「レオ、率直に言うと君には才能がありません。剄量は並以下で身体が恵まれているわけでもない。なにより、基礎がまったく出来ていない。長所がないと言っても過言ではありません。さて、どこから鍛えるべきでしょうか?」
「……………」
サヴァリスのあまりの言いように、レオは何も言い返すことが出来なかった。いや、正しくは言い返したくとも返す余裕がないと言うべきか。
レオは仰向けに倒れ、荒い呼吸で天井を見詰めていた。全身をサヴァリスに余すところなく殴られ、打撲のような痛みが走っている。起き上がるどころか、指一本動かすための力が入らない。
いろいろあってサヴァリスに師事することとなったレオだが、早くも音を上げてしまいそうだった。
「剄息は絶えず続けてくださいよ? 寝ている時もです。剄量が並以下とはいえあるに越したことはないんです。少しでも剄が多ければ、それは武芸者にとって大きなアドバンテージとなる。もっとも君の場合、少し剄量が増えたところで高が知れてますけどね」
サヴァリスは本当にレオを鍛える気があるのだろうか?
駄目出しばかりでレオを労わる気がまったくない。確かに甘やかすのは駄目だろうが、だからと言って鞭ばかりで飴を一切与えないのもどうかと思う。もっともサヴァリスを知る者ならば、あのサヴァリスがそんなことを考慮するとは思わないだろう。
「あとはまぁ……体を鍛えますか。武芸者にとって重要なのは剄ですが、強い肉体を持って困ることはありません。レイフォンやクラリーベル様は見た目、そこまで鍛えられてるようには見えませんが、アレはアレで良質な筋肉を持っています。自慢をするわけではありませんが、僕も十分に鍛えられているでしょう」
サヴァリスは自身の腕を指差し、レオに言い聞かせる。筋肉はあって困るものではなく、むしろあった方が何かと有利だ。腕力の向上は一撃の威力の向上に繋がる。なにより、レオの肉体は武芸者として少々軟弱だった。
「そんなわけで筋トレです。さっきも言いましたが剄息は絶えず行ってください」
「ちょ、待ってください……少し、休ませて……」
「せっかく僕が貴重な時間を削って見てあげてるんですから、そんな暇はありませんよ。さて、まずは軽く腕立て伏せ千回、腹筋千回、背筋千回を三セットやりましょうか」
「そ、それのどこが軽くなんですか~!?」
「軽くですよ。そうそう、休んだら衝剄を放ちますので手を抜かないように。死にますよ」
「うわあああああああんっ!!」
レオの懇願を軽く受け流し、サヴァリスは冷酷に指示を出す。レオは瞳に涙を浮かべ、自棄になりながら腕立て伏せを始めた。
「まぁ、実際に筋肉というものは実戦で付けた方がいいんですけどね。素振りや筋トレも悪くはないんですが、たとえば筋トレをする必要がないほどに組み手などで体を鍛えると、戦いに余分な、不要な筋肉が付かなくていいんですよ。あまりにも筋肉があり過ぎては逆に動きを阻害しかねませんからね。そんなわけで、筋トレが嫌だというのなら、筋トレが必要ないほどの組み手をやりますか? この僕と」
「け、結構です!」
「……なら、がんばってください」
どこか残念そうに言うサヴァリスに、レオはぶるりと背筋を震わせた。そして思う。サヴァリスに師事したのは間違いだったのではないかと。
そもそもレオが師事する予定だったのはレイフォンだ。それなのに何故、このようなことになっている?
当のレイフォンは今、何をしているのだろうか?
「そういえば、もうすぐ文化祭ですね。フェリのクラスはなにをやるんですか?」
「クラスでは無難に喫茶店をやるらしいです。私にもウエイトレスをやって欲しいと頼まれましたが、正直めんどくさいです」
「がんばってください。僕も行きますから」
「フォンフォンが来るなら……私もがんばります」
当のレイフォンは今、フェリといちゃついていた。
先日結婚したばかりで、バリバリの新婚夫婦。そんな二人はレオには目もくれず、近々迫った文化祭について会話を交わしていた。
「余所見をしている暇はないですよ。死にたいんですか?」
「やります! やりますから!」
それをのんきに聞いている暇などレオにはなかった。サヴァリスに急かされ、腕立て伏せを始める。
「そういえばゴル、僕の弟はここで小隊長をしてるんだって? これは是非ともその実力を確かめないとね。まぁ、所詮は学生武芸者だからそこまでは期待できないけど、グレンダンを出て五年経つんだし、少しは上達しているかな? してないなら扱けばいい。なにせ、ゴルには将来的にルッケンスの武門を継いでもらわなければならないからね」
腕立て伏せをするレオを見ながら、サヴァリスは不穏なことをぶつぶつとつぶやいていた。
サヴァリスの弟、ゴルネオ・ルッケンス。第五小隊の隊長を務めており、ツェルニでも屈指の実力者として知られている。
ちなみにルッケンスとはグレンダンでは有名で、高名な武門らしい。サヴァリスはその跡取りに兄である自分を差し置き、弟に武門を継がせようとしていることからおそらく才能もあるのだろう。レオがそんなことを考えていると、サヴァリスがどかりと腕立て伏せを続けるレオの背中に座った。
「……なにをしているんですか?」
「いえね、強靭な肉体を持つ武芸者なんですから人を載せた状態で腕立て伏せくらい出来ませんと。ほら、何をボーっとしているんです? あと九百五十三回ですよ」
「うぅ……」
レオは泣きそうになりながら腕立て伏せを再開する。そんな時だった。訓練のために借りてる、練武館に一人の来訪者が訪れたのは。
「失礼します。レイフォンさんはいらっしゃいますか? 生徒会長がお呼びです」
来訪者は生徒会の制服を着た少女。どうやら目的はレイフォンらしかった。
†††
「またですか」
「またなんだよ。困ったね……よりによってみんながみんな浮き足立っているこの時に」
義兄と義弟の会話。レイフォンはフェリと結婚したために姓もアルセイフからロスへと変わり、カリアンは義理の兄となる。
そんな兄は申し訳なさそうな表情で、レイフォンに懇願するように言った。
「そんな訳で一般生徒達に気づかれないよう、内密に処理したいのだけどできるかな?」
「問題はないと思います。ただ、フェリには負担をかけたくないので傭兵団の念威繰者、フェルマウスを使いたいと思うんですが」
「そう言うだろうと思って、既に話は通してある。向こうも快く協力してくれるそうだよ」
「流石ですね」
互いにどこか黒い笑みを浮かべ、カリアンとレイフォンは笑い合う。それはまるで本物の兄弟のように微笑ましく、そして恐ろしい笑顔だった。
「フォンフォン、兄さん」
「大丈夫ですよ。この程度の相手にフェリの力は必要ありません。都市からもあまり離れるつもりはありませんし、なにより今のフェリに無理はして欲しくありません」
「ですが……」
「フェリ。レイフォン君の言うことを聞きたまえ」
「はい……」
不満を漏らすフェリだったが、レイフォンに宥められ、カリアンによって言い聞かせられる。
二人はただ純粋に、フェリの身を案じているのだ。レイフォンとの子を身篭っている彼女に無理はさせたくない。
それにサリンバン教導傭兵団がいる。なら、利用できるものは利用しようというのがカリアンとレイフォンの考えだった。
「戦力の方は大丈夫かな? とはいえ、君を援護できるほどの人物はツェルニの生徒にはいないけどね」
カリアンはちらりと、ソファーに腰掛けて写真を見ているサヴァリスに視線を送った。
ツェルニの学生にレイフォンのサポートをすることは不可能だろう。だが、学生でなければ? 現役の天剣授受者、サヴァリスならばどうだ?
