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No.15932の一覧
[0] 時をかけるドクター[梅干しコーヒー](2010/06/21 22:13)
[1] 第1話 アンリミテッド・デザイア[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:29)
[2] 第2話 素晴らしき新世界[梅干しコーヒー](2010/01/31 01:37)
[3] 第3話 少女に契約を、夜に翼を[梅干しコーヒー](2010/02/01 22:52)
[4] 第4話 不屈の魔導師と狂気の科学者[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:01)
[5] 第5話 生じるズレ――合成魔獣キマイラ[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[6] 第6話 生じる歪み――亀裂、逡巡――純[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[7] 第7話 生じる答え――矛盾邂逅[梅干しコーヒー](2010/03/03 17:59)
[8] 第8話 歪曲した未来――無知と誤解[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:10)
[9] 第9話 歪曲した明日――迷い蜘蛛、暮れる夜天[梅干しコーヒー](2010/03/18 00:02)
[10] 第10話 歪曲した人為――善悪の天秤[梅干しコーヒー](2010/03/20 23:03)
[12] 第10・5話 幕間 開戦前夜――狂々くるくる空回り[梅干しコーヒー](2010/03/25 20:26)
[13] 第11話 始まる終結――擦違いの戦場へ[梅干しコーヒー](2010/03/29 05:50)
[14] 第12話 始まる集結――蠢く夜の巣へ[梅干しコーヒー](2010/04/02 22:42)
[15] 第13話 始まる終決――時の庭園へ[梅干しコーヒー](2010/04/08 21:47)
[16] 第14話 絡み合う糸――交錯の中心座[梅干しコーヒー](2010/06/16 22:28)
[17] 第15話 空見合うカンタービレ――過去と未来のプレリュード[梅干しコーヒー](2010/06/21 23:13)
[18] 第16話 空見合い雨音――歩くような早さで。始まりの終わりへ[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:34)
[19] 第17話 変わる未来[梅干しコーヒー](2011/05/02 00:20)
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[15932] 第5話 生じるズレ――合成魔獣キマイラ
Name: 梅干しコーヒー◆8b2f2121 ID:af37fdb2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/06 13:02









石畳の滑走路を、離陸直前のジェット飛行機のように、疾走する黒い影。


「ガフッ――フッ――ガァッ!!」


着陸地点――攻撃ポイントには、純な白をイメージさせるバリアジャケットに身を包んだ少女と、濃紫の髪の少年。

少女は赤い宝玉が先端に付随した杖を握り締めると、表情を引き締め、腰を僅かに落とす。

猛獣の突進で大気が攪拌されたのか、一陣の風が吹き抜けると、少年の髪が草原のようにそよいだ。
乱れた濃紫の髪を正す事もせず、案山子のように突っ立ったままそれを受け流すと、漸く眼前の影を見据え始める。


「え、えっと――レイジング――」

「――必要ないよ」


左手を突き出し、防御障壁を展開しようとしていたなのはの言葉を、切って落とすジェイル。
切り捨てられた行動に疑念を抱き、バッ、と。なのはは振り返る――視界に映った少年は、いつの間にか両手を広げていた。

何をしているのだろう。
そう逡巡したのも束の間――既に黒い影は目と鼻の先まで迫っていた。
必要ないと言われようが、このままでは纏めて轢き飛ばされてしまう――直撃は免れない。

ジェイルの言葉を一旦片隅に放ると、利き手に力を込めるなのは――だが、


「――えぇっ!? な、何してるのっ!?」

「黙っていたまえ。舌を噛むよ」


突き出していた左手――妙に圧迫感を感じると思えば、赤い縄が幾重にも巻きついていた。
もう一方の端には赤い官印のような魔法陣――それはジェイルの手から発生していた。
広げていた両手――もう片方の赤い魔力縄は、神社にほぼ付き物の鎮守の社――木々の一画に伸ばされている。

なのはの驚愕の声と表情には目もくれず、森林へと伸ばしていた方の縄を一挙に引っ張りあげるジェイル。
斜め横にスライドしながら、宙空へと舞い上がる。

当然――、


「ふえぇっ!?」


――ジェイルを介して繋がっていたなのはも、ガクン、と。操り人形のように宙に浮いた。
ジェイルは足場のない空中で、迅速に伸ばしていた魔力縄を収納し、手繰り寄せていく。

まるでバンジージャンプでもするかのように、その場から一瞬で上空へと横滑り――離脱する二人。
退避するとほぼ同時。
黒い暴走特急が先ほどまで二人がいた空間を轢いて行った。
鳥居の門を乱雑に潜り、二人の視界から消え失せていく。

アレが此方を敵と認識した以上、また直ぐにでも戻ってくるだろうね、と。
ジェイルは肌で風を感じながら、小声で呟く。
さて、介入したのはいいものの、具体的にどうするか。

そう思索に耽るが――、


「ふえぇぇぇぇん!! 何で今日こういうのばっかりなのぉ~~っ!?」

「…………」


――陸に揚がった魚のように手足をばたつかせる少女を横目で確認し、深いため息をついた。










【第5話 生じるズレ――合成魔獣キマイラ】









素早く縄を繰り、衝撃と勢いを緩和させスピードを殺すと、漸く着地するジェイルとなのは。
少年は再び敵が現れるであろう場所を注意深く観察。

ドッと疲れが襲ってきたのか、少年に対して少女は目を回しながら千鳥足で重力を噛み締めていた。
少々乱れた髪が、よりその様子を誇張している。


(――……二本が限界、か。それ以上使えば、強度等あってないようなものだろうね)


ジェイルは感覚を確かめるように掌を開き、軽く握り締める。
文字通り感覚を確かめていたのだが、確認する度に気は滅入ってきてしまっていた。
かつてFの残滓と合間見えた時のような力は期待していなかったが、これでは、と。

使用していた名無しのグローブ型デバイスは所持していない――その為、発動出来る魔導の制御能力が著しく欠如している。
元々トラップコントロール専用の為、演算機能は付随程度だったが、その恩恵が今更ながら大きかったのだと実感してしまう。

加えて、幼少時の体に戻った為、引き摺られるように魔力の源――リンカーコアが縮小してしまっている。
元々大きくはない魔力が、毛程しかない。

最大限の精度、強度、操作性を重視するならば、バインドワイヤー同時展開数は二本が限界。
それ以上は体にもリンカーコアにも負担が大きい。
ジェイルは現在の時点での自身の戦闘能力を考慮し、作戦を立て始める。

恐らく、あの犬はジュエルシードを取り込んでいる。故に、内包魔力量は結構なレベルだった。
――覚醒したばかりならば、まだ上がる可能性があるか、と。
危機感を募らせると同時に、自分[ だけ ]では手に負えないと確信するジェイル。

