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No.15685の一覧
[0] フォンフォン一直線 (鋼殻のレギオス)【一応完結?】[武芸者](2021/02/18 21:57)
[1] プロローグ ツェルニ入学[武芸者](2010/02/20 17:00)
[2] 1話 小隊入隊[武芸者](2011/09/24 23:43)
[3] 2話 電子精霊[武芸者](2011/09/24 23:44)
[4] 3話 対抗試合[武芸者](2010/04/26 19:09)
[5] 4話 緊急事態[武芸者](2011/09/24 23:45)
[6] 5話 エピローグ 汚染された大地 (原作1巻分完結)[武芸者](2010/05/01 20:50)
[7] 6話 手紙 (原作2巻分プロローグ)[武芸者](2011/09/24 23:52)
[8] 7話 料理[武芸者](2010/05/10 18:36)
[9] 8話 日常[武芸者](2011/09/24 23:53)
[10] 9話 日常から非日常へと……[武芸者](2010/02/18 10:29)
[11] 10話 決戦前夜[武芸者](2010/02/22 13:01)
[12] 11話 決戦[武芸者](2011/09/24 23:54)
[13] 12話 レイフォン・アルセイフ[武芸者](2010/03/21 15:01)
[14] 13話 エピローグ 帰還 (原作2巻分完結)[武芸者](2010/03/09 13:02)
[15] 14話 外伝 短編・企画[武芸者](2011/09/24 23:59)
[16] 15話 外伝 アルバイト・イン・ザ・喫茶ミラ[武芸者](2010/04/08 19:00)
[17] 16話 異変の始まり (原作3巻分プロローグ)[武芸者](2010/04/15 16:14)
[18] 17話 初デート[武芸者](2010/05/20 16:33)
[19] 18話 廃都市にて[武芸者](2011/10/22 07:40)
[20] 19話 暴走[武芸者](2011/02/13 20:03)
[21] 20話 エピローグ 憎悪 (原作3巻分完結)[武芸者](2011/10/22 07:50)
[22] 21話 外伝 シスターコンプレックス[武芸者](2010/05/27 18:35)
[23] 22話 因縁 (原作4巻分プロローグ)[武芸者](2010/05/08 21:46)
[24] 23話 それぞれの夜[武芸者](2010/05/18 16:46)
[25] 24話 剣と刀[武芸者](2011/11/04 17:26)
[26] 25話 第十小隊[武芸者](2011/10/22 07:56)
[27] 26話 戸惑い[武芸者](2010/12/07 15:42)
[28] 番外編1[武芸者](2011/01/21 21:41)
[29] 27話 ひとつの結末[武芸者](2011/10/22 08:17)
[30] 28話 エピローグ 狂いし電子精霊 (4巻分完結)[武芸者](2010/06/24 16:43)
[32] 29話 バンアレン・デイ 前編[武芸者](2011/10/22 08:19)
[33] 30話 バンアレン・デイ 後編[武芸者](2011/10/22 08:20)
[34] 31話 グレンダンにて (原作5巻分プロローグ)[武芸者](2010/08/06 21:56)
[35] 32話 合宿[武芸者](2011/10/22 08:22)
[37] 33話 対峙[かい](2011/10/22 08:23)
[38] 34話 その後……[武芸者](2010/09/06 14:48)
[39] 35話 二つの戦場[武芸者](2011/08/24 23:58)
[40] 36話 開戦[武芸者](2010/10/18 20:25)
[41] 37話 エピローグ 廃貴族 (原作5巻分完結)[武芸者](2011/10/23 07:13)
[43] 38話 都市の暴走 (原作6巻分プロローグ)[武芸者](2010/09/22 10:08)
[44] 39話 学園都市マイアス[武芸者](2011/10/23 07:18)
[45] 40話 逃避[武芸者](2010/10/20 19:03)
[46] 41話 関われぬ戦い[武芸者](2011/08/29 00:26)
[47] 42話 天剣授受者VS元天剣授受者[武芸者](2011/10/23 07:21)
[48] 43話 電子精霊マイアス[武芸者](2011/08/30 07:19)
[49] 44話 イグナシスの夢想[武芸者](2010/11/16 19:09)
[50] 45話 狼面衆[武芸者](2010/11/23 10:31)
[51] 46話 帰る場所[武芸者](2011/04/14 23:25)
[52] 47話 クラウドセル・分離マザーⅣ・ハルペー[武芸者](2011/07/28 20:40)
[53] 48話 エピローグ 再会 (原作6巻分完結)[武芸者](2011/10/05 08:10)
[54] 番外編2[武芸者](2011/02/22 15:17)
[55] 49話 婚約 (原作7巻分プロローグ)[武芸者](2011/10/23 07:24)
[56] 番外編3[武芸者](2011/02/28 23:00)
[57] 50話 都市戦の前に[武芸者](2011/09/08 09:51)
[59] 51話 病的愛情(ヤンデレ)[武芸者](2011/03/23 01:21)
[60] 51話 病的愛情(ヤンデレ)【ネタ回】[武芸者](2011/03/09 22:34)
[61] 52話 激突[武芸者](2011/11/14 12:59)
[62] 52話 激突【ネタ回】[武芸者](2011/11/14 13:00)
[63] 53話 病的愛情(レイフォン)暴走[武芸者](2011/04/07 17:12)
[64] 54話 都市戦開幕[武芸者](2011/07/20 21:08)
[65] 55話 都市戦終幕[武芸者](2011/04/14 23:20)
[66] 56話 エピローグ 都市戦後の騒動 (原作7巻分完結)[武芸者](2011/04/28 22:34)
[67] 57話 戦いの後の夜[武芸者](2011/11/22 07:43)
[68] 58話 何気ない日常[武芸者](2011/06/14 19:34)
[70] 59話 ダンスパーティ[武芸者](2011/08/23 22:35)
[71] 60話 戦闘狂(サヴァリス)[武芸者](2011/08/05 23:52)
[72] 61話 目出度い日[武芸者](2011/07/27 23:36)
[73] 62話 門出 (第一部完結)[武芸者](2021/02/02 00:48)
[74] 『一時凍結』 迫る危機[武芸者](2012/01/11 14:45)
[75] 63話 ツェルニ[武芸者](2012/01/13 23:31)
[76] 64話 後始末[武芸者](2012/03/09 22:52)
[77] 65話 念威少女[武芸者](2012/03/10 07:21)
[78] 番外編 ハイア死亡ルート[武芸者](2012/07/06 11:48)
[79] 66話 第十四小隊[武芸者](2013/09/04 20:30)
[80] 67話 怪奇愛好会[武芸者](2012/10/05 22:30)
[81] 68話 隠されていたもの[武芸者](2013/01/04 23:24)
[82] 69話 終幕[武芸者](2013/02/18 22:15)
[83] 70話 変化[武芸者](2013/02/18 22:11)
[84] 71話 休日[武芸者](2013/02/26 20:42)
[85] 72話 両親[武芸者](2013/04/04 17:15)
[86] 73話 駆け落ち[武芸者](2013/03/15 10:03)
[87] 74話 二つの脅威[武芸者](2013/04/06 09:55)
[88] 75話 二つの脅威、終結[武芸者](2013/05/07 21:29)
[89] 76話 文化祭開始[武芸者](2013/09/04 20:36)
[90] 77話 ミス・ツェルニ[武芸者](2013/09/12 21:24)
[91] 78話 ユーリ[武芸者](2013/09/13 06:52)
[92] 79話 別れ[武芸者](2013/11/08 23:20)
[93] 80話 夏の始まり (第二部開始 原作9巻分プロローグ)[武芸者](2014/02/14 15:05)
[94] 81話 レイフォンとサイハーデン[武芸者](2014/02/14 15:07)
[95] 最終章その1[武芸者](2018/02/04 00:00)
[96] 最終章その2[武芸者](2018/02/06 05:50)
[97] 最終章その3[武芸者](2020/11/17 23:18)
[98] 最終章その4[武芸者](2021/02/02 00:43)
[99] 最終章その5 ひとまずの幕引き[武芸者](2021/02/18 21:57)
[100] あとがき的な戯言[武芸者](2021/02/18 21:55)
[101] 去る者 その1[武芸者](2021/08/15 16:07)
[102] 去る者 その2 了[武芸者](2022/09/08 21:29)
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[15685] 35話 二つの戦場
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:514fb00e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/24 23:58
ここ最近、空気がおかしい。
そう考えるのは自分だけなのだろうかと、ニーナは考え込んでいた。
機関部の清掃中、ニーナ以外の清掃員などはいつもどおりに作業をしている。ならば彼らは、ニーナが感じる違和感を感じていないということだ。

