本来の予定では、マイアス戦後に祝勝会という形で行われる予定だった。
だが、マイアス戦前に突如起こった騒動。学園都市の長であるカリアンが襲われ、その妹であるフェリが攫われた事件。
そんなことがあって予定通りに事を進めることが出来なくなり、このイベントは延期を余儀なくされた。
それでも事件は無事に解決し、マイアス戦も見事に勝利を収めた現在、学園都市ツェルニはそのイベントに向けて活気に満ちている。
「兄さん」
「フェリ……綺麗だよ」
純白のドレスに身を包むフェリ。彼女を前にして、カリアンは笑っていた。
生徒会長という職務を務め、なにを考えているのか窺わせないいやらしい笑みではなく、純粋に妹を祝福する笑顔を浮かべていた。
こんなにも目出度い日なのだ。笑わなければ嘘である。
「不本意なこともありましたが……今まで、本当にお世話になりました」
「ははは。なにを言ってるんだい、フェリ。結婚はしても、部屋は今までどおり一緒だ。それにレイフォン君は婿入りするわけで、君が家を出て行くわけではない。だから、そんなことを言う必要はないんだよ」
「それもそうですね」
今日は結婚式。主役はもちろん、フェリとレイフォンだ。
学生結婚は学園都市ではそう珍しくはない。両者が同意すれば結婚でき、子供を生み、育てることも出来るのだ。事実、学園都市には少数ながらそうやって生まれた子供達が暮らしている。
だが生徒会長の妹でミスツェルニ、第十七小隊の念威繰者であるフェリと、第十七小隊のエース、期待の新人であるレイフォンの結婚式となればその注目度が違った。
2人の結婚が公表されると週刊ルックンの記者達はこぞって取材に訪れ、一夜にして噂は都市中を駆け巡る。
素直に祝福する者もいれば、フェリとレイフォンにはファンも多いことから妬みを向ける者もいた。とはいえ片や生徒会長の妹であり、片やツェルニ最強の武芸者。危害を加えようとする者は皆無だろう。仮にいたとしても、フェリに手を出せばレイフォンが黙っていない。レイフォンが標的となっても、レイフォンを倒せる者などこの都市にはいない。
この間の人智を超えたサヴァリスとの試合が、新たな牽制にもなっていた。
「そろそろ式が始まるね」
「はい」
故に心配する必要はない。カリアンは新婦、フェリを引き攣れ、会場へと向かった。
「はは、結婚式かぁ。しかもロリ要素満載のフェリちゃんと……もげやがれレイフォン!」
「第一声がそれですか。オリバー先輩」
「いいないいな、羨ましいなぁ。俺も嫁さん欲しいなぁ。幼な妻欲しいなぁ」
「なら結婚すればいいじゃないですか」
「嫌味か? 勝者としての余裕なのか!? ふざけんじゃねえぞ、レイフォォォン! もらえるなら当の昔にもらってんだよ、嫁さん! 俺が今まで何度ミィフィさんにアタックしたと思ってる!? ただいま絶賛100連敗中だ!!」
「いい加減諦めたらどうです?」
「それはない」
「即答ですか……」
新郎、つまりはレイフォンの控え室。
そこでは祝福の言葉をかけようと何名かの人物が訪れていた。オリバーもその一人だったが、彼は何故か妬みや嫉妬をレイフォンに向けている。
「オリバーもそれくらいにしとけ。こんな目出度い時くらい素直に祝ってやらないとな」
「エリプトン先輩……あなたも敵だ!!」
「おぃおぃ、なんだよいきなり?」
シャーニッドがフォローを入れるが、オリバーのどす黒い嫉妬の先が今度は彼へと向かった。
「第十一小隊のオーランド先輩、可愛い人ですよねえ。あんな人に熱烈にアタックを受けてるあなたは十分に俺の敵だ! 彼女いない暦=年齢の俺の気持ちがあんたらモテ男なんかにわかるのか!?」
「いや、別にわかりたくもないですし」
「ってか、俺とネルアはそんな関係じゃねぇし。むしろ困ってんだよな……可愛いのは認めるけどよ。女ってのは追いかけられるより追いかける方がいいもんだぜ」
「死ね! お前ら二人はマジで死ね!!」
オリバーは魂からの叫びを上げる。女性にもてるレイフォンとシャーニッドは、彼からすれば憎き敵だった。
「ご結婚おめでとうございます。レイフォンさん」
「……ありがとうございます。クラリーベル様」
今度はクラリーベルから祝福の声が投げかけられる。それを聞き、多少表情が引き攣っていることから、レイフォンが彼女のことを苦手にしている様子が伺えた。
