<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.15918の一覧
[0] フレイムウィンド&ケイオス  (TRPG風 異世界ファンタジー転生物)[ランダム作成者](2010/04/18 12:17)
[1] 1  チュートリアルなど無い[ランダム作成者](2010/04/11 14:23)
[2] 2  『スカベンジャーズ・マンション』 編[ランダム作成者](2010/04/04 11:49)
[3] [ランダム作成者](2010/03/05 19:59)
[4] [ランダム作成者](2010/04/04 10:57)
[5] [ランダム作成者](2011/02/18 06:32)
[6] [ランダム作成者](2010/04/04 10:59)
[7] [ランダム作成者](2010/03/05 20:47)
[8] [ランダム作成者](2010/03/27 12:51)
[9] [ランダム作成者](2011/02/18 06:30)
[10] 10[ランダム作成者](2010/04/11 14:29)
[11] 11  レベルアップ[ランダム作成者](2011/02/13 01:43)
[12] 12[ランダム作成者](2010/04/11 14:35)
[13] 13[ランダム作成者](2010/04/12 10:50)
[14] 14  『エトラーゼの旅立ち』 編[ランダム作成者](2010/04/26 15:42)
[15] 15[ランダム作成者](2011/02/18 06:34)
[16] 16[ランダム作成者](2010/05/09 13:10)
[17] 17  意思ぶつけ作戦[ランダム作成者](2010/05/25 02:19)
[18] 18[ランダム作成者](2011/02/13 02:36)
[19] 19  精神世界の戦い[ランダム作成者](2011/02/13 05:10)
[20] 20  いざ、人生の再スタート      (LV 3にアップ)[ランダム作成者](2011/02/18 22:55)
[21] 20.5  かくして混沌の申し子は放たれた     (主人公以外のステ表記)[ランダム作成者](2011/02/27 14:19)
[22] 21  『帝国からの逃避行』 編     [ランダム作成者](2011/12/07 21:52)
[23] 22[ランダム作成者](2012/03/18 15:13)
[24] 23  リンデン王国を目指して[ランダム作成者](2012/03/19 02:30)
[25] 24  グレーターデーモン     (ティーナのステータス表記)[ランダム作成者](2012/04/05 05:41)
[26] 暫定 キャラクターデータ まとめ[ランダム作成者](2011/02/13 02:00)
[27] 暫定 アイテムデータ まとめ[ランダム作成者](2010/05/20 16:57)
[28] LVや能力値などについての暫定的で適当な概要説明 & サンプルキャラクターズ[ランダム作成者](2011/02/27 14:10)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[15918] 24  グレーターデーモン     (ティーナのステータス表記)
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:7e39eeef 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/05 05:41


 最初はもっと沈鬱な道行きになるかと思っていた。

 連れは皮肉屋で凶悪で得体の知れないクソガキだが、ある程度の距離感を持って接してくれているので生じるストレスは割と少ない。むしろ、その不貞不貞しさに安心感すら覚えるほどだ。
 不安で堪らない今の自分には欠かせない存在である。
 いきなり独りにされたら多分、泣く。
 パーティー壊滅の無惨な光景がもたらしたショックは、自分の心に深い傷となって残っているのだろう。せいぜいが友人以上親友未満という関係であったはずなのに、仲間達の死は時間の経過と共に酷く重苦しいものになっていった。

 本当は今すぐにでも暖かい寝床のある部屋に引き籠もりたい。
 しかし、拠点の宿屋がある帝都には戻れない。戻りたくない。
 帝国の冒険者ギルドはデーモン達の巣窟なのだ。
 ブラッドから送られた矢文だけが根拠ではない。落ち着いて記憶を辿れば思い当たる節はいくらでもあったのである。

 有力パーティーの殉職率の高さ。ギルドが無料で開放してくれている宿泊施設。一流の設備が置かれたトレーニング場。食堂の美味しいメニュー。新米冒険者への手厚い援助。新しい登録申込者を紹介するたびに支払われる礼金の額。自分よりも美人で知的で愛想が良い受付嬢の存在、等々など……。

 どれもこれもあれもそれも、自分達のような冒険者を呼び込み、引き留め、育て、消費するための手練手管だったのだろう。
 魔領主(デーモンロード)の餌として。

 無知な自分だって魔族の支配者達の恐ろしさは知っている。百科事典系サイト〈エトペディア〉にちゃんと書いてあったのだ。
 レベル30以上の神話級冒険者パーティーが最高の装備と万全の準備で挑戦して、ようやく勝率が三割に届くという化け物だと。
 自分などには想像も付かない、雲の上の存在だ。

 だから逃げるしかない。
 もはや事の真偽はどうでもいい。例え勘違いや妄想という可能性が高かったとしても、白黒つける物騒な賭けに臨むつもりはない。
 負けた場合に失われるのは、自分の命と魂なのである。
 胸にあるのは恐怖と不安と焦燥だけ。確かめる気なんて起きるはずもない。

 一秒でも早く、一歩で遠く、帝国とは無縁の土地に行きたかった。


 ……なのに、

「おお、っとっとっと」

 このクソガキは何で、こんなにも呑気に構えていられるんだろうか?

 ティーナの命の恩人にして旅の道連れであるところの8歳児──ゼイロドアレクは、火を付けた五本の松明でジャグリングをしながら東への街道を進んでいた。
 その頭の上にはアーティファクトの神ボトルが乗せられていたが、急ぐティーナと並んでの軽い小走りを維持している。
 瞠目に値する器用さ。本職の大道芸人並みの技芸と言えよう。

「……よく続くわねえ。そんな低い技能レベルで」

 傍で披露される身としては、何とも鬱陶しい限りだ。

「そうだな。25.0を過ぎた辺りから上がりにくくなった」

 どうやら《大道芸》技能を上げたくてやっているようだが、意図がまったく分からない。暇潰しにしてもエト版を覗くとか他にマシなのがいくらでもあるだろうに。
 ……もしかして嫌がらせ?
 そんなにわたしのことが嫌いなのかしら?