(気のせいなのか?)

例の崩落事故が原因で、現在は機関部の総点検を行っている。
その音の所為だろうかと思い、我が感覚ながら自信が持てない。
こういう時、誰かと話したりすれば気が紛れるのだが、生憎といつも機関部掃除で組んでいるレイフォンは入院中だ。
そのほかの清掃員、武芸者ではない一般人にニーナの速度について行けるはずがなく、効率を重視して今は1人で掃除をしている。
そんなニーナの元に、息を切らせながら走ってくる男性の姿があった。

「ニーナ!」

彼は整備責任者の上級生だ。
彼の慌てよう、そして自分が呼ばれた理由を考え、ニーナは予測をつける。

「もしかして……」

「そのまさかだ、頼む」

ニーナの予測どおりだと頷くと、そのまま上級生は走り去って行く。
ツェルニがまた、どこかに行ったのだ。見れば整備士達が忙しそうにあちらこちらを走り回っている。
整備士達が忙しそうなのはいつものことだが、今日のそれはいつもと様子が違っていた。

「そうか、それでか……」

それに気づかないとは、やはりニーナはどうかしているらしい。
ニーナはツェルニを探すためにモップを置き、この不調の原因を考え始めた。

(やはり、レイフォンが倒れたことが原因だろうか?)

それ以外考えられない。
あの時、ニーナは合宿所でレイフォン達の帰りを待っていた。
夜も更けていて、照明の少ない生産区だが、危険と呼べそうなものはそれほどない。フェリも出て行ったし、まさか暗さで迷子になるだなんて思いもしなかった。
となれば、唯一危険となりそうな存在は、牧場から逃げ出して野生化してしまった動物ぐらいだろうが、森海都市エルパならともかく、学園都市ツェルニのそういった動物の数は少なく、また、危険な類のものは皆無に等しい。
もし、突然変異で巨大化した鶏の親子が出たとしても、ナルキならともかくレイフォンがいればどうにでもなる。

だから、誰が自分達の地面に大穴が開くなんて思うだろうか?
最初、激しい揺れがニーナたちを襲った時、また汚染獣の巣穴に飛び込んでしまったのかと思った。
焦り、嫌な汗が背筋を冷やす。
そのすぐ後に、念威越しでもわかるほどに取り乱したフェリが伝えた事実に、ニーナは汚染獣の襲来以上に驚いた。
全身から血の気が引き、思わず足元がふらついてしまった。そんな大事故なんて、ニーナは今まで生きてきて見たことも、聞いたこともない。

(あいつの人生は荒れていなければ気が済まないのか?)

呆れるが、同情もしてしまう。
グレンダンで最強の称号、天剣授受者を得るものの、賭け試合に出てそれがばれ、都市を追放される。
このツェルニに来てからも、小隊に入れられ、汚染獣と戦い、様々な事件や事故に巻き込まれる。
そんな波乱万丈な毎日が、レイフォンには付きまとっていた。
それに、今でこそ武芸に前向きなレイフォンだが、当初は武芸を辞め、一般人として生きようとしたのだ。
もちろん、武芸者としての利益だけを享受することはできない。都市に危険が迫れば、その矢面に立たなければならないのが武芸者だ。
汚染獣との戦い、セルニウム鉱山を賭けた都市同士の戦争。武芸者は自身の命を懸け、都市の為に戦わなければならない。

だが、レイフォンは決してそれらの危険に尻込みし、恐れたわけではない。
それどころか、そういう場面に直面した時、自分1人だけで戦おうとする。自分だけで片付けようとする。

(あいつを引き止めてしまったのは、私か……)

カリアンに知られてしまったという不幸もあるが、その不幸にニーナは甘えていたのかもしれない。
当初は嫌がるレイフォンを無理やり、強引に勧誘して第十七小隊に入れたのだ。
そうしなければ第十七小隊を存続させることができないという理由もあったが、それは決して褒められるやり方ではないはずだ。
だけどレイフォンの強さに、最近では武芸に前向きな様子から、ニーナはレイフォンに頼り切っていた。
頼らないように努力はしている。そのために体を壊したこともあった。それでもレイフォンは一緒に戦おうと言ってくれた。
だが、レイフォンの実力が圧倒的で、ずば抜けていると言う事実だけは覆せない。その証拠に、自然と第十七小隊の戦い方、戦法はレイフォンに比重を置いたものになっている。

『あなたの台詞は立派だ。正しい。真っ直ぐだ。理想だ。だけどそれは、力がなければ叶わない。あなたにはそのための力が、レイフォンがいる。だからこそそんな発言が出来るんじゃないんですか?』

第十小隊との試合で、オリバーがニーナに言った言葉を思い出す。
あの時はすぐさま否定したが、今考えればまさにそのとおりではないかと思ってしまった。
自分には、自分達第十七小隊にはレイフォンがいる。他の隊にはない、圧倒的な力(戦力)がある。

(あの時、私はなにを考えた……?)

あの事故の時、フェリに知らされてニーナはシャーニッドとオリバーと共に、すぐさま救出に向かった。
そこで血塗れのレイフォンを見て、ニーナは自分の心臓が止まるのではないかという衝撃を受けた。
だが、一番の問題はその衝撃がある程度落ち着いた後……

(なにを、考えた……?)

