「ついにこの都市ともお別れですね……」
「長いようで、短い体験でしたね。ほんの少しだけ、名残惜しいです」
フェリからすれば6年、レイフォンからすれば5年、この学び舎、学園都市ツェルニでの出来事に想いを馳せながら、レイフォンとフェリは放浪バス停留所にいた。
フェリがツェルニからの卒業、それに着いて行くレイフォン。
学生だからいつかこの日が来るとはわかっていたが、いざその時が来るとなると、やはり思うところがあるものだ。
「義兄さんも、隊長も、シャーニッド先輩もとっくに卒業しちゃいましたからね」
「あの人たちは騒がしくて、うっとうしいことも多々ありましたけど、いざいなくなるとやはり寂しいものですね」
学園都市だから、当然人の流れは激しい。
卒業した先輩方々のことを思い出し、レイフォンとフェリは昔を懐かしんだ。
「兄はいっちょ前にも、この間暗殺されかけたそうですね。あの腹黒眼鏡のことですから、恨みを持つ人物なんて1人や2人どころじゃないんでしょうね」
「いやいや、笑えないですよそれ。確かに義兄さんは強引なところもあって、恨みを買いやすいところもありますが……あ、そういえば僕も1年の頃は割とバリバリ、義兄さんのことは恨んでたなぁ」
「でしょう?」
クスクスとフェリが笑う。
レイフォンとフェリが関わりを持つようになった大きな役割を持つカリアンだが、当初は強引な手段でレイフォンとフェリを武芸科に転科させていたため、2人からは苦手な存在に見られていた。
とはいえそれは、昔の話。レイフォンとフェリが結婚した今となっては、レイフォンからすれば義兄であり、大切な家族だった。
ちなみに今は世界平和だとか、荒野を開拓するロス開拓団、なんてのを引き連れて、胡散臭いことをしているらしいのだが、まあ、元気にしていることだろう。
「今度会ったときは、大きくなったレイリーとリフォンを見せてあげたいですね」
「とても騒がしくなりそうですが、まあ、兄にもそれくらいの権利はあるでしょうね。そうしてあげますか」
レイリーとリフォンが生まれたのは、カリアンが卒業する少し前のことだった。
あの時のカリアンはまさにテンションMAXで、非常に騒がしかったとフェリは苦い顔をする。
だがそれだけ嬉しかったのだろうと、自分とレイフォンの子をそこまで喜んでくれたかリアンに思うところがあるのも事実で、フェリはレイフォンの言葉に頷いた。
「隊長はどうしてるんでしょうか?確か仙鶯都市シュナイバルの出身でしたっけ?」
「隊長も良家の出だそうですし、案外卒業後は故郷に戻って、花嫁修業でも……すみません、自分で言っておいてなんですが、隊長のそんな姿が全く想像できません」
「……私もです、フォンフォン」
第十七小隊を率いた隊長、ニーナ・アントーク。彼女はフェリの一学年上の先輩だったから、去年卒業していったわけだ。
学生でありながら子供を造ったレイフォンとフェリにぐちぐちと小言のようなことを言っていたものの、子供は好きだったらしく、レイリーやリフォンには甘々だった。
小姑染みた感じでレイフォン達に接していたとを思い出すも、基本は猪突猛進で、家事など女性らしいことが全くできない、困った人だったと思い出す。
「シャーニッド先輩は……ネルアさんと仲良くやってるんですかね?」
「あの人には多少強引でも、引っ張って行ってくれる人が合うと思いますよ。ナンパな軽薄男を気取ってましたけど、なんだかんだで昔のことに未練たらたらな人でしたから」
フェリの言葉に、レイフォンは思わず苦笑してしまう。
元第十小隊の同僚、ダルシェナに好意を抱いていたシャーニッドだったが、当のダルシュナは同じく元同僚のディーンに首ったけだ。
卒業の年に、そのままディーンの故郷に着いて行ってしまったほどに。ダルシュナ自身も、出身の都市ではいいところのお嬢様だっただけに、ちょっとした騒動があったそうだが、彼女は恋に生きる道を選んだようだ。
そんなわけで恋敗れたシャーニッドだったわけだが、捨てる神あれば拾う神あり、と言うかネルアにかっさらわれたと言うか、お持ち帰りされたと言うか、なんにせよシャーニッドは彼に好意を寄せてた女性、ネルアに攫われるように故郷の都市へと連れて行かれたのだとか。
まぁ、おそらく、元気でやっていることだろう。
「そういえば、卒業生の中にはいましたね、ゴルネオとほら、あの小柄なサルと言いますか……」
「ああ、シャンテですね。あの2人ですか……始末し損ねたのが心残りですね」
