「なんで……ここが……」
予想外の人物の登場に、レイフォンは冷や汗を流しながらあとづさる。
だけどこれは、案外予想できていたかもしれない。
さっき、フェリが言っていた。ニーナをレイフォンを探していると。
「生徒会長に聞いた」
そう言い、ニーナはレイフォンに詰め寄ってくる。
だが、ニーナはレイフォンの質問に答えたわけではなく、また、カリアンもレイフォンがこの場所にいるのを知っていたわけではない。
ニーナがカリアンに聞いたのは、あの事についてだ。
「なぜ、あれだけの強さを隠していた?私はお前を訓練すれば、小隊員として使えると思った。だから十七小隊に入れた。ところがどうだ!使えるどころじゃない。お前は私よりずっと強い。いや、おそらくこの学園の誰よりも」
そう宣言し、ニーナは尋ねる。
「ヴォルフシュテイン。この名前はなんだ?」
その質問、その名前を聞き、レイフォンの表情が強張る。
だけどニーナは追求をやめずに、レイフォンの襟首をつかんで聞き出そうとする。
「お前に直接聞けと言われた。聞かなくても自分で調べられるとも」
「……………」
「お前の口から聞きたい。なあ、話してくれ」
「……………」
ニーナの問いに、レイフォンは無言のままだ。
だけど『聞きたい』などと言っているが、これはもはや願いなどではなく強制。
ニーナは、何が何でもレイフォンに口を割らせようとしていた。
「話せないか」
答えないレイフォン。
ニーナはそんな彼の周りを飛んでいた、フェリが残していった花弁のような念威端子を握りつぶす。
「なあ、レイフォン。私はお前を、そんな卑怯な奴だと思いたくない」
ニーナの言葉には何か願望のような物、願いが込められているような気がした。
嘘であって欲しいと言うような。一言レイフォンが嘘だといえば、ニーナは納得するのだろうか?
嫌、おそらくはしないだろう。
そしてレイフォンも、もう隠せはしないと理解した。
「想像の通りです。僕は卑怯な男だとみんなに言われてきた」
レイフォンは語りだす。
自分の過去を、己がやったことを、失敗を……
「僕は10歳で陛下に剣の才能を認められ、天剣授受者に選ばれ、ヴォルフシュテインと呼ばれるようになりました。英雄の誕生です」
天剣授受者。
グレンダンの最強の武芸者、12人に与えられる地位と称号。グレンダン女王の、12本の剣。
汚染獣の脅威から民を護る、それこそ『英雄』と言う言葉がふさわしい存在。
故に、天剣授受者は民にとって憧れの的だ。
レイフォンは、その1人(1本)だった。
「しかし英雄とは言え、公式の報酬は多くはなかった。僕は金が欲しかった。非合法の賭け試合に出て、金を稼ぎました」
1人で生きていくのならば、あるいは普通の家族を養うのならば、それは十分すぎる報酬が得られていただろう。
だけどレイフォンには、大金が必要な理由があった。
「だけど賭け試合に出ていることを、脅す奴がいた。僕は考えた。そいつの口をふさぐ方法を……」
この話を聞き、先ほどから良い顔をしないニーナ。
当然だ、彼女は真っ直ぐで、武芸者であることを誇りに思っている。
故に、その誇りを汚す賭け試合に出ていたレイフォンの事を許せないのだろう。
しかし、その表情はレイフォンの次の言葉を聞いて更に硬くなった。
「試合で消すのは、口をふさぐいい手段でした」
「消す……?」
その言葉の意味が理解できずに、ニーナはつぶやく。
だけどそんな彼女に、レイフォンは容赦のない現実を叩きつけた。
「そう……あいつが邪魔だった。だから僕は、殺す事にしたんです。公式試合を使って合法的に」
その言葉を聞いて、ニーナの頭の中は真っ白になったような気がした。
嘘だと願う。だけどレイフォンは、冗談などと言う表情をしてはいない。
「人を……殺めた……だと……?」
震える。怒りでだ。
賭け試合に出ていたこともそうだが、レイフォンは公式試合で人を殺そうとさえした。
そんな事、武芸者として許される事ではない。
「己の利益のために、神聖な公式試合を使って……!?」
レイフォンの肩をつかみ、ニーナは激しく問いかける。
だけどレイフォンはその方の手を振り払い、冷静に答えた。
「あいつが邪魔だった。だから殺す事にした。それだけです」
レイフォンは孤児院の出身であり、故に貧しい生活を送っていた。
満足に食べられず、飢えと戦う日々。
その戦いで敗れた人物が、何人も死んでいくのを見ていた。
だからこそ、レイフォンは孤児院を、家族を助けたかった。
天剣授受者として手に入れた報酬を、そのほとんどを孤児院の生活支援へと使った。
だけどグレンダンには孤児が多い。貧しい孤児院がいくつもあるのだ。
