<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.15932の一覧
[0] 時をかけるドクター[梅干しコーヒー](2010/06/21 22:13)
[1] 第1話 アンリミテッド・デザイア[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:29)
[2] 第2話 素晴らしき新世界[梅干しコーヒー](2010/01/31 01:37)
[3] 第3話 少女に契約を、夜に翼を[梅干しコーヒー](2010/02/01 22:52)
[4] 第4話 不屈の魔導師と狂気の科学者[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:01)
[5] 第5話 生じるズレ――合成魔獣キマイラ[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[6] 第6話 生じる歪み――亀裂、逡巡――純[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[7] 第7話 生じる答え――矛盾邂逅[梅干しコーヒー](2010/03/03 17:59)
[8] 第8話 歪曲した未来――無知と誤解[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:10)
[9] 第9話 歪曲した明日――迷い蜘蛛、暮れる夜天[梅干しコーヒー](2010/03/18 00:02)
[10] 第10話 歪曲した人為――善悪の天秤[梅干しコーヒー](2010/03/20 23:03)
[12] 第10・5話 幕間 開戦前夜――狂々くるくる空回り[梅干しコーヒー](2010/03/25 20:26)
[13] 第11話 始まる終結――擦違いの戦場へ[梅干しコーヒー](2010/03/29 05:50)
[14] 第12話 始まる集結――蠢く夜の巣へ[梅干しコーヒー](2010/04/02 22:42)
[15] 第13話 始まる終決――時の庭園へ[梅干しコーヒー](2010/04/08 21:47)
[16] 第14話 絡み合う糸――交錯の中心座[梅干しコーヒー](2010/06/16 22:28)
[17] 第15話 空見合うカンタービレ――過去と未来のプレリュード[梅干しコーヒー](2010/06/21 23:13)
[18] 第16話 空見合い雨音――歩くような早さで。始まりの終わりへ[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:34)
[19] 第17話 変わる未来[梅干しコーヒー](2011/05/02 00:20)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[15932] 第14話 絡み合う糸――交錯の中心座
Name: 梅干しコーヒー◆8b2f2121 ID:5daf610c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/16 22:28





幾重もの半透明パネルが折り重なり、画面内を文字列が上から下へと滝のように流れていく。
機械独特の排音と、タイプ音が引切り無しに木霊する中、リンディ・ハラオウンは艦長席に座り、表情を曇らせていた。
階下には部下達。忙しなく端末を操作する人間、慌しく動き回る人間。その誰もが、表情や雰囲気が剣呑染みている。
悪い言い方をすれば、落ち着きが無い。だが、それも仕方が無い、とリンディは曇った表情そのまま、胸中で呟く。
一度嘆息すると、椅子の腰掛から背を離し、自身の端末の操作パネルへと手を伸ばし、画面を立ち上げた。

リンディは、眉根を顰めながら、浮かび上がった画面を只無言で注視する。
映し出されているのは、普段彼女が多々目を通す報告書の類ではなく、階下の局員達数人が見ているのと同様の顔写真付き手配書。
それを確認する度、表面上は兎も角、リンディの心中では疑心が駈け巡っていた。
自分が動揺すれば、部下達にも影響が及んでしまう。そう自身に楔を打ち心を静めるものの、眉根は自然と厳しくなっていく。


「艦長」


背中越しに齎された声に振り返るリンディ。
視線を向けた先には、簡易端末を小脇に抱えた女性――アースラの通信主任、エイミィ・リミエッタが居た。
エイミィは、リンディが自分に気づいた事を確認すると、艦長席の横へ歩を進める。


「頼まれてたデータ、纏め終わりました。
って言っても、殆ど分からない事だらけなんですけど。
現状では、これで全部です」

「そう。相変わらず早いわね。
ご苦労様――と言いたいところだけれど、早速見せてもらえるかしら?」


はい、とエイミィは言いながら頷くと、持っていた簡易端末をリンディへと手渡し、起動させる。
立ち上がった画面には、先程までリンディが見ていた手配書の顔写真や手裏剣のような物体を筆頭に、他にも様々な画像が映し出されている。
その全てに文章や文字列が表記され、重要と考えられる一文には、一際目に付くような配慮が施されていた。

リンディは瞳を忙しなく動かし、受け取った内容へと目を通していく。確認し終えると、ウィンドウを操作し次のパネルへ。
それを数度繰り返し全てを見終わった時、紫髪の少年と巨大な手裏剣が映し出された画面で固定させた。
陰っていた表情に、更に不穏な色を滲ませながら、口を開く。


「……無関係、とは如何考えても思えないわね。
エイミィ、あなたはどう考えてる?」

「艦長と同じ、ですかね。
……というか、疑うなって言う方が無理ですよ。
この子、似てるってレベルじゃないですもん」


エイミィの意見に、胸中で同意しながら再びウィンドウを見やると、リンディは再度端末を操作し、画面を切り替わらせた。
表示されたのは二つの顔写真。どちらも濃い紫髪、金色の瞳を携えている。
それを、リンディとエイミィは、間違い探しをするかのように見比べ始める。一通り終わると、顔を見合わせた。


「やっぱり……おかしい、ですよね?」

「外見年齢の事?」

「はい。もしも、もしもですよ?
この子が……いえ、この男が本当にジェイル・スカリエッティなら、少なくとも、あたしより年下ってのは在り得ないですよ。
だって、手配書の顔写真大人ですし。どれだけ若く見積もっても、二十台半ばが関の山……だと思います」

「自分を若返らせた。その可能性は?」

「……そこはあたしも可能性の一つとして考えたんですけど、やっぱり腑には落ちませんね。
生命操作技術の権威……そう言われてる節もありますし、それが出来る可能性は或るかもしれません。
でも、若返らせるって言ったって……こんな子供になる理由が分かりませんよ」


そうよね、とリンディは相槌を打ちながら、端末の画面へと意識を傾ける。
少年――ジェイルと名乗った人物と、S級次元犯罪者――ジェイル・スカリエッティ。何処を如何鑑みても、関係性が無いとは考えられない。
名、容姿。その二つの要因だけで、本人を名乗られても何の疑いが持てない程、あらゆる点が合致し過ぎている。


(……ジェイル・スカリエッティ本人の可能性は……100%近い。
けど、100%じゃない、か)


如何しても少年がジェイル・スカリエッティだと確信出来ない、とリンディは思考を巡らせながら、胸中で呟く。
エイミィの見解通り、外見年齢が幼すぎるのだ。正直、理解が及ばない。若返った、その可能性は零では無いだろう。
しかし、若いではなく幼い。そのレベルまで肉体年齢を巻き戻す必要性が、見出せない。

