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No.15606の一覧
[0] 孤独少女ネガティブなのは(原作改変・微鬱)[ランブル](2010/04/02 18:12)
[1] プロローグ「きっかけは些細な事なの……」[ランブル](2010/03/15 14:33)
[2] 第一話「友達なんて必要ないの……」[ランブル](2010/03/15 14:36)
[3] 第二話「都合の良い出来事なんて起こりはしないの……」[ランブル](2010/03/15 14:43)
[4] 第三話「泣きたくても耐えるしかないの……」(いじめ描写注意)[ランブル](2010/01/23 17:32)
[5] 第四話「一人ぼっちの夜なの……」[ランブル](2010/03/15 14:52)
[6] 空っぽおもちゃ箱①「とある少女達の語らい」#アリサ視点[ランブル](2010/03/15 15:00)
[7] 第五話「出会い、そして温かい言葉なの……」[ランブル](2010/03/20 16:45)
[8] 第六話「変わる日常、悲痛な声なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/03/15 15:22)
[9] 空っぽおもちゃ箱②「誰かを救うということ」#トーレ視点[ランブル](2010/03/15 15:28)
[10] 第七話「これが全ての始まりなの……」[ランブル](2010/03/15 15:51)
[11] 第八話「現実と向き合うのは難しいの……」[ランブル](2010/03/15 16:00)
[12] 第九話「所詮理想と現実は別のお話なの……」[ランブル](2010/03/20 16:47)
[13] 空っぽおもちゃ箱③「欲しても手に入らないもの」#すずか視点[ランブル](2010/03/15 16:18)
[14] 第十話「護るべき物は一つなの……」[ランブル](2010/03/15 16:21)
[15] 第十一話「目的の為なら狡猾になるべきなの……」[ランブル](2010/03/15 16:25)
[16] 第十二話「何を為すにも命懸けなの……」[ランブル](2010/03/15 16:30)
[17] 第十三話「果たしてこれが偶然と言えるの……」[ランブル](2010/03/15 16:38)
[18] 空っぽおもちゃ箱④「打ち捨てられた人形」#フェイト視点(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:50)
[19] 第十四話「終わらせる為に、始めるの……」[ランブル](2010/03/15 16:39)
[20] 第十五話「それは戦いの予兆なの……」[ランブル](2010/03/20 16:44)
[21] 第十六話「月明かりに照らされた死闘なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[22] 第十七話「不安に揺らぐ心なの……」[ランブル](2010/04/02 18:10)
[23] 空っぽおもちゃ箱⑤「枯れ果てた男」#クロノ視点[ランブル](2010/04/19 22:28)
[24] 第十八話「それは迷える心なの……」[ランブル](2010/05/05 17:37)
[25] 第十九話「鏡写しの二人なの……」[ランブル](2010/05/16 16:01)
[26] 第二十話「芽生え始める想いなの……」[ランブル](2010/06/10 07:38)
[27] 第二十一話「憂鬱の再開、そして悪夢の再来なの……」[ランブル](2010/06/10 07:39)
[28] 空っぽおもちゃ箱⑥「分裂する心、向き合えぬ気持ち」#恭也視点[ランブル](2010/08/24 17:49)
[29] 第二十二話「脅える心は震え続けるの……」(微鬱注意)[ランブル](2010/07/21 17:14)
[30] 第二十三話「重ならない心のシルエットなの……」[ランブル](2010/07/21 17:15)
[31] 第二十四話「秘めたる想いは一筋の光なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/10 15:20)
[32] 第二十五話「駆け抜ける嵐なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[33] 第二十六話「嵐の中で輝くの……」(グロ注意)[ランブル](2010/09/27 22:40)
[34] 空っぽおもちゃ箱⑦「欠けた想いを胸に抱いたまま……」#すずか視点[ランブル](2010/09/27 22:40)
[35] 空っぽおもちゃ箱⑧「最後から二番目の追憶」#すずか視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[36] 空っぽおもちゃ箱⑨「Super Special Smiling Shy Girl」#セイン視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[37] 第二十七話「その心、回帰する時なの……」[ランブル](2010/10/25 19:25)
[38] 第二十八話「捨て猫、二人なの……」[ランブル](2011/02/08 17:40)
[39] 空っぽおもちゃ箱⑩「遠い面影、歪な交わり」#クロノ視点[ランブル](2011/02/13 11:55)
[40] 第二十九話「雨音の聞える日に、なの……」[ランブル](2011/04/18 17:15)
[41] 第三十話「待ち人、来たりなの……」[ランブル](2011/04/18 20:52)
[42] 空っぽおもちゃ箱⑪ 「殺されたもう一人のアタシ」#アリサ視点[ランブル](2011/06/05 21:49)
[43] 第三十一話「わたし達の時間、なの……」[ランブル](2011/07/03 18:30)
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[15606] 空っぽおもちゃ箱⑦「欠けた想いを胸に抱いたまま……」#すずか視点
Name: ランブル◆b9dfffe8 ID:282a81cc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/27 22:40
例えばこのまま前に進んだのだとして私には一体何が残るのだろう。
心の奥底で燻っている蟠りが形を成して問い掛けてくるかのように不意に浮かび上がった疑問が私の胸に重く圧し掛かる。
自らが犯した罪から目を背け、自らが望んだような都合の良い日常を歩んでいく。
あぁ、それは何て幸福な事なのだろう。
この胸に巣食っていた積年の想いを忘れ、自分が自分らしく生きて行ける未来を歩めるというのならきっとそれはこの上無い至上の幸福だ。

でも、結局その果てに何も無い。
欲しかった物は皆取りこぼし、救い上げたかった物は拾い上げた砂のようにこの指の間をすり抜けていく。
何も掴めないし、何も取り留めることが出来ない。
そんなジレンマを抱えながらこの先生き永らえた所で其処には何の意味も無いのだ。

強いて言うなら……そう、それは空っぽのおもちゃ箱のようなもの。
一欠片の夢も無ければ希望も無い。
ただ空虚な心に決して取り払う事の出来ない後悔を抱いたまま、部屋の片隅に打ち捨てられて忘れられていく雑多で寂しい物だ。
それは何処にでも当たり前のように有り触れているようで、その実誰もが“時の流れ”という言葉を言い訳として被せてしまっている。
時間が経てば何もかもが変わってしまう。
そう頑なに自分に言い聞かせなければ幼き日に投げ捨ててきた多くの事柄に現実との境界を引くことが叶わなくなってしまうから。

