「案外早かったな」
「隊長は!?」
倒れたニーナを病院へ運び込んだオリバーは、その後レイフォンに連絡を入れていた。
そしてレイフォンはと言うと、同じ寮のレイフォン以外の連絡先を知らないオリバーの代わりに他の隊員達に連絡を入れ、すぐさま病院へと駆けつけたのだ。
「剄脈の過労だとよ。たっく……教科書にも載ってるそんな初歩的な倒れ方を、まさか小隊隊長がやるとはな」
「そうですか……」
オリバーにニーナの容態を尋ね、彼は先ほど医師から聞いた話をレイフォンに説明していく。
つまりは、無茶な訓練や内力系活剄をしていたので、体にガタが来ていたらしい。
幸い重症ではなく、しばらくは動けないだろうが、何日かでちゃんと治るし、後遺症などは残らないらしい。
ただ、流石に次の対抗試合は無理だそうだ。
「……仕方ないですね」
「ん、口の割にはそこまで残念そうじゃないな」
「まぁ、対抗試合と言っても本番ではないですし、ハッキリ言ってどうでもいいですから」
こう言ったらニーナは怒るだろうが、レイフォンにとっては腕試しの対抗試合なんてどうでも良い。
大事なのは本番、武芸大会の試合なのだ。
当初はツェルニを護ると言う事に意義を感じられないと言うか、そもそも武芸をやめようとさえ思っていたが、現在はこのツェルニでの生活を気に入っている。
ツェルニをと言うよりも、フェリや友人達との生活を、だが。
だからこの都市が滅びるのは困るので、大事なのはツェルニの存続が懸かる武芸大会。
そして、その武芸大会はレイフォンがその気になれば1人で、速攻で片付けられる。
故に、学内で行われる対抗試合にそこまで興味を持っていないレイフォンだった。
「ま、お前がどう思ってようと関係ねぇけどさ、後1時間ほどしたら鍼を抜くとよ。そしたらもう、大丈夫らしい」
「あ、そうなんです……かぁ!?」
オリバーに言われて、気づく。
ここはニーナの病室であり、レイフォンが中に入ると当然ニーナと、ここまで彼女を運んで様子を見てくれていたオリバーがいた。
ニーナはベットにうつ伏せに寝かされ、その背中に、手の甲、足の踵といたるところに治療用の鍼が刺されている。
鍼治療と言う奴なのだろう。剄脈と言う、未だ人体で解明されていない器官の治療法でポピュラーなものだ。
だが、彼女の着ている病院着と言う服は薄く、証明に照らされて透ける白い下着が見え、レイフォンは思わず頬を赤くしていた。
「初心だな。たかが透けて見える下着でその反応かよ?」
「そう言うオリバー先輩はなんで平気なんですか?」
鈍感などと称されるレイフォンだが、こう言うのにはあまり耐性がなかったりする。
そんな彼を見て嘲笑うオリバーで、レイフォンの問いには平然としたまま答えた。
「小さい子以外に興味はねぇ。そして、今時下着くらいじゃそこまでの反応はしないだろ」
後半はともかく、前半はどうなのかと激しく思う。
この男、本当にどうにかしなければいけないのだろうかと。
「あ、でも、ミィフィさんの下着は見たいかな」
冗談を言うように笑うオリバーを見て、レイフォンは本当にどうするべきかと思っていた。
「ニーナは?」
その時だ、ニーナの幼馴染であるハーレイが病室に入ってきたのは。
「今は眠ってます」
「そう……大丈夫かな?」
「医者が言うには心配ないみたいです。ただ、次の試合は無理だそうです」
「それは仕方ないね」
「僕が言うのもなんですが、残念じゃないんですか?」
「大事なのは本番じゃない?」
「ですね」
レイフォンに説明を受け、ハーレイはひとまず安堵の息をつく。
次の対抗試合に出れないのは残念だが、何事も健康が第一だ。
体を壊しては元も子もないし、本番ではない対抗試合で体を壊して、本番の武芸大会で試合に出られなければ本末転倒だ。
だからその程度なら、残念ではあるけど何の問題もないだろう。むしろ、この程度で済んでよかったと言える。
「……シーツとか、かけられないのかな?」
「いや……かけたら鍼が……」
「だよね……」
そしてハーレイも、ニーナの姿を見て赤面する。
視界の隅ではオリバーが小さく笑っているが、ニーナは言うまでもなく美人である。
そして透けて見える下着と、うつ伏せに寝ているために自分の体と、ベットの間に挟まれている胸がなんと言うか……少し官能的な魅力を放っていた。
「さて、サットン先輩も来た事だし、俺はそろそろ帰るか。いい加減……もう眠い」
「あ、オリバー先輩、ありがとうございます。お世話になりました」
「なんのなんの、これくらい気にすんな」
そう言って、オリバーは席を立つ。
時間も明け方、しかも昨夜からの放浪バスの修繕や改造で徹夜をしていたので寝ていない。
帰ったらすぐに寝ようと思う。
「ま、礼なら今度の弁当、一食分くらいはサービスしてくれると嬉しいがな」
「そのくらいなら喜んで」
「ホントにありがと、オリバー」
「いえいえ、サットン先輩も今度いい部品を見つけたら、俺に教えてくださいよ」
