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No.15932の一覧
[0] 時をかけるドクター[梅干しコーヒー](2010/06/21 22:13)
[1] 第1話 アンリミテッド・デザイア[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:29)
[2] 第2話 素晴らしき新世界[梅干しコーヒー](2010/01/31 01:37)
[3] 第3話 少女に契約を、夜に翼を[梅干しコーヒー](2010/02/01 22:52)
[4] 第4話 不屈の魔導師と狂気の科学者[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:01)
[5] 第5話 生じるズレ――合成魔獣キマイラ[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[6] 第6話 生じる歪み――亀裂、逡巡――純[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[7] 第7話 生じる答え――矛盾邂逅[梅干しコーヒー](2010/03/03 17:59)
[8] 第8話 歪曲した未来――無知と誤解[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:10)
[9] 第9話 歪曲した明日――迷い蜘蛛、暮れる夜天[梅干しコーヒー](2010/03/18 00:02)
[10] 第10話 歪曲した人為――善悪の天秤[梅干しコーヒー](2010/03/20 23:03)
[12] 第10・5話 幕間 開戦前夜――狂々くるくる空回り[梅干しコーヒー](2010/03/25 20:26)
[13] 第11話 始まる終結――擦違いの戦場へ[梅干しコーヒー](2010/03/29 05:50)
[14] 第12話 始まる集結――蠢く夜の巣へ[梅干しコーヒー](2010/04/02 22:42)
[15] 第13話 始まる終決――時の庭園へ[梅干しコーヒー](2010/04/08 21:47)
[16] 第14話 絡み合う糸――交錯の中心座[梅干しコーヒー](2010/06/16 22:28)
[17] 第15話 空見合うカンタービレ――過去と未来のプレリュード[梅干しコーヒー](2010/06/21 23:13)
[18] 第16話 空見合い雨音――歩くような早さで。始まりの終わりへ[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:34)
[19] 第17話 変わる未来[梅干しコーヒー](2011/05/02 00:20)
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[15932] 第10・5話 幕間 開戦前夜――狂々くるくる空回り
Name: 梅干しコーヒー◆8b2f2121 ID:af37fdb2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/25 20:26





ガロロ、と獣の咆哮のようなエンジン音を轟かせながら、道無き道を進み続ける一台の車。
確かに車には分類はされるが、それは一般的な普通車ではなく、所謂、バギーと呼ばれるオフロードカーだった。
運転席には濃紫の髪を携えた少年――ジェイルが、助手席には金色の髪を棚引かせている少女――フェイトが、それぞれ座っていた。
尤も、ジェイルは運転席に座ってこそいるが、実際の運転は全てAI任せにしている。

この日の為だけに用意したとも言える黒塗りの眼鏡――サングラスを指で軽く持ち上げると、ジェイルは遥か上空――春の空を見上げ始めた。
陽光が眩しい、ではなく、眩しいのが陽光、と――そう前後を入れ替えたくなるような、淡い橙色の光彩が雨のように降り注いでいる。
直視すれば目が眩む――目を射る、とでも言い換えれば、綺麗に嵌ってくれるかもしれない。

しかし、それでも尚包み込むような暖かみを孕むのは、生命が謳歌を開始する季節――春故にだろうか、と。
ジェイルは胸中でそう呟きながら、抱いた率直な感想を口笛に乗せ歌い上げる。

そんなジェイルの様子を横目で伺っていた少女――フェイトは風でそよぐ金髪を片手で抑えながら、安堵の連接された思惟を巡らせていた。

一週間前、ジェイルは何者かに襲撃され、重症を負った――庭園に担ぎ込んだのは、自分とアルフだ。
未だ癒えきれていない――頭部に巻かれた痛々しい包帯が、それを誇張させる。
見えないが、服の下も雁字搦めに固定してあるのだろう。
右腕は――その……ごめんなさい、とそれの一旦を少なからず担ってしまっていた為、フェイトは内心で申し訳なさそうに頭を垂れてしまっていた。


(…………うん。
きちんと謝らなきゃ)


強奪者から協力者へ――180度切り替わったジェイルの立ち位置に当初こそ戸惑いこそしたが、今は随分落ち着いてきている。
いや、正直に言えば、既に慣れていた――母から協力者だと聞かされ、見方を変えて数日経ってみれば庭園に少年が居る事に違和感は無かった。

ならば、謝罪出来なかったのは何故か?――理由は、顔を合わせる度に、何時も喧嘩を始める使い魔と少年だった。
だが、理由とは言っても、その所為にするつもりは毛頭無い――結局、詰る所自分の力不足なのだから、と。

結論だけ言えば、諌める事に傾斜し過ぎて気が回らなかった――元々、人付き合いの少ない自分にとってそれは、中々荷が勝ち過ぎた。
少ない、とそう言えるのは、苦とは感じなかったからだろう――案外、子供の面倒を見る、等は自分に合っているのかもしれない、と。

……横道に逸れはしたが、兎に角、謝らなければ。
そこまで思惟を巡らせると、前々から決めていた結論を前面に押し出すフェイト――そう考えてみれば案外、今の状況は何とも都合が良いだろう。
アルフが突っ掛かり、ジェイルが茶化すのが喧嘩の発端――アルフは現在、有事の際に備えて待機中――時の庭園でお留守番中だ。
うん、と自分自身に相槌を打ち、フェイトは口を開こうとする――が、


(――……あ、あれ?
流されるままに為ってたけど……。
何で――、)


――山に居るんだろう?、と。
フェイトは些か首を傾げながら、周囲の風景を再確認するが、やはり何処からどうみてもマウンテンだった。


「あの、ジェイル?
ここって……山、だよね?」

「ああ、山だよ。
それともフェイト君には、それ以外のものに見えるのかな?」

「いや、そうじゃないんだけど……コレ、何しに行くの?
護衛しなさい――そう言われたから、私のやる事は分かってるんだけど……」


行き先は聞かされていなかった――母に、自分一人でジェイルの護衛に付きなさい、と命じられ、すぐさま出掛ける事と相成ったからだ。
確かに、聞かなかった自分が悪いのは悪いのだが、さすがに車で林道を走り出すとは思っていなかった、と。
今更だが、疑問を抱き始めるフェイト――バギーのタイヤが巻き上げる土埃には、掌サイズの石も混じり始めている。


「ふむ……目的は二つだね。
一つ目は、君との親交、親睦を深めたかった。
二つ目は――、」

『――……ドクター、休憩しない?』

「――ふむ、却下だ。
黙って運転したまえ」


何処からともなく齎された声――ジェイルはそれを聞くと、まぁ、こいつの特訓だよ、と。
そう言いながら、運転席のハンドル部分に嵌っている金色のリングを小突き始める。
痛っ、痛っ、と泣き声とも取れるそれを聞くと、ジェイルは悪戯を思いついた子供のように口元をニヤつかせ、さらにつつく度合いを早めていく。

