「ふう……」
思わずため息が漏れる。
無数のざわめきがどんなに下から湧き上がってこようと、ここは静かだからこそ目立つ。
リーリンは自動販売機で買った紙コップのジュース片手に、背もたれのないベンチに腰掛けた。
グレンダン上級学校にある、休憩室は吹き抜けになった二階構造だ。
昼間などは、この二階部分にも生徒達がやってきて賑やかなのだが、放課後の今では一階部分だけで事足りる。
休憩室はここだけではないし、飲み物などを求めてやってくる運動部連中などは、もっとグランドや体育館に近い場所に行く。
それゆえに図書館に近いこの場所は、割合静かだ。
上級生達の一団、おそらく文科系クラブの連中が一階に集まっていたが、彼らの話し声はこちらに届いては来るものの、ここまで届く頃には意味のない音の塊となっている。背景の一部と思ってしまえばうるさくもない。
「ふう……」
もう一度ため息をつく。
憂鬱だ。これ以上ないほどに、そして何もやる気が出ないほどに。
気だるく、全ての行いがめんどくさいとすら思う。
全然手のつかないレポートを図書館に放置し、リーリンは紙コップのジュース、熱く、甘いココアに口をつける。
『都市間交流における情報更新の意義と経済効果』
教授がいきなり、リーリンにこのテーマのレポートを押し付けてきたのだ。
提出期限は一週間後で、まだ時間があるといえばそうなのだが、そもそも上級学校に入ったばかりのリーリンにこなせる課題ではない。
それっぽい専門書をひとつ紐解いてみても、そこには意味不明の専門用語が並び、それを理解するために別の本に手を伸ばし、そしてまたその本の内容を理解するために別の本も引っ張り出さないといけない。
「……うう、基礎知識そのものが足りてないのよね。そもそもの数字が理解できないんじゃ意味がないじゃない。まったくもう……どうしろって言うのかしら?」
それがこの最悪で、憂鬱な気分の原因のひとつではあるのだが、それよりもリーリンを憂鬱にさせるものがあった。
それは、ツェルニから届いた幼馴染の手紙だ。普段ならとても喜ばしく、嬉しい事なのだが……今回ばかりは憂鬱となってしまい、リーリンをどす黒い雰囲気が包み込む。
制服の胸ポケットにしまっていた手紙を取り出し、リーリンはそれを読む。
その内容は、次のようなものだった。
元気かな?こちらはやばいくらいに元気です。
いや、元気と言うより、自分でも引くくらいにテンションが高いです。
どうしようリーリン?なんと僕に、彼女が出来ました。
いや、その、本当にどうしよう?こんな事相談できる人といったら君しか思いつかなくて……
小隊には入れられたのは前に言ったよね?
その人はそこのひとつ上の先輩で、フェリって言うんだ。
とっても綺麗な、長い銀髪をしていて、先輩にこんな事を言ったら失礼なんだろうけど、小さくてとても可愛い人だよ。今度、写真を送るね。
なんにせよ、僕はどうしたらいいのかな?
武芸しかやってこなかった僕には、どうすればいいのかわかりません。
こんな僕に出来る事といったら……やはりフェリを護る事。これでも、一応天剣授受者だった僕だから、そんじょそこらの相手には負けないという自負もあります。まぁ、それ以外に出来ることがあるとは思わないけど……
はは、自分で言ってて、少し悲しくなります。君にはよく脳筋なんてたし、自分でもそうなんだって思ってるんですけど……
それはさておき、今度そのフェリと映画を観に行く事になりました。どうしよう?
こんな事は初めてで、どうすればいいのかわかりません。本当にどうしよう?
……なんだか僕、どうしようばかり言っているね。それほどまでに悩んでいると言う事です。
女の子と2人で映画を観に行く、いわゆるデートというものを経験した事のない僕にはどうすればいいかなんてわかりません。
リーリン、何かいい案ないかな?
あ、でも、都市間を行き来する不定期な手紙だと聞いても間に合わないかもしれません。
最悪、この手紙が届く前にフェリとのデートの日を迎える可能性が……むしろそっちの方が高いね。
……本当にどうしよう?
