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No.15932の一覧
[0] 時をかけるドクター[梅干しコーヒー](2010/06/21 22:13)
[1] 第1話 アンリミテッド・デザイア[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:29)
[2] 第2話 素晴らしき新世界[梅干しコーヒー](2010/01/31 01:37)
[3] 第3話 少女に契約を、夜に翼を[梅干しコーヒー](2010/02/01 22:52)
[4] 第4話 不屈の魔導師と狂気の科学者[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:01)
[5] 第5話 生じるズレ――合成魔獣キマイラ[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[6] 第6話 生じる歪み――亀裂、逡巡――純[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[7] 第7話 生じる答え――矛盾邂逅[梅干しコーヒー](2010/03/03 17:59)
[8] 第8話 歪曲した未来――無知と誤解[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:10)
[9] 第9話 歪曲した明日――迷い蜘蛛、暮れる夜天[梅干しコーヒー](2010/03/18 00:02)
[10] 第10話 歪曲した人為――善悪の天秤[梅干しコーヒー](2010/03/20 23:03)
[12] 第10・5話 幕間 開戦前夜――狂々くるくる空回り[梅干しコーヒー](2010/03/25 20:26)
[13] 第11話 始まる終結――擦違いの戦場へ[梅干しコーヒー](2010/03/29 05:50)
[14] 第12話 始まる集結――蠢く夜の巣へ[梅干しコーヒー](2010/04/02 22:42)
[15] 第13話 始まる終決――時の庭園へ[梅干しコーヒー](2010/04/08 21:47)
[16] 第14話 絡み合う糸――交錯の中心座[梅干しコーヒー](2010/06/16 22:28)
[17] 第15話 空見合うカンタービレ――過去と未来のプレリュード[梅干しコーヒー](2010/06/21 23:13)
[18] 第16話 空見合い雨音――歩くような早さで。始まりの終わりへ[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:34)
[19] 第17話 変わる未来[梅干しコーヒー](2011/05/02 00:20)
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[15932] 第11話 始まる終結――擦違いの戦場へ
Name: 梅干しコーヒー◆8b2f2121 ID:af37fdb2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/29 05:50





陽の明かりを拒絶しているかのような、ほの暗い通路を、一つの人影が進んでいた。
黒い装束に、纏っている雰囲気は陰鬱。
薄暗い通路との境界線が曖昧だと大げさに錯覚してしまうのは、黒く、陰気を孕んでいるからだろうか。

こつ、こつ、と通路に鳴り響き、浸透していく音色。
足音を受け、両脇に等間隔で起立されている柱が、音叉のように反響し、冷える。
返ってくる反響音に、何の感慨も想起させる事なく、女性――プレシアは、只只無言で足を進めていく。
普段から無口、尖る様な陰気を纏っているプレシアだが、今の彼女には焦りや苛立ちの色彩が滲み出ていた。
危機感は視線の鋭さへと変換され、染み出す焦燥は知らず知らずの内にプレシアを足早に――目的地へと導く。


「――ジェイル、入るわよ」


プレシアはノック代わりに部屋の中へ一声掛けると、返事も待たずに進入――途端に、顔を顰め、裾の布地で鼻腔を覆い隠した。
臭い――まるで色が漂っているような異臭にたじろぎながら、視線を少年の背中に――目的の人物、ジェイルへと。
ジェイルは未だプレシアに気づいた様子は無く、壁画のような画面に映し出された映像を、夢中で鑑賞している最中だった。


「……ジェイル」

「…………ん? ああ、プレシア君か。
ノックくらいしたまえよ」


漸く来訪者に気づくと、ジェイルは腰掛けていた椅子を回転させ、プレシアへと振り返った――明らかにサイズの合っていない白衣が、床を擦る。
声は掛けたわよ、と心底どうでもよさそうに言葉を放ると、プレシアは眉根を寄せながら部屋の中へ。
乱雑に散らかされた物体の占領する床――足の踏み場も無いそこを、面倒臭いと言わんばかりに、蹴り飛ばしながら。


「やれやれ……一応、大事な物も或るのだが?」

「大事な物なら、大事そうにしなさいな。
……と言うより、少しは片付けなさい。
鼻が曲がるどころか目に染みそうになるわ、この匂い」

「ふむ、それはそうか。これは一本取られたね。
いやはや、耳が痛い。いや耳に染みる、かな?」

「どうでもいいわよ。別に」


プレシアが歩を進める度、床を転がっていく様々な物体――デバイスの余りパーツ、空箱や空皿を見やり、ジェイルは肩を竦めた。
そんなジェイルの様子を気にする事なく、行軍するように踏み出し続ける――ふと、一旦それを已め、怪訝そうに視線を真横へ。
そこに或った――意識を引いたのは、大小様々な機器と、液体で満たされた小型ポッド。
またか、とプレシアは吐露した溜息に呆れを乗せながら、再びジェイルを見やった。


「…………また、虫?」

「ああ、それの事か。
何か、不思議でも?」

「……別に。
只、蜘蛛といい、コレ――団子虫といい、虫ばっかりじゃない。
好きなのかしら?」

「ふむ……虫に関しては、好きと云うより、面白いとは考えているよ――知っているかい?
蜘蛛は飛ぶ事に関しては最も優れた動物だと云われている。鳥よりも、だ。
その、翼ではなく糸を使用する飛行技術はバルーニングと呼ばれていてね。因みに、コガネマルにも搭載予定だよ。
そして次にそのダンゴムシだが――」