時の流れによる万物の変化は何者にも避けることは出来ない。
だから皆人生の何処かで折り合いを付けて、それまで抱えようとしていた何かを投げ出すのだ。
記憶の中の街並みも。
次々に移り変わっていく自分の立場も。
そして、自分を取り巻いていた人の心も。
何もかもが変わってしまう。
それはきっと誰にも逃れられることは出来ないのだろうし、甘んじて受け止める他ないのだとも私こと月村すずかは思っている。

でも、それならば過去の栄華に浸り、思い出に縋る事は罪なのだろうか。
世界がほんの少しだけ私に優しかった時を思い出し、もう一度その時へ戻りたいと希うことは果たして間違っているのだろうか。
確かに私を取り巻く環境は様々な意味で大幅に変化する事になった。
もう昔のように虐められることは無くなったし、他人が怖いという感情も日に日に薄れ始めても来ている。
もう自分は寂しくないって……辛く苦しいだけじゃないんだ、って胸を張って言えもするだろう。

だけど、それは自身に課せられた楔を踏み躙った果てに生まれた物だ。
自分の大事な人を裏切り、交わした約束を違え、嘗ての自分に戻る事を恐れて逃げて逃げて逃げ続けて……。
そんな因果の果てに手に入れた物が私の幸福だと言うのなら、もういっその事投げ捨ててしまいたいと私は思う。
それで過去が帰ってきてくれると言うのなら。
初めて彼女と約束を交わしたあの日が戻ってきてくれるというのなら……。

だけどもう、そんな日々は二度と戻っては来ない。
その事を再認識するだけで胸が締め付けられるような痛みを発し、ぽろぽろと涙が止め処なく溢れてきてしまう。
大好きだった彼女に本当の意味で拒絶されてしまった。
それは……私が今まで受けてきたどんな仕打ちよりも辛く、どんな虐げよりも苦しい物だった。

あんなに優しかった彼女が……泣いて蹲ってばかりいた私に手を差し伸べてくれた彼女が……面と向かって私に向かって嘗て私を虐めていた人達と同じ表情で、同じ声色で私に悪意を向けてきたのだ。
堪えない筈が無かった。
何せ、その一言は今まで私が償いと思ってしてきた何もかもを打ち砕いて無に還してしまったというのだから。

確かに私の想いは独り善がりだったのかもしれない。
元々一度逃げ出してしまった私には償いなんて出来ないことも、そんな資格なんて無いのだということも分かってはいた。
でも、きっと何時かはこの想いも届いてくれると私は心の片隅で信じ続けていた。
もう一度彼女と隣り合わせで笑い合うその日をずっと夢に見続けてきた。

だけど……もう、それもお終いだ。
だって、彼女の口からはっきり言われてしまったから。
お前の抱いている感情は単なる幻想なんだって。
もう二度とお前の想いなんか私には届かないって。
これ以上私を悩ますなら─────私は一生お前を恨み続けるって。
完膚なきまでに……それこそ、この小さな胸の鼓動が止まってしまうんじゃないかって思っちゃうくらいに自分の抱えていた勝手な想いを粉々に打ち壊されてしまったのだから。

そう、きっともう何もかも遅かったのだ。
私自身も、そしてきっと彼女自身も。
再び手を取り合い共に前に進むにはあまりにも時が経ち過ぎてしまっていたのだ。
時が経つに連れ、二人の間に生まれた溝は広く深い。
それこそ、もう決して互いが向こう岸に辿り着く事が叶わなくなってしまった程に。
もう互いの姿は思い出の中にしか存在せず、今この瞬間この世界で息衝いている二人は自分たちの知っている人とはもう別の人なんだって思わなくてはいけなくなってしまう程に。
手を伸ばすにしても……昔日の彼方で彼女が私にしてくれたように彼女の寂しげな背中を抱きしめるにしても……。
何もかも、総てが遅過ぎたのだ。

でも、じゃあこれから私は一体何処へ向かえばいいのだろう。
誰の背中を追い求め、誰の元へと歩を進めればいいのだろう。
分からない。
彼女への償いを捨てた私に行き着く果てなんて元々ありはしないのだから。
行き場を失った者はただ彷徨い歩くしかない。
在る筈の無い答えを求めて、ただただ這いずり回る他ないのだ。
この世の何処かに答えがあると只管に信じ続けて、一掬いの終焉をこの身に受ける為に。
私はただ歩き続ける。
何かに見えない何かに急かされるように……得体の知れない何かに追い回されるように……。
私は私の記憶の中をただ只管に歩き続けるのだった。

「……ぁぅ……ぁ……」

矢継ぎ早に学校の門を飛び出してから一体どれくらいの時間が経っただろう。
十分か、一時間か……それともそれ以上のもっとなのか。
そんな事すら判断出来なくなってしまうほど今の私は疲弊し切っていた。
身体はだるく、視界も半透明のフィルターを通して見たかのように不鮮明。
歩こうと足を踏み出すたびに足元がふらついて、更には呼吸をしようと息を肺へと送り込む毎に段々と吐き気が喉元に込み上がって来る始末だ。

一体、私は……この身体はどうしてしまったというのだろう。
混濁した思考の中にそんな一筋の疑問が滴の様の落ちて行き、水面に波紋を立てるように私の意識を微かに擽る。
何かがおかしいとは朝からずっと思っていた。
何時もの貧血にしては中々収まってくれないし、そればかりかどれだけ時間が経っても体調は酷くなる一方だった。

学校にいる間はアリサちゃんや他のクラスの人達に心配を掛けまいと強がってはいたけれど、今はもう何かに手をついていなければまともに自分の身体を支える事も叶わない。
にも拘らず、私は学校が終わってから随分時間が経っていると言うのに下校しようともせず、ただ一人何処とも知れない道を只管に歩き回っている。
理由なんて何処にも無い。
まるで何か私のものとは違う別に意思にでも操られてしまったかのように私は今だ放浪を続けているのだ。

気持ちが悪い。
体調に対する想いと自身の今の現状に対する想いが重なって生まれたそんな言葉は次第に私の意識をあまり良くない方向へと誘って行く。
疲れ切った身体が淡々と私に眠る事を欲してくる。
此処がもうどんな場所であっても構いはしない。
前のめりに倒れ伏し、そのまま意識を絶ってしまいたいという衝動が心の其処から湧き上がってくるのだ。

