「はは、今すぐにも逃げたいです、エリプトン先輩」
「そうか、俺もだ。だが、まぁ、女の子を護るためには退けんのよ。明日はデートだしな」
迫りくる汚染獣の群れ。この光景こそまさに津波。
前にレイフォンとフェリを襲った羊の津波とは比べ物にならない、この世界に海というものがまだ存在していた時代、古い書物に記述されていた津波を思い出させる。
何百、何千か、それとも何万とも思わせるほどの大群。
実際には何万はありえないのだろうけど、一向に数が減らず、人が人形のように見える巨体からすればそれ以上に見えてしまう。
その巨体に比べてあまりにも小さな頭部。複眼を赤く光らせたその下で、小さな口が開かれていた。顎が伸びて、四つに分かれた牙のようなものが蠢いている。
その様は、もはや汚染『獣』と言うよりも『虫』。甲虫の様な姿をしていた。
空を飛び、ツェルニへと攻め入ってくる汚染獣の群れ。
シャーニッドやオリバーなど、狙撃部隊が剄羅砲に剄を込めて汚染獣に向けて狙いをつける。錬金鋼なんかの狙撃では、あの巨体には豆鉄砲の様なものだ。
故に、対汚染獣用の巨大な大砲で狙いを定める。
その巨大な砲弾により、汚染獣が次々と落とされていく。
だけど数は減らない。地に落ちた汚染獣は地を這い、ツェルニへと攻めてくる。
そもそもこの幼生と呼ばれる汚染獣は、生まれたばかりで飛ぶことはあまり得意ではないのだ。
甲殻の中に翅を収め、地を這ってくる。
その大群を、地上にいた武芸者達が迎え撃つ。
だけど彼らは、汚染獣の中では比較的軟らかい部類に入る幼生体の甲殻すら打ち破ることはできなかった。
「剄羅砲も駄目!接近して、小隊員クラスの武芸者が直接ぶっ叩いても駄目!!これでどうしろというんですか!?ああ、死にたくねぇ!まだ女ってもんを知らないのに、死んでたまるか!!」
倒すことはできた。だけどそれは物凄く少数だ。
間違いなく数は減っているのだろうが、減ったようにはまるで見えない。
それどころか、増えているのではないかと思ってしまう。
3人1組で1人が囮になり、その隙を突いて甲殻に何度も攻撃を入れたり、全身を覆う固い殻の隙間をついて、軟らかい内部に攻撃を叩き込んだりして倒す者達もいる。
なるほど、安全で確実で、とてもよい手段だ。
だけど明らかに人手が、戦える人物が少ない。
3人1組で時間をかけて1匹の汚染獣を倒すために、なかなか数が減らない。
実際は周りには少なくない汚染獣の死骸が転がっているのだが、減っているとは思えないほどに汚染獣が多い。
これではそのうち、その数に押されてしまうことなど目に見えていた。
「はは、このピンチを救ったら俺達ヒーローだぜ!何なら、これが終わったら女の子を何人か紹介してやるよ。もっとも……生き残れたらの話だがな」
「マジですか!?」
剄羅砲に剄を込めながら、軽薄な笑みを浮かべたシャーニッドが言う。
その言葉にやる気を出し、オリバーは銃身を上空の汚染獣へと向けた。
「お、やる気が出たねぇ。ちなみにどんな子が好みだ?できる限り期待に答えてやるぜ!」
シャーニッドが砲弾を撃ち出しながら尋ねる。
その言葉に、オリバーは活き活きしながら答えた。
「もち、小さい女の子!年齢は6~12歳くらい!!あ、ここ学園都市か。なら15歳位からしかいないし……できるだけ未発達で、かわいい子をお願いします!!」
「……………」
その答えを聞き、白けた視線をオリバーに向けるシャーニッド。
案外、汚染獣と一緒に駆除してしまったほうが世の為ではないのかと思ってしまうのだった。
「って、隊長!!」
再び意識を戦いの最中に戻し、シャーニッドは剄で強化した視力で見た光景に叫ぶ。
射撃部隊として後方に待機していた彼は、前方で汚染獣を正面から迎え撃つ人物、陸戦部隊のニーナに向けて通信機越しに、腹の底から大声を上げて叫んだ。
ニーナは突進してきた1体の角を掻い潜り、鉄鞭で頭部を潰す。
頭部を潰されたというのに、汚染獣の突進は止まらない。
それに轢かれないように、ニーナは転がって退避した。だが、その退避した先に別の1体、1匹が待ち構えている。
その突進を半ば反射神経で、ニーナは衝剄を放ち、その反動で汚染獣との距離を稼ぐ。
すぐさま立ち上がって鉄鞭を構え直し、頭部へと強烈な一撃を打ち下ろした。甲殻に覆われた部分では、比較的に頭部のほうがもろく潰しやすい。
だが、狙いがそれて汚染獣の左前足を攻撃、粉砕してしまう。
前足を失った汚染獣は、バランスを崩して突進が左へとずれた。
左足を粉砕するように攻撃したニーナは、そのそれた突進の先へといる。
その連続の危機。その突進を無事に回避した故に、ニーナの気が緩む。
「って、隊長!!」
通信機越しに叫んだのはシャーニッドだったか?
