これは夢なのだろうか? 現実なのだろうか?
「くそっ、最悪だ……」
できれば夢であって欲しいとレイフォンは願う。なぜならここは、ツェルニではなかった。名も知らぬ、どこか分からない都市。
「マイアスの時と同じなのか? じゃあ、この都市で起こった事件を解決すれば戻れるのかな? フェリ、心配してないかな?」
レイフォンは歩く。その間ぶつぶつとぼやきながらも、都市中を探索していた。
太陽が天辺にあるので、時刻はおそらく正午ごろ。なのに、もうだいぶ歩き回っているが、先ほどから人っ子一人遭遇しない。それどころか、この都市には人の気配すら存在しない。とても、人が暮らしているとは思えない。
周囲の建物は崩れ、瓦礫と化している。これではまるで、ツェルニの鉱山の近くにあったあの都市のようだ。
「廃都……」
なおさら嫌な思い出が蘇ってくる。最近の騒動の原因、廃貴族と出会った場所。確かに廃貴族の力は強大で、戦闘面では大いに役立ったが、それが原因でフェリと引き離されたとなれば話は違ってくる。
フェリと一緒に何事もなく、平和に暮らせるというのなら、こんな力はもとより必要ない。傭兵団がこの力を欲しがっていたが、欲しければ無償でくれてやってもいい。もっとも、その傭兵団はレイフォンの手によって壊滅したのだが。
「廃都といえば思い出すな……やっぱり、あの時シャンテは殺しとくべきだったかな? ツェルニに戻れたら、早速殺しに行こう」
ツェルニに戻れたらと、レイフォンは前向きな発言をする。だが、現状では戻る方法などまったく分からない。いつ戻れるのかなんてまったく分からない。
なので、こうでも言ってないとやってられなかった。
『久しぶりだな』
「くたばれ!」
不意に、こうなった元凶、廃貴族が現れた。黄金の牡山羊。圧倒的な威圧感を放ち、レイフォンの前に君臨するもの。それに対し、レイフォンは迷わず錬金鋼を復元し、刀を振るった。
『無駄だ』
「攻撃が効かないってわかってはいるけどね。こうでもしないとやってられないよ。で、いったいお前が何の用なのかな?」
だが、廃貴族に効果はない。それも当然だろう。廃貴族は確固たる形を持たないのだから。元が電子精霊。物理的な攻撃の通じる相手ではない。
レイフォンは苛立ちを募らせ、廃貴族に問いかける。
『ここは天蜘都市アトラクタ。お主の故郷だ』
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。廃貴族の言った言葉の意味が分からなかったからだ。
レイフォンの故郷とはグレンダン。そこでデルクに育てられ、リーリンや他の兄弟達と育ち、天剣を授かり、そして、天剣を剥奪されてツェルニへと来た。
『お主はこの都市で生まれた。だが、生まれてすぐに母親に連れられ、この都市を出た』
「面白い冗談だ。なら、その母親はどうした?」
『既に死んだ」
「そう」
廃貴族の言っていることを信じられるわけがなかった。あまりにも突拍子がなさ過ぎる。
だが、それと同時に廃貴族がこんな嘘をついて何の得があるのかとも考えてしまう。
『お主をここに呼んだのは、お主に会わせたい者がいたからだ』
「会わせたい者?」
『左様。その者に会えば用はなくなる。元の場所に戻そう』
「それはよかった。なら、さっさとしてくれないかな? 早くツェルニに戻りたいから」
『うむ』
廃貴族の言う会わせたい者。それは人ではなかった。それも当然か。なにせ、紹介したのは廃貴族なのだから。
それは蜘蛛だった。とてつもなく大きな蜘蛛。レイフォンの二倍、三倍は優にありそうな巨大な蜘蛛。レイフォンを見つめる複数の目が気持ち悪い。
「これも廃貴族なのか?」
『その通り。我が名はアトラクタ。この都市の子よ』
アトラクタと名乗る蜘蛛の廃貴族は、レイフォンの慈愛の目を向ける。蜘蛛の複数の目がそのような視線を放つのに違和感を感じたが、フェリと離されて苛立っているレイフォンからすればそんなものはどうでもよかった。
「何でもいいから、早く用件を言ってくれないかな? 早くツェルニに帰りたいんだけど」
『なら、単刀直入に言おう。我を受け入れよ。我を受け入れ、イグナシスの塵を払え。我はそのための刃となろう』
「つまり、こいつと同じってことか。廃貴族ってのは全部こうなの?」
『左様。それこそが我らの存在意義』
「イグナシスの塵ってのは……マイアスの時に出てきた、あの仮面の集団?」
『左様』
「なら、いいよ」
レイフォンはさほど考えず、臆した様子もなく、堂々と言い放った。
