<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.15932の一覧
[0] 時をかけるドクター[梅干しコーヒー](2010/06/21 22:13)
[1] 第1話 アンリミテッド・デザイア[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:29)
[2] 第2話 素晴らしき新世界[梅干しコーヒー](2010/01/31 01:37)
[3] 第3話 少女に契約を、夜に翼を[梅干しコーヒー](2010/02/01 22:52)
[4] 第4話 不屈の魔導師と狂気の科学者[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:01)
[5] 第5話 生じるズレ――合成魔獣キマイラ[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[6] 第6話 生じる歪み――亀裂、逡巡――純[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[7] 第7話 生じる答え――矛盾邂逅[梅干しコーヒー](2010/03/03 17:59)
[8] 第8話 歪曲した未来――無知と誤解[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:10)
[9] 第9話 歪曲した明日――迷い蜘蛛、暮れる夜天[梅干しコーヒー](2010/03/18 00:02)
[10] 第10話 歪曲した人為――善悪の天秤[梅干しコーヒー](2010/03/20 23:03)
[12] 第10・5話 幕間 開戦前夜――狂々くるくる空回り[梅干しコーヒー](2010/03/25 20:26)
[13] 第11話 始まる終結――擦違いの戦場へ[梅干しコーヒー](2010/03/29 05:50)
[14] 第12話 始まる集結――蠢く夜の巣へ[梅干しコーヒー](2010/04/02 22:42)
[15] 第13話 始まる終決――時の庭園へ[梅干しコーヒー](2010/04/08 21:47)
[16] 第14話 絡み合う糸――交錯の中心座[梅干しコーヒー](2010/06/16 22:28)
[17] 第15話 空見合うカンタービレ――過去と未来のプレリュード[梅干しコーヒー](2010/06/21 23:13)
[18] 第16話 空見合い雨音――歩くような早さで。始まりの終わりへ[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:34)
[19] 第17話 変わる未来[梅干しコーヒー](2011/05/02 00:20)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[15932] 第12話 始まる集結――蠢く夜の巣へ
Name: 梅干しコーヒー◆8b2f2121 ID:af37fdb2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/04/02 22:42





赤く塗り潰された夜空が包み込む世界――広域結界内。
つい先程まで金色と桜色の光が舞い踊り、刃を交えていた喧騒は収まり、現在蔓延しているのは静寂其れ一色。
隔絶された世界の中で認識出来る物音は、吹き荒ぶ風の音色だけ――それすら、空虚感を纏っているかのような錯覚を受けてしまう。


「――く、」


空虚――いや、満たされていた。それは、たった一人だけ。
外界と遮断された結界内において、溢れ出さんばかりの享楽で口端を吊り上げている少年が、居た。
満たされた好奇心が笑みとして零れ落ちる少年の様は、切り取られた周囲の光景をさらに歪ませている。

区画整理された街並、ビジネス街――その先、街の境界線まで一望出来る一際高いビルの屋上。
横殴りに近いビル風が風切り音を奏でる中を、少年の嗤いが犯していく。


「くくっ……くははっ……! ――、」


下を見てしまえば、思わず足が竦んでしまいそうな高所――屋上の縁で、少年は上空を高らかに見上げ、破顔していた。
少しでも風向きが変化してしまえば地面に叩き落される場所でも、少年――ジェイルは意にも介していない。


「――アーッハッハッハッハッハッ!
素晴らしい……実に素晴らしいよ君達はっ!
それでこそ……それでこそ、命を賭けてこの世界に辿り着いた甲斐が或ると云うものだ……くははっ……!」


嗤いは喝采の証――刃を交えた二人の少女に贈る称賛と感謝の声。
脳裏で鮮明に、克明に蘇ってくる瞳に焼き付けた光景――麻薬がジェイルの脳髄を蕩けさせ、陶酔感で満たしていく。
言葉で表現する事すら無粋――嗚呼、素晴らしい、と。

齢十にも満たない少女とは思えない程、卓越した戦闘力を誇るプロジェクトFの残滓、結晶。
未だ雛鳥で或るにも関わらず、巨大な翼の片鱗を垣間見せる未来のエース・オブ・エース。
両者とも粗が多々見受けられたが、寧ろ、その粗でさえも自分の興味を惹いて已まない。

磨けば磨く程光輝く至高の原石――宝石から、何が羽化するのか、全く想像が付かない。
もしも、この段階で自分が手を加えれば、恐らく誰も手の届かない高みへと達するのは間違いない――故に、想像が付かない。

