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No.15932の一覧
[0] 時をかけるドクター[梅干しコーヒー](2010/06/21 22:13)
[1] 第1話 アンリミテッド・デザイア[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:29)
[2] 第2話 素晴らしき新世界[梅干しコーヒー](2010/01/31 01:37)
[3] 第3話 少女に契約を、夜に翼を[梅干しコーヒー](2010/02/01 22:52)
[4] 第4話 不屈の魔導師と狂気の科学者[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:01)
[5] 第5話 生じるズレ――合成魔獣キマイラ[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[6] 第6話 生じる歪み――亀裂、逡巡――純[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[7] 第7話 生じる答え――矛盾邂逅[梅干しコーヒー](2010/03/03 17:59)
[8] 第8話 歪曲した未来――無知と誤解[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:10)
[9] 第9話 歪曲した明日――迷い蜘蛛、暮れる夜天[梅干しコーヒー](2010/03/18 00:02)
[10] 第10話 歪曲した人為――善悪の天秤[梅干しコーヒー](2010/03/20 23:03)
[12] 第10・5話 幕間 開戦前夜――狂々くるくる空回り[梅干しコーヒー](2010/03/25 20:26)
[13] 第11話 始まる終結――擦違いの戦場へ[梅干しコーヒー](2010/03/29 05:50)
[14] 第12話 始まる集結――蠢く夜の巣へ[梅干しコーヒー](2010/04/02 22:42)
[15] 第13話 始まる終決――時の庭園へ[梅干しコーヒー](2010/04/08 21:47)
[16] 第14話 絡み合う糸――交錯の中心座[梅干しコーヒー](2010/06/16 22:28)
[17] 第15話 空見合うカンタービレ――過去と未来のプレリュード[梅干しコーヒー](2010/06/21 23:13)
[18] 第16話 空見合い雨音――歩くような早さで。始まりの終わりへ[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:34)
[19] 第17話 変わる未来[梅干しコーヒー](2011/05/02 00:20)
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[15932] 第17話 変わる未来
Name: 梅干しコーヒー◆8b2f2121 ID:139a44c2 前を表示する
Date: 2011/05/02 00:20





生憎の空模様の広がる、正午入り口を迎えた空の下。
休日にしては人通りの疎らな海鳴の市街地を、傘を差して並んで歩く二つの小さな人影が或る。
時折、擦れ違う他の歩行者から二人へ奇異にも似た視線が注がれるが、それも一過性で、あくまで見知らぬ他人で或る以上、物珍しそうな目を向けられるのみで終わる。
しかしながら、通行人達が自然と彼らを一瞥してしまうのも、ある意味当然の反応とも言えた。
二人は共に、この国で言えば外人と呼ばれる容姿をしており、本人達の意志は関係なく、否が応でも目立ってしまうのだ――と言うよりは、片方が奇抜とも言える身なりをしているのが、主な原因だろうか。
少女は流れるような金髪に、黒のワンピースといった、質素ではあるが可愛らしい服装。その隣を行く少年は、如何にも睡眠不足と自己主張している撥ねた濃紫髪に、くたびれた白衣。
見た目が子供ではなく大人だったのならば、少年の方は、何処ぞの奇人変人だろうと第一印象を抱かれても仕方無い風体で、これで人目を引くなというのは些か無理が或る話だった。


「ねえ、本当に大丈夫なの……?」


時折、千鳥足に近い覚束ない歩調で隣を行くジェイルを見るに見かね、フェイトは心配げな声と目を送る。
これも、潜伏先である遠見市のマンションを出立してから幾度か繰り返された、焼き増しのような遣り取りだ。
傍から率直な感想を述べれば、戦う前から満身創痍に見えない事も無く、しかも元から重症を負っている怪我人なのだから、戦場より病院に向かうべきだと薦めたくなるような有様。
詰る所、これから時空管理局との決戦を迎えるにしては、フェイトからして見ても、思わず同じ話を蒸し返すくらいには今のジェイルのコンディションは最悪極まりなかった。


「ハハ、大丈夫だよ。
きちんとドーピングしているからね。始まる頃には何の問題も無いさ」


そう言って、ジェイルは懐からおもむろに小瓶を取り出し、手で遊ばせて見せる。
本人曰く、例えば戦闘中に負った怪我などに対し、後で漸く本来の痛みを感じるように、この程度の睡眠欲は如何とでも誤魔化せるとの事。
因みに、寝不足の理由は実に単純で、なのはと戦えるのが楽しみで目が冴えた。朝になって遠足前夜の学生の気持ちが理解出来た、らしい。

しかしながら、それならば尚の事、最初からしっかり睡眠を取った方が良いだろう。これでは本末転倒ではないのか。
とでも、一言物申そうかとも考えたフェイトだったが、それは今更――本人の性格的にも――なので、半ば呆れ混じりに言葉を呑み込み、代わりに小さな嘆息一つ。
ちら、とジェイルの手にしている小瓶へ、何か言いたげな目をやった。


「ああ、別段特別な物でも、危険な代物でも無いよ。ドーピングというのは大げさだったね。
以前、学校帰りに寄ったスーパーマーケットで、念の為にと買っておいた栄養剤さ。
いやはや、管理外世界とはいえ、中々侮れないものだ。魔法が存在しないだけで、文明レベルは非常に高い。
興味が尽きないよ、この第97管理外世界には。その内、拠点でも構えたいものだねえ」


言いながら、くつくつ、とジェイルは含み笑いを浮かべる。
初対面であれば一歩身を引いてしまうような、幼い少年の顔が作るにしては些か凶悪の行き過ぎた口の端だがしかし、普段から笑いの絶えない彼と過ごしていれば、これは嫌でも見慣れるもので、フェイトに特に気にした素振りは無い。
今となっては逆に、そんな風に何に対しても笑えるのは、或る意味凄い事なのではないだろうか、とさえフェイトはどこか思ってしまう。
と言うのも、つい最近感じ始めた事だが、反面教師のようなもので、彼を見ていると、自分の表情の乏しさが良く分かるのだ。
少し、見習うべきなのかもしれない。自分から悪役だとでもアピールしているような、変な方向への堂に入りっぷりを除けば、だが。

そんな事を何の気無しに考えていた途中で、フェイトはふと、引っ掛かる、と言うよりも気になるところを覚える。
失礼かもしれないが、妙に板についている悪役のような振る舞い。戦術レベルではお世辞にも上手いとは言えない――寧ろ素人側――が、ジェイルは戦略レベルにおいては非常に長けている。
尤も、それも正攻法ではなく奇策や搦め手限定の話だが、以前に立案した作戦で管理局の精鋭達を一挙に殲滅する結果を出しているのだから、その辺りが得意分野なのは確かだろう。
到底、何の経験も無い人間が打つような手には見えない。

並べた内容をそのまま繋げれば、管理局と戦った経験が或る。
なのだが、そう予想してみるも、出会った時の本人は、客観的に見てかなり弱かったのだから、正直考えにくい。
詰る所、今更ながら、なのはやユーノ、自分達と出会う前、ジェイルが何をしていた人なのか、フェイトは全くと言っていい程知らなかった。
科学者、と言うのは既に聞いているが、管理局のあしらい方が妙に手慣れているところからして、それだけでは無いだろう。元来の性格は多分に影響していそうだが。
決して疑っているわけではなく、単に降って湧いたような興味本位で、フェイトは出した結論をそのまま口にした。


「……ジェイルって、戦う科学者、みたいなのだったのかな?」

「ふむ? 何の話だね?」

「あ、そこまで深い意味はないんだ。ちょっと気になっただけだから。
ジェイルって、作戦立てるのとか手慣れてるから、そういう事してたのかな、って思って。
……聞いたら困る話だった?」


