「なにが起きた?」
「そんなの俺が知りてぇ」
突然途絶えたフェリの念威。ニーナとシャーニッドは暗闇の中に取り残されていた。
その異変を疑問に思うも、このままここでボーっとしているわけには行かない。
「シャーニッド、お前はフェリのもとへ行け。私は一応大丈夫だとは思うが、レイフォンの所へ行く」
「おぃおぃ、マジか?」
行動を取ろうとするニーナに、シャーニッドが呆れたように言う。
「確かにレイフォンやフェリちゃんも心配っちゃ心配だが、分かれるってのはまずくね?こんな暗闇で、正体不明の襲撃者だ。ここはむやみやたらに動き回らず、まずは2人で……」
2人で行動するべきだと言いかけるシャーニッドだったが、そこでふと、何か思いついたように問いかける。
「前々から思ってたんだが、お前ってやっぱレイフォンに気があるんだよな?なに、別に隠すことじゃねぇよ。第一、そんなことしてっとフェリちゃんに取られちまうぜ。いや、もう手遅れなのか?だが、何にしたってだな……あれ、ニーナ?」
いつもの様に軽口を叩き、気をそらしてニーナを冷静にさせようとするシャーニッドだったが、そのニーナが既にいない。
遠くからは、床を蹴るカンカンと言う音が響いていた。
「……うわ、俺って間抜け」
シャーニッドはため息をつきつつ、とりあえずは彼女の指示通りにフェリの元へと向った。
「っ……!?」
シャンテはすぐさま背後へ飛んだ。
それはまさに本能。獣と共に育ってきたシャンテだからこそ敏感に反応し、己の本能に従ってレイフォンから距離を取る。
「あ、ああ……」
ヤバイ、あれはヤバイ。本能がシャンテに告げる。
暗闇であり、自分に有利な地形。しかもある程度の間合いを取り、槍と剣のリーチからしてこちらの攻撃範囲で、レイフォンから攻撃を仕掛けても反応できる距離、安全圏にいたシャンテ。
だが、それが一瞬で崩壊する。レイフォンが狂ったように笑い出し、その恐怖にあてられてシャンテは後退した。
逃げろと本能が叫ぶ。自分が安全圏だと思っていた所は危険地帯。
何故今まで気づかなかった?あれは決して喧嘩を売ってはいけない存在だ。
対抗試合の経験から不意を突けば何とかなると思っていたが、その考え自体が甘すぎた。
ゴルネオに手を出すなと忠告され、それを一笑していたが、今ならわかる。ゴルネオの言っていた事は本当なのだと。
レイフォンがその気になれば自分は一瞬で殺られる。そしてレイフォンはその気になった。
「う……ぅ、うわああああああああああっ!!」
だが、シャンテは逃げない。
殺す、殺す殺す殺す。
あいつは、レイフォンはゴルネオの敵だ。ならば自分の敵でもある。
シャンテはゴルネオの事が好きだ、大好きだ。
そんな彼を悲しめるレイフォンを、シャンテは許せない。この場でレイフォンを殺し、ゴルネオに褒めてもらうのだ。彼の笑顔を見るのだ。
そう決意し、本能のシャンテは本能に逆らった。それがあまりにも愚かな選択だということを知らずに。
だが、それもある意味仕方がない。獣に育てられたと言うシャンテだが、ここ最近は人に混じって暮らしていたので、野生の勘が鈍ったのかもしれない。
そもそも、シャンテを育てたという獣、猟獣種は常に狩る側にいた。
だから知らなかったのだ。狩られる側の恐怖を。獣の中で上位の強さを持っていたために命の危機、恐怖について鈍感なのだ。
「うらああああああ!!」
「レストレーション02」
シャンテが突っ込み、槍から突きを繰り出してくる。
