「うわあっ!?」
夜中だと言うのに、夢に魘されて目を覚ます。
「夜中にうるせぇぞ!レイフォン」
「す、すいません……オリバー先輩」
隣の部屋のオリバーが起きてきて、苦情を訴えてきた。
寮の壁という物は案外薄く、少し騒げば音が隣に聞こえるのだ。
当然、叫び声を上げたレイフォンの声はオリバーの睡眠を妨害する。
「まったく……悪夢って奴か?いい歳して夢に魘されてんじゃねーよ」
「はい……」
オリバーの言葉に頷くレイフォン。
そう、まさに悪夢なのだ。
カリアンに弱みを握られ、それをばらされたくなければ小隊戦に勝てと言われた。
それはまごうことなき脅迫であり、レイフォンの悪夢はそれをばらされた時の事。
レイフォンの過去の行いをフェリやニーナ、この学園中の生徒にさらされた時の悪夢だ。
『レイフォン、あなたを軽蔑します』
フェリにそんなことを言われる夢を見た。
『卑怯者』
ニーナに罵倒される夢を見た。
『もう、話しかけないでください』
メイシュンやナルキ、ミィフィに見放される夢を見た。
その他にも、ツェルニ中の学生から非難される夢を見た。
「おい?どーした、レイフォン。大丈夫か?」
「あ……はい、大丈夫です……」
こうして自分の心配をしてくれたり、気軽に話しかけてくれるオリバーもいるが、彼も事実を知ったらレイフォンを批判するのだろうか。
嫌、おそらく批判する。自分を罵倒する。
レイフォンは、そう思っていた。
「そうか?じゃ、とっとと寝ろ。明日も学校だろうが」
「はい……すいませんでした」
知られるわけには行かない。誰にもだ。
だが、だからと言って小隊戦に勝利してどうする?
自分が本気を出し、試合に勝つこと事態は可能だ。簡単過ぎる。
だけどそれで勝ってしまえば、次は生徒会長は何を要求してくる?
レイフォンを無理矢理武芸科に転科させ、小隊に入れたカリアンは次に何を望む?
ずっと弱みを握られ、レイフォンは脅され続けるのか?
そんなことはごめんである。
だが……ならばどうする?どうすればいい?
レイフォンにはわからない……わからないまま、その日は来た。
第十七小隊の初の試合。対抗試合の日は。
『やってきました対抗試合!天気はもちろん快晴。本日は4試合が行われます』
エアフィルター越しだと言うのに、透き通るほど青い空。
スピーカーから司会役の運営委員解説が、会場、野戦グランドへと響く。
観客席は、既に歓喜へと包まれていた。
『注目はなんと言っても3戦目。第十六小隊と第十七小隊!!早くも人気の第十七小隊、初試合です!!』
レイフォンの所属する第十七小隊は、その3戦目。
今までは小隊定員の4人が揃っていなかったために、今日が第十七小隊自体の初陣なのである。
『いよいよ注目の、第3試合が始まります!』
そして、その時は来た。
グラウンドへと続く狭い通路を歩きながら、尚もレイフォンは考え込む。
(負けるか、勝つか……)
答えは出ない。どうすればいいのかわからない。
誰も彼の疑問に答えてはくれない。誰にも相談する事はできない。
『十七小隊隊長、ニーナ・アントーク。最年少の美人隊長!初の試合でどれだけ健闘するか注目されます』
司会がニーナの紹介をする。
彼女からすれば、この試合にはどうしても勝ちたいのだろう。
ツェルニを護ると誓ったから、そのために強くなると誓ったから。
そんな彼女の想いは、訓練の時から良くわかっている。それに、それは彼女との付き合いが長いハーレン・サットンから聞いた事でもある。
レイフォンの錬金鋼を調整する時に聞いたのだが、ニーナがツェルニに来た時は幼馴染である彼の協力を得たらしい。
『続いて隊員。4年、シャーニッド・エリプトン。狙った獲物は必ず落とす!ツェルニ屈指の色男。客席から花が飛びます!』
そして、良くわからないのがシャーニッド。
訓練をよくサボるなどしてやる気はないが、実力は結構高いらしい。
美形であり、取り巻きと言うかファンクラブのような物まで存在する。
現に今も、客席にいるファンの女性からは、声援と花束が投げ込まれている。
『2年、フェリ・ロス嬢!今年のミスコンで、1位間違いなしと予想されます!』
しかし、人気だったら彼女も負けてはいない。
レイフォンと同じようにカリアンに無理矢理転科させられ、小隊に入れられたフェリ。
彼女もかなりの美少女であり、ファンクラブも当然の様に存在する。
『おおっ、親衛隊のフェリソングが!』
しかも歌を作られるほどに。
だけどフェリの表情は、いつもどおりに無表情で無関心だった。
『そして……1年ながら小隊員にスカウトされた期待のルーキー、レイフォン・アルセイフ!……おおっと、早くもファンが!』
そしてレイフォンの紹介。
だが、彼には余裕なんてなかった。
客席から少数の歓声が飛び、それを司会が煽るものの、レイフォンにはそんなことを気にする余裕はない。
(満席のグランド……真っ青な空……何もかも、あの日と同じ……)
酷似している。
今のこの状況が、レイフォンが起こした事件と似ている。
(負ければ過去を暴露される。脅しに屈して本気を出したら、ずっと生徒会長の奴隷だ。負けても、勝っても……僕に未来はない)
その事がレイフォンを追い詰める。
過去をさらされるのか、カリアンの狗となりさがるのか。その違いしかないのだ。
そのどちらに転がったとしても、レイフォンに明日はない。
「レイフォン!どこに行くんだ!」
その重圧に耐え切れず、レイフォンは今来たばかりの通路を戻って行く。
それを止めようとするニーナだが、レイフォンは奥へと行ってしまった。
「おいおい、あんなんで大丈夫かよ」
その光景を着て、試合前の挨拶に訪れた十六小隊の隊長が口を開く。
「タレント合戦やるんじゃないんだぜ。勝敗は人気投票でなく、実力が決める。よろしく、美人隊長さん」
皮肉を込めた言葉で、手を差し出してくる相手。
「……実力でも、負けないつもりです」
取り合えずレイフォンは放っておき、ニーナも多少皮肉そうに返しながら手を取り、握手を交わす。
始まる前から既に両者は、異様な雰囲気に包まれていた。
