バンアレン・デイ。
そのイベントが近づくに連れ、ツェルニの生徒達は浮き足立っていた。
そのバンアレン・デイと言うイベントは他所の都市の風習で、実のところツェルニには何の関係もないのだが、製菓関連の店を経営している者達がそれをしり、去年合同でキャンペーンを行ったのだ。
それが見事に成功し、今年から恒例行事と化した。
そのバンアレン・デイの内容なのだが、気になる異性にお菓子を贈ると言うものであり、それは贈った相手が好きだと告白するのと同じでもある。
元となった都市では料理となっているが、情報が歪み、また製菓関連の者達によるキャンペーンと言う事からツェルニでは手軽なお菓子となっているのだ。
なんにせよ、恋愛や色恋沙汰に一番興味のある年代が集まっている学園都市では、バンアレン・デイは熱狂的なまでの盛り上がりを見せていた。
「お菓子ですか……フォンフォンは甘いもの、苦手でしたよね?」
「はい、そうですね。でも、食べられないと言うわけではないですし。あ、でも、疲れた時はよく養父さんと砂糖を舐めていました」
「なんですかそれは?気持ち悪いです」
「うわっ……酷いなぁ」
そして、本来ならこういったイベントには興味を抱かないフェリも、レイフォンと言う人物がいるからこそ興味を持ち、何気ない会話でそのことを話題にする。
最近では随分マシになり、少なくとも人体に有害なものを作らなくなったフェリだが、料理の腕は比べる事すら愚かなほどにレイフォンが上だ。
そんな相手にお菓子を贈ると言う事に戸惑うものの、それでもフェリは決心したように言う。
「取り合えず、明日は期待していてください。甘さ控えめで、フォンフォンでもおいしく食べられる物を準備します」
「ホントですか?嬉しいです」
本当に心から嬉しそうなレイフォンの顔を見て満足しつつ、自分でハードルを上げて思いっきり後悔するフェリ。
そんな彼女はレイフォンに材料の買出しを手伝ってもらい、料理の本を片手に最近はよく使用するようになったキッチンに引き篭もるのだった。
「丁重にお断りします」
フォーメッドの頼みを、話も聞かずに即答で拒否するレイフォン。
明日はバンアレン・デイだと言うのに、相変わらずこのような厄介ごとを持ってきたフォーメッドに対し敵意を持ちつつ、それを感じさせない清々しいほどの笑みを浮かべていた。
「そこを曲げて頼まれてはくれないか?いかんせん、今回の件は奇妙だが、深刻な問題でもあってな」
それでも引き下がろうとしないフォーメッドに苛立ちと殺意を抱きつつ、レイフォンは一応話だけでもと耳を傾ける。
フォーメッドが言う、深刻な事件と言うのは盗難事件のようだ。
「食料庫に泥棒?」
「と言うよりも強盗未遂……か?」
説明をするフォーメッドには困った表情が張り付いており、言葉を選びながら説明する。
別に盗難などの犯罪がツェルニにないと言うわけではないが、ここは学園都市だ。
それ故にこの都市に住むのが学生達であり、貧富の差は生まれるものの救済策がある。
何らかの形で財産を失い、破産宣告を行った者には生徒会から援助金が出るのだ。
もちろんこれは在学中に返済しなければならず、出来なければ卒業資格を与えられない。
中には在学中に返済できず何年も留まる者もいるが、そんなのはごくわずかだ。
なんにせよそのような制度があるため、ツェルニに在学中は金に困るようなことはあっても食べられなくなると言うことはない。
そのために学生による盗難は少なく、食料となるとさらに少数、皆無と言ってもよい。
「どうして、食料庫に押し入るなんて……」
レイフォンも疑問を口にする。
ツェルニに来てまだ1年もたっていないレイフォンだが、この制度のことはよく知っている。
孤児院と言う環境の出身故に仕送りがなく、またレイフォンの過去からしてもそう言うことが出来ない状況故に、そう言った制度は入学金制度と含めて調べたからだ。
「情報盗難の話ならわかりやすかったんだがな」
「それはそうですけど、結局は食料の盗難でしょう?それのどこが深刻な問題なんです?」
確かに盗みは盗みでも、外部からの反抗である情報盗難なら話は早く、わかりやすかっただろう。
だが、被害にあったのは食料庫だ。しかもその事件のどこが深刻な問題につながるのか、レイフォンには理解できない。
「結局は、何が盗まれたんですか?」
「いや、盗まれたわけではない……さっきも言ったが、未遂なんだ」
「は?」
確かに最初、フォーメッドは強盗未遂と言っている。
ならばこそわからない。レイフォンのような実力者に、今回の事件の解決に協力を求める理由が。
「襲われた倉庫の中身が問題でな」
「中身?」
