(冷たい手……)
気絶から冷めたレイフォンの視界には、1人の少女の顔がある。
フェリの顔だ。
そして、自分の額に触れられた、、冷たい手の感触……
「フェリ……先輩?」
寝ぼけながらなんとなく、本当になんとなくレイフォンはその手を取る。
するとその手は、
「おはようダーリン♪」
シャーニッドの手であり、そのシャーニッドがからかうような笑顔でふざけて言う。
「うわっ!?」
驚き、手を放すレイフォン。
フェリならばともかく、いくらシャーニッドが美形でも男にやられては、ハッキリ言って気持ち悪いだけだ。
「うわって……先輩にそれはないだろ~?傷ついちゃうなあ、俺」
「キャー、シャーニッドさまあ」
「私達が癒して差し上げますわ……!」
どうやらここは、保健室らしい。
そして自分は、ベットで眠っていた。
そして何故か、外にはシャーニッドのファンらしい少女達がいる。
まぁ、軽そうだが、アイドル並みに美形なシャーニッドならば、こういうのがいても可笑しくはないだろう。
(うわ……!僕、気絶してたのか……みっともない……)
少し手を抜きすぎたと反省しつつ、レイフォンはまだ呆然としていた。
あの後どうなったのか、気絶していたために当然わからない。
「言ってなかったな。俺はシャーニッド・エリプトン。4年、狙撃手だ」
そんなレイフォンに、自己紹介をするシャーニッド。
名はニーナに聞いたというか言っていたが、自己紹介はこれが初だ。
「まぁ、難しく考えるなよ。小隊メンバーになっておけば……」
シャーニッドは結果的に小隊に入れられ、これから不安であろうレイフォンにアドバイスを送る。
とてもわかりやすく、真っ直ぐなアドバイスを。
「女にモテる」
だけど凄く邪だった。
そんなシャーニッドに、フェリは拳骨を落とす。
「酷いなぁ……」
少し嘘泣きをしながら、フェリに不満そうに言うシャーニッド。
「それで動くのは、あなただけです」
相変わらずフェリは冷たく、そして無表情だ。
「……それに……あのガトマン・グレアーに追われているんだろ?」
「………!なんでそれを……」
だが、こっちが本題だ。
軽かったシャーニッドも、これを言うときだけは真剣味を持っていた。
「まぁ、有名人だしな。武器を持っておかないと、本当に死ぬかもしれないぜ」
逆恨みでレイフォンを敵視しているらしい、ガトマン。
実際に彼の気に入らない生徒が何人か行方不明になっているらしいので、悪い意味で有名なのだ。
そんな人物に目をつけられれば、せめて武器がないとヤバイのだけど、基本、今の1年生に帯剣の許可は出ていない。
それは入学式の時みたいに暴れるやからが、喧嘩などで錬金鋼なんて言う危険な物を持ち出さない配慮だ。
だけど小隊員だけは別で、1年生でも錬金鋼の所持を認められている。
もっとも、1年生でいきなり小隊入りする者はまずいないが……
何にせよ、そんな訳で小隊に入るのは悪くないと言うシャーニッド。
「女(ニーナ)にしごかれるか、ヤロー(ガトマン・グレアー)に殺されるか……俺なら女の子の方を選ぶね」
「………」
だけど最後はそっけなく、そう言って部屋の外へと向っていく。
彼のファンである少女達が待つ廊下へと。
「ま、訓練はサボるけどな」
締まらない言葉を残しながら、そのままシャーニッドは去っていった。
少女達と共に。
「……………」
「……………」
そして取り残された、レイフォンとフェリ。
再び無言で、何を話していいのかわからない。
そんなレイフォンに、フェリのほうから話しかけてきた。
「帯剣許可証と、バッジを預かっています。でも……」
それは、第十七小隊として事務的な会話。
だけどそれを、バッジをレイフォンの制服の旨のところにつけながら、無表情でも彼女の想いがつまった言葉を投げかける。
「これをつけたからといって、何も変える必要はありません。
「え……」
「あなたは、今のままのあなたでいいんです」
(それはどういう……)
意味がわからない。
どういうことなのか、嫌、フェリが何を知っているのかレイフォンは知りたかった。
少なくとも何かしら、フェリはレイフォンについて知っているらしい。
それを聞きたかった。だけど……
「貴様、レイフォン・アルセイフだな」
それを阻止する、野太い男の声。
「……いきなりなんですか、あなたは?」
フェリが不機嫌そうに尋ねるが、男はレイフォンの襟首をつかみ、そのままフェリを無視して続けた。
「入学式では、弟が世話になったようだな」
「………!!!」
体躯のしっかりとした、ごつい男。
180~90cmはありそうな大柄な男で、如何にも傲慢そうだ。
「それはあなたの弟の自業自得でしょ?ガトマン」
(ガトマン・グレアー!?)