「オッズ、33対1とか初めて見たぜ!」
レイフォンが多少でも気持ちを落ち着けるために、蛇口をひねって顔を洗っていると談笑が聞こえてくる。
それもかなりの大勢だ。
「こんな試合、やる前から結果は出てるじゃんか」
「十七小隊って、この間出来たばっかだろ?」
「おまけに人数も少ないしなあ」
その会話から察するに、どうやら賭け事らしい。
真正な試合で、しかも学生同士のもので賭け事をするのは普通はご法度なのだが……それでも賭ける者は多数おり、あくまで公認はされておらず、都市警にも黙認状態とされているのだから。
もっとも、この会話を聞いたからと言って、別段咎めようとしたり、怒ったりしないレイフォン。
そもそも、賭け事に関してはレイフォンには咎める資格すらない。
それに、十七小隊のこの評判も仕方のないことだ。
先ほども言ったが、出来たばかりの小隊だし、ニーナやシャーニッドも前はそれなりに有名だった小隊員らしいのだが、フェリはやる気がなく、加えてレイフォンは注目されていても、所詮は1年生。
それに人数も、定員ギリギリの4人しかいない。
小隊の上限は7人までであり、十六小隊の人数は5人。
たった1人の差ではあるものの、こういう試合ではその1人すら侮れないのだ。
だからこそ、この評価は当然。
賭ける人達は皆、十六小隊へと賭けていた。
「私、十七小隊に賭けるよ」
周りが少し唖然とする中、十七小隊に賭けると宣言した少女の声が響く。
レイフォンも少し興味が出てそちらの方を見てみると、その人物はミィフィであった。
「……そうだな……万が一勝つかも知れん」
賭けを仕切っていた人物が、万が一と言うことも考えてそうつぶやく。
可能性は低いが、確かに負ける可能性は0ではない。勝つ事だって、十分にありえるのだ。
「ニーナだって、シャーニッドだって前から小隊員だったわけだし……」
「フェリ先輩だって生徒会長の妹でしょ。なんか凄そうじゃん?」
「そうだな!」
「そうそう!だから十七小隊、応援しようよ!」
ミィフィの言葉に乗せられるように、何人かの学生は十七小隊に賭けたり、応援したりしてくれようとしている。
(ミィフィ……)
そんな彼女を見て、レイフォンは少しばかり気が楽になった。
(そうだ……僕が強くなかったって、十七小隊は勝つ可能性があるんだ)
蛇口を逆さにし、水を飲む。
レイフォンには活路が見出されたように思え、少し落ち着いていた。
(そうか……!本気を出さないで勝てばいい。僕は目立たず、十七小隊を勝たせればいいんだ)
実力を見せずに、試合に勝てばよい。
それがレイフォンの出した結論。
カリアンはそれで諦めるかどうかわからないが、少なくとも達成できればましな現状になると思う。
取り合えず、今を誤魔化せればいい。レイフォンはそう思っていた。
「レイフォン」
そんなレイフォンに、背後から声がかかる。
「フェリ先輩……」
「……行きますよ」
その人物はフェリで、試合がもうすぐ始まるために呼びに来たらしい。
レイフォンはフェリについて行き、再び狭い通路を通っていった。
「今まで通りでいいんです」
その途中で、フェリが口を開く。
「レイフォン、私達は普通の人間です。たまたま才能があるからって……力を出すか出さないかなんて、私達の自由なんです」
それはレイフォンに言っているのだろうが、自分にも言い聞かせているかのような言葉。
だが、どこか重みのあるその言葉に、レイフォンは何故だかわからないけど少しだけ気が楽になった気がした。
そして……レイフォンは再び、グランドの土を踏む。
『戻って来ました、レイフォン・アルセイフ!』
司会が戻ってきたレイフォンの名を呼び、現在は試合前の作戦会議だ。
「いいか、こちらが攻めで、向こうが守り……私とお前が囮。シャーニッド、フラッグの狙撃は任せたぞ」
「おう」
ルールは単純で、攻め側は守り側のフラッグを落とせばいい。または、相手を全滅させれば勝利となる。
守り側はと言うと、時間内フラッグを守りきるか、相手の司令官、つまりは小隊隊長を潰せばいいのだ。
もっとも錬金鋼は安全装置、刃止めをされており、それで斬られるなんて心配はないし、シャーニッドのような狙撃手もゴム弾などを使うために、死人なんてものはまず出ない。
それでも怪我人などは多少出てしまうが、それは仕方のないことだろう。
『さあ……試合開始です!』
「行くぞ!」
試合が始まる。
典型的で堅実的な作戦。
もっとも、人数の少ない十七小隊にこれ以上の作戦はないかもしれないが……
グランドに植えられた樹木の間をニーナと共に走りながら、レイフォンは考える。
(どうすれば勝たせられる……)
自分が目立たずに、十七小隊を勝利に導くにはどうすればいいのか?
「フェリ、敵の位置は」
『敵のフラッグの側に5つ』
ニーナが念威操者であるフェリに、端子越しに位置を確認させる。
すると相手は、自分の陣の前で十七小隊を待ち構えるように構えていた。
「いたぞ」
声を出来るだけ小さくし、レイフォンに伝えるニーナ。
だが気配を殺したり、殺剄を使ったりはしない。
自分達は囮で、撹乱が目的なのだから。
相手はそれを迎え撃つ気だ。ならばどうする?
(こっちは隊長を倒されれば負ける。5対2でどうすれば……)
5人全員を、1人で倒す事は可能だ。
だが、それでは間違いなく目立ってしまうし、カリアンの思惑通りだ。
だから単純で、最も簡単なこの手は使えない。
ならば……
「ニーナ先輩、上!」
「えっ?」
レイフォンは気づいた。罠の存在に。
罠は守り側にだけ設置を認められており、迎え撃つ気だった十六小隊には当然設置されていた。
それに気づいたレイフォンはニーナの視線を上に逸らし、誰にも気づかれないように素早く、一瞬で剄弾を放つ。それは、司会や観客などにも気づかせない速さで。
この場には土で出来た山、がけのような物が存在し、ロープが切れると発動するタイプの罠が仕掛けられていた。
レイフォンの剄弾はそれを切断し、罠を発動させる。
そうする事により崩れる崖。
その土砂により、下にいた十六小隊隊員が犠牲になった。
(やった!)
