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No.15606の一覧
[0] 孤独少女ネガティブなのは(原作改変・微鬱)[ランブル](2010/04/02 18:12)
[1] プロローグ「きっかけは些細な事なの……」[ランブル](2010/03/15 14:33)
[2] 第一話「友達なんて必要ないの……」[ランブル](2010/03/15 14:36)
[3] 第二話「都合の良い出来事なんて起こりはしないの……」[ランブル](2010/03/15 14:43)
[4] 第三話「泣きたくても耐えるしかないの……」(いじめ描写注意)[ランブル](2010/01/23 17:32)
[5] 第四話「一人ぼっちの夜なの……」[ランブル](2010/03/15 14:52)
[6] 空っぽおもちゃ箱①「とある少女達の語らい」#アリサ視点[ランブル](2010/03/15 15:00)
[7] 第五話「出会い、そして温かい言葉なの……」[ランブル](2010/03/20 16:45)
[8] 第六話「変わる日常、悲痛な声なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/03/15 15:22)
[9] 空っぽおもちゃ箱②「誰かを救うということ」#トーレ視点[ランブル](2010/03/15 15:28)
[10] 第七話「これが全ての始まりなの……」[ランブル](2010/03/15 15:51)
[11] 第八話「現実と向き合うのは難しいの……」[ランブル](2010/03/15 16:00)
[12] 第九話「所詮理想と現実は別のお話なの……」[ランブル](2010/03/20 16:47)
[13] 空っぽおもちゃ箱③「欲しても手に入らないもの」#すずか視点[ランブル](2010/03/15 16:18)
[14] 第十話「護るべき物は一つなの……」[ランブル](2010/03/15 16:21)
[15] 第十一話「目的の為なら狡猾になるべきなの……」[ランブル](2010/03/15 16:25)
[16] 第十二話「何を為すにも命懸けなの……」[ランブル](2010/03/15 16:30)
[17] 第十三話「果たしてこれが偶然と言えるの……」[ランブル](2010/03/15 16:38)
[18] 空っぽおもちゃ箱④「打ち捨てられた人形」#フェイト視点(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:50)
[19] 第十四話「終わらせる為に、始めるの……」[ランブル](2010/03/15 16:39)
[20] 第十五話「それは戦いの予兆なの……」[ランブル](2010/03/20 16:44)
[21] 第十六話「月明かりに照らされた死闘なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[22] 第十七話「不安に揺らぐ心なの……」[ランブル](2010/04/02 18:10)
[23] 空っぽおもちゃ箱⑤「枯れ果てた男」#クロノ視点[ランブル](2010/04/19 22:28)
[24] 第十八話「それは迷える心なの……」[ランブル](2010/05/05 17:37)
[25] 第十九話「鏡写しの二人なの……」[ランブル](2010/05/16 16:01)
[26] 第二十話「芽生え始める想いなの……」[ランブル](2010/06/10 07:38)
[27] 第二十一話「憂鬱の再開、そして悪夢の再来なの……」[ランブル](2010/06/10 07:39)
[28] 空っぽおもちゃ箱⑥「分裂する心、向き合えぬ気持ち」#恭也視点[ランブル](2010/08/24 17:49)
[29] 第二十二話「脅える心は震え続けるの……」(微鬱注意)[ランブル](2010/07/21 17:14)
[30] 第二十三話「重ならない心のシルエットなの……」[ランブル](2010/07/21 17:15)
[31] 第二十四話「秘めたる想いは一筋の光なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/10 15:20)
[32] 第二十五話「駆け抜ける嵐なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[33] 第二十六話「嵐の中で輝くの……」(グロ注意)[ランブル](2010/09/27 22:40)
[34] 空っぽおもちゃ箱⑦「欠けた想いを胸に抱いたまま……」#すずか視点[ランブル](2010/09/27 22:40)
[35] 空っぽおもちゃ箱⑧「最後から二番目の追憶」#すずか視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[36] 空っぽおもちゃ箱⑨「Super Special Smiling Shy Girl」#セイン視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[37] 第二十七話「その心、回帰する時なの……」[ランブル](2010/10/25 19:25)
[38] 第二十八話「捨て猫、二人なの……」[ランブル](2011/02/08 17:40)
[39] 空っぽおもちゃ箱⑩「遠い面影、歪な交わり」#クロノ視点[ランブル](2011/02/13 11:55)
[40] 第二十九話「雨音の聞える日に、なの……」[ランブル](2011/04/18 17:15)
[41] 第三十話「待ち人、来たりなの……」[ランブル](2011/04/18 20:52)
[42] 空っぽおもちゃ箱⑪ 「殺されたもう一人のアタシ」#アリサ視点[ランブル](2011/06/05 21:49)
[43] 第三十一話「わたし達の時間、なの……」[ランブル](2011/07/03 18:30)
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[15606] 第二十二話「脅える心は震え続けるの……」(微鬱注意)
Name: ランブル◆b9dfffe8 ID:282a81cc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/21 17:14
抱えきれない程の悲しみは時に涙さえも枯らしてしまう物である。
疎らに人が行き来する早朝の学校の廊下から自身が所属している教室の方をぼーっ、と眺めながら私こと高町なのはは不意にそんな言葉を思い浮かべる。
一体何時から私はこんな光景を当たり前の物だと思い始めるようになってしまったというのだろう。
そんな疑問と直結して導き出される筈の記憶は未だに曖昧なまま。
ただ今この瞬間─────いっそ逃げ出してしまいたくなるようなこの刹那に起こった現実を仕方の無い物だと受け止める事しか出来ずに私はこの場に立っている。
いや、どちらかと言えば半分以上は自分の意思でそうしている訳ではないのだから“立たされている”といった方が適切なのだろうか。
まぁ、どちらにせよ既に此処に至る記憶を思い出すことすら叶わない私にとっては考えるだけ無駄な事だというのは変わりないのだが。
私はあまりにもこの異常な状況に慣れ過ぎたしまった自分を心の底で嘲りながらも、そんな今にも逃げ出してしまいたいという気持ちと反するようにただその場に呆然と立ち続けて教室の内に存在する”ある一点“だけを虚ろな瞳で見つめ続ける。
この場に立つと急に襲い掛かってくる激しい動悸と耳鳴りに時折視界をぼやかされながら。
黄色い菊の花が活けられた花瓶が置かれている私の席の方を、只管に。