それをレイフォンは鋼糸を復元させ、シャンテの突きの軌道をそらした。
それでもシャンテは怯まず、更に連続して突きを放ってくる。
レイフォンは変わらず、鋼糸で突きをそらし、流し続けていた。
シャンテは気づいていない。レイフォンの鋼糸が地を這い、至る所に敷き詰められている事を。
シャンテは気づかずにいったん後退して、もう一度突きを放つ。
その瞬間、矛先で赤い光が爆発する。化錬剄だ。
炎に変じた剄が、矛先で爆発した。
だがそれでもレイフォンの鋼糸を抜く事は出来ず、レイフォンに攻撃は届かない。
レイフォンはその場から一歩も動かず、狂ったような笑いもいつの間にか止まり、冷ややかな視線でシャンテを見つめている。
「無茶をする。引火したら、あなたも死にますよ」
「知るかっ!」
自暴自棄にしか取れない叫びを上げ、シャンテが突進してくる。
本当に無謀だ。このパイプの中には、少なからずとも液化セルニウムが残っているはずである。
もしそれにシャンテの炎が引火でもしたら、レイフォンどころか彼女までも死にかねない。
それでも構わないとばかりに、シャンテはレイフォンに攻撃を続ける。
本当に無謀だ。彼女の行動もそうだが、何よりも一番無謀なのはレイフォンに戦いを挑んだ事だ。
そのあまりにも無謀なシャンテの攻撃が、10秒ほど続いただろうか?
10秒、そう、たった10秒だ。
だけどこの10秒で決着がつく。
「え……?」
今まで猛攻を続けていたシャンテが、なにが起こったのかわからないといった表情で攻撃が止まる。
体中に鋭い痛みが走り、力が抜けていく。わからない、わからない。レイフォンはその場から一歩も動いていないというのに、なんで攻撃をし続けていた自分が倒れる。
これはなんだ?体を貫く、無数の針のようなものは?
「死んでませんよね?まぁ、別に死なれても構わないんですが、それじゃ僕の気がすみませんので」
レイフォンは淡々とした声で告げる。
場所は大体わかっていた。
シャンテの殺気、気配、動き回って風を切る音。
更にはあれだけ声を出していれば、どこにいるかなんて容易に予想できる。
もし予想外の攻撃を取られたとしても、この広範囲を覆うこの攻撃なら簡単に仕留められるだろう。
操弦曲 針化粧
天剣授受者、リンテンスの技だ。
鋼糸を地を這うように敷き詰め、それが一斉に天を突くというだけの技。
リンテンスの様に一瞬でこの技を発動させる事はレイフォンには出来ないが、それでも10秒あれば余裕で発動できる。
その発動した針化粧が、その名の通り鋼糸を針へと変換させ、一斉にシャンテを貫き、串刺しにしていた。
対抗試合や武芸大会などのお遊びではない。殺傷力を存分に持った武器での攻撃だ。
「あ、ああああああああああああああ!!」
呆けていたシャンテだが、全身に走る痛みに我慢が出来ず叫び声を上げる。
指を、掌を、腕を、腹を、肩を、足を、太ももを、体中の至る所を貫く激痛にシャンテは表情を歪ませ、泣き叫ぶ。
幸い急所は外れていたが、それでも痛い。あまりの痛みにより、このまま意識を手放してしまいそうなほどだ。
だが、それは許されない。
「うるさい」
「がっ……!?」
蹴られた。
鋼糸が体中に突き刺さったまま、レイフォンがシャンテの腹に蹴りを入れる。
その衝撃に若干白目になりつつ、シャンテは恐ろしい激痛に悶える。
鋼糸に貫かれた状態であらぬ方向に力を入れられたのだ。
例えるなら突き刺さった針でぐりぐりと傷口を弄ばれるのと同じだ。それが数が数なだけに、あまりの激痛で気を失う事すら許されない。
