「荷物、こっちに持ってきてください」
「はい……」
ずっしりと重たく、何日分買い込んだのかと思うほどの食料を持ち、レイフォンはフェリの部屋へと来ていた。
いや、フェリの部屋と言うよりも、フェリとカリアンの部屋だ。
最初こそカリアンが用があるのに、なんでフェリの部屋で話すのかと思ったのだが、フェリとカリアンは兄妹である。故に、2人が一緒に暮らしていても可笑しくはない。
可笑しくはないのだが……この部屋、寮を見て、レイフォンは貧富の差と言うものを感じてしまった。
もはや寮と言うよりもマンションであり、とても立派な建物だ。
ガラス張りの瀟洒なロビーを抜け螺旋状の踊り場にはソファまで置かれた階段を2階まで上がると、フェリの部屋へと着く。
意匠の凝らされた扉を開けると、広い玄関が広がっている。
真っ直ぐに廊下が伸び、その先にはまたも広いリビングへと繋がっている。
そこから更に扉があり、各部屋に繋がっているらしい。
豪華だ……
おそらく、トイレや風呂も共用ではなく個室にあるのだろう。
2人部屋を1人で使えると喜んでいたレイフォンなのだが、それがとても安っぽい事の様に思えた。
「夕飯を作っていますので、あっちで待っててください」
食料を持ってキッチンへ行くと、そのキッチンだけでレイフォンの部屋と同じだけの広さがあるのだ。
それだけでなにやら微妙な気持ちになりつつ、食料を置いてリビングのソファに座る。
そして、レイフォンは考え込んだ。
(それにしても、内緒の話ってなんなんだろう?)
それはカリアンの用件。
ぶっちゃけた話、レイフォンはカリアンのことを好きではない。
嫌い……というわけではないと思うが、どちらかと言えば苦手と言える。
一時期本気で殺気を抱いてしまったほどで、フェリはそんなカリアンのことを恨んでいるらしい。
このツェルニの事を想っているのは良くわかるし、根は悪い人とは思わないが……出来ればレイフォンもあまり会いたくはない。
あの薄い笑みは、どうも苦手だ。
(まぁ……聞けばわかる話だし、これ以上考えても仕方ないか)
そう結論付け、レイフォンは待つ事にした。
どちらかと言えば、今の心はちょっと、いや、かなり楽しみである。
フェリが夕食を作ると言い、カリアンの話に同席する事となったレイフォンは当然、それを共に食べると言う事だ。
フェリの手料理。
リーリンの料理も美味しく、夕食時はわくわくしながら楽しみにしていたが、それとは違う期待感。
はたしてどのような物が出てくるのかと思いながら、キッチンから聞こえてくる物音に耳を傾ける。
買い物袋の中身を整理していた音も絶え、今はキッチンナイフで材料を切る音が……
トン……ト、ン……トン……
音が……
トトン……トン………ト……トン……ト……
「こわっ!」
不規則で、まるで心霊現象のような音に思わず声が出て、レイフォンはキッチンの様子を伺いに行く。
妙な不安感を覚えて……
「あの、フェリ……なに作って……」
「今……話しかけないでください」
フェリは真剣な表情でキッチンナイフを片手に、芋と戦っていた。
でこぼこの丸い芋をボードの上に置き、震える指先で危なげに固定して、ゆっくりとキッチンナイフで半分に切る。
隣に置かれたボールには、そうやって切られた芋が大量に置かれていた。
音が不規則だったのは、これが原因らしい。
「ときにフェリ……」
「……なんですか?」
こちらを振り向きもせずにフェリは応える。
プルプルと震えながら芋を切っているが、その姿には鬼気迫るものを感じた。
「料理をしたことは?」
「あります……あるにきまってるじゃないですか」
「そうですか」
その答えを聞いて、レイフォンは笑顔になる。
嘘だと思った。だけど微笑ましい。
「……なんですか?」
切った芋をボールに移して、フェリがようやくこちらを見た。
額にじっとりと汗を滲ませたフェリに、レイフォンは更に笑みを深めた。
「な、なんですか?」
不満そうに、不安そうにレイフォンに尋ねるフェリ。
もう、笑うしかない。だけど絶対に顔では笑わずに、レイフォンは微笑ましい表情のまま思う。
なんなのだろう、このかわいい人は?
