突然のメンバー交代。
第十七小隊はレイフォンだけでなく、念威繰者のフェリまでもが欠場し代わりの者が出ていた。
当初は訝しむ当事者や観客達だったが、これが生徒会や武芸長から正式に許可が出ていると知れば従うしかない。
故に不本意ではあったが、試合は代行で行われることになった。
「がんばってくださいね」
「お前は出ないのか、オリバー。どうせなら助っ人と言わずうちに入らねぇ?まだ空きがあるから大歓迎だぜ」
「冗談でしょう?俺に小隊員は向きませんよ。前の試合じゃ、ディー先輩にどうしてもって頼まれたから協力しましたけどね」
オリバーはシャーニッドの誘いを断る。
フェリの代わりである元第十小隊の念威繰者、エル・スカーレットを連れて来るのが彼の役目だ。
それ以上干渉するつもりはない。
そもそも、小隊員としてやっていくには剄が足りないことなど、自分自身で理解している。
「フェリの奴……いったいどこに?オリバー、お前は何か知ってるのか?生徒会長や武芸長までかかわっているなんて、ただ事じゃないぞ」
「知りませんよそんなこと。俺はただ、上(生徒会)に言われたから、ディー先輩とスカーレット先輩を連れてきただけなんですから」
ニーナはニーナで、姿を現さないフェリのことを気にしていた。
だが、そのことはオリバーも聞いておらず、生徒会に言われたので今回はエルを呼んだだけである。
ディンはそのおまけ。今は客席でこの試合を観戦しているはずだ。
「まぁ、確かに気になるけどよ……試合がもうすぐ始まんぜ。今はそっちのほうに集中しようや」
「む……それもそうだな」
疑問や不本意は打ち消せないが、この試合がどれほど大事なのかはニーナも理解している。
そもそも、先ほどはレイフォンに頼らなくとも大丈夫だと言うことを証明すると決意したし、フェリ自身もかなりの才能と実力を持つ念威繰者だ。
そんな天才2人がいなくとも、第十七小隊は十分に戦える。それをここにいる観客達に、何よりレイフォンとフェリに知らしめてやるのだ。
そう決意し、ニーナは戦場に立った。
「相次ぐトラブルで主力を失った第十七小隊!首位を懸けたこの試合で、スケットがどこまで活躍できるかに期待です!!」
アナウンスの声が野戦グランド中に響き渡る。
その直後に、試合開始を示すサイレンが鳴った。
念威繰者を除けば、実際に野戦グランドで動き回る人数は第十七小隊が4人なのに対し、第一小隊が6人。
数で負けていることになるが、第一小隊としては陣前で防衛する者を残さなければならないからこの戦力差はほぼなくなると言ってもいい。
実質、エルが探査した結果では、陣前に2人待機していた。念威繰者を除いた残り4人は、第十七小隊一同を迎撃するために進んでいる。
第十七小隊は、左翼からニーナを先頭にナルキとのツートップで攻めて行く。
今回は第十七小隊が攻撃側だ。故に隊長であるニーナが倒れれば即座に負けとなる。
だから第一小隊は、そのニーナを仕留めようと人員を割いてくるだろうと読んでいた。
実際に、ニーナの前には3人の人影が現れた。その中にはヴァンゼの姿もある。
「無謀な……」
ニーナの作戦を理解し、隊長自らが前衛に出てきたことをそういい捨てるヴァンゼ。
ニーナに巨躯を利用して立ち塞がったヴァンゼは、手にした長大な棍を振り回し、剄の暴風を起こす。
「無謀かどうかは……終わってから言ってもらいたい!」
ニーナが叫び、ヴァンゼによって振り下ろされた棍を鉄鞭で受け止める。
重量のある衝撃がニーナを襲い、堪えるが、足が地面に沈み込んだ。
それでも衝剄で棍を弾き飛ばし、ヴァンゼの懐に飛び込む。
槍にも言えることだが、棍と言う武器の性質上、その長さから超至近距離では振り回しづらい。
だから、ニーナが飛び込むことでその威力は半減すると読んだ。
結果は読みどおり。それを阻止しようと、2人の隊員がニーナを引き剥がそうと左右から攻めてくる。
だが、それを阻止しようと後方にいたナルキが牽制し、右側の隊員が持っていた剣に取り縄を巻きつけることに成功した。
これにより、右側の隊員の動きが止まる。剣を放せば自由に動けるが、だからと言って武器を捨てるなんて愚かな真似はできない。
武器を抑えられているために、両者とも睨み合いながら、じりじりと間合いを詰める。
ナルキが片方の足止めに成功したが、それでもニーナ側は2対1。まだまだ彼女の不利な状況だった。
ヴァンゼとニーナの実力では、ヴァンゼの方に分がある。
最上級生と言うこともあるが、その間に経験した対抗試合や武芸大会などのツェルニ内の試合であれば、ヴァンゼはニーナよりも豊富に経験している。
故に経験、実力、底力ではニーナはヴァンゼに及ばないと理解していた。
だが、ニーナとヴァンゼの戦いに第一小隊の視線を釘付けにし、その戦いの勝敗のために動くように仕向ければ、控えているダルシェナが動きやすくなる。
倒されれば負けだが、隊長自らを囮に使ったのだ。自分が倒れるのが先か、ダルシェナがフラッグを落とすのが先か。
対するヴァンゼは、確かに棍の一撃の威力は落ちたのかもしれない。最初の豪快で力任せな攻撃は打てなかった。
だが、巨躯を小さく見せるような構えで、ニーナの超至近距離戦を防ぐ。
棍と言う武器は、何も先だけが攻撃する部分ではない。
柄を使い、最小限の動きで相手の攻撃を逸らしたり、できた隙に攻撃などを仕掛けたりする。
それはまさに棒術。棍は殺傷力こそ低いかもしれないが、使いようによっては何だってできる。
