レイフォンの眼前に放浪バスが迫る。放浪バスは一切速度を緩めず、むしろ増している。おそらくはこのままレイフォンを轢き殺すつもりなのだろう。
だが、レイフォンは慌てない。あくまで冷静で、残虐な笑みを浮かべてその場に突っ立っていた。
放浪バスが更に迫る。もう十メルもない。普通なら人は成す術もなく放浪バスに跳ね飛ばされるだろう。何故なら大きさが違いすぎる。質量が違いすぎる。
けれど、レイフォンは普通ではなかった。
「はっ……?」
放浪バスの運転席にいた男の表情が固まる。今起きた出来事に思考が付いていかないのだ。
そして、表情が苦痛に変わる。何故なら放浪バスの運転席が潰れ、男はそこに挟まってしまったのだから。
運転席を潰したのはレイフォン。だけど、彼はただそこに突っ立っているだけだった。
活剄衝剄混合変化、金剛剄
天剣授受者、リヴァースの得意とする防御専門の剄技。それを発動したレイフォンに放浪バスは自ら突っ込み、衝撃に耐え切れずに運転席が潰れてしまった。
「なんだよ!? なんなんだよこれはっ!?」
運転席の後方にいて、無事だったもう一人の男が絶叫を上げる。前方では運転席に挟まった男が苦しそうな呻き声を上げていた。
だが、男が見てるのは更にその先。運転席を潰したレイフォンの方だった。
「お前は……なんだ?」
一瞬たりとも視線を逸らせない。底知れぬ威圧感と気迫を感じ、男はガタガタと体を震えさせる。
男は、一瞬たりともレイフォンから視線を逸らさなかった。瞬きすらせずに、じっとレイフォンを見ていた。
なのに、レイフォンの姿が男の視界から消えた。
「邪魔」
「がっ!?」
消えた理由はただ単純なこと。レイフォンは男が反応できない速度で動いただけ。
指一本動かす暇すら与えず、瞬きする暇すら与えず接近し、レイフォンは男の顔面、顔の中心を殴った。
鼻が折れ曲がる。鼻血が滝のように流れ、男の顔は真っ赤に染まった。体は吹き飛び、一気に放浪バスの後方に叩きつけられた。
「あ、あがぁ……」
男はそのまま床に倒れ、痙攣しながら気を失った。
レイフォンは気絶した男には目をくれず、ポツリと呟いた。
「助けに来ましたよ、フェリ」
†††
「まったく……乱暴な助け方ですね」
放浪バスを襲う揺れ。まるで何かと衝突したようだった。
当然、フェリと少女が閉じ込められていた部屋にも衝撃は来る。手足を縛られて思うように動けないフェリは壁に頭をぶつけてしまい、恨みがましい表情をしていた。
「大丈夫ですか?」
「……………」
少女も同じように、床で額を強打していた。手足が使えないために痛めた額をさすることも出来ない。
とても痛そうで、涙目でフェリを見詰めていた。
「ですが、私達は助かったみたいですね」
一瞬だけ部屋の外が騒がしかったが、すぐに収まる。そして、足音がこの部屋に向けて近づいて来る。その正体にフェリは確信を持っていた。
「フェリ、無事ですか」
部屋の扉が空く。そこから姿を現したのは、フェリの想像通りレイフォンだった。
「はい、無事です。フォンフォン。すいませんが、まずはこれを解いてくれませんか?」
「わかりました」
フェリに言われ、レイフォンは彼女を縛っていたロープを解く。手足に多少跡が残ってしまい、フェリはそれを気にしながらレイフォンに次の指示を出した。
「ツェルニのもお願いします」
「はい」
レイフォンはすぐさまツェルニのロープも解きに掛かる。その間にフェリは立ち上がり、レイフォンがロープを解き終わるのを待った。
「さて、フォンフォン」
「はい」
フェリの声が響く。何故だかそれはとても冷たかった。
ツェルニのロープを解き終わったレイフォンは立ち上がり、フェリと向かい合う。
「助けてくれたことにはお礼を言います。本当にありがとうございました。ですが……」
フェリはそこまで言って、レイフォンの脛に向けて思いっきり蹴りを放った。
「はうっ!?」
「もう少しうまく助けられなかったんですか? 助け方が少々乱暴でしたから、おかげさまで頭を打ってしまいました。かなり痛いです」
フェリが不機嫌な原因はこれだ。頬を膨らませ、拗ねたような表情をしている。
レイフォンは脛を蹴られた痛みに悶えていたが、フェリが頭を打ったという発言に表情を一変させた。
「頭を打ったんですか!? 大変だ……すぐに病院に行きましょう!」
「そこまで大袈裟じゃありませんけど……」
「なにを言うんですか! 頭は怖いんですよ。フェリにもしものことがあったら……」
「だから大丈夫です。本当に軽くですから。それよりもフォンフォン」