そしてそれが、楽しみでしょうがない。
吊られるように、生命操作、創造技術も新たな局面を迎えてくれる事だろう、と。


「……ふむ、しかしどういう事だろうね……」


自分にとって実に僥倖だった光景――高町なのはの予想以上の戦闘能力が僅かな疑問を抱かせ、高嗤いを已めさせる。
一旦愉悦の感情を脇に置き、片手を顎に添えてジェイルは思考を巡らせ始めた。

予想以上と言うより期待以上だったのだが、何が確実な原因なのかが導き出せない。
自分がこの段階で知り得ていた高町なのはより、一段階上の戦闘能力――特に、砲撃の威力と圧縮密度等は目を見張るモノが或った。

……初めての対人戦。強敵との戦いで、眠っていた潜在能力が目覚めたのか?
だとすれば、余計に計り知れない――だが、それならば確かに合点が及ぶ。
データ上で完璧に凌駕していた筈のナンバーズ、及び聖王等を打倒した事には説明が付く。

だが、そこまで理解した所で、それを齎した何かが分からない――嗚呼、これか、と。
自分の理解の及ばない爆発力、その片鱗。もしかすると、これが自分の求めている答え――強さの一つの形かもしれない。
思い当たる節、至った解答にジェイルは苦笑しながらも、再びくぐもった嗤いを洩らした。


「嗚呼、待ち遠しいね……。
早く、早く私に見せてくれたまえ――君達の、強さを……くくっ。
くははっ……――、」


――さて、と。

一頻り笑い終えると、そう言いながら歓喜の声と表情をピタりと収め、ジェイルは赤く覆われた空を仰ぐ。
視界に広がっているのは、相変わらず朱い虚空の夜空――それに、皹や亀裂が入り始めていた。
幾ら戦闘を終えた後とは云え、フェイトが結界維持を怠る筈は無い――故に、考えられるのは外部からの干渉。
即ち――、


「――いやはや、随分と遅い到着だね。
待ち草臥れてしまったよ?」


自分とプレシアが予想、予測していた時刻とは若干の差異が見られるが、どちらにせよ、此方の準備は整っている。
懸念事項は、指揮官が有能かどうか、此方の罠にどの段階で気づくか――しかし、それをさせない為に幾重にも対策は講じて或る。
自分の本分は科学者だが、数年もの間時空管理局にゲリラ戦を繰り広げていた経験は伊達ではない。
罠等を行使し、小で大を凌駕する術は十八番――尤も、それを行っていたのは娘達だが、常に傍で眺めていた分、やり方は心得ている。
巣は既に張り巡らし、蹂躙空間、舞台は整っている。後は、役者と云う名の餌の入場を待つばかりだ。

そして、これは狼煙でも或る。
この世界で――いや、今日までの生の中で、自分が初めて心から友だと誓った少女を虐げる輩への、宣戦布告。
許す気も、釈明の余地も或る筈が無い。与えるのは死、それのみ――待っていろ。次は貴様だ、と。

そう脳内で工程を反芻し終え、ジェイルは白衣を翻す間際に瞳を憎悪の色で塗り潰すと、踵を返して屋上から出て行く。


「くくっ……君達にも働いてもらうよ。
遠慮は要らない。存分に暴れるといい」


――Yes,Dr.


応える声は互いに、二重に覆い被さり、反響していた。




















【第12話 始まる集結――蠢く夜の巣へ】




















純白の魔導師装束を纏った小柄な少女――高町なのはが、桜色残滓の尾を引きながら、地面に落下していく。
なのはの足首から生えていた魔法の羽が、地に近づく毎に霧散していく様は、一帯がスローモーションに為ったような錯覚を覚えさせるだろうか。

やがて、どさり、と衣擦れの音を伴いながら地面に転落するなのは。
魔力ダメージに拠るノックバック――刈り取られた意識は、呻き声一つ上げる事も出来ない程、既に奥深くへと追い遣られてしまっている。
仰向けに倒れ込んだ後も、だらりと垂らされた手足は指先一つ微動だにせず、手から零れ落ちたレイジングハートが虚しく転がっていくだけ。
数瞬後、なのはから桜色の粒子が洩れ出し、純白のバリアジャケットが形を失っていった。


「…………」


倒れ伏したなのはを、漆黒のマントを纏った少女――フェイトは、只無言で眺める。
手にはなのはの意識を切り取った大鎌――バルディッシュを。
動かない、意識の無いなのはを確認すると、振り上げたままの体制だったそれを片手に持ち替え、斜めに下ろした。

