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No.15932の一覧
[0] 時をかけるドクター[梅干しコーヒー](2010/06/21 22:13)
[1] 第1話 アンリミテッド・デザイア[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:29)
[2] 第2話 素晴らしき新世界[梅干しコーヒー](2010/01/31 01:37)
[3] 第3話 少女に契約を、夜に翼を[梅干しコーヒー](2010/02/01 22:52)
[4] 第4話 不屈の魔導師と狂気の科学者[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:01)
[5] 第5話 生じるズレ――合成魔獣キマイラ[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[6] 第6話 生じる歪み――亀裂、逡巡――純[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[7] 第7話 生じる答え――矛盾邂逅[梅干しコーヒー](2010/03/03 17:59)
[8] 第8話 歪曲した未来――無知と誤解[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:10)
[9] 第9話 歪曲した明日――迷い蜘蛛、暮れる夜天[梅干しコーヒー](2010/03/18 00:02)
[10] 第10話 歪曲した人為――善悪の天秤[梅干しコーヒー](2010/03/20 23:03)
[12] 第10・5話 幕間 開戦前夜――狂々くるくる空回り[梅干しコーヒー](2010/03/25 20:26)
[13] 第11話 始まる終結――擦違いの戦場へ[梅干しコーヒー](2010/03/29 05:50)
[14] 第12話 始まる集結――蠢く夜の巣へ[梅干しコーヒー](2010/04/02 22:42)
[15] 第13話 始まる終決――時の庭園へ[梅干しコーヒー](2010/04/08 21:47)
[16] 第14話 絡み合う糸――交錯の中心座[梅干しコーヒー](2010/06/16 22:28)
[17] 第15話 空見合うカンタービレ――過去と未来のプレリュード[梅干しコーヒー](2010/06/21 23:13)
[18] 第16話 空見合い雨音――歩くような早さで。始まりの終わりへ[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:34)
[19] 第17話 変わる未来[梅干しコーヒー](2011/05/02 00:20)
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[15932] 第3話 少女に契約を、夜に翼を
Name: 梅干しコーヒー◆8b2f2121 ID:40571b93 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/02/01 22:52









夜の帳が落ちれば、呼応するように世界、街、人の織り成す演劇も一旦幕を降ろす。
終幕ではなく幕間だ。
再び日が昇れば、幾度となく繰り返されてきた日常の暗幕は、眩い光に照らし出され霧散していく。

我先に、と。昼間は鉄の塊が居場所を求めて走り回る舞台も締め切られ、現在、熱を失ったコンクリートの地面は空しく冷え切っている。
白線の皺は陽光を照らし返す事はなく、黒に彩られた夜空に反抗し、控え目に自己を主張しているだけ。
駐車場に人はなく、遠方から届けられた音色を虚空へと広げるだけの場所へと成り果てていた。

そこを敷地に携える建造物――陽光の差すひと時には、来客を待ち望むかのように大きく口を開いているが、今は他者の手によって錠が掛けられている。
これもいつも通り。そう諦めきったように、降りてくる鉄の紗幕への抵抗はない。

地面に勢いよく衝突したシャッターは、余波で体を揺らし、跳ねる。
波打ちながら僅かに飛び上がり、重力に逆らう事なく落下――その身を地に降ろすと、口笛を吹きながらその場を去っていく人影を、鉄のカーテンは寂しそうに眺めやった。

金属特有の甲高い音響。
遠のいていく足音と、一定の戦慄を刻みながら心底ご機嫌そうに去っていく夜風の囀り――、


(――……やれやれ、漸く消えてくれたか)


――それを目覚まし時計代わりにすると、スカリエッティは小声で悪態をつきながら身をよじらせる。
吹けば消えるような声量だったが、誰もいなくなった空間ではその憎まれ口は一際目立っていた。しかし、それを気に留める人間は既にこの場を去っている。
その為か、声色からは不安や心配、懸念等は一切感じられなかった。

ごそり、ごそり、と。
大きく寝返りをうった際に生じるような、絹ずれの音が暗い空間に静かに浸透していく。
掘削するようにシルクのトンネルを両手で掻き分け、出口を求めて突き進む。