「お前も知っているだろう?明日はバンアレン・デイだ」
「はい、知ってますけど……」
明日はバンアレン・デイ。だからこそフォーメッドの依頼には気が乗らないのだ。
理由は言うまでもなくフェリである。明日は授業が終わればフェリと過ごす予定なのだ。
フェリからお菓子を貰い、その後はバイトの給料も入ったから、どこかいい店で2人で食事でもする予定なのだ。
つまりはデートである。だからこそそんな話を受けるつもりはないし、誰にも邪魔をさせるつもりはない。
だからこそ嫌々ながら話を聞いているレイフォンだが、返す返答は既に決まっていたりする。
「それがなにか?」
それでも一応、最後まで話を聞くのはあくまで礼儀、年上を敬ってのことだ。
「商業化の働きかけで、生産区でもこの日のための材料が数種類、新たに作られていてな。襲われたのはそれが入っていた倉庫のひとつだ」
「はぁ……」
おそらくはお菓子の材料として生産されたのだろうが、それでもレイフォンにはしっくりと来ない。
もう帰っていいかなどと考えつつ、明日のフェリとの予定を思考する。
「倉庫に入っていた材料をそれぞれ調べてみた。種類が結構あったからな。調べるのに時間がかかったが、知っている人間がいたので助かった。狙われたのは、おそらくハトシアの実だ」
「ハトシアの実?」
話半分に聞いているレイフォンだが、聞き覚えのない果実の名に首をひねる。
それを見てフォーメッドが頷き、説明を続けた。
「リンカと言う製菓店の注文で生産されてな、今日の昼にそちらに搬入される予定だった果実だ。リンカでは目玉商品として使いたかったようだがな」
「それがどうして?」
「もともと、バンアレン・デイの原型は森海都市エルパの風習でな。ハトシアの実を使った料理は許婚同士、あるいは夫婦同士でしか食べることを許されないもの。つまり、ハトシアの実の料理を食卓に出すと言うことは異性に対して、結婚を申し込むのと々意味があると言う事だ。その風習が他都市に流れた時にハトシアの実がなくなり、好意的な異性に料理を作る事になり、そしてお菓子になった……と言う流れらしい」
「なるほど」
「それで……だ。どうしてエルパでは、ハトシアの実を使った料理は夫婦同氏で、あるいは結婚前提の者同士でしか食べてはいけないか、わかるか?」
「いや、そんなこといきなり聞かれても……」
「興奮作用があるんだそうだ。使い方しだいではアレの時にとても便利、と言う事だ」
アレの意味がわからないほどレイフォンも野暮ではなく、困ったように苦笑を浮かべるレイフォン。
だが多少、ハトシアの実に興味を持ち、フェリと一緒に食べたいななんて内心で思っていた。
「もちろん、そうするには特別な調理法がいるそうだがな。酒や蜜漬けにしたぐらいでは、渋みのある甘い果実と言うだけのことらしい」
レイフォンの反応ににやりと笑みを浮かべたフォーメッドだったが、ここから表情を改める。
どうやら真剣な話になるようだ。フォーメッドの顔が固く引き締まる。
「だが、それは一般人ならと言う話だ。武芸者なら別の使い方も出てくる」
それはつまり、武芸者ならアレの時に使用する以外、使用方法があると言う事だろう。
フォーメッドの反応を見るに、どうやらロクでもないことらしいが……
「闘争心をかきたてることで剄脈への異常加速を起こさせる。他にも神経を過敏にさせ、五感を鋭くさせるなど……この前のディジーより強力な剄脈加速薬となる」
「……そう言う事ですか」
レイフォンが呼ばれた理由を理解するが、流石に驚きは隠せずにレイフォンはつぶやく。
先日、ディンの件で違法酒騒ぎがあったばかりだと言うのに、続けざまにこんな事件がおきれば驚かない方が可笑しい。
「リンカの背後関係は現在までの調べではおかしなところはない。それに、ハトシアの実にそんな効果があることはそれほど知られてはいないようだ。これを狙った者がなにを考えているのかわからんが、こんな危険な物を放置しておくわけにもいかん。出荷は禁止したが、問題はその後の処分だ。レイフォン、その時まで警護してくれ」
話はわかったし、事の重大さも伝わった。
だけどレイフォンは暫し考え込み、数秒ほど経ったが考えるだけ無駄だと判断し、最初の笑みと同じくらいの、またはそれ以上の清々しさを浮かべ、フォーメッドに言った。
「お断りします」
「む……一応、理由を聞いてもいいか?」
苦々しい表情を浮かべつつ、立場上そう簡単には引き下がれないので、その理由を求めるフォーメッド。
そもそもレイフォンはたまに捜査に協力するだけで、正式に都市警に所属しているわけではないので強制はできない。
