「汝、レイフォンは、フェリを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」
「誓います」
神父の言葉にレイフォンは堂々と宣言をした。彼の隣には共に歩むと誓った妻、フェリがいる。
ウエディングドレスに身を包んだ彼女の姿はまさに女神だった。少なくともレイフォンはそう思った。
純白のドレスが眩しいほどに輝いて見えた。フェリ自身の銀髪とも相俟って映え、神々しいまでの魅力を引き立てている。美しいという言葉はまさに彼女のためだけに存在するのではないのだろうか?
「汝、フェリは、このレイフォンを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」
「誓います」
そんな人を妻に出来ることを、本当に幸運だと思う。互いに誓いの言葉を交わし、続けられた神父の言葉で向かい合った。
「では、誓いの口付けを」
戸惑いはなく、自然に交わされる口付け。参列客が見守る中、レイフォンとフェリの唇が交じり合った。
今、この瞬間をもって、レイフォンはフェリの夫となり、フェリはレイフォンの妻となった。視界の片隅ではカリアンが涙を流して嬉しそうな笑みを浮かべている。カリアンが泣くという意外な光景を目にし、シュールに思いながらレイフォンはフェリと共にヴァージンロードを歩いた。
「フォンフォン。私は今、とっても幸せです」
「僕もです。フェリ、末永くよろしくお願いします」
世界中の誰よりも幸せにすると誓った。何者からも護ると誓った。最愛のこの人のためなら、世界の全てを敵に回すことすら出来る。
「ブーケ・トスですか。後ろを向いてするんですよね?」
「そうらしいですね。なんか、周囲が殺気立ってる気がするんですけど……」
ブーケ・トスとは花嫁が結婚式で使用したウェディングブーケを未婚の女性に投げることだ。幸せのお裾分けであり、それを受け取った女性が次に花嫁になるとされている。
ちなみにここは学園都市だ。参列客の女性、そのほとんどが未婚である。これは激しい争奪戦が予想されるだろう。武芸者はくれぐれも剄を使わないようにと、生徒会から厳重な注意が行われていた。
「それでは、行きます、よ!」
フェリが後ろを向き、ブーケを投げる。それに群がる女性達。彼女達はブーケを取り合う。その姿は血に飢えた獣のようだった。
「え、ええっ、えええ!?」
取り合いの末、ボロボロとなり、宙を舞うブーケ。それは争奪戦に参加していなかった参列客、ミュンファの元に飛び跳ねていった。ミュンファは訳が分からぬままにそれを受け止める。
「お、運がいいさ。ミュンファの場合、こうやって運を分けてもらわないと結婚相手は見つからないだろうからさ~」
その隣では車椅子に座っていたハイアが、愉快な表情で冷やかしていた。それに対してふくれっ面を浮かべるミュンファ。
「フォンフォン、あの朴念仁を殺してきてください」
「え、いいんですか? 本当にいいんですか? 本気で殺っちゃいますよ!」
「……やっぱりいいです」
ハイアの対応にミュンファが不憫になり、レイフォンをけしかけようとするフェリだったが、思ったよりも殺る気満々だったために断念する。
そこまでハイアのことが嫌いなのかとため息を吐くフェリだったが、それだけ自分のことを想ってくれているのだろうと思って良い気分になった。
レイフォンがハイアを嫌っている最大の理由はやはり、この間の騒動が関係している。元よりハイアのことは快く想っていなかったようだが、それでも殺したいほどに憎んでいたというわけではない。レイフォンがハイアを殺したい理由、それはフェリに危害を加えたからだ。レイフォンにとって、フェリに危害を加える者は全てが敵だった。
「はいはい~、とりあえず結婚式はこれでお終い。次は披露宴よ。フェリちゃんはお色直しがあるからこっちにいらっしゃいな」
「フォンフォン……」
だが、この場合はどうなのだろう?