フェリの言葉を聞き、レイフォンはもう嫌になる。
噂をすれば影と言うか、次々と襲ってくる最悪の展開。
自分が何か、悪いことをしたと言うのだろうか?
(……したかもしれない)
後悔はしていないが、それをしたためにレイフォンはグレンダンを追い出されたのだ。
「貴様には関係ない!用があるのは、こいつだけだ!!」
フェリに怒鳴り返し、ガトマンはレイフォンを睨む。
「お陰で弟は退学だ。せっかく武芸科に入って、親を安心させてやれると思っていたら……」
「僕は知りませんよ」
悪いのは入学式で暴れた弟であり、レイフォンに非はない。
だけどそれを理解できる輩なら、まず、逆恨みなんてことはしない。
「一般教養科のなりをしていたくせに、本当は武芸科だったとは……!?」
そこで、ガトマンは気づく。
レイフォンの武芸科の制服もそうだが、彼の襟首をつかんでいた時に見た、バッジの存在に。
「貴様……まさか……まさか小隊員に……」
「彼はまだ、錬金鋼を持っていません」
フェリがフォローするが、ガトマンは聞いていない。
「ハハハハハ!こいつはやりがいがあるってもんだ。レストレーション」
「うわっ」
「ガトマン!」
錬金鋼を復元させ、斬りかかってくるガトマン。
咎めるようにフェリが言うが、ガトマンはレイフォンしか見ていない。
「うわっ」
ガトマンの使う錬金鋼は、刃は小さくも一応剣に分類される物。
折りたたみ式のサバイバルナイフにも見える形状で、それに剄を込めて斬ってきたためにかなり斬れ味が鋭い。
背後の硝子、カーテン、壁までも斬り、錬金鋼を持たず、戦いたくなかったレイフォンの取った行動は単純な事だった。
「逃げる気か貴様!」
「逃げるに決まってんだろ!」
逃げる事。
ガトマンは先輩だが、こんな暴挙をされて当然敬語を使うなんてわけなく、レイフォンは全力で走った。
「ガトマン!」
フェリがガトマンに止まるように言うが、レイフォンと共に遠くへと走り去っていく。
あっと言う間に、フェリの前からガトマンとレイフォンの姿は消えた。
「あの陰険眼鏡……」
そんな彼らの背を見送り、フェリは言いようのない怒りを『陰険眼鏡』、生徒会長へと向ける。
大丈夫とは思うが、万が一のことを考え、レイフォンの無事を祈りながら……
「そりゃ、災難だったな」
何とかガトマンから逃げ切った後、自室にて、夕食を食べるレイフォン。
もう既に夜と言うこともあり、今日はひとまずあきらめてくれたらしい。
そんな訳で、自室で夕飯を取るレイフォンだったが……
「で……オリバー先輩。なんで僕の部屋にいて、普通に一緒にご飯を食べてるんでしょうか?」
「ん、おいしいから」
昨日同様、オリバーがレイフォンの部屋にいて、ずうずうしくも一緒に夕食を食べている。
もちろん、レイフォンが作った物である。
「答えになってません」
「まぁまぁ、いいじゃねーか。どうせまた、多く作りすぎたんだろ?」
「それはそうですけど……」
また加減がわからず、多く作りすぎてしまったレイフォンなのだが、多かったら多かったで、明日の朝食に回すのも手ではないかと思う。
そうすれば、朝は朝食を作る時間帯、ぐっすりと寝ていられるから。
「で、小隊入りおめでとう」
「めでたくなんかないですよ……ああ、なんでこう、災難ばかり立て続けに……」
レイフォンを素直に祝福するオリバーだが、本人からすれば今日は厄日以外のなんでもない。
そんな彼を、多少哀れに思わなくもないが、オリバーは今日も他人事の様にシチューを口の中に頬張るのだった。
「なんでこんな事に……ああ、一般教養科に戻りたい……」
「あの生徒会長がそんなこと、認めるもんかねぇ」
そんな会話を交わしながら、夜はあっと言う間に明け、ガトマンに追われる1日が始まるのだった。
「あのさ、レイとん……」
先ほどからキョロキョロと視線を配るレイフォンに呆れるように、ミィフィは言う。