「く――っ、……ふぅー。やはり、外の空気とはいいものだねぇ。実に美味しい 」


俄かに郷愁の念を禁じ得ない解放感を、大きく背伸びし、肺に酸素を取り込む過程で味わっていく。
胸骨に負荷が掛かる程、目一杯空気を詰め込むと、天井に伸ばした手を顔の中心に持っていき、ズレていた眼鏡を正して体をくの字に山折り――鈍った五体を解きほぐす。
締めくくりに、首を倒して骨を鳴らす。 カ――コンッ、と。和風庭園の水琴窟によく似た音調が波紋を広げた。

実に数時間もの間、布団と言う名の食パンに挟み込まれ、サンドイッチの具材となっていたスカリエッティ。
尤も、自分から布の谷間に侵入した為、特に気分を害するような事はなかったが。

寧ろ、心地よかったのだろう。
頬には乾燥した涎の跡と、無パターンに刻み込まれた仄かに熱を持つ赤い線状の寝癖。
簡単に言えば、爆睡していた。

この場所に到着した当初こそ人影は多数存在したが、今はスカリエッティ以外誰も居ない。
その事実がそれ相応の時間が経過した事を提示していた。当然、元からこうなる予定だったので目論見通りだ。

夕の帳が空を覆い尽くさんとしていた時刻。
高町なのはを第一目標として定めたものの、どこに向かえば邂逅出来るのか、皆目見当も付かなかった。
まもなく夜半に踏み込む時間帯。明らかに捜索には都合の悪い状況になってしまう。
しかも、今のスカリエッティは子供だ。地元の治安維持組織に補導される可能性とて否めない。

とりあえず、一旦逸る気持ちを抑えつけ、冷え込むであろう夜を凌ぐ為、宿を探索開始――したのだが――、


「魔法文明が存在しない――管理外世界――だが、中々優れた技術力だ。
保温性、吸湿性、何よりリラクゼーション効果はミッドのそれを凌駕するかもしれないね。良い素材を使っている」


――日用雑貨や住宅設備に関する商品を販売する小売店へと足を運んでしまっていた。
所謂ホームセンターと呼ばれる場所だ。

何故こうなったのか――理由は二つある。

空腹感に苛まれた為、食事を取らざるを得なかった。
故に、金銭が底を着いてしまい、無一文になった為、宿に泊まろうにも勘定が済ませられない。
別に無銭宿泊でも構わなかったのだが、足を運んだ場所は例外なく前払い制。
支払う、支払わない以前に、泊まる事が不可能。故に、賃金制のホテルは諦めざるを得なかった。
どちらにせよ、中身が幾ら成人していようとも、見た目小学生のミニスカリエッティでは、保護者がいなければ滞在は許可されない

もう一つは、単純に興味が惹かれた為。

この世界をぶらつき始めた際から感じていたのは、想像していたよりも技術力が高度だった事だ。
管理外世界という先入観があったからか、少々甘く見ていたが、魔法という概念が存在しないだけで充分高水準をマークしている。

――と言うわけで、偶然通りがかったホームセンターへ入店。
ひとしきり物色した後、警備と監視カメラ――他の客と店員の目を掻い潜り、陳列されていた寝具に侵入――現在に至る。

発見されなかったのは単純に運が傾いたのか、素材は良くとも布団のデザインセンスが常軌を逸していた為、誰も近づこうとしなかったからなのかは定かではない。
それは、スカリエッティの瞳と同じ色――黄金に輝く羽毛布団だった。
目立ち過ぎる由縁か、逆にそこに誰かが隠れている等とは露とも考えなかった可能性が高いだろう。

――さて、と。そう呟きながら、布団の中をまさぐり始めるスカリエッティ。
すぐに掌に感触を覚えた為、その物体を掴み上げ、引っ張り上げる。
布同士が擦れ合う音が止むと同時に姿を現したのは、唯一の装備品であるサブバッグだった。

長めの取っ手を肩に掛け、営業中に店内を物色した際に把握した――監視カメラの位置を脳裏に浮かべ再確認。

監視されている事が分かっているのなら、態々それに乗っかってやる義理はない。
そう胸中でほくそ笑むと、如何にもご機嫌といった様子で夜のショッピングへと洒落込み始めた。