天剣授受者すら利用しようとするカリアンに、流石のレイフォンも苦笑を浮かべることしか出来なかった。
「この程度なら僕一人で何とかできると思いますが……そういえば、ハイアの手術が終わったんですよね。もう退院も間近だとか。なら、ハイアを囮に使っていいですか? ハイアが襲われている隙に僕がハイアごと止めを刺します」
「却下です」
レイフォンの意見をカリアンではなく、フェリが退ける。別にハイアのためではない。ハイアに何かあれば、フェリの友人であるミュンファが悲しむだろうからだ。
レイフォンはフェリに逆らえないため、非常に残念そうだが渋々と同意する。
「あ、あの……サヴァリスさん」
「なんだい?」
「……なんで僕がここにいるんですか?」
そんな中、非常に居心地が悪く、場違いな雰囲気を感じていたレオが申し訳なさそうに、恐る恐る言葉を発する。
生徒会の役員がレイフォンを呼びに来た時、何故かレオまでも連れて来られてしまったのだ。
「物凄く面白そうな気がしたからさ。案の定、来てみたらとても面白い話をしていただろう」
「あなたの感性がわかりません! 都市に汚染獣が迫っているっていうのに面白いわけないじゃないですか!!」
思わず悲鳴染みた叫びを上げてしまった。だが、これも仕方ないだろう。
再びツェルニを襲う脅威、汚染獣。学園都市は汚染獣との遭遇が非常に稀だという話だが、ツェルニは今年だけで幾度も汚染獣と遭遇している。その度に汚染獣の恐ろしさを再認識させられたほどだ。
だというのに、サヴァリスは余裕の表情で絶望的な事実を述べる。
「写真を見るに老生一期の成り立てだろうね。この間は雄性体の汚染獣が集団で襲ってきたらしいけど、それが雑魚にしかならない相手だよ」
「えっ……」
レオが呆気に取られる。それでもサヴァリスは笑い続けていた。
「本当に面白いですね。天剣のない状況での汚染獣戦。レイフォン、僕が出てもいいかな?」
「囮としてならいいですよ。巻き込まれて死なないように気をつけてください」
「別に倒してしまっても構わないんだろう?」
「できるのならどうぞ」
都市の危機だというのに、そんなものをまったく感じさせないサヴァリスとレイフォンの会話。
レオがその会話に戸惑いを覚えていると、不意にポンと肩に手を置かれた。
「もちろん、君も行くんですよ」
「はいっ!?」
肩に手を置いたのはサヴァリスだった。意地の悪い笑みを浮かべ、レオに残酷な宣告をする。
「一期ですが、せっかくの老生体戦なんです。その戦闘を間近で見れば得るものは大きいと思いますよ。なんなら実際に戦ってみますか?」
「いやいや、いやいやいや!」
「なに、人間はいつか死ぬんです。それが早いか遅いかだけの違いですよ」
「た、助けてぇ!!」
この時、レオは心の底から後悔した、サヴァリスに師事したことを。
予想される汚染獣、老生一期との遭遇は明朝。それを都市外で迎え撃つべく、準備が始まる。
†††
「そういや、今年もミスコンが行われるんだと」
「はぁ……ミスコンですか? 去年、フェリが優勝したという」
「そうそう」
準備中、レイフォンは汚染獣との決戦場所にまで運んでくれるオリバーと会話を交わしていた。
レイフォンが錬金鋼と都市外装備の確認をしている中、オリバーは移動用の放浪バスの最終チェックをしている。
「けど、フェリちゃんはミスじゃなくミセスになっちまったからなぁ。今年は誰が優勝するんだって話題が、都市中の男達の間でもちきりだぜ」
「別にどうでもいいです」
「相変わらずフェリちゃん一筋か? 妬けるな」
会話の内容は文化祭のメインイベントと言っても過言ではないミスコンについて。フェリは去年の優勝者であり、ミスツェルニという称号を持っている。
その容姿から人気は高く、しかも小隊員。非公式であるフェリ・ロス親衛隊が急激に巨大化したことから連覇に期待が寄せられたが、レイフォンと結婚したために今年はミスコンに参加しない。
元々去年の参加だってフェリの本意ではなく、ミスツェルニなんてものに興味はなかったのだ。予選に勝手に登録され、そのままとんとん拍子で本戦に。あっという間に優勝してしまった。ただそれだけのこと。
そしてフェリが出ないのなら、レイフォンはミスコンなんてものにまったく興味がない。
「でも、一応聞いとけ。ほら、お前の同級生でミィフィさんの友達の……メイシュン?」
「メイシェンです」
「ああ、そうそう。その子も参加するらしいぞ。こういうことに参加したがる子には思えなかったんだがな」
名前の間違いを訂正したレイフォンだが、それでもオリバーの口から出た意外な人物の名に驚きを隠せない。
オリバーの言うとおり、メイシェンがミスコンに参加するとは思えなかったからだ。もっとも、ミィフィ辺りが勝手に申し込んだのだと容易に予想できたが。
「そういえば、この間マイアスからツェルニに来た女の子二人もお前の知り合いなんだろ? なんかツェルニに留学生として転入するらしいぞ。二人とも可愛いって評判で、クラスメイトが騒いでいてな」
「そうなんですか」
オリバーが言っているのはリーリンとクラリーベルだ。彼女達は留学生という形でツェルニに転入し、学生生活を謳歌するつもりらしい。
リーリンの場合は戦争時期のために放浪バスも来ず、帰るに帰れない状況のために時間を無駄にしないように勉学を学ぶのだとか。生徒会の紹介で就労もするらしい。
クラリーベルはただ純粋に、学生生活を楽しもうとしていた。もちろん就労もするつもりだそうだ。
それはともかく、レイフォンからすればことあるごとにちょっかいをかけてくることをやめて欲しかった。サヴァリスと似た感性のクラリーベルを相手にするのは、正直楽じゃない。
「この二人がミスコンに参加するなら、優勝候補筆頭だろうな。もっとも俺はミィフィさんを押すけど」
「どうでもいいです」
「おいおい、知り合いなんだろ? 冷たくないか」
「そりゃ、僕だって出るのなら頑張って欲しいですけど、リーリンがそういうのに出るとは思えませんし、そもそもクラリーベル様とはたいした面識もありませんから」
「様? なに、その子ってどっかのお偉いさん?」
「グレンダンの三王家の一人、つまりはお姫様ですね」
「マジで!? そんな子がなんでツェルニに来たんだよ?」
「さあ? 僕が知るわけないじゃないですか。それはそうと凄く落ち着いてますね。汚染獣が迫っているんですよ」
「そりゃ慣れだ。あんだけ立て続けに騒動が起きれば嫌でも慣れる」
今までどうでもいい話を続けていたが、ここに来てレイフォンが話を戻す。
これから戦闘なのだ。人類の脅威、汚染獣との死闘。だというのにオリバーは冷静で、以前のように動揺を見せることはなかった。
「それに戦うのは俺じゃないしな。お前が戦うのならのんびり汚染獣が駆逐されんのを待つだけだ」
「あんまり僕に期待されても困るんですけどね……」
言葉通り慣れてしまったのだろう。直接の戦闘はないが、それでもオリバーはそれなりに場数を踏んだと自負している。
「レイフォン。錬金鋼の調子はどう?」
「はい、大丈夫です」
レイフォンが錬金鋼を復元し、素振りをしながら手に馴染ませていると、その調整をしてくれたハーレイが声をかけてきた。
