「えっ、シン先輩がお願い? 私に……ですか?」
練武館の廊下。そこに人気は無く、いるのはニーナと第十四小隊の隊長、シン・カイハーンの二人だけだった。
「ああ。悪いんだが……ちょっと聞いてくれるか?」
「勿論! 私にできることでしたら!」
「助かるよ。いやー、こんなこと、お前にくらいしか頼めないからなー」
彼、シン・カイハーンは武芸科五年生のニーナの先輩。ニーナが昔所属していたのも第十四小隊であり、その時からの知り合いだ。
自分の都合で新たな小隊を立ち上げ、結果として第十四小隊を見捨てるように出て行ったニーナを責めることもせず、今もこうして変わらずに接してくれていることからニーナはシンのことをとても尊敬しており、そんな彼の力になりたいと思っていた。
「実はその……」
そう、思っていたのだが……
「モテ……たいんだ……」
その決意は、シンのこの言葉で尊敬の念と共に急落していった。
「後輩であるお前に、こんなお願いをするのは恥だと承知しているが……」
「先輩……そこまで飢えて……」
まさにドン引き。恥だと承知しているのならそもそも言わないで欲しかったと、ニーナはしらけた目でシンを見ていた。
「って、うわぁ。違うぞニーナ! 誤解だ。これは俺個人の話じゃなくてだな!! 小隊だ!! 第十四小隊全体の話!!」
「……小隊の? ですか?」
後輩のそんな視線に晒され、慌てて取り繕うシン。とはいえ、ニーナは根が真面目だ。小隊の話と聞いて、僅かに表情が引き締まった。
だが、根っこの部分ではまだ少しだけシンのことを疑っているのも事実。
「ホレ、小隊ごとにファンクラブだの親衛隊だのあるだろ」
「はぁ」
「ああいうファンの応援って、結構士気に響いたりするじゃないか」
「なるほど……あっ……で、でも、まったくファンがいないわけでもないでしょう?」
どこか納得がいかなかったが、それでもシンの言う事には一理あった。
確かに応援してくれる人がいればやる気は出る。人気なんてものに興味のないニーナだが、それでも自分達を応援してくれる人達がいると知った時は嬉しかった。
とはいえ、大抵の小隊には少なからずともファンはいるはずだ。どんなに弱くとも、試合で活躍出来ずに人気が出なくとも、一般人にとって小隊員とは特別な存在。
事情は少々異なるが、当時、出来上がったばかりでまったく実績のなかった第十七小隊は、下級生に対してかなりの人気を誇っていた。
「まぁ……いるにはいるんだが……みんな職人気質っていうか、どうも監督目線の奴ばっかりで……」
「錬金科ですからね……」
ちなみに、第十四小隊は何故だか非常に錬金科からの人気が高かった。親衛隊のほとんどは錬金科の者達で構成され、試合の感想や応援などは専門的な知識や意見で述べられる。
そんな色気のない言葉など、青春真っ只中の学生達からすれば非常に嬉しくはなかった。
「それに、俺達がもらって嬉しいのは手作りのお弁当だとかお菓子であって、手製の強化訓練表メニューじゃないんだよッ!!」
(うっ……羨ましい!!)