どうして其処にそんな物が存在しているのか。
今更になってそんな風な疑問が私の脳裏を掠めたのは恐らく今日が連休明けであった事と、此処数日の生活が凡そ現実のものでは無いのではと勘潜ってしまうほどに充実した物であった所為なのだろう。
自分がこの学校という場においてどのような立場の人間であり、また今まで其処でどのような扱いを受けてきたのか。
本当だったら片時だって忘れる筈の無い事の筈だった。
だけど不幸のどん底に突き落とされた人間にはこの国で言う“必要最低限の幸せ”ですら現実を忘れさせ、あまつさえ自分は幸せになれた等と現実逃避めいた淡い幻想を抱かせる程の輝きを帯びているように思えてしまう。
故に今日の私はこんな風に考えてしまっていたのだ。
連休明けの今日くらいは他の連中も浮かれて何もしてこないだろうという、何処までも甘い想像を……。

思えば此処数日の立ち回りが私の感覚を狂わせていたのだと今になってつくづく実感させられる。
らしくも無い努力、そしてこの身に似つかわしく無い温もりと笑顔。
文字通り“死ぬような思い”をして、ありえないような化け物と闘って、ズタズタに傷付いて……それで「自分は強くなったんだ」っていうような偽りの錯覚だけが此処数日の間、私の気持ちを少しだけ強気にさせていてくれた。
でも、それは結局仇にしかならなかったのだ。
偽りの世界で銃把と戦鎌を手に、血と臓物で出来た道を駆け抜け続けた自分。
今朝方のすずかちゃんに対してあれだけ大口を叩いて啖呵を切った自分。
そして……限られた止まり木の傍では曇りない心で笑顔を浮かべられる自分。
そのどれもがいっそ眩しい程だと感じてしまう筈の現実を自己の全てだと思い込み、またそれが所詮偽りで塗り固められた物であるという事を今この瞬間に至るまで気が付く事が出来なかったのだから。

本当、考える度に私ってどうしようもない位に馬鹿な奴なんだなって思ってしまう。
だって、そうだろう。
私は……いや、客観視して言うのであれば”高町なのは“は嘘偽り無い現実に引き戻される今この瞬間に至るまで自身の持つ“能力”があくまでも物理的な物であるに過ぎず、現実に蔓延る社会という名の群れの概念の中で通用するような“力”ではないという単純な図式すら理解してなどいなかった。
それを愚かと言わずして何と評すのか、私には皆目見当も付かない。
と言うか、正直な所かなり馬鹿っぽい。
今まで何度同じような事を繰り返したのかも知れないというのに。
そうやって起こった勘違いが結局今の現状のように苦痛に変わって返ってくると分かっていた筈だと言うのに……。
一体、私は何にそんなに期待しているというのだろう。
私は頭の片隅でそんな風に疑問を浮かべながらも反面では「所詮私の現実なんてこんな物か……」と諦めの念を浮かべつつ、ゆっくりと教室の中へ足を踏み出していく。
誰にも聞こえないようなか細い声で、自身でもどうでも良いと感じてしまうような独り言を呟きながら……。

「まったく……馬鹿みたいだな、私。高々すずかちゃん程度に強気になった位で何勘違いしてたんだろう。まぁ、馬鹿なのは昔からなのかもしれないんだけどさ……」

誰が聞いてくれる訳でもないそんな自嘲めいた独り言は不気味な程に生温い雰囲気を孕んだ教室の空気に溶け、そして誰にも気が付かれぬ内に四散する。
それ程までに私の呟きは小さく、また力無い物であったという事なのだろう。
意を決して教室に足を踏み入れたところで誰も私の方を向こうとはしない。
別に注目して欲しいという訳じゃないけれど、この場にいる誰もが意図的に“高町なのは”と言う存在が元より居なかったような態度を取っているのかと思うと今更ながら少し寂しい物だと思った。
所詮私なんて彼らからすれば態の良いサンドバックか、さもなくば是が非でもこの場から排除したい汚物位にしか認識されていないのだと身をもって知っている筈だというのに……。
やっぱり、初めから存在しない物のように無視され続けられるのは辛い。
今更になってそう思ってしまうのは先生やフェイトちゃんと過ごした時間があまりにも優し過ぎた所為なのか、はたまたアリシアという存在が今まで片時も離れず傍にいてくれたという安心感が私を満たしてくれていた所為なのか……。
正直どちらであっても答えは変わらないし、どちらでもあるのだと私は思う。
だってそうじゃなかったら今更になってこんな風に悲しいだなんて私が思う筈無いのだから。

やっぱり、あの温もりは私にとって過ぎた物であったのだろうか。
自身の席の前まで歩を進め、改めて自分の机の上に無造作に置かれた花瓶を見つめながら私はふとそんな事を思い浮かべる。
ほんの少し前の私ならこの程度の仕打ちで別段何かを想い、憂う事などは無かった。
暴力に訴えかけられないだけマシ。
よしんば何か思った所でこの程度で済んでくれたと見当違いな安堵を浮かべるのが関の山だった事だろう。
何せ本来そう感じるのが私にとっての“普通”であり、それ以外の余計な考えはこれまで私がこの空間の中で生きていく上で無用の長物にしかなりえないのだから。

要らぬ感情はこの身が生きている限り一生蔑まれ続けるのだと悟ったその日から全て切り捨てた筈だった。
だってそんな感情は抱えているだけ重荷でしかなく、またそうやって何時までも重たい物を引き摺って歩いていけるほど私も強い存在ではなかったから。
切り捨てるほか選択肢が残されていなかったのだ、この身には。
だからこそ、私は今まで生きてこれた。
幾ら嬲られても正気を保っていられたし、どれだけ蔑まれても自身が自身である理由を見失う事も無かった。
何故なら、これまで私は自身が置かれている立場と自分自身を総合して考えた際に「所詮、私はこの程度の存在でしかないなのだ」と折り合いを付けること叶っていたから。
自分自身で高町なのはという存在は“こういうモノ”でしかないという事で己を納得させ続けていられたのだから。
故に私は……高町なのはは自身を他者に足蹴にされ続ける弱者であると認める事で自身のアイデンティティを保ってくる事が出来たのだ。

だが、今は違う。
此処数日の間に私が触れた優しさが……向けられる笑顔が……そして誰かの隣に自身がいるという事で感じられる温もりがそんな私の認識の核に陰りを帯びさせたのだ。
別段、私だって何も己の身に起こった理不尽の何もかもを許容出来ていたという訳ではない。
泣きたい時だってあったし、辛くて心が折れそうな時もあった。
嵩み過ぎた心労が原因で不眠症にも陥る羽目になったし、度々降り掛かってくるフラッシュバックや過呼吸にも似た発作に至っては治るどころか未だに改善の兆しすら見えてこないという有様だ。
だけど、今までは耐えてくる事が出来た。
己の日常を果ての無い牢獄だと思い込み、其処から抜け出せない自分に絶望する事で私は一個人としての在り方を……”高町なのは“としての在り方を確かな物にしてこれたのだ。
だけど本当はそんな物は結局強がりでしかなかったんだな、と今なら分かる。
だって、今になっても私はまだこんなにも……思わず涙が零れそうになってしまう位今の状況が辛く悲しいと思ってしまうのだから。
私は机の上に置いてあった花瓶を床に叩きつけるでもなければ、机の上から振り払うでもなく、それを静かに手に取って元々其処に置いてあったのだろうと思わしき本棚の上にそっと戻しながら俯き加減にそんな風な事を思うのだった。

