「……パーティ、ですか?」
「そう、武芸科主催のダンスパーティだよ」
朝食を食べながら、レイフォンはカリアンの話を聞く。
武芸大会の初戦、マイアス戦から数日が立ち、ロス兄妹との共同生活を始めてから暫くの時間が経過していた。
「マイアスとの試合では見事に勝利を収めることができたからね、要はそれの祝勝会だよ。頑張ってくれた武芸科の生徒達の労をねぎらうためのイベントさ。存分に楽しんでくれたまえ」
参加できるのは武芸科の生徒と、そのパートナーとして呼ばれた者のみ。上品な音楽に合わせてダンスを踊ったり、豪華な料理を楽しんだりするらしい。
豪華な料理と言う話には惹かれるが、ダンスには微塵も興味を持たないレイフォンは参加するべきかどうか悩んだ。
何故なら、フェリがそういったイベントに参加するのを嫌っているからだ。事実、カリアンの話を聞き、フェリは不機嫌そうに眉を顰めていた。
「兄さん、私がそういった場所が苦手なのは知ってるでしょう?」
「知ってはいるけどね、フェリ。人付き合いというものは結構大切なんだよ」
「余計なお世話です」
カリアンの言葉を一蹴し、フェリはため息をついた。確かに自身が人付き合いを苦手としているのは認めるが、それをカリアンに指摘されると腹が立つ。
カリアンの言ってることは正しく、またカリアン自身は人付き合いをそつなくこなしているが、フェリにとってはそんなこと余計なお世話でしかなかった。
「そうかい、残念だね。レイフォン君だって見たいだろうに、フェリのドレス姿」
「ええ!僕に振るんですか!?」
だが、さすがは兄と言ったところだろうか。カリアンは唐突にレイフォンに話を振り、フェリを誘導しようとしている。
ダンスパーティ。つまりはダンスをするための衣装が必要であり、女性ならばドレスを着る必要がある。
「見たくないのかい?フェリのドレス姿」
「ま、まぁ、確かに……見たい、ですけど……」
見たいか見たくないかと問われれば、当然見たい。
フェリは美少女だ。もうミスではないかもしれないが、ミス・ツェルニに選ばれるほどに美人だ。そんな彼女のドレス姿はどれだけ映えることだろう。
やはり男として、夫となる身としては興味がある。見たくないなんてわけがなかった。
「……卑怯です」
レイフォンにそんなことを言われたら、断れるわけがない。
フェリは拗ねたようにカリアンを睨み、ぶつぶつとつぶやいた。彼女の頭の中はおそらく、ダンスパーティでどんなドレスを着るかでいっぱいなのだろう。
「これはダンスパーティが楽しみだね。ああ、それはそうとレイフォン君、君の衣装は大丈夫なのかな?」
「え……僕も着替える必要があるんですか!?」
驚くレイフォンだったがそれも当然だろう。なにせパーティだ。その場に応じた格好をするのは当たり前である。
「当然さ、ダンスパーティだよ。女子はドレス、男子はタキシードかスーツだね。持ってないと言うのならレンタル品があるから、それを借りればいい」
「はぁ……そうします」
とりあえず頷いておいたレイフォンは、自分はどんな格好をするべきか思考する。
元だが天剣授受者という立場にいたので、公の場のパーティなどに呼ばれたことは一度や二度ではない。だが、それに出ても自身の貧乏性が災いし、パーティに出る料理にしか興味がなかった。格好には無頓着だったし、パーティで余った料理を持ち帰れるかくらいしか考えていなかった。
一応、天剣授受者には公の場に出るための衣装が与えられていた。あの衣装はそれなりにかっこよかったと思い、同色の白を基準としたタキシードにしようかと考える。そこまで考えたところで、食事を終えたカリアンがそれとは別の話題を切り出した。
「そうそう、それとは別に結婚式の件だけど、準備は滞りなく進んでいるよ。それで衣装合わせの話になるんだけど、フェリ、どんなウェディングドレスがいいか希望はあるかな?」
「特に希望はありませんが……」
「それはいけないね。これはカタログだから、参考にするといいよ」
そういってカタログを差し出してくるカリアンに、レイフォンは少しだけ呆れたようにいう。
「なんだかんだで義兄さんが一番楽しみにしてませんか?」
「ふ、かわいい妹の晴れ姿だよ。そりゃ、兄として楽しみというものさ」
カリアンの即答。その答えに深いため息をつくフェリだったが、彼女の視線が部屋の壁にかけられている時計へと向き、そろそろ時間であることに気づいた。
一般の学生なら時間に余裕があるが、フェリの兄であるカリアンは生徒会長、この都市の長だ。役目や仕事は山のようにあり、そろそろ家を出ないとまずい。
