「フォンフォン……どう、ですか?」
「とても似合っていますよ、フェリ」
フェリに意見を求められ、レイフォンは素直な感想を言う。
ふわふわ、ひらひらした真っ白なドレス。白ロリなどと呼ばれる衣装だった。そのドレスはフェリの白銀の髪と雪のような肌に合っており、とても綺麗だ。
これはレイフォンとフェリが始めてデートをした時に、ジェイミスが広告のお礼にとくれたものだ。
「普段から着て欲しいくらいに可愛いです」
「それは……流石に恥ずかしいです。今回はパーティですからフォンフォンの期待に答えましたけど、流石にこの服を普段から着るのは……」
「そうですか。少し、残念ですね」
確かにフェリのドレス姿は似合っていたが、これは明らかに普段着として着るような服ではない。
その姿を気に入っているレイフォンからすれば残念なことだが、こればっかりは仕方がないだろう。
「僕の格好はどうですか? 変じゃないですよね?」
「ええ、変じゃありません。かっこいいですよ、フォンフォン」
それに対して、レイフォンの格好は黒の燕尾服だった。
フェリの格好を良家のお嬢様と例えるなら、レイフォンの格好はそれに付き従う執事。
似合っている、素直にかっこいいと思う。だが、フェリはネクタイが緩んでいることに気づき、レイフォンの胸元に手を伸ばした。
「ですがネクタイが歪んでいます。ちょっと貸してください」
「あ……」
一旦レイフォンのネクタイを解き、しっかりと結び直す。
歪みがなく、ちゃんと真っ直ぐ伸びていることを確認するとフェリは満足そうに微笑んだ。
「これで大丈夫です」
「ありがとうございます」
微笑まれたレイフォンは、照れくさそうに頬を掻く。
身だしなみを整え、準備を終えると2人は同時に寮を出る。向かうのはダンスパーティの会場。
今日はマイアス戦の勝利を祝う祝勝会の日だった。
†††
「み、ミィちゃん。別にいいよ、私は……」
「何言ってんの、せっかく来たのに」
「そうだぞ、メイ」
ダンスパーティ会場。そこでは小動物のようにおどおどしているメイシェン、そんな彼女を後押しするミィフィとナルキ、いつもの仲良し3人組がそろっていた。
「で、でで、でも、こんな格好……」
「大丈夫、ちゃんと似合ってるから。ね、ナッキ」
「ああ」
メイシェンはほぼ強引にこの場所に連れてこられ、これまた強引に今の格好をさせられてしまった。
真紅の派手なドレス。胸元が大きく開いたタイプのドレスで、メイシェン最大の武器である胸が存分に強調されていた。その我侭ボディはとても魅力的で、並みの女性なら激しい劣等感を抱くほど。周囲の男性の視線はメイシェンに釘付けとなり、かなりの注目を集めていた。
「やっぱり帰るぅ……」
「また怖気づいた」
が、そんな注目などメイシェンからすれば恐怖する対象だ。
人込みが苦手で、引っ込み思案で、他人とは幼馴染がいないとまともに会話すらできない彼女にはこの状況はきつすぎる。
「メイっちはもっと自分に自信を持たないと。武器にしない胸なんてただの駄肉(だにく)だよ」
「だ、駄肉……」
「そうだよコンチクショー、少しはよこせ!」
「ちょ、ちょっと!? み、ミィちゃん!!」
それに呆れ、恨めしい視線を向け、メイシェンの駄肉もとい豊満な胸を揉みしだくミィフィ。
その艶かしい様子に、周囲の視線がさらに集中する。もはや凝視されているレベルだ。そのほとんどの視線が男性なのは仕方のないことだろう。
「なにをしてるんだお前は!」
「あいた」
ナルキがミィフィを止めるために拳を下ろした。拳骨だ。
かなり強めに叩いたのでミィフィは涙目を浮かべているが、別に後悔はしていない。これは当然の報いだった。
「なにすんのさ、ナッキ」
「うるさい、黙れ! お前は大衆の面前でメイになにをしてるんだ!?」
「いや、これはメイっちの魅力をみんなにアピールしようと……あいたっ!」
ナルキはもう一発ミィフィに拳骨を落とす。