【第3話 少女に契約を、夜に翼を】










遥か天高く、眼下を見下ろし生命の息吹を暖かく見守る日輪は、同時に光と言う名の恵みを贈り続けている。
地下に根を巡らす植物は、返礼と言わんばかりに頭を、稲穂を波打たせ、垂らしていた。

肌に感じる暖か味。気分を高揚させ、陽気にさせる事はあっても、陰鬱へと導く事はない。
しかし、それは時と場合、場所によるのだろう。

一生を土中で過ごす土竜等は、陽の光を浴びれば顔を顰め、地下深くへと踵を返す。
人もそうだ。お天道様に顔向け出来ないような所業を犯していれば、逆に嫌悪を覚える事だろう。

しかし、それは呆気なく覆される。
人類史上最も生命を冒涜し、神への背徳行為を行ったのであろう人物が、寧ろ享受していたからだ。

窓と言うフィルターによって僅かに光量を減衰させながらも、直線状に尾を引きながら、室内に差し込む日光。
それは、本来ならば目視出来ない程の微細な塵、埃を粉雪のように浮き彫りにしている。

かつて、老人達に与えられていた空間を俄かに彷彿とさせる場所。
違いと言えば、大気を振動させる機械駆動音の有無と、物欲と知識欲の内、後者しか満たす事しか出来ない。と言うところだろうか。

項が翻る度に、鼻腔を擽る紙独特の香りを心地よく感じながら、テーブルの上に広げた書物のページを捲っていくスカリエッティ。


(ふむ……海鳴市――か。聞き覚えはあるが、どうにも確信が持てないね……いやはや、どうしたものか)


古代、近代、現代。あらゆる軌跡の記録を記した書籍の保管庫。所謂――図書館。
【 図書館ではお静かに 】 。まるで広告看板のように自己主張するプレートに従い、浮かんだ困惑を口に出す事はしない。

ホームセンターでとりあえず夜を凌いだスカリエッティは、代金を求められない夜のショッピングを満喫した後、図書館に来ていた。
閲覧しているのは、現在滞在している近辺を含んだ周辺地図。文字だけでなく、縮小された図が理解の度合いを助長してくれている。


(全く……パラドックスによる弊害がこうも厄介とは、ね。身動きが取れないじゃないか)


後にエース・オブ・エースと呼ばれる事となる魔導師――高町なのはの捜索を開始したはいいものの、気持ちだけが先走り、腹案は皆目浮かんでこなかった。
兎に角、今自分はどこに居るのか。彼女との相対距離は如何ほどなのか。とりあえず最低限、それだけは知っておかなければならない。

地元の治安維持組織に頼るのは癪だった為、自力で情報収集を開始。
選択肢の枝から、無料であらゆる記録を閲覧出来る図書館という葉を選び取った。

しかし、大きな肩透かし感は否めない。欲する情報が殆ど見当たらない程、この場所の情報量は少なすぎた。
無限書庫程の大規模なものを期待していたわけではないが、落胆の色は隠せない。

かろうじて確認出来たのは二項目――現在自分が居る地名が [ 海鳴市 ] と呼ばれる場所だという事。
恐らくこの市内に三人の内誰かが在住しているであろう事の二つ。


第一の事項が把握出来たのは、単純にこの建造物の名称の頭に [ 海鳴市 ] が付随していた為。

第二の項目は、この地名が僅かに脳裏で引っ掛かった為。
[ 第97管理外世界 ] の情報において、自分がこういった感触を覚えるのは、彼女達に関する事しか有り得ない。

故に、恐らく彼女達の何れかが近辺に存在する。と、当たりをつけた。
パラドックスによって欠落しているだけで、恐らく知っていたのだろう。

出身世界、ある程度の現地名称までなら調査したような記憶がある。
尤も、拘留所に投獄される前に調べたと思われるので、余り覚えていなくて当然なのかもしれない。


――広いな、と。
眺めていた縮小地図上を、指で軽くトントンと小突きながら、スカリエッティは途方に暮れる。
殆ど当てもなく行動するには、 [ 海鳴市 ] に区分される範囲は広大すぎた。