……でも、やるべき事に変わりはないわね。
リンディはそう自分へと言い放つ。ジェイル・スカリエッティで或ろうと無かろうと、自分達が為すべき事は、少年の身柄を確保する。
その一点は揺ぎ無い。だが、そう付け加えた時、同時に脳裏を掠めたのは、僅かな不安と、大きな自責の念だった。

既に今の段階で後手後手に回っているのは事実なのだ。そしてそれは、自分の責任で或るのは間違いない。
何せ、初手で武装隊は過半数以上を壊滅させられ、アースラの切り札――クロノは重症を負い、デバイスも破壊され数日は戦闘不可能。
現在、此方に残された戦力は、万が一に備え待機させていた武装局員が八名と結界魔導師四名。
まさか、待ち構えられていたとは思わなかった。しかし、それも言い訳にしかならないだろう、と。


「……本局は応援部隊を寄越す方針だそうです。
早ければ、明後日にでも」

「そう……。
それまで、何とかするしかないわね」


横目でリンディを見やりながら、エイミィは声を掛けようと――喉元まで出掛かった言葉を、飲み込んだ。
今、リンディは「それまで」と口にした。無意識だろう、「それまでに」とは言わなかった。
現場の統括指揮官と云う立場上、気丈に振舞っているが、誰よりも辛い筈だ。実の息子が、大怪我を負ったのだから。

そして、状況は芳しくないどころか、最悪だ。
謎の少年は何をしようとしているのか不明。武装隊は壊滅。ロストロギアは奪われた。
現地住人の少女が傷を負わされた。あまつさえ転送魔法に巻き込まれ、姿を消したイタチ――変身魔法を行使していた魔導師の問題も或る。
人質に取られる状況も想定しておかなければならない。だが、事実上打つ手は皆無だ。
報告書、始末書は山のように積もるだろう。今の状況では、そこまで辿り着けるかどうかも定かではないが。

だが、自分達はまだいい方だ。現場の最高指揮官である艦長は、責任を免れないだろう。
アースラスタッフは、艦長に落ち度は無いと考えているのが総意だ。だが、上はそうは見てくれない。
だからこそ、悔しい。自分達の力不足だ、と歯噛みし、エイミィはぎゅっと制服の裾を握り締めながら、モニターに映っている少年へと意識を傾ける。
そうする度、通信主任としての責務を満足に果たせなかった自分と、アースラクルーを壊滅させた少年に対し、憤りは禁じ得なかった。


「……エイミィ?」

「……え?」


言われて我に帰り、エイミィはリンディを見返す。
気づけば、知らず知らずに険しい表情をしていたらしく、顔が僅かに強張っていた。


「……あの子とクロノの様子、見てきてもらえる?
それと、少し休憩してきていいわよ」

「あ、はい」


「あの子」とは、現地で保護した少女の事だ。外傷こそ軽症なものの、魔力によるノックバックで、未だに気を失ったまま。
だが、もうそろそろ目覚める頃。事情も聞けるだろう。
それに正直、データを纏め上げている時も、クロノの容態が気に掛かってしょうがなかった。

……少し、ナーバスになってるかもしれない。しっかりしなきゃ。
エイミィはそう自分を諌めると、一礼してその場から下がる。

ふと、ブリッジから立ち去る間際、エイミィは一度リンディへと振り返った。
……戻ってくる時、お茶でも差し入れよう。そう思いながら、その場を後にし医務室へと向かう。
歩みは自然と、足早になっていた。




















【第14話 絡み合う糸――交錯の中心座】




















機械的な排気音と、重低音が浸透していく。
部屋の壁面近くには、多種多様な機材が備え付けられ、中央には患者用のベッドが位置付けられている。
次元航行艦船アースラ――その一室、医務室では現在、一人の少女が寝息を立てていた。
尤も、寝息と云う程、穏やかではなかった。魘されている。近いのはそれだろうか。
時折苦しげに呻き声を上げる度、閉じられた瞼が苦悶で歪み、掛け布団が衣擦れの音を虚しく木霊させていく。


「……う……ん」


数度繰り返した後、なのはは、か細い声を伴いながら瞼を上げた。
寝起きは決して良い方ではないが、普段の数割増しで意識がはっきりしてくれない。視界も靄がかかったようにぼやけている。
明瞭には程遠い思考そのまま、なのはは数回瞬きを繰り返す。やがて、輪郭を帯びてきたのは、見覚えのない天井。
不思議に思いながらも、自分が仰向けに為っている事に気づくと、取り合えず体を起こそうとする。


「っ……」


上体に力を込めた時、体に走ったのは鈍痛。
なのはは訝しげに表情を曇らせるが、逆にその痛みで完全に起床したのか、意識がはっきりとしてくる。
痛む箇所を手で抑えながら、白い掛け布団を除けて上体を起こし、周囲を見渡し始める。

部屋には自分以外居ない。或るのは、見たこともない機械類だけ。
医務室――のようだが、自分が知っているものとは、雰囲気などが異なっている。近未来的、とでも云えばいいだろうか。
なのはは何の気なしにそう覚えながら、一通り室内を眺め終わり、最後に部屋の出口を一瞥すると、数拍只自分の正面を見つめる。

……ここ、どこだろう。
何度思い返してみても、心当たりは見つからない。未だ鈍さの残る思考では、余り物を考える事が出来なかった。

何故、自分はこんな場所で寝ていたのだろうか――。
そこまで考えて、痛みを伴って脳裏を掠める何かが或った。同時に、心の底から悔しさが込み上げてくる。


「……そっか……。
私……」


それ以上、言葉は続かない。なのはは、白い掛け布団毎、膝を抱えて顔を俯かせる。
視点は揺れ動いてこそいないが、何も見ておらず、虚空を彷徨っている。
ギュッ、と皺が拠る布地を痛いほどに握り締め、呟く――ごめんね、と。

辛うじて覚えているのは、黒衣の魔導師と戦ったところまで。未だ思考が混乱しているのか、最後に何をされたのかまでは思い出せない。
だが、分かる――負けた。それだけは、どうしようもなく理解が及んだ。受け入れたくはない。だが、受け入れざるを得ない。
今でも体を僅かに蝕む痛みと、纏まってくれない思考。こみ上げる無力感が、何よりの証拠だろう。