「あいつらを野放しにしたら、いろいろとめんどくさそうだからね。けど、僕が第一に考えるのはフェリのこと。何よりも優先するのはフェリ。それが君達の存在意義だというのなら、これが僕の存在意義だ。そのついででよければ、イグナシスの塵とやらを払ってやるよ」
『よかろう。その行いこそがイグナシスを滅ぼすこと、ひいては世界を守ることに繋がる』
「世界なんてどうなったっていい。フェリと一緒にいられるのなら、他の何かがどうなったって構わない」
『今は、それでいい……』
世界が崩れだす。レイフォンの周囲が霧のように消えていき、すぐに何もなくなった。
「これで帰れる」
真っ暗なこの空間で、レイフォンは目を閉じる。それとほぼ同時にレイフォンの意識は途絶えた。
†††
「夢……だったのかな?」
朝、レイフォンは自室で目覚めた。先ほどの出来事が夢だったのではないかとベットの中で思う。それにしては、ずいぶんとはっきり覚えているのが少し気がかりだった。
「んっ、ん……」
「……………」
寝返りを打つフェリと、規則正しい寝息を立てるユーリ。この大きなキングベットでユーリを中心にし、レイフォンは右端、フェリは左端と川の字となって眠っている。
レイフォンの伸ばされた左手をユーリとフェリは枕にしており、その重みがレイフォンは間違いなくここにいると実感させてくれる。
「朝ごはん……作らないと」
もう少しこの重みを実感し、フェリ達の寝顔を見ていたいレイフォンだったが、いつもの日課を思い出して起き上がる。
この時、フェリ達を起こさないように細心の注意を払って腕を抜いた。
「さてと……」
床に足を着き、起き上がった。そのまま数歩歩くと、視界が暗転する。
「あ……れ?」
そのままレイフォンは倒れ、床に転がった。足を取られて躓いたわけではない。足が、体が動かない。
(喉が渇いた……体がだるい。頭が痛い……風邪、かな?)
ところどころに感じる異変。明らかな風邪の症状だが、その判断に自信が持てない。
なぜなら、レイフォンは今まで、何度もこのような症状に陥ったことがあるからだ。
(まさか、あれか?)
思い当たる節はある。廃貴族が取り憑いたことにより、レイフォンの剄は大幅に上がっていた。
この状態で風邪薬でも呑もうものなら、とんでもないことになる。
「フォンフォン……?」
フェリの声が聞こえた。どうやら、レイフォンが倒れた物音などで起こしてしまったようだ。
それに対し申し訳なく思うが、レイフォンは起き上がることができない。
「フォンフォン! どうしたんですか!?」
大丈夫だと、言おうとした。だが、声も出ない。
レイフォンの意識は再び、ここで途切れてしまった。
†††
「レイフォン君が倒れた!?」
「はい。どうやら風邪のようです」
朝食の席でフェリはカリアンにレイフォンの異変を告げる。あのあと、フェリは何とかレイフォンをベットに寝かせ、今はレイフォンが手軽に食べされそうなもの作ろうと奮闘している。
「フェリ、いったい何を作っているんだい?」
「お粥です。風邪の時にはやっぱりこれです」
「ふむ、確かにけだるい時はそれが一番かもしれないね。私も体調を崩した時、母さんに作ってもらった覚えがある」
フェリの料理する姿を見て、カリアンは思わず故郷の都市のことを思い出した。
カリアンとフェリの実家であるロス家は非常に裕福な家庭で、料理や洗濯、掃除などの家事はほとんどお手伝いさんに任せっきりだったが、母は料理を得意としており、その手料理をよく食べたものだ。
「兄さん、味見をしてください」
「ああ、いいよ。さてさて、どんな出来かな」
フェリの料理が完成し、カリアンはその味見をすることとなった。
当初は料理の苦手なフェリだったが、最近では普通に食べられるものを作れるようになった。なので、カリアンは特に何の心配もせず料理を口に運ぶ。それが間違いだった。
「がふっ!? ごふぅ……」
「……失敗しましたか」
確かにフェリの料理の腕は上がった。レイフォンに教わった料理や、今まで作ったことのある料理ならなんとか食べられる。
だが、初めて作る料理、または独自にアレンジなどを加えたりすると、それは一気に劇物と化す。
今回、フェリがお粥を作ったのは初めての経験。さらにはレイフォンが風邪ということもあり、元気が出そうなもの、栄養がありそうなものを投入したため、とても人が食べられるものではなかった。
カリアンはもがき苦しみ、流しへと直行して口の中のものを吐き出した。
「これでは、とてもフォンフォンに食べさせられませんね」