自問するまでもない。次の試合のことを考えたのだ。
レイフォンが怪我をし、重傷を負ったと言うのに、いや、だからこそだが次の試合のことを考えた。
レイフォンが次の試合には出れないと言うことを医師から聞き、ニーナはショックを受けていた。
1人しかいない前衛が抜ける。それだけでも十分痛いが、事実はただそれだけではない。第十七小隊が完全に機能しなくなるとさえ思ってしまった。

(そんな訳はない)

それをニーナは全力で否定する。戦い方は他にいくらでもある。
シャーニッドはレイフォンの代役を見つけてくると請け負ってくれたが、例えいなくともなんとかなる。
攻めだとしたら、ニーナとシャーニッドかナルキのツートップで、どちらかに自分のサポートをさせることができる。
守りならば今のポジションを動かす必要はないだろう。
そんな考えで、そんな手で勝てるとは言わない。だが、うまくやれるはずだと今なら思う。

(それなのに、どうして?)

だと言うのに、あの時はどうしてレイフォンが抜けただけで全て終わったと思ったのだろうか?
暗闇の中、ニーナの持つ懐中電灯によって映し出されたレイフォンの姿。
血塗れで、青白い表情で目を閉じているレイフォンを見て、本当に全てが終わった気がしたのだ。
ニーナの想いも、希望も、その全てがボロボロと音を立てて崩れ落ちたように感じてしまった。
レイフォンには『なんとかする』と言ったが、その中身はこんなにも脆く儚い。
だが、怪我をしたレイフォンにこんな情けない姿を見せるわけにはいかない。だからこそ、虚勢でもあんな事を言い、それを真実にしようと決意した。

「情けない」

だからこそ嫌と言うほど自覚もした。
今まで頼りっきりになっていたと言うことなのだ。
レイフォンが武芸者として遥か上の領域にいることを受け入れ、その技を盗めるだけ盗んで強くなろうと思っていたはずなのに……

「くそ……」

あの血塗れの姿を見た衝撃が未だに抜けきらない。
見舞いに行った時にもその姿が頭に浮かんで、目を正面から合わせることができなかった。

「こんなことでは、駄目なのに……」

そんな風に、考え事をしながらさまよっていたためだろう。ふと我に返った時、ニーナは一瞬どこにいるのかわからなかった。
辺りを冷静に見渡してみると、そこは機関部の中心付近のようだ。
そこにはプレートに包まれた小山のようなものがあり、あのプレートの中に本来なら電子精霊が、ツェルニがいるのだ。
だが、そのツェルニが、電子精霊があのプレートの中で何をやっているのかはわかっていない。
なにを使って、どのようにして都市を動かしているのかもわかっていない。鉱山から積んだセルニウムをどうやって液状にし、エネルギーとしているのか、どうやって危険(汚染獣)を察知しているのかも知らない。
整備士や技術者達が触れるのは、中心から伸びるパイプやコードにつながれた機械だけだ。
過去に錬金術者達によって造られたレギオス(移動都市)の図面や知識は失われ、わからないことだらけなのだ。だから内部には、うかつに手を出すことすらできない。
そんな場所の近くに、ニーナは来ていた。

「まったく……どこにいるんだ?」

心ここに在らずだった状態を誤魔化すように、ニーナはわざと明るい声を出して辺りを見渡す。
そして探している存在、この都市の意思、電子精霊の名を呼んだ。

「ツェルニ!」

障害物などで見通しが悪い機関部内を、ニーナの大きな声が反響して響く。
その声に反応してか、パイプの隙間を縫うようにして遠くから光の玉が飛んできた。ツェルニだ。
その姿は裸体の小さな少女で、ニーナへと近づき、彼女の胸へと飛び込んだ。

「懲りない奴だな、お前は」

ツェルニを抱きしめ、呆れたように注意するニーナだが、楽しそうに笑うツェルニの顔を見るとなぜだか全てを許してしまいたくなる。

「今日はなにを見ていたんだ?」

ツェルニの長い髪をなでながら、ニーナは問いかけた。
だけどそれにツェルニは答えず、そもそも答えることができるのか、今までしゃべっているところを見たことがないが、ニーナの腕から抜け出し、背中へと回った。
ニーナの頭に抱きつき、顎を乗せる。髪が引っ張られたので、ニーナは思わずそちらの方を振り向いた。

「ん?こっちか?」

その方角は、ツェルニが向いている方角だ。
ツェルニはなにかをニーナに見せたいのだろうか?
だが、その視線の先にはなにもない」

「なにもないぞ?」

あるのはパイプと通路で入り組んだ機関部の風景だけ。
それ以外なにもなく、不自然に感じるようなものはない。

「ツェルニ?」

問いかけるが、ツェルニはニーナの頭の上でただ一点を眺めているだけだ。
それがなにをしているのか、なにがいるのかなんてわからない。

「……………」

ただ、言いようのない不安にニーナは包まれる。
それは先ほど感じた違和感。おかしな空気と同じだった。
だけどそれが何なのかは理解できず、ニーナは暫しツェルニと同じ方向を見つめているのだった。




































意識を取り戻してから1週間。
背骨の損傷は未だに残っているが、怪我もだいぶ良くなったと言うのにレイフォンは未だにベッドから出ることを許されてはいない。
フェリが毎日見舞いに来てくれてはいるが、やはり1日中ベッドの上と言うのは退屈なものだ。

「フォンフォン……あーん」

「またキッチンナイフを使ったんですか?危ないからそういうのは僕がやりますよ」

「病人にこんなことをさせるわけにはいかないじゃないですか。それだと看病の意味がありません」

フェリがキッチンナイフで果物の皮を剥き、その切れ端をレイフォンに差し出す。
フォークに刺された歪な形の果物を見て言うレイフォンだが、フェリは頬を膨らませて拗ねたように返答した。
そのしぐさに苦笑しながら、レイフォンは口を開けてフェリの『あーん』に応える。
口内に果物が運ばれ、それを齧った。しゃくりと言う音がし、甘酸っぱい味覚が広がる。
その様子を満足そうにフェリが眺めて、次の果物にフォークを突き刺した。

「あーん」

「あーん」

再び、レイフォンがフェリに運ばれた果物を齧る。
果物がなくなるまでそれは続き、一息ついたところで、レイフォンはため息を吐いてフェリに尋ねた。

「メイは……まだ気にしているんですかね?」

「さあ?ナルキの話だと、最近は学校にすら行っていないらしいですが」

フェリのそっけない返答に、それはモロに気にしているのではないかと思ってしまう。
それほどまでに告白が玉砕し、あの事故がメイシェンとしてはショックだったのだろう。
レイフォン自身、ぜんぜん気にしていないとは言えないのだが、やはりメイシェンのことが心配ではある。
ちなみに、あれからナルキが見舞いに来てくれたのだが、レイフォンの傍には常にフェリがおり、彼女の刺すような視線に言いたいことも言えずに帰るというのが何度かあった。

「あなたが気に病む必要はありません。あれは事故ですし、原因があるとしたらあの場所に呼び出したナルキ達です」

誰もあんな事故が起こるなんて予想できなかっただろうし、呼ばれ、ただ付いて行っただけのレイフォンに落ち度はない。
だから気にする必要はないというフェリだが、レイフォンはそうは思っていなかった。