せめてもう一つくらい絞り込める要素を所持していれば大分状況は好転したのだろうが、生憎と、これ以上の情報は持ち合わせていない。

持ち合わせては [ いない ] が、持ち合わせて [ いた ] 可能性はある。
もう少しで出会えるというのに、と。時間逆行による弊害――タイムパラドックスに対して、スカリエッティは苛立ちを隠せない。
憤りをそのまま形にしたように、乱雑に広げていた地図を閉じる。


(兎に角、これは持っていて損はない。いただくとしようじゃないか)


一度、周囲に視線と気を配ると、手慣れた動作で素早くサブバッグへ放りこむ。
次いで、テーブルの上に積み上げておいた数冊の科学教本も同じように飲み込ませると、余り音をたてないように立ち上がった。

各々読書に耽る者、目当ての書物を探す人間。
意識は完全に明後日の方向――此方へは向いていない。監視カメラが存在しないのは確認済み。
平日、しかも昼間という事も相まって、人影も疎らだった為、難なく任務を完遂する。

がしゃり、と。元から内包していた物体と本が衝突し、鈍い音を発生させたが、それでも怪訝に思うような人間は居なかった。
悪事を働いた事等どこ吹く風。戸惑いや、焦燥といった色は全く感じさせず、スカリエッティは出口へと向かう。

もうすぐで開け放たれた扉を潜る――その時だった――、


「――君、そらあかんで。ちょい待ちや」


――突然、後方から齎された声――責める様な、叱咤するような色調を帯びた声色。
ああ、見つかってしまったか。そう感じながら、全く悪びれた様子もなく背後をゆっくりと振り返る。


「――――」


――まさか、と。
スカリエッティは眼前の人物を確認すると、突然顔色を豹変させ、驚愕を造形した。
どこかで見覚えのある顔――聞き覚えのある特徴的な口調――次々とバラバラに散らばったピースが嵌っていく。

車椅子に腰かけ、自分を見上げる形で顔を覗かせる少女――記憶している彼女を幼くすれば、間違いなくこうなるだろう。
少し先の未来において、自分を敗北者へと叩き落とした英雄部隊――機動六課の部隊長――最後の夜天の主――、





――――八神はやてがそこに――居た。





















海鳴市中丘町、その住宅街の一画を、一人の少年と少女が縦に並んで歩いていた。
いや、少女は歩いていなかった。本来ならその役割を果たす足は、主の言う事を無視し、ただそこに或るだけだ。


「――――でな? 幾ら自分の都合が悪くても、人様に迷惑かけるんはあかんと思うんよ」

「そうなのかい? 全く理解できないね。
人は生きている限り、須らく他者に迷惑をかけるものだよ」


自分が座っている車椅子を押しているスカリエッティに向かって、諭すように語りかけるはやて。
海鳴市立図書館 [ 風芽丘図書館 ] を出発し、ここに至るまで幾度も繰り返されている押し問答――その数は、既に一の桁を突破していた。


「ちゃう、ちゃうって。そんな大げさな問題やない。
それに迷惑がかかるって分かってるんなら、あないな事したらあかん」

「ほう、何故だい? 私は誰に迷惑が掛かろうと知った事ではないのだが」

「だから……何回も言うてるけど、人様に迷惑かけるんは駄目な事なんよ?
――……何で分かってもらえへんかなぁ……」


からから、と。二つの車輪が回転する音を耳に入れながら背後を振り返る。
駄目だ。全然分かっていない。これ程話しているのに、まだ理解してもらえないのか。
はやては、胸中で溜息と共に呆れを吐露する。

はやてが徒労感に苛まれている間も、スカリエッティは表情を全く変えはしない。心底嬉しそうに口元を歪めていた。
傍から見れば、ただ会話を楽しんでいるだけのように感じるが、今や心の泉は愉悦、歓喜、喜悦――喜びの湯水で満たされている。
待ち望んだ邂逅。些か予定外、順序が狂ってしまったが、これはこれで重畳、と。

風芽丘図書館で出会い、こってりお説教されたスカリエッティと、元々人一倍正義感と責任感の強いはやて。
初めて見かけた顔。一度目ならば、と。職員に知らせる事はせず、筋道をたて、道理を諭し、たっぷりと説法した。
――が、相手は終始にやけ顔、時には口元を抑えてくつくつと笑っていた。