そう結論を導き出し、ちらり、と。
横目で頼みの綱である未来のエース・オブ・エース――高町なのはへと視線を移せば――、


「むぅ~……!!」


――頬を赤く膨らませ、如何にもご機嫌斜めといった感じでジェイルを睨みつけていた。
リスかね? 君は? 、と。半ば呆れ顔でなのはへと意識を向ける。


「……何だね」

「……何で呆れてるのかな?
それに……呆れたいのはこっちだもん。私、お魚さんじゃないんだよ?」

「愉快な事を言う――今の私は不愉快の方が大きいが。
それに失望しているだけだよ。
気にしないでくれたまえ――君の所為だがね」

「私何かしたかなっ!?」


不満感を露にしながらジェイルをジト目で見つめる。
二度も釣り上げられたのが反感を買ったのか、ただ単に恥ずかしかったのか。
擬音で、プンスカ、と。そう聞こえてきそうな程、なのはは風船のように頬を膨らませていた。


「なのはっ!!」


二人のやり取りに、一匹の小動物――ユーノ・スクライアが割って入る。
そういえば居たね、と。駆けてくるユーノをジェイルは大して興味も無さそうに流し目で見やった。

無事が確認出来た事に安堵したのか。
ジェイルの気だるげな対応とは対照的に、なのははユーノに向かって駆け出す。

少女の足首に飛び移り、腰、上半身、肩へ。
擽ったそうにしているなのはを余所に、ユーノは二人と同じ目線まで昇り、直立に立ち上がる。


「二人とも、無事でよかった」

「う、うん、ユーノ君も」

「何だ、無事だったのかい――残念だよ」

「残念――って、……何だよその本当にどうでもよさそうな目はっ!!
君、僕の事嫌いなのかっ!?」

「嫌い? 自惚れも大概にしたまえ――動物界脊索動物門脊椎動物亜門哺乳網ネコ目イタチ科イタチ亜科イタチ属亜種フェレット。
君には好意も嫌悪も抱いてはいないさ――興味がないからね」

「長い!! 合ってるんだけど無駄に長いよっ!!
ていうか嫌いなんだね!? そうなんだね!?」

「もうそれでいいよ、面倒臭い。
それと、五月蝿い」

「何なんだこの扱い……っ!!」


まだ初対面から数分しか経過していないが、碌な人間じゃない。
それだけはよく分かった、と。謂れのない誹謗中傷のようなものに困惑しながら憤るユーノ

しかし、ここにきて初めてユーノに対して意識を向けるジェイル。
まるで今、この瞬間に存在を認知したばかりのように、まじまじと小さな体躯を見定め始める。
もはや完全に不快感の対象に定めたのか、なんだよ、と。ユーノは視線だけで語っていた。


(ふむ、高町なのは君に使い魔等いたか……?)


欠落した記憶――データベース上では、高町なのはは使い魔を所持していなかったはずだ。
さすがに欠けたと言っても、JS事件渦中の出来事――新暦75年の事柄はほぼ記憶に残っている。
体感した事もあるだろうが、脳裏のフィルムに焼きついて色褪せない彼女達が、それを裏付ける。

まぁ、些事か。大方所持していたが、現在から新暦75年の間に消滅したのだろう。
生き残れない程矮小な存在ならば、幾ら高町なのはの使い魔と言えど、興味は沸かない。
そう仮定し、脳内からどうでもよさそうにそれを蹴り飛ばした。

――さて、と。
思考を自身の肉声で打ち切り、ユーノへ向けていた視線をなのはへと移すジェイル。


「――とりあえず現状把握といこうか。
アレへの対抗手段はどれくらいあるんだい?」

「……対抗手段?」

「何でもいいよ。
私が補佐するからには勝利は確実だからね。
攻撃魔法――射撃、砲撃魔法等は今の段階で何が行使出来るのかな?」

「えっと……?」

「……?」


首を傾げるなのは。
その不可解な要領を得ないなのはの様子を見て、向かい合わせの鏡のようにジェイルは同じく首を傾げた。

スターライトブレイカーは望み薄だろう。
戦闘中の様子からして、そこまで魔力制御が達者になっているとは考えられない。
最良でディバインバスター及びクロスファイア、ショートバスター――及第点でアクセルシューター等の射撃魔法系か。
最悪、誘導弾も使えない可能性は否めない――が、それは此方で補助すればいい。
どうとでも転ばせられる。

なのはの次の言葉を待っているジェイル。
それを傍目に横目で眺めながら、肩を渡り、ユーノはなのはの耳元で何事か囁く。

うんうんと頷き――、視線で宙を泳ぎ――、気まずそうに頬を掻く。
チャンネルのように忙しなく表情を切り替えていき、なのははおずおずと口を開いた。


「えっと……あの子に取り付いてるジュエルシードっていう宝石の封印が出来る、かな」

「それは勿論知っているよ。
封印が出来ないのならばアレと戦っても無意味だろう。
君がそこまで無謀で馬鹿で能無しだとは私は露とも思っていないから、心配しなくてもいい。
私が聞いているのは、そこに至る為の経緯を作り出す力だよ。
早く言いたまえ。アレも何時までも黙ってはいないだろうしね」


視線はそのままに、ジェイルは鳥居の先――そこにいるであろう猛犬を指差す。
ズシン、ズシン、と。カウントダウンのように規則的に、段々と圧力を加増させていく足音が鳴り響き始めていた。
それが焦りを誇張させたのか――えっと、その、あの――、等の詰まり言葉を、なのはは矢継ぎ早に口に出す

さすがに不審に感じ始めたジェイル。
急かすようになのはを正面から見据えると、いいから早くしたまえ、と。視線だけで伝える。

えっと、怒らない?――事に寄るね――……うん、きっと大丈夫だよ――いいから早く言いたまえ。
言葉にせずに、目と目だけで対話を済ませる二人。

――嫌な予感がする。
それを言葉に出さずに、胸中の予感だけで終わらせたのは信じたくなかったからだったが――、


「魔法……これから教えてもらう予定だったの。
……だから、使えるのって言えば――封印くらいなんだけど……」

『マスター、防御魔法も使えますよ』

「あ、うん。
でもレイジングハート頼みになっちゃうし。
……私がちゃんと使える魔法って言ったらやっぱり封印だけかも?」

「…………は?」


――最悪の予感は、最低の結果で的中してしまった。
しょうがないよ。魔法と出会ったのって昨日だったんだし、と。
なのはに対してフォローを入れるユーノ。

ならば何故ここに来たのだ!!
そう胸中で激しく、阿呆らしく、馬鹿らしく頭を抱えてジェイルはツッコんでしまっていた。


(なん……だ……と……っ!! ば、馬鹿な……!!
予定外予想外調和外にも程がある……!!)