ここまで読んで、リーリンは手紙を読むのをやめた。
後半には汚染獣がどうだとか、レイフォンの身の回りのことも書いてあるのだが、ここまで読んで読む気が失せてしまった。
手紙の前半で盛大に惚気るレイフォンに向け、行き場のない怒りを抱く。いや、もはや殺意さえ感じていた。
手紙をくしゃくしゃになるように握りつぶし、リーリンの眉はヒクヒクと痙攣している。
「うん、レイフォンは元気でやってるみたいだね……それは別にいいんだけどさ、いや、よくないけど……」
元気そうな幼馴染に安心するようなセリフと、後半は意味のわからないことを言うリーリンだが、彼女の心境はかなり複雑だった。いや、単純なのかもしれない。
怒り、殺意、敵意、悪意。そう言った憤怒の感情。それ故に単純で、真っ直ぐに、ここにはいないレイフォンへと向いている。
「女の子と2人で映画を見に行くのが、デートが初めて?前に私と2人で出かけたことはあったけど……それは数に入ってないんだ。へぇ……」
更にどす黒い感情がリーリンに芽生え、レイフォンに向ける憤怒が更に増幅する。
確かにあの時は、レイフォンと映画やら甘味などを食べに行った時はお互いにまだ幼かったし、そう言う事を意識していなかったと思う。
だけどリーリンだって女の子、しかもかなりの美少女だと言う事で、手紙だとはいえ眼中にないようなことを言われては傷つく。
いや、今のレイフォンには本当に眼中にないのだろう。それほどまでに現在はフェリと言う女性に夢中で、そして自分はレイフォンに恋愛の対象として見られていなかったと言う事だ。
「ああ、まったくもう……」
鈍感すぎる、デリカシーもない幼馴染の事にリーリンは悪態をつき、更にレポートをやる気が削がれてしまう。
脱力し、気だるい。もういっそのこと、このままベンチで不貞寝してやろうかと考えてると……
「クッ……」
「?」
かすかな、声を押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
誰もいないと思っていたのに、誰かいた。
「え?」
振り返ると、リーリンの背後、壁際のベンチに1人の青年が腰掛けていた。
「や、失礼」
リーリンはその青年の出現に、と言うか、さっきからそこにいたのだろうが……なんにせよ、みっともないところを見られたと頬が熱くなる。
手紙を握りつぶし、何度もついたため息。
そして憤怒などの負の感情で歪んでしまった表情。
どれを取っても人には良い印象を与えないだろう。
だが、それでも未だに笑っている青年の姿を見て、流石にむっとして睨んだ。
長い銀髪を後ろでまとめた青年で、女性でも嫉妬してしまいそうなほど綺麗な髪をしている。薄着になるにはまだ寒いというのに、両腕が剥き出しになった薄地の服を着ている。
誰も彼もが好感を持てるような甘いマスクで、笑い方にもどこか品があった。
だが、笑われているのが自分自身では好感なんて持てないし、ハッキリ言って怪しい。
「……どなたですか?この学校の人には見えませんけど」
むき出しとなった両腕は、びっしりとした筋肉が皮膚を押し上げている。
学生という雰囲気ではない。その逞しい腕から予測するに、おそらく武芸者なのだろう。グレンダンを歩いていれば武芸者なんて珍しくもないし、生徒にも武芸者はいるのだけど、この青年が上級学校の生徒には見えない。
「うん、君の言うとおり、ここの学生ではないよ」
青年自身も肯定し、笑みの余韻を残しながらも笑いで体を震わせるのをやめた。
「じゃあ、何か御用ですか?それなら事務局は……」
「やっ、この学校に用はないんだ」
さっさと消えて欲しい。そう思って事務的に物を言おうとしたリーリンを、青年は制する。
「用があるのは君になんだ、リーリン・マーフェスさん」
「へ?」
その言葉にリーリンは唖然とするが、次の青年の言葉に呆れてしまう。
「あ、言っておくけど、これはナンパの類ではないからね」
「……なんでわざわざそんなことを言うんですか?」