フェリが露骨に嫌そうな顔をし、レイフォンを見つめてくる。現れたのは再三の悪夢。ピンクのフリフリという奇々怪々なスーツを着た男、ジェイミスの登場だった。
フェリは彼の元でバイトを経験したことがあり、その時に感じた異様なテンションを苦手としていた。レイフォンからしてもジェイミスの格好は目を背けたくなるようなものであり、正直苦手だった。
けど、腕は確かだ。ジェイミスは服飾に進んでおり、数多の服をデザインし、製作している。彼が店長を勤めている喫茶店では自身が製作した制服を採用し、絶大な人気を得ていた。
また、フェリのウエディングドレスも彼のデザインだった。ウエディングドレスはやはり白だと嬉々しながら製作していたが、お色直しに関しては別だと趣味でさまざまなドレスを製作していた。フェリはそれを着るのが嫌なのだろう。だが、レイフォンは興味津々だった。
「フェリ、楽しみにしていますよ」
嘘偽りのない言葉を笑顔で告げる。ジェイミスの人格や格好はともかく、腕だけは本当に確かだ。どんなドレスを用意しているのか気になるし、それを着るフェリの姿を想像するとわくわくしてきた。
「それじゃあ、時間もないからさっさと済ませちゃうわよ。あなた達」
「は~い!」
ジェイミスの言葉に、数人の少女が現れて返事をした。ジェイミスの喫茶店で働いている少女達だ。
仮にも男であるジェイミスがフェリを着替えさせるわけにはいかず、彼女達がフェリを更衣室に連れて着替えを手伝うことになっていた。こういったイベントの服は、着替えるのに少々手間がかかる。
「気合を入れて作ったから、準備が終わるのを楽しみに待っててね」
「はい」
レイフォンは頷き、フェリのお色直しが終わるのを待った。
†††
「うわぁ……」
思わずそんな声が出た。驚き、咄嗟に感想を述べることが出来ない。
「フォンフォン……どう、ですか?」
顔を赤らめ、意見を求めてくるフェリ。彼女のお色直し後のドレス姿は驚くほどに似合っていた。
ヒラヒラのフリルがたくさん付いた派手なピンクのドレス。ピンクという色はジェイミスの好みであり、フェリの好みではなかった。だが、それが似合っているのは事実。このフェリの姿を見れば、ジェイミスが奇行に走るのも理解できるというものだ。
「こいつフェリちゃんに見惚れてやがんな。まぁ、無理もねぇか」
シャーニッドがケラケラと笑い、レイフォンの肩に手を回して頬を突いてくる。
それを鬱陶しく思うレイフォンだったが、まったくの図星だったために反論の余地がない。とりあえずはシャーニッドを振り払い、当たり障りのない意見を言う。
「あ~、その、フェリ……素敵ですよ。とても似合っています」
「そうですか。そうなんですか」
その当たり障りのない意見に、フェリはとても嬉しそうな表情を浮かべる。口下手なレイフォンだが、それが本心からの言葉だと理解しているからだ。
「式には遅れちゃったけど、披露宴には間に合ったかな? やぁ、レイフォン。今更だけど、結婚おめでとう」
「サヴァリスさん……その格好、どうしたんですか?」
今度は唐突にサヴァリスが姿を現した。彼は結婚式の時にはいなかったが、披露宴が始まる前になって姿を見せる。にこやかな笑みでレイフォンとフェリを祝福したが、衣服のいたるところに真っ赤な染みがこびりついていた。これは血だ。
「いやぁ、血気盛んな若者達と存分に戯れてきましてねぇ。もう大満足ですよ」
「この間の試合の怪我も完治していないというのに、よくやりますね……」
「僕は戦いを止めると死ぬんですよ、精神的に」
「泳ぎ続けないと死ぬ魚ですか?」
一番血気盛んなのはサヴァリスだろうと思い、レイフォンは深いため息を吐いた。どこの誰だかは知らないが、犠牲となった若者達に内心で黙祷を捧げる。
「それはそうと……リーリンさんに一体なにがあったんですか?」
「さあ? さっきからあんな状態なんですよ」
