こうして手紙を書くのは何度目だろうか?
僕は元気です。そっちはどうですか?
ツェルニが汚染獣に襲われて、僕は再び剣を取りました。最初はどうしようかと迷ったり、これでいいのかと思いもしたけど……護りたい、大切な人ができたから剣を取りました。
でね、リーリン。君は僕に送った手紙に嘘をつくなと言ったよね?
僕がすぐに他人の人と仲良くなれるわけがないとか、普通の人と一緒に、普通の学園生活なんてできないって。
……………酷いね。これでも一応、嘘はついていないんだよ。入学式の日に会ったメイシェンやナルキ、ミィフィは本当に良くしてくれているよ。その他にも隊長や先輩達もいい人だから。
まあ、本当のことを言わなかったりはしたけど。
実は、小隊というものに入れられてしまいました。僕の過去を生徒会長が知っていて、無理矢理ね。
しかもその生徒会長、陰険眼鏡は自分の妹が嫌がるのを無視して武芸科に入れたらしいんだ。酷いよね?
ツェルニには鉱山が残りひとつしかなくて、それを護りたいって気持ちは理解できるけど、それとこれとは別な気がするんだ。
で、その入れられた小隊なんだけどさ、隊長が凄く真っ直ぐでみんなをガンガン引っ張って行く人で、このツェルニを護りたいって真剣に思っているんだ。
前に言ったよね?ツェルニの電子精霊に出会ったって。隊長のニーナ先輩は、その電子精霊に凄くなつかれているんだよ。本当に凄いなって思った。
そんな隊長率いる小隊は……まあ、訓練を良くサボる人が2人ばかりいるんだけど、なんだかんだでうまくいっていると思います……たぶん。
それから君は、よく僕のことを鈍感だって言っていたよね?それはたぶん、違うと思うよ。
みつけたんだ、僕が何をしたいのかと言う思いと、大切な人を。
その人を護りたいと思ったから、僕は剣を取りました。何が何でも護ると決めたから。
天剣はないけど、一度失敗しちゃったけど、もう一度武芸を始めてみようと思います。その人を護るために。
今度は後悔しないように、間違えないようにこの道を行こうと。僕は、ツェルニに来て本当に良かったと思います。
いつか君にも、こう思える人ができますように。君のこれからに最大の幸運を。
親愛なるリーリン・マーフェスへ。
レイフォン・アルセイフより
「…………………………」
「リーリン……?」
その手紙を読み、リーリンは表情を変えた。
だが、その顔は手紙はリーリンの正面で持たれているためにリーリンの友人、シノーラ・アレイスラには見えない。
手紙を読んで何かあったのだろうと思うが……今はチャンスなので、とりあえずリーリンの胸を揉もうとした。
したのだが……
「………リーリン?」
リーリンが持っていた手紙に余りに力が入りすぎ、真っ二つに裂けてしまう。
そして、さらされるリーリンの表情。その表情を見て、シノーラは冷や汗を垂れ流していた。
リーリンは笑っていた。
威圧感のある笑みで、額には青筋を浮かべていて、静かなる怒りを抱いているような気がした。と言うか、実際にそうなのだろう。
こうなってしまった理由はもちろん……
「レイフォンの馬鹿あああああ!!」
鈍感な幼馴染の所為である。
そして、リーリンの返信した手紙はと言うと……
はい、元気にしている?