強かった、とは思う。
勝ちこそしたが、それでもヒヤりとさせられる、背中を冷たい汗が伝う場面は戦闘中幾度も或った。

自分の戦闘スタイルは、高機動力を生かした中・近距離戦。射撃、近接攻撃が主だ。故に、ある程度の防御力を犠牲にしている。
重い鎧は自分の持ち味を殺すだけ。尤も、バリア出力に難が或るのも理由の一つだが。
だからこそ、なのはの放った砲撃魔法は、フェイトにとって脅威以外の何物でもなかった。

当たれば落とされる。そう悟ったからこそ、執拗に接近戦を仕掛け、出来るだけ砲撃を撃たせないようにしていた。
辛勝ではないが、負ける要素は確かに或った。強敵だったのは間違いない。
あの砲撃が直撃していれば、と桜色の柱を思い返す度に、フェイトの脳裏に戦慄が奔っていく。

……いけない。兎に角、やるべき事を終わらせないと。
考えるのは後でも出来る。そうフェイトは胸中で被りを振り、巡らせていた思考を遮断して一歩踏み出した。

足の向かう先には、先程までなのはが握っていたレイジングハートが。
戦闘中に幾度も接触し先程コンクリートの上を転がったからか。コアは兎も角、柄の所々には傷が見受けられた。
フェイトはそれが落ちている所まで足を運ぶと、柄を握って拾い上げる。


「…………」


レイジングハート片手に、無言で見やったのは倒れ伏している少女。
分かり切っていた事だが、眠っているかのように微動だにしない。
一度、視線を少女とデバイスの間で行き来させると、フェイトは表情を僅かに曇らせた。

罪悪感――昏倒させた張本人で或る自分がこれを感じるのは、おこがましい事この上ないが、それでも抱かずにはいられない。
それは重々承知しているが、相手が戦闘開始前に放った言葉がどうしても脳裏に巻き付いて背徳感を締め付ける。

友達を怪我させられて黙っていられない――考えるまでもなく、ジェイルの事だろう。
ジェイル本人からも、高町なのはと数日間一緒に過ごしていた経緯は聞かされていた。
だから、連れ戻しに来た。自分達の仲間に為った少年を取り戻しに来たんだ、と理解は及ぶ。
もはや悪者が自分で或るのは間違いないだろう。ジェイルが自ら自分達の側に残ったとはいえ、切欠を作ったのは自分なのだから。

……それでも、それでも、だ。
そう自分に言い聞かせながら、フェイトは眉根を厳しく寄せ、眼光を鋭くする――母の期待を、信頼を裏切るわけにはいかない。
この罪悪感を振り切ってでも、何を振り払ってでも遂げたい願いが或るんだ、と。

もう少しで、手が届く。後少しで、あの憧憬の日々を取り戻せる。
懐かしいあの微笑みが、当たり前に為る日常がやってくる。母を助けてあげられる。

その為なら――何だって出来る。

心中で拮抗し続ける感情を抑え込みながら、フェイトは一度瞳を閉じて小さく息を吐く。
やがて、ゆっくりと瞼を上げると、倒れ伏しているなのはのすぐ傍にレイジングハートをそっと地面に置いた。


「フェイト、お疲れ様」

「……うん」


背後から掛けられた声――アルフの労いの言葉に返事こそするものの、声色に張りは無い。
未だ感情に折り合いが付ききっていない為か、自然と生返事に――しっかりしなきゃ、とフェイトは自分に言い聞かせながら振り返った。


「……そっちも終わったんだね」

「ああ。こっちは楽勝だったよ」


言いながら、アルフは首と視点を後方へ向け、フェイトの視線をそちらへと促した。
そこには、ビルの壁面近く、路上で俯せに倒れているフェレットが。
自分の相手と違い、まだ意識が或るのだろう。腹這いに為り、ほふく前身しながら自分達の方へと進んできている最中だった。


「――……待て……!」


如何にも腹から搾り出したかのような、苦しそうな、か細いが力強いユーノの声。
まだ声が出せるような元気が或ったのか、とアルフはフェイトに背を向け、ユーノが居る方向へと踵を返した。


「……アルフ、待って」

「え?」


一歩目を踏み出そうとしていたアルフ。それを、フェイトの声が制止する。
フェイトは不思議そうな表情を浮かべるアルフの脇を通り、ユーノが居る場所へ足を進め、近寄っていく。
目の前まで行くと、立ち止まり、沈黙――静かに、口を開いた。