「お昼食べる時くらい、落ち着こうよ!!」
「いや、だってさ……」
時間はあっと言う間に昼。
レイフォンは朝からこんな感じで、落ち着きがまったくないのだ。
「色々あるんだよ……」
「あー、なんでもう、そんなかなあ!」
ガトマンの事が一番大きな理由だが、色々あって暗いレイフォン。
そんなレイフォンを見て、ミィフィは呆れたように言う。
「入学式でヒーロー扱いされ、生徒会長に目をかけられて武芸科に転入の上、奨学金もAランクを用意された最恵国待遇!さらに!1年でなんと小隊メンバーに!!て話でしょ?人生ばら色じゃん?普通」
確かにミィフィの話を聞けば、レイフォンはとてもついているように見える。
入学式では何かと話題になり、確かに生徒会長に目をつけられて武芸科に転科した。
その報酬として奨学金もAランクの高待遇を受け、しかも小隊員入り。
これで文句を言えば、バチが当たるだろう。
だけどレイフォンからすれば、そんなことは願っていないのだ。
彼としてはただ……平穏に暮らしたいだけ。
「まあ、あのガトマン・グレアーに目をつけられたのは災難だと思うけどさ、5年生だし、2年間逃げ切ればいいわけよ」
「2年て……簡単に……」
言うのは簡単だが、以下に都市とは言え周りを汚染物質に囲まれたレギオスで、2年間も逃げ切れというのは無茶な話だ。
言うだけなら気楽で簡単ではあるが……そんな『長いようで長い』考えなど、最初から実行できるとは思っていない。
無論……それができれば理想的なのだが……
「念威操者(ねんいそうしゃ)がいれば、逃げ切るのは楽なのにな」
「ねんいそうしゃ、って?」
ナルキの言葉と、メイシェンの疑問。
ナルキは弁当、と言うかおやつの中からポテトチップスを取り出し、メイシェンに説明した。
「念威、は知ってるだろ?端子を飛ばして、遠方の事を見たり聞いたりする能力。こんなのとか」
端子はポテトチップスで代用するが、基本はこんな形状。
他にも花びらの様に例えられたりする。
「武芸科にはそういった能力を持った、念威操者も集まってるんだ」
と言うか、小隊にも必ず1人はいる。
汚染獣なんかと戦う時には、空中に舞う汚染物質などで視界がハッキリしないためにそれを補う視覚、聴覚として念威操者が存在するのだ。
もっとも、他にも念威の使い道はあるが、これがもっとも基本的である。
「第十七小隊の念威操者は?」
「さあ……聞いてないし……」
「……フェリ先輩」
で、第十七小隊の念威操者はミィフィの調べでは、フェリらしい。
「じゃあ、フェリ先輩に守ってもらうって事で!解決!」
「いいなー、レイとん」
「なんで!」
そしてどんなわけか、そんな軽口を叩く彼女達。
だが、守ってもらうとはちょっと違う気がする。
彼女達は知らないが、そもそもレイフォンがその気になれば守ってもらう必要はないし、念威操者は能力は特殊でも、肉体的には一般人とそんなには変わらない。
そもそも女性であるフェリに守ってもらうのは……どうも情けないと言うか。
メイシェン達はただ、昨日の出会いとかフェリの容姿を見て、ちょっとした憧れのような物を持っているだけなのだろう。
「レイとんが小隊員になったというのが、またアレかもねー」
ミィフィは持っていた本、彼女のメモ張を閉じ、レイフォンに言う。
新聞記者を目指す彼女にとって、こういう情報を集めるのは趣味のようなものだ。
「ガトマン・グレアーは、小隊員になれる強さがあるのに、素行が悪くてなれないんだって。だから余計に逆恨み?ていうか、ただの嫉妬?やだねー、男の嫉妬は」
確かにガトマンが噂のような人物なら、小隊員になれないのは頷ける。
だが、だからと言って、レイフォンを恨むのはお門違いだ。
「それじゃあ僕が、一般教養科に戻れば……」
そうすれば少なくとも、小隊にはいった事に関するガトマンの嫉妬はなくなるのではないか?