こちらも忙しく学校生活しているけど、君に比べたら全然平凡だよ。
この前手紙を送ってから、何通かまとめてこちらにやってきました。この手紙がレイフォンにいつ届くのかわからないけど、できるだけ早く届けばいいな。
レイフォンが武芸を捨てなくて、私は嬉しいよ。色々悩んで、それで解決したんだね。
本当に色々と……
友達ができました。面白い人だけど、一緒にいるとすごく疲れるのが玉に瑕かな。
園の方は相変わらず賑やかです。父さんですが、道場を開く事になりました。今まで見たいな、園の子供達を相手にするだけじゃない、ちゃんとした道場です。
グレンダンで道場経営は大変だけど、近所の人達が通ってきてくれているのでとりあえず収入にはなっています。あと、政府からの支援金の申請もしていますので、こちらの心配はあまりないかもしれません。
レイフォンがお金を稼いでくれていた時ではないにしても、何とかやっていけると思います。
そっちはどうですか?病気とかはしていませんか?食事もちゃんとしている?レイフォンは余り栄養の事とか考えないので、偏ってないか心配です。
それはそうと、レイフォンには友達がちゃんとできているみたいで良かったね。そっちは安心しました。
その上で言わせてもらいます……この鈍感。
そもそも、どうして女の子ばっかりなのかな?それが気になります。
もしかして、レイフォンって凄いスケベだった?それは知らなかったよ。
そっちの意味では本当に不安です。そして、今でも思います。あの時、ツェルニに行くのをもっと強く反対していればと……
まぁ、これは冗談と言う事にしておいてあげる。今は、一応は、ね。
いつか絶対に問い詰めるから、その時はちゃんと答えること。じゃないと……
そうそう、これも一応。一応、言わせておいて。
レイフォンが武芸を捨てなかった事は嬉しいよ。でもそれは、グレンダンでいた頃のレイフォンでいて欲しいというわけではないからね。
武芸に打ち込むレイフォンの姿はかっこいいし、羨ましいと思ったけど、天剣授受者でいた頃のレイフォンは余り好きではないよ。
この区別、わかってくれるよね?
手紙が一度に来た事で、面白い話を聞けたよ。もしかしたらレイフォンをびっくりさせられるかもしれない。
なにかは教えない。
ちょっとしたびっくりになればいいんだけどね。
それじゃあ、また手紙を送ります。
病的なまでの鈍感王、親愛なるレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフへ
リーリン・マーフェス
「で、できた……」
ほぼ徹夜で、何度も書き直しながらやっと出来た手紙。
大分抑えたのだが、今まで書いた不満や恨み言をばかりの手紙は、とても口汚くてレイフォンには送れない。
言い足りないし、不満は残るのだけど……リーリンはこの手紙ではどこか納得できないと思いながらも、レイフォンへと郵送した。
『大逆転!いやさ十四小隊の作戦勝ちか!?前回の十六小隊との試合ではまさかの大逆転を演じた期待の新小隊が、今度はベテラン十四小隊に逆転負け!十四小隊、チームワークの差を見せ付けましたぁぁぁぁぁっ!!』
司会の甲高い声が、歓声で喧しいグランドに響く。
その声を、十七小隊隊長のニーナは呆然と聞いていた。
(負けた……?)
本気を出していないとは言え、それでも他の武芸者を軽く凌駕するレイフォンがいるのに負けた。
それだけではない。
練習は不真面目だが、自分の仕事はちゃんとこなすシャーニッド。
そして、ニーナ自身も3年生ではあるが、小隊の隊長を張れるほどに才のある人物なのだ。
フェリのやる気云々はともかく、攻撃だけならこの小隊はなかなかのものだろう。
今回の敗因は司会も言っているが、やはりチームワーク、連携……
出来たばかりの小隊ゆえに、こればかりは早々簡単に手に入るものではない。
いや、それだけではない……
「やれやれ……しんどかったな」
今まで、ニーナと激しく打ち合っていた十四小隊の隊長、シン・カイハーンが武器を下ろして言う。
この人物はニーナが以前、十四小隊に所属していた時にお世話になった人で、その彼の表情には作戦が成功した事への安堵と、してやったりと言うような笑みが浮かんでいた。
シンとの戦いに夢中になる余り、自分は隊員に対する指示を忘れていた。
隊長である自分が、周りを意識する事を怠っていたのだ。
「まぁ、そういうことだ」
シンに肩を叩かれ、ニーナは我に返る。
「あいつは確かに強い。強いが……それだけならなんとかなっちまうんだ」
それはレイフォンのことだ。レイフォンは強い、理不尽なまでに。
彼はツェルニにいる全武芸者を一蹴出来るほどに。
だけど試合では……シンの言うとおりだ。
「1対1の決闘じゃないからな、これは……」
「はい……」
ついさっきまでは相手として、敵として、鋭い視線で武技の限りを尽くしあっていたシンの顔は、今は先輩としての顔になっている。
レイフォンは強いだろう。だが、強すぎるのだ。
強すぎる故に並みの武芸者では並べず、連携が取れない。
彼と連携を取るには、十七小隊が強くなるには……自分が強くなるしかない。
弱い自分が、もっと強く……少なくともニーナは、こう思っていた。
「まっ、強くなるための課題なんていくらでもあるってことだ。じゃあな」
そんなニーナにフォローするようにか、シンはそのような言葉を投げかける。
だけどニーナが、これを理解しているのかは怪しい。
「あ、ありがとうございました!」
それでもニーナは、去っていくシンの背に向けて頭を下げる。
地面を見つめ、悔しさに唇を噛み締めながら……
「あれ?」
故郷の両親、仲の良かった友人から送られてきた手紙に混じって、異なる1通の手紙があった。
メイシェンはそれを手に取り、宛名を見る。それはレイフォンへの手紙だった。その事実を知り、息を呑んだ。
誤配だとすぐに気づいたが、彼女が想いを寄せる人物への手紙がここに来るなんてどんな偶然だろうか?
