文化祭当日。特に被害の出なかった汚染獣の襲撃騒動は、まるで初めからなかったことのように忘れ去られ、学生達は存分に祭りの雰囲気を堪能していた。
如何にマイアス戦を勝利で飾り、鉱山が残りひとつという危機的状況を脱したとはいえ、今はまだ戦争中。あまり浮かれすぎるのもどうかと思うし、都市の運営としても予算を凝縮したりと大人な事情の部分もある。けれど、それはほとんどの学生には関係のないことだ。
武芸者ではない者、都市の運営に関わっていない者からすれば、今日は絶好の祭り日和。いや、武芸者だろうと、生徒会だろうと、こんな時だからこそ楽しまなければならないのかもしれない。今が戦争中とはいえ、たまにはガス抜きも必要である。
今日は文化祭当日。ツェルニの学生全員が楽しむ権利のある日だ。
「えっと……パスタとサンドイッチをひとつ。それからこの子にはケーキを。飲み物は僕がオレンジジュースで、ユーリはどうする?」
『りんごジュース』
「じゃ、それでお願いします」
本来ならここは教室だった。けれど、机や椅子は運び出され、食事用のテーブルや椅子が置かれている。このクラスの者達で運営される、簡易的な喫茶店へと変貌を遂げていた。
レイフォンの注文をウエイトレスが聞き、それを厨房へと告げる。厨房とは言っても、シートで仕切られた簡易的な厨房だった。これでは出てくる料理にもそれほど期待はできないだろう。
レイフォンもランチを取るつもりではなく、昼食のつなぎにでもなればなと注文をしていた。
「あ、そういえばエクスカリバーの餌どうしよう? キャットフードとかありますか?」
「い、いえ、当店にはそのようなものは……」
レイフォンの言うエクスカリバーとは、ブリリアント・エクスカリバーのことである。フルネームだと長いので、レイフォンはエクスカリバーと短縮して呼ぶことにしている。それでも名前としては、結構長いが。
そのブリリアント・エクスカリバーだが、普通の飲食店ならまずペットの来店を拒否されるだろう。けど、これは文化祭の簡易的な喫茶店。主役は学生達であり、そういった決まりごとにはゆるい部分がある。
なので何の問題もなくブリリアント・エクスカリバーと一緒に入れたが、さすがにペットフードまで求めるのは無茶振りだったらしい。
ちなみに、フェレットは専用のフードがない場合はキャットフードでもいいらしい。中には栄養価などの問題で駄目なものもあるらしいが、大抵は大丈夫だとか。
「えっと、じゃあ、生肉を」
「すいません……当店は軽食を前提としていますので、肉類は……」
「フォンフォン、あまり無茶振りをして困らせないでください」
「あ、いや、フェリ。僕は別に困らせるつもりなんて……」
フェレットは肉食。ブリリアント・エクスカリバーの餌をどうにかして求めようとするレイフォンだったが、あいにく、そのようなものはこの喫茶店にないらしい。
困り果てたウエイトレスをフォローするように、同じくウエイトレスの制服を着たフェリがこのテーブル席にやってくる。
ここはフェリのクラスだ。フェリはその手伝いでウエイトレスをやっている。レイフォンはフェリの担当する午前中が終わるまで、こうしてユーリと待っているのだ。
「もう少しおとなしく待っていてください。あと少しで、私の担当する時間は終わりますから」
「はい、すいません……それにしても、大盛況ですね」
「わかっているなら邪魔はしないでください」
フェリに叱られ、レイフォンはしゅんと落ち込んだように黙り込む。
実際、この喫茶店はかなり忙しそうだ。店内には大勢の客が押しかけ、店外には順番待ちの客が長蛇の列を作って並んでいる。こんな状況でウエイトレスにあのようなことを言っていたら、確かに怒られても仕方がないかもしれない。
それにしてもと、レイフォンは疑問を浮かべる。運ばれてきた料理を口にするが、この味で長蛇の列ができるとは到底思えない。しょせんは文化祭の出し物なので、これ以上の味を求めるのは酷というものか。ではなぜ、外の客達はこんなにも並んでいるのだろう?