「……阿呆らしい」

自身の内に蔓延り掛けた世迷いごとを私はそんな風な短い言葉で力なく否定し、そしてまたその年を抱えたまま何事も無かったかの様に自分の席へと戻っていく。
確かに今の現状を私自身納得出来ているという訳ではない。
このまま生活を続けていた所で未来永劫ずっとこの種の嫌がらせからは逃げられないのは目に見えているし、実際殆ど抑止力という物が存在しないこの学校の体制やお世辞にも良い物とは言い難い評価を抱えている私の身の上を鑑みれば今の状況の改善が容易じゃない事くらいは何となく検討も付くというものだ。
そんな未来が分かっていながら、地平線の彼方まで歩き続けたって抜け出せないような生き地獄に身を置く事を良しと出来る筈も無い。
それはきっと世界中の誰だって同じなんだろうし、無論私だって変わり無く願い続けている。
この残酷な現状に何時か安らかな終局が訪れますように、と。
何時の日かこの仕打ちが止んで安らかな日々が訪れますように、と。
今まで抱えた苦しみの一片でも良いから報われる事があって欲しい、と。
静かに、誰にも分からないような擦れる想いを抱いて……私は何時も祈り続けている。
この罵声と暴力に満ちた最底辺の日常から開放されるその日を夢見て。

だが、所詮どれだけ想い焦がれた所で現実には一切繁栄されることは無い。
それが分かっているからこそ私は今もこうして全てを諦める事が出来るのだ。
下手な期待を抱けば抱くほど裏切られた時に傷付く度合いが増す。
今までだってずっとそうだった。
信じては裏切られ、手を伸ばしては悉く弾かれ、這い上がろうとすればまた奈落の底へと蹴落とされる。
もう、うんざりだった。
どんな手段を講じても抜け出す事の出来ないこの不毛な繰り返しが。
そして無駄だと分かっているにも拘らず、気がついた時にはまた同じ事を繰り返そうとする己自身の弱い心が。
もう……うんざりだったのだ、私は。

だからこそ私は今まで誰にも本音を悟られぬ様に心を閉ざしてきた。
嬲られた時に感じた痛みを「痛い!」と嘆くこともなく。
罵声を浴びせ掛けられた時に感じた辛さに「止めて!」と叫ぶこともなく。
物を隠された時に抱いた遣る瀬無さに「助けて……」と呟くことなく。
ただ誰にもこの心に踏み込んで欲しくないという一心で本来表に出て然るべき感情を一切合財全てかなぐり捨てて、己の心に錠を掛け続けてきたのだ。
もうこれ以上傷付きたくないが故に。
もうこれ以上誰も信用したくないと思うが故に。
そして何よりも、この心が欲した孤独という名の安息に縋り続けていたいが故に。
私は心の扉に錠を掛け、溢れ出しそうな感情が二度と表に出てこないよう自らに制約を課したのだ。
だって、そうしなければ多分私は分泣いてしまうだろうから。
わんわん見っとも無く泣き叫んで、嗚咽交じりの声で理不尽を訴え続け、そしてまた昔日のあの日のように……最も虐めが激しかったあの頃のように黙らせられるまで何度も何度も執拗に甚振られ続けるのが落ちなのだろうから。

理不尽だと思うことは何度もあったけど、所詮これが私の現実。
納得なんてとても出来た物ではないけれど、無理やりにでもそんな風に自身に制約を課さなければ私は真っ当な精神を保っている事すら出来なかったのだ。
それに、そうある事で感じる痛みも大分少なくもなった。
お弁当の中に絵の具を垂らされても悲しいとは思わなくなったし、先生と知り合う前や彼女が非番の時にトイレの個室で御飯を食べなきゃいけないような状況にも大分慣れた。
今はもう少なくなったけど、上級生にお金をせびられて脅し取られる事にも……それが払えなかった所為で受けてきた私刑の痛みにだって絶え続けてくる事が出来たのだ。
だから、私は自分で選んだ選択を決して間違っているとは思わない。
思わないけれど、やっぱりそうあることが正しいのかどうかは私にも分からない。
私はただその時の自分に出来た精一杯を実行してきただけ。
よく吟味して選択を選んできたなんて大層な事は言えないけど、出来うる限りの最善は尽くしてきたのは紛れも無い事実だ。

でも、現実はやっぱり変化することなく私の周りで渦巻いている。
一体それは何故なのか、その答えは考えるまでもない。
偏に私の言う最善は結局“逃げ”という行為とイコールで結ばれてしまう独り善がりで卑怯な物でしかないからだ。
現に私は何時だってこの現実に歯向かう事はしてこなかった。
いや、正確に言えば一度や二度くらいは相手にたてついた事があったのかもしれないとは思う。
だけど現状に至るまでの自身の境遇を鑑みるに、そんな強気な態度を何時までも私が取り続けられる訳が無い事位は想像に難くない。
つまり、何れにしても結局私が「その場さえ切り抜けられればそれでいい」という安直で向こう見ずな対応に身を任せるのはそう時間の掛からない事だったという事だ。

勿論私だってそんな曖昧な態度を取り続けていれば相手を調子に乗らせるだけだ、という事は最初から分かっていた。
だけど日に日に仕打ちが酷くなり、損労が嵩む内に段々と私の精神はそんな事すら思い起こせなるほど疲弊しきっていって……やがて否応もなく諦めるという選択を取るしかなくなったのだ、私は。
そして、その結果は今更彼是語るまでもなく今現在に回帰する。
この腐りきった正方形の毒壷の中でただただ精神をすり減らす日々を日常とするという、最低最悪の現状へと。
私は心の中で私をこんな風に陥れたのにも拘らず平気な顔でヘラヘラ笑う周りの人間に言い表し様の無い不快感を感じつつも、周りがそうあるのは結局自信の責任でしかないと自分に言い聞かせ、そのまま静かに珍しく汚されていない自らの席に座り、机に突っ伏して寝た振りをしながらホームルームが始まるまでの空き時間が過ぎるのをただただ待ち続けるのだった。