そう思ったレイフォンだが……
「え……」
いきなり飛んできた、投げナイフによってその思考は中断される。
投げナイフはレイフォンの顔の近くを通り、背後にあった気の幹に命中する。
「きゃああ!」
「逃げろ、レイとん!」
メイシェンの悲鳴と、ナルキの声。
狙いはレイフォンだから、彼女達は襲われないとは思うものの……
(ガトマン・グレアー!)
彼の姿があり、レイフォンは逃げ出した。
(こんなの……絶対理不尽だ)
レイフォンは逃げる。
追いかけてくるガトマンから全力で。
(やっぱり、生徒会長に会いに行って、一般教養科に戻してもらおう。小隊員なんて、なりたくてなった訳じゃないんだ)
そんなレイフォンが思い浮かべる言葉は、ニーナの言葉。
逃げるな、立ち向かえ!と。
(そうだ、ニーナ先輩もそう言ってたし、一石二鳥じゃないか)
だから逃げずに、生徒会長のところに行って武芸科を辞めると宣言しようと思うレイフォン。
この時、ニーナがここにいればこう言うだろう。『違う、そういう意味じゃない!』と……
「死ぬってば!マジで」
「レイとん!!」
ガトマンから逃げる時、まるでダーツの様に短剣を投げつけられ、それをギリギリで避けるレイフォン。
「どこだ!」
「フリーシー、頼む……」
逃げる経路で、養殖科の近くを通ってフリーシー(仮)や、飼料である草の下になって隠れたり。
「くそっ、買い直さなきゃダメかな、制服。高いのに……」
下水道の中を通り、汚れた制服を見てそうつぶやくレイフォン。
それでも追いかけてくるガトマンを見て、レイフォンは確信した。
(これ、ホントに殺される!!)
だからレイフォンは決意した。
生徒会長のところ、カリアンの元へ乗り込もうと。
「面会は、正面からお願いしたいんだがね」
ツェルニで一番高い塔の部屋。
そこがこの学園の生徒会長、カリアン・ロスのいる生徒会室である。
「セキュリティを強化しないとな……まあ、君だからこそできたんだろうけどね」
その部屋に、窓の外から入ってきたレイフォン。
地上、十数階と言う高さからレイフォンは、中に入ってきたのだ。
だけどそれに、カリアンは驚いていない。彼ならば、レイフォンならばできて当然なのだ。
カリアンはその顔に、薄い笑みを張付けながらレイフォンを呼ぶ。
「ヴォルフシュテイン」
レイフォン・アルセイフには含まれない呼び方。
だけどその呼び方はレイフォンには馴染み深いもので、忘れられない物だ。
もっとも、彼自身は今、その呼び方で呼ばれることを嫌うが……
「……その名前は」
レイフォンはそれをやめさせようとするが、
「「やめてください」」
カリアンがからかうように、先を読んでいたというように、レイフォンの声に合わせて言う。
「ハハハハハ!」
「表からの面会を、何日も断るからですよ」
可笑しそうに笑うカリアンだが、レイフォンはそれに取り合わない。
それどころか無視し、先ほどの返答をする。
「おや、それはすまなかったね。役員が勝手にやったことだ。先客があったものでね」
レイフォンに謝罪するカリアンだが、その心理はどうも読めない。
だけどこの部屋には、確かに先客があった。
「フェリ先輩!」
カリアンが指す先にあったのは、フェリの姿。
「なんでここに……」
尋ねかけると言うか、実際に声に出したレイフォンだが、あることを思い出して言葉を止める。
『恨んでいます』
フェリの言葉。
カリアンを、恨んでいるという事。
(もしかしてフェリ先輩も……?)