口にしてから、言わなかったのは何か聞かれて困るからだったのかもしれない、と或る種の気まずさを感じ、フェイトは次第におずおずと、トーンを落としていく。
今日までの日々の殆どを、身内とだけ過ごしているフェイトにとって、幾ら打ち解けてきたとはいえ、ジェイルはまだ出会って間もない少年だ。
だからこそ、ほぼ無意識の内に、人付き合いの経験が些か乏しい為か、こうして踏み込めば一歩引き下がるような、手探りに近い接し方をしてしまうのも無理は無かった。
だが、フェイトのそんな心境を余所に、「ああ、その事かね」、とジェイルは軽く応じると、手で傘をくるくると遊ばせつつ、言葉を続けた。


「管理局にゲリラ戦を仕掛けた経験が或る、というだけさ。別に聞かれて困るような話でもないよ。
戦う科学者というのも、あながち間違ってはいないかな? 尤も、矢面に立ったのは一度切り、序に負けたのだが」


ジェイルはそこで、一旦言葉を区切る。そして何故か、横目でフェイトを見たまま、思わせ振りな態度で忍び笑いを洩らし始めた。
小首を傾げるフェイトに、「悪いね」、と小さく詫びると、楽しげな顔そのままに軽く肩を竦めてみせる。


「少し、昔を思い出しただけだよ。
人と言うのは出会い方一つでこうも変わるものなのだと、ね。
いやはや、ザンバーに叩き飛ばされ、内壁へ強かに突っ込んだあの日が懐かしい。
くくっ、あの時向けられていた目は、それはもう素晴らしいもので……、…………」


そこまで口にしたところで、ジェイルは一瞬沈黙。徹夜の所為で充血気味だった眼を、フェイトへと振り翳す。
思わず一歩身を引いたフェイトに構わず、不意に足を止めて骨折していない方の左手を広げた。


「……ああっ、欲しかったなあ……っ。
そう、フェイト君。私は君が欲しい」

「……な、何で私……?
……あの、それより早く帰って来てもらっていいかな?
目が何かこう、凄く嫌らしくて、その……ジェイルの目が、嫌らしいんだ」


奇行や突飛の無い言動に幾ら慣れたとはいえ、生物の本能的な部分が鳴らす警鐘に抗えず、何処か別の世界に旅立ちかけていたジェイルから目を逸らして、フェイトは言葉足らずながら必死に諌めつつ、珍しく頬を引き攣らせる。
しかし、何故、毎度毎度こうも妙な方向に話が飛ぶのだろうか。
そう考えるも、余り深く考えてはいけないと思ったので、今の彼は徹夜明けでランナーズハイなのだ、と自分を無理矢理納得させて、再び歩き出しながら、話題を変える事にした。


「でも、負けたんだよね? その人に」

「ああ、そうだよ。
懐に誘い込んだ上、此方が多勢だったにも関わらず、丸ごと叩き潰されたさ。
ふむ。でも、というのはどういった意味かな?」

「ん……、負けたのに嬉しそうだったから、かな?」

「ハッハ、それはそうさ。何せ、私を地につける程に成長してくれたのだからねえ。
お陰でこうしてここに至る切っ掛けにもなった事だ。今となってはあの負けには感謝すら覚えるよ」


敵が強くなっていたというのが、そんなに喜ぶような事なのだろうか。逆に歯噛みする事こそあれ、フェイトにはその感情がいまいち理解し難かった。
叩き潰されて嬉しい、昨日も口にしていたように、彼には少しマゾヒストという側面――詳しい意味は知らないけれど――が或るのかもしれない。
フェイトはそんな風に思いつつ、言葉を続けようとしているジェイルの話へと耳を傾けた。


「なに、何かしら得る物さえあれば、勝ちも負けも同様に愛する価値が或る、というだけの話だよ」


そう言って、何時も通り自分のペースで話を打ち切り、ジェイルは足を止める。
同じく歩みを止めたフェイトが、視線の先を追ってみれば、そこには大きく開けた空間が広がっていた。
目的地である、海鳴市の沿岸部はもう目と鼻の先。つまり、間も無く管理局との決戦を迎える事を意味していた。


「フェイト君。昨夕の話を覚えているね?」

「……うん。覚えてるよ。
私はジュエルシードの封印。ジェイルは管理局と戦う」

「よろしい。では、最後の確認といこう。
私を、何があっても見捨てられるね?」


そう言って、ジェイルはフェイトの瞳を見る。
昨夕と同じような遣り取りだが、今この場で相互に確認をする事が、何の意味を持つのかを悟れない程、フェイトは疎くはない。
前はまだ、引き返せた、止められた。しかし事ここに至っては、もう止まるわけにはいかない。だから、これは念を押しておくという意味なのだ。
しかしながら、それが分かっていても、フェイトの口から応じる声が出る事はなかった。


「……やっぱり、何するのかは教えてくれないんだね」


ぽつり、とフェイトは静かにそう零す。
既に、ジュエルシードの強制覚醒から、お互いの役割に取り掛かるまでの段取りは済ませている。
が、こうまでして見捨てろと釘を刺される程の何かが或る、ジェイルがどうやって管理局と対峙するのか、肝心のその詳しい中身は露とも聞かされていないのだ。
相当危険な立ち回りを演じるのだろうとは察している。ここまで来ても秘しているのだから、何か意味が或るのだろう、とも。

しかしながら、それを理解出来ていても、いや、出来ているからこそ、
出ると分かっている犠牲を素直に受け止められる程達観していないフェイトは、うん、と言うは易いが重い意味を持つその二文字を、口にする事が出来なかった。
そんなフェイトの心境を察したのか、ジェイルは浮かべていた笑顔を一旦収めると、常の飄々とした素振りはそのままに、口を開いた。


「フェイト君。私は誰でも裏切るよ」

「……えっ?」


信じて欲しい。もしも、それを言ってくれるのならば私は――。
そう逡巡していたフェイトは、ジェイルの口から望んでいた台詞とはまるで真逆の言葉が出た時、思考を停止させ目を見開いた。
止まったそれで、何とか意味と彼の真意を呑み込もうと瞳を見返す中、話が続けられていく。


「知っての通り、私はなのは君とスクライアを裏切り、此方側に寝返った。
そして、これまでも大小はあれ、同じような真似を繰り返してきている」


自身を、獅子身中の虫だ、とジェイルは何の臆面もなく言う。
誰も知らない、ジェイルしか知らない言わんとしている事。それは例えば、産みの親とも言える最高評議会を手に掛け、抹殺した事。
全てを知りながら、ルーテシア・アルピーノを、ゼスト・グランガイツを、そしてレジアス・ゲイズを利用した事でもある。
そして、何も伝えずに愛娘を元の世界へ置き去りにしてきた所業とて、そうだ。


「でも、ジェイルは、その……」


何を指して、言っているのかは分からないがしかし、その先を聞きたくない、聞くのが怖い、と。
ジェイルの話を否定出来る言葉をフェイトが探す中、だが、とジェイルは尚続ける。


「私は自分を裏切った事はない。
自分に嘘を吐いた事が無い。自分の言葉は裏切らない。
信じろなど言わない。同じように、君らに果たせもしない言葉を言いもしないよ」


ぽかん、と口を開け、目まぐるしく右往左往させていた思考を止めて、フェイトは呆けるように瞬きを一回、また一回。
言外に言われている台詞を理解するなり苦笑し、不安げだった瞳と口元を小さく綻ばせた。