だけどそれはどうでもよく、確かめる間も無くニーナを汚染獣が襲う。
背後からの攻撃。角からの突進がニーナの肩を裂き、衝撃で浮いた体が回転する。
視界も回転したままニーナは地面に叩きつけられる。傷ついた肩から落ちて、傷口が地面にこすり付けられる激痛に耐えながらニーナは起き上がった。
(まずい……)
傷ついたのは左肩だ。
肉がごっそりとえぐられ、肩に力が入らない。
溢れ出すように流れた血液が服を染め、感覚が麻痺していく。
(まずいまずいまずい……)
傷の所為で満足に剄が煉れず、今までの疲労が一気に襲ってくる。
体が満足に動かず、そんな彼女を待ってくれるわけがなく汚染獣が突進して来た。
何十、何百という数の汚染獣がニーナの視界を多い尽くす。
(もう駄目なのか?生きる術はどこにもないのか?)
動けと体に命じる。だけどそれは立っていることすら困難な状態で、体が命令を受け付けない。
ただ突っ立ち、鉄鞭を持っていることすらできない。それすら維持できずに、今すぐにも倒れて気を失ってしまいそうなほどだ。
(このまま死ぬのか?汚染獣に喰われて、何も護れずに……)
瞳から涙が流れてくる。悔しい、何もできない自分が。
ツェルニを護ると誓ったのに、何も出来ずにここで果てようとする自分の有様が。
剄羅砲ではない、通常の射撃錬金鋼から剄弾がニーナに迫ってくる汚染獣達に乱射される。
それを撃っているのはシャーニッドだ。だけど、数匹の頭を撃ち抜くのはともかく、すべての汚染獣を倒すのは不可能だった。
それは、隣で同じように乱射しているオリバーも同じだ。
むしろ、小隊員でもない彼の剄弾では汚染獣の頭部すら撃ち抜けない。
(何が隊長だ。もっと強くなければ……もっと、もっと……)
悔しさで視界がかすむ。
自分はこの都市を、ツェルニを護りたい。だと言うのに体が動いてくれない。
ここで朽ち果てようとする現実が、どうしようもなく悔しい。
だが、いくら悔やめど血と共に流れていった活剄は戻っては来てくれない。
その出血と共に、ニーナの思考能力も低下していく。
だからだろう。次に起こった出来事を、ニーナはすぐには理解できなかった。
汚染獣が、自分達が今まであれほど苦戦していた相手が、動きを止めた。
何が起きたかなどわかるはずがない。ただ、なんとなく、絶対零度の凍気が舞い降り、全てを凍結させたのかと思った。この世界そのものを。
冷気と間違うほどの闘気、殺気。
そのすぐ後だ。汚染獣がズレた。斜めに体が落ちていく。
丸みを帯びた巨体が上と下に斜めに落ちていき、上半分が地面に落ちた。次々と、次々と。
甲殻に隠されていた内部がさらされ、臓物と体液が噴出してくる。むっとした濃い緑の臭いが辺りに広がった。
一瞬、それこそ瞬きしたかのような間。
たったそれだけで、ニーナの周りにいた汚染獣が同じ光景をさらす。汚染獣達の群れの一角が、この一瞬で空白地帯へと化してしまった。
それを、ニーナは最前列の特等席で見せつけられる。
「なにが……起こった?」
なにが起きたのわからない。
自分達が死に物狂いで戦っても破れなかった甲殻を、この光景は嘲笑うかのように切り裂いていった。
信じられない。これは夢なのかと疑ってしまう。
だが、肩を襲う激痛が堅実だと彼女に教える。
ならば、どうやってこの光景は起きた?