「フェリ……他に言うことはないのかい?」
「では、兄さん。次にこちらの味見をお願いしてもいいですか?」
「……………」
カリアンの身をまったく案じないフェリは、更なる味見を彼に求めた。こんなことも予測していたのか、フェリは既に数種類ものお粥を作り上げている。
とはいえ、先ほどあんなことがあったのだ。そうそう口に入れられるものではない。
口に入れるべきか、入れないべきか。カリアンが悩んでいる中、暢気な声が響いた。
「いえ、全然おいしいですよ、フェリ」
「フォンフォン!?」
先ほどフェリが作ったお粥を、平然と食べるレイフォンの声だった。
「えっ、大丈夫なんですか?」
「はい。さっきはフラフラして倒れちゃいましたけど、もうだいぶ落ち着きましたし。それよりお腹が減っちゃって」
「いえ、確かにフォンフォンの体も心配ですが、私が聞きたいのはそれを食べて大丈夫なのかと……」
「フェリが僕のために作ってくれたんですよ。まずいわけないじゃないですか」
「そうですか」
平然と食べ続けるレイフォンに、フェリはひとまず安心した。安心し、ならば自分も食べてみようと一口食べてみる。それが間違いだった。
「……うぷっ」
「フェリ!?」
「フォンフォン……こんなものを食べて、本当に大丈夫なんですか?」
一口口に入れ、その直後に口元を押さえてうずくまるフェリ。レイフォンは大慌てでフェリの心配をするが、フェリからは逆にレイフォンを気遣う声がかけられた。
「え、ええ……おいしい、ですけど」
フェリの豹変に、レイフォンは自信が持てないながらも答える。確かに、レイフォンはフェリの料理をおいしいと感じていた。だが、それはレイフォンの味覚が明らかにおかしくなっていたからだ。
過去に、フェリの料理の味見でカリアンの味覚が破壊されかけたことがあった。そんな料理を結構な頻度で食していたレイフォンは、完璧に味覚がいかれてしまったのだ。
「……ごめんなさい、フォンフォン」
「え? 何でフェリが謝るんですか?」
「本当にごめんなさい」
謝罪をするフェリと、わけのわからないレイフォン。自分も食べてみようと、器に手を伸ばすユーリを止め、フェリは密かに決意した。もう料理はしないと。
「ご馳走様でした」
「……食欲はあるようですね」
結局、レイフォンはおかわりまでしてフェリの作ったお粥を全て平らげた。
レイフォンの味覚はともかく、食欲があるのなら大丈夫だろうと一安心し、フェリは戸棚の薬箱から風邪薬を取り出す。それとコップ一杯の水を用意し、レイフォンの前に差し出した。
「とりあえず、これを呑んで寝てください。それでもよくならないようだったら、病院に行きましょう」
「あ~……フェリ」
「なんですか?」
フェリに薬を取ってもらったが、レイフォンは申し訳なさそうに口ごもる。この症状がレイフォンの予想通り風邪ではなかったら、薬を呑めば少々めんどくさいことになる。
「たぶん……たぶんなんですけど、これは風邪じゃないんですよ」
「風邪ではない? 明らかに風邪の症状じゃないですか。熱もあるようですし、顔も赤いですよ」
「いや、確かにそうなんですけど……なんて言えばいいのかな?」
「ひょっとして、フォンフォンは薬が苦手なのですか?」
「違いますよ」
フェリの追求に困りつつ、レイフォンは何とか言葉を選んで説明した。
「えっとですね、もしかしたらフェリも似たような経験があるかもしれませんが、剄路の拡張って言うんですか? 剄脈の能力拡大だったかな?」
「私が知るわけないじゃないですか」
レイフォンと同じように、類まれなる才を持つフェリならば似たような経験をしているかもしれないと思ったが、この言葉ではどうもピンとこないらしい。というか、レイフォンの説明が下手すぎる。
武芸者には、一般人には存在しない臓器がある。剄脈がそれである。
人が生きて活動するだけで発生する、余剰で微弱なエネルギー。それが剄だ。武芸者は剄を独自に、協力に大量に発生させることができる。そのために必要なのが剄脈だ。
また、発生させた剄を全身に巡らせ、肉体能力を増進させたり、外部への破壊エネルギーとする血管のようなものを剄路と言う。
「ほとんどの人は、剄の総量はあまり変化しないんですけど、時々いるんですよ。大きく変化する人が」
「ああ、つまりフォンフォンが今、その状態だといいたいんですね? って、さらに剄が上がるって、どれだけ強くなるつもりなんですか?」
「僕に言われても……」
ただでさえでたらめな強さを持つレイフォンが、これ以上力をつければどうなるのだろう?