「『様』なんて他人行儀な呼び方はやめてください。ここはグレンダンではありませんので。クラリーベルさんかむしろ呼び捨て。またはクララとお呼びください」
「はぁ……では、クラリーベルさん」
「やっぱりやめです、駄目です。『さん』は受け付けません。何かむず痒いです。ここは是非ともクララで。親しい人はみんなそう呼びます」
「僕とあなたは別に親しい間柄ではないですから」
「はい、グサッっときました。心が痛いです」
呼び方の改善を求めるクラリーベルだったが、レイフォンの冷たい言葉にどんよりと落ち込む。が、一秒で立ち直り、突拍子もなく話題を変えた。
「ところでレイフォンさん、妾に興味はありません?」
「今日、結婚式だと言う僕にあなたは一体なにを言ってるんですか!?」
「英雄色を好むと言いますし。おじい様も子沢山なんですよ。それにルイメイ様もめかけとの間に子供を儲けたとか」
「僕は自身を英雄の器だとは思っていませんし、フェリ一筋なので妾には興味がありません」
「それは残念です」
「それから……」
レイフォンはクラリーベルの言葉を否定し、声色を変えて言う。感情を感じさせない、とても冷たい声だった。
「僕の前でルイメイの話はしないでください」
「ルイメイ様との間に何かあったんですか?」
「あなたには関係ないでしょう」
レイフォンにはこれ以上クラリーベルの問いかけに答えるつもりはなかった。冷たく突き放し、彼女を拒絶する。
目出度い結婚式を前にして、こんな暗いことを考えたくはなかった。
「結婚おめでとうさ~、レイフォン」
こんなに目出度い日なのだ。だからこんなに憎たらしい顔も見たくなかった。
殺意を沸くほどにニヤニヤした笑みを浮かべ、車椅子に乗ってやって来た少年、ハイア。
元サリンバン教導傭兵団の団長だが、今の彼はツェルニの学生で重病人だ。全身包帯まみれで右腕がなかった。もっとも右腕は現代医学の再生手術でなんとかなるものであり、そのうち生えてくるだろう。
それでもハイアが重傷だという事実は変わらず、動くのも億劫な状態だった。そこはミュンファがカバーしている。彼女はハイアの車椅子を押し、共に部屋に入ってきた。
「やあ、わざわざ殺されに来たの?」
「いきなり物騒な発言さ。俺っちはただ、結婚するって言うレイフォン君を祝いに来ただけなのにそれはないさ~」
「誰の所為で結婚式が延期したと思っているのかな? そもそもその顔をよく僕の前に出せたね。死にたいのかな? 死にたいんだね。なら殺すよ」
ハイアとレイフォンの仲は悪い。互いに蟠りがあり、因縁があるからだ。それでも最近は、一方的にレイフォンが毛嫌いしている節が見られる。それも当然だろう。先日、ハイアはフェリを誘拐して見事にレイフォンの逆鱗に触れてしまった。それだけではなく義兄となるカリアンにまで手を出しているのだ。
レイフォンはサリンバン教導傭兵団を壊滅させ、ハイアを殺そうとした。フェリの抑止により殺すまでには至らなかったが、今でもその面を見ると殺したくなってしまう。少しでも理性が飛べば、この場でハイアを嬲り殺してしまいそうだった。
「落ち着くさ。これから式なんだろ? それを俺っちの血で汚すつもりかさ~」
「ちっ……確かにお前の汚い血で式を台無しにしたくはない」
「だろ。こっちもこの間の一件ですっかり懲りてるさ。さっきも言ったけど、今日は素直にお祝いさ~」
一旦は冷静になる。ハイアの言うことはもっともだし、レイフォンは好き好んで人を殺したいと思っているわけではない。
フェリに危害を加えないというのならどうでもよく、興味の対象外だ。だが、だからといってこれまでのことからそう簡単に信用できる間柄でもなく、悶々とした気持ちでハイアを睨んでいた。その視線に対して余裕そうな笑みを浮かべ、ハイアが言う。その顔がさらにむかつく。
「俺っちとしてはこれから同級生となるレイフォン君とは仲良くしたいわけだけど、そっちにそんなつもりはないようさ~」
「当たり前だ。お前と仲良くするだなんて虫唾が走る」
「言ってくれるさ。それはそうとレイフォン……」
右腕がなく、手足を満足に動かせないハイアがくいっと顎で標的を指す。そこには部屋の隅で椅子に腰掛けていたリーリンがいた。
「あそこでドス黒い気配を放ってる嬢ちゃんは誰さ?」
「あ、あれは……」
ハイアの表情が引き攣る。レイフォンの表情も同様に引き攣っていた。