(早く……学校、終わらないかな……)

瞼を閉じ、意識を自身の思考に半分以上移し変えながら私は暗く染まった視界の内側で不意にそんな事を思い浮かべる。
正直、私にとってこの場に留まる事は苦痛以外の何物でもなかった。
教室中で飛び交っている煩わしい雑談の声は一向に止む気配は無いし、その内の幾人かは此方の方に視線を向けてクスクスとなにやら意味深そうな笑いを零している始末。
おまけにこの何時暴力に訴えかけられてもおかしくないという心の奥底に刻み込まれた恐怖が余計にこの胸の内に蔓延る不快感に拍車を掛けていた。
バクッバクッ、と突き上げる様に心臓はその鼓動の速度を速め、言い表しようの無い不快な感覚は脂汗となって次第に額に滲んでいく。
不安、きっと今の気分を言葉に評すのならそんな風に言い表すのが適当なのだろう。
自らの腕の中に埋めた顔は強張ったまま凍ったように固まり、小刻みに震える右足は忙しく上下して奇妙な音程のビートを刻み付けたまま一向に止まる気配を見せない。
言うなれば過去の記憶と現状が酷い位にデジャブって、その所為で今この瞬間自身が感じている怯えが過去のものなのか現在の物なのか分からなくなる……そんな感覚。
それが今の私を支配する物の正体であり、またこの如何ともし難い不安な心に鉛の塊が圧し掛かってくるような重圧を掛ける一番の要因だった。

だが、考えようによっては今日の“ソレ”は何時も─────過去に私が感じてきた物に比べたらまだ幾分かマシである様にも私には思えた。
何せ何時もだったらこの程度の事はまだまだ序の口でしかないからだ。
確かに今も鼓動は微かな痛みを伴うほど激しくなる一方だし、キンキンと不快な不調音を訴え続けてくる耳鳴りも健在である事は否めない。
だけど、それは今までの経験から鑑みれば本当に軽過ぎる程の症状でしかなく、それならほんの数週間ほど前に感じていた物の方が断然きつかった、と思わず錯覚してしまうほどだった。
額に浮かんでくる脂汗にしたって大した量ではないし、何時もだったら水にでも浸したかのように溢れてくる手汗も今は無い。
それどころか、今日に至ってはあの教室中の四方八方から悪意のある視線を向けられる時に感じる悪寒すらも認知出来ないという現実に如何にも拭い切れない違和感を感じてしまって薄ら寒く思ってしまうほどだ。

詰まる所何時もに比べて感じる悪意が軽すぎるのだ、今日は。
確かにまぁ、今日は連休明けという事で授業らしい授業は無い訳だし、クラスメイトの連中にしても多分この間から世間を騒がせている『野犬騒動』の方に意識が向いているのだろうから私の存在なんか気にも留めないと言うのも納得できない訳ではない。
とは言え、だからこの仕打ちにも納得出来るか、と問われればその返答は渋らざるを得ないのだけれど……何れにしてもこの胸に募る不安が何時もよりは少し軽いという事だけは紛れもない事実だった。
その事実を運の良い事だと受け止めるべきか、それともそう感じてしまう自分自身を嘆くべきか。
正直私には判断が付かないし、無理に選ぼうとも思わない。
だって結局そのどちらを選択したところでこの心に無限に広がる虚無感が埋まると言う訳ではないのだから。

あぁ、このまま皆が皆、私から興味を失くしてしまえば良いのに。
泥沼ように濁った思考の中で私は不意にそんな脈絡の無い台詞を思い浮かべる。
それは私がこの学校来るたびに……いや、正確にはこの教室のこの席につくたびに漠然と考えていた小さな望みだった。
別にこの状況が一変されて、仲良しこよしと馴れ合いたいというような劇的な変化を望んでいるわけじゃない。
ただ、この身に降り掛かる人災が消えてなくなってしまえば、と思っただけ。
私を傷つける人間が全員私から手を引いてくれさえすればそれ以上の事は望みはしなかったのだ。
だけど結局、その想いは一向に芽吹く気配を見せないまま。
多分永劫にその願いを花として咲かせることなく、ただただ枯れ落ちるのを待つばかりだ。
私はただ皆に放っておいて欲しかっただけなのに……。

でも、今ならば何となくその想いが叶わぬ理由が私にも分かるような気がした。
なんと言うか……身の丈にあっていないのだ、その願いは。
本当は誰かから優しくして欲しい癖に妙な所で意地を張って、傷付いて、それでも尚回りの顔色を窺いながら脆く細い心を繋ぎ続ける毎日。
そんな日常に虐げられながら生きているような人間に本当の孤独なんて耐え切れる訳が無いに決まっているのだ。
だって、私は心身ともに弱く脆い人間だから。
誰からも触れられたくないなんて思っている癖に、本当は誰かに受け止めて欲しくて堪らない……そんな矛盾を孕んだ存在でしかないのだから。
孤独に憧れる物はその孤独に呑まれたその瞬間から何時までも追い回され続け、そして嘗て抱いた希望に脅えながらその日その日を恐怖する。
そんな未来を憂うが故に、私の本心は真の意味での孤独は望みはしないのだ。

故に、私は断言する事が出来る。
もしも、私の願いが真に叶う時が来るのだとすればそれは彼らが私を完全に使い潰した後のことなのだ、と。
それが何時になるのかは私自身も想像もしたくないし、その時私が今のようにまともな思考を保っていられるかどうかは分からない。
けれど、裏を返せば結局そうあることでしか私が現状から開放される術は無いのだ。
壊れて狂うのが先か、それとも周りの皆が飽きて他の標的に目を付け始めるのが先か。
それとも、結局私はこの先もずっとこのままでしかないのか。
この先この身がどうなるのかは定かでないけれど、何れにしても碌な事にならない事だけは私にも何となく分かっていた。
だけどそれでも私はその場に立ったまま、何にも行動を起せてはいない。
誰にも助けを求めることもなく、かと言って逃げ出す事を考える事もまたしない。
結局私は一人で何もかも抱え込んだまま、自身の内に蔓延る矛盾が外へと零れださないように閉じこもっているだけなのだ。
私は己の力だけでは何一つ解決する事の出来ない自身を恨めしく思いながらも、反面ではそう毒付く自身が今此処にあるのも結局は全て自身の責任である事を改めて自覚し直し、二重の意味で自身の不甲斐無さを噛み締めながら思考を続けるのだった。