「――ご高説、どうも。
貴方の悪い癖よ、それ。
講義は講義を受けたがってる人間にしてあげなさい」

「ふむ……まぁ、科学者の性だよ。
良い物が出来た暁には、ついつい披露したくなる。
同じ科学者で或る君ならば、分かるだろう?」

「否定はしないけど、肯定もしないわ。
一緒にしないで頂戴」


ふむ、残念だ、と口にするジェイル。
言葉に反し、くぐもった嗤いを洩らしている為、余り堪えている様子は見受けられない。
一頻り嗤い終えると、先程まで座っていた回転式椅子に腰を下ろし、回転。流しっぱなしにしていた映像へと、体と意識を戻す。

小型ポッド――と言うより、ビーカーで浮上、沈降を繰り返すダンゴムシを一瞥すると、プレシアはジェイルの座っている椅子の背後へと。
楽しそうに映像を眺めるジェイルを一瞥し、やっぱり、変人ね、と胸中で呟きながら、同じようにスクリーンを見上げた。

そこには――、


「……高町なのは、だったかしら?」

「ああ。
大魔導師と呼ばれている君の目から見て、彼女はどうかな?」


――純白のバリアジャケットを纏い、桜色の残滓を伴って飛翔する少女。高町なのはが映し出されていた。


口元を歪ませながら、楽しそうに問いを投げ掛けるジェイルを一旦見やり、プレシアは再び映像へと視線を移す。
映像中では、丁度、なのはが桜色の砲撃魔法を放つシーンが映し出されていた。
次いで、飛行魔法行使、誘導射撃魔法発射、と次々に切り替わっていく画面。
それを確認すると、プレシアは問いへの返答、見解を口にする。


「…………強い――いいえ、強くなる、かしら」

「分かるかい?」

「ええ。
正直――、」


――恐ろしいわ。

プレシアは、抱き、浮かんでしまった戦慄を隠す事無く、口にした言葉のまま、率直な感想――天才ね、と。
そう、胸中で呟く。本当に魔法と出会って一月も経過していないのかしら?、と付け加えながら。

自分の目の前――スクリーンに映っている少女は、魔力量も、その制御能力も、映像だけで推し量れる程、飛び抜けていた。
砲撃、射撃魔法の圧縮、収縮能力、飛行魔法の速度及び制御――制御関連だけの見解を述べるならば、フェイトにも劣っていないかもしれない、と。
そう、プレシアは苛立ちに似た感情を抱きながら、いつの間にか見入っていた映像から、視線を戻す。
ジェイルは相も変わらず、愉悦の笑みを浮かべていた。


「嗚呼、そうだね。
そうだ、それこそ彼女を表現するに相応しい言葉だよ、プレシア君。
未だ雛鳥で或るにも関わらず、この強さ……いやはや、恐ろしいの一言に尽きる。
底が知れない。いや、どんな高みに達し、羽ばたくのか、全く予想出来ないね……くくっ」

「……笑い事じゃないでしょうに。
聞いてないわよ、高町なのはが――フェイトの相手が、こんな子だなんて」

「まぁ、言っていないからね。
それと、正直に言ってしまえば、私もこの短期間で彼女がここまで成長するとは、予想していなかったのだよ。
君にとっては予想外だったかもしれないが、私にとっては予想以上だったと云う事だ。
いやはや、良い意味で期待を裏切られてしまったよ」

「……騙して、いたのかしら?」

「いや? それに、分かるだろう?
確かに、彼女は強い――だが、フェイト君には、まだ勝てない」

「まだ……ね。
その言い方だと、近い内にフェイトが負ける――そう、聞こえるのだけれど?
それじゃ、問題或るわよ」

「可能性の話――互角、もしくは凌駕する確率は非常に高いと云う事だよ。そして、私はそれに期待している。
だからこそ、フェイト君にはこの映像も、なのは君の戦術スタイルも何も、与えていないのだからね。
尤も、君の心配は杞憂で終わるだろうさ。
もしも、フェイト君に敗北の時が訪れるとすれば――その時、君は既にアルハザードへと旅立っている頃だ」

「……それなら、いいわ。
好きになさい」

「君に言われなくとも、そうするよ。
嗚呼、フェイト君の事を心配しているのかい? 今更、情でも沸いたのかな?」

「……その口、首毎刎ねられたいのかしら?」

「くくっ……。
怖い怖い……――それで? 何の用かな?」


わざとらしく笑い、にやつきながら、ジェイルは端末を操作し画面を落とすと、プレシアに向き直る。
怖い、とそう口にした割には、顔色は愉悦の割合が濃い。
嫌でも見慣れてしまったジェイルの笑み――下卑た嗤いにプレシアは舌打ちしながら、この部屋に入ってから鼻を覆いっぱなしだった袖口を下ろす。
少しは順応してきた薬品類やら何やらが混じり合った異臭を鼻につかせながら、口を開く――最終確認、その為に。