今回、レイフォンが使用するのは廃貴族の作り出した特別性の錬金鋼と、鋼糸に特化した刀の青石錬金鋼。この二本があれば、たいていの敵は何の問題にもならない。
「余裕があれば、複合(アダマン)錬金鋼や、簡易型複合(シム・アダマン)錬金鋼のデータも取って欲しかったんだけど、レイフォンがその錬金鋼を手に入れてからまったく使わなくなったよね」
「すいません……次の試合では使いますから」
「あ、いや、別に本人が使いやすい方を使えばいいんだしね。むしろ、メカニックとして使い手が満足の行くものを作れないのが悔しいよ。あ、そういえばサヴァリスさんの準備も終わったし、いつでも出れるよ」
苦笑交じりの言葉をごまかすように、ハーレイは言った。彼はサヴァリスの錬金鋼のメンテナンスも担当していたのだ。
「それはそうと……本当に連れて行くの?」
「サヴァリスさんはそのつもりのようですね」
ちらりと、ハーレイが部屋の隅に視線を向ける。そこでは蹲り、体を小さくして震えているレオの姿があった。
「なんでこんなことに? なんで? どうして? いやだいやだいやだ」
ぶつぶつとつぶやき続けるレオ。この度汚染獣戦に同行することになってしまい、彼は心の底から後悔しているのだろう。サヴァリスに関わらなければよかったと。
「まぁ、安心しろ。レイフォンがいるんだ。死ぬことはねぇよ……たぶん」
「オリバー先輩……他人事だと思って」
「実際他人事だし」
「うわ~んっ!」
ちなみに、オリバーとレオはルームメイトだった。格安の男子寮で暮らしており、そこでは基本的に二人で一部屋を使うことになっている。
レイフォンは既に引っ越し、フェリやカリアンと共に暮らしているが、その寮にいたころは部屋割りの都合で一人部屋だった。
オリバーとは隣の部屋だったため、オリバーのルームメイトがレオだと知った時は少しだけ驚いたものだ。
「それはそうといいのかな? 今回のことニーナに黙ってて」
「生徒会長の決定ですから、僕らがどうこう言っても仕方がないですよ。それに今回は老生体が相手ですから……」
「そう、だね……」
ふと、ハーレイが不安そうにつぶやき、レイフォンは事実を突きつける。
カリアンは今回の件を穏便に片付けたいと思い、レイフォンとフェリの所属する隊の隊長、ニーナどころか武芸長であるヴァンゼにもこの事実を告げていない。
仮に告げられたとしても、相手は老生体の汚染獣なのだ。未熟な学生武芸者では戦力になりえない。正直に言うと足手まといであり、その足手まといはレオ一人だけで十分だった。
「ニーナが知ったら凄く怒りそうだね」
「その時は一緒に怒られましょう」
「だね」
激怒するニーナを想像し、零れる苦笑。その時は素直に謝れば許してもらえるだろうか?
「楽しみですね。グレンダンでは幾度も汚染獣と戦いましたが、老生体相手に天剣なしという状況は初めてです。レオ、君の後見を考えてましたが、我慢出来ずに僕が倒してしまったらすいませんね」
「是非ともそうしていただけるとありがたいです。なんなら僕、留守番してますよ」
「またまた、冗談を」
「冗談じゃないです」
サヴァリスも笑っていた。けれど、その笑みの意味はぜんぜん違う。とても楽しそうで、期待に満ち溢れた笑みだ。
「フォンフォン、無事に帰ってきてくださいね」
「はい、フェリ」
フェリの見送りを受け、レイフォンの気分が羽のように軽くなる。やる気に満ち溢れ、戦意が滾ってくる。
「汚染獣を倒して、ちゃんと無事に帰ってきますから、食事の用意をして待っててくれますか?」
「構いませんが……私は料理が下手ですよ」
「フェリの作るご飯がまずいわけないじゃないですか。ちゃんと残さず食べますから、よろしくお願いします」
「わかりました。たくさん作りますので、覚悟してくださいね」
「はい」
無事に帰ってくることを誓い、レイフォンは戦場に赴いた。
†††
「あ、ニーナ。手伝いに来てくれたの?」
ほとんどの者がこれから都市を訪れる脅威を知らずに文化祭の準備へと興じていた。
レイフォンとフェリの所属する第十七小隊の隊長、ニーナもその一人だ。
「ど……どうしたんだレウ、その格好は……」
クラスの出し物の手伝いに来たニーナだったが、同じクラスで友人のレウの格好に眉をひそめてしまう。
その格好とは給仕服だった。特に、一部の男性が喜びそうなメイド服というものだった。
「ウチのクラスでメイド喫茶をやることになったのよ」
「……いつの間にそんなことに……」
レウの格好の疑問は解決したが、ニーナの知らぬうちにそんなことが決まっていたらしい。
最近は武芸大会や訓練で忙しかったとはいえ、自身のクラスの出し物を知らなかったのは少々恥ずかしい。
「とは言ってもみんな、クラブや同好会の方に行っちゃって人数足りないから、他所から人手を借りたりしてるけどね……」
「言われてみれば、見慣れない顔がちらほら……ん?」
レウの言葉を受け、ニーナは教室を見渡してみた。確かに、このクラスの者ではない学生が見受けられる。
だが、このクラスの者ではないが、見慣れた少女の姿が目に付く。
「あ、ニーナさん」
「クララか」
レイフォンを追ってツェルニに来た、クラリーベルだ。彼女はニーナとレウが暮らす学生寮に入寮することとなり、その伝手でレウに引っ張られて来たのだろう。
グレンダンでは王家の娘、つまりお姫様であるクラリーベルだが、給仕服という格好はとてもよく似合っていた。もともと、クラリーベルはかなりの美人だ。美人はたいていの服を難なく着こなす。
また、本人は否定するだろうが、お姫様ということもあって口では言い表せない、気品のようなものが存在する。美人であり、漂わせる気品と給仕服。この組み合わせは、男性ならとても喜びそうだ。
「どうですかこれ、似合ってます?」
「ああ、似合っているぞ」
「ありがとうございます。レイフォン様にもそう言っていただけると嬉しいんですけど」
ここにレイフォンがいないことを残念に思いながら、クラリーベルは給仕服のスカートをつかんで、くるっと一回転してみせる。
その姿はどこかあざとくもあったが、同性である女性から見てもかわいらしいと思えるしぐさだった。
「あなたが来てくれてよかったわ、クララ。期待してるわよ」
「はい、任せてください」
なにやら、レウの目が真剣だった。眼鏡をくいっと上げ、眼光が光った気がした。
「ニーナさんはやらないんですか、メイド」
「わ、私か? 私にはそういった格好は……」
ニーナだって女の子だ。意外かもしれないが、こういう女性らしい格好に憧れたりもする。けれど、そういった格好が自分には似合わないのではないかと自覚していたりもする。
自分が給仕服を着ている姿を想像し、ニーナは苦笑いと、自己嫌悪に陥ることしかできなかった。
「ちょ、ちょっと、本気でやるの? やだよ僕……」
そんなニーナの元に、非常に聞き覚えのある声が聞こえてきた。この声は同級生であり、同じ都市、仙鶯都市シュナイバルからやってきた幼馴染の声だ。
「ハーレイ……かァァ!?」
その声の方角を向き、声の主の姿を見て、ニーナは驚愕の声を上げる。
そこにいたのはニーナの幼馴染、ハーレイの変わり果てた姿だった。
「に、ニーナ!? あ、いや、その、これは……」