仲悪いのだろうか?、とフェイトは思いながら、諌めるべきか否かを逡巡し始める。
しかし、子供同士が戯れついている、とも感じられる事が念頭に浮上してくる為、これはこれでいいのかもしれない、と。
同じく金色で彩られた自分のデバイスを一瞥しながら、内心でそうフェイトは呟いていた――少し、羨ましい、と付け加えながら。

自分のデバイス――バルディッシュは無口だ。
基本的に必要最低限の事しか口にしない――寡黙で忠実、デバイスの鏡と言われればそれはそれで間違いないだろう。
居なくなってしまった大切な家族――リニスの残した数少ない思い出の一つで或り、それを抜きにしても代え難いパートナーと為っている。

だからこそ、だろうか――少し、羨ましい。
尤も、そう思うのは、別に今の自分とデバイスの関係に不満が或る訳では決してない。
只、少年とそのデバイスの遣り取りを眺めていると、バルディッシュと少し日常的な、他愛無い会話を交えるのもいいかもしれない、と。

フェイトがそんな思惟を巡らせ終え、漸くデバイス弄りを已めようとジェイルが腰掛に体重を預ける――そういえば、とフェイトは疑問を口にした。


「――……特訓って?」

「文字通りだよ、フェイト君――まぁ、疑問は尤もだ。
本来、この場合の特訓と言えば、マスターを交えたコンビネーションの向上等を指すからね。
私のデバイス――コガネマルはそれとはまた異質なのだよ。
……ふむ、勿体振るのはそろそろ已めにしようか。
取り合えず、車に分類される機械の持つ機構を学習させている最中――それが特訓だよ」

「……えっと、インストールすればそれでいいんじゃないの?」

「言っただろう? 異質、と。
折角なので全力を以って創造した所、中々どうして手間暇掛かる代物に為ってしまってね。
まぁ、今の段階で言えるのはここまでだよ。楽しみにしていてくれたまえ」

『たまえー』


ジェイルの言葉に続き、無邪気な声を揚げるコガネマル。
取り合えず、フェイトに少年の言っている事は殆ど理解が及ばなかったが、一つだけ。


「車って、運転するの免許要るんじゃ……?
ジェイル、持ってるの?」

「持つわけがないだろう。
それに運転しているのはコガネマルだよ」

『そうだぞー。
ねぇドクター、持ってなかったらどうなるの?』

「何、少々敵が増えるだけさ」

『そうなのかー』


それでいいのだろうか、等そんな事を考えながら、視線を上空へと傾けるフェイト。
春の空は相変わらず、眩しすぎるくらい快晴だった。




















【第10・5話 幕間 開戦前夜――狂々くるくる空回り】




















せせらぎが聞こえる――それだけで、付近を流れる川が清流だ、と思わず感じてしまう程、穏やかな音色が浸透していく。
水音だけではなく、ちゅんちゅん、と小鳥の囀りも耳に覚える――まるで、山全体が奏でているような、そんな錯覚を想起してしまうかもしれない。
その一画、川のほとりには、一台のオフロードバギーが停車していた。


(――くくっ……)


ちらり、と――いや、或る一点を凝視しながら、少年――ジェイルが胸中で洩らすのは歪んだ笑み。
熱視線の先には、金色の髪を揺らしながら作業に没頭している少女――フェイトの後姿が或った。


(嗚呼……こうまで上手く事が運ぶとは。
これはプレシア君に手土産でも持ち帰った方がいいかもしれないね……くくっ)


自分の言う通り小枝を集め終わり、今まさに火を起す作業へと移ろうとしているフェイト。
ジェイルはそれを眺めながら、つい数時間前の取引――プレシアと行った交渉を思い出し、嗤う。

既にプレシアとの願いの欠片を巡る取引は半分――六つまで終えている。とは言っても内約だが。
あらゆる金、デバイスパーツ等の譲渡――これは大した問題もなく交渉を終えた――アルハザードへ辿り着ければそれでいい、と。
その他諸々――自分の護衛、フェイト及びアルフを対象とした命令権の許可等。これで取り合えずは五つまで。
内約で済ませ、実物を渡していないのは、単純にまだ取り出す訳にはいかない為――そして、プレシアの暴走防止の為だ。

仮面の男に襲われる前――八神はやての家に向かう前、既に十二のジョーカーは回収し終えている。
右腕に埋め込んでこそいるが、発動する事は無い――自分を過去へと遡らせ、幼年体へと退化させた事が相まり、殆ど力を使い切っている為だ。
故に、まだ摘出し、渡すわけにはいかない――その問題をいずれクリアする為、コガネマルに特別機関を装備させる予定も打ち立てている。

内約六つの内、五つはこれで終わり――残り一つは、ここへフェイトを連れて来る許しを得る為、強制的にだが押し付けてきた。
つまり、キャンプ――二人で一拍二日への遊びへと向かう許可だ。
アルフは有事に備え待機、とフェイト経由でプレシアに頼み込み、連れて来ていない。
その理由の一つは――、

(――くくっ……。
この状況ならば……間違いなく楔の第一段階――依存への一里塚を築けるね)


フェイト・テスタロッサはどこから如何診断しても依存症に陥っているのは間違いない――矛先はプレシア・テスタロッサ――母。
恐らく、数ある依存症の中でも、依存性人格障害――並はずれて従順で、非常に受け身的で或る特徴が合致する。それで間違いないだろう。

依存性人格障害によく付随している要素として、周囲から励ましや元気付けが必要、等が或る。
そして、あろう事かフェイトはそれを自分で全て完結させている――母の為なら、悪いのは自分だ、自分が頑張らなければ、と。

そして、そこへ自分――ジェイルが入り込み、制御。
自分を見てくれる、助けてくれる、頼りになる――このキャンプもその第一段階構築の為。
最後の要素、鍵はPT事件終了の際――フェイトがプレシアと乖離した時、完成する。


(……ふむ、発動させてしまいたいが……。
いやはや、我慢、とは中々辛いものだね)


プレシアと引き裂かれた時、完成するで或ろう依存の鍵――だが、それを鍵穴に入れ、回すのは、全てが終わってからだ。
つまり、もう一人の自分を倒させ、自分が求める強さを彼女が手に入れた時――その時の為の、布石。
また、余り依存レベルが高すぎれば、自分に頼りすぎる可能性が懸念される――強さを手に入れようとしなくなる可能性が或るのも理由の一つだ。

旅の終りと同時に、求める強さ毎、フェイトを手に入れる為の下準備――この段階では設置しておくだけで我慢しておかなければならない。
故に、徐々に、時計の針が進む毎に、傷口へ薬剤を染み込ませるように、依存への理由と経緯を、構築していく事が求められる、と。


「――……あ、あれ?」


フェイトへの熱視線と、熱思索を繰り広げていたジェイルに聞こえてきたのは、フェイトの戸惑うような声。
それを……待っていたぁ!、と自分の作戦が上手く嵌った事に興奮しながら、片手間片手で行っていたテント張りを中断し、立ち上がる。

