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No.15606の一覧
[0] 孤独少女ネガティブなのは(原作改変・微鬱)[ランブル](2010/04/02 18:12)
[1] プロローグ「きっかけは些細な事なの……」[ランブル](2010/03/15 14:33)
[2] 第一話「友達なんて必要ないの……」[ランブル](2010/03/15 14:36)
[3] 第二話「都合の良い出来事なんて起こりはしないの……」[ランブル](2010/03/15 14:43)
[4] 第三話「泣きたくても耐えるしかないの……」(いじめ描写注意)[ランブル](2010/01/23 17:32)
[5] 第四話「一人ぼっちの夜なの……」[ランブル](2010/03/15 14:52)
[6] 空っぽおもちゃ箱①「とある少女達の語らい」#アリサ視点[ランブル](2010/03/15 15:00)
[7] 第五話「出会い、そして温かい言葉なの……」[ランブル](2010/03/20 16:45)
[8] 第六話「変わる日常、悲痛な声なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/03/15 15:22)
[9] 空っぽおもちゃ箱②「誰かを救うということ」#トーレ視点[ランブル](2010/03/15 15:28)
[10] 第七話「これが全ての始まりなの……」[ランブル](2010/03/15 15:51)
[11] 第八話「現実と向き合うのは難しいの……」[ランブル](2010/03/15 16:00)
[12] 第九話「所詮理想と現実は別のお話なの……」[ランブル](2010/03/20 16:47)
[13] 空っぽおもちゃ箱③「欲しても手に入らないもの」#すずか視点[ランブル](2010/03/15 16:18)
[14] 第十話「護るべき物は一つなの……」[ランブル](2010/03/15 16:21)
[15] 第十一話「目的の為なら狡猾になるべきなの……」[ランブル](2010/03/15 16:25)
[16] 第十二話「何を為すにも命懸けなの……」[ランブル](2010/03/15 16:30)
[17] 第十三話「果たしてこれが偶然と言えるの……」[ランブル](2010/03/15 16:38)
[18] 空っぽおもちゃ箱④「打ち捨てられた人形」#フェイト視点(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:50)
[19] 第十四話「終わらせる為に、始めるの……」[ランブル](2010/03/15 16:39)
[20] 第十五話「それは戦いの予兆なの……」[ランブル](2010/03/20 16:44)
[21] 第十六話「月明かりに照らされた死闘なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[22] 第十七話「不安に揺らぐ心なの……」[ランブル](2010/04/02 18:10)
[23] 空っぽおもちゃ箱⑤「枯れ果てた男」#クロノ視点[ランブル](2010/04/19 22:28)
[24] 第十八話「それは迷える心なの……」[ランブル](2010/05/05 17:37)
[25] 第十九話「鏡写しの二人なの……」[ランブル](2010/05/16 16:01)
[26] 第二十話「芽生え始める想いなの……」[ランブル](2010/06/10 07:38)
[27] 第二十一話「憂鬱の再開、そして悪夢の再来なの……」[ランブル](2010/06/10 07:39)
[28] 空っぽおもちゃ箱⑥「分裂する心、向き合えぬ気持ち」#恭也視点[ランブル](2010/08/24 17:49)
[29] 第二十二話「脅える心は震え続けるの……」(微鬱注意)[ランブル](2010/07/21 17:14)
[30] 第二十三話「重ならない心のシルエットなの……」[ランブル](2010/07/21 17:15)
[31] 第二十四話「秘めたる想いは一筋の光なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/10 15:20)
[32] 第二十五話「駆け抜ける嵐なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[33] 第二十六話「嵐の中で輝くの……」(グロ注意)[ランブル](2010/09/27 22:40)
[34] 空っぽおもちゃ箱⑦「欠けた想いを胸に抱いたまま……」#すずか視点[ランブル](2010/09/27 22:40)
[35] 空っぽおもちゃ箱⑧「最後から二番目の追憶」#すずか視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[36] 空っぽおもちゃ箱⑨「Super Special Smiling Shy Girl」#セイン視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[37] 第二十七話「その心、回帰する時なの……」[ランブル](2010/10/25 19:25)
[38] 第二十八話「捨て猫、二人なの……」[ランブル](2011/02/08 17:40)
[39] 空っぽおもちゃ箱⑩「遠い面影、歪な交わり」#クロノ視点[ランブル](2011/02/13 11:55)
[40] 第二十九話「雨音の聞える日に、なの……」[ランブル](2011/04/18 17:15)
[41] 第三十話「待ち人、来たりなの……」[ランブル](2011/04/18 20:52)
[42] 空っぽおもちゃ箱⑪ 「殺されたもう一人のアタシ」#アリサ視点[ランブル](2011/06/05 21:49)
[43] 第三十一話「わたし達の時間、なの……」[ランブル](2011/07/03 18:30)
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[15606] 第二十話「芽生え始める想いなの……」
Name: ランブル◆b9dfffe8 ID:ba948a25 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/10 07:38
人と人との縁とは、どこまでも甚深微妙な物である。
不意に私こと高町なのはは、最近疑問に想い始めた自身と他人の繋がりのあり方というものについて評価し、不意にそんな感想を自身の胸中に抱いた。
其処に理由と呼べるような動機は無い。
本当に不意に、そう……それこそ本当に何気なく私はそう言葉を浮かべてしまったのだ。
ただ私自身、己が何でそんな風に考えてしまうようになってしまったのかという事についてはまったく思い当たる節が無いという訳ではなかった。
二日前のあの日、二度と会う事も無いだろうと踏んでいた金髪の少女と再会してからというもの、私はずっと変らぬ悩みを抱き続けている。
何をやっても集中する前にその悩みが思考の内で先行し、どれだけ忘れようと意識してもふと気を抜いた時にはその事について深く考えてしまうほどに。
恐らくは……いや、十中八九その悩みがこの奇妙な感覚の大本になっているのは間違いの無いことだった。

だが、そんな風に常々考えを浮かべてしまう割りにその内容はそれほど大した物ではなかった。
何故こうも私の人間関係というのは“デジャブる”ものばかりなのか。
常人からしてみれば凡そ馬鹿馬鹿しいとしか思えないような至極どうでもいいような、それこそ自身でも馬鹿らしいと呆れてしまうような思いに私は彼女と別れてからというものずっと悩まされ続けているのだ。
そう感じてしまう理由は、今を持ってしても私にもよく分からない。
と言うか、そもそもあの日に起きた凡その出来事の中にこんな事を考え続けなければならなくなるような要素など皆無であった筈だ。
確かにあの子が……件の少女であるフェイトちゃんが普通ではないという事は私も何となく感じる物があった。
虐待を受けていた疑惑に重度の記憶障害、加えてその身元が表沙汰になれば国家機関が動くかもしれないという不穏な事情すら見え隠れしているとくれば何処を如何繕って考えても凡そ普通とは言いがたい。
しかも、下手をすればあの日あの場所で先生の家に居たという事すら問題になりえてしまうかもしれないような人間なのだ。
これを普通で無いと呼ばずして何と呼べばいいのか、率直に言ってしまえば彼女の存在は私の生活の上で間違いなく異質というカテゴリーに部類される異端者であるというのが私の心からの本音だった。

しかし─────そう、しかし……理由はそれだけと言う訳ではなかった。
彼女と居る事で感じてしまう言い様の無く不思議な既知感。
もしかしたら自分は前にも同じように彼女と出会い、こんな似たり寄ったりなやり取りを交わしたんじゃないかっていう奇妙な感覚に私は何処か違和感を感じてしまっているのだ。
言うなれば未知を忌避して既知を是とするような感じ……まあ平たく表現するのなら攻略本で予習済みのゲームプレイみたいなもの。
体験するのは初めてなのにその状態を否も応もなく無条件に肯定できてしまう、つまりはそんな感覚に私は悩まされ続けているという事だ。
他人を肯定する事を良しとせず、まずは疑ってから物事を考える筈の……この私が。
あり得ない、普通ならその一言で片付けてしまえるような事ではあった。
あぁ、確かに彼女は─────フェイトちゃんは私よりもずっと純粋だし、また清純でもある。
凡そ私のような穢れに塗れ、爛れ果てた感性の持ち主では釣り合いが取れないほどの人間であると言っても過言では無いだろう。
だが、だからと言って“たったそれだけ”の理由で彼女を疑わずにただただ肯定するというのは私自身も納得のいく話ではなかった。
なまじ綺麗であり、純白の象徴と言っても過言ではないような存在であるからこそ尚更鼻につく……言うなればあまりにも人畜無害過ぎるからこそ余計に疑わしく感じてしまう。
それは勿論世に生きるどんな人間にも言える事であり、勿論の事だがフェイトちゃんのような人間であっても例外と言う訳ではなかった。
にも拘らず、どういう訳か私は彼女に対してそういった懐疑的な気持ちを抱く事が出来ない。
寧ろ、疑うよりも先に来る意味も無く肯定的な感情がこの胸に溢れ返ってきてしまう程だ。
私にはそんな自身の気持ちが……“高町なのは”という人間の抱えるそんな理屈を度外視した感情が如何にもおかしい物のように思えてならなかった。

