理不尽だ。あまりにも理不尽だ。
ゴルネオ・ルッケンスはシャンテを追いながらそう思う。
別に今回の件においては完璧にこちらに非があり、シャンテの尻拭いをするのは当然のことだ。
故にバンアレン・デイ当日は、所用で警護に加われないレイフォンの代わりを務める。それは別にかまわない。
だが、この理不尽さには流石に泣きたくなった。
自分は、シャンテを追っているはずだ。いや、追っていたはずだ。
なのになぜ、今は逃げている?
「ゴルネオ・ルッケンス……死んでください。今すぐに」
そしてなぜ、所用で外しているはずのレイフォンに追われている?
なぜ命を狙われている?そもそも、用はどうした?
わからない、あまりにも理不尽だ。
元とはいえ天剣授受者に命を狙われる絶体絶命の状況。
ゴルネオは思う。一体どうしてこうなった?
「フォンフォン、お菓子です」
「ありがとうございます、フェリ」
昼休み、フェリにお菓子を渡されてご機嫌なレイフォン。
早速食べてみたのだが、ちょっと甘いと思いはしたものの、そこそこおいしく、フェリの料理の腕も本当に上達したのだと思った。
なんにせよお菓子を貰えて満足し、この後は放課後にもどこかに出かけようと言う手はずだった。そう、デートである。
「ところでフォンフォン、お願いがあるのですが」
「はい、なんですかフェリ?」
だからこそ上機嫌で、そもそもフェリからのお願いをレイフォンが断るはずもなく、快く承諾の意を示す。
内容を聞くまでもなく、即答で。
「ゴルネオ・ルッケンスに用があるのですが」
「は……?」
即答はしたが、意味は理解できなかった。
何故ゴルネオに用事があるのか?
そんなレイフォンの疑問に答えるように、フェリが言った。
「何でも、お菓子を渡すらしいです」
その言葉がレイフォンの表情を険しくさせる。
それはフェリが、ゴルネオにと言うことだろうか?
冷静に考えれば違うとすぐにわかるし、そもそも『渡すらしい』と言う物言いからフェリ本人ではないことなど明白だ。
ただレイフォンはご機嫌だった心境に水をさされる形となり、そしてゴルネオの名前が出たことから冷静さを失いつつあった。
「わかりました。ゴルネオ・ルッケンスをここに連れてくればいいんですね?」
「はい」
フェリの言葉に引き攣った笑顔で確認を取り、レイフォンは言った。
「それでは、引きずってでも連れてきます」
手段は選ばず、なにがなんでもゴルネオを連れてくる。
そう、生死は問わずに。
「あの……大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫ですよ、フォンフォンは頼りになりますから」
活剄を走らせ、建物の屋根を跳びながら去っていくレイフォンの背を見送りながら、フェリとその友人であるエーリが言う。
友人とは言っても先ほど初めて話したばかりのフェリのクラスメイトで、エーリは艶やかな黒髪の持ち主で、外見も結構良く、美少女と言ってもなんら遜色のない少女だが、クラスでは少し浮いていた。
それは他人と必要以上に会話をしないフェリにも言えることかもしれないが、エーリの場合は普段からどこか暗く、必然的にクラスから浮いてしまうのだ。
そんな彼女が何時にも増して、何時も以上に暗く、負の感情と挫折感をまとっていたことから、思わずフェリは話しかけてしまった。
で、そのエーリの負の感情と挫折感の正体なのだが、なんでもバンアレン・デイのために作ったお菓子を失くしてしまい、それで暗くなっていたらしい。
普段は暗く、控えめなエーリだったが、今日だけは積極的になり、お菓子を渡して告白しようと決意したのだが、そのお菓子を失くしてしまったのだ。
そんな彼女を放っておけず、フェリは思わず協力を申し出てしまった。
