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No.15606の一覧
[0] 孤独少女ネガティブなのは(原作改変・微鬱)[ランブル](2010/04/02 18:12)
[1] プロローグ「きっかけは些細な事なの……」[ランブル](2010/03/15 14:33)
[2] 第一話「友達なんて必要ないの……」[ランブル](2010/03/15 14:36)
[3] 第二話「都合の良い出来事なんて起こりはしないの……」[ランブル](2010/03/15 14:43)
[4] 第三話「泣きたくても耐えるしかないの……」(いじめ描写注意)[ランブル](2010/01/23 17:32)
[5] 第四話「一人ぼっちの夜なの……」[ランブル](2010/03/15 14:52)
[6] 空っぽおもちゃ箱①「とある少女達の語らい」#アリサ視点[ランブル](2010/03/15 15:00)
[7] 第五話「出会い、そして温かい言葉なの……」[ランブル](2010/03/20 16:45)
[8] 第六話「変わる日常、悲痛な声なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/03/15 15:22)
[9] 空っぽおもちゃ箱②「誰かを救うということ」#トーレ視点[ランブル](2010/03/15 15:28)
[10] 第七話「これが全ての始まりなの……」[ランブル](2010/03/15 15:51)
[11] 第八話「現実と向き合うのは難しいの……」[ランブル](2010/03/15 16:00)
[12] 第九話「所詮理想と現実は別のお話なの……」[ランブル](2010/03/20 16:47)
[13] 空っぽおもちゃ箱③「欲しても手に入らないもの」#すずか視点[ランブル](2010/03/15 16:18)
[14] 第十話「護るべき物は一つなの……」[ランブル](2010/03/15 16:21)
[15] 第十一話「目的の為なら狡猾になるべきなの……」[ランブル](2010/03/15 16:25)
[16] 第十二話「何を為すにも命懸けなの……」[ランブル](2010/03/15 16:30)
[17] 第十三話「果たしてこれが偶然と言えるの……」[ランブル](2010/03/15 16:38)
[18] 空っぽおもちゃ箱④「打ち捨てられた人形」#フェイト視点(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:50)
[19] 第十四話「終わらせる為に、始めるの……」[ランブル](2010/03/15 16:39)
[20] 第十五話「それは戦いの予兆なの……」[ランブル](2010/03/20 16:44)
[21] 第十六話「月明かりに照らされた死闘なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[22] 第十七話「不安に揺らぐ心なの……」[ランブル](2010/04/02 18:10)
[23] 空っぽおもちゃ箱⑤「枯れ果てた男」#クロノ視点[ランブル](2010/04/19 22:28)
[24] 第十八話「それは迷える心なの……」[ランブル](2010/05/05 17:37)
[25] 第十九話「鏡写しの二人なの……」[ランブル](2010/05/16 16:01)
[26] 第二十話「芽生え始める想いなの……」[ランブル](2010/06/10 07:38)
[27] 第二十一話「憂鬱の再開、そして悪夢の再来なの……」[ランブル](2010/06/10 07:39)
[28] 空っぽおもちゃ箱⑥「分裂する心、向き合えぬ気持ち」#恭也視点[ランブル](2010/08/24 17:49)
[29] 第二十二話「脅える心は震え続けるの……」(微鬱注意)[ランブル](2010/07/21 17:14)
[30] 第二十三話「重ならない心のシルエットなの……」[ランブル](2010/07/21 17:15)
[31] 第二十四話「秘めたる想いは一筋の光なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/10 15:20)
[32] 第二十五話「駆け抜ける嵐なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[33] 第二十六話「嵐の中で輝くの……」(グロ注意)[ランブル](2010/09/27 22:40)
[34] 空っぽおもちゃ箱⑦「欠けた想いを胸に抱いたまま……」#すずか視点[ランブル](2010/09/27 22:40)
[35] 空っぽおもちゃ箱⑧「最後から二番目の追憶」#すずか視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[36] 空っぽおもちゃ箱⑨「Super Special Smiling Shy Girl」#セイン視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[37] 第二十七話「その心、回帰する時なの……」[ランブル](2010/10/25 19:25)
[38] 第二十八話「捨て猫、二人なの……」[ランブル](2011/02/08 17:40)
[39] 空っぽおもちゃ箱⑩「遠い面影、歪な交わり」#クロノ視点[ランブル](2011/02/13 11:55)
[40] 第二十九話「雨音の聞える日に、なの……」[ランブル](2011/04/18 17:15)
[41] 第三十話「待ち人、来たりなの……」[ランブル](2011/04/18 20:52)
[42] 空っぽおもちゃ箱⑪ 「殺されたもう一人のアタシ」#アリサ視点[ランブル](2011/06/05 21:49)
[43] 第三十一話「わたし達の時間、なの……」[ランブル](2011/07/03 18:30)
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[15606] 第二十六話「嵐の中で輝くの……」(グロ注意)
Name: ランブル◆b9dfffe8 ID:282a81cc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/27 22:40
暴虐と嘲笑。
それは今までの人生において私が忌避して止まなかった事柄だ。
別段私は平和主義者である訳でもなければテレビのニュースで市民団体の代表が壊れたジュークみたいに繰り返しているようなご大層な理念を持ち合わせている訳でもないが、それでも一人の感覚として殆ど病的と言えるほどそれ等を嫌っていると言えた。
多分、その理由は私が今まで過して来た人生の中で嫌というほど刻み付けられてきた鈍色の記憶が関係しているのだろう。
それはあくまでも過程でしかなく、最終的に私がこんな風な人間になってしまったプロセスの一部分でしかないのだろうが……その原因たる証拠としては十分事足りると言う物だ。

ちょっと昔の事を思い出すだけでもそうだ。
遡った記憶の先に在るのは何処までいっても私に降り掛かってくる理不尽な暴力と、力尽くで捻じ伏せられ、嬲られていく私を何時までも見下し続ける嘲笑に歪んだ双眸。
何時、何処で、どんな風にどんな事をしていたのかと言う幼く些細な思い出にすらそれ等はずっとついて回ってくる。
何処までも、何処までも……例えどれだけ私が逃げ出したいと思っても、未来永劫何処までも私を追い続けてくるのだ。

それは苦しみの記憶。
それは痛みと悲しみの連鎖。
それは……寂しさと孤独の象徴。
誰も私なんか受け止めてくれはしない。
疎まれ、蔑まれ、嬲られ……そして何もかも奪われ尽くされる。
それが私の定め。
それが私の業。
生きる意味なんか無い。
もう死んだって構わないってずっと私は想い続けていた。
こんな恐怖に脅かされ続けるならいっそこの世から消え去りたいってずっと思っていた。
きっと今の私の自傷癖にも似た無謀さはここら辺から来ているのだろう。
先生と出会い、生きる意味を考え始めてからは何となくそこら辺の想いも薄くなっていたのだけど、根本的な部分として私は今の自分を壊したいという願いを胸の内に抱き続けている。
こんな自分を打ち壊して先に進めば何か別の物になるんじゃないか、という歪んだ願いを。

そして結果として私は“痛み”に慣れてしまった。
肉体的にも、精神的にも私は己が苦痛を被る事を受け入れるようになってしまった。
別にマゾヒズムに浸っていた訳じゃない。
自分が嬲られる事を肯定してしまえば少しはこの心を蝕む葛藤や重圧が薄れるんじゃないか、って思い立っただけの事だ。
まぁ、今となってはその選択が正しかった否だったのかなんていう甲乙は付けられないが、結果として私の人格は歪み、周りからの評価は地の底よりも更に深い奈落へと落ちた。
理不尽な現実に立ち向かう気力も無く、抵抗する気も失せ、後は時が流れるままに呑まれ、喰われ、簒奪され尽くして朽ち果てる。
そうすれば何も感じる事無くこの苦痛を享受し、息絶える事が叶うのが至上だと思い込んでしまっていたのだ。