そんな不思議な思いを抱き、話しかけるきっかけが出来たと喜ぶが、それはすぐに打ち消される。確認した、差出人の名前が原因だ。
『リーリン・マーフェス』
それが差出人の名。
(リーリン……女の子の名前だよね?)
気になってしまった。
気にしなければ良かったかもしれないのに、気になってしまった。
(どういう関係なんだろう?友達かな?……恋人だったりしたらどうしよう)
倫理観が指先を震えさせる。
勝手に人の手紙を見るなど、当然悪いことだ。
(でも……)
気になるのだ。とてもとても気になって仕方がないのだ。
もしもこのリーリンという人物が、レイフォンにとって大事な人物ならばどうすればいいのだろう?
その答えが手紙の中にあることを考えるだけで、恐ろしい。
だけどこのままだったら確実に、今日は眠れないだろう。
(だめ……でも……やっぱり……)
震える指先が、糊付けされた封に触れる。
破れないようにそっとはがし、中の手紙を……読んでしまった。
(ああ……)
後悔する。悪いことだと思った。
読んだ後に感じたのは自己嫌悪……そして、対抗心だった。
この手紙の内容からして、リーリンという人物はかなりレイフォンと仲が良いらしい。
罵っている所がある辺り、恋人とは行かないのだろうが……それでも、1番レイフォンに近い人物なのではないかと思った。
だけど、手紙のように現在のレイフォンの食事の管理を出来るのは自分だけなのだと思って気が楽になったり、メイシェンの知らない時間を一緒に過ごしただろうリーリンに嫉妬したりもした。
だが、罪悪感と自己嫌悪は残ったので、レイフォンのために弁当を作るのを決めると同時に、ちゃんと手紙を返そうと決意した。したのだが……
「あれ?フェリ先輩……ひょっとして、おいしくなかったですか?」
「いえ……弁当『は』美味しいです」
なんでこうなってしまったのだろう?
レイフォンは良くメイシェン、ナルキ、ミィフィの3人と良くお昼を食べるが、そのほとんどが外食や買って来たパンという感じだ。
だからこそメイシェンが弁当を作ろうと決意したのだが……
「そうですか、よかった。一応本も読んで、栄養管理も勉強したんですよ」
そんなことを笑顔で言うレイフォン。
そしてメイシェン達の他に、この場所にはフェリがいた。
そのフェリはいつもの様に無表情だけど不満そうに、と言うか不機嫌そうにレイフォンの作ってきた弁当を食べている。
「レイとん……料理できたんだね」
「あ、うん。前までは機関掃除のバイトがあったから朝はギリギリまで寝ていたかったんだけど、安上がりにもなるし作ることにしたんだ」
真意はどうあれ、給金は良いが、きつい機関掃除のバイトをしているレイフォンは今まで朝はギリギリまで寝ていた。
だと言うのに、どういうわけか今日から弁当持参である。
その上、フェリまで交えてこの場にいる。ちなみに弁当は、レイフォンとフェリの分2つを用意していた。
さすがにこの展開は予想外と言うか、想定外だったメイシェンは涙目ものだ。
「あ、うん。メイシェンのお弁当も美味しいね」
「あ、うん……ありがとう……」
せっかく作った弁当だが、レイフォンが作って来たために余ってしまう。
そのために皆でつまめるように、地面に敷かれたシートの上にそれぞれの弁当が置かれているのだが……
(……美味しい)
レイフォンの弁当は美味しかった。それはもう、自分が用意なんてする必要がないほどに。
そして、本を見て勉強もしたと言っているが、そのとおりに栄養バランスの心配もない。
完璧に計算された弁当の内容。
「あ、その揚げ物は自信作なんだ。それから、デザートも作ってきたんだけど」
おかずやデザートのゼリーなど、どれを取ってもハイレベル。
是非ともお嫁さんに欲しいようなスキルを、レイフォンは無駄に惜しげもなく発揮していた。
そんな想定外のことがあった故に、勇気も出なかったことから、メイシェンは授業中にその手紙を渡すことは出来なかった……
「いや、何してんの!?」
錬金鋼の設定途中に、昼のことをハーレイに話すと、そう突っ込まれてしまった。
「え?でも、弁当は持ってましたし」
「いや……そうじゃなくてね……」
