<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.15932の一覧
[0] 時をかけるドクター[梅干しコーヒー](2010/06/21 22:13)
[1] 第1話 アンリミテッド・デザイア[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:29)
[2] 第2話 素晴らしき新世界[梅干しコーヒー](2010/01/31 01:37)
[3] 第3話 少女に契約を、夜に翼を[梅干しコーヒー](2010/02/01 22:52)
[4] 第4話 不屈の魔導師と狂気の科学者[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:01)
[5] 第5話 生じるズレ――合成魔獣キマイラ[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[6] 第6話 生じる歪み――亀裂、逡巡――純[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[7] 第7話 生じる答え――矛盾邂逅[梅干しコーヒー](2010/03/03 17:59)
[8] 第8話 歪曲した未来――無知と誤解[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:10)
[9] 第9話 歪曲した明日――迷い蜘蛛、暮れる夜天[梅干しコーヒー](2010/03/18 00:02)
[10] 第10話 歪曲した人為――善悪の天秤[梅干しコーヒー](2010/03/20 23:03)
[12] 第10・5話 幕間 開戦前夜――狂々くるくる空回り[梅干しコーヒー](2010/03/25 20:26)
[13] 第11話 始まる終結――擦違いの戦場へ[梅干しコーヒー](2010/03/29 05:50)
[14] 第12話 始まる集結――蠢く夜の巣へ[梅干しコーヒー](2010/04/02 22:42)
[15] 第13話 始まる終決――時の庭園へ[梅干しコーヒー](2010/04/08 21:47)
[16] 第14話 絡み合う糸――交錯の中心座[梅干しコーヒー](2010/06/16 22:28)
[17] 第15話 空見合うカンタービレ――過去と未来のプレリュード[梅干しコーヒー](2010/06/21 23:13)
[18] 第16話 空見合い雨音――歩くような早さで。始まりの終わりへ[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:34)
[19] 第17話 変わる未来[梅干しコーヒー](2011/05/02 00:20)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[15932] 第2話 素晴らしき新世界
Name: 梅干しコーヒー◆8b2f2121 ID:40571b93 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/31 01:37




空と浮雲は本来の色を忘れ、主役となった夕陽の色調をあるがままに受け入れていた。
疎らに乱立する木立は、空漠と広がる彼方より飛来する橙色の太陽光を受け、様々な表情に変化していく。

木々の幹には大小様々な傷跡が刻みこまれていた。
もしも対象が人であったのならば、見る者に痛ましい心情を抱かせるだろう。
しかし、緑樹は寧ろそれを享受していた。少しの悪戯ならばかわいいものだ。
そう口にしながら、遊戯に夢中の稚児を、縁側から見守る老齢者。
それに近い日常的な情景を連想させる。事実、子供がつけた傷なのだろう。

枝葉の頬を撫でるように流れるそよ風は、時を刻む毎に冷涼の色彩を帯び始める。
四季は春。
最も陽気な風情を感じさせる季節だが、夕の帳が落ち始めれば、さすがに少々肌寒さを覚える。

――ごそり、と。
冷たくなった春風に揺られ、青葉同士が互いに干渉し合い奏でられていた清流のせせらぎのような音色――それに僅かなノイズが混じる。
横槍を入れられたからか、すねるように沈静していく雑木林のオーケストラ。
それに呼応するかの如く、風の指揮棒は職務を放棄していく。

――ごそり、ごそり、と。
未だ見ぬ誰かに自分の存在を主張するかのように、時計の針が動く毎に律動の勢いを活発にさせていく物体。
翼を広げ、やがて大空を飛翔する為に外殻を突き破ろうとする雛のような、孵化する直前の哺乳類を想起させる。

節々に指の先程度の口径の穴が空き、荷馬車にでも引き摺られたかのように側面の一部は土と泥に塗り潰されている。
痛んだ為に不要となった衣類。
それに包まれ、中身を隠蔽するかの如く不法投棄された廃品。
大概の人間の第一印象はそれで決まるだろう。

指先から指へ。
掌を突き出し腕が露出させる。
それは雛鳥の羽ではなく、明らかに人間のソレだった。
やがて、野性を謳歌するイタチ科の動物のように、俄かに荒々しさを感じさせる手つきで一対の掌で袖の口回りを掴み、押し広げながら頭を覗かせた。