その全てを、レイフォンにとって仲間で家族の人達を助けるにはそれでも足りない。
だからこそ、高額な報酬の出る試合に出た。
「それで、闇試合に手を染めた……」
ニーナのつぶやきに、レイフォンは頷く。
だけどそれが原因で、奴にかぎつけられた。
「あいつは天剣を譲れと、天剣争奪戦の試合で負けろと、僕を脅迫しました」
賭け試合、闇試合で儲けるためには、天剣と言う看板はまさにうってつけだった。
人目を惹き、だからこそ報酬も多かった。
故に、レイフォンは天剣を失うわけにはいかなかった。
奴の口をふさぐ事にした。
「あの日の天剣争奪戦。空の青さを、今でも覚えてる」
だから失敗もした。
覚えていたから今日、酷似した状況でつい本気を出してしまった。
だからこんな破目になってしまったのだ。
そして、レイフォンはその時、一撃で決めるつもりだった。
口をふさぐために、容赦なく殺すつもりだった。
だけどそれは相手の腕を切り落とすだけに終わり、相手の試合続行不可能と言うことで幕を閉じる。
「あいつは僕を告発し……そして僕はグレンダンを追われました」
まるで笑い話、童話のようである。
英雄は一晩で、犯罪者になってしまったのだ。
今でも、この事を思い出すのは辛い。
出来れば、あまり人には話したくない過去である。
「……それが全てです。先輩、僕を卑怯だと思いますか?」
「……………」
レイフォンの話を聞き、呆然としていたニーナに尋ねる。
おそらく彼女は、レイフォンになんと言えばいいのかわからないのだろう。
だけどそれでも、何かをレイフォンに伝えようと言葉を探し出す。
考え、考え抜いたあげく、
「お前は……卑怯だ」
レイフォンを否定し、拒絶する言葉を選んだ。
(こんなのは、痛くもなんともない。予想していた通りじゃないか)
過去を気にし、苦しんでいたレイフォン。
だけど今は、こんなことを言われても前ほど心を痛めない。
所詮、ニーナもレイフォンを裏切った孤児達と同じだという事だろう。
嫌……もしかしたら、裏切ったのはレイフォン自身かもしれない。
「ええ、卑怯なんでしょうね。そう思ってもらって結構です。そんなこと、当に自分で理解しています」
「な……」
悪い事をしたとは思っている。だけど後悔はしていない。
家族だと思っていた孤児達にも避けられたのには流石に傷ついたが、そんな彼を許してくれた人達がいた。
リーリンとフェリだ。
「わかってくれなんて言いませんよ。確かに、僕は許されないことをした。そんなことはわかっているんです」
だけど、この2人は自分を許してくれた。それだけで、十分だ。
そしてフェリは、こんな自分と一緒に行こうと言ってくれた。
だからこそ決めた、彼女を絶対に護ると。
「だが……お前は……」
ニーナが何かを言おうとする。
だけどその言葉は、ある異変によって粉砕された。
揺れる。激しく揺れた。
視界がぶれ、放浪バス乗り場にいた客達がパニックになる。
「なんだ……これは」
「都震です!」
同じくパニックになりかけたニーナに、レイフォンが答える。
幸い、揺れは案外すぐに収まった。
「都震?」
「谷にでも足を踏み外したのか……!」
要は地震。
だが、レギオスではこのような事は非常に稀で、地盤を踏み抜いたのか、または谷に足でも取られたのかしたのだろう。
だけど、そんなことはどうでもいい。
レイフォンは、それがどうでもいいことのような異変に気がついた。
(まさか……)
「待て!レイフォン」
レイフォンは脱兎のごとく走り出す。
この異変の正体を確認するために。
「何処へ行く!」
ニーナも追ってくるが、説明はせずにひたすら走った。
目指した場所は、都市の心臓部である機関部だ。
(この都震は……)
機関部にたどり着き、レイフォンは確信する。
そこには電子精霊、ツェルニがおり、幼子の姿をしていた彼女は怯えていた。
恐怖に凍りついたように、地の底を見つめている。怖くなって狭いところに隠れるように、身体を丸めていた。
「最悪だ」
昔、何度も経験した出来事。
ツェルニにはほぼ学生しかいないと言うのに、備えが全くと言っていいほどないのに、まさかこんな事になるだなんて……
「ツェルニ……?どうした………何をそんなに怯えている……?」
追って来たニーナが、ツェルニの異変を見てそうつぶやく。
理解していないのだろう。グレンダンなら、勘のいいものなら気づくと言うのに。
「すぐにでも逃げなければ……」
「逃げる……?何を、言っている……」
「シェルターに急いでください。事態は一刻を争います」
「だから、何を言っている!?」
急ぐと言うのに、理解できずに問い返してくるニーナに焦りを覚える。
(なんて平和さだ!)