「……何?」

「目的は……何だ?
ジュエルシードを、何に使うつもりだ……!?」

「……言えない」

「じゃあ……ジェイルに――僕達の仲間に、何をした……!
今、ジェイルは何処に居るんだ? 勿論、無事なんだろうな……!?」


ユーノは憤怒の孕んだ視線をフェイトへと突きつけると、横目で倒れ伏したなのはを見やる。
戻されたユーノの視点――再度フェイトに向けられた瞳には、刺すような憤りや怒りが噴出していた。
フェイトは、それを受けても無機質な表情を浮かべたまま、崩さない――表面上は。
胸中では迷いや逡巡が渦を巻いている――尤も、それが或ったからこそ思わずアルフを引き止め、自分が問いの矢面へと立ったのだが。

何処まで教えていいのだろうか、と。フェイトは迷いを伴った思考を奔らせ始める。
教えてあげたい。それが自分の正直な気持ち――口を開いてしまいそうになるが、考えなしにそれをすれば、どんな弊害が発生するか分からない。
絶対に失敗するわけにはいかないのだから。態々懸念事項を生み出す必要は無いし、極力避けるべきだ。

しかし、考える。これではあまりにも、と。
目の前のフェレットと、高町なのはは何も悪くはない。巻き込まれただけとも、被害者とも言える。
只、連れ去られた少年を取り返そうとしただけ。しかも、戦いを仕掛けたのは自分だ。

それでも勿論、自分達の目的や、これから為す事を口外する訳にはいかない。
しかし、許可を受けてはいないが、ジェイルの安否や、今どうしているかを教えるくらいはいいのではないか、と。

……これは、独りよがりな偽善と甘え。自分の我侭だ。
自分には自嘲の楔を、高町なのはとフェレットには謝罪の言葉を胸中で述べながら、フェイトは口を開いた。


「……ジェイルは、無事です。
でも、何処に居るかは言えない」


それだけ言うと、フェイトは踵を返す。
ジェイルの無事。それに少しは安堵したのか、ユーノは乱れていた呼吸と思考を整え始める。
しかし、それでも食い下がる事を已めはしない。

一度振り返り、ユーノのそんな様子を見やるフェイト――、


「――ッ!?」


――しかし、感知した違和感がそれを強制的に上空へと向けさせる。
視線の先には、自分の展開していた広域結界――その境界線に、罅や亀裂が入り始めていた。

……来た。
胸中で言いながら、フェイトはバルディッシュを握り締め、気を引き締める。


「――フェイト!」


急かすようなアルフの声を耳に入れながら、フェイトは一度頷くと、マントを翻して駆け出す。
地を蹴り、先に飛翔し始めたアルフに続いて自分も飛行魔法を行使――宙空へと舞い上がった。

だが、フェイトは飛び立った直後、一旦停止し振り返る。
瞳には、未だ目を覚まさないなのはと、自分達に何とか食い下がろうと腹這いを続けるユーノが映っている。


「……ジェイルは、私達の仲間です。
だから……あなた達はもう、出てこない方がいい。
このまま私達と戦うのなら……ジェイルとも戦う事になるから」

「――…………え?」


ユーノは、満身創痍のほふく前身を已め、フェイトが放った言葉の意味を反芻し始める。
……ジェイルが、仲間? 戦う事になる?
視線を送り意味を問うが、返答は無い。そんな事が在り得る筈が無い、と否定と拒絶を繰り返す。
フェイトはそれ以上、答えない――閉ざした口はそのまま、割れ始めた空を仰ぐと、今度こそその場を飛び去っていった。

遠ざかっていくフェイトの後姿を只呆然と眺め続けるユーノ。
この状況も、先程の言葉の意味も、何も訳が分からない――ギリッ、と憤りをそのまま、歯軋りに乗せる。
固いコンクリートの地面に拳を叩きつける様子は、まるで慟哭しているかのようだった。






















半円形に街を包み込んでいた赤い空、外界との境界線――広域結界の境目に次々と亀裂が奔っていく。
駆け巡っていく直線は広がる毎に速度を増し、まるで網目のような様相を呈し始め、それだけで瓦解の時は近いと誰もが予感出来る程だ。

パリンッ、と耐え切れなくなった結界の何処かが悲鳴を上げた。
それを皮切りに、次々とコーラスのように不協和音が鳴り響き、木霊していく。

――そして遂に、限界を迎えた。

ガラス窓を叩き割ったかのような穴が空き、そこを中心に結界を構築していた破片が地上に落下し始め、途上で霧散。
穿たれた空間から現れたのは、数人。いや、数十人にも及ぶ人影。
そして、その全て、全員が同じような制服に身を包み、手に杖等を持ち、武装している。
だが、その中でたった一人だけ風貌が異なる少年が居た――黒髪に黒の装束、佇まいも他の人間に比べて鋭いだろうか。