「――――」


再び活動を開始する春風。
しかし、心地よかったはずのそれは機嫌を損ねたかのように吹き荒ぶ。
歓迎していない。寧ろ、敵意を向けている。
そう感じてしまう程、突然の変化を遂げていた。


「くっ、――」


濃紫に染め上げられた頭髪が、気性の荒くなった風で激しく翻る。
隙間から時折覗かせる両目は閉じられており、横殴り、暴風とも言える様となった排外を物ともしていない。


「――くはっ、ははっ――!! ――」


弾劾するかのような木々の騒めきが突き刺さっても、寧ろそれを待ち望んでいたかの如く嘲り、笑う。
嘲弄を洩らしながら、感慨深くゆっくりと瞼をあげる。
外気に晒された眼球は金色。
本来ならば美しいはずの色彩は、何故か酷く歪んで見えた。


「――くぁーっはっはっはっは!!」


遥か虚空を仰ぎ、気がふれたかのように――いや、既に狂人だからこそ造形出来る、狂笑と言う名の花を乱れ咲かせる。
かつての世界に捧げる弔花ではなく、新しき世界に贈る薔薇の花を胸に抱きながら――、


「さぁ――喝采しようではないか!! 賞賛しようではないかぁっ!! 美しく、優雅にっ!! この――新世界を!!」


――ジェイル・スカリエッティは、夢の舞台――新世界を称賛し、歓迎した。

いつの間にか風は――已んでいた。










【第2話 素晴らしき新世界】










所々が裂け、皮膚の保護等の保険衛生的機能が欠如し、役割を果たさなくなった衣服を、スカリエッティは抜け殻のように脱ぎ捨てる。
他にも、囚人としての烙印を押す等の意味はあるが、収監する組織が既に存在しない可能性があるのならば、役目を終えたも同然だろう。
だが、もしもがある。こんなものを着ていれば、自分から諸手を挙げて捕まえて下さい――と言っているようなものだ。
どちらにせよ害悪、デメリットしか齎さない。

そう思い至り、囚人服を脱ぐ為、とりあえず立ち上がるスカリエッティ。
大分様変わりし、汚れと傷だらけになった部分を眺め、着脱を開始しながら思考に耽る。

――存在しない可能性。
つまり、時空管理局が存在しない確率は十二分に有り得る。
それの根幹に座す願望として [彼女達が存在する] [別世界] が絶対的に横たわっていたからだ。

[逆行世界]
[並列世界]
[逆行並列世界]

大雑把に分類すれば、この三つが挙げられる。
所謂パラレルワールドへと移動した危険性は十二分にある。
故にここが時空管理局が存在しない世界である可能性は十分孕んでいる。


(ふむ、早急に確認する必要があるね)


時空管理局が実在する、しない――メリットとデメリットはどちらにしろ包含している。
しかし、それらによってスカリエッティのこれからの行動、立ち位置も180度変わってくる。
故に至急確認事項の一つだろう。

“存在しない” のならば、大望――生命操作技術の完成、それを思うがままに行える世界を構築するのは容易い。
管理局に代わる組織があるかもしれないが、今の段階でその可能性を論じても意義は薄い。
生命操作技術を自由に行える空間の構築――それも確かな夢だ。
しかし、最も重要な事項――彼女達の強さの根幹を知る事が困難になる可能性が懸念される。
それでは意味がない。何よりも知りたいのは彼女達の全てなのだから。
もしも管理局に入ってから得た強さならば、知る事は不可能となるだろう。

“存在する” のならば、その逆だ。
夢を実現することが困難になり、彼女達との邂逅は如何ほどか楽となる。
自分の理論――生命操作技術の完成の為には彼女らの持つ何かが必要――スカリエッティはそう狂信し、追い求めている。
ならば確率の高い“存在する”方が幾らかマシなのかもしれない。

故に [逆行世界] が最良であり最善。
未来から来訪した自分ならば、これから発生するであろう事柄を、事前に知識として所持しているからだ。
突然出現した病に対して抗体を保有しているか、していないか――この差は大きい。
致死性の病ならばなおさらだ。
そしてこれから自分が行おうとしている事は、薄氷の上を進むように細心の注意を払わなければならない。
一歩違えば悲願は霧散してしまう。
それは自分にとって死と同義なのだから。