「……もう一度聞くわ。
ジュエルシードの所有者――高町なのはとフェイトが戦った時の、勝算は?」

「負ける要素が、或るとでも?」

「そう……それを聞いて安心したわ」

「…………む?」


ジェイルは椅子に座ったまま、声色の変わったプレシアを見上げる。
返ってくる視線は真面目そのもの――嗚呼、そうか、と。
言いながら、ジェイルは椅子から腰を上げ、室内を歩き始めた。


「そうか……くくっ。
――来たのだね?」


「ええ。
今日の夜にでも、転送可能範囲内に到達するわ。
次元空間航行艦船――間違いなく、管理局よ」


プレシアがこの部屋を訪れた理由、その報告――時空管理局が介入してくる、それを受け、ジェイルは室内の最奥へと歩き出す。
くぐもった笑いと、天井を仰ぎながら歩を進めるその様は、まるでその知らせを待ち侘びていたかのように――嗚呼、楽しみだ、と。

既に下準備も、楔も、布石も、全て万事抜かり無く。
そして、しもべは、今か今かと刃を研いでいるのだから。

後は――、


「くくくっ……くくっ、くははっ……!
待っていた、待っていたよ。時空管理局。
嗚呼、楽しみだ……くくっ……!」


――蹂躙、踏み躙り、暴力、暴虐の巣に誘い込むだけ。


「なぁ?
君も楽しみだろう? ――コガネマル」


ジェイルは瞳を、瞳孔を見開きながら、高らかに、嗤う。
視線の先、部屋の最奥には幾重にもケーブルが張り巡らされ、明らかにサイズの可笑しい電極が突き刺さっていた。
そこには、巨大な、異様な体躯を誇る何かが、鎮座している。

金色四つ刃の中央――同じく金色のコアがジェイルに応えるように、明滅。
それはまるで、待ち侘びているかのように。
開演する蹂躙劇を、食事の時を。





















【第11話 始まる終結――擦違いの戦場へ】



















行き交う人々が路を彩り、様々な色合いの街灯が照らし出すビジネス街。
人の流れは大まかに二方向――繁華街へと続く道か、帰路を辿る為に駅へ延びる道か、そのどちらかだ。

そんな人影の循環に対し、半ば縫うように逆らう小柄な少女――高町なのはは、サブバッグ片手に、そこに居た。
足取りは決して軽くはないが、重いわけではない。
只、右往左往する視線が、思考が、歩みを阻害している――見つからない、と。

人混みを眺め、覗き、落胆の溜息。
飽きもせずに繰り返すそれが、心中の重しを、益々沈降させていく。
この一週間と二日、駆け回った海鳴市内――何処をどう探しても、目的の人物は見つからなかった。

唯一つ、発見出来たと云えば、少年への手掛かりだろうか――見つけたのは、凹んだ自転車と、見覚えの或る補助鞄。
しかし、それが齎したのは、不安一色、唯其れだけ。
なのはは、左手に握り締めているサブバッグを見やり、息を呑みながら再び歩き出す――……無事で居て、と祈るように願いながら。


『――……なのは、そろそろ』


心配そうな、自分の身を案じるような声――ユーノが発した念話を受け、なのはは、一旦足を止めた。
だが、瞳を閉じ、拒否するようになのはは首を左右に振ると、再び歩き出す――立ち止まっていられない、と、そう言わんばかりに。


『……お願い、もうちょっとだけ』

『……分かった。
じゃあ、場所を変えよう。
今の時間帯だと、多分、この辺りにはいないと思うから』

『……何で?』

『この時間帯にジェイルみたいな子供がうろついてたら、補導される可能性が高い。
あのジェイルがそれを考えていないとは、思えない』

『……あ。
そう、だね』

『……それはなのはも同じだよ?
取り合えず、この辺りの探索は、また今度に回した方がいい。
一旦合流しよう、すぐ行くから、そこで休憩でもしながら待ってて』


ユーノがそう言うと、切れる念話――気、遣われちゃってるなぁ、と胸中で独白のような呟きを洩らしながら、なのはは歩道の端へ。
両手でサブバッグの取っ手を、体の前で結ぶように握り締めながら、ショーウィンドウに背を預け、空を見上げる――いつもより、暗い、と。
そう感じてしまうのは、沈んだ気持ちの、焦燥し続ける不安の所為だろうか。


(………お願い。
ジェイル君――、)


――無事で居て、と。

目的の人物、探しているのは、ジェイル――只でさえ、自分の責任で出て行ってしまったとも思えてしまう為、責任は余計に。
しかし、ジェイルに対する憂慮は、既に責任感を通り越し、危機感や危惧、胸騒ぎへと変換されてしまっていた。
抱き始めたのは、一週間と二日前、ジェイルが去った日――中丘町の公園で、少年の手荷物と自転車を発見してから。

感知した結界――そこにジェイルが居る、と直感し大急ぎで向かってみれば、突然の落雷。
壊れた結界に危機感を覚えながら、雷が落ちた場所へ――そこに或ったのは、見るも無残に凹んだ自転車と、中身が地面にばら撒かれたバッグ。