「――っ!?」


眼下に広がる光景を見た瞬間、少年――クロノ・ハラオウンの表情が驚愕に塗り固められる。
最初に見えたのは、現地住民と思われる服装をした少女が、地に伏せている姿。
そのすぐ傍では小型の動物――使い魔と思われる小動物が少女を介抱していた。気絶しているのだろう。

そして、それをやったのは恐らく、


「強装結界展開、急げっ!
絶対に逃がすな!」


此方の様子を伺いながら、街中を低空飛行する二つの影――漆黒のバリアジャケットで武装した少女と橙色の狼が、そこに居た。
クロノは半ば直感的に、こいつらが犯人だ、と悟ると部下へと指示を飛ばす。
指示を受け、数人の結界魔導師がすぐさま詠唱を開始――街を再び、先程の結界とは別種の魔力壁が覆っていく。


「あいつらを追う! 僕に続け!
残りはあの子の治療を最優先に、可能ならば事情を!
――散開!」


クロノは的中してしまった嫌な予感を振り払うように、矢継ぎ早に指示を出しながら一気に降下。
視線と下降先には、介入者に気づき更にスピードを上げたフェイトとアルフが。
その行動――逃走は、クロノの抱いた疑いを確信へと変貌させていく。

指示通り、クロノに武装管理局員二十八名が続き、結界魔導師四名は上空で強装結界を展開、安定させていく。
なのはとユーノの元へと急行するのは三名。クロノを含めた合計三十五名の管理局員が同時に行動を開始した。


「そこの二人! 止まれっ!」


通例のような警告――クロノとて、これが聞き入れられる筈が無いのは分かっている。
止まれと言われて止まるような人間なら、先ず犯罪を犯さないのだから。
予想通りと云うべきか。自分を一瞥しただけで変わらず低空飛行を続ける二人――返答として、更に速度の増していく逃走が齎された。

逃がすものか。クロノはそう言わんばかりに表情を引き締め、追走する局員を他所に追い立てる速度を上げていく。
あの少女を倒れ伏させたのも、広域結界を展開したのも、こいつらが原因で間違いないだろう、と。

魔法文明の存在しない世界で結界を張った――その中で、魔法を行使して少女と戦闘した。これだけで罪状は二つ。拘束しない理由は無い。
もしかするとだが、自分達が第97管理外世界付近へと出向いた原因――次元振動にも何かしらの関わりが或るかもしれない。
もはや、その疑惑は間違いないとさえ思える。

タスクを展開させ、考えを張り巡らしながらフェイトとアルフを追跡するクロノ。
一向に縮まらない距離へと苛立ちを感じて舌打ちする――が、漸く展開の終えた強装結界を確認すると、一旦その場で停止。

遠ざかっていく二つの影。
だが、クロノはそれを見ても動かない。
そこへ、遅れていた二十七名の武装局員が次々と集結していく。


「――ハラオウン執務官」


自分を取り囲むように展開する局員二十八名。
その一人から齎された指示を仰ぐ声を聞き、クロノはその場に居る全員を見渡した。

次元空間を断絶する程の次元振動――ロストロギアが関わっている可能性も或った為、異例、特例の人員が今自分の指揮下に或る。
正直、管理局が蔓延的に嘆いている人材不足を無視しているが、この場合はありがたい、と。

しかも、精鋭と云っても過言ではない面々。全員が空戦可能で或り、ある程度の場数をこなした経験も或る。
だからこそ、自分一人で相手に掛かる必要はない。
しかも、既に強装結界で一帯を覆い、逃走は不可能と為っている。

強装結界は生半可な攻撃ではビクともしない強度を誇る為、破壊するには大威力魔法で貫く必要が或る。
突破しようとすれば大きな隙が生じる――それを見逃す自分達ではない。
故に、焦る必要は何処にも無い。逃がす気も、手痛い抵抗を受ける気も無い。

だが万一の場合に備え、万全を期して全員で取り囲むのが得策だろう。
方針を決定付け、部下達へと指示と激を飛ばそうとしていたクロノだったが、視界に端に映った光景がそれを押し留めた。


「……隠れるつもりか」


見えたのは、逃走していた魔導師とその使い魔と思われる狼が、建物の中へと消えていく後姿。
入っていったのは、広がる街並の中でも一際大きいビル――百貨店。もしくは大手デパートだろうか、とクロノは当たりを付ける。

不思議に、怪訝に思いこそしたが、状況は自分達にとって良い方向に運んだとも云える。
先程の飛行速度を鑑みる限り、相手の機動能力は高い。
此方に分が悪かった――だが、一点に留まり、隠れてくれた事で包囲するまでの手間が省けた。