分かってもらえていない。そうとしか思えない態度を取られた為、半ば意固地になり、説教を続けた。
しかし、残されていた時間は少なかった――スーパーのタイムセールの時間が、刻一刻と迫っていたからだ。

まだ話は終わっていない。
ここで目の前の男の子の更正を諦めるわけにはいかない
だが、夕食の買い物をしないわけにはいかない。


(でもまぁ……)


……素直ではある。
そう付けたしながら、車椅子の取っ手にぶら下げられた買い物袋を見やる。
野菜、肉、調味料――今夜の夕食の材料が入った袋は、慣性の為すがまま揺られていた。

強引に付き合わせたにも関わらず、文句一つ言わず買い物を手伝ってくれた男の子。
嫌な顔をしながらも渋々――ではなく、寧ろ衷心から上機嫌だったとさえ思える程楽しげだった。
但し、自分を見る目が異常に熱を持っていたが。時折、恍惚顔で空を仰いでいたのは正直気持ち悪かった。

そこだけ鑑みて、変態のようだった様子を除けば、悪い人間でないとは思うのだが、と。何とも複雑な心境抱くはやて。


「――……ふむ……、君がそう言うのならば――可能な限りだが、少々、善処してみる事としよう」

「……え?」

「何故驚くんだい? 君の言だろうに」

「あ、いや……そりゃそうなんやけど……急にどないしたん?」

「それは此方の台詞だよ。何か、おかしいかね?」


数時間に渡り、まるで宗教団体の布教活動のように説法を続けたのが報われたのか。
そう思いながら、スカリエッティの様子を伺い見る。
何だね? 、と。あたかも当然のように、視線だけでそう語る彼には、逡巡も、何の戸惑いも見受けられなかった。

――弱肉強食。
強い者が搾取し、弱い者が剥奪される。
盗む方が悪いのではない。盗まれる方が悪いのだ。

スカリエッティは性根からそう考えている。
奪われたくないのならば、強くなればいい。
嘆く暇があるのなら、取り返せばいい、と。

だからこそ、彼女の考えを理解してみる事にした。
自分にとっては過去だが、近い将来――ミッドの地において、自分は彼女とその仲間達に敗北を喫する事となってしまったからだ。

故に――強者は彼女、弱者は自分。
それに加えて元来、彼女達の事を知る為に過去へと遡ったのだ。
納得はいかないが、他ならぬ夜天の主――八神はやての言だからこそ――、信じるに値し、実行してみる価値が或る。

だが、急激な心変わり。当然の如くはやては疑いに掛かる。
近未来において、自分とその仲間たちが目の前の彼を倒す等とは露とも知らない為、スカリエッティ程の得心はいかないからだろう。


「信用、してもらえないかい?」

「……当たり前やん。じゃあ、今後一切盗みを働かない――って、誓える?」

「いや、それは無理だね。可能な限り善処する、と私は言ったよ。
まだ完全に納得したわけではないからね。とりあえず、この場では及第点だろう」

「うーん……少しは分かってくれたんやろうけど……」

「……ふむ」


未だ、納得が及んだ。という顔をせず、これ以上どう諭せばいいのか分からなくなり、口籠るはやて。

悩み始めたのはスカリエッティも同じだった。
このまま得心のいかぬまま別れれば、決して良い印象は与えられないだろう。
先に高町なのはと接触する事を確定したとはいえ、予定としては、後に八神はやてとも再び関わりを持つつもりだ。
今後に、その際に弊害が発生するかもしれない。この段階で悪いイメージを与える事は避けたい。

どうしたものか、と。
思考の海を遊泳しながら、何か答えを探すように二人は視線を様々な方向へと注ぐ。
からから、と。空しく空回りする車輪の音色が、やけに響き渡る。


「んー……じゃあ、これだけは約束してもろてもええか?」

「内容によるね。先程も言った通り、今後一切盗みを働かない――それは誓えないよ」

「むっ……、本当はそれも約束して欲しいんやけど……とりあえずその本、きちんと返却日までに返す事――これくらいならええやろ?」


――善処しよう、と。喉まで出かけた言葉を、寸での所で飲み込む。
はやての瞳からは、有無を言わせぬ色彩が滲み出ていた。
何故ここまで拘る。そう思いながら、どう回答するべきかスカリエッティは逡巡し始める。