また、小隊員だと稀にファンからの差し入れもある。そのほとんどが弁当やらお菓子であり、ニーナも『女生徒』からもらったことがあった。
とはいえ、シン達の場合は手製の訓練メニュー。錬金科の者達がどうすれば第十四小隊の隊員達が更なる高みに上れるかと必死に考えたものだった。
だがだが、そんなもの、青春真っ只中の学生からすればまったく嬉しくない。ニーナは内心で羨ましがっていたが、シンはもう少し色気のあるものが欲しかった。
「だからな! 一般の生徒にも人気が出るように、隊員の改善計画に協力して欲しいんだよ」
「ええっ。し、しかし! 私もそういうことには疎くて……」
ニーナは若き小隊長として女生徒を中心に人気があるが、本人にあまりその自覚はない。また、周囲の目をあまり気にしないということもあり、そういったことには正直疎かった。
そもそも、ニーナにお願いを下とはいえ、シンもニーナ本人にはあまり期待していなかったようで、ならばと新たな案を出す。
「なら、お前んトコに綺麗ドコロのフェリちゃんやシャーニッドがいるだろ。アドバイザー頼めないか?」
「うーーーん」
シン仮名を挙げたフェリとシャーニッド。確かに、この二人はツェルニでも屈指の人気者だ。
フェリもある意味ニーナと同じで、他人の目をまったく気にしないが、それでもミスツェルニという実績を持ち、容姿端麗、成績優秀、また服を選ぶセンスも高く、おしゃれなどには気を使っている。
本人の性格云々を抜きにすれば、確かにアドバイザーとしてこれほど適任な者はいないだろう。
次にシャーニッド。彼もまた、恵まれた容姿で周りの異性の視線を釘付けにする。服のセンスも悪くなく、客観的な意見を言え、稀にニーナやレイフォンを諭すような言葉を投げかける。
確かに、アドバイザーとして彼ほど適任な人物はいないだろう。シャーニッドは案外いい人選かもしれない。しれないが……
「フェリはともかく、シャーニッドに話したら翌日、全校生徒に伝わることになりますが……」
「フェリちゃん一択でお願いします」
シャーニッドは口が軽い。それはもう、ヘリウムガスより軽かった。
流石にレイフォンが天剣授受者だとか、グレンダンで何をやったかなど、そんな重要な機密をおいそれと漏らしたりはしないが、このような話ならばシャーニッドはしゃべる。
知り合いにしゃべり、ルックンには記事として売り、なんやかんやで翌日には全校生徒に知れ渡ってしまう。そんなことなどごめんだ。
シンはシャーニッドを却下し、是非ともフェリをとニーナに訴えた。
「いや、でも、こんなことミスツェルニにお願いするなんて……あっ、いや、別にファンだとかそんなんじゃないぞ!! 小隊長が他所の隊員のファンって! なぁ!! まぁ、小隊員同士だし、こんなフウに交流があってもいいかなって!! あ! 無理ならいいんだぞ! こっちの都合だし! でも、出来たら協力して欲しいというか、なんというかその……」
(ファンだこの人!!)
また、シンはフェリの大ファンだった。別に聞いてもないのにぺらぺらと余計なことをしゃべり、どツボにはまっていく。
シンは気づいていないが、またもニーナの尊敬メーターが急落していった。
「で、ですが、フェリといえばこの間、レイフォンと結婚をしましたよね?」
「……それを言うな」
照れたり赤面したり、正直見てて気持ち悪いシンに、ニーナは一旦冷静になって、ある一言を言う。
だが、この一言が真のテンションを一気に下げ、彼が膝を付く原因となった。
「くそっ、くそ! レイフォンの野郎……よくも俺達のフェリちゃんを……」
「え、えっと、シン先輩?」
「ちっくしょー! レイフォンの野郎! 殺す! 今からちょっと殺してくる!! 骨は拾ってくれ。うおおおおおおおおおっ!!」
「ちょっ、待ってくださいシン先輩! 逆に殺されま……って、最初から負ける気なんですか!?」
脱兎のごとく第十七小隊に割り当てられた部屋に向かうシン。ニーナは慌ててその背中を追いかけるのだった。
†††
「と言うわけなんだがフェリ、今度の週末……」
「勿論イヤです」
「……………」
シンをなんとか落ち着かせ、とりあえずフェリに先ほどのやり取りを伝えるニーナ。だが、やはりと言うべきかフェリからは良い返事が聞けなかった。