突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀。汎用性が高く、猛攻によってヴァンゼの懐から追い出されたところを、背後に移動していた隊員に打ち込まれる。
ニーナはその場でしゃがみ、左手の鉄鞭で相手の剣を押し流したところで、今度は立ち上がった。
隊員はバランスを崩され、倒れるようにニーナの肩に乗る。
その過程と威力を利用し、ニーナはヴァンゼに向けて隊員を投げ飛ばした。
「うわっ!」
投げ飛ばされた隊員を避け、ヴァンゼは距離を詰めてくる。
ニーナはそのまま投げ飛ばした隊員に向けて衝剄を放ち、その反動すら利用して背後へと飛んだ。
ヴァンゼは衝剄を受けた隊員には目もくれず、ニーナへと一直線に迫る。
巨体が風を切り、棍は最長の攻撃範囲を誇る突きの形に構えられた。
ニーナは衝剄によって飛んだため、体は宙にある。空中で構え直しはしたが、踏ん張りが利かず、避けられない。
ヴァンゼの体が一瞬だけ、縮んだように見えた。脇を締めて棍を引き込んだのだ。
次の瞬間、目にも留まらぬ速さで棍が放たれる。
弾くために動かしたニーナの鉄鞭は2本とも跳ね返され、胸を強烈な衝撃が襲った。
その衝撃によりニーナが吹き飛ぶ。
「隊長っ!」
その姿に、ナルキの視線が奪われた。
その隙を、瞬間を見逃されることはなく、剣を抑えられていた隊員は動く。
一瞬、たった一瞬だけナルキの取り縄が緩んだのだ。その緩みを見逃さず、剣を取り縄から抜き取る。
ナルキが視線を隊員へと戻した時には、既にその姿は目の前にあった。
「なっ!」
「甘いぞ!新人!」
「ぬあっ!」
ナルキは衝剄に全身を打たれ、地面に突き飛ばされる。起き上がろうとしたが、全身が痺れて思うように動かない。
そうしているうちに審判により判定が下り、ナルキは行動不能となってしまった。
これにより退場、試合に復帰することはできない。誰もがヴァンゼに吹き飛ばされたニーナにも同じ判定が下り、第十七小隊の敗北だと思った。
だが、そうはならなかった。
「ぬっ!」
ニーナが吹き飛んだ先には土煙の幕がある。その幕が晴れるよりも早く、中から人影が飛び出してきた。
言うまでもなくニーナだ。ヴァンゼの攻撃の直撃を受けたと言うのに、平気そうに飛び出してくる。
内力系活剄の変化、金剛剄。
レイフォンから教えられた防御技だ。
まさか今のを受け切るとは思っていなかったヴァンゼは、反射的に受けの構えを取る。
ニーナはそのまま、ヴァンゼに全力の一撃を叩き込んだ。
上段に来たその一撃を受け止め、反撃しようとするヴァンゼだが、衝突点を起点にヴァンゼの頭上を飛び越え、ナルキを倒した隊員に襲い掛かる。
ヴァンゼと交戦していたニーナがいきなり自分の方を襲ってきたので、不意を突かれて隊員は一撃で倒された。
そしてそのまま、衝剄を当てた隊員に止めを刺す。
戦闘不能の判定が2人に下った。これで残りは5人。ナルキはやられてしまったが、人数的にはずいぶんとやりやすくなった。
観客席からは大歓声が響き渡り、ニーナを後押しする。
「……まだ、勝負は終わっていないぞ」
「強くなったな……」
棍を構えなおすヴァンゼに動揺は見られなかった。
ニーナはゆっくりと鉄鞭の構えを変えながら動く。
「あの男の影響と言うことか」
「頼り切るのは、私の性分ではない」
対峙しながら、ニーナの放った言葉に、ヴァンゼが口元を緩めた。
「なるほどな。あいつの思惑は、とりあえずは良い方向に動いているということか」
レイフォンの過去を知っていたのはカリアンだ。
彼が一般教養科に入学したはずのレイフォンを武芸科に転科させ、第十七小隊に入れるように仕向けた。
ニーナの決意にカリアンの思惑が重なったのが、第十七小隊の本格的な始まりと言える。
第十七小隊の設立を後押ししたのは何よりカリアンなのだから。
「会長には感謝している……だが、ここから先は私の道だ」
「いい返事だ」
剄を滾らせるニーナに、ヴァンゼも激しい剄の滾りで応える。
「存分に付き合ってやろう……そう言いたいのだがな」
だが、ヴァンゼの言葉には残念そうな響きが宿っていた。
「これで終わりだ」
「なっ……!?」
ヴァンゼの言葉と共に第一小隊の陣前で異変が起きた。
視界を焼くほどの光が一面を支配し、続いて歓声を飲み込むほどの轟音がグランドを蹂躙する。
轟音と衝撃に、ニーナは身構えた。
「状況は!?」
ヴァンゼが目の前にいるというのに、そのことを一瞬忘れ、ニーナは念威端子に向けて声を張り上げる。
「わ、わかりません。念威爆雷!?でも、念威の流れを感じなかったのに……ダルシェナ先輩がやられました!」
「ちぃ……」
思わず舌打ちを打つ。
フェリの代わりとして助っ人を務めるエルだが、彼の念威から伝わってくる情報は遅かった。
それは情報処理の速度に関係するのだが、それでも彼は現状を把握していない。
フェリなら不意を打たれたとはいえ、現状を把握することは出来ただろう。それだけフェリとエルの実力には差があるということだ。
最近では念威を使うことに戸惑いのなくなったフェリの実力を、今更ながらに再認識する。
だが、そんなことは今はどうでもよい。
一番の問題はダルシェナがやられたと言う事だ。
エルの報告ではダルシェナは観客の歓声に押し出されるように動いたそうだ。それならば先ほどの爆発のタイミングに合う。
タイミングが合うと言う事は……
