「それで、具体的にどうすればいいのかしら?」「自分自身の力を見せ付けるための、一番わかりやすい方法は、ほかのAランクアイドルに勝つことだな。アイドルがそのランクのアイドルとして認められる、唯一の方法でもある」「まあ、単純だよね。あんまり難しいこと言われても困るけど」 俺は造りかけのガンプラ(バイアランカスタム)をどけて、バランスを崩して、今にも崩落しそうな机の上から、一冊のアイドル雑誌を抜き出した。 隔月の雑誌で、ここ数回の表紙は、やよいが独占している。数ページを飾るやよいのグラビアに指がかかると、伊織の表情がかすかに強張るのがわかった。 それはさておき。「今のところのAランクアイドルの順位とポイントは、こんな感じだ」 一位 高槻やよい 3747373ポイント 二位 『YUKINO』 1853399ポイント 三位 如月千早 1490040ポイント 四位 天海春香 1359743ポイント 五位 リファ・ガーランド 1205439ポイント 六位 菊地真(トゥルーホワイト) 1137842ポイント 七位 覇王エンジェル 1044463ポイント 八位 高垣カエデ 1001534ポイント 「あれ?」 これからの戦略を組み立てていくうえで、欠かせないそれに、美希が疑問を投げた。「なんか多くない? Aランクアイドルってやよいを入れても六人だって思ってたんだけど」「うむ、美希の質問はもっともだ。それはもうちょっと後で説明する。まずは、Aランクでの戦い方の説明だ」「むむむ」 やよいが身を乗り出していた。 これからの議題は、アイドルとしての『高槻やよい』に対しては、まったくの不利益しかもたらさないのだが、そういうことはまあ関係ないらしい。 次期アイドルマスターと噂され、殺人的なスケジュールに翻弄されている彼女だが、まあ仕方ない。 伊織と美希が、ほんとうに大切ということなのだろう。 その気持ちを無下にすると、やよいそのものが潰れてしまう可能性もあった。 美希、やよい、伊織、と三人揃って、テーブルの上で買ってきたドーナツを広げていた。というわけで、言うまでもなくやよいの口の端に食べかすがついている。「Bランクまでは、プラチナリーグの順位とは、ただポイント順に名前を並べただけのものでしかないが、Aランクともなれば、順位自体が大きな意味をもってくる。ルールとしては、ボクシングのランキング制度を逆にしたようなものか」 伊織は眼を閉じている。 まあ、普通は知っていて当たり前のことで、今さら復習するまでもない。だからこの説明は、ルールに疎い美希に対してのものだ。 だが。 よくわからないという表情をしている美希は想像の通りだが、やよいもわかってなさそうなのがなんか心配だ。まがりなりにAランク一位が、こんなのでいいのだろうか?「ボクシングのランキング制度というのがまずわからないんですけど?」「ボクシングのランキングは、チャンピオンがいて、そこから一位から十二位まである。ランキングは、チャンピオンへ挑戦できる権利を争っていると考えていい。ランキング一位は一番にチャンピオンに挑戦できる権利があるということだ。つまり、ボクサーにとって、試合というのはチャンピオンにとっての挑戦権を奪い合っていると考えるのが、一番わかりやすいか」「はあ」 やよいが口を開けている。 まったくわかってないな、これは。「そして、一方プラチナリーグはその逆だ。Aランクの上位順から、同じAランクの対戦相手を指名できる権利が与えられる。むろん、相手に拒否権はない。指名した方とされた方は同じステージに立って、ファン投票で雌雄を決しないといけない。結果、勝った方が負けた方から40万ポイントを直取りできる」 つまり。 Aランク一位であるやよいが、六位の菊地真(トゥルーホワイト)を指名したとする。ファン投票でやよいが勝ち、菊地真が負けたとしよう。 すると、ポイントの移動はこうなる。 高槻やよい。 3747373に400000がプラスされ、4147373ポイント。 菊地真(トゥルーホワイト) 1137842に400000がマイナスされ、737842ポイント。よって、Bランクに降格。「どっちかというと、麻雀の点棒のやりとりよねこれ」「そういう見方もあるな」 また、下剋上が熱いルールでもある。 七位の覇王エンジェルが、もし四位の天海春香を指名し、万が一の大金星を勝ち取れば、1044463ポイントに400000プラスされることで、1444463ポイントであり、七位から四位までジャンプアップすることができる。 もっとも、天海春香はAランクに上がってから無敗で通しているので、彼女を指名するという選択肢は、現実的には考えづらいが。「なるほど」「もっとも、あまりいいルールだとはとても思えないけど」 ぽつりと零した伊織に、やよいが振り向いた。「え? 伊織ちゃん。それどういうこと?」「弱いアイドルに、救済措置がないのよ。このルール」「うむ、そうだな。同感だ」 伊織の言うとおりである。 Aランクに上がる条件が100万ポイントで、そこから40万も抜かれたら、たいていはBランクに落ちる。