思考の海に埋没していた為か、立ち上がったというのに、着衣を取り外すという目的をいつの間にか見失っていたスカリエッティ。
一つの事柄に夢中になると、回りが見えなくなるのは科学者としての性か。
心中でそう口にすると、再び衣服に手を掛け始めた。

この世界を初めて目にした時と同じように、両手に外気を感じる。
疑問に思い、拘束していたはずの両袖へと視線を向ける。
逆行、移動中なのか、降り立った際に生じたものなのかは定かではなかったが、縫い付けられていたはずのそれは中程まで裂けていた。
外気が齎されていたのは、その破れた一部分から。
これなら子供の力でも引き千切れるだろう。裂け目の一画を握り、両側から引き裂く。
囚人服の仕様上、相当丈夫な素材で出来ていたはずだが、繋ぎ目が弱いのは人体と同じなのだろう。
それは拍子抜けする程簡単に離別した。


「……ふむ?」


何だ、これは。
脳裏を疑念が過ったが、


「――ああ、そう言う事か」


忘れていただけで、答えは知っていた為、大して驚いた様子はない。
こうなる事は折り込み済み。
故に、些事だ。胸中でそう呟き切り捨てる。
しかし、違和感は拭えない。

拘束するのが主目的とはいえ、さすがに身動きが出来ない程束縛する必要はない。
四六時中それでは、身体に異常をきたす危険性とてあり得るからだ。
その為、袖口を縫い付けても、内部にある程度余剰空間を持たせられるように設計されている。
当然、縫目を解けば通常の衣服よりも袖が長大になる。

ぶらり、と。だらしなく垂れ下がるそれは、まるで振り袖のようだった。
しかし、幾らなんでも長尺すぎる。
先端が地面と接触し、折れ曲がっている程だ。

珍妙な光景はそれ以外にも展開されていた。
首元を囲むはずの襟は役目を放棄、肩口まで地肌を露出させている。
足元へと視点を移せば、足の裏まで布地に覆われている。
これでは歩く事さえ出来ず、行動を妨げる事しか出来ない。
もはや、服としての役割を果たしていない。
ただ単に身体を包囲しているだけだ。

描いた絵図――その端に、メモする程度の気持ちで表現しただけ。
付録としてついてくれば重畳、叶っても叶わなくてもいい。

その程度の心持だったのだが、


「ありがたいが……これは少々やりにくいね。折角の新世界をこのような場所から眺めなければいけないとは」


事実、叶っていた。
それは慣れ親しんだ視界と、現在の視界の大きなズレが何より証明している。
――低い。視点の高さは、以前の自分が腰を折りしゃがみこんだ際と同じ程になっている。
そして、今、自分は立っているのだ。
本来ならこの差異はありえない。

とても、三十路を通り越した男性とは思えない程小柄な体躯。
見た目十代前半であろう青年ではなく少年。
未だにあどけなさを覗かせる顔立ちは、明らかに世界を移動する前の自分とは異なっていた。

――高町なのは。フェイト・T・ハラオウン。八神はやて。
スカリエッティを魅了した三人の戦乙女。
全身全霊の興味と欲望を傾け、文字通り生命を賭けて彼女達へと邂逅する為にこの世界へと舞い降りた。
話をしたい、観察したい、触れてみたい――須らくどの欲求を満たすにも、前提条件として直接接触する事が求められる。

スカリエッティが願った逆行先時系列は新暦65年春。
彼女達が最初に関わった事件――PT事件が勃発した年号だ。
そしてまだ出会っていない為、嫌悪どころか存在を認知すらされていない。
この時、三人はまだ十代にも差し掛かっていないはずだ。
未だ穢れを知らぬ少女ならば、最も友人が作りやすいのは、年上よりも同年代。故に、この姿ならば警戒心は薄いだろう。

物のついで。他の懸念事項よりも重要度は低かった。
しかし、これはこれで重畳。存外、あの宝石も律儀なものだ。
胸中で軽く礼を垂れ、脱ぎ捨て終えた着衣を腰に当てると、パレオのように身に付ける。
上半身は裸、下半身は心許ない布切れ。
元々穿いていた下着は、サイズが合わなくなった為、意味を失った物となっているので破棄。