だが、今の私は違う。
少なくとも、そんな頃の─────孤独を感傷の宥める理由に添えて毎日を生きていた頃の自分とは何もかもが違うと言って良い。
何せあれほど暴力と嘲笑を恐れ、怯えていた筈の私がそれを行う立場となり、人知を超えた異能の力を振るって攻防を繰り返しているのだから。
今の自分は強者であり、それ故に簒奪者だ。
他人からの害意や悪意に慄き怯える弱者でもなければ、人の群れの水底で溺れ苦しむ穢れた凡婦でもない。
鮮血に塗れた戦斧を振るい、白銀色の拳銃を駆り、只管に標的の命が尽きるまでその生命の根源を奪い取り続ける悪意の象徴だ。

故、この日……この刻を持って私は転機を迎えよう。
苦しみよ、去れ。
悲しみよ、失せろ。
虚しさよ、散れ。
この身は穢れた蛹を脱ぎ捨て、黒衣を纏う獣としてこの世に再び息を吹き返す。
私は……いや、“私達”は満身の力を込めて今まさに振り下ろされんとする握り拳だ。
黒衣の獣。
其は古よりの運命の名。
死を……生命の根絶と排斥を司る二人の乙女。
黒き御霊は迷い子を、業火の淵に誘いたもう。
この刹那を私は駆ける。
何処までも、何処までも─────誰よりも早くこの刹那を駆け抜ける。
目の前の標的に死を与える為に。
逃れられぬ死を、静かに齎す為に。
私は飛び散る鮮血にその身を窶し、何処までも加速して鳥獣へと喰らいついて行くのだった。

『なのはお姉ちゃん、来るよ! 正面、右斜め35度!』

「オーライ。バルディッシュ、フォームチェンジよろしく! 派手にぶっ飛ばすよォッ!!」

『Sealing Form』

正面から飛び出してくる鳥獣の嘴を私は軽快なフットワークとジュエルシードによる“反射”の力を併用して行使し、紙一重のところで避けながら手の内の戦斧へと形態を変更するように命令を下していく。
すると次の瞬間、バルディッシュの先端が瞬く間に組み替えられ、その内に秘められた新たな姿を現実の物として露にする。
ヘッドが反転し、其処に一対の桜色の翼が生まれ、新たに具現した刃は鎌でも斧でもないまったく新しい形態としてこの世に芽吹いていく。
そう、その姿は正に槍その物……より具体的に言うなれば西洋の無骨な鉄槍を思わせる刃が其処には在った。
バルディッシュが終系。
その名をシーリングフォーム。
今の私が持てる総ての力の中で最も強い力を引き出すことが出来、尚且つ最も取り回しが良い形状をしている正真正銘私の全力全開だ。

刹那、その変化に反応するかのように鳥獣の丸太のような脚が私へと再び繰り出される。
だが、私はそれを避けることはしない。
寧ろ、その逆だ。
私はその攻撃を避けることも無く、ただ真直ぐにその攻撃の方へと突っ込んでいく。
その軌道は寸分の狂いも無く、また何の迷いも無い。
本能が指し示すがままに私は地面を蹴って進み、己の願いの力を利用して地面を滑走するのだ。

瞬間、私の身体を引き裂かんと鳥獣の脚が迫りくる。
だが、その攻撃は決して私の身体を当たる事も掠めることも無い。
その軌道はまるで同じ極同士の磁石が反発し合う様に私の身体を中心に捻じ曲がり、その矛先は何も無い虚空を虚しく斬るだけだ。
もうこれで二、三度目の打ち合いになるが鳥獣はどうやら私の異能の力の本質をまだ見抜けていらしい。
彼奴は自らの攻撃があまりにも理不尽に避けられる事に憤慨し、余計に無意味な癇癪を引き起こして懲りずに私に襲い掛かってくる。
何をしようと私がこの身に触れるなと望む限り誰も私に干渉など出来ないというのに。
私は自身の表情を侮蔑から歪んだ嘲笑へと変え、身を捻って勢いを付けながら右手に握った鉄槍の刃を振り被る。

そう、私はこの時を待っていたのだ。
どうせ今の私の実力では滅多矢鱈に鉄槍を振り回しても大した効果が生まれるとは思えないし、幾らシーリングフォームのリーチが長いとは言えこの形態は元々直接攻撃をその本質とするものでなくあくまでも強力な呪文を行使する為に在るものだ。
故に敵が向こうから近寄ってこなければまず有効打は与えられないし、仮に其処で攻撃を当てたとしても即座に回復されてしまう。
だから私はこう考えたのだ。
鉄槍による一撃をぶち当てた後に魔力砲撃によって一気に畳み掛け、この戦いを終局へと導くのだという酷く力任せな策を。

瞬間、限界まで振り被られた黒金の鉄槍は容赦なく鳥獣の脚部に叩き付けられ、砂糖菓子でも両断するかのように悠々とその丸太のような脚を切り伏せる。
そして再び舞い散る鮮血。
響き渡る絶叫。
苦しみ喘ぎ、その生命を少しずつ奪い取られていく哀れな獣の叫びが私の乾いた胸を充たしていく。
そうだ、それでいい。
所詮相手は生命力と再生力が馬鹿高いだけの畜生にも劣る化け物だ。
こうして私の嗜虐心を充たし、哀れな悲鳴をあげながら転げまわるのが似合いだ。
私は利き腕である左手に握られた小型拳銃を鳥獣へと向け、本来引き金に掛けるべき指先を銃身に添えるように構えながら其処に術式を構築していく。

打ち出す術式はサンダースマッシャー。
しかし、今回ばかりは唯のサンダースマッシャーではない。
本来必要とされる魔力を大きく上回る質と量の魔力を込めたが故にその威力は通常の三割り増し。
訓練の際、試射で暴走体ダミーを五体纏めて消し炭にした威力を誇る私が扱える砲撃魔法中最強の攻撃だ。
とは言え、一応先ほど身体を回復した際にジュエルシードから魔力を引っ張ってきて幾分か魔力も回復したが、この技は魔力消費が激しい上にバルディッシュと併用しても高速展開が難しい荒業中の荒業でもある。
正直な感想としてはあまり実戦向きとも言えないし、もしも外れでもしたらまた無駄に魔力を消費してしまう事にもなりかねない。
危惧するべき点は幾つもあるし、不安だって山ほど在る。
だが、受けたダメージを瞬間的に回復してしまうという並外れた自己再生能力を有した鳥獣を屠るにはこの技をぶち当てた上で更にダメ押しをするしかない。
今までの戦いで得た経験上、もはや確立だの理屈だのに囚われている場合ではないのだ。
私は銃口と並列するように添えられた指先を鳥獣の方へと構え、其処から生み出される奇異複雑な魔法陣に自身の内側に流れる魔力を注ぎ込みながら唯一念に撃ち滅ぼす事を祈り願う言霊を愉悦と殺意に乗せて言い放つのだった。

『ターゲット再生開始……っ!? なのはお姉ちゃん、早く!』

「言われなくても──────さぁ、吹っ飛びなよっ! 精々惨めたらしく見っとも無い悲鳴あげながらさァッ!!」

『Thunder Smasher』

瞬間、桜色に煌く魔力の流れが指先から溢れ、無情な機械音声と共にその光は一陣の砲撃と化して行く。
魔力を限界まで凝縮したその威力は通常のサンダースマッシャーの比ではないほど屈強な物となり、また効果範囲も鳥獣の身体を悠々と飲み込んでしまえるほど格段に引き上げられている。
一撃必殺とまでは行かないが、掠っただけでも重傷は避けられないのはまず間違いない。
私はそんな確信を胸に抱きながら、指先から繰り出される砲撃も止まぬ内に右手の掌の内のバルディッシュを振り被り、更なる追撃に備えて牽制の体制をとる。

所詮幾ら威力が高いとは言ってもこの砲撃はあくまで囮であり、此処で次の一手に繋げられない様では今までの努力も消え行く水疱へと帰してしまう。
バルディッシュの特性はあくまでも白兵戦における機能の豊富さと各種取り揃えられた武装の組み換えだ。
正直な話体力も運動神経も無い私からしてみれば相性は最悪の一言に尽きるのだが、それでも魔力を無駄に消費し続ける砲戦に徹するよりはずっとマシだ。
この闘いが終わったら其処の辺りの事もアリシアに相談する必要があるらしい。
私は高ぶる気持ちの裏側で何となくそんな事を思いながら、鳥獣へと突き刺さっていく自身の砲撃を静かに見守っていくのだった。