頭を抱えて蹲ったミィフィの恨みがましい視線を無視し、ポンポンとメイシェンの肩を叩いた。
「まぁ、なんだ。度が過ぎているがいつものことだ。許してやってくれ」
「うぅ、それはわかってるけど……ミィちゃん、恨むよぅ」
「あ、あはは……」
流石のメイシェンもアレだけのことをされれば怒るようで、真っ赤な顔でミィフィを睨みつける。
睨まれたミィフィはナルキに対する恨めしさを分散され、乾いた笑みを浮かべることでメイシェンを誤魔化そうとしていた。
「メイシェン……」
そんな時、メイシェンに向けて申し訳なさそうな声がかけられた。ナルキやミィフィのものではなく、男性の声だ。
それに反応し、メイシェンは声の主に視線を向ける。そのことを心から後悔した。
「れ、レイ……とん」
声の主はレイフォン。ダンスパーティ用の衣装、黒の燕尾服を身に纏い、隣にはゴスロリドレス姿のフェリを引き連れていた。
このパーティは武芸科主催で行われているイベントだ。そのためにレイフォンとフェリがここにいるのは当然だろう。そんなことはわかっていた。わかってはいたが、今、もっとも会いたくない2人と出会ってしまった。
「っ……」
「落ち着け、メイ」
「はい、逃げないの」
感情のままにここから走り去ろうとしたメイシェンの肩を、ナルキとミィフィが同時につかんだ。
肩をつかまれて逃げられなくなったメイシェンはわたわたと取り乱す。パニックになり、どうしたらいいのかわからない。頭の中が真っ白になり、なにも考えられない状況だった。
そんなメイシェンに、レイフォンが緊張しながら声をかける。
「久しぶりだね……メイシェン」
「あ、あうぅ……」
「最近学校に来ていなかったから心配したけど、もう大丈夫なんだ?」
「う……うん……」
レイフォンの問いにメイシェンは力なく頷いた。
このところ傷心で学校に行っていなかったため、レイフォンにはかなりの心配をかけてしまった。それだけではなくナルキやミィフィには多大な迷惑をかけている。
そのためにも早く立ち直るべきなのだが、レイフォンを前にしてその心が今にも折れてしまいそうだった。
「あ~、その、なに。積もる話もあるみたいだしさ、私達はあっちの方に行こうか?」
「そうだな。申し訳ありませんがフェリ先輩、少しの間レイとんを貸してくれませんか?」
「は?」
そんなメイシェンをフォローしようとする幼馴染2人。とりあえずはフェリをレイフォンから遠ざけ、少しでもメイシェンが話しやすい環境を作ろうとしたナルキだが、フェリから心底不機嫌そうな表情で睨まれてしまった。
「何故そんなことをしなければならないんですか? フォンフォンは私のです。あなた方に貸す義理はありませんが」
取り付く島もない拒絶の言葉。確かに先日の件は少々やりすぎたところがあり、悪いとも思っている。ちゃんと謝罪もした。
だが、それとこれとは話が別だ。レイフォンはフェリのものであり、フェリはレイフォンのものだ。貸せと言われて、そう簡単に貸すわけがない。
「すいません、フェリ。僕も少しだけメイと話がしたいので、少し時間をもらえませんか?」
「……………」
が、レイフォンにこう言われてしまった。メイシェンにレイフォンを貸すのは嫌だが、レイフォン本人にこう言われてしまったらフェリも邪険にはできない。
それでも嫌そうな表情なのは相変わらずで、渋々と、非常に不本意ながら首を縦に振った。
「……わかりました、少しだけですよ。本当に少しだけですからね」
「はい、ありがとうございます」
「フォンフォン」
頷きはしたものの内心ではまったく納得しておらず、フェリはレイフォンの耳元に顔を近づけ、ボソボソと囁いた。
「浮気をしたら……殺しますよ」
フェリから紡がれた物騒な言葉。その台詞にレイフォンは唖然とするも、すぐに気を取り直して柔らかい笑みを浮かべて言った。
「フェリに殺されるなら本望ですが、そんな心配はしなくても大丈夫ですよ。僕がフェリを裏切ると思いますか?」
「そうですね、聞くだけ無駄なことでした」