とりあえず、下半身さえ隠しておけば大丈夫だろう。
スカリエッティは安心、確信し、行動を開始する。
だが、一歩進む度に大腿二等筋付近が顔を覗かせていた為、余り説得力はない。
もしも突風でも襲ってくれば、ギリギリアウトとなるだろう。

木々のヴェールはすぐに終端を提示した。
枝葉の隙間から降り注ぐ橙色の線を横切りながら、そこへ目標を定め歩を向ける。

草木の絨毯が終わりを告げ、足の裏で砂利の感触を感じるようになると、開けた空間へと出た。
目の前には何やら人工的な建造物。
そこまで巨大と言うわけではないが、低位置となった視点がそれを誇張する。

とりあえず、全体像を把握しよう。
そう考え、それを中心にぐるりと周囲を一周する。
その途上、イヌ科の動物を模したであろう構造物が一対鎮座していた。
それに両脇を固められるような形で石畳の道が延びている。

中心点にしていた建物を遠目から確認出来る位置。
他の場所にはない構造物に興味を惹かれ、スカリエッティはその場で立ち止まる。


「ふむ、確か……ジンジャ。だったかな?」


背後へと振り返れば、赤に塗り潰された奇妙な形状の門。
まるで門番のように立ち塞がっていたが、その口は大きく開いている。
それにも見覚えがあった。
トリイ……だったか? 記憶を手繰り寄せながら、その二つが意味する所を模索し始める。

ジンジャ (神社)、トリイ (鳥居)。
朧げな記憶だったが、確か、神を祀る神聖な祠の役割を持つ建造物だったはずだ。
スカリエッティは神等に興味はない。
故に、この場所に心を引かれるような感慨も、感情も微塵に浮かんでは来ない。

好奇心を刺激されない。面白くない。
欲望に忠実な彼は、無関心な物には徹底的に無関心を地で貫く。
神社も鳥居も、一向に興を沸かせはしない。
しかし、そんなスカリエッティだったが、これを知っているのには訳があった。


「どうやら第97管理外世界なのは間違いないようだね。とりあえず、一安心という所かな」


神やら神聖やらよりも、絶対的に価値のある理由――この二つが [第97管理外世界] 現地惑星名 [地球] にしか存在しないという事だ。
それは、今、自分が地に足をつけている場所が [第97管理外世界] だという事実を導き出す。

そして、この世界には――、


「ああ、この時をどれ程渇望し、恋焦がれた事か――……!!
もうすぐだ……もうすぐで君達と巡り合えるよ――!! エース・オブ・エース――!! Fの残滓――!!夜天の主!! 」


――三人の乙女が――いずれ、眩いばかりに光輝き、咲き誇る華のツボミが存在する。
スカリエッティが眼前の建立物を知っているのは、あくまで三人が居る世界の物だからだった。

――その時だった。ふと、脳裏を掠める疑問。

高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやてが在住する世界――だったか? 、と。
確かな事のはずだが、奥歯に何か引っかかったかのようにイマイチ釈然としない。

決して崩れる事のないトライアングル。
それは黄金比を体現したかのように美しい。
しかし、それはPT事件と闇の書事件の後に完成を為し得たはず。
だからこそ合点が及ばない。
ご都合主義のように、出会ってすぐにそんな関係を構築出来るはず等ないからだ。
そんなものは唯の無価値な幻想だ。
共に障害を乗り越え、苦難を共にしたからこそ堅固にして堅牢。
それは間違いないはずだ。


高町なのは――PT事件に介入したのはどのような理由だったか?
魔法文明の存在しない地球でどのようにして魔法と出会ったのか?

フェイト・テスタロッサ・ハラオウン――PT事件と深い関わりがあるのは覚えている。
母であるプレシア・テスタロッサが主犯の事件なのだから当然だ。
しかし、具体的に何をした?
ファミリーネームの [ハラオウン] とは何の事だ?

八神はやて――闇の書事件の中核に位置する人物。
PT事件には関わりがないはず――なのだが、彼女は本当にPT事件に介入していないのか?
どうにも確信が持てない。
そもそも、闇の書は無限に転生を繰り返すロストロギア。
ならば、どのようにして事件は終結を迎えた?