何せ彼女の存在を自身の中で肯定するという事は、偏に彼女の存在を先生と同じ……もしくはそれに勝らずとも劣らない立場の人間だと認めてしまう事になる。
それこそ、この命を賭け、そして一度は文字通り死に掛けてでも守り通そうとした敬愛する恩師とさも同等であるかのように。
確かにフェイトちゃんと一緒に遊んでいると楽しいとは想ったし、先生も交えてあの時と一緒のラーメン屋で夕食をとった時は柄にもなく温かいなって感じてしまったりもした。
今更その感情を一時の気の迷いだという心算は無いし、私も出来れば次があって欲しいと想わないでもない。
だが、だからと言って─────そうだからと言って彼女の存在を此処まで認められる物であったとはお世辞にも言う事は出来ないのもまた事実だった。
これからゆっくりと時間を掛けて、それこそ小学校、中学校、高校と共に席を並べて折り重なるように関係を続けていったというのなら私がこんな気持ちになってしまうというのも無理の無い話なのかもしれないとは思う。
色々な理屈を抜きにしても私とフェイトちゃんの人間的な愛称は良いみたいだし、私だって願わくば嘗ての自分を吹っ切って彼女と共に新たな人生を模索するというのも吝かではなかった。
そう、あくまでもそれが今のように刹那的に芽生えた感情でなかったのなら……。
如何にも私がおかしいと思ってしまう点は何処をどう廻り、また遡ったとしても結局其処に行き着いてしまうのだ。
このあまりにも機会で、あまりにも速過ぎる好意的な感情という違和感に。

私という人間は基本的に他人を軽率に信用したりなんて事は絶対にしない。
嘗てそうやって粋がって、やがて総ての人間に裏切られたという過去の教訓を寸分たりとも忘れてはいないから。
信じた端から悉く裏切られ、助けを求めようとしても自分の都合が悪くなるからと掌を返したように冷たくあしらわれるばかりの毎日。
忘れる訳が無い。
忘れようにも、忘れようが無いのだから。
それに、私はあの先生ですら信頼に値する関係を築くのに膨大な時間を掛けた位だ。
今とて昔ほど顕著な物でなくなったとは言えど、未だ私の内に蔓延る人間不信の傾向は根深く残ってしまっている。
人を信用するのが怖いとでも言えば適当なのだろうか。
まあ、自分でも何を今更こんな事を考えているのかって思っちゃうけど……それは紛れも無い真実であり、また否定出来ない現実なのだ。
何度この終わらない牢獄のような現実から逃避してしまおうと考えたか、それは自分でも知れた事ではない。
唯一つはっきりと言ってしまうのであれば、この閉鎖的な地獄から抜け出せるのならいっそ家出でも何でもして遠くの……それこそ誰もが追いついて来れないような遠くへ行ってしまうたいと己が考えてしまっていた事くらいだろう。
ともあれ、そんな私だからこそ余計に信じがたいのだ。
今一番信頼を寄せている人間ですらも膨大な時間と交流が必要だったにも拘らず、たった一日でこれほどまでの信用と信頼を私がフェイトちゃんに抱いてしまっているって事が。

いや……これは少々先生とは違う、別の感覚として私が彼女を捉えているのかも知れない。
例えるならそう、嘗て友人と呼べるような関係であったあの二人と同じような……。
だが、だとすれば余計にこの懐疑な気持ちに拍車が掛かるばかりだ。
同い年くらいの友達なんて、作った所で直ぐに裏切られると私は知っている筈なのだ。
私は基本的に一度学習した事は二度繰り返したりはしないし、それはこの生活に私が身を窶してから一度も違えた事は無い。
少なくとも、私が記憶している限りは一度として……そう、唯一度として例外は無いのだ。
そんな私が、どうして今更こんな感情を即座に抱けてしまったのか。
考えれば考えるほど謎は深まるばかりだし、懐疑すれば懐疑するほど底無しの沼に嵌っていくようにどっぷりと浸かってしまうのではないかと思わずにはいられなくなる。
だが、いずれにせよ何時までもこんな気持ちを抱えて生活できるほど私は強い人間じゃない。
詰まる所……早い内に答えを出さなきゃならない、有り体な結論だが今はこういうほか無いのだろう。
私は先ほどから耳元で騒ぎまくっている声を無視する事が出来ず、一先ず其処で自身の考えに結論を付け、「はぁ……」と何を憂う訳でもないのに自然と胸の内に湧いてきた鬱憤を溜息として吐き出しながら声のする方へと反応を返すのだった。

「こぉらー! いい加減にボーッ、とするの止めろってばー!! おーい、聞こえてますかー!?」

「あぁ、はいはい。聞こえてる、聞こえてるってば……。あんまり耳元で騒がないでよ、鬱陶しぃ」

「だったらそんな馬鹿みたいにボケーッ、と突っ立ってないでちゃんと構えてよ。ほら、次行くよ。次!」

「分かった……分かりましたってば。あ~ぁ、何なのよ……一体。この前言ってた事と今の態度がモロ逆じゃんかっつーの。何がそんなに不満なのよ、まったく」

吐き捨てるようにそうな風な愚痴を私が零すと、隣で騒いでいた小さな女の子─────アリシア・テスタロッサは「何か言った!」とキツめの返事を即座に返してきた。
どうやら今日は一段と度を増して不機嫌であるらしい、というか此処まで来ると完全に向けようの無い怒りを他人にぶつけているようにも見えてしまう。
ほんの数日前はあんなに健やかに笑っていたと言うのに……一体彼女に何があったのだろう、というような考えが私の頭の中を駆け巡る。
だが、その理由を私は導き出す事は出来ない。
何せ、その原因たる物が一つとして浮かんでこないからだ。
万物事が起これば、其処には絶対的に何かの因果が付き纏っている。
始まりがありから終りがあるように、原因があるから結果がこの世に生まれ得るのと同じ理屈だ。
しかし、今の彼女の抱えている感情の原因を私は存じていない。
少なくともあの日……私がフェイトちゃんや先生と一緒に御飯を食べに行って、夜遅くに返ってきたあの時までは彼女もまだ普通に笑っていた筈なのだ。
なのに、何故か此処最近─────厳密に言うのなら昨日の夜辺りから彼女の状態は文字通り急変してしまった。

何か押さえようの無い怒りを覚えているような、そしてそれを憤るからこそ他人に当り散らしているような……本当に辺り構わず八つ当たりを繰り返しているという感じだ。
そして、その矛先は何時の間にか私に向けられる事になっていた。
まぁ、元々今の彼女とまともに会話の出来る人間なんて私しか居ない訳だし……何よりも私は彼女の姉代わりのようなものなんだから多少の我が侭は受け止めなきゃいけないのはよく分かる。
だが、ただただ当り散らされるばかりで原因が分からず、状態の改善が望めないとなると此方も何時までも穏やかでいることは出来ないという訳だ。
まったく大人気ない、そう心の中では思いながらも無意識の内に湧いてしまう彼女から連鎖した怒りと行き場の無い苛立ちが私の中で渦を巻く。
何で私がこうまで怒りをぶつけられなきゃいけないというのか。
私は自身の内に芽生えた邪な感情を否定するでもなくもう一度息を吐き、手の内の得物─────戦鎌“バルディッシュ”の柄を握りしめながら、アリシアに言われるがままにバリアジャケットを展開して、戦う構えを見せるのであった。

さて、今の状況を簡単に説明するのであれば、私は現在アルハザードにて何時ものように訓練に勤しんでいる真っ最中だ。
アリシアに教えられるがままに使えそうな魔法を身に付け、実行し、物にするという単純なサイクルの繰り返し。
最近は銃器の取り回しや実戦における戦術的格闘のシミュレートなんかも齧っているから一概にそれだけとは言いがたいのだが、凡そ訓練の内容を纏めるのであれば大体そんな感じだ。
僅か五歳ほどの小さな子に見た目的には年上である私が手取り足取り教えられると言うと何だかおかしな様に聞こえてしまうのかもしれないが、実際の所私はそれほど気にしていない。
なんというか、アリシアは基本的に面倒見が良いと言うか……人の物を教えるのが妙に上手いのだ。
相手の心理を読んでいる等と大袈裟な事を言う訳ではないが、普段の彼女は相手の精神的な面まで考慮してギリギリとラインをキープしながら飴と鞭の要領を上手く使い分けて私の訓練のサポートをしてくれている。
此処最近は妙に其処の辺りの気配りが消えてしまったような気もしないではないのだが……それはあくまで今の彼女の心理状態がよろしくないだけで、もう少し機嫌がよくなれば前のように戻るだろうと私は思っている。
まあ、これはあくまで私の思い込みであり、尚且つ願望でもある訳だが……恐らく彼女の性格からしてまず間違いはない。
これはあくまでも付き合いの長い人間の直感なのだが、人がいい人間ほど荒れる時は嵐の時の海の如く荒れる物だ。
そうなったが最後、後は誰が何を言おうと独りでに静まるまで手が付けられなくなってしまう。
詰まる所、今のアリシアもそれと同じ……状況を改善するにしても余計な茶々を入れずに当分は静観を決め込むほか無いのだ。
私はげんなりと肩を落としつつも、今はただ一つの事のみに意識を集中させようと自身の心に言い聞かせ、利き手の内に納まったバルディッシュのグリップの握り具合を黒い皮手袋で覆われた掌で感じ取りながら未だ苛立ちを隠せないと言った様子で私の前へと出るアリシアへと視線を向けるのだった。