自覚はないのだが、最近のフェリは変わりつつある。その理由はやはりレイフォンで、恋人と言う存在が出来たからなのだろうが、最近では稀に笑い、クラスの者達ともたまに会話を交わす。
故に、勇気を振り絞ろうとしてもそれが折れてしまった彼女を放っておけず、フェリは申し出た自分でも驚いたが協力をする事にした。
もっとも、それ以上にエーリの告白する相手がゴルネオだと言う事に更に驚いたが、なくしたものは仕方なく、大事なのは気持ちだと言う事でお店でお菓子を購入し、それをゴルネオに渡す事にした。
そして、肝心のゴルネオの居場所だが、場所はフェリの念威で特定できる。
ただ、ゴルネオとの接点がエーリにはないし、いきなり押しかけるのもエーリにとっては大変だろうから、直接ゴルネオにこちらに出向いてもらう事にした。
この時、ゴルネオへの迷惑などは考慮しない。なにせ、前回の廃都で迷惑をかけられたのはこちらなのだから。
レイフォンが暴走してシャンテとゴルネオを殺そうとしたものの、アレはあっちが悪いし、重傷だったシャンテもとっくに退院していたので特に気にしない。
ならば後は力技と言う事で、レイフォンにお願いして引きずってでもこちらに連れてきてもらう事にした。
そしてレイフォンは、やる気満々でゴルネオの元へと向う。
「止まってください、でないと殺しますよ。まぁ、止まっても殺すんですが」
「ならばどうしろと言うんだ!?」
そして話は冒頭へと戻る。
確かにレイフォンはやる気満々だった。そう、『殺る気』満々だった。
レイフォンはゴルネオを追い、必死に逃げるゴルネオ。
昨夜、レイフォンの代わりに都市警に協力し、ちょうどシャンテを追っていたゴルネオ。
だが、今の暴走状態のレイフォンがそんな事を配慮するはずがなく、殺る気でゴルネオを追っていた。
「何時までも逃げ切れると思ってるんですか?仮にも、天剣授受者だった僕が少し本気を出せば……」
「!?」
その逃走劇も、呆気なく終わろうとしていた。
そもそも、今までゴルネオがレイフォンから逃げられていた事が奇跡なのだ。
ゴルネオは確かに格闘技を主体とした化錬剄を使い、身体能力は優れているが、それでもシャンテには及ばない。そして、剄の量が並外れ、天剣授受者だったレイフォンにも遠く及ばない。
気がつけば既に、レイフォンはゴルネオの真後ろへといた。
「では、死んでください」
レイフォンが素敵な笑顔を浮かべ、蹴りの動作に入る。剣ではなく、蹴り。だがそんなもの、何の慰めにもならない。
活剄で強化されただけだが、元でも天剣授受者の本気の一撃。そんなものを受ければ、いくらツェルニで実力がずば抜けているゴルネオでも無事ではすまない。余裕で絶命することが出来るほどの一撃だ。
冷や汗をだらだらと垂れ流し、死を予感したゴルネオだったが……
「……誰ですか?」
レイフォンの蹴りがぴたりと止まり、辺りを囲むように現れた気配へと言う。
いや、誰かはわかっている。だがレイフォンの言葉には、彼らの名前はと言う意味も含められていた。
その人物達は武芸者。現れたのは1人だが、気配からして回りに数人隠れている事が理解できる。
黒ずくめの戦闘以とフード、奇怪な獣の仮面、おそらくは狼を模ったその仮面には対閃光弾用だろうグラスがはめ込まれており、腰には剣帯の他にそれらの弾薬がぶら下がっていた。
問うまでもなく昨夜、シャンテを追うのを妨害してきた奴らだ。
「狼面衆(ろうめんしゅう)」
その誰かは音声変換された、機械的な声で狼面衆と名乗り、剣を構える。
その剣は刃が鋸のようになっており、切れば肉ごと抉り取るのが目的なのだろう。そんな剣を構え、狼面衆はレイフォンと向かい合う。
ゴルネオを仕留めようとしたレイフォンだが、狼面衆にはゴルネオと共にシャンテを追っているように見えたのだろうか?