そのレイフォンは、清々しいままの笑みで返答した。
「理由も何も、明日はバンアレン・デイで予定がありますから」
「なるほどな……お前さんもお前さんで青春してると。恋も勉強も学生の本分だ。そう言う事情があるなら配慮しないわけにもいかない。俺達は基本、学生なんだからな。だが……予定は明日で、今夜は暇だろ?ならばせめて、今夜くらいは警護をしてくれると助かるんだが……」
「それならまぁ……いいですよ」
意外にもフォーメッドには理解があるようで、苦笑しながらもニヤニヤとした表情で納得しつつ、それでも状況的にはレイフォンの手を借りたいので、譲歩して警護を依頼した。
それに対し、レイフォンはそれならばよいと頷き、今夜は食料庫の警備に加わることとなった。
放課後、いつもどおりに訓練を終え、練武館のシャワールームで汗を流し、フェリを送った後にレイフォンはその足で食料庫のある倉庫区へと向った。
倉庫区内には専用の車両があり、それが近くの路面電車まで荷物を運ぶ。
更に専門の貨物運搬用の路面電車があり、これが荷物を都市のいたるところに運ぶのだ。
その専用車両は現在、倉庫前の駐車場に疎らに置かれ、人の姿はない。
それも当然の話だ。そもそもこの区画が賑わうのは早朝であり、その時間帯に車両が走り、荷物が運ばれていくのだから。
レイフォンはフォーメッドに指定された番号の倉庫の前に辿り着くと、そこにはナルキが待っていた。
「どう?」
「動きはなしだ」
レイフォンの問いに首を振って返し、倉庫正面、シャッターの脇にある扉を開けた。
その先には狭い上りの階段があり、ナルキに案内されてその階段を上がるとそこには警備員の休憩所らしき空間があった。
そこにフォーメッドと、都市警の者であろう人物が数人いた。
「よく来てくれた」
警備についてはいるが、未だに襲撃はなく時間を持て余していたようなフォーメッドが椅子から立ち上がり、レイフォンを休憩所の窓際に手招きする。
「あれが例の倉庫だ」
窓の外、他と変わりのない倉庫のとある列を指差し、フォーメッドが言う。
D17と印された倉庫で、その倉庫のシャッターが何故か大きくひしゃげていた。
「食料は都市の大事な生命線だからな、倉庫は頑丈に作られている。シャッターもな。爆発事故が起きても大丈夫なように出来ているのにあの有り様だ」
フォーメッドの話を聞きながら、レイフォンはシャッターの様子を観察した。
別にあの程度の倉庫、自分なら跡形もなく消し飛ばすのは簡単だが、フォーメッドが言うとおり一般人がシャッターをああもひしゃげさせることは不可能だろう。
重機などを使うと言う手もあるが、そうすれば確実に目立つし、そもそもあのシャッターのひしゃげ方からして素手で殴ったような跡だった。
拳でもたたきつけたかのように中央が小さく窪み、それを中心にクレーターのようにへこんでいる。まるで殴って壊そうとしたような跡だ。
「武芸者でしょうね、やったのは」
「それしかないだろうな」
こんなことが出来るのは武芸者しかいないだろうと判断し、フォーメッドも確信したと言うように頷いた。これもレイフォンが呼ばれた原因なのだろう。
それはさておき、レイフォンは未だにその窪みの観察を続けていた。
レイフォンの膨大な剄で強化された目は、この場からでも詳細に殴打の跡を見ることが出来る。
その窪みは手の形がハッキリわかるほどの一撃で、まるで型でも取ったかのような跡だった。
(小さいな)
その跡、手の大きさがレイフォンは気になった。大人や学生の手にしては小さめだ。
小柄な男性と言う可能性もあるが、それよりも女性と考えた方がすっきりする。
次に、レイフォンはシャッターの前の地面に視線を移した。あの一撃なら地面に踏み込みの跡が刻まれてもおかしくないからだ。それほどまでに強く、強力な一撃でシャッターはひしゃげたのだろう。
だが、その踏み込みの跡は見当たらなかった。となると、長距離から跳躍して一撃を入れたのだろうか?
もしそうだとすれば、犯人は物凄く身軽な人物と言う事になる。
(身軽で小柄な女性の武芸者)
そう結論付け、レイフォンは倉庫から視線を外した。
「しかし……」
そのタイミングを見計らってか、レイフォンの正面にいたフォーメッドが疑問を零す。
「犯人はシャッターを壊そうとして失敗。その後に防犯ベルの音で逃走したと言う事だが、少し間抜けすぎやしないか?」
事件の詳細を聞き、レイフォンは確かにと納得した。
「なにか、まっしぐらと言う感じですね」
ナルキも同意を示して頷く。
「策も何もあったものじゃないな。そこまで焦らせるものがあったか……物が物だけになんともおかしな感じがするな」