「じゃあ、これから対ジュエルシードの暴走体及び第三勢力との直接戦闘を想定しての実戦訓練を始めるよ。ルールは至って簡単。今から私の力でアルハザードの一部を変化させてなのはお姉ちゃんの住んでる街の一部を模した擬似空間と戦闘用ターゲットを創るから、なのはお姉ちゃんは私から与えられた条件に従ってミッションをクリアしてみて。勿論戦闘用ターゲットは魔法から銃器、果てには人型から暴走体まで色々な物を模してあるから全てが同じように倒せる訳じゃない。地形、状況、戦術……つまりは頭を使って切り抜けるんだよ。一応何時もの訓練通り痛みは無いし、血も出ないようにするけど……攻撃を喰らえばその衝撃だけは直になのはお姉ちゃんに届くようにはする。じゃないと、実戦訓練にはならないからね」

「まぁ……何だっていいけどね。何れそういう訓練は必要になることは私も分かってた訳だしぃ、別にこの訓練自体に文句は無いんだけどさぁ……。何というか、話が一気に突飛し過ぎてない? 私はついこの間までまともに射撃魔法すら撃てなかった掛け出しさんなんだよ? それなのにこうもまぁ、突然実戦訓練だなんて……。其処の所はどういう運びになってる訳? まさか何の考えもなしに突発的に思いついたって言う訳でも無いんでしょ?」

「……それは、なのはお姉ちゃんの実力を一度本格的に測る良い機会だと思ったからだよ。確かにまだまだなのはお姉ちゃんは未熟だし、魔法にしろ戦闘の取り回しにしろ荒削りな部分があるのは否めないけど……一応これまでの訓練で一通りの経過は終了した。だから後は今まで学んだ事がどれだけ実を結んでいるのか、それだけが当面の課題なんだよ。それに何時までも……そう、何時までも戦闘の度に死ぬかもしれない思いをするのなんてなのはお姉ちゃんも嫌でしょ? そういう意識を改めて知ってもらう目的もこの訓練にはあるんだよ、なのはお姉ちゃん」

「ふ~ん……まぁ、アリシアが其処まで言うなら私も納得するって事にしておくよ。確かに何時までも的も無い空間に魔法撃ち続けてるって言うのも味気ないし、偶にはこういう趣向を凝らした訓練も悪くは無いかもね。ミッションクリアのサバイバルなら、私も結構得意だし」

両者の間に流れる会話は相変わらず平坦で、聞いている限りでは何処にも違和感を憶える様な不穏な感情は存在していないようにも思える。
しかし、私とアリシアの間に流れている空気は……間違いなく絶対零度にも至ってしまう程に凍て付いたそれだったと私は感じていた。
どれだけ軽口を叩こうとも今のアリシアは何時ものように苦笑する事もなければあきれることもなく、ただ淡々と受け流しては言葉を述べるだけ。
其処には寸分の洒落っ気もなければ、一切の飾り気も無い。
ただ己が思った事だけを思うがままに口にし、伝え、分からせようとするばかりだ。
確かに多少なりとも彼女が私にそう思わせないように努力している節々は幾らか私も見受ける事はあった。
昨日の夜から今現在に至るまで彼女は必死で自分の気持ちを押し殺し、必死で何時もの自分を取り繕うとしていた素振りをずっと彼女が続けていたと言う事くらいは。

何せ彼女は演技が致命的に下手だ。
もしかしたら私以上……いや、下手をすれば彼女の見た目と同年代くらいの子供にすら見抜かれてしまっても何らおかしな事じゃない。
つまりそれ位、詰まる所素人である私ですらこんな風な感想を抱いてしまうほどに……アリシアは怒りを露にしていたという事だ。
勿論私には彼女の怒りの矛先が本来どのような方向に向くべきなのかとか、その核たる原因は何かとか、そんな事は微塵も存じていない。
当然だ、彼女は何も語ってくれないどころか事もあろうにそれを私に隠し通そうとしているのだから。
ついこの間まで共に肩に掛かる重みを背負っていこうと誓い合ったというにも拘らず……。
まったく、どこまでも自分勝手で独り善がりな子だ。
私は心の中でそんな風に悪態を付きながらも、そう言えばこの感情はついこの間の私に彼女が抱えていた感情と同じなのではないかと思い……そこで思考するのを止めた。
結局今此処でこんな風な想いを浮かべてしまっている私もまた彼女と同じ、自分勝手で独り善がりな人間であることには変わりない。
同属が同属を嫌悪するのは古今東西如何なる歴史においても変らず立証されてきたことではあるが、今はこんな感情を抱いている場合ではない。
今はただ自身が最善と思った結果に向けて死力を尽くすのみ、そしてその為には……。
私は目の前で淡々と術式を構築し始める小さな少女の後姿を見届けながら、そんな考えを自身の胸中へと廻らせるのだった。

『我、この夢想世界を統括する者なり─────』

旋律が流れるように健やかに、そして詩でも詠うかのように透き通った声が私の鼓膜を緩やかに刺激する。
それは神を讃える賛美歌の様でもあり、吟遊詩人が見たままの風景を詩に詠む様でもあり、若い男女が愛を語り合う言葉の様でもあり……そしてまた世界を呪う呪詛の様でもあった。
言い表すのならばこの世界を構築する“願望”という“願望”が一気に彼女の周りに収縮し、そして捻じ曲がっているかのようだ。
無論、私だってこの世界が普通で無い何かによって形成され、形作られている事は直感的に分かっていたし、アリシアから聞かされて理解もしていた。
嘗てこの世全ての願望を叶える為に生み出された果て無き欲望の渦巻く理想郷。
そして最盛期にはこの世の悉くを飲み込み、人々の願望という願望を総て実現する奇跡を起こし、そして……その奇跡故に世界から排斥され、滅び去った世界。
故に此処には誰もおらず、また何の因果かアリシア・テスタロッサという少女がこの世界に引き寄せられ、管理人格となった。

それ等の事実を鵜呑むだけでも十分理解するには事足りることだし、私もこの世界の異常性に幾度となく触れている以上今更否定しようとも思わない。
だが、どうにも今この瞬間アリシアが行っている行為を見るのは私も始めての事だった所為なのか、今一私はその行動がイコールで結ぶ結果を予想する事は出来なかった。
何と言うか、こう……その結果は絶対に人間では辿り着けないような気がして、考えが追いつかないような気がしてならないのだ。
勿論実際にそうであると言う根拠は無い。
これは私の感覚がそう告げているだけの事で、其処には明確な論理など欠片も存在していない。
でも、私はそう思ってしまった……この瞬間今此処で確信にも似た感銘をこの身に刻み付けられてしまったのだ。
最早この事態を語るのに言葉は不要。
そう私が結論を下した時には、既に状況は次の段階へと移転していたのだった。

『我、有する権限故に望む。愚者共の妄念を用い、今此処に刹那の創造を齎せたまえ。欲は肉へ。渇望は血潮へ。愚念は骨子へ。組み変るは身体。数多の願いを糧として、今この刻より世界は我と一体なり。故に─────世界の道理よ、捻じ曲がれ。穢れを晒せ』

次の刹那、私は信じがたい光景を目の当たりにする事となった。
彼女が唱える術式が途切れた瞬間、この世界の何処までも広がっていると思われた青々とした空の色が赤黒く汚れた夕闇へと一瞬にして変貌を遂げたからだ。
否、世界の変化はそれだけではない。
この世界一帯を占める草原の草木が彼女が立っている場所を中心に枯れ果て、まるで古い絨毯を取っ払って新しい物を敷き詰めるようにアスファルトとコンクリートが凡そ九割を占める地面を構築されていく。
空と大地、凡そこの二つの世界を根こそぎ組み替えるかのように行われる二つの変化は、それこそ瞬く間と形容するのが相応しいと思わせる速度で静かに、だが迅速に彼女の言葉に従って歪に捻じ曲がるのだ。