フェリにはその先が、まったく予想できない。
「まあ、とにかく、その時の副作用というんですか? 起きる症状が風邪に似てまして。でも、その状態で薬を飲むと大変なことになるんですよ」
「大変なこと……ですか?」
「はい。えっと……僕は覚えてないんですが、リーリンの話ではぶつぶつと、なにか変なことを言ってたそうです」
「それはそれで気になりますね。フォンフォン、薬を呑んでみてください」
「嫌ですよ!」
「私のお願いが聞けませんか?」
「う……いや、その……」
「そもそも、レイフォンの幼馴染であるリーリンだけが知っていて、私が知らないというのが許せません。どのように変になるのか、見てみたいです」
「絶対に面白半分ですよね?」
「はい」
「うわぁ……とっても素敵な笑みで言われた」
フェリのからかいにがっくりと肩を落とし、項垂れるレイフォン。いっそのこと、薬を呑んでしまえば楽になるのではないかと思ってしまうほどだ。
「さてと、冗談はさておき、フォンフォンは寝ててください。風邪でなくとも、大人しくしていた方がいいんでしょう」
「え、いや……そうですけど、洗濯とか掃除がありますし」
「それくらい私がやります。いいから、フォンフォンは休んでいてください」
「すいません、フェリ」
フェリの気遣いによって、レイフォンは自室へと戻っていく。フェリに家事を任せるのは少しだけ心配だったが、掃除と洗濯くらいならレイフォンと結婚する前からやっているはずだ。
食事はほとんど外食だったようだが、さすがに掃除や洗濯は自分でやるしかない。今まで一緒に暮らしてて、フェリは洗濯物を溜め込むタイプだということはわかったが、掃除が苦手というわけではなかった。部屋はちゃんと片付いて、特に指摘するようなところはない。名ので、それくらいなら任せても大丈夫だろうと、レイフォンはベットに寝転がる。
広い、キングベットの横になる。伸び伸びと手足を伸ばし、そのまま目をつぶった。
風邪ではないとはいえ、熱があるのだ。それにここ最近、いろいろと忙しかった。
マイアス戦前の失踪に、フェリの誘拐騒動、そして肝心のマイアス戦。さらには結婚式に、ユーリの騒動などなど。さらには、マイアス戦の勝利が、武芸科の士気が下がらないようにむしろ勝利の手ごたえがあるうちにと、訓練にも力が入れられていた。
その疲れがたまりにたまって、さすがのレイフォンの体も休息を欲しているというのだろう。
暫くすれば規則正しい寝息が漏れ始め、レイフォンはそのまま数時間ほど眠っていた。
†††
「んっ、んむっ……」
数時間が経ち、レイフォンは目覚めた。先ほどから首元を這い回る、毛むくじゃらの存在によって。
「キィ、キィ~」
「お前か……」
ブリリアント・エクスカリバー。ロス家に加わった新たな家族、フェレットだった。
レイフォンは首元にまとわりついたブリリアント・エクスカリバーの長い胴体をつかむと、そのまま抱き上げた。
「長っ……お前、胴体長いな」
フェレットの特徴的な胴体。それがびろんと下へと伸びており、足をジタバタと動かしていた。
「ぐえっ」
レイフォンがブリリアント・エクスカリバーで遊んでいると、不意に腹部を衝撃が走った。
「……………」
「ユーリ……」
原因はベットに飛び込んできたユーリだ。ユーリの体がレイフォンの腹部に飛び乗り、レイフォンとブリリアント・エクスカリバーを交互に見ていた。
「こら、ユーリ。ベットに飛び込んじゃ駄目ですよ」
