「無敵のプリティアイドル、水瀬伊織ちゃんでーす」「竹取の雑草魂アイドル、高槻やよいでーす」 袖から舞台の中心に立って、客の視線にさらされる。スポットライトの光に照らされて、ドリームフェスタ本選は、この瞬間にはじまった。「ふたりはハニーキャッツでーす」 本選はフリー演技。 ありていに言えば、なんでもあり、である。 そこで、ふたりが出し物として選んだのは、漫才だった。MANZAIである。シチュエーションコントと違う、正統派の漫才は、近年まったくテレビで見なくなった。ふたりの地力が試されるところである。「おねがいしまーす」「おねがいしまーす」「ところでやよい。もう世間は夏まっさかりだけど、最近気になっていることってある?」「もちろん。夏といったら新製品だよ。スーパーに並ぶゼリー。半額シールがつけば二倍お得だよっ」「へえ、私は水着とか旅行とかね」「夏といったら新製品だよっ」「むしろ、花火大会とかロックフェスとかもいいわね」「夏といったら新製品だよっ」「ああ、つまりやよい。話を聞いてもらいたいわけね。なにかお勧めの新製品とかあるの?」「いっぱいあるよー。目移りするぐらい。そのなかで弟たちに好評なのが、内容どっさりぶどう&ナタデココ入りたらみスパイシーゼリー」「名前長っ!!」 やよいと伊織は、軽快に会話を流している。 うん、いいな。 漫才はテンポが命である。 俺が徹夜して原案を考え、絵理をこきつかって完成させた漫才は、きっちりと観客の心をつかんでいる。 ふたりの会話は、定番のあるあるネタに入り、それから一回転して、元のゼリーの話に戻ってきた。 「それで、その内容どっきり桜桃&みかん入りたらみ付きスパゲッティーなんだけど」「やよい。名前変わってる。っていうか、ゼリーじゃなくなってるっ。桜桃とみかんを具にしたスパゲッティーってどんな嫌がらせよっ!!」「ところで伊織ちゃん。前から思ってたんだけど」「え、なに?」「たらみってなに? どこがたらむのかな?」「知らないわよ。ゼリーの脂身部分とかあるんじゃないの?」「ええっ、駄目だよそんなの。そこだけ伊織ちゃんにあげるよっ」「ぜんぜんうれしくないわよそれ。やよいは私が太ってもいいわけ?」「そうなったら、ダイエットしようよ。たらみダイエット。もっとたらもうよ」「いやいやいや。たらんじゃダメでしょ。意味はわかんないけど、プラス方向のイメージがまったくないじゃないっ」「だいじょうぶだよ。たらみはすごいよ。世界を救うよ」「なんでやねんッ!! もうええわー」「どうも、ありがとうございましたー」「ありがとうございましたー」 ふたりが頭を下げるのと同時に。 伊織とやよいに対する正当な評価。万来の拍手が、ふたりの身体を叩いた。「すごいなおまえら。ついに世界を救ったな」「なんでやねんっ!!」 ビシッ!! やよいのツッコミが、俺の腹に決まった。 そのあとで、突然糸が切れたのか、やよいも伊織も、一舞台やりとげた安堵感で、へなへなと座り込んでいる。「ところで、結局たらみってなんなの?」「社名だ。最近知ってびっくりした」「ふーん。まあ、アンタが漫才の台本書くっていったときにはどうなるのかと思ったけど。っていうかね、こんなのに運命を任せていいと思う?」「心配するな。俺はとっくに後悔して、やっぱやめときゃよかったと思ってる」 実は半分以上、助手(絵理)に書かせたのだが、あえて訂正する必要もないだろう。 やれることはやった。 ベストを尽くした。 あとは、運を天にまかせるだけだ。 本選は60組。ここから、ファイナルに進めるのは、12人だけ。5分の4は、ここで弾かれることになる。「それよりプロデューサーっ」 いきなり人の感傷を断ち切ってくれたのは、伊織ではなく、やよいだった。 なにか不満があるのか、やけにプリプリしている。「どーして、わたしが最初から最後まで食べ物の話ししかしてないんですか?」「え、まずかったか?」「こんなんだから、わたしがいつのまにか食いしん坊キャラだって誤解が広がっていくんですー」 やよいにマジ切れされた。 めったなことでは怒らないやよいだが、どうやら俺の扱いが不満らしい。がおーっ、と小さな身体を精一杯に伸ばして、俺を威嚇してきている。 なんかなごむ。 妹がいたらこんな感じかなぁと頭をなでてやると、不満そうにうーうー唸っていた。「なに言ってるんだ。ポシェットのなかに食いかけのお菓子三つも入れてるやつが」「ううっ。だってせっかくもらったわけだから、もったいないじゃないですかっ」「そういうのが原因だとおもうけど」 伊織のツッコミは、やよいを知っているだけに容赦がなかった。「わたし、プロデューサーの中で、いつから食いしん坊キャラに。ねえ、伊織ちゃんもなにか言ってよ」「プロデューサーがわるいわね」 あっさり、伊織が裏切った。 やよいに目を合わせないところは、せめてもの温情なのか。「ほらっ。てーせーを求めますっ。プロデューサーは、わたしをどんな目で見てたんですかっ」 リスのように頬を膨らませるやよい。 