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No.15932の一覧
[0] 時をかけるドクター[梅干しコーヒー](2010/06/21 22:13)
[1] 第1話 アンリミテッド・デザイア[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:29)
[2] 第2話 素晴らしき新世界[梅干しコーヒー](2010/01/31 01:37)
[3] 第3話 少女に契約を、夜に翼を[梅干しコーヒー](2010/02/01 22:52)
[4] 第4話 不屈の魔導師と狂気の科学者[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:01)
[5] 第5話 生じるズレ――合成魔獣キマイラ[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[6] 第6話 生じる歪み――亀裂、逡巡――純[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:02)
[7] 第7話 生じる答え――矛盾邂逅[梅干しコーヒー](2010/03/03 17:59)
[8] 第8話 歪曲した未来――無知と誤解[梅干しコーヒー](2010/03/06 13:10)
[9] 第9話 歪曲した明日――迷い蜘蛛、暮れる夜天[梅干しコーヒー](2010/03/18 00:02)
[10] 第10話 歪曲した人為――善悪の天秤[梅干しコーヒー](2010/03/20 23:03)
[12] 第10・5話 幕間 開戦前夜――狂々くるくる空回り[梅干しコーヒー](2010/03/25 20:26)
[13] 第11話 始まる終結――擦違いの戦場へ[梅干しコーヒー](2010/03/29 05:50)
[14] 第12話 始まる集結――蠢く夜の巣へ[梅干しコーヒー](2010/04/02 22:42)
[15] 第13話 始まる終決――時の庭園へ[梅干しコーヒー](2010/04/08 21:47)
[16] 第14話 絡み合う糸――交錯の中心座[梅干しコーヒー](2010/06/16 22:28)
[17] 第15話 空見合うカンタービレ――過去と未来のプレリュード[梅干しコーヒー](2010/06/21 23:13)
[18] 第16話 空見合い雨音――歩くような早さで。始まりの終わりへ[梅干しコーヒー](2010/07/03 18:34)
[19] 第17話 変わる未来[梅干しコーヒー](2011/05/02 00:20)
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[15932] 第10話 歪曲した人為――善悪の天秤
Name: 梅干しコーヒー◆8b2f2121 ID:af37fdb2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/20 23:03




月と星、団欒と談笑が照らし出す住宅街を、一つの人影が歩いていた。
着衣は背広。それに加え、整えられた髪型と姿勢――サラリーマン、ビジネスマン等の印象をまず受けるだろうか。

人影の少なくなった歩道を暫く行くと、男性はある一軒家の前で立ち止まった。
門の前で一旦手持ちの荷物――家族へのお土産を満足そうに、楽しげに眺めると、漸く敷居を跨ぎ、我が家へと。

――おかえり――ただいま、と。
いつも通り、玄関先で決められたやり取りを交わすと、男性は手荷物をこれ見よがしに掲げながら、家屋へと入っていく。

今日まで、幾度となく繰り返してきた日々の一ページだが、飽きるような事はない。
このひとコマと、家族との憩いや食後の晩酌、その為に生きていると言っても決して過言ではないだろう。

晩酌の際に自分の飲み過ぎを咎める妻を想起し、苦笑しながら玄関を後ろ手で閉める男性――ありふれた日常が、情景から切り取られ、消えていった。


「…………」


少年はそよぐ夜風で髪を揺らしながら、遠巻きにそれを眺めていた――立ち位置と心、感情や機微は既に脇へ除けている。
思索でもしている最中なのか、既に終了した一幕――つい先程までそれが或った場所から視点は動かない。


(……私も、ああだったのかもしれないね)


ジェイルは目を細めながら胸中でそう呟くと、一点に留めていた思考と足を再起動――踵を返したのは、目を背ける為だろうか。
背ける――背徳感、か。感じた事等無いが、この感情はそれなのかもしれない、と付け加えその場を後にしていく。


(……今――いや、未来か。
そこで君は何を思い、想っているのだろうね。
何を、見上げているのだろうね?)


問い掛けるように、郷愁の念を滲ませながらジェイルは、遥か上空へ視線と情を傾ける。
燦然と輝く月よりも、瞬く星々よりも、幕の降りた夜空の方が感情の発露を誘発するのは、夜の空――それ故にだろうか、と。
そう感じながら、過ぎった追慕を振り返ってみれば、やはり描かれるのは一人の女性――何時如何なる時も傍に居た女性。

開演は一より、幕引きは十二。至高の、最強の作品達――愛しい十二の娘達。
その中でも、最も共に歩み、最も身近で、最も愛した一の娘――始まりの女性。


(――……恨んでいるかな?それとも、怨んでいるのかな?
君を置き去りにした私を、どう思っているんだい?
なぁ――、)


――……ウーノ。


ドクター、と懐かしいそんな応えが聞こえた――気がするのは、それ程までに――幻聴を誘引する程に、思い入れが或ったからだろうか。
いや、或ったではなく、或るの間違いだろう。
起点こそ他者から――二人の少女からだが、紛れも無くこれは自分の吐露であるのは疑う余地も、その気も無い。