「ええっとですね、一応です。一応、アドバイスをした方がいいと思ったので言わせてもらいます」
「だから、なんですか?」
「まず、皮を剥いてから切った方が、後々やりやすいと思うのですが」
皮を剥いていない芋を指しながら、レイフォンが言う。
その言葉に、フェリは瞳が大きく見開いていた。
で、結局どうしたのかと言うと……
「じゃあ、フェリ。鳥肉を切って貰えますか?」
「……はい」
結局、2人で作る事にした。
レイフォンの期待するものとは違う結果になってしまったが、これはこれでアリだ。
フェリは不満そうな表情をするが、ちゃんとレイフォンの指示通りに調理をしてくれている。
だけど気は抜けない。
少し目を離した隙に余分なものを入れようとしたり、砂糖と塩を間違えようとしたり、野菜を洗う時には洗剤で洗おうとすらしていた。
それをレイフォンが止めつつ、なんとかできた。
フェリが切った芋を大量に使った、芋と鳥肉をトマトソースで煮込んだものと、魚の切り身ときのこと芋をバターで蒸し焼きにしたもの。
後は買ってきたものだが、パンを置いて完成である。これが夕食だ。
「すまない。少し、生徒会の仕事で遅くなってしまってね」
ちょうどカリアンも帰ってきた。
そのため、この料理を食卓に並べて、3人はそれを食する事になった。
「……フェリが?」
なったのだが、カリアンの表情が硬くなる。
ポーカーが強いであろう、カリアンのいつもの軽薄な笑みがなくなり、真っ青な表情をしている。
ガタガタと震え、寒そうだ。
そして、レイフォンは理解する。フェリが言った事、料理をした事があるというのは嘘ではなかったのだと。
その犠牲にあったのは、カリアンだと言うことを……
「兄さん、食べてください」
フェリの言葉に、カリアンはビクッと震えた。
まるで何かに怯えるように、汚染獣の脅威にでも怯えているような反応だ。
そんなカリアンの目の前には、レイフォンとフェリが作った料理が並んでいる。
テーブルに置かれ、レイフォンとフェリは既に椅子に座っているが、カリアンだけは座っていない。座れないのだ。
「いや……せっかくレイフォン君が来ていることだし、出来れば近くのレストランで……それはまたの……」
機会にと続けようとした。だが、続けられない。
彼の周りには、念威端子が舞っていたから。
「……フェリ……先輩?」
カリアンの前だからレイフォンは慌てて先輩をつけるも、今のカリアンにはそれどころではないので気づいていない。
フェリはと言うと、彼女の長い銀髪が美しく輝いている。念威の制御をせず、垂れ流しているのだ。
復元鍵語もなしに、念威だけで錬金鋼を復元させたのだろう。
彼女の手には、重晶錬金鋼が握られていた。
「その才能を別の場所で、いかんなく発揮してくれると大変嬉しいのだけどね」
「食べてください」
カリアンの言葉を無視し、フェリはテーブルの上の料理を指差す。
それを視界に入れ、カリアンは思考した。
(大丈夫だ……落ち着け。アレは料理だ。うん、見た目も前とは違ってまともじゃないか。アレも一応市販されてる食べ物で作られてるんだろう。って、前もそれで味覚を破壊されかけたような……)
カリアンは冷や汗をかきながら料理を見る。
ハッキリ言って受け付けないが、そういうことを言っている余裕はない。
フェリは早く食べろと言わんばかりに、無表情に見える顔でカリアンを睨むように見ていた。
そして……カリアンも覚悟を決める。
(……ええい!)