刹那、絶叫とも悲鳴ともつかない歪な呻き声が当たり一帯に木霊する。
鳥獣が私のはなった極太の魔力砲撃を諸に受け、その衝撃で身体のパーツが次々に血潮を噴出しながら捥がれていく結果の果てのことだった。
どうやらかなり良い所に砲撃を当てる事が出来たらしい。
私は口元を吊り上げ、銃身に宛がった人差し指を再び引き金へと戻しながら、両脚の裏で“遮断”と“反射”のサイクルを繰り返し、地面を滑走して鳥獣へと距離を詰めていく。
幾ら身体を丸ごと吹き飛ばしたとは言え、ジュエルシードから発せられる歪な波動は未だ健在。
彼奴に付加された能力が究極的な自己再生能力だというのなら、例え血肉の一片でもあれば再び元の姿に戻ろうと作用するのはまず間違いない。

出鱈目な話かもしれないがジュエルシードの異常性はここ数日私自身が用いている能力も相まって十二分に理解している。
例えその欲望がどれだけ常識外れな事柄だったとしても願えば叶ってしまうのが特性な以上、何が起こっても対処しようと行動出来るだけの心構えくらいは最低限必要だろう。
その距離約2メートル半、確実に相手を矛先で捕らえられるところまで接近した所で私は不意にそんな事を頭の片隅に思い浮かべる。
目の前には鳥獣の体液でどす黒い色に染まった海と、その丁度手前で血肉に塗れながらも尚輝き続ける小さな宝石。
此処まで攻撃しても尚、まだ戦いは終わってはくれないらしい。
私は最悪ジュエルシードを叩き割る事を覚悟の上で手の内の鉄槍を振り被り、空中で光り輝く空色の宝石へと近付いていくのだった。

『ターゲット・インサイト。射程圏内です、マスター』

「諒解ッ!! 最悪ジュエルシードごと叩き割る事になるかもしれないけど、いいよね? まぁ─────答えなんざ聞いちゃいないけどねェッ!!」

それまで滑走していた状態から一転、私は再び能力の付加された前脚で地面を蹴り、宙へと大きく飛び上がりながら構えた鉄槍の矛先を思いっきり空中に浮かぶジュエルシードへと叩き付ける。
その速度は音速もかくや。
優に弾丸のそれをも凌駕する神速の一撃が容赦なく空色の宝石へと打ち出されるのだ。
元々私自身は武術や格闘技の知識も無ければ、ましてこのような実戦的な槍術に長けている訳でもない。
完全に力任せの一撃。
それも構え方も滅茶苦茶で、更に言えば利き腕とは逆の右腕で振り回しているといったその手の玄人が聞けば腹を抱えて笑い出してしまうような酷い有様だ。
だが、それ故にその軌道は奇抜であり歪。
元より決まった形など無いが故に相対する相手や場面によってその力の入れ具合や取り回し具合を調節する事で私は本来の自分の力量の無さを補っているのだ。

だからこそ、この一撃はそうした概念を総て払拭した上での素人の一撃であり、そう在るが為だけに生まれた必殺の斬撃だ。
回避する事は不可能と同義。
此処まで自賛するのは正直アレな感じがするのが否めないけれど、それでも此処まで接近されて放たれた一撃をそうそう回避出来る物でもない。
故、私は自身の繰り出した攻撃に絶対の自信を持っていた。

が、次の瞬間その自身は慢心へと変わり、私の表情を一気に曇らせる。
そう、ジュエルシードに刀身を叩き付けようとした正にその瞬間、鉄槍とジュエルシードとの僅かな空間の狭間に何かが入り込み、ジュエルシードへの直撃を防いだのだ。
ガキッ、と鈍い音が鼓膜を刺激し、声にもならない微かな吐息が私の口元から漏れ出す。
その吐息が示し出す感情は焦りと驚愕。
なまじ確実に捉えたと過信し過ぎていた為か、私は防がれたと言う現実を上手く受け止める事が出来なかったのだ。

刹那、私の中で半ば直感にも似た勘が電流のように迸り、頭の中で早く鉄槍を引き抜けという感覚が津波のように押し寄せてくる。
それは殆ど口では説明し切れない様な悪意と悪寒による衝動。
このまま一秒でも呆けていては確実に先ほどの二の舞になるという獣染みた感覚が私に醜悪な光景を幻視させ、即座に刃を納めよと壊れたジュークボックスのように幾度と無く訴えかけてくるのだ。
何故私が突発的にそう感じてしまったのかは私自身にもよく分からない。
だが、私は即座にその本能に応じ、手首を捻って刃を引き抜こうと腕全体に力を込める。
直感であるとは言え、感じた悪意は本物だ。
何時まで密着していて得する事は何も無いし、第一相手の能力は自己再生。
このまま刃を突き刺したまま固まったままでは最悪バルディッシュごと腕一本持って行かれる事も考えられる。
しかし、唯一ジュエルシードが作り出す化け物に対抗できる武器であるバルディッシュをむざむざ手放す訳にも行かないのもまた事実。
結果、私はこうして突き刺さった刃を引き抜き、後退して様子を見るという手段に出るしかないのだ。

しかし、どれだけ力を込めても得体の知れない“何か”に突き刺さった鉄槍の刃はビクともせず、そればかりが力を込める度に掌の内を汗が湿らせ、上手く力を込められなくなってきてしまっている始末だ。
まずい、再び私の頭の中でそんな直感が溢れ返る。
此処までに掛かった時間は約四秒弱。
普段なら鼻で笑ってしまうような僅かな期間だが、それでも命のやり取りを行っているこの瞬間の中では永遠にも均しい大切な時間だ。
油断しても妥協しても消され、殺される。
脳から伝わる止め処ない焦りは次第に死への忌避感へと変わり、その衝動はまるで操り人形を括る糸のように自然と私の身体を動かし始める。

刹那の内に私は利き腕である左の掌をバルディッシュの刀身の方向へと向け、その内側に在る小型拳銃の引き金を狂った様に何度も引き絞った。
一発、二発─────引き金が引かれるたびに真鍮製の薬莢が硝煙を纏って宙を舞い、銃火の光と乾いた銃声が寂れた砂浜へと響き渡る。
当然慣れない体制から撃ち出した所為で手の内の銃は銃声が鳴り響くたびに跳ね上がり、思わずその反動で掌からすっぽ抜けそうにすらなってしまう。
だが、それでも私は決して銃把を離したりなんかしない。
一介の小学生である私が銃の取り回しなんかに長けられる筈が無いとは言え、これでもアルハザードの中では幾度だってこの銃で標的を滅してきたのだ。
その取り回し加減くらいは脳の中に焼きついた記憶が覚えている。
故に私は弾倉の中の六発の9mmショート弾を撃ち尽くすまでその銃口をバルディッシュの刀身が食い込んでいるくすんだ乳白色の物体へと向け続ける事に成功した。

次の瞬間、私はバルディッシュの刀身を翻し、一気に力を込めて引き抜く。
すると、刀身に食い込んでいた乳白色の固形物がパラパラと砕けて地面へと落ち、それに追従するように何発かの弾丸が力なく落下していく。
それを即座に横目で確認した私は前脚で地面を蹴り、再び地面を滑走して数メートルほどジュエルシードから距離を取りつつ、先ほど自分が取った行動が無事成功した事に一息の安堵を洩らした。
そう、私が取った行動は単純にして至極明快。
至近距離から重ねるように銃を撃ち放ち、バルディッシュの刀身が食い込んでいた乳白色の固形物を砕いて引き抜き易くしたのだ。
元々大した腕力を持たない私はその不足分を基本的に技量で補う他ない。
数に限りがある銃弾を消費してしまったのは正直痛手だが、それでもこんな局面で命を投げ捨てるよりはずっとマシだ。
私は小型拳銃の側面にあるボタンを押し込み、弾倉を銃から引き抜きながらジュエルシードが浮かんでいる方をまじまじと凝視するのだった。

