ある日の日常風景
~アリサ・バニングスの場合~
どういう訳か私の親友、高町なのはの家に居候することになった七夜志貴と温泉で初邂逅を果たしてから、私はちょくちょく彼がバイトをしている喫茶翠屋に足を運んでいた。
別に、彼がやってくる以前は足を運ばなかったのかと言えば、そんなことはなく
なのはに誘われることもあったので月に2、3回は行っていたとは思う。
しかしながらここ数日、私は翠屋に通い詰めている。
どうしてだろうか、今までの中ではあり得ない利用頻度だ。
別に私はそこまでスイーツを欲する甘党でも無ければ、友人の父親に目を輝かせる危ない趣向も無い。
そう、気になるのは今まさに私の目の前で。
「いらっしゃいませ、お嬢様(レディー)。ご注文はいかが致しましょうか?」
おもくそ私をからかっている、執事服のこいつを調べるためだったりする。
――――――――――――――
「へぇ、それは御苦労な事だね。しかし、いいのかい?小学生が放課後に買い食いなんて、あまりほめられたものじゃないだろう。」
「経歴不詳の住み込みアルバイト店員に常識を解かれると何か釈然としないものが胃の奥に残るんだけど。」
「少なくともこの店のメニューによる胸やけじゃないだろう?だとしたら、なのはちゃんの親友を名乗るのも考え直した方がいいんじゃないか?」
「営業妨害をする気はないわよ。」
そう言いながらも、こいつを向かい側に座らせ、私はミニサイズのシュークリームを一つ口に放り込む。
店内の他の若い女性客たちが、恨めしそうな視線と、羨ましそうな視線をこちらのテーブルに注いでいるのがひしひしと伝わってきている、気がする。
…うん。こいつがどこまでできるのかは知らないけれども、明らかに営業戦力を削いでいるかもしれない……。
「しかし、分からないものだな。」
「ん?なにがよ?」
「その、なのはちゃんと君が友達になった理由だよ。これまでの話を聞く限りにおいて、君はもっと傍若無人を貫いても良かったんじゃないか?」
珍しい、こいつが人間関係についてあれこれ言ってくるときは大概はぶっ飛んだ思考をしているけれど、こうやって他人の価値観を知ろうという質問はあまりしてこないはずだ。
何分、居候だと人間関係でも少々は気にかかることでもあるのだろうか?
「…なにそれ?どういう風の吹きまわし?」
「只の人間考察の一環さ。」
「ふぅん。素直に応えてあげる義理も無いけど……ま、一番しっくりくる言葉で説明するなら、いい加減私も成長しなきゃなって思ったからかしら。でも、こんなこと聞いてあんたの役に立つ訳?」
「ああ、いきなりな質問だとは思うが、一応この仕事も慣れてきたからね。そろそろ真面目に住み込みを決めようとも考えているから、その前準備ってとこさ。」
「冷静な思考と、客観的な考察にはアリサちゃんが一番参考になると思ったのさ。それに、こうやってこちらから話題を振ればなのはちゃんのことについても知ることができるしね。」
一石二鳥の講義だよ。そう嘯きながら私の注文したミニサイズのシュークリームを彼も一つ摘み口に放り込む。
おい、あんたアルバイトとは言え従業員だろ。
「ずいぶんと私のことを買ってくれているのは偏に嬉しいとも思うけれど、生憎と乙女間のポリシーやイズムを理解しようとするのは無理があるんじゃないかしら?」
「男なりの解釈があってもいいとは思うけどね。」
成程、それはたしかに一理あるかもしれない。
何気なしのなのはや、すずかとの会話でも、そこに男性の視点が混じったり、第三者からの客観的視点があるとなると、その場の雰囲気、人間関係の分析もまた変わってくるだろう。
「あんたにしては面白そうなことを言うわね。」
「お褒めに与かり光栄にございます。」
――――――――――――