「だが、今まで失敗続きだった技が急にできるようになるってのは不思議なもんだな」

 上半身を振って神ボトルを引っ繰り返し、中身のブランデーを口に含むゼイロ。すぐに戻してジャグリングをしながらの火吹き芸に移行する。
 失敗続きだったと言うだけあって中々難度の高そうな離れ業だ。
 初の成功を収めた事に対する小さな連れの反応も、新鮮で面白い。
 ……ふぅん?
 その横顔から微かに光る子供らしい嬉しさや好奇心といったものを見て取ったティーナは、我知らず口元を綻ばせていた。
 ……いやいや、やっぱ可愛くないわ。
 ここまで人の足下を散々濡らしまくっておきながら、未だに謝罪の一つもないガキである。憎らしい事この上ない。

「反復練習による慣れとは違う。補助具を付けてるみたいな感覚だ」
「技能レベルのおかげってことよね?」

 半ば上の空といった様子で『ああ』とだけ答え、ゼイロが呟く。

「……振り回されねえようにしねえとな」
「え?」

 小首をかしげて尋ねてみるが、返ってきたのは溜め息一つ。ほとんど無言の拒絶に近い態度だった。
 ……はあ? なによそれ。一人で勝手に完結してんじゃないわよ。

「そんな事より付けられてるぞ。追っ手かもしれん」

 そして容赦のない追い打ち。
 反射的に出かけた文句は喉の中で弾けて消えた。

「お、追ってきたの? ででででデーモンが?」
「さあな。透明なんでよく分からん」
「透明って……」

 確かに大道芸の最中に何度も後ろを向いてはいたが、それでどうして透明な追跡者の存在に気付けるのだろうか?

「目を凝らすとな、陽炎みたいに歪んだシルエットが見えるんだよ。
 あとは地面に零したブランデー。濡れた足跡が向かってきたら、お前はどう思う?」
「あははは……そりゃ決定的ね」

 どうやら、ただ練習に勤しんでいたわけではないらしい。
 ゼイロはゼイロなりのやり方でギルドの追っ手を警戒していたのだ。

「どんな奴か確認してくれ。エルフってのは熱が見えるんだろ?」



 ◆ 種族特性 【熱感知視覚】

    貴方の目には熱を捉える機能が備わっています。
    目にする温度は色味と明度によって異なり、
    暖かい物ほど赤く明るく、冷たい物ほど青く暗く映ります。
    闇夜に紛れて忍び寄る生物などは、貴方の前で篝火のごとき姿を晒すことになるでしょう。
    熟練者ともなれば相手の熱から通常の視覚情報以上のものを察知できるかもしれません。

     あらゆる物体から発する熱が見られるようになる。
     通常の視覚との切り替えが可能。



 エトペディアでエルフの項目を見ていたのだろう。勉強が嫌いな自分と違って予習には余念がない性質のようだ。
 ゼイロの提案に従い、早速見てみる事にする。

 ……うぅっ!?



 ◆ バングルグ  LV 5 〈下位魔族 投影体〉〈サイズ S〉

   HP 92/92 MP 55/55 CP 70/70
   STR 28 END 21 DEX 11 AGI 10 WIL 11 INT 7
   最大移動力 80 戦闘速度 100
   通常攻撃=叩き 3D6+2  鉤爪=斬り 3D6  牙=叩き 3D6-1
   防護点: 7(基本+2 皮膚+2 特技+3) 魔法+5 炎熱-10
   特殊能力: ステルス スキン (体表面の光を屈折させて姿を隠す)

  詳細: 光沢のある白い外皮が特徴的な人型の下位魔族(レッサーデーモン)。
       透明化能力を持つが知能が低く、また機敏でも器用でもないため
       本格的な隠密行動には不向きとされており、
       主に筋力の高さを活かした荷物運びなどの単純労働に使役される事が多い。
       バングルグの透明化はその特殊な皮膚に由来する能力であるために
       傷を付けられると格段に精度が落ちるという欠点がある。



 サーモグラフィーに似た視界には予想通りと言うべきか、10体の怪物の姿が映っていた。
 砦で見たフレゲレスよりもレベルの低い下位魔族だったが、凶悪なゴリラが横並びで迫ってきているようなものなので危険度は充分すぎるほどだろう。ステータスを鑑みても楽に勝てる相手ではなさそうだ。
 近接戦闘に自信のない自分にとっては尚更である。
 1対1でも自殺行為。2対10とかマジやめて。
 組み付かれたら終わりなのに実質1対5とか、本気で殺すつもりとしか思えない。
 そもそも何で追い掛けてくるのか? こんな取るに足らない小娘と小僧の二人くらい放っておいても構わないだろうに。まさか、殺す気で弄び続ければ将来は英雄になるとでも思っているのだろうか?
 だとしたら、魔領主というのはバカだ。
 大馬鹿者のサディストの、どうしようもない暇っこきだ。

「おい、しみったれた面してる場合か。見えたんなら教えろ。立ち止まるな」
「うううぅぅぅ……デーモンですぅデーモン。デーモンでした。れっさぁでぇもん~~」

 へたり込みそうになったところで手を引かれ、無理矢理に歩かされる。
 迫る恐怖がデーモンならば、誘う狂気はデビルかデスか?

「ふむ、火に弱いのか。勝てない相手じゃなさそうだ」

 涙声を絞って敵の詳細を告げたティーナは、世間話程度の気軽さで相づちを打つゼイロの姿に、何か言い表せない虞のようなものを感じずにはいられなかった。
 何処までも不敵で、何処かしら楽しげ。
 あらゆる苦難に負けず進まんとする、屈折した健やかさが窺える。

「か、勝てるの? 自信ある?」
「あるある。あるから手伝え」

 しかし、だからこそ、彼の言葉には力が宿っている。
 気休めではない。吹き込まれた者の心に導の火を灯す、熱い風が渦巻いているのだ。

「火の魔法が得意なんだろ? じゃあ、最初に一発でかいのをお見舞いしてくれ。
 できるだけ広範囲に炎を浴びせられるようなやつだ。倒す必要はないぞ。軽い火傷で充分だ。
 連中の姿がはっきり見えるようになればいいんでな。後の始末は任せとけ」