「ちィッ─────まさかあんな所でしくじるとは……っ!」

『なのはお姉ちゃん、落ち着いて! 此処で感情的になっても自分で自分を追い込むだけだよ。まずは冷静になって。ねっ?』

「そうは言ったって……っ!? アレは─────」

アリシアの注意に身を傾けつつも、私は視界の内に留まった空色の宝石の変化を逐一観察し、そして思わず驚愕した。
私の攻撃を防いだ乳白色の固形物体の正体。
それは凡そ一部の存在を除き、殆どの動物が有している身体の支柱だった。
そう、その正体は骨。
ジュエルシードに付着した血肉から飛び出た一本の無骨なカルシウムの塊があの攻撃を防ぎ、あまつさえそれは今も尚一部分が欠けているとは言え、まるでジグソーパズルのピースのように次々と新たに生まれた骨格と組み合わさっていくのだ。
肩甲骨が復活し、尾てい骨が再生し、頭骨が生まれ変わり、背骨が生え変わる。
それはまるで高速で成長する植物の枝が地面に侵食するような様であり、同時にこの世に絶対にありえてはいけない死からの復元でもあった。
彼奴は─────鳥獣はその歪な願いによって己の死すらも超越し、この世界におけるどの生物にも劣る事の無い生命力を手にしていたというのだ。

そして、やがて組みあがった骨格に肉がつき始め、厚い毛皮で内部が覆われ、再び鳥獣は不屈の不死鳥へとその姿を回帰させて行く。
その速度は時間にして僅か数秒足らず。
もはや常識や理論など自分には関係ないとでも言うような無茶振りで彼奴は己の肉体を攻撃を受ける前と同じ状態に引き戻したのだ。
その様子を遠巻きで見つめながら私は思わず舌打ちを洩らし、拳銃から排出した弾倉をポケットにねじ込みつつ、併せて予めベルトの間に挟んであった予備の弾倉を再び拳銃へと装填しながら怒りの感情を前面に露にする。
どれほど攻撃してもどれだけ先手を打ってもどれだけ打ち据えても決して鳥獣は死ぬことは無い。
予め可能性とある程度予想していた事とは言えど、此処まで露骨に反則振りを披露されては流石の私も精神的に堪えるというものだ。

だが、何れにせよ対処しなければいけない事には違いない。
私は後退しきったスライドを元に戻し、再び薬室に銃弾を装填しながら改めて復活した鳥獣の方を見据え、自分が今何をすればこの場における最善に結び付くのだろうという事を静かに考え始める。
今までは本能の赴くがままに己の力を振るい、ある程度は気合で鳥獣の攻撃を制してきた。
しかし、例え肉体を全損したとしてもこの様に幾度と無く復活されるようでは何れ魔力や弾薬に限りのある私が徐々に追い込まれてしまうのは自明の理だ。
それは先ほどの私でも今の私とでもあまり大きな違いは無い。
確かに現状私はアリシアが駆けつけてくれた御蔭でこうして己が持てる全身全霊を振るうことが叶っているが、それでも自身の能力が有限である事に変わりないのだ。
強いて違いがあると言うならば精々攻撃のバリエーションが増えた事とジュエルシードによる能力を此方も扱えるようになった程度。
何れにしてもこのまま我武者羅に突っ込んでいるようではまず勝つことは出来ない。
それが分かりきっている現状、私がするべき事はこの場においてただ一つだけだった。

「っ……悪魔め。何処までも味な真似をッ!!」

『だから落ち着いてってばぁ! 第一このままさっきと同じことをしたって結局同じ結果になっちゃうよ。そもそもジュエルシードは普通の打撃や衝撃じゃ絶対壊れないし……。ここは思いっ切りボギン! プラン! とでっかい魔法ぶち当ててそれと同時に封印処理するしかないよ』

「あーっ……なんか致命傷っぽい音になってるけど其処はガツンね、ガツン。まぁ、そんな事はどうだっていいけど本当に殺れるの? 第一私このそんなに威力高い魔法なんてあのサンダースマッシャー以外には─────」

『あるでしょ! 取って置きの隠し玉が! あんまり実戦向きじゃないし、呪文唱えなくちゃいけない大技だからあんまり練習してこなかったけど……でも、なのはお姉ちゃんならきっと使えるよ。サポートは私とバルディッシュで全力でするから!』

アリシアの言葉を聞いた途端私は其処でまた一つ新たな選択肢を頭の中で生み出し、其処に置ける有効性を慎重に吟味していく。
そう、この場において私がまずしなければいけないのはまず考える事だ。
何をすれば異次元の再生能力を有する彼奴に有効なダメージが与えられるのか。
一体何を繰り出せば今の現状を打開できるのか。
この場において私はどう動くことこそが最善であるのか。
それ等の要素を総てひっ包めて考え、審議し、選択する。
それも自分の意見のみに縛られるのではなく、最愛の妹分であり、パートナーでもあるアリシアの意見も取り入れながら現状の打破について考える事こそがこの場における私の最上の行動だった。

今までは何も考えず、ただ自壊的に行動して暴れまわっていられればそれで良かった。
だが、現状私の手の内には自分が出せる手札が全て揃い、尚且つ私の背中には頼りになる相棒がこの身体の支えとなってくれている。
今の私は決して一人ではない。
アリシア・テスタロッサと高町なのは。
両名が揃ってこの戦場に立っている以上、互いが互いを悲しませるような戦いをする訳にはどうしてもいかないのだ。
獣の爪牙は健在なれど、その心はあくまでも獣に在らず。
この心、この魂はあくまでも人間のそれだ。

朝にはベットから起きて照りつける日光を嫌がり、昼にはうざったい人混みに揉まれて一様に疲弊し、夜には湯浴みをして身体を清め、常闇に抱かれてまだ来ぬ明日へと僅かな希望を抱き続ける。
そんな愚かでどうしようもない人間。
それが『高町なのは』であり、その魂の原点だ。
この身は一様に凡庸にして劣等。
他者と比べれば何処を見渡しても劣っている所しかなく、挙句秀でている所と言えば化け物を殴殺出来るだけの無意味な技量だけ。
でも、それでも尚私は私であり続ける。
此処でこうして欠けていたピースが出揃い、私が真の意味で“駆動”し始めたその瞬間からこの心はただ一介の高町なのはになりうることが叶うのだ。

故に私は高町なのはとして─────完成されたただ一人の高町なのはとして、アリシアの提案を殆ど刹那と呼べるような瞬間の内に理解し、またそれが現実に可能なのかどうかを審議する。
彼女が言っている『取って置きの隠し玉』とやらには私も心当たりは在る。
現状私が持てる本当の意味で最強の魔法。
射程も威力も他の魔法とは段違いであり、尚且つそれに伴って消費する魔力の量も身体に掛かる負担も桁違いのまさしく隠し玉に相応しい超奥義だ。
だが、その魔法はあまりにも発動のタイミングが難しく、加えて速攻且つ迅速に接近戦でダメージを蓄積させていくという戦法を取っている私にはあまりにも不向きだった為、威力が高かろうと実戦で使えなければ意味が無いという結論から数度と練習してこなかった非情に熟練度の低い物でもある。
迂闊に使用すれば再び魔力切れを起すことにもなりかねないし、第一成功するかどうかすら危ういという有様だ。

しかし、このまま焦れていた所で結果は同じ。
消耗させられるだけ消耗させられた後、先ほどと同じ結末を辿って今度こそ死に追いやられる羽目になるだけだ。
だから結論としては結局使うしかない、と言うのが私の本音だった。
このままダラダラ戦闘を長引かせてもこっちが疲れるだけだし、第一こんな騒ぎを起しておいて何時人が訪れるかも分からないのだ。
早々に止めを刺して、早々に証拠隠滅して、早々に立ち去る。
そうする為にはあの魔法の使用は必要不可欠、っていうよりもぶっちゃけた話、使わなかったらまず勝つことは出来ないだろう。