「わかったよ」
そう言い残し、オリバーは去って行く。
どうでもいい事だが、彼はハーレイとも面識があった。
オリバーの夢や、たまにやる副収入的バイトの関係で技術者であるハーレイと知り合い、あれこれと相談したり、談笑したりするらしい。
そんな彼が出てしばらくすると、控えめなノックが病室の扉を叩いた。
「……何してるんですか?」
オリバーと入れ違いになる形で入って来たフェリが漏らしたのは、そんな言葉。
それはニーナを見ないように壁を見ている2人の男に、冷たく投げかけられた。
そして、彼女の問いに答えられないレイフォンとハーレイを放って、フェリはニーナの様子を伺う。
無事らしいのを確認し、更に彼女の横顔に顔を近づけた。
まるで、本当に眠っているのか確認するように。
それが終わると、横目でフェリとニーナの様子を見ていたレイフォンに近づき、フェリは彼の正面に回る。
そして無表情なまま、どこか冷たい視線のまま、思いっきりレイフォンの足に蹴りを入れる。ご丁寧に脛を狙って。
「いたっ!?」
「スケベ」
「見てませんよ……」
「その返事が出るあたりが、スケベです」
「そんな理不尽な……」
蹴りを入れられた事にレイフォンが不満を漏らすと、フェリは不機嫌そうなまま言う。
レイフォンがニーナの姿を見たと思ったのだろうか、その視線がかなり冷たい。
いや……アレは冷たいと言うよりも怒っている方が正しい。
不機嫌そうなのも、どちらかと言うと焼いているのだろう。
もっともその意味に、レイフォンが気づく事はなかったが。
「まぁ、そんなことはどうでもいいです……それよりも」
不機嫌なままハーレイも含めて、フェリはかばんから大きな書類封筒を取り出した。
「兄から預かってきました」
封筒ごと渡され、レイフォンはそれを確認する。
大体、中身を空ける前に予想はついていた。
そして、ニーナが狸寝入りなどをしていないかとフェリは確認したのだろう。
封筒の中に入っていたものは、写真だった。
「昨夜、二度目の探査機が持ち帰ったそうです」
写真の写りは良くないが、写しているものはこの間と同じだ。
前よりも綺麗に写っているのは、それだけ都市が近づいたのだろう。
こうなれば、見間違えたりはしない。汚染獣だ。
おそらく雄性体の……何期かまではレイフォンには判別できないが、このまま行けば確実に遭遇する。
「都市は……ツェルニは進路を変更しないんですか?」
都市は汚染獣を発見した場合は、それを避けて移動する。
グレンダンの場合はその真逆をしているのかと思うほどだが、世界中にあるレギオスが通常はそうするのだ。
だが、フェリは小さく首を振って答えた。
「ツェルニは進路を変更しません。このまま行けば、明後日には汚染獣に感知される距離になるだろうとの事です」
明後日……休日で、しかも試合日だ。
どっちにしても、対抗試合は棄権しなければいけなかったらしい。
カリアンに何か言えば何とかしてくれるかもしれないが、どの道ニーナがこのような状態なら意味はないだろう。
それはさておき、写真を封筒に戻し、レイフォンはフェリに返した。
「複合錬金鋼(アダマンダイト)の方はもう完成したから、いつでも行けるよ」
「戦闘用の都市外装備も改良が終わったそうです。兄は出来るなら、明日の夕方には出発して欲しいと」
「わかりました」
ハーレイとフェリの報告を聞き、レイフォンは頷く。
前から実験していたあの武器は、複合錬金鋼と名づけられたらしい。自分が使うというのに、今まで知らなかった。
自分の命を預ける武器にそのような感情を向けるのはどうかと思うが、レイフォンは刀ではなく剣を握った時からそんな感じなのだ。
武器に無頓着と言うか、そこまで興味がないと言うか……無論、そんなことは口にしないが。
「フォンフォン……」
「なんですか?フェリ先輩」
名を呼ばれ、レイフォンはフェリを見る。
彼女の無表情に近い、とても心配そうな顔を見て、レイフォンは気丈に振舞った。
フェリの表情の変化は小さいが、最近ではフェリがどんな表情をしているかは理解できる。
ただ、流石に心の内まではわからないが。と言うか、わかればエスパーである。
「約束……ですよ?」
レイフォンはエスパーではないが、今、彼女が何を言いたいのかはわかる。
約束……無事に帰って来て、フェリの観たがっている映画を一緒に見に行くと言う事。
「わかってますよ。破るわけないじゃないですか」
レイフォンは笑いかけ、フェリに言う。
とても優しい、柔らかい笑み。
その笑みに少しだけ、フェリも安堵を感じてくれたらしい。
ここがニーナの病室だという事も忘れ、ハーレイが居心地が悪そうに側にいることも忘れ、2人は小さく笑い合った。
「ここは……?」
呆然とした声に、レイフォンは水を替えた花瓶から目を離した。
声の主は、鍼を抜かれてシーツに包まって寝ていたニーナだ。