とにかく、身体がだるい。
この身を支える二本の脚と何処とも知れないマンションの外壁についている片腕を中心に全身が一斉に疲弊を訴え、幾度となく私の意識を刈り取ろうと疼いてくる。
だけど何時まで経っても一向に意識は失われる事は無い。
その原因はこの身を照りつける太陽の輝きと、まるでその光に焼かれるかのように疼いてくる肌の痛み。
火傷にもにたチリチリとした痛みがこの身を突き刺すように何度も何度も私の意識を微睡みから引き剥がしてくるのだ。
眠りたくなくとも眠りを欲する癖に、それを満たそうとしようものなら今度は身体の痛みがそれを許さない。
まるで生きながら地獄に突き落とされたようだと私は思った。

「くぅ……ぁっ……うぅ……」

時々呻き声を口から洩らしながら、私はなるべく日陰になっている場所に沿って少しずつ歩を進めていく。
だけど、もうその行動に私の意志は殆ど残されてはいない。
軋む身体は悲鳴をあげ、肉を動かすたびに疲労とも疼きともつかない不快な感覚を浮かび上がらせてくる。
骨や間接が固まってしまったかのように一向に動いてくれない。
だけど前に進まないとなんだかもっと気分が悪くなってしまうような気がして……私は行動する事を拒否する自分の意識を無視して無理やり脚を動かし続けた。

枯れ枝が折れるような音が二度、三度と立ち、痛みと共に固まった関節がぎこちなく駆動し始めていく。
身体の自由はもはや殆ど利かないと言っていい。
まるで手首や足首の筋肉をナイフで裂かれ、四肢が身体の一部として機能してくれないかのようにその動作の一つ一つに荒が目立ってしまう。
だけど幾度と無く膝をついている内に私は犬のように這い蹲りながら体制を建て直し、立ち上がることが出来るのだという事を学んだ。
日の光から逃げるように私はふらりと身体をよろめかせ、それまで手を突いていた外壁へと身体を預けながら姿勢を変える。
背中から寄り掛かるようにして、私はそのままずるずると体重に引き摺られるかのようにその場に崩れ落ちた。

コトンッ─────と無粋な音を立てる鞄。
それは私の背中に背負われているものだ。
何時ものならあまり気にしないでいられるそれも、今の私にとっては岩石の塊のように重く感じられた。
まるで私の身体を逃すまいと課せられた鋼鉄の首輪のようだ。
今頃になって彼女に見捨てられた私に行く宛など何処にも無いというのに……。
もう鼻で笑うしかない。
私は何となく、そう思った。
もはやそんな気力、この身体の何処にも残されてはいないのだけれど……そう思うほか私の思考はまともに機能してくれなかったのだ。

一体私は何処に向かっているのだろう……。
自分の事である筈なのに、もはや他人事のようだと心の片隅では思いながらも、間断なく肌を突き刺す日の光から気を逸らす為に、私はそんな事に思いを巡らす。
何もかも嫌になって、アリサちゃんからも他の人達からも彼女からも逃げ去るように学校を飛び出して、歩き続けて……そして自身を戒めるかのように苦痛と体調不良に抱かれながら何処とも知れない場所を歩き回ったその果てが今の現状。
家に帰ろうと思えばバスに乗って最寄のバス停まで行く事だって出来たし、アリサちゃんと一緒に帰れば何時もの好で家まで送って貰う事も出来ただろう。
でも……結局私はそのどちらも選択しないまま、今此処でこうして苦しみ続けている。
これを自業自得だと切り捨てるのは簡単だろう。
だって正にその通り。
今の現状は私自身が選択した行動が引き起こした顛末でしかないのだから。

だけど、今の私が取っている行動は本当に私自身が望んで選択した事なのだろうか。
ボロボロに朽ちた古木のように乾いていた私の心に、一筋の疑問の滴が垂れ堕ちる。
少なくとも今此処でこうして思考している“私”はこんな行動は望んでいなかった筈だ。
確かに彼女から拒絶されて半ば自暴自棄になり掛けていたのは隠し様も無い事実だが、それでもだからってこんなに体調が悪いのに態々迷子になるかもしれないというリスクを犯して街の中を歩き回ろうなんて微塵も思ってはいなかった。
この調子が放課後まで続くようなら放課後もう一度保健室に寄って身体を落ち着かせて、それからファリンかノエルに電話して迎えに来て貰うつもりでいたのだ。
あんまり家族に学校の事で心配を掛けるのは嫌だったけど、何時ものように貧血で体調を崩したと言えばあまり深い所までは聞いては来ない事も承知の上。
何も問題は無かったように取り繕って、家に帰って……後は自室で今日の事を嘆いて、泣き崩れる。
そんな当たり前が……当たり前の絶望が今の私にはあった筈なのだ。

それなのに……。
今朝方彼女に拒絶と悪意の篭った言葉を囁かれた時と同じような絶望が、不意に私の心を引き裂く。
本来あった筈の物が崩れ去っていく─────そうある筈であった物事の根本が歪に捻じ曲がり、無かった筈の物が変わりに添えられ、何もかもがおかしくなってしまう。
そんな不安にも恐怖にも似た怖気が私の心を震え慄かせ、汚泥に塗れたように濁った思考の少しだけ払い落としていく。
どうしてそんな風に思ったのかは私自身もよく分からない。
よく分からないけど……其処にはどういう訳が言いようの無い確信があった。
これより先に在るのは何もかも捻じ曲がり、歪んだ最果ての絶望。
そして、その果てに行き着いた私は……私の知る“ワタシ”では無くなってしまうのだと言う確信がこの胸には満ち溢れていたのだ。

だけど、この身は立ち止まり、元来た道へ戻る事は許してくれない。
私はがくがくと生まれたての子犬のように四肢を震わせ、幾度となくその場に倒れこみそうになりながら、全身の筋肉を震えた足させてその場に立ち上がる。
その際、呻き声とも苦悶の声とも着かない叫びが私の口から漏れ出しそうになる。
だが、ごぼごぼと唾液が喉の奥で力無く泡立つだけ。
時たま、蛙の鳴き声のような音が、震える喉から響くだけだった。