「なんだ……!?敵が……勝手に……」
思惑通りに行った事に、安堵の息を漏らすレイフォン。
だが、ニーナからすれば十六小隊が自分の罠にかかり、自爆したようにしか見えない。
「シャーニッド、今のうちに走れ!」
『任せときなって』
だが、それは間違いなく好機であり、シャーニッドに今のうちに狙撃位置まで走るように命じるニーナ。
自爆したとは言え相手は武芸者だ。
あの程度の土砂崩れでは仕留めることなんて出来ない。
と言うか、自分の罠で仕留められるなんてまぬけな話だ。
だが、次々とそのまぬけな展開が十六小隊を襲う。
だが、彼らがドジなのではない。何故なら原因は、レイフォンなのだから。
走り、相手を撹乱しながら罠のトリガーである仕掛けを壊す。
基本がロープを切ることで発動する罠が多く、スキをついてレイフォンはそれを切る。
また、ちょっと押したり、足を引っ掛けたり、地面を誰にも気づかれないように叩いて落とし穴を発動させ、十六小隊の隊員をはめる。
(このまま上手くいけば……)
相手のミスに見せた、レイフォンの見事な手際。
だが、それは撹乱をする事は出来ても、武芸者である敵を倒すには至らなかった。
一般人より身体の丈夫な武芸者。罠はほとんど足止めのようなものであり、如何にレイフォンが原因とは言え罠の自爆で敗退するほど、十六小隊は弱くないのだ。
「きゃっ」
「また崖崩れ!」
この試合を観戦していたメイシェンが音に驚き、小さい悲鳴を上げる。
ミィフィは双眼鏡片手に、再び崩れる崖を見ていた。
「十六小隊ボロボロだな……トラップに自爆なんて、初歩的なミス……」
武芸科であるナルキは、剄による視力の強化で双眼鏡なんて使わなくとも見ることは出来る。
もっとも、試合会場に取り付けられているモニターを見ればいい話だが……何にせよ、まだ1年生で未熟ながらも武芸科であるナルキでさえ、レイフォンの行動には気づいていない。
そもそも、果たしてこの中の何人がそれに気づいているのか?
あるいは、誰も気づいてすらいない可能性もある。それほどまでにレイフォンの手際は速く、見事だった。
「もしかしてレイとん達、勝っちゃう!?」
友の応援、または先ほど賭けた試合のオッズを考え、そう漏らすミィフィ。
正義感の強いナルキに賭けた事は叱られたが、都市警も黙認しているわけだし、別に犯罪ではない……多分。
そしてこの状況から、十分、十七小隊の勝利もありえるのではないかと思うミィフィだったが……
「また!」
会場に、先ほど発生した崖崩れよりも大きな轟音が鳴り響く。
するとその映像はモニターにも流れており、爆発に巻き込まれるニーナとレイフォンの姿が映し出された。
「レイとん!」
またも、メイシェンが悲鳴を上げる。
「レイとんが死んじゃう……」
「隊長さんを庇って、地雷を踏んだんだねぇ。まー、平気でしょ。武芸者はあれ位、日常茶飯事」
「剄脈があって、普通の人と違うからな。剄で戦うだけでなく、肉体を強化してるし」
「でも……」
確かに一般人ならば大怪我必至の光景だったが、剄で強化できる武芸者に取ってはあの程度、特に問題ではない。
それに怪我をしても、武芸者ならば一般人よりもはるかに早く怪我は完治する。
それは彼女の友人、ナルキも一緒なのだが。
「レイと……」
だからと言って友人がやられているところを見て、メイシェンが無関心でいられるわけがない。
と言うか、誰だって心配はするだろう。怪我すればいたいのだし、優しい人なら当然だ。
更に、地雷を踏んだレイフォン達はまだ気を失っておらず、当然、今まで散々罠にかかった十六小隊の隊員達も戦闘続行は可能だ。
今の罠で流れを変えるべく、スキをついて1人が接近し、レイフォンに攻撃を仕掛ける。
それは本気のレイフォンなら楽に避けられるが、今のレイフォンには避けられない。
「きゃあああああああ」
攻撃を受け、メイシェンが悲痛な叫びを上げた。
だけどその叫びは、レイフォンには聞こえない。
(満席のグラウンド。歓声が聞こえる)
レイフォンは地面を転がった。攻撃を受け、何度もごろごろと転がる。
立ち上がろうとするも、そんなスキは与えないとばかりに追撃をかけられた。
向こうではニーナが、隊長格とやり合っている。
レイフォンには1人が攻撃を仕掛け、なかなか倒れない事からもう1人が援軍で来て、さっさとレイフォンを仕留めようとしていた。
(青い、青い空。そうだ、試合だっけ)
刃止めされているとは言え、何度も攻撃を受けていい加減、意識が朦朧とし始めた。
打撃を何度も受け、頭からは血が流れている。
(勝って金を手に入れないと……負ける……)
そう、意識は朦朧としている。
だからレイフォンは、これが対抗試合だなんて思っていなかった。
(だめだ、倒れたら……せっかく、うまく行ってたのに)
止めを刺そうと、相手が2人同時に攻撃を仕掛けてきた。
得物は剣と根。それをレイフォンに振り下ろす。
(こいつを倒さないとおしまいだ。勝て!)