時刻はもう夕方。未だに意識がハッキリしていないニーナに、レイフォンが答えた。
「病院ですよ」
「病院……?」
「覚えてませんか?」
「……いや……」
思考がしっかりとし始め、ゆっくりと何があったのかを思い出していくニーナ。
そして思い出したのか、ニーナは小さいため息をついた。
「そうか、倒れたんだな」
「活剄の使い過ぎだそうです」
オリバーに受けた説明を、その後別に、同じ小隊のメンバーだからと詳しく医者に受けた説明をニーナにするレイフォン。
その言葉を聞き、ニーナは皮肉気に言った。
「無様だと、笑うか?」
「笑いませんよ」
別に自主トレ自体は悪いことではない。まぁ、確かにやり過ぎで倒れてしまうのは洒落にならないが。
だが、レイフォンはそう言う事を嘲笑う性格ではない。
「私は、私を笑いたいよ」
だが、ニーナは苦々しい表情のままつぶやく。
「無様だ……」
「僕は、そうは思いませんよ」
「なぜ?」
レイフォンの言葉に、苛立ちを混ぜながらニーナは問い返した。
それにレイフォンは、淡々と答える。
「冷たい言い方かもしれないですけど、死にかけないとわからないこともあります。それは誰に助けてもらう事も出来ないものかと」
「そしてこれか?」
自嘲気味な言葉に、レイフォンが頷く。
そもそも、レイフォン自身も似たような経験はしていた。
先日の汚染獣襲撃の時、幼生体に猛威を振るっていたあの鋼糸。
あれはレイフォンがまだ天剣になったばかりのころ、同じ天剣であり、その中でも最強と呼び声の高いリンテンス・サーヴォレイド・ハーデンに教わったものだが、一時期調子に乗って、ニーナと同じような経験をしたのだ。
それで腕を切り、入院もした。その傷は今でも残っている。あの時は、リンテンスに酷い罵倒や罵りを受けたのだ。
だが、それ故に笑わないし、笑えないわけでもある。
先ほど言ったとおりにレイフォンの性格もあるが、笑えば自分を馬鹿にしているようなものだ。
「……次の対抗試合は、棄権する事になりました」
「……そうか」
話を進めるために述べたレイフォンの言葉に、ニーナは落ち込んでいるようだが、最初からわかっていたと言うように頷く。
このような状況で、対抗試合に出られるわけがない。
「無駄な時間を過ごしたのかな……私は?」
「無駄でしたか?」
どんな訓練や練習にも、無駄はない。
短い時間でもちゃんとためになるし、実を結ぶ。
それが開花するかどうかは本人しだいだが、無駄ではないとレイフォンは思う。
「勝ちたいから、強くなりたいんだ。なら、無駄じゃないのか?」
だが、ニーナは違うらしい。
「たかが予備試合に出場できなくって、負けなんですか?」
「そんなわけがない!」
オリバーやハーレイ達にレイフォンも言ったが、それは彼女も同意見らしい。
勢いよく半身を起こして、ニーナは怒鳴るように言う。
だが、彼女を全身の筋肉痛が襲い、表情を歪め、そのままベットに倒れこんだ。
「……それでも、私は勝ちたいんだ。強くなりたいんだ。こんなところで立ち止まってて、本番で何も出来なければ話しにならない」
「そうですね」
「じゃあ、無駄じゃないか」
ニーナはこちらを見ない。いや、最初からだ。
病室の窓を向き、室内に入り込む夕日を見ていた。
「……最初は、私の力が私の力が次の武芸大会に勝利するための一助けになればいいと思っていた」
レイフォンに視線を向けないまま、ニーナがつぶやく。
「だが、少しだけ欲が出た。お前が強かったからだ。単なる助けでなく、勝利するための核になれると思った。何の確証もなく、十七小隊が強くなったと思ったんだ。笑ってくれ」
皮肉に言い、自暴自棄に言うニーナ。
それをレイフォンが、笑えるわけがなかった。
「だが、負けてしまった。当たり前の話だし、負けて逆にありがたいと思った。私の間違いを、あの試合は正してくれた。だが、その次で私は止まった……なら、勝つためにはどうすればいい?」
小隊が強くなればいい。
簡単で単純な答えだが、レイフォンはそれを口にはしない。
ニーナがそこでどう思ったか、なんとなくわかった。だから彼女は、あんな無茶な訓練をしたのだろう。
小隊戦(集団戦)の強さとは、そのままチームワークが現している。
個人が強くても、その強さを活かす土壌がなければ意味がない。それを、この前の試合で見せ付けられた。
「私は、私が強くなればいいと思った。お前と肩を並べる事が出来なくても、せめて足手まといにならないぐらいには強くならなくてはと思った。だから……」
だから強くなろうと思った。だから個人訓練を増やした。
その訓練を目撃したオリバーに聞いた話だが、ニーナは機関掃除の後にその自主トレをしていたらしい。
学校に行き、授業と武芸科での訓練。更に放課後には小隊の訓練があり、おそらくその後もニーナは個人訓練をしていたのだろう。
さらに真夜中の機関掃除のバイトをして、それが終わってから自主トレをすれば……一体、いつ寝ていたのか?