 特に、自らが矢面に立つ事を厭わないところが素敵。
 見つめられるとクラクラする。
 やっぱり吊り橋効果なのだろうか? もしかしたらステータス異常かもしれない。悪魔の囁きとか視線とか、とにかくそういう感じのやつだ。
 ……別の意味で怖くなってきたかも。
 人里に着いたら神様にお祈りしておこう。神官にお祓いを頼んでみるのもいいだろう。
 多分それで、この風邪みたいな症状は治まるはず。

「……どうした?」
「う、うん。何でもない。大丈夫」

 気を取り直し、該当する魔法のデータを脳裏に浮かべる。



 ◆ 魔法 【爆裂火球Lv 2】 〈高 難易度〉 〈火霊術系〉 〈魔霊術系〉 〈攻撃系〉 〈射撃系〉

    MPを消費して火の精霊に働き掛ける事で、球状の炎の塊を発生させる魔法です。
    火球は着弾点を中心にその炎を広げ、範囲内の物を燃焼させます。
    直撃を受けた対象は基本の倍のダメージを受けますが、
    距離と共に火勢が弱まっていくため、効果範囲全体に一定のダメージを与えることはできません。
    着弾点から離れた位置に居る対象へのダメージは減少してしまいます。
    咲いては散る巨大な炎の花のごとき見栄えから、攻撃魔法の花形とされて久しい魔法ですが、
    未だに持て余してはパーティー崩壊の危機を招く術者が絶えません。
    用いる際は味方を巻き込まないように細心の注意を払いましょう。

     対象に火を付ける(小)。 着弾点を中心に爆発する(小)。
     対象に 3D6+(《火霊術》技能熟練度÷9) 点の炎熱ダメージを与える。

     基本消費量  MP 30

     有効対象  複数(使用者を含む)
     有効射程  (火霊術》技能熟練度÷9+WIL)×魔法Lv メートル
     効果範囲  (火霊術》技能熟練度÷9+WIL)×魔法Lv-70% メートル
     効果時間  一瞬



 複数の敵を巻き込めるといえば、これしかない。
 【爆裂火球(ファイアーボール)】。ティーナが唯一習得している範囲型の攻撃魔法だ。
 だが生憎と、撃った試しは数える程度。
 習得したばかりで練習する機会がなかったのだ。──いや、正確に言うと機会はあったのだが、ティーナのパーティーでは前衛が敵を片付けてくれるという戦いがほとんどだったので、そうそう使う事はないかと後回しにしていたのである。
 緊張で体の芯が熱くなる。後悔先に立たずとはこの事だ。
 ……けど、当てるだけなら大丈夫。

「狙いは適当でいい。頼んだぞ」

 背中を押す小さな手に支えられるような気持ちで魔法を選択すると、いつものように自らの意志とは関係なく息が紡がれ、舌が躍り、唇が動きだした。
 【爆裂火球(ファイアーボール)】の呪文の詠唱だ。魔法や特技の発動に関わる手順は基本的にオートで行われるのである。
 最初は勝手に動く身体を気味悪く感じていたのだが、今となっては慣れたもの。収束する魔力と共に昂ぶり始めた心のままに素早く反転。10体の下位魔族が反応する前に右手を突き出し、

「【爆裂火球(ファイアーボール)】!」

 高らかに唱える。
 掌に生じた熱さが一瞬で遠ざかり、大気を焦がす独特の音を響かせて大きく爆ぜる。
 その現象は鮮烈な光となってティーナの両目を貫いた。

「まぶっし!?」

 狙いを付けるために熱感知視覚のままでいたのが原因なのは言うまでもない。

「アホか、よくやった!」

 褒めるか叱るかどっちかにしてほしいが、それなりに効果はあったのだろう。ゼイロの駆け出す気配が興ったすぐ後に雄叫びと獣じみた悲鳴が聞こえてくる。
 とても野蛮で勇ましい、暴力の音色だ。
 ギロチン包丁で骨肉を断つ小さな勇姿が在り在りと浮かんでくる。
 涙で滲む視界には少々強すぎる刺激だったが、何も聞こえないよりは遙かにマシというものだろう。

「もう一発、ファイアーボールだ!」

 そしてどうやら戦況も悪くはないらしい。

「まだ見えないんだけど!」
「構わん! まっすぐ正面に撃て!」

 10体もの下位魔族を相手にしながら指示を出せるのは素直に凄いと思う。しっかりと余裕を持って戦えているという証拠だ。

「次は右に! そこでストップ! ファイア、ファイア、ファイア!!」

 本当に、やな奴だけど頼もしい。


「やべえ! 逃げろぉぉ────っ!!」

 ……って、ちょっと!?

 視力が回復して真っ先に見えたのは、こちらに向けて猛然と駆けてくるゼイロの姿だった。
 置いて行かれては堪らないので、ティーナも反射的に後を追う。

「あんた、後は任せろとか言ってたわよねぇぇぇ!?」
「言ったよ! 片付けたよ! 最初の連中はな! アレ見ろアレ!」

 促されて見れば、側面の森から続々と現れるレッサーデーモンらしき群れの影。
 逃げ惑う野生動物も混じっているので正確な数は分からないが、【爆裂火球】を百発撃っても殲滅には程遠いであろうというくらいには推し量れた。
 常識外の規模の新手である。

「なんでよっ!? ねえ、なんで!? なんであんなに追っかけてくるのぉぉ!!?!?」
「さあな。話の通じる奴が来たら訊いてみるといいさ」

 10レベルにも満たない個人の力量ではどうする事もできない、圧倒的な物量だ。
 統制がとれているようには見えない。
 走って逃げ切れるとも思えない。
 まるでレミングスの行進。生きて押し寄せる波のごとき猛威であった。

「余裕ぶってるけど、何か考えがあるんでしょうね!?」
「いや、特に何も。足が抜けるまで走れとしか言えんな」
「足の前に魂が抜けるわよっ!!」

 併走するゼイロの髪を引っ掴んでやりたい衝動を抑え、速度の維持に全力を挙げる。
 余計な事に労力を避けるような余裕はない。
 昨日もフレゲレス相手に走り回らされたのだ。身体が資本の冒険者家業とはいえ、こう立て続けでは身が持たない。
 先行きの暗い逃避行を想い、ティーナは己の巡り合わせの悪さを呪った。