声を発するだけの気力も無いのか。
それともまともに言葉を発せ無くなってしまうほど私の喉が渇いていた所為なのか。
もしくは……そのどちらもなのか。
げほげほ、と何度か咳込みながらも私は再び濁り切った瞳を前方に向け、覚束ない足取りで前進を再開する。
此処に留まっていても苦しくなる一方でしかない。
だけど不思議と日陰になっている所や薄暗い場所なら、この身を蝕んでいる症状も多少マシになってくれるのだ。
今の自分の行動が自分の意思かどうかは別にしても、まずは落ち着いて身体を休める場所まで向かうしかない。
この前進は、そう思い立ったが故の行動だった。

「ぁっ……うぅ、っ……! くぅっ……あうっ!?」

だが、そんな前進が何時までも続く筈も無い。
限界寸前まで酷使された身体はもはや襤褸襤褸で、まともに自分の体重を支える事すら叶わないような有様なのだ。
二歩、三歩と脚を進めて所で身体がグラつき、それを支えようと意識する度に耐え難い疲労感が私の思考を蝕んでいく。
意識は遠退き、身体は疲労の域を通り越してもはや苦痛その物でしかない。
その上、生まれたての小鹿のように小刻みに震える脚は私からバランス感覚を奪っていき、もはや壁に手をついても立っていられないような状態になってしまっている。
こんな状態でもう一度立ち上がって歩みを進めろ、と言う方が酷な話しと言う物だろう。

結果、案の定次の刹那の内に私はその場に真正面から倒れ伏した。
見っとも無い短い悲鳴が口元から自然に漏れ出し、勢い良く倒れた所為で地面に打ち付けた額や肩口がジンジンと痛む。
だが、もはや私にそれ等の痛みを庇うような気力は微塵も残されてはいなかった。
意識が暗転し、視界は靄が掛かったように霞んで見え、身体を動かそうと意識してみても自力では指一本動かす事も叶わない。
どうやら此処が私の限界のようだ。
少しずつ……だけど確実に消え去っていく意識の中で私は何となくそう思い、そして哂った。
なんて私は惨めなんだろう。
ふとそんな言葉が薄れかかった意識の中を過ぎり、自分に対しての嘲りとも侮蔑ともつかない感情が胸の内に込上げてくる。
散々誰かを傷つけて……悪意を向けられるのが怖いからに逃げ続けて……。
そんな果てに行き着いたのがこんな有様だ。

確かに今まで自分がしでかして来た過ちを鑑みれば、この苦しみはそれ相応の罰なのかもしれないとは思う。
彼女が私の代わりに今まで受けてきた苦痛はこんな物ではなかったのだろうし、それも何れは清算せねばならない事柄であることには違いないのだから。
だが、それは果たしてこんな辺鄙な場所でただ一人苦しむ事で償われるような事だったのだろうか。
そう疑問視するたびに悲観的な想いが胸に募り、自らを嘲る歪んだ自傷衝動が私の思考をより後ろ向きな物へと変化させていく。

結局、彼女に拒絶されたのは私の自業自得。
自らが再び今の彼女と同じ立場に戻る事を恐れ、一時的にでも彼女の傍にいる事を忌避してしまった私自身の責任なのだ。
それをこんな独り善がりな考え方で清算できるはずも無い。
いや……寧ろ、していい筈が無いのだ。
私は彼女が苦しみ続ける限り、共に同じ苦しみを味わい続けなければならないのだから。
それが……私が彼女を初めて避けてしまった“あの日”から背負っている私の業なのだから……。

だけど、もうそんな業も此処までなのかもしれない。
日光が肌を焼く痛みと肩口や額でジクジクと脈を打っている疼きに半ば蝕まれつつある思考の中で、私は何となくそんな弱音を思い浮かべた。
段々と意識が遠退いていく、この現状。
これが何時もの貧血の延長線上にある症状であるとはとても思えないし、恐らくこうしてあれやこれやと考え事が出来るのも後僅かの事だろう。
意識が事切れた果てにこの身がどうなっているのかは定かじゃない。
けれど、何れにしたって碌な事になっていないのは想像に難くないことだ。

体調不良で病院に担ぎ込まれたり、入院してしまうようなことになってしまったり……もしかしたらこのまま運悪く日の光に焼かれてこの場で一人寂しく息絶える様な事になってしまうかもしれない。
そう考えると私はなんだか凄く悲しい気分になった。
お姉ちゃんやアリサちゃん、ファリンやノエルといった私の事を本当に心から心配してくれるだろう人達にまた迷惑を掛けるかもしれないと思ったからだ。
だけど、その反面私はこうも思っていた。
もしも此処で私が死んでしまうようなことになったら……“彼女”はそんな私に対して果たして何を思ってくれるのだろうか、という浅ましい考えを。

己の身体すら危ぶまれる現状でそんな事を考えること自体酷く場違いな物である、と言う事は私も分かってはいた。
だけど、私の頭の内に上がってきたのは己を苛む痛みでもなければ自らを侵食する苦しみでもなく、嘗ての記憶の中にある彼女の姿だった。
幼き日、何時も私のとなりに居てくれて……辛い時には惜しげもなく私に手を差し伸べてきてくれた記憶の中の彼女。
優しかった……温かかった……私に無い物を沢山くれた今は無き以前のままの彼女の姿が唐突に頭の中に浮かんできたのだ。

もしも彼女が以前のままの彼女でいてくれたのだとしたら、きっと彼女は私の為に涙を流してくれていた事だろう。
だって……彼女は本来人一倍、それも時々呆れてしまうくらい優しい人だったから。
だけど、今の彼女ならこんな私を果たしてどんな風に捉えるだろうか。
自業自得だと切り捨てるだろうか。
所詮他人事だと何時ものように飄々と受け流してしまうのだろうか。
それとも……今も昔と変わらず、私に対して何かを思ってくれただろうか。
分からない。
今の彼女の事が私は微塵も……何一つとして分かってあげる事が出来ない……。

だけど、そんな私に一つだけ確かに分かる事があった。
それは……こんな現状になってもまだ彼女に対して縋ろうとしている私なんかに本当の意味で彼女を想う資格なんて初めから無かったのだという事だ。
何時も私はそうだった。
一人で自分勝手に悲しんで……自分勝手に嘆いて……。
己が謝罪や贖罪だと想って今までやってきた事さえ、結局は自分が満足したいだけの独り善がりでしかなかったのだ。
何故今まで気がつかなかったのだろう。
次第に濁っていく思考の中で私はポツリ、とそんな事を思い浮かべ……薄笑いを浮かべた表情のまま一筋の涙を瞳から零した。
そう……此処に来てようやく、私は気がついたのだ。
彼女に面と向かって拒絶されてやっと……溢れんばかりの悪意を向けられてようやく……自分がどれほど浅ましい想いを抱いていたのか、という事に。