ハーレイ・サットン。性別は男。なのに彼は給仕服を着ており、いつもは後ろでまとめている三つ編みを下ろして、女の子らしい髪形をしていた。
いわゆる男の娘というやつなのだろうか? ネタや冗談などではなく、予想以上に似合っていて、ニーナが自信をなくすくらいにかわいらしい少女の姿をしているのは腹が立つ。
女なのに、容姿で男に負けた気分だ。
けれど、気のせいだろうか? ハーレイはこの格好を見られた以外でも気まずさを感じ、ニーナから視線をそらしている気がする。
「なんて格好してるんだハーレイ!?」
「僕だって好きでこんなカッコしてるわけじゃないよ。手伝って欲しいって言われて来てみたらこんなん着せられて。うわーん!」
けれどニーナはそれに気づかず、とりあえずはこの服について突っ込みを入れた。
ハーレイは泣く。床に蹲り、手を付いて泣き喚いた。ただ、あまり長くない給仕服のスカートでそんなことをやるとパンツが丸見えとなる。もっとも、ハーレイは男で、しかも男物のトランクスを穿いているため、まさに誰得という光景なのだが。
「大丈夫ですよ、ハーレイさん。とっても似合ってます」
「うれしくないよ!」
クラリーベルから送られた賛辞だが、それは逆に止めだった。ハーレイはさらに泣き続け、さすがのニーナも哀れに思えてくる。
「レウ……参加していない私が言うのもなんだが、こういうのは……その……どうかと……なんなら私が着ても」
「ニーナ」
レウは先ほどと同じような目をし、いや、先ほどよりも鋭い視線でニーナの援護、そしてわずかな願望を遮る。
「お客のニーズに応えるためには、バラエティーに富んださまざまな属性のメイドさんが必要になるわ。その中でも見た目が出落ちではない、本気男の娘メイドとなれば、今は需要も多いし、何より話題性が高く、いい広告塔になってくれる……遊びじゃないのよ」
(経営者の……目だ)
その目の正体が何なのか、この時になってハッキリした気がした。
というか、今遊びと言われた。ハーレイの援護はともかく、ニーナのわずかな願望、給仕服を着るのが遊びだと言われた。そこまで自分にこの服は似合ってないのだろうか?
「……と言うことだそうだ、頑張れハーレイ」
「ひどいよニーナ!」
というわけで、ニーナはハーレイの援護をあきらめた。これは決して、嫉妬ではない。
自分より給仕服の似合っているハーレイに関して、妬みを抱いているわけでは決してない。
「しかし、レウがこういうことに乗り気なのは珍しいな」
それはともかくとして、レウがこのようなイベントを真剣にやるのは珍しい気がした。
本来の彼女ならめんどくさそうに、いやいや準備を進めていそうなものだ。
「……まあ、やると決まったからには全力でやった方が楽しいでしょう」
それはそうかもしれない。一人でいやだと騒いだところで、結局文化祭は行われるのだ。いやいややるよりも、精一杯楽しんだ方が有意義だろう。
「それに私、もしかしたら、来年生徒会に行くかもだから」
「そうなのか……?」
「ホントもしかしたらよ。友達の付き添いで。そんでも、こうやって幹事役やって、運営の勉強しておくのもいいかな……って」
そう答えたレウは、今更ながらにしまったという表情を浮かべ、顔を赤面させた。
「あっ、こんな模擬店と都市全体の管理じゃ全然勝手が違うことは重々承知の上で! ね!?」
「分かってる分かってる」
誰に言い聞かせるように言ってるのかはわからないが、これはレウの照れ隠しなのだろう。
普段見せない彼女の意外な一面に、ニーナは微笑ましくなるのと同時に考えさせられた。
(そうだったのか……レウ、そんなことを考えていたのか)
ここは学園都市だ。若者が夢や目的を持ち、集まる場所。レウもまた、例外ではなかったのだろう。
(私も協力しなくては)
友人として、その目的に協力することは当然なのだろう。ニーナは宣伝用のビラを手にし、ドアへと向かった。
「じゃあ、ビラ配りに行って、くッ!?」
「男の娘はここですかーー!!」
外に出ようとしたニーナの顔に、勢いよく開いたドアが叩きつけられる。
ドアを開けた人物は、これまたニーナの知っている人物だった。
「ハーイ!! どもども、月刊ルックンです!! 話題のメイドさんがいると聞いて取材に参りました!!」
ルックン所属の記者、レイフォンの友人であるミィフィだ。相変わらず元気というか、騒がしい娘である。
そしてそのお目付け役か、ナルキとおどおどしたメイシェンがセットで付いてきた。一時期は非常に落ち込んで、見ている方が辛い状態のメイシェンだったが、今は無事に持ち直すことができたらしい。
「あら、ちょうど良いところに広告塔が」
「月刊ルックン発行の文化祭パンフレット(非公式)の記事にご協力くださーい」
「ミ……ミィちゃん……せ、せ、先輩のクラスで失礼だよう」
レウは広告塔、記者の登場を歓迎し、ミィフィは物怖じせずに食いかかる。それをなだめようとするメイシェンだったが、続けられたミィフィの言葉に大慌てだ。
「何言ってんの! メイっちのケーキ屋さんのライバルになりそうな店の内部調査も兼ねてるんだよ!! 敵勢力しだいでは……メイっちのそのウェイトレス服の面積を大幅カットの可能性も」
「な、なな、ないよそんなの!!」
メイシェンにしては、信じられないほどの大声を出す。
ちなみに、今メイシェンが来ているのは、メイシェンが働くケーキ屋の仕事着、つまりはウェイトレス服だった。
一見、ここの給仕服、つまりはメイド服とそんなに変わらない作りをしているが、ウェイトレスというだけあってスカートはこちらの方が長い。その丈を一気に短くすれば男は喜びそうなものだが、メイシェンにそれを着ろというのは聊か酷な話なのだろう。
また、これほど大きな声で会話を交わせば周囲に丸聞こえ。ナルキはニーナ達にすいませんと頭を下げ、いい加減ミィフィ達を落ち着かせる。
「ほれ、ハーレイ君。ちょっとカメラの前でポーズ決めてきなさい」
「うわーーー、イヤだーーーーー! 全校レベルで晒し者になりたくないーー!!」
「ほらほら、観念してください」
レウは一切そのやり取りを気にせず、むしろ正面から打ち破ってやろうという気心でハーレイを前に突き出す。
記事にされるとは全校生徒にさらされるということ。それを拒否しようとするハーレイだったが、クラリーベルに後ろから羽交い絞めにされて逃れることはできない。
ミィフィはハーレイを見て、一瞬本物の女の子と思ったが、声を聞いて彼が話題の男の娘メイドなんだろうと理解する。
そして、ニーナと同じように自身を否定された気持ちになり、やるせない想いが芽生えた。
「おい、ハーレイ。あの錬金鋼だが……ん、なんだ? 何を騒いでいる?」
「あっ、キリク!」
騒いでいると、キリクが車椅子を転がして現れた。彼はハーレイを探していたのだろう。
まさに地獄に仏だと、ハーレイはキリクに助けを求める。
「助けてよ!! 僕、メイドなんてやりたくな……」
「そんな安っぽい布で妥協するなど、貴様それでも職人か!!」
「へ?」
けど、キリクの言葉はどこか、いや、かなりずれていた。
「ウチの研究員の、こんな低クオリティな姿、世に出すわけにはいかん」
「でも、予算の都合でこれ以上いい布使えないわよ」
「キリクそこじゃない。他に気にする場所もっとあるよね?」