彼女達の事ならば、大抵の事は知りつくしている。
一度興味を示したものに対しては、徹底的に突き詰める性なのだ。
ならば、何故こんなにも穴だらけなのだろうか。
完成系を既に知っているパズル。
だが、ピースがどこにも見当たらない。
他の欠片を嵌めてみるも、本当にそれが正答なのか分からない。
何だ、これは。何故知っているにも関わらず、このように断片的なのだ。
顔を顰め、迷走し始めるスカリエッティ。

断片的、知っているはずが思い出せない。
答えを得ようと、脳内でキーワードを打ち込み検索をかける。

――結果はすぐに得られた。
成程、と。納得はするものの、同時に苛立たしさが込み上げてくる。
有り得る。逆行以前からそう予感はしていたが、何とも厄介な問題が生じたものだ、と。

――タイムパラドックス。
科学者の端くれでも知っている理論。
勿論、スカリエッティは専門でない為、精通してはいないが最低限の事は心得ている。
簡単に言えば、時間を遡った際に発生する、因果関係の不一致によって起こり得る矛盾。

“知っているが知らない”――今の彼の記憶齟齬状態、矛盾と合致する。

しかし、それは同時にスカリエッティが時間逆行に成功した可能性を、限りなく高くする推論でもあった。
タイムパラドックスは、未来から過去へ、本来の因果の流れに逆らった為に起こり得る事象だからだ。

もはや第97管理外世界へと至り、過去へと遡った事はほぼ確定だろう。
しかし、それと代償に大きなアドバンテージを失ってしまった。
作成していたプランが水泡と帰す確率が非常に高まってしまったのだ。
下手に介入すれば、修正の効かない最悪の事態を招いてしまう。


「ああ、――そうか、――」


珍しく陰鬱な心境を、胸中だけでなく表でも吐露していたスカリエッティ。
しかし、まるで豪雨が刹那の時間で青天の霹靂を垣間見せるかの如く、いつの間にかその表情は愉悦と悦楽で禍々しく歪んでいた。

――ああ、考えてみれば簡単な事だ。
何時でも、如何なる時でも世界の摂理、真理、原点には等価交換が座しているのだから。

故に、得ようとするものが至宝であればある程、代価は巨額だ。
そして――自分が為そうとしている事は――薄氷の上を往く上、漆黒に塗り潰されたような、先の見えない道程が立ち塞がるのだろう。
だからこそ――全てを失う危険性を代価に支払わねばならない程――価値のある果実なのだ、と。


「くははっ――……!! いいぞ……実にいい!! それでこそ――ここまで追い求めた甲斐があると言うモノだ!!
全障害を踏破し、私は理想を――甘美な果実をこの手に掴み取ろうではないか!!」


境内に向かって、狂信的な瞳を見開きながら宣言するスカリエッティ。
それは、そこに居ると信仰されている神に対しての、宣戦布告のようにも取れた。






















――ジャングルから上京してきました。
まるでそう言わんばかりに、この格好がスタンダードだ。と体裁を全く繕わず、恥ずかしげもなく上半身を晒け出したまま入店したスカリエッティ。
あんぐりと口を開けたまま固まる店員。
対して眉一つ動かさず、威風堂々と佇む少年。両手には何故か三つのブルーに塗り潰されたスーパーの袋。
完全無欠に不審者で変態だったが、余りにも堂々と、颯爽としている為、気づいた時には服を選んであげ始めていた。


――「そうだね……イメチェン、と言われるものを実験してみたいかな。精々頑張ってくれたまえ」
注文はそれだけだった。とりあえずお客様には変わりない為、オーダー通りに見繕い、満足気な様子を浮かべてくれるまでセレクトし続けた。


――「耐ショック性、耐電性能は不満だが――悪くない」
少年が何を言っているのか、女性店員には理解が及ばなかったが、とりあえず及第点を貰えた為、お会計に移った。
元々着ていた――というよりも、身に着けていた妙なデザインの衣服を裁断し、サブバッグとして生まれ変わらせるサービスも行った。


――「お釣りはいらないよ。君の能力に見合うお礼をしたまでだからね」
がしゃり、と。甲高くも鈍くもある効果音を響かせながら、レジの上に二つの袋を勢いよく置く少年。
中を覗いてみれば、様々な種類の小銭の山が広がっており、その天辺には数枚の千円札が居座っていた。