自分が命じた作業分担内容――ジェイルはテント張り、フェイトはご飯の調理等を行う為の火の確保。
そして、火の起こし方は、教えている――だが、教えただけで出来る程、それは容易な作業ではない。

予想通りと言うべきか、フェイトは木板と手渡した紙を間に挟み、木の棒を一心不乱に押し付け、廻していた。
だが、点火までは至っていない――それはそうだろう――この周囲に転がっていた木片が僅かに湿っていたのは確認済み。

計画通り――よし、と愉快げに口元を歪めながら、ジェイルはフェイトに近寄っていく。
ジェイルの左手には、全く湿っていない木片と真新しい紙――実に些事だが、尊敬の眼差しを向けられるのは間違いないだろう、と。

大事を為すには小事を積み重ねなければならない。
そう最後に付け加え、自分が点火した際に同じく点火するであろう依存への足掛け――質疑応答へと思考を巡らす――が、


「――バルディッシュ」

『yes,sir.』

「――な、何ぃ!?」


フェイトは実にあっさりと、ジェイルの意思と予測を尻目に、バリアジャケットへ移行――雷魔法を行使、点火する。
その手があったか、と驚愕と落胆の色を隠せないジェイルだったが、そういえば、と。
足りない小枝を掻き集め、林から出て来た際、何故かバルディッシュ片手だったフェイト。
それを思い出し、認識が甘かったと歯噛みしてしまう――アレは、態々伐採してきたのか、と。


「うん。点いたね」

「…………ああ、点いてしまったね」


……嫌な予感がする。
フェイトの満足げな声を耳に覚えながら、ジェイルはそう、呆けていた。






















水面に接している部分には藻が繁茂し、周囲の石と比べると少々大きめの石――岩石と言っても差し支えない場所にフェイトが腰掛けている。
握っているのは棒――所謂、釣竿だ。しかし、ピクりとも動かず、微動だにしていない。
遠巻きにそれを眺めながら、ジェイルはくぐもった嗤いを洩らしていた――今度こそ、と。


(――くくっ、万事抜かりない。
今度は生命体が相手だ――先程のようにはいかないよ? フェイト君)


次に自分が命じた役割分担――ジェイルは調理器具の整理及び準備、フェイトは食材の確保。
つまり、釣り――玄人でも時折無成果を余儀なくされるそれは、勿論の事フェイトに簡単にこなせる筈はない。

そして今の自分には――、


「――コガネマル、準備は?」

『おーけー。
ばっちこい、さぁとっ捕まえるぞー』

「その意気だ」


――生命操作技術とデバイス作成技術の粋を掻き集めたしもべ――コガネマルが、居る。
未だ戦闘形態こそ確定、構築していないが、二つの待機状態――金の指輪及び掌サイズの蜘蛛形態は既に創造してある。
そして、蜘蛛形態は本来の体躯――3cmにも届かないバージョンも入れ込み済み――水陸両用で或る事も抜かり無い。

持って来た二本の釣竿の内、一本はフェイトが、二本目は現在ジェイルが握っている。
ジェイルが握っている竿――その先端から伸びている餌部分には、小型蜘蛛スタンバイ状態のコガネマルがくっ付いていた。
所謂、ルアーフィッシング――尤も、コガネマルを水中で魚に噛み付かせ、一本釣りするだけだが。


「――……釣れないなぁ。
何でだろう?」


その声を皮切りに、ジェイルはフェイトに近寄っていく――ここで、自分がいとも簡単に釣り上げれば、尊敬の眼差しを向けられるに違いない、と。
くくっ、とその後繰り広げられるであろう応答へと思索を巡らせるジェイル――だったが、


「――バルディッシュ」

『yes,sir.』

「…………む?」


釣竿を置き、漆黒の戦斧を片手に、座っていた場所から降りるフェイト――降り立つと、バルディッシュを水面へ。
まさか、とジェイルが頬をひくつかせるのと同時――、


「てぃっ」

「――ば、馬鹿なっ!?」


――水中を一瞬で駆け巡っていく、目視出来る程の電流。
ぷかー、と一拍置いて水面へと浮かんでくるのは、大小様々な川魚――フェイトは満足げにそれを確認すると、飛行しながらそれを回収していく。


『……ドクター』

「……言わなくて良い」

「うん。大漁だ」

「…………ああ、大量だね」


明らかに二人で食し切れない程の魚を次々と岸へと陸揚げしていくフェイトを見ながら、ジェイルは呆ける――そういえば、と。
可愛らしい容姿に反し、勘違いで自分を襲撃した事といい、かなりの過激少女で或るのを忘れていた。そう、肩を落としていた。





















傾き終えた陽――太陽が月へと摩り替わり、僅かな光が照らし、見下ろす中、焚火を挟んでフェイトとジェイルが夕飯を食していた。
コックではなく、ドクターで或るジェイルでも簡単に出来る料理――川魚の塩焼きを啄ばむ二人。


(――何故だ……何故上手くいかない……っ!!
私の計画は完璧だった筈だ……っ!!
予想外、予定外だったのは……フェイト君の――、)


あまりの無垢さ故か、と――それに付随するように、純粋さ、純朴さが邪魔をし、釣りの後も悉く砕かれた自分の目論見。
用意しておいたスク水――所謂、スクール水着を差し出せば「今のバリアジャケットで大丈夫だよ」で一蹴。
野鳥観察を提案すれば、野鳥自体を捕獲してくる始末――ジェイルの心中は、どういうことなの? 、の一言で埋め尽くされていた。

次いで云えば、ジェイルの望んでいた、想定していた展開としては、情緒を孕んだ休息――それが、念頭に置かれていた。
キャンプを、キャンプとして楽しむ、とでも云えば良いだろうか――魔法類の道具等、コガネマルとバギー以外に持って来ていない。
その為に、魔法に比べ利便性の低い道具類を用意したのだが、どうやらフェイトにとっては大して違いは無かったらしい。

今日一日を振り返ってみれば、情緒もへったくれもない、只のサバイバルと化してしまっている――こんな筈では、と。
ジェイルは胸中で頬をひくつかせ、笑う――色に、ほんの少しだけ哀愁が混ざっているのは、疲れているからだろうか。


「うん、美味しい。
……母さんとアルフも連れて来たかったな」

「そうだね……大魔導師と犬だね……略して犬魔導師だね……」

「……どうしたの? 何か疲れてるみたいだけど」

「……いや、気にしないでくれたまえ。
珍しく予想外が祟って、どうすればいいのか迷走中なだけだよ」

「えっと……頑張って?」

「……ああ。
正直、いっその事洗脳してしまおうかと過ぎってしまったが……まぁ、頑張るさ」

「?」


不思議そうに首を傾げるフェイト――ジェイルはそれを見やると、自然と溜息を洩らしていた――手強すぎる、と。
このままでは、何の成果も挙げられずに今日と云う日を終えてしまう――だが、そう焦燥しても何も良い手が浮かぶ事はなかった。
ジェイルは半ばやけくそに為りながら、手に持った木の棒――そこに突き刺された川魚を口に運び、がっつき始める。