敗者には敗者の吟持が或る――三番と七番はそう言って、法を司る舟の手を拒んだ。
地上の人間達に譲歩するという発想がない――四番は嘲笑しながら、管理局を見下し拒絶した。

四番――クアットロの考えと価値観は、自分と差異が無い。殆ど、同じだ。
自分と同じ理由で、局の誘いを断っていた経緯は幽閉中の身にも聞かされていた。

地上の人間達に譲歩する発想がない――それは、自分も全面的に同意だ。
只、一つだけ異なったのはその終着点だろうか。
娘は見下し、自分は見上げた――天を、空を、彼女達三人の美しさを。

空を見上げるのは地上に居るが故に。
地に堕ちた今の自分を見れば、クアットロは卑下し、失望するだろう。

ならば、今、自分の心の坩堝の中心となっているウーノは、何と言うだろうか?
スカリエッティに付き従う事以外に生きる理由は無いから――ウーノはそう口にし、局に歩み寄る姿勢等皆無だったと聞かされている。


(…………最も身近で、最も愛し、最も傍に居た、か。
一般見解で結論を導くならば、怨まれて当然だね。
私は、ウーノを最も愛し――最も、裏切った)


ジェイル・スカリエッティの傍に居る事こそ、生きる目的で或り存在理由――そうか、何よりだね、と自分の返答はそれだけだった。
それが当然と思っていたからだろう――大事なモノ程、失ってから気づくとはよく言うが、これがまさにそれなのだろう、と。

幽閉帰還中、彼女は自分の傍に居る事はなかった――出来なかった。しかし、極僅かに、極低だが、まだ可能性は或った。
それを自分は別の世界に、過去へと逆行した事で、切り捨てた――もはや、邂逅する事はない。可能性は、零。

ジェイル・スカリエッティの存在理由を否定したのが管理局ならば――ウーノの存在意義を否定したのはジェイル・スカリエッティだ。
加え、[ スカリエッティ ]と言う名もほぼ捨てた――今の自分は、唯の[ ジェイル ]。
もはや、裏切り以外の何物でもない。


(……私らしくもないね。
しかし、だからこそ、私の中で彼女達――なのは君とはやて君の存在が大きいのだと理解出来る。
この問いは、二人から齎されたものだ――その答えを、知っておきたいね)


高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、八神はやて――現在、ジェイルの興味を惹いて已まない三人の女神。
自分を敗北者足らしめた強さを――強さの理由、経緯、意味をその身に宿す他ならぬ観察、実験対象。

約8年間もの地獄の最中――無為な日々の中、全ての関心の矛先は彼女達三人への狂おしい程の思惟と為った――信仰とも言えるだろうか。
にも関わらず、理解出来なかった――答えを得る事は叶わなかった。

だからこそ、それを知る為に文字通り命を掛けて時を遡ったのだ。
正直な所、そう簡単に獲得出来るとは思っていない――言い換えれば、故に価値が或る、と断言出来る。

それ程までに集約された欲望――その切っ先に座す少女から齎された問いだからこそ、理解したい、とジェイルは逡巡する。
高町なのはは、家族の何かを。八神はやては、友の何かを――その、[ 何か ]に居座る答えが、欲しい。

何度も、何度も――繰り返し、繰り返し。
堂々巡りする思考の中で――通過していく脳裏の中で、一つだけ確かな面影が或る――やはり、と言うべきか。
幾度も振り向いた先――心のフィルムには、ウーノが、居る。


(……私は、寂しいのかもしれないね)


会いたい、と。
二人の少女が原因で或る事は分かりきっているが、それらを他所に置いても、呟いてしまうかもしれない。
重い想い、狂おしく、切なく軋む――が、そう思う反面、手放したいとは思えない。


「――……まぁ、いい」


答を導くには、余程の時間を要するに違いない――焦る必要性は余りないだろう。
ジェイルは、そう半ば放り投げるような結論を胸に落とすと、知らず知らずの内に止めていた足を、前へと踏み出した。

からから……、と。
片手で支えながら押している自転車――損傷した車輪から悲鳴のような音色が揚がり、反響するのは、当然、痛んでいるからだろう。
痛んでいるのは――車輪か、心か。或いはその両方かもしれない、と。

住宅街を数度、立ち止まりながら歩く事暫く。
時計の針は進んだが、歩みは左程進んではいなかった――それ程、思惟に耽っていた為だろうか。
人目に付かない場所――人影の無い公園を適当に見繕い、ジェイルはポケットから小型の端末――譲渡された品を取り出し、口を開いた。


『――プレシア君、聞こえるかい?』


端末を経由し、念話を繋いだ相手は、協力者と為った女性――プレシア・テスタロッサ。
呼び掛けてすぐに反応はなかったが、ジェイルが沈黙を携えて暫く待っていると、数拍置いて聞こえてきたのは気だるそうな声。