確かに内力系活剄をすれば何日か眠らなくても平気だが、そんなことをすれば当然、体に負荷がかかる。
それを続ければ確実に体を壊す。だからこそ、ニーナはこうなってしまったのだ。
「だが、それもやはり無駄な事だったかもしれないな」
ニーナは、そう締めくくる。
まるで、愚かな自分を笑ってくれと言うように。
いっその事、そのほうが楽だと言うように。
だが、レイフォンは笑わない。
「……剄息の乱れは認識できましたか?」
「ん?」
そんなニーナに、強くなりたいと言う彼女に言えるのはこれくらいの事だ。
「剄息です。自主トレ中、苦しかったんじゃないんですか?」
「あ、ああ……」
いきなりの話題の変化に、返事をするニーナに戸惑いがあった。
だけど、それに構わずレイフォンは続けた。
「剄息に乱れが出るということは、それだけ無駄があるって事です。疲れを誤魔化すために活剄を使っていれば、乱れが出るのは当たり前なんです。普通に運動する時に呼吸を乱してはいけないのと同じです。最初から剄息を使っていれば、常にある程度以上の剄を発生させるようになります。剄脈は、肺活量を上げるのとは鍛え方が違います。最終的には活剄や衝剄を使わないままに、剄息で日常の生活が出来るようになるのが理想です」
「レイフォン……?」
「剄を形にしないままに剄息を続けて、普通の生活をするのは結構辛いですけど、出来るようになったらそれだけで剄の量も、剄に対する感度も上がります。剄を神経と同じように使えるようにもなる。剄息こそ、剄の基本です」
剄息こそ剄の基本。
それは武芸科生徒用の教科書の、最初の方に載っている説明だ。
だが、教科書に載っていない事も言っている。剄息のまま日常生活を送れなんて、教科書のどこにも書かれていない。
そしてこれから、レイフォンが言う事も。
「剄脈のある人間が武芸で生きようと思ってるのなら、普通の人間と同じ生態活動をしてることに意味はないんです。呼吸の方法が違うんです。呼吸の意味が違うんです。血よりも剄に重きを置いてください。神経の情報よりも剄が伝えてくれるものを信じてください。思考する血袋ではなく、思考する剄と言う名の気体になってください」
淡々と、レイフォンが告げていく。
ニーナは黙ったまま、その言葉を聞いていた。
「武芸で生きようと思っているのなら、まず、自分が人間であると言う考えを捨ててください」
一般人と、武芸者は違う。
武芸者は化け物だ。一般人を殺そうと思えば簡単に実行できるほどに。
汚染獣と言う脅威と戦うための強大な力を持った、人の形をした怪物なのだ。
だから、強くなりたければその考えを捨てなければならない。
だけど、その事を忘れてもいけない。
「僕が先輩に伝えられる物があるとすれば、これだけです」
今はその意味は伏せて置き、レイフォンは無理やり作った笑みでニーナに言う。
無理やり作った笑みだから、たぶん強張っているだろうと思って頬が気になった。
「気づいています?シャーニッド先輩が新しい錬金鋼を用意してるの」
「え?」
その言葉に、ニーナが驚く。
レイフォンも今ならばわかる。シャーニッドもニーナと同じように、何か思うところがあったのだろう。
「シャーニッド先輩は銃衝術が使えるみたいですね。実力の程は知りません。それは後で先輩が確認してみてください。でも、もしかしたら戦術の幅が広がるかもしれませんね。全員が前衛って言う超攻撃型の布陣を敷く事も出来るし、逆に先輩を後ろに配置させる事も出来ます。戦術の方は、僕は頭が悪いんでこんな事ぐらいしか思い浮かばないし、それが正しいのかもわからないので、先輩に任せますけど」
「……………」
「僕は自分1人での戦いは心得てますけど、集団戦はまるで駄目です。すぐ側にいる誰かを気にしながら戦うのは苦手です。正直、野戦グラウンドは狭いと感じるぐらいです」
「レイフォン……」
今まで天剣として、たった1人で戦ってきたレイフォンだからこその悩み。
戦場では独りだった。
汚染獣の、老性体六期なんて言う化け物と戦った時は天剣3人がかりだったが、共闘したのはそれくらいである。
故に、集団戦と言うのはどうも苦手だ。
「指示をください。その指示を、僕は出来る限り忠実にこなしてみせます。シャーニッド先輩も、先輩なりに何か考えてるみたいです。フェリ先輩は……がんばりましょう」
最後ばかりは、誤魔化すように笑う事しか出来なかった。
フェリはやる気がないし、別にそれをレイフォンは責めようとは思わない。
彼女には彼女の考え、思いがあるのだし、念威操者以外の道を探している彼女からすれば当然なのだろう。
レイフォンはそれを、心から応援したいと思っている。
「僕達が最強の小隊になれるかどうかは、先輩しだいです。それとも……僕達は必要ありませんか?」
「馬鹿な……そんな事……」
言いかけて、ニーナは口をつぐんだ。
ここ最近の、自分の行動を思い出したのだろう。
自分1人で強くなろうとして、一切部隊を省みなかったのだ。そう取られてもおかしくないし、隊長として失格とも言える。