「そうなったら、お前のアイテムは俺の物だな」

 ついでにゼイロの事も呪ってやった。
 ……絶対に、こいつより先には死んでやらないんだから!
 生き延びるための意欲が無自覚の内に燃え盛る。

 旅を共にして一日目。連れの図太さに早くも感化され始めたティーナであった。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 子供のお遊びだと思って甘く見たのが間違いだった。
 
「あの畜生共め!」

 馬の蹄と軋む車軸の音だけが繰り返し耳を打つ馬車の中で、男達は口々に昨日の失態の原因を罵っていた。
 本心からの苛立ちを剥き出しにしてがなる様は、手足を拘束する枷の存在を抜きにしても一目で悪党と分かるほど。そんな輩が10人近くも詰め込まれているせいで酷く不愉快な空間となってしまっている。
 彼らは帝国の農村部で活動していた人攫いの一味であった。

 アリュークスにおける奴隷制度は比較的ポピュラーな労働システムであり、多くの国家では刑務所にぶち込んでおくよりもタダ働きをさせた方が公共の利益になるであろうとの経済的な理由から、犯罪者や支払い能力のない債務者のみが刑罰奉仕や強制労働という名目で奴隷階級に落とされるため、批判的な者は一部のエトラーゼなどの少数派に限られている。
 取引は公認の奴隷商が請け負う仕組みになっており、買い手のほとんどは恒常的な労働力を求める農園や鉱山の経営者達だ。
 これが奴隷取引の正規ルート。
 その経緯から、若い女性や子供が売りに出されるケースは非常に少ない。
 司法が未熟であったり富裕層と貧困層の差が激しい地域であれば話は別だが、大きく取り沙汰されるような事態にはなっていないというのが現状だ。

 非正規ルートの奴隷取引は、そういった穴に付け込む形で行われる。
 例え違法な手段で集めた奴隷であろうとも、役人や司法のお目こぼしが利く国で認可を受けてしまえば問題にならないというわけだ。
 登録された奴隷には国際規格のマジックアイテムによるマーキングが施されるため、国外逃亡を果たしたとしても真の自由は得られない。解放されるには自分で自分を購入できるだけの資金を稼ぐか、保証人その他を伴って法廷に訴えるかの二通りの方法しかないのである。
 当然ながら、そんな都合の良いアテやコネを持っている奴隷はまず居ない。
 居たとしても、売却される前に身代金の支払いなどで決着が付いてしまうだろう。

 故に、違法奴隷の被害者の大半は、罪なくか弱い女子供だ。
 平凡な男よりも高値で売れるし、拐かすのにも苦労が少ない。官憲の目が届きにくい地方の者なら成功率も跳ね上がる。

 ……しかし、さすがに欲を掻きすぎた。
 そろそろ網が張られそうだから、東部開拓地経由で南に逃げよう。
 ついでに商品の仕入れもできる。一石二鳥の美味しいルートだ。
 人攫いの男達が帝国東部の開拓村に繰り出したのは、そのようなクソッタレた事情からであった。

 国境付近の警備は把握していたし、内海を渡る船の手配も整えている。入念な準備を済ませた上での道行きだ。
 本来なら無事に逃げおおせられるはずだった。
 ちょっと人気のないところで遊んでいた子供達を拉致して国外に脱出するだけの、簡単な仕事のはずだったのだ。
 子供の一人が飼っていた羊と牧羊犬にさえ出会わなければ……。

「納得いかねええ!! 信じらんねえーっ!!」

 それはまさしく、悪夢のような誤算だった。
 荒事に慣れた大の男達が、どう見てもただの家畜にしか見えない生き物に叩きのめされてしまったのである。
 剣を使った。魔法も使った。形振り構わず戦った。
 なのに、負けた。ボコられた。
 羊一匹殺せなかった。

 そうして目を覚ました時には囚人護送の馬車の中。
 御者を務める帝国の警兵に尋ねれば、行き先は最寄りの町の裁判所だという。
 判決は縛り首か、死ぬまで続く過酷な強制労働といったところだろう。奴隷狩りが奴隷になるわけだ。
 悪い冗談としか思えない顛末である。

 何としてでも逃げなければ。

「おい、どうした? 何で止まる?」
「警兵さんよ、魔物でも出たのかい?」

 悲鳴のような嘶きと共に、二頭立ての護送馬車が足を止める。
 恐らく魔物の気配を感じ取ったのだろう。忙しなく首を振る馬達の萎縮しきった様子に、人攫いの頭目は内心で喝采を上げた。
 早くも脱走のチャンスが訪れた、と。
 熟練の目配せで手下達に文句を垂れろと指示を出す。

「魔物だって!? マジかよ!?」
「おーい、大丈夫なんだろうなあ!?」

 御者を含めた6人の警兵達はどれも実戦経験の少なそうな者ばかり。できるだけ不安を煽ってから協力を申し出れば、臆病風に吹かれて妥協する可能性は充分にある。
 一人でも自由になれれば御の字だ。騒ぎに乗じて馬車を奪えるかもしれない。

「死にたくねえええ!!」

 大人しくしていたところで待っている運命は死か生き地獄のどちらかなのだ。今更、己の見苦しさを顧みるような潔い連中ではなかった。
 
「手を貸そうか? 人手は多い方がいいだろ?」
「なあ、せめて足枷は外してくれよ!」
「頼むから早くしてくれ!」
「間に合わなくなっても知らんぞぉぉぉ!!」

 もう一押しでいけるか?
 確認のため先行していた警兵が慌てて戻ってくるのを見て、密かにほくそ笑む。
 しかしそれは淡い期待、浅はかな目論見というもの。
 打ち砕かれるのがアリュークスの摂理だ。

「…………や、山火事でも起こったのか?」

 必死の形相で先頭を駆けるのは人間の子供とエルフの少女。
 その後ろに続くのは、森に住まう凶暴な魔物と無害な動物達が渾然一体となったスタンピード。
 街道の向こうから押し寄せるそれらは余りにも膨大で、もはや群れというよりは一個の波のようだった。
 20人足らずのまとまりに欠けた集団ごときで対処できるような脅威ではない。武器を手に立ち向かったところでプチッと潰されるのがオチだろう。