レイフォンはフェリの知り合いで、待ち合わせをしていたことから特別な計らいで入店できたが、普通に入っていたら一時間は待たされたかもしれない。そうまでしてここの料理を食べたいのだろうか?
そこまで考えて、ふと気づいた。並んでいる客が、ほとんど男性だということに。
「フォンフォン、終わりましたよ」
それから三十分ほどが経っただろうか。レイフォンとユーリはとっくに料理を食べ終わり、フェリも自身の担当時間が終わったのか、ウエイトレスの制服を着替え、通常の武芸科の制服で出てきた。
「いいんですか? まだぜんぜん、お客さん並んでますよ」
「いいんですよ。どうせ、私がいなくなったら帰りますから」
「え?」
フェリがレイフォントともに店内を出ると、先ほどまで並んでいた客達は蜘蛛の子を散らすように去っていく。中には恨めしそうに、妬ましそうにレイフォンを睨んでいる者までいた。
先ほどまで満員御礼だった店内は、一瞬で閑古鳥が鳴く。
「なんというか、凄い人気ですね」
「付きまとわれても鬱陶しいだけです。私はもう、フォンフォンと結婚をしたというのに」
先ほどの客は、フェリ目当ての客だったらしい。今更だが、フェリはファンが多いのだ。
ミス・ツェルニの称号を持ち、第十七小隊の念威繰者で生徒会長の妹。話題には事欠かない美女だ。むしろ、これで人気が出ない方がどうかしているかもしれない。
レイフォンとの結婚が原因でファンが離れたというか、諦めたというか、一時はファンの数が減った。だが、それでもまだ、かなりの数のファンが残っている。
「クラスメイトにもう少し残ってくれと頼まれましたが、私の担当時間は終わったのです。あとは知りません」
「まぁ、確かにフェリとのデートの時間がなくなっちゃいますしね」
「そういうことです。しっかりエスコートしてください、フォンフォン」
「はい」
けど、そんなことは関係ない。周囲がどうだろうと、ファンが多かろうが、少なかろうがフェリとレイフォンには関係がない。周囲の視線など気にもならない。
そんなことを考えて時間を取られるよりも、文化祭を楽しんだ方が何倍も有意義なのだから。
「お昼までもうちょっと時間がありますから、まずは映画を見に行きましょうか」
「あの映画をですか?」
「はい、ユーリが出ているあの映画です」
歩いて移動しながら、予定を話し合う。
レイフォンの言う映画とは、アーチングが監督を務めて完成したユーリ主演の映画のことだ。
念威少女・魔磁狩ユーリ。新型重晶錬金鋼の実験という名目と、アーチングの趣味全開で作られた問題作。
ユーリはもちろん、ユーリの保護者であり、その付き添いで出演することとなったレイフォンとフェリにも映画の券が渡されたのだ。
面白いかどうかはともかく、せっかくなので観てみるのも悪くないかもしれない。
「別に映画を見るのはいいんですが……私はアーチングが苦手なんですよ」
「劇場にアーチングがいるとは思いませんが……そうですね、フェリが嫌いだというのなら、ちょっと殺ってきましょうか?」
「どうしてあなたはそう、物騒な方に物事を持っていくんですか?」
レイフォンの過激な発言に突っ込みを入れるフェリだったが、それでも少しだけいいかもしれないと思ったのは本人だけの秘密だった。
「まぁ、いいです。とにかく映画を見に行きましょう。その後はお昼ということで」