キリクの指摘は、ハーレイが着ている給仕服にあった。
所詮、これは学生のお祭り、文化祭レベルで用意された衣装だ。専用の服と比べると、安っぽい印象は拭えない。
キリクはそれを指摘する。だが、予算は決まっているために、これ以上は無理だとレウは言う。
ああだこうだと言い合いを始めてしまうレウとキリク。取り残されたハーレイは、がっくりと肩を落とした。
「ハッハァ、考えが若いな少年!」
そこに、呼んでもないのに彼が現れた。彼もまた、ニーナの知り合いだった。
「高い素材が手に入らなくても……今あるもので創意工夫すればいいじゃない! 第十四小隊登場!!」
「シン先輩!?」
第十四小隊隊長のシンだ。先日、第十四小隊のイメージアップの会議をし、フェリの案を取り入れて、大いにニーナを失望させた人物だ。
「ウチのいまいちぱっとしない隊員達でも!」
テレサ、コーディ、トニ、彼らを指し、シンはどこから取り出したのか布で覆って一振りする。
「工夫ひとつで、ご覧のとおり!!」
いつの間に着替えたのだろうか? 一瞬の早業でテレサ達の姿が変わり、フェリの提案した黒薔薇のテレサ、死神のトニ、月影のコーディが、漆黒の三鬼神が現れる。
「せ、先輩……」
ニーナは頭を抱え、更に失望した視線をシンに向ける。
けれど、周りにいた者には好評のようだ。なぜなら今は祭り中。こういった格好はとても喜ばれるだろう。
周囲の者は面白そうに眺め、ミィフィは記事用の写真を撮っていた。
「シ……シン先輩、何やってるんですか?」
「おお、ニーナ!」
目的を問いかけてくるニーナに、シンは気前よく答えた。チラシを差し出し、説明する。
「宣伝だよ宣伝。ウチの小隊、文化祭で闘技場借りてイベントバトルやんだよ。お前も見に来いよー」
「漆黒の三鬼神VS光の使者団。誰ですかこの犠牲者……もとい光の使者団って……」
チラシに書かれていた名前に、ニーナはまたも頭を抱えたくなった。
シンは、どうやら他人を巻き込んでまでこのイベントをするらしい。
「俺が見繕った新人達よ。カッコイイ名前だろ?」
一度医者に行ってください。そう思わずにはいられなかったニーナだった。
ちなみに、この犠牲者の中にはレオが含まれているのだが、彼は諸事情によってここにはいない。
「新人達を先輩の妙な趣味に引きずりこまないでくださいよ」
「それもちょっとはあるが、人聞きの悪いこと言うなよ」
「あるんですか」
ニーナの指摘を受けたが、シンは堂々と反論する。
「せっかくだから素質のある新人を募って、経験積ませんのもいいかなって思ってよ。ある程度台本のあるステージだけど、戦闘パートは基本自由だし、うまくいきゃ部隊根性も付くし、将来的に小隊員として使えるかもしれねーだろ」
「なんだ……ちゃんと考えあってのことことなんですね。失礼しました」
「フ……なーに」
小隊戦とは、多くの学生が見守る一大イベントだ。こういう言い方を嫌う武芸者は多いが、悪く言えば見世物。観客達の視線、野戦グラウンドの熱気。それに当てられて実力を存分に発揮できないという新人も存在する。
なので、シンの考えはとても良い案かもしれない。ニーナは再び、シンに尊敬のまなざしを向けていた。
「まぁ、そういうわけだから、この整理券をフェリちゃんに渡しておいてくれると嬉しい」
それが再び軽蔑のまなざしに変わるのに、それほど時間を必要とはしなかった。
シンはフェリの大ファンなのだ。フェリ・ロス親衛隊にも所属している。なのでフェリの所属する第十七小隊の隊長、ニーナにイベントの招待券をフェリに渡してもらう頼み込んだ。
「先輩……だからフェリは、レイフォンと結婚したんです」
「それを言うなって……」
ニーナの指摘に、今にも泣き出しそうな声で床にうずくまるシン。さっきのハーレイの姿がちらつくほどに惨めな光景だった。
第十四小隊の隊長だとか、先輩だという尊厳は微塵と感じることができなかった。
「面白そうですね。わたしもこの光の使者団の一員として試合に出たいのですが、よろしいでしょうか?」
「ん、確か君はグレンダンから来たって言う転入生の……」
「はい、クラリーベル・ロンスマイアです」
クラリーベルはチラシ片手に、この話題に食いついてきた。その目は爛々と輝いており、まるで無邪気な子供のようだ。
「グレンダン出身の武芸者は凄いやつが多いからな。レイフォンの野郎に、第五小隊のゴルネオ。君も腕に覚えはあるんだろう?」
「ええ、もちろんです。なにせ、私の目標はレイフォンさんを倒すことですから!」
「はっはぁ、でかいことを言うな。よし、いいだろう。歓迎するぜ」
「ありがとうございます」
クラリーベルも参加することとなったこのイベント。ニーナは少しだけ心配になってしまった。このイベントが崩壊してしまわないかと。
「お前らも第十四小隊の応援ヨロシク頼むぜーー!!」
シンはすっかり持ち直し、大声でそう宣言した。これ以上水を差すのは無粋かと思い、ニーナはこのままビラ配りに行くことにする。
軽蔑したり、尊敬したり、また軽蔑したりのシンだが、彼のイベントがうまくいけばいいのにと思うのは、紛れもないニーナの本心だった。
†††
「隊長」
「フェリか。それとユー……ぬおっ!?」
ニーナがチラシを配って回っていると、そこを偶然フェリが通りかかった。彼女はユーリを連れており、ユーリの頭にはちょこんとフェレットが、ブリリアント・エクスカリバーが乗っている。
「隊長、顔色が悪いですね。風邪ですか?」
「き、気にするな」
ニーナは大のフェレット嫌いだ。ユーリから、その頭の上に乗っているブリリアント・エクスカリバーからじりじりと距離を取り、一切視線をそらさずに警戒していた。
「そ、それにしても珍しいな、フェリ。お前とユーリだけか?」
フェリの傍には大抵レイフォンがいる。何かしら特別な用がない限り、レイフォンがフェリの傍を離れることはないはずだ。
「フォンフォンは兄の用事で……」
「そうか……」
ニーナの問いかけに対し、フェリはとても言い辛そうに、視線をそらして言った。けれど、ブリリアント・エクスカリバーに気を取られていたニーナはこの異変に気がつくことはなかった。
「で、お前は何をしているんだ?」
「私はミュンファとの待ち合わせです。一緒に買い物に行くことになってますから」
「ミュンファ? 確か、傭兵団の団員だったな?」
「はい、私の友人です」
傭兵団とは一騒動あり、フェリはその一番の被害者だが、何故か傭兵団の一員であるミュンファと仲が良かった。昔はお世辞にも人付き合いがうまいとは言えなかったフェリが、素直に友人と称している。
どういった心境の変化かは知らないが、傭兵団との諍いは抜きにしても、円滑に人間関係を進められるのは良いことだ。
「フェリさん!」
「ミュンファ。では、隊長、失礼します」
「あ、ああ」
待ち人のミュンファが来たため、フェリはそのままユーリと共に行ってしまった。
フェレットの脅威から開放されたニーナは、いくばくかの余裕を持ってその背中を見送る。
(フェリも成長したんだな……)
フェリは笑うようになった。嫌がっていた念威の才能と向き合い、今では更なる研磨をしようとしている。
それは隊長として、先輩としてとても喜ばしいことだ。
(私は……?)