「抜ける前に代わりの足が見つかったな!」

 呆然と眺めているだけの空白を断ち切ったのは、群れから逃げてきた二人連れの片方。ブロウンらしき特徴を備えた下着姿の子供だった。
 走り込んできた勢いのままに御者台に飛び乗り、

「ようし、いい子だ! 俺と一緒にダービーを目指そう!」

 堂に入った手綱捌きで馬車を転身させる。とんでもない即応力の持ち主だ。

「っもう嫌! っもう走れない! っもう何なのよ! ほんとにもう!」

 モーモーうるさいもう片方のエルフの少女は、馬車に乗り込むやいなや盛大にベソを掻き始めた。連れと違って見た目相応と言えば相応かもしれない。
 頭目は何の冗談でこんな事態になったのかを尋ねようとしたが、全速で駆ける馬車の中では手下達の下敷きにならないように踏ん張るのが精一杯だった。
 騎馬で同道していた警兵達も後に続き、元来た道をひた走る。

「もっとスピード出せよ!」
「追いつかれるぞ!」
「痛てぇっ! 踏むな踏むな!」

 脱走云々の話はすでに遠く記憶の彼方。護送馬車の一行は圧倒的な命の危険に追い立てられて混乱の極みに達していた。
 助かりたい。助かりたい。
 死にたくない。
 もっと速く、何でもするから何とかしてくれ。
 ある意味、心は一つの状態だ。

「ティーナ、荷物を捨てろ」

 そう長続きはしなかったが。

「……え? にもつぅ? そんなのどこにあるってのよ?」
「目の前にむさ苦しいのがあるだろうが。邪魔だから全部捨てろ。馬がバテちまう」

 手綱を握る子供の口から吐かれたセリフに、馬車内の空気が一気に冷え込む。
 囚人護送のための馬車なのだ。私物や押収品の類は載せられていない。
 積み荷に相当するのは囚人で、罪人で、人間で……つまり自分達だ。
 それを捨てろと、まるでお茶を入れてくれとでも言わんばかりの気軽さで、この小僧は宣ったのである。
 実に合理的な判断だが、子供の口から聞かされて気持ちの良いものではない。捨てられる側となれば余計にだ。
 まったく堪ったもんじゃない。

「じょじょ、じょ、冗談じゃねえぞ!!」
「死んじまうだろうが!」

 エルフ少女も明らかに尻込みした様子で視線を泳がせている。

「え、えっと、その、言いたいことはわかるんだけど……」

 連れの背中と抗議の声を上げる生きた荷物との間で行ったり来たり、

「無理よ、無理無理!! ぜったい無理! やったことないもん!」

 泣き腫れた顔には恐怖と困惑の相が浮かんでいた。

「当たり前だ。あったら逆に驚くわ」

 毒気を抜かれたような調子で子供がぼやく。
 叱咤しないのは諦めたからではなく、任せられないと見切りを付けたからなのだろう。元々の御者に手綱を返し、気負いのない足取りで荷台に乗り込んでくる。
 眼が合ったのは、ほんの一呼吸にも満たない間の事だ。

「や、やめろ。やめてくれ……」

 だが、それだけで充分。
 分かってしまった。射竦められてしまった。
 この少年は、紫の瞳の持ち主は、自分達など及びも付かない悪の権化なのだと。
 でなければ完璧な異常者だ。たかだか10歳程度にしか見えない小僧に、どうしてここまでの凄みがある? 今までに出会ったどの生き物よりも怖い。怖い。怖い。同じ空気を吸ってるだけで心臓が止まりそうだった。
 許しを……許しを請わなければ……。

「しし、従います。あなたの下に付きます。何でも言うことを──」

 どうにか絞り出せたのは、本心からの服従を訴える言葉だけ。
 結局、返事はもらえなかった。
 ──というより、最初から耳を貸すつもりがなかったのだろう。

「ぐぇっ!」

 すでに手下の半数が、少年の振り下ろす刃に脳天を割られて絶命していた。
 拘束された手足を振り回して必死に抵抗していた残りの連中も、鶏を絞めるかのような手際の良さで次々と喉笛を切り裂かれていく。
 それはまさに、ある意味での芸術。冷徹な意志による遂行を主題にした殺戮劇であった。
 とても無慈悲で残酷で、どうしても目が離せない。
 鎖骨から心臓にまで達した鋼の冷たさすらも、他人事のように感じられる。
 逃れようのない死の恐怖を前にして諦めの境地に至った頭目は、ただ夢心地のままに逝く事ばかりを望んでいた。

「や、やっぱり痛てぇぇ~~……!!」

 まあ、所詮は付け焼き刃のトランス状態でしかなかったのだが。
 三流の悪党の最期にしては、下手に足掻かない分だけ上等な部類だったと言えるかもしれない。

 こうして名も無きクズ野郎の集団がまた一つ、アリュークスの大地に散っていったのである。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 最後の囚人を始末したところでギロチン包丁を収め、顔に掛かった鮮血を拭う。
 これで本当の意味での荷物になったな。
 御者の話だと人攫いだそうだし、更正の余地のない腐った面構えの連中だったから別に悪いとは思わんが、目撃者の存在が気に掛かるな。

「急いで捨てるぞ。そっちを持ってくれ」
「えぇ!? 持てって……嫌よ、ダメ、無理! だってこれ、死んでるじゃない!」

 例え死刑囚であろうとも手続きを素っ飛ばして殺してしまえば罪に問われる。それが法治国家というものだ。
 つまり、俺は殺人の現行犯で、こいつらを護送していた帝国の兵士達には俺を逮捕しなきゃならん義務があるわけだ。

「ユニークな嫌がり方をするな。死体くらい見慣れたもんだろ」
「触るのは初めてなのよ!」

 今すぐ何かをしてくるとは思えないから、恐らく安全な場所に辿り着き次第、身柄を拘束という流れになるだろう。

 ……んーむ。
 現場の裁量で有耶無耶にしてくれねえかな? 上手いこと言いくるめれば何とかなるか?
 ぶん殴ってふん縛って、馬をもらってトンズラするのもいいな。どうせ2万キロの彼方に高飛びする予定なわけだし。
 ちなみに手を汚すつもりはないぞ。
 社会のマイナス要素にしかならない連中ならともかく、巻き込まれただけの無関係な人間を無闇に殺すのは性に合わん。ティーナじゃないが俺も嫌な事はできるだけやりたくないのだ。
 どうしても必要とあらば容赦はせんが……まあ、成り行き次第だな。
 お天道様の下に出ても綱渡りなのは相変わらず。次の朝日を拝むために全力を尽くそう。