ため息をつくハーレイの心理がわからずに、レイフォンはフェリに視線を向ける。
「弁当は美味しかったですよね?フェリ先輩」
「ええ……とっても」
フェリは同意するものの、やはりどことなく不機嫌そうだ。
「どうしたんでしょ?」
「知らないよ……はぁ、僕も彼女欲しいなぁ」
さらにハーレイはため息をつき、作業を続けていく。
放課後、ある程度の本気を出すことになったレイフォンに合わせての錬金鋼の調整だ。
なんせ、普通の錬金鋼にレイフォンが全力の剄を注ぎ込むと、あまりの剄の量に錬金鋼が耐え切れずに壊れてしまうのだ。
だが、だからと言って現状では何も出来ないので、少しはマシにしようと言う事でこの作業が行われている。
今にして思えば、昔、レイフォンが使っていた天剣は凄い錬金鋼だったのだと理解できる。
流石は天剣授受者、12人にのみ与えられるグレンダン秘蔵の錬金鋼だ。
今欲しがっても、自分には手に出来ない、手にする資格がないだけに少し残念ではある。
だけどまぁ、それはレイフォンが天剣になる前にもした苦労だし、並みの相手ならなくても十分だろうと思っていた。
「ところで、これ……なんです?」
レイフォンは復元した錬金鋼の剣に、ずっと剄を送り込んでいる。
その剣にはケーブルやコードなどがついており、ハーレイの手には計器が握られていた。
「ああ、ちょっと確かめたいことがあってさ」
「はぁ……」
良くわからないまま、レイフォンは剄を剣に送り込む。
その剣は、剄を注がれて淡い光を放っていた。
「剄の収束が凄いなぁ。これだと白金錬金鋼の方が良かったのかな?あっちの方が伝導率は上だし」
「そうですか?」
良くはわからないが、確かにそっちの方が今使っている青石錬金鋼より不満は感じない。
(そう言えば、あれも白金錬金鋼だったけ?)
その関係で同じ材質の天剣をまたも思い浮かべるが、あれと比べるのは間違っている。
あれは汚染獣と戦うためだけに作られたものなのだから。
「この間のあれが使えるのも、これだけの剄が出せるからだね」
鋼糸。
この間ツェルニに汚染獣が襲ってきた時、レイフォンが次々とそれを使って幼生体を撃退したのだ。
カリアンにその設定を頼んだが、生徒会長であるカリアンが錬金鋼の設定なんて出来るはずがなく、それは専門である人物、同じ小隊所属の技師と言う事でハーレイによって行われていた。
だからこそわかる。指示通りに設定したのだが……その錬金鋼の異常に。
「あれ、封印されたの残念だったね。あ、もういいよ」
そう言ってレイフォンに剄を流すのを止めさせ、ハーレイは続ける。
いくらレイフォンの鋼糸が凄いとはいえ、そんな危険なものを対抗試合で使われては勝負にならないと、生徒会長と武芸長によって封印されることになった。
「まぁ、要は対抗試合はって事で、別に汚染獣相手や武芸大会では禁止されてないからいいですけどね」
レイフォンは苦笑する。
汚染獣との戦闘がないことを切実に願うが、その戦いで鋼糸封印なんて状態で戦闘をすることはまずない。
と言うか、そんなことをするのは間違いなく馬鹿だ。
汚染獣にはどんな時でも全力で臨まなくてはならない。
でなければ……命を落としかねないからだ。
そして武芸大会。
封印されたのはあくまで『ツェルニの対抗試合』であり、本番の武芸大会では封印も禁止もされたりはしていない。
本来、鋼糸と言うのは要するにただの糸だ。
そんなものに殺傷力を持たせることが、なおかつ汚染獣を切り裂けるものとなるとレイフォンと、その師であるリンテンスくらいなものだ。もっとも天剣最強と呼ばれる彼なら、その技量はレイフォンを軽く凌駕するが。
まぁ、話はそれたが、つまりは殺さなければどうとでもなる。
そして整備し、ちゃんと調整された錬金鋼ならば、レイフォンの技量だとそんな細かい操作も楽勝である。
「どっちにしても、対抗試合では使う気はありませんでしたけど」
「そうなのかい?あれがあれば、試合なんてすぐに勝てるでしょ?」
「そうですけど、それで勝っても仕方ないじゃないんじゃないですか?」
「そうかな?」
レイフォンの言葉に、ハーレイは疑問符を浮かべる。
もっとも、使えないから仕方はないのだが……なんでレイフォンは楽な手段を使おうとしないのだろう?