それをレイフォンは剣で、ハーレイが設定した青石錬金鋼で受け止めた。2人の攻撃を同時にだ。
そして、そのまま一閃させる。
「なっ……」
正確には、一閃ではない。
まず一撃で両者の武器を弾き、1人に追撃をかけて吹き飛ばす。一瞬による二連撃。
それを受けて吹き飛ばされ、1人は背後に下がってしまった物の、武器を弾き飛ばされただけのもう1人が驚愕する
「消えた!?」
何故なら、レイフォンの姿がないからだ。
今までは、本当についさっきまでは目の前にいた。そこにいた。
そこにいて、自分達を攻撃したのだ。
だと言うのに……レイフォンの姿がない。
「いないぞ」
「どこに……」
吹き飛ばされた者は立ち上がり、ニーナの相手をしていた隊長もレイフォンを脅威と感じる。
お陰で、いい具合に3人が3人とも固まった。
機動力を売りとする十六小隊は、失態を犯してしまった。
そして、3人とも気づいていない。レイフォンはもちろん消えたのではなく、ただ上空に跳んでいただけ。
そして、今度こそ一閃。
着地する間もなく、レイフォンは空中でそのまま剣を振った。
一閃、一撃なのだ。その一撃で、レイフォンは十六小隊の隊員3人を、まとめて弾き飛ばした。
「はあっ……」
着地した後、ひと安心し、ため息をつくレイフォン。
彼の意識は、未だに朦朧としている。少し、頭を打ちすぎたのだ。
そして、既に3人はレイフォンにより、戦闘続行は不可能な状態へと陥っていた。
十六小隊に残っているのは、身体能力が一般人とあまり変わらない念威操者と、接近戦が得意ではない狙撃手だけ。これでは、実質的な全滅と一緒だ。
「おまえ……」
隊長に苦戦していたニーナは、気絶などはしていないために十七小隊の負けはない。
だけど今の光景が、レイフォンがやった事が信じられずに呆然としている。
ニーナだけではなく、会場までもが静まり返っていた。
『フラッグ破壊。勝者、十七小隊』
静まり返った会場。審判の声がその静寂を打ち破り、十七小隊の勝利を告げる。
シャーニッドが作戦通り、狙撃でフラッグを打ち抜いたのだ。
そして、レイフォンが成した事に静まり返ってしまった会場だが……
「「「「「ワアアアアアアアアアア!!!」」」」」
盛大な歓声が響いた。
「スゲッ……今のなに!?」
「速すぎ。見えねェって!!」
「大穴来たー!!」
口々に感激し、感心し、驚愕していく観客達。
「……あ」
その大声援に、朦朧とした意識が戻ってきたレイフォンは気づく。
(しまった)
己の失態に。
「見たか。止めは俺様の一撃だ!!」
シャーニッドが自慢げに宣言するが、そんなことはレイフォンにはどうでもいい。
自分は、やってしまったのだ。
(どうして……いつも、こんなことに)
朦朧とはしなくなった意識だが、遠くなっていく意識。
頭を打ちすぎ、少しだけ血を流しすぎた。
(もう、終わりだ……!)
薄れ行く意識の中、レイフォンは絶望を味わいながら意識を手放すのだった。
『十七小隊、目標撃破ーーーーーッ!!狙撃手は4年、シャーニッド・エリプトン』
「ここ、いいだろ!」
暗幕の下ろされた薄暗い部屋で、シャーニッドはスクリーンに映ったフラッグを撃ち抜く自分の姿を指差す。
「俺だよ、俺様。やっぱりカッコいいねえ!」
自分をアピールしながら、偶然この場にいたかわいい少女、メイシェンに声をかけるシャーニッド。
『お嬢ちゃん、今晩どう?』なんていっている辺り、ナンパである。
普段ならニーナでもいれば、注意するなり制裁を入れるなりするのだが……ニーナはこの場にはいなかった。
せっかくの、『第十七小隊』初勝利と言う祝賀パーティだと言うのに。
周りには、彼女達十七小隊の友人達がせっかく、お祝いに来てくれたというのに。
「もっかい!レイフォンが倒す所リプレイ!」
「……………覚えてろよ」
せっかくいい雰囲気(シャーニッド的に)でのナンパ中だったと言うのに、空気を読まずにハーレイが画面を操作する。
巻き戻しし、レイフォンが十六小隊の3人を倒した場面に戻したのだ。
さっきのシャーニッドの映像は、その後に彼がフラッグを撃ち抜いた為に必然的に流れた映像である。
「うわ、スゲー!!」
「かっこいー!」
そして、再び流れるレイフォンの映像。
上空に跳び、着地すら待たずに小隊の3人を瞬殺する姿が映し出される。
「どうやってんのコレ?衝剄のワケないよな……手品?」
「すっごいねえ……」
何度見ても、嫌、映像だが何度も見たからこそわかる。
レイフォンは凄いと言う事が。
あの動きが、人間離れしているしていると言う事が。
「途中まで空気だったのに、こっから超人だよね」
「どんだけ強いんだか、アイツ……」
ミィフィとナルキも感心したり、呆れたりしながらこの映像を見る。
だけど、
「ところで、レイとんは?」
「さあ……」
「まだ保健室?」
主役であるはずのレイフォンの姿が、レイフォンの姿もなかった。
ニーナだけではなくレイフォン、そしてフェリもだ。
結果、せっかくの十七小隊初勝利と言うこの祝賀パーティには、十七小隊のメンバーはシャーニッドとハーレイしかいない、かなり寂しいものとなっているのだった。
「レイフォンは何処だ!?」
祝賀パーティに参加していないニーナは乱暴に保健室のドアを開け、怒鳴るように言う。
彼女の言葉どおり、探しているのはレイフォン。
そして彼には、聞きたい事がある。
「ここにはいませんよ。私も探しているのですが……」
そんなニーナに答えたのは、何故か保健室にいたフェリだ。
レイフォンは試合の後、意識を失ったために保健室へ運ばれたのだが、もう既に意識は戻ったらしく、怪我も大した事ないらしいのでここから姿を消していた。
祝賀パーティにも出ずに、現在もニーナ達から姿を隠しているのだ。
「あっ」
そんな彼女達を、逆に見つけ出す人物。
「いたいた、隊長のニーナさんと、アイドル、フェリ嬢!」
その人物はカメラを手にしており、方には大きめのかばんをかけている。
まるで記者のようないでたちだ。
「週刊ルックンです。十七小隊の番狂わせ、勝利インタビューを……あれ、レイフォンさんは?」
まぁ、実際に記者だったが。
それも、この学園都市ツェルニで、一番売れている雑誌、週刊ルックンだ。
その記事の内容はやはり、レイフォンの活躍や十七小隊の勝利に関してらしい。
自社が出版している雑誌を片手に、記者がニーナに質問をしてくる。
「今、忙しい」