次の刹那には地面が盛り上がり、鉄筋コンクリートで作られた高層ビルが聳え立つ。
また次の刹那には宙を舞う砂粒が凝縮し、車や電柱といった小物を作り上げる。
そして最後に枯れ落ち、風に流れた草木の残骸は……凡そこの世の物とは思えない生命体の形へとその姿を変えてゆく。
それ等の変化を言葉に変えるのであれば、それはまさしく変貌と呼ぶのに相応しいものだった。
まるで他者の仮面を剥ぎ取った先に素顔があるように、この世界にも元からこの場所が存在していたのではないかと錯覚してしまうほど。
しかし、そんなものが初めからこの世界に存在していない事は私も理解してはいた。
何故ならこの世界に表裏と言う概念は存在しないと、この世界に初めて足を踏み入れた時から感じ取る事が出来ていたから。
いや、寧ろその感覚すらも無意味な物であったのかもしれない……ふと私は此処でそんな事を思い返す。
元々この世界は何処の世界のどんな論理すらも超越して創造された現実の埒外に部類する空間だ。
今はこうしてジュエルシードを通して普通に干渉していたからあまり私自身も意識していなかったのだけど、元より人が眠る事で門の鍵が開くこの夢の世界に元より人の身に収まるようなちっぽけな道理は存在してなどいないのだ。

そして故に、この世界は主人格たるアリシアの思い次第で如何様にも姿を変える事が出来る。
勿論、其処に理屈など存在してはいない。
願えば叶うのがこの世界の道理なのだ、下手に考えた所でそれは杞憂に終わるという物だ。
重力も、引力も、時間も、摂理も、様々な化学によって証明されてきた理論さえ……この世界では意味を成さないのだから。
振れば当たる。
凪げば砕ける。
斬れば生き物が死ぬ。
様々な物理法則を短縮し、行動と結果のみが唯一働くというのがこの世界の総てだ。
そして……その理屈をこの世界の理論として置くのであれば、今正にこの世界はそんな理論に則って変貌を遂げようとしていた。
そう、私がそう思考している今この瞬間にも……。

『変貌を遂げよ、我が世界。我が望み、想うがままに……。出でよ、“赤錆に塗れた不浄の街”』

彼女がそう告げるや否や、この世界に更に一つ……否、最後の変化が訪れた。
今まで四方から香っていた清涼感のある自然の雰囲気か掻き消え、別の感覚がこの場に漂い始めたのだ。
それは私自身もあまり好い気はしないのだが……本当に残念な事に、酷く嗅ぎ慣れた臭いだった。
鼻腔を劈くような鉄の……否、それに程近い血潮が外部へ流れ出す時の臭いだ。
汚泥と臓物が交じり合い、結合し、数刻を経て血と肉が腐り始めた時に発せられる悪臭……それがこの臭いの正体だった。

それは数週間前の私なら思わず吐き気を催してしまいそうにもなっていただろう、酷く気分を害する臭いだった。
当然だろう、死臭を嗅いで心地良い等と感じる人間はそれこそ気の狂った狂人か弱者を殺めて悦に浸る異常性癖者位しかいないのだから。
真っ当な感性を持ち、一様に人としての倫理を持ち合わせている人間であれば……否応もなく忌避するのが当たり前というものだろう。
尤も、それはあくまでも今の私のように嫌でも人の死に慣れねばならなかったというような特殊な事情を抱えていない人間にのみ言える事なのだが。
元々私だって人の死なんかに慣れたいと想っていた訳ではなかった。
人が死ぬのは悲しい事だっていう事は知っていたし、死んだ人間や友人といった”その人の為に涙を流してくれる人間“がいる以上はこの世界に生きる誰であろうと無駄な物と呼べる死は存在しない筈だというのをちゃんと理解していたからだ。
今更こんな私が何を言ったって詭弁になってしまうのであろうが、それが真っ当な人間としての摂理であり、誰でも持ち合わせている情というものだろう。
人の死を哀しみ、慈しむ事が出来たのなら……それは間違いなく真っ当な感性を持ち合わせた人間と呼ぶのに相応しい。
そしてこの臭いからそれ等の感情を悟る事が出来たのなら、きっとその人間は善人と称賛される人間になりえる事が出来る筈だ。
無論、これ等の感情を抱える人間がその真逆の感性を持ち合わせた人間の言葉でなかったの話ではあるのだが……。

説得力など欠片も無い理屈を廻って私の思考は自身の問題へと回帰する。
人の死に慣れた自分、そんなフレーズが唐突に私の頭の中を過ぎって消えた。
何故今になってこんな事を考えてしまうのだろう、と私自身想わない訳でもない。
だが、今此処でこうして広がり、漂っている臭いを嗅いで私はようやく自身の変化に気が付くことが出来たのだ。
これだけ濃厚な死臭を嗅いでも何ら違和感を感じない……いや、もっと言うのであれば何の感慨も抱かない自分自身という存在に。
確かに今も不愉快な感情が胸の内に立ち込めて渦巻いているという事は私も否定は出来ない。
でも、それが今まで通り気持ち悪さを通り越して生理的な面から来る忌避感に結び付くかといえば……そうはなっていなかった。
ただ気持ち悪いと感じるだけ。
それ以上の感情もなければそれ以下の思いもなく、ただただ不愉快だと断じては反吐が出そうになる感情を押さえ込むだけだ。

どうしてこうなってしまったのだろう、私は不意に自分自身に問い掛ける。
私は果たしてこんなにも人の死を軽んじてみてしまうような人間だったのだろうか、そう考えれば考えるほどに自身の中で拭い切れない疑問の念がふつふつと湧き上がってくる。
今まで沢山の死体をこの目に焼き付けてきたからだろうか。
それとも自身が死に掛けた事によって感覚が麻痺してしまっているからだろうか。
はたまた、ジュエルシードの暴走体という命を己がこの手で奪った事に私自身があまり深い考えを廻らせていなかったからだろうか……。
分からない。
考えれば考えるほどに自身の事が分からなくなってくる。
どれも正解な様でいて、どれも不正解。
またどれも不正解なようでいて、結局そのどれもが正解でしかない。
そんな矛盾した想いが徐々に私の思考を蝕んでいって……私は其処で考えるのを止めた。
これは単なる訓練でこの臭いも所詮は擬似的に作られた人工物、本物の死の臭いではない。
ならばこれ以上の思考は無用の物、そう自身で結論を下したからだ。
本当は一刻も早くこの永遠に続くかのように想われた思考の赤ら抜け出したかったから無理やり思考を打ち切りたかっただけなのだが、一々こうやって理屈付けないと思考を途中で止められない性分なのだ。
言い訳がましいという事は自分でも分かっているのだが、この際仕方のない事だと割り切ってしまった方が賢明という物だろう。

私は新たに湧き出た自身の違和感にそう結論を下し、二、三度バルディッシュの柄で軽く肩を叩きながらアリシアの方へと視線を向ける。
其処に広がるのは私の住んでいる海鳴市をモデルとして造られた赤錆びに塗れた街と、そんな街の中央に立つ一人の少女の姿。
その二つの存在が混じり合うコントラストが何処か私には官能的に見えて……また同時に不気味にも思えた。
あまりにも相反する二つの存在、それがこうして同じ場所に同じように存在しているという現実。
それがどうにも私にはあり得ない物のように見えて……それが彼女の本質のようにも思えてしまう。
果たして何時もの彼女とこの不気味な街で佇む彼女、どちらが本当のアリシア・テスタロッサなのだろうか……。
其処まで考えた処で、私は彼女の方へとゆっくりと歩を進め、「お疲れさん」と無難な言葉で何処か気だるげな彼女を労う。
どちらにせよ、今は彼女の口からその是非を判断する段階ではない。
なら、より明確な情報と条件が出揃った時にゆっくりと時間を掛けて判断すればいいだけの事だろう。
そう判断を下した私は尚も歩を進め続ける。
彼女の方へと……そして、彼女が佇む赤錆びに塗れた街の方へと……。

「ふぃ……こうして大規模な世界の組み換えをするのは久しぶりだったから少し疲れちゃったよ。でも、これで舞台は整った。それじゃあ、なのはお姉ちゃん。用意は良い?」

「はぁ~、相変わらず出鱈目だよね……この世界。まぁ、何でもいいけど。準備ならいいよ。どうせミッションこなす以外は何でも在りのサバイバル方式なんでしょ? そういうのは事前に彼是考えるんじゃなくて、プレイしながら慣れてく物なんだよ。だったら……最初から答えなんて決まってるようなもんでしょう?」

「ふふっ、相変わらず素直じゃないね。まぁ、其処がなのはお姉ちゃんらしいって言えばそうなのかもしれないけどさ……。じゃあ、始めるよ。開始と同時に私は擬似ターゲットをばら撒いて消えるけど、ミッションの内容は逐一バルディッシュを通して送るから安心して。今はただ余計な事を考えずに真直ぐ前へと突き進む。気休め代わりだけどこれ、一応師匠としてのアドバイスね。では……月並みだけど健闘を祈るよ、なのはお姉ちゃん」