「兄さん、そろそろ学校に行かなくていいんですか?生徒会の仕事もあるでしょう」
「おっと、そうだったね。ご馳走様、レイフォン君。おいしかったよ」
「いえ」
朝食を作ったレイフォンに礼をいい、朝食前に着替えを済ませていたカリアンは、用意してあった荷物を持って寮を出る。
その背中を見送ったレイフォンは、フェリと共に朝食の後片付けを始めた。
「嬉しそうですね、義兄さん」
「テンションが高すぎて気持ち悪いです……」
辛辣なフェリの言葉に、レイフォンは思わず苦笑を浮かべてしまう。
食器を洗い、それが終わるとレイフォンは濡れた手をタオルで拭きながら口を開く。
「さて、僕達も学校に行きましょうか」
「まだ時間があります」
学校に行くことを提案するレイフォンだったが、時間にはかなりの余裕がある。
執務があるカリアンは早く出たが、レイフォンとフェリが出るにはまだ早すぎる。
「それにフォンフォンが送ってくれたら、すぐに着きますか」
「まぁ、確かにそうですけど……」
また、同居生活を始めたことでレイフォンがフェリを抱えて登校するということが可能であり、登校時間が大幅に短縮されたのものんびりできる一因である。
ゆえにフェリはソファーでくつろぎ、レイフォンも釣られてその隣に座る。するとフェリは、レイフォンの肩に寄りかかるように倒れてきた。
「フォンフォン」
「なんですか?」
体をレイフォンに預けたまま、甘ったるい声で呼ぶ。
「大好きです」
「僕も好きですよ、フェリ」
なにもせず、のんびりと、2人で朝のゆっくりとした時間を過ごす。ただそれだけで、レイフォンとフェリは幸せだった。
この幸せが少しでも長く続くことを祈りつつ、登校する時間になるまで2人はこのままでいるのだった。
†††
このままじゃ駄目だということは理解している。なんとかしなければならない、変わらなくちゃいけないと思っていた。
だけど、なにかをしようという気になれない。やる気がまったく起こらない。
最近は学校も休みがちであり、ルームメイトで幼馴染の友人達には心配をかけてしまっている。
なんとかしなければ、本当にそう思う。思っているのだが、自力では布団の中すら出ることすら叶わなかった。
「あ~もうっ! いつまでもいじいじしない!!」
「あうっ……」
そんな自分を叱りつける、甲高い少女の声。
声の主は布団を引っぺがし、無気力な人物に厳しい視線を向ける。
無気力な人物、彼女の名はメイシェン・トリンデン。
レイフォンに好意を抱き、告白するも玉砕。その上運悪く重なった事故でレイフォンが重傷を負い、心に大きすぎる傷を負ってしまった少女だ。
最近は不登校気味であり、ルームメイト達の家事を一手に引き受けていたのだがそれもしていない。そのために最近は毎日レトルト食品が食卓に並び、部屋は女子の部屋とは思えないほどに散らかっている。
そんな生活に限界を感じ、またロクに食事すら取らないメイシェンを見かねて、彼女の親友であるミィフィが立ち上がった。
「振られてショックなのはわかるけど、やっぱこのままじゃ駄目だよ。ちゃんと立ち上がらないとさ。ホラ、男なんて星の数ほどいるんだし」
「………」
「それにメイっちは可愛いんだからさ、ちょっと色目を使えば引く手あまただよ」
「……………」
だが、その励ましの言葉はメイシェンには届かない。彼女はレイフォン以外の異性に興味を持つことができなかった。
初恋だったのだ。内気で、ナルキやミィフィの陰に隠れて男性とはまともに話をすることができなかったメイシェンが、初めて興味を持った異性。それがレイフォンなのだ。
だからどんなに励まされ、慰められようとこの傷が癒えることはない。レイフォンの代わりなんて、みつけられるわけがなかった。
立ち止まり、前に進むことができない。ミィフィの言葉になにも答えることができず、メイシェンはどんよりとした空気を漂わせていた。
「いい加減にしなさいっ!」
「きゃっ……」
その反応に我慢の限界を迎え、ミィフィが怒鳴る。怒鳴られたメイシェンは小さな悲鳴を上げるが、ミィフィはまったく気にせずに彼女の手を取った。
「そもそも最近、部屋に引きこもりっぱなしでお風呂にも入ってないでしょ? それって女の子としてどうなのよ?」
「え、え……ミィちゃん?」
「拒否は受け付けません。黙って付いて来なさい」
メイシェンの言葉を跳ね除け、部屋の中から引っ張り出す。
「おいミィ、あまり乱暴に……」
「ナッキは甘い! 少しぐらい強引にやんないと、メイっちはなんにも変わんないよ」