「――部隊を分けよう。
屋上と地下駐車場の二箇所から突入する組、包囲組の三つ。
包囲組の指示は僕が取る。突入組はそれぞれの小隊長の指示に従ってくれ」


張りがある了解の声を発すると、素早い動作で目標のビルへと向かっていく局員達。
クロノは、前々から打合せを済ませていたかのような統率の取れた動きを見やり、自分の後方に控えている包囲組へと視線を移す。
面々の引き締まった表情――それを確認し、空中で踵を返した。


「よし、僕達も行くぞ! 虫一匹通さない気でかかれ!」


ビルへの突入を開始した武装隊。
それに遅れまいと、クロノを筆頭にした部隊も降下していった。




















夜になれば来客を受け付けない筈のデパートに、けたたましい物音が木霊する。
聞こえてくる足音は十数人を越える、と簡単に予測が付く程、多重奏のように幾重にも折り重なり、反響していく。
上からも、下からも――それを耳に覚えながら、少年は悠々と歩を進めていた。

喧騒を他所に暗闇の中を歩いていく様は、まるで散歩の途中だと言わんばかりに。
歩を刻む毎に近づいてくる音を聞いても、鼻歌でも歌い出しそうな余裕は全く崩れない。

やがて、騒音が収まると、入れ代わりに静寂が浸透していく――嗚呼、此方に気づいたか、と。
少年――ジェイルは不穏な空気を感じ取ったが、それでも尚足を止める事なく、吊り上げていた口元を更に歪ませていくだけだった。

響いてくる足音は上階からのみ。ならば、自分が向かっている先に居るのは、地下駐車場から上がって来た部隊か。
そう予測を打ち立てながら、ジェイルは相も変わらず歩を進め続ける――見えてきたのは、通路の合流地点、一際広い空間。

そこには、嫌でも見覚えの或る服装に身を包んだ人間――時空管理局所属の魔導師が十名。
既に、杖の切っ先をと鋭い視線を、ジェイルへと向けていた。


「……君は、あの魔導師の仲間か?」


一人が、突き出した杖をそのままに一歩踏み出し、問いを投げ掛ける。
その背後では、ジェイルに気づかれないように気を配りながら、自分達の母艦と指揮官へと報告を入れる局員が。
尤も、ジェイルは気づいていたが、あの魔導師――フェイト君の事だろうね、と考えるまでもない質問の答えを浮かべると、歪ませていた口を開いた。


「まぁ、当たらずとも遠からず、かな?
詳しく言えば協力者だが、君達管理局側から見ればそう思われるのも仕方が無いからね。
否定はしない。肯定しようか――君の言う通り、私は彼女の仲間だよ」

「……投降しろ。
既にこのビルは包囲されている。逃げ道は無い」


小隊長のその言葉を皮切りに、その場に居る全員が身構える。
しかし、それを見てもジェイルの余裕は一向に崩れない。寧ろ、面白がるように首を傾げるだけだった。


「ほう、何故だい?
投降する必要性も、逃げる必要性も全く感じないが?」

「……もし、抵抗するのならば、此方も武力を以って君を取り押さえるしかなくなる。
痛い目をみたくないのならば大人しく投降しろ」

「ふむ、成程――だが、可笑しいね?
それでも、私に投降すると云う選択肢は浮かんでこないよ。
まぁ、当然と言えば当然か。ここは――、」


――私達の、巣の中だからね。


ジェイルがそう嗤うと同時――ドサ、と不協和音が空間内に木霊する。
問答を突きつけていた小隊長は、杖を突き出したまま一瞬固まると、恐る恐る聞こえてきた方向――自分の背後を振り返る。

……え?、と口にした言葉が一帯だけでなく、脳内でも反響する。
小隊長の頭の中は、そんな自分でも訳の分からない言葉だけで埋め尽くされていくばかり。

広がっている光景が、視界に映る全てが信じられない――何故全員が、自分以外の部隊員全てが、床に寝そべっているのか。
信じられないのか、脳の処理速度が追いつかないのかは、小隊長自身も分からない。
何が起こった、と漸く再起動し始めた脳が呟く――その時、視界の端で何かが、動いた。