ニーナは知らない。
グレンダンならば、こう言えば誰でも理解すると言うのに。
しかし、ニーナは違う。おそらく、他の学生達もそうなのだろう。
気づく人物は、一体どれくらいいるのだろうか?
「レイフォン!?」
怒鳴られ、焦りで苛立っていたレイフォンはとりあえず落ち着く。
そしてわかりやすく、誰でもこのピンチがわかるように、理解できるような言葉を短く言い放った。
「汚染獣が来ました」
「状況は?」
会議室にて、カリアンを筆頭とした生徒会役員幹部、そして武芸科を取り仕切る武芸長のヴァンゼ・ハルデイの姿もあった。
そして、この緊急の会議の内容は現在、起こっている異変についてである。
「ツェルニは陥没した地面に足の三割を取られて、身動きが不可能な状態です」
「脱出は?」
「ええ……通常時ならば独力での脱出は可能ですが、現在は……その、取り付かれていますので」
身動きの出来ないこの状況。
それを狙ったかのように取り付くもの、汚染獣。
その絶望してしまいたい状況の中、カリアンはヴァンゼに視線を向ける。
「生徒の避難は?」
「都市警を中心にシェルターへの誘導を行っているが、混乱している」
「仕方ないでしょう。実戦の経験者など、殆どいない」
学園都市なんて言うが、この都市は学生故に未熟者の集まりなのだ。
武芸者とは言え汚染獣と戦闘をした経験がある人物なんているわけないし、そもそも汚染獣との遭遇は非常に稀であり、しかもツェルニには備えが殆どない。
このパニックも、当然の事態だ。
「全、武芸科生徒の錬金鋼の安全装置の解除を。各小隊の隊員をすぐに集めてきてください。彼らには中心になってもらわねば」
カリアンの指示に、武芸長のヴァンゼは頷く。
頷くが……やや青ざめた表情で、カリアンに問いかけた。
「できると思うか?」
「できなければ死ぬだけです」
その言葉に、カリアンは冷たく言い放つ。
だけど、覆しようの無い真実。
「ツェルニで生きる私達全員が、全ての人の……いや、自分自身の未来のために、自らの立場に沿った行動を取ってください」
カリアンの冷たく迫力のある言葉に、その場にいる全員が黙って頷いた。
「……汚染獣だと?」
その言葉を聞いたニーナが震え、顔を青ざめていく。
「馬鹿な、そんな事が……都市は汚染獣を回避して移動しているはずだ」
「都市が回避できるのは地上にいるものだけです。それにしても限界はある。おそらく、地下で休眠していた母体でしょう」
信じたくないのだろう。
だけどレイフォンは、非情な事実を、そして自分の推測を伝える。
「卵が孵化して幼生が生まれてくる。餌を求めて……」
「えさ……まさか……それは……」
更にニーナの表情が青ざめる。体が震えている。
恐怖したのだろう。だが、ならばこそ都合がいい。
「だから、すぐにでもシェルターに避難を……」
そこまで、レイフォンが言いかけた時だ。
「馬鹿を言うな!」
ニーナがレイフォンを罵倒した。
「ふざけるな!避難だと?逃げるだと?そんあことが許されると思ってるのか!」
一気にまくし立てるニーナを、レイフォンは呆然と見つめた。
立派な言葉だ。本当に立派だ。それが羨ましい。
だけど彼女は、汚れを知らずに純真すぎる。
「……やはり、お前は卑怯だ。飢えたことの無い私は、お前を完全に理解できないだろう。だが、それだけの強さがあれば他の事ができたのではないか?もっと大事なものを……お前が救おうとした仲間達の心を救えたのではないのか!?」
(何を……わかった風なことを……)
ニーナの言葉が、レイフォンの心に突き刺さる。
天剣授受者だった自分を見る、孤児院の仲間達の目。尊敬するような、誇りを持っているかのような目だった。
そうでなくなった自分を見る、孤児院の仲間達の目。軽蔑するような、レイフォンを卑怯だと言ったニーナのような目をしていた。
天地が逆さまになったようなその豹変に、誰もレイフォンを理解していないのだと思った。裏切られたと思った。
唯一それを許してくれたのは、たった2人だけ……
ニーナの言葉は奇麗事だ。