そして、見覚えの或る、千切られたような毛先の頭髪――濃紫の、髪。
極めつけは、広がっていた赤い水溜り。夥しいまでの血が、点々と地面に染みを作っていた。

悟ってしまった――少年は、この場所で誰かに襲われ、重症、大怪我を負ったのだ、と。
死――過ぎったそれを否定したのは、信じたくない、認めたくないから――生きていて欲しい、と切望したから。
だからだろうか、この一週間、少年の探索を続けながら、ジュエルシード回収に没頭した。
日を負う毎に、過ぎる度合いの増すそれを、振り払うかのように。
必死で掻き集め、暇さえ或れば夜通し捜索、魔法の特訓――訓練を怠らなかったのは、誰かに連れ去られたであろう少年を、助け出す為。

……何処に、居るの?、と。
思考をその言葉で繋ぎ留めながら、なのはは哀愁と不安、危惧と胸騒ぎを孕んだ視線を、再び夜の空へ――、


「――――…………え?」


――空が、赤く、朱く――染まった。


消えていく、周囲の喧騒――行き交う人々が、霧のように姿を失っていく。
見覚えが或る――どころではない、つい一週間前、似たような光景を見て、どうしようもない、行き場の無い不安を抱いたばかりなのだから。


『――ユ、ユーノ君っ!!』

『――な、なのはっ!!』


なのはとユーノは、ほぼ同時に同じような声色――驚愕と狼狽の色が滲んだ念話を繋ぎ、声を上げる。
一体誰が――そこまで考えた時、なのはの脳裏を過ぎったのは、少年の顔、公園の血溜まり、焦げてクレーターに為っていた地面。


『――……う、嘘っ!?』

『……どうしたの?』

『結界の中心から反応が或る!!
覚醒しかけのジュエルシードの――くそっ、それが狙いか!!』


念話越しでも分かるユーノの動揺と困惑――この前までの自分ならば、同じように浮き足立っていただろう、と。
そんなユーノの声が、逆になのはの思考を落ち着けていく。いや、逆に、奮い立たせていく。
寄る辺は、強くなったと思える自分自身と、助けると決めた少年を思い浮かべたから。


「…………」


結界の中心――術者は、恐らくあの時の、と。


「――……レイジングハート」

『――set,up.』


なのはは、桜色で彩られた紋様を展開し、バリアジャケットへ移行。
自身を中心に展開されていた光が収まると、少女が纏っていたのは、純白の装束。
赤い宝玉が先端に付随した杖――レイジングハートを握り締め、上体を屈めながら、膝に力を込め、魔力を制御――、


『なのはっ!?
ちょっと待っ――』

「ごめん、ユーノ君! 後で幾らでも叱られるから、今は行かせて!
レイジングハート! 飛んでっ!」

『all,right――Flier Fin』


――ユーノの制止の声を振り切り、飛行魔法を行使――夜空へと羽ばたいた。




















暗い空が、紅暗い空へ塗り潰され、街を覆っていく――その原因、結界の中心付近には、宙に浮かぶ蒼い宝石。
宝石――ジュエルシードは、ドクン、ドクン、と或る種の臓器のように鳴動し、今にも弾け飛びそうな程、強い魔力を孕んでいた。


「…………」


今にも覚醒の時を迎えようとしているジュエルシード――そのすぐ近くには、金色の髪をそよぐ風に靡かせ、佇んでいる少女――フェイトが。
周囲の暗さに反して映える金髪に、黒の外套、その下には黒いボディースーツ。
手に握られた漆黒の戦斧――バルディッシュをフェイトは片手に、魔力を制御――展開した結界を安定させていく。


「――……広域結界……展開、完了」


その声を皮切りに、フェイトはバルディッシュを握り締めていた力を緩め、安定した結界を確認すると、一度小休止の為、息を吐く。
フェイトの目の前には、膨大な魔力の塊――ロストロギア、その半覚醒体が或る。
だが、それが眼前に或っても、フェイトは何の不安も抱いていなかった。
手筈通り、予定通り――母と、協力者と為った少年が、何の心配もしていないのだから、自分が憂慮する必要は何も無い、と。


『――ご苦労様、フェイト君』


齎された念話は、フェイトの思考の一部を占めていた少年――ジェイルからの労いの声。
それを耳に入れ、地面に対して垂直に握っていたバルディッシュを斜に下ろしながら、フェイトは念話を双方向に。


『ううん。
これくらい、全然平気だよ』

『くくっ、実に頼もしいね。
此方の準備も丁度終えた所だ――それでは、手筈通りに』

『うん。任せて』


フェイトは、ジェイルと最後の相互確認を終えると、今度は、自身の使い魔――アルフに最終確認を、と。
ふと、脳裏を過ぎったのは、この作戦を聞かされた際、不機嫌そのものだった姿。
大丈夫かな、とアルフの姿を浮かべ、僅かな不安な色を胸中で呟く――未だ機嫌を直していないだろうが、この段階に来れば腹を括っているだろう。
そんな前向きな考えを浮かばせながら、念話を繋いだ。


『――アルフ、そっちはどう?』

『……ガキンチョと鬼婆の作戦ってのが気に入らないけど……まぁ、やるしかないかねぇ。
やっぱし、アタシの性には合ってない……けど、ベストって言えばベストだし。
取り合えず、こっちも準備は終わり。配置に付いた――何時でもいけるよ、フェイト』