「くくっ……存外呆気なく嵌ってくれたものだ。
追い詰めたとでも思ったのかね?――誘い込まれたのだよ、君達は。
私達の巣に、ね」


小隊長の耳には、ジェイルの声を気に留める余裕さえ、もはや無い。
意識と眼球の動き全てを傾注している先には、暗闇の中を、忙しなく動き回る影が或る。

だが、どれだけ瞳を凝らした所で、余りにも早すぎる為か、それが一つなのかどうかでさえ確認する事が出来ない。
只、それが纏っている色彩だけは否応無く分かる――鮮やかな、不吉な金色。
それが、室内で出せる限界速度を無視するかのような、在り得ない軌道で駆け回り――這いずり回り、蠢いている。
その軌道上に、細い何か――糸のような線が、見えた気がした。

手に持った杖と視線を右往左往させながら、後ろずさっていく小隊長。
ジェイルは如何にも陽気だ、と感じさせる足取りで、一人残された局員の脇を通り過ぎ、振り返った。


「おや、いいのかな? このままでは私を逃がしてしまうよ?
ああそれと、後ろには気を付けた方がいい」


どん、と小隊長は背後に衝撃と音を覚えながら、足を止める――いや、止めざるを得なかった。それ以上、動けなかったのだから。
ここに壁が或る訳がない。自分が今居る地点は、先程まで少年が居た場所の筈――だったら、自分の背後には今、何が或る?
身の毛もよだつような悪寒を、最後の勇気を振り絞って抑え込み、小隊長はゆっくりと、背後を振り返る。


――そこには何かが、或った――居た。


「嗚呼、そいつも初めての食事で興奮していてね。
加減次第では人一人くらい軽く殺せるのだが、今回に限っては安心していい。
マスターで或る私の言い付けは守るからね。何、暫くの間ベッドと友達に為る程度だ。
では、余興はこのくらいにしておこうか――さらばだ。名も無き管理局員君」

「あ……あ……」


――喰え、コガネマル。


恐怖で顔を歪めるのと同時、浮き上がる――持ち上げられる、小隊長の体。
病的に見開いた瞳孔の先には、金色に明滅する石――デバイスの、コアが。


『――いただきます』


その言葉の終わり際に、不快音が自分の体から鳴る。


「……ア゛ガッ――ア゛ア゛ァァァァァァァァッ!」


自分の口から上がる断末魔――痛い、とは感じない。
感じる暇もなく、彼の意識はそこで途絶えた。





















『――クロノ君っ!』

『分かってる!』


アースラの通信主任――エイミィから齎された通信に、半ば苛立ちを交えた返答をするクロノ。
すぐさま、自分と同じように上空でビルを包囲していた他の局員へと待機を命じ、悪態の舌打ちを口にしながらビル壁をなぞるように降下し始める。
クロノに若干遅れながら続く局員は三名。上で待機を続行しているのは五名。

鬱陶しいくらいの風切り音を耳に覚えながら、クロノが巡らせる思考の先には、急激に変化した状況が或る。
アースラでも急にモニター出来なくなった地下から突入した部隊。そこには、もはや通信でさえ繋がらない。
身を隠した二人組に奇襲を受けた――だが、それだけで指揮官で或る自分が動く必要性は無い。理由は他に或る。

通信が途絶する直前にアースラと自分達包囲組への齎された報告が、クロノの嫌な予感を掻き立て、降下速度を速めていく。
怪しい少年を発見。これより、確保する――それが最後。以降、一切通信が繋がってくれない。
地下から突入した武装局員の内約は十名。その全てと連絡が取れない。

やられた、と考えたくは無い。考えられないが、それしかこの状況に説明が付かない。
最後の報告から、ものの数秒で遮断された相互連絡を鑑みるに、その少年とやらが相当な強敵なのは間違いない。
だからこそ、自分が動かなければならない。指示を出した自分の失態でも或る事が、余計にその気持ちを強くする。

クロノが向かう先は、まだ件の少年が居るであろう階層。
左程時間は経過していない為、その階層に居なくとも付近に居るのは間違いない、と。


『――…………え?』


この場に居合わせていなくとも、呆けている様子が想像出来る程、困惑を滲ませるエイミィの声。
クロノは一度降下を停止し、上空から自分に続き降下してくる局員三名を見やりながら、再び通信を繋ぐ。


『どうしたっ!?』

『だ、駄目っ! クロノ君戻って! 早く!』


だから何が――。そう口にしようとしたクロノに聞こえてきたのは、別方向からの通信。
聞き覚えの或る声――それは、屋上から突入した部隊の小隊長の声だった。


『ハ、ハラオウン執務官! 逃げ――!』


ブチッ、と耳に痛い程の効果音を残し、断ち切られる通信――最後に聞こえたのは、他の局員達の阿鼻叫喚を想起させる叫び声。
背中に嫌な汗が伝うのを感じながら、先程まで突入部隊が居た筈の階層――屋上に近い階へと、視線と疑問を投げ掛ける。