「ね、ねぇ?もしかして、あの娘…なのはの友達のアリサちゃんだっけ?あの娘も七夜君を狙ってるの?」
「いや、俺に聞かれても困るんだが……」
「むぅ。七夜君て意外と幼い顔立ちしてるから年下でも親しみやすい雰囲気だし、しかも相手はハーフの美少女だし!」
「……美由希。その、言い辛いんだがな」
「何?恭ちゃん?私は今忙しいんだけど?」
「…いいや、何でもない。」
「ううぅ。この距離からじゃ何の話してるかわからない――――恭ちゃん、確か読唇術少しできたよね?」
「藪から棒に今度は何だ?まだ初歩の段階だがな。」
「七夜君達がなんて言ってるから分からないかな?」
「位置からしてアリサちゃんの表情は読めないが……七夜の方ならギリギリか。」
「オトメ――――ラ――――ジラウ―――」
「――ュンス――――ト――――ウン――――」
「――チャンガスキ――――」
「すまない、やっぱり慣れないからな。上手くは読み取れない。」
「恭ちゃん!最後っ!最後はなんて言ってたの?」
「うぉっ!?わかった、分かったから興奮するな。」
「後半はよく解らなかったが確か……」
「確か…?」
「アリサちゃんが好き…とか、どうとか……」
「う、ううううううっ!!」
「おい、美由希?」
「うわぁああああああん!!また年下に七夜君とられたぁああああ!!!」
「なっ!?何処に行くんだ!まだ仕事が―――――…はぁっ。」
「……………」
「おい、七夜。休憩はそのくらいにして仕事に戻れ。」
―――――――――――――
「最終的には、アリサちゃんの好きなようになのはちゃんに接してあげてくれないかな。なのはちゃんだって一個人だ。誰にだってそう簡単に他人に打ち明けず、黙って成し遂げたいことの一つや二つ、あって当然だろ?」
それを受け入れるのも親友なんじゃないかな?
そう諭す七夜志貴は全部知っているんだろう。いや、全部じゃなくても大まかにでも。
確かにこいつの言うことも尤もな意見だ。
「私にも他人には話したくない、プライドや心情、行動原理、矜持があるわ」
「そうだろうね?」
なのははそれが活動として現れただけであり、それを今までの私の接し方で迫ったからいけなかったのか。
受け止める。受け入れる。
それができてこその親友だ。
何か隠していても、それが決定的な別れになるとは限らないし、私がそうしなければいいだけの話だったのか。
すずかはこの答えにもっと早くたどり着いていたのだろう。だから私を諭そうとしてくれた。
「はぁ。結局、色々とあんたから聞き出すつもりが、逆にあんたからの御高説にすり替わっちゃってたわ。」
話を気聞けば、なのはが私との関係の悪化をこいつに相談していたとも言うし。最初っからその腹積もりだったのか。
この詐欺師め
「本日の講演は以上となります。お客様、お忘れ物のないようご注意ください。」
時計を見ればそろそろ夕暮れ時もいい頃合いだ。
「当然、アフターサービスも充実しているんでしょうね、執事さん?」
「やれやれ、そう来たか。」
そう言う訳だから、とカウンターにいる恭也さんに目配せして七夜志貴は私を送る為に席を立つ。
「車じゃなくていいのかい?」
「腕は立つ方なんでしょ?噂は聞いてるわ。」
恭也さんとガチで戦えるなんて、まるで冗談みたいな話だけれども、温泉でのあの攻撃のかわし方や捌き方を見れば多少なりとも納得したからね。
まあ、素直に今日のお礼を言うのも癪だ。
せいぜい歩きの帰り道の安全を信頼して、もう少しこいつと話しながら過ごすのも悪くない。
そんな評価が、温泉旅行を終えて数日後のアリサ・バニングスの七夜志貴に対する感想であった。
~あとがき~
と言う訳で、ネロ・カオス戦前の時間軸の一幕です。
アリサと七夜なら男女間の友情も夢ではないと思い、久しぶりの日常会を書いてみました。
再就職先が決まりました。