「華々しく踊れって? あぁ、それは言われずとも。寧ろ、光栄の極みってね。ここいらでちょっとでも実力がついてるって事が証明できれば私としても安心だし……アリシアだってちょっとは気が休まるってもんでしょ? 最近あれやこれやと良くない騒ぎばっかりでストレス溜まってたし、精々気が晴れるまで暴れるとするよ」

何処か挑発的な意味合いが込められた私の言葉にアリシアは一瞬だけキョトンとした何時もの彼女らしい表情を見せてきた。
凡そ、この訓練に乗り気でない筈の私が唐突にやる気を見せるような態度を取った所為だろう。
元々演技下手な彼女にしてみれば、意外な出来事を前にして思わず素に戻ってしまうと言うのも無理もない話しなのかもしれなかった。
しかし、そんな彼女の態度も早々長く続くと言う訳ではなかった。
私の言葉が発せられてから僅か数秒後、意識しなければ其処に間が在ったのかどうかすら気付かないような時間の後に彼女は不意に微笑を浮かべて、自身の掌を天へと翳す。
そして、間髪入れずに鳴り響く指鳴らしの乾いた音。
親指と人差し指が交差し、擦れ合い、引き離される事によって打ち鳴らされた鈍い音はそれ以上の言葉を用いるまでもなく、始まりの合図を私に伝えてくる。
そして、それと同時に掻き消えるアリシアの身体と土と砂から生み出された歪な生命体の影。
何処へと流れる訳でもなく、風化した砂の様に風に乗って掻き消える様は殆ど消滅であると形容しても過言ではなかった。

だが、彼女は消えてなどいなければこの世界からいなくなった訳でもない。
そう私は改めて自身の状況を確認しながら、腰元に挿してある拳銃へと手を伸ばし、スライドを引いて初弾を薬室に装填する。
彼女は何処とも知れぬ場所から常に私の姿を見ている。
例えどれだけ私が隠れて悪態を付こうとも、彼女が知ろうとすればそれは総て筒抜けになってしまうのだ。
色々と思うところ在って半ば自棄気味にこの訓練を承諾してしまった私だが、やるならやるでせめて見っとも無い姿を晒す事だけは避けたい所。
そしてそれを一番に回避する方法は、やはり弱音を吐かないという事に限られてくる訳だ。
銃を再び腰元へと挿し直し、私は再び目の前に広がる赤く染まった不気味な街へと向き直りながら、ふとそんな考えを頭の中で思い描く。
何時も部屋の片隅で膝を抱えて泣いている事しか出来なかった自分。
ただ相手の為すがままになって、散々な理不尽を浴びる事しか出来なかった自分。
そして嘗て信頼し、愛した者総てに悉く裏切られ尽くした自分。
もう、私はそんな嘗ての自分に戻りたくは無い。
このまま蔓延る狂気に身を委ねるというのも気が引けるが、それでも同じ奈落に落ちると言うのなら……まだ抗い、もがき苦しんだ方がマシと言うものだ。

故に、私はこの足が彼女の言う“赤錆に塗れた街”の方へと向かうのを止めない。
だるいのも、きついのも、面倒なのも総じて大嫌いなこの私だが……何か事を成さねばならない時に動き出す決心が付けられないほど愚かであるという訳ではない。
だから私はこの身を穢し、彼女の言葉通りに前へ前へと突き進む。
それだけの力が……全ての干渉を断ち切って、己が渇望を具現化した能力が私には在るのだから。
阻まれるというのなら、超えてやろう。
触れようとするのなら、弾いてやろう。
干渉するというのなら、総じて否定してやろう。
幸福も、不幸も、凶弾も、祝福も、災厄も、福音も……皆、皆私の周りから遠ざかっていけばいい。
それが私の渇望であり、全てを吹き飛ばす暴風となり続ける限り……総じて皆、一遍の塵も残さず吹き飛ばしてあげるから。
そう結論がついた時には既に、私の目には一つの物しか映らなくなってしまっていた。
ただ前を向いて突き進む、そんなたった一つの至ってシンプルな答えしか……。
この時を持って、私の始めての実戦訓練が開始される事となったのだった。





駆ける。
赤黒く染まる街の中を、私はただ只管に駆け抜ける。
右手の内には柄まで紅に染まった幾何学的な戦鎌が握られ、左手の内にはもう数えるのも億劫になってしまうほどに途方もなく引き金を引いた米国製の小型拳銃がステンレスで作られたスライドの側面に血糊を滴らせながらも、しっかりと捉えられている。
しかし、その身に疲労はなく……また同じくして一切の憂いも無い。
当然だ、この世界にはそもそも元在った物が消費するという概念その物が存在していないのだから。

限りなく現実に近づけた世界といえど、所詮は一訓練。
この身に掛かる負担と体力の減少という最大の問題は予め、この世界を構築する際に概念その物が取り払われているようだった。
だが、だからと言って私に降り掛かる全ての負担が取り払われているという訳ではない。
ターゲットと切り結び、肉や筋を切り払った時に感じる生理的な忌避や悪寒。
銃口を敵に向け、問答無用に打ち抜いた際に胸に迸る罪悪感。
そして、否応無く痙攣する敵に止めを見舞う時に感じる言いようの無い喪失感……。
肉体面に掛かる負担が取り払われたのだとしても、この身が未だ人のそれである以上、反射的に忌避してしまう精神的な負担は拭い去る事は出来ないのだ。
無情になれ、無情になれと私は何度も自分で自分に言い聞かせる。
所詮この世界に起こる総ては仮想のもの、本当に自身が他者の命を刈り取っている訳ではないのだから。
だが、夢想であり仮初の物と分かっていても尚……この身の内を駆け巡る“現実(リアル)”は拭い去る事が出来ない。
斬れば血肉を浴び、穿てば臓腑の臭いが鼻腔を突き、能力を使えば街の一角その物が更地になってしまう。
もしもこれ等の内の一つでも現実に起こりえたのなら、不意に私にそう思わせるにはそれらの生臭い感覚は私の精神を蝕むには十分過ぎる毒を孕んでいると言えた。

だが、今の状況ではそんな杞憂も直ぐに四散し、濁流に呑まれたかのように頭の中から排除される。
目の前に揺れる真っ黒な人影─────否、化け物の姿。
体長は軽く二メートル半を超え、タイヤのゴムを溶かして形作ったような肌は凡そ人の範疇を有に超える筋肉を帯びている漆黒を人型にして歪に捻じ曲げたかのような化け物だ。
その姿を形容するのなら、最早その身姿は人というよりは鬼のそれに程近い。
対物兵装型の暴走体ダミー、それが私の前に現れた者の正体だった。
それを認知した瞬間、私は地面を強く蹴ってターゲットとの距離を一気につめる。
対処にもたついていると先手を取られてしまう、そう直感が告げてきたからだ。
だが、そんな考えが頭に浮かんだ時には既に遅いという事を私は一瞬にして悟った。
目の前の敵が肩膝を着いて私に向けている物……HASAG RPz54、通称パンツァーシュレックと呼ばれる対戦車ロケット砲の存在に気が付いたからだ。
避けようと思い、行動に移せば避けられるような物でもない。
よしんば避けた所で超高熱で噴射される爆炎に身を焼かれて戦闘不能に陥るのが落ちだ。
だからこそ、私は臆せず前へ前へと突き進み続ける。
ジュエルシードの力を微弱に解放して地面に足の裏が触れるたびに“反射”の力を作動させ、通常の何倍もの速度を持ってしてターゲットへと突っ込んでいく私。
そして次の刹那、ポケットの中のジュエルシードが強烈に発光し、まるでそれが合図であったかのようにターゲットの肩に担がれたパンツァーシュレックから88mm炸裂弾の弾頭が此方に向けて発射される。
本来なら命中すれば例え相手が装甲車であろうとも紙屑の様に燃やし尽くせる対戦車ロケット砲の弾頭、当然私なんかが真正面から突っ込んで万に一つでも命が拾えるような生易しい品物じゃない。
そう、それが本来のあるべき道理の範疇内で展開された事であったのなら……。
次の瞬間、徐に拳銃を手にした腕を振りかぶった私は、盛大な声をあげてその断りすらも捻じ曲げる力の解放を高らかに宣言するのだった。

「……ッ!? 小っ賢しいわァぁあああ!!」

瞬間、私はある一つの念に全神経を集中させ、一気に振りかぶった手を横薙ぎに振り払う。
寄るな、触れるな、近寄るな。
汚らわしい、この身に降り掛かる物は皆総じて吹き飛んでしまえ。
誰にも私に触れる事など出来はしない。
故に高みへ。
誰も辿り着く事の出来ない高みへと私は暴風を纏って昇華し、貫く。
それこそが我が渇望、世界の如何なる干渉であってもその存在その物を否定し、反射し、捻じ曲げ潰す”高町なのは“に赦された五分間だけの絶対防御だ。
其処に名前など無く、また一切の工夫も努力も無い。
何せこの力を解放した私に触れられる存在など、例え世界の何処を探してもある筈無いのだから。