「そうだな……反論のしようもないな」
「先輩が強くなりたいのには、何一つ反対はしません。僕に出来る事があるならばします。僕がやった剄息の鍛練方法を教えるぐらいですが……それ以上の事は僕から盗めるものだけ盗んでください」
言って、レイフォンはその気恥ずかしさに思わず笑ってしまう。
自分は一体何様なのかと。だが、自分がニーナより強いのは事実だし、これが自分に出来る最善の方法だと思う。
それ以外の方法を考えるには、レイフォンの頭には荷が重すぎた。
「そうだな……私はぐらついてただけなんだな」
ニーナがつぶやき、レイフォンが考えを止める。
「私達は仲間なんだ。だから、全員で強くなろう」
その言葉を聞き、レイフォンは笑顔のまま頷くのだった。
「まるで、遺言みたいでしたね」
「え?」
レイフォンは闇の中、荒れ果てた大地をランドローラー、2輪でゴムタイヤの乗り物に乗り疾走していると、都市外装備のヘルメットに接続されている念威端子からフェリの声が聞こえた。
彼は現在、都市の進路の先にいる汚染獣を目指して走っていた。
「病室での言葉……盗み聞きしました」
あっさりとした自白だ。
盗み聞きは当然褒められる事ではないが、レイフォンは別に怒りは感じないし、むしろ苦笑するように返した。
「遺言なんかじゃないですよ」
フェリの言葉を、笑い飛ばすように。
「でも、そう取られてもおかしくないシチュエーションでしたよ?」
「そうかな?」
「そうです」
だが、フェリは笑えない。
おそらく、本当にレイフォンのことを心配しているのだろう。
だが、レイフォンはもとより遺言になんてするつもりはない。
「約束したじゃないですか、ちゃんと帰ってくるって」
フェリとの約束。行く前にも病室で、ちゃんと確認した事だ。
帰って来て、フェリと一緒に映画を観に行く。
だからこそレイフォンは、死ぬつもりなんてない。
「絶対……ですよ?」
「絶対に絶対です」
念威端子越しなので見えないが、おそらく不安そうな表情をしているであろうフェリに向け、レイフォンは見えなくとも柔らかい笑みで、安心させるような言葉で答えた。
固く決意し、約束を交わして、レイフォンは戦場へと赴く。
カチャリと音を立てて、病室のドアが開く。
「よっ、ニーナ。元気?」
「病人に尋ねる質問ではないと思うが?」
「まったくもってその通り」
軽薄な笑みを浮かべて入ってきたのは、シャーニッドである。
その後にハーレイも続いていた。
ニーナは手にしていた本を傍らに置き、シャーニッド達に視線を向ける。
「なに読んでんだ?って、教科書かよ。しかも『武芸教本Ⅰ』って……なんでんなもんをいまさら」
「覚え直さなくてはいけない事があったからな」
「はは、ぶっ倒れても真面目だねぇ」
入学当初使っていた古い教科書を見て、シャーニッドが呆れたように肩をすくめる。
「それよりも、今日は試合だろう?見に行かなくていいのか?」
「気になるんなら、後でディスクを調達してやるよ。こっちはいきなりの休みで、デートの予定もなくて暇なんだ」
ならば試合を見に行けと言いたいが、シャーニッドがそういう性格ではないことをニーナは知っている。
しかし、それよりもニーナには気になる事があった。
シャーニッドの言葉に苦笑を浮かべるハーレイが、その笑みが何故か精彩を欠いている様な気がしたからだ。
「しっかし、過労でぶっ倒れるとはね。しかも倒れてなお、真面目さを崩さんときたもんだ。まったくもって我らが隊長殿には頭が下がる」
「……すまないとは思っている」
シャーニッドの言葉に項垂れようとするニーナだが、当のシャーニッドはいやいやと言う。
「いまさら反省なんざしてもらおうとは思ってねぇって。そんなもんはもう、散々にしてるだろうしな……それにな、今日は別の話があって来たわけ。悪いけど、見舞いは二の次なのよ」
「別の話?」
その言葉に、ニーナが疑問を浮かべる。
シャーニッドは、何のつもりかわからないが2丁の錬金鋼を抜き出した。
「一度は小隊から追っ払われた俺が言うのもなんなんだけどな……」
手に余るサイズの錬金鋼を器用に、両手で回しながらシャーニッドは続ける。
「隠し事ってのは誰にでもあるもんだが、どうでもいいと感じる隠し事とそうじゃないってのがあるんだわ。どうでもいい方なら本当にどうでもいいんだが、そうでもない方だと……な」
早業だった。一瞬の出来事だった。
この場にいる誰にも反応できない速度で戦闘状態に復元させた錬金鋼を、2丁の銃の片方を背後にいたハーレイに向けたのだ。
「シャーニッド!」
ニーナが叫ぶ。一体何のつもりなのかと。
このような暴挙を行っているシャーニッドは、代わりのない笑みを浮かべたままだ。
ハーレイは、いきなりの事態に硬直していた。
「そんなもんを持ってる奴が仲間だと、こっちも満足に動けやしない。背中からやられるんじゃないかと思っちまう。例えば今だと、こいつが暴発すんじゃないか……とかな」
シャーニッドの目が、ハーレイの額に押し付けられた鎌金鋼へといく。
これでは、まるでハーレイに疑いを持っていると言う様なものだ。