戦闘以外興味を持たないサヴァリスが、興味深そうにリーリンを見つめた。彼女は俯き、黒い瘴気のようなものを発している。それは他者を決して寄せ付けぬ結界と化す。
訳が分からないレイフォンは首を捻り、考えても仕方がないと既に気にするのをやめていた。
なにはともあれ、披露宴は恙無く始まる。
「お父様」
「リフォン。どうしたのか……な?」
流易都市サントブルグにて、レイフォンは娘のリフォンに声をかけられる。声の聞こえた方を振り向くと、そこにはウエディングドレスを身に纏ったリフォンの姿があった。
「似合っていますか?」
「似合っているよ……ただ、相手は誰なのかな? 場合によってはその相手とちゃんとした話し合いをしないと」
「なにを言っているのですか?」
その姿を見て、素直な感想を漏らす反面、真っ黒な感情を抱くレイフォン。リフォンはそれに首をかしげ、その場でくるっと一回転してみせた。
「これはお父様とお母様が結婚式に使ったウエディングドレスです。掃除をしてたら出てきましたので、せっかくだから着てみました。どうですか?」
「あ、そうなんだ……うん、さっきも言ったけど、とっても似合ってるよリフォン。あの時のフェリそっくりだ」
「そうですか」
よくよく見てみれば、そのドレスはどこかで見たことのあるデザインだった。リフォンは瞳の色以外母親似であり、当時のフェリと瓜二つと言っても過言ではない。
こうして娘を見ていると、結婚式の記憶がよみがえってくる。あれからもう、十五年以上の月日が流れていた。
「懐かしいなぁ。みんな、今頃どうしてるかな? シャーニッド先輩とオリバー先輩は元気かな? 隊長はどうしてるんだろ? クラリーベル様は相変わらずグレンダンで元気に戦っているんだろうなぁ。ハイアは……元気でやってるかな?リーリンは……うん、なんでもないや」
昔を思い出し、思わず笑みがこぼれてくる。ただ、正直に言うとリーリンのことはあまり思い出したくなかった。いろいろと負い目もある……
「お父様?」
「いや、なんでもないよ。それにしてもウエディングドレスか。寂しいけど、リフォンもいつかお嫁に行っちゃうんだよね……」
ふと、話題を変える。リフォンの姿を見て、レイフォンは暗い気持ちになった。
リフォンも女の子だ。いつかは好きな人が出来、その人の元に嫁ぐこととなるだろう。
もっとも、そう簡単に娘を渡すつもりはないが。リフォンとの交際はレイフォンを倒すことが絶対の条件。既に数多くの挑戦者が敗れ、リフォンの純潔は未だに守られていた。
「まさか。私はお父様の前からは決していなくなりませんよ。なぜなら私はお父様のお嫁さんになるんですから」
「はは、リフォンみたいに可愛い子が僕のお嫁さんになってくれるのか。嬉しいな」
リフォンはレイフォンの言葉を否定する。妖艶な笑みを浮かべ、堂々と宣言をする。それに対してレイフォンは、まったく本気にしていない笑みを浮かべた。
どこかの誰かが言った。女の子の初恋の相手はお父さんだと。だが、それは所詮初恋。一時的なものであり、子供はいつか親の元を離れてしまうものだ。だからリフォンも例外ではなく、近い将来にはそうなってしまうだろうと思っていた。
だが、それは間違いだ。レイフォンはリフォンのことを侮っていた。彼女の気持ちはそんな軟弱なものではない。リフォンは生粋のファザコンであり、この気持ちは一生変わらないものだった。
「信じていませんね?」
「え……ええっ!? ちょ、リフォン!?」
不服そうな表情を浮かべ、リフォンがレイフォンに縋り寄ってくる。肩に手を回し、誘惑するように甘い声で囁いた。
「私は本気なんですよ。お父様のことを、この世の誰よりも愛しています」
「あ……うん、僕もリフォンのことは好きだよ。でも落ち着こう。ほら、僕達は親子なんだから」
「そんなこと、些細な問題です」
「ぜんぜん些細じゃないからね! ちょ、リフォン。離れ……」