どちらにせよ、狼面衆にとってレイフォンは邪魔な存在になるに違いない。
また、この閉鎖されたレギオスと言う都市から出るには放浪バスを使わなくてはならない。その時、レイフォンのような強者の存在が邪魔になるからだろう。
どんな理由にしろ、狼面衆としては障害となるレイフォンを片付けたいらしい。
「グレンダンの天剣授受者の実力、見せてもらおう」
「元……だよ」
ゴルネオを追っている時、天剣授受者と言う単語は自分で漏らしたが、まさかそれを聞かれたのだろうか?
いや、確かに天剣授受者とは言ったが、グレンダンなんて都市名は一言たりとも言ってはいない。
つまりは、あの狼面衆と言う人物はグレンダンの天剣授受者を知っており、そしてレイフォンを知っている。
そのことに多少驚きながら、レイフォンは剣を構える。
狼面衆も剣を水平に構え、片手突きの構えを取る。あの鋸刃は、肉をえぐるだけでなく相手の武器を折るのにも使えそうだ。
周囲の気配がレイフォンに圧力をかけてくる。今、目の前にいる狼面衆を退けたとしても彼等が仕掛けてくるかもしれない。
そんな事を思っていると、狼面衆が動いた。
狼面衆が鋸刃の剣を握って突っ込み、レイフォンはそれに反応しようと剣に力を入れる。
だが、狼面衆のその動きはフェイク。剣を握っているのとは逆の方、左手で腰にぶら下がっていた弾薬を掴み取り、レイフォンに放り投げた。
閃光弾だ。その数個の閃光弾から発せられる光と轟音がレイフォンと狼面衆を包み込む。
狼面衆は自分でやったことだし、その対策として仮面にグラスをはめ込んでいるのでそれで視界を焼かれると言う事はない。
昨夜はこの手で狼面衆を取り逃してしまったレイフォンだが、こんな明るい昼間に、いくらフェイクを混ぜていたからといって気づかないわけがない。同じ手など、二度も通用しない。
閃光と轟音がレイフォンを包む前に目を閉じ、襲ってくる殺気、気配にだけ反応しレイフォンは剣を振り下ろす。
確かな手ごたえが腕に伝わる。確かに狼面衆は学生武芸者と比べればたいした腕前だが、それでもレイフォンから見れば弱すぎる。例え目を瞑っていたとしても対応できるほどに。
そして、周囲の気配が異変を見せる。威圧するだけだった殺気の主達が、急速にレイフォンを囲む輪を縮めた。おそらくは先ほど突っ込んだ狼面衆に合わせて彼等が仕掛けるつもりだったのだろう。
レイフォンは目を開けると、倒した狼面衆と同じ格好をした彼ら、狼面衆達がいた。
狼面衆と言うのは個人を示す名ではなく、おそらくは彼ら全員を指すのだろう。その狼面衆達はレイフォンの目が焼かれていないのに気づいたようで、動揺を見せる。
不意を突けば倒せると思ったのだろうが、そんな考えは元とは言え天剣授受者にとって甘すぎた。
「やるか去るか、好きな方を選べ」
「……………」
レイフォンの言葉に沈黙する彼らだったが、すぐさま気絶した狼面衆を担いで、すぐさまその場から姿を消した。遠のく気配にレイフォンは剣を下ろす。
シャンテの気配は既に消えており、レイフォンでも感知できない場所にいる。
去った二つの気配。だがもとより、レイフォンの目的はこの三つ目の気配だ。
「さて、あなたは逃がしませんよ」
「……………」
この状況に唖然としていたゴルネオだが、自分に襲い掛かる危機を思い出し、すぐさま逃げ出そうとしていた。
だけどレイフォンは逃亡を許さず、一足飛びで先回りしてゴルネオの前に立つ。