だが、レイフォンに蹴り飛ばされた事によってシャンテの小さな体は宙を舞い、鋼糸の針から開放された事がせめてもの救いだろう。
鋼糸は抜けたが、それでも激痛が残り、体中から血が溢れてくる。動く事すら出来ないシャンテ。
そんな彼女に、レイフォンは更なる追撃をかける。
「がっ……」
右肩を踏まれた。踏み砕かれた。
力を、剄まで込めて踏まれたために、簡単にシャンテの右肩の骨が砕ける。
それでもレイフォンの表情は淡々としてて、いつの間にか剣へと戻していた錬金鋼を持っていた。
「別に僕を目の敵にするのも、殺そうとするのも構わないんですよ。それだけのことを僕はやってきたのだから、僕は恨まれて当然なんです。だけど……フェリは関係ないじゃないですか?それなのにあなたはフェリに危害を加えた」
「っ!っぁ!?」
その剣を今度はシャンテの左肩に突き刺し、そのままひねる。
骨が断たれ、砕ける音が響いた。
シャンテはもはや声にならない悲鳴を上げる。
「楽に死ねると思わないでください」
レイフォンの声は恐ろしいほどに淡々としている。
痛みに悶え苦しむシャンテを冷ややかな目で見下ろしながら、レイフォンは左肩から剣を抜き、今度は耳へと向ける。
「耳を落として、鼻を剃ります。そして今度は目を抉ってあげますよ」
もはや正気ではない。
怒りに満ち溢れた表情で、レイフォンはシャンテの耳を切り落とそうとする。
「シャンテっ!」
だが、レイフォンの行為を止める野太い声が割り込んできた。
「ご、ごる……」
激痛に苦しむシャンテが、とても弱々しい声でゴルネオの名を呼ぶ。
レイフォンは冷ややかな視線のまま、どうでもよさそうにゴルネオを見ていた。
ゴルネオは化錬剄を使って掌に炎を浮かばせていた。ぼんやりとした炎が暗闇を照らし、レイフォンの姿を捉える。
そんな彼の足元で倒れ伏し、体中から血を垂れ流しているシャンテの姿を捉える。
その姿を見て、ゴルネオの中から憎悪が浮かび上がってくる。
「シャンテ……貴様ァ!!」
その憎悪をレイフォンへと向けた。
敵意を、もはや殺意となったそれをレイフォンへと向けてくる。
本能のシャンテ、理性のゴルネオなどと呼ばれているが、さすがにこの状況で理性を保っていられるほどゴルネオは出来ていない。
わかっている、天剣授受者の実力は。規格外の兄を持っているために、そのことはよく理解している。
だが、ゴルネオは止まれなかった。怒りに燃え、レイフォンに殴りかかる。
無謀だ、無謀すぎる。自分で自分を笑いたくなりながらも、全力でレイフォンに殴りかかった。
結果は当然返り討ち。
拳を避けられ、剣で胸を切り裂かれる。
今更だがここはツェルニではない。危険があるかもしれないこの廃都市に来るのに刃引きされていない錬金鋼を持ってくるはずがない。
当然レイフォンの錬金鋼には刃がついており、ゴルネオの胸から血が飛び散る。
「がっ……」
膝を突き、呻き声を上げるゴルネオ。
それでも倒れず、敵意ある視線をレイフォンに向け続ける。
だがレイフォンは、そんなゴルネオの視線を意にも介さずに流した。
「死にたいんですかあなたは?それなら殺してあげますよ、この人を殺した次に」
怒りが、ゴルネオ以上の憎悪が宿った瞳でレイフォンは言う。
その瞳にゴルネオは戦慄さえ覚えた。狂っている。その狂気は戦闘狂である兄、サヴァリスに匹敵し凌駕するのではないかと思わせるほどだ。
だが、ゴルネオは引けない。
「させん……」