あー、やよいは怒っても、かわいいなぁ。「そーだなー。やよいのイメージねぇ。たとえば、招かれてもいないパーティーに勝手に参加しつつ、並べてある料理を持参のタッパーに詰め込み、社長に見つかって怒られてるイメージかなー」「うっ」 一刀両断。「ふっ。勝った。嗚呼、豎子共に語るに足らず」「どーゆー意味ですかそれ」「ああ、サイネリア風に意訳すると、厨房必死だなプゲラっwwwwという意味だ」「煽ってどうするのよアンタ」「うーうーうーっ。プロデューサー、お尻ペンペンですーっ」 やよいが爆発した。 なぜかしゃもじを持って、こっちの頭をぺしぺしと叩いてきている。べつに痛くないので、俺はやよいの気が済むようにしてやった。 あー、なるほど。いつもアホみたいに笑ってるイメージしかなかったが、やよいはこういう風に怒るのか。「とか思ったが、口にだすほど俺は子供ではない」「うーっ、うーっ!!」 ぺしぺしぺしっ、としゃもじの勢いが強くなった。「なんか、そうしていると、きょうだいみたいね」「えー、それはわかるけど、伊織ちゃんひどいよ。たしかにプロデューサーは手のかかる弟みたいだけど」「あんっ? おいやよい。なに人を勝手に下に置いてるんだこら」「おおおおっっ!!」 やよいの側頭部を掴んで、上下に振り回す。「ああ、子供同士が喧嘩してるわ」「おい伊織。やよいと俺を一緒にするな」「伊織ちゃんっ。プロデューサーとわたしを一緒にしないでよっ」 そしてそれから。 本選の第一次審査は終了。 厳正な審査の末に、結果が張り出された。 リザルトは、十二組中、滑り込み合格スレスレの十二位で、ハニーキャッツはファイナルへと進んだ。 合格者は、 決して、間違いなく実力を正しく評価された、とはいいがたい。積み重ねた汗と努力を正当に出してなお、ふたり以上のアイドルが同じステージに立つ以上、勝者と敗者という結果が生まれてしまう。 ドリームフェスタは、およそプラチナリーグのなかで、もっとも不条理で不合理な大会である。 反応がダイレクトな分、これほどに、感情がむきだしになる大会もない。仲間と肩を抱き合って、もみくちゃになって喜ぶ一組がいると思えば、重石を肩に乗せて、目尻を涙で濡らす少女たちもいれば、未だ負けたことが自分のなかで消化できていないような少女たちもいる。 紙一重の差で、俺たちは喜ぶべき立場にいる。「危ないわね。ギリギリじゃないの」「文句言うな。こんだけ芸の振り幅が広いと、どうにも対策しきれん。なにがでてくるかわからないからな」「現役の女性マジシャンとかがいましたし。うう、鳩出したり旗を出したり、どうなってるのかぜんぜんわからなかったですよー」 やよいは、ほかのアイドルのフリー演技に一喜一憂していた。 いい観客だなぁ。「そこまではいいとして、これからは本戦の対策、ね」「そういうことになるな」 水瀬伊織、所有のリムジンの中が、ドリームフェスタを戦い抜く上での臨時作戦会議場になっている。 一度、オーディションがはじまってしまえば、オーダーを練り直す暇もない。 その場の出し物や、課題曲の選択については、指示は出しているとはいえ、最終的な決定権は伊織に一任している。 ドリームフェスタ本選は、第二次審査まである。一次のフリー演技で十二組まで絞り込まれ、そこに特別招待選手の四組を加えて、十六人でファイナルが行われる。 そして、ネットの一般投票200票の振り分けで、一位が決定される。「ともかく、ファイナルに残った中で、Fランクアイドルはおまえらだけだ。特別招待選手に、Fランクアイドルなんてもってこないだろうから、な。第二次審査が、そのまま決勝になる」「決勝のお題は、歌ですよね」「ああ。そりゃそうだ。アイドルは歌って踊ってナンボの世界だから。ドリームフェスタはその性質上、イロモノが上に行きやすいが、運とインパクトで挙がってこれるのは、ここまでだ」「ところで、わからないことがあるんだけど。勝つと、どうなるの?」「そういえば、こういう公式戦ってはじめてだから、よくわからないです」「んー。その説明がいるか。プログラムに書いてあるな。ほら22ページ。獲得ポイントは、ここに乗ってる。いまいち、ポイント総額とか出しにくいけどな」 伊織にプログラムを渡す。 ドリームフェスタの理念やら、一日のスケジュールやら参加資格やらが書いてあるプログラムの22ページに、それはあった。 優勝獲得ポイント一覧。 一位 1000000P(100倍) 二位 500000P(50倍) 三位 450000P(45倍) 四位 400000P(40倍) 五位 350000P(35倍) 六位 300000P(30倍) 七位 250000P(25倍) 八位から十六位まで 200000P(20倍) なお。特別招待選手は、別枠でPが与えられる。「この100倍とかってなに?」「オッズだよ。掛け率。ドリームフェスタは、自分のランクで指定されたポイントを賭けるんだ。