「そうですよ。それに、そんな勝ち方、隊長が認めますかね?」
「ああ、確かにね」
それを聞いて、ハーレイも納得する。
「彼女は、他人の力だけで勝っても嬉しくないだろうね」
ニーナは自分の力で、ツェルニを護りたいと思っているのだ。そのために小隊すら立ち上げた。
他力本願での勝利など、彼女の望むものではないのだろう。
「ですよね」
レイフォンはうなずき返し、構えて剣を振るった。
剄をあれだけ走らせると、どうしても動き出したくなる。
武芸者としての性なのだろうか?
一時期はこの道を捨てようと思っただけに、どうも微妙な感覚がする。
ただ無心に、上段から振り下ろす。
剣に残っていた剄が、青石錬金鋼の色を周囲に散らし、掻き消えていく。
剣を振る動作から体の調子を確認し、調整。納得する動きへと持っていく。
そして、次第に集中していく。
今まで細かいところを、それこそ神経の1本1本まで気にしていたが、それが気にならなくなった。
まるで、自分がただ剣を振る機械にでもなったかのような感覚。
この感覚こそが幼いころから戦ってきたレイフォンの、戦闘に優れた意識なのである。
余計な感情を省き、戦いにのみ集中する。レイフォンのような15の子供が、いや、天剣になったこと、なる前を考慮してそれよりも幼い10歳以下の子供が出来ることではない。
自分が完全に虚になったような感覚の中、意識の白さに無自覚になると、大気には色がついたような気がした。
その色を、斬る。
剣先が形のない大気に傷をつける。それを何度も繰り返した。
だが、大気は傷つけられてもすぐにその空隙を埋めてしまう。それでもレイフォンは、大気を斬り続ける。
そしていつの間にかそれが追いつかず、空気中に真空のような存在が出来た気がした。
こればかりは、すぐには修復しない……
それをレイフォンは確認すると、剣を止めて息を吐いた。
取りあえずはこれで一息、終わりである。
「はは、たいしたもんだ」
パチパチと、あまり熱心ではない拍手が響く。
シャーニッドだ。いつの間にか彼が出入り口付近に立っていた。
「斬られたこともわかんないままに、死んでしまいそうだな」
「いや、さすがにそこまでは……」
「凄かったよ!最初は剣を振った後に凄い風が動いていた。その時間差も凄かったけど、最後の一振りで、その風の流れがピタッと止まったんだ。もう……ビックリするしかないよ」
シャーニッドの言葉に謙遜するレイフォンだが、それに興奮気味なハーレイが言葉をかぶせる。
まるで大喜びした子供のような反応だ。
それを見て、レイフォンは苦笑しながらこめかみを掻く。
そんなハーレイの興奮にシャーニッドが水を差す。
「ハーレイ。あれ、頼んでた奴、出来てるか?」
「ああ……はいはい、出来てますよ」
その言葉と共に、ハーレイがなにやら2本の錬金鋼を取り出した。
それは復元前で、炭素棒の様なもの。
放出系と呼ばれる、外力系衝剄が得意なシャーニッドの使う錬金鋼となると……
「銃ですか?」
「こんだけ人数が少なかったら、狙撃だけってわけにも行かないからな。まぁ、保険って奴だ」
同意し、説明するシャーニッドの言葉を聴き、レイフォンはつぶやく。
「ごついですね」
普段、シャーニッドの使う軽金錬金鋼の銃とは違い、撃つよりも打つことに重点を置いた作り。
そのためだろうか?