レイフォンは言った。この人を、シャンテを殺すと。
それが冗談ではないことは、狂気に染まった瞳と、彼の行動を見ればわかる。
「それだけはさせん!お前は俺からガハルドさんを奪って……シャンテまで奪おうと言うのか!?」
絶対にそれだけはさせない。
ゴルネオの兄弟子であるガハルドをレイフォンは殺した。
死んではいないが意識不明の重態であり、剄脈が壊れている。レイフォンは武芸者としてのガハルドを殺したのだ。
これが事故だったらゴルネオも諦めがつく。だが、そうではない。
ガハルドはレイフォンの賭け試合を告発しようとして、その口封じにレイフォンに殺されかけた。ゴルネオはそう聞いている。
その怒りを、憎悪をレイフォンへと向けている。
「ガハルド・バレーン……」
「忘れたとは言わせないぞ……」
レイフォンがガハルドの名をつぶやき、ゴルネオが追撃するように言ってくる。
その言葉にレイフォンは、あっさりと返答する。
「忘れるわけがないでしょう。あの卑怯者のことを」
「なっ……!?」
そのあっさりとした返答に、ゴルネオの殺意がいっそう強くなる。
それでもレイフォンは淡々と続けていく。
「まぁ、僕も人のことは言えませんし、僕のことが許されないことだとは理解しています。それでもガハルド・バレーンがやったことが正しいとは思わない。あの人は僕に匹敵する卑怯者で、人でなしなんですよ」
「戯言を!お前はガハルドさんの口を封じるために殺そうとしたんだ!賭け試合に出ていることをばらされたくがないために!!」
「ええ、それは認めます。ばらされたくないから殺そうとしました。ですが……」
ゴルネオの怒りを流し、レイフォンは一度息を吸って憂鬱そうにつぶやく。
「賭け試合のことで僕を脅して、試合に負けるように言ってきたから自業自得だとは思うんですけどね」
「な……に……?」
その事実が意外だったのか、ゴルネオが目を見開く。
そんな彼の反応に、今度はレイフォンが意外そうな表情をしていた。
「あれ、知らなかったんですか?考えてもみてください。そもそもガハルド・バレーンが賭け試合に出ていた僕のことを許せなかったら、試合前にそのことを公表してしまえばよかったんじゃないですか。それをしなかった。それは何故か?答えは単純。僕を脅し、自分が天剣授受者になりたかったからだ。弱いくせに、その実力もないくせに」
レイフォンは語る。怒りに染まりきり、冷酷で毒を含めた言葉を吐く。
別にガハルド・バレーンにそこまでの恨みはない。天剣を剥奪されたのは自分の未熟さと至らなさが原因だったし、もしガハルドを何とかしていても、第二、第三のガハルドのような者が現れていたかもしれない。
確かに孤児達に、家族に責められた時は辛く、悲しかったが、ある意味ガハルドに感謝するべきとも思った。
あの騒動が原因でレイフォンはツェルニに来て、フェリと出会えたのだ。それは今までの不幸を取り払うのに十分すぎる幸運。
だが、その幸運を奪うと言うのなら、レイフォンは容赦はしない。
「嘘だ!ガハルドさんがそんなことをするはずない!!」
「本当です」
「嘘だ」
「しつこいですね、本当なんですよ」
「嘘だ……」
ゴルネオが叫ぶ。尊敬する兄弟子がそんなことをするとは信じられないのだろう。
ゴルネオはそれを否定しようとするが、レイフォンの瞳は決して嘘をついているようには見えなかった。
「それから、あなたはこの人を奪うのかって言いましたよね?この人がなにをしたか知っているんですか?」
シャンテがなにをしたか?