Fランクは1000Pまでだし、Eランクは3000Pで、Aランクは30000Pまでだったか」「なによそれ。ここに書かれているポイントは?」「それは、特別招待選手用の固定ポイントだな。俺たちには関係ない。俺らは1000P賭けたから、一位をとると、1000Pが100倍になって返ってくる」「つまり、私たちが、一位をとると、100000Pってことでしょ」「ああ、ギリギリDランクの昇格点に足りるな」「Eランクへの昇格点は?」「10000Pだな。すでにベスト16に入っているし、初戦敗退しても20000ポイントは入る。この時点で、ハニーキャッツの昇格は決定している。Dランクの昇格点は、100000Pだから、一位をとって、ようやくDランクに手が届く」「ふぅん」「もし、もしもだが、美希が入ってもそれは変わらない。ユニットの場合、ユニット全員のポイントをならした平均値になって、そこから新しくランクが設定される。計算式は、つまり、全員のポイント総額÷ユニットの人数ってことだ。この場合、(やよい20000+伊織20000+美希0)÷3と計算されて、ポイントは切り捨てだから、13333点か」「意味のない仮定ね」「そうだな。許せないか、美希のことが」「許さないとか、そんな問題じゃないわよ。ただ、意味がないっていってるの。それだけよ」 伊織は。 たしかに、最後まで美希を待ち続けていた。 星井美希は、結局間に合わなかった。 いや、間に合うか、間に合わないかそういう問題でも、ないのか。「覚悟が決まったら、連絡しなさい。 本戦までは、三日あるから、ぎりぎりまで待つわ。最後の一秒まで待ってる。アンタとは反りが合わないけど、不思議と、三人でなら今まで見たことのない景色が見れる気がするからね」 それについて、水瀬伊織は前言を翻すことなく、最後の最後、一次予選締め切りのギリギリまで待ち続けた。十番台だった番号札を、ライバルであるアイドルと係員に頼み込んで、番号札を六十番に変えてもらっていたりしている。彼女はたしかに、約束を守っていた。 しかし、美希は最後まで現れなかった。 もう、彼女の席はない。 たった一度の遅刻で、すべてが終わる。非情ではあるが、実にどこにでもある話だ。「あの、プロデューサー。計算が合わない気がするんですけど」 やよいが手を上げた。 小学生レベルの計算なので、やよいのオーバーヒートは、いつもより程度が軽い。「なにが?」「賭けた1000点って、どこから出てきたんですか?」「ああ、買った」 隠す必要もない。 俺は手を挙げて、説明を続けた。「買ったって、プラチナムポイントって、売ってるの?」「ああ、売ってる。プラチナリーグの公式が販売してて、理論上、いくらでも買える。1Pが300円だな」「ってことは。1000Pで、300000円。いい商売ね」「まったくだ。割に合わないことこの上ない。普通は、昇格点にほんの少し端数が足らないときとかに重宝するサービスだが、これで費用対効果が悪すぎて、ランクアップに使うアイドルなんていないな」 ちなみに、俺のワークスプロダクションの給料は、これより安い。 アイドルの場合、継続的な給料が発生するのが、たいていのプロダクションではDランクからなので、さらにアレだった。「それはそうと、Aランクアイドルなら、最大まで賭けて、一位をとれば3000000Pまで得られるんでしょ。格が違いすぎない?」「Aランクなら、それだけあってもあっさり全部溶けたりするからなぁ。Fランクは勝負のとき、審査にプラスのポイントがつくかわりのデメリットだとすれば、腹も立たないだろう」「ケチ臭いわねー」「プラチナリーグがビラミッド型の構造をしている限り、仕方ないだろ。大会ひとつ勝っただけで、Fランクアイドルが三段、や四段飛ばしで駆け上がれたら、そっちのほうが不公平だ」「そんなもの?」「そんなものだな」 そこで、伊織の携帯が鳴った。 簡素な電子音が、メールの着信音を告げている。 着信したメールにひととおり目を通してから、伊織は俺に向けて顔を上げた。「……美希が、話したいことがあるんだって」 ──冷え切った声だった。 美希には、おそらく彼女の考えがある。それを踏まえて、その覚悟の量が試されることになる、はず。 美希がもし。 数日前となにも変わらない彼女なら、彼女の物語はここで終わる。 伊織は、美希のために、やるべきことはすべてやった。 その事実の上で、容赦なく、星井美希に引導を渡すだろう。 さて──これからの結末は?「お待たせ。おでこちゃん」 星井美希は、振り袖を身に着けていた。 彼女のためにあつらえられた、ステージで戦うための戦闘衣装なのだろう。 紅の紅梅がワンポイントでついた薄赤の振り袖は、あらゆる意味で目を惹く美希のビジュアルを、最大限に高めている。ステージ用の服飾素材(スパンコール)がついていることからして、個人で用意できるようなものではない。「──話さなきゃ、いけないことがあるの」