頑丈な黒鋼錬金鋼で作られている。ニーナの鉄鞭と同じ素材だ。
「注文どおりに黒鋼錬金鋼で作りましたけど、やっぱり剄の伝導率が悪いから射程は落ちますよ」
「かまわね。これで狙撃する気なんてまるきりないしな。周囲10メルの敵に外れさえしなければ問題ない」
ハーレイの言葉を軽く流し、シャーニッドは手になじませるように銃爪に指をかけ、くるくると回す。
「銃衝術ですか?」
「へぇ……さすがはグレンダン。よく知ってんな」
なんとなくたずねたレイフォンの言葉に、シャーニッドが口笛を吹いて返す。
「銃衝術ってなんだい?」
聞いてきたハーレイに、レイフォンは説明する。
用は銃を使った格闘術であり、銃は遠距離なら便利なものだが、剣やナイフを使った近接ならば不利になる。
それを克服するための技、格闘術が銃衝術なのだ。
「へぇ……そんなのシャーニッド先輩が使えるんですか?」
「ま、こんなの使うのは格好つけたがりの馬鹿か、相当な達人のどっちかだろうけどな……ちなみに俺は馬鹿の方だけどな」
ハーレイの言葉にそう答えて、シャーニッドはニヤリと笑う。
だが、真意はともかく、これで少しは戦力の幅が広がるのではないかと思う。
思ったのだが……
「そういえばニーナは?」
「そういや……遅いですね」
隊長のニーナが来ていない。
フェリもレイフォンと同時にと言うか、図書館に本を返しに行って少し遅れたようだが、割とレイフォンのすぐ後にここに来ていた。
少なくともシャーニッドよりは早かったのだが、今は図書館で新たに借りた本を読んでいる。
後来ていないのは、彼女だけなのだ。
「な~んか、ニーナがいねぇとしまらねぇな」
シャーニッドが欠伸をしながらそうつぶやき、暫し待つ。
だが、なかなか現れなくって、フェリが来ないなら帰っていいかと尋ねると、ハーレイがもう少し待ってみようよと宥める。
そして、もう少し待った時だ、
「すまん、待たせたな」
やっと、ニーナが来た。
「遅いぜ、ニーナ。何してたんだ?寝そうだったぜ」
シャーニッドが欠伸をしながら言う。
ちなみにどうでもいいことだが、シャーニッドは4年でこの小隊では1番の年長ゆえにニーナを名で呼ぶ。
まぁ、非常時や作戦中なんかは隊長なんて呼ぶ時もあるが、普段ではこうだ。
「調べ物をしていたら、遅くなってしまった」
そういいながら、ニーナは訓練室の真ん中まで歩いていく。
その時だ、音に、レイフォンが疑問を持った。
(ん?)