なのはは、膝の間に顔を埋め、声無き慟哭で肩を震わせる。
だが、そうする毎に傷心した想いは余計に抉られていくばかりだった。


「……あ。
良かった。目、覚めたんだね」


なのはは、ゆっくりと俯いていた顔を上げ、聞こえてきた声と、空気の抜けるような音の方向を目で追った。
そこに居たのは、茶髪の女性と、黒いコートを羽織った少年。エイミィとクロノだった。
一人では歩くのが億劫なのか、クロノはエイミィに肩を借りている。二人が室内に入ると、先程と同じような音を出しドアが閉まった。


「……えと」


小さな疑問の呟きを洩らすなのは。
それを耳に入れながら、エイミィは部屋に備え付けられていた椅子にクロノを座らせると、振り返る。


「ごめんね。起きたばっかりなのに。
何処か痛むところとか、ない?」

「は、はい。大丈夫です。
……あの、失礼かもしれないですけど、どちらさまでしょうか?」

「んー……。時空管理局って、分かる? 私達が所属してる組織なんだけど。
あ、因みに私はエイミィ・リミエッタ。エイミィでいいよ。
えっと……」

「あ、すいません。
高町、高町なのはです」


「そっか。なのはちゃんね」エイミィはそう言いながら、微笑む。
それに小さく会釈し、エイミィが口にした何処かで聞き覚えの或る単語――時空管理局を思い出そうと、思考を巡らせる。
確か、それは――。そこまで考えた時、はっ、となのはは室内を隈なく見渡し始めた。


「あ、あの!
何がどうなってるのか分かんないんですけど、ユーノ君は?」

「ユーノ君?」

「えーっと……私のお友達で、色々事情が或って今はフェレットの……」

「……あのフェレットか」

「……あの?」


クロノの、知っているような素振りだが、何処か煮え切らない呟きに、なのはは首を傾げる。
兎に角、無事なのか如何か。それだけでも知っておきたいと、クロノへと疑問を投げ掛けようと――それに先んじて、エイミィが口を開いた。


「えっとね、少しお話しさせて貰いたいんだけど、いいかな?
そのユーノ君って子の事も合わせて説明するから」

「……ここには居ないんですか?」

「……うん。
その辺りも説明したいから――」

「――……どうしてですか?
何処に居るんですか?」


険しさの混じった声色で、なのははそれだけを繰り返す。そんななのはを見つめたまま、エイミィは顔色を曇らせる。
話が続けられない事に困惑したのも確かだが、この子は何処か、危うい、と。
梃子でも動かない。視線だけでそんな思いを感じさせる程、なのはの瞳は真っ直ぐにエイミィに向けられていた。


「……連れ去られた。
この艦には、居ない」

「く、クロノ君!?」

「……連れ、去られた?」


言うべきか、まだ伏せておくべきか。迷っていたエイミィの代わりに口を開いたのは、クロノだった。
言葉の意味が理解出来ないのか、なのはは揺れる視点そのまま、クロノを見つめ、硬直する。


「隠せるような事じゃない。エイミィも、それは分かってるだろう?
今は、少しでも情報が要るんだ。そのフェレットを助け出す為にも。奴を捕まえる為にも」

「それは……そうだけど」


言っている事は分かる。クロノの言う通り、自分でも分かっている。
只、少女の様子を見ていると、口にするのが憚られた。どちらにしろ、その話はしなければいけなかったのに、だ。
結局、自分の代わりにクロノが言ってくれた事になる。何処か申し訳なさを感じながら、エイミィはクロノへと向けていた視線を、なのはへ戻した。


「ちょ、ちょっと待って下さい!
ユーノ君が連れ去られたって……えと、え?」


目に見えて狼狽するなのは。自分で口にして漸く意味を咀嚼した時、心中を埋め尽くしていく感情が或った。
連れ去られた。それは、連れ去った相手が居るという事。脳裏に浮かんだのは、黒衣の魔導師だ。
それ以外には、考えられない。なのはが自然と握り締めた拳は、小刻みに震えていた。

ジェイルだけでなく、ユーノも――。
自分の力不足。憤りの矛先はそこだった――それが、今は二つに。怒りさえ覚えてしまう。


「……聞きたいのはその辺りも含めてだ。
連れ去った人物――ジェイルという男について、知っている事が或るのなら教えて欲しい」

「…………え」


キチリ、と。
なのはの中で張り詰めていた糸が、嫌な音を立てた。





















頼りない照明だけが空間を照らし出す薄暗い空間。誰も使っていない一室の為、掃除も、整頓も行き届いていない。
全容に対し、住人が極僅かな時の庭園には、似たような部屋が多々存在している。中でも、ここは倉庫に分類される場所だった。
微細な埃が舞い、漂っている空気も淀んでいる。誰しも、先ずは息苦しさに顔を顰めるだろうか。


「…………」


室内には、緘口し、少年を睨みつける視線が或る。
対峙しているのは、フェレットと濃紫髪の少年。ユーノ・スクライアとジェイルだった。
ユーノの眼光は、縄で雁字搦めにされた状態でも、鋭さを一向に鈍くはしていない。只、黙って少年を見据えている。
飄々と。ジェイルは我関せずといった体でそれを受け流す。寧ろ、楽しげでさえある。互いの温度差は、目に見えて明白だった。
だが、ジェイルの後ろに居る少女は違った。フェイトは気まずそうな、申し訳なさそうな顔を隠しきれておらず、ユーノと目を合わせず、俯いている。

交わされる言葉は無い。沈黙だけが蔓延していく。
ジェイルとユーノの様子に変化はなかったが、フェイトは時間が経過する毎に、居た堪れなさそうに視線を右往左往させていた。


「……ていうかさ」


空気に耐えかねたのか、あるいは主人の様子を見ていられなかったのか、口火を切ったのはアルフだった。
三人から少し距離を置き、部屋の出入り口付近の壁に寄り掛かったまま、飽き飽きした様子でジェイルを見やる。


「結局、そいつどうすんだい?」


早く終わらせたい。アルフの声色には暗にそんな主張が滲んでいる。
と、言うよりも、アルフとしては、フェイトを休憩させたかった。戦闘が終わり、この場所に直行した為、まだ碌に休んでいないのだ。
主人の性格的に、敵とはいえこんな状態に追いやった相手に少なからず心を痛めている筈。この場はジェイルに任せたい。早い話、それがアルフの本音だった。


「今はどうもしないよ。私としても予定にない事態だからね。
方針が決まるまでは放置、そんなところだ」

「いいのかい? まだプレシアに何も聞いてないだろ?」

「聞いたところで私との意見に差異はないだろうしね。
それに、支障が出る程のイレギュラーではない、彼女もそう考えている筈だよ。
まぁ、場合に拠っては消すかもしれないが、ね」