「うん、なんでだかわからないけど、僕が女性に声をかけるとそういう風に受け取ってしまわれる場合がとても多いんだ。だから、一応念のため」
「自信過剰ですね」
確かに、この青年に声をかけられるとそういう風に夢想してしまうかもしれない。
変なところを……レイフォンの手紙を読んで、どす黒い感情を抱いて唸っているところを見られたり、笑われたりしていなかったらリーリンだってそう思っただろう。
もちろん、その場合は丁重にお断りするつもりだが。
しかし、こんな前置きまでされてしまうと、その容姿とあいまって嫌味だ。本人にそのつもりがなさそうなところが特に。
故に、リーリンはどこか棘がありそうに返した。
「そんなつもりはないんだ。僕は本当にそんなつもりはないんだよ?」
「そう言う事が聞きたいわけではないです」
青年はおそらく、理解が出来ないのだろう。そんな気がした。
邪気がまるでなく、そういうところが子供っぽい。
だけどそれはリーリンには関係なく、彼の要件と言うものが気になる。
……怪しいし、あまりいい予感はしないのだが。
「それで、一体何の御用なんですか?私、これでも忙しいんですけど」
片付ける気力の湧かないレポートも、こんな時は良い断りの材料だ。
武芸者は基本的に高潔な人が多いけど、だからといって武芸者の犯罪が存在しないわけではないし、武芸者でなかったとしても、見ず知らずの男性に用があるといわれてほいほい付いていくつもりはまるでない。
「うーん、その忙しい理由ってもしかして、ランディオン教授のかな?それなら、もう何もしなくていいよ」
「え?」
「僕が教授に、学校に残ってくれるように取り計らってくれって頼んだんだ。『リーリン・マーフェスは優秀だから、簡単な用ならすぐに片付けてしまう。よし、ちょっと無理なレポートでもやらせてみよう』なんて言ってたから、もしそれなら、しなくてもいいよ」
「……なんですか、それは」
どういう風に驚けば良いのかわからず、リーリンは脱力した。
あの難物の教授にそういう頼み事が出来る青年も謎だが、そんな理由であんな難題を押し付けられたとわかると、なんだか色々と、情けなくなってくる。
「それこそ、事務局にでも行って、呼び出すなりなんなりすれば……」
脱力したままそう言うと、青年は平然としたまま答えた。
「出来るだけ隠密に片付けたかったんでね……レイフォンにも関わる問題だし」
「え?」
その答えに、一瞬リーリンの時間が止まった気がした。
「うん。まぁ、そこまで気にする事でもないのかもしれないけど、レイフォンが関係するとなると、色々敏感になっちゃう人達もいると思うんだ。だから、内緒で君に会いたかったんだ」
「あなた……一体」
「君にとっては不快な話かもしれないけれど、これもまぁ、なにかそう言う……うーん、運命?そういうようなものだと思ってくれるとありがたいんだけど」
「……はぁ」
空返事をしながらも、リーリンはもう理解していた。
この青年が何の目的でリーリンに近づいたのか……それはまったく理解できないのだけど、この青年が何者なのかは理解できた。
教授が青年の頼みを聞くはずだ。
彼らの頼みごとを無視できる人間なんて、このグレンダンでは陛下くらいのものだろう。
そして理解してしまえば、この青年の名前も浮かんでくる。
「それで、私に……」
どこかおそるおそる、リーリンがそこまで言ったところで……
「ひゃっ!?」
いきなり、引っ張られた。
視界が急激に溶けていく。静から動への変化の過程がまるで認識できなかった。
薄暗い休憩室の光景が溶けて線になって、あとはもうなにがなんだかわからない。
リーリンは凄まじい勢いでなにかに引っ張られていた。
「ああもうっ!」
すさまじい勢いで引っ張られているリーリンの横を、青年が駆けている。
全ての景色が溶けている中で、青年の姿だけが普通に見る事が出来た。
つまり、リーリンが引っ張られる速度と同等に動いていると言う事で、流石は武芸者と驚愕に値する動作だが、そんな事をリーリンが気にする余裕はなかった。
休憩室の外にまで引っ張り出されたリーリンは、そのまま宙を舞った。上に引き上げられたのだ。