付随するように、咎めるような、苛立つような雰囲気――やれやれ、と。
念話越しでも届くそれに対しジェイルは、反省していない事を胸中で被りを振って表していた。


『――……遅いわよ、何してたのかしら?
……まぁ、いいわ。遅くなるって連絡くらいはして欲しかった――それは言わないでおいてあげる』

『本音が口から洩れているよ、プレシア・テスタロッサ。
悪いね、すまなかったとは思っている。
時を忘れる程夢中になっていた――その言い訳を口にするのは止しておこうか。
君の雷は、私には少々強烈過ぎるからね』

『釈明が口から洩れているわよ、ジェイル・スカリエッティ。
私の雷は精々、言い訳を口にする舌を焼くくらいしか出来ないわ。安心なさい』

『くくっ……それは実に安心出来るね。
余り甘やかされると、夜しか眠れなくなってしまいそうだ』

『夜眠れれば充分よ。まぁ、寝首を掻かれないように気をつけなさいな。
――それより、何の用かしら? 用件なら、戻ってから聞きたいのだけれど?』

『ああ、その事か。
生憎と私には君やフェイト君程、魔力に余裕が或る訳ではないのでね。
簡易デバイスに転送魔法をインストールしてくれた事はありがたいが、行使には少々疲労が祟ってしまう。
拠って、緊急時以外は使用を控えたいのだよ――迎えに来てくれ、ということだ。
フェイト君を寄越してくれると、嬉しさで発狂してあげよう』

『もう狂っているでしょうに……まぁ、いいわ。
お望み通りフェイトとアルフ、向かわせてあげる。そこなら、5分も掛からないわ。
戻ったら、今後の方針を決めたいのだけれど、いいわね?』

『ああ。
では、頼むよ』


ええ、とプレシアが無機質な相槌を打つと、切れる念話――ジェイルはそれを確認すると、簡易デバイスを懐へと。
案外、せっかちなのかもしれない。プレシアへの印象にそれを付け加えながら、公園内のベンチへと。
改造自転車はその脇に。片手では駐輪するのが億劫に感じてしまった為、腰掛けた場所を支えに立て掛けた。

今後の方針――というより、取引内容。
言うまでもなく、自分が提示する代価は、12の願いの欠片。
見返りとして、テスタロッサ一味には、自分の身の安全を保障及び、時空管理局との敵対時に矢面へと立ってもらう事を予定している。

残された時間は一週間程――短くはないが、長くもない。しかし、準備期間としては充分事足りるだろう。
その間に、せめて己の身を己で守れるくらいの道具は確保しておきたいね、と――、

――そこまで、思索した時だった。


「――――……む?」


体を預けていた背もたれから、怪訝な色を浮かばせながら、ジェイルは上体を起こす――感じたのは悪寒だ。
そこだけ周囲の風景から切り貼りされたような、奇妙な違和感――それは、地面から急に生えてきたかのように、前触れもなく、そこに居た。


「――――君に、聞きたい事が或る」


そう言いながら、闇夜の中から現れたのは一つの人影――仮面の、男だった。



















【第10話 歪曲した人為――善悪の天秤】



















暗く帳の降りた街中を駆ける二つの影――少女と小動物は、形振り構わず疾走していた。
肩を上下させ、荒い息遣いを気に留める事なく、呼吸器官が要求してくる酸素を無視し、走り続ける少女――高町なのは。
そんな少女を心配そうに見上げながらも、声を掛ける事はせず、離されないよう追い縋る小動物――ユーノ・スクライア。


(――はぁっ、はぁっ……!!)


なのはは思考域でも息苦しそうに喘ぎながら、つい最近覚え始めたマルチタスクを行使し、目的地付近への地図を脳内で広げる。
行き先は中丘町――そこに居るであろう少年――ジェイルだ。

偶然と偶然が重なり、定めた目的地――それを齎したのは、親友と姉。
親友――月村すずかが訪れた風芽丘図書館――そこで、夕方頃、ジェイルと出会った、そう言っていた。

公共施設は基本的に、定時を迎えれば門を閉ざす。図書館も、その例には洩れない。
今日はもう諦めるしかないのか――そう、考えた矢先だった。

――そういえば、帰りにジェイル君見たよ、と。
夕飯中、姉が口にした一言が、諦めかけていた思考を海面へと浮上させた。

姉――高町美由希が通っているのは、私立風芽丘学園だ。
場所を聞き出せば、中丘町で見掛けたらしい――左程時間は経過していない、まだその付近に居る可能性は高い。


『……なのは、大丈夫?』

『ぜ、全然大丈夫っ』


遂には足が縺れ始めたなのはを見て、声を掛けられずにはいられなくなったユーノは念話で声を掛ける。
念話にしたのは、喋るのも辛そうだ、と感じたからだ。

聞こえてきた声色が孕んでいた気遣いを鑑み、一旦荒くなった呼吸と逸る感情を抑える為、上半身を前へ傾け、膝を両足で押さえてなのはは立ち止まる。

早く行かなければ、恐らく間に合わない。
そう考え、夕飯を途中で抜け出しここまで来た――朝の二の舞は、御免だったからだ。

整ってきた呼吸と、巡り迷っていた思考が落ち着いて来ると、なのはは顔を上げる――瞳から放つ意思は、固い。

価値観の違い。
その答えは未だ獲得出来ていない――いや、分かった事ならば一つ或る――[ 分からない ]の一点は痛いほど分かった。
幾ら考えても、幾ら思っても分からないものは分からない――ジェイルと自分は、違うのだから。