不様なだけでなく、無能――高町なのはの醜態に頭を抱え始める。
未だ卵の殻を破り始めた幼生態――雛ですらない。
強くないのが当たり前なのは理解出来る――だが、彼女に対して盲信とも取れる幻想を抱いていたジェイルにとっては、
心を抉られるような衝撃だった。


「――あっ!!」


ジェイルの苦悩を尻目に、なのはは弾かれるようにその場から駆け出す。
逃げる――さすがにそれはないか、と。
ネガティブに沈みすぎていた思惟を引き上げるジェイル。


「えっと……なのはを責めないで欲しいんだ」


いつの間にか、走り出したなのはの肩から飛び降り、足元からジェイルを見上げる形で言うユーノ。


「さっきも言ったけど、なのはは昨日初めて魔法を使ったんだ。
だから攻撃魔法覚える余裕もなかったし、勿論まともな戦闘経験なんてない。
……ごめん、これも言い訳だね。巻き込んだのは僕なんだし」

「巻き込んだ……?
……まぁ、その辺りの事情は後で聞きだすとして今はアレをどうす――……何をしているんだね彼女は」


ジェイルはユーノの話の節々に疑問を感じながら、少々距離の離れた場所に移動したなのはを視界の中央に捉える。
恐らく気絶しているのであろう。手足をだらりと垂らしたまま動かない女性。
それの両脇を抱え、地面を引き摺りながら此方に後ろ向きで前進してくるなのはがそこに居た。

ああ、確かにそんな所で寝ていられては邪魔になる、と。
ジェイルはなのはの意図を察し、右手を翳して再び魔力バインドの応用型――ワイヤーを現出させ、なのはと女性を絡めとった。

女性は鎮守の社――森林の中へ、なのはは元居た位置へと――縄を繰り、それぞれ運ぶ。
少女の方は諦め顔で半涙目だったが、ジェイルには特に気にする様子もない。
物を掴む程度ならば、三本位は可能か。機会があれば実験してみよう。そう思考していた。


「さて……お出ましのようだね。
いやはや、どうしようか」

「何事もなかったかのようにお話進めるんだね。
うん、もう慣れたけど」

「それは良かった」

「良くはないんだけどね……っ!!」


ジェイルの言葉通り、漆黒の猛犬は鳥居の門を潜り、神社へと帰還を果たしていた。
戯れとも取れるやり取りは一旦幕を降ろそう――そう決定付け、ジェイルは視線と体を敵性体へと向き直らせる。
少年に習い、少女も同じように表情を引き締め、杖を構えなおした。


「高町なのは君――いや、この場合はデバイスの方に聞いた方がいいか。
アレを打倒出来るだけの魔法――如何程で用意出来るかな?
勿論インストールくらいはされているのだろう?」


ちらり、と。横目でなのはが握っている杖の先端を見やる。
マスターの許可無しで発言するのを躊躇っているかのように、質問への返答は無い。


「……レイジングハート?」

『マスターならば出来ます』


マスター――なのはが間に入ると、さも当たり前のように、断定的な答えを返すレイジングハート。
高町なのはがアレを打倒し得る――そんな当たり前の事等、今更聞くまでもない。
既に知り得ている情報を聞いても、何の打開策にもならない。


「違う、違うよ。
そんな当然の答えなど求めてはいないよ、レイジングハート。
私が知りたいのは――何分何秒稼げばいいのか、それだけだ」

『少々お待ちを――……計算上ならば、5分強から6分弱。
簡易、緊急措置の為危険が伴います――お薦めは出来ません。
ですが、マスターならば、充分許容範囲内――つまり可能です』

「5分で終わらせたまえ」

『努力します』


それだけで意図が伝わったのか、返事代わりにコアを明滅させるレイジングハート。
案外、将来マスターをエースへと昇華させたのは、この優秀なデバイスの尽力が大きいのかもしれない。
そう胸中で声なく言い、困惑顔のなのはを一瞥――猛犬へとジェイルは一歩踏み出す。


「あのー……、お話についていけないんだけど……?」

「優秀なデバイスを手に入れたなのは君は家宝者――そんな話だよ。
レイジングハート、主への説明は君に一任するよ。
返礼はメンテナンスでもどうだい?」

『あなたの腕に寄りますね』

「くくくっ……釣れないねぇ――、」


――では。
そう呟き、未だ意図を理解していないなのはを尻目に、右手に赤い官印のような魔法陣を展開させ、駆け出すジェイル。

柄じゃないね、全く、と。
流されるまま陥ったこの局面に軽く抵抗感を覚えながら、眼前の敵を見据える。


「――ガァゥッ!!」


取り合えずの排除対象と定めたのか、ジェイルへと一直線に猛進し始める覚醒体。
駆けるジェイル――突進する猛犬。
両者は、残りほんの数秒で零へと到達する距離まで辿り着く――というところで、先に動いたのはジェイルだった。

両足で一瞬ブレーキをかけ制動すると、右足に力を込め――蹴り出し、前進のベクトルを左方へとずらした。
当然、ジェイルをロックオンした猛犬も一旦スピードを緩める――事はなく、ジェイルとは違い4本の手足で方向転換しようとする。

猛犬が方向転換しようと、上体を捻り、後ろ足を軸に地を蹴る――その時には既に、官印から赤い縄は発射されていた。
現在の能力で行使出来る物量――僅か二本のワイヤーがそれぞれの目標――前右足と前左足を捕縛――絡め取る。


(幾らロストロギアが取り憑こうが――犬は犬)


制御が嘗てとは比べるまでもなく幼稚。求める操作自由度はどうしようもなく粗雑。
こんなものでは、こんな獣でさえ打倒は叶わない――捕らえられない。

故に、捕らえられないのならば、捕らえられる状況を作り出す。
犬等の四足歩行動物は――急激な方向転換の際、上体を進みたい方向へと僅かに浮かせ、後ろ足で体を推進させる。
当然、上体に付随している忙しなく動いていた補足不可能のはずだった前足は動作を止め、宙空へと。
捻った上体はそれ以上の行動を阻み――回避不能へと陥らせる。

右手から展開していたワイヤーを一本、左手へと渡す。
右手で前右足を、左手で左前足を――対面している為、丁度少年と猛犬の間で二本の赤い糸が交差する。

大して脅威と感じていないのか、前足に赤いワイヤーを絡ませたまま、構わずジェイルに襲い掛かろうとする巨大な犬。
それを見て、ジェイルは今度こそ完全に足を止める――嘲笑を織り交ぜながら、バインドワイヤーを収縮――両手を一気に振りぬいた。