瞬間、私は溢れんばかりの悲しみと自己嫌悪に襲われた。
だけど、それ以上涙が溢れてくる気配はもはや無かった。
どれだけこの胸に悲しみが溢れても、もうこの身には泣き叫ぶ気力も無いのだ。
でも、その代わりにこの胸を鉛のような後悔が圧迫し、私の濁った思考にほんの少しの波紋を広げさせる。
あまりに遅かった。
そう……もう何もかも遅過ぎたのだ。
もう少し速く何かをしていれば……とか、どうして私はあの時何かをしてあげられなかったんだろう、と思った処で結局それは今更出しかない。
後悔しても身悶えしても、その時が帰ってきてくれる訳ではないのだから。
もう二度とあの時へ戻れる訳ではないのだから……。

もう、どうだっていいや……。
もはや自暴自棄になった私は其処で意識を断とうと思い、思考を放棄しようとした。
もう、何も考えたくは無い……。
何か考えるたびにこんな苦しい思いをするというのなら……何か想うたびに浅ましい自分の姿が付いて回るというのなら……もうこの身が朽ち果てても構わない。
心の其処から私はそう思ったからだ。
それはある意味自死衝動にも似た突発的な衝動だった。
こんな私がこれからもあり続けるというのなら、いっそもう朽ち果てて死んでしまいたい。自殺願望とも変身願望ともつかないそんな想いはある意味、私が心から願った渇望と言っても良かった。

変貌か、死か。
願わくば前者であった欲しいとは思うが、私という存在が“月村すずか”であり続ける以上、その本質が根元から揺らぐ事は無い。
幾ら外面を見栄えが良いように取り繕っても、その人間の軸に根付いている情念を完全に消すことは不可能なのだ。
それこそ……いっそ一思いに別人に─────いや、人間とはまた別種の生き物にでも成り果てない限りは。

馬鹿らしい。
其処まで考えた所で私は今まで自分が思い浮かべていた事をきっぱりと割り切り、全身の力を抜いた。
そんな御伽噺みたいなことが現実にありえるはずが無い。
極限まで苦しんだ果てに生まれた妄想の中にそんな現実的な思考が割り込み、今まで考えていた思考が無意味な物だという事に気がついてしまったからだ。
現実的に考えるのなら私に残された選択肢はただ一つしか残されていない。
いや、どちらかと言えば最初からそれしかなかったというべきだろうか。
まぁ……どちらでもいいし、どうでもいい。
何れにしたってもはや私が“月村すずか”として破綻してしまっている事には違いないのだから。

だが、次の瞬間私は徐に視線だけを動かして目の前を見つめた。
何かの影が私を覆いつくすように現れ、その存在が私を見下ろしているのだと悟ったからだ。
ぎこちない動きでほんの少しだけ首を動かし、濁った瞳を前方へと向けていく。
ただ視界が濁っている所為か、私には目の前の存在が何なのか直に理解する事が出来なかった。
目の前に映る何もかもがぼやけて見え、中々焦点を合わせることが叶わない。

けれど五秒、十秒と見つめている内に私は目の前の存在が何なのか、ようやく近くすることが出来た。
私の目の前に現れた人影の正体─────それは、小さな女の子の物だった。
歳は四、五歳といった所だろうか。
ピンク色を基調とした服に身を包み、片腕に碧いリボンを胸元にあしらった白いウサギのぬいぐるみを抱いた藍色の髪を持つ私よりも幾分か歳下の女の子。
そんな小さな少女が透き通るようなエメラルドグリーンの瞳を心配げに歪ませ、私の事を見下ろしているのだ。

「お姉ちゃん……何処か痛いの?」

「……ぇ……?」

少女が発した言葉に私は反射的に蚊の鳴く様な呻き声を口元から洩らした。
それは肯定の念だったのか……それとも目の前に現れた少女が発した質問に対する疑問の念だったのか……。
もはや自分でもどっちがどっちなのか区別をつけることは難しいが、何にしても私が辛じで発したような呻き声では目の前の少女の疑問の回答としては不十分だったらしく、彼女は再度私に「痛いの?」と質問を繰り返してきた。
そんな少女の質問に対し、私は徐に首を立てに振り……そのまま力尽きた。
もはや首を上げる力すら失われたという事なのだろう。
少女に向けられていた筈の視界は再び地面のそれへと向けられ、彼女の足元だけを僅かに移したまま再び視線を上げることは無かった。

だが、今度こそ明確な肯定の念として質問の回答を受け取ったと判断したのか、少女は腕に抱いたウサギのぬいぐるみをギュッと力強く握りしめ、元来た道を再び駆けていった。
少女の姿が視界の内から段々遠ざかっていく。
もしかして助けを呼んできてくれるのだろうか。
次第に小さくなっていく少女の姿を力なく見つめながら私はふとそんな期待と同時にほんの少しだけ自身を取り巻く運命に絶望した。
このまま助かった所で私は何処に向かえばいいというのだろう。
浅ましく醜いこの身と魂を引き摺って、これからどう生きていけばいいのだろう。
後にも先にも行き着く果てなど無いというのに……。
私はこの苦しみから速く解放されたいと思う反面、何で助かってしまうんだという矛盾した想いを抱えたまま、しばらく少女が走り去っていた道をぼーっ、と眺めていた。

すると、数秒と経たず、先ほどの少女の元気の良い声が私の鼓膜を振るわせた。
そして、そんな少女に急かされるように腕を引かれる女の人の人影が少女の人影に追従するように私の視界に内に入った。
年齢や体躯は大体中学生から高校生くらい。
フワッとした空色の髪と少女と同じ物に程近い月長石の色によく似た瞳が印象的な、活発そうな印象の女の人だった。
そんな対照的な二人が小さな少女に手を引かれる形で私の元へと奔り寄って来ている。

瞬間、私はあぁ、助かってしまったんだなぁ……と思わず他人事のように思った。
どうやらまだこの身を貪る苦しみからは解放してもらえないらしい。
そう思うとなんだかうんざりするような気分だった。
うんざりするような気分だったけど……こんな私の為にどうもありがとう、と私は心の中で名も知らぬ少女に心から感謝した。
我ながら矛盾しているとは思うけど、こんな私のために必死になってくれる人が要るというのは……やっぱり嬉しい事だった。