「馬鹿な」
それをニーナが否定する。
「ハーレイは私の幼馴染だ。こいつが私を裏切る様な事をするはずがない」
「俺だってこいつの腕を疑っているわけじゃない。裏切るとか思ってるわけじゃない。だがな、たぶん、仲間外れなのは俺達だけなんだぜ」
「なに?」
話の流れがわからず、ニーナはハーレイを見た。
ハーレイがニーナ達を裏切るはずがない。それは本当だろう。
だが、何かを隠しているのは確かなようだ。
錬金鋼を突きつけられ、強張った表情のハーレイには、どこか諦めの様な色が混じっていた。
「ハーレイ?」
「……ごめん」
ニーナの問いかけに、ハーレイは観念した様に謝罪する。
「お前がこの間からセコセコと作っていた武器、あれはレイフォン用なんだろ?あんな馬鹿でかい武器、何のために使う?」
シャーニッドの言葉を聞き、ニーナはいまさらながらハーレイが大きな模擬剣を練武館に持ってきていたことを思い出した。
しかも、今、シャーニッドに言われるまで疑問すら抱かなかった。
それほどまでに自分は、小隊の事を気にしてもいなかった。
レイフォンに必要ないのかと聞かれたが、これではそのように取られても仕方がないと、改めて再認識してしまう。
「馬鹿っ強いレイフォンにあんな武器持たせて、何するつもりだ?大体の予想はついているし、だからこそフェリちゃんもそっち側だって決め付けてんだが、出来ることならお前の口から言って欲しいよな」
「ごめん……」
シャーニッドの促しに、ハーレイは再び謝罪し、唇が閉じられた。
その様子を、ニーナは黙ってみていることしか出来なかった。
そのハーレイの唇が開かれ、その内容を聞く。
それを聞いて……ニーナはこんなところでじっとしているわけにはいかなくなった。
「エリプトン先輩。いきなりの呼び出し、何ですか?ひょっとしてこの間の話の女の子を紹介してくれるとか?あいにく、現在は心に決めた子がいまして……出来れば、その子とのデートのセッティングを手伝ってくれると嬉しいんですけど……」
そんな時だった、シャーニッドが呼び出したオリバーが、ニーナの病室に入ってきたのは。
「んじゃ、やる事は決まったな。足も確保した事だし」
「は?」
「行くか」
事情を知らないオリバーを無理やり連行し、シャーニッド達はレイフォンの元へと向かった。
丸1日走り、仮眠や、携帯食の味気ない食事を済ませた後、レイフォンは何もない大地に立っていた。
汚染され、荒れ果てた大地。
唯一あるのは、荒れ果てた岩山と、戦わなければならないだろう相手。
胴体がわずかに膨らんでいるが、頭から尻尾まで蛇の様に長い。胴体には二対の昆虫のような翅が生えている。
とぐろを巻いた胴体のあちらこちらに足が生えているが、それはかなり退化しているのか、足としての意味を成していないものだった。
頭部の左右に目をやる。汚染獣は、複眼の目をしていた。白い膜の様なものがかかっていて、うすらぼけていた。
レイフォンと言う、汚染物質よりもはるかに高い栄養価の餌がすぐそこにあると言うのに、汚染獣は反応を見せない。まるで死んでいるかのように。
それがもし、事実だったらどんなに幸運なことだろうか?
だが、それを現実が、死んでいる様に見える、動かない汚染獣から放たれる存在感が否定する。
「どうですか?」
フェリの声が耳に響いた。
ついていない、本当についていない。
生きようと思ったのに、ちゃんと帰ると約束したのに、最悪な気分だ。
「四期か五期ぐらいの雄性体ですね。足の退化具合でわかります」
「そういうものなのですか?」
「汚染獣は脱皮するごとに足を捨てていきますから……あ、雌性体になるなら別ですよ、あれは産卵期に地に潜りますから」
なるほど、その時に足で地面を掘って地に潜るのだろう。
それは理解した。だが、そんな事はどうでもよい。
フェリは何故か、とても嫌な予感を感じていた。
レイフォンは2本の錬金鋼を取り出し、右手で複合錬金鋼を握った。
「老性体になった段階で足は完全に失われます。この状態を老性一期と呼んでいます。空を飛ぶ事に完全に特化した形になります。もっとも凶暴な状態でもあります。そこから先、老性二期に入ると、さらに奇怪さを増します。姿が一定じゃなくなる」
「フォンフォン?」
フェリは隠せない不安を抱きながらレイフォンに尋ねる。
そのレイフォンは焦らずに、ゆっくりと活剄を流し、体に慣れさせていく。
いまさら焦っても、意味はない。
「姿が一定でなくなるのと同じ様に、強さの質も同じではなくなります。本当に気をつけるべきなのは老性二期からです。そこまでなら、今までと同じ方法で対処できる」
「どうしたのですか?」
フェリの言葉に戸惑いが含まれる。
不安で、今すぐにでも泣いてしまいたいほどだ。
だが、それを無視してレイフォンは続けた。
「滅多に出会えるものじゃない。だから気をつける必要なんてないのかもしれない。気をつけようもないのかもしれない。でも、知っているのと知らないのとでは違いがある。知っておけば何か出来るかもしれない。老性二期からは、単純な暴力で襲ってこない場合もあるって言う事を」