「ガッ――フッ!?」


前右足を左方へ――左前足を右方へ。
直進の際には有り得ない方向へと強制的に導かれ、魔力バインドと同じように交差する両の足。
上体の支えが消失し、ガクン、と。まるでそう聞こえるように猛犬はバランスを崩す。

次いで鳴り響いたのは、地面に不時着陸する飛行機のような、地を削り、削ぎ取る音。
突進の勢いそのままに、顔面と上体を接触させながら、地面を滑っていく。

少しは怯んでくれたか。
そう希望的観測を内心で述べたが、ふらつきながらも、すぐさま立ち上がろうとする猛犬がそれを否定する。

もう少し稼ぎたかったが、致し方ないか、と。
毒づきながら、左手で握っていたワイヤーを消失させ、魔力を右手の一本に集中させる。
右前足に巻きつけていたバインドワイヤーそのまま、左方へと方向転換し、歩き始めるジェイル。


「ガ――アァゥッ!!」


頭を上げ、ジェイルを再び見据える猛犬。
怒ったのか、元から理性が失われているのか、瞳は血走っている。
拘束の解けた左前足を軸に立ち上がる――が、


「――五月蝿いね。もう少し寝ていたまえ」

「――ガッ!?」


腰を僅かに落とし、力一杯引いた残ったもう一本のワイヤーがそれを許さない。
軸足を左前足から右前足へと移行し、一歩踏み出そうとしていたが、文字通り足元を掬われた形で猛犬は再び転倒。
今度はモロに左上半身――呼吸器官――肺へとダメージを受けた為か、苦しそうにその場でもがき始める。


「弱い犬程よく吼えると言うが、君はどちらだろうね?
強かろうが弱かろうがいい声で鳴いてくれると嬉しいかな。
ここ数分で随分と鬱憤も溜まってしまったのでね――まぁ――、」


――八つ当たりだよ。
見下しながら、そう付け加えると、なのはを横目で一瞥するジェイル。
レイジングハートによる過程の説明は既に終えたのか、目の高さまでデバイスコアを掲げ、しきりに頷いている。
しかし、未だ実行段階には移っていなかった。


(ふむ、後9秒で1分経過――……ここで後10秒は稼ぎたかったね――間に合うといいが)


現在の自分の手札を総動員――計算式――稼げるのは4分強が限界だという答えは出ていた。
多少のブレはあるだろうが、大まかにそんなものだろう。
戦闘者ではなく研究者――そんな自分が戦場で成し得る事など鷹が知れている。


(……さて、と)


Fの残滓と合間見えた時のように、罠を幾重にも張っていたならば別問題だが、と。
視線をなのはから外し、再び次の手へと移行し始めるジェイル。

鳥居の脇――もしもの時の為に、草むらに隠しておいたサブバッグへとワイヤーを伸ばし、手元に引き寄せる。
自転車に置き忘れずに持ってきていたのが幸いした。そう感じながら、中身を弄り始めた。

目的の品を掴み取ると、すぐさま鳥居の片柱へと1本のバインドを飛ばし、引く――その場から一旦離脱。
鳥居の真下に着地すると、バインドを伸ばしている柱の反対外側を経由し、石段を数段降りる。
両柱の間で張り詰めていた赤いワイヤーの中央部分に2本目のワイヤーを絡ませ、2本ともダラリと地面に降ろした。

それと同時――猛犬が三度立ち上がり、ジェイルを見据えていた。
同じ轍は二度も踏まない、そう感じさせる挙動で、ジリジリと間合いを詰め始める。

丁度ジェイルが数段下に降りていた為、猛犬から視認出来るのは、頭部のみ。
だが、頭部を噛み砕けば死ぬ。
本能的にか、それが分かっている為、狙いをそこ一点に定めた。

予想通り、高町なのは君は後回しにしたか。これだけおちょくれば当然だが、と。
ジェイルは両手でバインドを伸ばしたまま、敵性体には見えない位置で作業――瓶の蓋を開け、縄に括りつけながら呟く。


「グルルッ――……」

「ああ、罠があるから気をつけた方がいいよ?」

「ガァゥッ!!」


一足飛びでジェイルへと襲い掛かれる――その距離に達した時、弾かれるように地を蹴る猛犬。
犬が人語を理解出来るはずもない――単におちょくる為に放ったジェイルの忠告を無視し、猛犬は飛び掛った。
その脅威が肉薄し始めるのと全く同時――ジェイルは右手から伸びていたワイヤーを収縮――手繰り寄せる。

鳥居の片柱に繋がり、もう片方外側を経由してジェイルと繋がっていた為、
丁度二者の進路に割り込む形――ゴールテープのようにそれは固定された。

――また罠。そう感知したが、今回は目に見えている。
しかも、回避行動はまだ間に合う。

そう本能的に悟ると、上体を捻り、ジェイルに飛び掛ろうとしていた勢いのベクトルを下方へと向ける猛犬。
前足が接地すると、砂塵を撒き散らしながらブレーキ――僅かにダウンしたスピードを、もう一度後ろ足で地を蹴り増加させる。

障害物競走のハードルを飛び越える選手を彷彿させる動きで、再び少年へと飛来――しようとした。
視界にはジェイル――だが、その中間地点では、何やら液体を撒き散らしながら自分へと向かってくる物体が或った。

物体――瓶の口には赤い糸――ジェイルのバインドワイヤーが括りつけられていた。
もう片方の端の先は、猛犬が飛び越えたもう一本のワイヤー――その中央部分、猛犬の真下のT字部分。
まるでパチンコのように、ジェイルの手元から射出されたそれは、猛犬の顔面目掛けて一直線に飛来する。

ホールインワンを彷彿とさせる軌道で、空いていた猛犬の口内へと吸い込まれていく物体――肉食動物の本能的に閉じてしまった顎。

――パリンッ、と。
口内という洞窟で反響しながら、それは炸裂した。


「――!? ――!? ――キャゥッ――アァゥンッ!?」

「おや? 図体の割にいい声で鳴くじゃぁないか。
仕掛けた甲斐があったかな」


二本のワイヤーを消し、ヒョイッ、と。
僅かに身を避けたジェイルの脇を、真っ逆さまに落ちていく猛犬。
本日二度目の不時着陸を遂げた後、地面をのたうち回りながら、ペッペッと唾液と共に異物を吐き出し始める。
透明なガラスに、唾液と混じり合ったこれまた透明な液体――しかし、本来とは異なり、それは猛烈な異臭を放っていた。