無理な力が加わった痛みはなく、リーリンはただ、なんだか良くわからない力に覆われたように感じながら空へと放り出される。
「きゃっ」
屋上にまで引っ張り上げられたリーリンは尻餅をついたものの、そこでようやく人心地つけた。
学校の周辺を見渡せる屋上には、既に先客がいた。いや、おそらくは彼がここまでリーリンを引っ張ってきたのだろう。
何故ならリーリンは彼を知っているし、レイフォンから話を聞いている。
なんでもレイフォンの、鋼糸の師匠らしい。リーリンを引っ張った物も、おそらくそれだ。
その師匠はぼさぼさの髪に無精髭の、むさくるしいコート姿の男だ。
何が気に入らないのかと言うぐらいに鋭くした瞳は、リーリンではなく屋上からの風景を睨み付けていた。
「なんでこんな力業をしますかね、あなたは」
悠々と屋上に辿り着いた青年が、非難がましい目をコートの男に向ける。
それでも、コートの男は風景を睨み続けていた。が、青年に対する返答はする。
「お前の話は無駄に長い。イライラする。いったい俺を何万日ここで待たせておく気だ?そこの娘と結婚式を挙げるまでか?」
「いたいのなら何日でもどうぞ。あなたはどこにいたって陛下の用をこなせるのでしょうし」
「笑えんな。陛下の用など、俺は生まれてから一度も聞いた事がない」
「あなたがそう思ってないだけでしょうに、リンテンスさん」
「汚染獣を何億匹虐殺したところで、それは陛下の命ではなかろうが」
「この都市を護る事こそが、陛下が僕達に与えてくださった最大の命ですよ」
「お前とは幾星霜話しても平行線だな」
「そうですね、僕もこれ以上人生の無駄遣いはしたくありません」
つまらなそうにコートの男……リンテンスが鼻を鳴らし、青年も肩をすくめた。
「……それで、ですね」
緊迫しているのか、和んでいるのかイマイチ判断のつかないやりとりに言葉を挟んで、置いてけぼりを食らったリーリンは2人を見た。
なんでこんな事になったのだろう?そう思いながら。
「えーっと、サヴァリス様とリンテンス様ですよね?なにか御用ですか?」
リーリンは2人の武芸者を、グレンダンの誇る12人の天剣授受者、レイフォンが抜けたので11人だが、その内2人を見つめながら、そう問いかけた。
「4番、レイフォン」
「……フェリ、歌います」
「曲は、ヤサシイウソ」
マイクを握り、レイフォンとフェリの歌声が店内に響く。
学園都市ツェルニには、商店の集まる通りがいくつかある。中でも一番栄えているのは放浪バスの停留所があり、放浪バスに乗ってやってくる都市の外の人間が泊まる宿泊施設もあるサーナキー通りだ。
そのサーナキー通りにあるミュールの店にレイフォン達はいた。
半地下の、カウンターとわずかばかりのテーブルしかない店では普段はアルコールが振舞われているのだが、今夜ばかりはそれらの瓶のほとんどがカウンターの奥で留守番させられ、普段はつまみなどの軽いものしか並ばないテーブルでは、大皿にここぞとばかりの大量の料理が盛り付けられていた。
「へぇ……レイフォンもフェリちゃんも歌がうまいんだな」
感心したように、麦酒の入ったコップに口を付けてシャーニッドが言う。
この店内には本来歌うための機材はないのだが、客の誰かが持ち込んだらしいカラオケの機材で現在レイフォンとフェリが歌っていた。
現在、この店内にいる客は第十七小隊のメンバーと、その友人達ばかり。
ここ最近好調で、連勝を続ける第十七小隊の祝賀会と言う事でこの店を貸しきっているのだ。
本来なら、フェリはこう言うのがあまり好きではないから1人で帰ろうと思ったのだが、レイフォンがいるわけだし、そして彼に誘われたので渋りはしたが、一緒に歌うこととなった。
そんなわけでこの構図、デュエットする2人が出来上がっていた。
そしてこの2人、本当に歌がうまい。
レイフォンとフェリの声が合わさり、透き通るような歌声が店内に響き渡る。
しかもレイフォンとフェリも絵になるような美形であり、それこそまさに芸術品の絵画のようであり、その姿は店内の客達の視線を集めていた。