「Aランク上位順に、対戦する相手を指名できる権利があるということは、弱者を狙い撃つのが簡単なんだ。オーバーすればその時点でトぶからな。弱者から順番にトばしていくのがAランクを戦う上での定石といえる。一位が八位をトばせば、二位は八位を選べず、七位を指名するしかなくなる。傷を負う可能性を狭められる。三位が六位をトばしたとするなら、四位はもう五位を指名するか、自分より上に挑戦するしかないってわけだ」「どうガチバトルの機会を減らすか、が定石ってところね。常勝が当たり前である春香以外のAランクアイドルは、みんなそういう定石をきちんと踏んでいるわ」「えー、でもセコくない、それって?」 美希のそういう声が聞こえた。 「そうでもない。リスクとリターンがさほど釣り合ってないからな。どこから取ろうと40万ポイントは40万ポイントだ。なら、不要なリスクは避けるべきだろう」 まあ、そんな定石を踏まなくても十分に恐ろしいのがAランクの連中だったりするが。たまたまルールがそうなっているだけで、強者と弱者の違いはそのまま捕食者と獲物に置き換えられる。「というわけで、弱者は真っ先に毟り殺されるのがAランクの掟だ。このある意味リンチみたいな状況を数回跳ね除けられないと、Aランクには残れない。シーズンに数人ぐらい、Aランクに昇格するアイドルはいるんだが、すぐに毟られてBランクに落とされる」 ああやれやれ、俺はため息をついた。 こういうのは人数が多ければ多いほど混沌として面白いと思うので、どうにかしたいという思いもある。 Aランクが妙に安定しているのは、このルールがあるからだ。弱者が喰いものにされ、強者はより肥え太る。 明るく楽しい人生の縮図というやつだった。「なにせ、Aランクになること自体は、それほど難しいといったレベルじゃない。CDが五万枚売れれば、ただそれだけで昇格点に届いてしまう。ただ、その先が問題といえば問題だ。たいてい一ヶ月以内にはBランクに逆戻りするな。もう一跳ねできればAランクの常連になれるんだが、その壁を打ち破れない。今の七位と八位も、もうすぐランキングからたたき出されるだろ」「あれ、それおかしくない? やよいには一件も対戦の申し込みなんてこなかったよ? やよいだけ六人目のAランクアイドルだなんて言われてたし、やよいだけ特別扱いされるのって、なんで?」 美希が実にもっともな質問をしてきていた。「ああ、そのタネはやよいのポイントだ。現在で3747343ポイントだぞ。今も売れまくって増え続けているし、普通のアイドルなら致命傷になりかねない400000ポイントが、ほぼ擦過傷にしかならない。この圧倒的なポイントがある時点で、すでに一年間のAランク残留は決定しているわけだ。はっはっは。圧倒的じゃないか、わが軍は」「へー」「それはそうと、そんな砂糖の塊みたいなもんあまり食べ過ぎるなよ。四つ目だぞそれで」「むー」 渋る美希の口元を、ナプキンで拭き取ってやる。 やよいが認められる原因はいろいろある。 だが、それと同じように、やよいが認められない理由なんてものもあった。 そもそもやよいはAランクの一位に座りながら、まだこのバトルを経験していない。ファンにとっては、ただ客受けがいいだけなのか、ほかのアイドルをねじ伏せるだけの実力があるのかはまだ未知数なのだ。 避けられているうちが幸運という見方も、ファンの間の論争のひとつとしてある。 これだけポイントがあると、ファンも多い。これだけ勢いのある相手に、喧嘩はしかけられないだろう。 なにがあるのか予測できない。 経験値の絶対的な少なさから、高槻やよいは張り子の虎とする意見もあるのだが、そのへんは俺もよくわかっていない。相棒としての伊織なしで、やよいがどこまでやれるかなんて、ライブのその場を経験してみないとわからない。 それはさておき。「というわけで、現在Aランク一位、アイドルマスターに一番近いと言われている高槻やよいさんは、いったい誰を指名するつもりだ?」「え?」 やよいが首をかしげた。 今の今まで、その可能性に頭がついてきていなかったらしい。 定石を踏むか。 それとも別の可能性に賭けるのか。 凄まじく重要な選択肢である。ギャルゲーなら、これでヒロインルートが確定してしまうぐらいだ。 やよいの決断が投じた一石が、プラチナリーグ全体を掻き回す可能性すらある。「わ、私は」 一点を見つめたまま、やよいの動きが止まった。 口をへの字に結んで、だらだらと脂汗をかいている。 やよいが選びやすいように、ランキングにいる七つのユニットそれぞれの写真を、テーブルのうえに置いてみる。「大切な選択肢だぞ。だれを蹴り落とすのか、考えて決めろ」「どうしても、選ばないとダメですか?」「ああ、だが心配するな。一位で膨大なポイントを獲得している現在、誰をターゲットにしてもそんな大差はない。よって、こいつの顔が気に入らないだとか、こいつの言っていることが苛つくだとか。好き嫌いで選ぶのがオススメだ。やよいが嫌いなのはどいつだ? さあ吐け。その名前は、そっと俺の胸の中に仕舞っておいてやろう」「う、ううっ」