だけど、それだけじゃ足りない。
単純な砲撃魔法の上位互換であるならいざ知らず、機関砲の如き連射での制圧を主軸においているその魔法だけでは当たった端から回復されてしまうのが落ちだ。
多少威力を落としてでも何か別の魔法を複合させて、その攻撃で致命傷を呼び込むしかない。
あまり魔法についてのノウハウに明るくない以上、下手な素人の理論で彼是策を弄するのは正直気が引けるが、この際アリシアのお墨付きも出ている事だし、あまり安全性ばかりを考慮しても入られない。
乗るか、それとも反るか。
危険な賭けになるが、行動における選択なんていうのは皆そうだ。
ウダウダ理屈捏ねてても最終的には前に進まなきゃ行けない。
なら、私は自分に与えられた選択肢の中から1%でも成功率の高いプランを選び、実行して前に進むだけ。
立ち止まってても何の意味も無い以上、結局突き進む事こそが私にとっての至上なのだ。
故に私は頭の中で瞬時に行動する為の策を練り上げ、事細かく其処から捻出される魔力量と自身が現状保有している魔力とを見比べて計算していく。

チャンスは一度限り。
もしも此処でミスったら後は情けなく撤退するか、最悪此処でくたばるかだ。
失敗は許されない。
だけど失敗を恐れているようではまず成功なんか掴めない。
私はただ己に赦された最後の力の中から全力を尽くし、後は運に身を任せるだけだ。
ならば、何を恐れることがあるだろうか。
あぁ、確かに怖いかと問い掛けられれば肝が冷える位そこはかとなく恐ろしい。
だけど、もしもそれを支えてくれる“人”が一緒にやってくれると言うのなら……精々年相応の強がり程度は出来ると言う物だ。
故、私は行動し、そして問い掛けていく。
自身の相棒に、バルディッシュに、そして紛れも無い自分自身に。
この愚かで独り善がりな救い様の無い馬鹿が今を生き抜くためには私が練り上げたプランは相応しいのかどうなのかという事を私は只管に問い掛けていくのだった。

「……オーライ、アリシア。正直あんまり自身無いけどその案使わせてもらうよ」

『なのはお姉ちゃん……うん、私頑張るよ! だからなのはお姉ちゃんも……っ!』

「元よりその心算だよ。だけど正直それだけじゃ足りない。あいつを倒すにはまだ、ね。だからこれから手短に私のプランを説明するよ。正直かなりカツカツな策になっちゃうだろうけど、そこら辺厳しいのは許してね。正直……あんまり自分でも気が進んでる訳じゃないからさ」

『全力を尽くすよ。それに、どうせもう決めちゃったんでしょ? なら、私には異存はないよ。だって……信じてるから、私。心から、なのはお姉ちゃんを!』

刹那、私はアリシアの声を聞いたと同時に、ふっ、と何時もよりも少しだけ穏やかな笑みを浮かべ、自身の頭に浮かべた案をアリシアへと伝えながら再び地面を蹴って鳥獣へと一直線に突っ込んでいく。
私が練り上げた作戦。
それは策と言うにはあまりにお粗末で、あくまで確立の低い数多の可能性の中からギリギリ妥協点を付けられる程度の物でしかない。
詰まる所、正直あんまり上等な物でもないと言う事だ。
下手をすれば状況が好転するどころか今度こそ地獄の淵へと叩き返される可能性だって十分に考えられる。
きっと稀代の愚策として知られるオペレーション・イーグルクロウだって荒さとお粗末さにかけては敵いもしないといったところだろう。

だが、それでも私は先ほどと同じように手の内の鉄槍を翻して近接戦の構えを見せながら鳥獣へと近付き、これまた同じようにその刃を振るって狂った様に襲い来る鳥獣の豪腕を容赦なく切り刻んでいく。
肉を裂き、腱を掻き切り、骨を断ち─────何度も何度も相手を殺し尽くす勢いで私の刃は数多の血飛沫をあげて行く。
それを実行するに当たって私の顔に浮かぶ表情は悪鬼の如き嘲笑。
そして、この腕から繰り出されるのは今まで自分が受けた攻撃をその何十倍にも増して叩き返してやろうと渦巻き猛る暴力の衝動。
嘗て己が忌み嫌い、拒絶してきた害意を持ってして私は刃を振るうのだ。

しかし、其処に込められた想いは決して己だけの私利私欲の為ではない。
正直私自身、自分が真っ当な神経を持った善人だなんてこれっぽっちも思ってはいないが、それでもこの手で掴んだ物を取りこぼしたくないと……自身が大切だと思った存在の為ならば戦えると言った感情は揺ぎ無くこの胸に輝き燃えている。
こんな少年漫画の主人公みたいな台詞は自分には似つかわしくないのだろうが、私は強い信念を胸に抱き、今を戦い抜いているのだ。
だから、私は負けない。
負ける訳には行かないし、負かされる訳にも行かない。
この際、過程や手段なんていうのはどうだっていい。
勝つ、それだけを至高の目標として定め、躓きながらも進み続ける事が出来るというのなら─────この手が掴むものは一つの筈だ。

故に、今此処に私は勝利を呼び込む一つの術式を紡ぎ纏めていく。
それは己の限界にして頂点。
力無きただの人間である高町なのはとしての……そして何もかも喰い殺して暴れ回る一陣の黒い嵐である高町なのはとしての至高を今此処に顕現させる為に。
私は己の限界すらも超えて、己が逆算して導き出した必要最小限の魔力を決壊したダムの水のように果てなく何処までも流し込んでいく。
全身を駆け巡る魔力の流れは土石流の様に荒く、またその濃度も泥沼のように酷く濃密だ。
下手に集中力を欠けば一瞬で今までの努力を無に帰しかねない。
それほど今の私が抱えている莫大な魔力の塊はその量に似合わず古い腕時計の機構のように複雑で、それでいて砂糖菓子のように酷く脆いものだった。

だが、立ち止まって詠唱に集中する時間など私には無い。
そんな事をすれば一瞬して私の身体は鳥獣の猛襲によって引き裂かれ、そのまま冷たい亡骸をこの場に晒す羽目になるだけだ。
だからこそ、私はこの策を無茶だと分かっていながらも実行に移したのだ。
随時近接攻撃を仕掛けながら相手を牽制し続け、その隙に術式を編み上げるという荒業中の荒業を。

「アルカス・クルタス・エイギアス─────」

『っ……無茶ばっかりやるよ、本当になのはお姉ちゃんは。それじゃあこっちも一生懸命やら無きゃ示しつかないよね! バルディッシュ、最大出力開放と平行して捕縛術式を多重展開!! 全力でなのはお姉ちゃんをサポートするよ!』

『命令、諒解。メインユーザーのサポートとして設置型捕縛術式を空間に展開します』

刹那、アリシアの命令と共に私と鳥獣とを取り巻く空間に数百優にを超える数の桜色の魔法陣が次々と浮かび上がっていく。
設置型捕縛術式。
その名をライトニングバインド。
大技を敵に叩き込むことを大前提に地雷のように罠として空間に設置して、相手が掛かった所で一気に畳み掛けるように相手を拘束するトラップの一種だ。
しかし、今此処で起こっているのは決してそれだけでは終わらない。
本来は相手に悟られないよう透明化して不可視の状態にし、相手が罠に掛かってくれるまでタイミングを起こることが大前提とされているこの術式だが、今回アリシアによって作り出された捕縛術式は視認出来る上に必要とされている数の凡そ何百倍以上と圧倒的に通常の展開と郡を抜いている。
これはもはやこれだけ展開しておけば見えていようといまいと関係ないという物量的な側面から来る物と、単純に私と鳥獣とが殺し合う為の空間を限定する意味合いが込められているのだ。

とはいえ、はっきり言って此処までくるとその出鱈目具合は異常の一言だ。
ジュエルシードから生み出され続ける魔力を併用しての単純な術式の大幅な能力引き上げ。
それはもはや強化とか割り増しとかそういった範疇で収まる物ではなく、殆ど級単位での昇華に均しいと言える。
あくまでアリシアの権限で現実に行使出来る魔法は数少ない且つ純粋な攻撃魔法は無いとは言え、ジュエルシードの能力も相まって改めて彼女がどれほど強大で理論の埒外にその身を置いているのかという事を再認識する分には十分過ぎる成果だと言えた。

だが、今の私にとってそんな事実はどうだっていい。
空間が限定されようが、自分の立場が優位に傾こうが闘いが続いている事には代わりは無いからだ。
今此処にあるのは二対一の残虐な殺し合いであり、血を血で洗う永久の闘争だ。
お互いその心が壊れようが身が裂かれようが関係なんて無い。
その身が壊れようが砕けようが、相手を殺すという目的の軸が揺るがない限り、相手を八つ裂きにするという目的の為に起こりうる事は総てその他大勢有無対象に過ぎないのだから。