ひとまずの予定は決まった。レイフォン達は三人で揃って、念威少女・魔磁狩ユーリの上映される劇場へと向かった。
†††
場所は変わって野戦グラウンド。そこでは第十四小隊と、その隊の隊長であるシンの見繕ってきた新人達によるイベントバトルが行われていた。
漆黒の三鬼神VS光の使者団。フェリの考案した漆黒の衣装を身に纏った第十四小隊と、ラメをふんだんに使ったキラキラした衣装を身に纏った新人達。
その新人達の中に平然とクラリーベルが混じっているのだから、大惨事にならないわけがなかった。
「小隊といってもこんなものなんですか? もっと私を楽しませてくださいよ~」
「うるさいわっ!」
シンは悲鳴染みた怒声を上げる。余裕綽々なクラリーベルに対し、せめてもの抵抗だった。
第十四小隊をアピールし、新人達の中から将来的に小隊員として使える者を見出すために行われたこのイベントバトル。シンの趣味という部分も含まれているが、それはクラリーベル一人の存在によって揺るがされていた。
むちゃくちゃすぎる。規格外すぎる。彼女一人によって、第十四小隊は壊滅的な被害を受けていた。
「格好だけは素敵なんですけどね……見掛け倒しというやつですか?」
「ぐっ……」
言ってることは生意気だが、それ相応の実力を持っているのだから性質が悪い。
第十四小隊自慢の漆黒の三鬼神。または別名、闇の三連星はクラリーベル一人の手によって壊滅。三人は見事な連携でクラリーベルに襲い掛かったが、一人目の攻撃をクラリーベルが上に飛んでかわし、二人目を踏み台にしてさらに攻撃を避ける。そして三人目に攻撃。
これで一人を屠り、残った二人は満足な連携が取れずに成す術もなくやられてしまった。で、現在残ったのは猛禽のシンただ一人。
「あなたが隊長なんですよね? なら、少しは楽しませてくださいよ」
「舐めるなよ後輩!!」
人を小馬鹿にしたように言うクラリーベルの発言に憤り、シンは正面から向かっていく。
自身の最も得意とする剄技を見せ付け、後輩の鼻を明かしてやろうと考えたのだろう。むしろ、それ以外出来ないというべきか。
せめて自分の最高の一撃で、強者に一矢報いようというのがシンの考えなのかもしれない。だが、悲しいことにシン程度の実力ではクラリーベルから一矢報いることは夢のまた夢だった。
結果は返り討ち。シンはクラリーベルに毛ほどの傷を負わすこともできずに倒れ、第十四小隊は大衆の面前で全滅という醜態をさらしてしまった。
「僕いらなかったなぁ……」
このイベントバトルに参加させられていたレオは、クラリーベルの無双を眺めてのほほんとつぶやく。
もう、いまさら驚いたりすることはなかった。グレンダン出身の武芸者の出鱈目さは十分に理解した。クラリーベルもまた、レイフォンやサヴァリスの同類なのだろう。
観客の歓声に沸く野戦グラウンドで、レオは他人事のように空を見上げた。今日はとても良い天気、絶好の祭り日和だった。
†††
「ちょ、タンマ……まっ、待て、閃光のレイ! ホント待て! 台本と違うさっ!!」
「うるさい、死ね。とにかく死ね」
「ちょ、カメラ止めろ! ホントに洒落にならな……」
敵、顔面刺青男は正義の味方、閃光のレイの手によって倒れた。
ぶっちゃけ、どっちが敵で悪役なのか考え込みたくなるような光景だったが、とにかく顔面刺青男は倒れた。
「す、凄い……これが伝説の戦士、閃光のレイ。ってか、活躍しすぎだよ! 主役の立場食ってるって!」