気合を内心で入れるが、おそるおそる料理を口へと運ぶ。
鳥肉をナイフで切り、口の中に運んだ。運んで……
「……え?」
驚いた。
それはもう、心の底から。
レイフォンも驚く。と言うか、どうでもよいことなのだけど、こうもカリアンがコロコロと表情を変えることから彼も人間なのかと理解する。
まぁ、当然の事だが、いつも薄い笑みを浮かべているカリアンしか知らないレイフォンにとって、彼の表情はとても新鮮だ。
正直、男のそういう一面を見ても余り嬉しくはないが……
「凄いじゃないか、フェリ」
「……………」
カリアンはフェリを褒めるも、フェリは微妙な表情をする。
レイフォンと一緒に作ったとは言っても、それは彼の指示通りにやったことであり、どちらかと言うと手伝ったと言うよりも邪魔をしてしまったと言う方が正しい行動をしていた。
そのレイフォンは隣で、ニコニコとしながら料理を口に運んでいる。
そんな彼の表情を見て、フェリは少しだけ料理の勉強をしてみようかなと思った。
「さて、本題なんだが……」
食後、フェリが皿を片付け、お茶を用意してくれている中、カリアンがレイフォンを呼んだ理由を話し始める。
カリアンがそれと同時に差し出したのは、1枚の写真だ。
「この間の汚染獣襲撃から、遅まきながらも都市外の警戒に予算を割かなくてはいけないと思い知らされてね」
「いいことだと思います」
それは当然の事であり、他の都市では普通に行われていることだ。
だけどそのことに気づかないほど、今までのツェルニは平和だったらしい。
学園都市と言うだけに、電子精霊も細心の注意を払っていたのだろう。
学生による学生だけの都市。
聞こえはいいようだが、悪く言ってしまえば学生と言う未熟者達の集まりでしかないのだ。
「ありがとう。それで、これは試験的に飛ばした無人探査機が送ってよこした映像なんだが……」
カリアンがレイフォンに渡した写真の画質は、まさに最悪だった。
全てがぼやけ、ハッキリ写っているものがまるでない。
これは、大気中に広がる汚染物質のためだ。
無線的なものはこの汚染物質に阻害されてしまい、短距離でしか役に立たない。
唯一何とかなるのは念威操者による念威端子の通信だが、それでも都市と都市を繋ぐには無理がある。
それにこの写真には、見てわかるように念威操者は関わっていないのだろう。
「わかりづらいが、これはツェルニの進行方向500キルメルほどのところにある山だ」
カリアンにそう言われて、レイフォンもこれが山だと言うことを理解した。
「気になるのは、山のこの部分」
カリアンは写真を指差し、その部分を指で囲む。
「どう思う?」
それ以上は何も言わない。
レイフォンが先入観を抱かないようにとの配慮だろう。その上でこのツェルニではもっとも知識のあるであろうレイフォンに聞きたかった。
できれば自分の思い過ごしで、間違いであって欲しいと願いながら……
レイフォンは何も言わずに、写真を見る。
写真を離したり、目を細めたりして何度も確認した。
確認し、何度も確認し、そして目が疲れたのか、その目を揉み解しながら確信した。
お茶を入れてきたフェリが、邪魔をしないようにレイフォンが持っていた写真を覗き込む。
「どうかね?」
「ご懸念の通りではないかと」
「ふむ……」
カリアンの願いを打ち砕く事実を。
「なんなのですか、これは?」
理解できないフェリが、レイフォンに問う。
「汚染獣ですよ」
その言葉を聴き、フェリは瞳を丸くして驚いた。
驚いたが……すぐさま視線をカリアンへと向け、先ほどよりもきつく睨み付けた。
「兄さんは、また彼を利用するつもりですか?」
「実際、彼に頼るしか生き延びる方法がないのでね」
フェリの睨みに動じず、カリアンは淡々と答える。
「なんのための武芸科ですか!?」
都市を護る役目を持つのが武芸者、武芸科に存在する学生であり、そのために高待遇を受けているのだ。
それを、自分もそうだが無理やり武芸科に入れたレイフォンに頼むなど筋違いではないか?