――他人に迷惑を掛けてはいけない。
耳が腐る程――腐って異臭を放ち始める程、繰り返し説法された為、嫌でも脳内再生されてしまう。

海鳴市の周辺も含んだ地図。その他科学教本二冊。これらははやての貸し出しカードで貸与された代物だ。
住所不定、戸籍等あるはずもない。発行する際に個人情報を必要とする――故に、自分は交付を受ける事が不可能。

予定日を過ぎても返却がない場合、登録された場所へと通告が行われるシステム。
この場合、実際に借りたのは自分でも、通知ははやてへと矛先を向けてしまう。
完全に悪印象。これでは今後の活動に支障が出る危険性が生じるだろう。

恐らく、信用も失墜する。
善処すると言いながら、結果的にはやてへと迷惑を掛けてしまうのだから、嘘吐きとさえ思われても仕方がない。
ここで確約せねば――ただの盗人。最悪のファーストコンタクトを終えてしまう。


「――……いいだろう。他ならぬ君の頼みだ。確約しようではないか」


うんうん、と。漸くこの場は納得したのか、はやては頬を緩ませながら数度頷く。

悪い人ではなく、悪い事が何なのか分かっていない。恐らくそうなのだろう。
悪事を働く際に目立つ背徳感や、否道徳感は一欠片も見当たらなかった事がそれを半分程裏付ける。
本質から悪人なのかもしれないが、約束を違えるような人間とは思えない――本音は思いたくない、だが。


「なぁなぁ。いつまでも君じゃあれやし、名前教えてもらってもええか? うちは――」

「――八神はやて君。だろう? 知っているよ」

「あれ? 名乗った覚えないんやけど」

「図書カードにそう書いていたじゃないか」

「あー、成程」


元から知っていたが。胸中でそう呟くスカリエッティ。
嘘など吐いていない。記載内容を拝見して目の前の少女が八神はやてで或る事を再確認したのだから。


(しかし……名前、か。どうしたものか)


この世界で名乗るのは、もう少し先の事になると考えていた為、未だ名前は確定していない。正直に言わなくとも嫌だ。心底嫌だ。
だが、本当の名前をそのまま告げれば、後に弊害が発生するのは明白。

タイムパラドックスと言う何とも厄介な物以外に、これ以上懸念事項を増やしたくはない。
疑いを掛けられれば最後――次々と噴出する疑念の蓋を閉じる為、動きに制限が掛かってしまう。
イナゴのように際限なく増殖する事は目に見えている。

しかし、自分が自分で或る事を否定等したくはない。元々スカリエッティは自己顕示欲の塊でもあるのだ。
及第点としては、一部に自分で或る事を示す。これが限界だろう。

スカリエッティは、風芽丘図書館で閲覧した図書の中に [ 日本で一番多い名字 ] という書物があったのを思い出す。
多いのならば、大して疑いは持たれないかもしれない。
確か、藤原秀郷の後裔、左衛門尉公清とやらが称するに始まった――サトウ――佐藤。

――ジェイル・佐藤。もしくは、佐藤ジェイル。
日本人でもなく、ハーフでもない自分が佐藤を名乗るのは些か違和感が生じる。故に、却下。

名前を掏り替える――スリカエル――ジェイル・スリカエッティ。
妙に陳腐だ。故に、却下。

もういっその事開き直ってしまおうか。
そう何度も考えたが、夢を実現する為には障害が立ち塞がる。
全困難を踏破する――神社で宣戦布告した事を思い返し、再び思考に耽る。

――広域指名手配犯と同姓同名は非常に稀。だが、同名だけならば、余り珍しくはないかもしれない。
これが最大限の譲歩。自己顕示欲が不満を募らせて暴発するような事もないだろう。

名字がない事を疑われるかもしれないが、未来において、名前だけで管理局に登録している人物を数人確認している。
シグナム――ヴィータ――シャマル――ザフィーラ等だ。例を振り返る限り、そこまで疑念を抱かせる事もないだろう。