重々しい台詞を互いに微笑みながら、軽く言う。軽いが、嘘偽りなど微塵も感じられない会話だった。
その後はレイフォンの願いどおりにフェリがこの場から立ち去り、それにナルキとミィフィが続く。残されたのはレイフォンとメイシェンの二人だけ。
勝手に進んでしまったこの状況に、メイシェンはおろおろと取り乱していた。
「ねぇ、メイシェン」
そんな彼女に向け、レイフォンが微笑んだ。今日はダンスパーティ。マイアス戦での勝利を祝う宴が始まろうとしていた。
シックな音楽が周囲に響き渡る。レイフォンは手を差し出した。
「とりあえず、踊ろうか」
おろおろとしていたメイシェンは特になにも考えず、状況に流されるがままにレイフォンの手を取った。
曲に合わせ、ステップを踏む。つたないステップだ。一般家庭出身のメイシェンにダンスのいろはなんてわかるはずがなく、周囲の者達の見よう見まねで何とか踊る。
「大丈夫、僕がリードするから」
右往左往するメイシェンに、レイフォンがフォローを入れた。その通りに踊ると、多少歪だが、何とか形にはなっていた。
「レイとんって……ダンス、上手なんだね」
「うん、グレンダンでは公の場に出ることもあったから、その時に教えてもらったんだ」
「……………」
レイフォンのいう『公の場』という単語。これには天剣授受者という呼び名が関係しているのかと思ったが、メイシェンにはそれを尋ねることができない。
尋ねてしまえば今度こそ取り返しのつかないことになりそうで、怖かった。
「メイシェン」
「はい……」
再びレイフォンから声がかけられた。メイシェンの肩がびくりと震え、ステップのテンポが少しずれる。
それをレイフォンがリードしながら修正し、言葉を続けた。
「もう、大丈夫だよね? また、学校に来れるよね?」
「う、うん……」
レイフォンの問いかけにメイシェンはかすかだが、確かに頷いた。
「それなら良かった。怪我したことならメイシェンが気にする必要はないから。あれは事故だから、メイシェンはなにも悪くないよ」
メイシェンがもっとも気にかけているのは、自分の所為でレイフォンが怪我をしてしまったのではないかという罪の意識。
でもあれは事故であり、メイシェンにはまったく非がない。むしろあの事件に廃貴族が関わっているのだとしたら、非はレイフォンに憑り付いているメルニスクの所為だ。
だから、メイシェンがなにも気にする必要はない。
「うん……ありがとう。レイとんは優しいね」
「そうかな?」
ここに来て初めてメイシェンが笑った。浮かない顔をしていた彼女が、久方ぶりに明るい顔をして見せた。
「そうだよ。それにレイとんはとってもかっこいいから……」
「それは……どうなんだろう?」
「かっこいいよ、レイとんは。入学式の時から今まで、ずっとずっとそう思っているよ」
正面からかっこいいと言われるとかなり照れ臭い。自身の容姿にあまり気にかけないレイフォンは特に意識したことがなく、いまいち実感がわかなかった。
「だから私は……そんなレイとんのことが好きになったんだよ」
メイシェンは笑っている。だが、その表情はとても強張っていた。
「メイ……シェン」
「でも、それはきっとフェリ先輩も一緒なんだよね。あの人もレイとんのことが好き……」
声も震えていた。目尻には涙をいっぱいに溜め、切なそうな声を上げる。
「悔しいなぁ……勝てる気がしないよ……」
今にも泣いてしまいそうだった。メイシェンの手にぎゅっと力が込められる。
「今、だけ……今だけでいいから……」
困惑するレイフォンに向け、メイシェンは懇願するように言った。
「今だけは……私を見ていてください。今だけは、私だけのかっこいい人でいてください……」
ダンスを踊っている間、この僅かな時間だけ、せめてもの夢を見せて欲しい。
そんな思いと共に、メイシェンはレイフォンと踊り続けていた。
†††
「……………」
面白くない。フェリはとても、とてもとても複雑な心境でレイフォンとメイシェンのダンスを眺めていた。