「覚悟はいいですね?」
「いいわけないだろう!!」
「まぁ、よくなくても殺りますけど」
訳がわからず、このような危機故に思わず声を荒らげるゴルネオ。
だけどそのようなことはどうでもよく、レイフォンはゴルネオを殺害するための動作に入ろうとする。
「あの、フォンフォン……なにをやってるのですか?」
が、それは宙を舞うフェリの念威端子によって抑止された。
「フェリ、見てたんですか?」
「ええ、その上で聞きます。あなたはなにをやろうとしててんですか?」
「いや……ゴルネオ・ルッケンスを連れて来いとの事だったんで、面倒ごとがないように殺して連れてこようかと」
「明らかにそっちの方が面倒ごとになりますよね?と言うか、あなたは馬鹿ですか?」
「でも、フェリが……」
レイフォンとしては、フェリがゴルネオに用があると言うのが気に入らない。と言うか、彼的にありえない。
フェリがゴルネオにお菓子を渡すなど、あってはならない事実なのだ。
だが、それは勘違い。レイフォンの早とちりである。
「一応言っておきますが、ゴルネオ・ルッケンスにお菓子を渡すのは私の知り合いです」
「……え?」
ここに来て、初めてレイフォンは内容を理解する。
「普通に考えてありえないでしょう。私がフォンフォン以外の人物にお菓子を渡すなんて。そもそも、ゴルネオ・ルッケンスのようなごつい男はまったくのタイプではありません。私が好きなのはフォンフォンだけなのですから」
「え、え!?」
その言葉に嬉しくなり、思わず表情が緩むレイフォンだったが、そういうことはつまり、どういうことだと理解する。
「えっと……あれ?要するに勘違いですか?」
「どうしてこうなったのかは知りませんが、まさしくその通りですね」
つまりは勘違い。
フェリに指摘され、レイフォンは引き攣った笑顔をゴルネオに向ける。
「えっと……とりあえずすいません」
「状況はいまいちわからんが……」
訳がわからないが、とりあえずは助かったらしいゴルネオが安堵の息を漏らす。
が、普段は体躯の割りに愛嬌のあるその顔が、怒りに染まった。
「勘違いで命を狙われてはたまらんわっ!!」
もっともだと言う意見に苦笑しながら、レイフォンはゴルネオに向けて謝罪した。
結局、ゴルネオへの要件は後にする事にして、レイフォンは迷惑をかけたお詫びとして再度捜査に協力することとなった。
その時、いっそ、与えてみたらどうか?などと言う意見を出し、今に至る。
その発言には意味があり、まず、シャンテはどうやってハトシアの実の存在を知ったのか?
狼面衆と名乗る集団が教えたのかと思ったが、狼面衆の目的がシャンテの捕縛にあるとしたらその時に捕まえればいいだけの話だ。
狼面衆の実力からしてシャンテを捕らえるのは容易いし、接触の機会も拉致の機会もいくらでもあっただろう。故にこの案は却下される。
ならば、シャンテが自らの嗅覚でハトシアの実を感知したのか?
彼女は獣に育てられたことから、嗅覚を含めた五感、身体能力が並み外れている。視覚については光もない闇を見透かすほどだ。
倉庫区から流れるかすかなハトシアの実の匂いを嗅ぎつけ、存在を知ったのだとしたら?
本能のシャンテと呼ばれる彼女が、その臭いに引かれて本能的に、今の考えなしの襲撃が行われているのだとしたら?
だとすれば、シャンテがハトシアの実を求めているのは個人的な理由、あるいは本能的理由で、悪用する可能性は低いのではないか?