「……爆発で視覚を封じられ、その隙を突かれました」
ダルシェナがやられ、ニーナの作戦が破られたことをエルが伝える。
念威爆雷の威力そのものはそんなにたいしたこともない。直撃さえしなければダルシェナが一撃でやられるとは思えない。
だが、大量の、しかも不意打ちの念威爆雷の光と音。
目や耳を封じられても仕方がないし、その隙を突かれて攻撃を受けたら、成す術なく沈んでしまう。
これで残りはニーナとシャーニッドとエルの3人。
ナルキと、主力であるダルシェナを失ってしまった。
だが、まだ……
「そして俺がお前を抑え。その間にシャーニッドと念威繰者を叩く……その間ぐらいは付き合ってやろう」
ニーナ以外は念威繰者と狙撃手。ポジション的に動き回れるのはニーナのみだ。
もはや打つ手はない。
「お前の負けだ。ニーナ・アントーク」
まだ勝てる。
心でそう念じているのに、それを力として鉄鞭を握ることが出来ない。心を折られてしまった。
棍を構えるヴァンゼの巨体が、ニーナには必要以上に大きく見える。
試合後、控え室にて、視力を回復したダルシェナの視線にニーナは思わず視線をそらしてしまいそうになった。
この室内には、荒れ狂うダルシェナの怒りの気配が充満していた。
「っ!」
声もないまま、ダルシェナの怒りが暴発する。
強烈な破壊音。暴発と共にダルシェナの蹴りが飛び出し、罪もないロッカーに向けられた。
まさに八つ当たり。その一撃が並べられたロッカーのひとつを盛大に折り曲げ、床の上を跳ねた。
「落ち着けよ、シェーナ」
「……落ち着け、だと?」
疲れ果てた声で、ドア側の壁に避難したシャーニッドが言う。
だがダルシェナは、その言葉にも怒りを抱いて睨みつけてきた。
「私は……ここまで無様な試合をしたのは初めてだ」
あまりの怒りに声を荒げることすら出来ず、反って冷静に、あまりにも冷たい声で言った。
結局、あの後もニーナとヴァンゼの一騎打ちは行われなかった。
ヴァンゼの攻撃が来ると思った瞬間、ニーナは狙撃されたのだ。
シャーニッド達に小隊員を向けるという言葉自体フェイクで、隊長であるニーナを倒せば試合は第一小隊の勝利で終わる。
武芸長の迫力に押され、周囲への注意を怠ってしまった結果だ。
しかもニーナは、ダルシェナに自分のことは心配無用だと言っておきながらこの様である。
試合終了のサイレンを、ニーナはグランドに倒れたまま呆然と聞くしかなかった。
「くそっ!」
ダルシェナが怒りに任せ、もうひとつロッカーを破壊した。
流石にこれ以上は放っておけないと、シャーニッドは忠告する。
「いい加減にしとけよ」
「だが……っ!」
睨み返してくる威圧的な視線に、シャーニッドは顔をしかめた。
「回りに頼ってばっかで周囲の注意を怠ったろう?もう前だけ見てりゃいいなんてことはねぇんだぜ」
「っ!」
その一言でダルシェナの顔が引きつった。
唇が僅かに開き、怒鳴ってくるかと思ったが、ダルシェナは何も言わないままに唇を閉じて、噛み締めた。
「くっ……」
「ダルシェナ先輩!」
閉じられた唇から舌打ちのようにそれだけを零すと、その後は無言で控え室を出て行く。
その後姿を、エルは見送ることしか出来なかった。
「ま、後はディンがなんとかするだろ。お前さんも気になるってんなら、行ってきな」
「ですが……」
「気にしなくていいっての。お前さんはよくやってくれたぜ。ただ、作戦負けってだけだ」
「はぁ……」
「いいからシェーナを追ってやれ」
「すいません……」
シャーニッドに促され、エルが後を追っていく。
本来は自分が追いたかっただろうが、シャーニッドにはそれよりも優先するべきことがあった。
「……ま、俺はうまくやれた方だと思うがね」
ニーナのフォローだ。
だが、シャーニッドの言葉はニーナには慰めにしか聞こえなかった。
「……どこがだ?」
だから思わず、刺々しく反論してしまった。
「無様な試合だったのは事実だ」
皮肉気に、自嘲するようにニーナは言う。
それに頭を掻きながら、気まずそうにシャーニッドは続けた。
「ま、それはそうなんだけどな。ヴァンゼの旦那の作戦勝ちだ。シェーナの弱点をこれでもかってくらい正確に突いてきた。念威爆雷の仕掛けようなんて見事だっただろ?」
ダルシェナを無力化した念威爆雷の仕掛けだが、あれは試合前に念威端子を土中に埋め、念威での接続を断っていたようだ。
そうでなければエルも念威の流れを読むことが出来ただろうが、ギリギリで念威を通して爆雷として使用したために気づくことが出来なかった。
念威などを使うことがない汚染獣相手にするなら必要のない技術だが、対人戦では効果的な技術だ。
フェリだって全力を出さず、初見ならば騙されたかもしれない。もっとも、二度目はないだろうが。
「まぁ、なんだ。ニーナもレイフォンに技を教えてもらったみたいだが、それひとつで何でも切り抜けられるようなもんでもねぇだろ?第一小隊は甘くなかった。そういうこったろ?」
「だがっ……!」
シャーニッドの言っていることはわかる。だが、それだけでは納得できなかった。
レイフォンが怪我をして試合に出られないと知って、全てが終わってしまったとさえ思ってしまった。そんな自分が許せない。
レイフォンがいなければ何もできないなんて、認めたくはない。
勝ちたかったのだ。今回は、今回だけは、いい勝負だったと言う言葉で終わらせたくはなかった。
実際には、いい勝負にすらならなかった。
これで、病室で待つレイフォンになんと報告すればいい?