「普通に、信じて、って言えばいいのに。
そういうところ、ジェイルは意地悪だと思うんだ」

「それに値しないと自覚しているからねえ。
義理ましてや人道など、夜通し説かれたところで朝には忘れているさ」


ハハ、と声を上げ、ジェイルが歩き出す。
これから危険な真似をするなど露とも感じさせず、胸の内を誰にも見せるような事をせず。何の事はなく、ただいつも通りに。
裏を返せば、何を考えているのか分からない。そんな一抹の不安を過ぎらせるけれども、果たす、その言葉を信じるのは何より簡単で。
悪い顔してるなあ、とフェイトは小さく零しながら、ただ前を向いて、それに続いていった。










【第17話 変わる未来】










否応なく気の緩み始める、正午入り口に差し掛かったL級次元航行艦船・アースラ艦内。
昼時を迎えた今となっても、艦内食堂にクルーの姿は殆ど見られず、足を運んだ局員も談笑する事はなく、足早に各々の持ち場へと去っていく。
すぐさま出撃出来る程度の軽い訓練に勤しむ武装隊の面々。解析、本局への報告、事件の要略に精を出す通信士達。
休息する時間すら惜しんで其々の役割を果たさんとする彼らは、何処か張り詰めた空気を纏っている。そして、それはアースラ全体に伝播していた。
世界を丸ごと消滅させかねない程の力を持つロストロギア、ジュエルシード。S級次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ、もしくはその手掛かりであるジェイル。
どちらか一方だけでも危険極まりないというのに、現在、アースラはその両方へと対応が求められているのだ。
この状況で安寧と出来るのは、余程の大物か、管理局員という仕事を只の仕事と割り切っている人間だけだろう。

そんな緊迫した空気の漂うアースラの一室。会議室では現在、現地協力者を交えてのブリーフィングが開かれていた。
長テーブル中央上座には、この艦の艦長であるリンディ。そこから下座に向かってクロノ、リーゼロッテ、他数名の局員。最後にユーノとなのはが隣り合って座っている形だ。
議題は主に、これまでの事件の顛末と、新たに明らかになった事実、そしてこれからの方針について。
それらが議事を担当しているエイミィにより進められていく中、ユーノは説明を耳に入れつつ、マルチタスクの一つを使って考えごとをしていた。

思い返せば、始まりは貨物船が何らかの事故に見舞われ、積荷だったジュエルシードが第97管理外世界にばら撒かれてしまった事だった。
そしてその後、ジュエルシードの発掘現場責任者だった事もあって、責を感じた自分がそれを回収する為に単身地球へ向かった。それが、この事件の発端だ。
何度振り返ってみても、軽率だった、とユーノは思う。回りが見えていなかった、とも。
その結果、ジュエルシードの暴走体に深手を負わされ、そこに居合わせたなのはを巻き込んでしまったのだから。

なのはへの感謝の気持ちは筆舌に尽くせない。しかし、同じように自責の念も拭えない。
決意を固め、覚悟を決めたなのは。彼女は言う。自分で決めた事、と。今日に至るまで何度も口にした謝罪の言葉は、今となってはその決心に水を差すだけだ。
ならば、自分はどうするべきなのか――言葉ではなく、何が出来るのか。そう考えた時、ユーノの脳裏に過ぎるのは、一人の少年だった。


(……ジェイル、か)


戦いたいのではなく、止めたいから。これ以上道を踏み外させたくない、誰も傷つけさせたくない。
そして、伝えたかった言葉を伝えたいから。答えを聞きたいから。理由は数多あれど、なのははその強い一念と固い覚悟でここに居る。
ならば、自分はなのはが全力でジェイルとぶつかれるように尽力するべきだろう。だが、そこまで考えたところで、ユーノは内心で遠い目を何処かに向けた。


(……あいつがジェイル・スカリエッティって……いまいち現実味が無いんだよなあ)


ジェイル・スカリエッティ。学校を立ち去る間際、ジェイルはそう名乗っていた。
管理外世界ではその名に反応する人間は居ないが、こと管理世界の間で言えば、知らない人間の方が少ないだろう。
曰く、稀代のマッドサイエンティスト、犯罪者でなければ歴史に名を残すであろう天才。悪い噂には事欠かない、悪名高いビッグネームだ。
しかし、その広域指名手配犯がジェイルである。などと言われても、ユーノとしては正直、首を捻らざるを得なかった。

例えば、短い期間だったとはいえ、高町家で三人一緒に過ごした日々。
朝食の際、桃子と並んで台所に立って談笑する姿。いつの間にか美由紀と仲良くなり、数学やら科学やら勉強を教えていた光景
なのはと一緒にお風呂に入ろうとして、士郎に首根っこを掴まれて連行されていく一幕。なのはと一緒の部屋で寝ようとして、恭耶に引き摺られていく様。
それらを傍から見ていたユーノからすれば、ジェイルをジェイル・スカリエッティと結びつけるのは、多分に現実味に欠ける話だった。

ユーノはそんな考えごとを続けながら、ちらり、と隣で真剣な表情を浮かべて説明を聞いているなのはを横目で見やる。
ジェイルの性格。あの清々しいまでのなのはへの傾倒振り。その辺りを鑑みると、ジェイルが地球に居たのはなのはが居たからではないか、などとユーノには思えた。
しかし、自分で考えておいてなんだが、余りに根も葉もない理由だ。ジェイルだと案外否定出来ないのが微妙に悲しいが、さすがにそれは短絡的過ぎるだろう。


『……ユーノ君? どうしたの?』

『あ、いや。何でもないんだ』


偶然目が合ってしまったなのはへ曖昧な返事を返しつつ、ユーノは浮かびかけていた結論を頭から消した。
そうして、ユーノが広げていたマルチタスクを閉じるのと時を同じくして、ブリーフィングは一段落を迎え、エイミィが一旦脇に移動する。
それと入れ替わりでリンディが立ち上がり、会議室に居る面々を見渡しつつ、口を開いた。


「では、今後の大まかな方針を私から伝達します。
先ず、第97管理外世界に散らばったジュエルシード、全二十一個の回収。
そして――エイミィ、出して頂戴」


はい、と短く応じると、エイミィは手元の簡易端末のキーを叩き始める。
そして、スクリーンに表示される一枚の映像パネル。そこに映し出されたのは、妙齢の女性だった。
誰だろうか。ユーノは記憶を辿りつつなのはと視線を交わすが、浮かべている表情からしてなのはも見覚えが無いらしい。
しかし、兎に角重要な人物なのだろう、と浮かんだ疑問を脇に置き、リンディが続けようとしている先へ耳を傾けた。


「大魔導師、プレシア・テスタロッサ。
つい先日明らかになったこの一連の事件の黒幕であり、ジェイル君とフェイトさんに指示を出している人物です。
とはいえ、確定ではありませんが、様々な状況証拠から考えるに、彼女が黒幕と見てまず間違いないでしょう」


俄かに会議室に漂っていた空気が張る。
それもそうだろう。詰まるところ、そのプレシア・テスタロッサの身柄を確保すれば、現状抱えている問題の片方が収拾するのだから。
そんな、より一層緊張感の高まった視線の集まる中、リンディは話を続けていく。


「よって、これより捜査方針を変更します。
第97管理外世界付近の次元空間内に停泊しているであろう拠点、時の庭園の発見。
のち、彼女に投降の意思がなければ強行突入し、身柄を確保します。
その間、地球に散らばっているジュエルシードが暴走した場合はこれまで通り封印を。
ジェイル君、フェイトさんが出て来たのならば、同じく身柄を確保。以上です」