(無力、か。結局私……一人で舞い上がってただけなんだよね、実際。あの暴走体に勝てたのだって結局バルディッシュやジュエルシードの力があってこその話だった訳だし、そもそもあの力だって元々は全部アリシアがくれた物なんだよね。それを何を私は自分の力みたいに思ってたんだろ? 本当っ……馬鹿だよ、私は)

誰にも気付かれないよう物音を立てない様に気を配りながらも私は自身のうちで沸々と湧き上がってくる不甲斐無さにギュッ、と掌を握り締める。
長く伸びた爪が手の内に突き刺さり、鈍い痛みが神経を刺激してその感覚が少しずつ頭のてっぺんに上ってくる。
痛いか痛くないかで問われれば、正直物凄く痛かった。
じくじくと掌の内側を這い回るように駆け巡る感覚は何処か傷口から血が溢れ出てくる光景を連想させてくるし、そうでなくとも唯でさえまともに手入れしていない指の爪はまるで鋭利な針のように深々と私の掌にめり込んでいく。
痛くないはずが無い。
それは自分自身も含めて他の誰の目からしても明らかな事だった。
とは言っても、今の私は周りの人間からしてみたら生きる亡霊のような物なのだろうし、誰も注目なんてするはず無いのだが……。
ともあれ、その痛みが尋常じゃないという事だけは紛れも無い事実だった。

だけど結局何処まで深々と爪が突き刺さろうとも、その痛みが私の頭の中を支配する事はない。
それ処か、寧ろ内出血を引き起こしそうになるような痛みが頭の内に上って来れば来るほど私の思考に霞が掛かり、手の内が疼けば疼くほど痛みが引いていく始末だ。
しかも、そんな感覚に反比例するように頭の内から滲み出る感覚が再び私の頭の中を少しずつ蔓延り始め、やがては一面真っ黒になるほどに頭の中を埋め尽くしていく。
その感覚の正体は正直私自身もあまりよく分かっていない。
ただ言えるのはその感覚が頭の中に浸食すればするほど……この胸の内に少しずつ蓄積されていくどす黒いもやもやの量が増せば増すほど意識が遠退いて行き、またそれに反するかの様に自身のネガティブな想いが加速するという事だけだった。

もやもやとした思考の中で私は少しずつ過去の自分の姿を記憶の中から引き出し、それを今の自身の現状と照らし合わせながらゆっくりと物思いに耽っていく。
もう今更になって「どうしてこんな風になってしまったのだろうか?」とか「どうして私は今になっても一人なのだろうか?」とか、そんな事を考えるという訳ではない。
私が考えたかったのはただ単純に「どうして今も昔も私は変われないのか?」、というただその一点のみ。
そんな一見どうでも良いような事をそれこそ自分でもどうだって良いと弾じてしまえる位適当に考えてみたかっただけなのだ。
どうしてそんな事を考えるのかという疑問に関しては正直自分でも明確な答えは持ち合わせてはいない。
あえて言うのであれば、その疑問だけが唯一この状況の中で私の頭の内に浮かんできたというただそれだけの事だ。
それ以上の動機もなければ、それ以下の理由も無い。
今この瞬間この場でいる自分と、嘗てよりこの場で死に掛けた虫けらのように力なく息衝いていただろう昔の自分。
この二つの“高町なのは”を照らし合わせて考えた場合、今の私は昔日の私に比べて何を如何変わることが出来たのか。
そして、もしも其処に変化があるのだとすれば具体的に私は何をしてこれたのか……。
そんな事を私はただダラダラと考えたかっただけなのだ。
この瞬間、この場にいる事があまりにも苦痛過ぎるが故に現実逃避として。

(変われたこと、か。実際……何が変わったんだろうね、今の私って)

漠然と頭の中に浮かんでくる想いに身を委ね、まるで泥沼に沈んでいくかのように私はどっぷりと深い奥底まで自己の意識を埋めながら、其処に生まれた疑問の答えを静かに導き出していく。
これまでの出来事を通して変わることが出来たこと。
今に至っても尚、変わることが出来ないでいること。
そして、それ等の事を総合して考えた場合、今の自分は昔の自分の比べてどれだけ進歩する事が出来たのかということ。
そんな様々な想いが頭の中で交錯し、それがまるで組み替えパズルのように奇異複雑に絡み合って一つの形を作っていく。
別にそれは理解出来ない事が理解出来るようになっていくという訳ではない。
元より知っていた……だけどまるで埃を被ったかのように記憶の奥底で埋もれていた記憶を掘り返し、また自覚し直しているというただそれだけの事だ。

だけど、それはある意味私にとって鬼門でもある事だった。
何せ、私にとって過去の記憶─────それも自分自身に関する記憶というのはあまり思い出したくないトラウマに塗れた存在に他ならないからだ。
一つ、また一つとその記憶が思い起こされる度に胸が苦しくなり、喉元が締め付けられるような圧迫感が段々と強まっていく。
口の中はからからに渇き、自分でも何だか顔から血の気が引いていくのがよく分かる。
それ程までに私の内から溢れてくる記憶というのは惨く、またそんな錯覚を常時引き起こしてしまうくらいおぞましい物だった。

まず初めに思い出されたのは夕日に染まった放課後の校舎裏。
其処で四、五人の上級生に囲まれ、サッカーボールのように蹴り続けられた時の嫌な記憶だ。
あの時の事は今でも鮮明によく憶えている。
クラスの人達に隠されたボロボロのペンケースや落書きだらけの教科書を校舎裏のゴミ捨て場からようやく見つけ出し、それを腕の中に抱えながらその場に蹲って嗚咽を漏らす昔の私。
そんな私を取り囲むようににじり寄る複数の人影に、背筋が寒くなるような下卑た笑み。
そして、それから立て続けて起こる暴力、暴力、暴力─────……。
殴られ、蹴られ、突き飛ばされ……挙句の派手に最後は傷だらけで動く事が出来なくなった身体に冷や水を浴びせかけられる始末だ。
その日はまだ他の日に比べて気温が温かかったとは言え、既に季節は冬も間近の11月。
彼らが満足して去った後も私は全身に奔る痛みの所為で満足に立ち上がる事も叶わず、ただただ寒さと痛みに身体を震わせながら何も無いはずの虚空を見つめ、自然に零れ落ちる涙で地面を濡らし続けることしか出来なかったのだった。