自分と同じように、カリアンに武芸科を辞めさせてもらえるように頼みに来たのか?
そう思った。
(心強いな)
確認したわけでもないのに、同じ思いがあってここにいると思っているレイフォンは、何処となく嬉しくなる。
そして、しっかりとカリアンに言おうと思った。
「しかし、ちょうどよかった。そろそろ来る頃かと思っていたよ」
だけど最初に口を開いたのは、カリアンのほうだ。
「ほら、武芸科の制服の替えだ。ひとつじゃ、何かと汚す事も多いだろうしね」
「……!」
差し出される新たな武芸科の制服。
だが、それはレイフォンの望む結末ではない。
だからこそ、しっかりとカリアンに言う。
「……僕には必要ありません。これも返します……僕を、一般教養科に戻してください」
制服の上着を脱ぎ、それをカリアンに差し出すレイフォン。
だが、カリアンはその言葉を聞いても『クッ』っと小さく笑っていた。
「何を……」
何を考えているのか?
何が可笑しいのか?
レイフォンはそれをカリアンに尋ねようとする。
だが、
「奨学金はDランクからAに変更しておいたよ。もう振り込まれてるだろ?いや、礼はいいよ。話はそれだけかい?」
有無を言わせない。
レイフォンに選択肢はない。これは決定だと言っているのだ。
「変えて欲しいと思っているのは僕だけじゃありません。ここにいるフェリ先輩だって……ムリヤリ武芸科に転科されたって聞きました。そんな……」
レイフォンの言葉を聞いていたカリアンが、いつも張付けているようなその薄い笑みを解き、レイフォンに視線を向けた。
どこか冷たい、余計なお世話だという視線を。
「妹と僕の事に、口を出さないでもらいたいね」
(妹……?)
そのカリアンの言葉を聞き、レイフォンの思考が止まる。
カリアン・ロス。フェリ・ロス。
確かに2人とも、同じく『ロス』がつく。
なるほど、気づかなかったのはともかく、どうして疑問にすら思わなかったのだろう?
「兄さん……!」
その言葉を言ったカリアンに、フェリは怒鳴るようにカリアンに言う。
初めてではないか……フェリが、声を張り上げたように話すのをレイフォンが聞くのは。
だけどそんなこと、今のレイフォンにはどうでもよかった。
「もう行きましょう。話しても無駄です」
だが、それ以上、フェリはカリアンに何も言わない。
話しても無駄だと言って、レイフォンを連れてこの部屋を出て行く。
そんなレイフォンとフェリ、妹にカリアンは何も言わず、無言で見送っていた。
(兄妹……!?)
その事実を知ったレイフォンは、言いようのない感情を抱く。
それはまるで裏切られてしまったかのような、喪失感であった……
「フェリ……先輩」
あの後、生徒会室を出て、フェリについていくように歩いていたレイフォン。
そんな彼らは養殖科の牧場のとこまで来て、やっとレイフォンが口を開いた。
よく見れば、ここはレイフォンとフェリが始めてであった場所だ。
だけどそんなこと、今は凄くどうでもいい。
「僕は、てっきり……」
レイフォンは頭を抑え、先ほどのことを思い浮かべる。
フェリとカリアンは兄妹。
ならばフェリがレイフォンのことを知っているようだったのは当然出し、兄とぐるで自分を利用しようとした。
そう考えて、レイフォンは目の前が真っ暗になるようだった。
(勝手に勘違いして、アホだ、僕は……)
「兄には逆らえません」
だから今のレイフォンには、フェリの言葉は聞こえていない。
(そうだ。小隊にだってこの人が迎えに来たんじゃないか)
「あの人は、自分が勝つためならなんだってします。そういう人です」
(生徒会長に言われたから。それだけだったのか。そうだよな。僕なんて……)
「あの」
(ただの……)
「ちゃんと聞いてください」
自分の話を聞かないレイフォンに、フェリは必死に話を聞いてくれと言う。
その時だ、フェリの長く、綺麗な銀髪が光り輝いたのは。
「!?」
その光景に、レイフォンは瞳を丸くする。
彼女の髪は、青い燐光をまとい、ほのかな光を振りまいている。
念威だ。
「その、力は……」
しかもかなり強力な物だと、レイフォンは理解する。
「ああ……制御が甘くなっていました」
(制御が甘く!?一部分を光らせるだけでも凄いというのに……制御が甘くなって、無意識でだって……!?)