「1、2の3でポイだからな。間違って落ちるなよ」

 とりあえずは、荷台に転がっている汚い荷物の後始末だ。

「ううっ! まさかこんな人殺しの片棒を担ぐ羽目になるなんて……」

 泣き言だだ洩れ状態のティーナと二人でいそいそと、目まぐるしく流れる地面に投棄していく。
 石畳で舗装された街道を跳ねて転がるその様は目にも耳にも悪いものだったが、騒々しく追い掛けてくる魔族と動物の混成軍があっという間に掻き消してくれたので、具体的な不快感を覚えるほどではなかった。
 むしろ、捨てるというよりは怪獣に餌をやっているような感じで微妙な気分になってくる。
 
 ……あと、この作業はアレだ。
 メキシコ湾に死体を捨てていた駆け出しの頃を思い出しちまうんだよな。
 当時の相棒は臭い息を吐くヤク中のゲイで、死んだ野郎にまで突っ込もうとする困った奴だった。
 あいつに比べると、うるさくてバカなだけのティーナは別次元の好人物と言えるだろう。
 それなりに役に立つし、文句言ってても結局は手伝ってくれるし。

「仕方ねえだろうが。現状維持だと追い付かれて死ぬ。放り出しても頭を打って死ぬ。助かってもすぐに踏み潰されて死ぬ。
 ってな具合で、どの道こいつらは死ぬしかなかったんだから。グタグタ言うだけカロリーの無駄だ」

 ちょっと口を動かすだけで大人しく引っ込んでくれるんだから、扱いも楽なもんだよ。

「でも、実際に殺したのはあんたじゃないの!」
「そりゃそうした方が手間が省けるからな。誰だって駄々っ子みたいに暴れる大の男を引き摺って放り出すなんていう重労働はやりたくないだろ。──ほれ、いち、にぃのさ~んっはい!」

 よし、これで風通しが良くなったな。クソ狭く感じられた馬車内の空気もスッキリだ。
 最後の荷をひときわ高く放り投げた俺は、清々しい労働を終えたばかりの健やかな笑顔で御者台に座る兵士の背中に声を掛けた。

「あんたもそう思うよな?」
「……ん、何の話かね?」

 ふむ、即答か。
 返事が遅れるようなら軽く脅すつもりだったんだがな。あっさり同意を得られちまった。
 まあ、多少なりとも働く頭があれば必要な措置だったと理解できるだろうし。実際に馬車を動かしてるんだから当然と言えば当然か。

「ほ、本当に? 本当にいいんですか、警兵さん? こいつを野放しにして」

 逆にティーナの方にこそ口止めが要るのかもしれん。

「落ち着きなさい、お嬢さん。罪のない子供を逮捕するわけにはいくまいよ」
「罪がないってそんな……。ちゃんと人の顔を見て言えます? まっすぐ目を見て言えます? 言えますか!? 言えませんよね!?」
「もちろん言えるとも」
「うわぁぁぁん!!」

 こらこら、お前は俺の味方じゃないのかよ。
 思ったより遵法意識が高いのは結構だが、精神の柔軟性を欠いたまま生きるくらいなら改めた方がいいぞ。

「彼は無罪だ。囚人達は事故で死んだんだ。稀によくある平凡な話だよ」
「な、なんて白々しい……」

 ……いや、こりゃ単に混乱してるだけだな。
 自分が初めて人間の死体を作った時の事を思い出す。怒りで我を忘れていたせいで頭の中が真っ白だった。初めて死体を触った今のティーナも似たような状態なんだろう。充分な睡眠を取れば立ち直るはずだ。
 カウンセリングは必要ない。
 何しろ仲間の調理現場を見たその日の晩に飯が食える女なんだからな。心配するだけ損ってもんだよ。

「アホは放っといて建設的な話をしよう。このまま行くと開拓村に着くそうだが、進路を変えなくて大丈夫なのか?」

 後方の群れを眺めながら『警兵さん』と呼ばれた兵士に尋ねてみる。
 スピードはこっちの方が上だし、馬の負担も減ったからスタミナ切れで追い付かれる事はないと思うが、先に人里があるのが問題だ。
 あの勢いは石造りの城壁か大きな堀でもなけりゃあ止められんだろう。
 開拓村の防備がどんなものなのかは知らないが、下手したら全滅もあり得る。そんな後味の悪い展開だけは何としてでも避けたいところだった。
 命惜しさで村一つ犠牲にできるほど無能でも恥知らずでもないつもりなんでな。
 最悪の場合、街道を外れて森に突っ込む事も考えておくか。

「ああ、大丈夫だ。フェイブ村は【獣除け】と【聖域】の魔法で守られている」

 ん? 何の魔法がどうしたって?

「結界が張られてるみたいね。低級のモンスターや動物なんかじゃ近づけないはずよ」

 膝を抱えて微かな安堵感を漂わせているティーナに補足を求めたところによると、魔物やら肉食獣やらの生息圏に近い地方では、目に見えない魔法的な壁で集落を守るのが常識とされているらしい。
 この先のフェイブ村も御多分に洩れずとの事だ。 
 規模や強度なんかは集落によってピンキリで、酷いのになると庭の垣根程度の効き目しかないって話なんだが、そこら辺に関しても心配は要らないらしく、何でも帝国の開拓事業部から資金提供を受けているおかげで、かなり信頼性の高い結界が張られているんだと。
 警兵さん曰く、あれくらいの魔物ならば難なく防ぎ切れるとか。

 ……なるほどね。
 こいつら妙に落ち着いてるなと思ったら、そういうわけか。
 助かる根拠があったからなんだろう。よっぽどのドジを踏まない限り死にようがないもんな。

「君たちのおかげで馬車も軽くなったことだしね。もう安心してもいいと思うよ」
「……それって皮肉ですか?」
「いや、素直に受け取ってくれると嬉しいんだがね」
「どっちにしても最低よ」