自分達を散々苦しめた敵、顔面刺青男を圧倒した閃光のレイの凄さを目の当たりにするカラスミだったが、これでは作品的にあまりよろしくはない。
主役はあくまで念威少女。間違っても閃光のレイではないのだから。
「あ、すいません……どうもハイアを見ると冷静でいられなくって。でもほら、まだ大物が一匹残ってますし」
「顔面刺青男が敗れましたか。ではこのわたくし、闇の姫自らがお相手しましょう」
部下が倒れたことによって、大物が出てくる。魔磁を従えし黒幕、闇の姫。闇のように黒いドレスに身を包み、闇のように黒い髪をした少女。その少女の髪はサイドポニーのように束ねられ、その一部分が白髪となっている。染めたのではなく、おそらく生まれつきなのだろう。
自らを姫と名乗る少女は、その手に独特な形の剣を手にし、念威少女、ユーリに宣言した。
「わたくしは顔面刺青男のようには行きませんよ。所詮彼は、我が魔磁軍四天王最弱。四天王全てを従え、黒幕たるわたくしの足元にも及びません」
「四天王ですか。あと三人も残ってるのに、どうしてわざわざあなたが出てくるんです?」
「そこは尺の都合というやつですよ」
「はぁ……」
「むむむっ、制作の都合を理解してくれるとは、恐ろしい敵だ」
『そうなの?』
闇の姫は閃光のレイの疑問に大人の事情で答える。それに同調するカラスミ(CVアーチング)に、ユーリは首をかしげる。
「なにはともあれ、いきますよ! 念威少女、今日であなたも終わりです!」
「僕は手を出さない方がいいんだよね? じゃあ、大人しく見てるから」
そう言って、閃光のレイは傍観を決め込むこととなった。向かい合う闇の姫と念威少女。
『あなたを倒して、世界を平和にする!』
「できるものならやってみなさい。その理想ごと叩き潰してあげます!」
念威少女の周りに念威の光が集まる。見るものを安心させる、とても暖かそうな光。まるで女神のような美しさだった。
それに対するように、闇の姫の周りには紅の炎が舞う。数は無数。数えるのすら馬鹿らしくなりそうなたくさんの炎。それらは一つ一つが蝶の形をしており、闇の姫の周りを舞っていた。なんともいえない、幻想的な美しさ。
少女達の力と力がぶつかり合う。物語はまさに、クライマックスを迎えていた。
†††
劇場内。上映中は部屋を暗くするのは当然のこと。
この真っ暗で広い空間で、大勢の人々がスクリーンへと注目している。
『……………』
ユーリは自分が出演した映画を見て、なんともいえない気恥ずかしさと、嬉しさによるある種の感動を感じていた。
だが、その感動は決して長続きはしなかった。その理由は、ユーリの隣で寝息を立てている人物が原因だった。
「んっ……くぅ……」
レイフォンだ。自身もこの映画に出演しているというのに、レイフォンは開始十分もしないうちに寝息を立て始めたのだ。
自分が活躍する映画を観ている時に、保護者は隣で爆睡。これほど面白くない状況はそうそうないだろう。
ユーリがほっぺを膨らませてむくれていると、レイフォンとは反対の、ユーリの隣の席にいたフェリが呆れたように言う。
「まったく、フォンフォンには困ったものです。前に私とデートした時も、映画の途中で寝ちゃったんですよ」
どうも、レイフォンに映画というものは相性が悪いらしい。座りっぱなしでじっとしていて、部屋が暗くなると眠くなるのだろうか?