だと言うのに、ニーナの反応は冷たい。それどころか、恐ろしい。
確かに取材されるなんて光栄だし、下馬評をひっくり返しての十七小隊の勝利は嬉しい。
だけど、今はそんなことよりも重要な事があった。
「帰れ」
記者が持っていた雑誌を取り上げ、握り締めながら『帰れ』とだけ告げる。
殺気すら含み、睨みを利かせてだ。
「ま……またきますぅ」
武芸科でもない一般の生徒であろう記者は、ニーナの殺気を恐れて一目散に撤退をした。
その時、彼が持っていたであろう写真が落ちる。それをフェリが拾った。
その写真は、試合が始まる前に撮った十七小隊の集合写真である。
「……一体」
だが、ニーナはその写真にすら気づかない。
それよりも気になるのは、先ほどの試合の事。
レイフォンの事。
「あいつの、あの異様な強さはなんだったんだ……!!」
そのレイフォンは、住宅地の人気のないところで膝を抱え、体育座りをしていた。
時間帯は既に夜。そして、レイフォン自身は見るのも明らかなほどに落ち込んでいる。
(対抗試合で僕は、途中からつい本気を出してしまった。敗北寸前だった十七小隊は、一気に逆転勝利。そして僕は……)
悩むのはやはり、あの試合の事だ。
「なんでやっちゃたんだろう……」
やってしまった。
あの事件と酷似していた状況ので、レイフォンは朦朧とする意識の中で……
「カリアンは……」
だが、試合には勝ったのだ。
まず、カリアンがグレンダンでのことをばらすなんて事はしない……はずだ。
これからも脅され続ける可能性は捨てられないが。
「でも……派手にやっちゃったし……ニーナ先輩は……強いのバレただろうな……何言われるんだろ……」
そしてニーナは、彼女だからこそレイフォンの事を問い詰めてくるのだろう。
強いレイフォンの事を。そして、なんでその実力を隠していたのかと言う事を。
「ニーナ先輩も、あなたを探していましたよ」
頭を抱えて悩むレイフォンにかけられる声。
その声に頭を上げると、
「フェリ先輩……」
そこには、フェリがいた。
あの時、フェリはニーナに嘘をついていた。
確かにレイフォンのことは探していた。だけど念威操者であるフェリがその気になれば、彼をすぐに見つけ出すことなんて容易い事なのだ。
「さっき、生徒会室にすごい剣幕で駆け込んでましたよ」
気づかないニーナもニーナだが、それを彼女に教えなかったのは、フェリがレイフォンに話があるから。
出来ればニーナには聞かれたくない、レイフォンにとっては重要な話。
「約束もあるから、兄も全部は話さないでしょうけど、いくらかは知ってしまうでしょうね」
「約束って……全部って……」
その言葉をフェリから聞き、レイフォンには嫌な汗が流れてくる。
前にニーナに伸された時、保健室でフェリが言っていた言葉を思い出す。
思えばフェリは、あの時から何かを知っていた感じはした。
全ては知らなくとも、何かを知っている感じがした。
「どうして私が、いつもこんな役を……」
フェリは兄からの伝言などや、レイフォンを小隊に入れる時にはニーナにそういう役割を押し付けられ、今回のこの経緯からも多少不満らしい。
「それ……」
そんな文句を言っていた彼女が、持っていた写真にレイフォンは視線が行く。
「週刊誌の記者が落としていきました。あなたを探していましたよ」
説明を受け、その写真を渡されるレイフォン。
写真には試合が始まる前の、十七小隊のメンバーの姿が写っている。
(これを撮った時は、まだ試合前も始まる前で、やり直せるはずだったのに……)
それはもしも、IFの事でしかない。
わかっている……後悔しても無駄だと言う事は。
けれど、今のレイフォンには、後悔する事以外できなかった。
「……どうして、本気を出してしまったんですか?」
無言となったレイフォンに、フェリが声をかける。
今日の試合の事について、尋ねる。
「話さないと、私がせっかく約束したのに……」
『2人だけの秘密です』と、ガトマンを倒した時、確かにフェリはそう言った。
あの時はレイフォンは救われた気がして、また、初めてフェリの笑顔を見て少し癒された。
あの時以来、またもフェリの笑顔を見れていないが……なんにせよ、フェリは話さないと誓ってくれたのだ。
それを、レイフォンは無駄にしてしまった。
「どうして……だろう」
だけどその理由は、自分でもわからない。
「僕はいつも失敗ばかりで……」
朦朧とした意識の中で、ついやってしまった。
それに、いつもそうだ。
レイフォンは肝心なところで、失敗したり、間違えたりしてしまった……
「力を隠しているのは難しいものです。でも……」
確かに力を隠すのは難しい。
フェリとしても自分の才能なんて、欲しくもなかったし誇れるものではないと思っている。
それでもその力を、つい使ってしまう。
便利だからと、外の世界が見てみたいからと。
だけど、それでも……兄の思惑通りに戦ったり、念威操者となったりするのは嫌だった。
「フェリ先輩」
続けようとするフェリに、レイフォンは彼女の言葉を止めて尋ねる。
前からずっと思って、気にしていた嫌な予感……
「あなたはもしかして、全部……」
「ええ、知っていました」
それは最後まで言い終わらずに、現実だと理解させられた。
「グレンダンにいられなくなったことも。兄に脅されていたことも。賭け試合のことも……」
フェリは全て知っている。
全てを知ったのはつい最近だったのだろうが、前々から少しは知っていた。
それを告げられ、レイフォンの視界は周りの夜の闇よりも真っ暗になった気がした。
(終わった……)
終わった。終わってしまった……
もうレイフォンに、先(未来)はない。
持っていた写真を握り締め、レイフォンは絶望した。
「レイ……」
「そう、僕はそういう人間です」
フェリの言葉を遮り、写真を放り捨ててから立ち上がる。
フェリを避けるように、遠ざけるように。
「だからあなたも、もう関わらない方がいい」
それだけを言い残し、レイフォンは足を進めた。
フェリから逃げ出すように。
(全部終わった)
当てもなく歩きながら、レイフォンは足を進める。
どこに行けばいいのかなんて、まるでわからない。
(ニーナ先輩も、じきに真実を知るだろう)
夢で見たように、ニーナたちがレイフォンを非難する姿が思い浮かぶ。
先ほどフェリから逃げたのだって、そうなるのが嫌だったからだ。
「レイフォン!」
だけどフェリは、そんなレイフォンを追いかけてきた。
「待っ……」