都市の調査という任務中だと言うのに、味方であるはずのフェリを襲い、レイフォンを殺しに来た。
それだけで十分問題行為であり、返り討ちにあっても文句は言えない。
だが、そんなレイフォンの声などゴルネオにはもう聞こえていない。
「嘘だ……嘘だ……」
膝をつき、手を床につけてゴルネオはポツリポツリとつぶやく。
それほどまでに、レイフォンから突きつけられた事実が信じられないのだろう。
だが、そんなこと、レイフォンには関係ない。
「ごる……ごる……」
「人の心配をしている暇はありませんよ」
とても弱々しい声で、シャンテがゴルネオの心配をしている。
だが、今の彼女は自分自身の心配をするべきなのだ。
レイフォンの刃が、シャンテの命を刈り取ろうと振りかぶられる。
「さようなら」
言って、レイフォンが剣を振り下ろす。
シャンテは弱々しい声のままゴルネオの心配をし、ゴルネオは嘘だとつぶやきつけている。
そんなことはレイフォンには関係ない。シャンテを殺し、ついでにゴルネオを殺す。
「レイフォン!!」
だが、そう決意して振り下ろされた剣を止める声。
その声に反応し、レイフォンの剣がシャンテの首筋ギリギリで止まった。
「お前……何をしている?」
「隊長?」
現れたのは第十七小隊の隊長、ニーナ。
彼女はレイフォンの事が心配でここに来たのだが、何故こんな事になっているのか理解できなかった。
ゴルネオとシャンテがここにいるのもそうだが、なんでシャンテは血だらけで倒れている?
なんでゴルネオは膝をついている?
なんでレイフォンは剣を持ち、それをシャンテに向けている?
なんで?なんで?
「邪魔をしないでください。今からこの人を殺すんですから」
「なっ……」
そして今、なんと言った?
殺すと言った。いつものレイフォンからは想像できない雰囲気を放ち、底冷えしそうなほどの冷たい表情でニーナに言う。
狂っている。そうとしか思えなかった。
ニーナに向けられた今の言葉だが、レイフォンの視線はシャンテに向けられたままだ。彼女の姿すらレイフォンは見ていない。
「お前は何を言って……」
「フェリからの念威が途絶えましたよね。それは彼女が原因です。都市の調査という任務中にフェリを襲って、僕を殺すと言って仕掛けてきたんですよ。返り討ちで殺されても、誰も文句は言えないはずですが」
「だからって……」
やりすぎだ、ニーナはそう続けようとした。だが、続けられない。
射殺さんばかりの視線を、レイフォンが向けてくる。
その殺気に、ニーナは言葉が詰まった。
「うるさいですね。それ以上邪魔をすると言うのなら、いくら隊長でも……」
その先の言葉を、レイフォンが言う事はなかった。
彼が言おうとした矢先に、別の人物の声が乱入したからだ。
「何をしてるんですかあなたは?」
「フェリ!?」
念威端子越しに聞こえるフェリの声に、レイフォンの表情と視線から冷たいものが消えた。
浮かんでくるのは安堵。フェリの声を聞けた事に安心し、表情に柔らかいものが感じられた。
さっきのレイフォンとはまるで別人だ。
「無事だったんですね?怪我はありませんか!?」
その安堵の表情も一瞬だったが、今度は心配そうな、フェリを気遣うような表情で問いかける。
とても優しそうなその表情は、どちらにしたってさっきのレイフォンとは別人だ。
「ええ、気を失っていただけで、特にたいした怪我はありません。ところでフォンフォン、私の事で怒ってくれるのは嬉しいんですが……やりすぎです」
「う……すいません」
ニーナの言葉ですら止まろうとしなかったレイフォンを、フェリは念威越しの言葉で押し止め、謝罪させる。
そんな説教を受けているレイフォンを見て、ニーナには複雑な思いが浮かぶ。
「取り合えず、今からすぐに行きますので少し待っていてください」
「おい、レイフォン!」
フェリの説教もある程度終わったのか、そういってレイフォンはすぐさまフェリの元へと向う。
ニーナが抑止しようとするが、意にも返さずに全力で彼女の元へと向った。
「嘘だ……嘘だ……嘘だ……」
「う、ぁぁ……ゴル、ごる……」
虚ろな目で呆然とするゴルネオと、傷だらけでもゴルネオの心配をするシャンテと共に、ニーナは取り残された。
違和感によってリーリンは目を覚ます。
場所は寮の自分の部屋。そしてベットで眠っている。
そのこと自体は可笑しくない。可笑しくないのだが……自分はどうしてここにいるのだろう?