「――くははっ……人の忠告は無視してはいけないよ?
犬ならば犬らしく、人間の言う事を聞いた方がいい――餌はお気に召したかな?」


心底愉快そうに眼下の猛犬を見下ろしながら、ジェイルは教え子を咎める教師のように口を開く。
言葉の意味こそ理解出来ないものの、侮蔑されているのが分かったのか、よろよろと立ち上がる猛犬。

――だが、その直後、重力があらぬ方向から齎されたと錯覚する程、猛犬は横倒しに崩れ落ちてしまう。
次いで、嘔吐――呼吸困難――定まらない視点――責め苦を与えられ、堰を切ったように地を這いずり回り始めた。

ジェイルがワイヤーの端に括り付けていたのは――薄め液――所謂、劇薬――シンナーで満たされた瓶。
これも先日、ホームセンターから拝借したものだった。

シンナー等に含まれる有機溶材は、蒸気吸引等により、神経を泥酔状態に陥らせる。
その原液――中枢神経麻痺作用の直撃――如何に覚醒体と言えど生命体には変わりがないのだから、たまったものではないだろう。

巨大だろうが、犬は犬――知能が低いのは、最初の攻防で確認済み。
自分の進路を妨害する縄――体躯から考えて潜るのは不可能――飛び越えるのは明白。
後は距離を計算し、バインドワイヤーの収縮及び角度――射出速度を調整し、口内へ放り込むだけ。
口内に異物が進入すれば、肉食動物の本能的に一旦口を閉じる――外殻ガラスが割れなくとも、シンナーで口内は満たされる。
賭けではなく、結果の分かり切った出来レースだった。


「知っているかい?
この世界では[ バカ ]とは[ 馬鹿 ]――馬と鹿という字で表すらしい。
どうやら、君は犬にも関わらず、馬や鹿と同列に分類されるらしいよ。
まぁ、駄犬なのは間違いないだろうがね。
暫く地を這いずり回るといい――三回周って吼えると、より興が乗る。一考してくれたまえ
尤も、その状態ではまともに思考など出来ないだろうが、ね」


ジェイルは猛犬を見下ろしながら、そう言い放つと、呻き声をBGMに石段を昇り神社内へと帰還する。
丁度その時、なのはの足元には桜色の魔法陣が展開され、レイジングハートの切っ先には加速リングが現出していた。
形状も砲撃専用にシフトしたのか、杖と言うよりも、槍状に近い射出口が現出している。

心配しているのか、ユーノは落ち着きなくその傍らで、なのはを見守っていた。

――あ、と。
なのははジェイルの無事の帰還に安堵したのか、強張らせていた表情を僅かに破顔させる。
次いで、頭上に疑問符を浮かべながら、不思議そうに口を開いた。


「あ――、……あれ?」

「何だね」

「えっと、その――……今更何だけど……お名前、聞いてなかったよね?」

「ああ、そういえばそうだったね。
ジェイル――ジェイルだよ」

「……ジェイル・ジェイル君?」

「あの犬もそうだが、君も人の身で馬や鹿に分類されるらしいね。
これ以上私を失望させないでくれないかね?
ジェイルだよ。ただのジェイルだ。
こう言えば分かるかね? ――たかまちなのはしょうがくさんねんせい君」

「間違えた私が悪いし、事実なんだけど、すっごく嫌味な言い方されてるのは気のせいじゃないよね……っ!?」

「まぁまぁ……なのは、抑えて抑えて。
僕も自己紹介がまだだったよね? 僕は――」

「――まだ戦闘は終わっていないのだよ?
気を抜いてどうする動物界脊索動物門…………フェレット」

「何で僕の扱いこんなに酷いのっ!?
ていうか今絶対面倒臭くなって端折っただろ!?」

「だから君に興味がないだけと言っただろう?
それと、五月蝿い」

「人って初対面でこうも悪印象になれるものなんだね……!!」


新暦75年時点で生き残れない使い魔の名前等、無駄に脳の記憶領域を圧迫するだけだ。
嫌いでもなく、好きでもない――興味を持つ理由が無い為、ジェイルにとってこの対応はさも当然。
そう言わんばかりだった。


(それにしても……さすがは将来のエースと言ったところだね。
昨日魔法と出会ったばかりで、こうも圧縮――演算――収縮を実現可能とするとは。
優秀なデバイスとはいえ、これは本人の才能が大きい、か)


見る見る内に、圧縮――収束していく桜色の魔力。
これならば期待は高い――エース・オブ・エースの成長過程を観察出来る可能性が、現実味を帯びてくるだろう。

失望から一転し、愉悦の喜びを抑えきれず、僅かに口元から笑いをジェイルは零れさせる。
一応、なのは達には背中を向けた為、表情は見られていないだろうが、微かに上下する肩が二人に僅かな疑問を抱かせていた。

経過時間は2分半――だが、このままいけば、当初の予定を良い意味で裏切り、4分程でなのはのチャージも完了するだろう。
さっさとあんな駄犬等片付け、本当の邂逅を果たそう。
そう胸中で呟くと、[ あんな駄犬 ]と評した敵性体へとジェイルは意識を傾けた。


「――――」


――そして、視線を向けた先には――居るはずの敵が消失していた。


(馬鹿な……!!
あんな単細胞生物と変わらぬ知性体が、退却を選んだ!?
そんな知能があったのか!? いや――、)


――或る筈が無い。
自分の予測が覆される事等、在る筈等無い。
あの猛犬には、猛進する事しか脳に無いはずだ。

脇の森林に身を隠した――これは無い。
少なからず林の中で鳥等の生命体が居た事は確認している。
それに一切のざわめきが見られない所から察するに、この可能性は除外される。

そして、何故動ける、と。
シンナーの強い神経麻痺作用が、こんな僅か数秒で癒えるとは到底考えられなかった。


(どこだ……どこに消えた……!?)