「エリプトン先輩は歌わないんですか?」
「歌は勘弁。俺の歌は大衆に聞かせるもんじゃないんでね」
この店でバイトをしているオリバーが、カウンター席に腰掛けるシャーニッドに問う。
その返答は、少々キザったらしかった。
「あら、じゃあどんな時に?」
今度はバイト先のオリバーの上司であり、カウンターの奥に立つ店の主人らしい女性がシャーニッドに問う。
「誰かさんと2人っきりになった時」
「ふうん、その誰かさんは今夜は誰なわけ?」
「きついね」
シャーニッドはそれで会話を中断し、BGMのように店内に響くレイフォンとフェリの歌声に耳を傾ける。
本当にうまい。2人ともそのまま歌手としてやっていけるのではないのかと思うほどだ。
そもそもフェリの場合は去年のミスコンで1位を取ったこともあり、また、ファンクラブが出来るほどの人気からして芸能関係の道に進むことも可能なのだが、それはフェリの性格からしてありえない選択である。
ただ、そう言う道も可能だと言う事だ。
それはさておき、ついには2人の歌が終わる。
終わると、今まで2人の歌が響いていた店内が急激に静かになった。
その静寂さに、レイフォンは何か失敗したのかと思ったが、
「すごかったよ、レイとんとフェリ先輩」
「ホントにうまかったな」
ミィフィとナルキの言葉を合図に、遅れて湧き上がる歓声。
先ほどの静寂がうそのように、今度は店内を歓喜が包み込む。
「どうも……」
「……………」
照れくさそうに、頬を掻くレイフォンと、相変わらず無表情なフェリ。
だけどここ最近、レイフォンにしかわからないほどだが表情を変化させ、嬉しそうにしているのは気のせいではないだろう。
今度はミィフィが対抗意識を燃やしてきて、先ほど歌ったばかりだがまたもマイクを取っり、ハイテンションに歌い始める。
それに苦笑し、レイフォンとフェリはカウンターへと向かった。
歓喜に包まれた店内も落ち着き、皆、それぞれの場所で会話を再開する。
ナルキはメイシェンと一緒にいて、何故か落ち込んでいる彼女を励ますような事を言っているようだったが、ニーナに声をかけられて困惑している。
騒がしい店内故によく聞こえないし、レイフォンも対して気にせずにカウンターに座り、ジュースの入ったコップを口に付けた。
隣ではフェリが、レイフォンと同じものを飲んでいる。
「それはそうと、フォンフォン。明日……ですよね?」
「はい」
フェリから告げられる話題。
それは約束だ。この前の汚染獣戦の前に、今度の休みの日、2人で映画を観に行くと約束をした。
「フェリが言ってた、観たい映画ってのはなんです?」
「秘密です……観てのお楽しみと言う奴です」
それが今から、とてつもなく楽しみだ。
柄にもなく、まるで子供のようにわくわくしていた。
レイフォンも、そして表情には出ていないがフェリもだ。
「お2人さん、最近はずいぶん仲がいいね」
「シャーニッド先輩?」
そんな2人に、ニヤニヤした表情のシャーニッドが語りかけてくる。
まるで面白いものを見つけたと言わんばかりの、玩具を見つけた子供のような表情だ。
「前回のミラん時からそうだったけど、いつから呼び捨てで呼び合うようになったのかな?まぁ、お前の場合は前々からフォンフォンなんて呼ばれてっけど」
「あ、そういえば最近人前で先輩って付けるの忘れてたような……ま、いっか」
「あり……?」
ニヤニヤしていたシャーニッドだが、そっけなく答えるレイフォンに肩透かしを喰らってしまう。
うろたえるレイフォンの姿を予想したのだが、予想を裏切るレイフォンの反応。
最近、本当に変わったと思うレイフォンだが、この反応はシャーニッドからすれば面白くはなかった。
前回、フェリの笑顔の写真を撮ろうとしてレイフォンにカメラを破壊されたので、その恨みとして思う存分からかおうと思ったのだが……
「なんつうか、ガチなわけねぇ」
「へ?」
「なんでもねぇよ」
からかう要素などまるでなく、本気でフェリに好意を寄せているらしいレイフォン。