「押し付けの価値観等、分かるはずがないだろう?」、と。
悩み、迷った末に痛感したのは、自分はジェイルの事を何も知らない――それだけだ。

だから、これから知っていこう――答えは、それから見つけよう。
押し付けない、強要等しない――答えは、それでは出ないと思うから。
見つけ方も、これから探そう――答えは、それから見つけよう―― 一緒に、見つけよう。


(――ジェイル君に……伝えたい事が、或るんだ)


そう決意した言葉を胸に抱きながら、少女は再び駆け出す。
伝えたい事が、或る――何度も呟きながら、前へ、前へ、と。




















「――――……ふむ、嫌だね」


突如現れた仮面の男――その些か異様な風貌を念頭に置き、第一声を脳内で反芻した結果、ジェイルの出した結論は、拒絶だった。
返答、と言うより、感想だ――趣味が悪い、と言うより、汚い――素顔くらい晒せ、と。
ジェイルはそんな意味合いを込めながら、仮面の奥を睨みつける。


「君に拒否権はない」

「ならば黙秘権でも行使しよう」

「……それも、ない。
君が負っているのは、権利ではなく義務だ」

「最初からそう言いたまえよ。回りくどい。
尤も、私は義務など放棄してこそのものと思っていてね。
まぁ、そんなものは何の意味も為さないと云う事だよ」


言いながら、ジェイルは懐の簡易デバイスを起動させる――が、すぐに内心で舌打ちを交えてその行動を已める。
或る程度予感、気づいていたが、念話が遮断されている――恐らく、現れると同時に封鎖領域を展開されている。
そこから導き出されるのは、自分では到底敵わない相手だと云う事――気づきこそしたが、直前まで気配等全く感じなかった技量は脅威だ。


(――……まぁ、不幸中の幸いか。
じきに、フェイト君と使い魔が到着する。
それならば、何とかなるだろうし、ね)


彼女達が到着するまでの予定時間は5分程――向かう先、自分の周囲が封鎖された為、既に異変を感知している筈。
急行している筈――だが、問題は結界内へと入り込む手間と時間が或る為、それ以上に遅れる可能性を考慮しておこう、と。
取り合えず、時間を稼がなければ。そう方針を確定し、ジェイルは仮面の男の言葉を待った。


「……聞きたい事は一つだ。
ここから立ち去り、二度とこの世界の敷居を跨がない――それとも、暫くの間囚われの身と為るか――選べ」

「ふむ……ならば、私からも質問だ。
君は――」

「――選べ」


――ちっ、と俄かに悪態をついたのは、そうせずにはいられなかったからだ――拙い、と。
会話で時間を稼ごうと考えていたが、相手はそれをする気がない――先ず、前提が成り立たない。
引き伸ばすモノが、ないのだから。八方塞り、と言うよりも、一つしかなかった出口を完全に閉じられている。

砂利を踏みしめるような足音――カウントダウンに聞こえたのは、逃げ道が見出せないからだろう。
仮面の男は、ゆっくりと、一歩一歩ジェイルへと詰め寄っていく。

数分――数分で良いのだ。
それだけ稼げば、フェイトとアルフが到着する。
会話は潰された――ならば、手段はもはや闘争しかない。
が、直感してしまう、理解出来てしまう――それは、無理だ、と。


「さぁ、選べ――去るか、幽閉か。そのどちらかを。
前者ならば、君の身の安全は保障しよう。
後者ならば、暫くの間、不自由を強いる事に為る――どちらが君にとって、我々にとっても良いか、分かる筈だ」


聞きたい事等その実、皆無――これは、判決で或り宣告だ。
どちらを選択するか?――自問自答するまでもない。
解答等、決まりきっている。

この世界から去れば、三人とは乖離してしまう――除外。
何時までかは分からないが、幽閉等、そんな余裕はない。既にPT事件は始まりを迎えているのだから――排除。
簡単な事だ――どちらを選んでも、自分の夢は、志半ばで朽ち果てる。

どちらも選ぶつもりはない。
しかし、この場を切り抜けなければ、どちらにせよ理想は霧想に堕ちる。

故に、ジェイルは――賭けに出た。


「――……分かった。
従おうではないか」

「では、選べ」

「ああ、選ぼう――だが、これは私の存在理由に抵触しかねない事でね。
後々後悔しないよう、良く考えて解答したい。
嗚呼、時間と手間は取らせないよ?
只、そうだね……理由が欲しい――何故去らねばならないのか、何故幽閉されねばならないのか。
その理由を聞かせてもらえれば、素直に為ろう」