「でも、僕が隠し事をしてたからあんなことに……」

「フォンフォン……」

フェリがレイフォンにそれ以上言うのを止めさせる。
レイフォンの瞳を正面から見つめ、半ば呆れたようにフェリは言った。

「あなたは本当にお人好しです。誰にだって人には言いたくない隠し事なんて一つや二つは持ってます。ただ、フォンフォンの場合はその隠し事が大きすぎ、重すぎるだけ。それ以外はなんら他の人とは変わりません。ですから、そのことを責めたりするのは間違ってます」

「フェリ……」

「それにですね、もうグレンダンでのことは終わったことなんです。天剣を剥奪され、都市を追放された。それでフォンフォンの罪はお終いです。十分咎は受けましたし、ガハルド・バレーンのことに関しては自業自得。それに関して恨んでいたゴルネオ・ルッケンスですが、彼に関しては都市外の問題を持ち込んだ校則違反です」

フェリはレイフォンの手に触れ、優しい視線を向けた。
表情の変化が乏しい彼女が、誰にでもわかるように微笑んだのだ。

「だから、あなたはなにも気にする必要はありません」

その笑みにレイフォンは癒される。
こういった彼女の笑顔を守りたかったからこそ、レイフォンはあの時、命を張ってフェリを護ったのだ。
それを護れて、レイフォンは満足している。また笑いかけて、彼を癒してくれる。
それだけで、レイフォンは幸せだった。

「ですが……」

が、次の瞬間にフェリの表情が険しいものへと変化した。

「あんな無茶をしてどういうつもりですか?もう少しで死ぬところだったんですよ」

「ふぇ、ふぇり!?」

頬を左右から引っ張られ、レイフォンは引き攣った表情で彼女の名を呼ぶ。
えらくご立腹なフェリは、今まで溜まっていた鬱憤を晴らすように続けた。

「今までは怪我も治りきっていませんでしたし、フォンフォンが私を助けてくれたことからあまり言いませんが、これだけは言わせてもらいます。馬鹿ですかあなたは?」

「ふへぇ、はふぁいふ」

「なにを言っているのかわかりません」

何を言っているのかわからないのはフェリが頬を引っ張っているからなのだが、フェリはあえてそれを無視した。

「もう少しで、出血多量で死ぬところだったんですよ」

「ふいまふぇん」

フェリに睨まれているが、頬が引っ張られて表情が引きつっているために、レイフォンの顔に締りがない。

「あなたなら、もっとうまくできたんじゃないですか?」

やっとフェリが手を離し、レイフォンの頬は解放された。
ひりひりと痛む頬をさすりながら、レイフォンは困ったように言う。

「あれが限界です。あの状況で全力は出せませんでした。剄の余波で大変なことになりますから」

「……それで、あなたが大怪我ですか?」

「まだまだ未熟ってことですね」

レイフォンが笑った。
誤魔化すような、引きつった笑い。
だけどフェリは、レイフォンのその笑いを正面から見ることができない。

「すいません……」

「……フェリ?」

さっきまで怒っていたと言うのに、今度は謝罪をした。
その挙動に不自然さを、違和感を感じ、フェリのことが心配になる。
今のフェリはとても弱々しく、心底申し訳なさそうに声を震わせていた。

「私の所為でフォンフォンに怪我をさせてしまって……私が、あの時なにもできなかったから……」

あの状況、レイフォン1人ならどうとでもなった。当然、無傷で切り抜けることだってできた。
だけど、それはできなかった。フェリがいたからだ。フェリがいたからレイフォンは全力を出せず、重傷を負ってしまった。
自分の所為でレイフォンが傷ついた。その事実が、フェリの胸をぎゅっと締め付ける。

「私は念威繰者なのに、咄嗟のことで念威のサポートが遅れて。一度は念威繰者以外の道を探そうと思いましたが……この力が及ばずにフォンフォンが傷ついたというのは、とても悔しいです」

フェリはあまりにも大きすぎる才能により、念威繰者として周りに期待され、自分の意思に関係なくその道を歩ませられようとした。
それが嫌で、それ以外の道を探したくてツェルニにきたのだが、今ではその念威の才能が及ばずに悲しい。
レイフォンは武芸者を続け、自分を護るためにその力を振るってくれる。
そんな彼を助けたいから、サポートしたいから、せめて自分にできる念威で補助しようとするも、前回の崩落事故ではその補助が遅れてしまった。
せめてあの時、レイフォンが全力を出せなくとも自分の補助がもう少し早ければ、レイフォンは怪我をしなかったのではないかと思ってしまう。
念威以外なにもできないのだから、せめてその念威で役に立ちたかったと言うのに……

そんな、今にも泣いてしまいそうなフェリを、レイフォンは優しく、包み込むように抱きしめた。

「フェリは悪くないですよ。大体、あんな状況で冷静にいられる人なんてそうはいません。僕自身、あの時は無我夢中でなにがなんだったのかわかりませんでしたから」

フェリの小さな体を自分の胸板に押し付け、レイフォンは甘い声でつぶやく。
この健気で優しく、愛しい恋人を慰めるように言い聞かせた。

「僕は怪我したことはなんとも思ってません。フェリに心配をかけて、試合に出れなくなったことは悪いと思いますが、それ以上にフェリが無事でよかったです」

この身が重傷を負おうが構わない。
何が何でもこの人を護ると決めた。
そのためなら、例えこの身が朽ちようとも構わない。
そう決意したからこそ、レイフォンはフェリのためならばどこまでも強くなれる。
フェリのためならばどこまでも優しくなれる。
だからレイフォンは、彼女を慰めるために笑った。

「それに、フェリは僕をちゃんと助けてくれたんですよ?あの時は足元のことにまで気が回りませんでしたから。念威でサポートしてくれたから、あの程度で済んだんです」

胸元から離し、今度はフェリの瞳を見つめる。
涙ぐんで潤んだ瞳が切なく、だけど美しかった。
フェリの美しさ、かわいらしさに思わず息を呑み、レイフォンはわずかに緊張した。
愛しい女性。誰よりも大切な人。
彼女の悲しそうな顔なんて見たくないから、レイフォンは笑い続ける。

「ですから、ありがとうございます。そして、あなたが無事でよかった。それだけで僕は十分です。本当によかった」

「フォンフォン……」

フェリはいつもレイフォンの傍にいてくれた。
フェリはいつもレイフォンを支えてくれた。
だからこそそれを失うのが怖く、失わなくて良かったとレイフォンは安堵の息を付く。
そんな優しい、緩みきった笑顔に、フェリは安心した表情で返す。

「フェリ……」

レイフォンはフェリの頭の後ろに手を回す。
彼女の小さな体と頭部を固定するように、そのまま引っ張るように抱き寄せ、顔を近づける。
あの時、メイシェン達の前ではフェリからしたが、今回はレイフォンから仕掛ける。
フェリも拒まず、その行為を受け入れた。