「……ふーん」


余り興味のなさげな空返事を浮かべるアルフ――だが、内心では、僅かな苛立ちを感じていた。
まるで、プレシアとの意思疎通が出来ているようなジェイルの物言いが、何処か、気に入らなかった。
ちらり、とフェイトを盗み見て、アルフは自然と胸中で一つ、小さな溜息を洩らす。


(……何か、気に喰わないんだよなぁ……)


ジェイルが来てからというもの、プレシアからの虐待は也を顰めた。そこには、素直に感謝している。
だが、ずっと、母の為に。その一念だけで頑張ってきた主よりも、ぽっと出の少年の方が信頼されている。そこが納得出来ないのも事実だ。
それに、未だジュエルシードを集める目的。自分達にはそれさえ教えて貰えない。そして、ジェイルは知っている節が或る。


「……なんだか、なぁ」

「……アルフ?」


知らず知らず嘆息していた。それに気づいたフェイトが不思議そうに声をかける。
視線を受けてから、漸く口に出ていたことに思い至ると、アルフは気まずそうに頭を掻いた。

教えて貰えないのは、自分達が知る必要はないから。無理に聞こうとすれば、母から嫌われるかもしれないから。
フェイトがそんな風に考えているのも相まって、アルフとしても、中々聞きにいけない。
だが、もうそろそろ教えてくれてもいいんじゃないか、と思うのも、正直な気持ちだ。

……フェイトが寝た後とかに、どっちかに聞いてみるか。

胸中では疑念が渦巻いていたが、何でもないよ、アルフは表面上そう言うと、口を閉ざした。


「さて」


アルフの懸念も露知らず。ユーノの刺すような視線を浴びながら、ジェイルはそう言った。
興味も感情も特には滲ませないまま、話を続ける。


「先程口にした通り、君の処遇は当面の間放置としようか。
安心していい。大人しくしていれば、ことが終わるまでには解放するよ」


俄かに、ユーノが反応した。
捕まった当初は騒ぎ立てこそしたが、今まで緘口していたのは口も利きたくなかったからだ。知らず知らず、裏切られていたのだから。
しかし、このままでは何も好転しないだろう。今は兎に角、些細なものでも情報が欲しい。
ユーノは憤慨を押さえ込み、自分に冷静を言い聞かせ、疑問を口にする。


「……こと?」

「ジュエルシードを巡る戦いだよ。
早くて四日、長くて一週間。といったところだね」


ユーノは剣呑な眼光を一旦鞘に収め、ジェイルの言葉の意味を探り始める。
考え始めたところで最初に引っかかったのは「早くて四日、長くて一週間」その具体的な期限だ。
全てのジュエルシードを回収するまで――いや、違う。真っ先に浮かんだ考えを、すぐさま否定する。
期限云々を抜きにしての話。それだったら介入のタイミングが先程の戦闘では遅すぎる。
それに加え、既になのはが回収済みのジュエルシードを奪ってもいない。
ジュエルシードが目的じゃないのなら……駄目だ、分からない。どうしても行き詰る思考に、ユーノは悪態をついた。


(…………ていうか)


思考に耽った為か、幾らか冷静を取り戻した頭で、ユーノは別の疑問に考えを巡らせ始めた。
ジェイルの後ろに居る少女――ジェイルを襲った(?)少女へと意識を向ける。
先ず、ジェイルは何故襲われた人間と手を組んでいるのか。しかも、見るからに強制的だとか、脅迫の類とは違う。自発的だ。
それに――。


(……悪い子には……見えないんだよなぁ……)


見る限り、どうもそう思えない。確か、名前はフェイトだっただろうか。使い魔がそう呼んでいた筈だ。
「出て来ない方がいい」。今になって振り返ってみれば、あれも自分達のことを思っての忠告だったのかもしれない。
加えて、目の前で申し訳無さそうに俯いている様子は、どうしても悪人に見えない。

襲われた筈が、犯人と手を組み、あまつさえ管理局と敵対。目的も何も、考えていることが全く分からないジェイル。それに、どうしても悪人とは思えない少女。
ユーノには、何が何だか皆目見当もつかなかった。


「あ、あの……」


そんな中、おずおずと声が上がる。
声の主、フェイトは言いながら俯いていた顔を上げ、両者を交互に見やる。
数度そうした後、ジェイルを見つめた。


「何だい?」

「その……この子、帰してあげて欲しいんだ。
……駄目?」

「…………は?」


余りにも予想外な話に、ユーノは素っ頓狂な声を上げた。
申し出としては有り難いことに変わりはなかったのだが、それを差し置いても、口を開けたまま固まるしかなかった。


「ちょ、フェイト……?」


遠巻きに事の成り行きを眺めていたアルフも、これには驚きを隠せず、寄り掛かっていた壁から体を離した。
三者三様の反応を見せる中、ジェイルは意図を図りかねているのか、そのままフェイトの言葉の続きを待った。


「上手く言えないんだけど……その……。
あの白い子も、この子も……何て言ったらいいのかな……。
……うん。これ以上、巻き込みたくない、かな」

「ふむ。フェイト君らしい考えだ。
しかし、だ。今解放したところで、彼女達も関わってくるのに変わりはない。
いやがおうにも、再び巻き込むことになるかもしれない。管理局が介入してきた今となっても、ね。
尤も、これは可能性の話だ。だが、決して低くはないよ。
――それでもかい?」

「……うん。私の我侭っていうのは分かってる。
だけど、やっぱり帰してあげて欲しい。こういうの……嫌、だから。
……駄目かな?」


フェイトの言葉を聞き終わると、一旦視線を外し、ジェイルは考え込み始める。
解放の際、懸念される管理局の横槍は、壊滅させられたばかりで体制が整っていない今ならば、全く考える必要がない。
釈放するのならば、今この時を置いて他にないだろう。しかし、同時に危険性を孕んでしまう。知られているのだから。
不意の乱入だった為、転送魔法の位置変更をする暇がなかった――アジトが次元空間に停泊していることを、ユーノには見られてしまっている。

万が一の話。ユーノが管理局にこの場所の特徴を伝え、時の庭園と特定されてしまえば、当然、現在の所有者が照会される。
購買記録に照らし合わされれば、芋づる式にプレシア・テスタロッサの存在を嗅ぎつけられてしまう。
まだ、早いのだ。プレシアの存在が露見するのは、まだ、早過ぎる。
有事の際に備え、次元航行艦船を問答無用で攻撃出来る力が此方に或ることを知られれば、少なからず警戒されるのは明白だ。
それに、黒幕はジェイル・スカリエッティ――まだ、そう思わさせておかねば、今後の展開に支障が出る可能性とて或る。

……しかし、だ。
一旦思考から外れ、ジェイルは横目でフェイトを見やる。変わらず、向けられているのは懇願するような眼差しだった。
この哀願を。と、言うよりも、フェイトの願いを無碍にはしたくない。


「ふむ……」


突然、ジェイルは考え込む素振りを見せ、室内をうろつき始める。
その場に居る全員が不思議そうな視線を送るが、意にも介さず右へ左へ、行ったり来たりを繰り返す。
今、自分が何よりも渇望しているもの――高町なのは。自分の脳裏に焼き付いて離れない、強さの片鱗を垣間見せた少女。
予想以上で或り、期待以上。覚醒と言い換えても良い。何が起源と為ったのか。それがどうしても知りたい。今すぐにでも。

……今の今まで傍らに居たユーノ・スクライアならば、知っているのではないか?