喜ばしいことなのだが、それと同時に比べてしまう。考えてしまう。果たして、自分は成長できているのだろうかと。
「お! よう、アントークはちゃんと来たか!」
「どうかしました?」
気がつけば、いつもの機関部清掃の就労の時間になっていた。ニーナはいつもどおりに出勤し、掃除をしていた。そこに上司の上級生から声をかけられる。
「いや、まいったよ。みんな、文化祭の準備ってバイト休みやがってさ」
「まぁ、浮かれる気持ちもわかりますが」
「おまけに、アルセイフのやつもここをやめただろ? 結婚して、忙しいのもわかるんだがな……人手が足んなくて困ってんだ」
レイフォンもまた、自分の道を進んでいる。捨てようとしていた武芸を再び始め、ツェルニを幾度も救い、武芸大会でも勝利に導いてくれた。
そんな彼に、ニーナがどうこう言う資格はないのだろう。
「つーわけで、今日は仕事になんねーからお前も早めに上がっていいぞ。ホレ、これ出来たての公式パンフ!」
ミィフィが組むと言っていたパンフレットとは別の、正式なものを上司から手渡された。
みんな浮かれているんだなと思い、ニーナは掃除道具を片付け、機関部の段差に腰掛けてパンフレットをめくる。
(確かに、私が焦りすぎなのだろうな)
上司は去り際に、『お前もちょっとは肩の力を抜けよ』と言っていた。ニーナが悩んでいたのをお見通しなのだろうか?
いや、自覚はないが、よく堅物といわれるニーナだ。他人から見れば、自分はわかりやすい性質をしているのだろう。もう二年と少しほどの付き合いとなる上司からすれば、ニーナの異変はお見通しなのかもしれない。
(毎日訓練だってやってる。力も着実に伸びているし、小隊のまとまりも……以前よりは良くなっているはずだ。やるべきことはやって前進しているはずなのに、それなのに……)
けど、ニーナは言われたからといってすぐに肩の力を抜けるほど器用ではない。どうしても考えてしまう。
(どうして、自分一人だけ置いていかれる気がするのだろう?)
果たして、ニーナは成長できているのだろうか?
ツェルニを自分の力で守るはずだった。武芸大会を勝利へ導くはずだった。けれど、それらすべてをやったのは、成し遂げたのはレイフォンだ。
自分は何も出来なかった。ならば自分は、成長などしていないのではないか?
ニーナは、いやでもそう考えられさせてしまう。
「ツェルニ!」
ニーナが悩みながら、情報が頭に入ってこないパンフレットを眺めていると、ツェルニがふらふらと浮きながらこちらへとやってきた。
もちろん、この都市の名ではなく、この機関部の主、電子精霊であるツェルニだ。この姿形は、相変わらずユーリに似ている。いや、逆なのか? ユーリがツェルニに似ているのだろうか? もっともそんなこと、些細な問題だった。
「なんだ、お前まで元気ないのか?」
ツェルニはとても眠そうに、ぐてーっとした様子でニーナの胸に飛び込む。ニーナはツェルニを抱き止め、先ほどまで見ていたパンフレットをツェルニに見せてみる。
「ホラ、これ文化祭のパンフレットだぞ。お前、こういうの好きだろう。これ見て元気出せ」
ツェルニは差し出されたパンフレットを興味深そうに見ていた。するとある一点で目を止め、ニーナの髪をくいくいと引っ張る。
「ん? ああ、それはわた飴っていうお菓子だ」
ツェルニが見つけたのは、デフォルメされたわた飴のイラスト。小さな指が指し示すそれを、ニーナは優しく説明した。
「雲みたいにふわふわしててな、甘くて美味しい……欲しいのか?」
そして気づく。ツェルニのもの欲しそうな視線に。
だが、ツェルニは、電子精霊は当然ながらものを食べることが出来ない。一見、人間の童女のような姿形をしているツェルニだが、構造が違うのだ。それは当然のこと。
「しょうがないな。確か、メイシェンの店でおまけに付けてくれるらしいから、もらってきてやる」
それでもニーナはツェルニの視線に負け、苦笑しながらそう言った。
ツェルニはとても嬉しそうに、花のような笑みを浮かべてニーナに抱きつく。
(……よかった、大丈夫みたいだな)
ツェルニの様子がおかしいのなら、機関長に報告するべきかと思った。だが、この反応のツェルニを見て、する必要はないだろうと思い直す。
(そうだ。この子が元気でいてくれれば、私はそれで十分)
ニーナがツェルニを守りたいと思ったのは、この子がいたからだ。機関部清掃の時に出会った、ツェルニで最初に出来た友達。
自分に何が出来るかなんてわからない。成長したのかもわからない。それでも、この子が元気ならば良いと思えた。
「ん?」
そう思った矢先に、ツェルニに異変が起こった。笑顔は消え失せ、呆けたように上を見上げる。何かあったのだろうか?
「……? ツェルニ……どうし……」
疑問をすべて口には出せなかった。その直後、機関部を激しい揺れが襲う。この揺れは、身に覚えがある。
「なっ……なんだ……今の震動は……!?」
揺れ自体はすぐに収まった。何とか落ち着き、周囲を確認しようとする。
「ツェルニ!」
するとツェルニは、びくびくと震えていた。まるで何かに恐怖するように、何かから逃げたそうに、とても不安そうな顔をしている。
この表情、様子にも身に覚えがある。
「この怯えよう、さっきから様子がおかしかったのは気のせいなんかじゃない」
いやな記憶がよみがえる。ニーナが始めて直面した、都市の脅威。
「……まさか、まさかまさか……」
すぐに認めたくはなかった。けれど、現実から目をそらすことは出来ない。
「汚染獣……!?」
ツェルニは再び、この世界の覇者に遭遇してしまったのだ。
†††
「会長ッ!!」
「来たね」
ニーナの足はすぐに生徒会室に向かった。勢いよく部屋に飛び込み、その来訪を予測していたのかカリアンが出迎えた。
彼の他には武芸長のヴァンゼ、そして給仕服姿のクラリーベル、さらには病み上がりのはずのハイアまでいた。
「やあ、アントーク君。召集の手間が省けて良かったよ」
カリアンの落ち着いた物言いだが、ニーナには彼のような余裕は存在しない。
「会長……先ほどの揺れは、やはり……」
「ああ、汚染獣……幼生体の巣に脚を取られたようだ」
やはり同じだった、あの時と。ツェルニが滅びの危機を迎えたあの時と。
あの時も激しい揺れが襲い、幼生体の巣を踏み抜いて汚染獣に取り付かれた。その恐怖がツェルニを再び襲おうとしている。
「群れは、地下から第七脚部を伝って都市外縁部に接近中だ。現在よりおおよそ、一時間余りで到達すると予測されている。生徒達の避難は都市警に任せているが、時間帯や文化祭の準備期間のせいで人員が不足している。こちらも早急に対処しないと……」
時刻はすでに真夜中。こんな時間では迅速な避難など出来ない。また時期も悪かった。よりによってこんな時に汚染獣が都市を襲うなど、誰が予想するだろうか?