「――ジェイル。ジェイルだよ。余す事なき親愛を込めて呼んでくれたまえ」

「ジェイル君、かぁ。じゃあ、名字は何て言うん?」

「生憎と、これ以上の名前は持ち合わせていなくてね。今の私は唯のジェイルだよ」

「……? ま、分かった。じゃあジェイル君、絶対その本返しておくんやで」


但し名字は持ち合わせているが、と。
此方に微笑み掛けるはやてを見やり、スカリエッティは悪戯っ子のように内心でほくそ笑む。

――この世界で名乗るのは、もう少し先の事になると考えていた。
ふと、自分の思弁を思い起こし、僅かな疑念を胸に抱く。


「はやて君、一つ聞いてもいいかな。今日は平日、何故あの場所に居たんだい?
君の年頃なら学校に行っているはずだろう?」

「んー……、私ちょっと病気持ちなんよ。足、こんなんやろ?
他の所は健康そのものなんやけど……原因不明とか何とかで、病院に頻繁に行かなあかんから、今は休学中って事になってる。
あ、原因不明言うても、不治の病とか大げさなもんやないで? 」

「ふむ……病?」

「うん。病院の先生でも原因分からんみたいやし……でも、ずっとこんなんやからさすがに慣れたけどなー」


あははー、と。はやては渇いた声を伴いながら苦笑する。
その様子から、出来る事ならば治したいが、殆ど諦めている。そう直感出来たスカリエッティ。
本来ならば学校にも行きたいのだろう。その色も感じ取れたが、同じように無理矢理自分を納得させている。


――――……学校?
何故気づかなかった、と。自責の念が胸中を駆け巡っていく。
それと同時に、遠足前の児童のような、享楽前の待望感が心を満たしていった。


(――……くはっ!! 何だ……簡単な事じゃないかっ!!)


今後――はやてと別れた後の行動を決定付け。中断していた思考を再起動させる。


(さて、……と。不治――という事はまず有り得ないだろうね。事実、未来において、はやて君は両の足で立っていた)


脳裏に浮かぶは、これから十年後に広がるであろう世界――そして、夜天の主。
しかし、目の前のはやては病によって歩く事さえままなっていない。
この決定的な違いは何なのか。疑念を抱き、知識欲の赴くまま、スカリエッティは視線をある場所――少女の足へと向けた。


「――はやて君、私の本文は科学者だが、少々医学の心得があってね。
足を診せてもらってもいいかな」

「科学者って……おもろい事言うなー自分。まだ子供なんやし、未来の科学者ってとこやろ」

「年は関係ないよ。それに値する能力があれば、の話だがね。そして私は誰よりも優れた科学者だよ、はやて君。
加えて言うなら、未来の科学者というのも正解だ」

「へー……自信満々やね。
うん、ええよ。診るくらいなら」


はやての同意を得ると、込めていた力を消し、足を止める。
取っ手から車輪へと伝わっていた干渉が已み、少しばかり制動距離を伴った後、車椅子は制止。
それを確認すると、スカリエッティは少女の前面へと歩み寄った。


(――……ふむ)


勿論の事だが、外傷は見当たらない。
ミッドチルダよりも技術が進歩していないとはいえ、見て取れる程度の障害ならばこの世界でも治せるだろう。

次は内部。とはいえ機材が存在しない為、詳しく診断する事は出来ないが。
はやての足元に跪くように、その場にしゃがみ込むスカリエッティ。

足首――太腿――大腿二等筋へ、下部から触診を開始し、登山するように上部へと手を伸ばしていく。
途中途中で、はやてがくすぐったそうに眉根を顰めるが、スカリエッティに気にした様子はない。


「……えーっと……ジェイル君?
診てもらえるのはありがたいんやけど、私の家もうすぐそこやし、出来る事ならそこで――」

「――……成程、もういいよ。……どうしたんだい? 顔が紅潮しているよ?」


至って平常。
往来のど真ん中で、下半身をまさぐっていたとも取れる行動をしたスカリエッティだったが、恥ずかしげも何もなく、当然のようにゆっくり立ち上がった。

周囲に居た通行人は歩みを止め、二人を一瞥すると様々な色合いを孕む怪訝な表情を傾けながら去っていく。
ここは既に自分の家の目と鼻の先、これからどんな噂が広まるかを考えると、恥ずかしくないわけがない。