ならば、もはやこの変化すらお互いにとってもどうでもいい事のはず。
その証拠に鳥獣は切られた端から肉体を回復させ、変わらず私の身を砕かんと頭部に突き出した角のような部分を雄叫びを上げながら突き出してくる始末だ。
ならば良し、今此処で死合うこと以外の総ての事柄は無粋の極みだ。
私はその攻撃を鉄槍の刃で受け流し、利き腕に握られた小型拳銃の銃身を鳥獣の眼球を抉るように右目の穴にねじ込みながら、二度、三度と立て続けに引き金を引き絞りながら呪文を唱え続けていく。

そう、この場で起こっていることは互いの命を削り合う死者の舞だ。
区画を限定されようが、その戦場が鳥籠の内に変わろうが死んだり死なせたり殺したり殺されたりする事は何一つ……何一つとして変わりは無い。
万事快調、こんな狂った世界には精々見っとも無く嬲り合う地獄のような闘争が似合いだ。
ならば、私はこの場に立ち踊る物としてそれ相応に血飛沫上げて踊り狂おう。
例えこの身が屍に変わろうと、血と死に塗れながら童子の様に哂い、悪鬼のように責め立て、嵐のように暴れ狂ってやろう。
私は次第に再び理性から離れつつある至高の内側でそんな事を考えながら、肉の破片や血液に塗れた銃身を鳥獣の眼球から無理引き剥がしつつ、更なる段階へと術式の詠唱を移行させていくのだった。

「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル……っ!」

『なのはお姉ちゃん。ジュエルシードの活動限界が一分切ったよ! 早く、術式を!!』

急かすように悲鳴にも似た声色で私に訴え掛けてくるアリシアの声を聞きながら、私は“遮断”と“反射”のサイクルを自身の脚に施し、その能力を付加したまま眼球を抉られた挙句、頭骨に直接弾丸を叩き込まれ、もがき苦しんでいる鳥獣の巨体に強烈な蹴りを炸裂させていく。
それは焦りから来る行動だったのか。
それとも最初から自身の胸で渦巻いていた嗜虐心が私にそうしろと命令を下したのか。
そこら辺の細かい事は自分自身にもよく分からないし、今更裁量がどうなの理屈がどうなのと小難しい事を考える気もさらさら無い
だけど、何処か本能に程近い感覚が私に訴えてきたのだ。
このままでは遅い、と。
この速度ではあまりにも遅過ぎる、と。
何度も何度も、それこそ幾百も幾千もを越えて、加速せよと言う命令を私の頭の内側で止まらない警鐘の様に鳴り響いていく。

其処に何か大きな理屈や理由が存在していた訳じゃない。
だが、一分を切ったと言うアリシアの報告が私の中で決定的な琴線を揺らしたのだ。
触られたくない。
誰にもこの身に触れる事を許さず、総ての干渉を断ち切って純白たる己を保ち続けると言うのが私の渇望であり、その能力だ。
だが、もしもこの先……その一分が経過した後はどうだろう。
汚い物には触れたくない。
だから触れさせもしないし、触れないでも相手を殲す力を私は望み願ったのだ。
その先に在るのは論理の矛盾。
触れられたくないのに触れられるようになってしまうと言う私の心を支えていたアイデンティティが音を立てて崩れかねない最悪の結末だ。

元よりジュエルシードの能力にはその発動の安定性から連続活動時間が五分に限定されていて、私は小出しに能力を使う事でその消費を何とか抑えようと工夫はしていたのだが─────今回の戦いはそんな当たり前の制限すら頭の中から消え失せてしまうほど激しい物だった。
結果、私は無節操に能力を行使し続けた挙句の果てにこんな大事な局面で最悪の現状を招いてしまっていると言うのだ。
畜生、よりにもよってなんて間が悪いんだ。
尚も術式の詠唱を続け、その勢いで二、三個空中に浮かんだ束縛術式を突き破っていく鳥獣の姿を追いながら私は胸の内に堕ちていくイラつきをそんな風な言葉で表し、頭の中に浮かべていく。

それは風船に空気を入れる作業と同等の行為だった。
アリシアの登場によって再び理性が息を吹き返した現状を萎んでいると例えるならば、再び心を加速させていく為には一度頭を破裂させて頭の中を空っぽにしなければならない。
その為に挿入される糧はイラつきやストレス、恐怖や怯えと言って負の概念だ。
なまじ自身の能力の根本が接触を忌避する物であるが故に、聞えの良いお題目や謡い文句なんかではこの身を獣として駆動する事は叶わないのだ。

この心は人間の物であるとは誓った。
だが、このまま負けるようでは─────もう一度この身を嵐を纏って暴れ狂う獣へと変えてこの一瞬を駆けるしかない。
勝つためには手段を選ばないと誓った以上、この理性が月の裏側まで吹っ飛ぶ羽目になったとしても私はこの加速と術式の構築に全てを託すしかないのだ。
加速するのはほんの一瞬だけで良い。
最悪術式が紡ぎ終わった後、発射の号令が出来る程度の理性が残っていれさえすればいいのだ。

故に、私は今この瞬間に叫びを上げ、円環の理も超えてこの刹那を駆け抜けよう。
速く、速く……何処までも速く、誰よりも速く疾走して吹き飛ばそう。
この身は一陣の嵐にして一匹の獣。
誰にも触れられたくないと、誰からも干渉されたくないと心から誓ったが故にその手中に収める事の叶った力を纏い暴れる暴虐の化身だ。
ならば、その証明はこの身が此処に在るという事実を持って示し出すしかない。
『石油(あい)』を注ごうと『泥(あくい)』を浴びせようとも関係なく、ただ総てを喰らう狂獣が今此処に存在し得ているのだと吼え暴れ回る他ないのだ。
だから私はこの瞬間、自らの理性を自らが作り出した歪な法則によって上書きし、呻くように更なる術式を構築しながら更なる追撃を吹き飛ぶ鳥獣へと叩き付けていく。
それは……もはや留まる事の知らない本能が妄執、情熱、狂愛と目まぐるしく移り変わって繰り出される一種の人的災厄だった。

『っ!? ジュエルシードの安定率が限界まで振り切れてる……。まさか、なのはお姉ちゃん─────』

「あはっ、くくっ……アァァァハハハハハハァッ!! YaaaaaAAAAAAAHaaaaaAAAAAAA!!」

獣染みた咆哮を口から駄々洩らし、私は一直線に吹き飛んでいく鳥獣を追って自身の持てる能力の総てを残る一分と言う時間に総て注ぎ込んでいく。
もはや其処に理性や理屈などは無い。
ただ己の渇望とそれが事切れて無防備になってしまうと言う恐怖が並列して脳から発せられる電気信号を歪め、物理法則の縛りもかなぐり捨ててこの身を暴れ回せ続けるのだ。
故に今この瞬間の私は何物もを拒絶し、その所為で自分でも判別が叶わなくなってしまうくらい無茶苦茶な理論を現実の物としてこの場に顕現させる。
それは誰にも触れられたくないと言う願いから生まれた酷く歪んだ私だけの法則。
地面も、風も、空気も、水も、重力も─────この身に触れる何もかもを拒絶し、跳ね回り、まるでリニアモーターカーやマリオカートシリーズの金色キノコをゲットした後、ボタン連打を繰り返した時の様に際限なく己が纏う速度を加速させていくという超理論だ。

だけど、それは決定的なまでに矛盾した酷く脆い物でもある。
何故なら人は酸素を取り込まなければ窒息してしまうし、水を取り込まなければ脱水症に掛かってしまったりもする。
そして何よりも第一に、攻撃を繰り出すには相手に触れなくちゃいけないという現実がこの世には横たわっている所為で元よりその能力が生み出された理屈に正当性など欠片たりとも存在していないのは明白なのだ。
だが、故に私は理性を捨て去り、狂い、暴れ、猛り続ける事でその妄執を無理やり現実の物として展開しているのだ。
元より理屈など破綻していて当たり前だ。
干渉を遮断するなどという手前勝手の理屈を世界に向けて叩き付け、あまつその法則を捻じ曲げて自分色に染め上げようと行使しているのだからその力の根本が歪んでいない筈が無い。
だが、それならそれで上等だ。
その矛盾こそが私の身体を推し進め、遮断と反射の力を更なる極限まで昇華させていくのだから。