「セインねぇー。はやく! はやくってば! お姉ちゃんが大変なの!」

「わっ、ちょ! そんなに引っ張らないでも分かった、分かったから。ウェイト! ストップ! フリーズ! とりあえず何が大変なのか頭の悪いセインお姉ちゃんにも分かるように三十文字以内で説明して。後、袖を引っ張るなっての!」

「この先でチンクねぇーくらいのお姉ちゃんが倒れてるの。痛いのって聞いたら、「うん」って頷かれたの。だから助けるの!」

「おーい。その意欲は認めるけど文字数大幅にオーバーしちゃってるぞ、スバルさんや。それ筆記問題でやらかしたら速攻で罰点喰らっちゃうからなー。後、『チンク姉くらいの』とか言わないの。チンク姉ってクア姉に弄られてる時とか何時も平気そうな顔してるけどその実結構傷付いてんだよ、そこら辺……。大体さぁ、こんな辺鄙そうな街中で行き倒れなんて居る筈が─────なんですとぉ!?」

暢気そうな雰囲気が一転、信じられない物を見たと言わんばかりに仰天する女性。
まぁ、確かに言われてみればこんな地元の街中で行き倒れる人間なんてそうそう居たりはしないだろう。
そして私はその栄えある第一人者という訳だ。
何というか……正直別に意味で死にたくなってきた、と私は不意に思った。
だけど、そんな余裕が続いたのは其処までの事だった。
一瞬気が抜けただけで今まで感覚が麻痺して痛覚として伝わらなかった分の疼きが激痛となってこの身を這い回る。
瞬間、私は「あ゛あ゛ぁ……」声にならない悲鳴をあげた。
当然声こそ出ないが、代わりに泡となった唾液が口いっぱいに溢れかえってくる。
流石にこれ以上は拙い。
理屈や思考ではなく半ば生物としての直感でそう判断した私は最後の力を振り絞って今だ「ほえー」などと声をあげて驚愕の念を露にしている女性と「ぼけってしないで!」とどっちが年上何だか分からないような口調で呆ける女性を叱咤する少女の方に向かって力なく手を伸ばした。

すると、ようやく我に返ったのか空色の髪の女性は急いで私の元へと駆け寄ってきてくれた。
そして、先ほどの少女もその後について私の元へと駆け寄ってくる。
だけど、私が明確に知覚できた光景は其処までだった。
先ほどの激痛の所為で心臓が早鐘のように鼓動を刻み始め、呼吸が途絶え途絶えになってしまったからだ。
もはや息をしていることも意識をまともに保っている事も出来そうに無い。
私は最後に残った意識を総て思考と口元に集中させる。

多分、もう私の意識は後一分と経たずに途切れてしまう。
だから気絶する前にせめて大丈夫かどうかの応答と、何をして欲しいのかという用件くらいは伝えておこうと思い立ったのだ。
故に私は瞼を閉じて視界を閉ざし、それ以降自分がどうなってしまうのかという思考の一切を放棄した。
いや……そうせざるを得なかった、といった方が正確だろうか。
まぁ、何れにせよ、やってる事は同じなんだからどっちだっていいだろう。
私は半ば投げ遣りにそう自分に言い聞かせながら、自分の身体を揺さぶってくる女性に対して何とか答えようと最後の力を振り絞った。

「君! 大丈夫!? どうしてこんな─────」

「……っ……げに……」

「んっ? どうしたの? 何処か痛いの?」

「ひかっ……げに……連れて行っ、て……くださ……い。おねが……い……」

其処まで口にしたところで私は今度こそ本当に意識を手放した。
意識が暗黒に沈み、ぴくりとも身体が動かなくなっていく感覚が徐々に伝わってくる。
だが、もはや私にはどうする事も出来はしない。
言いたいだけの事は言ったのだ。
後は目の前の二人がこんな得体の知れない私の願いを聞き届けてくれるかどうかに賭ける他ない。

どうせ、また何時ぞやのように見捨てられるかもしれないこの身だ。
今更他人から見捨てられても特別酷いとは思わないし、目の前の彼女達を恨んだりする心算も無い。
だけど願わくば─────もしも目の前の彼女達が心優しい人達であるのならば、どうか私を助けて欲しい。
それが、私こと月村すずかの意識が途切れる前に願った一筋の想いだった。
刹那、誰かが私の身体を優しく持ち上げてくれたような気がした……。





「日陰? 日陰だね!? よっし……スバル、この辺りにどっかこの子が横になって休めるような日陰在る場所思い当たる限りとりあえず言って。大至急!」

「うぅー、そんなこと言われてもあたし今日この町来たばったりなんだよ?セインねぇーだってそうじゃん」

「うっ、確かに言われてみれば……。って、そんなこと言ってる場合じゃ無さそうだから言ってるんだよ。本当に今までどっか見かけなかった? 公園とか木の生い茂った原っぱとか」

「そんなこと言われたって……ねぇ、クリスくんは何か知らない?」

倒れていた少女の意識が失われた後、その場に残された二人─────ナンバーズ・セインとその連れである少女スバルは互いに漫才のようなやり取りを交わしながらあれやこれやと不毛な言い合いを交わしていた。
二人はとある命令を自分たちの姉である長女─────ナンバーズ・ウーノからの命令を受けて今朝方この第97管理外世界に降り立ったばかりだったのだが、共に稼動して間もない二人は持ち前の精神年齢の低さもあってか今の今まで命令もそっちのけでこれまたあれやこれやと街中をぶらついていたのだ。

本来は命令通り自分たちの姉であり、一足先に重要なロストロギアなのだというジュエルシードの回収にあたっているナンバーズ・トーレと合流せねばならなかったのだが、見た目は置いておくにしても共に幼い子供の思考しか持たぬ好奇心旺盛な彼女たちに興味を差し置いて淡々と命令をこなせと言うのは酷な話だった。
二人は気の赴くままにあっちへふらふら、こっちへふらふらと特にこれといった目的がある訳でもなく、完全な旅行気分でこの街を探索していたという訳だ。