全て伝達し終えると、リンディは会議室に揃っている一同を見渡す。
その視線の意味は、何か質問は、という事だろう。しかし、誰もが各々思考と整理をしている為か、すぐには疑問の声は上がらなかった。
そうして沈黙が降りてからややあって、漸く手が上げられる。手を上げた本人、ユーノはリンディの促しを受けると、おずおずと口を開いた。


「あの、質問というより確認に近いんですが……」

「構わないわよ。
気になる事は今の内に聞いて貰えた方が、此方としても助かるわ。言ってみて頂戴」

「じゃあ、えっと……ジェイルって、ジェイル・スカリエッティなんですか?」


……あれ?
そこまで言った時、ユーノは小さな違和感を感じた。
見れば、誰もが少なからず疑問に思っていた事だったのか、会議室に居る全員がリンディの返答に耳を傾けている。
リンディに変化は無い。さっきまでと同じ、艦長然とした表情のままだ。しかし、クロノとエイミィが何故か眉根を寄せ、互いに視線を交わしていた。
それが、ユーノには引っ掛かった。もしかすると聞いたら拙い事だったのか、それとも何か食い違いが或るのかもしれない。そう考え、先程の言葉を補足する意味で話を続ける。


「その……ジェイルの身柄を確保した後の話になっちゃうんですけど……。
ジェイルがジェイル・スカリエッティだった場合と、別人だった場合で罪状が変わって来ますよね? それこそ、雲泥の差ってくらいに」

「ええ。そうなるわね」

「えっと、その辺りを知っておきたかったので、あいつがジェイル・スカリエッティ本人なのか聞いておきたかったんですけど……。
……まだ機密扱いでしたか?」


その問いに、リンディはすぐには言葉を返さず、暫し考え込むような素振りを見せる。
次いで、クロノへと目をやり、小さく頷き返したのを確認すると、ユーノへと視線を戻した――その時だった。


「っ!?」

「えっ!?」


大音量のエマージェンシーアラームが、会議室だけではなく、アースラ中に不穏な気配を引き連れて鳴り響き、この場に居る全員から驚愕の声が上がる。
突然の警報に身を固まらせる者、すぐさま席を立ちリンディへ目をやる者。三者三様の反応を見せる中、スクリーン上に只ならぬ表情を浮かべたオペレータ、アレックスの姿が映った。


『艦長っ!』

「報告を!」

『はっ!
例の二人が姿を現しました!』





















にび色の曇天から降り頻る雨は已みこそしないが、それ以上激しさを増す事はなく。
雲間から顔を覗かせる稲光も、空を照らすだけで落雷として地に注がれるには至らない。
そんな大雨と五月雨の境界線上で停滞し始めた、正午丁度の空の下。
機嫌を損ねた海、荒波の打ちつける沿岸部に、一組の少年と少女の姿が或った。


(さて、プレシア君の援護が見込めない以上、使わざるを得ないわけだが……。
いやはや、如何したものかな)


降り頻る雨を、まるでシャワーでも浴びているかのような無防備な佇まいで受け流しつつ、ジェイルはこれから先の展望に考えを馳せ、内心軽薄に肩を竦ませる。
既に決定事項だが、今回の戦闘で切る腹積もりのカードはジョーカーだけではなく、エースも含んでいる。詰まるところ、手札全てだ。
しかし、ジョーカーは兎も角として、エースを場に出す。それが、ジェイルに些か懸念を抱かせていた。

自己顕示欲の旺盛さから来る、勿体振りたいという気持ちもジェイル自身否定はしないが、それ以上に行使する予定だった状況、相手が違うのだ。
試験運用とでも考えれば楽ではあるが、今回の場合衆目がある。試験段階で対策が打たれるなど本末転倒だろう。使い物にならなくなってしまう。
しかしながら、使わなければ詰んでしまう以上、妥協するしかないのも確か。
結局、ぼやきを洩らしつつも、ジェイルは面倒臭いと言わんとばかりに、また新たな武装を開発すればいいだけか、とそれについて考えるのを已めた、

ともすれば、今の状況。
未だ大きなアクションを起こしていないとはいえ、これ程見晴らしのいい場所に姿を現した以上、管理局は既に此方を補足しているだろう。
あちらの一手目は、動く気配が無い、罠の可能性、その辺りを踏まえ、先ずは様子見も兼ねての包囲を敷き、投降を促す勧告から入る、といったところか。

恐らく、そこから次の段階までの読みは外れないだろう。と言うよりは正直なところ、ジェイルにはそこまでが限界だった。
何せ、幾らクアットロの立てていた作戦やら謀やらを間近で見ていたとはいえ、実質的な経験は皆無なのだ。
思考の空白を衝く、相手の最も嫌がる手を考える、宥め透かしつつ腸を煮え繰り返させる。所謂嫌がらせなどは十八番であっても、基本的戦略ましてや戦術となると、素人――良くて半人前だろう。
あくまで、自分は科学者。造る側であり、使う側ではない。今回も只単に、ほぼ確実に気づかれないであろう場所にコガネマルを伏せただけで、結局、後は力押しだ。


(……ふむ。
この体が弱体化している以上、戦略やらの造詣は深めておいた方がいいかもしれないねえ。
いや、今の私ならば、プロジェクトFの完成形を造り出せる。いっその事、新しい体に入れ替えるというのも一つの手だ。
だが、仮にそうするのだとしても、先にレイジングハートとバルディッシュの改造を……うむ、しいてはシュベルトクロイツも私が造りたい。
しかし……リインフォースツヴァイも……いや……ああ、どれも捨て難いなあ……っ)


いつの間にか横道へと逸れ始めていると気づきながらも、その思考自体が楽しくて仕方がなく已められない。
傍から見れば真剣とも取れる思案顔で、欲情にも似た好奇心の赴くままにジェイルは暫し耽る。
そんな姿がどう映ったのか。フェイトは意を決した様子で、何やら考え込んでいるジェイルへと、神妙な眼差しを向けた。


「ジェイル」

「ああ、フェイト君。実に良いタイミングで声を掛けてくれた。
今後、バルディッシュに新たな武装を追加するのならば、君はどんな物がいいだろうか」

「…………。
……あ、あれ?
えっと、バルディッシュの追加武装って、何の話?」

「バルディッシュアサルトの話だが?
ああ、アサルトというのは改造後の――」

『――no thank you』

「ああ……レイジングハートといいバルディッシュといい、何故私はこうもデバイスに嫌われてしまうのだろうか。
コガネマルも余り懐かないどころか、フェイト君のデバイスになりたがっている。私に素手で戦えとでも……ふむ。それはそれで私自身を改造する切欠にはなるが」

「そういうところが嫌われる原因じゃないかな……」


緊張してるわけじゃなかったんだ……。
ポツリ、とそう零しながらどことなく肩を落とすフェイトを他所に、ジェイルは相も変わらずマイペースに思考へ走る。
とはいえ、さすがにこのままではキリが無いと漸く考え至ると、雨で額に張り付いた前髪を掻き上げつつ、頭を切り替えた。


「……来た」

「ふむ。漸くお出ましかね」


普段よりも低く、重い声でフェイトが呟き、バリアジャケットを纏うと同時。空気が変わり、厚い魔力のヴェールが一帯を包み込んでいく。
それを見て、ほう、とジェイルは感嘆にも似た息を洩らした。多少の意外さを覚えたのは、展開されたのが封時結界ではなく、強装結界だったからだ。
強装結界は生半可な衝撃では傷一つ付けられない堅固さを誇る、主に結界内部に対象を閉じ込める為の捕縛結界。展開には複数の術者を必要とする。
少なくとも、結界に人員を割くくらいには戦力が整っているらしい。そう思索しつつ、周囲に次々と出現する魔力反応に向かって緩慢な動作で振り向いた。