フェリの性格からして他人の頼みを快く聞き入れるタイプではないし、ましてや自分とはなんの係わりもない他所の小隊の言う事を素直に聞けるわけがなかった。
あからさまに嫌そうな顔をし、フェリは冷めた視線をニーナに送る。
「なんですか、それは……なんで私が他所の隊の言う事を聞かないといけないのです」
「うっ、うぅ……そこはその……私を助けると思って、なんとか……」
「貴方を助ける義理もありません」
断言。あんまりすぎるフェリの物言いにニーナは弱腰になるが、それでもお世話になった先輩のためだ。決して諦めず、なんとかフェリを説得しようと奮闘する。
「そ、そう言わずに頼む! 確かに確かに対抗試合では敵対関係となる相手だが、世話になった先輩の頼みを断るわけにはいかんのだ!!」
「別に私はお世話になってません」
「そ、そこをなんとか……お前だけが頼りなんだ。な?」
拒絶するフェリと、必死に食い下がろうとするニーナ。それでもフェリは頑なに拒み続け、決して首を縦に振ることはなかった。
「そもそも、週末のその日はフォンフォンとユーリと一緒にデートに行きます。そのついでにユーリの服やら、必要なものを買い揃える予定がありますので」
「ぐっ……」
予定があるのなら仕方がない。こちらが頼む立場なので、相手にそれをおいそれとずらしてもらうわけには行かなかった。
ちなみにユーリとは、先日フェリとレイフォンが保護した女の子だ。今は事情が事情なので、フェリの住む寮で共に暮らしている。
彼女は他所の都市から誘拐された身のため、私物をまったく持っていない。当然、着替えなどがあるはずもなく、今度の週末はレイフォンと共に必要なものをまとめて買いに行く予定だった。
このようなことは出来るだけ早い方がいい。そのため、ニーナは無理にその予定をずらしてくれと言うことが出来なかった。また、ユーリの容姿はこの都市の電子精霊、ツェルニに非常に良く似ているため、ニーナとしても少なからず思うところがある。
「ならばどうすれば……」
「よう、お困りのようだな、ニーナ」
悩むニーナに、背後から陽気な声がかかった。
嫌な予感がする。決して知られてはならない人物に知られたような感じだった。
「そういう話なら俺に任せな。力になってやるぜ」
第十七小隊狙撃手、シャーニッド・エリプトン。ヘリウムガスよりも軽い口の持ち主だった。
「帰れ」
「おぃおぃ、つれないことを言うなよニーナ。傷つくぜ」
傷ついた素振りなどまったく見せず、シャーニッドはニヤニヤと笑いながらニーナに近づいてきた。
「ニーナ、お前は確かにこの隊の隊長だが、俺の後輩でもあるわけだ。ならば先輩を頼れ。力になってやるぜ」
「いらん。だから帰れ」
「そんなに遠慮すんなって」
「別に遠慮などしていない」
「そうかい? なら帰らせてもらおうかな。ちなみに、この話ってルックンにいくらで売れるかな? レイフォンの友達の嬢ちゃんなら喜んで買ってくれそうだ」
「やはり待て……」
邪険に扱われたシャーニッドは、その対応とは裏腹にとても軽々しそうな足取りで去ろうとする。だが、そのままにしてはまずいと判断したニーナに呼び止められ、シャーニッドはニタリと表情を歪めながら振り返った。
「なんだ?」
「それはこちらの台詞だ。お前の目的はなんだ?」
「べっつに。ただ、おもしろそ……いや、せっかく我が隊の隊長が困ってんだから力になってやろうと思ってだな」
「今、面白そうだと言っただろ? 確かに言ったな!」
あまりにも腹立たしいシャーニッドの表情と発言に、ニーナは声を荒らげて突っ込んだ。
彼にはシンの力になろうと言う気は一切ない。ただ、面白そうなのでからかってやろうと思っているだけだ。
「良かったじゃないですか、シャーニッド先輩が力になってくれるそうですよ。では、私はこれで」
「フェリ!? いや、ちょっと待て!」
慌ててフェリを呼び止めるニーナ。だが、フェリは振り向かずにそのまま去っていってしまった。
取り残されたニーナ。そんな彼女の肩に、シャーニッドの手がポンと乗せられる。
「じゃ、週末はよろしくな」
「……………」
こうして、週末の助っ人は決まった。
†††
「チーッス、シン先輩。今日はよろしくお願いします」
「チェンジで」
「つれねーっすよ」
週末。第十四小隊との待ち合わせの場所にニーナと共に訪れたシャーニッド。