「で、結果がこれですか?」
その要因からあえてシャンテにハトシアの実を与え、その後を追うために呼び出したフェリだったが、彼女の出番はなく、この場で呆れたようにつぶやいていた。
「にゃんにゃん♪」
荷台に積み込まれた袋が破られ、路上にはハトシアの実が転がっている。
その場でシャンテは、転がって敷き詰められたハトシアの実の上でご機嫌そうにゴロゴロと転がっていた。
「にゃんにゃんにゃん♪」
その姿を、ゴルネオやフォーメッド達は唖然と見つめていた。
「にゃんにゃんにゃんにゃん♪」
「なんか、別のですけど、こう言う愛玩動物がいたような気がするんですが」
「……いたな、そう言うのが」
ナルキが脱力してつぶやき、フォーメッドが同意する。
『にゃんにゃん』と言っているし、本当に今のシャンテは猫のようだ。
そこに捜査員らしき都市警の生徒がやってきて、フォーメッドに耳打ちをした。
「そうか……で、リンカの方はどうだ?」
「店はこの時間になっても開いていません。それに、店主に事情聴取に向ったのですが見つからず……」
「ふむ……」
「何の話ですか?」
事務的な会話を交わすフォーメッドに疑問を持ち、レイフォン達も眉間にしわを寄せるフォーメッドの方を見た。
リンカとはハトシアの実を注文した店のことだが、その他に何かわかった事があるらしい。
「彼女だがな……」
フォーメッドはシャンテの方を見て、苦々しく言う。
「発情期だ」
「「「は?」」」
その発言に全員がきょとんとし、フォーメッドはため息をつきながら報告に来た生徒に促した。
「はい。ええ……シャンテの育ての親となった獣ですが、特殊な条件下でしか発情しないらしく。それがハトシアの実なんです。もともと生殖機能に問題があるため、ハトシアの実の興奮作用を利用しなくては、そう言う気にならないと言う……」
ハトシアの実の上でもだえるシャンテをちらちらと見ながら、都市警の生徒はなんとも言いにくそうに説明をする。
その後を、フォーメッドが引き継いだ。
「獣に育てられたとは言え、その体質まで獣に染まることはないと思うがな……本来なら」
だが、シャンテは年齢の割にあまりにも体が小さい。また、その五感が武芸者も含んだ通常の人間よりもはるかに優れている。それはまさに、獣並みだ。
人と言う形のまま、武芸者と言う才能のままに、育ての獣の性質と本能を引き継いだ、人の形をした生命体。
亜人(あじん)とでも呼ぶべき枠がシャンテには相応しいのかもしれない。
「つまり、そう言うことか」
「そう言うことですね」
「まったく……」
ナルキとフォーメッドが頷き合う中、ゴルネオは長いため息をついた。
「迷惑をかけた末がこれか……シャンテっ!」
ゴルネオが大声を上げてシャンテに怒鳴る。
すると、ハトシアの実の上で悶えていたシャンテが動きを止め、彼女の鋭い視線がゴルネオに突き刺さる。
次の瞬間……
「うう……シャアアアアッ!」
「なっ、うおっ!」
シャンテが吠えた瞬間、その場を囲んでいた者達が押し飛ばされ、地面に転げた。
衝剄だ。シャンテは雄叫びと共に衝剄を放ち、フォーメッド達を吹き飛ばす。
レイフォンはフェリを護るように前に立ち、衝剄をいなして、何が起こったのかと砂粒の舞う中で目を細く開いた。
シャンテの一番近くにいたゴルネオは、尻餅をついただけでその場にいた。
「……へ?」
だが、その目の前にシャンテがいなかった。
シャンテがいない代わりに、別の女性がいる。髪はシャンテと同じで赤いが、その長い赤毛を背中に垂らした、肉感的な大人の女性だった。
なぜ肉感的かと言うと、その理由は簡単だ。女性は服を、それどころか下着すら着ていない。裸なのだ、全裸なのだ、一糸纏わぬ姿で裸体をさらしているのだ。
「何を見ているんですか!」
「へっ……って、目がァァァ!!」
服の残骸らしきものが辺りに散らばり、地面に四つんばいのまま伸びをする女性。
羞恥心のないその行動にレイフォンが呆けていると、顔を赤くしたフェリが怒ったようにレイフォンの目を塞いでくる。しかも、ご丁寧に目潰しでだ。
呆気に取られ、呆けていたレイフォンはその目潰しをまともに受け、痛みによって悶えながら地面をごろごろと転がる。
そんなレイフォンを不服そうに、どこか怒りを含んだ視線で見ながら、今度は赤毛の女性へと視線を向けるフェリ。
その姿を、裸体でこれでもかと見せつけるたわわな二つの果実を見て、フェリは小さく舌打ちを打った。
「っ……フォンフォンの馬鹿」
こんな痴女のどこがよいのだろう?