「一つだけ聞きたいのだが」


言いながら、ジェイルはそう思い至ると、ピタリと立ち止まり、フェイトに「少しだけ待ってくれたまえ」と目配せをした。
フェイトはそれを受け、一度小さく頷き、ジェイルとユーノの二人を見つめ始める。

ジェイルとしては、なのはの強さの起源――それを知り得られるのならば、ユーノを釈放するのもやぶさかではない。
元々、利用価値が無いのだから。寧ろ、喜んで解放する。お釣りが来過ぎて恐怖してしまうくらいだ。
数拍置いて、質問が自分に向けられていることに気づくと、ユーノは訝しげに続きを催促する。


「……何だよ。
ていうか、僕とお前、今でも喧嘩の真っ最中なの忘れるなよ。
聞かれても、正直に答えないかもしれないからな」

「喧嘩の真っ最中?
……ああ、あの時のことかね。忘れていたよ。ふむ。そういえばそうだったね。
で? そんな些末ごとがどうかしたのかい?」


ピクッ、とユーノの眉が跳ね上がった。
苛立ちをそのまま眼光に乗せ、ジェイルを睨みつける。


「……些末? ジェイルが如何考えてるかは知らないけど、僕はまだ許してないんだからな」

「何だ、君は今の状況が飲み込めない程、頭の回転が悪いのかね?
空気が読めない。俗に言うKYと言う奴だ。勇気と蛮勇は別物だよ、フェレット」

「それでもだ。
僕のことは兎も角、一族のことまで馬鹿にされて黙ってなんかいられない」

「回転の悪い頭は実際に捻り回してみようか。
上った血も外に流せて一石二鳥だと思うよ。体毎冷やしてみるかい?」

「ふ、二人共落ち着いてくれないかな……?」


フェイトがそう言うと、左手の指から金色のリングを取り外そうとしていたジェイルだったが、途中で動きを已めた。
数秒間そのまま止まると、一度嘆息。待機状態のコガネマルを、元の鞘に収めた。


「……ふむ。やめておこうか」


ジェイルはそう言うと、背後を振り向く。
割って仲裁に入ろうとしていたフェイトに、悪いね、と声を掛け、ユーノに向き直った。

それを眺めると、体を強張らせていたユーノは、拍子抜けを喰らったように、微かに弛緩した。正直、本気でやりかねないと思っていた。
どういう風の吹き回しか。そう不審に感じながら、ジェイルの様子を窺った。


「そんな不思議そうな顔をしなくてもいい。
フェイト君の申し出を無碍にはしたくなかったのもあるが、君から聞き出したい内容は、何ものよりも優先されるからね。
そんなところだよ。横道に逸れたが、話を続けてもいいかね?」


チラリ、とユーノは横目でフェイトを流し見る。
怖がっている感じも、たどたどしい様子も無い。だが、何処か悲しそうにしているのだけは感じ取れた。

……悪い事しちゃったなぁ。

ジェイルは兎も角として。フェイトの様子に微かな罪悪感を覚え、ユーノは少々押し黙った。
やはり、悪い人間にはどうしても見えない。自分の解放を言い出したこともそうだ。
もしかすると、襲撃云々の件は、自分の勘違いだったのかとさえ思えてしまう。
何が本当で嘘なのか。混乱し始めるユーノだったが、一度深呼吸し、幾分か冷静さを取り戻すと、ジェイルへと視線で話の続きを促した。


「正直に話さないかもしれない。先程、君はそう言っていたが、何、別段虚実を交える必要性はないよ。
それに、君と駆け引きする気も、取引するつもり気もない。
うむ。では、話を続けよう。聞きたいのは一点、なのは君のことだ。
あの成長率、進化と言い換えても差し支えないだろうね。何故、彼女はあれ程急激に強くなったんだい?」

「なのはのこと……?
……ジェイルも、なのはの魔法の才能が高いってことは知ってるだろ?
それに、最近は凄く頑張ってたし」

「私の聞き方が悪かったのか、君の頭が悪かったのかは定かではないが、伝わらなかったようだね。
言い方を変えよう。そうだね、例えば、だ。何か日常に変化があった。特殊な訓練を行った。などだよ。
起源、起点、原因が知りたいということだ。でなければ説明が付かないからね」


何か、或るのだろう?
そう続けたジェイルの顔は、答えを待ち望んでいるのがはっきり分かる程、愉悦に満ちていた。
数秒間、そんな様子を黙って見ていたユーノだったが、正直に答えるか如何かは別として、取り合えず質問の意味を考え始める。
巡らせてすぐ、何か不思議なものを見るかのような視線で、ジェイルを見たまま小首を傾げた。


「…………。
いや、原因ってジェイルなんじゃ……?」

「む? 何故私が今の話に関わってくるのだね。
ああ、以前彼女の特訓に少なからず助言をしていたことは除外だ。そこは考えなくていい」

「じゃなくて、日常に変化があったと言えば……ジェイルが居なくなったことだと思うし。
それに、なのはが何で頑張ってたかって言えば……ジェイルを助けたかったからだし。
……ってなると、やっぱりジェイルが原因だろ?」

「…………少し待ちたまえ。私を助ける? 何からだね?」

「何からって言うか誰からって言うか……その子から」


言うと、フェイトの方へと視線を流すユーノ。それに促され、ジェイルも同じように見やる。
突然話の中心に置かれた為か、あるいはよく意味が分かっていないのか、フェイトは「わ、私?」と戸惑いながら、小さく首を傾げた。
全く予想外の反応を示した二人の様子と態度が、何処かおかしいと思ったのか、一旦頭で話を整理した後、確認も取る意味でユーノは疑問を口にする。