殆ど裸で来店した少年――錆びていたり、所々欠けている小銭――皺くちゃの千円札。
よほど苦しい思いをしながら貯金していたに違いない。そう悟り、お代は大分足りなかったが、三つ目の袋の中身をせがむ事はしなかった。
涙を堪え、退店するスカリエッティを見送る女性。
支払いに使用された袋の中に数枚のおみくじや、今日の午前中に近くの神社で行われていた祭りのチラシが混じっていたが、大して気にはならなかった。











かつてはただの土塊だった物質は、人の手によって命を吹き込まれたかのように形を変え、理路整然と立ち並んでいた。
大小様々な四角の箱が内包しているのは多彩な人々。
栄えている物もあれば、閑散とした物もある。

濃紫の髪を揺らしながら、少年は往来の市街地を、人の流れに逆らわず歩き続ける。
内面を外面へと押し出したかのように、今にもスキップを刻みそうな程、足取りは軽快だ。
自由の効かなかった手足は、実に7年と半年もの間積み重ねられた憤りと、ついに開放された感激を噴出させるかの如く、次々と血液を流動させていく。

ほんの数十分前まで、まるで遥か古代の原始人のような格好をしていたスカリエッティ。
文明化の進んだ世界を歩き回るには些か不都合だろう。
ましてや、なまじ顔立ちが整っている分、違和感を加増させていたのは間違いない。
事実、奇異の視線を360度、あらゆる場所から感じていた。
怪奇、嫌悪、憎悪――それらの負の感情の矛先を向けられるのは慣れていた為、別段気にしてはいなかったが。

濃い目の縁取りが特徴的な眼鏡を鼻の頭で引っ掛け、髪留め用のゴムで結われた濃紫の襟足が馬の尾のように揺れ動く。
購入したばかり。と如何にも印象を受けそうな、均等に青さを誇るジーンズ。
見る者に少々野性的な感想を抱かせるであろうフード付きジャケットを羽織り、ベースに白のTシャツで体を包む。

若干その場凌ぎな感は否めないが、簡易的な変装はこれでいいだろう。これで懸念事項の一つに対して予防線が張れる。
そう、スカリエッティは胸中で満足しながら、相も変わらず人垣の川を泳ぎ続ける。

懸念事項の一つ――ジェイル・スカリエッティ――つまり過去の自分、もう一人の自分への危惧だ。
何時広域指名手配され始めたかは定かではないが、新暦65年の段階で顔写真が公表されていても何ら不思議はない。
今の自分は子供。手配されている自分は大人――だが、同一人物なのだから、当然身体的特徴は酷似している。

ならば、僅かながらも認識と印象をズラす。雀の涙程しか意味は無いかもしれないが、意味が有る可能性とてある。
何が起こるか分からない以上、出来る限り万全を尽くしておかなければならない。
そう考えると、子供の姿に変化したのは非常に有用な武器と成り得るかもしれない。

疑われれば最後――疑惑を抱かれたスパイ等、もはやスパイとは呼べない。
しかし、彼女達に接触しない訳にはいかない。当然、顔を晒さねばならないだろう。
おまけにジェイル・スカリエッティと名乗れば、疑うなと言う方が無理だ。故に、自分へ仮の名前も与えなければならない

この世界にジェイル・スカリエッティが存在するか、否か――それを確認するまでの辛抱。。
心の中で、自分にこんな苦渋を舐めさせるとは。そう憤りながら、自己顕示欲を雁字搦めに縛り上げ、奥底へと仕舞いこんだ。

まだ、彼女達がこの世界のどこにいるかは分からない。
だが、ジュエルシードを使用した以上、過去のジュエルシードの近くに逆行した確率は高い。

故に――、


(ああ、まずは君からだよ――、)


――脳裏に浮かぶのは純白のドレスに身を包んだ魔道師。願いを叶える宝石を巡る事件――PT事件に深く関わった――、


(――高町なのは君)


――精鋭揃いの機動六課の中でも一際光を放ち、不動のエースと言う名の玉座に鎮座し続けた少女――高町なのはを第一目標として選び取った。







前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.039699077606201