「ったく、こちとら病み上がりだってのに、ゆっくり寝させて欲しいさ~」
「すまないね、ハイア君。私もそうしたかったのだが、状況がそれを許さない」
ハイアの悪態をカリアンが受け流し、クラリーベルはこの場に合わない雰囲気でニコニコと笑っていた。
「まぁまぁ、幼生体ぐらいわけないですって。ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう」
「確かにな。それにここの学生達は、そのわけない存在に苦戦したそうさ~。なら、俺っち達が助けてやんないとさ」
その物言いにむっと来るニーナだったが、確かにハイアとクラリーベルの助力はありがたかった。諍いはあっても、その実力は本物。現状では、まさに救世主だった。
「小隊も迎撃準備に取り掛かるぞ」
「はっ!」
「アントーク、お前の隊も急げ」
(そうだ……あの子(ツェルニ)は私が守ってやらねば)
「俺っち達も行くさ」
「そうですね」
ヴァンゼはそう言って、足早に生徒会室を出て行く。それにハイアとクラリーベルも続いた。ニーナも決意を胸に、第十七小隊を集結させようとする。
『隊長』
「フェリか。ちょうど良かった、レイフォンとシャーニッドを、第十七小隊の面々を集めてくれ。仕事だ」
『それなのですが……』
ちょうどフェリの念威端子がやってきた。ニーナはすぐさま指示を出すが、フェリはと歯切れが悪そうに口を開く。その先を、カリアンが続けた。
「レイフォン君はいないよ」
「……え?」
「現在、ある任務を任せている」
「あの、それはどういう……」
そう言えば、昼間にフェリと会った時、そのようなことをフェリが言っていたのを思い出す。その時はフェレットのせいで耳に入っていなかったが、今聞けば、明らかにおかしいとわかる。
「今朝、この都市の進路上に老生体らしき巨大な影が確認された。レイフォン君には、今、その討伐に向かってもらっているよ」
カリアンは執務机の引き出しからある写真を取り出し、それをニーナに見せる。それはツェルニの偵察機が持ち帰った、汚染獣の写真だった。
「……どういう事です。今、都市を襲っている幼生体の他に老生体まで現れたと? 私は何も聞いていない!」
「……これは、ヴァンゼにも伝えていないことだ。老生体と思われる影は一体。もし放置しておけば、明朝にでも接触しようという距離だ。もちろん生徒には秘密にせねばならないし、今は文化祭のことでみんな浮かれているからね。極力動かす人物は控えたかったんだよ。レイフォン君にも極秘任務として引き受けてもらったから、君に話さなかったのも仕方がない」
言っていることはわかる。カリアンは混乱を限界まで抑えたかったのだろう。
文化祭の準備で浮き足立っている真っ最中、そんな中で汚染獣が襲ってきたとなれば、都市は大パニックになっていた。本来ならすぐさまこのことを知らせ、避難を促すべきだろう。
だが、幸運なことにツェルニにはレイフォンがいた。ただでさえ老生体を相手に一対一で戦える武芸者だというのに、最近では更なる力を付け、一期程度の老生体を瞬殺できる存在。
そんな彼がいたからこそ、カリアンは極秘に処理しようとしていた。
「しかし、まさか同タイミングで幼生体まで現れるとは思ってなかったけどね」
けど、さすがにこの事態はカリアンも予想外だった。こればかりは避けられないし、極秘に処理することも出来ない。
パニックになるだろう都市内を想像し、ため息を吐く。
「あいつは、レイフォンは第十七小隊の隊員です! 会長、私は……私達だって知っていれば!」
「知っていれば同行していた?」
カリアンの言っていることはわかる。だが、それに納得できないのがニーナだ。
息巻いて言葉を吐き出すニーナ。その先を、カリアンが予測する。
「君達はそこで、何が出来るんだい?」
「……………」
「事実、この都市の人間で老生体クラスを相手に出来るのはレイフォン君だけだ。あと、この都市の人間ではないが、ゴルネオ・ルッケンスの兄、サヴァリスさんにもサポートを頼んでいる。フェリは酷使したくなかったので、念威繰者は元傭兵団のフェルマウス氏。けど、それ以外は彼の戦いの邪魔になってしまう」
「……それはつまり、『第十七小隊』はただの足手まといだと?」
「あくまで、老生体相手の場合だよ」
ニーナは言葉に詰まってしまった。正しい、まったくの図星だ。認めたくないが、ニーナにはレイフォンの援護をすることなど出来ない。
「幼生体相手であれば、君達は十分貴重な戦力だ。今ここに残っていてくれて、本当に助かったよ」
「会長! 私は……」
「アントーク君」
それでもニーナはさらに口を開こうとする。カリアンは少々鬱陶しそうに、冷めたい視線でニーナを見ていた。
「私には、この都市に住む全ての人間を守る義務がある。どんな手段であろうと、そのための最善策を選んでいるつもりだ。君はどうやら、『自らの手で』ツェルニを守ることに固執しているようだが、私も君の自尊心にまで配慮している余裕はないよ」
その言葉は心外だった。それではまるで、ニーナが駄々をこねている子供のようではないか。
「それは、どういう意味ですか!? それではまるで私が……」
「第十七小隊長、ニーナ・アントーク君。レイフォン君が戻るまで、第一小隊の配下に付き、汚染獣殲滅に当たってくれ。これは生徒会長としての命令だよ」
当然、ニーナは反論しようとするが、カリアンはもうこれ以上取り合うつもりはなかった。
「私からは以上だ」
冷たく、そう言い放った。
「そんっ……待って……」
それでも食い下がろうとするニーナ。そんな彼女の頭に、ポンと手が置かれた。
「行こうぜ、ニーナ」
「シャーニッド!」
第十七小隊の狙撃手、シャーニッドの手だ。彼はフェリに呼ばれてここにやってきたのだろう。
「会長、レイフォンはいつごろ戻る予定だ?」
「遅くとも明け方……まぁ、その数時間前にはフェルマウス氏の念威端子から連絡が届くだろう」
「なるほど。今夜一晩持ちこたえりゃ、何とかなりそうだな。んじゃ、ヴァンゼ武芸長んとこにお世話になってくるとしますか」
聞きたいことを聞くと、シャーニッドはニーナの首根っこをつかむ。
「は、放せシャーニッド! 私はまだ、言いたいことがっ」
ニーナがまだ何か言おうとしていたが、それ以上は言わせずに、シャーニッドは生徒会室からニーナを連れ出した。
†††
「おい、待て! おい、シャーニッド!」
生徒会室を出ても、ニーナは不満たらたらだった。ただし、ここで立ち止まっている場合ではないということは理解しており、シャーニッドを追いかけながら現場へと向かう。
「お前はなんとも思わないのか、あんな言われ方されて!!」
全部は聞いていないだろうが、シャーニッドとて少しは聞いていたはずだ。カリアンにあのように言われ、腹を立てないのだろうか?