「はい?」
取り乱すレイフォンを、フェリは一旦落ち着かせる。そしてあるものを要求した。
「私の錬金鋼はありますか? おそらくは、あの男達が隠し持ってると思うんですけど」
「それならすぐに見つかるでしょう。探してきますね」
フェリの求めに応じるため、レイフォンはすぐさま部屋から出た。その背中を見送って、フェリは小さなため息を吐く。
「さて、まずは後始末ですね」
いろいろと片付けなければならない問題があった。それはフェリとレイフォンだけでは不可能なので、他者の手を借りなければならない。
なのでフェリはレイフォンの見つけてきた錬金鋼を使い、都市警察と生徒会長である兄に連絡を取った。
†††
「フェリは無事かあ!!」
連絡を受けた都市警察が事件の事後処理を始めたころ、同じく連絡を受けたカリアンが大慌てでこの場所に現れた。
カリアンらしからぬ大きな声。その声はあせりに満ちており、愛しい妹を心配しているのがありありと伺える。
「そんなに大きな声を出さないでください。私は無事です」
「フェリ!」
連絡は当人であるフェリから受けたのだが、それでも無事なフェリの姿を見てカリアンは安堵する。
その衝動のまま、カリアンはフェリに抱きつこうとしたのだが……
「気持ち悪いです。私に触らないでください」
「ふぇ、フェリ……」
フェリに拒否されてしまい、カリアンはその場でがっくりと項垂れた。
生徒会長が床に両手を付く姿など、そうそう見れるものではないだろう。
「私は無事でしたし、あの子も無事です。それに誘拐犯もちゃんと捕まりました。とはいえ、随分重傷だったので病院に直行でしたけど」
「そうかい……」
「それで残ったのはあの子の問題なんですけど、そのことはさっき連絡しましたよね。藍曲都市コーヴァスから攫われてきたと」
「そうだね……」
「それならば当然、あの子をコーヴァスに送り返す必要があるのですが、あんな小さな子供を一人で放浪バスに乗せるわけにはいかないじゃないですか」
「うん……」
「かといって誰かが付き添うなんてこともできません。放浪バスの行き来は不定期で、何ヶ月かかるかわかりませんから。一番いいのはコーヴァスに手紙を出して、この子の家族に迎えに来てもらうことです」
「そのとおりだね……」
「そんなわけで兄さん、この子の家族が迎えに来るまではうちで面倒を見ようと思うのですが、どうでしょうか?」
「ああ、そのことなら別に構わな……え?」
今まで、ショックによってフェリの話を聞き流していたカリアンがここで正気に戻る。
「構いませんか。そうですか。ありがとうございます、兄さん」
だが、それはあまりにも遅すぎた。フェリはもう既にカリアンが承諾したものと判断し、そういう方向で話を進めている。
「い、いや、フェリ、ちょっと待ちたまえ」
「なんですか? もしかして兄さん。あなたはこんなにも幼い子供を見捨てるつもりなんですか?」
口ごもるカリアンに、フェリはじろりと冷たい視線を向けた。
「いやいや、別にそんなつもりはないけど……学校はどうするんだい? 君だって学生だ。この子に付きっ切りってわけにはいかないだろう」
「そこは僕が面倒を見ます。どうせ中退するんですから、今更留年しようと構いませんので」
「それはそれで問題だと思うんだが……」
カリアンの退路をレイフォンが塞ぐ。
もはや中退することを決めたレイフォンに、怖いものはなかった。
「……………」
「兄さん。この子を見てなんとも思わないのですか? こんなにも可愛らしいんですよ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
少女が無言でカリアンを見詰める。更にフェリが畳み掛けてきた。
既に抵抗する術など残されていない。カリアンは重い首を縦に振ることしか出来なかった。
「まぁ、なんだ。事件が無事に解決してめでたしめでたし、と言ったところか?」
「あ、オリバー先輩」
話の付いたレイフォン達の元に、誘拐犯達によって捕らえられていたオリバーがやってくる。
解放された彼は、放浪バスが破壊されたというのに落ち込んだ素振りなど微塵も見せていなかった。
「すいません、オリバー先輩。放浪バス壊しちゃいました」
「ああ、あれな。まぁ、仕方ない状況だったんだろ。それにあのままじゃ、どの道盗まれていたからな。全員無事で、犯人も捕まったんだからそのことを喜ぼうぜ。放浪バスはまた修理すればいいからな」
「はぁ……」