しかし、善意でやってくれたと思われる行動を無下に叱りつける事は気が引けた。
その為、はやては何も言えなくなってしまっていた。
喉元まで出かけていた羞恥心と言う名のジュール熱が、顔を照明に見立て、白熱豆電球のように化学反応を起こしている。

何故、この男の子は人の目を全く気にしないのだろうか。
つい数十分前の買い物風景を思い返し、あれは凄かったなぁ、と。付け足しながら、はやては大きくため息をついた。


「さて、私はそろそろお暇させてもらおうか」

「ああもぅ……将来変態さんにならんかしんぱ――……帰るんか? 夕飯くらい食べていってもろてもかまわんで?」


人の視線などどこ吹く風。
唯我独尊を地で行くスカリエッティの将来を心配し、ぶつぶつ、と。呟いていたはやてだったが、対象が踵を返し始めたので一旦そこで思考を打ち切る。


「ありがたい――が、遠慮しておくよ。少々用事を思い出してね。早急に済ませておきたい」

「そかー……そらしゃあないなー。んじゃ、またなー、ジェイル君」

「ああ、また会おうじゃないか」


自分には、人と会話する機会と言うモノがあまり得られない。
病院の係りつけの医師や、近所の人と他愛ない話をするくらいだ。
変な男の子だったが、もう少し話してみたかった。が、用事があるのならばしょうがないか、と。自分を納得させながらスカリエッティの背中を眺める。


「――――はやて君」

「ん? どないしたん?」


同じように踵を返し、目の前の家に向かって帰路につこうとしていたが、背後から掛けられた声がそれを制止する。
愛車の操縦桿を操作し、はやては独楽のように半回転してスカリエッティへと振り返った。


「今後一切盗みを働かない――これは誓えない。
だが近い将来、君が闇の中から夜天を見い出せなかった時、その時は――」


病状は少し触診しただけで理解――、把握した。
魔法文明が存在しない世界の医療では、原因が発見出来るはずもない。
何故ならば、これは魔導による機能障害なのだから。

微かに――だが、異常に強力な魔力リンクを確認。
互いを繋ぐ糸ではない――もはや鎖。一方が片側を拘束し、雁字搦めに縛り付けていた。
恐らく――闇の書。蝕んでいるのは、行き場を失くした強大な魔力。


「――無限の欲望、その名に誓い――君を夜天へと至らしめる翼を献上する――それを確約しようではないか。
夜天の支配者が地を這いずり回る事など、決して我慢ならないからね」

「――……えっと?」

「深く考えなくていい。これはまだ先の話だからね。
確定されていない未来――故に、今はまだ何の意味もないよ」


治療を施すには高度な機材が必要だ。だが、それがあったとしても今はまだ治すわけにはいかない。
下手に未来を操作し、タイムパラドックスに次いでバタフライ効果まで及べば、さらに予定が狂ってしまう。

しかし、もしも自分がこの時空に介入した事によって、八神はやてが地を這うままになってしまえば――それは絶対に避けなければいけない結果。
知りたいのは今の彼女ではない。夜天の主となり、自分が恋焦がれ、追い求めた強さを手に入れた彼女なのだ。
そして、不治の病など――自分ならば治せるだろう。この頭脳は、万物を超越するのだから。

全く意味の分からないスカリエッティの言葉に首を傾げるはやて。
それを一瞥すると、少女の言葉を待たずに、再び踵を返して去っていく。

向かう先は海鳴市に存在する数ヵ所の学び舎。高町なのはが [ 向かう ] であろう場所。
[ 居る ] 座標が分からないのならば、 [ 向かう ] 座標へと足を運べばいい。幸いな事に、地図は手に入れた。


(――但し――、代価はその身で払ってもらうよ――、八神はやて君)


背中の向こうに居る少女に対して、内心呟き――心底楽しそうに、狂ったような嗤いを伴いながら、スカリエッティ――ジェイルはその場を去っていった。












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