フェリがユーリを叱りながら、部屋に入ってくる。その手には器と果実、そして果物ナイフが握られていた。
「フェリ、また果物の皮を剥くつもりなんですか?」
レイフォンはベットから起き上がり、ブリリアント・エクスカリバーを下ろしてから、腹部に飛び込んできたユーリの頭をなでる。
ごろごろと転がるユーリを微笑ましく思いながら、フェリに指摘した。
「また指を切りますよ。僕がやりますから、貸してください」
「あなたにやらせたら、看病の意味がないじゃないですか。いいから見ていてください。私もちゃんと練習していたんですから」
フェリはそう言って、相変わらず危なっかしい手つきながらも、果物の皮を剥いていく。
それをハラハラしながら見守るレイフォンだったが、フェリは何とか無事にすべての皮を剥ききった。皮が肉厚で、一回りほど果実が小さくなり、歪な形をしていたが、何とか無事に剥かれていた。
「ど、どうですか?」
「いいんじゃないですか」
レイフォンは果実の形よりも、フェリに怪我がなかったことを安心する。フェリはそのまま果実を切り分け、種を取り出した。
「はい、フォンフォン。あ~ん」
「んっ……」
フォークに刺し、それをレイフォンの口の前に運ぶ。レイフォンはそれを銜え、シャクシャクと果実を噛んだ。
「……………」
「ユーリも食べたいですか? でも、これはフォンフォンのですよ」
「……………」
「仕方ありませんね。ひとつだけですよ」
物欲しそうに見ていたユーリにも、フェリは果実を差し出す。ユーリは嬉しそうに果実にかぶりついた。
「最近忙しかったですから、こういうのもいいですね」
「そうですね。けど、フォンフォンが元気じゃないと意味がないですから。早く良くなってくださいね」
「はい」
たまには、このような休息も必要だろう。フェリの気遣いに感謝しつつ、レイフォンは残りの果実も平らげた。
相変わらず食欲はある。睡眠もとったので、ある程度疲れは抜けた。ただ、熱があったので嫌な汗をずいぶん掻いてしまった。
汗がべたつき、かなり気持ち悪い。
「フォンフォン、体を拭いて上げましょうか?」
「え、ええっ!? い、いや、それはさすがに悪いですよ、フェリ。自分でやります」
「遠慮なんてしなくてもいいんですよ。私達は夫婦なんですから」
「い、いや、遠慮というかですね、その……」
「お湯とタオルを持ってきますね。ユーリ、あなたはブリリアント・エクスカリバーと一緒に部屋の外へ出ててください」
フェリはユーリとブリリアント・エクスカリバーを連れ、部屋の外へと出て行ってしまった。
取り残されたレイフォンは、ボフッっとベットに横になる。
「もうどうにでもなれ」
抵抗を諦め、されるがままの道を選んだ。
おまけ
「えっと……フォンフォン」
「だから嫌だったんですよ……」
タオルとお湯の入った桶を持ってきて、レイフォンの体を拭いていたフェリは固まった。
上半身が終わり、今度は下半身をやろうとしたフェリ。それを拒否したかったレイフォンだが、結局は流されてしまい、現状に至る。
「えっと、その……」
「最近はお預け気味でしたし、ユーリもいたからできませんでしたし……正直、溜まってまして」
口にするだけではずかしい。レイフォンの体の一部分、男性である証のそれは、下着の上からでもハッキリとわかるほどに膨れ上がっていた。
「やっぱり、フォンフォンも男性なんですね」
「いや、あの、フェリ……あんまりじろじろ見ないでください」
いくら妻となった女性とはいえ、このように凝視されては恥ずかしい。レイフォンの顔が真っ赤に染まっている姿にフェリは笑い、耳元でいたずらっぽくささやいた。