打ちひしがれるニーナに、シャーニッド達はなんと声をかけるべきなのかわからなかった。
「負けましたか……まぁ、仕方ないですね」
「フェリ!?」
突如降り注いだ言葉に、ニーナはがばりと視線を上げる。
その声の主は、第十七小隊念威繰者のフェリだ。
そこにはフェリの念威端子が浮かんでおり、ニーナ達に向けて語りかけていた。
「お前、いったいどこに……」
「まず、試合を無断でサボったことはすいませんでした。ですがこちらにも事情がありまして」
「事情、だと?」
ニーナの問いは何故、試合に来なかったのかだ。
それに対し素直にフェリは謝罪し、その事情とやらを念威越しに語る。
「ツェルニを汚染獣が襲撃しています。いえ、正しくはツェルニ『が』汚染獣『を』襲撃しています」
「な、に……?」
その事情に、ニーナは口をあんぐりと開けて呆ける。
最初は対抗試合、しかも首位を懸けた試合以上に大切なものがあるのかと思った。
だが、この事実を聞いてニーナは呆けるしかない。呑気に試合をやっている場合ではなかったのだ。
フェリに知らされた事実を未だに非現実的に感じながら、ニーナはハーレイを睨む。
「ぼ、僕は今回関係ないからね!」
試合後、ダルシェナが怒り狂ってから今までずっと、何食わぬ顔で全員の錬金鋼をチェックしていたハーレイは慌てて無罪を主張する。
「て言うか……え?もしかしてそう言う事なの?あ……そう言えば今日、キリクが研究室にいた気がする。ああ……あれってもしかして……うわぁ、ずるっ!」
が、思わず本心を口にして、ハーレイは更にニーナに睨まれた。
「そう言う問題じゃないだろ……まったく。おい、フェリ!」
今度はフェリを怒鳴り飛ばすニーナだが、フェリは相変わらずマイペースに対応した。
「事情は説明しますが、詳しくは兄に聞いてください。今、通信をつなげます」
事情はフェリよりも、都市の責任者であるカリアンの方が詳しい。
ニーナもレイフォンに汚染獣の討伐を命じたであろうカリアンに連絡がつながるのを待っていた。
「あの……どうなってるんですか?それに汚染獣って……」
今まで黙っていたナルキが、戸惑いながらシャーニッドに質問する。
事情がさっぱりわからない。それに先ほど出た単語、汚染獣。
都市の存続が懸かるほどの脅威に、ナルキはあの幼生体戦のことを思い出しながら戦慄した。
「あいつが無茶をしてる、つぅことさ」
「え?」
あいつとはレイフォンのことだ。それくらいはナルキにもわかる。
だが、いったい何をしているのだろう?
そんなことを考えていると、念威端子越しにカリアンとの連絡がつながった。
「やぁ、知ってしまったようだね」
「知ってしまった……ではない!」
流石に苦味のこもったカリアンの言葉に、ニーナは感情のまま怒鳴りつける。
「どうして、レイフォンをそんな危険に巻き込む?」
「できるなら、私だって彼には武芸大会に集中して欲しいと思っているよ」
ニーナの非難に対し、カリアンはそう返す。
それは彼としても本心なのだろう。現在、ツェルニは崖っぷちなのだ。
残るセルニウム鉱山はひとつだけ。レイフォンにはその現状を打破するために武芸科に入ってもらったのだから。
「だが、状況がそれを許さない」
「いったい今度は、何が起こったんです?……フェリが言ってた、ツェルニが汚染獣を襲撃しているとは?」
カリアンの低い声に、まずニーナは冷静になる。
怒りに身を任せても話がこじれるだけだ。まずは事情を聞かなければならない。
「言葉のままの意味だ。都市が暴走している」
「なんですって?」
「だから、都市が暴走しているんだよ」
わけがわからず問い返すニーナだが、カリアン自身も状況を整理できていない。
声には苛立ちが混じっていた。
「汚染獣の群れに自ら飛び込むような真似をしている……そんなこと、誰かに簡単に明かせると思うかい?」
確かに、一般生徒に知られれば混乱になるだろう。
本来なら、ニーナ達にだって黙っておきたかったはずだ。
「しかし……」
「もうひとつ……この間の幼生体との戦いで十分身に染みたと思うのだけどね。我々は、やはり未熟者の集まりなんだよ。幼生体との戦いでさえ、あんなにも苦労した。いや、レイフォン君がいなければ、彼らの餌となっていただろう」
その言葉に言い返せず、ニーナは唇を噛んだ。
確かに、ニーナ達学生では汚染獣とまともに戦うことはできない。
あの硬い殻を、学生達は破ることができなかった。殻の上から打撃を与えて、少数だが何とか倒せはした。
だが、それでは数に追いつかないし、殻を破るほどの一撃が繰り出せればもっと楽に戦えたはずだ。
その後の老生体戦なんてまさにお手上げ。レイフォン1人で倒してしまった。いや、レイフォンしか倒せなかった。
策を考えることくらいはできるだろうが、その作戦を学生が達成できるのか?
幼生体より遥かに強く、硬い殻を持つ老生体をレイフォン以外に屠ることのできる武芸者がいるのか?