そして、もうひとつの最大の違和感は……
「……………あ」
「……………なにしてるんですか?」
四つんばいで、覆いかぶさるようにリーリンの上に乗っている女性、シノーラの存在だ。
何故かパジャマ姿のリーリンの、パジャマのボタンを上から順に外している。
「やぁ……やっぱ、ブラしたままだと寝苦しいかな~?と思って」
「余計なお世話です」
「だってこのブラ、がっちりあれであれする補正物じゃないの。リーちゃんったら普通でもそんなのが必要ないくらいにあるのに、こんなのしてたら苦しいでしょうに」
「だから……余計なお世話ですから」
シノーラを押しのけて起き上がり、リーリンはパジャマのボタンを止めなおす。
大きなボタンが四つあるだけのパジャマで、そのうち二つが外されていた。白いブラがハッキリとあらわになっており、リーリンは赤くなりつつため息をつく。
「まったくもう……」
そういって冷静になり、何かを思い出した。自分がここにいる理由は知らないが、その前になにがあったのかを。
ここ最近、何かが可笑しかった。
天剣授受者であるサヴァリスとリンテンスが現れ、誰かに狙われているからと言う事で内密に護衛を受ける事となった。
その理由も知らされずに、ただレイフォンに関係あるとだけ聞かされた事実。
その事に疑問を持ちつつ、リーリンが日常を過ごしていると……襲われた。
養父のところにいて、その襲ってきた人物はレイフォンがグレンダンを出る原因となった相手、ガハルド・バレーン。
だが、彼の様子は明らかに可笑しく、リーリンにはよくわからないが変だった。
どう説明すればいいのかはわからないが、養父であるデルクは『人を捨てた』などと言っていた気がする。
そんなガハルトに襲われて……デルクは倒れて……
混乱してうまくまとめられない記憶の中に、何故かぶらを外そうとしたシノーラの姿が思い浮かぶ。
「先輩……父さん……は?」
聞こうとして、言葉が何故か尻すぼみに消えていく。
頭の中に浮かんだのは最悪の結果で、もしそうなっていたら……
「大丈夫だよ」
今にも気を失ってしまいそうな気分のリーリンに、シノーラが優しく笑いかけた。
「リーちゃんのお父さんは病院にいる。大丈夫、時間はかかるけど、治るよ」
「……よかった」
いつの間にか全身にこもっていた力が抜け、浮いていた腰がベットに落ちた。
安心すると、今度は目頭が熱くなる。
「本当に……よか……」
言葉にならず、喉が痙攣するように震える。
涙が目から溢れ、嗚咽を手で押さえた。
止まらない涙に両手で顔を追ったリーリンを、今度はふざけたりせずに優しくシノーラが抱きしめる。
リーリンは我慢できずに、シノーラの胸で盛大に泣いた。
また失うと思った。また、リーリンの前から大切な人がいなくなるのかと思った。
そうならなかった事に安心し、緩みきったこの感情を抑えきれない。
リーリンは泣き続け、やがて泣き疲れたようにシノーラの胸の中で眠りに落ちた。
「……あの子を、外に出したのは失敗だったかな?」
眠りに落ちたリーリンをベットに戻し、シノーラは部屋を出た。
間違ってもリーリンには聞かれないように、声を潜めて廊下に流す。
「でも、他にどうしようもなかったのよね。ごめんね」
か細いため息と共にリーリンに詫び、シノーラは休日が明けた時にいつものリーリンに合えるように祈りながら扉を閉めた。
夜となり、暗闇が辺りを支配する。
調査から戻った第十七小隊と第五小隊。
建て前的には事故と片付けられ、第五小隊副隊長のシャンテが重傷で入院している。