誰によって起こされた?
その答えだと言うように、上空から都市外戦闘用の装備をまとい、剣身のない剣を持った少年が降りてくる。
ヘルメットはまだつけていないため、顔は確認できる。その人物を、ニーナは知っていた。
「レイ、フォン……?」
その人物は自分の部下で、武芸者としてはあるまじき行動をした人物。
自分が卑怯だと言い捨て、軽蔑した男だ。
だが、本当に彼なのかと疑ってしまう。
(……こいつはなんだ?)
このありえない光景を作り出した人物が、一体『誰』で『何』なのかを……
「ニーナ先輩」
「なん……だ、これは……?」
「鋼糸です」
ニーナの疑問に、レイフォンは答える。
レイフォンが持つ、剣身のない剣にはちゃんと剣身があった。
ただ、見えていないだけなのだ。
「剣身を分裂させて復元します。幼生の汚染獣程度なら瞬時に倒せますし、移動の補助に使ったりすることもできます」
実際は剣身となる部分が幾多にも、細く、長く分裂して振るわれる鋼糸。
これが、汚染獣達を切り裂いた物の正体だ。
だが思う、そんなこと、本当にできるのかと。
だけどレイフォンは、本当に実行した。
ニーナが、このツェルニの学生が束になってもできなかったことを、レイフォンは1人で成した。
「ただ、錬金鋼の微調整ができないので、コントロールが甘いのが難点ですが……」
圧倒的な強さによって。
「そんなわけで、絶対に防護柵の向こう側に退避させてください。間違って切り殺してしまうかもしれませんから」
そう言って、レイフォンは再び跳び上がってどこかへと行く。
「待て!」
ニーナが呼び止めるが、返事は返ってこなかった。
そんな彼が向った先は、この都市を全て見下ろせる、一番高い塔の天辺であった。
遡る事少し前。
「準備はできましたか?」
「ああ、レイフォン君。都市外装備と錬金鋼の用意はできているよ。それから、念威操者なんだが……」
「それはいいです。フェリ先輩が手を貸してくれる事になりました」
「あの子がかい!?」
会議室前にて、レイフォンとカリアンが会話を交わす。
設定の終わった錬金鋼と都市外装備を受け取りながら、レイフォンは準備を始める。
「ええ、あくまで今回だけです」
「そうか……」
とりあえずは今の現状を何とかする事を優先し、レイフォンが都市外装備のヘルメット以外を着用したのを見計らい、彼らは会議室へと向う。
この汚染獣の襲撃対策を練るため、生徒会の幹部達の集まった場所へと。
「作業は単純です。汚染獣は全て僕が倒します。まず、念威操者のサポートを得て、ほとんどの幼生を一気に切断します。ただ、コントロールがあまり利かないので、生徒まで切り裂いたりしないよう、確実に生徒を退避させて頂きたいんです」
幹部達に説明をしたレイフォンの策は、もはや策とは呼べない単純な手段。
その手段を聞き、幹部達にはざわざわと同様が走る。
「……どういうことだ?」
「彼は幾度も汚染獣を退治した経験があります。素人の我々は彼に従いましょう」
幹部達を宥めるために、カリアンが説明を入れた。
「冗談じゃない!生きるか死ぬかがかかっているんだ。こんな1年坊主に任せられるものか」
だが、だからといってそう簡単には納得できるものではない。
文字通り、本当に命がかかっているのだ。
今現在、ツェルニの武芸者が束になってもどうにもならないと言うのに、いくら経験があるとはいえ彼1人でどうにかなるなんて到底思えない。
「退避させて駄目だったらどうするんだ!」
「何もできず死ねと!?」
当然の様に反論があがる。
だが、
「では代案があると言うのか!」
カリアンがそれを治める。
「このままではいずれ死ぬ。時間がないのだ」
確かに、どの道このままでは死しか手段はない。
先ほどレイフォンに言ったことだって、本当はブラフなのだ。
だからこそ、今では少しでも高い可能性に賭けるしかない。
「最終決定権は私にある。責任は全て私に……」