他の武芸科の生徒で対応させろと思うフェリだが、
「その武芸科の実力は、フェリ……君もこの間の一件でどれくらいのものかわかったはずだよ」
「しかし……」
ツェルニの武芸者は……弱い。
学園都市ゆえに未熟者しかおらず、この間は汚染獣の中で最弱である幼生体にすら歯が立たなかったのだ。
あの時、レイフォンが居なかったら……彼が戦わなかったらと思ったら、今でもぞっとする。
「私だって、できれば彼には武芸大会のことだけを考えて欲しいけどね、状況がそれを許さないのであれば諦めるしかない。で、どう思う?」
本心を漏らしつつ、真剣にレイフォンに問う。
今のツェルニには、レイフォン以外に頼れる人物がいないのだ。
「おそらくは雄性体でしょう。何期の雄性体かわかりませんけど、この山と比較する分には一期や二期というわけではなさそうだ」
汚染獣には生まれ付いての雌雄の別はなく、母体から生まれた幼生はまず、一度目の脱皮で雄性となり、汚染物質を吸収しながらそれ以外の餌……人間を求めて地上を飛び回る。
その脱皮の数を一期、二期と数え、脱皮するほどに汚染獣は強力なものへとなっていくのだ。
その上で繁殖期を向かえた雄性体は次の脱皮で雌性体へと変わり、腹に卵を抱えて地下へと潜り、孵化まで眠り続ける。
それに襲われたのが、前回の汚染獣襲撃である。
「あいにくと、私の生まれた都市も汚染獣との交戦記録は長い間なかった。だから、強さを感覚的に理解していないのだけど、どうなのかな?」
「一期や二期ならそれほど恐れることはないと思いますよ。被害を恐れないのであれば、ですけどね」
「ふむ……」
それを聞き、ひとまずは安心するカリアンだが……次のレイフォンの言葉には、流石にそうは行かない。
「それにほとんどの汚染獣は、三期から五期の間に繁殖期を迎えます。本当に怖いのは、繁殖することを放棄した老性体です。これは歳を経るごとに強くなっていく」
「倒したことがあるのかい?その、老性体というものを?」
「3人がかりで。あの時は死ぬかと思いましたね」
その言葉を聞き、カリアンとフェリが息を呑む。
圧倒的な強さを持つレイフォンが死を覚悟したほどの老性体。
その事実は、2人は怯えさせるには十分だった。
「恨んでますか?」
「なんかそれ、前にも聞かれましたね」
話を終えた後、レイフォンは部屋を出て寮へと帰ろうとした。
見送りで螺旋状の階段のところまで来てくれたフェリに、レイフォンは苦笑で返す。
「冗談で言ってるんじゃありません」
「わかってますよ」
その苦笑を冗談だとして捉えているのかと思い、フェリが怒ったように言う。
それにレイフォンが頷き、フェリは真剣に問いただした。
「あなたがグレンダンの、元とはいえ天剣授受者だったことはほとんどの人が知りません。兄だって広めるつもりはないでしょう。無視はできるはずですよ?」
当初、カリアンはその秘密を回りに漏らすとレイフォンを脅していた。
だけどもう、ニーナはもちろんフェリも知っているし、それもあまり意味がない。
むしろ不用意に漏らして、またもレイフォンとフェリが逃避行未遂をされては困るのでその手は使えない。
故に、レイフォンの過去もそうだが、この間の汚染獣を撃退したのがレイフォンだと言うことをほとんどの者が知らない。
知っているのはカリアンと、あの時生徒会室にいた幹部陣、そして、十七小隊の人間だけだ。
他の者達には報告をぼかしている。
「どうして嫌だと言わないのですか?本当は武芸だってやめたいのでしょう?」
「最初は……そうだったんですけどね」
フェリの言葉にレイフォンはこめかみを掻きながら、罰が悪そうに答える。
「結局、汚染獣の事にしても、武芸大会の事にしても、知らないが通せないじゃないですか。だからですよ」
最初は無関係でいたかった。できれば、今でもそうだ。
だけど汚染獣にしても、武芸大会にしてもレイフォンが戦わなければ死んでしまう人が出るかもしれない。
それはいい気持ちはしないし、どちらかと言えば嫌なことだ。
「バカですね……」
「そうなんでしょうね」
フェリの言葉に、苦笑しながら同意するレイフォン。
確かに自分は馬鹿だ。馬鹿だからこそ間違え、天剣を剥奪された。
それでグレンダンを追い出され、自分は今ここにいる。
とても……とても辛く、哀しいことだった。
だけど……このツェルニに来たこと自体には、とてもよかったと思っている。
「それにですね、もう後悔するのは嫌なんですよ」