絶叫を上げながら、私は足場となるもの全てを踏みしめ、その爆発的な加速力を持って悠々と宙を舞って間もない鳥獣へと距離を詰める。
もはやその速度はライフル弾もかくや。
砂を踏みしめたかと思えば地面が破裂して吹き飛んで行き、空気を踏みしめたかと思えば空間が歪んで突風が吹き荒れる。
そう、もはやこの空間にある総てを足場として活用し、ピンボールの玉のように跳ね回る私には重力の縛りも無ければ物理法則による制約も無い。
ただ跳ね回る嵐として総てを吹き飛ばすが故にこの世における何もかもをこの身に触れさせないと言う渇望を持ってして、今この瞬間に吹き荒れ続けるのだ。
だから、この私が駆ける場所に限界は無い。
それが例え空中であろうとが水面であろうがこの身に触れるなと私が望み続ける限り、何もかもが壁となり、足場となり、天井となり変わってしまうのだ。

バルディッシュを持った握り拳を幾度と無く叩き付け、桜色のリングによる鳥獣の拘束を根こそぎ引き千切って更に奥へ奥へと追いやりながら私は更に能力を行使してそれを追いかけ続ける。
既に鳥獣の身体はグチャグチャだ。
もはや骨が何処の部分に嵌っていて、内臓が一つでも無事な物が在るのかどうかすらも危ぶまれるほどに其処彼処で原型を留めていない肉片が撒き散らかされていっている。
もはやハンバーグ用のミンチ肉が空中を飛んでいると表現しても過言では無いだろう。
だが、そんな事は私には関係ない。
どうせ奴は何処までバラバラにしたって殺した傍から復活してくるのだ。
死ぬまで殺し続けたところで意味が無いのなら、この速度が続く限り最大の苦痛と最大の悪意を持ってその身に絶望を叩き込んでやるまでだ。
寄るな、触れるな、近付くな。
呪詛のように延々とそんな言葉を心の中で繰り返しながら、私はバルディッシュの刃を振るって目の前の肉塊を自分の目の前から引き剥がしながら地上から訳6メートルほど離れた虚空を足場にして更にその身に纏う速度を上昇させながら鳥獣の顎へと銃把を包んだ右の手の鉄拳を叩き込んでいくのだった。

『ぼうっ……そう……?』

「Voruber,ach,voruber─────」

『メインユーザーのメンタルが危険域に移行しました。直に戦闘を停止しなければ安全の保証は出来ません』

「Und ruhre mich nicht an─────Und ruhre mich nicht an!!」

口から漏れ出すのは知性や理性の埒外から発せられる異次元の言葉。
もはやそれが何語であるのか、そもそもこの世界の言葉であるのかと言う事すらも理解が出来ぬまま私はただ前へ前へと押やられて行く。
だが、理性が月の裏側までかっ飛んでいる今の私でもその意味合いが何なのかという事は理解する事が出来た。
Und ruhre mich nicht an─────私に触れるな、この身に触れるな。
そう、それはこの身に何物も接触する事を叶わなくさせようと紡がれる祈祷の言葉だった。
何者をも寄せ付けず、また何者にも染まらず純白であり続けること。
その一念を追求し、只管に接触を忌避し続けたが故に生まれた歪な願い事の表れが言葉となって紡がれているのだ。

だけど、この瞬間にもジュエルシードの活動時間は刻々と失われ続けている。
更に言えば究極的に他者を排斥し、確固たる己を確立せしめる筈の能力を用いているにも拘らず最終的には徒手空拳に頼らざるを得ないと言う現状が矛盾の拡大に拍車を掛け続けてしまっている。
誰にも触れたくないのに攻撃する為には触れなくちゃいけないという矛盾の果てにあるのは尋常じゃない程のストレスと心労だ。
幾ら理性がかっ飛んでいる現状であるとはいっても私も人間である以上、無意識的にそれ等の事柄は蓄積され続けてしまう。
まるで鳥獣に攻撃を仕掛けるたびに心が鑢で削り取られていくようだ。
私は今の現状を次第に能力の力が薄れるごとに感覚を取り戻しつつある意識の中で不意にそんな事を思った。

だが、今更止まる訳には行かない。
相変わらず数多の拘束術式を飛ばされていく勢いで引き裂き続けている鳥獣に今度は踵を振り上げて地面へと叩きつけ、更に落下していく傍からその真下に移動して鉄槍の刃を突き立てながら私は更なる追撃の手段を模索してそれを実行に移していく。
もはや私に残された時間は後15秒と無い。
元より後一分と言う制限があったが故の加速なのだ。
きっとその僅かな時間が過ぎてしまえば再び私の肉体はただの凡婦である高町なのはの物へと回帰してしまうだろう。
だけど、私の理性が再びこの身に宿った時はあくまで最後の術式を私が発動せしめられる事が叶った時。
今更どんな要因があろうと、その時が来るまで私は絶対に立ち止まる訳には行かないのだ。

「Ich bin noch jung, geh, Lieber!」

『お願い、止まって! このままじゃなのはお姉ちゃんが……っ!』

「Gib deine Hand, du schon und zart Gebild!!」

私はまだ老いていない。
故に死よ、この身に這い回る死神よ消え失せろ。
異次元の言葉で私は請い、願い、詠いながら一直線に空中に打ち上げられていく鳥獣の姿を追って空中を駆け上がっていく。
そして、其処から先に待ち受けているのは徒手空拳による殴打の嵐。
爪で引き裂き、顎で食い千切り、殴って、蹴って、頭突いて、数多の拘束術式の波へと引きずり込む。
その身に纏う駆動と加速の加護を武器に、一瞬の内に何度も何度も……それこそその身にまともな部分など一つとして残さないと言わんばかりに私はその身を蹂躙し尽くしていく。

けれど、時間はもう後十秒も無い。
それに数多の矛盾を蓄積させ過ぎた御蔭で胸は鉛のように重く、心はまるで北ベトナム軍に攻め込まれたフエの王城のように襤褸襤褸だ。
きっと術式を解き放った瞬間……いや、理性が再びこの身に宿ったその時を持って私の意識は事切れてしまう事だろう。
だから、もうそろそろこのかっ飛んだ理性の皮を脱ぎ捨てて身体の中で蠢いている魔力の流れを解き放ってやらねばならない。
今日一日の戦いで私もかなり疲れてしまった。
いい加減もうこの闘いも終いにしたいし、そろそろ理性無しに術式を保っているのも限界だ。
ならば、この際遠慮することなんて何一つ無い。
最後の仕上げにドカンと一発でかいコンボを決めて奴を葬り去ってやるまでだ。
私は目の前で破壊と再生を繰り返す肉塊を宙に浮かぶ手短な捕縛術式の方へと拳を振るって叩き込み、限界を遠に超えているであろう理性の内側から溜まりに溜まった魔力を鏃に変えて放出する為の号令を言霊に変えて解き放つのだった。

「フォ……トンっ、ランサァー・ファ、ランクス……シフトォォォオオオオォッ!!」

『なっ……暴走が、止まった!?』

「さァ、これで幕引きだよ! 舞い散れ、フォトンスフィアッ!!」

『……本当、出鱈目さんだよ。バルディッシュ! 封印術式を展開するよ。発動のタイミングはなのはお姉ちゃんが言ってた通りに!!』

了承を告げるバルディッシュの機械音声と共に、それまで空間を支配していた数多の捕縛術式が掻き消える。
そして、その代わりに生み出されたのは無数の桜色の球体。
敵を討ち貫く為の鏃を生成する魔力の塊が一つ、また一つと空間を制圧するように浮かび上がり、その一つ一つが鳥獣の急所を穿たんと狙いを定めていく。
フォトンランサーの最終級術式。
モード・ファランクスシフト。
本来なら数発から十数発が精々と言う射撃魔法を機関銃の掃射の如く撃ち出し続け、空間を制圧し、相手をその空間ごと吹き飛ばす私の奥の手中の奥の手だ。