「余り人を待たせるのは感心しないなあ、管理局員諸君」


答える声は無い。誰もが皆口を閉ざしたまま、ジェイルとフェイトへ警戒心剥き出しの視線を向ける。
二人を中心に、一人、また一人と転送が続けられ、徐々に包囲が固められていく。それが漸く終わりを迎えた時、この場には計十三名の局員、そしてなのはとユーノの二人が居た。
陣頭に立つのはリーゼロッテ。なのはとユーノは戦闘スタイルを考慮されているのか、転送されてきた位置は最も後方だ。
ジェイルは舐め回すようにそれらを一通り見渡すと、いつも通りの飄々とした態度のまま、笑みを向けた。


「やあ、なのは君。この時を待ち侘びたよ。
実を言えば、出て来てくれるのか不安だったのだが……うむ。やはり君は私の期待を裏切らない。
これで君を待つ間、管理局の面々を暇潰しに潰さないで済む。まあ、どちらにせよやる事に変わりはないのだが」

「させないよ、そんな事」


言葉を言うではなく、突きつけるように。それを口にすると同時になのはは一歩踏み出し、レイジングハートをジェイルへ翳した。
実に、いい目をしている。ジェイルはそう愉悦を感じつつ、鋭さすら垣間見せる視線を正面から受け止め、口の端を吊り上げる。
嗚呼、果ててしまいそうになるじゃあないか、と。


『ジェイル君、でいいかしら?』


くつくつと、口元から笑みを零していたジェイルと、陣頭に立っているリーゼロッテの間へ、凛とした女性の声が聞こえると同時に通信モニターが展開する。
そこに映し出されたリンディへ、ジェイルは暫し値踏みするような目を送る。彼女が指揮官か、と至ると仰々しく胸に手を添え、ワザとらしい礼儀と共に視線を交差させた。


「御機嫌よう、御婦人。ジェイルでも、ドクターでも、スカリエッティでも好きに呼んでくれて構わないよ。
そんな君は、この世界に来ている管理局の最高責任者と見受けるが、相違無いかな?」

『ええ。時空管理局本局所属提督、L級次元航行艦船アースラ艦長、リンディ・ハラオウンです』

「……ハラオウン?
……ふむ、成程。先日の彼は君の御子息だったのだね。如何だろう、彼は息災かな?
ああ、手にかけたのは私だったか。ハハ、すまないね。忘れてくれたまえ」


チリッ、と空気が変質する。
リンディは表情を変えずに、ジェイルを見据えたままでいる。が、その臆面の欠片も無い挑発を聞き、その場に居る局員が皆、向けていた警戒の視線を敵意のそれへと変えた。
そんな突き刺さるような視線の注がれる中で、ジェイルは表面上は笑みを崩してこそいないが、降って沸いた誤算に内心で溜息を一つ吐いていた。
と言うのも、流石に、親子揃って出張ってきているとは予想だにしていなかったのだ。恐らく、先日の執務官がフェイトの義兄で、彼女が義母なのだろう、と。

戦略や戦術に些か疎いジェイルとて、小が大を相手取る際、最も有効な手段が何かくらいは知っている。
先ずは頭を潰す。が、それがリンディと分かった今、その手は打てなくなった。出来ない事は無いが、記憶が断片となっている以上、この段階で彼女を殺すのは御法度だ。
そしてコガネマルと自分に、非殺傷設定の攻撃手段など、魔力蒐集くらいしかない。
立ち回りを多少変えなければねえ、とジェイルは余り面白くなさそうに胸中でぼやきつつ、リンディの話に耳を傾けた。


『投降、してもらえないでしょうか?』

「いやはや、これは異な事を。
しかし……うむ。それを受け入れるには条件が一つ或るのだが、いいかね?」

『……聞きましょう』

「この国にはハラキリ、セップクというものがあるらしくてね。
それを実演してもらおうか。勿論、なのは君以外の全員で、だ。
ああ、しかしこれは困った。投降する相手が居なくなってしまうじゃあないか」

『……挑発も度を過ぎれば、只の一人芝居でしかありません。
投降の意思は無い、そう受け取っても?』

「分かりきった事を聞くものじゃあないなあ。些か遠回し過ぎたかい?
それにそのような愚問は聡明な君には似合わないよ、ハラオウン提督」

『……では、最後に一つだけ聞かせてください。
プレシア・テスタロッサは今、時の庭園ですか?』

「っ!?」


ハッ、と息を飲む音が響く。
ジェイルが声の先へと横目をやれば、フェイトの瞳は驚愕で塗り固められており、見るからに動揺を表に出していた。
カマを掛けられた。フェイトがそう気づいた時には既に遅く、リンディは確信をもって言葉を続けていく。


『……やはり、彼女が裏で糸を引いていましたか』

「くくっ、存外良い性格をしているねえ。実に好感が持てるよ。
ああ、そういえば、私はクローンらしいよ?」

『っ!?』


リンディの毅然とした表情が、ここに来て初めて微かに崩れた。それを見て、やはりねえ、とジェイルは独りほくそ笑む。
プレシアに辿り着いたのならば、プロジェクトF、アリシア、しいてはフェイトがアリシアのクローンである、とそこまで既に知り得ている筈。
ならば、自分が存在している理由をどう推測するのか。単純な話、フェイトが居るのだから、ジェイルもクローンなのだと考えるのは至極当然の帰結だ。

そして、棚から牡丹餅ではあったが、最も欲していた情報も得られた。
リンディの言からして、時の庭園の変事が、管理局の手に寄るものではないと分かった今、これ以上話を引き伸ばす必要は無い。
ジェイルは腹の内でそう決めると、リンディに向かって口の端を吊り上げた。


「ハッハ、私がクローンなどと。
ジョークにしてはセンスに欠けるが、何処かでそう考えている人間が居そうでね?
只の独り言、実に下らない意趣返しさ。聞き流してくれたまえ」

『……あなたはっ、全てを知った上で……っ!』

「おやおや、私の挑発は一人芝居なのだろう?
君がいったい何に動揺しているのか、私には全く分からないなあ、くくっ」


一帯に張り詰めていた緊張感に、微かなざわめきが混じり始める。
互いに顔を見合わせる者、眉根を顰めてジェイルを凝視する者、話に付いていけていない様子の少年と少女。
三者三様の反応を見せていたが、誰もが一つだけ同じ疑問を浮かべていた。目の前の少年はジェイル・スカリエッティのクローンなのか、と。
そして、戸惑いが蔓延する空気の中、視線を一手に集めている張本人、ジェイルは周囲と同じく戸惑っているらしきフェイトへと、念話を繋いだ。


『フェイト君』

『……えっ、あ、うん。
えっと……』

『何、単なる意趣返しだよ。君まで気にする必要は無いさ。
それで、だ。先程の彼女の言によれば、時の庭園に管理局は踏み込んでいないらしい。
最悪の事態では無かった、ということだよ』

『……あっ』

『では、そろそろ時間だ。
フェイト君、準備はいいかな?』

『……うん。大丈夫。いけるよ』


よろしい、と短くそれだけ返し、ジェイルは念話を打ち切る。
同時に、カチャリ、とフェイトに握り締められたバルディッシュから、小さな音が鳴った。
そんな二人の様子からして、何か始める気なのだろうと敏感に感じ取り、この場に居る全員が猜疑の目を一旦収めて地を踏み締める。
そして、僅かの空白の後、苦々しい顔を浮かべていたリンディの映し出されていたモニターが消えると同時。一つの人影が動いた。