これを知ったらニーナや、レイフォンに好意を寄せている、メイシェンと言う同級生の少女は落ち込むだろうなと思いつつ、自分には関係ないとばかりにシャーニッドは麦酒に再び口を付ける。
この鈍感君はもう少し周りを見るべきだと思いつつ、ある意味鈍感じゃないからフェリとこのような関係になったのか?などと思案する。
レイフォンの隣では、フェリが不機嫌そうにシャーニッドを睨んでいた。
別にお邪魔虫をするつもりはないので、シャーニッドは早々に引き下がる。が……
「盛況だな」
空気の読めない人物は存在するらしく、店の扉が開く音と共に、ミィフィの歌声にまぎれて声が聞こえる。
その声を聞き、レイフォンは入り口を見た。
「フォーメッドさん?」
「よう。調子はどうだ、エース」
フォーメッド・ガレン。都市警察強行警備課の課長は厳つい顔に似合わない笑みを浮かべてやってきた。
「そう言う呼び方はやめてくださいよ」
「なに、本当のことだろう。ツェルニでお前さんに勝てる奴はいないんじゃないかって、もっぱら噂になってるぞ。本人はどう思う?」
当たり前のようにレイフォンの隣に腰を下ろすと、女主人に飲み物を頼みつつ、置かれていた料理に手を伸ばしていた。
その遠慮のない態度に、フォーメッドの反対側のレイフォンの隣に座っていたフェリが、かなり険悪な表情をしていた。
表情の変化は小さいが、雰囲気でなんとなくわかる。
「そういうのはどうでもいいですよ。ただ強いだけじゃ、肝心なことは何も出来ませんから」
「ふん、他人のことは言えんが、お前さんは歳の割に達観しているみたいだな。痛い目にもあったことがあるようだ」
そんな雰囲気は露知らず、レイフォンとフォーメッドは会話を続けていた。
レイフォンはフェリに好意を寄せ、フェリもまたレイフォンに好意を寄せている。
そして告白し、現在は恋人同士という関係にあるのだが……やはりレイフォンはレイフォンで、根の部分は鈍感らしい。
シャーニッドは巻き込まれたらたまらないとレイフォンから距離を取り、女主人とオリバーもフォーメッドの飲み物をカウンターに置いてすぐに退避する。
そんな周りの動作に気づかずに、レイフォンは続けた。
「で、今日は何かの急ぎの用事ですか?ナッ……ナルキならあそこにいますけど」
愛称で呼びそうになったので呼びなおし、レイフォンはニーナの隣で困り果てた顔をしているナルキを示す。
「やれやれ、世話になった人物の祝い事に駆けつけたと思われんのが、寂しいところだな」
そうは言ってるが、フォーメッドは不快な様子は一切なく、逆に楽しそうに笑っている。
だが、フォーメッドのその笑いにフェリの表情はさらに険悪になる。
祝いはいいから、さっさと帰れと無言で語ってくるようだった。
「まぁ、お前さんにお出向き願うような事件はそうそうないんだがな……まぁ、もしかしたら頼むかもしれん事がひとつある」
「はぁ……」
はっきりしない物言いに、レイフォンは生返事をするしかなかった。
フェリは相変わらず、フォーメッドとレイフォンを睨みつけている。
「それほど急を要する事ではないんだが……」
ちらりと、フォーメッドの視線がレイフォンの飲み物に注がれた。
「酒じゃないですよ?」
「そのようだ。俺が言うのは立場的に問題があるようだが、こういうときは酒を飲んだって問題ないと思うぞ」
「あまり、そういう気にはなれないんですよね」
「ま、堅苦しくない程度に真面目なのはいいことだ……お前さんのとこの大将は真面目が過ぎるようにも見えるがな」
フォーメッドの視線がニーナに向き、レイフォンもそちらを見た。
まるで真面目が服を着ているような人物、それがニーナだ。
「いい人ですよ」
ニーナを見ながら、レイフォンは言った。
確かに硬いが、ニーナ個人としてはいい人物と取れるだろう。
善人過ぎ、愚直なほどに真っ直ぐではあるが……
「前回の武芸大会は、確かにあまりに惨めな負け方だったからな。お前さんのとこの大将のような人間が出てくるのは、ツェルニ(うち)にとってはいいことだろう」