(…………そういえば――、)


――どういう関係なんだろう、と。
自分が先程言った言葉――母と、使い魔を連れてきたかった、それから連想した疑問をフェイトは抱き始める。
ジェイルの何やら疲弊している様子を眺めながら、フェイトは逡巡――その先には、母が居る。

目の前の少年――ジェイルと、母――プレシア。
仲が良いとは違うかもしれないが、何やら親しげなのは間違いないだろう。
何を話しているかは分からないが、頻繁に二人っきりで部屋に閉じこもる――チクり、と締め付けられるような、刺されるような――痛み。

母は――変わった。ジェイルが協力者と為ってから――時の庭園に住まうようになってから。
それは肌身で感じられる――自分を躾ける事が全く無くなったからだ。
そして――時折、労う――「休んでなさい」、と。

嬉しくて、嬉しくてしょうがない――そう感じて、そう思う。
またいつか、あの時のように――花畑での微笑みを見せてくれる――笑ってくれるのではないか、と。
思うのだが、想うのだが――何処か、何故か、納得出来ない――チクり、とまた、痛んだ。

何故――今まで、そんな事はなかったのに。
何故――今まで、躾けを已めた事はなかったのに。
何故――今まで、ジュエルシードの探索を中断する事なんて、無かったのに。





何故――ジェイルが来てから――、





「――あの……」


――そんな思考の行き止まりに差し掛かった時、勝手に開いてしまう口――痛みはまだ、収まってはくれない。


「……何だい?
……む? 何やら顔色が優れないが――」

「――母さんと……母さんとジェイルは……どういう関係なの?
……仲、良いよね? どうして?」


怪訝そうにフェイトを覗き込むジェイルを無視し、フェイトは被せるように言葉を続けた。
知りたいのは、それだ――娘で或る自分がどう頑張っても、何も変えられなかった母――それを、僅か数日で変えた少年。
自分が出来なかった――したかった事を、いとも簡単にやりのけた――やりのけてしまったジェイル。
何か或るのは疑いようがない――それを、知りたかった。


(どう、答えるべきかな……。
中々難しい質問をしてくれるね)


ジェイルにとって、その問いに答えるのは簡単だが、それに拠る影響が巨大過ぎる――嘘は、吐きたくない、吐かないのだから。
嘗て、プレシアが夢を託したプロジェクトF――それの基礎理論を構築したジェイル――間柄、と問われれば、その程度だ。
もしも、それをそのまま話してしまえば、プロジェクトFの事を知ろうとする可能性が或る――今のフェイトの表情、必死さから察するにそれは、高い。

何か上手い言い様はないか、と言葉を模索し始めるジェイル――……簡易的だが、これで良いだろう、と。
浮かんだ返答へ自分で相槌を打ちながら、ジェイルは口を開いた。


「――ふむ、君の母――プレシア君が、嘗て高名な研究者、科学者として名を馳せていたのは知っているかな?」

「うん、少しだけど……リニスから、聞いたことはあるよ」

「リニス?」

「母さんの使い魔――……今は、居ないけど、私に魔法を教えてくれたのも、バルディッシュを作ったのも、リニスだよ」

「ほう……それは実に興味がそそられるね――おっと、悪いね。横道に逸れてしまった。
私とプレシア君の間柄、何故仲が良いのか、だったね?」

「う、うん。
聞かせてもらえる?」

「簡単に言うのなら――互いに研究者故に、だよ。
取り合えず、仲が良い――それは、否定しておこう。そう見えるだけだよ。
……ふむ、これだけでは分からないか。
君にも分かるように説明するのならば、私もプレシア君も似た様な研究を追い求めていた時期が或ってね――因みに、私はまだ探求中だ。
まぁ、その縁で、今に至ると言う訳だよ。
この関係に名称を付随させるのならば、利害関係、と云った所かな」

「……知り合いだったの?」

「いや、交わる事はなかったからね。知り合いではないさ。
只、互いの存在を知っていただけだ。
実際に会ったのはついこの間――君と使い魔に連れられ、邂逅したのが初対面だよ。
いやはや、それも昨日の事のように感じてしまうね。懐かしい。
あの時、私は、実に安堵したものだよ――想像通り、考えていた通りに[ 哂う ]女性だと、ね。
あれでこそ、私の協力者に相応しい」

「――…………え?」


口を開けたまま、ジェイルを見たまま持っていた食事を落とし、固まるフェイト――目が、瞳が色を失くしていく。
パチ、パチ、と燃える焚火がやけに木霊するが、それすらもフェイトには聞こえない――聞こえる、反響するのは、少年が口にした[ 笑う ]の一言。
突然の豹変振りに、怪訝そうに身を乗り出すジェイル――フェイトの瞳には、それも既に映っていない。

暫くの間呆然とするも、気を振り絞りながら、フェイトは再び言葉を紡いだ。


「……笑っ、た?
……本当に?」

「あ、ああ。
実に良い顔で[ 哂って ]……どうしたんだい?
本当に顔色が悪いよ?」

「えっと……その……母さんは……[ 笑った ]の?」

「それはもう見事に破顔していたが……それがどうし――」

「――――」


立ち上がり、ジェイルに背を向けるフェイト――それ以上、聞きたくない、と。
そう言わんばかりに少年に背中を向けたまま、歩き出す。


「フェ、フェイト君……?」

「……少し、一人にしてください。
この周囲に魔力反応はないので、私が居なくても大丈夫だと思います」

「まっ――」

「――明日の朝には、戻ります。
……バルディッシュ」

『……yes,sir』


左手を伸ばし、引き留めようとするジェイル――それを無視し、フェイトはバリアジャケットを装着、夜の空へと飛び立っていく。
二の句を告げる前に、口を開く前に、遠ざかっていく後姿――遂には、夜の闇に溶け、見えなくなってしまう。
伸ばした左手が、行き場を失い、彷徨う――それを霧消に虚しく感じながら、ジェイルは肩を落とした。


「――……何が……拙かった……」


料理か?、と楽観的に考えてみるものの、それは明らかに違うのは分かり切っていたので、ジェイルは手に持っていたそれ毎、放り投げる。
未だに燃え続けている焚火――舞う赤い残滓を眺めながら、ジェイルはその場に頭を抱えて座り込んだ――悲しんでいたのか?、と。
フェイトの垣間見せた表情を思い返してみる――だが、何が原因でこうなったのかは、全く理解の範疇が及ばない。


『ドクター、これ、地雷踏んだって言うんだよね?』

「……五月蝿いよ、コガネマル」


悪態を混じらせながら、コガネマルへと唾棄するように八つ当たり――こんな筈では、とジェイルは空虚感を漂わせ、溜息を吐いた。
思い返せば、今日における何もかもが上手く運んだ試しがない―― 一つだけ挙げるとすれば、アルフを置き去りに出来た事くらいだろうか。
何をしても堪えないと云う意の堅牢、ではなく、全てのらりくらりで躱されていた――空回りとは、まさにこの事だろう、と。