『うん、良い子だ。
じゃあ、また後で』

『あいさっ』


先程まで抱いていた僅かな懸念を掻き消すような、使い魔の溌剌とした声を聞き、フェイトは苦笑。
よし、と自分に発破を掛け、一歩前へ――歩みの先には、ジュエルシード
そこへバルディッシュの切っ先を向け、封印形態へと移行させる。


「――バルディッシュ」

『yes,sir.
Sealing Form――、』


変形するバルディッシュ――反転する漆黒の刃の両端から伸びるは、一対の金色羽。
フェイトの込める魔力に応じて、輝きながら金の残滓を噴出させ、電を纏っていく。
戦斧を握る手は、左手を前方に、右手を後方に――力と魔力を流し込み、視線は鋭く。


『――Sealing.』


フェイトは射撃するかのように、数本の魔力縄をジュエルシードへ伸ばす。
押し返されそうになる魔力の波に抗い、バルディッシュを握る力と、込める魔力を気持ちに乗せて――、


『Captured.』


――封印を終えると、バルディッシュから生えている一対の羽を消し、コアへとジュエルシードを格納させる。

それを見て、フェイトは安堵の息を吐く――安心したのは、思っていたよりも簡単、消耗の少なかった封印作業に対してだ。
ちらり、と溜まった熱を放出するバルディッシュを眺めながら、新たな封印魔法をインストールしてくれたジェイルへ、胸中で感謝の一言を。

未だ、覚醒には及ばず、半覚醒だった事も理由の一つに数えられるだろうが、それにしても拍子抜けと言っても過言ではなかった初めての封印。
そう、初めて――今まで、自分はジュエルシードに限って言うならば、封印を施した試しは一度もなかった。
それを見越しての事なのか、ジェイルがバルディッシュへと入れ込んだのは、元から或ったものよりも、更に効率的な封印術式。
詳細は聞いていない。と言うより、教えてくれなかったのだが。

ここまで、一切のジュエルシードの探索を中断した理由の全ては、母の命令――そして、ジェイルの提案だ。
作戦内容を告げられるまでは、正直不安で胸が一杯だったが、今となっては、成程、と思わず頷いてしまう。

そして自分は、その要。
自分――フェイト・テスタロッサは、作戦成功の鍵を握り、回す役目まで任されている。
自分が失敗すれば全ては水泡に帰す、と責任感を抱く反面、自分さえミスしなければ全て上手く、丸く収まる――全てが、終わる。
それが、堪らなく嬉しい事で或るのは、自分の高揚した感情と心持が証明してくれているのだろう。
母が頼ってくれている、ジェイルが自分を大事に思ってくれているのだ、と。

――誰にも、負ける気がしない。
そう、胸中で揺るぎ無い自信と自負を以って言い、フェイトは上空を見上げた


「――…………来た」


ビルの合間を縫うように飛翔しながら、近づいてくる白い点――それの姿が、徐々にはっきりしてくる。
その純な白を連想させる魔導師は、既に自分を敵と見なしているのか、速度を全く緩める事なく目視完全可能範囲まで来訪――地に足を下ろす。

握り締めるバルディッシュは常日頃より軽く、休息を充分に与えられた身体は今にも跳ね出すように。
フェイトは、そう感じながら、自分へと近づいてくる少女――高町なのはから投げ掛けられる視線を、真っ向から受けて返した。


「…………あなたに、聞きたい事が或るの。
教えてもらえるかな?」


声が届く程の距離に達した時、なのはは哀しみや悲しみを、憤りでさえ滲ませる色彩を、視線と問いに混ぜ込んでフェイトに向ける。
予想していなかった問答と、今から戦うとは思えない程悲しげななのはの様子に困惑するも、敵意の眼光を以って、フェイトは其れを返した。


「……何?」

「……さっき、少しだけ見えたんだけど……雷みたいな魔法、使ってたよね?」


何の事だろうか、とフェイトは思い当たる節を探し始める。
確かに自分の魔法は大抵、電気を孕む、とそこまで巡らせた所で得心が及んだ――さっき、とは封印魔法の事か、と。
拠って、フェイトは無言で頷き、肯定する。

予想通り、或る程度予感していた事だったのか、そっか、とそれだけ言いながら、なのはは一歩前へ。


「じゃあ、教えて?
変な笑い方で、紫色の髪の男の子を襲ったのは……あなた?
多分怪我してると思うんだけどそれも、あなた、なのかな?」


戦うのではなく、質問攻め。
少々拍子抜けに似た疑念を抱きながら、フェイトは思考を巡らせていく。
確かに、襲ったのか、と聞かれれば、襲った――怪我させたと聞かれれば、確かに、右腕等の損傷を増大させた。

フェイトは、先程と同じように、無言で頷き肯定。
これで問答は終わり、とそんな意味合いを込めながら、バルディッシュの切っ先をなのはへ向けた。

フェイトのそんな様子にも全くたじろぐ事なく、……そう、なんだ、と言いながら、再びなのはは一歩前へ。


「最後に一つだけ――ジェイル君は、何処?」

「……ジェイルは、今、私達の所に居る」

「…………そっか」


もう、全て聞き終わった。充分だ、と。
そう言わんばかりに、なのはは口を閉ざし、最後の一歩を踏み出す――同時に、レイジングハートの切っ先をフェイトへと。


「……お話しは、後で纏めて聞かせてもらうから」

「……聞けるのなら」

「聞くよ。
だって――、」


なのはは、着地の際に折りたたんでいたフライヤーフィンを大きく、力強く翻しながら、宙に浮かび、飛翔。
先に上空へと羽ばたいたなのはを確認すると、すぐさまフェイトも飛行魔法を行使し夜の空へと。