「フォンフォン……何を言っているんですか?」
「遺言になるかもしれない言葉です」
「なっ……」
その言葉に、フェリは怒鳴りそうになった。
ふざけるなと叫びたかった。
約束をしたのにと、問い詰めたくなった。
だが、それは戸惑われてしまう。
汚染獣が動き出した。
ピシリと言う空気に皹でも入ったのかという音が聞こえ、汚染獣の鱗の様な甲殻が割れていく。いや、剥げていく。
「報告が入りました……ツェルニがいきなり方向を変えたと、都市がゆれるほどに急激な方向転換です」
「やっぱり……」
フェリから入った報告は、想像通りのものだった。
なぜ、今までツェルニが方向を変えなかったのかもはっきりした。
気づいていなかったのだ。おそらくは、既に死んでいると思ったのだろう。
そうではないと気づいて、急な進路変更を行ったのだ。
「フォンフォン……これは……」
「脱皮です。見たのは初めてだけど、間違いない」
「ツェルニが方向を変えたのです……逃げてください!」
フェリが悲鳴を上げる。だけどそれを、レイフォンは無視した。
「いまさら遅いですよ。こいつは待ってたんです。脱皮の後は……汚染獣としての本能から変質させる脱皮は、おそらく普通の脱皮よりも腹が減る。だから、餌が近づくまで脱皮をギリギリまで抑えていたんだ。老性一期が凶暴なのは、とても腹が減っているからだ。僕が逃げたら、こいつは空を飛んでツェルニに行きます。そうなれば……僕には何も出来ない」
だから逃げられない。
レイフォンの実力なら逃げることは可能だが、それでは汚染獣がツェルニに行く。
そうなってしまえば、この怪物をツェルニの武芸者が相手にするしかない。
汚染獣最弱の幼生体に苦戦した学園都市が、それよりもはるかに強いこの怪物を……
「老性一期……覚えておいてください。都市が半滅するのを覚悟すれば、勝てるかもしれない敵です」
「……………」
レイフォンの言った言葉は、熟練者のそろった普通の都市での話だ。
グレンダンならば天剣授受者が1人でも出れば事足りるが、他の都市ではそんな多大な被害が出る。
それを、学園都市の生徒が撃退できるわけがない。
ならば元天剣授受者のレイフォンならば可能かと思うが……彼にはその天剣がない。
彼が全力で扱える武器が、彼の全力に耐えられる武器が……ここには存在しない。
「なんで……なんであなたばっかりがこんな危険なことをするんですか!?」
「僕にしか出来ないことだからです……安心してください。ツェルニは、フェリは絶対に僕が護りますから」
フェリの叫びに、レイフォンは覚悟を決めて汚染獣と向かい合う。
右手には複合錬金鋼を握り、左手には青石錬金鋼を握り、復元する。
決めたのだ、絶対にフェリを護ると。
だからこそレイフォンは戦う。例え刺し違えても、ここで汚染獣を倒すと。
「ふざけないでください!!」
だが、フェリはその言葉を拒絶する。
レイフォンの考えを否定する。
彼女の顔は見えないが、明らかに怒っており、泣いてしまいそうな声で。
「約束したじゃないですか!なのに遺言って……ふざけているんですか!?ちゃんと帰ってくるって、フォンフォンは言ったじゃないですか!」
「……もう少し、遺言らしかった方がいいですかね?」
「そんな事は言ってません!」
フェリは怒鳴る。
レイフォンからは考えられない軽口にも怒鳴り返しながら、フェリは泣きそうに言う。
そしてレイフォンは、彼の表情もまた、見えないのだけど、とても優しい声をかけてくれた。
「ツェルニがなくなっちゃったら、約束自体が守れないじゃないですか?」
「それは、そうですけど……」
「だから僕はツェルニを護るんです。約束を守るためにも、そのためにも戦います」
「あなたが死んでも……その約束は守られません」
「ですね」
レイフォンの声は笑っている。
フェリの声は泣いている。
そんな彼女を説得するように、慰めるようにレイフォンは言った。
「フェリ……」
「……はい」
彼女の返事を聞き、レイフォンは決意する。
もう、時間はない。汚染獣は今までの休眠状態で硬くなった体を慣らしている。
この時に攻撃できればいいのだが、天剣ではない武器であの硬い体を切り裂くのは難しい。
だから、時間にもう少しだけ余裕がある中、レイフォンは何気なくつぶやいた。
「あなたを、愛してます」
「え……?」
フェリの思考が固まるほど、自分の頬が思わず赤面するほどの言葉を、何気なく。
「あなたは、僕の過去を知ってそれを許してくれた。こんな僕と一緒に行こうと言ってくれた。僕に、笑顔を向けてくれた」
レイフォンは武芸をやめようと思っていた。
だけどそれをカリアンが許さず、レイフォンを無理やり小隊に入れ、戦わせようとした。
だが、色々な、本当に色々な経緯があり、レイフォンは今、自分の意思でここに立って戦おうとしている。
「そんなフェリの事が大好きだから、僕は剣を取ってここにいます。あなたを護りたいから、死なせたくないから」
今、フェリはどんな表情をしているのだろうか?