そうであっても違っても、一緒にいる身としては面白くない。悪戯の一つや二つしたくなっても仕方がないだろう。
「こんなところにマジックがあります。ユーリ、これでフォンフォンの顔に落書きをしてあげなさい」
『うん』
フェリがバックからマジックを取り出し、それをユーリに渡す。ユーリは嬉々してマジックを手に、レイフォンの顔に落書きをしようとした。
「……なにしてるの?」
『え、えっと……』
だが、そこはさすが武芸者というべきだろうか。レイフォンは直前で目が覚め、ユーリのマジックを持った手を握って問いかける。
「映画の途中で寝ているフォンフォンが悪いんです。ユーリ、起きていても構いませんから、そのまま落書きしてあげなさい」
「え、ちょ、フェリ!?」
『うん!』
フェリの許可と、それに便乗するユーリ。顔に落書きをされるのなんてごめんだ。だが、ユーリ相手に力技でどうにかするわけには行かず、レイフォンは困ったように何とかユーリの手を押さえる。そのまま後ろを向かせ、自分の膝の上に置いて、ユーリを自身の手で拘束した。
「とりあえず映画を観ようか。静かにしないと他のお客さんにも迷惑だし」
『むぅ……』
ごまかすようにいうレイフォンと、レイフォンの膝の上で不満そうに頬を膨らませるユーリ。フェリはやれやれと呆れていた。
さすがのレイフォンも、今度は映画が終わるまでしっかりと観賞をするのだった。
†††
「お帰りなさいませ、ご主人様」
ここは三年、ニーナのクラス。彼女のクラスではメイド喫茶が運営されており、ちょうどメイドの店員が客を迎え入れているところだった。
「なぁ、レウ。私にもなにか仕事はないのか?」
「特にないわ。あ、間違っても厨房には立たないでね。営業停止になったらたまったもんじゃないから」
そんな店内。仕事を与えられなかったニーナは、寂しそうにポツンと項垂れていた。
自他共に認めるが、女性的な格好が似合わないニーナ。かといって厨房の仕事ができるわけでもなく、手持ち無沙汰となって暇を持て余している。
最近、何をやってもうまくいかないニーナは正直へこんでいた。せっかくの文化祭を楽しもうという気にもなれず、やることもなくこうして教室で落ち込んでいた。
ここはメイド喫茶。一応喫茶店だ。なので軽い軽食なら取れる。ニーナも料理を注文してはいたが、どうも食べる気にはなれない。
「相変わらず辛気臭い顔してるわね。何、また悩み事?」
「……顔に出ているのか?」
「ええ、ありありとね。やめてよね、そんな顔でいられるとお客さんが逃げちゃうわ」
「すまん……」
「まったく……悩みがあるなら、相談に乗るわよ」
「仕事はいいのか?」
「まだお昼のピーク前だからね。けど、ピークになったら出てってね。席を空けてもらいたいから」
「ああ、わかった。ありがとう、レウ」
レウには本当に頭が上がらない。気配りが利くというか、鋭いというか、細かいことに気づいてくれる。
ツェルニ(電子精霊)だけではない。レウのような友人を、この都市に暮らす人々を守りたいと思ったからこそ、ニーナは小隊を立ち上げたのだ。
少なくともそれだけは間違ってはいけない。迷ってはいけない。
「じゃあ、レウ。聞いてくれるか?」
先ほどよりも晴れ晴れとした様子で、ニーナは苦笑を浮かべながら語りだした。
†††
「シャーニッド様、次はあそこに行きましょう!」
「はぁ……なんでこうなっちまったかな?」
シャーニッドは第十一小隊隊員のネルア・オーランドに手を引かれ、文化祭の行われている街並みを歩いていた。
非常にテンションの低いシャーニッドに対し、ネルアはハイテンション。とってもご機嫌だった。
どういったわけか、共に文化祭を回ることになってしまった二人。ネルアはシャーニッドに対して一途な好意を抱いているのだが、シャーニッド自身は積極的なネルアを苦手としていた。
見た目に不満はない。ネルアは整った容姿をしており、美人よりもかわいらしいといった表現の似合う少女だった。ただ、性格が合わないというべきか。