「――ジェイル君を……友達を怪我させられて――!」

『Divine――!』


段々と声色と怒気を強め、加増加速させながら、なのはが周囲に浮かばせるは三つの桜色魔力弾。
圧縮、収縮工程へと、あらん限りの力と感情を注ぎ込み――、


「――黙ってなんていられないんだからぁっ!」

『――Shooter!』


――レイジングハートを振り下ろした。
それに呼応し、桜色の魔力弾が円を描き、螺旋状に交差し合いながらフェイトへと殺到する。


「――バルディッシュ!」

『Scythe Form』


フェイトはその軌道を確認すると、宙空で黒の外套を翻しながら、バックステップするかのような挙動で後方へ。
それと同時に、バルディッシュを近接戦闘形態――サイズフォームへと移行させ、退避のベクトルを上方に変換、飛翔する。
回転しながら弧を描き、三つで一つと為った誘導射撃弾――追尾してくる弾丸を一瞥すると、バルディッシュへと魔力を注ぎ込む。

魔力投入が充分な域に達すると、可変し終えたバルディッシュから伸びる金色の魔力刃。
それをフェイトは確認すると、肩に鎌を担ぎながら、回避運動を已める。


『Arc――』

「――セイバー!」


裂帛の気合と共に、急停止に拠る制動慣性をバルディッシュを振り抜く速度へ変換させ、その場で横薙ぎに一閃。
三日月状のブーメランが、弾き出されるかのように鎌と言う名の鞘から放たれた。

やがて、一帯を明滅させながら、金色の回転刃と、桜色の螺旋に渦巻く射撃弾が接触。
衝突に拠る余波で、周囲の大気を震わせる二つの魔力――鬩ぎ合った刹那、打ち勝ったのは金色の刃。
それを確認すると、フェイトは空いている片手を翳し、刃へ次なる目標を指し示す。


「まだっ!」

『Divine――!』


やられたらやり返す、と杖を突きつける動作から覗かせるは強い意志。
レイジングハートの切っ先――その延長線上には迫り来る魔刃、そのさらに先にはフェイト。
狙いをつけ、現出させるは加速リング――込める魔力は膨れ上がる程に、


「撃ち抜いてっ!」

『――Buster!』


先端は例えるならば銃口。放たれるは極太の桜色砲撃。
それは射出点の周囲の空気を渦と化し、巻き込みながらうねりを上げて目標へと一直線に伸びていく。

感知した収束していく魔力――それを看破していたかのように、フェイトはすぐさま回避行動へと移行。
自分を挟むように両脇に立てられているビルの、その片方へ向けて一気に加速し、壁面激突直前で上方へと方向転換。
その直後、一筋、と言うより、一本の柱が先程フェイトの居た地点を蹂躙していく。
フェイトはそれを一瞥すると、ビルの窓が鳴らす振動音と風切り音を耳に覚えながら、壁を撫でるような軌道で上へ上へと駆け上がる。


(……強い)


自分に追い縋って来るなのはを横目で視野に入れながら、フェイトはタスクを展開させ思考を走らせ始めた。

相手は必死に追い駆けて来るものの、自分との距離は縮まっておらず、寧ろ、広がる一途を辿っている。
一、二合しか交わしていないが、分かる。恐らく、相手の土俵は射撃、砲撃魔法を主とするミドル・ロングレンジ。
その二つが証拠、とまでは言えないが、行使していた魔法の錬度から察するに、砲撃・射撃に特化している可能性は高い。

フェイトはなのはへの見解を決定付けると、ギアを切り替え、引き離すべく更に速度を上げた。しながら、思い浮かべるのはここ数日の日々の事。
この一週間と二日、休息を与えられ、その意図と意味、延長線上の目的を知らされたのは、つい二日前。
現在、戦闘中の相手――高町なのは及び、来るべき管理局との決戦に備える。
そして自分は作戦の中核、主戦力で或り、頼りにしているからこそ、充分に身体を休めて貰う必要が或った、と。

奔らせていた思考が終わりを迎えると同時、肌に感じる風のベクトルが向きを変える。フェイトが辿り着いたのは屋上。
眼下には、先程までの自分と同じように壁面に沿って飛行を続ける高町なのはが居る。
フェイトはそれを確認しながら、コンクリートの屋根に着地すると、一旦バックステップ。
バルディッシュを袈裟に構え、体重を片足に預けて腰を低く落とす。


(――……だから――、)


充分に休養を取り英気を養った為、軽やかに為った身体はまるで羽のように。
思い浮かべるのは、母の垣間見せてくれた微笑み。心の底から願った日々への兆し。
そして、母は今、自分に要を任せる程、期待し信頼してくれている――裏切れない、裏切らない。

だから――負ける訳には、いかない。


「――はぁぁぁぁっ!」

『Scythe Slash』


フェイトが見据え、睨みつけた先には、同じ高度まで達したなのはが。
そこへ向かって、フェイトは弾かれるように、踊るように疾走していった。




















金色と桜色の光が絡み合いながら瞬き、流れ星のように尾を引き、極彩の花を咲かせている夜空。
それを焦燥と不安の孕んだ視線で見上げながら、小柄な影――ユーノは、疾走していた。