だけど、確かに何か、別の方法も探せばあったのかもしれない。
だけどそれを見つけるには当時のレイフォンはあまりにも幼く、そして安直な方法を取ってしまった。
そのことをしてしまったこと事態には、後悔はしていない。
それが当時の、最良の手だと思っていた。
現にそれで、少なくとも暮らしは楽になったのだ。
陛下もレイフォンの財産を没収はしなかったので、今までレイフォンが稼いだ分は孤児院に残っていて暫くの暮らしは大丈夫なのだろう。
だからこそ、あの行動事態は間違いじゃないと思う。そう思いたかった……
孤児院の中間達に軽蔑されたのには、酷く傷ついたが……
「私は行くぞ!」
「待ってください!」
ニーナを、レイフォンが止める。
今行って、どうするのか?
確かにニーナは凄い。それはレイフォンも認める。
だけどそれは生き方、彼女の真っ直ぐさであり、実力ではない。
確かにニーナは3年生で小隊隊長を務めるほどの実力を持っている。
だけどそんな肩書きなど、汚染獣の前ではなんの役にも立たない。
「今戦わずして、いつ戦うのだ!」
ニーナが叫ぶ。
「私達武芸者が普段優遇され、尊敬されているのはどうしてだと思う。奨学金を貰い、いい物を食べているのは剄や念威を天から授かったからではない」
真っ直ぐだ。彼女は何処までも純真で強く、汚れを知らずに真っ直ぐと前を見ている。
「どんな事があっても、命を賭けて護るとみんなが信じていているからだ……!」
凄いとは思う。羨ましいとも思う。何処までも真っ直ぐなニーナのことを。
だけど命を賭けて、何が何でも護ろうと思った孤児院の仲間達に軽蔑されたレイフォンにとって、それはわからない事だった……
汚染獣が出たらそれと戦うのは、武芸者としての義務なのだろう。
だけどレイフォンは、もう武芸者ではない。
剄があろうとも、武芸者の立場を捨てた彼にその義務は無い。
今、武芸科にいるのだってカリアンに無理矢理入れられたからなのだ。
自分は……もう、戦いたくは無い。
「はぁ……」
大きなため息をつく。
気がつけば、既に機関部を出ていた。
サイレンが鳴っている。おそらく、一般生徒達の非難が行われているのだろう。
そして、武芸科の生徒達は汚染獣を迎え撃つ準備をしているのだろう。
レイフォンには関係ない。関係ないのだが……
「フェリ先輩……」
今は、フェリのことを思い出す。
嫌、フェリだけのことを考えていた。
自分には関係ない。都市がどうなろうと、誰が死のうと武芸者ではない自分には関係ない。そう思おうとしていた……
だけど、どうしても1人だけそう思えない人物が、何が何でも護ると決めた人物がいた。
汚染獣が責めてくれば当然……
思わず、腰に下げたままの錬金鋼に手が触れる。
「レイフォン君、ちょうどよかった」
そんなレイフォンにかけられる声。
レイフォンは、声の下方向を振り向く。
「……生徒会長……」
そこには余り会いたくない人物、カリアンがいた。
「もう、脅しても無駄ですよ」
脅しは意味が無い。もう、ニーナは知ってしまった。自分が話した。
そもそも、全ては話してないというが、ニーナにある程度の事情を話したのはカリアンだ。
レイフォンはもう、彼の言うことを聞く必要はない。
「そんなことを言っている場合ではない。6万人の命が懸かっているのに戦わないというのか?」
「あなただって、自分の命が惜しいだけでしょう?」
カリアンは言うが、それをレイフォンは冷ややかに返す。
建前としては立派だ。だからこそ、死にたくないからレイフォンを戦わせようとしている。
正直な話、カリアンに利用されるのは気に食わない。
「誤解しているようだね。私はこの学園を愛しているんだ。だから助けたい」
それが本心かどうか、レイフォンにはどうでもいい。
「何を白々しい事を……!あなたのかわいい妹だって、ここから出て行こうとしていたんだ」
「自惚れるのはよしたまえ。君などいなくても、どうとでもなる。為政者には想定外などない。打つ手は常にいくつもある。それが政治家というものだよ。君はコマのひとつに過ぎない」
強がりだろうか?