シャーニッドからすれば、女性に追いかけられるよりも追いかける方が性に合っている。贅沢な悩みかもしれないが、それを理解したからといって、ネルアに対する苦手意識がなくなるわけではない。
「ね、ね、どうです、シャーニッド様。この服似合いますか?」
「ん? あ~、いいんじゃねえの」
ネルアと訪れたのは、フリーマーケットの会場。そこではさまざまなものが売られており、ネルアが目を留めたのは洋服売り場だった。
ここは学園都市。一部の者を除いて金銭的に余裕があるとはいいがたい。いくら小隊員とはいえ、常日頃から贅沢三昧の生活などできるわけがないのだ。
なので、こういった中古品にはかなり需要がある。普段はおしゃれに気を使い、中古品なんてものはまず買わないネルアだったが、ネルアが手に取った服は思わず足を止めてしまうほどに素晴らしいものだった。あくまで、ネルアの主観での話だが。
それはピンクのドレスだった。フリフリの飾りが至る所についた、派手なドレスだった。シャーニッドの友人、ジェイミーことジェイミスが手がけていそうな服だった。シャーニッド達は知らないが、実はこの服、フェリがいらなくなったものをフリーマーケットに寄贈したのだ。ジェイミスの店に行けば行くたびにおまけをしてはくれるが、普段から着る機会はまったくなく、そういった服が次第に溜まっていく。あっても邪魔なので、この機会にと大量に寄贈していた。
「でも、少しサイズが小さいでしょうか? もう一サイズ上のものはありませんかしら?」
肩口に服を当て、シャーニッドに意見を求めていたネルアは、残念そうに服を元の場所に戻す。
ネルアとて小柄な方だが、この服はさらに小柄なフェリを基準として作られたものだ。サイズが合わないのは仕方がないかもしれない。
「あ、別にネルアが重いとか、大きいとか、そういうものじゃありませんよ。むしろ、ネルアは同世代の女性と比べて、軽い方だと自負しております。この服の元の持ち主が小さすぎるだけです」
シャーニッドは何も言っていないのに、ネルアは言い訳でもするかのようにあわあわと言った。
女性として、好意を寄せている男性に重いだとか、大きいと言われるのはいやなのだろう。
別にシャーニッドも、ネルアが重いとか、大きいとか思っているわけではない。
「そんなことよりもよ、飯食いに行かねえか? もう昼時だし、いい加減腹が減っちまった」
「ああ、申し訳ありません、シャーニッド様。そんなことにも気づきませんで……どのお店にしましょうか? ネルアはシャーニッド様とご一緒なら、どこでもいいですわ」
「そうだな……」
時刻は正午を過ぎたばかりだろうか? お腹が空いたし、何より飲食店は込み始める時間帯だ。
シャーニッドはネルアを引き連れ、近場の飲食店に入ろうとする。
「ん?」
「あ」
その時、ばったりと会ってしまった。車椅子に乗ったディンと、その車椅子を押しているダルシェナと。
「シャーニッドか」
「ディン。入院中のお前がこんなところで何を……聞くだけ野暮か」
おそらくはデートだろう。禿の癖にと嫌味のひとつでも言ってやりたい心境だった。
一騒動あったが、一応親友のディン。けれど、想いを寄せている女性と一緒の姿を見ると、柄にもなく焼餅を焼いてしまう。
その思いを寄せる女性、ダルシェナはと言うと、ネルアと険悪な表情で睨み合っていた。
「あら、とろ女じゃありませんか」
「お前は相変わらずだな」
表面上は笑顔を浮かべているが、その内に秘められた感情は決して穏やかなものではない。
この二人は、一年の時から犬猿の仲だった。
「デートですか? 楽しそうですわね。けど、趣味はあまりよろしくないようで」
「貴様に言われたくはない。そんな軽薄な男のどこがいい?」
「まぁ、シャーニッド様を侮辱しましたわね! あなたこそ、そんな禿男のどこがいいんです!?」
「先にディンを侮辱したのはお前だろう。それにディンは禿げているんじゃない、剃っているんだ!」