そんなやり取りを聞きながら、レイフォンはソファに座って瞳を閉じることにした。
夜は長いので、少しだけ仮眠を取ることにした。
そして、変化は夜が深まったところで起きた。
仮眠を取ったレイフォンは、ハトシアの実が保管されている当の倉庫の屋根の上。
屋根の上から足を投げ出して座っており、目を閉じていた。殺剄で気配を断ったレイフォンは敏感に辺りを観察し、空気の流れを読んでみる。
そして乱れを察知して、レイフォンは閉じた目を開けた。だが、殺剄は維持したままだ。
錬金鋼も剣帯に収めたままだ。復元しようとすれば、その剄で殺剄が解けてしまう。
気配を察知されないように注意しながら、いざとなれば素手で対応するべく、両手の指を解す。
レイフォンは立ち上がり、気配のするほうへと視線を向けた。
その気配は、倉庫の正面からやってくる。そして、レイフォンの姿を見て、都市警の者達も準備を始める。
レイフォンが立ち上がったその時が、作戦開始の合図なのだ。その作戦に気づいた様子もなく、気配の主は真っ直ぐに近づいてくる。
レイフォンの予想通り本当に身軽で、倉庫の屋根を跳ねながらこちらへ近づいてくる。
一応はある程度気配を隠してはいるようだが、見つかった場合のことを気にしている様子はない。現にレイフォンにはバレバレなのだが、気配の主はこちらへと接近してくる。
もっとも、気づかれたことに気づいていないのだろうが。
(この位置からなら)
もし相手が方向を転じて逃げようとしても、この位置ならば追いつける。
レイフォンは錬金鋼を抜いた。だが、殺剄を解くことはしない。復元もしない。
まだ、都市警の仕掛けが残っている。まだレイフォンが動くべきではない。
気配の主は倉庫の近くまで来て地面に降りた。そこから倉庫は一本道。そのまま直進し目的の倉庫へと走ってくる。
それを狙い、レイフォンのいるD17倉庫の前方にある左右の倉庫に隠れていた都市警の面々が立ち上がると、一斉に手にしたものを地面に放り投げた。
それは網だ。しかもただの網ではない。
網の端には錘が付けられており、その錘は蓄電池でもある。
それが網に電流を流しており、人を行動不能に、気絶させるのに十分な電圧を持っていた。
その網が道路一面を覆いかぶさるように、気配の主の逃げ場を塞ぐように覆いかぶさろうとする。
(捕らえた)
レイフォンも確信し、これは自分の出る幕はないと思った。
いくら気配の主が身軽でも、あれは避けられない。
だが、その時、
「なんだっ!?」
屋根に待機していた都市警の者の悲鳴に、レイフォンは確信を捨て殺剄を解除し、錬金鋼を復元した。
いきなり突風が吹き、それが網の落下を遅らせたのだ。その遅れた時間は気配の主が罠を突破するには十分で、そのまま真っ直ぐ倉庫へと向ってくる。
レイフォンはそれに対し、全身に剄を満たして迫る気配の主を威嚇した。
「へ……?」
すると自分でも驚くほどに、拍子抜けするほどに気配の主は180度向きを変え、逃走を始めた。
そのあっさりとした行動に、流石に廃都の調査の時はやりすぎたかと思いつつ、レイフォンは慌てて後を追った。
気配の主は速いが、レイフォンからすれば追いつけないほどではない。剄で強化した目で気配の主の姿を捉えながら、レイフォンは追いかけた。
だが、先ほどの突風の事も気になる。先ほど、罠の妨害をした突風は自然のものではない。おそらくは剄技、化錬剄だ。
それはつまり協力者が、最低でも1人、武芸者がいると言う事だ。
(もう1人、どこかに隠れている)
気配を探ってみると、気配の主の他に確かに1人いる。
正確な位置まではわからないが、気配の主と自分を追いかけるように背後にいた。
もっとも、化錬剄と気配の主からしてある程度の予想はついてはいるが……
(このまま行ったら……)
気配の主が向かう方向を見て、レイフォンは思考する。
食料庫は生産区に隣接する形で作られており、視線を前に向けて視力を強化。すると先の方には低い木々が並んでいるのが見える。果樹園だ。
(人気がない場所を選んだ……?)
人ごみ等に紛れ込まれるよりははるかにましだが、気配の主になんの意図があってどんな考えがあるのかレイフォンにはわからない。
もっとも本能で行動している方が可能性は高いかもしれないが、レイフォンは逃げる気配の主を追うためにさらに加速する。
「ちっ」
そう思った途端、背中を押すように気配が近づいて来た。背後にいた人物がレイフォンを威圧したのだ。
仕掛けて来る気かと思い、レイフォンは思わず舌打ちを打つ。
逃げる気配の主。そして背後からの敵意。
いくらレイフォンでも両方を同時に相手することは出来ない。
(どうする?)