そして、もういい加減にしないとお叱りを喰らうのではないかといった処でそろそろトーレと合流しようとした矢先に目の前の少女が倒れている所に出くわしたという訳だ。
セインも当初はスバルの事もどうせ子供なんだし、放っておいても構わないだろうと持ち前の自由奔放さを発揮して一休みと駄菓子屋の前のベンチに腰を落ち着け、自動販売機で買ったコーンポタージュに舌鼓を打っていたのだが、まさかそのスバルに無理やり引っ張ってこられたかと思ったらまさか行き倒れの少女まで連れて行かされるなんて思っても見ていなかった。
しかも、それが砂漠や荒地であるのならいざ知らず、世にも珍しい住宅地での行き倒れというのだからその仰天ぶりも最たる物だったに違いない。
とは言え、幾ら場所が住宅街で在るとは言っても行き倒れは行き倒れ。
このまま見捨てておくのも後味が悪いし、なにより自分の事を今のところ唯一「姉」と呼び慕ってくれている可愛い妹の頼みを無碍にすることなんて出来ないと判断したセインは今もこうして並みの人間に比べて微妙に足りていない頭を必死で振り絞って少女が気絶する前に言っていた言葉を実行に移そうとしているのだ。

だが、二人はこの第97管理外世界に─────ひいてはこの街『海鳴』に足を踏み入れるのは今日が初めてのこと。
トーレとの合流はいざとなれば姉妹同士の通信でどうとでもなりはするものの、ほんの数時間程度街中をぶらついていただけの二人にこの街の何処に少女が望んでいるような場所があるのか、なんてことを存じている筈が無いのだ。
更に言ってしまえばまだ一年と稼動していないセインの思考は基本的な事こそ年頃の少女の物ではあるが、その天真爛漫さと純真さが相まって見た目以上にその思考能力は幼いという他無く、スバルにいたっては見た目同様中身のお子様のソレなのだ。
当然そんな二人が知恵を結集した所でまともな議論になるはずが無く、何処と無く頭の悪い会話が終わらないワルツのように繰り返されるばかりである。

故、此処でスバルは自分の抱えていたうさぎのぬいぐるみ─────通称『クリスくん』に徐に疑問を投げ掛けた。
一見すると幼い少女が愛らしいぬいぐるみに質問して一人遊びをしているような後継にも見えるのだろうが、実はスバルの抱えているぬいぐるみは唯のぬいぐるみではない。
そして、それを証明するかのようにうさぎ……もといクリスくんはスバルの問い掛けに呼応するように独りでに動き出したかと思うと「ピシッ!」と額の部分に手を当てて敬礼し、徐に路地の奥の方に手を向け始めたのだ。
そう、実はこのクリスくん……唯のぬいぐるみではなく、ぬいぐるみに搭載されたデバイスだったりするのだ。
正式名称はセイクリッド・ハート。
その愛称が『クリス』であり、現所有者であるスバルの意向から『クリスくん』などと呼ばれていたりする訳だ。
とは言え、あくまでもぬいぐるみが動いているのは副次的な機能であり、本来は内部に埋め込まれたクリスタル状の物体がデバイスとして活動している訳だが……基本的にそこら辺のことをあまり気にしていない二人にはどうでもいいことだった。

「そっち? そっちなんだね、クリスくん! セインねぇー、クリスくんがあっちの方にあるって。行こ!」

「おーっ、でかしたよクリス。ドクターの作った物にしては役に立つじゃん。他の奴なんて殆どがガラクタだってのに」

「セインねぇー。セインねぇーも人のこと言えないんじゃないかな? あんまりそういうこと言うとドクター泣いちゃうよ? それにクリスくんはドクターの作ったものじゃないし……まぁ、いっか。クリスくん、ナビゲートお願いね。セインねぇーはお姉ちゃんを運んであげて」

「あいあいさー。さぁて─────よいしょ、って軽っ!? ちょっと、本当に大丈夫かな。この子……?」

以前ちょっとした悪戯で二人の姉であり、何故か他の姉妹よりも数段背の低い六番目の姉であるナンバーズ・チンクを後ろから抱き上げた時より軽いとセインはその後たっぷり怒られる羽目になったという忌々しい記憶と共にその時体感した重さよりも更に軽いであろう少女の体重に心から驚きながら、それと同時に色々な意味で目の前の少女について心配の念を抱いていた。
年頃の少女なら幾ら小柄と言えどもそれなりの体重があるはずであるのに対し、少女のそれは明らかに他の平均的な女児の物よりも軽い物であった。
それ故、セインは何となくこの体重の軽さが行き倒れの原因になったのではないかと思い込んでいた。
実際は単に此処数ヶ月、気絶している少女こと月村すずかは幼い頃から同級生に虐めを受けてきたことで募った心労やストレスの所為でもう随分前から食の細い生活を続けており、それ故に他の同級生に比べて体重が劣っているというだけの事に過ぎないのだが……そんな事情など当然知る由も無いセインがそう誤解しても仕方が無いといえば仕方の無いことだった。

少女の膝元と背中に手を添えて、そのまま彼女の身体を抱きかかえるセイン。
俗に言うお姫様抱っこという奴である。
とは言え、これが彼女達の姉であるトーレであったならばその容姿も相まってそれなりに栄えの在る絵図になっていたのだろうが、姉と同姓であっても見た目的には未だ第二次性長期の少女特有の幼さが残る顔つきであるセインでは特にこれと言って特筆するような図でもなかった。
まぁ、しかしながらセインもセインで一応は他の姉妹と同じ戦闘機人。
彼女達が『ドクター』と呼び慕いつつも、心の隅では碌でもないガラクタばかり発明するタフで知的な変人と若干馬鹿にしている人物の手で作られた人造人間なのだ。
そんな彼女が自分で軽いと感想を洩らした少女を抱えただけでふら付く訳も無く、ぐったりとした様子の少女の身体は意図も簡単にセインの腕の中に納まった。

そして、それと同時に傍らでクリスにナビゲートを頼んでいたスバルは徐にその手を離し、今まで抱えていたクリスの身体を開放する。
すると、驚くべき事に彼女の手の内から離れたクリスはそのまま落下する訳でもなく、ふわふわと独りでに宙に浮き始めたのだ。
クルクルとその場で回ってみたり、両手で「ピシっ!」と進むべき方向を指し示したりして自分の役割をアピールしようとするクリス。
空飛ぶうさぎのぬいぐるみとは何ともシュールな絵図だが、元よりスバルの愛玩用のぬいぐるみとしての意味合いが六割を占めているクリスの役割としてはこれでも一生懸命やっているつもりなのである。