フォーメッドもそう言って頷く。
そして、今の言葉を聞いて前から思っていた疑問を尋ねた。
「前の大会はそれほど酷かったんですか?」
前の大会、それは言うまでもなく2年にごとに行われる都市の戦争、都市戦のことだ。
都市の動力であるセルニウムが発掘される鉱山を賭けて戦うのだが、現在このツェルニにはその鉱山がひとつしかない。
故に負けられないので、現在ツェルニの武芸者達は気合が入っているのだが、1年生のレイフォンは前の都市戦の事を知らない。
「ああ、あれは酷かったな」
思い出したのか、フォーメッドが渋面な顔を浮かべた。
それほどまでに、前の都市戦は酷かったらしい。
「まったく手足も出なかったんですよ。やることなすこと全て先読みされて防がれて、作戦なんてあったもんじゃありません。おまけにこちらの動きは筒抜けで隙を突かれて……優秀な念威操者でもいたんじゃないですか?」
フォーメッドが答えようとしたが、フェリが制するように先に言う。
彼女の学年からして武芸大会に直接参加し、見たわけではないのだが、その辺りはカリアンにでも聞いたのか、5年生ではあっても武芸科ではないフォーメッドよりは詳しく知っているようだった。
その話を聞き、レイフォンは『そうですか』と頷く。その頷きを見て、フェリはどうだと言わんばかりの視線をフォーメッドに向けていた。
相変わらず、表情の変化は小さいので一見無表情に、不機嫌そうに見えるのだが。
「それはそうと、グレンダンの武芸者ってのは、皆お前さんらぐらいの才能が要求されるものなのかねえ?」
不意に、フォーメッドがそう尋ねてきた。
その言葉に、フェリの表情がさらに不機嫌になる。
「……いえ、そう言う訳でもないですけど、どうかしましたか?」
「いや、な。グレンダンの生徒ってのはお前さんの他には今日対戦した第五小隊の隊長くらいなんだが、その2人ともが小隊員だ。こう言っちゃ何だが、都市の外に出られる武芸者なんてたかが知れてるって言うのが、偏見かもしれないが俺の感想だ。その感想からしたら、『たかが知れてる』でこんなのだから、本場のグレンダンってのは化け物ぞろいなんだろうなと思ってな」
「はぁ……」
否定はしない。少なくともレイフォンクラスの化け物が、グレンダンには12人は存在する。
正確にはレイフォンが抜けたので11人だが、それに加えてその11人を普通に圧倒するとんでも女王様がいるので、やはり12人だろう。
そんなことを考え、あいまいに頷きながらレイフォンは思ったことを尋ねた。
「ゴルネオ・ルッケンスはグレンダンの出身ですか?」
今日試合をした、第五小隊隊長のゴルネオ・ルッケンス。
ルッケンスの家名、そして彼の姿に……とは言っても、髪の色くらいしか似てないのだが、とある人物を思わせる。
天剣授受者であり、元同僚の彼の姿を。そして彼と同じく、化錬剄と体術を得意としていたことから、さらにそのイメージは鮮明になる。
「ああ、そのようだ。なんだ、知り合いだったか?」
「いえ、直接は知りませんけど、ルッケンスという家名に覚えはあります」
「ほう。それならいいとこの子なのだろうな」
フォーメッドの言い様に、レイフォンは微笑した。
「あの人がどうしてここにいるのかは知りませんけど、僕やあの人にだって自分の実力にそれなりに自信を持ってますし、ツェルニに来られる歳までに何度も試合をこなしています。化け物ももちろんいますけどね」
その化け物の1人が自分だったとは、流石に言えないが。
「それを聞いて安心した」
冗談めいた笑いを浮かべるフォーメッド。
ただ、そんな彼に突き刺さる鋭い視線。
「……用件は、以上ですか?」
底冷えしそうな声で、フェリが睨むように言った。
「あ、ああ……その、なんだ。せっかくだから俺はゲルニに挨拶して来るとするか……じゃあな、アルセイフ君」
「あ、はい」
ついにはその視線に耐えられなくなったのか、むしろ今までよく耐えたと言うべきだが、フォーメッドが席を立ちナルキの元へと向かっていく。