レイフォンが迷うと、最悪なことにもうひとつ気配が現れた。前方だ。
その気配に、そして前方から放たれたものにレイフォンは驚愕する。
なぜなら、その人物は背後にいると思っていたかだ。
「ええいっ!」
動揺を隠すように叫び、前方から放たれたもの、衝剄に剣から放った衝剄で弾き落とすレイフォン。
爆発が起き、爆音と爆煙が空中に散る。レイフォンはその音と煙に混じるように向きを変えた。狙うは背後の人物。
その人物が誰かなんて予想もつかないし、逃げる敵よりも迫る敵のほうが捕まえやすいのは当たり前。そう思って背後の人物を追撃するのだが……
「……え?」
その人物があっさりと向きを変え、逃亡を開始する。
その事実と呆気なさに一瞬呆然とするレイフォンだったが、すぐさま正気に戻る。
「逃がすか!」
レイフォンは速度を上げ、背後の人物を追いかける。
その姿はすぐに捉えることが出来、活剄で強化するまでもなく肉眼でその姿を確認する。
顔までは夜と言うこともあって見えないが、月明かりで格好はわかった。全身黒ずくめで、フードをかぶった人物だ。
その姿を怪しいと思いつつ、レイフォンはさらに速度を増して追いかける。このまま追いかければ追いつくと確信し。
だが、黒ずくめの人物は慌てる様子もなく、背後から追ってくるレイフォンに何かを投げつける。
レイフォンはそれに対し、再び衝剄を放った迎え撃った。が、すぐに失敗したと理解する。
衝剄で弾いたもの、それは閃光弾だ。実害はないが、激しい爆発音と光が夜を切り裂き、視界を焼く。
「しまっ……!」
追撃をやめ、レイフォンは反撃に注意して身構える。
視界は焼かれたが、目が見えなくても気配や空気の流れで相手できる。だが、来ない。
黒ずくめの人物は絶好のチャンスだと言うのに、そのまま真っ直ぐと退いていく。
視界が回復したレイフォンはすぐさま追いかけようとしたが、遅すぎた。
黒ずくめの人物だけではなく前方にいた2人も、既にレイフォンの感覚の外にいる。逃げられたのだ。
「やられた……」
がっくりと項垂れ、レイフォンはフォーメッド達の元へと戻っていく。
その後、レイフォンは襲撃者を捕らえられず、悄然としたフォーメッド達に別れを告げるも、真っ直ぐと寮には戻らなかった。
明日はバンアレン・デイと言う事で早く帰って寝たかったのだが、レイフォンは寮とは明らかに別の方向に向かって歩いていく。
月は厚い雲に飲み込まれており、足元を照らすのは街灯しかない。
レイフォンは無言で歩いていると、街頭のオレンジ色の明かりに影が現れた。
「そっちから姿を見せてくれるとは思わなかった」
意外そうに、レイフォンは現れた影へと視線を向けた。
「気づかれなかったと思えるほど、自惚れてはいないからな」
街灯に映し出された巨躯が身じろぎをしてそう答えた。
「どういうことなんです?あれは……」
「言うな」
巨躯の主、ゴルネオは表情を歪めて言う。
「でも……」
「お前には関係ない」
「そうですか……それじゃ、僕はあなたを都市警に突き出すだけです。明日は用事があるんで面倒なことは今日の内に終わらせたいんですよ」
レイフォンが錬金鋼を復元し、顔を無表情にして言う。
どういう意図があるのかは知らないが、なんにせよこれで事件が進展するというのならレイフォンにはどうでもよい。
明日はバレンタイン・デイであり、その邪魔となる可能性があるのならただ排除するだけだ。
「だが、そうも言ってられんか……わかった、話すから錬金鋼を下せ」
ゴルネオの言葉にはどこか苦々しさが混ざっており、錬金鋼を構えたレイフォンに冷や汗を流しながら先ほど自分が言った言葉を取り下げる。
ゴルネオはレイフォンに兄弟子のガハルドを再起不能にされたという恨みがあり、それ故に感情的になってしまったが、今回の件に関しては完全にこちら側に非がある。
そして、ガハルドのことに関してはゴルネオは知らず、確認のための手紙をグレンダンに送ったのだが、レイフォンがガハルドを再起不能にしたのは脅迫されたからであり、無論レイフォンが無実と言うわけには行かないが、自業自得でああなったと言う事をこの間の廃都で聞かされていた。
嘘だと耳を疑ったが、あそこでレイフォンが嘘をつく理由がない。いや、そもそも嘘だとは思えなかった。
完全に怒りで我を見失っており、激情に任せてゴルネオやシャンテを殺そうとしたのだ。あのような場面で、感情で言った言葉が嘘だとは到底思えない。
そのことに気を落とし、ここ最近本調子ではなく、ハッキリ言ってレイフォンには関わりたくなかったゴルネオだが、今回ばかりはそう言うわけには行かないのだ。
「じゃあ、やっぱりあの襲撃者は……」
「そうだ、あれはシャンテだ」
D17倉庫の上にいたレイフォンは、襲撃者の姿を強化した目でしっかりと確認していたのだ。
あの小柄な体躯と、篝火のような赤い髪、そして獣のような身軽な動きを見間違うはずがない。
「どうして?」
「俺にもわからん」
レイフォンの問いに、ゴルネオが悔しそうに首を振る。
「数日前から部屋にも戻っていない。探した末がこれだ、まったく……」
と言うことは先ほどのレイフォンへの攻撃、都市警の罠を妨害したのは計画通りとか、シャンテと画策していたわけではないらしい。
シャンテは現在も絶賛行方不明中で、ゴルネオにも手に負えないのだ。
「僕の後ろから来た、あれは?」
前方に現れた気配がゴルネオだった。それはレイフォンを攻撃した剄技でわかる。
では、背後から追ってきたあの黒ずくめの人物は誰だったのか?