「泣いて、いたのかも……しれないね」


好印象を与えるどころか、悪印象だろう――それ程、悲しげだった。
儚い――吹けば飛びそうなだと感じてしまうくらいに、飛び立つ間際には瞳から色が失われていた。
正直、依存の一里塚を踏み出すどころか踏み外して転落までしてしまっている。
このままでは、プレシアとフェイトが乖離した際の鍵を手に入れる等、夢物語以外の何物でもない。

嘗ての自分ならば、何とかする術を、知り得ていたのだろうか?
途切れ途切れの記憶――時間逆行に拠る弊害の所為にするのは、あてつけだろうか――まぁ、あてつけだろうね、と。
この状況を打破出来る術を、知っていたのかもしれない――[ 知っていたかも ]――そう、考えた時だった。


「――嗚呼、そうか。
知っていたかも……ではなく、知らないのか、私は――、」


――友の作り方を、知らないのか。


構築した事の或る関係と云えば、利害関係を寄る辺とする対人関係のみ。
娘達は例外だ――そう為るように、仕向けたと言っても過言ではないのだから。

フェイトとってジェイルは友達――ジェイルにとってフェイトは他ならぬ観察、実験対象。
偽りの友――それが、自分がフェイトに対して構築しようとしていた対人関係。
プレシア――母と云う依存先を、ジェイル――偽りの友と云う矛先へと摺り返る為の、自分の望む立ち位置。

この状況、フェイトが去った状況に拠り齎された興奮の沈静――落ち着いて考えてみれば、それが不可能な事だと、気づかされてしまう。
本物の友を作った事の無い自分に、偽りの友を演じる事が出来る筈もない――偽者は、本物が或るから偽物と呼ばれるのだから。


(この場合……はやて君ならば、どうするのだろうね?)


自分が本物の友と為ろうと願い、誓った少女――八神、はやて。
そこに何か答えが或るのではないか、とジェイルは思惟の先に車椅子の少女を座させ、タスクを展開させる。

自分が八神はやてを友と認め、そう為ると誓った理由と経緯――嘗て、正義を以って自分を地に堕としたから――違う。
それだけの要素を思考に混ぜ込んだ所で、自分は只の観察者としか為っていない筈だ。

偽善の仮面を着けた男に、その存在を犯されているから――違う。
それだけならばあの時、自分が誓うと考えられるのは、巫山戯るな――殺してやる、と。
狂おしい殺害衝動を言葉に乗せるだけだった筈だ。


(……待っている、か)


友、とそう思い、誓った理由は過ぎった言葉――待っている、と。
儚く、願うような言霊――あの時、真っ先に自分が浮かべたのは、往くよ、と云う肯定の言葉だった。
憤慨していた、キレていたのも理由かもしれないが、今思い返してみても、友と宣言した事に嘘偽りも、否定する気も皆無だ。
誓いとは、違えない、破らないが故に、誓いなのだから。


「……待って、みようか……」


明日の朝には戻る――フェイトは、そう言っていた――違えるような事は先ずないだろう。
待つ――しかし、只座して待つだけでは、恐らく何も好転しない――あの目、あの感情の発露は、只それだけで動く程軽薄なモノとは到底思えない。

どうしたものか、とそう考えながら、思考と足を彷徨わせ、右往左往し始めるジェイル。
暫くそうして、思考も歩みも堂々巡りに陥っていた時、ふと、目に映ったのは、一台の車――オフロードバギー。
第二の移動手段の為、コガネマルのAI成長及び学習の為に作成したそれが、意識と興味を惹いた。

一度、行き詰った思考を振り払った方がいいのかもしれない――取り合えず、一心不乱に走ってみようか、と。
そう考え至り、バギーに近寄り車体を一瞥するジェイル――ここに到着するまで相当無茶をした為、だろうか?
それの至る所には、傷、土埃、草や花が乱雑に付着していた。

軽くそれを眺め、運転席へと乗り込むジェイルだったが――、


「――……これは……」


――そう呟き、車体に付着していた一つの物体――草を手に取り、何やら考え込み始める。
見たことが或る――風芽丘図書館で閲覧した図鑑の中でも、一際自分の興味を惹いた植物――何の変哲も無い只の草だが――、


――孕む意味は確か――と。


「――コガネマル」

『ん? 何? ――ていうか、もしかしてまた走るつもり?
僕、疲れたんだけど……』

「そのまさか、だ。
褒美として、未だ決めあぐねている戦闘形態――それの、希望を聞き入れよう」

『まじでかっ!?』

「……その如何にも俗な言葉はどこで覚えたのだね……――まぁ、いい。
急ぎたまえよ、余り時間はないのでね」

『あいあいさー。
んで、どこ行けばいいの?』

「ああ。
――コレが群生している場所だ」


ジェイルは、運転席に乗り込むと、左手に握っている一本の草――白詰草を掲げながら目的地を告げる。
あいあいさー、と溌剌な了承の声が響くと、ガスを排出しながら発進するオフロードカー。
今日は徹夜に為りそうだ、と。ジェイルがそう呟くと、バギーは夜の森へと消えていった。







































朝日を反射し、より一層自己の存在を誇張させる清流が通る岸辺――そのほとりに、金の髪を稲穂のように翻しながら、一人の少女が降り立つ。
無言で漆黒の装束を解除し、ふと、横を流れる川を一瞥すると、歩を進め始める――足取りが重いのは、思考もままならないからだろうか。
黒のバリアジャケットを脱いだ所で、今身を包む服装も黒――只単に、服装に対して少女が無頓着なだけだが、それが纏う雰囲気を誇張させているのは確かだろう。


「…………」


纏まらない――纏まってくれない思考と想いが、常日頃も無口な少女を、更に緘口へと導いていく。
一晩、眠れない夜を過ごしても結局、自分の望む答えを得る事は叶わなかった――違う、正直に言ってしまえば、答えの否定を望んでいたのだから。
少女――フェイトが望むのは事実の否定――母が、少年に笑ったという無根の肯定――事実無根、と誰かに、そう言って欲しくて、仕方が無い。


(――何で……――、)


――……私じゃ、ないの?