ニーナの腰の剣帯で2本の錬金鋼ガカチャカチャと鳴る。
それが違和感の原因だ。
いつもとは違う音……つまりは歩き方が違う。
どこか怪我をしたのかと思ったが、体をかばうような動作はしていない。
本当にどうしたのだろうかと疑問に持つ。
「遅くなったので、今日の訓練はいい」
「「「は?」」」
その言葉に、レイフォンとシャーニッド、ハーレイは素っ頓狂な声を上げる。
フェリ自身も、瞳を見開いて驚いていることがわかる。
それほどニーナがこんなことを言うのが意外なのだ。
「そりゃまたどうして?」
誰もが気になる中、シャーニッドが尋ねた。
「訓練メニューの変更を考えていてな。悪いが今日はそれを詰めたい」
「へぇ……」
「個人訓練をする分には自由だ、好きにしてくれ。では、解散」
それだけを言い残し、ニーナは去って行く。
レイフォンはわけがわからないまま、そんなニーナの後姿を見送っていた。
「どうにも、おかしいですね」
帰り道の道中、フェリがレイフォンに向けてそうつぶやいた。
「確かにそうですね」
それにレイフォンは、素直に同意した。
話の内容はやはりニーナだ。
彼女は一言で言うならば、熱い。
それはもう、熱血漫画のように、少年漫画の主人公のように。
レイフォンを小隊に無理やり入れたのだって、ニーナなのだ
そんな純粋で真っ直ぐで、熱い人物である彼女が、訓練を休むだなんて考えられない。
「まぁ……それはいいんですけど……」
実際は何かを企んでいそうでですっきりしないが、それはまぁいい。
フェリには関係のないことだし、訓練事態が休みなのはいい事だから割り切ろう。
問題は……
「料理……できたんですね」
「は?」
今日のお昼のことだ。
フェリはレイフォンの弁当をご馳走になり、今はなんともいえない表情で彼を見ていた。
「ああ……孤児院の時は皆でご飯を作ってましたから。ただ、僕の場合は栄養バランスを考えるのが下手で、分量の調整も苦手だったのでよくリーリンに叱られていました」
確かに、今日のレイフォンの弁当は2人分にしては量が多かった。
故にメイシェン達を交えて、3人で昼食を取ったのだが……おいしかったからいいものの、食べ終えた時は少しお腹が苦しかった。
だが、そんなことよりもフェリには聞き覚えのある、嫌、見覚えのある名が気になった。
「リーリン……ですか?」
「はい。あ……孤児院の幼馴染で、兄妹みたいな関係ですね。なんて言うか、良く叱られていて……頼りになるお姉ちゃんって感じでしょうか?」
フェリの問いに、レイフォンは素直に答える。
歳は一緒だが、しっかりしていたために頼りがいがあり、なんだかんだでレイフォンを心配してくれた。
彼からすれば兄妹、姉、妹の様な存在であり、大切な肉親の様なものなのだ。
肉親であり、それに恋愛のような想いは抱いていない。まったくの皆無である。
それを聞き、フェリは少しだけほっとした気持ちになった。
その理由がわからない。
「それはそうと、そのリーリンから手紙です」
「え?」
この言葉には、レイフォンが驚いた。
「実は、偶然拾いまして」
図書館から訓練室に来る時、その扉の前にはメイシェンがいたらしい。
何をしているのか声をかけてみれば、何故か彼女は慌てて逃げ出したようだ。
そして落として行ったのが、どうやらこの手紙らしい。
「どうやら誤配でしょう。彼女はおそらく、それを届けに来たんですね」
「そうですか……ちゃんとお礼を言っておかないとなぁ」
フェリから手紙を受け取り、レイフォンはそれを見る。
グレンダンから届いた、リーリン(幼馴染)の手紙だ。
「……………」
「どうしたんですか?フェリ」
その手紙をじっと見てくるフェリに、レイフォンは尋ねる。
人前ではフェリ『先輩』と呼ぶが、2人で歩いている今の状態ではフェリだけだ。
「いえ……ただ少し、その内容が気になったもので」
そう言った。言った時に、すぐさま後悔する。
自分は今、なんと言った?
手紙が気になると?それではまるで、見せてくれといっている様なものではないか、
そもそもなぜ、自分がレイフォンの手紙なんて気にする?
幼馴染の手紙だというのに……嫌、幼馴染だからこそか?
なんにせよこう言ってしまったために、フェリの表情はわずかに赤面する。
言わなきゃよかった……そう後悔する。
「う~ん、見てもあまり面白くないですよ。そうたいしたことも書いてないでしょうし」
苦笑しながら、レイフォンは言う。
フェリの顔は赤く、それを誤魔化すように俯いていた。
そんなフェリを見てもう一度レイフォンは笑い、現在は養殖科の柵の辺り、羊以外に誰もいないことを確認した。
流石に大勢の人前でやるのは気が退ける。
「なになに……『はい、元気にしてる?』」
そのまま、フェリに聞こえるように手紙を朗読し始めた。
「……………」
「……………」
手紙を読み終わり、レイフォンは疑問を持つ。
フェリも無言だ。
「……鈍感王ってどう言う事でしょ?」
「知りません」
即答で返され、さらにレイフォンは首を捻る。
そんな様子を見て、フェリはため息をついた。
ようくわかった。手紙の内容を聞き、リーリンは少なからずレイフォンに好意を持っていることを。
だけど鈍感王、レイフォンはそれをまったく理解していない。
まったく……どう言う事だろうか?