 素晴らしきは予算に余裕のある自治体というやつか。
 このまま無事に辿り着けたら、お詫びの印に警兵さん達の肩でも揉ませていただきましょうかね。
 それとも、気の利いた物を墓前に供えてやるべきか。

「……なあ、その結界ってのはああいうのも防いでくれるのか?」

 俺達の巻き添えで死ぬような目に遭わせてしまって、誠に申し訳なく思う限りだ。
 晴れるどころか急激に濃さを増していく物騒な空気を感じ取った俺は、やや投げやりな調子で二人の視線を促した。
 異様な物体が後方の群れを押し潰しながら、えらい勢いで距離を詰めてくる。

 最初は岩か何かが転がってきてんのかと思っていたんだが、見間違いだったようだな。
 岩石質だが無機物じゃない。丸まって滑らかな球状に形を変えた、アルマジロみたいな生き物なんだ。



 ◆ イワ アルマジロ  LV 8

   HP ??/??  MP ??/?? MP ??/??

  詳細: ???



 直径3メートルくらいのな。
 名は体を表すって言葉そのまんま。恐らくはアリュークスに生息するアルマジロの一種なんだろう。
 甲羅には轢き殺してきた生き物達の血がべっとりと付いている。もっと小さければユーモラスで可愛いと評されたかもしれないのに、今のこいつはまるで街道を赤く塗りたくらんとする巨大なローラーのようだった。
 正直言って、手持ちの武器が通用する相手とは思えない。
 けれども、所詮は動物だ。知能の程度は知れたもの。
 倒す必要がないと割り切って考えれば、いくらでも対処のしようはある。

 本当に厄介なのは、こっちの方だな。

「キャーッキャッキャッキャ!!!」

 イワマジロの上に乗っかってる、人間っぽい何か。
 真っ白い地にゴテゴテとした模様を描いた顔面と、如何にも道化でございといった衣装で陽気に笑う、不気味の国の大道芸人。
 俺達に追い付いてきたのは、そんなふざけたピエロみたいな奴だった。
 ……いや、みたいなじゃなくてピエロか。
 ジャグリングで十数本のナイフを弄びながら、馬並みに速い玉乗りならぬアルマジロ乗り芸を披露してくれているのである。本職と見て間違いないだろう。

「ぐっ!? ぐれれ、グレーたぁ!?」

 そう、本職のデーモンのピエロ様だ。
 ティーナの悲鳴から察するに、どうやらこれが上位魔族というやつらしい。
 昨夜の内にエト版で調べた内容だと、確認されている中で最弱の個体でも14レベル。しかも、戦うなら一人じゃなくてパーティーを組んで挑むようにと書かれていたはずだ。
 シニガミ──レギオンゴーストが12レベルだったという事を考えると、確かにちょっとお目に掛かりたくない相手ではある。
 まあ、レベルなんてのはあくまでも目安に過ぎないと思ってたんだけどな。
 実物を前にしてみて、よく分ったよ。

 こりゃ普通の人間には堪らんわ。
 何処がどうというわけでもないのに、ただ見ているだけで脳髄が疼くような感じがする。
 本能が過剰な警鐘を鳴らしているせいなんだろうが、気の弱い奴なら泡吹いて倒れちまってもおかしくない。
 俺もこれまでに体験した未知との遭遇で慣れていなかったら、立ち眩みくらいは起こしていたかもしれねえな。
 まったく、大した化け物だよ。
 そんなのが2匹も居るってんだからな。本気で涙が出てくらぁね。

「HAHAHAHAHAHA!!」

 もう1匹の上位魔族はイワマジロの陰から、けたたましい排気音と共に飛び出してきた。
 わー、かっこいー
 石畳を切り裂いて走るマシンが一呼吸で馬車を追い抜き、左前方の位置をキープする。
 獣骨で装飾されたそれは紛れもなく大型の自動二輪。ガソリンエンジンで駆動する鋼鉄の駿馬であった。

 おいこら、待てや。
 何で悪魔がバイクに乗ってんだ?
 こっちじゃお馬さんが主役のはずだろうがよ。道を譲れクソ戯け──って!?
 初見の驚きと呆れは、そいつの右手に握られた物によって一瞬で霧散した。
 うおおっ! 野郎、銃まで持ってやがる!!

「早く伏せ──」

 俺の注意を遮り、銃声が轟く。
 最初に頭を吹っ飛ばされたのは、すぐ手前で馬を走らせていた警兵だった。
 ……危ねー。象撃ち用の散弾だよ。
 身体の何処にくらっても肉片にされちまう。俺の持ってる盾じゃ防ぎ切れんぞ。
 現に今、目の前で、鋼鉄の鎧を着た警兵が一番分厚いはずの胸甲部分に風穴作って死んじまったからな。
 鋼鉄に匹敵する強度と銘打たれている代物に、命を預ける気なんぞ起こるわけがない。

「え? なに? えぇぇ!?」
「伏せろっつったろうが!」

 事態を呑み込めずに固まっていたティーナを荷台に蹴り飛ばし、同じように硬直していた御者の警兵さんを引っ張ろうと手を伸ばす。

「ひぃっ!? きゃああああああ!!」

 ──が、さすがに間に合わなかった。
 血と肉の混合物が俺とティーナに降り注ぐ。
 あー……。
 すまんが、俺の身体は一つしかないんでな。この状況で二人分の面倒を見るのは不可能なんだわ。
 どうかデーモンだけを恨んで、安らかに眠ってくれ。

「HAAAAHAHAHA!!」

 ……あと、仇討ちは期待しないでくれ。
 警兵達を皆殺しにしたバイク乗りの上位魔族は、ピエロ以上に衝撃的な格好をした奴だった。
 いや、もう、何て言ったらいいのかね。
 マッドなマックスが活躍する、あの映画を彷彿とさせる出で立ちなんだよ。厳ついフルフェイス・ヘルメットと風を引いて流れるロングマフラーがお洒落な世紀末野郎だ。
 散々ぶっ放してくれた得物は、ダブルバレルのソードオフ・ショットガン。
 賭けてもいいぞ。こいつは絶対メル・ギブソンの熱狂的なファンに違いない。
 種族とか敵味方とかの違いがなければ、彼の作品について語り合えたかもしれないな。