なのは達に背を向けたまま、忙しなく、注意深く辺りを見渡し、ジェイルは迫りくるであろう脅威に身構える。

自己紹介してなかったのに、何で私の名前知ってたんだろう?
そういえば、と。ジェイルの焦燥を他所に、なのはは疑問をそのまま口に出す。


「……あれ? そういえば何で私の名前知ってたのかな――ジェ、ジェイル君!!」

「名を知っていたくらいで喚くような事ではないだろう!!
今私は忙し――」

「じゃなくて上――上ぇっ!!」

「う――」

――え?、と。
そこまで口にする事は叶わなかった。
言われた通り、上空を見上げれば、そこに広がっていたのは空ではなく――大きく開かれた獣の顎。
咄嗟に、ジェイルは脊髄反射のように右腕を顔の前に掲げ、防御体制を取る――が、


「――がっ!? ――――ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

「――ジェイル君!!」


体毎後頭部を激しく地面に打ち付けられ、視界が明滅し霞が舞い散っていく。
なのはの悲鳴のような声が聞こえない程、か細くなった意識――それを繋ぎとめたのは、激しい痛みだった。

――熱い。
最初に感じたのは痛みではなく、焼き鏝を挿入されたような熱さだった。
まるで穴の空いたペットボトル――右腕からは止め処無く赤い液体が漏れ出し、顔面を染め上げていく。


「くぉっ……!!
文字通り牙を剥くか――ジュエルシード!!」


油断していた訳ではない。
一旦視線と意識を猛犬から外したのは、綿密に計算しての事だ。
痛みにもがき、苦しんでいる間になのは達の経過を確認――手札を晒す順序を入れ替える――必要な工程だった。

その僅か数秒で――犬に翼が生える等、如何にジェイルでも予想出来るはずがなかった。

巨大な体躯はそのまま――だが、何時の間にか劇薬による症状は回復したらしく、おまけに一対の羽が背面から現出していた。
バサッ、バサッ、と。新たな力を主張するように、それはジェイルに馬乗りになったまま翼を翻らせていた。


「ガフッ――ガフッ!!」

「ぐぅっ……!!」


犬ではなく、キマイラだったか。その奇跡をこの身で味わったというのに、この醜態――不様、と。
自身の右腕から聞こえてくる不協和音を耳に入れながら、激しく悪態をつく。

既に犬の願い――恐らく、大きくなりたいと言う願いを叶え、これ以上願いを叶える事はないだろう――という先入観。
地表や、そのスレスレにばかり罠を仕掛けていた為だろうか、まさか空を飛び出すとは予想だにしていなかった。

この状況をどう打開するべきか。
ジェイルは、目まぐるしく思考回路をショート寸前まで駈け巡らせる――が、


「――ぐっ!? ぐぁっ――!!」


ミキリッ――ボキッ、と。
電流が流れたかのように、右腕から襲ってきた痛みと音が、それを無理矢理シャットダウンさせる。
見るまでもなく、折れた――粉砕された――そう理解が及んでしまった。


「――ジェイル君!!」


その場で腰を抜かさないだけでも重畳――さらに、今にもキマイラに捕食されそうなジェイルに向かってなのはは駆け出そうとする。

――だが、


「――来るな!!
そこを動く事は断じて許さないよ高町なのは君!!」


悲痛とも取れるジェイルの呻き声混じりの叫びを聞き、叱咤されたかのように、なのはは踏み出した足を硬直させる。


「で、でも――」

「私を助けるつもりならば、その行動は悪手だ!!
自分の成すべき事を見誤るんじゃない!!」


――成すべき事。
そう言われても、動転した思考回路では答えどころか式さえ導けない。
つい先日まで普通の小学生だった少女に、この状況は余りにも日常とかけ離れすぎていた。


『マスター、チャージ完了――何時でも発射可能です』


はっ、と。レイジングハートの報告を受け、なのはは意識を帰還――直感的に答えを導き出す。
助けるなら――あの覚醒体を打倒し、封印しなければいけない、と。

――だが、


「だ、駄目だよ!! このままじゃ――ジェイル君にも当たっちゃう!!」

『ですが……このままでは』


気が動転しているのが傍目から見ても分かる程、喚くように取り乱すなのは。

当然、悲鳴のような声量だった為、ジェイルにも聞こえていた――差したか、光明が、と。
視点は眼前のキマイラ、声はなのはへと向け、ジェイルは口を開く。


「――……高町なのは君、チャンスは一度だけだ。
何、他ならぬ君ならば何ら難しい事ではない」

「――え?」

「私の欲望がここで失望となるか――又は希望と成り得るか――つまり、こういう――ことさ!!」


叫ぶと同時――無事だった左腕でポケットを弄り、目的の品――ホームセンターから得た戦利品――ボールペンを取り出す。
カチッ、と。一度ノックし、尖った鉄芯を押し出すと、大きく振りかぶり――キマイラの片目に突き刺した。


「ガッ!? ――ガァゥッ!?」


喰いちぎろうとしていた右腕から牙を抜き、苦しそうに上体を仰け反らせ、激痛を表現するキマイラ。
ベチャリ、と。重力の赴くまま、地面に放り投げられた右腕が湿った水音を鳴らす。

千切れてはいないが、複雑骨折、及び神経断裂――暫くは使い物にならないか。
そう診断しながら――今だ、と。声を張り上げようとするが、随分と消耗した体力が、大声を小声へと変換してしまう。

――しかし、


「今――助けるからっ!! ディバイン――!!」


その力強い声が、どうやら期待は裏切られなかったようだ、と。肯定してくれた。


「――バスタァァァァァァァァ!!」


なのは裂帛の声と連動して、ジェイルの目と鼻の先の地点を桜色の光が通り過ぎていく。
膨大な魔力に成す術無く飲み込まれていくキマイラ――既にその存在は、完全に意識から消え去っている。

――綺麗だ。
残滓を伴いながら煌き、消えていく魔力の桜花を眺めながら、ジェイルは自然とそう洩らしていた。





















地平線の彼方から顔を覗かせる夕陽に照らされ、コンクリートの路端に伸びる影。
人影と車輪の影はそれぞれ2つづつ。
カラカラ、と。渇いた音を伴いながら、行き交う人々の少なくなった道を転がるように進み続けていた。

少女はペダルを漕ぎ、少年は少女に背を預け、後部座席でオレンジ色に変わった空を眺めている。
乗車人数は二人と一匹――だが、昼間に蓄えた電力で推進力は軽く力を加えるだけで加増されていた。
少女のか細い脚力でも、充分過ぎる程のスピードが出ている。


「…………」

「…………」


三者に会話はない。
かと言って既に話題が尽きたわけではなく、神社を出発した時からこの状態は続いていた。

少女――高町なのはは、巻き込んでしまった――大怪我を負わせてしまった罪悪感で、中々言葉を発する事が出来ない。

今は小動物の姿を已む無く取っている少年――ユーノ・スクライアも、同じく罪悪感に苛まされていた。
それに加え、元々消耗していた魔力を限界ギリギリまで消費し、少年に治癒魔法を施した為、疲労の色が強い。
少女の肩の上で、満身創痍といった感じで伸び、ぐったりと手足を放り投げ、寝息をたてている。