「…………」


――どうだい?、と。
あくまで余裕を見せながら、ジェイルは作り微笑を面に浮かべ、賭けの結果を待つ。
仮面越しでは、どんな表情をしているかは伺えない――だが、先程のように一方的な宣告ではなく、考え込むような仕草。
その挙動が、取り合えずは一命を取り留めた、とジェイルの心に僅かな安堵と、光明を垣間見せた――甘い、と。

従う等口にしただけ、文字通り口先だけだ――もしも自分が従うとすれば、自分の欲望以外には有り得はしない
嘘――そう思われようが、一向に構わない。三人の少女達以外にならば、呼吸をするように嘘を吐ける。

賭けの矛先、対象は、男の矛盾した行動に他ならない。
そもそも、選ばせる必要がないのだから――此方に選択肢を提示する理由等、皆無なのだから。
問答無用で捕らえれば良いだけ――それが出来る程の実力を持っているのは、戦闘者ではない自分でも感じ取れる。
自分の身柄を確保した後でいい――開放するか、否かを突き詰めるのは。
確保していれば、煮るなり焼くなり好き放題――男が提示した条件の内、後者を為す事に転んだ場合、そのまま幽閉すれば事は足りる。

ならば、何故それをしなかったのか? ――欲しかったのだろう、免罪符が。
もしも、自分が前者――この世界の敷居を跨がない――それを誓い、その後裏切った時への布石、只の言い訳。
[ 誓いを違えたお前が悪い ]とでも言うつもりなのだろうか。

未だ仮説の域を出ないが、男の行動を鑑みる限り、最もこの可能性が高い――どうやら、仮面は二つらしいね、と。
ジェイルは男の着けている装飾の無い仮面と、偽善と言う名の仮面を重ねながら、返答――賭けの結果を待ち続ける。


「――良いだろう。
極秘事項の為――いや、詳細は説明する必要は[ 無い ]か。
私は或る任務に従事している――それを果たす為、君にはこの世界から去ってもらいたい」


賭けに勝ったかどうかはまだこの段階では定かではないが、取り合えず乗りはしてくれたか、と。
後、少し――未だフェイトの存在を感知していないのならば、賭けに勝てる。
半ば祈るように、少しでも話を引き伸ばし、情報を引き出す為、ジェイルは思索と疑念を以って口を開いた。
[ 無い ]と、そこに僅かな違和感を禁じ得なかったが――まぁ、些事だろう、と付け加えながら。


「任務かい? ご苦労様、とでも言うべきかな?
まぁ、極秘と念を押す位だ。詳細は聞かないでおこう――だが、足りないよ?
その程度では、私は決して納得しない」

「――八神はやて」

「……む?」

「私の任務の最重要項目は彼女の監視だ。
そして君は彼女に、深く関わり――知り過ぎている。
だからこそ、こうして取りたくも無い手段を取っている」

「監視の為と、知り過ぎている為――それが理由かい?
はてさて、思い当たる節が無いのだが?」

「言っただろう、[ 無い ]と。
君と八神はやての会話は、此方でもチェックさせてもらっていた。
闇、夜天、翼――それは、君のような子供が知っていい事ではない」

「…………成る程、ね。
最後に一つだけ聞こうか――君と、時空管理局の関わりは?」

「所属している。
詳しい配備先は口外出来ない――、」


――さぁ、答えを、と。

鋭さを増し、仮面越しでも感じ取れる程の敵意を現出させ、一方的な通告を突きつける男――管理局か、とジェイルは内心で唾を吐く。
正義を声高に語りながら、やっている事は、儚く脆弱な少女――八神はやての、監視ではないか、と。

そして、監視――[ 無い ]と、目の前の男はそう言った。


(――……視られて、聞かれていたか。
やれやれ……悪趣味にも程が或る――嫌悪の念は禁じ得ないよ)


それが示すのは、今日一日、自分と八神はやてが共に居た時間を、知らず知らずに犯されていたと云う事。
ジェイルにとって元々嫌悪、不快感の塊で或る時空管理局――仮面の男が視界に存在し続けている事でさえ、苛立ちを加速させていく。

同時に、何故甘いのか。それに説明がつく。
自分を殺す、と最も手っ取り早い手段を口にしなかったのは、管理局――それ故にだろう。
時空管理局は、犯人等を捕縛する事が目的で或って、殺人は犯さない――自分を生み出した老人達は犯していたが、アレは例外だ。

そして、それが――甘い、と。
だからこそ、自分のような人間に付け入られる――この場を切り抜ける術は、得た。


(――まぁ、いい。
このような些事、さっさと終わらせてしまおうか)


甘いが故に、信じてしまう――自分の、嘘の誓いを。
それを破られない為に小細工――自分の体に魔の鎖や、罠を仕掛けて置くのは明白――そして、安堵する。
他の人間ならばそれで通じるが、ジェイル――生命操作、人体改造等における最高の存在には、そんなものは通じない。
解除する術も、摘出する術も、自分にとっては湯水のように沸いてくるのだから。