「そのことだ。俺の手引きではない」
ゴルネオの手引きの者かと思ったレイフォンだが、ゴルネオは否定し、レイフォンもそれを信じる。
「手慣れた動きだったように思えたけど」
そもそも小隊員になれる者は確かにツェルニではエリートだが、所詮は未熟な学生武芸者なのだ。
黒ずくめの男も目立つほどの強さは感じなかったが、レイフォンがシャンテを捕まえられると判断した上で妨害しようと動いていた。
前に現れたのがゴルネオだと気づいたレイフォンは、不意をつく形で背後に方向を転じたと言うのに、黒ずくめの人物はレイフォンに固執することもなくあっさりと退いたのだ。
学生武芸者ならば間違ってもレイフォンから逃げ切るのは不可能。それに、黒ずくめの人物が使った閃光弾のこともある。
音と光で相手の感覚を狂わせる武器を、一般生徒や普通の武芸科の生徒が簡単に入手できるとは思えない。
小隊員であったところで、対抗試合や武芸大会の罠のために使用することは出来ても、厳重な管理を誤魔化して野戦グラウンドの外に持ち出すことは出来ない。
「他都市から来た影働きの武芸者。そう考えるのが妥当だな」
ゴルネオはそう断じる。
グレンダンの部門であるルッケンス家は、2人の天剣授受者を輩出した隠れなき名家だ。
グレンダンの歴史と共にあるルッケンス家に生まれたゴルネオは、都市同士の表に出来ない暗闘に天剣授受者だったレイフォン以上に通じている。
「シャンテが狙いってこと?」
「そこがわからん。育ちは特殊だが、あいつは孤児だ。狙われるような何かがあるとは思えないのだがな」
「シャンテの生まれは?」
「森海都市エルパだ」
確かに理由はわからない。だが、ゴルネオからシャンテの出身都市を聞き、レイフォンはフォーメッドから聞いた話を思い出す。
そのことを、ゴルネオへと説明した。
「ハトシアの実か……聞いたことはないが、シャンテがあれに固執する理由はそれだろう。剄脈加速の方に興味があるとは思えんが、なんらかの関係はあるはずだ」
話を聞いてそう結論付けるゴルネオに納得しつつ、レイフォンは別の疑問をゴルネオに向けた。
「普段から、ああなのかな?」
それはシャンテの性格。
まるで獣のような立ち振る舞いや行動。さらには普段からこのようなことをやるのかと言う疑問。
「生まれてしばらく獣に育てられたと言うからな。ハトシアの実に本能の部分で引かれているのかもしれん。だが、それだけではあいつらの理由がつかめん」
「これは、都市警察に知らせておいた方がいいかもしれない」
あいつら、黒ずくめの人物の目的がわからず、どちらにせよ個人でこの問題を片付けると言うわけには行かない。
こういったことは専門家、都市警に任せるのが筋だと思うレイフォン。
「だが、そうすればシャンテが犯人だと言うことが知られてしまう。そのことを隠して話をするわけにもいかないだろう」
シャンテが倉庫襲撃の犯人と言うことになれば、シャンテ自身が退学と言う処分を受けるだけではない。
隊長であり、シャンテのお目付け役であるゴルネオの責任問題にも発展し、第五小隊が空中分解してしまう可能性もある。
前回の第十小隊に続きツェルニトップクラスの小隊が解散と言うのは、ツェルニとしても、生徒会長のカリアンとしても望まないだろう。
武芸大会が迫っているこの時期に、そう言う事は出来るだけ避けたい。
「どちらにしてもこのままだとばれるのは時間の問題だし。シャンテが本能でやったにしろ、利用されたにしろ、フォーメッドさんに事情を話して協力してもらった方がいいと思う。空気は読まないし、たまに殺意は湧くけど、基本は話せる人だし、仕事が出来るいい人だよ」
「……貴様、どうしてそこまでうちの心配をする?」
レイフォンの言葉にゴルネオは警戒心を抱きつつ、尋ねる。
ガハルドの因縁の件もあり、この間はシャンテとゴルネオを殺そうとすらした。
故に油断も、信用も出来るわけがなく、疑わしそうな視線でゴルネオはレイフォンを見ていた。
「ぶっちゃけると、第五小隊がどうなろうと僕には関係ないし。それに明日は用事があるから、第五小隊の問題は第五小隊に解決してもらおうと思って。明日は僕、協力できないからフォーメッドさんも喜ぶと思うよ」
「……それが理由で、今のお前か?」
心情を暴露するレイフォンにため息をつきつつ、ゴルネオは頷いた。
フォーメッドとしても悪い話ではないだろう。
レイフォンの変わりにゴルネオ、第五小隊の手を借りられ、さらには貸しを作る。
いざと言う時に小隊員の力を借りられるのは大きく、むしろ大歓迎のはずだ。
それを理解した上でレイフォンはもう一度フォーメッド達の元にゴルネオと共に訪れ、話をつける。
話をつけ終えた後、帰ると時間は既に明け方へとなっていた。
今夜はそんなに眠れないなと欠伸を噛み殺しつつ、レイフォンはわずかでも睡眠を取ろうとベットに潜り込む。
明日、いや、もう当日となったバンアレン・デイを楽しみにしつつ、レイフォンは期待を胸に眠りに落ちた。
あとがき
ちょっと長くなるかなと思って、バンアレン・デイ編は前編後編に分けました。今回はその前編です。
しかしフェリ成分を濃くする予定だったんですが、フェリの出番が少ない……後編でがんばります(汗
ゴルネオにハトシアの実の件を押し付け、レイフォンは学校に。これでフェリ成分が濃く書けなきゃ嘘ですよw
しかし、もしそのバンアレン・デイを邪魔する何かがあったら、レイフォンはヤンデレイフォンと化しそうですね(苦笑
しかし、前回はXXX板なんて言いましたが本当に書けるかな?