グレンダンにいたころは後悔の連続だ。武芸をやめようとさえ思った。
もっとも、他の道を探すのを諦めたと言うわけではないのだが……武芸という道をもう一度歩んでもいいのではないかと思った。
「犠牲を考えなければ恐れる相手ではないって言いましたけど、その犠牲で誰かが死ぬなんて嫌なんですよ。それがもし、仲の良い人だったら僕は絶対に後悔します」
流石に無関係の人まで積極的に救おうとは思わない。レイフォンは聖人ではないのだから。
それでもそういうのはあまりいい気分ではない。救える力があるのなら、それを使おうと思う。
それにもし、犠牲が出たら……それがもし、武芸者ではあるものの、念威操者で戦闘力のないフェリだったらと考えると、それだけで恐ろしくなってしまう。
戦いたくなく、戦ったとしても後方支援だから危険は少ないだろうが、0ではない。
だが、もしその低い確率が現実に起こったとしたら……レイフォンは絶対に後悔する。
「それに、やれる人がやらないでいいことにはならないと思います」
確かにやる義務はないのかもしれない。
だが、できるのだし、本来なら武芸者は都市を護るのが役目で義務だ。
本意、真意はともかく、それが当然の事。
「……………」
「……すいません」
だが、フェリはそれが嫌で、念威操者以外の道を探している。
レイフォンは彼女の気持ちもわかり、応援したいとすら思っている。
だからこそ今の言葉は彼女に向けたのではなく、自分に向けたものなのだ。
「いいです。私がやれるけどやらないでいる類の人間なのは理解しています」
レイフォンの謝罪を受け流すも、フェリが真剣に言う。
「でも、私はそれを卑怯だとは思いません。自分の意思です。自分の選んだことです。これで他人にどう思われようと、死んだとしても後悔をするつもりはありません」
その言葉には、強い想いを感じた。ニーナとは違う、強い意志。
欲しいと思ったわけではない自分の才能で、自分の人生が左右される。
それに真っ向から立ち向かう。できているわけではないが、それでも強く願っている。
それもまた、選んで悪い道ではないと思う。
だが、
「死なせませんよ」
「え?」
悪い道ではないと思う。
だけど絶対に、そうはさせない。フェリは死んでも後悔しないといったし、その道をレイフォンも応援したいと思う。
だけど絶対に、それだけはさせない。
「フェリがその道を進みたいのなら、僕は全力で後押しします。もし、あなたに危険が迫るのだったら、それを僕が排除します。だから絶対に、それはさせません。あなたを死なせません」
「レイフォン……」
真っ直ぐと、真剣な瞳でレイフォンは言う。
その言葉に、フェリは少しだけ顔を赤くしてレイフォンの名を呼んだ。
気づかないほどの、小さな表情の変化でレイフォンの名を呼んで……
「レイ、フォン……」
「はい、フェリ」
呼んで……
「不公平です」
「はい?」
考えたことを口に出した。
「私だけだとフェアじゃありません。あなたの呼び名も考えましょう」
「ええ……?べ、別にいいですよ」
いきなり呼び名の事で話題を振られ、レイフォンはそんな事はどうでもよいと述べる。
だけどフェリはそれを無視し、呼び名の候補をいくつか出した。
「レイ、レイちん、レイ君、レイちゃん、レイっち……どれがいいですか?」
「え?もうその中で決定ですか?」
「他に何か候補がありますか?」
「いや、自分で自分の呼び名を考えるのは恥ずかしいですって」
「では、レイちんにします」
「……ちょっと、考えさせてください」
いきなりの話の流れで戸惑い、しかもレイちんはないだろうと思うレイフォン。
「なんでですか?かわいいじゃないですか、レイちん」
「いや、できればカッコイイのが希望というか……」
抑揚のない声でレイちんとか言われると、凄く変だ。
というかぶっちゃけ、とても恥ずかしい。
「じゃあ、閃光のレイとかにしますか?毎日、会うたびに『おはようございます閃光のレイ』『こんにちは閃光のレイ』『おやすみなさい閃光のレイ』と、おはようからおやすみまでそれ以外でも私に名前を呼ばれる状況では、常に閃光のレイと呼ばせるのですね?」
「……………」
なんだそれは……
子供ならカッコイイと言って喜びそうだが、レイフォンのように15にもなってそう呼ばれるとレイちんよりも恥ずかしい。
なんと言うか……軽く悶えたくなる。
「恥ずかしいですね」
「わかってるなら言わないでくださいよ!!ていうか、なんで閃光?」
「閃光以外を希望ですか?」