おそらく強がりだろう。
そんな手が、このツェルニにあるわけが無い。どんな手で、汚染獣を撃退するというのだ?
レイフォンほどとは行かないが、汚染獣を駆逐できる実力を持った武芸者がこの都市にいるというのか?
そんなことありえない。未熟者が集まる学園都市に、以下に強くとも1人でこの危機を何とかできる人物なんているわけが無い。
そう……レイフォン以外は。
「お手並み拝見……と、行きたいところですが……」
観戦するのは確かに面白そうだ。
正直気に入らないカリアンが、慌てふためく姿なんて見ものだろう。
だけど、そういうわけには行かないし……正直、気も進まないし気に入らない。
「これ、お願いできますか?安全装置の解除と、設定を2つ作りたいんですが」
錬金鋼をカリアンに投げ渡し、そういうレイフォン。
本当に気に入らない。だけど……この状況では、こうするしかない。
「レイフォン君……?」
錬金鋼を危なげな動作で受け取ったカリアンは、疑問符を浮かべてレイフォンを見る。
だけどレイフォンは、そんなことどうでもよさそうに続けた。
「別にあなたのためでも、このツェルニのためでもない。ただ僕は、僕のためだけに動くだけです」
それは、個人の我侭。
人のためとも言えなくも無いが……それは自分がそうしたいと思っただけで、結果的には我侭なのだ。
自己満足であり、己のエゴ。
「それから、都市外装備の準備も。念威操者も集めてください」
「レイフォン君!」
レイフォンの言葉に、さぞカリアンも喜んでいる事だろう。
結果的には自分のために行動を起こそうとするレイフォンだが、結果的にはカリアンの思惑通りに進んでいるのだ。
「先ほど、フェリにも声をかけた。こういう状況なら妹も協力してくれるだろう。なにせ、あの子は……」
相変わらず安っぽい笑みで、カリアンがそこまで言いかけた時だ、
「汚染獣以外にも、あなたは僕を敵に回したいんですか?」
「っ……!?」
レイフォンが殺気すら込めて、カリアンを睨む。
その殺気に当てられ、カリアンは冷や汗を流していた。
青ざめ、少しだけ震えている。それでも笑みは崩さず、平然を保とうとしているのは立派だ。
「もう一度言います。都市外装備と、念威操者をお願いします。くれぐれも『無理強い』はしないでください」
それはどういうことか、殺気すら含んで理解させる。
何故なら彼女は、念威操者として自分の力を使いたがらないから。
「少しの間僕は用があるので、はずしています。それまでに準備をお願いします。それと、錬金鋼の設定値ですが……」
それだけを言い残し、レイフォンは跳ぶ。
屋根の上を足場に、もはや飛ぶように跳ぶ。
空中を駆けながら、レイフォンは彼女の元へと向った。
「フェリ先輩!」
上空からフェリを見かけた。
着地し、彼女の前に降り立つ。
この都市で一番高い塔、生徒会塔の入り口前にフェリはいた。
おそらく、先ほどカリアンが言っていたように話をしていたのだろう。
フェリに、念威操者と戦うように。
「レイフォン……もう少し早くバスに乗っていればよかったですね。そうすればこんな……」
「それは、本当に魅力的な話ですね」
現在、汚染獣の襲撃で放浪バスは止まってしまっている。
故に、この都市を脱出する手段なんて何処にも無い。
フェリとの逃避行は本当に魅力的な話だが、それはできない。
「生徒会長と何か?」
「あなたには関係ないでしょう」
カリアンとの会話の所為で、機嫌が悪いのだろう。
レイフォンとの会話を振り切り、フェリはどこかへ去ろうとしていた。
「フェリ先輩」
そんな彼女の手を、慌てて取るレイフォン。
「……なんですか?」
そんなレイフォンに、フェリは不機嫌そうに返した。