「同じことですわ。何ですの、そのタコみたいな頭。かっこいいと思ってるのかしら?」
理由は、シャーニッドがダルシェナに好意を抱いているからだ。それは、シャーニッドに好意を抱くネルアからすれば非常に面白くはない。
つまりは嫉妬、妬みであり、一方的にネルアがダルシェナを嫌悪していると言ってもいい。
ダルシェナはダルシェナで、ネルアに辛らつな言葉を向けられて黙ってられるほどの人物ではなく、売り言葉に買い言葉で口論することもしばしば。彼女達の言い争いに、シャーニッドとディンはこそこそやり取りをしていた。
「おい、ディン。あれを止めろ」
「無茶を言うな。そもそも、お前の連れたオーランドが原因だろ」
「好きで連れてたわけじゃねえよ」
「同じことだ」
非常に情けないが、男二人は女の言い争いを遠くから眺めることしかできなかった。
言い争う彼女達の熱気、圧力が他者の口を挟む隙を与えない。
シャーニッドとディンは、二人が落ち着きを取り戻すまで黙って見ていることしかできなかった。
†††
「フォンフォン、ちょっと食べすぎじゃないですか?」
「へ、そうですか?」
映画を見終わったレイフォン達は、時間も時間なので昼食を取っていた。
オープンテラスの飲食店。そこでレイフォンは大量の料理を注文し、次々と平らげていった。
流石は文化祭と言うべきか。文化祭限定やキャンペーンの料理が目白押し。量も味も満足行くものであり、武芸者で大食いなレイフォンからすればとても嬉しいことだ。
「そんなに食べて、よく太りませんね」
「まぁ、僕は武芸者ですし、その分動きますから」
「なんというチート」
女性の悩みといえば、やはり体重なのだろう。フェリは小食で、小柄で、体重も軽い方だが、それでも自身の体重には気を使っているらしい。
レイフォンのように食べても太らないというのは女性として、いや、女性じゃなくとも羨ましいことだ。
「フェリ、まさかダイエットなんて考えてませんよね? 今はやめてくださいよ。お腹の中の子にもよくないですから」
「そんなことはわかっています。けど、子供が生まれた後は少し、体を絞る必要があるのかもしれません」
妊娠しているのだから仕方がないが、最近、フェリの体重は少しずつ増えていた。
出産をすれば、女性の体型は変わるらしい。それは女性からすれば、やっぱり好ましくない。
「僕はフェリが太ったとしても、まったく気にしませんけ……あがっ」
「デリカシーのない発言は嫌われますよ」
太ったという言葉にフェリが過敏に反応し、テーブルの下からレイフォンの脛を蹴った。
フェリに蹴られるのは久しぶりだと痛みに懐かしさを覚えつつ、目尻に涙を滲ませるレイフォン。
「す、すいません」
「わかればいいんです。ユーリ、このケーキ、食べますか?」
『うん!』
子供は体重なんてまず気にしない。ユーリは差し出されたおいしいものを嬉しそうに頬張る。
そんなユーリの姿を見て、フェリは思わず微笑を浮かべるのだった。
†††
『さあ、今年もやってきました! ミス・ツェルニを決めるコンテスト。今回も数多くの美女が参加してくれています!!』
文化祭と言えばミスコン。自薦、推薦などによって集まった美女達。その中からもっとも綺麗な者が、もっともかわいらしい者が選ばれる。
また、ミス・コンの優勝者ともなれば芸能面からも注目を浴びる。去年優勝したフェリも数多の芸能関連のサークルからスカウトを受けていたが、本人にその気がないことから断られていた。
「み、ミィちゃん……やっぱり、私なんかが無理だよぉ」
「なに言ってんの、メイっち。メイっちが無理なら大抵の人は無理だよ」
そんなミスコンに勝手に推薦され、強制参加となってしまったメイシェン。その元凶であるミィフィは、未だうじうじしているメイシェンを激励していた。
「衣装は……そのままでいいか。ほら、自信を持って。メイっちはかわいいんだから」
「うぅぅ……」
メイシェンの衣装は、バイト先の制服、ウエイトレスの格好。彼女の働いているケーキ屋も文化祭の出し物に参加しており、その合間を縫ってこのミスコンに参加をしていた。
