようと踵を返そうとするジェイル――視界から消えていく蜘蛛。
もしも少年が言うように、蜘蛛イコール彼、なのだとすれば――そう思った時、


「――……つ、連れて行くからっ!!」


――はやては、自然とそう口にしていた。言わずには、いられなかった。

足を、踵を返そうとしていた動作を一旦止め、ジェイルは不思議そうにはやてを見返す。
潤んだ眼球――少年を捉えて離さない目――まるでそこに引力が或るかのように、少年の視線が吸い寄せられていく。


(何を――、)


――言っている?
連れて行く? 何処に? 等、疑問が多々浮かぶ前に、連想したのは一人の少女――高町なのは。
今日、何度目になるだろうか。

あの時とは状況も、口にした言葉も、人物ですら違う。
加えて、力とでも言うべきか――今、自分に向けられているものは、あの時よりも強く、固い。
それでも同じだと思ったのは、ふと、感じたからだ――その先に、同じものを見ているのではないか、と。

それが分からないからこそ、表面上は兎も角ジェイルは混乱した。
しかし、返答が出来ない事こそ、何より戸惑っている事の証拠――はやては、言葉を続ける。


「……蜘蛛なら、糸が或る。
私が飛ぶってのは信じられへんけど……けど私、まだ飛んでないんやろ?
お空さんに糸届かなくても、今の私になら届く筈や。
それなら、一緒に飛べる――私が、連れて行く」

「……飛ぶというより寄生だよ、それは。
何より、私はそれを望んでいない」

「それは、嘘や。
自分で言ってたやんか――幾ら手を伸ばそうとも、糸を伸ばそうとも、天に届く事はない、って。
伸ばしてるんやろ? 見上げてるんやろ? ――それ、私には[ 行きたい ]言うてるとしか思えへん」

「――――」


――違う?、と。
視線でそう語り掛けるはやて――全て伝え終えたのか、ジェイルを見たまま口を閉じる。

二の句が告げられない――赤い色彩が白くなる程、ジェイルは下唇を噛み締める。
掘ったつもりもない墓穴――掘った事ですら気づいておらず、転落までしてしまった。

伸ばそうとも、伸ばそうとも――確かにそう言った。
言質を与えてしまったと言い換えてもいい――この世界に降り立ってから、間違いなく二度目の失言だった。


「――……6月、4日」

「……何だね、それは」

「私の誕生日や。
他に祝ってくれる人が居ない、とかそんな理由やない。
友達――ジェイル君に、来て欲しい。来てくれたら、嬉しい」

「…………そうかい」

「……嫌?」

「嫌、では……ないよ」

「……うん。
じゃあ、待ってるから」


嫌だ、と。
完全に拒絶出来なかったのは、揺らいだからだ、突き放せなかったからだ――友達、その言葉が。

いけない、これではいけない、と。
こんな一歩目で躓くような理想ではない――生命操作及び創造技術の完成は、夢は、その程度ではない。
愛する娘達を――愛しい作品達切り捨ててまで選んだ道なのだから。

だからこそ、一蹴するべきだ。
五月蝿い、鬱陶しい、煩わしい――付け入る隙等皆無な程、拒絶するべきだ。

その、筈なのに――


「――……風が、冷たくなってきたね。
そろそろ、中に戻ろうか」


――ジェイルはそう、口にするのが、精一杯だった。




















――にゃぁ、と。

耳に覚えたその声が、五月蝿くて、鬱陶しくて、煩わしくて、苛立って仕方がなかった。







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