書いてると楽しいんですが、やはり話を作ると言うのは難しいものです。
ちなみに毎度の雑談に入りますが、俺は毎週ジャンプとサンデーを購入しているんですよ。
そして今週、7月7日現在の水曜日ですが、ついにメジャーが最終回を迎えました。
今まで長く続いたなと思いつつ、いざ終わってしまうとどこか寂しいものです。
しかし、これはすごくどうでもいいことなんですが五郎の義理の母さん、確か字は桃子?でしたっけ。
若いですよね?五郎がもうメジャーで何年もやってて、結婚して、子供いて小学生で、つまりは2人の子供のお祖母ちゃんですよ。それであの外見って……実際何歳なんだろう?
これは『桃子』つながりで、なのはのお母さんみたいに不老なのだろうか?
うん、メジャーは桃子さんがヒロインでも違和感ないw
ってか、連載当初は桃子さんが広いんだったんですよね、メジャーって。
そう言えば、メジャーを見て思いましたが今日は七夕か……
短冊に願いを書くなんて行為、最近やっていませんね。
皆さんは何か願い事なんかありますか?せっかくですので、暇でしたら教えてください。
俺は……なんでしょう?どうも色々ありすぎて、何をお願いすればいいのかわかりませんw
まぁ、現実的な話現金?
夢も希望もなくてすいませんでした……
さて、せっかくのバンアレン・デイ編なのでおまけを。
レイフォンとフェリの話ではありません。
「よう、元気かディン?」
「シャーニッドか」
ディンが入院する病室に、両手に持ちきれないほどの紙袋を持ったシャーニッドが入って来る。
その中に入っているのはお菓子。綺麗にラッピングされ、今にも溢れ出さんほどのお菓子が紙袋には詰まっていた。
「そうか、今日はバンアレン・デイだったな」
「そうそう。ホラ、俺ってモテるからこんなに貰っちまったぜ」
「それはよかったな。で、今日はその袋の中身を自慢するために来たのか?」
「おぃおぃ、そんなわけねぇだろ。せっかくだから親友の見舞いに来てやったって言うのに、悲しいこと言うんじゃねぇよ」
「それは悪かったな」
険悪な中だったディンとシャーニッドだが、先日の違法酒騒ぎが発端で和解することが出来、たまに皮肉めいた軽口は叩き合ったりするものの今では仲良く、昔のように馬鹿話が出来る関係へと修復していた。
そして、見舞いに来たというシャーニッドは紙袋の中から適当にお菓子を取り出すと、それをディンの前に差し出す。
「ホレ、中身はクッキーだそうだ。お茶請けにでもして食べな」
「シャーニッド……これはお前が貰ったものだろ?貰ったものを見舞いとして出すな」
「いや、確かに送ってくれた女の子には悪いと思うが、こんなにあっても食いきれなくってよ。腐らせちまうよりいいと思ってな。まぁ、ディンも俺を助けると思って協力してくれ」
「それが本音か?」
シャーニッドの言葉に苦笑しつつ、ディンはお菓子の包みを開ける。シャーニッドに送った女の子には悪いと思いながら、ディンは中に入っていたクッキーを齧る。
どうやら手作りらしく、形は店頭に並ぶものと比べれば歪だが、それでも見栄えは良く、齧るとサクッっとした感触に口内に広がる甘味が美味で、とてもおいしかった。
味だけならば店頭に並んでもなんらおかしくないその出来栄え。それに感心しつつ、ディンは次のクッキーを手に取った。
その様子を眺めながら、シャーニッドは不意に思ったことを口にする。
「しっかし、小隊には大抵ファンクラブなんてもんが存在して、女の子達がキャーキャー喚くもんだけどよ。お前はそう言うのとは無縁だよな」
「別にそう言った事に興味はない」
「はっ、硬派を気取ってんのか?まぁ、ディンの場合は顔は悪くないと思うから、ヅラでも被ったらどうだ?んな茹蛸みたいな頭じゃ女の子が逃げちまうぜ」
「言っておくがこれは剃ってるんだ。別に禿げてるわけじゃない」
「んなことは知ってるっての。しかし、ニーナの場合は傑作だったぜ。かわいい後輩達に囲まれて、お菓子なんて渡されてたんだ」
「そう言えば……去年はシェーナも貰っていたな」
「え、そうなのか?それは初耳だぜ」
「ああ。なんだかんだでシェーナは後輩達に人気があるからな」
「へぇ……で、ディンはどれだけ貰ったんだ?」
「……聞くな」
悪口とも取れる軽口を交わしながら、だけど楽しそうに笑い合うディンとシャーニッド。
そんな彼らが馬鹿話を続けていると、ディンの病室の扉がノックされ、先ほど話題に出た人物が入ってくる。
「ディン……なんだ、シャーニッドもいるのか?」
「おぃおぃ、なんだよシェーナ?その俺がいちゃ邪魔だって言いたそうな視線は?」
「言いたそうではなく本当に邪魔だ。今すぐここから出て行ってくれないか?」
「うわっ、ひで……それが親友に対する言葉か?」
シェーナことダルシェナ。
彼女の手には包装された包みが握られており、シャーニッドの軽口に冗談を返しながらディンの前に歩み寄る。