――さて、取り合えずこの場は、と。
誓い――八神はやてに近づかない、関わらない、を誓約しておけば何とか切り抜けられる。
こんな素顔さえも晒さない管理局の犬に対し、誓う必要も、それを守る義理もない。

今後、八神はやてに関わらない――それを、確約すればいい――偽善の仮面には、嘘の仮面を。
嘘の誓いを――口にすればいい。
自分が嘘を吐きたくない――吐かないのは、三人の女神に対してだけなのだから――、










――……うん。
じゃあ、待ってるから。










――過ぎった声は、どうしようもなく――儚かった。










「――……早く、選べ」

「――嗚呼。
何だ……もう、誓っているじゃないか」


ジェイルは言いながら、幽鬼のように立ち上がり、一歩一歩踏み締め歩き出す――視線と向かう先は、仮面の男。
互いの息遣いが聞こえてくる程の距離まで進むと、仮面の奥を睨み付けながら、口を開いた。


「――誓おう」

「……そうか。ならば、早々に――」

「6月4日――その日、私ははやて君の下へと、往く」

「……何?」


仮面の男を中心に、一気に膨れ上がる敵意――それはもはや、殺気と呼んでも差し支えない。
それが膨張していく毎に、比例して加速していくのは、ジェイルのくぐもった嗤い――孕んでいるのは、侮蔑と怒り。

漸く、言葉の意味――誓わない、それを認識したのか、仮面の男は、すぐ目の前に或ったジェイルの胸倉を掴み、持ち上げる。
くくっ、とジェイルの嘲笑は、それでも尚止まらない――寧ろ、より一層込められる情は巨大に為っていく。


「……聞き間違いか? 誓わない、と聞こえるが?」

「ああ、聞き間違いだよ。
私は誓ったからね――他ならぬ、八神はやて君に。
偽善の仮面を被った輩に誓う言葉等、持ち合わせていない」

「偽善、だと?」

「己が正義だ、とでも思っていたのかね? ――死んでしまえ。
正義と云う言葉に対し、無礼にも程が或る。
君の掲げる正義は、善でも、悪ですらない――酷く滑稽で、弱く、脆い。
――嗚呼、こういうものをウケ狙いとでも言うのかな?
だとすれば百点満点をあげなければね――、」

――くくっ……!! くははっ……!!、と。
ジェイルは瞳を、瞳孔を狂ったように見開かせ、嗤い、哂う――狂人、と誰もがそう感じる程、それは酷く歪んでいた。
仮面越しでは、男の表情は伺えない――が、苛立ち、それだけは隠しようもなく染み出していた――狂っている、コイツは、と。


「…………何が、可笑しい」

「くははっ……!! くくっ……!!――、」

「…………黙れ」

「――アーッハッハッハッハッハッ!!」


――めきり、と鉄板に杭を無理矢理打ち込んだような、人体から発生するには少々不可解な音――打ち込まれたのは、男の拳。
同時に、くの字に折れ曲がるジェイルの体。
少年の口元からは、胃液と内容物が交じり合った汚物が零れ落ちる――嗚呼、勿体無い、折角のはやて君の手料理が、と。


「これが最後だ――選べ」

「ぐっ……――く、くくっ……!!
それだよ、それが偽善だ――選べ? 取りたくも無い手段を取っている?――やはり、薄いね。
正義を為すならば、選ばせるな。取りたくないのなら、取るな。蹂躙しろ、一方的に。
正義が勝つのではなく、勝った側が正義――それすら躊躇う弱者には誓う言葉も義理もない」

「……何が言いたい」

「誓うのは貴様の方だ――去れ。
二度と、この世界に関わるな。二度と、八神はやてに近寄るな。
故に、私は私にもう一度誓い、契りを掲げよう。
6月4日――その日、私は八神はやての下へ、往く。
私は――、」


――八神はやての、友達だ。


揺らぎ、迷った――生命操作、創造技術は、夢はこんな所で彷徨う程度の理想ではない、と。

それは、合っているようで、違う――揺らいでこそ、この世界に降り立った甲斐が或るのだから。
何の障害も越えず、何の弊害も踏破せずに天へ座した所で、価値等ないのだから。

故に、彼女達を理解したい――今まで知らなかった、おとぎ話の始まりと続きを。
家族、友――取り入れよう、試してみよう、この感情を、情念を、全てを。
揺らごう、迷おう、彷徨おう――それを乗り越えてこそ、知ろうと願った強さ――行き詰った生命操作、創造技術は光を放つ。

故に――八神はやての、友と為る。

それが、ジェイルの導いた――答えだった。


「…………残念だ――、」


言葉尻に、何か付け加える仮面の男――それと同時に、ジェイルの視界に或った仮面が、ブレた
離された手、僅かな落下感を感じ取り、着地する為、ジェイルは足へと意識を寄せる。

しかし、いつまで経っても足場を認識出来ない。
何故?、と疑念を抱いた矢先――異常に横伸びしている景色が視界に映る―― 一方通行の浮遊感が、体を犯していた。


「――――ア゛」


声が出ない――ジェイルがやっとの事で搾り出したのは、声に為らない呻き。

――何かに衝突し、何かに激突し、何かに突っ込んだ――痛い、と言うより、感覚が無い事が気持ち悪かった。


(――な、何が……起こった?)