「――く、くそっ!」


ユーノは、思わず唾を吐きたくなるような悪態を口にしながら、息切れし始めた呼吸を無視して地面を蹴る。
悪態の矛先は自分自身に向けて――なのはを制止出来なかった自分の失態に対して。
そして、この状況――、


「ほらほらぁっ!
ぼーっとしてんじゃないよ!」

「っ!」


――新手に襲われていると云う状況に対して。

罵倒するような声に反応し、顔を上げるユーノ。視界に侵入してきたのは、橙色の魔力弾。数は三つ。
くそっ、と舌打ちしながら、ユーノは地を蹴る方向を変え、回避行動へとすぐさま転換。
横っ飛びするような動作で、道路脇の軽自動車のボンネットへ飛び乗る。

ユーノの着地の衝撃で凹みはしなかったが、塗装が僅かに剥げるボンネット。
それを気に留める暇も無く、先程ユーノへと殺到していた魔力弾が地面へ衝突、炸裂弾のような砂礫が周囲一帯に襲い掛かった。
ユーノはすぐさま緑色のミッドチルダ式魔法陣を前面に展開し、雨霰となって横殴りに降り注ぐ石礫を防ぎに掛かる。


「そぉらっ!」


大小様々な石に紛れ、聞こえてきたのは襲撃者の声。
それと同時に、撒き上がった砂埃の中から、橙の毛並みをした狼がユーノへ飛び掛かる。


「ぐ、ぐぅぅぅぅっ!」


グリーンで描かれた防御魔法と狼の牙爪が衝突し、魔力の火花を散らして鬩ぎ合う。
思わず苦悶の声を洩らすユーノへと、襲撃者は口元を吊り上げながら更に押し込んでいく。


「は、話を聞いてってば!」

「はんっ!
話なら拳で聞くよ!」


障壁毎自分を食い破らんとするアルフを睨みつけながら横目でちらり、とユーノは上空へと視線を投げ掛ける。
そこに広がっていた光景は、なのはと広域結界を展開した張本人で或ろう魔導師との戦闘。

押しつ押されつの攻防――だが、疲労の色が濃いのはなのは。既に明らかな劣勢へと追い込まれ始めていた。
それに歯噛みしながら、自分が救援に向かわなければ、とユーノは焦りを胸中で洩らす。
が、それを許されないこの状況が更に苛立ちを加速させ、危機感でさえも連れて来てしまう。

ユーノは思考を巡らせタスクを展開するが、どうしても焦燥が先行してしまう為か、好手は全く浮かんできてはくれなかった。
好手の変わりに浮かんで来るのは、疑問其れのみ。

何故、魔法文明の存在しない第97管理外世界に自分達以外の魔導師が居るのか?
何故、襲撃されているのか?
何故――、


「――ジュエルシードを……何に使うつもりだ!」

「教えてやる義理はないね!」


ユーノが投げ掛けた問いに対し、アルフは体重と力を更に込めた一撃を返答として叩きつける。
加増していく力に限界を迎え始めたのか、ピシッ、とアルフの爪を中心にして障壁に亀裂が走っていく。
ユーノは背中に冷たい汗が伝うのを感じ取ると、それを振り払うかのように一旦身を屈めて、後方へと飛び退いた。


「甘いっ!」


ユーノがその場から一旦離脱したのを見て、アルフは嘲笑のような声を上げる。
最後の詰めとばかりに、もはや残り粕程にしか魔力を内包していない障壁に体当たり。
窓ガラスのように叩き割れたグリーンの壁――その破片が地面に落下するのも待たず、顎を開き、魔法陣を展開する。

数瞬後、アルフが放ったのは一つの魔力弾。
一つに凝縮した為か、密度も速度も先程の攻撃とは比べ物に為らない。
それは魔力光の色彩も相まり、さながら火炎弾のような様相を呈していた。

避けなければ、過ぎった危機感に逆らうなく、すぐさま回避行動に移ろうとするユーノ。
だったが、踏み切った場所が車のボンネット――高所だった為、未だ地に足が着いていない。
本来の力が戻っていない自分、拠って、飛行魔法が行使出来ない――選択肢は防御しか残されていなかった。


「くっ――、」


自身の失態を罵倒しながら、ユーノは再び緑色の防御障壁を展開。
視界を埋め尽くす橙の魔力と、グリーンの壁が衝突するのと同時、障壁と自分の体の向きを斜めに無理矢理傾ける。


「――ぁぐっ!?」


障壁上を滑らせて弾の軌道を上へとズラし、何とか直撃は免れたものの、受け流し切れなかった衝撃がユーノを斜め下へと弾き飛ばす。
地面の上を転がるようにバウンドしながら、苦悶の表情を伴って為すがまま吹き飛ばされていくユーノ。

最後に衝突したのは、ビルの壁。
磔にされたような格好で暫くそこで制止すると、地面に落下し、漸く動きを已めた。


「ぅっ……」


ユーノは衝撃と痛みでままならない呼吸を、意識で何とか繋ぎ止めながら、瞼を上げる。
ぼやける焦点、揺れる視界の中で見えたのは、獣の足。次いで、地を強く踏み締めるような足音。