無論、それは戦車の装甲をも貫くロケット弾であろうと例外ではない。
拳銃を握られた腕が振り払われたその瞬間、私の拳はロケット弾の弾頭の横腹へと突き刺さる。
横薙ぎに殴られた事で弾頭が拉げ、推進する為に噴出していた爆炎が見当違いの方向へと向かって火を吹き上げる。
刹那、私の視界が一瞬にして閃光と爆炎の紅に染まる。
拉げた弾頭が炸裂し、突き刺さった私の拳を中心に辺りにあった物を根こそぎ巻き込んで爆ぜ上がったのだ。
耳の内でキンキンと鬱陶しい耳鳴りが鳴り響き、視界が微かに白くぼやける。
だが、この身に一切の負傷は無い……それを確認した私はもう一度自身の心に強く訴えかけ、爆発によって齎された二次被害という”干渉“をこれまた根こそぎ否定して、私の身体の中から外へと追いやる。
瞬間、私の身体の状態が原点へと帰還し、思考が一気に透明感を帯びてくる。
面倒な攻撃は防いだんだ、後は己の成すべき事をこの衝動に乗せて相手を葬ってやればいい。
私は歪に口元を吊り上げ、夥しい量の血液が滴るバルディッシュを振り被りながら、目の前の敵へと迷わず突っ込んでいくのだった。

「はッ─────お返しだよ。バルディッシュ!」

『Arc Saber』

先ほどから延々と桜色の刀身を光らせていた大振りの戦鎌を私は片手だけで振るい、遠心力を利用してターゲットへと駆け寄りながら一気にそれを横薙ぎに振るう。
瞬間、バルディッシュの鎌の刃となっていた刀身が結合部から分離し、まるでブーメランのように高速で射出される。
その速度は弾丸もかくや……いや、最早それ以上であると言っても過言ではないのかもしれない。
肉を裂き、骨を断ち、命を蹂躙する高速で打ち出された電動鋸の刃。
凡そ、私の知る言葉で形容するならばそう呼ぶのが正に適切だと言える様なスピードで高速回転する刃は急いで回避しようとしているダミーの方へと向かっていく。
だが、音速をも上回る速度で迫るギロチンの刃を避ける余裕など当然ターゲットには残されていない。

パンツァーシュレックの防護盾を切裂き、砲身を断ち割り、避けようとしていたダミーの脇へと突き刺さった魔力の鋸は容赦なくその命を貪り喰らう。
回転する刃が腹から頭へ、そして縦から横へと次々にその行く先を変えてダミーの身体中で暴れ回る。
どす黒い血液が噴水の様に跳ね上がり、断たれた腹から臓物が零れ落ち、吹き飛ばされた手の内から粉々に砕け散ったパンツァーシュレックが地面へと落ちていく。
そして荒れ狂う刃が光の粒となって掻き消えた頃には、ターゲットは四肢を捥がれた豚のようにのた打ち回るという醜態を晒す事となった。
まったく、梃子摺らせてくれたものだと私はつくづく思った。
『ターゲットの無力化を確認』、バルディッシュから漏れる電子音声を私は吹き出る返り血をこの身に浴びながら、己が渇望が流れ出すのを抑制し、悠々とそれに言葉を返すのだった。

「オーライ。これで第四ミッションの条件もクリアって事でいいのかな?」

『肯定。セカンドマスターからの指令内容は今のターゲットを無力化した事でクリアされたと認識されました。記録した経過を報告いたしましょうか、マスター?』

「んにゃ……別にいいよ。これが実戦だったらこうも簡単に敵を倒せた訳じゃないんだろうし、体力も魔力も消費しない状態のデータなんて何の役にも立たないしね。それに今回の訓練で重視されるのはあくまで技量と応用力、それを判断するのは私じゃなくアリシアなんだから尚更だよ。とりあえず次の指令が来次第報告して。次でラストなんだからさ。それまではバルディッシュも待機モードね。ぶっちゃけ、ずっと展開してるのもだるいし」

『指令了解。マスターからの指示を最優先事項として認定しました。現在を持ってセカンドマスターからの指令が伝達されるまで待機モードに移行します』

相変わらず堅苦しい上に機械的で面白みの欠片も無いバルディッシュの返答に私は「よろしく~」と適当に声を掛け、それに肯定の意を示す。
すると私が発現を終えた刹那、私の手の内のバルディッシュがカシュッ、という小気味良い機械音を立てて変形し、鎌状の刃を展開するサイズフォームから待機状態のアックスフォームへと形状が元に戻った。
そしてそれと同時に斧状の刃になっていた部分にべっとり付着していたどす黒い血液が地面へと垂れ、まだ真新しいと思わしき白煉瓦が敷き詰められた路地に呪いのような染みを新たに生み出す。
これが仮想空間でなければ発狂ものだ。
私はそんな光景をボーッ、と眺めながら徐にそんな事を頭の中に思い浮かべる。
この訓練空間“赤錆に塗れた街”は私が暮らしている海鳴市の一部をトレースし、細部に幾つかのトラップを仕込んだ物凄くだだっ広い忍者屋敷のような物だ。
対人地雷は幾つも地面に埋められているし、既にサンダースマッシャーで粗方撤去したとは言え、一部のビルや家の屋上にはコンピューターの自動制御で動く50口径対空機銃まで作動している有様……凡そ、中東辺りの紛争地帯並だと言っても過言ではないだろう。
だが、その内装はどうであれ、その外見は腐っても私の住んでいる街その物だった。
閑静な住宅街や水平線の彼方まで見渡せる浜辺、そして現在私がいる駅前の広場でさえ、そっくりそのまま瓜二つ……完全な実物として再現されていた。
ただ違うのはこの空に不気味に広がった夕焼けとも深夜とも言いがたい不気味な赤錆色の空と、あたりに充満する噎せ返る程に濃厚な死臭だけだ。

なんとも趣味が悪い、私は不意に一瞬だけ空を仰ぎ、また直ぐに先ほど無力化したターゲットの方へと視線を戻しながらそう思った。
確かに合理的に考えるのであれば見知った場所をトレースして訓練場に使う事は使用者の緊張を解す事にもなるのだろうし、実質闘いの舞台は同じ海鳴市内であるのだから訓練を通して地の利を学ぶという事にも繋がってくるから一概に全部が悪いという訳ではない。
寧ろ、インコンバットとアウトコンバットの両方を見知った土地で学べると言う点に関しては此方の方が理に適っていると言う物だった。
だが、人間そうそう簡単に何でもかんでも割り切って考えられるほど機械的ではない。
何時も其処にあった筈の日常がこのような非日常に変っていく場景を見させられれば、誰だって嫌な気持ちの一つくらい抱いてしまうと言う物だろう。
友人同士が並んで笑い合いながら歩く路地が戦場となり、恋人がいちゃつく店が要塞と化し、円満な家族が日常を過ごす家屋が爆弾と砲撃魔法で吹き飛ばされる。
ありえない筈の光景なのに、何時か現実でもこんな風になってしまうのではないか……そんな事を考えるたびに私の気分はどんよりと沈んでしまう。
もしも此処に人がいたら、あまり考えたくない事だが既に幾人も犠牲者が出ている以上思慮しておかねばならない事柄であることに違いは無いだろう。
まったくつくづくこの世界は私の気分を害してくる。
私は半場八つ当たり気味にピクピクと痙攣しているターゲットの方へと銃口を向け、鬱憤晴らしとばかりに迷わず引き金を引いた。

手の内で小さな拳銃が跳ね上がる。
現実で使っていた物とは違い、訓練用に火薬を多く薬莢に詰めた強装弾を使用している所為なのか、何時も以上に反動はきつい物があった。
しかし、この世界での訓練に加えて現実の世界でも銃を撃った私にしてみれば別段捌き切れない品物と言う訳でもない。
連射さえしなければ片手でも狙いを付ける位は十分に容易かった。
刹那、バックアップの銃口が火を噴き、排出された真鍮の薬莢がコンクリートで舗装された地面に落ちる。
そして、間髪入れずに飛び出したフルメタルジャケットと呼ばれるタイプの弾丸は宙に綺麗な螺旋を描きながら未だに痙攣を止めないターゲットの頭部へと命中した。
ターゲットの痙攣が止まり、辺り一面に再び血の臭いが充満し始める。
妙に生々しい物だと私も思ったものだが、もはや全身に返り血を浴びている身の上ではそれ以上の感想を抱く物でもなかった。
戦闘をするということは相手の命を奪うということ。
実際私も前回の戦闘で暴走体となった生物の命を奪っているし、これからの戦闘でも恐らくそんな展開が続く事になるのはほぼ確定済みだ。
相手が人間であるならいざ知らず、この程度の事で罪悪感を抱くなんてナンセンス。
と言うか、寧ろそのまま放置すれば再び襲ってくる可能性もあるのだからきっちり止めを刺して本当の意味で敵を無力化するのは正しい事だろう。
私は薬室に一発だけ弾丸が残っている事を確かめ、そのままグリップ横についているボタンを押して空になったマガジンを地面へと捨てると、腰に挿してあった予備のマガジンを再び差し込んで弾薬の補給を終えるのだった。