やはり胸か?大きいほうが良いのかなどと思いつつ、あまりにも小さい自分の胸を見つめてやるせない気持ちになるフェリ。
だが次の言葉、尻餅をついたままのゴルネオがつぶやいた言葉にフェリは耳を疑った。
「シャンテ……か?」
「え?」
その言葉の意味がわからず、にわかには信じられなかった。
だけど、そこにいたはずのシャンテがいなくなり、代わりに全裸の女性がいることの理由が手品や魔法などと言う摩訶不思議な方法以外だとしたら、その結論しかない。
ただ、巨躯とは言えゴルネオの肩に乗るほどの小さなシャンテが、彼に並ぶほどの長身でスタイル抜群の美女に変化した物理的現象が納得できない。
出来ることなら教えて欲しい。特に胸に関して。
そう考えているフェリだったが、ふと、目を潰された痛みから復活したレイフォンがつぶやく。
「シャンテの剄脈は……普段は制限がかかってる?」
「……どういうことだ?」
ゴルネオの疑問に答えるように、レイフォンが言う。
もしシャンテが発情期だとするのなら、確かにあの体だと子作りがしやすいだろう。
そして、ハトシアの実は剄脈加速薬と言う側面を持っている。特殊な加工をしなければならないらしいが、そのために必要な成分がハトシアの実の中にあることは確かだ。
通常のままでは常人には効果を及ぼさなくとも、シャンテの鋭敏な感覚がそれを受け入れ、剄脈を加速させたとしたら……
「今のシャンテからは、剄脈加速薬特有の無茶な剄の流れは感じない。と言うことは、シャンテにとってこの状態は異常なことじゃないんだ」
剄脈の制限が外れたことによって、副産物的に止まっていた肉体の成長が促進されたとしたら?
「つまり、シャンテのあの状態が異常だったと……?確かに、あの歳であの体格は異常だが……」
ゴルネオがうなりながらシャンテを見ようとして、目を背けた。如何にこの女性がシャンテであろうと、全裸の女性故に直接見ることができないのだろう。
レイフォンも今度は目を潰されなかったが、フェリによって目を塞がれて見る事が出来ない。
(もしかして、あいつらはこのことを知ってた?)
だからシャンテを狙ったのか?
この不可思議な現象がシャンテの遺伝子にあるのだとしたら、そうとしか考えられないが、それを知っている者がいたら狙ったとしてもなんらおかしくはない。
フェリに目隠しをされ、そこまで考えたところで……
「ふうっ!」
レイフォンには見えないが、シャンテがすぐ側にいるゴルネオに気づいたと思ったら、爛々と目を輝かせた。
「お、おい……」
「フシャアァァァァァァァァッ!!」
「え、なんです?何が起こったんですか!?」
いきなり、だ。
シャンテがゴルネオに飛び掛り、ゴルネオの服の奥襟を咥えて跳躍した。
だがその姿は、現在進行形で視界を塞がれているレイフォンには見えない。
「ぐふっ!」
襟で首を絞められたゴルネオの呻きを最後に、2人の姿は倉庫区の奥、果樹園の方に消えて行った。
あまりの出来事に未だに周囲にはぽかんとした沈黙が続いていた。
「まとめると……」
フォーメッドがやる気をなくし、疲れたようにつぶやく。
「ハトシアの実を使って発情期に入ったシャンテが、好意を持つ相手をひっ捕まえてどこかに行ったと……」
「そう言うこと、でしょうね……」
流石にフェリも呆れ、レイフォンの目から手を放す。
「これって、追いかけないといけないんだろうか?」
「いいんじゃない?人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬって言うし」
ナルキの問いに、半ば本音とこれ以上はめんどくさいと言う気持ちで言うレイフォンだったが、
「いいわけありません!」
それを否定する、女性の声。エーリだった。
「エーリさん」