「っ!」


が、その直前で機先を崩され、飛び出しかけていたリーゼロッテは、踏み込んだ状態のままで動きを止めた。
飛び掛ろうとした矢先、突然白衣を翻して背中を向け、あからさま過ぎる無防備を晒したジェイル。直感的に嗅ぎ取る罠の臭い。
何かが或ると考えて当然で――そしてその一瞬が、致命的な時間だった。


「くくっ」


ブラフ――。この場に居る誰もがそう悟った時には既に遅く、フェイトが動き出していた。
初速から弾丸のような速度で地を蹴り、飛翔。ジェイルをその場に置き去りにし、包囲網の隙間を縫って海上へと飛び出していく。
二人しか居ない戦力を、さらに二分する愚。しかし、管理局側の動きを鈍らせ思考を惑わせるには充分であり、凄まじい速力で空を翔けるフェイトを止められる者は居ない。


「お前らはあっちを追えっ! こいつはアタシが――な、あ……っ!?」

「ハッハ、実に興の乗る顔だが、指揮官がそれではいけないなあ。
俗に言う私のターンは、まだ続いているのだよ?」


武装隊の面々に指示を飛ばしていたリーゼロッテの言葉が詰まり、視線が一点で固定される。
強装結界の中、海上空域。空を覆っていた曇天が突如覗かせた晴れ間。その中心からは眩いばかりの光が降り注いでおり、何かが居た。
まるでそこに太陽が下りてきたかのような、凄まじい発光現象。回転によって響かせる風切り音は、台風の目の如く。
そして、それは――コガネマルは注がれる驚愕の視線を尻目に、周囲の雲を巻き込み、掻き消しながら、


「始めたまえ、コガネマル」


主の下知に応え、蜘蛛の巣のような紫電を空に奔らせた。










突如として晴れ間を覗かせた曇天。小さく穿たれたその空の穴の中心に、それは居た。
掻き消した雲海を自身を中心点として渦に変え、雨雲に内包されている電気を内に取り込んで紫電として外に放出。平行して、以前蒐集した魔力を収束。
コガネマルは刃を研ぎ澄ますにも似た作業を続けつつ、晴れた視界の中、眼前に広がる光景を見やった。


『あーあ、やっぱり包囲されてるし』


遠方の沿岸部にて管理局に包囲されているマスター。しかし、そんな状況下にあっても伺える素振りは何とも楽しそうだ。
それを見てコガネマルは嘆息一つ。今でこそ突然の状況に管理局の足は止まっているが、相手はプロだ。もう間も無く動き出し、ジェイルに殺到する事だろう。
簡単に想像出来るその状況を、立案したジェイルが存ぜぬ訳が無い。承知の上で尚、ああも享楽染みている。我がマスターながら、大物なのか、馬鹿なのか。
性根が腐ってるのは間違い無いと思うけど。そう思考を打ち切ると、目を別の位置へ。今この時も海上に向けて飛行しているフェイトへと意識を移した。


『っとと、ぼけっとしてる場合じゃないや』


包囲網を自慢の機動力をもって単独で潜り抜けたフェイトを視認するなり、コガネマルは気を取り直して作業に集中する。
今回の作戦内容は至って単純だ。雨雲に伏兵として潜んでいた自律起動を可能とする自分が、ジュエルシードの強制覚醒を。のち、ジェイルと合流し管理局の殲滅。そしてフェイトが封印を行う。
マスター曰く、海に眠っているジュエルシードは四つないし六つ。フェイトが全力を傾けても如何転ぶか分からない数で或るが故に、消耗を抑える為に強制覚醒は自分が担当する事となった。
詰まるところ、フェイトは封印作業に集中させなければならない。そして管理局が戦力を二手に分けるよりも先に“それ以上の脅威”へ目を向けさせ、ジェイルだけに集中させる必要が或る。


『……充電完了……っ!
蒐集魔力、収束……完了っ!』


一帯に奔っていた紫電が収束。放出されていた魔力が凝縮。ブゥン、と虫の羽音のような音を鳴らし、不気味に鼓動するデバイスコア。
スピンによって発生した遠心力の助けを受けて、コガネマルの四つ刃を切っ先としたワイヤーが外に向かって広がっていく。
大きく、巨大に、何処までも。回転、回転――遂には直径十数メートルは下らないであろう巨躯を誇る円盤へと変貌。
コガネマルは全ての工程を終えると、暴力的なまでの魔力と雷を纏ったまま、海面を見据えた。


『カウントスタート……五……四……三……っ』


海へと一気に突貫する為の推進力を練りつつ、コガネマルは思う。怒られる、いや、もしかしたら恨まれるかもしれない、と。
この役割を終えた後、管理局との決戦に望む自分とマスターが取る手段は、外道を通り越して悪魔染みている。そして、それはフェイトとバルディッシュには伝えていない。
知れば、絶対に止められていただろうから、許さないだろうから。少なくとも、そのくらい取り返しのつかない手を、自分達は使うのだ。
ごめん、と誰にも聞こえない声で一言だけ詫びて、カウントを続けていく。


『二……っ』


そして、恐らくジェイルとコガネマル、マスターとデバイスとして、一人と一機で戦える機会は今後訪れない。
使うのは最初で最後の切り札。発動に要求されるエネルギーを他所から強奪し、初めて使用可能となる一撃必殺の魔導師殺し。あくまで蒐集能力はそれを補う為だけに設けられた、補助機能だ。
ともすれば、ジュエルシードの強制覚醒を行い、以前に蒐集した魔力は使い切ってしまう現状。再度蒐集する必要が或るが、易々とそれを許す管理局ではないだろう。
故に、場に出すのは最悪のカード――ジョーカーを切り、エースで討取る。


『一……っ』


それを使ってしまえば、ジェイルのリンカーコアが過負荷に耐え切れず、死の瀬戸際を危ぶむくらいには壊れてしまうだろう。それこそ、風船に水を注ぎ続ければ破裂するように
魔法が使えなくなったところで、別の手段や武装を講じればいいだけの話、と本人は他人事のように口にしていた。
しかし、マスターがデバイスと共に戦う。今後も続くと思っていた、一つの主従としての当たり前は、今日を機に二度と訪れない。

魔法を使えなくなるマスター。そのマスターにしか扱えない特化型デバイス。
互いに一方通行の主従。それがジェイルとコガネマルの今後の関係で、今日が二人で並び立つ最後の戦場だ。
マスターは汚い、卑怯、外道、畜生と言われても背で受け流し、自分が悪人であると臆面も無く誇り、高らかに笑うだろう。
好き嫌いで言えば、コガネマルは正直嫌いだ。もっと優しいマスターが良かったとも思う。
しかし、極悪人のマスター。そしてそのマスターに使われる外道デバイスとして、これから先も仕えたいと感じているのも事実だ。
だからこそ、何を思おうとも、下された命に迷いの余地など一片も無い。


『零……っ!』


カウントが終る。たった数秒の時間だったが随分色々と考えてしまい、似合わないなあとコガネマルは空笑いを一つ。
無機質なデバイスでは持ち得ない感情混じりの思考は、他と違って自我の強い、生物を元に造られた生体AIだからだろうか。
正直どっちでもいいけど。そう頭を切り替えて意識を現実に。熱をもった高揚感を爆発的な推力と変える為、最後の魔力を放出する。