レイフォンを止めようとするが、彼も止まらない。
いつの間にか養殖科、レイフォンとフェリが初めて会った羊の柵のところまで来て、フェリがレイフォンの手を取ろうとして腕を伸ばす。
「あっ」
だが、地面にあった石に躓き、
「きゃ……」
小さな悲鳴を上げ、転んでしまう。
そうする事により、地面にぶちまけられてしまったフェリの荷物。
かばんがちゃんと閉まっていなかったと言うこともあり、ノートやら筆記具、ハンカチまでもが当たりに散らばっていた。
その散らばったハンカチを、柵の向こう側から首を伸ばして噛み始めるフリーシー(仮)。
「~~~~~」
その出来事に情けなさそうな表情をするフェリと、流石に足を止めるレイフォン。
この時、少しだけだが情けなさそうな表情に変化したフェリを、レイフォンは不覚にもかわいいと思ってしまった。
「……黙っていたのは謝ります。兄にも、何も言えなくて」
それでも、フェリとしては真面目に、地面に倒れたままだけどレイフォンに述べる。
せめて、話だけは聞いて欲しいから。
「あの人、昔はあんなじゃなかったのに……」
フェリは兄には逆らえない。
そしてフェリも、現在の兄を恨んではいるものの、昔の兄は好きだった。
変わる前の兄は……でなければ、いくら兄妹だからって、寮で一緒に生活なんてしたりしない。
「違うんです」
レイフォンはハンカチを噛むフリーシー(仮)から、そのハンカチを取り上げながら答える。
「僕が全部悪いんです。あなたが、気にする事はない」
フェリのノートを拾い上げる。
フェリは関係ないと、何も悪くはないと。彼女は気にする必要はないと。
今でも後悔はしていなくて、やった事は間違いではないと断言できる。
だが……悪いのは自分なのだと。
「……もう、いいのではないですか?」
「……え?」
そんなレイフォンに向けて、フェリは真剣に問いかける。
「あなたは充分頑張った。それでもう、いいでしょう。ガトマン・グレアーに追われて、兄には脅され……それでも、力が勝手に出てくるのは自然で、力を抑えているのが大変なのか私もわかります。一緒ですから」
「フェリ先輩……」
何度目だろうか?
彼女の言葉に、救われたように感じるのは。
(ゆるして、くれる……?)
そしてフェリは、なんで本気を出したのかとは尋ねてきたものの、レイフォンを責めてはいない。
事情を知っていても、彼を責めてきたグレンダンの人達とは違う。
リーリンの様にわかってくれて、彼を責めないで、許してくれた。
それがどうしようもなく、本当に嬉しかった。
「なんだかあの時と一緒ですね。ガトマン。グレアーに追われて、一緒にここを走った……」
幼馴染で兄妹の様に育ったリーリンとは違う感覚をフェリに感じながら、レイフォンは彼女の手を取って言う。
転んだフェリを立ち上がらせるために取ったその手だが、その時、ガトマンに襲われたときにフェリが言った言葉を思い出した。
『一緒に、逃げましょうか……?』
「……他にも……学園都市はある……」
そうだ、そうすればよかった。
多少手間はかかるが、ここにいるよりはずいぶんましな方法。
そして運の良い事に放浪バス、汚染物質にまみれたこの世界を渡る方法、レギオスの間を移動する不定期な乗り物は現在、ツェルニに訪れている。
「……そうだ。その方がずっと簡単じゃないか」
「レイフォン……?」
様子の変わったレイフォンに、フェリは疑問を感じる。
だけどレイフォンからすれば、どうしてこの事に気づかなかったのかが不思議だ。
「フェリ先輩、僕はツェルニを去って他の都市に行きます。1年遅れるかもしれないけれど、どこかで傭兵でもやって、学費を稼いで、きっとなんとかなります」
戦うのは本来嫌だが、ここに残るよりはいい。
それに、自分は汚染獣の退治を専門にやってきたのだ。
グレンダンはちょっとした例外だが、汚染獣の退治はかなり高額の報酬が得られる。
グレンダンでもかなりの額だったそれは、他の都市だとどれくらいになるのだろうか?
毎週の様に、毎日の様に汚染獣と遭遇していたグレンダンの様には行かないかもしれないけれど、それでも学費なんかは余裕で稼げるはずだ。
それに、何処の都市も優れた武芸者を欲しがっている。
レイフォンほどの実力があるならば、十分にやっていけるはずなのだ。
だが、それはツェルニを離れるという事で、実質的には別れをフェリに告げるレイフォン。
だから、
「私も行きます」
即答で答えた彼女の言葉が、レイフォンにはあまりにも意外だった。
「何を……」
何を言っているのか、わかって言っているのかと思ってしまう。
「ちょうど私も、行こうと思っていたんです」
「そんなこと、できるわけないでしょう。フェリ先輩はここに、生徒会長もいるし……」
動揺する。
まさか、フェリがこんな事を言うなんて思っていなかったし、フェリにも友達は……たぶんいるだろう。
それに家族であり、兄のカリアンがいる。
それだと言うのにこの都市を出て、レイフォンについて行くと言うのだ。
「僕はここに一ヶ月しかいなかったんです。だから、なんのしがらみもない」
「大会が始まれば、バスが来なくなる。出るのなら今です」
「フェリ先輩!」
「そうと決まったら、早い方がいいです」
「だいたい逃げるなら、別々の方がずっと安全です」
「すぐ支度してきます。1時間後にここで待ち合わせしましょう」
フェリを説得しようとするレイフォンだが、フェリはまったく聞いていない。
どうやら本気で、彼女もついてくるつもりらしい。
半ば呆れ、頭に手を置くレイフォンだったが……
「レイフォン、はい」
そんな彼に、先ほどレイフォンが放り捨てたはずの写真を差し出すフェリ。
「私の生写真なんて、めったに手に入らないんですから大事にしてください」
フェリは小さく笑い、そう言った。
ミスコン1位であり、彼女の容姿もあって人気の高いフェリ。
そんな訳で、彼女の笑顔の写真なんかはかなり高額で取引されるらしい。
そんな訳で盗撮しようなんて輩もいるわけだが、念威操者であるフェリがそんなものを見破れないわけがない。
そんな訳で、実際にかなり貴重なフェリの写真。
十七小隊のメンバーとまとめて撮られているが、十分価値のあるものだった。
「……ありがとう」
それを受け取り、感謝の言葉を漏らすレイフォン。
再び見た彼女の小さな笑みは、レイフォンの荒んだ心を少しだけ癒してくれた。
(でも一体、どうやってフェリ先輩と逃げ出す気だ?)