「えっと……確認なんだけどさ。
ジェイルがなのはの家出た後、その子……フェイトって子に襲われて連れ去られた……で、いいんだよね?」

「ああ。そうだよ。
その後、紆余曲折或ったが、ここに至るというわけだ」


もしかすると、フェイトに連れ去られたという前提が此方の勘違い。と思い、聞いてみたユーノだったが、当てが外れて再び考え込み始める。
連れ去られたのだから、助けようとした。だが、今のジェイルの素振りからして、助けを求めていた様子はない。
と言うより、「何から」と口にした辺り、本人に全く自覚がない。フェイトに襲われたのは、事実らしいけれども。
……何処でこじれてるんだ? そう思い、再度聞こうとしたユーノに先んじて、ジェイルが口を開く。


「……と、言うよりだ。何故、私がフェイト君に襲撃されたことを知っているのだね?
あの場に居た。という訳ではないだろう?」

「あ、うん。その場に居合わせたんじゃないけど、あの公園に色々残ってたから。
ジェイルの荷物とか、自転車とか、血とか。後、千切られたみたいな髪の毛も。
それ見てジェイルが誰かに襲われて怪我して、連れ去られた……って思ってたんだけど」

「公園? 私がフェイト君に襲われたのは市街地だが?
……ふむ。因みに、だ。何故、それがフェイト君だと?」

「えっと、雷の魔法が落ちるの遠くから見てたから。それに、現場に跡が残っててさ。
その子が使う魔法も雷系統だろ?
聞けなかったけど、なのはもそう思ったから戦って……ん? 市街地?」


疑問は幾つも沸いて来たが、決定的な違い、場所が噛み合わないことに気づくユーノ。
そんな様子を尻目に、ジェイルは漸く得心が及んだのか一度頷く。
次いで、近くにあった丁度良い高さの箱に腰掛けると、ユーノへ視線を戻した。


「私としては一刻も早く先程の答えを聞きたくてしょうがないのだが……まぁ、いい。
このままでは君の返答も支離滅裂になってしまいそうだ。先に紐解いておくとしよう。
先ず、なのは君の元から私が去った後、フェイト君に襲われた。そこは合っている」

「でもお前が襲われたのって、市街地……なんだよな? 僕達が見たのは公園なんだけど」

「ああ、それも私で間違いない。だが、襲った人間が違う。
昼頃に市街地でフェイト君に襲撃され、同じ日の夜に管理局の人間に襲われた。ということだ。
君が見たと言う雷。それは私を救出する際に放たれた魔法でね。
襲ったのではなく救った。フェイト君達にはあの時、助けてもらったのだよ」

「…………へ?」


空いた口が塞がらない。まさにそんな様子で呆けるユーノ。
……ていうか、襲われすぎだろ。そう呆れに似た感情を抱きながら、先程の台詞を反芻していく。何かが、引っ掛かったからだ。
今の話、何処かに聞き捨てならない台詞があったような――。
驚き過ぎた為か、何か大事な言葉を聞き逃した気がして、ユーノは脳内で何度も話を繰り返した。


「……っていうか、管理局!?
何で管理局にジェイルが襲われるんだ!? ていうか、管理局が誰かを襲うっておかしいだろ!
しかも、管理局が到着したのって今日の話だぞ!?」

「……管理局管理局と喧しいね。余り連呼しないでくれたまえ。
元から好意は抱いていなかったが……まぁ、色々或った為、今では殺意が沸いてくるのだよ、その名は」


考えてすぐ、違和感の在り処を見つけ出したユーノは、自然と声を荒げていた。
管理局が到着したのは、間違いなく今日のことだ。
それに、今は兎も角として、仮に前からこの世界に管理局の人間が居たとしても、ジェイルと敵対する理由が分からない。
何か勘に触ったのか、ジェイルは鬱陶しそうに顔を顰めている。その態度を鑑みる限り、嘘を言っている素振りは何処にも無い。


「管理局が何故この世界に居たのか。それは君に一切関係無いことの為、割愛しよう。
取り合えず、これで互いの認識に差異は無くなった筈だ。
では、話を戻そうか。なのは君が何故強くなったのかだが――」

「――……ジェイル、ちょっとだけ、待って」

「……む?」


漸く聞き出したかったことを得られる。
そう思いながら話を戻そうとしたジェイルを、事態を黙って見ていたフェイトの声が押し留めた。
フェイトはそのまま、どこか落胆を滲ませるジェイルの目の前を通り抜け、ユーノの前に来るとしゃがみ込んだ。


「……ごめんね」

「え、えっと……?」

「……あの子、戦う前にジェイルのこと聞いてきたんだ。……私、何も考えずに答えた。
あの時は、何でそんなこと聞いてくるんだろう、って不思議に思うだけだったから。
……私の所為だったんだね。あの子があんなに必死だったのって。
ユーノ、だったよね? ごめん」

「え、あ……うん。
その……僕はそんなに怒ってないっていうか……。
誤解が解けたからもういいっていうか……」

「……ありがとう」


フェイトは、僅かに微笑むと、すっと立ち上がる。
瞼を閉じて一拍、再び目を開くと、ジェイルへと振り返った。


「……ジェイル。さっきの話だけど、私、どうしてもこの子を帰してあげたい」

「……ふむ。どうしてもかい?」

「……うん。それに今頃、あの白い子も悲しんでると思うから。
気持ち、少しだけ……分かるんだ。出来れば、きちんと謝りたいって思う」


微かに哀調を帯びた瞳、懇願するような声色で「お願い」と続け、フェイトは口を閉ざした。
暫く、その様子を観察していたジェイルだったが、横目でユーノを一瞥すると、腰を下ろしていた場所から立ち上がり、考え込む。


(さて、どうしたものか……)


フェイトにここまで必死に望まれれば、ジェイルとしては拒む理由は全く無い。だが、問題はその方法。
ユーノを釈放する箇所は、デメリットこそ或るが難しいことではない。
難題は、謝罪したいという嘆願。「出来れば」とフェイトは言っていたが、そちらも叶えたいのが本音だ。

間違いなく、管理局に保護されている筈だ。日常に戻っていても、管理局の目は光るだろう。
直接会いに行く。ジェイルとてそうしたいのは山々だ。何せ、そこにはどうしても知り得ておきたい至高の宝が或る。
管理局の目を欺くか、あるいは再び蹴散らすか。もしくはユーノを人質に時間を稼ぐか。
そこまで考えたところで、ジェイルは脳内で嘆息した。それでは、フェイトは納得しない。悲しむだろう、と。