もう、カリアンに逆らおうとする者はいない。
そして、時間は現在へと戻る。
『全、武芸科の生徒諸君に告ぐ。これより、汚染獣駆逐の最終作戦に入ります』
念威端子により、カリアンの声がツェルニ中へと響き渡る。
『繰り返します。これより、汚染獣駆逐の最終作戦に入ります。全、武芸科生徒諸君、私の合図と共に、防衛作の後方に退避』
カリアンの言葉に、怪我した武芸者を無事な武芸者が支えながら下がって行く。
中には医療科の者により、担架に乗せられている者もいた。
ニーナもしつこく乗せられようとしたが、それを断ってこの光景を見ている。
この場の責任者である彼女が、そう簡単には下がれないと言うプライド故だろう。
それに、全員が無事に退却するのを見届けなければならない。
レイフォンがこれから、何をする気なのかも。
『カウントを始めます』
作戦が開始された。
「……全部で、982匹も」
フェリが念威によって探った汚染獣の数。
念威操者のフェリは、脳裏に汚染獣達の生体反応としてレーダーの様に、赤い光点として浮かんでいる。
その余りの数に、苦々しい表情でつぶやいた。
「少ない方だよ。グレンダンにいた時には、万を超える幼生に囲まれたことがある」
対して、レイフォンは落ち着いている。
この程度、何の脅威にもならないと言うように。
そして、そう思えるほどにフェリの念威が強力だという事。
都市中の光景が、全ての汚染獣の姿がレイフォンには手に取るように見えた。
グレンダンでも、これほどの念威補助はなかなか受けられない。グレンダンでも、念威の才能だけならば天剣に匹敵、凌駕するほどに。それほどまでにフェリの力は素晴らしい。
カリアンが無理矢理武芸科にフェリを入れた気持ちが、少しだけ理解できた。
(でも……フェリ先輩は戦いたくないんだ……)
今回は仕方がないとは言え、本来ならそんな彼女を戦場へは送りたくないレイフォン。
一瞬だけ瞳を閉じ、決意する。
目を開けた時には、己の意思をはっきりと思い浮かべた。
(何が何でも、僕はフェリ先輩を護る!)
そんな彼の目は、何処までもまっすぐと前を見ているのだった。
この都市で一番高い塔、その天辺には学園都市であることをを示すツェルニの旗が立っており、その柱の横にはレイフォンが立っている。
暗闇の現在では、その姿は人影程度にしか判断できない。
だからフェリは、レイフォンとの連絡用のために彼の周りを飛んでいた念威端子から、その姿を自分に送る。
今のレイフォンの表情は、彼女の知るいつものレイフォンとは違っていた。
フェリの知るレイフォンは、いつも戸惑っていてどこか頼りない感じがする。落ち着きなく視線を動かし、自分のいる場所に違和感を隠す事もなく垂れ流しているのが普段のレイフォンだ。
それは、フェリが無表情の中に押し込んだものと同じだ。ここではないどこかを探している、何も定まっていない人間の姿だ。
それなのに、今のレイフォンはどうだ?
まるで何かを決意し、確信したかのように真っ直ぐと前を向いている。
念威操者以外の道を探し、未だにそれが見つからない彼女にとってはそんなレイフォンが羨ましかった。
(いいな……)
なんとなく、思う。
「フェリせんぱ……フェリ。見つかりましたか?」
「……まだです。それから、次は言い間違えないように」
レイフォンの言葉に我に返り、なんとなく頬が熱くなる。
先輩とつけようとしたレイフォンを咎める事で誤魔化し、フェリは仕事に戻る。
レイフォンの顔を見て、自分は何を考えていたのか?
羞恥心をかなぐり捨てるように破棄し、フェリは再び汚染獣の捜索を続けるのだった。
『8』
カリアンのカウントが、8となった時。
後8秒で、作戦が開始される時だ。
「生徒会長!大変です!カウントを止めてください」
白衣を着た学生が大慌てで、扉を破るようにして会議室に飛び込んで来た。
おそらく、技術科の生徒だろうか?