やがて、応答が無くなる通信――それと同時に、在り得ない、とクロノはその場で思考と行動を硬直させた。
先程と同じような状況――余りにも早い通信途絶。
もしも、それを再び為したのが件の少年ならば、この移動速度は常軌を逸している。

外に出た形跡も何も此方は感知していない。故に、ビル内を移動した事に為る。それは、不可能とも云える。
階を隔てる天井が或るのだから。階段を一気に駆け上がったとしても、この移動速度は到底在り得ない。
障害物の多い建造物の中。しかも方向は上へ。外を降下する自分達よりも素早く移動出来る道理は無い筈だ。

どうするべきか等、考えるまでもない。エイミィの言う通り戻るべきだ、と。
クロノは軽率とも取れる自分の焦りで起こしたアクションに歯噛みしながら、降下から一転し、今度は上空へと急上昇し始める――その直後、


「っ!? 今度は何だ!?」


けたたましいエンジン音に振り返り、眼下を睨み付けるクロノ――そこには、地下駐車場から飛び出してくる車が。
しかも、一台ではない。全てバギーに分類される車が、列を為して一気に街中へと爆走し始めていた。

もはや何が起こっているのか把握し切れない程、脳の処理速度が追いつかない。
これ以上掻き乱される訳にはいかない――アースラは既にあの車をモニターしている筈。それを待とう。
そう決定付け、クロノは自分自身へと悪態をつきながら宙空で踵を返し、再び上昇を開始した――直後、


「…………え?」


自分のすぐ脇を落下していく三本の棒――見覚えが或りすぎた。
それは、間違いなく局員達が握っていた筈の、デバイスだったのだから。

急激に様変わりした状況に順応し始めたのか、もはや何が起きても驚かない。驚いて判断を鈍らせてはいけない。
クロノが抱いていたのはそんな心持――だったが、目の前で展開された光景には、ただ呆然とするしかなかった。
つい先程、エイミィが上げた間の空いた声に似た音声を、思わず口から洩らしてしまっていた。

そこに広がっていた光景――自分に遅れた為、上方にいた三名の局員――その三名の武装魔導師が、拘束されていた。
ビル壁から伸びる――何かで。

初めに想起したのは蟹の鋏。見方によっては二股の銛にも見えるだろうか。色彩は、鮮やかな金色。
それに挟み込まれた局員達は、声を上げる事もしていない。
だらりと頭と手足を垂らし弛緩している様は、それだけで意識を失っていると察せる程だった。


「っ!」


動きの止まっていた飛行と脳を再起動させる――同時に、ビル内部へと引き摺り込まれていく三人の部下達。
クロノはそれを追い駆け、局員達の消えた先――鋏が伸びていた階層の横へと辿り着くと、割れた窓ガラスの先へとS2Uを突きつける。

だが、そこには先程の鋏を伸ばしていた張本人が居た――どころか、連れ去られた局員達の姿さえ無かった。
クロノは視線を右往左往させ、内部を捜索するべきか、上に戻るか否か思考を駈け巡らせる。


――上空からガラスを叩き割るような音が鳴り響いた。


「――なっ!?」


突如、ビル壁を突き破って外へと飛び出して来たのは、人影――濃紫の髪を携えた少年。
明らかにサイズの合っていない白衣を纏い、頭部と右腕には服装と同じような色の包帯を巻いている。
いや、その異質な風貌でさえ、今のクロノにはどうでも良かった。

問題は少年の足場。乗っている何か――複数の刃を独楽のように回転させながら滑空している巨大な体躯を誇る、金色の何か。
そして、時折視界に捉えられる刃の形は微かに見覚えが或る――似ている。
と云うより、形状的に開くとしか思えない――刃の顎が開いた姿を想像した時、クロノが脳内で浮かべていた先程の鋏と完全に合致した。

蜘蛛のようにも、蟹のようにも、花のようにも思える異形は、もはや何が元に為っているのか想像も理解も及ばない。
だが、未だ全容は把握出来ないが、直感的に分かる――全部こいつの、こいつらの仕業か、と。
そうクロノが敵意を孕んだ鋭い眼光を向けると同時、


「くくくっ……! 見つけたぞ、君が指揮官か。
さぁ、幕は上がった――存分に踊り狂おうではないかっ!
だが、君達には――、」


――ここで、退場してもらう。


そう嗤いながら少年――ジェイルが、兇器を以った狂気が、管理局へと牙を剥いた。







前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.024237155914307