いっそのこと、別の――。


「――く、くくっ……。
そうだ……簡単じゃぁないか。く、ははっ……!」


突然、ジェイルは肩を揺らしながら、くぐもった笑いを洩らし始める。
どちらにしろ、残りのジュエルシード探索の為、第97管理外世界には下りなければならない。
より、効率的に。そう思索すれば、現地に潜伏した方が手間は省ける。
撤退などの際、次元空間に帰るより、現地の何処かの方が簡単に退けるのは明白だろう。
今までそうしなかったのは、設備が時の庭園にしかないからだ。
だが、簡易的、必要最低限の機材ならば潜伏先へと運び込めばいいだけのこと。

これならば、あちらが立って此方も立つ。考えてみれば良い機会だ。
そう呟き、何処か楽しそうな様子が滲み出ている笑いを已めると、白衣を大きく翻してユーノへと振り返った。


「よろしい! ユーノ・スクライア、君を解放しよう!
出立は明日、詳細な時刻は追って通達する。それまで惰眠でも貪っていたまえ」

「……え? いいのか?
あ、いや……僕が言うのも変だけど……」

「では、早速準備に取り掛かろうか。
くくくっ……嗚呼、楽しみだ! 実に心躍る!
なのは君、久方振りの君との邂逅は実に甘美なものとなりそうだよ!」

「聞けよ……」


何がそんなに面白いのか。ジェイルの不可解極まりない突然の豹変を不審に思うも、そういえばこういう奴だった、と。
当事者にも関わらず、完全に蚊帳の外に置かれたユーノは、何処か引っかかるものを覚えたが、只呆れていた。


「あの、ジェイル……ありがとう」

「礼には及ばないよ。寧ろ、礼を言うのは私の方さ。
嗚呼、フェイト君には護衛という名目でも私についてきて貰おうか。
プレシア君に小言を喰らうだろうが……うむ。些末事だ。適当にあしらっておこう。
そうなると私は兎も角、フェイト君の分まで採寸を計っておかなければならないね。
ふむ。この際だ。容量は無視し、細部まで精巧な造型を追求するとしようか。
おっと、引越しの準備も進めておかなければいけないね……ならば今の内に傀儡兵の権限委任もしておかなければ。
――嗚呼っ、こうしている時間も惜しい! やることが山積みじゃぁないか! すぐに取り掛かるとしよう!」

「え? あの、ジェイ――」


話を強制的に打ち切り、フェイトの手を握ったまま、足早に部屋の出口へと向かうジェイル。
今にも踊り出しそうな足取りで、流れについていけず呆けたままのアルフの横を通り過ぎていく。


「え? えっと、え?」

「く、くくっ……!」

「え? え?」

「アーッハッハッハッ!」

「えぇー………」


訳の分からないまま、戸惑った表情で瞬きすることしか出来ないフェイトを、ジェイルは高笑い毎引き摺っていく。
二人が去った後、部屋には沈黙が降りる。残されたユーノとアルフは自然と視線を合わせるが、互いに首を傾げるばかりだった。


「……ていうか。
あいつフェイトに何するつもりだ!」


いち早く我に返ったアルフが、弾かれたように部屋から出て行く。
それを呆然と見送ると、ユーノは、ふと、天井を見上げた。

自分となのはが思い浮かべていた、ジェイルが置かれているであろう環境は、実際は全く異なっていたわけで。
それが虚しいような、安堵したような。そんなことを考えていたユーノの耳に、部屋の外から何かの衝突音が入ってくる。
……多分、ジェイルだろうなぁ。
ユーノは何処か遠い目をしながら、内心呟いた。





















そっと、静かに。アースラから降ろしてもらった後、帰り道に拾ってきたサブバッグを机に立て掛ける。
真っ先にベッドへと身を投げ出そうと思ったが、視界の端に映った月が気になり窓際へと向かった。
足取りは、泥に嵌ってしまったかのように、重い。少女の顔色は、冴えないと言うより、暗い。
まだ、部屋の照明をつけていなかったことに気づく。だが、明かりをつける気にはならなかった。
……別に、いっか。投槍に呟くと、なのはは窓を開け、夜空を仰ぎ始めた。

望むと望むまいと。こうして、一人で物思いに耽るのはいつ振りだろうか。
少し前ならば、隣には相談に乗ってくれる人が居て。もっと少し前ならば、真摯に話を聞いてくれる人が居て。
嫌に落ち着いた今ならば、痛いほど分かってしまう。今は二人共、ここに居ないのだと。


(にゃはは…………)


…………。
もう、分からないよ……。

なのはは夜空から視線を落とし、俯く。胸中で洩らした筈の空笑いが、室内に木霊している気がした。
虚しい。ほんの数分前、こんな夜遅くに帰ってきたことを母に叱られたが、今は何を言われていたのかさえ思い出せない。
「……今日はもう遅いから、寝なさい。いいわね?」覚えているのは、最後の言葉だけだ。表情は多分、悲しげだった。
明日は学校だ。母の言いつけ通り、早く寝なければ、遅刻してしまうかもしれない。
でも――。

「…………眠れないよ……」


眠れれば、どれだけ楽だろうか。
もしかすると、今の自分は夢を見ていて、朝起きればいつも通りの日常が広がっているかもしれない。
二人共、戻ってくるかもしれない。そう思って、なのはは試しに、自分の頬を抓ってみた。


「……痛いなぁ……」


赤くなる程に抓った頬は、当然、痛かった。
痛むのは頬だけではなかったが、ずっと続いていた為か、鈍くなっていて今は気にならない。

思い返してみれば、この数週間は今までにないくらいに驚きの連続だった。
学校の帰り道に、怪我をしたフェレットを拾って――ユーノと、魔法に出会った。
二回目の封印をする時、ジェイルと出会って――少しの間だったけれども、一緒に頑張った。
朝起きたら、ジェイルは居なくなっていて――公園で血と見覚えのある髪の毛、ジェイルの荷物を見つけて、無事を願った。
助けたいと思って、負けてしまって――今はもう、ユーノも居ない。


「…………」


目を覚ました場所で聞かされた話が、今でも信じられない。何を信じていいのか、分からない。
助けたいと願っていたジェイルが、ユーノを連れ去ったなど、信じたくはなかった。
映像を見せられても、否定する要素を探した。けれども、間違いなく、自分の知っている少年だった。
今でも、現実味はない。何処か心に穴が空いたような、虚しさしか感じない。
なのはは黙りこくったまま、ベッドに腰掛ける。少し横になろうかとも考えたが、暫くそのまま、呆けるように天井を眺めた。