この状況は普通ではない。レイフォンはひとまず、リフォンを落ち着かせようとする。
だが、リフォンはレイフォンの抑止を聞かずに更に近づいてくる。顔が間近にあり、互いの息がかかるほどの至近距離だ。
「お父様……私の初めて、もらってくれますか?」
切なそうな問いかけ。愛娘の告白にレイフォンは訳が分からなくなった。混乱し、動揺し、思考が働かなくなる。
ただ、これだけは理解できた。娘は、リフォンは本気なのだと。
「ふざけんなァァァ!! リフォンの純潔は俺のものだ!!」
その本気の告白に、割って入る少年が一人。リフォンのことを溺愛している双子の兄、レイリーだ。
彼は扉をぶち破る勢いで部屋に乱入し、堂々と宣言したが……
「いくら親父でもリフォンは渡さな……」
「黙れ」
「へぶあっ!?」
「レイリィィィィィ!!」
即行でリフォンの念威爆雷によって黒焦げにされてしまった。いつの間にか重晶錬金鋼が握られており、リフォンの髪は淡い光を発して美しく輝いていた。
「これで邪魔者はいなくなりました」
「ちょ、やり過ぎ! レイリー! レイリー!!」
「大丈夫ですよ。レイリー兄さんはこの程度じゃ死にませんから」
「そういう問題じゃ……」
「それよりもお父様。先ほどは中断してしまいましたが、続きの方を……」
リフォンは何事もなかったかのように、物事を再開しようとしていた。実の父を、レイフォンを誘惑する。そうしようとしたところで……
「させません!」
「あうっ!?」
今度は実の母、フェリの手によって阻止された。フェリの手には復元された重晶錬金鋼が握られており、それで頭を殴打されたのだろう。念威繰者の錬金鋼は打撃戦用には作られていないが、仮にも金属の塊であるためかなり痛い。
「なにをしているのですか、あなたは?」
頭を押さえて悶えるリフォンに、フェリは冷たい言葉を投げかける。だがリフォンは、まったく反省せずに、真正面からフェリを見つめ返した。
「お母様。お父様を私にください」
「寝言は寝て言いなさい。フォンフォンは私のです」
「なら、いっそのこと二人で一緒にというのはどうでしょう? 親子丼というのは需要があると思いますが?」
「それならば……まだ、妥協の余地も……」
「ちょ、リフォン! 冷静になって!! フェリもなにを言ってるんですか!?」
交わされる不穏な会話。騒々しくも、今日も今日とてロス家はいつもどおりだった。
あとがき
サブタイトルに完結とありますが、第一部と付いているように切りがいいので一旦の完結です。次回から普通に第二部が始まりますのであしからずw
いやぁ、なんだかんだで長く続きましたね、フォンフォン一直線。レイフォンとフェリが結婚したため、ここで一部が完結ということでこのような形を取らせていただきました。まさかこんなに続くとは……それもこれも読者の皆様のおかげです。感想が何よりの励みとなっています。これからもよろしくお願いします。
さて、今回のお話ですが、結婚式、披露宴の話を書くはずがなぜか後半あんな話に……
たびたび番外編で出てたレイフォンとフェリの娘、リフォンの暴走です。娘が母親のウエディングドレスを着る展開とかいいですよね、憧れます。でも、あれはなんなんだよ? どうしてこうなった!?
いやぁ、書いたの自分なんですけどね。なんにせよ、これで第一部が完結したわけです。次回、第二部からは普通に現代に戻ってツェルニでレイフォンとフェリがイチャイチャしますのでw
それと読者の皆様方には関係ないですが、今日この日、8月24日は俺の21の誕生日! ハッピーバースデーです!!
ちなみに乙女座です。60話のネタはそれが関係しているなと今更ながらに吐露したりw
どうでもいい話ですが、誕生日が来たので免許の更新に行きました。人が多かった。そして講習が長い。危うく舟を漕ぐところでした……
なんにせよ、これからもフォンフォン一直線は続きます。更新がんばりますので、今しばらくのお付き合いを。