「あんな……」
「ホント、そうだよな……嫌んなるよな、足手まといって言われても、反論できねーなんてよ」
「……………」
その言葉に、ニーナは何も言えなくなる。悔しいのはニーナだけではなかったのだ。シャーニッドだって悔しい。けれど、自分達には何も出来ない。
「……私はな」
これ以上、シャーニッドを責めることはできなかった。逆に、自分の愚かさを見せ付けられたような、嫌な気持ちになる。
「故郷を離れ、この都市で電子精霊ツェルニと出会い、初めて何かを守りたいと、自分自身がやりたいと思えることを見つけたんだ。あの子を守ることが己の使命だと、小隊を作り……強くなるためにいろいろな努力をしてきたつもりだった。でもそれは、単なる私の自己満足のためだったのかもしれない」
今、まさにニーナの心が折れようとしている。カリアンの言った自尊心という言葉が、重くのしかかる。
「本当に守りたかったのは『ツェルニ』ではなく、『ツェルニを守るという目標』何じゃないかと思う。私は……」
「ニーナ、あの会長の言う事、全部真に受けるなよ」
『そうですよ。兄は腹黒いんですから』
今にも心が折れてしまいそうなニーナに、シャーニッドとフェリから声がかけられる。フェリには今回のことを隠していたので恨み言のひとつでも言いたかったが、折れかけたニーナの心ではそんな余裕などない。
「今、アレコレ悩んでも仕方ねぇ。まずは幼生体どもを何とかしよーぜ」
「ああ……そうだな」
これもまた正論だ。ニーナは考えがまとまらぬまま、戦場へと赴いた。
†††
「はっはぁ! なかなかに楽しいですね、天剣なしで汚染獣と殺り合うのは! レオ君、どうですか気分は!?」
「死ぬ死ぬ、死んじゃうぅぅぅ!!」
「逃げ回ってちゃつまんないでしょうに」
場所は変わり、汚染された大地、老生体戦。
サヴァリスは強大な敵を前にし、存分に戯れていた。レオは泣き叫び、悲鳴を上げ、逃げ惑っている。
都市外スーツがなければ五分で死ねる、人類を拒んだ世界。かすり傷すら命取りになるこの戦場。戯れるサヴァリスもサヴァリスだが、死なずに逃げ回れるレオを見て凄いなとレイフォンは内心で感心していた。
いくらサヴァリスが老生体の注意を引いているとはいえ、あの巨体と質量だ。かわし、逃げ惑うだけでも命がけだろうに。少し前までのレオならばあっさりと巻き込まれ、戦死していたかもしれない。
「少しは成長しているんだね」
『いや、あの……鬼ですか? 彼、そのうち死にますよ』
「まだ生きているじゃないですか」
レイフォンはフェルマウスと共に、戦場の様子を眺めていた。
サヴァリスが老生体と遊びたいので、レイフォンには手を出すなと言ってきたのだ。サヴァリスの腕だけは信用しているし、汚染獣を相手せずに楽ができるので、レイフォンは高みの見物としゃれこんでいた。
『厳しいんですね』
「そうですか? もし死にそうになったら、一応助けてあげますよ」
『一応ですか』
機械的な音声だが、フェルマウスは確かに苦笑を浮かべていた。
如何に元サリンヴァン『教導』傭兵団のものだとしても、老生体相手に戦場を経験させるなんて無茶苦茶はしない。あのままではレオは、汚染獣に殺されるか、サヴァリスの攻撃に巻き込まれて死ぬのではないのだろうか?
現に、サヴァリスはレオに被害が及ぶのも気にせずに大技を連発している。それら全てを命かながらにかわしているレオは、やっぱり凄いのかもしれない。
『彼、逃げ回るのだけは一流ですね』
「そうですね」
攻撃をかわすというのは、都市外戦闘では基本中の基本だ。かすり傷ひとつでも負えば破れたスーツから汚染物質が入り込み、動きが阻害され、場合によっては命にすらかかわる。
なので、攻撃をかわすという技術は武芸者にとって、とても重要なことだった。もっとも、かわすことに集中しすぎて反撃に出られないのはいただけないが。
『へ……どうしたんですか? レイフォンさんに? はい、わかりました』
「どうしたんですか?」
戦場を眺め続けていると、フェルマウスが念威端子越しになにかを話していた。おそらく先はツェルニ。フェルマウスの念威端子を介して、何かしらの連絡があったのだろう。
『レイフォンさん、ツェルニから連絡です』
フェルマウスは念威端子をツェルニの念威繰者、つまりはフェリに所有権を譲渡し、フェルマウスの念威端子からフェリの声が聞こえてきた。
『フォンフォン! 今、そちらはどうなっていますか?』
「フェリ。今ですか? 今はサヴァリスさんが汚染獣と遊んでますよ」
『なら、さっさと終わらせてすぐに帰ってきてください』
「へ?」
フェリの言葉、そしてそれに含まれたあせりに、レイフォンはただならぬ気配を感じていた。そして、それは現実となる。
『ツェルニが幼生体の巣に脚を取られました。今、そこを伝って汚染獣がツェルニに進入しています』
「いつまで遊んでいるんですか」
その報告を聞いたレイフォンの動きは早かった。フェルマウスの念威を介し、サヴァリスとレオにそう告げる。
「レイフォン?」
サヴァリスの疑問も、不満そうな呼びかけも聞こえない。レイフォンは刀を一振り。その一振りは大地を割り、先にいた老生体をも真っ二つにする。
その直後、聞くに堪えない汚染獣の悲鳴が響き渡った。一気に体躯は半分となり、短くなった上半身でレイフォンに襲い掛かる。半分とはいえその巨体は健在。体液を撒き散らしながら、強靭な生命力で未だに存命し、レイフォンを最大の脅威と認識して襲い掛かった。
レイフォンは、もう一度刀を振るった。
【……………】
今度は悲鳴すら、断末魔すら上げられなかった。
汚染獣は、今度は縦から真っ二つに両断される。魚の開きのように切り裂かれ、体液と臓物が周囲に散らばった。
「は、ははっ……」
サヴァリスは笑った。とても楽しそうに、とても嬉しそうに、まるで恋する乙女のような目でレイフォンを見ている。
「……………」
レオはあんぐりと口を開け、呆けていた。あの怪物を、手も足も出なかった強大な存在を、レイフォンは見事に瞬殺してみせたのだ。格の違いを見せ付けられ、言葉すら出てこない。
「帰りますよ」
レイフォンの静かな声が念威端子を介し、戦場だった場所に響き渡った。
あとがき
前に凍結した文化祭前の騒動の凍結を解き、それに書き加えや書き直しをしたものです。
いよいよ文化祭開始。その前の一騒動という感じです。このまま一気に終わらせたいと思っているので、次回もフォンフォン一直線を更新しようと思っています。
それにしても今回、だいぶ長くなってしまいました(汗