武芸者2人が警戒し、恐れ戦くほどの殺気を放っているリーリン。彼女がいったい何を想い、考えているのかレイフォンにはまったく、微塵も理解ができなかった。
「お前、何したさ?」
「知らない。僕は何もしてない。なんでリーリンがあんな風になっているのかわからない」
冷や汗をダラダラと流し、ひそひそと小さな声で言い合うハイアとレイフォン。
なんにせよ今日は結婚式。とても、とっても目出度い日である。
†††
「お前達、目を覚ませ!」
「目を覚ますのは隊長、あなたの方だ」
「ああ、こんな事実なんて認められない。フェリちゃんが結婚だなんて、それも相手がレイフォンの野郎だなんて許せるわけがない。レイフォン・アルセイフは俺達の敵だ!」
フェリ・ロス親衛隊。非公式ながら、固い絆に結ばれたフェリのファンクラブ。
総勢五千人にも及ぶツェルニ最大の派閥だが、その精鋭である五十の集団、フェリ・ロス親衛隊特攻隊は揺れに揺れていた。
「フェリ・ロス親衛隊第零条を言ってみろ。これは、フェリちゃんを応援する上で一番最初に決めた掟のはずだ!」
「第零条……我らが女神、フェリ・ロスが真に認め、心に決めた人が相手なら邪魔はせず、むしろその恋を応援しろ、ですか?」
「そうだ。当初はフェリちゃんがレイフォンの野郎に騙されている可能性もあって妨害工作をしたが、今のフェリちゃんを見てお前達にはそんな風に見えるか? 心に決めた相手でなければ結婚式などするか? 彼女の想いを、幸せを第一に考える。それが俺達フェリ・ロス親衛隊だ」
「そんなもの……綺麗事だ」
波紋の理由はフェリの結婚。これはフェリ・ロス親衛隊の固い絆に皹を入れるには十分な理由であり、親衛隊隊長のエドワードと隊員達にはこのような溝が出来てしまった。
フェリの結婚に反対派のリーダー格、トロン・アーシャが厳しい視線をエドワードに向ける。
「納得なんて出来るものか! あんたは納得してるのかよ!? 俺達は今までフェリちゃんの応援をしてきたんだ。なのにいきなり現れた一年坊に掻っ攫われてその上結婚? 俺は納得できないね。こんな式、ぶっ壊してやる!!」
過激な発言をするトロンにエドワードは笑った。嘲笑し、馬鹿にするような笑みだった。
「お前に出来るのか? 式を壊すと言うことは、つまりはレイフォン・アルセイフを敵に回すということだぞ。倒せるのか?」
「ぐっ……」
言うだけなら誰にでもできる。だが、それを実行しようとするのはまったくの別問題だ。
トロンのやろうとしていることはレイフォンを敵に回すということ。それがどんなに無謀なことか今更考えるまでもない。
一年で武芸科のエリート、小隊に所属してエースと活躍する。その後、フェリと付き合っていることを週刊ルックンにスキャンダルされ、殺意を抱いたフェリ・ロス親衛隊が襲撃。が、そのこと如くを返り討ちにした。
さらにはツェルニが謎の暴走をし、汚染獣の襲撃によって危機的状況を迎えたのだが、それをたった一人で打破したのがレイフォンだ。また、先日行われた試合。学園都市外の武芸者であり、第五小隊隊長の兄であるサヴァリスと言う人物がレイフォンと戦ったわけだが、その戦闘はもはや次元が違った。
実力差とか、そういう以前の問題になにが起こっているのか理解できなかった。決着が付く最後まで観戦しきることすら出来なかった。あまりにも圧倒的な実力。喧嘩を売るのが馬鹿らしくなるような力。
あんなものを敵に回したいとは思えない。敵に回したところで、勝てる要素が見当たらない。レイフォンを敵に回すのは、あまりにも無謀なことだった。
「エドワードさん、それなら僕にナイスなアイデアがあるんですが」
「アレクか? まぁ、言うだけ言ってみろ」
フェリ・ロス親衛隊参謀、アレク・マーガレット。彼は胸を張り、自身のアイデアを説明した。
「レイフォン・アルセイフは確かに脅威です。おそらく、ツェルニ最強の武芸者は彼でしょう。でも、レイフォン・アルセイフだって所詮は人間だ。情は存在するでしょう。なら、人質と言う手段はとても有効です」
「人質、だと?」
「ええ。フェリ・ロスを誘拐するんです。それだけでも式をぶち壊せますし、何より妻となる人を攫われたレイフォン・アルセイフは冷静ではいられないはずです。そこを叩く。抜かりのない、完璧な作戦ですよ」