チクり――ズブズブ、と。
心に浮かぶその言葉と想いが募り、募り過ぎて痛みを伴い、沈んで往く――清流が、濁流に見えてしまうのは、過ぎた追慕が故にだろうか。
一晩悩んで、惑って漸く、搾り出した唯一つの答え――これは、嫉妬だ、と。

いつかのように、懐かしいあの花畑のように、母が微笑んでくれる――何よりも切望する、憧憬の日々。
母が、笑ってくれた――それは、願いが叶ったとも云える――だが、それを齎したのは、自分ではなく少年だった。

それがどうしようもなく、悔しい――悲しんではいけないのに、瞳から涙が零れ落ちるのを、止められない。
今までの自分の頑張りを、否定されたような気がして――自分は、要らない子だ、そう言われているような気がして。


「――…………何で、私じゃ、ないの……?」


嫉妬――そう分かっていても止められない感情の奔流が、涙と為って溢れ出す。
塞き止めようと、両手で瞼を擦るが、赤く腫れ上がるだけで、何も已んではくれなかった。

迷子のように泣きじゃくりながら、岸辺を伝って下流へと降りていくフェイト――足が、引き摺っているかのように、重かった。
それでも、行かないわけにはいかない――母の言い付けを破る訳だけは、決して或ってはならない事なのだから。

直接、少年――ジェイルが居る場所へ降り立たなかったのは、気持ちの整理が付かなかったから、自分の取った行動を問い詰められたくないから。
問い詰められれば、突きつけられる気がした――自分は、母にとって必要のない子だ、と。
只只、ジェイルと顔を会わせるのが――怖い。


「――…………え?」


耽っていた思考の中へと、突然割り込んで来た音――本来、自然の中では聞けない筈の、轟くエンジン音。
それに驚いた脇の林――鳥達が、目覚まし時計に叩き起こされたかのように、一斉に空へと飛び立っていく。


(これって……)


考えるまでもなく、ジェイルだろう――しかも、段々と音量が増大、接近してくる。
近づいてきている――そう感じた時、フェイトは大慌てで衣服の裾を延ばし、目元を擦って、涙の跡を消す作業へと没頭し始める。


『――――ドクター、フェイト発見っ!!』


砂塵と砂礫、石礫を巻き上げながら、一台のバギーがフェイトの視界に進入――その運転席には、嗤いながらフェイトを指差すジェイルが。

突然現れた少年――もう少し歩いた先で合流する筈だった――フェイトは予見していなかった状況に、戸惑いと混乱を隠せない。
泣いていた――唯、それだけは見られたくない、と瞳と頬に湿り気を感じなくなったのを確認すると、一度軽く息を吐き、自分を落ち着かせた。


「――よし、 止まれっ!! コガネマルっ!! 」

『あいあいさっ!!』


砂埃の尾を引き連れながら、フェイトのすぐ脇を通り過ぎるオフロードバギー――伴った風が、フェイトの髪と頬を撫でていく。
ブレーキ音を鳴り響かせ、僅かに車体を傾けながらドリフト――漸く、停車する。


「やぁっ、フェイト君っ」

「え、あ……その……や、やぁ……?」


降車するなり、ジェイルはやけにハイテンションで挨拶しながら、フェイトに近寄っていく――何やら、大きめの袋を左手で口を縛り、肩に担いでいた。
ここで会うとは予想しておらず、おまけにこんなに上機嫌だとは考えていなかった為、フェイトは思わず怖気づいてしまう。


「くくっ……いやはや、君に朝には戻る、と言われたものの、待ち切れなくてね。
故にこうして出向いてみた訳だ。
やはり、待つ、と云うのは自分の性には耐えられない、と再確認してしまったよ」

「そ、そうなんだ……」

「ああ。
それと待ちきれないついでに、早く渡したい物が或ってね。
もう我慢の限界を越えている為、早く受け取って欲しい」


どさっ、と担いでいた袋を、フェイトの目の前に降ろすジェイル――さぁ、と愉快そうに嗤いながら、受け取るように催促。
先程まで泣いていた自分、訳の分からないジェイルの行動と、二の句が吐けないハイテンション――フェイトは半ば押し切られるように、袋を開けた。


「……コレ、何?」

「見ての通り、草だよ。
因みに、シロツメクサと呼ばれる帰化植物だ」

「…………えっと」


コレを、自分に渡してどうするつもりなんだろう?、と。
フェイトにとって、シロツメクサと云う名称は知らなかったが、記憶を辿ってみれば、何処かで見たことが或るのは確かだった。
不思議そうな、怪訝そうな至極当然の反応を返すフェイトを尻目に、ジェイルは袋の口から零れ落ちた一本を手に取りながら、口を開き、説明し出す。


「シロツメクサ――春から夏に掛けて花期を迎え、あらゆる場所に群生する多年草だ。
街中でも良く見掛けるらしいよ――まぁ、この場合重要な点はそこではない為、割愛しようか。
通常は三枚葉だが、成長点等が傷つけられた場合、大変珍しい奇形の四枚葉に為る――ここまで言えば、分かるかい?」


講義中の講師が、生徒へと問題を投げ掛けるような声色と動作で、ジェイルは左手に持ったシロツメクサを、フェイトの目の前へと差し出す。
四つの葉――あ、と過ぎった解に対し、胸中で僅かに洩らした声を抑えながら、フェイトは恐る恐る答えを口にする。


「……四つ葉の、クローバー?」

「ああ、ご名答だ。
幸せを運ぶ、幸福のシンボル等、この世界、この国では縁起物として重宝されているらしいよ」

「そうなんだ……――あ、あれ?」


説明を終えたらしいジェイルを横目で見やりながら、袋の中を覗き込むフェイト――違和感と驚きを首をひねる動作で表しながら、思わず疑問を口にしていた。
予想通りと言うべきか、袋はシロツメクサで満杯に為っていた――予想外だったのは、全て――、


「これ……全部――、」

「――ああ、全て、四つ葉だ。
くくっ……犬とフェレットを絶滅させる前に、この山の四つ葉シロツメクサを絶滅させてしまったよ。
まぁ、この地球上の全てを消失させた訳ではない為、大した罪悪感等覚えていないがね」


――茎の形や、撓り具合等、些細な違いは或ったが、フェイトが手に取った物も、袋から顔を覗かせる物も、全て、四つ葉だった。

大変珍しい、そう言っていた筈では?、と。
それをそのまま口にしようと、ジェイルへと視線を移すフェイト――今更気づいたが、ジェイルの下瞼周辺が、黒く塗り潰されていた。
付随するように、目が充血している――普段から時折そうは為っていたが、今のジェイルの眼球は、血管が浮き出る程、真っ赤だった。


「……もしかして……あれから――、」

「――さぁ、フェイト君。シロツメクサ――四葉のクローバーへと、願いを口にするといい。
その植物が、各々の葉が孕む意は[ 希望 ][ 愛情 ][ 信仰 ][ 幸福 ]の四つ――私はそれを、叶えよう」

「……えっと――、」

「――君の願いを、叶える、と云う事だ」


疑問其れ一色で埋め尽くされたフェイトの問いを、ジェイルは言葉を被せて催促――これで間違いない筈だ、と。
兎に角、偽りの友と云う関係を構築する以前の問題――信用を勝ち取る、それが壁と為って立ち塞がっている。
故に、信用を得る――その近道としてジェイルが打ち立てたのが、フェイトの望みを、叶えると云う手段。