そんなもの、いるわけがない。
この未熟者が集まる学園都市は、レイフォン・アルセイフと言う個人に頼る以外道がないのだ。
「彼でなければ解決できない。これは、動かしがたい事実だ」
「くっ……」
その事実に、レイフォンに突き飛ばされたような気がした。
実力差なんてとっくに理解している。そう簡単に届くことのできない高みにいるのがレイフォンだ。
それに追いつこうと努力しているのに……まるで追いつくことを許されないような気分になった。
「だが……」
カリアンの声が、沈みかけたニーナを引き上げた。
「君達が来ることを望めば、行けるように準備をしておいてくれと頼まれている」
「え?」
老生体戦の時は黙って、連れて行こうとしなかったレイフォンがそういっているのだ。
戦闘において、ニーナ達は足手まといにしかならないと言うのに。
その真意が気になった。
「どういうつもりなのかは、彼に直接聞いてくれたまえ。で、どうする?」
気になるが、カリアンに返す返答は決まっている。
「もちろん、行く」
「やはりね」
即答し、それにカリアンが頷く。
「君ならばそう言うと思っていたよ。準備は既に整っている。すぐに下部ゲートに来たまえ」
「了解した」
カリアンの指示に従い、ニーナはすぐさま準備を始める。
「まったく……あいつは何を考えてんのかね?」
「さあな。だが、放って置くわけにはいくまい」
「まぁな」
「あの……一体何が?」
シャーニッドとニーナの会話に付いて行けず、ナルキは再び質問をした。
先ほどのカリアンとの話を抜粋すると、なにやらレイフォンが汚染獣の討伐に向かったらしい。
だが、それを聞いても事実として受け止めることはできない。レイフォンが強いとは理解しているが、いくらなんでも1人で汚染獣を倒すなんて無茶すぎる。
とても信じられる話ではない。
「なに、見ればわかるって。シェーナも呼ぶか?」
「そうだな、彼女も今では第十七小隊の一員だ。手早くな」
「おおよ」
ダルシェナも呼び出し、第十七小隊はすぐさま下部ゲートへと向かうのだった。
ランドローラーを4時間も走らせると、その場所に着いた。
「あそこさ~」
ハイアに促され、岩場の影でランドローラーを降り、そこから活剄で視覚を強化してみる。
その視線の先には乾いた荒野の景色と、すり鉢状に陥没している地面があった。
最近、地盤沈下か何かがあったのだろう。その斜面には、その原因であろうものが半ば埋まった状態で動いていた。
汚染獣達だ。
「一期か二期……」
「そんなところだろうさ」
レイフォンのつぶやきにハイアが頷く。
おそらくはあの地下で母体が幼生体を産んだのだろう。
都市が近寄ることはなく、既に母体は幼生体の餌となったはずだ。
その後も共食いを重ね、成体となったのがあの汚染獣達だ。
「数は12体ですね」
「前情報通りさ」
念威でフェリからの報告が入り、それに満足そうにハイアが頷く。
現在休眠中だった汚染獣達だが、都市と言う最高の餌場が近づいてきていることを感じ、休眠状態から目覚めようとしていた。
「もうちょい遅かったら、都市に直で来られてたさ」
言いつつ、片手で指示を出しながらハイアは背後にいる部下を配置につかせる。
「さて……うちが受け持つのは半数の6体。そう言う契約さ」
「知ってるよ」
そっけなくレイフォンは頷き、剣帯から複合錬金鋼と青石錬金鋼を取り出す。
柄尻同士を組み合わせることができるのは前の錬金鋼と同じだ。
そうしておいて、スティックの錬金鋼を教えられた組み合わせに従ってスリットに差し込んでいく。
カリアンに事情は聞いていた。
サリンバン教導傭兵団は言葉どおり傭兵集団だ。
金によって都市に雇われ、汚染獣の討伐や、都市同士の戦争に参加する。
カリアンも汚染獣対策のため、彼らと交渉した。
だが、ハイアの提示した金額は到底ツェルニに支払えるものではなかった。
学園都市の主な収入源は研究や新技術、あるいはそれを開発するための実験、検証のデータの売却によるものだ。
学園都市が未熟者でアマチュアの集まりとはいえ、やはりそこは『学園』都市。学ぶための場所であり、上級生となれば各都市で研究員になれるくらいの知識は身に付く。
そこで研究や開発されたデータは、専門分野において直接的な発見や新技術の土台となることもあるが、そこで行われた実験や検証のデータそのものもまた、他の都市の研究機関には意味を持ってくる。
そういうものを売ることによって学園都市は利益を生むのだ。
ただ、学園都市であるために利益を利益のみを追求しない。生じた利益は主に学生達の援助、様々な保障制度のために使われる。
それらを踏まえてハイアの要求する金額は、ツェルニの財税事情からして支払えるものではなかったと言うことだ。
そこでカリアンとハイアの間で妥協案が上げられ、締結した。
支払える金額をカリアンが提示し、その数で動かせる傭兵の数をハイアが提示する。
動員できる傭兵の数で一度に相手できる汚染獣の数が決められ、その残りをツェルニの戦力で対処する。
つまりは、レイフォンが対処することになったのだ。
「半分はくれてやる。好きに狩ればいいさ」
「……むかつく物言いさ」
正直な話、雄性一期や二期の12体ぐらい、レイフォン1人で十分だ。それが例え病み上がりだとしても。
そんな物言いのレイフォンにハイアは気分を害するが、本人はもう聞いてはいない。
「やめておけ。天剣を持つことができる武芸者とは、そういうものだ」
ハイアの怒りをフェルマウスが宥める。
「天剣を持つことができると言うことは、すなわち他者の追随を許さぬ実力を持つと言うことだ。戦場に何人の味方がいようとも常に1人。それが天剣授受者。隣に立つことが許されるのは、同じく天剣授受者だけだ」