だが、そこで待っていたシンは心底嫌そうな顔で、期待はずれだというようにシャーニッドを邪険に扱った。
「フェリちゃんはどうしたんだよ、フェリちゃんは?」
「フェリちゃんはレイフォンとデートっす」
「ちくしょう……」
フェリが来ないと知り、あからさまに気落ちするシン。しかもその理由がレイフォン関連で、その上デートだからなおさらだった。
「ま、そんなにがっかりしないでくださいよ。アドバイザーなら俺がちゃんとしますから」
「シャーニッド……わかっているだろうな?」
「当然。このことは誰にも言いませんって」
フェリが来ないのには落ち込んだが、それでもシャーニッドが役に立つアドバイザーなのは事実だった。
シンはこのことを決して口外しないようにと釘を刺し、シャーニッドはそれに頷く。
「で、例の隊員というのは?」
「ああ、こいつらだ」
「よ、よろしくお願いします……」
話は本題に入り、紹介される第十四小隊の隊員達。
今回シャーニッドが面倒を見るのは三人であり、一人は長身だが細身で眼鏡をしている男、コーディ。四年生。シャーニッドとは同級生だ。
次に身長は並だが、太めの体系であるトニ。二年生。
最後に紅一点、少々地味な印象を受け、長い前髪で片目を隠しているが、それでも磨けば光りそうな少女、テレサ。三年生。
「なるほどねぇ……」
シャーニッドは値定めするように三人を見渡し、まずはテレサに目を付けた。
「よし、じゃあ、まずはお前さんだ。なに、男ってもんは単純だからな。かわいい女の子の一人や二人いれば、小隊の人気なんてすぐに上がるぜ」
「え、かわ、かわいい……」
「ああ、十分にかわいいぜ。ささ、こっちだ」
容姿を褒められていることにまったく慣れていないのか、テレサはテレながらもシャーニッドの言葉に従う。
入ったのはとある服屋。ここはシャーニッドの友人がオーナーをしており、豊富な衣装やアクセサリー、さらには化粧品なども揃っている。
「まずは髪だな。せっかくのかわいい顔が隠れて台無しだぜ。次に服だ。明るそうなものを選んで……それとちょっと、肌の血色が悪いかな? ちゃんと寝てんのか? 無理なダイエットとかしてないだろうな? 健康的な生活は大事だぜ。とまあ、とりあえずそれは置いといて。肌は化粧で誤魔化すかな? 次にワンポイントで……」
「ほう……」
口早に指示を出し、テレサの身支度を整えていくシャーニッド。その手際にニーナは感心し、また男なのに化粧にも詳しいシャーニッドに女として負けたような気分を感じていた。
とはいえ、最近は男物の化粧品も普通に出回っているようだ。シャーニッドなら当然持っているだろう。また、香水やアクセサリーなどにも詳しく、このツェルニでシャーニッドのセンスに敵う者はそうそういないだろう。
そんなことをニーナが思っている内に、テレサの身支度は終わったようだ。
「どうよ、これ」
「うわぁ……」
「ホントにテレサか?」
その変貌に、第十四小隊の者達は素直に感嘆の声を上げた。
すっきりと纏め上げられた髪。後ろの方で結ばれ、テレサの隠れていた目がハッキリと見えた。隠れていた目が晒されたことに対する気恥ずかしさからか、テレサは僅かに顔を紅くしていたものの、それが初々しくて逆にいい。
服は一見大人しそうなものだが、少々、いや、かなりスカートが短い。晒された太ももが健康的でありながら、それを隠すように穿かれた黒いニーソックス。見えそうなのに見えない、いわゆる完全領域が形成されており、それが好きな人からすればたまらないだろう。
「これが私……?」
テレサは手鏡を持ち、自身でも自分の格好を確認してみる。してみて、まるで自分ではないような違和感を感じながらも感激していた。
「よし、こんなもんだろ。これで人気も上がるだろうぜ」
シャーニッドはやり遂げたと言うような表情をし、さわやかな笑みをシン達に向ける。
「じゃ、俺はこれで。お疲れっしたぁ!」
「いや、待て。ちょっと待て! 少し待て!!」
背を向け、そのまま帰ろうとするシャーニッド。そんな彼を、シンが慌てて呼び止めた。
「なんですか?」
「いや、なんですかじゃねえよ。まだ一人やっただけだろ。テレサだけだろ!」
「いや、正直野郎の相手をすんのかったりいですから。かわいい子なら大歓迎なんですけどね」