だが、それだけでは終わらない。
これはあくまでも囮であり、本命は別の所にある。
私は次第に霧が掛かるように薄れていく意識を限界まで振り絞り、止めに使用する為の術式を即席で組み上げていく。
威力が低くても良い。
与えるダメージが極僅かであろうと、其処から生まれる結果が陳腐な物でも何でも構わない。
ただ一点……鳥獣の生命の核であるジュエルシードに一本でも突き刺されさえすれば、もうそれだけで十分だ。
願を掛ける様に術式を紡ぎ、無数に浮かぶフォトンスフィアの弾幕の外側に更なる攻撃術式を上書きしながら私は祈りを捧げていく。

やれるだけの事はやった。
もうジュエルシードの力は限界まで使い切ったし、この攻撃が終われば流石に私の意識も限界の奥底まで落ちるだろう。
まぁ、最後の結果を見届けられるかどうかあまり自信が無いというのが少々悔しい所ではあるが、そこら辺のところはアリシアに頑張って貰うとしよう。
散々心配や迷惑掛けておいた挙句こんな事をのたまうのはちょっと気が引けるけど、今の私たちは一蓮托生のパートナーだ。
まぁ、どうせ後々色々とお説教はされるだろうけど少しくらいは責任押し付けたって罰は当たりはしないだろう。
私は最後の力を振り絞ってゆっくりと落下していく己の身体すらも省みず、宙に浮かぶ無数のフォトンスフィアに向かって突撃の号令を叫びあげて行くのだった。

「あばよ、くたばっちまえってね……撃ち砕けェ、ファイアッ!!」

私が叫んだ号令と共にその場に存在していた全てのフォトンスフィアが鏃へと変化し、宙に拘束された鳥獣に向かって一斉に飛来していく。
合計38基、毎秒7発の空間制圧射撃。
それは映画やアニメなんかでよく見かけるような機関銃の射撃とは程遠い、文字通り空間を根こそぎ蹂躙するような凄まじい物だった。
100、200と桜色の鏃が鳥獣の身体に突き刺さり、当たった端から更に飛来して肉や骨を砕いてバラバラに引き裂いていく。
それは時間に換算すれば僅か10秒に満たない間の出来事であった。
だが、その間にも鳥獣の身体は再生が間に合わなくなるほど徹底的に突き崩され、今度こそ本当に無残な死に体を私に晒しあげていく。
もはや抵抗の余地など何処にも残されていない。
それはこの場において殆ど意識を保てない所まで来てしまった私からしても火を見るより明らかな事だった。

そして、其処でようやく鳥獣という肉の外殻が取り除かれ、その核となっていたジュエルシードが私の視界にその姿を晒し出す。
先ほどは此処でつまらないミスをして再び鳥獣を復活させるような羽目になってしまった。
だが、既にもう策は打ってある。
攻撃が止み、フォトンスフィアが消え失せたその先に待ち構えているもう一つの本命。
ファランクスシフトよりかは威力は少ないが、それでも封印術式を内包して展開した私の切り札だ。
正直この魔法は使った事も少ないし、実戦で使うのは初めてのことだけど……それでもこの局面に来て外すほど私も愚かではない。
私はバルディッシュの機械音声に合わせて地面に膝をつきながら着地し、最後の最後で鳥獣に対する別れの文句としてその術式を発動させながらゆっくりと前のめりにその身体を倒していくのだった。

『Thunder Blade』

刹那、煙が舞い上がる空間を割いて宙に浮かぶジュエルシードに十を越える桜色の剣が次々と突き刺さっていく。
複数攻撃術式、サンダーブレイド。
本来は封印に使うような術式ではないが、急ごしらえで取り繕った程度にしては中々の威力を孕んでいる広域攻撃魔法の上位版だ。
だが、その威力は通常の訓練で撃ち放つものよりかは大分劣り、剣の大きさも精々ダガー程度の小さな物に過ぎない。
どうやら先ほどのファランクスシフトに魔力を使い過ぎた事と、今にも意識が途切れそうになっていると言う事が仇になってしまったらしい。
今はまだ何とかその数と制度で鳥獣の復活を制していられるから良いものの、後数秒もすればその抑制だって優に破られてしまう事だろう。
このチャンスを絶対に逃す訳にはいかない。
私は途切れかけている意識の中でとある一つのキーワードをポツリと呟き、後のことをなにやら泣きそうな声で私に呼び掛けてきてくれているアリシアに任せながら今度こそ完全に意識を手放していくのだった。

「ブレイク……っ!」

刹那、少しずつ閉じていく私の視界に何かが爆発した。
それが何であるのかはもう今となっては判別する事は叶わない。
ちょっと……っていうか、はっきり言ってもう大分疲れた。
魔力も空っぽであるならば体力も其処をつき、正直身体を一部分でも動かすのすら億劫だ。
そりゃ、確かに戦闘が終わったからってこの場から離れなくちゃ意味が無いのはよく分かっているけれど……この際もうどうだって良い。
もう大分眠くなってしまったし、この上なく疲れた。
そろそろ休んでも、別に構いはしないだろう。

途切れ行く意識の中で私は今度こそ妥協にも似た思いを抱いて、少しだけ頬を緩ませていく。
勝ったかどうかは分からないけれど、少なくともやれるだけの事はやったのだ。
後の事くらいは人任せでも……まぁ、構わないだろう。
そんな優しげな念と悲鳴のような少女の声に塗れ、私の意識は薄暗い闇底へと落ちていく。
何処までも、何処までも。
その表情に安らかな微笑を浮かべたまま……眠りという果ての無い場所へと。
少しずつ、少しずつ……。





・補足
もしかしたら分からないかもしれないので一応補足。

・サンダーブレイド
備考:原作であるA's第7話においてフェイトさんが使用。
サンダーレイジの上位互換であり、一応属性としては広域攻撃魔法に部類する。
シグナム姉さんにエチィことをしようとした触手を切裂いたのもこの魔法である。
本作においては威力を落として発動したが、勿論本来の威力で撃つことも可能です。
触手プレイなんて今時流行らねェんだよ!

・ライトニングバインド
備考:原作無印の第11話にてフェイトさんが使用。
設置型の捕縛術式であり、本来は不可視であるが今回はアリシアさんがアホみたいに沢山生成した所為でその必要も無くなった為、単なる宙に浮かぶ魔法陣と化している。
本作においても原作においてもファランクスシフトを使う事を前提に使用されるもの。
四肢束縛プレイってエロいよね。

・なのはさんが口走っていた謎の外国語
備考:ぶっちゃけ異界の言葉ではなく単なるドイツ語。
ついでに言うとフランツ・シューベルトの歌曲の一節であり、詩はマティアス・クラウディウスが紡ぎ上げた『Der Tod und das Mädchen(日本語訳「死と乙女」)』が元ネタ。
本作での元ネタは『Dies irae~Acta est Fabula~』というゲームに置いての中ボスである白騎士ことシュライバー(別名:白いアンナちゃん)が暴走しながら口ずさんでいるのだが、気にいったので拝借してきました。
ちなみに全文としては……。

Vorüber! ach, vorüber!
あぁ、どうか……どうか何処かへ行って。
geh, wilder Knochenmann!
野蛮な死神よ。
Ich bin noch jung, geh, Lieber!
私はまだ若いのだから(老いていないのだから)。
und rühre mich nicht an,
私に触れないで。
und rühre mich nicht an.
私に触れないで。
Gib deine Hand, du schön und zart Gebild!
美しく繊細な創造物である貴女よ、恐れず手を伸ばせ。
bin Freund und komme nicht zu strafen.
我は貴女の友であり、罰する為に来たのではないのだから。
Sei gutes Muts! ich bin nicht wild,
あぁ、恐れないで。怖がらないで。誰も貴女を傷つけはしない。
sollst sanft in meinen Armen schlafen!
我が腕の中で愛しい貴女よ。穏やかにお眠りなさい。

少々訳に難があるかもしれませんが、これがうめき声の正体です。
何故ドイツ語なのか、ベルカ関係の事に関連しているのかは一先ず不明です。
それでは何時も通りのどうでもいい補足情報でした。


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