ナルキの言葉も跳ね除けたミィフィはメイシェンを浴室に強制連行し、服を無理やり脱がせようとする。
「ミィちゃん!?」
「やかまし! 何日おんなじ服着てんのよ? さっさと脱いで、お風呂に入りなさい!!」
「脱ぐから、ちゃんと自分で着替えるから!」
顔を真っ赤にして抵抗するメイシェンだったが、その抵抗空しくミィフィの手によって丸裸にされてしまう。
そのまま浴槽に突っ込まれ、ずぶ濡れになったメイシェンは恥ずかしそうに呻いていた。
「ナッキはご飯の用意して。私はメイっちを洗うから」
「わかった……けど、あんまり無茶をするなよ」
「にょほほ~、任せなさい」
メイシェンの着替えを洗濯機に入れたミィフィは、自分も服を脱いで浴室に入ってくる。
少女2人いる浴室は少し狭く感じるものの、そんなことをまったく気にしないミィフィの明るい声が響く。
「いや~、こんな風に一緒にお風呂に入るのも久しぶりだね。どうせならナッキも一緒だとよかったんだけど、流石に3人じゃ狭いしね」
「……………」
「ささ、メイっちこっちに来る。髪洗って、背中流してあげるから」
「いいよ、別に……」
「私がやりたいの。いいからこっちに来なさい」
有無を言わせずにメイシェンを引き寄せ、ミィフィは洗髪を始める。
シャンプーを泡立たせ、髪を傷めないように丁寧に洗っていく。
「メイっちは髪も綺麗だよねぇ。こんなに綺麗なんだからちゃんと手入れしないともったいないよ」
「そう、かな……? 髪だったら、フェリ先輩の方が綺麗……」
「はい、流すよー」
「わぷっ」
「もう少し自分に自信を持つ。確かにフェリ先輩の髪は綺麗だけどさ、メイっちにはフェリ先輩に負けない武器があるでしょうに」
「わひゃあ!? み、ミィちゃん……」
自身を卑下する言葉を遮り、お湯で泡を流す。
ミィフィはメイシェンの武器、大きな乳房を揉みしだき、楽しそうに笑っていた。
「羨ましい、羨ましいぞう! 同じものを食べてるのに、なにを食べたらそんなに大きくなるのよ?」
「ちょ、やめ……やめて、ミィちゃん」
「さあ、このまま体を洗おうか。まずは胸から!」
「ひゃううっ!?」
浴室にはメイシェンの悲鳴とミィフィの笑い声が響き渡り、この騒動は騒ぎを聞いて呆れたナルキが止めに来るまで続いた。
「いや~、騒いだね。ナッキに怒られちゃったよ」
「ミィちゃんの所為だよ……」
「まぁ、そうなんだけどさ……でもよかった、少しでもメイっちに元気が出て」
「え?」
一騒ぎしたミィフィはメイシェンと共に、背中合わせで湯船に浸かっていた。
「だってさ、最近のメイっちは見てられなかったもん」
「はうっ……」
その際に語られる会話。最近のメイシェンの様子は、ミィフィとナルキに多大な心配をかけてしまっていたようだ。
そのことを申し訳なく思い、メイシェンは力なく項垂れる。
「これでも私、責任感じてたんだよ。余計なこと言っちゃったかなって」
「ううん、ミィちゃんは悪くないよ。ただ、私が弱いから……」
「……でもさ、悲鳴を上げる元気があれば上々だよね。これで近いうちに学校に行けるかな?」
「うん……もうミィちゃん達に心配かけたくないし、頑張る」
「そっか、いい子いい子」
立ち直る決意をしたメイシェン。ミィフィはそのことを喜び、後ろを振り向いてから彼女の頭を撫でる。
気恥ずかしそうに赤面する様子を見て、ミィフィは笑いながらある提案をした。
「じゃ、メイっちにはご褒美を上げないとね」
「……ご褒美?」
「そそ、実は武芸科主催で行われるダンスパーティなんだけどね……」
その提案にメイシェンが更に恥ずかしそうな表情を浮かべ、ミィフィは満面の笑みを浮かべるのだった。
あとがき
カリアンの言ってるダンスパーティはMISSING MAILのイベントですね。漫画版のアレとは違い、マイアスに勝利してるので次回は祝勝会として盛大にパーティ風景書きたいですね。
リーリンやクララも登場させる予定なのでお楽しみに。
その後にいくつかイベントや番外編をやったら、今度は結婚式の話を書きたいと思っています。フェリのウェディングドレスを製作するのはあの人、ジェイミスさんですw
そして不登校、引き篭もり気味だったメイシェンの立ち直りの話をひとつ。
自殺とかしないかって心配される多数の声がありましたが、彼女は大丈夫です。なんだかんだでナルキとミィフィは良い友人だと思います。もっともメイシェンが引き篭もったのはミィフィのいたらん一言が原因だった気もしますが……
なんにせよ次回は、次回こそダンスパーティ編。さて、どんな内容にしよう?
【まとめました】