「お前何のために来た!?」
「遊びに」
「言い切りやがった!? こいつ言い切った!!」
シャーニッドの断言にシンは切らした息を整え、一旦冷静になる。
「まぁ、それはひとまず置いといてだ。確かにテレサは見違えた。だがな、学生がこれだけの服や化粧品を維持するのは金銭的に厳しいんじゃないか?」
「そこは小隊員なんだからがんばってくださいよ。もしくは馬鹿な男に貢がせるとか」
「おい、今の問題発言だぞ!?」
それでもシンの声はまたも荒くなる。今日のシャーニッドは容赦がなかった。
「それとだ、私服じゃあまり意味ないだろ? 第十四小隊の人気を上げるんだから、人目に付きやすい校内で着れるものだといいんだが」
「先に言ってくださいよ……じゃあ、制服をアレンジしてみるのとかどうっすか?」
「お、それいいな」
「じゃ、テレサちゃん。これ着てみよっか」
「それのどこが制服だ!?」
校内で着れるもの、制服のアレンジだと言うのに、シャーニッドが用意した服は給仕服、いわゆるメイド服だった。
そもそも学制服との関連性は皆無であり、原型すらない。
「これに獣耳とか尻尾をつければ完璧だと思います」
「お前は第十四小隊に何をさせたいんだ!?」
「さっきから文句ばかりっすねぇ……じゃあ、俺が前に第十小隊でやってたみたいに、戦闘衣の改造とかどうですか?」
「お、それは本当にいいな。そうだよな、結局は試合で目立たないとな」
「じゃ、気は乗らないけど野郎二人には……」
ならばと、今度は戦闘衣の改造を案に出してみる。これは今はなき第十小隊の他には、第一小隊もやっていることだった。
「とりあえずこんな感じで」
「ちょっと待てやあああああああ!!」
シャーニッドは笑っている。完全に面白がっていた。だが、シンからすれば、第十四小隊からすればまったく笑えない。
用意された戦闘衣は何故か水着だった。それもぴったりと体に張り付くボディスーツタイプのもの。
「これから暑くなりますし、涼しくて動きやすさ重視で。試合の後なんかすぐに泳ぎにいけますよ」
「そりゃいいな、なんていうと思ったか!?」
「ちなみにテレサちゃんのはこっちな。やっぱり色気がねえと」
そういって、シャーニッドはテレサにビキニタイプの水着を差し出してみる。が、それを当然テレサが着ることはなかった。
「ホントに文句ばかりっすね。やる気あるんですか?」
「お前には言われたくない!」
「ったく、ならどうしろってんだ……」
「お、おい、シャーニッド……」
ああだこうだと口論をするシャーニッドとシン。この様子を見て、ニーナは本当にシャーニッドを連れてきてよかったのかと頭を抱えた。
そんな彼らの下に、ふと話し声が聞こえた。
「あ~~~~~~~~~~っ!!」
まずは奇声だった。甲高い声だったが、野太く、明らかに男性のものだ。その声の主は、感極まりなく奇声を上げ続ける。
「もう! もうもうもうもう!! 最高、超最高! かわいい、かわいすぎるわ! ここはどこ!? そう、桃源郷よ! 天使はいた。ここにいるの!!」
ピンクのフリフリという奇々怪々なスーツを着た男、ジェイミーことジェイミス。
シャーニッドの知り合いであり、この店のオーナーだ。そんな彼が奇声を上げ、体をくねくねさせながら何をしているのかと言うと、ジェイミス曰く天使に感銘を受けていたからだ。その小隊はこの店を訪れた客。その客が商品を試着した姿を見て、ジェイミスのテンションは一気にメーターを振り切っていた。
だが、ジェイミスのいう天使と言う言葉は決して大袈裟ではなく、この言葉はまさに彼女のためにあるのではないかと思えるほどだ。
その天使は、ジェイミスの奇声や奇行を気にすることもなく、着せられた服を着て嬉しそうにはしゃいでいた。
「自分でこういった服を着るのは嫌なんですが……その、見る分には楽しいと言うか、嬉しいと言うか……」
「そうですね。ユーリ、とってもかわいいですよね」
天使とはユーリのことだ。幼く、あどけない表情を浮かべた彼女が、ピンクでフリフリのドレスを着てはしゃいでいる。
鏡の前でくるくると回り、無邪気に喜んでいる。それは純粋に愛らしく、かわいらしく、見るものを和ませる力を持っていた。
そんなユーリを見て、和むフェリとレイフォン。どうやら服を買いに、偶然この店に来ていたようだ。