『警告。戦闘行為以外で弾薬を消費するのは感心しません。以後、お気をつけください』

「堅苦しい事言わないでよ。きっちり敵の首を落として初めて状況終了なんでしょ? だったらこれだって減点の対象になるような事じゃないはずだよ。殺れる時に殺らなきゃいけない相手を殺る事。ほら、何処も間違ってないでしょ?」

『肯定。しかし、先ほどのマスターの行動にはそのような意図があるとは判断出来ませんでした。よって、私からの進言に変更はありません。ご自重なさってください、マスター』

「……ッ、分かった。次からは気をつけるよ」

まるで小姑みたいな事を言ってくるAIだ。
私は内心そんな事を思いながらも、抑え切れない分の苛々を舌打ちに移して気持ちを押さえ込む。
悔しいが確かにバルディッシュからの進言には私も図星を突かれてしまっていた。
気分が悪い、苛々する、考えが纏まらない……だから八つ当たりをして憂さを晴らした。
その考えは否めなかったし、実際私もそういう気持ちがあったからこそ引き金を引いたのだ。
ジュエルシードの問題に加えてフェイトちゃんの問題が出て来たとか、アリシアが何で不機嫌なのだろうとか、明日から学校が始まると思うと気分が滅入るとか大体そんな感じ。
嫌な事が一度に解決出来ないほど沢山あって、しかもそのどれにしたって逃げられないという現状に私は抑えきれないほどの苛立ちを感じてしまっていたのだ。
だからこそ、八つ当たり。
私がこんな調子じゃあ、私を虐めていた連中の事をとやかくいう事も出来ないのかもしれないが……人間抱え込むだけじゃなくて発散もしなければならないのだと今なら分かる。
それにこれはあくまでも訓練、私からしてみれば体験シミュレーション型の戦争ゲームのような物だ。
痛みや疲れが無い分一方的に相手を嬲れる訳だし、それで誰かに迷惑が掛かると言う訳でもない。
実戦的な雰囲気も学べて尚且つストレスの発散も出来る、これ以上のゲームは他に類をみないだろう。

しかし、先ほどの私は間違いなくストレス発散とは違う心情の内に引き金を引いていた。
ゲーム感覚という訳でもなければ実戦に結び付く思慮が在る訳でもなく、ただただその存在が此処にあるという事が許容出来ないが為に。
本当にただそれだけ、下手な言いかえをするなら意味も無いけどちょっとムカついたから殴ったとかそんな風なノリと捉えてしまってもいいのかもしれない。
ただただ自身が苛立っていた故の行動を理性が抑えきれずに、尤もな理由をくっ付けた上で実行したに過ぎないのだ。
それも持ち合わせていた筈の他者の生命を奪うという尊厳すら忘れ、己が欲望が赴くままに。
やはりこの場所にいると暴力的な思考に歯止めが利かなくなってしまう。
早々に訓練を終えてこの場から立ち去りたい、私がそう思いながら溜息を宙へと吐き出すのとバルディッシュのコアが電子音を鳴らしたのは殆ど同時の事だった。
どうやら最後のミッションの内容が届いたと言う事らしい。
私は二、三度肩を回して筋肉を解し、手の内のバックアップをクルクルと回して弄びながらバルディッシュから発せられる電子音声へと耳を傾けるのだった。

『報告。セカンドマスターからの指令を受信。内容を提示いたしますか?』

「お願い」

『了解。最終命令の内容を報告。最終ミッションの内容は一対三のアウトコンバット。ターゲットは実弾タイプが二体、動物タイプが一体。訓練は今から五分後に市街地の第八ブロックにて開始されるとの事です。マスター、早急に移動を』

「はいはい、了解りょーかいっと。まったく、手っ取り早く済ませるよ。こっちもこれ以上気分を害したくないんでね。見敵必殺、全力全開。ターゲットを見つけ次第全力を持って叩く。よろしくね、バルディッシュ?」

暗に「その為にターゲットを私の前に狩り出す用意をしておけ」というニュアンスの篭った言葉を私が掛けると、バルディッシュはそれに対して『了解』とだけ言葉を返してきた。
本当に態のいい武器だとつくづく思う。
魔法を使えるようにする為の単純な装置などではなく、格闘戦にも転用でき、尚且つ戦略を広げられるようにAIが最適な動作を割り出してもくれる。
良い事尽くめな上に都合が良い、これ以上に優秀な武器は私の世界でも中々お目に掛かれないという物だろう。
とは言え、流石に私もバルディッシュの事を“都合の良い武器”以上の物として認識するほど愚かな人間では無い。
武器は何時か壊れるし、新しい物が出来れば型が遅れる事だってある。
よくロボットアニメなんかで機械の事をパートナーだの友人だの言っている主人公がいるが、所詮兵器は兵器だ。
使い物にならなくなれば無用の長物となるだけだし、状況に相応しくないとなれば無理に使用する事も無い。
臨機応変、その場に合った使い道があってこそ武器は武器足り得るのだ。
その点で言えばバルディッシュは非常に都合がいい。
別段信頼しているとか思い入れがあるとかそういう訳ではないが、あらゆる場面でその特性を応用出来る多様性がバルディッシュにはある。
少々登録されている魔法の一つ一つが直線的過ぎるのは否めないが、其処はまたアリシアに魔法を教わるなどしてバリエーションを増やせば良いというだけのことだろう。

ともあれ、最後の命令は下ったのだ。
後はさっきからやってきた事と同じように、敵を見つけ次第斃せばいい。
時に四肢を射撃魔法で砕き、時に拘束魔法で縛り上げ、時に銃で頭部を穿ち……また時にジュエルシードの力で全身をバラバラに引き裂けばいい。
それだけの力が私にはあり、此処でその力を振るう事を遠慮する事など無いのだから。
着実に私は力を付けつつあり、また常人には遠く及ばないほどに強くもなっている。
これはその証明。
アリシアに……いや、自身に己が化け物になりつつあるという事を告げる証明なのだ。
抑えるべき所は抑え、開放するべき所は開放する。
その酌量を間違えないように、私は”高町なのは“という化け物を飼い慣らさなければならないのだ。
そして今は─────ただ己の力を行使し、私の持てる総ての力を持ってターゲットを捻り潰す。
そう私が確信を得た頃には、私は脳内で限界まで分泌されたアドレナリンの所為で滾りに滾りつくしていたのだった。

「さぁて……ぼちぼち、再開しようかな。狩りを、さ」

バルディッシュを再びサイズフォームへと展開し、銃把を強く握り締めた私は口元を吊り上げながらそうポツリと呟く。
そう、これは訓練というか……狩りなのだ。
己の実力がどれほどの物なのか、それを八つ当たりから来る衝動と磨いた技術によって証明する化け物狩り。
そして私は狩猟者、一方的に……それも攻撃されても手傷一つ負うこと無く相手を虐殺できる力を有した絶対無比の存在なのだ。
それは言わばチートコードを用いたゲームの主人公。
ずるい力を与えられ、絶対に自身が死ぬ事の無い環境で絶対的な力を行使する狩る化け物以上の化け物だ。
斃す毎に得られる経験値は少なくなってしまうけど、爽快ではある。
ならば……私は思う存分その感覚を快楽として享受すればいい。
私は意味無く口元から漏れる自身の笑いに思わず身震いを催しながら、目的地へと足を向けるのであった。
強く、強く……何度も何度も蹂躙するように地面を蹴り上げながら。
ただ只管に、只管に……。





そんな高町なのはの様子を何処からともなく覗き見ている物がいた。
名はアリシア・テスタロッサ、アルハザードの管理人格たる幼子だ。
彼女は高町なのはが駆ける世界とはまた別の場所、言うなれば彼女の作り出した別の空間から彼女の様子をジッ、と除き見ていた。
その表情は重く、何処か苦々しい。
まるで彼女の変化を快く思っていないような、そしてそれでいて自身がした事が本当に正しかったのかと今更自問自答するような……そんな居た堪れない表情を彼女は浮かべながら彼女は徐に口を開いた。