客観的な立ち振る舞いだが、それがまた凄いと思う。前向きであり、うじうじしない。
確かに最悪の状況にはならなかったが、それでもオリバーは十分にポジティブだった。
「ところでだ、レイフォン」
「はい」
「そこの天使は誰だ?」
そして、相変わらずだった。相変わらずの幼女趣味、ロリコン。
少女を真剣な目付きで見詰め、レイフォンに尋ねてくる。それは恋焦がれた少年のような瞳で、明らかに危ない人だった。
「今回保護した子です。それで、この子の家族が迎えに来るまでは僕とフェリで面倒を見ることになりました」
「そうか」
オリバーは頷く。頷いて方膝を付き、視線の高さを合わせて少女の両腕を取った。
「お嬢さん、俺と結婚を前提に……はぶっ!?」
言いかける。だが、その言葉の途中で、オリバーの頭にレイフォンの蹴りが入った。
「オリバー先輩、それは流石にまずいです、本当に」
レイフォンから冷ややかな声が発せられる。だが、それがオリバーに届くことはなかった。オリバーはとても、とてもとても幸せそうな表情で気絶していたのだから。
レイフォンは思う。早くこいつをなんとかしなければならないと。
「フォンフォン、ナイスです」
フェリがぱちぱちと拍手をする。拍手が終わるとその手を少女の頭に置き、本題を切り出した。
「この子の面倒はうちで見ることが決定しましたが、問題は名前ですね。流石にこれからもツェルニと呼び続けるわけにはいきませんし」
「はい」
「先ほどいらしたお医者さんの話では、声が出ない他に多少の記憶の混乱があるようです。とはいえ、少し時間を置けば回復するようですが」
「それは良かったです」
「それで、これも幸いなのかはわかりませんが、この子は念威繰者なんですよ。ですので、錬金鋼を渡せば……」
フェリは自身の錬金鋼を少女に渡す。本来、錬金鋼は使い手の剄を覚えて、本人以外には使えないように学習していく。だが、念威繰者の扱う重晶錬金鋼はそこまで縛りはきつくない。
少女はフェリの錬金鋼を使い、周囲に念威端子を飛ばした。
「あなたの名前はなんですか?」
「ユーリ……」
フェリの問いかけに返ってくる電子音声。その声を、名を聞き、フェリは微笑んだ。
「そうですか、ユーリというんですね。良い名前です」
フェリはユーリに手を伸ばし、笑顔で続ける。
「知っているでしょうが、私はフェリです。こちらはフォンフォンです」
「レイフォンです。フォンフォンはあだ名だからね、一応」
「ユーリ。お迎えが繰るしばらくの間、私達と一緒に暮らしませんか? また、今日みたいに遊びに行きましょう」
「いい、の……?」
「いいんですよ。むしろ、子供が遠慮をしないでください。少しの間とはいえ、あなたは私達の家族になるんですから」
「家族……」
「そうです。家族です。私がお姉ちゃんで、フォンフォンがお兄ちゃんですよ」
ユーリは、フェリの伸ばした手におずおずと触れる。恥ずかしそうに、僅かに戸惑いながらも、嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべていた。
「よろしく、お願いします……」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
こうして、ロス家に新たな一員が加わる。それが新たな騒動の始まりなど、この時は誰も理解していなかった。
あとがき
これにてこのお話はひとまず終了。けれどリアルツェルニことメイリンは暫し残ります。
むしろ漫画版では、どうやって帰ったのか不思議。まさかあんな小さな子供を一人で放浪バスに乗せたのでしょうか?
まさか学生が移動に何ヶ月とかかる放浪バスに乗り、送っていったとは考えられないですしね。う~む、謎です。
まぁ、何はとあれメイリンの参戦で広がる武芸者版レギオスワールド。オリジナル展開になっちゃいますが、楽しんでいただけると幸いです。
ちなみにこれの元となった漫画版では、この女の子の名前は出てきませんでした。メイリンという名前はさっき考え付きましたので。元ネタはルナマリアの妹さんw
次回は念威少女の話とかやりたいですね。メイリンも結構はまり役なのではと思ったり。
しかしアーチング……彼がレイフォンの逆鱗に触れないか心配です。なんか脳内で構成練ってると、アーチングってドラム缶にコンクリートと一緒に詰められて、都市外か養殖湖に落とされていそうで怖い。最悪、撮影機材全部完膚なきまでに破壊されそうです。
フォンフォン一直線はまだまだ続く。次回もお楽しみください!