「その、だな……ディン。今日は何の日か知っているか?」
「ああ、バンアレン・デイだろ?今まで、シャーニッドとそのことで話をしていた」
「そうか……」
ならばちょうどいいと、一度視線を手元の視線に移し、迷うダルシェナだったが意を決したように手に持った包みをディンに差し出した。
「ならば話は早い。これはその、なんだ……つまりはバンアレン・デイのお菓子だ。お見舞いのついでにと言うことで……作ってみた」
「……シェーナ」
顔を赤らめ、どこか恥ずかしそうに言うダルシェナ。
ディンはディンでどこか照れ、これまた恥ずかしそうにその包みを受け取った。
前回の対抗試合前のやり取りが原因で、互いにどこかぎこちない2人。
「お、いーな。シェーナ、ディンだけなのか?俺にはねーの?」
「貴様には渡すまでもなく、既にたくさん持っているだろう」
「いやいや、やっぱり量より質ってもんだぜ。そりゃ、たくさんの女の子に貰うのも嬉しいけど、一番愛しい君に愛のこもったお菓子を貰うってのが何よりも嬉しい」
「一度死んで来い」
そんなぎこちなさを見て、シャーニッドは面白くなさそうに、そして冷やかすようにダルシェナに声をかけた。
だが、ダルシェナの切り返しに肩をすくめ、今度は羨ましそうな視線をディンに向ける。
「ディン、俺にも少しくれ。さっきクッキーやっただろ?」
「食べきれないと言ったのはお前だろ。これは俺がダルシェナに貰ったものだ。お前には一欠けらたりともやらん」
ディンの返答にシャーニッドは軽い舌打ちを打ち、つまらなそうに自分が貰った分のお菓子の包みを開けてお菓子を齧る。
「さて、早速頂くと……」
取りあえず、貰ったからには食べるのが道理。
ダルシェナも急かすような視線を向けて来たので、ディンは包みを開く。
その中に入っていたもの、お菓子はと言うと……
「……なんだこれは?」
「……………」
黒焦げだった。とても歪な形で、もはや炭と化してしまったような形状。
果たしてこれが食べ物なのだろうかと疑問を抱く。
ディンは冷や汗を流し、シャーニッドは無言で視線をずらす。
「その、だな……少し失敗して、な……だが、見た目は歪かもしれないが味は悪くない、と思う。食べてみてくれ」
「いや、食べろって……」
シャーニッドはディンを哀れそうな瞳で見つめながら、そう言えばダルシェナは料理が出来なかったと言う事実を思い出す。
「………」
ディンは表情が引き攣っている。
その表情がとても見れたものではなかったので、
「さて……」
立ち上がり、病室を後にしようとするシャーニッド。
「待て、シャーニッド!どこに行く!?」
「いや、お2人の邪魔しちゃ悪いだろうと思って、そろそろ帰ろうかと思ってな」
言いながら、シャーニッドはディンの耳元に顔を近づけて小声で言う。
「ちゃんと食べてやれよ、ディン」
「み、見届けないのか……?」
「見届けない」
ぶっちゃけ、この後の展開が予想出来すぎる。
それでも男として、ここは食べるのが礼儀でけじめだと言うことで、一応シャーニッドは忠告しておく。
だが、流石にディンとてこのお菓子と言う名称の炭をそう簡単に食べる気はしない。
「……やっぱり、食べなくていい」
「「え?」」
未だに迷うディンを見て、ダルシェナがどこか悲しそうに言う。
「私は、武芸しか能がないからな……今更このようなことをしたところで、駄目だと言うことはわかっていた。一応練習はしたんだが……いいんだ。ディン、迷惑だったらそのまま捨ててくれても構わない」
その言葉に意外そうな表情を浮かべるシャーニッドとディンだが、続けられるダルシェナの言葉になんとも言えない表情になる。
いくらなんでも、このような展開でディンにこのお菓子もどきを捨てることは出来なかった。
(ディン、食え)
(俺に死ねと言うのか!?)
(人はそう簡単には死なねぇよ)
アイコンタクトでシャーニッドとディンは会話を交わし、ディンは戸惑いつつも意を決したようにお菓子もどきを口に放り込む。
その後のディンがどうなったのか?それをシャーニッドは知らない。
ただ、病院を出る時にディンの絶叫が聞こえた気がしたが、気のせいだと思う。思いたかった。
ディンの無事を祈りつつ、シャーニッドは帰路を歩む。
バンアレン・デイ。それは乙女達の戦いでもあるが、男も覚悟を決めなければならない日なんだろうなと思いながら。
あとがき
えー……ダルシェナファンの方ごめんなさい。ダルシェナの料理の腕が酷いことに……
まぁ、彼女が料理を出来ないのは、確か公式でもそうだった気がします。
果たしてディンは無事なんでしょうか?
まぁ、現場が病院なだけあとの処置は楽でしょうがw
ちなみに、俺はディン×ダルシェナ派です。シャーニッド×ダルシェナもいいですが、どちらかと言うよりシャーニッド×ネルアの方が好きですね。
一途で真っ直ぐなタイプが個人的には好きですw
さて、今回のところはこれで。
後編もがんばります。今度こそフェリ成分を!!