『吶――ッ!』


大気が爆発。紫電が瞬き、空に描かれる波紋の円環。
それらを置き去りにする急加速をもって、コガネマルは海面に向かって一直線に落下を開始。
一発の弾丸となり、


『喊――ッ!』


ときの雄叫びを引き連れ、撃ち出された。










海原に突き刺さる一筋の流星。
穿たれた水面から水飛沫と言うには生易しい水柱が立ち昇り、生じた波が互いに次々と衝突しては飲み込まれ、消えては生まれ、また生まれては消えていく。
氾濫した川のように荒れ狂う海原。一層稲光を奔らせる曇天の空。まるで大嵐に見舞われたようなそんな光景の中、刹那の静寂の後、光の柱が天を衝いた。


「ジュエル、シード……」


沿岸部に茫然と立ち尽くしていた少年の口から、呻きが洩れる。
見開かれた目に映っているのは、一つ、また一つと姿を現していく光の柱、一挙に覚醒した六つものジュエルシード。
同時に、鼓動するかのように地面が微かな震動を始める。その地を黙らせるように強く踏み出したユーノは、怒りをそのまま視線に乗せ、この現象を引き起こした張本人を睨みつけた。


「ジェイルっ! お前、自分が今何してるのか分かってるのかっ!」

「ありきたりな問いだねえ。
いかにも、とでも答えておこうか、スクライア君」


何処までも遊興染みた態度を崩さずに、ジェイルは口の端を吊り上げ、そのまま意識をユーノの隣に居る少女へと向ける。
なのはは言葉を失ったようにジェイルを見ている。その揺れる瞳は、どうしてこんな事を、と問いを投げ掛けているようでもあった。

ジェイルは刹那の間、思考する。このまま火蓋を切って落としていいものか、と。
ユーノ他管理局員と共に、高町なのはがジェイル・スカリエッティに立ち向かう。それが、ジェイルの思い描いていた、最も心躍るPT事件の最後だ。
しかし、今の彼女は見るからに迷っている。もしくは戸惑っている。今始めれば、自分の恋焦れたエース・オブ・エースの片鱗を、この身で味わえないのではないか。

そうマルチタスクの一つを使って思考しつつ、ジェイルは横目を別の場所へと向ける。
そこには、先程包囲を抜け出したフェイトが一直線にジュエルシード覚醒体へと飛んで行く姿が或った。
あちらを追われれば本末転倒だ。管理局の全戦力はここで自分が殲滅しなければならない。ならば、今すぐにでも始めるべきだろう。
しかし、高町なのはと戦い、答えを知りたい。それは、何物にも代え難い欲求だ。
そして、何より彼女には――。


「――ほう?」


なのはへ目を送り、何事かを言おうとしたジェイルはしかし、口を閉ざして左手を翳した。
掌には既に朱のテンプレートが展開され、中からバインドワイヤーが伸びている。鞭のように撓るそれを振り抜いた先には、一つの人影。
地を這うように身を低く、だがスピードを微塵も殺さない柔軟さ。まさしく猫のような機敏さと速度で、リーゼロッテが肉薄してきていた。

頭の回転が早い。迫り来るリーゼロッテに対しそう感嘆の息を向けつつ、どうしたものかと思考を奔らせる。
向かってくる目に迷いは無い。確実に一手目から仕留めに来ている。恐らく、コガネマルと自分が分断している今が好機と悟ったのだろう。
力一辺倒ではなく、かなり経験を積んでいるらしき判断と行動の早さ。二度ブラフが通じる相手ではない。先程と同じような手を使っても、纏めて叩き潰されるのは明白。
少々見誤った、とジェイルは嘆息一つ。手を軽く振り、ワイヤーを横合いから叩きつける鞭のような軌道に変化させる。


「しっ!」


リーゼロッテは一呼吸吐き出し、身を起こして地を蹴る。あたかも跳弾の如き急激な方向転換の向かう先は、ジェイルの上だ。
迎撃どころか足止めにすらならなかったバインドの鞭が、誰も居なくなった空白の地点を虚しく通り過ぎる。
それに間髪入れず、拳を握り締めたリーゼロッテが斜め上からジェイルへと一気に飛来。その間際、ジェイルは横目を海へと向けた。


『このっ、くのっ、どけって言ってるのにっ!』

(ふむ。案の内だったか)


コガネマルは捕まっていた、いや、進路を防がれていた。
自分と合流させまいと、海側に布陣していた局員らが厚いシールドでコガネマルの突進を受け止めている。どう足掻いても、横槍など頼める状況ではない。
四つ刃で障壁を必死に突っつくコガネマル。その様を見て、苛めてしまいたいと意味もなくサディズムに駆られたが、それは兎も角。
いつの間にか連携を組まれている。主導権は既に自分の慮外。ならば、単独でこの場を凌ぐしかない。
が、先ず、リーゼロッテの余りの速さに目が追いつかない。回避などもっての外。防御したところで焼け石に水、どころか霧吹き程度だろう


「ハッハ」


向かってくる脅威に対し、ジェイルが取ったアクションはまたもや奇行だった。、
まるで、受け入れるかのように。ジェイルは左手を大きく広げ、リーゼロッテに真正面から無防備を晒す。
投槍にも捉えられる奇怪なポーズ。口元には嗤い。しかし、何の罠も無いのは誰の目から見ても明白だった。
当然、リーゼロッテは同じようなブラフを二度喰うような相手ではない。力と魔力の込められた拳――ではなく、一瞬でシフトされた渾身の蹴りが、ジェイルに叩き込まれる。


「終わり、だあっ!」


腹部にめり込んで尚、勢いの死なない一撃。直撃の上に、元からバリアジャケットすら纏っていないジェイルがそれに耐え切れる道理は無かった。
裂帛の声と共に、蹴りが振り抜かれる。同時に、ジェイルは地に強かに打ちつけられ、反動で体を跳ねさせる。しかし、まだ終わらない。
ジェイルの痛覚が痛みを認識するよりも早く、すぐさま身柄を確保する行動にリーゼロッテは切り替え、返す刀で服を掴んで投げに入った。

手も足も出ないとは、これを差すのだろう。我が身の窮地をまるで他人事のように、ジェイルはそんな事を思う。
投げられている。所謂、背負い投げ。漠然とだが、今の自分の置かれている状況は理解が及んだ。それを許してしまえば、完全に無力化されるというのも簡単に想像出来た。
地に打ちつけられた後、他の局員らからバインドで固められ、雁字搦めにされる、そんな決着。何とも面白みのない只迎えるだけの終わりが、すぐそこまで迫っている。


(違うなあ)


そう、待っているのは敗北だ。
しかし、何ら興の沸かない只の負け。路傍の石に等しい価値しかなく――そんな物は、欲しない。
勝利も、敗北も、得る物が或るが故に等しく愛する価値が或るのだ。そして、過去の未来で敗北を喫し地に塗れたからこそ、自分は現在ここに至っている。

地に堕ちましたねドクター、と。心底侮蔑するクアットロの顔が不意に思い浮かんだ。
否定などしない。今日に至るまでこの世界で過ごした日々は、さぞかし滑稽だっただろう。不様だっただろう。負け犬だっただろう。
しかし、それでいい。選んだのは他ならぬ自分なのだから。己で選んだ道だからこそ、足を止める事なく自分のままで進んできた。
故に、誰を裏切ろうとも、自分には嘘を吐かない。誰を踏み躙ろうとも、自分の欲求に忠実に何処までも理想を追い求める。
誰に言われるまでも、問われるまでもなく。人として狂っているその在り方を、ジェイル・スカリエッティは是とする生き物なのだ。

そう。何度負けようとも、幾度地に落とされようとも、どんな無様を晒そうとも、何を踏み躙ろうとも、時をかけたのだとしても。
そこに恋焦がれた物が或るのならば。渇望した物が或るのならば。追い求めた理想が或るのならば。
ジェイル・スカリエッティにとって是非は無く――、