次に思い出されるのは薄暗いトイレと鋭く光る大きな裁縫鋏。
確かあれは昼休みに起きた出来事で、私は何時もの人気の無いトイレの個室でお弁当を広げていた時の事だったろうか。
その日、私は運悪く他のクラスメイトに食事を取っているところを見つかってしまい、言い訳することも出来ぬまま外に引っ張り出されてしまったのだ。
立て続けに浴びせられる「キモい」という罵声に、名も知らぬクラスメイトの上履きに足蹴にされる身体。
私だって本当は日の当たる場所で食べたいのにそうさせてくれないのは他でもない貴方達じゃないか、と私は何度も何度も心の中で呟いた。
だけど、そんな私の事情なんて彼らはお構いなし。
まるで鬼の首でも取ったかのように酷く歪な笑みをその顔に浮かべ、床にへたり込んでいる私を踏みつけ続けるばかりだった。

何処かを踏まれる度に青痣が肌を染め、「許して……」と懇願するたびに腹部を蹴り飛ばされる。
彼らからすればただ一人トイレに隠れて食事を取っているという私の存在はどうしようもなく許容しがたい物であったのだろう。
なまじ場所が人目に付かないトイレという事もあってか、彼らからの仕打ちには一切の遠慮が無く、また加減も無い。
不意に髪の毛を掴んで無理やり立たせたかと思えばまた直ぐに突き飛ばし、皆一様に下品な笑いを浮かべたかと思えば今度は掃除用のモップで突き回し始める……ただその繰り返し。
もう何度「止めて!」と叫んだ事だろう。
彼らが何かを身体を嬲るたびに、髪の毛を掴んでくるたびに、突き飛ばしてくるたびに、私は何度も何度も泣きながら彼らに懇願する事しか出来なかった。
でも、彼らはどれだけ私がお願いしても決してその手を止めてくる事は無かった。
それどころか、そんな私の態度が逆に彼らの嗜虐心を刺激してしまい、その仕打ちは昼休みが終わっていくに連れて段々とエスカレートしていったのだった。

そんな中、事が起こったのは昼休みも大分終わりに近付いてきた時の事だった。
私を甚振っていた人間の一人が何処からか家庭科の授業で使う裁縫鋏を取り出して私の方へとにじり寄ってきたのだ。
この時ばかりは私も全力で抵抗した。
今までどんな事をされても最終的には耐え続けることが出来ていた私だったが、この時ばかりは流石に手にしている物が紛れも無い凶器であるという事もあって命の危険を感じてしまったからだ。
何とか他の人間を振り切って外へと逃げようとする私。
だけど散々嬲られ、青痣や内出血だらけになった身体がそうそう機敏に働いてくれる筈も無く、逃げようとする私を彼らは意図も簡単にねじ伏せてきた。
両腕を掴んで再びその場に引き倒し、鋏を持った人間がうつ伏せに倒れた私に馬乗りになって動きを封じる。
そして慣れた手つきで私の髪の毛を鷲掴みにし、もう一方の手で鋏を弄びながらそれを私の髪の方へと段々と近づけていくのだ。

私は思わず声にならない悲鳴をあげそうになった。
だけど声を洩らしそうになるたびに他の人間が私のわき腹を蹴りつけ、その声を強制的に遮断させてくるから満足に悲鳴をあげることすら出来なかった。
抵抗する事も出来ず、また助けを求める事も悲鳴や苦悶の声をあげることすら叶わない。
幸い運の良い事に髪の毛を切られる前に予鈴が鳴ってくれた御蔭で髪は切られることはなかったが、あの時の光景は今思い出しても思わず身震いしてしまうほど鮮明なトラウマとして私の頭の中に残っている。
上下に動く刃が少しずつ私の方へと近寄っていき、その向こうにある悪意に歪んだ双眸が首筋を這うように私に怖気を齎してくるというおぞましいあの場景が。

その後も私は実に様々な事を思い出し続けた。
真冬のプールに制服のまま突き落とされたこと、鞄の中身を全部溝川に捨てられたこと、クラスの人間全員で挙って私の携帯に嫌がらせのメールを何十件も送りつけてきたこと、ロッカーの中に閉じ込められたこと、下校途中に幾つも石をぶつけられたこと……その他エトセトラエトセトラ。
どれもこれも一生物のトラウマになりかねない負の記憶ばかりだった。
でも、それは紛れも無く過去の私が体感してきたこと……言い換えれば過去の自分そのものに他ならないのだ。
臆病で、泣き虫で、筋金入りの人間不信。
誰に何をされてもただ怯える事しか出来ず、挙句の果てには誰かが自分の傍で笑っているという事すら恐怖を憶えてしまうような……そんな過去の私自身に。

(結局、そうなっちゃったのは私が悪かったのかな? 全部が全部……私の責任だったのかな?)

そんな風に私は自身の過去に新たな疑問を抱きながら、今度は新たにそんな過去の自分がそのように変化したもう一つの理由の方へと意識を奔らせる。
そう、何も私がそんなただ脅え縮こまっているだけの人間になったのは直接的に齎された物だけが全てではない。
周りの人間から齎された副次的な圧力やプレッシャーもそれに拍車を掛ける原因になっていたのだ。
後退する成績という負のフィルターを通してでしか私の事を見てくれない両親。
どれだけ私が傷付いているかも知らないで無神経に怒鳴り散らしてくるお兄ちゃん。
そして幾ら相談しても聴く耳を持ってくれない担任の先生。
例を挙げれば切が無いが、それだって結局は少なからず私が今みたいな人間に陥る要素となっていたのはまず間違いない事だった。

それに、元々私という人間は他人から過剰な期待を抱かれるのを苦手とする人間だった。
一時期はそれを見失い、過剰なまでの努力を重ねて必死で“良い子”という虚像を演じ続けなければと必死になった事もあったがそういう柵に縛られない今なら素直にそう思える。
所詮この身は凡人であり、またその身の丈も至って凡庸。
他人から羨まれるような才も無ければ、特別要領が良いという訳でもなく、ただ社会が定めた“普通”という枠から漏れ出さないようにするのが本来精一杯という程度の人間でしかないのだ。
それなのにどうして皆、この私にそれ以上の事を望むのだろう。
あぁ、確かに過去の私が頑張り過ぎたのも原因だとは思う。
凡人の癖に他人に良い格好をしたいというただそれだけの為に上へ、上へと飛翔しようとした私が悪いのは今更口に出すまでも無いことだ。
だが、果たしてそれがこの身に錘を乗せ続ける理由になりえるのだろうか。
日に日に弱り果てていく私の姿よりも紙面上の数字の方が注目され、重視される理由になりえるというのだろうか。
否、そんな事は決して無いはずだ。
だってその証拠に先生やアリシア、そしてフェイトちゃんなんかは数字よりも先に凡人凡庸でしかない私の方にちゃんと目を向けてくれたのだから。