念威によって髪が光ると言う現象は、レイフォンも見た事がある。
だがそれは意識してであり、しかもできても髪の一部程度。
それを無意識で、しかも髪全部を光らせるなんて見た事がない。
それほどまでに、フェリの念威操者としての才能は大きいらしい。
「この力のために、私は幼い頃から将来を決められていました」
汚染獣と言う脅威から身を守るため、この世界では武芸者と言う存在はとても重要だ。
そしてフェリのような才能があるのなら、念威操者になる、目指すのは当然の選択。
「でも、私は本当は、何にだってなれるんです」
だけど、フェリはその道が嫌だった。
才能があるが故に、周りはフェリを念威操者にしようとして、それ以外の道を選びたかったのに……兄のカリアンに無理やり武芸科に入れられて……
「私が念威操者以外の人生を夢見ることは、間違ってますか」
フェリの叫びを聞き、レイフォンは思う。
(ああ……この人は僕と同じなんだ)
そして、自分の都合で裏切ったと思ったことを。
自分はアホだ、馬鹿だと罵倒する。
何にも悪くない彼女を、裏切り者だと感じたことを。
(強すぎる力を与えられたばかりに、思うように生きられなくて……)
レイフォンがそう考えていた時。
またも、その思考が中断される。
「こっちだ」
聞き覚えのある嫌の声と共に、フェリへと向かって飛んでくる短剣。
「危ない」
それを、レイフォンはフェリを突き飛ばしてかわさせる。
だが、
「ぐっ……」
「あ……」
「大丈夫、かすり傷です」
完璧にかわしきれず、フェリに怪我はないが、自分の足を切ってしまった。
だが、少し出血は酷いが、かすり傷なので走る分には何の問題もない。
(ガトマン・グレアー。またこいつか!)
いい加減しつこい人物、ガトマンに敵意を向けながら、レイフォンは短剣の飛んできた方角を見る。
「女の前で、いいザマだな」
そこにはガトマンと、取り巻きだろう2人の武芸科生徒がいた。
「フェリ先輩、逃げますよ」
レイフォンはフェリの手を取り、一気に走り去っていく。
「なっ……待て貴様!」
(待ってたまるか)
するとガトマンが追ってくるが、当然待つ気はない。
そのまま一気に走り、養殖科の牧場から都市内へと入って行く。
今は夜も遅いせいか、人の姿はない。
そこを走りながら、唐突にフェリが口を開いた。
「2年間ずっと、逃げ回るつもりですか?」
逃げないでいいのならそれが一番だが、ガトマンが追ってくるならそれしか道はない。
「……できると思いますか?」
……あまり思わない。
オリバーやミィフィが言った言葉には、どうも現実味がない。
「逃げましょうか?」
どこへ?
「一緒に、この学園の外に。そしたら、私達は自由に」
(先輩と一緒に……?)