自分の体を包んでいるのは、生い茂る緑、公園脇の植え込み――突っ込んだのは、コレか、と。
髪に纏わりつく土埃と、少々削られた地面――からから、と渇いた音を鳴らす、慣れ親しんだ自転車が倒れ、凹んでいる。
その先には、片足を振り抜き、後動作を終えようと、それを地に下ろそうとしている仮面の男――それが、映った。


「――がっ……ふっ……!?」


血――と言うより、血糊。
混じりきれていない半固体と、赤い液体を吐瀉し、ジェイルは呻き声を揚げる。
出来の悪い料理のようなそれは、ジェイルの意思に反し、口元から零れ落ちると、地面に赤い水溜りを作り、広がっていく。


「――ア゛ッ……!?」


上半身、胸骨付近に、灼熱の焼鏝を突き刺されたような違和感――呼吸が、困難過ぎてしょうがない。
人体の構造に詳しすぎるが故に、それだけで理解してしまう――折れた、刺さった――肺に、肋骨が、突き刺さっている、と。


「――お前は、知り過ぎているが、理解していない」


明滅する意識と視界――男の声を耳に入れながら、ジェイルは前のめりに崩れ落ちる。
起き上がらねば――しかし、上半身を叩き起こそうとすればするほど、口からは悪態の溶け込んだ朱の水が零れていく。


「ぐっ……!!」


男は心底鬱陶しそうにジェイルの襟足を乱暴に掴み、強制的に体を引き起こす
みちみち、とジェイルは体内からそんなノイズを覚え、思わず呻き声をあげてしまう。
痛みと、体内を攪拌されるような悪寒が駆け巡り、思考も言葉も続かない――ジェイルのそんな様子を見ても、仮面の男は言葉を続けた。


「闇の書を――その恐ろしさを知らないからそんな事が言える。
アレは、或ってはならないもの……何を犠牲に払ってでも、封印しなければいけない」

「……私、が……知った……事、では――」

「――アレが引き起こした悲劇をその目で見れば、そんな事は言えない」


男の言葉の節々に感じたのは、悲しみ――憤りだろうか、と――しかし、そんな事はどうでもいい、とジェイルは切り捨てる。
痛みによってギリギリのラインで支えられた思考が、捉えたのは[ 犠牲 ]の一言。
考えるまでもない――今現在、その犠牲に為っているのは――、


「……犠牲、とは……――」

「闇、夜天、翼――そこまで知っているのならば、分かっているのだろう?
そう――、」


――八神はやてを犠牲に、世界を救う。

男はそれきり、口を閉ざす――これは決定事項、しょうがない事なのだ、と。
ジェイルは男が仮面の奥で、そう言っている気がした。


(……嗚呼――、)


――今、分かった。

こいつは、敵だ――相容れる事も、理解し合う事も決してない――虫唾が走る。
そう胸中で呟きながら、ジェイルは男が放った言葉を反芻する――それに拠り齎されたのは、自分がどうしようもなく覚えた激情の、答えと把握だった。

体中を犯す痛みも、熱さも、悪寒も、今はどうでもいい――嗚呼、そうか、と。
脳髄が沸騰する――感情の山々が噴火する――嗚呼、そうか、と。
開く事さえ億劫な口――それを捻じ伏せてでも、宣言しなければならない――嗚呼、そうか、と。


自分は今―― キレている。


「――巫山戯るな」

「何も、巫山戯てなどいない」

「犠牲を払わなければいけない――同意しよう。
代価を払わなければ、大望は為せない――同意しよう。
その上で、言おう。
貴様が八神はやてを犠牲に世界を救うのならば、私は――、」


――世界を犠牲に、八神はやてを救おう。


どちらも救う等と、理想論は吐かない。
世界と少女――それが天秤に掛けられたのならば、自分は迷わず少女を選び取る。

世界が八神はやての翼を剥ぎ取るのならば――自分は翼を与えよう。
世界が八神はやてを苦しめるのならば――自分は友と為ろう。

――だからこそ、この場で終わるわけにはいかない。


「ア゛――ア゛ア゛ァァァァァァッ!!」

「――ッ!?」


休息を求める体を叱咤激怒し、痛みを無視して立ち上がるジェイル――ぶちぶち、と血管が、掴まれた襟足が千切れる音は意にも介さない。
何故立てる、と驚愕し、思わず距離を取って身構える仮面の男――だが、足元さえ覚束ないジェイルを見て、それを解いた。

ふらふら、とジェイルは夢遊病患者のような足取りで、男へと歩いていく――見据える敵だけは決して揺るがない。
目の前には仮面の男――ジェイルは左腕を掲げ、拳を握り、突き出した。