レイフォンの言葉に従って下がりはしたものの、夫となる者が他の女性と踊っている姿は不快だった。
レイフォンが浮気はしないと断言し、ただダンスを踊るだけなら浮気には該当しないとわかってはいても、面白くないものは面白くない。
フェリは一人だった。ナルキとミィフィを追いやり、テラスでボーっとしながらレイフォンとメイシェンの様子を眺めている。そんな彼女に、背後から声がかかった。
「おやおや、こんなにも可愛い彼女がいるというのに、レイフォンはなかなかやりますね」
テラスの手すりに腰掛け、くくくと意地の悪い笑みを浮かべる青年。フェリにも負けない長さの銀髪を持ち、そんな彼は真っ直ぐにレイフォンを見つめていた。
「あなたは……」
「こんばんは。今夜は月が綺麗ですね」
その人物はサヴァリスだった。グレンダンの天剣授受者であり、第五小隊隊長ゴルネオの兄。廃貴族を求めてツェルニに来たらしいが、彼自身はそんなものどうでもよく、レイフォンとの戦闘を求めていた。
そんな人物の登場に、フェリは警戒心を抱く。
「……なにをしに来たんですか?」
「今日はただの宣戦布告ですよ。僕の怪我ももうすぐ完治するので、レイフォンに挑戦状を叩きつけようと思いましてね」
サヴァリスはフェリの問いかけにとても楽しそうに答えた。子供のように無邪気で、あるいは残酷な笑顔だった。
「あなたがフォンフォンに勝てると思ってるんですか?」
「フォンフォン? それはひょっとして、レイフォンのことですか。あっはっはっは、面白い呼び名を付けられましたね、レイフォンは」
挑発的なフェリの言葉に、サヴァリスはむしろ笑っていた。
フォンフォンという呼び名がツボに入ったのか、腹を抱えて笑っている。自分の考えた呼び名を馬鹿にされ、フェリは更に不機嫌になった。
「負ける気で戦ったことはありませんよ、僕は。もちろん勝つ気です」
「その割にはマイアスではフォンフォンに惨敗したと聞きましたが?」
「それはそれ、これはこれです」
フェリの挑発を飄々と受け流すサヴァリス。更なる不快感を感じ取ったフェリだったが、ちょうどその時、最初のダンスが、一曲目の曲が終わった。
「さて、レイフォンの方は終わったみたいですね。最初は彼に直接伝えようと思いましたが、どうにも僕はあなたにとって邪魔なようなのでこれで退散させていただきます」
「空気は読めるんですね」
「そこそこは読めるつもりです。もっとも、場合によっては完膚なきまでに破壊しますけどね」
サヴァリスの口元が釣りあがる。己の欲望が満たされるのなら、何でもやるといった表情だ。
「では、レイフォンに伝言のほどをよろしくお願いします。このようなダンスではなく、心躍る闘いを存分にしようと」
「……わかりました」
「よろしくお願いします」
そう言って、サヴァリスはテラスから飛び降りた。
彼は武芸者だ。この程度の高さなどうってことない。また、腰は完全に完治したようで、レイフォンと万全の状況で戦えると思ったのだろう。
フェリはサヴァリスの伝言を伝えるため、そして貸していたレイフォンを返してもらうため、踊っていた二人の下へ赴く。
ダンスパーティは、まだ始まったばかりだった。
あとがき
はい、ダンスパーティ編です。あれ、リーリンは? クララは?
出せなかった……いろいろ不完全燃焼ではありますが、これにてダンスパーティ編は終わり。ネタが、ネタが本当に浮かんでこないんですよォォ!!
とりあえずメイシェンの立ち直り編と言う事で今回の話を書きました。立ち直りはしましたが、今後のメイシェンの出番は未定なんですよね……
次回はサヴァリス戦を書こうかなと思っています。レイフォンVSサヴァリス、これはたっぷりネタがありますよ。
とりあえず野戦グランドがヤヴァイです、消し飛びます。17巻での破壊規模なんて可愛いものです。
天剣授受者と廃貴族憑きの元天剣授受者……ツェルニがマッハでヤバイ!