「おーい、レイフォン」
「あ、シャーニッド先輩」
見かけたのだし、シャーニッドは声をかけることにした。こちらに気づいたレイフォンは気さくに手を振り替えし、フェリは露骨に嫌そうな表情をする。
「ユーリちゃんの服を見に行くって聞いたが、よくフェリちゃんがこの店に来たな」
「なんですか? 私が来たら悪いんですか?」
「いや、別に悪くはねぇけどよ。ほら、フェリちゃんってこの店嫌いだろ?」
「ええ、大嫌いです。店長がきもいですし、服は明るい色でフリフリしたものばかりですし、何より店長がきもいですし」
「ひどっ!」
シャーニッドの問いに正直に答えるフェリに、店長ことジェイミスはさめざめと泣いていた。が、すぐに復活して次はユーリにこれを着せようと、新たな服を取りに店の奥へと向かった。
「僕は結構、このお店って気に入ってるんですけどね。フェリに似合うかわいい服が揃ってますし、結婚式のドレスもここの店長に作ってもらったものですし、値段も結構お手ごろだし、なにより毎回店長がおまけしてくれますから」
「そりゃ、ジェイミーからすりゃ感激だろうな。フェリちゃんだけでもテンションがやばいくらいに上がってたのに、それに加えてユーリちゃんだ」
ジェイミスはかわいいものが大好きだった。自分が満足するためだったら商売もほっぽりだし、趣味に走る。奇声を上げ、奇行を起こし、周囲を困らせながらも最高の衣服を作り上げる。
その服は少々ファンタスティックすぎて女性受けは悪いのだが、その手のものが大好きな男性からは非常に高い評価を受けていた。
また、子供であるユーリはかわいらしい服に心から喜んでおり、今も楽しそうにくるくる回っている。
「ところで、シャーニッド先輩はこんなところで何をやってるんですか?」
「あれ? フェリちゃんに聞いてねえのか? 第十四小隊のアドバイザーだよ」
「ああ、そういえばフェリが隊長に頼まれたって言ってました」
その第十四小隊の者達なのだが、シンが物凄い形相でこちらを睨んでいた。嫉妬と憎悪に染まった表情でレイフォンを凝視している。
その視線に内心でたじたじとなるレイフォンだったが、それでも自分が天才であることを自覚していたため、グレンダンでも嫉妬や妬みの視線に晒されたことも多々あった。なので出来るだけ平然とし、シャーニッドに尋ねてみた。
「それで、どうなんですか調子は?」
「全然駄目だ。文句ばっかでやる気があんのかも疑わしい」
「そうなんですか」
シャーニッドの言葉に、第十四小隊の面々はなにか言いたそうな視線を向けてきた。おそらく、シャーニッドはからかっているのではないかとあたりをつけ、レイフォンはフェリの方に視線を向ける。
「フェリ?」
「……………」
フェリはなにやら考え事をしていたようだった。シンを除く第十四小隊の面々、コーディとトニ、そしてテレサに視線を向けて問いかける。
「要はこの、ネクラと太ましいのと、ヒョロガリをどうにかすればいいんですね」
「まぁ、そういうことだ」
「フェーーーリィィィ!!」
発せらられた一声があまりにも失礼すぎる。シャーニッドは何も突っ込まなかったが、ニーナは思いっきりフェリに突っ込んだ。
ちなみにネクラがテレサであり、太ましいのがトニ、ヒョロガリがコーディのことだ。この呼ばれ方にはそれぞれショックを受けたようで、テレサたちの胸には鋭い言葉の刃が突き刺さっていた。
「お前、何をいきなり失礼なことを……」
「事実じゃないですか。そもそも、断りましたが、あの時は彼らをどうにかして欲しいからお願いしたんじゃありませんか」
「確かに紛うことなき事実かもしれんが、ものには言い方というものがあるだろ!!」
「ニーナ、お前も!! お前も追加攻撃してる!!」
否定せず、むしろ肯定するように言ったニーナに今度はシンの鋭い突っ込みが入った。
けれど、フェリはその突っ込みにも物怖じせず、むしろ止めを刺しにかかった。
「いいじゃないですか。こういう方々は『自分がモテないのは小隊員だから、みんな、近寄りがたいだけだ』とか思い込んでいそうですし。まずはその邪魔なプライドをへし折ってあげませんと」
「も……もうやめろ。死人が出るぞ!!」
テレサたちの心は既に折れてしまいそうだった。
シンの悲痛なる叫びと、シャーニッドの愉快そうな笑い声、レイフォンの乾いた笑いが聞こえる。