「けっ」
宥めたフェルマウスに対し、都市外でなければ唾でも吐いていたであろう顔でハイアは言った。
「結局、協調性がないってことさ~。俺っちが天剣を握ることになっても、そんなことにはならないさ」
「まず、あなたが天剣になれるかどうかが疑問ですが」
「うるさいさ!」
フェリにそう突っ込まれ、ハイアは怒鳴り返す。
その様子をフェルマウスは感情を感じさせない機械的な声だが、雰囲気的に微笑ましそうに言った。
「期待している。私も、リュホウもな」
意味深なそのせりふに興味を持ったが、レイフォンは自分から尋ねることはなかった。
それよりも準備だと、スリットにスティック型の錬金鋼を入れ、剄を流す。
「レストレーションAD」
復元鍵語に反応し、複合錬金鋼が形を変える。
爆発的に増加した重量が腕にのしかかった。
「……あの人は」
だがその形に、復元された剣の形状を見てレイフォンは顔をしかめた。
人のことを強情だとか、頑固だと言いながら、自分はどうなのかと思った。
手にした剣は、確かに剣ではあった。片刃でほんの僅かに曲線を描いてはいるが、一応剣だ。
刀のようではあるが、刃の部分でそれがわかる。切れ味よりも頑丈さを優先している刃には、刀特有の透明感はなかった。
(まぁ、これぐらいなら、前のだってこんな形だったし)
それに、汚染獣の硬い甲殻を切るにはこの形がやりやすいのも確かだ。
「さて……」
「おい、もうちょい待つさ。寝ぼけてる時より起きてる時の方がやわいさ~」
レイフォンが行こうかと、剣を構える。そこでハイアが待ったをかけた。
休眠状態の汚染獣は、甲殻の密度に変化でも起きているのか、非常に硬い。
起きた時、行動する時には動きに支障が出るためか、多少は柔らかくなる。
休眠中に同類に共食いされないためだと言われているが、果たしてどうなのか……
近づいてくるツェルニの存在を既に感じ取っているであろう汚染獣達は、地面に半ば埋まったままで、身悶えをしているだけだ。
おそらくは殻の硬度を下げて動きやすくしているのだろう。そうなった方が、ハイア達としてはやりやすいようだ。
だが、レイフォンからすればなんら問題はない。硬いとは言っても老生体ほどではないのだ。所詮は雄性一期と二期。その程度ならば容易に破れる。
「……僕の分だけ片付けても別にいいけど」
「むかつく。お前にチームワークの素晴らしさを教えてやるから、黙って待つさ」
そこらにあった巨岩の上にどっかりと腰を下ろしたハイアを、レイフォンは無視して汚染獣に仕掛けようとしたが……
「まぁ、もうしばらく待ってください」
念威端子からのフェルマウスの声で足を止めた。
ハイアを見るが、フェルマウスの声が聞こえている様子はない。
「今は、あなただけに話をしています」
「どうしてです?」
接点が今までなかったフェルマウスの申し出に、レイフォンは平常を装いながら声を潜める。
「ハイアはあなたに興味があったのですよ。リュホウはよく、兄弟弟子(デルク)の話をしていましたからね。その弟子であるあなたが天剣授受者になったことを、我がことのように喜んでいました」
機会音声のような声なのに、その言葉には懐かしさが感じられた。
この人は、フェルマウスはデルクを、養父を知っているのではないかと仮説を立てる。
「あなたは……」
「私は、リュホウとは小さなころからの馴染みでしてね。まぁ、歳はリュホウの方がずいぶん上なんですが、デルクとも面識があります……今の私を見て、彼が私を認識できるかどうかは謎ですがね」
案の定知っていたようで、この発言から仮面に隠れたフェルマウスの素顔を思い出した。
元の顔は知らないが、ああも変わり果ててしまえば確かにわからないだろう。
「あなたには、私も会いたいと思っていた。ですが、グレンダンに帰る予定は今のところなかったので、諦めてはいたのですがね。まさか、こんな形になるとは思いませんでした」
「そうですね、僕も思いませんでした。だけどこれでよかったと思いますし、後悔はしてません」
「む……」
どこか気まず気に言ったフェルマウスだが、レイフォンの割とあっさりとした返答に呆けてしまう。
レイフォンの発言の根拠はやはりフェリだ。彼女に出会えたからこそ、過去のことはあまり気にしていない。
「それはそうと……陛下は、廃貴族をどうするつもりなんですか?」
だが、これは気になってしまう。
ハイアには聞けない、と言うか答えないだろう質問をフェルマウスに向けてみた。
よくわからないが、廃貴族がいたから今のような危機になっているらしい。
いなくなるならそれが一番いいのだが、持ち去る先がグレンダンとなれば気楽には考えられない。
あそこには、リーリンやデルク達がいるからだ。
「さて、どうするつもりなのか……私も知りたいですね。ただ、サリンバン教導傭兵団とは、廃貴族を探し、持ち帰るために結成された集団です。代替わりしても命令に変更がないということは、当時の陛下にではなく、王家になにか、利用法が秘されているのでしょう」
サリンバン教導傭兵団を結成したのは、先代のグレンダンの王だ。
それが現在の王、アルシェイラになっても命令が変更されないと言うことは、まさにそう言うことだろう。
もっとも彼女の場合、めんどくさいとか言う理由がありそうだが……
「ずっと、陛下の命令を守って探していたんですか?」
「さて……初代が生きていたころは使命感のようなものがあったような気もしましたが、リュホウの代になってからは、ずいぶんとそれも薄くなったような気がします。そもそも、リュホウはそんなことがしたくて傭兵団に入ったわけではありませんから」