後部座席で両足をぶらつかせている少年――ジェイルは、二人とは違うジャンルの感情を抱いていた。
ディバインバスター――少女の放った砲撃魔法を思い出す度、心は期待の湯水で満たされていく。
安堵――そうとも言える心境に浸りながら、流れる雲塊を惰性で視界に入れていた。
時折、体を揺らす振動で、千切った衣服で簡易的に処置を施した右腕が痛むが、それすらも甘美、と。

――ちらり、と。
なのははペダルを漕ぐ力を緩めずに、自分の肩の上で伸びているユーノ・スクライアを経由し、視線をジェイルへと移す。


(何で……こうなっちゃったのかな)


ちゃんとやれるはずだったのに、と。
視界の隅――少年の右腕を思うたび、罪悪感は津波となって押し寄せてくる。


(駄目だな……私って)


つい数時間前、ユーノに向かって放った言葉――誓いとも言える言を思い出すと、
さらに形容しがたいどうしようもない感情が浮かんでは浮かび、再び浮かんできてしまう。


――困っている人が居て、助けられる力が自分に或るのなら、迷っちゃいけない。


父の受け売りだが、その一心で困っている人――ユーノを助けようと、手伝おうと決意した。
結果は――結局助けられ、あまつさえ大怪我――もう少しで――、と。そこまで考えた所で、思考を打ち切る。
考えてはいけない――と、言うよりも、考えたくないと言った方が正しかったのかもしれない。

迷った方がよかったのか。
力が或るなんて勘違いだったのか。
答えを求めて思考の海を彷徨うが、暗くなった視界では、何も見つけ得る事は出来なかった。


「――なのは君」

「……え? あ……、は、はい」

「……?」


視線はジェイルに、意識は脳内に向けていたなのは。
突然齎された少年の声に少々驚き、気まずさを感じながら返事をしたが、根付いた負い目が発する言葉を阻害してしまう。
それにジェイルは疑念を抱いたが、まぁいい、と。どうでもよさそうに呟き、一拍置いて再び口を開く。


「もう一度、自己紹介しないかい?
今なら落ち着いて出来るだろうし、ね」

「えっと……うん。
高町なのは、だよ」

「ああ……っ。
うん、そうだろうね……間違いなく君は高町なのはなのだろうね……くくっ」


その名を聞くたびに、口にする度に、喜びの二文字がジェイルを満たしていく。
もう一度、お互いの自己紹介を申し出た事に理由はない。ただ、本人の声を舐るように聞きたかっただけの事。
兎にも角にも、これで本来の意味で第一目標を達成出来た、と。

非常に苦労し、文字通り痛みを伴ったが、最良の形で接触を果たせた。
それに加え、当初こそ困惑し、失望したが――未だ雛鳥にも昇華していないのならば、じっくりと観察出来るだろう、と。
背中越しに感じる少女の存在が、否応無くジェイルを恍惚へと導いていく。


「……? 私何かおかしい事言ったかな?」

「いやいや、何も可笑しくなどないよ。
ああ……二度目になるが、私も自己紹介しておこうか。
私はジェイル――何とでも呼んでいいが、親愛を込めてくれたまえよ。
全身全霊で、余すことなく受け止めるからね」

「もう……ちょっと大げさだよ?
んー……親愛とかはよく分かんないけど、私も好きに呼んでいいよ。
ジェイル君――それでいいかな?」

「そ、それは……君を好きにしてもいいと言うことかねっ!?」

「……何でそうなるのかな?
とっても失礼だと思うけど、ジェイル君って、よく変って言われない?」

「ああ――、変態、変人、狂人は私の代名詞――そう言えば、名前の枕か尻に必ずと言っていい程付随していたね
ふむ……、何故だろう? 私は至って普通に振舞っているのだが。
変態ドクターと言われた事もあったかな」

「うわぁ……そこまで言われてるっては思ってなかったけど、ちょっとだけ気持ち分かる、かな」


フォローになっていないフォローを入れながら、なのはは苦笑する。
ていうか、変態さんなんだ……自分を好きにしていいのかどうか聞いてきたし――あ、変態さんだ、と。
表にこそ出さなかったが、なのはは少々、内心で身を引いていた。

だが、背中越しに感じる体温が、なのはを安心させているのも事実だった。
無事でよかった――その思いが強いが、現在の心境上、誰かが傍にいると実感出来る事が、何より安堵を誘う。
悲しいときや辛い時――一人ぼっちは寂しい、と。

――無事。
自分の思考に浮かんだ言葉が、再びなのはを締め付ける。
少年の片腕を見るも無残な状態へと導いた要因の一つに、自分が巻き込んだと言う事実があるというのに。
決して無事で終わったわけではない――自分の責任は大きい。


「――……ねぇ、ジェイル君」

「何だい? なのは君」

「その……ごめんね、巻き込んじゃって。
その腕、大丈夫――なはずないよ、ね――……ごめんね」

「ふむ……またその話か……」


今日何度口にしたかは、既に数えるのを放棄したなのはの言葉。
正直、ジェイルにとってこの話は打ち切りたかったし、事実、何度も打ち切った。

別に気にする事でもないだろうに。君が喰い潰したわけではないのだから、と。
ジェイルは至極当然のように何度も言ったが、なのはの心は晴れる事はなかった。
気を使われている――そう思うと、逆に沈んでいく始末だった。


「何度も言っているが、別に君が謝る事ではないよ。
寧ろ、救助してくれたのだからもう少し尊大に振舞いたまえ」

「ううん、違うよ。
だって、私が巻き込まなかったらそんな大怪我する事もなかったんだよ?
だから――ごめんなさい、だよ」

「嗚呼、いけない――それはいけないよ高町なのは君。
まず、巻き込んだという前提が間違っている。
私には見ているだけという選択肢があった。首を突っ込んだのは私だ。
故に、この腕は私の責任だ。まぁ、しばらく犬を見たら殺意が沸くかもしれない――が、その程度だよ。
もう一度言おう――誇りたまえ、君は私を助けたのだよ」

「……でも――」

「――しつこいよ。
言っただろう? ――その程度、だ。
望んでもいない事を強要されるのは私が最も嫌う事でね――この話はここで終わりだ」

「……うん」

――これ以上続ける気ならば、さすがに怒るよ、と。
ジェイルは叱咤するような声色で付け足し、この話題を打ち切る。

釈然としないなのはだったが、ジェイルの右腕を最後に見やり、申し訳なさそうにしながら、再び前方へと顔を向けた。
知らず知らずの内に緩んでいた自転車の速度に今更気づき、靄のかかった感情を振り払うように、より一層力を込め始める。