一応先輩になるのだが、ゴルネオとシャンテ。レイフォンがいろいろと吹っ切れることとなったきっかけの2人でもあるのだが……
ゴルネオの故郷、グレンダン。そこにはルッケンスと言う、グレンダンでも有数の武芸の名家があったのだが、それはレイフォンの手によってとっくに壊滅していた。
それどころか、グレンダンに大きな被害をもたらしたレイフォンとサヴァリスの大乱闘。あの時は汚染獣の被害もあいまって、グレンダンはかなり壊滅的な被害を受けたのだが……何はともあれ、その騒動の張本人の弟なのがゴルネオと言うわけで。
正直に言って、もはやグレンダンにゴルネオの居場所はなかった。肩身が狭いどころの話ではない。
そんなわけで今は、卒業と共にシャンテと放浪の旅に出ているらしい。風のうわさでは傭兵家業をしているのだとか。
「レイフォンさん、フェリさん、準備は出来ましたか? こちらの準備は完了です。レイリーとリフォンの用意も出来ました」
「とーさん、はやくはやく!」
「都市の外に出るのも、放浪バスに乗るのも初めてですから、少し楽しみです」
ロス家の、レイフォンとフェリの専属使用人ヴァティ、それと年相応にやんちゃそうな男の子レイリー、年の割には落ち着いた雰囲気の少女、リフォン。
3人は荷物をまとめ、玄関から声をかける。
既に引っ越し準備も終わり、もう戻ることもないだろう、これまで過ごして来た我が家。名残惜しくはあるが、いつまでもここでのんびりしているわけにはいかない。
「そうですね、そろそろ行きましょうか」
「そうですね、オリバー先輩をあまり待たせるのも悪いですし」
2人も荷物を手にし、これから都市を出るために、放浪バス停留所へと向かうのだった。
†††
「このたびは我が放浪バスをご利用いただきありがとうございます、ってな」
「ずいぶんきれいに改装されてますね。内装も立派ですし」
「だろ、だろ、苦労したぜこれが!」
レイフォンの1学年上、フェリと同い年のオリバー。彼もまた今年ツェルニを卒業する者であり、今までに幾度となくお世話になってきた人物だ。
世界を回るという夢からか、破棄された放浪バスを修理、修復し、自身の放浪バスを獲得。カリアンの在学時から緊急時の移動手段、運転手として活躍してきた。
そして今回、ツェルニを卒業、晴れて世界一周の旅に出ることになったのだが、レイフォン達一家が帰郷するとのことなので、バスの提供、運転手を申し出たと言うわけだ。
「サントブルグまでよろしくお願いします、オリバー先輩」
「任された! お前達には世話になってるしな。それにしても……ハァハァ、リフォンちゃん、かわいくなったな!」
「ははは、もしリフォンに手を出したらどうなるか、言わなくてもわかってますよね?」
「あー、うん、わかった。わかったから、その復元した錬金鋼は仕舞ってくれ、頼む」
根はいい人なのだろうが、若干危ない人、と言うかロリコンなのがこの人である。
オリバーに錬金鋼を突き付けたレイフォンは冷めた目でそれを元に戻し、放浪バス内に荷物を運びこむ作業を再開する。
「全く、冗談の通じない後輩だぜ」
「本当に冗談なんですか? 目が本気でしたよ」
「あ、あたぼうよ、冗談に決まってるだろ、あはははは……」
冷や汗をかいているオリバーに、レイフォンは横目で冷え切った視線を向ける。
「荷物の積み込みはすぐ終わるだろうけど、まあ、出発まで少し待て。ちょっと頼まれごとがあってな」
「頼まれごとって、何か用事があるんですか?」
荷物を積み終え、残るは出発だけとなったレイフォン達。
これはオリバーの個人所有のバスなので、ダイヤルとかは特に決まってないのだが、彼の言葉に思わず首をかしげてしまう。
「いんや、俺に用じゃなくて、用があるのはお前らだよ。そろそろ来るはずなんだが……あ、来た来た!」
オリバーの言葉に釣られ、振り返る。放浪バスの窓、そこから外を覗く。
するとそこにいたのは……
「ヤッホー、レイとん!」
「本当に言っちゃうんだな……」
「あ、ああ、ぅ……」
「ミィ、ナッキ……メイ?」
上からミィフィ、ナルキ、メイシェン。レイフォンの同級生3人組。
ツェルニを後にする彼らを見送りに来てくれたのだった。
つづく
・一応完結()した物語ですが、ちょっと後日談的なものを書こうかなと思います。
卒業生がどうなったのか、ツェルニに残る者達のお話とか。ちゃんと描写できなかったので、その辺の捕捉ですね。
ブランクもあってあまり長い文が書けなくなってしまったので少しずつですが、続きは今月中に投下できればと思います。