「いいわけないじゃないですか!大体なんですかあれは!?あんな訳がわからない女にゴルネオさんを連れていかれて……それも発情期?そんなこと許せません」
もはや誰だと思う口調で、彼女本来の暗い雰囲気など吹き飛び、怒りで怒鳴るエーリ。
彼女が好きな人物はゴルネオであり、それ故に相手がシャンテだろうと引くつもりはないらしい。
「まぁ……うちとしてもこのまま放って置くわけには行かないからな」
「仕方ありませんね……フォンフォン、私が念威で探しますから捕まえて来てください」
「わかりました。生死は?」
「無論、生きてです」
「……フェリが望むのなら」
フォーメッドとしてもこのまま放って置くわけには行かず、フェリの指示で2人の後を追うことになったレイフォン。
レイフォンはどこか不服そうなままシャンテを追い、フェリのサポートを受けて網で捕獲した。
大人の女性へと姿を変えたシャンテだったが、それも翌日には元の大きさに戻ったようで、事実を知った医療科と錬金科の者達がこぞってシャンテの体を調べようとしたが、今のところ彼女を捕まえることに成功した者はいないらしい。
「今日は大変でしたね」
「無駄に疲れました……」
そしてバンアレン・デイの夜、夕食はどこかの店で取ろうと思ったレイフォンだが、結局は自身が手料理を振るうことにした。
場所はフェリの寮。
もはやマンションとしか形容できない部屋だが、今夜はカリアンが生徒会の仕事で帰るのが遅くなるとのことなのでここを訪れ、買ってきた材料で次々と料理を作って行く。
初めてここに来たときに作り、好評だった芋と鳥肉をトマトソースで煮込んだものと、魚の切り身ときのこと芋をバターで蒸し焼きにしたものを作り、さらに野菜たっぷりのとろけるようなシチュー。メインとして七面鳥の丸焼き。
パンは買ってきたものではなく自作で、オーブンで焼き、たっぷりと使われた卵とミルクの匂いが食欲をそそる。
デザートにはとある果実を使ったゼリーを用意し、まさに文句の付け所がない豪華な夕食だった。
最近では料理をするようになったフェリだが、やはりレイフォンと比べれば腕は天と地ほど違う。
「出来ましたよ、フェリ」
「……おいしそうですね」
少し悔しそうに、だけどレイフォンが自分のために作ってくれたのを嬉しく思いながら席につく。
レイフォンも座り、手を合わせて『いただきます』とつぶやいて2人は食べ始めた。
「どうですか?」
「……おいしそうではなく、本当においしいですね」
その味はやはり、そのままレイフォンとフェリの技量差を表しているようでかなり悔しい。
いや、おいしいのだが、レイフォンの方がこうも料理がうまいと言うのは、女性としてフェリからすればかなり屈辱的なのだ。
「ならよかったです」
そんなことは気にせず、笑顔で食事を続けるレイフォン。
武芸者としての実力だけでなく、ルックス、家庭的な面を合わせて彼に苦手なものはないのかと思いながら、食事はあっという間に終わる。
残ったのは、レイフォンが用意したとある果実のゼリーだ。
「これは……渋みがありますが、甘いですね」
「珍しい果実らしいですからね。僕も初めて食べましたけど、結構いけます」
レイフォンの言う、珍しい果実。
それは今日の事件で、少々失敬してきたハトシアの実だ。
ハトシアの実には剄脈加速薬の効果もあるが、興奮作用もある。
つまりは媚薬でもあり、フォーメッド曰く『使い方しだいではアレの時にとても便利』らしい。
それをゼリーに入れたレイフォンは、まるで悪戯小僧のような笑顔を浮かべ、内心でドキマギしながらそのゼリーを食する。
そして、食事が終わり、後片付け。
作ったのはレイフォンだし、客に後片付けをやらせるわけにはいかないと言う事からフェリが食器を片付け、レイフォンはソファに座っている。
その最中、レイフォンの胸がドキドキと脈打つ。
これは……少し強力過ぎやしないだろうか?