それが非常に気になり、彼女の表情を見れないのがとても残念だ。
「あなたは絶対に、僕が護ります」
だが、案外それでよかったかもしれない。
自分の頬が赤くなるほどの、恥ずかしさで悶えてしまいそうな表情を、フェリも見ることが出来ないのだ。
あるいは、念威端子越しだからこそ出来た告白。
「……………嫌いです」
その告白に対し、フェリの返事は……
「大嫌いです!」
レイフォンを拒絶する、嫌いという言葉。
「……そうですか」
その言葉に落ち込み、少しだけ悲しくなってしまうが、レイフォンのやる事は変わらない。
目の前の汚染獣を、例え刺し違えても倒すだけ。
フェリには嫌いだと言われてしまったが、それでもレイフォンがフェリを好きだという事実は変わらない。
彼女を護りたいという事実は変わらない。
だから、レイフォンは戦う。
「約束も守らず、相手の目を見ずに告白する意気地なしなんか……だいっきらいです!」
また、嫌いだと言われてしまった。
レイフォンはその事に苦笑しながら、今一度汚染獣を見る。
もう、準備は終わったのだろうか?
翅を広げ、今にも飛び立とうとしている。だが、そんな事をさせるわけには行かない。
「ですからフォンフォン……ちゃんと帰って来て、私の前でもう一度、さっきの事を言ってください」
「え……?」
汚染獣に接近し、走るレイフォンの耳に、そんな言葉が聞こえた。
戦闘となれば集中し、周りの騒音などを一切排除するレイフォンだが、この言葉だけは排除できなかった。
そして次の、フェリの言葉も。
「何ですか?相手の目を見て告白する勇気すらないんですか?そんな意気地なしは、大嫌いです。でも……フォンフォンの事は大好きです。私も愛しています」
その言葉に、レイフォンは赤面した。
戦闘中だと言う事も一瞬忘れるも、左手に持った青石錬金鋼で鋼糸を操り、汚染獣の翅に巻きつける。
だが、飛び出そうとする汚染獣の翅の高速運動によって弾かれる。
リンテンスなら翅ごと切り裂けるだろうが、レイフォンの技量では無理だった。
だが、今はそんな事はどうでもよい。
「絶対に、絶対の絶対に約束ですよ、フォンフォン。絶対に帰って来て、絶対に私の前に来て、絶対にさっきと同じ事をもう一度言ってください……絶対ですからね?」
しつこいくらいに絶対という言葉を多用し、レイフォンに確認を取るフェリ。
その言葉に、レイフォンは小さく笑った。
嬉しいのだ、内心からどうしようもない嬉しさが込み上げてくる。
「それは困りました……死ねなくなっちゃったじゃないですか」
「それでいいんです」
体から、力が漲って来る。
調子が良い。こんな気分は初めてだ。
レイフォンは辺りの岩山や、汚染獣の体に付着して蜘蛛の巣のようになる鋼糸の上に着地し、疾走する。
疾走し、翅へと向かっていく。
「レストレーション、AD」
複合錬金鋼に剄が流され、巨刀へと姿を変える。
その超重量の武器を操り、レイフォンは振りかぶる。
狙いは翅だ。切り落とし、地へと落とす。
汚染獣の羽ばたく翅が、それを阻止するかのように暴風を起こすが、脚力を強化した旋剄を使って切り抜ける。
そのままレイフォンは巨刀を振り上げ、斬線を斜めに走らせた。
赤の虹が散る。汚染獣の翅の色だ。
汚染獣は翅を散らし、バランスを崩しながら落ちていく。
地面が爆発するような音を立てて汚染獣が墜落し、レイフォンはそれに巻き込まれないように避難している。
汚染獣の巨体からかなりの量の土煙が上がり、その中から汚染獣が顔を出した。
目が怒りで真っ赤に血走り、レイフォンを捉えた。
食事を邪魔した、小さな生き物を凝視した。
凶悪な飢餓感と怒りが凝縮されたその視線は、それだけで心臓が止まってしまいそうな殺意となる。
だが、そんな瞳にレイフォンは怯まない。悠然と、立ち向かう。
「翅が再生するのにどれくらいかかる?2日か?3日か?それだけあればツェルニも十分逃げられるだろうな……だけど、僕も戻らないといけないからそこまで付き合うつもりはない」
汚染獣にも匹敵する殺意を抱き、レイフォンは巨刀を汚染獣に向ける。
「……行くぞ」
そう宣言し、レイフォンは汚染獣に向かって駆け出した。
あとがき
なんというか、恋愛描写は難しいものです(汗
今回はレイフォンとフェリの会話に何回書き直し、修正を入れたことか……
変じゃ……ないですかね?
なんにせよレイフォンは、これで本気の本気、全力全開で戦闘開始。
この先どうなることやら?
ちなみにこの作品でレイフォンが使っている巨刀ですが、これは刀と言う字が使われてますが刀ではありません。
と言うか、原作でもこう表現されていますしね。
どちらかと言うと大剣に近いのではないでしょうか?
原作イラストでも刀には見えませんでしたしね。
この先レイフォンが刀を使う場面で、どう表現しようかと思うのが悩みの種ですw
まぁ、今はとにかく、次回かその次位で終わる2巻編の構成を練らなければ……