「HAHAHAHAHAHAHAHA!!」
「キャッホ! キャッホ! キャッホ!」

 意思の疎通が可能かどうか、甚だ疑問ではあるが。
 ピエロの投げるナイフをタワーシールドで弾きつつ、千切れた手に握られたままの手綱を取る。

 …………さて、クソ。

「ティーナ」
「……なに?」
「楽しくなってきたな?」
「え?」
「楽しくなってきたよな?」

 ティーナがどんな顔をしているかは分からなかったが、息を呑む気配だけは伝わってきた。
 とりあえず、これだけ威勢を示しておけば大丈夫だろう。まだまだ正気を保っててくれるはずだ。
 手札は一枚でも多い方がいいからな。あっさり退場なんてされたら俺が困る。
 最後の最後まで付き合ってもらうぞ。


 2匹の魔族の視線が交差し、凶暴な気が膨れ上がる。
 呼吸するだけで寿命が削られそうな圧迫感が支配する中で、

「…………へっ」

 俺はこれ見よがしに中指をおっ立てた。

















あとがき

 中々先に進めません。
 予定していた弱い者イジメはあっさり終わって、また理不尽な敵が相手です。
 次回で村に着けるとは思いますが、どうなりますやら。
 多分、ヒロインが登場すると思います。

 すっかり凡人バカ女扱いされているティーナですが、決して無能ではありません。
 ステータスはこんな感じです。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


 名前: ティーナ

 種族: ライト エルフ  性別: 女性  年齢: 37

 LV 7  クラス: シャーマン/フレイムメイジ   称号: 家出娘

 DP 5(現在までに146p使用)  クエスト達成数:71  評判:+89/-3

 名声: 956
 (冒険 609 戦力 326 政治 21 宗教 0 軍事 0 商業 0 職能 0 芸能 0 学術 0 芸術 0) 

 HP 48/48  MP 200/200(154+30%)  CP 52/52

 STR 11(+5)  END 12  DEX 16  AGI 19(+2)  WIL 27(+5+3) INT 24(+3+2)

 アイテム枠: 11/20

 装備: イチイの木の短弓 〈Dグレード〉〈超軽量級〉 (刺し 1D6+2)
      ライトレザーアーマー 〈Dグレード〉〈超軽量級〉 (物理防護 3) 
      防護のアミュレット 〈Cグレード〉〈超軽量級〉 (物理防護 5)
      耐熱のルビーリング 〈Cグレード〉〈超軽量級〉 (炎熱防護 20)
      スパイダーシルクの高級肌着 〈Dグレード〉〈超軽量級〉       
      スパイダーシルクの高級下着セット 〈Dグレード〉〈超軽量級〉
      ダック・フェザーブーツ 〈Dグレード〉〈超軽量級〉

 防護点: 9 (基本+1 装備+8) 炎熱+20

 習得技能枠: 35/35

 戦闘技能: 火霊術 81.4(+30) 放出 58.2(+10) 地霊術 55.3(+10) 弓 44.1  回避 41.0
        短剣 38.8  超常抵抗 35.8  体術 32.9

 一般技能: 地理 62.3  水泳 54.7  教養 68.0  瞑想 47.1  騎乗/馬 52.8 
        交渉 71.4(+20) 演奏/リュート 68.2  解体 43.0  語学 52.8  観察 60.0
        視認 48.2(+5) 聞き耳 46.3(+5) 生存術/森林 64.6(+10) 歌唱 66.8(+20) 踊り 53.5(+10)
        忍び 44.2  隠れ身 40.8  魔物知識 49.0  アイテム鑑定 46.7  気配感知 48.1(+5)
        魔力感知 53.6(+5) 捜索 40.6  作曲 34.9  行進 47.3  探知 39.6
        調理 49.0  単純作業 38.1

 習得特技/魔法枠: 40(+4)/39

 特技: [精霊感知]  〔精霊との交信〕  [霊媒の儀]  [精霊使い]  精密射撃Lv 2(中)
      連射Lv 2(低)  魔法熟練Lv 2(超)  魔法拡大/数  魔法拡大/距離  言語の習得×3

 魔法: 『火象制御Lv 3』(超)  炎の魔弾Lv 3(低)  灯Lv 3(低)  発火Lv 3(低)  浄化の火Lv 3(中)
      烈火の刃Lv 2(低) 火蜥蜴の吐息Lv 3(中) 閃炎Lv 3(低) 陽炎の衣Lv 3(低) 蜃気楼Lv 3(中)
      炎熱の加護Lv 3(低) 火霊の守護Lv 3(低) 加熱Lv 2(低) 幻炎Lv 3(中) 迎え火Lv 2(中)
      熱源感知Lv 3(低)  爆裂火球Lv 2(高)
 
      『地象制御Lv 3』(超) 土の魔弾Lv 3(低) 地霊の囁きLv 3(低) 大地の盾Lv 3(低) 大地の鎧Lv 2(中)
      土への恵みLv 2(低) 土を泥へLv 2(低) 隆起Lv 2(低) 大地の癒やしLv 3(低) 地霊の束縛Lv 1(中)
      掘削Lv 1(低)  地下道Lv 1(中) 地尖変Lv 2(中)
       
 特性; 美形  美声  三分咲きの華  魔力の泉


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 新しく表記された項目がありますね。

 『評判』はプラスが善評、マイナスが悪評という扱いです。
 人助けをした後に盗みを働いて捕まっても、感謝の念や実績が消えるわけではありませんからね。それとこれとは別の話というやつなのです。

 目安としては0~50で普通の人。
 51~100で近所付き合いの良好な人。マイナスなら引き籠もり。
 101~200で善意の人扱い。マイナスなら軽犯罪の前科持ち。
 700くらいでマザー・テレサ。マイナスの人物像はご想像にお任せします。
 最大は1000ですが、どんな奴かは私にも想像できません。


 『名声』は、その分野における知名度プラス貢献度みたいなものです。
 高ければ高いほど有名で凄い奴だと思われます。
 特に上限はありませんが、ティーナはまだまだ新人レベルといったところですね。





前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.027369976043701