でも、こんな風にも私は思う。
所詮最初から何が悪かった訳でもなく、また良い訳でもなかったんじゃないか、と。
悪いのは誰か、問題は何か。
確かにそんなような事をもっともらしく語る事は出来るだろう。
けど、その手の転換や責任に押し付けは結局自分が楽になりたいが為の独り善がりでしかないのもまた事実。
集団の底辺に蹴落とされ、もう一度飛び立つ勇気も無い人ほど周囲が悪いと思い込むものなのだ。
故に此処は、もう適当に全部悪いと言うべきか、或いは今まで私がそうしてきたようにそれ等を理不尽と感じつつも「そういうものだから仕方ない」と達観するほか無い。
何れにせよ、事の突き詰めた所で何も得るものはないのだから。

きっかけなんていうのはどうだっていい。
一介の凡人に生まれながら、似つかわしくない成果を収め続けた事が悪いのか。
それを隠しもしないで只管に“良い子”を演じ続けた昔日の私の無邪気さが悪いのか。
そんな事柄だけでしか個人を判断出来ない周りの環境が悪いのか。
目立つ事を許容出来ないクラスメイトの人間性が悪いのか。
どうでもいいし、どれでもいい。
ともかく私は、横並びの列から飛び出ていた。
それだけが唯一断言できる唯一の真実と言っていい。
だけど、事をそう判断した場合決定的な疑問が私のうちに残ってしまうのだ。
それこそ何処までも根本的な─────事の一番最初よりも前まで遡って尚、答えを導き出す事が出来ない決定的な疑問が。
そして私はその疑問を静かに言葉に変換し、それを思わず心の中で呟いたのだった。
酷く擦れた様な印象の、何処までも力ない弱々しい声で……。

(だけど、私が何をしたの?)

不意に頭の中を過ぎったその言葉は刹那の内に鉛が胸に落ちるような錯覚を私へと齎し、やがてまた新たな蟠りとなって私の心に蔓延り始める。
思えばそれは私という存在が変わる変わらないという論理以前の問題だったからだ。
何が変わって、何が変わらなかったのか。
確かに此処一年ほどの事を考えれば、私がそんな風に現状と過去の差を気にしてしまうのも無理も無いことだとは思う。
だけど、その前は……虐められるそのずっと前はどうだろう。
それはまだ私を含め何もかもが正常だった頃のこと。
今はもう殆ど口を聞く事の無くなったアリサちゃんや何時までもウザったく付き纏ってくるすずかちゃんの事も“友達”であると思うことができ、今や崩壊寸前の家庭に人並みの温もりを感じられていた懐かしくも手を伸ばし難いあの頃は果たしてそんな変化に一々気を配っていただろうか。
否、多分そんな事は一度も無かったのだと断言できる。
自分が幸福である事を自覚する事も無ければ、気に止める事も無くただただ毎日を“当たり前”だと感じて過ごしていたあの日々。
そんな輝かしい現実を生きた人間に今の私のような思考なんか出来る訳が無いのだ。
だって、元よりそんな必要なんか何処にも無いのだから……。

昔の私は別段、己の優位性を鼻にかけて悦に浸るような人種ではなかった。
歳相応の少女たるものの常として、綺麗な洋服を好み、愛らしい物を良しとして、他の皆と同じように華やかさに憧れた。
単にそれだけ。
本当にそれだけ。
数いる生徒の中からもっとも気の合う友人達と親睦を深め、己の当たり前を日常として存分に謳歌する。
そうして後は歳相応に、誰もが望む平凡な少女の“高町なのは”であろうとしただけだ。
そのあり方が気に喰わない者や、それに同調しては陰口をたたく者達、彼ら彼女らに忌み子のごとく罵られる覚えは無い。

例え周りが、密かにそんな私を陥れる算段を模索していたとしても。
友達と思っていた人間が、それが原因で私から離れ始めていたとしても。
言ってしまえば、迂闊だった。
本当にその一言に尽きる。
自分の一挙手一投足、日常における万事全てに至るまで見られていると、嘗ての私は自覚が足らなかったのだ。
一度掴まれる足を晒せば水底の魔性に引き摺りおろされる。
学校の教室という閉塞した横並びのコミュニティで、絶対の法則である事実に気が付くことが出来なかった。
迂闊というしかないだろう。

(そして、私はきっかけを生んでしまった。それが全ての元凶……)

嘗ての私と今の私の丁度境目、分水嶺とでも言えば適当なのだろうか。
ともあれそれが事の全てを生んだ所謂きっかけだった。
そうなるだけの要因は今考えるだけでも数多くあった訳だし、あの少し前には私の前任であるすずかちゃんを私とアリサちゃんで助けようとしたという事もあってか、炸薬が破裂する原因には事足らなかったと言っていい。
要するに後はスイッチを押すだけ、口実なんて何でも良かった訳だ。
単に高町なのはという存在を横並びの枠から外せれば、蹴落とせれば、引き摺り下ろせれば、後は何でも構いはしない。
例えどれだけその理由が理不尽な物であったのだとしても、世の法則で難癖をつけた人間の理屈が正当化されるのは自明の理なのだ。
そして後は口八丁で事が大きくなり、学校特有の口コミの速さで事実も嘘も関係なく学校中に蔓延してしまう。
そうなった以上、当然私が何を如何弁解しようが聞き入れられる訳も無く、一度根付いた噂は例えそれが真実でないのだとしても確実に周囲の人間の認識の内に組み込まれるのだ。
そして事実、教師も生徒も関係なくそれまで積み上げてきたその個人の印象を忘れ、新たに与えられた先入観で私を判断し始めるのはそう遅い事ではなかった。

事の発端はある日の放課後、掃除当番で担当していた教室の清掃を粛々とこなしていた時の事だ。
その際、私はうっかり花瓶に箒の柄を引っ掛けて割ってしまった。
ほんの偶然。
些細な出来事。
しかし、そんな小さな事だって他人を攻め立てる材料になりえたこの頃において、それは私を引き摺り下ろすのに十分な物となった。
嵐のような熱狂と共に、男女の境関係なく無数の見えない腕が私の脚に纏わりつく。
この身を水底に引きずり込まんと下卑た笑いと卑屈な悪意をもって、狂気にも似た狂喜が私の心をズタズタに引き裂いていく。
「なんで、どうして……」、そんな言葉を何度心の中で呟いたのかも知れはしない。
ただ忘れられないのはあの時に見た皆の顔だ。
野生の肉食獣のような獰猛さを帯びた女生徒の笑い声が頭に響く。
嗜虐心に駆られるがまま理性の歯止めが利かなくなった利かなくなった男子生徒が私の身体に次々と痕を刻み込んでいく。
そして、ああ、そして何より、一生変わる事は無いと信じていた友人達の顔。
共に時間を共有し、些細な事で笑い合い、何時だって離れる事の無かったその顔が、自分じゃなくて良かったとでも言いたげに安堵を浮かべて緩んでいる。
そして、この瞬間私は悟ったのだ。
これか、所詮こんな物なのか、と。
私を取り巻く物なんて所詮何もかも偽りに過ぎないのだ、と私は心から思い知らされたのだ。
ならば嘗ての私が今の私のように穢される理由等何処にあるというのだろう。
その答えはもはや論じるまでも無く私の心の内にあった。