そして、フェリの険悪の雰囲気を恐れてか回りには人が近づかなかったために、やっと2人だけの空間が出来上がる。
「一体、どうしたんですかフェリ?」
そしてやっとフェリの異変に気づいたのか、レイフォンが彼女に声をかけた。
「……鈍感」
「え……?」
そんなフェリからつぶやかれた言葉に、レイフォンは納得できないというように声を漏らす。
何故かフェリが不機嫌そうで、いきなり鈍感などと言われたのだ。レイフォンにはその理由が理解できない。
「駄目……ですか?あなたを独占したいなんて思うのは」
「フェリ……」
小さく、本当に小さな声でつぶやかれたフェリの言葉。
だけどそれはレイフォンにははっきりと聞こえ、彼の服の袖をフェリがつかむ。
「私がここにいるのは、フォンフォンがここにいるからです。じゃなければ歌なんて歌いませんし、最初からここにもいません。あなたと一緒にいたいから……」
酒も飲んでいないと言うのに、フェリの顔が赤い。
か細い声だが、だけどハッキリと言う彼女の言葉に、レイフォン自身も真っ赤になってしまいそうなほどだった。
「あなたは、私だけを見てくれればいいんです……嫌、ですか?駄目ですか?」
「フェリ……」
強制はしないのだろうが、フェリの小さな我侭。
それを聞いて、なにを今更と思ったのだが、フェリはさっきは寂しかったのではないかと思う。
「それに……いつまたあんなことを言うかわかりませんしね。フォンフォンは嘘吐きで、無茶をしますから」
「あはは……」
フェリの言葉に苦笑し、レイフォンはまたも頬を掻く。
あんなこととはもちろんこの間の汚染獣戦に関することで、その時に言った遺言もどきがフェリをそうさせるのだろう。
あの時レイフォンは嘘をつき、約束を破ろうとした。
だからこそフェリはそのことで怒っており、レイフォンが無事に帰ってきてもどこか怒っているようで、そして不機嫌そうだった。
まぁ、それがフェリの元からの表情で、それ以上に嬉しいこともあったから気のせいとも取れるのだが、なんにせよフェリの言葉に、レイフォンは心から笑えなかった。
「まったく……あなたは本当に。明日の約束を破ったら絶対に許しません」
「破りませんよ」
フェリが小さく笑い、呆れたように言う。
即答で返し、レイフォンは微笑む。
「ヴァンゼ、これを見てくれ」
「どうしたんだカリアン?」
場所は変わり、生徒会室。
その部屋では主であるカリアンが、武芸長のヴァンゼに1枚の写真を渡していた。
「現在、汚染獣感知のためにツェルニの周りに探査機がばらまかれているのは知っているね?その1機が持ち帰った映像なのだが……」
「まさか!?」
また汚染獣かと、ヴァンゼの表情に緊張が走る。
だが、それを悟ったカリアンが首を振り、その考えを否定した。
「そう言う事ではないよ。画像は汚染物質で粗いが、それは汚染獣ではない」
そう言われ、ヴァンゼは一安心しながらも穴が開くように写真を見つめる。
真剣に見つめ、そして気づいた。
「これは……」
あとがき
アニメ版レギオス、全24話見ました!
やっとです、DVDや動画なので……
で、サヴァリスが悪役を見事に演じて……最後、どうなったんでしょう?
そしてバーメリン、声がよかったなと思いつつ、レギオスの声は声優さんが皆よかったです。
最初、リーリンが高橋さんで大丈夫かと思って当初は違和感すらあったんですが、後半からはリーリンの声は高橋さんで定着しました。
リーリン、かわいいよぉw
いえ、このSSでは普通にフェリがヒロインなので。くどいようですが一応言っておきます。
しかし声優さんといえば、レイフォンととある科学の一方さんは同一人物らしいですね。
ただ、共通点はあるのか?
『学園都市最強』なんて言う共通点が。性格は真逆ですけどw
まえがきはともかく、今回は久々の原作ストーリーだったので感覚が……
次回はついにレイフォンとフェリのデートなので、楽しみにしていてください。
ちなみにこの作品では、フェリが祝勝会に参加したために探査機にアレを発見してもらいました。
最後のほうでのカリアンとヴァンゼの会話はそれです。