互いの息遣いが感じられるほどの至近距離。
既に何度も交わっているが、やはりこれは何度やっても胸がドキドキと脈打ち、落ち着きがない。
それでも心地よく、やれば幸せな気持ちになるのだからやめられない。
もはや癖になり、一日中やり続けていたいほどだ。

交わされる唇と唇。所謂キス。
互いの唇の感触を感じつつ、レイフォンとフェリは唇を交えた。
触れるだけの優しく、甘い口付け。
その最中……

「やぁ、元気……かね?」

ノックの音がし、扉が開かれる。
それに反応するのが遅れ、レイフォンとフェリの唇は交わったままだ。
それを目撃する、長い銀髪の男性。
フェリの兄であり、この学園都市の生徒会長、カリアン・ロス。
彼が目的したのは、妹が異性とキスをする姿。
その光景に思考が止まり、彼のいつも何を考えているかわからない不気味な笑顔が固まる。
思考が真っ白となり、頭の中が空っぽとなった。
これほどショッキングな光景は、彼にとって生まれて初めてかもしれない。

「……………」

「……………」

気まずい。
唇を離したレイフォンとフェリだが、もう遅すぎる。
カリアンにはばっちりと目撃され、言い訳も弁解も意味はない。
と言うか、それすらをする必要はないのかもしれない。
言い訳や弁解以前に、レイフォンとフェリは恋人同士で付き合っているのだ。
だから兄であるカリアンにはいつかばれるだろうと思っていたし、いつかは話すべきことだとも思っていた。
それが早いか遅いだけのこと。だが、こういったタイミングでばれるとは流石に思わなかったが。

「……………」

無言のまま、カリアンは病室の隅にある椅子へと視線を向けた。
そのまま椅子へと近寄り、足の部分を持ち上げる。

「死んでくれたまえ、レイフォン君!!」

椅子を振り上げ、すぐさま振り下ろす。
妹に手を出す害虫を殴打しようと、全力でだ。

「落ち着かんか!」

「ぐぇっ……」

だが、それは同席していたヴァンゼによって阻止された。
椅子を取り上げ、カリアンを背後から絞め落として気絶させた。
よく気絶させるには鳩尾や背後の首筋や頭部を狙うといいと言うが、あれは難しく、できるのは達人級の腕を持つ人物の話。
だから、ヴァンゼのやった絞め技はある意味安全で、一番効果的な方法でもあった。

「さて……」

ぐったりしたカリアンをそこら辺にあった椅子に座らせ、ヴァンゼは気まずげに咳払いをする。
カリアンと共に訪れたヴァンゼも当然あの光景を目撃しており、気まずさは拭えない。
それでも、これだけは言おうと口を開いた。

「仲が良いのはいいことだが、あくまで学生なんだ……節度は守れよ」

「す、すいません……」

「善処します」

未だに気まずい雰囲気の中、カリアンが気絶しているのを放置しつつ、ヴァンゼは今回訪れた用件をレイフォン達に告げた。







































対抗試合の日が来た。
観客席から聞こえる声援には、いつも以上に熱気が宿っていた、
今日の試合で対抗試合の全日程が終了する。それは、小隊ごとの順位が決まると言う意味もあった。
観客達にとって、純粋にどこの小隊が一番強いのかを知りたいがための熱気だろう。
特に、今日の試合内容によって首位の順位が入れ替わるため、観客達も最後まで試合から目を離せない。

「結果によりゃ、うちの小隊が首位に立つことも可能か?」

シャーニッドの気楽な、だけどどこか緊張した声が控え室に響いた。
首位争いをしているのはヴァンゼ武芸長率いる第一小隊、ニーナが以前所属していた、シン率いる第十四小隊だ。
第一小隊はゴルネオ率いる第五小隊に破れ、第十四小隊は第一小隊に1敗しており、敗戦数が1と並んでいる。
第五小隊は一時期、セルニウムの補給後に調子を落としてしまったため、格下の小隊に痛い1敗をしてしまった。
そのために第十七小隊に敗北した分も合わせて現在2敗。順位は3位となっている。
第十七小隊はそれと同一で、現在3位。首位に立つ可能性は低い。
だが、首位に立つ可能性は低いというだけで、僅かにある。

第十七小隊の相手は第一小隊。
第十四小隊の相手は第五小隊。

第一小隊に第十七小隊が勝ち、第五小隊が第十四小隊に勝てばこの4つの隊が2敗で並ぶ。
自力優勝の可能性は消えているのだが、他力本願、結果次第では首位に立てる。
ただ、第一小隊が勝って、第十四小隊も勝てばこの2つが同率首位。
どちらか一方が勝って、どちらか一方が負ければ、勝ったほうが首位となる。
故にこの試合、気が抜けなかった。先に試合のあった第五小隊が、第十四小隊を破ったために余計にだ。

「こうもうまく展開が進むとはな」

先ほども言ったが、現在は第十四小隊と第五小隊は2敗。
第一小隊が1敗だが、第十七小隊は2敗のため勝てば並ぶ。
4つの隊が首位に立つのか、第一小隊が単独の首位に立つのか、観客達の注目度がさらに高まる。

「この試合、絶対勝つぞ!」

ニーナにも欲が生まれ、試合に勝つと意気込む。
隊の状態がレイフォンを欠いて万全ではないとはいえ、勝てば首位。しかも相手はツェルニ最強と名高い第一小隊。
レイフォンなしでの勝利は、第十七小隊の成長を示すこれ以上ない機会だ。

それに以前、週刊ルックンと言うツェルニで一番売れている雑誌で、各小隊の隊長のインタビューが取り上げられたことがある。
その時、第五小隊のゴルネオが言っていた。
第一小隊に勝てないと言うことは、以前にツェルニが敗北した時代から何も変わっていないに等しい。
ニーナだって同じ考えだ。その時代から第一小隊は頂点として君臨していた。ならばその頂点を妥当しなければ、ツェルニは変われない。
なにより、レイフォンが抜けた穴が埋められないとは思いたくない。観客ではなく、レイフォンにだ。
『なんとかする』と言ったのだから、実行してみせないといけない。
レイフォンに、自分達がちゃんと強くなっているところを見せなければならない。

「気合十分だな。ま、俺もいつになく張り切ってんだが」

軽い物言いだが、シャーニッドだって今回の試合がどれほど大事なのか理解できる。
錬金鋼の調整を念入りに行っていた。
次にニーナはダルシェナへと視線を向ける。
彼女は控え室の端で瞑目したまま動かない。あれが試合前の、彼女なりの集中方法なのだろうか?