それに、元よりセイクリッド・ハートというデバイスは優秀なAIを積んでいる。
それこそ……本来ならば“この時代”にありえる筈の無い高スペックを備えていると言っても過言ではないのだ。
実際、この時代に管理世界で有り触れている一般的なデバイスとセイクリッド・ハートとの性能差はざっと10年以上開いていると言ってもいい。
彼女達がドクターと呼ぶ人物曰く、「ありえない未来から漂流してきた物」だそうだが、現実問題としてセイクリッド・ハートは正に存在し得ない未来から辿り着いたと言わんばかりの高性能機なのだ。

とは言え、それでもやっぱり見た目は愛玩動物のぬいぐるみ。
幾ら出所不明の高性能機とは言え、外見がうさぎでは貫禄もへったくれも無いというものだろう。
それに、実際の所セインにしろスバルにしろそこら辺の事はあまり気にしてはいなかった。
これは単に彼女達が純粋無垢であるが故にという訳ではなく、もう少し深い部分……厳密に言えば彼女達の出生が関係していると言えた。
そもそも、このセインとスバルという二人組みは一見仲の良い姉妹のようにも見えるが、実は同じような経緯で生まれてきたという訳ではない。
純粋にドクターと呼ばれる人物に創造されたセインに対し、もう一人のスバルという少女の生まれにはちょっとした逸話が存在するのだ。

話を遡る事数ヶ月前。
まぁ、セインが稼動してから一ヶ月ほどの時間が経った頃の話だ。
ある日、何時ものように与えられた命令を遂行する為の訓練を積んだり、二番目の姉が何故か送りつけてくるお土産を楽しみに待っていたり、それだけでは娯楽が足りずに他の姉妹にちょっかいを掛けて悪戯を繰り返しては怒られるというような事を繰り返していたある日のこと。
彼女達の生みの親であるドクターが一人の少女を自分たちのアジトへと連れてきたのだ。

その名はスバル。
ドクターとは別の研究機関で試験培養されていたタイプゼロ・シリーズの片割れである。
何でもドクター曰く「スポンサーが持って行けと言ったから貰ってきた」という犬猫でも扱うような身も蓋も無い理由で連れてきたらしいのだが、実は其処には微妙に真実が内包されており、後にドゥーエを除く姉妹総出で調べてみた結果、戦闘機人事件をしつこく嗅ぎ回っていた捜査官の引き剥がしたいが為にスポンサー自身が別の捜査官を派遣してタイプ・ゼロシリーズの二体を確保するよう命令を下し、その末路に片方が以前から自分の作っている物とは別の戦闘機人に興味を抱いていたドクターに明け渡されたというのが事の顛末だった。

初めこそはセインたちも自分たちとは微妙に出生の異なるスバルの存在に手を焼いていたりしたのだが、その生い立ちが露になって行く内にとある組織の内部事情のごたごたの所為であっちこっちに引っ張りまわされている可哀想な子ということが分かり、その後は徐々に他の姉妹とも打ち解け、現状に至っているという訳である。
ちなみにスバルという名前はスポンサーから齎されたコードネームのような物であるらしく、セインも他の姉妹も「タイプゼロ・セカンドと呼ぶよりは親しみやすいだろう」という事からそのまま継続して彼女の名前となったものである。
実は彼女達が“知らない未来”でもその少女は「スバル・■■■■」という名前であったのだが、それは今しか知らぬ彼女達には窺い知れない事であった。

「セインねぇー。ぼーっ、としてないで速く行こうよ。そのお姉ちゃん干からびちゃうよー」

「いや、干からびるってそんなスルメじゃないんだから……って言ってる場合でもないか。でっ、どっち?」

「うーん……あっち!」

「おっし。んじゃ、走るよスバル。セイン姉さんにしっかりついてきな」

そういうと二人は何時の間にかスバルの頭の上に乗っかって、振り落とされないように腹ばいになっているクリスに導かれながら二人並んで街中を駆けていく。
そのスピードはオリンピック選手にも何ら引けをとらず、スバルに至っては子供の限界を遠に超えるほどの身体能力を誇っていた。
腐っても二人は戦闘機人……まぁ、そういうことなのだろう。
ただ、この時二人は気がついていなかった。
二人が進んでいる方向……それは実はクリスが指し示したのとはまったく逆方向であったということに。
ついでに言えば、セインの持つIS「ディープダイバー」を用いることを彼女が考え付けばもうちょっと速く目的地に着けたんじゃないかなぁ、という事に。
純粋無垢、それは微妙に知恵の足りない子をオブラートに包む優しい魔法の言葉。
この先二人が何処に行くつくのか……それは二人自身もあんまりよく分かっていない。





・補足
多分VividやForceを見ていない方もいらっしゃるのだと思うので、補足です。

・セイクリッド・ハート
魔法少女リリカルなのはVividにおいてヴィヴィオがSt.ヒルデ魔法学院の初等科四年生になった際に彼女に送られたうさぎのぬいぐるみを外装としたデバイス。
愛称(マスコット・ネーム)はクリス。
原作同様登録されている術式はベルカ主体のミッド混合ハイブリッドであり、名前も正式名称もヴィヴィオがつけた名前と同じ物が使用されている。
本来の開発者はマリエル・アテンザことマリーさんであるが、本作においても同様であるのかは不明。
というか、そもそも何故これがこの時代にあるかどうかも現時点では不明である。
ただ判明している事は並みのデバイスに比べてその性能が約14年近い性能差を誇っている事と、見た目がうさぎであるという事だけである。
現使用者はスバル。

・スバルについて
原作と違いどっかの落魄れた執務官が余計な事をしでかしてくれた所為でクイントに保護されなかった未来のスバル。
見た目は原作時に保護された時と同じ四、五歳ほど。
ある意味原作のドクターの目論見通りに彼の元へと渡ってはいるものの、何の因果か本来辿るべきはずだった未来と同じ名前で呼称されている。
能力、戦力に関しては一切不明。
ただ言える事は原作同様アホみたいに食べる事と、それなりに他の姉妹とも親しくやっているという点だけである。
本来の姉が今何処で何をやっているのかも現時点では不明。
作者的に書き易いアホの子その①

・セインについて
見た目はStrikerSの物ではなく、髪の毛がストレートではなくなっていたり、ちょっと大人しめの印象になっていたりと最初からVividと時と同じような外見になっている。
ちょっと大人っぽい印象になってはいるものの、精神年齢は原作で自分が言っていたのと同じようにやっぱり低い。
ただ原作当初とは違い、あんまり冷徹な正確でもないようである。
多分原作と同じように料理スキルがある……はず。
作者的に書く易いアホの子その②

それでは補足終わりです。


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