「え?」
「リュホウはただ、世界をもっと見て回りたかっただけですよ」
意外な答えに、レイフォンは言葉を失った。
なんと言うか、それだけの理由でサリンバン教導傭兵団の団長になったのかとも思う。
「そのために、デルクには不自由な思いをさせたと、よく漏らしていました……そんなデルクの弟子から天剣授受者が生まれたと聞いて、リュホウは本当に喜んでいましたよ」
「……………」
だが、その弟子はデルクの顔に泥を塗るような真似をした。
賭け試合に出たことを後悔していないとは言え、やはり育ての親から教わった刀技を汚したのは心苦しい。
それ故にレイフォンは、今でも刀を握れないのだ。
「だから、ハイアはあなたのことが嫌いなんですよ」
「どうして、ですか?」
聞くまでもない。
師に教わった流派を、サイハーデンの名を汚したからだろう。
「そうではありません」
レイフォンの思考を読んだのか、フェルマウスは否定する。
「ハイアはグレンダンの生まれではありません。雇われた都市で孤児だったのを、リュホウが拾ったのです。拾った時には生意気盛りのひねくれた子供でしたが、リュホウの強さに心服していましたし、そうしているうちに親の情のようなものもできてきました。親が、他人の子供を手放しに褒めているところなんて、見たくないでしょう」
「……よくわかりませんよ」
言葉に詰まる。レイフォンだって孤児であり、本当の親の情なんて理解できない。
だが、デルクが他の弟子を褒めていたりしたら確かに面白くはないだろう。
そんなことを考えながら、フェルマウスの言葉に耳を傾ける。
「ハイアは、廃貴族を手に入れてグレンダンに帰りたいんですよ。その理由は天剣を手に入れるためです。デルクの弟子にできることが、リュホウの弟子にできないわけがないって、証明したいのですよ」
フェルマウスが笑った。機械的な声で、押し殺した笑い声を表現する。
それがとても奇妙ではあるが、妙にくすぐったい気もした。
なんと言うか、とても微笑ましそうな雰囲気だった。
「今まで黙って話を聞いてましたが……子供なんですね」
「まさしくそのとおりです」
話にフェリが割り込んできて、それにフェルマウスが同意する。
その姿はやはり、親のようでもある。と言ってもレイフォンは、本当の親がどういうものかは知らないが。
「そんな理由でちょっかいをかけられるこちらとしては、堪りませんね」
「申し訳ありません。ハイアにはきつく言い聞かせておきます」
「ええ、先ほど以上の説教を頼みますよ」
「ははは……」
何気にフェルマウスとフェリは意気投合した。
ハイアと言う、共通のいじる対象を見つけたからだろうか?
「それはそうとフォンフォン、撮影の準備は終わりました。隊長達にも連絡を入れ、今、こちらに向かっています」
「そうですか、ありがとうございます」
「いったい何を?」
「こちらの話です。あなたには関係ありません」
「む……」
が、フェリのフェルマウスへの対応はどこかそっけない。
今の会話は、この汚染獣戦を映像に記録する準備が終わったと言うことだ。
ニーナ達を呼んだのも、実戦を見てもらうためだ。
レイフォンの戦い方は個人技で、圧倒的な技量と剄があるからこそできることだ。その戦い方は一般の武芸者には真似できない。
だが、傭兵団の戦いならば参考になる。
集団戦を得意とし、熟練した彼ならばニーナ達が学ぶべきことは山ほどあるはずだ。
そもそもグレンダンでは、初陣の前に後見人とは別に熟練の武芸者と汚染獣の戦いを見せる習慣がある。
戦場の空気を感じ取り、汚染獣の恐ろしさを肌身で感じさせてから戦わせるのだ。
その方が覚悟もしやすいし、事前に自分の中で戦い方を模索させやすい。
汚染獣と頻繁に遭遇するグレンダンだからこそある習慣だ。
「それにしても、あなたはかなりの念威の才能をお持ちだ」
「褒めても何も出ませんよ」
「いやいや、そう言うことではなく……」
それでもフェルマウスは話題を変えて交流を図ろうとするが、フェリは相変わらず冷たかった。
「さ~て……」
ここで、巨岩に座っていたハイアがのそりと立ち上がる。
汚染獣達は休眠状態から抜けきったようで、体を震わせ、翅を広げていた。
「そろそろ行こうか」
ハイアのつぶやきに合わせ、各所でのんびりと待機していた傭兵達から静かな剄の高まりを感じた。
汚染獣を刺激しないように配慮された剄の高まりだ。
「さて、僕も行きますか」
「フォンフォン……無茶はしないでくださいね」
レイフォンを剄を高め、戦闘態勢を取る。その様子を見て、フェリが心配そうに声をかけた。
それも当然だろう。なんたってレイフォンは病み上がり。万全ではない状態で戦うのだ。
それで心配でないわけがない。
「大丈夫です。調子は悪くないです。むしろ、絶好調ですよ」
気分が高揚している。肉体的コンディションは良好とは言えないが、精神は高まっていた。
フェリが後ろにいる。フェリを護るために戦う。
それだけで、レイフォンが戦場に立つには十分な理由だ。
「スタートのタイミングだけは合わせろ、1匹でもツェルニに向かわれたら厄介だ」
「誰に言ってるさ」
皮肉のようなレイフォンの言葉に、ハイアも戦闘前と言うことで高揚した状態で言う。
余計なお世話だとでも言うように。
「俺っち達は戦場の犬さ~。噛み付き方を他人に教えられるような子犬と一緒にすんな」
「能書きはどうでもいい」
レイフォンは複合錬金鋼の大剣を肩に担ぐように構えた。
ハイアも同じように、鋼鉄錬金鋼の刀を肩に担ぐように構えている。
「1匹も逃さず刈り取れ」
瞬間、レイフォンから衝撃波が走った。衝剄をそのまま解き放ったのだ。