「ちょっと待っていてくださいね」
「へ?」
そう言って、フェリは部屋の外へ出て行く。
数分ほど経つと戻ってきて、部屋のドアを閉め、がちゃっと鍵をかけた。
「兄に話をつけてきました。ユーリを連れて、どこかに出かけてくれるようです」
「え……それって」
「はい、遠慮はいりませんよ」
フェリがレイフォンに近づく。ベットに座っていたレイフォンを押し倒し、上から押さえつけるように唇を奪った。
「私も……その、溜まって……いましたから」
フェリの顔も赤くなる。これ以上、言葉を交わすのは無粋だった。
「フェリ」
「あんっ」
レイフォンはフェリを抱きしめる。熱とは別の原因で熱くなった体を沈めたくてたまらない。
今日は、とてもいい一日になりそうだった。
あとがき
冒頭に関しては、最近レギオスの原作でニーナの魔改造、パワーインフレが激しかったので、これからに備えてレイフォンをさらにパワーアップさせる必要があるのではないかと思ってやりました。
というか、最新刊では女王が苦戦って……いくら都市内で全力出せないだろうとはいえ……
ちなみに、天蜘都市アトラクタ。これは聖戦のレギオス二巻で出てきた都市です。ある女性が赤ん坊を連れてここから逃げ出そうとしていたのを、ディックが助けたという話があります。その赤ん坊がレイフォンかどうか原作では明確にされていませんが、複線とかネットとかではこの赤ん坊がレイフォンじゃないかなんて言われてるので、このSSではそれを採用しました。
もし違ったなら、その時はその時で修正、書き直しをします。
さて、レイフォンの強化と、それによる剄脈の能力拡大。これの元ねたは原作11巻のニーナですが、ここのレイフォンはこの症状を知ってたので変になることはありませんでした。
そんなわけでレイフォンの看病をして、ラブラブいちゃいちゃするフェリを書きたかったんですが……何故かこうなった(汗
まぁ、これはこれでいちゃラブしてますけどねw
さて、今回はもうひとつおまけがつきます。いい加減、ユーリをしゃべらせないとなぁ。
リリ狩る魔磁狩(マジカル)念威少女
「やあ、よくきたね、レイフォン、フェリ。それとユーリちゃん」
錬金科、ハーレイの所属する研究施設。ここはハーレイを入れて三名の共同で使用しているらしく、そのためかかなり散らかっている。
「相変わらず汚いですね。そんなんだから彼女の一人もできないんですよ」
「……泣いてもいい?」
フェリの容赦のない言葉に、ハーレイは沈んだトーンの声で言う。とはいえ、フェリの言うことももっともだ。この部屋はあまりにも汚すぎる。
散らかった機材、錬金鋼の部品や材料、ゴミに食べかけのパンやその袋、または飲みかけのジュースパックなどなど。このような汚い部屋は、女性にとって受け入れがたいものだろう。
衛生的にも、教育的にも問題があるため、用がなければこんなところにユーリを連れてきたくはなかった。
「それはそうと、ハーレイ先輩。例の錬金鋼ができたんですか?」
「あ、うん、そうだよ」
今回、レイフォン達がここに来たのは錬金鋼を受け取るためだ。ユーリ専用の重晶錬金鋼をだ。
ユーリはしゃべることができない。彼女がツェルニへくることとなった、誘拐事件が原因で精神的にショックを受けてしまったからだ。まだ幼い少女が親元から離され、見知らぬ男達に放浪バスで都市の外に連れ出された。これは彼女にとってどれだけ恐ろしい出来事だったのだろう?