フェリがそんな言葉をつぶやき、それがとても魅力的なように聞こえた。
そうだ、逃げてしまえばこんな悩みとはおさらばできる。
レイフォンは一瞬、そう考えていた。
「いたぞ!」
「……っ、ガトマンか……!」
だが、そんなこと考えている暇はない。
ガトマンから逃げるために、フェリの手を引く。
「こっちに!」
だが、まだツェルニに来て日が浅いために、レイフォンは選択を誤った。
「行き止まり……」
レイフォンが走っていった先は裏路地になっており、そこは行き止まり。
逃げ場はない。
「もう逃げられないぜ、レイフォン・アルセイフ」
しかも運が悪い事に、ガトマンが既に追いついていた。
打つ手がない。まさに詰み。そんな状態で、レイフォンは己の不幸を嘆く。
(ツェルニに来てから、こんなのばかりだ。勝手に決められて、何処にも逃げ場がなくて)
カリアンに無理やり武芸科に入れられ、ニーナに無理やり小隊に入れられ、フェリに先ほど逃げようといわれたが、何処に逃げればいいのかなんてわからない。
(いったい、僕は何処へ行けば……)
もう嫌になった。
と言うか、自分を襲うだけならまだいいが、フェリと一緒にいるところを襲い、危うくフェリに攻撃をしそうになったガトマンにいい加減頭にきた。
それから皮肉にも、無理矢理小隊に入れてくれた迷惑な隊長の言葉を思い出す。
逃げるな、立ち向かえ!と。
「やっと観念したか」
レイフォンは逃げる気はもうせず、ガトマンと向かい合う。
「……行きます」
「武器が何も……!」
その『行きます』と言う言葉から、フェリはレイフォンが何をする気なのか理解する。
だが、レイフォンは錬金鋼を持っていないのだ。
相手は、ガトマンはサバイバルナイフのような剣。
そして後2人は、ヌンチャクのような物と、棒術に使う棒のような武器を持っている。
「武器など必要ありません」
だけどこの程度の敵相手に、レイフォンは武器を使う必要がなかった。
「生意気な!」
その言葉に激昂し、レイフォンを取り囲む3人。
なるほど、ガトマンの取り巻きだけあって連係はなかなかのようで、素早くレイフォンを取り囲む。
だけどその程度では、レイフォンは倒せない。
ガトマンがまず突っ込み、レイフォンに斬りかかる。
だけどそんなもの、レイフォンは軽々と跳躍してかわした。
「ちぃっ」
その事に舌打ちを打つが、
「何っ」
レイフォンを見て、ガトマンは驚愕した。
そう、レイフォンは軽々と跳躍してガトマンの攻撃をかわした。
軽々と跳躍し、5階はあるであろう建物の屋根の上まで跳んだのだ。
「口ほどにもない」
そして、レイフォンはそこからガトマン達を見下し、左手を振りかざす。
その左手の掌に集まるのは剄。
破壊力としてのエネルギーである外力系衝剄。
それに技と言う形を与えず、ただ放出しただけ。
それだけでレイフォンの発した剄は砲弾となり、下にいたガトマン達を襲う。
一撃だ。たった一撃でレイフォンは、ガトマン達3人を戦闘不能へと追いやった。
そして、レイフォンは建物の上から飛び降りる。
武芸者であるレイフォンからすれば、この程度跳ぶ事も、飛び降りる事も何の問題もない。
パチパチパチ、と、手を叩く音がした。
降りたレイフォンが見てみると、そこには当然フェリがいる。
当たり前だ。さっきまでここに一緒にいたのだから。
「22秒……お見事です。やっぱり……隊長と戦った時は、本気ではなかったんですね」
「……あ」
そこで今更だが、レイフォンは気づいた。
実力を隠していたというのに、仕方がなかったとは言えフェリの前で使ってしまった事に。
「……う……」
わけがあって実力を隠すレイフォンからすれば、この状況は非常にまずい。
フェリがニーナやカリアンに、このことを話さないか危惧するレイフォンだったが……
「………大丈夫です。私は何も見なかった。そういうことです」
「……え?」
どうやらその心配は、不用だったらしい。
「今日の事は、2人だけの秘密です」
「……………」
笑顔で自分の口の前で人差し指を立て、『内緒』と言うように笑顔で言うフェリ。
無表情なフェリの笑顔を初めて見たレイフォンにとって、そんな彼女の笑みは、とても魅力的だった。
顔を赤面させ、思わず頷いてしまう。
「あ……でも、さっきのあれは冗談ですからね」
「えっ……?」
いきなり否定さてた、『さっきのあれ』
レイフォンには色々ありすぎて、いまいち覚えていない。
『さっきのあれ』が何なのか、レイフォンにはわからなかった。