「作戦は……隊長?」

その姿勢のまま、ダルシェナが口を開いた。
この場にいる全員の視線がニーナに集まる。

「私とナルキが左翼より先行、ダルシェナは右翼で待機してください。シャーニッドはフェリと協力して狙撃ポイントを目指す。開幕はこれで行きます」

ニーナの作戦を聞き、ダルシェナが疑問を抱く。

「今回はこちらが攻め手だ。隊長が敗れれば負けるが、それでいいのか?」

その疑問は、隊長であるニーナが自ら先行する危険を指摘するものだった。
だが、この程度の指摘は予想の範囲内で、この作戦を変えるつもりはない。

「私の心配は無用でお願いします」

ニーナには金剛剄がある。レイフォンに教わった防御技だ。
グレンダンの天剣授受者、リヴァースの使う技で、これならば並大抵の攻撃を防ぎきると言う自身がある。

「なら、私は行ける時に行けばいいんだな?」

「はい」

「了解した」

作戦を確認し、それが終わるとダルシェナは再び瞑目を続けた。
正直な話、ニーナは隊長としてダルシェナをどう使えばいいのかわからない。
やはり一番の問題は、ダルシェナが第十七小隊に加入して日が浅いと言うことだ。
連携の問題もそうだし、ビデオなどで第十小隊の試合は確認して分析はしたものの、それはダルシェナ個人ではなく第十小隊としての姿だ。
第十小隊はダルシェナの突貫力を最大限に利用した戦法を取っていた。今まで形の違った、あの第十小隊にとって最後の試合でも例外ではなく、ダルシェナの突貫力はとても重要なものだった。
その戦法をニーナの脳内で応用はできても、現在の第十七小隊の戦法に反映させるのは難しい。やはり、時間が足りなさすぎた。
だからこそ、前衛にダルシェナと言う優秀な駒がいても、指揮官であるニーナはその駒をどう扱えばいいのかわからない。
無難な、彼女の突貫力を活かす作戦を考えたつもりだが、本当にこれでいいのかとやはり不安は拭えない。

だが、だからと言って試合を諦めるとか、投げるなんて選択肢はもちろんない。
これは悩みぬいた末に考え付いた、最上の作戦なのだ。
この試合に勝つと意気込み、レイフォンに頼らなくとも大丈夫だと証明するための作戦。
ニーナが固く決意を固めていると、隊員のそれぞれの錬金鋼をチェックしていたハーレイが、最後にニーナの番だと歩み寄ってくる。

「レイフォンの手術、今日だってね。もう終わったかな?」

「どうかな?医術のことはわからない」

そのチェックの最中、ハーレイがレイフォンの心配をしてつぶやく。
奇しくもレイフォンの背骨の手術は今日行われる。
脊髄に刺さった背骨の破片を抜き取る手術だ。医術や医学が専門外とはいえ、その手術がどれだけ大変で、繊細なものかは予想できる。
だからこそニーナも心配で、試合前だと言うのにそのことを考えてしまう。

「無事に終わるといいね」

「そうだな」

言って、今気づいたと言うようにハーレイが疑問を上げる。

「そう言えば……フェリは?」

「なに?」

ハーレイに言われ、ニーナは辺りを見渡す。
ここにいるのは、ニーナとハーレイ、ダルシェナとシャーニッド、そして首位が懸かっているために緊張でガチガチとなっているナルキ。全部で5人。
レイフォンは現在手術中だから当たり前でいないが、それでも1人足りない。言うまでもなくフェリである。

「どこに行ったあいつはァァ!?」

「ってか、今日ってフェリちゃん、最初からいなくなかったか?」

むしろ、何で今まで気づかなかったのかと嘆く。
大事な試合前だと言うのに、第十七小隊の念威繰者であるフェリの姿がない。
いつも静かで、隅で本ばかり読んでいたから、それで気づくのが遅れたのかもしれない。

「ちょ、どうするの!?」

「私が知るか!ハーレイ、探して来い!!」

「どこを?」

「いいから早く行け!」

ハーレイをけしかけ、自分も探しに行こうとすぐさま支度をする。
だが、ニーナ達が行動に移る前に、控え室であるドアがトントンとノックされた。

「どうも~」

「お前は……」

現れたのは、武芸科2年のオリバー。

「応援と、助っ人を連れてきたぞ」

「ディン!?」

オリバーはディンが座った車椅子を押し、室内へと入ってくる。
その背後に、

「えっと……その、よろしくお願いします」

元第十小隊の念威繰者の姿があった。





































「フェリ、いいんですか?試合の方は」

「試合どころじゃなくなったじゃないですか。そもそもフォンフォンの方こそいいんですか?手術が終わったばっかりだと言うのに、こんな無茶をして……」

「はぁ……ですが、僕以外にはできませんから」

「……つくづく、ツェルニのレベルの低さには呆れ果ててしまいます」

「それは違いますよ」

そのころ、当のフェリは手術を終えたレイフォンと共にある場所に向かっていた。
レイフォンの手術自体は簡単に、あっという間に終わったのだ。
場所が場所だけに細心の注意を払い、計画が練られたが、後はその決められたとおりにやればよかったらしく、一度の手術で全てが終わった。
何度かに手術を分ける必要がなく、背中の傷口を縫った糸は回復に合わせて解けて消えるタイプらしく、抜糸の必要もない。
背中には細胞充填薬(さいぼうじゅうてんやく)と言う薬が塗られたシップが貼ってあり、活剄で回復の手助けをすれば今日にでも傷口は塞がるだろうとのことだ。
ただ、手術による体力の低下だけはどうしようもなく、今のレイフォンは万全ではない。
だと言うのにこれから、ある場所に出向かなければならないのだ。
それがフェリにとっては心配なのだ。

「ここは学園都市です。きっと、これが普通なんですよ」

「馬鹿ですかあなたは?これが普通だと言うのなら、とっくに学園都市は全て滅びています」

「それもそうですね……」

確かに学園都市の武芸者は未熟者の集まりだ。
故に戦力的には通常の都市より劣り、電子精霊も汚染獣と遭遇しないように細心の注意を払う。
武芸大会と言う名目を取っている以上、また何らかの理由で都市を出る以上、レイフォンのような例がない限り学園都市同士の戦力など、どこもそんなに変わりはないはずだ。
だが、今のツェルニは明らかにおかしく、普通ではない。
レベルだとか、そんな話ではなく、このようなことが立て続けに起これば都市は普通ならば滅ぶ。例外はグレンダンだけだ。
レイフォンがツェルニに来て、三度目の危機。その事実に渋い顔をしながら、2人は目的地へと辿り着いた。

「一応準備はできているが……使う気はないんだろ?」

「はい……」

場所はツェルニの下部ゲート。
そこには車椅子に座った、色白の男性が待ち構えていた。
本来は美形なのだが、彼の目付きの悪さがそれを台無しにしている。
ハーレイと同じく錬金科に在籍しているキリクだ。彼の傍に置かれているテーブルには、錬金鋼が乗せられていた。

「お前の強情さにはうんざりするな」

「すいません」

キリクの不機嫌そうな表情に、レイフォンは頭を下げる。
2人の視線は、テーブルの上にある錬金鋼へと向いた。

「お前のために作ったんだ。それを、使わないと言われてはこいつがあまりに惨めだからな」

一際大きな錬金鋼と、特製の皮ベルトに収められたスティック状の錬金鋼。
新たにキリクが開発した、複合錬金鋼とその媒体達だ。
この媒体の組み合わせにより、複合錬金鋼は様々な形状を取ることができるのだ。