「そういう問題でもないですが」
「わがままですね」
「嘘っ、僕がわがままなんですか!?」
疲れる会話をフェリと交わしながら、レイフォンは内心では笑っていた。
こういうフェリとの会話は疲れるが面白いし、こういう時間は嫌いではない。
もっとも……呼び名がそういう変なのになってしまうのはかなり嫌だが。
「では、フォンフォンにしましょう」
「うわっ、大逆転!なんですかその珍獣みたいな名前は!?」
流石にこれには冷や汗を流し、苦虫を噛み潰したような表情をするレイフォン。
「いいじゃないですか、フォンフォン……お菓子食べます?」
だが、フェリはどうやらこれに決定したらしい。
ご丁寧に先ほどの買い物の時、おやつにでも買ったスティックチョコをポケットに入れていたのか、それを取り出してレイフォンの口の前に差し出す。
「……ペット扱いじゃないですか」
苦笑しながらレイフォンがそのチョコスティックを食べ、フェリに言う。
「ペットで十分です」
「うわぁ……」
だけどこの言葉には、流石に笑みが消えてしまう。
幾らなんでもひどすぎると思いつつ、
「あなたはペットで十分です。だから、そんなに力むことはないです」
「え?」
フェリの言葉に驚いた。
どういうことかと、レイフォンはフェリに問い返そうとした。
だが、
「おやすみなさい、フォンフォン」
問い返す暇すら与えず、そう言い残してフェリはレイフォンに別れを告げる。
その背を呆然と見送りながら、レイフォンは今頃気づいたようにつぶやくのだった。
「というか……もうそれで決定なんですね」
「おう、レイフォン。作ってくれたか?」
「はい、できてますよ、オリバー先輩」
「サンキュー」
翌日、レイフォンは今日も早起きをして弁当を用意し、それが終わったころに部屋に入ってきたオリバーにそのひとつを渡す。
「んじゃ、これ、約束のな」
「あ、はい」
それと引き換えにオリバーから金を受け取り、レイフォンはそれを仕舞う。
実はレイフォンが弁当を作るついでということで、オリバーも金を出すことで作ってもらっているのだ。
レイフォンからすれば加減が苦手で作りすぎてしまうので、その程度なら何の問題もない。
さらには食費を出すからと言うことで、オリバーは夕食もレイフォンに作ってもらったりしている。
朝食は食べたり食べなかったりと不健康ではあるが、たまに食べる時ももちろんレイフォンが作ったものだ。
「いや~、お前がこの寮に入ってくれて助かったよ」
「いえ、気にしないでください」
苦笑し、笑いあう2人。
レイフォンからすれば自分とフェリの分のついでだし、金も貰っているから文句は何もない。
オリバーとしても安くてうまい食事ができるので、とても喜ばしいことだ。
「それはそうと、エリプトン先輩に言っといてくれよ。そろそろ女を紹介してくれって」
「はは……言っておきます」
この間汚染獣襲撃のときに交わした約束を思い出し、オリバーはレイフォンに言伝を頼んでからバックにレイフォンの作った弁当を押し込む。
「そうそう、それと俺は今日、遅くなっから夕食はいらねぇや」
「え、珍しいですね?」
その言葉に首をかしげると、オリバーはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「ま、お前になら話してもいいか。実はな、俺、機械いじりが趣味なんだよ」
「はぁ?」
その言葉にそれがどうしたと感じはするが、それにかまわずオリバーは続ける。
「で、実は機械科や技術科に入りたかったんだけど、まぁ、金の関係でそれは断念することになっちまってよ。剄脈もあるから奨学金貰って、武芸科に入ってんだ」
「そうなんですか」
「どこぞの傭兵団みたいに自分の放浪バス持って都市を旅するのが夢で、今はバイトをしながらその資金を集めてるってわけだ。もっとも、その金はほとんど学費で消えちまうがな」
夢……正直な話、ロリコンであまり関わるのもどうかと思う先輩だが、それを語る姿は学生らしいというか、素直にカッコイイと思う。
そういう生き方にはレイフォンも憧れているので、正直な話し応援したいとも思った。
「でな、去年、偶然見つけたんだよ。ツェルニにある老朽化した、放浪バスの停留所。そこには同じく老朽化して放置された放浪バスが置いてあってな、今はそれを改造中というわけだ」
「それは面白そうですね。ところで……許可は取ってるんですか?」
「もちろん無許可だ」
「……………」
応援したいとは思うが、これはどうなのだろうか?