「それにさぁ、メイっちにはこの強力な武器があるでしょうが! どうせならもっと胸の谷間が開いている衣装を着て、会場の男どもを悩殺しちゃいなさいよ!」
「わひゃあ!? な、なにするのミィちゃん! やだよ、そんなの絶対やだよ」
メイシェンの武器、胸を揉みしだくミィフィ。この胸が強調される衣装ならば、確かに観客達を魅了することは可能だろう。ミスコンの戦況を有利に進められるかもしれない。
けれど、内気なメイシェンがそんな衣装を着られるはずがなく、断固として拒否していた。
「もったいないなぁ。そうすればメイっちの優勝はほぼ確定なのに」
「別に……私は優勝したいわけじゃないし」
「はぁ……ま、メイっちらしいっちゃらしいけど」
もともと、今回のミスコンへの参加は、内気なメイシェンの性格の改善を目的としたものだ。このような大舞台に出れば、彼女も少しは変わるかもしれないという目的があってのもの。
面白そうだとか、もしかしたらメイシェンなら優勝できるかもしれないとか、そんな思惑もあるにはあるが、これは友人のためなのだ。
失恋の傷はだいぶ癒えたとはいえ、それでも未だに何かを引きずっているメイシェン。新しい恋を見つけるにしても、性格の改善を目指すにしても、このような舞台に出て、男性に注目されるのは良いことかもしれない。
それでもし、変な男やよからぬ男が近づいたとすれば、それから遠ざけるのがミィフィとナルキの仕事だ。
『さあ、いよいよ始まります! まずはエントリーナンバー一番……』
「あ、始まっちゃった! ほらほら、メイっち。早くこれ付けて」
「……本当にやるの?」
「当たり前でしょうが! ここにきて、いまさら退けるわけないじゃない」
司会のアナウンスが会場に響き渡る。エントリーナンバー一番から順に呼び出され、ステージに並んでいくのだ。メイシェンのナンバーは三番。出番はすぐだ。
三番のナンバープレートのバッジを取り付け、戸惑いながらもメイシェンは舞台裏からステージに出て行く。その背中を見つめ、ミィフィはぐっと親指を立てた。
「メイっちなら大丈夫だって」
その言葉はメイシェンには聞こえない。けれど、友人の後押しを受け、メイシェンはしっかりとした足取りでステージの中央へと向かっていく。
「あ……」
そしてこけた。メイシェンは何もないところで躓き、地面を転がった。
すぐに立ち上がったものの、今にも泣きそうな顔をしている。観客達から向けられる生暖かい視線。一部の者達は激しく盛り上がっていたが、メイシェンは今すぐにでも逃げ出したい気持ちで一杯だった。
こうして、メイシェンにとって波乱のミスコンが始まってしまった。
あとがき
はい、そんなわけで文化祭編開始です。文化祭編とはいっても、短く区切った話をいくつか並べてみました。
ところどころ視線を変え、レギオスキャラの文化祭の様子を書いてみました。
リーリンがいない? ええ、彼女、どこにいっちゃったんだろう……レイフォンとフェリが完璧にくっついちゃってますので、彼女が本当に扱いづらいです。
レイフォンとフェリの視点が多いのは、まぁ、この二人が主役ですからね。それは仕方ありません。
原作同様、セリナの男気覚醒ジュース展開も考えましたが、ここのレイフォンフェリ相手には男気全開ですし、もしもほかの女性に迫ったりしたらフェリに刺されそうなので取りやめました。
次回も、もう少しだけ文化祭編を書きたいと思います。ハイアとミュンファも出してませんし。
でも、そのためにはネタが……皆さん、何かネタはありませんかね? 文化祭のイベント的ななにか。レギオスの文化祭イベントだと、描写されてるのってカリアンの歌に、フェリの映画視聴、そして男気覚醒ジュースイベントくらいなんですよね。ナノで大抵がつぶれて、ネタに困っています。
もしもありましたら、感想のついでなのに書き込んでくださると助かります。他力本願ですが、なにとぞご協力お願いします。