(ある訳が、ない)

そう、ある訳が無いのだ。
確かにこの身が目立ち過ぎたのは悪い事だとは思うが、それが一体どうして過去の私が纏っていた光を他者に簒奪される理由となりえるというのか。
これ以上無い理不尽、これ以上無い自分勝手。
それも普段はそれをいけないものだとして注意する側の教師が生徒の親や自分の立場に気を使ってあえて無視を決め込むというのだから、これを茶番と呼ばずして呼べばいいというのか。
まぁ、考えようによってはそれが合理的な人間の性であるのだとは私も思う。
他者の光を簒奪し、穢す……それは何時の世だった少なからず起こりえる事柄に他ならないからだ。
そして彼ら彼女らは何処までも素直で実直であっただけ。
少なくとも少し前までの私よりかは人生の何たるかを弁えているという、ただそれだけのこと。
そう考えれば私も事を理解出来ないと言うわけでもない。
とは言え、理解したからと言って納得したという訳では決して無いのだけれど。

其処で、私は今自分が抱えている疑問にこのような結論をつけることにした。
私という存在は今も昔も何一つ変わってなどいないのだ、というそんな今更過ぎる結論を。
だが、考えれば考えるほど私にはそう思えてならないのだ。
確かに今の私と昔の私は自他共に如何考えても別の物に成り果てているのは間違いじゃない。
それは私も否定はしないし、今更如何あっても変えようのない事実に他ならない。
でも、その変化は所詮その前の段階の私にも同じ事が言えてしまうのだ。
虐められる前の私と、虐められた後の私。
そして今議論に上がっている漠然とした“昔”と”今”の私。
それらは全て同一の物であり、定義が曖昧である以上その昔や今といった部分にはどの時期の私を当て嵌めても変わりは無いわけだ。
つまり此処で言う私の変化は虐められた後の私からすればとても大きなことなのかもしれないが、そのずっと前……虐められるその前の私からすればただの当たり前に過ぎはしないのだ。
故に私は何一つ変わってなどいない。
ただ此処最近触れた温もりの御蔭で”昔の私“よりもずっと前の”私”の心が取り戻されつつあったという、ただそれだけのことなのだ。
そんな物、今更戻ってきたってただ邪魔なだけなのに。

(……そっか。じゃあ結局、今の私が抱えてるこの気持ちは─────)

昔の私が感じていた物の名残でしかない。
私がことの全てにそう結論を付けようとしたときのことだった。
不意に辺りがガヤガヤとざわめき始め、数人の人間が足早に移動する足音が私の耳に響いてきたのだ。
一体朝っぱらから何なのだろうか、不意にそんな疑問が私の脳裏を過ぎる。
だが、その答えは即座に二の句として私の耳に入り、それほど意識せずとも私も直ぐに理解することが出来た。
いや、ただそれだけで十分過ぎたと言った方が正しいだろうか。
何せそのざわめきの中心人物は今朝方バスの中であったばかりの人間で、その人間がどうして周りを騒がせているのか何となく私自身分かっていたからだ。
そして、それは私が望もうと望むまいと関係なく会話となって紡がれていく。
力なく、それも出来の悪い茶番劇のように。
その会話はゆっくりと当たりに響き渡り、そしてほんの少しの間だけその場の注目をその一点に集めたのだった。
この場でただ一人、この私の視線を除いては。

「すっ、すずか!? ちょっと、やだ。あんたなんでそんなにフラフラなのよ……大丈夫?」

「あっ……アリサ、ちゃん。うん、大丈夫。私は……全然、大丈夫。さっき保健室にもいってきたから」

「なになに、月村さんどうしたの?」

「うわっ!? 月村さん滅茶苦茶顔色悪いじゃん。カワイソ~……」

不意に私の耳に飛び込んできた会話は即座に私の頭の中で変換され、その場を見ずとも明確な場景として映し出される。
具合の悪そうなすずかちゃんの様子にアリサちゃんが驚いて、それが他の生徒の注目を集めた……まぁ、十中八九そんなところだろう。
そう言えば殆ど一緒にバスを降りたはずなのに、私がこの教室に足を踏み入れたときにはすずかちゃんの姿は確認できなかった。
きっと先ほど彼女が言ったとおり保健室にでも行っていたのだろう。
尤も、その理由までは私も定かではない……と言うか、その責任が私にあると思いたくないのだが。
まぁ、なんにしても私には関係の無い話だ。
あくまでそう割り切り通す心算でいる私は徹底的に無視を決め込み、より深くその顔を組んだ腕の中へと埋めていく。
今朝の事で私は彼女との縁を完全に切ろうと決めた。
なら今更偽善者面して態々彼女に近寄っていく必要も心配する必要も無い、そう思ったからだ。

だが、その時なんとなく私はその話題の中心人物が……すずかちゃんがこっちの方を見ているような気がしてならなかった。
生気の宿らない虚ろな瞳で、まるで許しを請うかのような表情を浮かべながら。
ただただ私の方をジーッ、と眺めている、そんな光景が頭から離れてくれないのだ。
どうして私がこんな場景を妄想してしまっているのか、それは私自身にもあまりよく分からない事だった。
今更彼女に何を思われようと相手にしないと決めた筈なのに。
例え今後彼女が何をしてこようが今日の態度を貫き通そうと自分の中で定めた筈なのに。
もうこれ以上、私の所為で彼女が心苦しい思いをしないようにとこの心に残った僅かな優しさの内に答えを出した筈なのに。
何故私はこんな……こんな今更どうしようもない光景を見せ続けられているというのか。
私は何時までも頭から離れない不気味な妄想に言いようの無い怖気を感じ、それが現実でないことを祈りながらそのまま顔をあげることもなくその場に伏せ続けるのだった。
もう一つすずかちゃんとは別のもう一人の人間から向けられる懐疑的な視線をその身に浴びて。
やがて先生が何気ない顔で入ってきて、何時ものようにホームルームを始めるその瞬間まで、ずっと。
ただただ、私は所為じゃないと心に言い聞かせながら……。
刹那、不意に目頭が熱くなっていくのを私は感じた。








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