その他にも、今日昼食を一緒に取り、手紙を渡そうとしたメイシェンも気があるのは明らかだ。それにすら気づいていない。
なんで……なんで自分は……こんな鈍感なレイフォンに惹かれているのだろう?
それにこの鈍感王が気づくかどうか……かなり怪しい。
「それはそうと、レイフォン」
「はい?」
その考えを振り払うように、と言うか、今まで忘れていたことを思い出してレイフォンに言う。
「兄が……あなたに用があるそうです」
「会長が?」
レイフォンの表情が硬くなる。
自分では気づかず、変化は小さいのだろうが、おそらく似たような感じだろう。
生徒会長、陰険眼鏡、フェリの兄であるカリアン。
そのカリアンをレイフォンとフェリは共に苦手にしており、あまり良くは思っていない。
フェリに関しては、彼を恨んでいると宣言すらしているのだ。
「何の話かは聞いてませんが、大切な話だと言っていました」
「では、これから生徒会長のところに?」
方角は逆になってしまうが、あれでもこの学園都市の長だ。
彼に呼ばれれば、行かないわけにはいかない。
だが……
「いいえ」
それをフェリが否定する。
「内々に話したいことがあるそうで……私の部屋に、と」
「……は?」
その事実に、レイフォンは呆けてしまった。
「夕食の買い物をしないといけないので、付き合ってください」
そんなレイフォンに向けて、フェリは続ける。
そして、行動を取ってみる。この鈍感王に向けて。
メイシェンが出来て、そしてレイフォン自身に出来ることが自分に出来ないはずがないと。
昼からの不機嫌を発散するかのようにそう決意し、フェリは自宅近くのスーパーへとレイフォンを連れて向かった。
あとがき
キングダムハーツが面白い!
そして新しいバイトが土曜から……
更新速度が落ちることが予想される武芸者です(汗
さて、今回のSSですが……ニーナはですね、嫌いじゃないですよ、うん。
だけどフラグが立たない……いや、この作品はレイフォン×フェリですから案外これもありなのかもしれませんが……
いや、なんていうか……ニーナファンの方すいませんんでした(土下座)
……さて、オリバーに関しての武装はいろいろとご意見、本当に感謝です。
現在考えているのは、剄羅砲の様に剄を限界まで込める、または動力源(レイフォン)に剄を込めてもらい、単発式バズーカー。
次に散弾銃。
剄弾を無数に発射し、化錬剄により操作による誘導。
だけど操れるのは技能的に無数の弾丸の1発のみ。
ゴム弾や麻痺弾でも、それは可能。
最後に、武芸はてんで駄目と言うか並。
だけどラウンドローラーの腕は、『今お前に命を吹き込んでやる』状態のほどテクニシャン。
なんて考えてますが……どうでしょう?
それはさておき、最近ですね、とあることを考えたんですよ。
いや、レイフォンとフェリのフラグ立ったら(付き合い始めたら)、記念にXXX板挑戦してみようと思ってたんですが(ぇ!?)
あのですね、原作9巻まで読んで、8巻に出たメイドの女王様がかわいくてですねw
いや、性格的にもノリ的にもかなり好きなキャラなんですが、それでXXX板やってみるか?なんて無謀な考えを出すね……
だって、8巻の押し絵見ました?
あれは萌えちゃうでしょ。そして女王様は婚約者に逃げられ、天剣と結婚することも可なんて書いてあったので、年齢もある程度操作できるならレイフォン相手とかありかなって……
いや、妄想です!
かなりぶっ飛んでて設定無視な話……ご都合主義ですね。ネタばれになりますから詳しくは言いませんが……
やばっ、書きたくなった!?
書くべきですかね?と言うか、書いていいですか!?
いや、女王様はリーリンの胸大好きですが、男もいけると思うんですよ(苦笑
やば……少し頭冷やしてきます(汗
そして最後に、思うんですが2巻目に入ったんで、そろそろタイトルつけてその他に行こうかなと思うんですよ。
しかしそうなるとタイトルが……まぁ、何か考えようと思いますが、皆さんはどう思いますか?