その為のプロパガンダ――四つ葉のクローバー。
誠意を見せる為に山中の奇形シロツメクサを掻き集め、フェイトへ譲渡――願いを叶える、その言葉と共に。
突然の行動を不自然に思われる可能性は捨て切れなかったが、悪印象を与えたまま、このキャンプを終えるよりはマシだ、と。
ジェイルは表では破顔させながら余裕を見せ、胸中ではフェイトの言葉を待ち、待ち望む。


(……何、考えてるんだろう)


そんなジェイルの様子は、フェイトにとって不可解以外の何物でもなかった。
嫌われて、問い詰められて当然の事をしてしまった事は、自分でも理解している――あの行動は、一方的な嫉妬に拠る逃走だったのだから。

確かに、問い詰められてはいる――だが、意味もベクトルも、考えていた問答とは掛け離れている――願いを言え、と。
そうフェイトが思惟を迷走させている間も、ジェイルは口元を歪め、開かず、只待っていた――願いを叶える、と。

真っ赤に充血し、隈が覆う下瞼――何故、こんなに必死に為っているのだろう、と。
願いを叶える――自分の願いと問われれば、母が笑ってくれる――唯、それだけが、自分の悲願。
そして、目の前の少年――ジェイルは、それをやってのけた――恐らく、その方法を、知っている。

そこまで思惟した時、抱いていた迷いと、振り払いたかった嫉妬を通り過ぎ――痛みを握り締めながら、フェイトは言葉を紡いだ。


「――……一つだけ教えてください。
どうしたら――、」









































仄かに、空間内へ光を齎す照明――それが放つ明かりでさえ、薄暗さを助長していると錯覚してしまう程広く、暗い、時の庭園の一室。
部屋の中心に円形のホールが広がり、それを見下ろすように上座が位置している――遠い、と。
丸いホールの広さは距離を、ホールと直線状で繋がっている上座の高さは落差を。
フェイトは、いつもそこに居る筈の母を思い浮かべ、洩らしたくもない哀しみを吐露していた。

部屋の、円の中心で、只只母を待ち続けながら両手を握り締める――左手には、甘い香りを漂わせる紙製の箱。
想念に引き摺られ、思わず力の入ってしまった掌をフェイトは慌てて解くと、胸中で、自分に言い聞かせるようにに呟く――大丈夫、大丈夫、と。


「――……あ」


ほの暗い室内――それよりも更に幽暗な通路から、陰気を纏って現れたのは、一人の女性――プレシア。
母の姿を確認すると、知らず知らず零れてしまった声――それを一瞥、無視すると、フェイトの脇を通ってプレシアは上座へ。


「……何の用かしら?」


いつもの定位置に到着すると、億劫そうに振り返るプレシア――放った言葉には、鬱陶しさと面倒臭さがブレンドされていた。
フェイトは母のそんな振る舞いと姿を見ても、変わらず自分を励ます――大丈夫、大丈夫、と。
母には聞こえないように、見えないように顔を一旦伏せ、瞳を閉じて深呼吸――顔を上げ、母を見つめた。


「あ、あの……コレ……」

「…………」


振り絞った声と勇気を押し出し、それに乗せてフェイトが母に向けて差し出したのは、握り締めていた箱。
無機質、無表情は全く変えず、返答はせずに無言を貫きながら、プレシアはフェイトへと近づいていく。


「……これは?」

「そ、その……街で美味しいって評判の……ケーキで……。
紅茶にも良く合うみたいで……それで……」

「……私に?」

「……はい」


消えるような、掻き消えそうな肯定の声を何とか喉から搾り出し、プレシアの足元へと顔を俯かせるフェイト――それが祈るように感じるのは、本当に祈っているからだろう。
暫く、沈黙が降りる――小暗い室内が、それを余計長く誇張させていく――数拍後、フェイトの差し出した腕から、重みが消失した。


「――……えっ?」


恐る恐る、俯かせていた顔を浮上させるフェイト――コツ、コツ、と足音を伴って元の位置へと下がっていくプレシアの後姿がそこには或った。
手には、たった今自分がプレゼントした紙箱――ケーキが握られている。

フェイトは、えと、あの、その、等途切れ途切れの言葉を口にしながら――、


「――か、母さんっ!!」


――叫んだ。
フェイトにとってはやけに長く、第三者視点からは短い間を置き、プレシアは振り返る。


「……何?」

「それ……その、有名な店のケーキで……」

「そう……、で?」


一瞬怯みながらも、フェイトは残っていた勇気と想いを金繰り出しながら、最後の言葉を紡ぎ――、


「食べて……みてください。
きっと……美味しいと、思います」


――言いながら、微笑んだ。


不器用で、不安そうで、祈るような笑み――これが、今のフェイトにとっての精一杯だった。
フェイトが怖いのは、母の拒絶――それが邪魔をし、上手く笑えたかどうか分からない――お願い、と。


「――……フェイト」

「は、はい」

「これからも、頑張りなさい――期待しているわ。
これ、後で頂くわ。
それと――、」


――ありがとう。嬉しいわ。


そう言って、母は――微笑み返してくれた。








































金色の髪を揺らしながら、遠ざかっていく人影――薄暗い通路へと消えていくフェイトの後姿を、プレシアは只、無言で眺める。
先程、初めて見た偽者の娘の笑み――人形の笑みを思い返す度、胸中を駆け巡るのは黒い情念――煩わしい、と。


「…………」


傍から見ても、嬉しさで埋め尽くされているような足取り――フェイトの姿が見えなくなると、プレシアは受け取った箱を離し、床へと落下させる。
濁った瞳と感情――激情の赴くまま、振り下ろす片足――ぐしゃり、と。
踏み潰された紙箱から、内容物――ケーキがはみ出し、床を汚していく――それはまるで、甲殻虫の死骸のようだった。

募った苛立ちと、煩わしさ――嗚呼、鬱陶しい、と。
胸中で憎悪を噛み締めるプレシア――パン、パン、パン、とそんなプレシアに贈られたのは、喝采を交えた拍手――そして、嗤い。


「――くくっ……上出来だよ、プレシア君」


称賛と歓呼を伴い、フェイトの去った通路から入れ替わるように現れたのは、濃紫の髪を携えた少年。
少年――ジェイルは、ギブスで固定された右腕を左手で叩き、拍手喝采を交えながら、室内へと侵入する――五月蝿い、と睨みつけるプレシア。


「くははっ……!!
そう、怒らないでくれたまえよ。
プレシア君の、怒髪天を突く、はそのまま天から雷を落とされそうで恐ろしくてしょうがない」

「……そう思うのなら、その下卑た嗤いを已めなさい――勘にも、癪にも障るのよ、それ。
貴方が口を滑らせると、私の手も滑りそう――次元魔法でも零しそうになるわ、貴方の頭上にね」