――ただ、己の赴くままに、欲するのみ。


「――カカッ」

「なっ!?」


ガシッ、と。
異様な嗤いが木霊すると同時に、リーゼロッテの体がジェイルの左腕に掴まれる。
ダメージは決して軽くは無い筈。しかし、突如として動き出したジェイルに不気味さを覚え、直感の鳴らした警鐘に従いリーゼロッテは事を急いだ。


「っ、このっ、野郎っ!
――がっ!?」


追撃は中止。そう判断し、ジェイルを振り解こうとしたリーゼロッテだったがしかし、その表情が突如として歪められる。
めきめきと、徐々にだが響き渡る不気味な音。それはジェイルの左手が掴んでいるリーゼロッテの脇腹から鳴っており、湿った材木へ無理な圧力を加えるような、そんな音だった。
脂汗さえ滲ませる苦汁の表情で、リーゼロッテは背負っているジェイルへ視線を翳す。そして、目の当たりにした何かに向けて、瞳を驚愕で見開いた。


「お、お前、その目――くぅっ!?」


ぐるんっ、とリーゼロッテの体が回転し、束縛から逃れたジェイルが地に足を付ける。
一瞬の内に入れ替わり、逆転した攻守の立場。何の事は無い単なる腕力が生み出したからこそ、その光景は多分に現実味が欠けていた。
人一人を、片手で弄ぶ程の怪力を垣間見せた細腕。ジェイルは酷く矛盾したそれで、掴んでいたリーゼロッテを力任せに地に叩きつけた。


「い、ぎ……っ!」


強かに打ちつけられ、肺から逆流してくる空気毎、呻きを洩らすリーゼロッテ。
対し、ジェイルは自分の足元で痛みに顔を歪めるその相手が、見えているのか、いないのか。追い討ちも何もせず、夢遊病患者のように体を不気味に揺らすだけ。
そして、生じる一瞬の空白。その隙を衝いてリーゼロッテは跳ねるように飛び退き、場を一旦退避。ジェイルから距離を取った。

その間も、ジェイルは幽鬼のように五体を揺らし続ける――ズキリ、と激痛が奔った。


「ハ――」


余りの激痛に、自然と笑いが込み上げる。
痛みを振り切り、もはや快楽とさえ感じるそれが、堰を切ったように体中を駆け巡り、一瞬意識を手放しかけた。
見れば、先程リーゼロッテを力任せに振り回した左手、限界以上の負荷を掛けられた五本の指が、各々好き勝手な方向を向き、何とも愉快な前衛的アートを作り上げている。
しかし、そこからは大した痛みを感じない。面白いとは思ったが、ジェイルはすぐに興味を失った。


「ハ、ハハッ……カ、カカ……カカカ……ッ!」


おおよそ人からかけ離れた声と共に、ジェイルの右瞳が朱色――自身の魔力光――に染まり始める。
じくじくと、血が滲むように侵食されていく眼球。それは血走っているなどと生易しいものではなく、変異そのものだった。
異変は連鎖的に続く。右顔面を血管のような朱黒い光の筋が奔り、不気味に脈動。右上半身を中心に、見る見る内にジェイルは姿を変貌させていく。


「ジェイルっ!?」

「ジェイル君っ!?」

「二人共、下がってろっ!」


聞くからに戸惑っている悲痛とも取れる叫びと、危機感一色の張り詰めた声。
ジェイルはそれを朱に染まった瞳で追い、緩慢な動作でぎょろりと目を向ける。
直後、四方八方から魔力が弾け、視界が魔力の光一色で塗り潰された。

虫の這い出る隙間も無い、コガネマルを抑えている武装隊以外の総員による、もはや掃討に近い一斉射撃、もしくは十字射撃。
一つ一つの行動を切り替えるのが素早い。もう少し驚いてくれた方が可愛げは或るが。ジェイルは事もなげにそう浮かべつつ、右腕を吊っていた首元の包帯を力任せに千切る。
鬱陶しく体に纏わりつく虫を払うような、そんな無造作さで、ギブスに固定されたままのそれを振り抜いた。

腕を振るっただけ。しかしそんな単純で軽い動作で、ジェイルから暴風が吹き荒れた。
それに圧され、力の凝縮されていた筈の魔力弾が、まるで水泡のように無慈悲に霧散。暴力的な風は降り注ぐ脅威を掻き消しただけでは飽き足らず、尚一帯を襲う。
制空していた者は吹き飛ばされないよう全力で障壁を張り、地上にいた者は顔を覆って必死に地へしがみついた。

やがて、風が已む。
不気味な静寂が蔓延する中、誰もが先程の嵐の中心を無意識に目で追った。
不可思議な無風、無残にも削り取られた地表。そして、冗談染みた魔力の重圧――発しているのはクレーターの上に佇んでいる、何か。


「――――」


目の当たりにした者は、それが何なのか一瞬理解出来なかった。
そこに居たのは確かにジェイルで間違いなかった。しかし、躊躇う。それを人と評していいのかを。

左瞳は金色、対し、右瞳は血を思わせる朱色。朱黒い光の筋が這い回っている右顔面。
ギブスが弾け飛んだのか、中身が顕になっている右腕。骨折していたらしきそれは治癒――ではなく、禍々しく変貌していた。
人の腕としての原型は跡形もなく、寧ろ凶暴な獣のそれに近い。身長を優に超える不釣合いで歪なサイズを誇る、醜悪としか言えない怪腕。
そして、二の腕から先には十二の蒼い宝石――ここに、ジュエルシード暴走体、ジェイル・スカリエッティは誕生した。


「諸君。私は人が大好きだ」


先程の衝撃波で包囲網に綻びが生じ、ここにきて漸く、進路を妨害されていたコガネマルが主の下へ到達する。
ジェイルはそれを怪腕の上に乗せると、凶悪な姿に似つかわないあくまで理性的な口調で、そのまま誰に言うでもなく言葉を紡ぎ、空を仰いだ。


「諸君。重ねて言おう。私は人が大好きだ。
誰よりも深く人を愛している――それ故に、誰よりも簡単に人を踏み躙る」


誰もが言葉を失い、目を見開いたまま立ち尽くす。ある者は驚愕で、またある者は恐怖で、そしてまたある者は憤怒の形相で。
それら全てに金色と朱色の瞳を翳し、ジェイルは見るも無残に折れているボロ雑巾のような有様の左手を、前へ突き出した。


「法の守護者諸君、ユーノ・スクライア君、そして高町なのは君。
歯を食い縛り、守りたまえ。私は君らが守らんとするそれら全てを、笑って踏み躙ろうじゃあないか」


ぐじゅぐじゅと、生理的な嫌悪感を催しそうな音と共に、ジェイルの左手が沸き立ち、再生した。
ものの数瞬で治癒した左手。そして人の常軌を逸したその姿――悪魔、と誰かが洩らした呻きは、狂ったような哄笑に掻き消されていく。
ジェイルは嗤う。歓喜するように。産声を上げるように。喝采するように。


「さあ――、」


――ショータイムだ。


未来が変わる。
ジュエルシード――願いのロストロギア。ジェイル・スカリエッティ――無限の欲望。
互いに異なりながらも、同じく願望を根幹とするその在り方が産み出してしまった、本来ならば存在しない筈のジュエルシード暴走体。
凶悪な相性を持つ両者が出会い、一つになってしまった事で、歴史はここで遂に修正不可能な別離を果たし、完全な乖離の時を迎える。
こうして、未来のジェイル・スカリエッティによって歪められたPT事件。始まりの最後の戦いは、最悪の形で幕を開けた。







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