そんな彼の手には、資料の束が握られている。
「君、後にしたまえ」
「資料が見つかったんです。汚染獣はあれだけではないのです」
現在立て込んでいるので、後にしろと言うように咎めてくる役員。
だが、彼からすればそんなことはどうでもいい緊急事態のため、抑止を振り切って報告を続けた。
「外縁部で戦闘中の汚染獣達は、幼生と呼ばれています。あの幼生達を生んだ巨大な母体が近くにいるはずだと、調べていたらそういった資料が……」
その言葉に、会議室の空気が凍る。
つまり、あの幼生と呼ばれる汚染獣だけでも厄介なのに、その親となるさらに巨大な汚染獣がこの近くにいるというのだ。
「……しかし……今のところ何も仕掛けてきてないじゃないか。小隊からは報告が上がっていない」
だから、何も問題はないだろうと言う幹部の1人だが、その考えは否定される。
「いいえ、母体は休眠しているので今は危険はありません。しかし、あの幼生達を全部殺すと、母体が救援を呼ぶのです……!」
むしろ厄介なのは、母体なんかではなく救援に駆けつける汚染獣。
その言葉を聞き、会議室にいた者達全ての野表情が真っ青になる。
『……………7』
カリアンも例外なく表情を青く変化させたが、それでもカウントはやめない。
「救援に来るのは幼生とは限りません」
「……つまり、レイフォン君が幼生を倒したら、もっと恐ろしい汚染獣がツェルニに来ると……」
最悪の未来が予想され、会議室は静寂に包まれた。
『6』
「会長……!」
その静寂を打ち破るかのように、カリアンはカウントをやめない。
『3……2』
「見つけました」
カリアンのカウントが2にいたった時、フェリの念威越しの通信がレイフォンに届く。
「1305の方向。距離、30キルメル。地下、12メル。進入路を捜査します」
その言葉が終わり、カウントが0となる。
それが合図だ。その合図と共に、汚染獣の生体反応が次々と消滅していく。
鋼糸の刃が次々と汚染獣を切り裂いていった。
「何が……!?」
「汚染獣が全部……!」
武芸者達には、この光景が現実とは思えない。
実際に戦ったからこそわかる。相手の厄介さに。
あの甲殻の硬さと、数の多さ……
だと言うのに目の前の光景は、先ほどの自分達の戦闘を一蹴するかのような光景。
これが夢でないのなら、性質が悪すぎる。
「レイフォン……!」
ニーナ自身も、この光景には目を疑っていた。
先ほど実際に見たとは言え、やはり信じがたい現実だ。
「エリプトン先輩……これは夢ですか?俺、疲れてんですか?」
「はは、そーだな。どーやら俺も、かなり疲れているらしい……幻影が見えるぜ……」
オリバーとシャーニッドも、この光景には唖然とするしかなかった。
『第三小隊です!突然……汚染獣が……』
『第十二小隊から報告です。このあたりの汚染獣は全滅したもようです!』
『第七小隊です。汚染獣が次々と勝手に落ちていきます』
「おお……」
「あの1年生、何者だ……」
会議室には小隊からの報告が届き、歓喜が湧き上がる。
今まで手も足も出なかった汚染獣が、次々と殲滅されていくのだ。
「ヴォルフシュテイン………」
それは役員の誰かが言った問いに答えるためか、またはレイフォンの活躍に改めて感服しているのか、カリアンがそうつぶやく。
この間も、汚染獣は次々と数を減らしていた。
「生徒会長!」
そんなカリアンに、技術化の生徒が再び叫ぶように言う。
「早く……彼を止めてください……!幼生を殺したら、母体が近くの汚染獣を呼び寄せてしまう!」
悲痛な叫びだ。
先ほども悲痛だったが、まさかこんなにも早く汚染獣を倒していくとは思わなかった。
『第十七小隊です。北西地区の探知可能な全ての汚染獣の生体反応が消えました』
「カリアン様……」
ニーナからも報告が入り、より現実的な危機に歓喜がやみ、役員や幹部達が不安そうにカリアンをみつめる。
だが、彼にはどうする事もできない。
「だからといって、幼生をあのままにはしておけない。情けないが、彼に頼るしかない。これが我等がツェルニの実態だよ」
打つ手はない。何もする事ができない。
レイフォンが何とかできなければ、ツェルニは滅ぶ。
「……フェリ、レイフォン君に……」
藁にも縋るように、カリアンはフェリに通信をつないでくれと頼むが、
『大丈夫です』
念威端子越しに、フェリにそう言われた。
『母体は既に見つけました。母体が目覚めて救援を呼ぶまでに、30分はかかります』
今度はレイフォンの声が念威端子越しに聞こえる。
彼は元々知っていたのだ。汚染獣との遭遇が異常なほどに多いグレンダンだからこそ、この程度の知識は当然ある。
『その前に倒します』
『只今、進入路を調査中です』
「なんと……!」
「……フェリ……」
この言葉に、再び会議室が歓喜に沸く。
だから心配はないと言うように。
そもそもレイフォンは、確かに念威のサポートがないと厄介だが、この程度をたいした危機には感じていなかった。
223……198……157……102……66……
「なんて力……」
当初は982匹もいた汚染獣が、ついに2桁までに減らされていた。
しかもこの短時間で……まさに圧倒的。
この世のものとは思えないほどにレイフォンの力は凄まじかった。
だが、汚染獣が0になる前に、光点が全てなくなる前に母体を見つけなければならない。
どこだ?