こうなった原因はレイフォンにあるのだが、任務中に味方を襲って、更にはレイフォンを殺そうとしたとなれば、返り討ちにあっても文句は言えない。
非はシャンテの方にあり、むしろシャンテのための処置と言ってもよい。
そして、第五小隊隊長のゴルネオだが、彼からはなぜか覇気が消えていた。
彼も胸を切り裂かれると言う怪我を負ったが、それでもシャンテに比べれば随分マシで、目に見えるまでに気落ちするほどではない。
今のゴルネオは落ち込んでいる。悩み、苦悩している。
そんなゴルネオの心境とは正反対の、降るような、綺麗な星空の下に、二つの都市が並んでいた。
ツェルニと、結局は名前すらわからなかった廃都。
その都市はまるでツェルニの影の様にたたずんでおり、それを一望できる外縁部にはひとつの光がある。
街灯などがもたらす光ではなく、黄金色だった。その光は淡く、闇を優しく押しのけるように浮いている。
その光の正体は、童女だ。自分の身長よりも長い髪をたらした、裸身の童女。
都市の意識。電子精霊と呼ばれるこの都市の自我、ツェルニ。
普段なら機関部の中を出ない彼女が、都市の外にいる。
ツェルニの大きな瞳が、どこかぼんやりとした様子で空を見上げていた。
そのツェルニの前に新たな光が現れ、ツェルニはそこに視線を下げた。
そこにいたのは、黄金の牡山羊。その姿を見て、ツェルニの瞳には悲しみの色が宿る。
牡山羊はただ黙って、ツェルニの前で首を振った。
そこでどんな会話がされたのか……それは決して人間の聴覚では聞き取る事が出来ないものだった。
ほんのわずかな遭遇。それだけのやり取りを終え、牡山羊は姿を消す。
ツェルニは名残惜しそうに宙で何度か回転すると、機関部を目指して飛び去っていった。
後に残ったのは、変わることのない学園都市の夜だけだ。
あとがき
突っ込みどころ満載ですが、取り合えずこれで原作3巻分が終了~!
そしてシャンテの不人気ぶりに吹きました(汗
いや、確かに自業自得と言うところもありますが、シャンテはもう死んでいいみたいな意見に作者が唖然とするほどでw
いや、展開的にもまさか殺すわけにはいかず、とりあえずは重傷ってことで……
ですがこれでシャンテ、レイフォンには強烈なトラウマを持ちました。
ふぅ……ヤンデレレイフォンを書く事に気を取られ、今回の話にはまったく構成が出来ていませんでした。故に難産。何度書き直したことか……
ゴルネオもゴルネオでショック受けてるので、今は絶賛落ち込んでいます。今頃、グレンダンに向けて手紙を書いてるころでしょう(苦笑
しかし、レイフォンに廃貴族が憑く案は素直に受け入れられたようで一安心ですw
一度オリジナルの電子精霊も出すかなんて考えましたが、ここのレイフォンなら別に憑いても可笑しくはないと思いましてw
あぁ……ますますニーナがいらん子に……
問題は原作6巻の場面。果てさて、どうなる事やら……
それはそうと、うちの地域、地元の熊本では漫画や雑誌、コミックの発売日が遅れるんですよ。
コンプエースで例えるなら26日発売のがこちらでは28日くらいになったり。間に土日が入れば更に遅れて……
そんなわけで、前回上げた時にはまだ読んでなかったんですけどね、いやぁ、個人的にはvividと恋姫無双が面白いです。
華琳が可愛かったですねぇ。っつか、一刀ォ!!
あの展開はかなり羨ましかったです。ぶっちゃけ、最寄の店に恋姫の在庫があったら、リトバスではなくそっち買ってました。
いや、リトバスはリトバスで面白いので、別に後悔はしてませんが。来々谷さんが好きです!
さて、そんなこんなで今回はこれで。
では~