荷物を取りに寮に戻る中、レイフォンは一抹の不安を孕んでいた。
(あの、陰険眼鏡に捕まるに決まってる。手に手を取って逃避行だなんて、バカげている)
あのカリアンが、みすみすレイフォンとフェリをツェルニの外へと逃がすだろうか?
放浪バスで都市の外に出るには、簡単だが書類を書かねばならない。
その書類が集まり、目を通すのは学園都市の上である生徒会、つまりはカリアンが長を務める組織である。
偽名でも使う?そんな簡単に書類を偽造でき、なおかつ検問を騙せるなら苦労はいらない。
レイフォン1人なら何とかなるかもしれないが、ミスコン1位として有名で、カリアンの妹であるフェリは大丈夫なのか?
半ば放浪バスに乗れたとしても、追っ手などを送られたりはしないのか?
そんな不安が、レイフォンにはあった。
「だけど……」
このままここにいられないのは事実。
「これ以上、悪くなることなんてない、さ……」
それにこの結果以上、悪いことにはならないだろうと思ってレイフォンは部屋へと入る。
グレンダンから持ってきた少ない荷物をまとめ、軍資金となる通帳を眺める。
「当面は大丈夫……これだけは陰険眼鏡に感謝だな」
皮肉にカリアンが施した、Aランクの奨学金により、多少の余裕はある。
今まで散々な目に合わされたレイフォンだが、これには素直に感謝した。
(そういえば、オリバー先輩はまだ帰っていないのかな?)
ずうずうしいが、少しはお世話になったお隣のオリバー。
彼は何でも、現在は友人が所属する別の小隊の祝勝会に参加しているらしく、まだ帰っていない。
出来れば今は、誰にも会いたくないレイフォンにとってはありがたい事ではあるが……
「なんだ……?」
トランクに荷物をまとめ、反対の手にはグレンダンから着てきたコートを持ち、この寮を去ろうとしたレイフォン。
だが、部屋に入るときには気づかなかったのだけど、閉める時に自分の部屋のドアノブに紙袋がかかっているのに気がついた。
(とりあえず、持って行くか)
それを手に取り、レイフォンは少ない荷物でフェリとの待ち合わせの場所へと向う。
その時、彼の脳裏にはたった一ヶ月の事だが、この寮で過ごした日々の事を思い出の様に思い出していた……
「こうしてトランクを持って、ここに来たのはたった、一ヶ月前なんだな……」
養殖科の羊の柵を背にし、レイフォンは月夜を眺めながら一ヶ月の間の出来事を思い出す。
今日は綺麗な三日月だった。
『立ち向かえ!』
フェリに渡されたくしゃくしゃとなった写真を見て、レイフォンはこの小隊の隊長、ニーナの言葉を思い出す。
ニーナは自分にこう言ったが、自分は何をしている?
まさに間逆の事、逃げているのだ。
(僕は、ニーナ先輩みたいな人種とは違うんだ。あんな風には生きられない)
あれは、ニーナのような人物だからできる事だと思う。
自分には無理な事で、そう結論を下し、諦めていた。
(あ……そういえばさっきの)
ここに戻る事を優先したために、先ほど見つけた紙袋の中を見ていないレイフォン。
「なんだ……?」
それを手に取り、中身を空けてみる。
すると中にはクッキーと、簡素な手紙で誰が作ったものかを示されていた。
「メイシェン……」
仲の良い3人組の友人の1人。
料理が、お菓子作りが大好きな少女。
彼女達は、レイフォンがツェルニから出て行ったら心配してくれるだろうか?
(そんなわけはない。僕の過去が知れて、それで軽蔑して、じきに忘れるだけだ)
それを否定する。
最初こそ心配はしてくれるだろう。何故なら彼女達は、とても優しいから。
でも、それでも、レイフォンの過去がカリアンにばらされたりすれば、グレンダンの人達みたいに自分を軽蔑する。
あの時だって、仲が良くって家族同然だった者達だってレイフォンを軽蔑したのだ。
それを許してくれたのはリーリンと……フェリだけ。
だからそれはないと、レイフォンは否定した。
「お前ともお別れだな。元気でやれよ」
近くにいたフリーシー(仮)の柔らかい毛にふれ、なでながら別れを告げるレイフォン。
そのふかふかした毛が、本当に心地よいくらいに触り心地が良い。
いっそのこと、この毛に顔をうずめて眠りたいくらいだ。
「ほら、食べろよ」
「ムー」
そんなフリーシー(仮)に、餞別だというようにメイシェンの作ってくれたクッキーを1枚差し出す。
だが、草食動物であるフリーシー(仮)がクッキーなんて食べるはずもなく、首をそむけていた。
「………」
仕方がないので、自分で食べる。
そのクッキーは、とても甘かった。
「美味いなぁ……」
甘い物が苦手なレイフォンだけど、それがとても美味しく感じる。
心に染みるほどに、切なくなるほどに……
何がしらがみがないだ。
後悔まみれで、未練まみれではないか……
(……やっぱり駄目だ。フェリ先輩にこんな思いをさせるわけにはいかない)
こんな思いをフェリにはさせたくないと、レイフォンは決意する。
これは、彼なりの優しさ。
自分のような男と来るより、ここに残った方がフェリの幸せだと思ったからこその行動であった。
(1人で行こう)
そう決意し、レイフォンは放浪バス乗り場へと向った。
「発車まで後1時間です。お土産の買い忘れなどないよう、ご注意ください」
放浪バスの運転手であろう人物が、そう宣言する。
学園都市と呼ばれるこの都市に生活するのは、必要最低限の大人を覗けばほぼ全てが学生である。
だが、放浪バスによって旅をする者達や商人などもおり、そんな彼らが宿泊する施設がこの辺りに集中している。
そんな訳で、そんな人物によって賑わう放浪バス乗り場。
当然、学生はレイフォンだけだ。ツェルニの学生が卒業などではない限り、都市の外に出るなんて事はまずありえない。
レイフォンのような事情がない限りは……
そのレイフォンは、後1時間だと聞いたにもかかわらず、時計を確認する。
時間を潰すように、ツェルニとの別れを惜しむように……
彼は、独りだった……
「レイフォン」
今までは、だ。
レイフォンにかけられる声。
その声がした方向に彼が振り向くと、そこにはまた……フェリの姿があった。
また、念威で探って来たであろうフェリが大きなトランクを持ち、レイフォンの側へと駆けてきた。
「……フェリ先輩」
レイフォンは、フェリを連れて行きたくはなかった。
哀しい思いをさせたくなかった。
なのにどうして?