「おやおや、随分と不機嫌なようだ。
上機嫌の極みに達していたフェイト君とは対極だね?
――おっと、その殺気は鞘に収めてくれたまえ、只の戯れさ」

「……本当、戯言にも程が或るわ。
私にやらせた事と云い、その減らない口と云い――ジェイル・スカリエッティ、貴方……死にたいのかしら?」

「いや? 私は至極真面目だよ――何せ、フェイト君が笑ってくれたのだからね。
それと、今の私は唯のジェイルだよ、大魔導師」

「貴方の真面目は、全生命の不真面目よ。
――私にこれだけの事をやらせたのだから、代価は取り立ててでも頂くわ」

「ああ、勿論さ――それ程の価値が或ったからね。
これで、合計九つの願いの欠片の譲渡を、確約しよう」


ジェイルは心底満足げに、愉悦と歓楽を覗かせながらそう言うと、プレシアのすぐ目の前へと歩み寄る――上手く運んだか、と。

時の庭園に帰還する間際――フェイトが願ったのは[ どうしたら母が笑ってくれるのか ]。
それに対する自分の返答は[ 先ず、自分が笑う事だ ]――だがそれだけでプレシアが微笑む理由は無い。

故に、取引を持ち掛けた――矛先は勿論、プレシア・テスタロッサ。
[ フェイトが笑った時、感謝の言葉と共に微笑み返せ ]――提示したのは、三つの願いの欠片の譲渡――その、内約。

三つも提示したのは、それ程価値が或ると踏んだからだ――ジェイルの言う通りに行動すれば、母が笑ってくれる、と。
つまり、依存の第一段階、その構築の布石――口にした通り、願いは、叶えた。
これで、下準備は整った――ジェイルは頼れる、と――信用を、得た。

ジェイルは満足げに口元を歪ませながら、ちらり、とプレシアの足元で床を汚し、あたかも泥のように為っているケーキを一瞥し、溜息――勿体無い、と。
しゃがみ込み、原型を失ったケーキへと手を伸ばす――それを怪訝に感じながら、プレシアは足を除けた。


「……何してるのかしら」

「見ての通り、掻き集めているのだが?」

「……已めなさい、見っとも無い」

「いいや、已めないね。
折角、フェイト君の想いが詰まった贈り物なのだ――勿体無いだろう?
君が頂かないのならば、私が貰うよ――正直に言おうか、私は今、初めて君を憎いと思っている。
先程の言葉をそのまま返すのならば――死にたいのかい? プレシア・テスタロッサ」


手をクリームまみれにし、床に散ばった断片を箱に収めながら、プレシアを睨み付ける――馬鹿が、と。
ジェイルは心中を満たす憎悪を押さえ込みながら、作業を続ける――狂人の更に狂った瞳に気圧され、唾を飲むプレシア。


「……貴方の希望は叶えた――……文句を言われる筋合いは、ないわ」

「ああ、そうだね。
他者の笑みを得る為には、先ず、自分が微笑む事――フェイト君は実に素直に、忠実に、私の言い付けを実行に移してくれた。
プレシア、君も良くやってくれた――しかし……嗚呼、いけない。いけないよ、プレシア・テスタロッサ。
フェイト君の贈り物――想いを踏み躙れとは、云っていない」

「……随分、あの人形にご執心のようで――……分からないわね。
ジェイル――貴方程の科学者に、そこまで言わせる理由は、フェイトの価値は、何?」

「理由ならば幾らでも或るよ。
それを講義するのならば、時が無限に或っても足りないくらいだ」

「……只の偽物――人形よ。あの子は。
私にとってのあの子は、その程度――似ているだけの、人形。
事が終わって、放り捨てた所で何の感慨も沸かない程度の物だもの。
――ジェイル、大層ご執心の貴方には、どう見えているのかしら?」


プレシアが問いを投げ掛けるのと同じくして、床に零れ散ったケーキを集め終わったジェイル――それを、吊られた右腕に乗せ、立ち上がる。
左手に付着したクリームを舐め取ると、口を開いた。


「その問いに答える前に聞こうか。
――プレシア、君は本物と偽物、どちらが美しいと思う?」

「当然、本物よ」

「ふむ、君ならばそう云うだろうね。
では、私の答えを教えよう――偽物だ。
生命操作、創造技術の権威――唯のジェイルとしても、そう考えている。
本物に甘んじる本物より、本物に為ろうと努力する偽物の方が美しく、尊く、強い、とね。
歩まぬ本物より、歩み続ける偽物の方が強いのは、当然の帰結だろう?」

「……それが、フェイトだと?」

「ああ。
実を言えば、私も昔は君と似たような考えを持っていたのだが――……まぁ、色々或ってね。
次いで云うならば、フェイト君の場合、為ろうとしている本物がたとえ違う本物でも、私の考えは変わらないよ。
そう感じ、想い、知りたいと願ったからこそ、この世界に――ここに私は、居るのだからね」


汚れと甘さが混じり合った付着物を舌で拭き取り終わると、ジェイルはプレシアに背を向け、踵を返してその場を去っていく。
予定とは些か異なったが、目的の一つ――依存への一里塚は築けた、と。

後は――、


「――ジェイル」

「まだ、何か?」


――思索しながら歩を進め、退出しようとしていたジェイルへと掛けられる声――滲み出す色は、如何にも不機嫌と云った様相を呈していた。


「貴方の我侭も、さっきの茶番も、全ては望みの為――私とアリシアが、アルハザードへ至る――その為よ」

「ああ。分かっているよ。
君とアリシアが私の故郷へ辿り着く――それは、私の目的の一つでも或るからね。
それが何か? 再確認しなければならない程、不安なのかい?」

「いいえ、不安ではなく、心配しているの。
ジュエルシード探索の一時中断――まぁ、その意味と理由は説明されたし、余り心配していないわ。
ただね……この間の事といい、貴方、弱すぎるのよ――私の悲願は、貴方を守りながら到達出来る程、簡単なものじゃない。
まだ、死なれては困るわ」

「嗚呼、その事ならば心配はいらないよ。
いや、心配どころか、期待してくれて構わない」

「……完成したの?
地球の廃車掻き集めて合成、改造とか、貴方無駄な事しかしてなかったから、諦めたのかと思ってたのだけれど?」

「いや、全て必要な工程だったのだよ。
完成したと言っても、構想だけだが――既に設計図、完成形は脳内で描いている為、すぐにでも創造出来る。
コガネマル自身の希望も取り入れた結果、何とも愉快なデバイスと相成ったよ」

「……じゃあ、心配はいらない、と云う事かしら?」

「勿論だ。
それと、コガネマルが受け付けるのは心配等ではなく――願いだよ」

「……どういう意味?」

「第97管理外世界の縁起物――四つ葉の奇形白詰草を模倣しているからね。
まぁ、ここまで云ってしまえば今更隠す必要も無いか――よろしい、少々種明かしと往こうか。
黄金乃快刀乱麻を以って比翼連理乃蜘蛛と為す――故に、銘を黄金丸。
コガネマルは――、」


――四つ刃のクローバー型、対人蹂躙デバイスだ。


ジェイルはそう云いながら、笑い、嗤った――歪に、歪ませながら――狂々、くるくる、と。

願いの欠片――ジュエルシードを巡る戦いが間も無く――開演する。







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