前方に、ただ無作為に放たれた衝撃波は地面を砕き、土煙が渦を巻きながら汚染獣達を飲み込んだ。
「狩りの時間さ!」
ハイアが叫び、一足先に土煙の中に飛び込んでいく。
その後を追うように、傭兵達も動き出した。
「レストレーション02」
レイフォンは青石錬金鋼を鋼糸に変える。
土中の中から飛び出してきた1体に目を付けると、足に集中させた剄を解放した。
内力系活剄の変化、旋剄
足場の巨岩を踏み砕き、高速で飛び出す。
土煙から出てきた汚染獣は、蛇に似た体躯をうねらせ、翅を震わせて大気をかきむしるように上昇していた。
だが逃さないし、飛ばせはしない。距離を詰め、下からむき出しとなった汚染獣の顎に向けてレイフォンは大剣を振り下ろした。
硬い甲殻をやすやすと切り裂き、それでも先ほど行った旋剄の威力は落ちていない。
振り下ろす動作の過程でレイフォンは汚染獣の顎から胴体の半ばをすり抜け、大剣の刃はその体躯を切り裂いた。
斜めに分断されて崩れ落ちていく汚染獣を尻目に、着地する。
旋剄の勢いがまだ死んでいなかったのでそれを殺しながら、柄尻つなげていた錬金鋼を外す。
未だ土煙が周囲を覆っていたがフェリのサポートがあるために不自由はない。
と言うか、休眠状態から目覚めたばかりのところを衝撃波で混乱させるために衝剄を放ったと言うのに、それで後先考えずに土煙で惑わされるようなら情けない話だ。
念威繰者がいるから、フェリがいるからレイフォンはこの行動を選択した。
倒すべき汚染獣は残り5体。
勢いを殺しながら鋼糸を伸ばす。5体全てに鋼糸が巻き付いたのを確認し、レイフォンは青石錬金鋼を手から離した。
その結果、鋼糸に結ばれて汚染獣達による引っ張り合い。
まずはこの土煙から抜け出そうと飛び上がった汚染獣達だが、その結果がこれだ。
鋼糸でつながり、互いに四方に飛び上がろうとしているためにうまく飛べない。
勢いを殺され、バランスを崩したために汚染獣達は地面へと落ちて行く。
「次だ……っ!」
そうつぶやき、体内で充填させていた活剄を爆発させようとしたところで、レイフォンの背中に激痛が走った。
その痛みに思わず膝を突く。
「フォンフォンっ!」
「心配いらないです。ちょっと、背中の傷が開いただけで」
「それはちょっととは言いません」
フェリの説教を受けつつ、レイフォンは苦笑した。
「ちょっとですよ。痛みますけど、別にスーツが破れたわけじゃない」
都市外装備、遮断スーツが破れ、制限時間を与えられて戦うよりは遥かにマシだ。
活剄を爆発させ、膝を突いた姿勢から宙に飛ぶ。
土煙を裂いて、諦めずに空を飛ぼうとあがいている1体の頭の上に着地した。
「止まれない場所にいるんです。止まる時は死ぬ時だ」
ここに立った以上、自分の体の状態など言い訳に過ぎない。
汚染獣を倒しきれなければ、死ぬのは自分だ。
痛みによって止まってしまえば、その隙を突かれて殺られるのは自分だ。
殺らなければ殺られる。
大剣を振り下ろし、汚染獣の首を切り下ろす。
大剣の切れ味に申し分はない。前回の時のようにすぐに熱がこもることもない。
生み出す斬線に揺らぎがないことも原因のひとつだろう。肉体のコンディションは万全とは言えないのだが、精神的には最高だ。
崩れていく汚染獣の上で、レイフォンは空を見上げた。
汚染獣と戦っている時に見る空はいつも錆びたような赤色をしている気がする。
汚染物質の濃度がそれだけ高いと言うことだろう。もしかしたら、フェルマウスの言っていたことは本当のことなのかもしれない。
「調子はいいんですよ……今日は、この空だって斬れそうだ」
前回の老生体戦のことを思い出す。あの時と同じくらい調子は良かった。
天剣なしで老生体を屠れるとは思わなかったし、今はあの時の老生体と比べれば遥かに弱い汚染獣が相手だ。
全然、微塵も負ける気はしない。
「そんなことはどうでもいいですから、さっさと終わらせてください!」
「わかりました」
フェリに叱られ、レイフォンは苦笑する。
落ちて行く汚染獣の頭部を踏みつけ、再び宙を舞って次の獲物へと襲い掛かった。
あとがき
さて、次回はいよいよエピローグになるかなと思うこのごろ。
予定、あくまで予定ですが、次回で5巻編は終わる予定です。
さてさて、廃貴族は一体どうなるのでしょうか?
それから、前々から書くと言っていたフォンフォン一直線のレイフォン×フェリの18禁バージョンですが、先日上げました。
バンアレン・デイの夜のお話。興味のある人はXXX板を訪れてみてください。
更に、同じくXXX板の方の黒メイドもお願いしますw
最近、『真剣で私に恋しなさい』を購入したこのごろ。
そして面白いですね、あれ。すげー良かったです。
そして京とワン子かわいいよ~!
一番手に京で、次にワン子を攻略しました。しかしあのPCゲーム、なんと言うのかエグい。
いや、面白かったんですが腹立たしい場面や、むかつくキャラが多いこと多いこと……
とりあえず2-Sの着物女と、歴史教師のマロ?は、死んでくんないかなと本気で思いました。
それからクリスは本当に空気読めと……
それはさておき、本当に声優が豪華でした。ってか、キャストに山口勝平って……
この名前を見た時は本当に驚きました。何してるんだウソップw
犬夜叉やL、工藤新一など様々な役を演じる声優さんがまさかエロゲーに出るなんて……まったく予想できませんでした。
それにしてもほうでん亭センマイさん、なんだか銀さんの声に似ていたなぁ……
しかしまぁ、あのゲームは本当に面白かったです。
つーか、百代姉さんのキャラが最高と言うか、最強と言うか……執筆すっぽかして、はまってしまいそうで怖いです(汗
とにかく、次回もがんばります。では~