「どうして……………こんなに手間取らせるんです」
走ってきたので、荒い息をつきながら恨めしそうにレイフォンに言うフェリ。
念威操者であるフェリは、体力はあまり一般人と変わらないためにこの程度の運動でも、少し辛かった。
本当にどうして?
フェリはここに来た。レイフォンは連れて来たくなかった。
これは本心だ。
「一緒に行くと決めたら行くんです!」
フェリは怒鳴るようにして文句を言う。
置いてけぼりにされそうになった彼女からすれば、当然の権利だ。
「フェリ先輩……」
どうして?
「これではまるで逆です。私が……」
フェリは更に文句を言おうとするが、その言葉は途中で止められてしまった。
本当にどうして?
「すいません……フェリ先輩……」
フェリが来てしまったというのに、どうしてこんなにレイフォンは嬉しいのか?
どうして、レイフォンは泣きそうになっているのか?
「レイ…フォン……?」
フェリは驚く。驚いたのだが、動揺はせずにどうしたのかと思う。
レイフォンは泣きそうな顔をし、トランクとコートを地面に落とし……そして、フェリを抱きしめた。
真正面から近づき、フェリが抱きしめられたと気づくのに少し時間がかかってしまう。
小柄なフェリはレイフォンの胸板に頭を押し付けられ、どうすればいいのか一瞬、思考が止まってしまった。
「ごめんなさい……フェリ先輩を、悲しませたくなくて……」
その一瞬をつき、レイフォンが語り始める。そして、謝罪した。
レイフォンはただ、フェリに自分みたいな思いはして欲しくなかったから。
そう思ったから、フェリを置いて行こうとした。
「レイフォン、痛いです……」
「あ、すいません……」
ちょっと力強く抱きしめられていたので、痛みを訴えるフェリ。
それに気づき、レイフォンはまたも謝罪して放れる。
少し……フェリは残念な気がした。
「バカですね」
「ぅ……」
そして次に、レイフォンを罵倒する。
この時レイフォンが、少しだけ表情を強張らせた。
「今も言ったでしょう?一緒に行くと言ったら、一緒に行くんです!それともなんですか?あなたは私に、あの鬼畜な陰険眼鏡に一生耐えて生きろというんですか?どんな拷問ですか?」
「はは……」
言われても仕方がないとは言え、こうまでボロカスに言われるカリアンに苦笑せざるおえないレイフォン。
そんなレイフォンを見て、フェリも少しだけ微笑んだような気がした。
「まったく……慌てて出てきたので、化粧道具を忘れてきてしまったじゃないですか」
「化粧道具?フェリ先輩が?」
「悪かったですね!お肌の手入れは重要です」
「あ、そんな訳じゃ……すいません」
他愛もない話をし、苦笑し、怒ったり、謝ったりする2人。
こういう風にフェリと話した時、癒される感覚からしてレイフォンは確信した。
(ああ……そうなんだ……)
置いて行くはずだったのに、ここに来てくれたことがどうしようもなく嬉しかった。
リーリンと同じように、自分を許してくれた。
色々と支えてくれた。
自分に、笑いかけてくれた。
その笑みや会話に癒される。
だからレイフォンは……
「いいですか?勝手な事はしないように。すぐに取って、戻ってきます」
「はい」
フェリはレイフォンにそう言い残し、トランクを置いて化粧道具を取りに行った。
『今度は端子を置いていきますから』
ご丁寧に、念威端子まで置いて。
仕方がないといえば仕方がないが、もうレイフォンには、フェリを置いていく気なんてなかった。
(フェリ先輩……)
心の底から嬉しく、笑みがこぼれる。
自分の気持ちに気づいたのだ。
リーリンに鈍感なんて言われた過去があるが、そうではないとこれで確信できた気がした。
もっとも、自分の気持ちだけでフェリの気持ちはわからないのだけど……
「まず、交通都市のヨルテムだな……」
放浪バスの目的地を確認し、予定を練るレイフォン。
カリアンが邪魔をしたり、連れ戻しに来たりするならばすればいい。
「そこで職を探して……」
その時は、全力で自分が相手をしよう。
誰だろうと、邪魔はさせない。
来れば全力で退ける。必要とあらば都市すら制圧しよう。
汚染獣が相手でも、邪魔するならば屠るまで。
そう決心した。ただ、フェリを何が何でも護ると。
どんな困難からも救い出すと、そう決意した。
「レイフォン」
そんなレイフォンを、背後から呼ぶ声が聞こえる。
一瞬、もうフェリが戻ってきたのかと思った。
「何をしている」
だけどそんなわけがないし、実際に違っていた。
「そのトランクはなんだ」
その人物は、レイフォンを探していたと言う十七小隊の隊長、ニーナ・アントーク。
彼女はレイフォンの持っているトランクを指差し、レイフォンを問いただした。
あとがき。
さて、ついにレイフォンが動き出しました。
次回からレイフォンの頭のネジが、1本か2本ぶっ飛んでいます。
それにしてもオリバーが意外に好評ですねw
やっぱりロリか……
さて、そんな彼ですが武装もなんも考えてないんですよ(苦笑
それに小隊員でもありませんし。
が、汚染獣来たらナルキも戦ったので、彼も当然戦うわけでして……
なわけで武装、技なんかを募集したいと思います。気が向いた方は応募してくださるとうれしいです。
よろしくお願いします。
しかし……いまさらなんですけど、メイシェンをメイシュンと素で間違えてた俺……
修正が大変です(汗