「……暫くそうやって大人しくしてな。
あっちももうすぐ終わるからさ」


ユーノがこれ以上動けないのを確認すると、言いながらアルフは上空を見上げた。

そこに居るであろうなのはを思い浮かべながら、体に鞭打ちながらアルフの視線の先を負うユーノ。
だが、それ以上、自分の体は言う事を聞いてくれなかった。





















『Photon Lancer
 get set.――、』


バチッバチッ、と空気を弾きながら、電気を纏った粒子が収束していく。
球体だった魔力弾は、圧縮、研ぎ澄まされる毎に形状を変え、遂には鋭利な切っ先を持つ槍へと変貌した。
次いで、穂先の後部から金色の残滓を噴出させ――、


「――ファイアッ!」


――フェイトがバルディッシュを振り抜くと同時、射出される。
一、二、三、四、と断続的に次々と打ち出される魔槍は合計四つ。


「はぁっ……はぁっ……!
まだ、まだなんだからぁっ!」


投擲されるように発射された魔力の槍に対して、なのはが取った行動は回避其れ一択。
息切れで上下する肩を気持ちで抑え込みながら、すぐさまビルの壁面に沿って降下を開始した。
自分の飛行軌道をなぞるようにコンクリートの壁に突き刺さっていく攻撃を見ながら、下へ下へと。

地面スレスレまで降り立つと、重力と慣性に抗い、逆らいながら再び飛翔。
相手が先程まで居た場所から遠ざかるように。
それを念頭に置きながら――、


「――そこっ!」

「っ!?」


――飛び退いた筈が、いつの間にか進行上に相手の姿が。
なのはが驚愕の声を上げるのと同時、フェイトは肩に担いでいたバルディッシュを振り被る。


『protection.』

「あうっ!」


振り下ろされた切っ先が接触する間際、主を守らんと防御シールドを展開するレイジングハート。
寸手の所で展開の間に合った桜色シールドへと、金色の刃が突き立てられ、眩いばかりの火花が狭間で撒き散らされる。

頼りになる相棒へ、ありがとう、と礼を言いたいのは山々だったが、その余裕も今のなのはには残っていない。
悲鳴を上げたいと弱音を吐く口を抑え込み、打開策を求めて思考を奔らせるが、余力の少なくなった自分の状態が次々に霧散させていってしまう。


(つ、強くて……速いっ!)


どうすれば、となのはは脳裏を逡巡で埋め尽くしていく。
眼前には、早くもシールドを貫き始めた切っ先――それが余計に思考を焦らせていく。

自分のスタイルは射撃・砲撃を主とするミドル・ロングレンジ。と言うより、それしか出来ない。
行使出来るのもそれに特化した魔法のみ。そして、それが目の前の相手には通用してくれない。

射撃魔法を放てば、弾き落とされるか掃われるのかのどちらか。砲撃魔法を放てば、発射段階で既に回避行動に移られてしまう。
しかも、速度が半端じゃない為、とても追い切れない。到底追いつけない。

極めつけは、自分の不得手な接近戦に持ち込まれるのを止められない事。
倒すどころか防御だけで手一杯。防戦一方を覆せない。

負けられない――なのに、勝つ為の手段が浮かんでくれない。
助け出さなければ――なのに、助け出す術が何処にも見つからない。

兎に角、距離を取らなければ勝負にもならない――諦める事なんて、以ての外だ。
友達を助け出せないまま――諦める事なんて、絶対に出来ない。

でも、どうすれば――、


「……えっ」


――そう考えた矢先、鬩ぎ合っていたシールドから刃が引き抜かれる。
その先を見やれば、金色の髪を靡かせながら、上体を捻り、背中を向けている相手が――、


「っ!」


――訳が分からなかったが、これは兎に角好機、そう悟りなのははすぐさまバックステップ。
着地する間際、フライヤーフィンを再展開し飛行体制へと移行し始める。


『――master!』


レイジングハートの声、悲鳴にも似たそれを耳に覚えた時、視界に映ったのは相変わらず相手が背を向けている姿――それが、やけに近かった
自分は飛び退いた筈。けれども、遠ざかっている筈の距離が、見る見る内に縮んで来ている。

背中を向けながら、なのはへと肉薄するフェイト――直後、向けていた背中を元の体制へ翻した。
握り締めているのは、引き抜きながら柄を回し、切っ先を逆に返したバルディッシュ。
それを、掬い上げるように、浮かび掛けていたなのはの下へ、潜り込ませる。


――……ごめん。


その言葉と共に――鎌を上へと振り抜いた。


(…………あ)


スローモーションに為った周囲の光景と奇妙な浮遊感。
気のせいか、色彩がいつもよりも鈍く感じてしまう。

……何が起こったのだろうか?
けれどそれを確かめようとしても、意志に反して体は指先一つ動いてはくれなかった。
言う事を聞かない体――脳裏を過ぎったのは、短かったが楽しかった日々と、自分達三人の姿。

そこから、悟れた――自分は負けたのだ、と。


(……ジェイル君……ユーノ君……――、)


――……ごめんね。


その言葉を最後に――なのはの意識は、刈り取られた。







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