正直な話、犯罪かもしれない。
「いいんだよ、どうせ放置してあるんだし。再利用したほうがこの世のためじゃん。ま、そんなわけで数ヶ月かけて、その放浪バスを1台俺が修復、改造しているわけだ。まだテストはしてないけどちゃんと乗れるぞ」
「え、凄いじゃないですか!?」
犯罪臭くはあるが、1人でそこまでやったと言うオリバーには驚くしかないレイフォン。
これは素直に凄いと思い、彼の技術はなかなかのものなのだろう。
「そんなわけで、今日もそこに行くわけだ。だがな……そろそろテストってことで外を走ってみたいんだけどよ、さすがにそこまでは無許可ってか、内密に事を進められねぇんだ……どうしよ?」
「……知りませんよ」
放浪バスがこのツェルニ、レギオスを出るにも入るにも、当然だが決められた出入り口から入るしかない。
だが、そこを通るのに流石に無許可、内密というわけには行くわけがなく、オリバーはそれで頭を悩ませているらしい。
夢を想う気持ちとその行動力には憧れるものの、こればかりはどうすればいいのかレイフォンにもわからない。
「やっぱ……生徒会長に許可貰うしかねぇよなぁ……さて、あの眼鏡をどう説得するべきか?」
「まぁ……がんばってください」
そんなオリバーを見送り、レイフォンも学校へと行く準備をするのだった。
あとがき
今回はちょっと、やってしまったかもしれません……オリバーです。
いや、彼の夢と言うか目的ですが、実は機械いじりと言うか、ラウンドローラーや放浪バスいじりが趣味。しかもロリコンと言うキャラに……
作中に出てきた放浪バス停留所ですが、これは漫画版『CHROMESHELLEDREGIOS』に出てきたもので、それを元にオリジナルで書いてみました。
ちなみに、とある事件の伏線だったりします。
いや、やはりロリコンは幼女の為にがんばってもらわないとw
もはや戦闘面に関しては諦めかけています。
ちなみにこれは、別の意味でも伏線ですね。つまりはフリーで放浪バスが使えるわけです。
そしてオリバーは、カリアンにお願いがあるわけです。取引しだいでは……
さらにこう見えてオリバー、運転得意という設定にします。もうあれですね、どこぞのエース並みに。
これはこれで面白そうと思う作者ですが、皆さんどうでしょうか?
場合によっては修正、削除も考えています。
さて、次回の更新は明日からバイトが始まるので遅くなる予定……できるだけ早く帰ってきます!
PS それから前回のあとがきで言っていた作品ですが、半分ほど出来ていたりして……いや、なに書いてるんでしょ、俺……
一時のテンションが悪いのかな……
………………………………読みたい、ですか?
PS2 原作を読んでると、なんか学生同士でも結婚できるらしいですね。
というか、オール・オブ・レギオスでは学生以外にもそうして生まれた子供とかすんでるらしいですし。
ということは……
それからタイトルがまだ思いつかないので、その他以降も見送ることにしました。
こんな作品ですが、これからもご贔屓にしていただけたら幸いです。
では