「仕方ありませんね。どうやらシャーニッド先輩の手には余るようなので、私も協力させていただきます」
「おお、本当か!? いや、本当ですかフェリ様!!」
とにもかくにも、辛らつな言葉を吐いたフェリはなんだかんだで手を貸してくれるようだ。
シンは散々なことを言われたというのに、とても嬉しそうで、フェリに様まで付けて呼んでいた。
「それで、戦闘衣なんですよね? 確かに水着だと問題があります。とりあえず個性を出し、試合で目立ちそうなものをと思うのですが」
「おお、いいですね。是非ともそれでよろしくお願いします!」
「では、こちらで」
敬語になったシンを従え、フェリはある衣装を指し示す。早速それに着替えると二とコーディ。
そんな彼らの格好は……
「そして、用意した服がこちらです」
「ぬあしゃあッ!?」
まさに世紀末だった。素肌に皮ジャン、皮のベルトなどなど。
腕や肩には刺々しいアクセサリーが付いており、コーディはサングラスをかけ、手には鉄パイプを持っている。トニはトニでモヒカンのズラを被っていた。
本来、戦闘衣とは動きやすく、また防護服などの役目を持っているのだが、これでは動きやすくとも後者の役目はまったく果たしていない。
「個性が出たでしょう」
「個性も出たが地肌も出たぞ!! 今にもいきがった台詞を吐いて敵に飛びかかっていきそうだ!!」
「あはは、フェリちゃん最高だよ」
ニーナはまたも突っ込み、シャーニッドは腹を抱えて笑っている。レイフォンはさらに乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。
しかし、シンだけは神妙な顔でぶつぶつと呟いている。
「ト……トータルコーディネートを考えると……錬金鋼もこん棒モーニングスター型に変えないといかんな……」
「無理に受け入れようとしないでください! それに変えるなら服の方でしょう、どう考えても」
今日はニーナの突っ込み祭りだった。前向きに検討しようとするシンに、ニーナの言葉がシャキリと決まる。
「大体、個性があっても人気がないと意味ないでしょう!?」
「あ、そっか」
先ほどの格好は少なくとも個性はあったが、あれでは人気が出ないだろう。いや、ある意味ヒール焼くとしては成功かもしれない。
だが、第十四小隊の望む名声はとても手に入りそうにない。
「文句ばかりですね」
「まったくだ」
「お前達は黙っていろ!!」
フェリとシャーニッドのがっかりした言葉に、ニーナがシャウトする。が、それなら場と、すぐにフェリは次の案を出した。
「でしたら女子に人気の出そうな華やかさと、小隊員らしい高潔な印象、そして隊の連帯感を強めるこの服ならどうです」
「なんだと……!?」
そんないいとこ取りをしたような服が本当にあるのだろうか?
疑わしく思いながらも、ニーナは若干期待してその服とやらを見た。
そして、ニーナの疑いとやらは決して間違いではなかった。
「黒薔薇のテレサ」
黒を基準とし、白いフリルの付いたドレス風の服。頭の小さな帽子がチャームポイントで、そこには異名どおりの黒い薔薇が飾ってあった。
ゴシック風の格好をしたテレサ。
「死神のトニ」
黒いマントと、黒いマスク。模したのは死神。トニ。
「月影のコーディ」
他の二人と同じく、黒を基準とした衣装。黒い革ジャンを羽織り、サングラスできめたコーディ。
「名付けて漆黒の三鬼神(笑)。もしくは闇の三連星」
「うわははは! ひひ、ひーっひっひ……」
「うわぁ……フェリのこんなに楽しそうな顔、始めてみました」
「私もだ……」
彼ら三人を指し、そういうフェリ。言った彼女の表情はにやけており、今にも耐え切れずに笑い出してしまいそうだった。念威繰者は表情の変化が乏しいらしいが、それがウソに思えてしまいそうだった。シャーニッドは地面を転げまわり、苦しそうな息遣いで爆笑する。
フェリの旦那であるレイフォンでも、こんなに楽しそうなフェリの顔を見たことはない。ニーナは思わず同意したが、はっと我に返る。
「そうじゃなくて、フェリ、いい加減にしろ! シャーニッドもいつまで笑っている!? 先輩達は真剣に……」
「フェリちゃん……」
「先輩……申し訳……」