「なのはお姉ちゃん……ううん、これで……これで正しかったんだよ。なのはお姉ちゃんは私が望む通り、ちゃんと強くなってくれてる……」

彼女は力なくそう呟き、自身の言葉を自ら肯定する。
しかし、その表情が晴れる事は無い。
寧ろ、そう肯定の意を呟く度に彼女の表情は一層蔭るばかりだった。
分かっているのだ、彼女自身も。
自分がこんな風に呟くこと自体、何処か道理に適わない事だという事を。
幾年もの間積み重ねてきた苦しみから開放されるからと彼女が望み、またそんな彼女に同調した高町なのはに望まれたからこそ彼女は高町なのはを鍛え、技の術を託してきた。
だが、そうする事で彼女が望んだ高町なのはという存在は歪み始めてしまった。
ジュエルシードの力で一度己が渇望を叶えてしまったが故に、嘗てこのアルハザードに巣食ってきた者達の様に人としての根本が捻じ曲がりそうになっているのだ。
己がそう望んだ所為で、彼女にそう望まれてしまった所為で……。
アリシアは思わず泣き出しそうになった。
このままでは何れなのはお姉ちゃんは取り返しがつかないほどの変化を遂げてしまうのではないか、と思わずにはいられなかったからだ。
でも、彼女は涙を流さない。
それどころか、まるでそんな感情すらも押し潰して戒めるかのように犬歯をむき出しにして歯噛みするばかりだ。
ギリギリと音を立て、歯と歯が互いに削れ合う。
悔しい、何処までも無力で役立たずで……他人に不幸ばかり撒き散らす己の存在が憎たらしくて堪らない。
彼女はそんな感情を吐露するように、擦れるほどの小さな声で自身の気持ちを言葉に変換して宙へと吐き捨てるのだった。

「本当は、もう……誰も不幸になって欲しくないのに……。時間が、それを赦してくれない……」

泣き出しそうな、それでいてありったけの不満を吐き出すように彼女はそう呟いた。
それはまるで世界を呪う言葉のように禍々しく、氷のように冷たい言葉だった。
これ以上彼女は自身の姉代わりのような少女である高町なのはを不幸にさせるような事はしたくないと思っていた。
どれだけ普段明るく彼女が振舞っていても、この身は知ろうと思えばどんな秘密ですら知ってしまう存在だ。
そう自覚しているが故に、アリシアは高町なのはが今までどれだけの苦痛を周りから受けていたのかを知ってしまっていたのだ。
家族からも友人からも裏切られ、誰からも愛されず、ただただ孤独に身を窶すだけの毎日。
その苦痛がどれほどの物だったのか……彼女は理解してしまったのだ。

初めて彼女がそれに気が付いたのは、何時だか彼女が急かして学校に行ってみたいと申し出た時だ。
あの時、彼女が見せた反応……それは如何考えても普通の物ではなかった。
故に彼女はちょっとした好奇心から、彼女の過去と言うパンドラの箱を開けてしまったのだ。
高町なのはが彼女に知られたくないからと必死に隠していた自身を取り巻く人間の怨嗟。
それを理解してしまったが故に、彼女は高町なのはの幸せを祈った。
もうこれ以上彼女が傷つきませんようにと、もう誰も彼女を独りにしませんようにと。
無駄だと分かっていても彼女は祈った。
こんな筈じゃなかった世界で手を差し伸べてくれた少女の為に只管に、只管に。
だが、そんな彼女の祈りと反するように現実は状況を変えてしまった。

昨夜彼女が帰りが遅いからと心配で覗き見た高町なのはの姿……厳密に言えば、そんな彼女を取り巻く人物の中にもうあまり時間が残されていないことを告げていたのだ。
彼女が見た光景は何の変哲も無いファミリーレストランで最愛の姉代わりが楽しそうに食事をしている光景だった。
それだけなら彼女も安心して覗き見るのを取り止めていた事だろう。
彼女が祈った幸せが、その時の彼女には確かにあったのだから。
だが、問題なのはその相手……くすんだ金髪の女性、確か姉代わりである少女からは“先生”なる呼称で呼ばれていた女性にべったりとくっ付いて甘えるもう一人の少女にある。
それは、もう一人の彼女だったのだ。
利き腕も違うし、雰囲気も違う。
何よりもその姿は彼女よりも幾分か年上で、顔に浮かぶ表情はまるで幸せの絶頂にあるかのように輝いてすらいた。
でも、彼女は一瞬にして見抜いてしまった。
そんな少女が何物であるのかを。
そしてその少女が浮かべる表情の裏側にどんな物が込められていたのかを。
その瞬間、彼女は悟ったのだ。
もう既に、自身の願いを叶えるには時間が無いという事を。

「妹なんて、欲しがらなきゃよかった……。そしたら、あの子だって……っ!」

ギュッ、と爪が掌に食い込む程に彼女は自身の手を握り締める。
それは自身の中で湧き上がる衝動が行き場をなくしてしまったが故の行動だった。
嘗て彼女がまだ歳相応の無垢な少女であった頃に己の母に望んだ願い。
孤独は嫌だから、一人は怖いから、誰かに一緒に居て欲しいから……そう渇望したが故に願い、彼女は母に強請ったのだ。
だが、その願いが叶う前に彼女はアルハザードに飛ばされ、結局その願いは叶わなかった─────筈だった。
叶ったのだ、彼女の願いは。
望んだ通り妹は誕生し、今この瞬間にも確かに息衝いている。
本来ならば喜ぶべき事だった。
肉親が増えた事に、そして己の渇望が満たされた事に彼女は歓喜する筈だった。
だが、それは覗き見た彼女の過去故に泡と成って消え失せたのだ。

自分がいることで皆が不幸になる、彼女は唐突にそう思った。
自分が望まなければ母はクローン技術に手を伸ばしてまで自分の複製を作ろうとは思わなかった筈だった。
そうすれば彼女も記憶を失ってしまうような苦しみを抱える事も、自身の大切な人を目の前で殺されるような事態にもならなかったのだ。
もう何十年も前の、自身がまだ見た目相応の子供だった時代に何気なく願った物であったのだとしても……彼女は妹の存在を望んだ自分自身が赦せなかった。
そしてこれ以上自分と自分の母親が回りに災厄を齎すということに関しても、もうこれ以上許容する事は出来なかった。
故に彼女は己を呪い、そしてまた祈る。
其処に涙は無く、存在するのは純粋な憤怒と憎悪。
未来を繋ぐ為に過去を断ち切らねばならない、そう思うからこそ彼女は絶望もしなければ嘆きもしないのだ。

故にその為には自身に力を貸してくれると言ってくれた少女をもっともっと強くしなければならない。
もうこれ以上誰も不幸にしない為に。
そして、自分を信じてくれた最愛の少女がもうこれ以上壊れていかないようにする為に。
彼女は自身を恨み、また呪う。
こんな運命に生れ落ちた自分を……生まれながらに周りを不幸にするアリシア・テスタロッサという存在を……。
彼女が憎み、それと同時に祈るのだ。
救いなど要らない、近寄れば遠ざかっていけばいい。
この身がどれだけ貪られても構いはしない、だから……だから、私が不幸にした人々に祝福を。
彼女は祈り、また願う。

「もう……時間は無い。だから、頑張って。なのは……お姉ちゃん……」

彼女は目の前で繰り広げられる戦闘を見ながら、ポツリとそう呟いた。
最愛の少女は拳銃とデバイスという二つの凶器を屈指し、血と臓物に塗れた地面を蹴り上げながら何度も何度も執拗に敵を殴りつけている。
凡そ、それはもう彼女の知る戦闘とはかけ離れた……もはや殺し合いの領域にはいる物だった。
だが、彼女は何も言わず……ただただ純粋に彼女に願う。
強くなってくれるのは良い。
どれだけ敵を蹂躙しても、容赦が無くなったって構わない。
でも、私に手を差し伸べてきてくれた時の優しさは忘れないでいて欲しい……と。
瞬間、不意に彼女の瞳から何か熱いものが頬を伝ったのだった。
まるで、今まで自身が抱えていた悔しさが剥がれ落ちたかのように……。
ポツリ、ポツリと音を立てながら。





補足。
それでは恒例の銃火器の説明に移りたいと思います。
なんというか、また自重出来ませんでした……はい。

モデル名:HASAG RPz54 パンツァーシュレックⅡ
製造国:ドイツ第三帝国
口径:88mm
全長:1592mm
重量:11.5kg
弾数:1発

簡単な説明:第二次世界大戦中に製造された対戦車ロケット砲。
逆噴射する噴射炎から射手を護るように盾が砲身についているのが特徴で、これによって射手は安全に射撃を行う事が可能。
作中なのはさんは拳で弾頭を粉砕していましたが、本来戦車(二次大戦当時)の装甲を打ち抜ける物ですので良い子は決して真似をしないように。
ちなみに北斗の拳的「名前を呼んで」の人ことジャギ様もこれをご愛用。
では最後に「俺の名前を言ってみろ~!!」

では、以上余計な補足でした。




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