医者の話では時間が経てば話せるようになるらしいが、現状では話すことができない。だが、念威繰者であるユーリは念威端子を媒体とすることで電子音声による発生を行うことができる。
自分の肉声で話せればいいのだが、それができないので錬金鋼を使用することとなった。ハーレイに用意してもらった、ユーリ専用の重晶錬金鋼だ。
「じゃ、さっそく復元してもらえるかな? 何か不具合があったら、すぐに直すよ」
「ユーリ」
「……………」
促され、ユーリは錬金鋼を復元した。復元と、念威の光が部屋を照らす。
その光の中から現れた錬金鋼は、杖の形をしていた。その杖はユーリの身長を超えるほどに長く、杖の先端部分にはなにやらゴテゴテしたものが付き、翼のようなものが展開している。それは先端部分と比べて小さいが、杖の石突部分のところにもあった。
「こ、これは……」
フェリはこの錬金鋼を見たことがあった。実物を見たのは初めてだが、間違いない。
「あれ、どういうこと!? 僕が作った錬金鋼とぜんぜん違う。ってか、これって……」
ハーレイが慌てる。なぜなら、これは彼が用意した錬金鋼ではなかったからだ。
ユーリに合わせ、小型化した錬金鋼を用意したのだが、これではあまりにも大きすぎる。というか、これではまるでアニメーションに出てくる主役の女の子が使うような武器だ。
「ふふふっ、ふふふのふ!!」
そして、この件の黒幕が不気味な笑みと共に出てくる。分厚いめがねをかけた小汚い男、アーチング・ミランスク。
「素晴らしい、素晴らしいぞ!! これほどラ・ピュセルが似合う少女はいない! さあ、ユーリちゃん。君は今からこれを持ち、新たな戦いの場に立つのだ! そう! 念威少女、魔磁狩ユーリとして!」
ハイテンションで宣言するアーチング。
「フォンフォン」
「はい、フェリ」
「とりあえずこの馬鹿を、一発殴ってあげてください」
「わかりました」
「ぶほっ!?」
そんなアーチングの顔面を、レイフォンのこぶしが何の迷いもなく殴り飛ばした。
†††
「まぁ、簡潔に説明すると、私と契約して、念威少女になってよと言う訳だ」
「フォンフォン、今からこの人をエア・フィルターの外に捨ててきてください」
「はい、フェリ」
「待ちたまえ!」
アーチングの弁はこうだ。前にフェリに依頼した、『念威少女・魔磁狩○○』という企画。登場人物のすべてを実写化させ作ろうとしたこの作品。だが、主演として目をつけていたフェリに断られ、この件はお蔵入りすると思われていた。
だが、アーチングは見つけたのだ。フェリの代役を。いや、フェリよりも念威少女にふさわしいであろう少女を。それがユーリだった。
「ユーリを、そんな変な目で見ないでください」
この変態男の趣味趣向に、ユーリを巻き込みたくないと述べるフェリ。だが、アーチングはそこを鋭く切り返してきた。
「一番大事なのは、本人の意思だと思うのだけど。ユーリちゃん、君はこの話をどう思う?」
余裕のある、アーチングの言葉。それもそうだろう。なぜならユーリは……
『やりたい!』
「ほら見たまえ!」
ラ・ピュセルを気に入っていた。ラ・ピュセルは、ユーリのような幼い少女から見れば、アニメーションの主役である女の子が使っている、魔法の杖そのものに見える。つまり、最高のおもちゃだった。
また、自分が物語の主役となれる。それは子供心にはとても魅力的で、興味と好奇心を抑えることができない。
ラ・ピュセルの、こんな形はしているが立派な重晶錬金鋼を使い、ユーリはとても嬉しそうに答えた。
「……………」
「ま、まぁ、フェリ。ユーリがいいって言うんですし、無理やりじゃないんなら……」
レイフォンはフェリが嫌がった時には味方をしたが、今回はこの件にフェリは関係していない。
さらに、ユーリ自身はおもちゃを与えられた子供のように大喜び。これでは、止める理由がなかった。
「ユーリ、本当にいいんですか?」
『うん!』
「ですが、あの変態ですよ。何か変なことをされるかもしれませんよ」
「君はいったい、私にどんなイメージを抱いているんだ!?」
アーチングの批難を流し、フェリはユーリを諭そうとする。だが、ユーリの決意は固かったようで、結局はフェリが折れた。
「わかりました。あなたがそうまで言うなら、もう止めません。ただし、ユーリに何かあったら、その時は容赦しませんよ」
「もちろんだとも! ユーリちゃんのことは、私達に任せてくれたまえ!」
「余計に心配です」
なにはともあれ、これでユーリの出演が決定した。アーチングは、大喜びでこれからの準備を始めていく。
こうして、ツェルニには一人の念威少女が誕生するのだった。
あとがき2
ユーリに念威少女はとても似合うんじゃないかなと思っています。そんなこんなで今回のおまけ。
これは文化祭編になった時の複線になるといいなとも思っています。
そういえば、20日にレギオス新作出ますね。クララ回となるのでしょうか!?
非常に楽しみですが、今はフォンフォンの創作意欲がわいてるので、次回もフォンフォンを更新したいと思います。