シンがフェリに向け、何か訴えたそうな顔をしていた。それを察し、謝罪するニーナ。
だが、そんなものなどまったく必要なかった。
「俺にも二つ名付けてくれ!!」
(もうしゃべらないで下さい、先輩……)
謝罪する必要はなかったのだが、シンのこの言葉はニーナを失望させるには十分すぎる力を持っていた。
「では、猛禽のシンで。その頭が鳥っぽいので」
「ありがとうございますっ」
明らかに適当な名付け方。それもかなり酷く、正直かっこ悪い。
それでもシンはフェリに頭を下げ、嬉しそうにその二つ名を受け取った。
「流石に否定しましょうよ先輩!!」
「バカヤロウ!! フェリ・ロス親衛隊ナンバー4の俺にそんな真似できるわけねーだろ!!」
「やっぱり大ファンなんじゃないですか!!」
ニーナの言葉に、会員証まで出して拒否するシン。それを見たニーナは、先日の真の否定を断定するように言った。
いや、そもそもシンがフェリのファンだと言う予兆はあったのだ。あの時の否定も怪しかったし、フェリには敬語で話、しかもちゃん付け。しかもフェリの言うことにはほとんど服従。レイフォンには嫉妬のこもった視線を向けるし、これでファンじゃなければなんなのだという話だ。
とはいえ、今はこのような話しなどどうでもいい。今は、とにかくこのおかしな空気を何とかしなければならない気がした。
「なぁ、シャーニッド……私はどうすればいいんだ?」
「ほっといていいんじゃねえの? 先輩もなんだかんだで楽しんでいるみたいだしよ」
「そうか……?」
取り残され、置いてけぼりにされたような孤独感を味わうニーナ。そんな彼女の肩をぽんと叩き、シャーニッドはアドバイスを送った。
現に、なんだかんだで第十四小隊の面々は楽しんでいる。様々な衣装を着て、もはやコスプレをしている気分にでもなったのだろう。
ならばいいかと判断し、ニーナはユーリを手招きして呼び寄せ、彼女の頭を撫でた。
「お前は本当にかわいいな」
「……………?」
ユーリをなで、現実逃避をするニーナ。ユーリは首を傾げつつも、ニーナに撫でられて気持ち良さそうに目を細めていた。
「フェリ! 僕にも、僕にも何か二つ名を!!」
「フォンフォンにはフォンフォンがあるじゃないですか。それじゃ駄目なんですか?」
「いえ、駄目じゃありません。ありがとうございます!」
「まぁ、どうしてもと言うのなら……閃光のレイもありますけど」
「今ならいける! 今なら胸を張ってその名を名乗れます!!」
「いや、名乗らなくていいですから。ひょっとして対抗威信を燃やしているんですか?」
「まぁ……そんな感じです」
向こうには、何故かレイフォンが混ざっていた。もう諦めたようにニーナは思った。みんなが楽しそうならいいかと。
後日、この闇の三鬼神が正式に採用され、第十四小隊の人気が上がったとかどうとか。
ちなみに、レイフォンも閃光のレイとしてキャラを作ろうとしたらしいが、そちらはフェリによって止められたようだった。
あとがき
今回は原作イラストレーターの方の漫画番レギオス、3巻に収録の話です。
でも、色々と変更したり、カットした場面があります、ニーナの心情や内面、また泥棒騒ぎを入れるとニーナが目立ってしまうので、そこはカットしました。とはいえ、今回のニーナは突っ込みとして十分に目立ちましたけどね。
で、その分フェリとレイフォンの存在感が……
フェリはなんだかんだで最後の方出たりしてましたが。レイフォンの存在意義が……
別にこの話し、やらないならやらないでも良かったんですが、後々の複線で第十四小隊にはコスプレ要素といいますか、闇の三鬼神フラグが欲しかったのでやりました。
次回は……約束された勝利の剣のペットネタはやるべきか、やらないべきか、別にそこまでやる必要性は感じてないので……
なら、原作13巻に収録された肝試しの話をやろうかな? ミュンファとハイア、そしてユーリとレイフォンが参戦しての肝試し。
肝試しの隙に乗じて、ハイアを抹殺しようとするレイフォンとか。次回はもっともっとレイフォンを目立たせたいと思います。
それはそうと、前回一週間以内に更新するとか言ってましたが出来ませんでした。執筆も遅かったですが、理想郷があんなことにもなりましたので。
ですが無事復活。管理人様本当にご苦労様です。
次回はもっと早く更新したいです。がんばります。