「現状では剣、糸、槍、薙刀、弓、棍への変化が可能だ。剣のバージョンはいくつかある……お前の願いどおり、刀への変化は除外した」

「はい」

「まったく……」

刀を使わないレイフォンに呆れつつ、レイフォンが都市外戦闘用の装備をしたのを確かめ、複合錬金鋼について説明を始める。
それを黙って聞いていたレイフォンだが、背後から躊躇なく声が割り込んできた。

「へぇ、面白いもん持ってるさ~」

ハイアだ。彼の発言に、レイフォンは顔をしかめる。

「機密事項だ。失せろ」

「へーい」

レイフォンが何か言うよりも先にキリクに睨まれ、ハイアはあっさりと下がっていく。
下がったハイアが向かった先には、数台のランドローラーが並んでいた。
さらには10人ほど、武芸者が待機している。彼らは皆、ハイアの部下。
つまりはサリンバン教導傭兵団の武芸者達なのだ。
どうしてこのようなことになったのか、レイフォンはあの日、病室を訪れてきたカリアンとヴァンゼのことを思い出す。








「実は都市に異常が起きている」

「遺言はそれでいいですか?」

「フェリちゃん……これは一応真面目な話だから、それは仕舞ってくれると嬉しいな」

「嫌です」

復活したカリアンは状況をレイフォンに説明しようとするが、えらくご立腹なフェリによって表情が引き攣る。
その理由は、カリアンの周囲をぐるりと囲む念威端子。
それらがバチバチと嫌な音を立てている。念威爆雷だ。
これらがいっせいに爆発でもしたら、カリアンは無事ではすまない。故に表情が引き攣る。

「……まぁ、いい。これは傭兵団からもたらされた情報だが……」

その言葉に、嫌でもハイアの顔が浮かび上がり、レイフォンの表情が歪んだ。
どうにも彼は苦手なのだ。
あの試合後もまだ廃貴族を狙っているらしく、今もツェルニに滞在しているようだ。

「ああ、そんな顔をしないでくれたまえ。彼らにはまだ使い道がある」

「どんなですか?」

問い質したのはフェリだ。
フェリ自身、印象が最悪だったのか彼女もハイアを毛嫌いしている。
さらにはこの兄がまた、何か良からぬ事を考えているのではないかと、さらに険悪な雰囲気で睨み付けていた。

「対汚染獣の戦力として彼らの実力は捨てがたい。また、あの廃貴族とやらを処分してもらうためにも、彼らにはいてもらわなければならない。もちろん、前回のような手段以外で、だがね」

そんな都合のいい方法があるとは思えないが、汚染獣については本気なのだろう。
今更言うまでもないが、ここの学生武芸者達は未熟だ。
戦闘経験も無く、汚染獣を見たのだってあの幼生体戦が初めてだったのだろう。
グレンダンならば初陣の前に熟練の武芸者の戦闘を見学するのだが、そういった経験も無いようだ。
今まで気づかなかったがやはりグレンダンが異常で、他の都市は比較的平和らしい。

「それで……」

ここで話題を戻し、サリンバン教導傭兵団のもたらした情報が何なのかと確認を取る。

「ああ。彼らだが……彼らのところの念威繰者が汚染獣を発見した。都市の進路上だ」

「え……?」

「進路上?」

カリアンの言葉にフェリが訝しみ、レイフォンは困惑した。
都市はグレンダンと言う例外でもない限り、汚染獣を回避して進むものだ。
だが、なぜ都市は回避行動をしない?念威繰者が察知できる距離にいると言うのに。

「おかしな話だ。最初は疑ったよ。もちろん察知した念意繰者も疑ったようだ。ハイア君への報告を遅らせて、数日間観察したようだからね」

そこで、カリアンは一呼吸置いた。
話の内容が重く、心労のためか眼鏡の奥で瞳が鈍く光る。

「しかし、都市は進路を変えなかった。依然、同じ方角に向かって進み、汚染獣もまたその場所から動いていない」

「私はその話を聞いていませんよ。言われれば、確かめるくらいはしたんですが?」

「距離がずいぶんとあったからね。あれぐらいになると念威端子を飛ばすよりも探査機を向わせた方が早い。結果は昨日来た」

カリアンは鞄から書類封筒を取り出すと、レイフォンへと渡した。
こんなことは前にもあった。予想通り中に入っていたのは写真だ。
汚染物質の為に写りは悪く、無限に広がる荒れ果てた荒野の光景が広がっている。
その中心には、無数の影が写っていた。レイフォンにとってよく見覚えがあり、最悪な影。
休眠中の汚染獣『達』の影だった。







「兄の人使いの荒さには殺意を覚えますね。本気で屠ろうとすら思いました」

「本気……ですか」

あの後、カリアンはフェリによる念威爆雷で黒焦げになっていた。
入院中のレイフォンを迎撃に向かわせると言われ、フェリが切れたのだ。
その結果、今度はカリアンが入院したりしている。
その上、カリアンとヴァンゼを脅迫して今回の汚染獣討伐に同席したのだ。
日程が対抗試合とかぶってしまったが、そこは無理を通した。生徒会長と武芸長、都市の権力者である2人。この2人を使って通せないことなどない。
そんなわけで出場できないフェリの代わりに、第十七小隊には急遽、代わりの念威繰者が向かっているはずである。

「ああ、そうだ。紹介しとくさ~」

キリクの説明が終わり、レイフォンがフェリと話しながら複合錬金鋼とカートリッジを腰に納めていると、ハイアが声を上げ、ランドローラーの周りにいた部下の1人を呼び寄せた。

「こいつが汚染獣を察知した念威繰者さ。俺っち達のサポートもすることになってんだが、そっちは自前の念威繰者を使うってことでいいのか?」

「そうです」

フェリが答え、ハイアの背後に控えた長身の人物に視線を向ける。
レイフォンもその視線を追ったが、そこに立っている人物はどうにも奇妙だった。
頭から全身をすっぽりとフードとマントで隠している。フードから覗く顔には硬質の仮面をかぶり、手には皮手袋をはめている。
仮面では覆いきれない首の部分にまでマフラーのように布を巻いており、徹底的に地肌を隠していた。

(この人が……)

探査機を飛ばさなければならないような遠距離にいる汚染獣を、誰よりも早く発見した念威繰者。
その実力が本当なら、フェリよりも凄い念威を持っているかもしれない。

「フェルマウスさ。声帯が駄目になってるんで、通信音声以外ではしゃべらないさ~」

「よろしくお願いします」

ハイアの言うとおり、頭上にある念威端子から機械的な声が聞こえてくる。
性別と感情を感じさせない、淡々とした声だった。

「こいつは念威の天才なんだけどさ、他にも特殊な才能があってさ~。それのおかげでこんな格好をする羽目になったのさ」

「特殊な才能?」

自分の手の内、部下の能力を簡単に晒そうとするハイアを不審に思うレイフォンだが、黙ってレイフォンは続きを聞く。
なぜならハイアに何の企てもなく、まるで自慢したがる子供のように見えたからだ。