「――……何故罪の意識を感じているのか、私には全く理解が及ばない。
――が、謝罪の意を示すならば、言葉だけでなく文字通り行動で示したまえ」

「えっと……う、うん。
……そうだよね。何すればいいのかな?」

「要求は二つだ。
何、君ならば簡単な事だよ――強くなれ。
誰よりも強く、気高く、美しく大空を謳歌する――そんな不屈の強さを手に入れたまえ」

「んー……?」


言葉尻は抽象的だったが、言っている事の意味は分かる――が、意図を計りかねた。
正直、もっと何か別の事――例えば、何か物を強請られる――例えば、暫く身の回りの世話をする。
そういった要求を想像していたのだが――正直、拍子抜けに近いかもしれない。


「そう不思議そうな顔をするものではない。
私にはそれが何よりの願いだからね。
夜天もそうだったが――いやはや、君達が地を這いずり回るのは、私には耐え難い事でね。
それに、私の怪我に負い目を感じているのならば、強くなり、繰り返さなければいいだけの事だ。
一石二鳥だろう? 私は望みを果たし、君は力を得る――最高じゃないか」

「……うん。そう――……なのかな?」

「ふむ? 含みがあるね、君にとっては大した難易度ではないだろう?」

「んー……あのね? 一つだけ聞かせて。
どうしてそんな風に思えるのかな? 見てたでしょ?
ジェイル君が戦ってる時、私、見てるだけだったんだよ?
見て、撃って――それだけしかしてないんだよ?」

「疑問符が多い。抽象的過ぎるよ、高町なのは君。
何が聞きたい、言いたいのか簡潔に述べたまえ」

「……うん。見てたから分かると思うんだけど、私――弱いから。
強くなりたい――うん、そう思うよ。
そう思うんだけど……正直、本当に強くなれるかが分かんないんだ」

「ふむ? 色々と深く掘り下げたい事は多々あるが、それこそ愚問だよ。
やれる――自分なら勝てる――そう思ったからこそ、あの場所にいたのではないのかね?
まさか、わざわざ敗北をプレゼントされに行ったわけでもないだろう?
自分は強い、と。
少なくとも、少なからずそう実感していなければ、あの場所に居た事に説明がつかないが」

「……うん、そうだね。
そう思ってたのかもしれない」

「過去形なのだね」

「甘かったって言うのかな?
困っている人が居て、助けられる力が自分に或るなら、迷っちゃいけない――コレ、お父さんの受け売り。
だからかな……ユーノ君に魔法の才能があるって言われて、自惚れてたと思うんだ。
自分にはその、助けられる力が或る……って」

「ふむ、別に自惚れでも何でもないと思うけどね」

「だから、そこが聞きたいの。
何でそこまで私が強くなれるとか、そういう事、そんな当然みたいに言えるのかな?
私なら簡単――とか。私なら難しい事じゃない――とか。
ジェイル君がどうしてそう思えるのか、私には分からないよ」


眺めて――撃って――封印して。自分がした事と言えば、その一行で終わってしまう。
戦ったという事実はない。実際に戦っていたのは、後ろの少年だ。
しかも、自分の力ではない。
レイジングハートの言うとおりに動いただけで――自分が何をした、と。
そう自問自答すれば、何もしていないとしか思えはしない。そんな自分が強くなれる等とは、どうしても思えなかった。

自分の気持ちを言い終わり、断頭台に立つような心持で少年の反応を待っていたなのは――そして、それは笑いを伴いながら返ってきた。
――くははっ、と。

そんな一笑を誘うような、可笑しい事を言ったつもりはない。
むっ、と。僅かな苛立ちを感じながら、少女は少年の顔を覗き見る。
なのは視界に入ってきたジェイルは、聞こえてきた笑いを裏切らず、心底愉快そうに、破顔させていた。


「凄く真面目なのに……どうして笑うのかな?」

「くくっ――……これは失礼、悪かったね。
滑稽――いや、この純朴さは尊いと言うべきかな?
式が或り、答えが出ているにも関わらず、他者に答えを求めてはいけないよ、高町なのは君」

「……えっと?」

「自分で言っているじゃないか。
困っている人が居て、助けられる力が自分に或るのなら、迷っちゃいけない――とね。
そこまで言っておいて何故分からないんだい? 逆転の発想だよ。
困っている人が居て、迷わず助けられたのならば、自分には力が或る――そう言い換えればいい。
詭弁、言葉遊びかもしれないが――あの時、君は困っていた私を助けた。
答え等、それで充分だろう?」


――少なくとも、あの時の君が迷っていたとは、私は感じなかったよ。
最後にそう付け足し、ジェイルは再びオレンジ色の空を眺め始めた。

ぽかん、と。
口を開けたまま、ジェイルを見やり、固まるなのは。
声色はさも当然と、口にした言葉に全く迷いは見受けられず、少年は先程と同じように空を仰いでいる。
ここで鼻歌が聞こえてくれば、自分は真っ先に背後の少年を思い浮かべるかもしれない。


「……にゃはは」

「おや? 漸く笑ってくれたね。
何か良い事でもあったのかな?」

「ううん。気持ち分かるかなぁ――そう、思っただけだよ。
さすがに変態ドクターは言い過ぎだと思うけど――」


――やっぱりジェイル君って、変な人だよね。

言い終わると、少女は少年と同じように、燈色に染められた空を見つめ始めた。
ありがとうね。高町なのは、頑張ります。そう、心中で呟きながら。










◇おまけ◇










「――あ……、あぁっ!!」

「何だね急に」

「こ、これ……二人乗りだよ!!
ジェイル君怪我してるし、何か流れでこうなっちゃってたけど、これ、悪い事だよ!!
ご近所さんに不良って思われちゃう!!」

「まぁ確かに、君は悪い子だね――いや、イケナイ子かな?
何せ、私を魅了した一人なのだからね。
不良とは失敬な。私の作品に不良品など有る筈がないだろう」

「わ、私悪い子じゃないもん!!
それに、言ってるのはそういう事じゃなくてっ」

「ふむ、確かに自転車の二人乗りは法律上違反らしいね。
しかし高町なのは君、考えてもみたまえ。
私の腕は複雑骨折及び神経断裂等で大破している――まさに、お荷物と言っても過言ではない。
そう、今の私は荷物なのだよ。荷物を後部座席に乗せる事は違反ではないはずだ」

「何かこのまま聞いてたら無理矢理納得させられそうだから、先に言わせてもらうね。
――降りて? ジェイル君」

「だが断る。
それでは、背中越しに感じる君の感触を手放す事になってしまうからね」

「うん、やっぱり変態さんだね。ジェイル君って」












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