自分で食べておいてなんだが、思った以上の効果に顔が熱くなる。
熱っぽく、頭がくらくらしたような感覚に襲われ、思考が鈍ってしまった様だ。
ボーっと、まるで風邪にでもかかったような虚脱感を感じていると、台所からガシャンと食器が割れる音が響いた。
「フェリっ!?」
そこでレイフォンはふと我に返り、すぐさまフェリの元へと駆けつける。
半ば悪戯で仕込んだハトシアの実だが、まさかここまで効果があるとは思わなかったし、自分がこの状態にあると言うことはフェリも同じ目にあっているはずだ。
このような状態で後片付けなど出来るはずもなく、慌ててフェリのいる台所まで足を運ぶ。
「フォンフォン……」
そこには予想通り食器を割り、顔を真っ赤に染めて床に膝をついているフェリの姿があった。
「フェリ、大丈夫ですか?怪我はありませんか!?」
悪戯が過ぎたと思いながら、レイフォンはフェリに怪我がないかどうかを確認する。
だがフェリはそれに答えず、ボーっとしたまま、熱に魘されているようにレイフォンに近づき、彼に抱きついた。
「フェリ……」
やばい、これはやばい。
フェリの、女の子特有の甘い香りがレイフォンの鼻をくすぐり、フェリの熱がダイレクトに伝わってくる。
熱い、とても熱い。
さらにはフェリの心音が、ドキンドキンと言う高鳴りが聞こえてくる。
こんな状態で抱きしめられ、未発達だがフェリの膨らみかけの胸を体に押し付けられ、レイフォンが冷静でいられるはずがない。
「体が熱いんです……フォンフォン」
フェリの切なそうな声が今度はレイフォンの耳を貫く。
耳元で囁かれたこの言葉と、熱いと息がレイフォンの耳にかかり、今にも暴走してしまいそうだ。
これは反則だ、反則過ぎる。
ハトシアの実を料理に入れた自分も反則だっただろうが、その効果とフェリのかわいさがもはや反則だ。
「フォンフォン……」
「フェリ……」
初めては廃都でのことだ。
そして今、ここで、フェリの寮の台所にて再び唇が合わせられる。
体が高鳴り、熱っぽく、相手を求めるように口づけが交わされる。
「んっ……むっ、んっ……」
「っ……んむっ……っは」
熱に魘され、相手を貪る様な強引な口付け。
レイフォンはフェリの舌を、唾液を吸い尽くすように吸う。
それは先ほどのハトシアの実のゼリーにも負けないほどに甘く、さらにレイフォンの欲望を掻き立てるほどに熱く、興奮を高める。
「んっ……フォンフォン」
「フェリ……いいですか?」
口付けを終え、互いに顔が赤いままに言葉を交わす。
これでは足りない。ここまで高まった興奮は、この程度では鎮まらない。
さらに先を求め、レイフォンはフェリに確認を取る。
「……はい」
それにフェリが頷き、レイフォンはすぐにフェリの服に手を伸ばそうとした。
「待ってください、フォンフォン……出来れば場所を変えましょう」
「あ……そうですね」
いくらここがフェリの寮、家とは言えこの場所、台所でやるわけにはいかない。
遅くなるとの事だったが、カリアンが最中に帰ってきたら気まずいどころの話ではない。
「私の寝室にしましょう。ふふ、私の部屋に入る男性はフォンフォンが初めてですよ」
「それは光栄ですね」
含み笑いをもらし、レイフォンとフェリは寝室へと向かう。
高鳴る心音を押さえ込みながら、フェリの部屋にて、この日、レイフォンとフェリは深く、深く交じり合うのだった。
それは2人の絆も深くし、何があろうともこの絆が壊れることはないだろう。
あとがき
さて……俺は何をしているんでしょう!?
最初はフォンフォンが勘違いで暴走してますが、後半ではものすごい暴走を……
なに書いてんだ俺!?っつか、このSSはなに!?
確かにレイフォン×フェリ一直線で始めたSSですが、なんなんだこれは!?
ああ、もう……最近書いてて自分のテンションについていけません。
この続きをXXX板で書こうかなんて思ってましたが、はてさて……
こういう短編は入れずにとっとと5巻編をやるべきでしたかね?
なんにせよ、これで次回の『フォンフォン一直線』は5巻編。
廃貴族が憑くのは終わりの方ですが、第十七小隊の合宿編ですね。
この話、原作ではメイシェンがかなり重要な役割を担ってましたがこれだとどうだろう?
確かにメイシェンの出番はありますが、どうやったってフェリに勝てねぇよ!フェリ強すぎるよ!!
一体どうすればいいのやら……
こんな作品ですが、これからもフォンフォン一直線にお付き合いいただければ幸いです。