「汚染獣の臭いがわかるのさ~」

「臭い?」

だが、その内容は到底信じられなかった。
汚染物質の舞う外に出てしまえば、臭いを嗅ぐ余裕なんてない。都市外装備を着なければ、汚染物質であっという間に全身を焼かれてしまう。
嗅覚なんてものは真っ先に麻痺するだろう。

「お疑いでしょうが、臭いの判別はできます」

そんなレイフォンの疑問に、機械的な声でフェルマウスが答えた。

「ヴォルフシュテイン……あなたは数多くの汚染獣を屠ってきた。あなたの体に未だ残っている臭いからそれはわかる。余人にはわからないかもしれないが、私にはわかる。あなたはここにいる誰よりもたくさんの汚染獣を屠ってきた。そんなあなたと戦場を共にできることは光栄だ」

「あの……もうその名前は……」

「そうでした。失礼、レイフォン殿」

素直に、丁寧に謝罪し、頭を下げるフェルマウスに嫌味などと言ったものは感じず、あまりの礼儀正しさにレイフォンの方がかしこまってしまった。

「おいおい。こないだ俺っちが痛い目に遭わされたってのに、おべっかなんて使う必要はないさ~」

第十小隊との対抗試合の時は激突はなかったが、レイフォンとハイアは初対面でいきなり戦闘を行った。
その時、レイフォンは相手を違法主の密輸に加担したと思って、また、私情により若干虫の居所が悪く、ハイアの肋骨を数本折っていた。
そのことを言うのだが、フェルマウスは刺すような視線を向けてきた。

「あれは団長が悪い。目的のために手段を選ばないのは初代から続く方針だが、前回のことではヴォルフシュテイン……失礼、レイフォン殿を挑発する行動はまったく必要ではなかった。むしろ廃貴族の危険性をきちんと説明し、協力を仰ぐべき相手を敵に回すなど、リュホウがいれば愚か者と言われても仕方のない行為だ」

「先代(おやじ)のことを言うなさ~」

「いいや、言わせてもらう」

ハイアがうんざりとしながらフェルマウスに叱られている。
その背後では傭兵団の連中が朗らかに笑っていた。
妙に親近感が沸く複雑な心境で、レイフォンはハイア達を見ていた。

「そろそろ本題に入ってもらえますか?」

「いいこと言うさ!」

「む……これはすみません」

フェリに冷たく突っ込まれ、ハイアは嬉しそうに、フェルマウスは相変わらず感情を感じさせない声で言う。

「……まぁ、すぎたことはこれ以上言っても益はないでしょう」

「いや、これ以上は勘弁して欲しいさ~」

ハイアはぐったりと床に座り込み、フェルマウスがレイフォン達へと向き直る。

「私のことでしたね。話を戻しますが、私は確かに汚染獣に対して独自の嗅覚を持っています。その臭いとは汚染物質を吸い寄せる際に発する特殊な波動です。都市の外がほぼ常に荒れた風に覆われているのは、汚染獣達が汚染物質を動かしているためです」

「は、はぁ……」

汚染獣が大気を動かしていると言う話をされても、レイフォンには理解できずに唖然としている。
フェリ自身も訝しみ、胡散臭そうに話を聞いていた。

「私の嗅覚は、その波動に乗った汚染獣の老廃物質の臭いを感じ取ることができます」

「ですが……」

その言葉に、2人は未だに説得力を感じない。
汚染獣が大気を動かすなんて信憑性もないし、突拍子もなさすぎる。
胡散臭いし、そして何より、レイフォンとフェリが疑問を感じているのは……

「ええ、わかります。汚染獣の臭いを感じるにはエア・フィルターの外に生身でいなければならない」

「……はい」

どうして臭いを感じることが、エア・フィルターの外に生身でいることができるのかだ。
フェルマウスの右手がゆっくりと上がり、尚も話が続けられる。

「汚染物質に長時間生身で晒されれば、人は生きていけない。その体は焼け、腐り、崩れ落ちていく。私の体もその苦痛の縛から逃れることはできない。また、そんなことを何度も繰り返しているのなら除去手術が間に合うはずもない……」

除去手術と言うのは、体内に侵入した汚染物質を取り除く手術だ。
先代サリンバン教導傭兵団団長も、この手術が失敗して命を落とした。
それほどまでに汚染物質は人体に有害な物質なのだ。

そして話の最中、上げられたフェルマウスの右手が、仮面の顎の部分をつかんだ。

「しかし、私にはもうひとつ異常な体質があった。あるいは耐性ができたのかもしれない。私は汚染物質の中にいても死ぬことはない、特殊な代謝能力を手に入れることに成功した。私の体を調べれば、あるいはもしかしたら、人は汚染物質を超越する日が来るかもしれません」

フェルマウスが仮面をはずした。
フェリが息を呑み、ぎゅっと服の裾をつかんだ。
レイフォン自身も言葉が出ず、僅かに開いた口が開きっぱなしになっていた。

「しかし、その代償は私のような者になることかもしれませんがね」

墨を塗ったような黒い肌があり、その上を赤い血管が走っている。
鼻梁は崩れ落ち、鼻だった穴が二つあるだけ。
瞼なんてなく、白く濁った眼球が剥き出しで露出していた。
唇は裂け、その隙間からは対照的に白い歯が覗いている。
除去手術が間に合わないほどに汚染物質を浴び続け、そして現在も生きている人間の顔がそこにはあった。仮面やフードなどは、これを隠すためのものだったのだろう。

「私の感覚を、どうか信じてくださいますよう。陛下に認められし方よ」

仮面をかぶりなおしたフェルマウスは、再びレイフォンへと頭を下げた。




































あとがき
もう指は完璧ですね。
ワードで30ページほど。指はぜんぜん痛くないですw

さて、今回の話は対抗試合前で切ってます。
そして、フェリは対抗試合よりこちらの方を優先させました。
それから、この作品ではゴルネオが精神的に追い詰められ、シャンテ負傷で第五小隊が+1敗しております。そんな訳で第十七小隊にも首位に立つ可能性が出ました。
と言うか、むしろあんな大打撃を受けて、よく第五小隊はここまで暗い付いたなと思います(汗

なんにせよ、この作品は展開のノリで書いているので、作者自身次回がどうなるのかわかりません(汗
ただわかっていることは、廃貴族は絶対にニーナには憑かないってことです。まぁ、読者の方々は誰に憑くかなんて既にバレバレでしょうがw



最近、黒執事には待っているこのごろ。
影響され、療養中にノリで携帯にSSメモってたと言う始末。
代執を兄に頼み、リリなの×オリジナルキャラのSSなんて書いてました。
ただ、その悪魔の設定上XXX板にあります。そろそろ2話を書こうかなんて思っているこのごろ。
完全に趣味で、書いててめちゃくちゃ楽しかった作品なんですが、思った以上に好評なようでよかったです(苦笑
批判や批評がくるかななんてびくびくしたもんですが、案外わからないもんですねw

さて、雑談はこの辺にして、今回はこれで失礼します。
では!


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