「……何の真似だ」


ぽす、と間の抜けた音を伴って、ジェイルの拳が男の胸へと接触する。
避けるまでもない、何の脅威もない只の手――事実、ジェイルは男に突き出した左腕を支えに、やっと立っている有様だった。


「……一つだけ、君に誓おうじゃないか。
君を、貴様を――、」


――殺してやる。


直視するだけで、視線を合わせるだけで寒気が泡立つような瞳――仮面の男は、思わず身を横へと引いていた。
つっかえ棒が無くなり、持て余した慣性を何とか制御しようと、千鳥足でジェイルは男の脇を転がっていく。

そのまま数歩――地面の上を転がり、男との相対距離にして7,8メートル程の地点で、漸くジェイルは動きを已めた。
その様で、何が殺してやる、だ――と先程感じた恐怖を振り払い、仮面の男はジェイルに向かって一歩踏み出す。


「――……契約を」

「……?」

「果た、せ――、」


か細い声、風が吹けば飛んでいくような、聞き取るのが困難な程小さい声――しかし、込められた力と、声色は強い。
内心怯みながらも、今は兎に角身柄を抑えなければ、と仮面の男はそれを無視し、二歩目を踏み出す――が、


「――――プレシアァァァァァァァァッ!!」


――ジェイルがそう叫ぶと同時。
大気を震わせ、轟音を響かせながら、天より光――雷鳴が轟いた。


「――なっ!?」


ちぃっ!、と舌打ちしながらバックステップする仮面の男――その直後、先程まで男が居た場所へと轟雷が降り注ぐ。
回避出来たのは間一髪――直前で感知した膨大な魔力反応がそれを許してくれたのだ。
秒速150kmを凌駕する速度――馬鹿げた威力の雷等、視認してからでは避けられない。

――いや、今考えるべきはそれではない、と。
男はタスクを切り替え、地面の焦げた異臭を鼻につかせながら、状況を把握しようと逡巡し始めた。


(――まさか……仲間っ!?)


結界は既に破壊されている――霧散するのも当然だろう、今落ちて来た雷の威力は正直、戦慄を禁じ得ない程のものだった。
その目的は――思索するまでもない、少年の救出だ。

逃がす訳にはいかない――あの少年は知り過ぎている。
何より、危険だ――あの目は、何かが狂っている。
自分達の悲願への障害になるのは間違いない――推測の域を出ないが、それは直感的に悟れた。

撒き上がった砂塵、散らばる砂礫、異臭を放つ煙――男はそれらを振り払い、少年が横たわっている場所へと一気に疾走する――が、


「――……ちっ!!」


少年――ジェイルの姿は、既にそこから掻き消えていた。







































「――……大丈夫?」


色彩の薄くなった――モノクロのようなジェイルの視界の中で、金の髪を風に揺らしながら、心配そうに声を掛けるフェイト。
ああ、助かったよ、礼を言おう、と口にしようとしたジェイルだったが、言葉にする事は叶わなかった。

自分は今、獣――アルフの背にでも乗っているのだろうか、と。
ジェイルは橙色の毛並みを見ながら、持ち上げる事も辛くなった瞼を、降ろそうとする。

そんな少年の様子――容態が思った以上に悪いと感じたのか、適当な高台にフェイトとアルフは降り立つと、すぐさま魔法陣を展開させる。
金色に輝きだした周囲の世界を美しいと感じると、ジェイルは意識を手放した――手放そうと、した。

自分自身をシャットダウンしようとした時、見えたのは一匹の蜘蛛――はやての家で捕獲した、黄金蜘蛛。


「…………」


瓶に入れ、懐に締まって置いた筈のそれは、今自分の左手に居た――黙って、自分を観察している。
戦闘中にでも殻が割れ、そのままくっ付いていたのだろうか。


(――嗚呼、そうだね)


ジェイルは、自分の左手の上でじっと此方を見続ける蜘蛛を眺めながら、胸中で呟く――いいだろう、と。


――高町なのははレイジングハート。
不屈の心を以って突き進んだ。

――フェイト・T・ハラオウンはバルディッシュ
金色の戦斧で悪を切り裂いた。

――八神はやてはシュベルトクロイツとリィンフォースⅡ
十字を掲げ、祝福の風を舞い踊らせた。


自分は弱者だ――だが、余りにも脆弱過ぎる。
以前から考えてはいた――自分専用のデバイス――しもべが欲しい、と。
そして今はより一層、欲しい――力が。でなければ、奴を――殺せない。
生命を愛し、地を這いずり回り、天を見上げる自分に相応しいデバイスが――要る。
守る為のデバイスではなく――殺す為のデバイスが、要る。

――ならば、と。

そう呟くとジェイルは、眠るように瞼を落とした――金の光が周囲を照らし出すと、三人の姿が虚ろに為っていく。




――ジェイルはコガネマル。
私は黄金の蜘蛛を傍らに、約束の空へと飛び立とう。





その言葉が、今日の終わり。
長い、長い一日が、漸く――終わった。







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