56,55,54.
ツェルニの地底にもぐらせた念威端子にフェリは意識を集中させる。
残り50を切った辺りだろうか?
歪な地下の空洞、ねじけた通路の奥深くで、ついにフェリは見つけた。
幼生によって腹部を食い破られてはいるものの、未だに息のある母体の姿を。
『進入路を見つけました。誘導します』
「ありがとう」
レイフォンはヘルメットを被り、塔の上から姿が消えた。
いや、実際には飛ぶ。飛んでいるように見えた。
外縁部の端にかけた鋼糸の1本を引っ張っているのだろう。それに加え、活剄で強化した脚力も合わせてまさに飛びながら、レイフォンは外縁部へと向った。
その間も絶え間なく鋼糸を操り、2桁になった汚染獣は1桁になり、そして0となった。
レイフォンは言った。
『僕が何もしなかったから誰かが死ぬなんて嫌ですよ』
それが彼の動く理由なのだろう。
だけど、だからと言ってどうしてこんな危険な事に身を置けるのか?
都市外装備をしているとはいえ、汚染物質の舞う外に出るのは危険な行為だ。
汚染物質遮断スーツが少し破れただけで致命傷になりかねない。
そんな危険な事にどうして……フェリにはわからない。
才能があるからか?
それができるだけの才能……
「望んだわけでもないのに」
レイフォンには聞こえないよう、ポツリとつぶやく。
人のため、それが自分のためになる。フェリにはそれが理解できない。
だけど……
『それがフェリ先輩なら、なおさらです』
こう言ったレイフォンの言葉は、本当に嬉しかったなと少し頬を染める。
無表情なまま、だけど頬は赤くなる。
「死なないでくださいね」
通信は介さず、フェリは外縁部からエアフィルターを突き抜けていくレイフォンの姿を念威端子で見ながら、そうつぶやいた。
エアフィルターを抜ける瞬間は、何時だって汚染物質によって粘り付くような感覚がする。
都市外装備をしている故に問題はないが、やはりいい気はしない。
視界もフェリの念威の補助により良好。
暗闇で汚染物質の舞う大地でも、昼間の様に良く見える。
レイフォンはそのまま、目的地である母体を目指す。
駆けるように落ちて行き、鋼糸でブレーキをかけたり、補助したりして降りて行く。
そうやって慎重に、だけど30分と言う制限時間もあるので少し急ぎながらレイフォンは降りていく。
そして、
「そこを曲がれば、すぐです」
フェリの指示に従って横穴に入ったレイフォンは、ついに見つける。
鋼糸を解き、錬金鋼を待機状態に戻す。
そこには、巨大な汚染獣の母体がいた。
体の三分の二を構成する腹は裂け、円錐のような胴体には殻に守られていない翅が生えている。
そして、幼生に比べてはるかに大きな頭部と複眼。
これが母体の姿だ。
「レストレーション01」
その母体を前にし、レイフォンは再び錬金鋼を復元する。
青色錬金鋼の剣だ。
「生きたいという気持ちは同じかもしれない」
剣を構え、レイフォンが歩み寄る。
「死にたくないと言う気持ちは同じかもしれない」
剄を込め、剣身が光り輝く。その光が、この空間を照らしていた。
「それだけで満足できない人間は、贅沢なのかもしれない」
汚染された大地に適応し、生きる汚染獣達。
本来ならこの世界の王者は、彼等なのだろう。
その昔、人間が頂点に立ち、世界そのものの主として振る舞っていたかのように。
汚染獣がレイフォンの存在に気づいてか、彼の接近に対し、仲間を呼ぼうとする。