兄の時もそうだが、この次に彼がなんと言うのかなんとなく予想して。
だけど、
「汚染獣は僕が倒しますから、今すぐ安全なところに、シェルターの中にでも逃げてください!」
レイフォンはフェリの予想を、いろんな意味で裏切った。
「……正気ですか?」
「はい」
フェリの問いに、レイフォンは真剣に答える。
「何でそんな危険を冒すんですか?あなたは戦いたくないのでは?あなたが戦わないので滅びるのなら、それはそういう運命じゃないんですか?」
わからない。あんなに嫌がっていたレイフォンが、今、戦おうとする理由がわからない。
何でこんな危険な事をするのか、戦いたくないのに戦おうとするのかわからない。
そもそもレイフォンが強いとは言え、彼1人が戦ってどうにかなるとは思えない。
レイフォンが戦わないで滅びる都市なんて、それこそ弱い都市の宿命、自然の摂理、運命なのかもしれない。
弱肉強食。弱い存在は、この世界では生きてはいけない。
「確かに危険な事をするのは嫌ですし、戦うのも正直嫌です。でも、僕ならできるんですよ。いや、僕にしかできない」
傲慢とも取れる言葉だが、これは事実。
その気になればレイフォンは、1人でこの都市を壊滅させる事が可能なのだ。
そんな彼ができなければ、この状況を誰もどうする事はできない。
「それに、僕は我侭ですから。僕が何もしなかったから誰かが死ぬなんて嫌ですよ」
さっきは、どうなってもいいと思った。
どうせ自分の過去を知れば、孤児院の仲間達の様に裏切られるのだろうと。
だから正直、関係ない人達が死ぬのにはなんとも思わない……はずだった。
でも、仲良くなった友人達、メイシェンニナルキにミィフィ達が死ぬのは悲しいし、接点を持った人達がいなくなるのは嫌だ。
関係ないと思ったはずだ……だけど自分は、どうやら未練を捨て切れていないらしい。
それに……そもそもこう思った理由だって個人の我侭。
「それがフェリ先輩なら、なおさらです」
彼女を護ると誓った。何が何でも。
たったそれだけ……それだけの理由。
汚染獣が攻めてきて、レイフォンが戦わなければこの都市は滅ぶ。
そうすれば結果的にみんな死ぬ。
メイシェンもナルキも、ミィフィも小隊のメンバーも、当然、レイフォンにフェリだって。
それだけはごめんだ。だから、レイフォンの我侭。
彼女を護るために、レイフォンは戦う。
「先輩……ですか」
「そんなわけでフェリ先輩、今すぐ安全なところへ……」
『逃げろ』と言うレイフォンに、フェリは何かを考え込んでいる。
そして、
「なんかそう呼ばれるのは嫌ですね。別の呼び方を要求します」
「え……?」
いきなり、そんなことを言ってきた。
「な…なんですかこんなときに……」
訳がわからずに問い返すレイフォンだったが、フェリは余り変化しない表情のままレイフォンに言い返す。
「私が協力してあげようと言うんです。別にそれくらいしても、バチは当たらないと思います」
「え……?」
またもや間の抜けた声を出してしまう。
それほどまでに、フェリの言葉が信じられなかった。
「だって、フェリ先輩は……」
念威操者として力を使う事が、戦う事が嫌なはずなのに……
「もちろん嫌です。でも……我侭言えない状況だってわかっています。それに……私も死にたくはありません。まだ、やりたいことも見つけていませんから」
念威操者以外の道を探しているフェリ。
武芸以外の道を探そうとしていたレイフォンと似ている。
そして、それ故に生きたい。誰だって死ぬのはごめんだ。
「あくまで……今回、だけですよ」
「はい!」
正直ありがたい。
カリアンに念威操者を用意するようには言ったが、正直、グレンダンほどの補助をしてくれるとは思ってもいなかった。