「そうか……フェリちゃんを誘拐するか」
得意げに言うアレクに、エドワードはこくこくと頷いた。その瞳はとても剣呑で、次の瞬間にカッと見開かれる。
「この馬鹿野郎がァァ!!」
「へぶあっ!?」
エドワードの拳がアレクの顔面に叩き込まれる。鼻っ面をやられて鼻血と噴出し、地に倒れるアレクだったがそれに追撃がかかった。
「なに、お前死にたいの? 死にたいんだな!! よし、なら俺が殺してやる! あの世で己の愚かさを悟りやがれ!!」
「どふっ! はぶっ!!」
追撃をかけたのはトロンだ。げしげしと踏みつけ、アレクを攻め立てていた。
「お前はそれでもフェリ・ロス親衛隊か!? どんな理由があろうとフェリちゃんに危害を加えるのは言語道断! お前はそれをわかっていない!!」
「それ以前に人としてどうなんだ! お前の血は何色だ!? 緑か? 紫なのかァァ!?」
それにエドワードも加わる。二人してアレクを踏み続け、先ほどの対立が嘘としか思えないほどに息が合っていた。それだけではない。周りにいたフェリ・ロス親衛隊特攻隊の総勢五十名が一体となってアレクを攻撃している。
なんだかんだと対立はしても、彼らはフェリ・ロス親衛隊。フェリを愛でるための集団であり、自分の命よりも第一のフェリのことを想っている集団なのだ。アレクが異端だったというだけで、これが普通だった。
「悪は滅びた」
「戦いはいつだって空しい……」
虚空を見つめ、儚そうに言うエドワードとトロン。アレクはズタボロとなり、地面でひくひくと痙攣していた。
「よし、じゃあ今日の集まりはこれまで。フェリ・ロス親衛隊解散だ」
「はい。お疲れ様でした……じゃねえ!!」
「チッ」
このまま有耶無耶にし、解散しようと考えたエドワードだったが、そううまくいくはずがなかった。
再び対面し、対立する二人。
「俺は結婚式を潰します」
「やめとけ。殺されるぞ」
「それでも、男にはやらなければならない時があるんですよ」
「まったく……馬鹿だな、お前は」
エドワードは錬金鋼を復元させた。それに対し、トロンも錬金鋼を復元させた。
フェリ・ロス親衛隊特攻隊のメンバーは真っ二つに割れ、エドワード側とトロン側にそれぞれつく。
「こんな馬鹿は、殴ってでも止めないとなァ!!」
「やってみろよ隊長!! 力で押し通ってやらァァ!!」
今、決戦の幕が……
「楽しそうですね。レイフォンの結婚式とのことですが、このようなイベントまで催されていたとは知りませんでした」
「「え?」」
「僕も入れてもらえますか? やはり乱闘は、どこか心踊るものがあります」
「えっ、ちょっと待て、こいつは……ごふっ!」
「ゴルネオ・ルッケンスの兄! さヴぁふあっ!?」
「さあさあ、盛り上がりましょう! せっかくのレイフォンの結婚式なんだ。あなた方の薄汚い血で彩ってあげますよ」
上がる前に鎮圧させられてしまった。グレンダン最強の一角、天剣授受者サヴァリスの手によって。
戦闘狂は戦いの気配がする場所に姿を現す。そのことを、フェリ・ロス親衛隊のメンバー達は知らなかったのだった。
あとがき
今回から始まる結婚式編! とはいっても今回が前半で、次回は後半なんですけどね。
それにしてもついに、ついにレイフォンとフェリの結婚式です。ここまで長かった……
この作品は元からレイフォン×フェリのカップリングでしたが、まさかこうやって結婚式まで書く羽目になるとは思いませんでした、ええ。
SSや小説でも付き合いはしても、結婚するなんて話は珍しいですからね。
さて、次回は結婚式の風景を描写。難しいよなぁ……大変だよなぁ……それでも頑張って書きたいと想いますので、応援のほどよろしくお願いします。
それにしてもリーリン、彼女の扱い難さが異常です。幼馴染で本妻と言われた彼女ですが、ここのレイフォンはフェリと既に結ばれてますので。
刀に関しても自分なりの結論を下してますし、ホントこれからどう絡めて行くべきか……とにかく頑張ります!
オリジナルが全然進まないと言う事実……前にも言いましたが、8月はスパートをかけますので更新できません。ですのであしからず。とりあえずファンタジアの締め切りが8月31日なんですよ。
9月にはちゃんと帰ってきますので。ただ、オリジナルのSSをお試しでチラシ裏やオリジナル板に投稿するかもしれません。その時はよろしくお願いします。