「……ねぇ、レイジングハート」

『What is it?(何でしょうか?)』

「私、何処で間違えちゃったんだろうね……。これから、どうすればいいのかな……」

『Please do not blame oneself. (自分を責めないでください。)』


……うん。
生返事になっているのが自分でも分かったが、多分何度言い直してもそのままだろう、となのはは再び口を閉ざした。
時計を見れば、いつの間にか日付の境目が近くなっていた。このままだと夜更かしになってしまう。
もう、全部忘れて泥のように眠ってしまいたい。そう思い、ぽふっ、とベッドに上体を預けた。


『However, about what does that man think?
Because the action is too mysterious, it is not possible to understand.
(しかし、あの男は何を考えているのでしょうか?
行動が不可解過ぎて、私には理解しかねます。)』

「ん、んー……私にも分かんないかな」

『And, it violated one's promise.
It doesn't adjust it still.
(それに、約束を反故にしたままです。
まだ、メンテナンスしてもらってません)』


そういえば、そんな話してたよね。少しいじけた様子のレイジングハートに、なのはは横になったまま苦笑する。
思い返すのは、初めて会った時のこと。ジェイルが陽気に笑いながらそう言っていた姿だ。
……そういえば――。

体を起こし、ベッドから離れるなのは。机に立て掛けておいたサブバッグの中を漁ると、目的の物を取り出した。
手に取ったのは、ジェイルがしきりに何やら書き綴ってたノートだ。確か、本人はレイジングハートの調整プランだと言っていた。
良かった。無くなってなかった、となのはは僅かに安堵の息を吐く。
中を見るべきか、勝手に見ていいのか。暫くなのはは逡巡すると、意を決してページを捲った。
このノートを見たところで、何も分からないかもしれない。だけれども、兎に角、今は、ジェイルが何を考えているのか、少しでも知りたかった。


「…………」


以前に一度、偶然だったが、公園で中身を覗いた時に抱いた印象は、落書きだった。
今もそれは変わらないのだが、より一層、酷い。只単に、絵が下手なんじゃないかとさえ思える。これでは、書き綴るではなく、書き殴るだ。
何か、自分でも理解出来るような部分はないか。そう自分を急かし、なのははページを捲っていく。
やがて、段々と読み取れるくらいの項目が増えてくる。多分、この辺から考えが纏まってきたのだろうと当たりをつけ、更に読み進めていった。


「……これ、メンテナンス……なのかな?」

『What will he has done.……(何をするつもりだったんでしょう……)』


改造……?
見るからに調整とかそんなレベルではないであろう内容に、なのはは首を傾げながら、目立つ部分や、重要そうに色分けされている箇所を食い入るように見ていく。
設計図らしきものが描かれている項目を捲り、次のページに差し掛かった時、ふと、手を止めた。
そこは今までと違い、文字と数式だけで書き記されている為か、幾分か見易かった。なのはが気になったのは、一際大きな文字だ。


「ディバイン……メテオール?」


その言葉を聞いて、レイジングハートは本来ならば流れない筈の汗を感じ取った。





















喧騒が聞こえる。ウィンドウ越しに覗ける光景は、いつになく慌しく、忙しない。
誰も彼も、早足に通路を行き交い、各々の持ち場へと向かい、帰っていく。見方によっては、右往左往しているとも取れるだろうか。
暫く、そうして佇んでいると、ふと、窓に映った自分に目がいった。

……酷い顔だな。

知らず知らずに眉根を顰めていた自分に対しそう自嘲すると、男は窓際から離れる。
執務机の横を通り過ぎ、部屋の中央に位置するソファーへと、腰を下ろした。
目に見えて疲れている様子はない。だが、時折洩らす嘆息には、微かな疲労の色が見え隠れしている。
暫く考え込んだ後、男は端末を起動させ、目の前にパネルを展開させた。


「ジェイル・スカリエッティ……か……」


時空管理局本局内において、今最も参照されているであろう映像データを見て、男は小さく呟いた。
突然現れた少年、ジェイル・スカリエッティ「らしき」人物が確認されてから、管理局は大きくざわついている。
数年もの間、管理局が血眼になって捜査しても、全く足取りが掴めなかったS級次元犯罪者。その、手掛かり。騒ぎ立てない方がおかしいだろう。
しかし、男――ギル・グレアムにとってこの少年は、他にも大き過ぎる意味を持っていた。
知られてしまっているのだ。何処までかは定かではないが、闇の書の詳細を、そして現在の所有者を。
しかも、相手はよりにもよってジェイル・スカリエッティ。知り過ぎている人間であり、同時に、名が知られ過ぎている。

何処でボタンを掛け間違えたのか。全く予想外の展開に、グレアムは眉根を厳しく寄せる。
それに、現地で事に当たっているリンディやクロノのことも気に掛かる。嘗て部下だった男の妻と息子なのだ。より一層、心配してしまう。
本局まで伝わってきた現地の状況は、これ以上ない程最悪だ。武装隊は壊滅、負傷者の中には、クロノの名前もあった。


『父さま』

「……アリアか」


声と同時、通信パネルがグレアムの前に展開した。
映し出されたのは、銀髪の女性。通信越しでも伺える特徴的な耳は、猫が素体になっている使い魔だからだろう。


『手筈通り、ロッテをアースラへ向かわせました』

「そうか。ロッテは何か、言っていたかね?」

『特には。只、クロノの件もありましたので、私の方から無茶をしないようには諌めておきました。
冷静さを欠かないように、と。すぐ頭に血が上る節があるので』


報告を聞き、グレアムは、ふむ、と小さな安堵の嘆息を吐いた。
これ以上、何も起こらなければいいが……。願うように胸中で呟くと、腰掛けていたソファーから立ち上がった。


「……ご苦労だったね。予定通り、リンディ提督には此方から話を通しておく」

『了解しました。では』


アリアがそう言うと、通信パネルが閉じる。消えたパネルを確認すると、グレアムはその場で暫く佇んだ。
アリアには、八神はやてを監視するように。入れ替わりでロッテには、アースラに合流しジェイル・スカリエッティの身柄確保を。
正直なところ、最善は自分達が身柄を確保する、だったが、もはやそれは叶わないだろう。管理局は動き始めているのだから。
ならばせめて、野に放っておくわけにはいかない。局の監視下に置けば、まだやりようはある。
闇の書を葬り去る――その悲願を達成する為に。最大の障害となった彼を、逃がすわけにはいかない。

嘗て、死にゆく部下を何も出来ずに見送ったあの時。自分の無力さを痛感し、呪ったあの時とは、違う。
もう二度と――。繰り返すわけにはいかない。そう強く言い放ち、グレアムは通信回線をアースラへと向けた。

……酷い顔だな。そう言って、ほんの数分前に垣間見せた彼の顔は、より一層、危うくなっていた。







前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.021862030029297