だけどそれでも、無いよりはましだと思っていたのだが……まさかフェリがやってくれるなんて予想外だ。
正直な話、彼女を余り戦わせる事はしたくないのだが……今回は非常事態と言うこともあり、彼女の許可もある。
それに、フェリのサポートを受けて迅速に汚染獣を倒したほうが彼女の危険も少ない。
「ですから、別の呼び方を要求します」
「う……」
その分の報酬も、ちゃんと要求された事だし。
「えっと……フェリちゃん?」
「小さい頃から言われ慣れてます。創造性の欠片もありません。却下」
「フェリっち」
「馬鹿にされている気がします。却下」
「フェリちょん」
「意味あるんですか?却下」
「フェリやん」
「私は面白話なんてしません。却下」
「フェリりん」
「私に笑顔を振りまけと?却下」
「フェッフェン」
「奇怪な笑い声みたいです。却下」
「フェルナンデス」
「誰ですか?却下」
「フェリたん」
「死にますか?」
「……………」
ダメ出しをこれでもかと言うほどされ、どうすればいいのかレイフォンにはわからなかった。
と言うか、『フェリたん』と言ったときのフェリの顔が怖い。相変わらずの無表情というのに、何故か悪寒がした。
そもそも呼び方、愛称と言うのは名前を縮めたり、少し変形させたりしてつけるのだけど……『フェリ』と言う名前では少しばかり難易度が高いし、短すぎる。
無理に縮めたら『フェ』になり、何がなんだかわからなくなった。
「……すいません、降参です」
「試合放棄は許しません」
ならばどうしろと、どうしようかと思う。
「ほらほら、どうしますか?」
「……フェリ」
半ばやけに言ってみる。
と言うか、短縮も変形もせず、愛称というよりも素の名前だ。
だけどフェリ曰く、『創造性の欠片もない』レイフォンには、これが精一杯の言葉。
「……ふむ……」
(あれ?)
フェリの表情が変わる。無表情だったのが、どこかはっきりとしない表情になった。
わかりにくいのに、わかりやすい表情の変化。
「創意工夫の欠片もなく、捻りもなく、先輩に対する敬意もなく、私に対する親愛の情もない」
(これもだめか……)
ないない尽くしで、ついでに容赦もない言葉。
その言葉に、レイフォンはならばどうするかと次の言葉を考えようとしていたが、
「仕方ありません。これでいいです」
「え?」
この言葉には、レイフォンは驚いた。
「ただし、もっと親愛の情を込める事……もう一度言ってみてください」
どうやら、気に入ってくれたようだ。
そして、今度の要求は簡単だった。
何故ならレイフォンは……
「……フェリ」
「……結構です」
これ以上ないくらいに、親愛の情が含まれた言葉がフェリにかけられる。
彼女の表情が少しだけ緩み、またも笑ったように感じた。
実際に微笑んでいる。レイフォンを優しい顔で見ている。
その表情が、何処までもレイフォンを癒す。
「では、約束です。帰ってきたらちゃんと、その名前で呼んでください」
「……約束します」
彼女の笑みに答えるように、レイフォンは愛しい人と約束を交わした。
絶対に戻ってきて、もう一度彼女の名を呼ぶと、そう決意して彼は戦場へと赴く。
あとがき
アレ?もうちょいレイフォンが病んでて、ぶっ飛んだ感じになる予定でしたが……どうもうまくいきません。
すでにぶっ飛んでますかね?
それはさておき、次回はついにレイフォン無双!
そしてオリキャラ、オリバーの活躍は……
武装はどうしましょう?
紅玉錬金鋼の銃で化錬剄(電気)でレールガンとかw
しかし、俺はまだ小説8巻までしか読んでないんですが、化錬剄で電気とか出せますかね?
シャンテが確か炎出してたんで、いけるかな、なんて思っていますが……
それでは、今回はこれで~