だが、それよりも早く、
「でも、生きたいんだ」
そうつぶやいて、レイフォンは剣を振り上げる。
見つけたのだ、やっと……自分がどうしたいのかと言う思いを。単純な事だが、とても大事な事。
決めたのだ、何が何でも、絶対に彼女を護ると。
「詫びるつもりはない」
そして剣を振り下ろす。
「最終作戦……完了」
会議室には、これ以上ないほどの歓喜が響き渡る。
『武芸科生徒の諸君、ご苦労様でした。ツェルニ付近の全ての汚染獣排除が確認されました』
その歓喜は、都市中ヘと広がって行く。
「やったぜ!俺たちは生き残れた」
「汚染獣を撃退したんだ!!」
生き残れた事が嬉しく、皆が大騒ぎし喜んでいる。
嬉しい、今、生きている事が。
「だけど……」
だが、疑問は残った。
「一体誰が?」
誰がこの状況を作り出したのか。
「はぁ……はぁ……」
フェリは走っていた。
汚染獣が倒されるところを確認した後、フェリは外縁部へと一目散に向う。
だが、念威操者であるフェリは、身体能力がそんなに高くはない。
故に息を切らせながら走る。
そして、外縁部までまだ半分はあるだろうと言う距離で、
「ただいま戻りました」
上空からかけられた声に、フェリは足を止めた。
そして、彼女の前に降り立った声の主は、ヘルメットを取って笑顔で、
「フェリ」
彼女の名前を呼ぶ。
そんな彼に答えるように、フェリも小さな笑みを浮かべて彼の名を呼んだ。
「お疲れ様です、レイフォン」
そして、ゆっくりとレイフォンに近づいていき、飛び込むようにしてレイフォンの腰の辺りに抱きつく。
それをレイフォンは受け止め、苦笑を浮かべていた。
そんな彼等を照らす朝日、長い夜の終わりを告げる光が、何処までも眩しく感じられるのだった。
あとがき
祝!1巻分完結!!
いや~、これはレイフォン×フェリの作品なんで、見事にニーナ関連のフラグはブチ折っておりますw
いや、都市外装備着てますし、ニーナの胸で気絶なんてイベントは起きないわけでw
と言うか、ここのレイフォンも基本は鈍感なんですが、フェリに関しては別って感じなのでこんな風に。
それにしても長かった……
やっと1巻分が終わって一安心。
さて、次回からの2巻分はどうしましょうか?
それにしてもオリバーのレールガンの案は、実行する事事態はできても能力や殺傷云々の問題ですか……
対汚染獣の秘密兵器とかなら有りかもしれませんが、確かにあれは殺傷力高そうですよね。
レールガンといえばブラックキャットを思い浮かべる俺ですが、実際のシロモノは反動が凄いとか。
友人に相談したら、オリバー反動で死ぬなんて言われましたw
と言うか、実物ってかなり大きいんですね……
アレを小型化しても、反動とかで錬金鋼ぶっ壊れて、オリバーは大怪我しそう……
ハイアみたいに紅玉錬金鋼になんか頑丈な錬金鋼を合成させればいけるかな、なんて思いつつ……と言うか、これはもはや複合錬金鋼では?
しかし、やはり問題は反動……
と言うか、レールガン撃てるほどの電力をオリバーが出せるのかも謎ですよね。
化錬剄は難しいらしいので……
前途多難なロリコン野郎ですが、応援の程よろしくお願いします。
しかし、前回オリバーの武装応募したんですが、誰も書いてくれなかった(泣
何か良い意見、面白い案があったら書き込んでくださると嬉しいです。
そして、次回の2巻編からもどうかよろしくお願いします。