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No.15606の一覧
[0] 孤独少女ネガティブなのは(原作改変・微鬱)[ランブル](2010/04/02 18:12)
[1] プロローグ「きっかけは些細な事なの……」[ランブル](2010/03/15 14:33)
[2] 第一話「友達なんて必要ないの……」[ランブル](2010/03/15 14:36)
[3] 第二話「都合の良い出来事なんて起こりはしないの……」[ランブル](2010/03/15 14:43)
[4] 第三話「泣きたくても耐えるしかないの……」(いじめ描写注意)[ランブル](2010/01/23 17:32)
[5] 第四話「一人ぼっちの夜なの……」[ランブル](2010/03/15 14:52)
[6] 空っぽおもちゃ箱①「とある少女達の語らい」#アリサ視点[ランブル](2010/03/15 15:00)
[7] 第五話「出会い、そして温かい言葉なの……」[ランブル](2010/03/20 16:45)
[8] 第六話「変わる日常、悲痛な声なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/03/15 15:22)
[9] 空っぽおもちゃ箱②「誰かを救うということ」#トーレ視点[ランブル](2010/03/15 15:28)
[10] 第七話「これが全ての始まりなの……」[ランブル](2010/03/15 15:51)
[11] 第八話「現実と向き合うのは難しいの……」[ランブル](2010/03/15 16:00)
[12] 第九話「所詮理想と現実は別のお話なの……」[ランブル](2010/03/20 16:47)
[13] 空っぽおもちゃ箱③「欲しても手に入らないもの」#すずか視点[ランブル](2010/03/15 16:18)
[14] 第十話「護るべき物は一つなの……」[ランブル](2010/03/15 16:21)
[15] 第十一話「目的の為なら狡猾になるべきなの……」[ランブル](2010/03/15 16:25)
[16] 第十二話「何を為すにも命懸けなの……」[ランブル](2010/03/15 16:30)
[17] 第十三話「果たしてこれが偶然と言えるの……」[ランブル](2010/03/15 16:38)
[18] 空っぽおもちゃ箱④「打ち捨てられた人形」#フェイト視点(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:50)
[19] 第十四話「終わらせる為に、始めるの……」[ランブル](2010/03/15 16:39)
[20] 第十五話「それは戦いの予兆なの……」[ランブル](2010/03/20 16:44)
[21] 第十六話「月明かりに照らされた死闘なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[22] 第十七話「不安に揺らぐ心なの……」[ランブル](2010/04/02 18:10)
[23] 空っぽおもちゃ箱⑤「枯れ果てた男」#クロノ視点[ランブル](2010/04/19 22:28)
[24] 第十八話「それは迷える心なの……」[ランブル](2010/05/05 17:37)
[25] 第十九話「鏡写しの二人なの……」[ランブル](2010/05/16 16:01)
[26] 第二十話「芽生え始める想いなの……」[ランブル](2010/06/10 07:38)
[27] 第二十一話「憂鬱の再開、そして悪夢の再来なの……」[ランブル](2010/06/10 07:39)
[28] 空っぽおもちゃ箱⑥「分裂する心、向き合えぬ気持ち」#恭也視点[ランブル](2010/08/24 17:49)
[29] 第二十二話「脅える心は震え続けるの……」(微鬱注意)[ランブル](2010/07/21 17:14)
[30] 第二十三話「重ならない心のシルエットなの……」[ランブル](2010/07/21 17:15)
[31] 第二十四話「秘めたる想いは一筋の光なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/10 15:20)
[32] 第二十五話「駆け抜ける嵐なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[33] 第二十六話「嵐の中で輝くの……」(グロ注意)[ランブル](2010/09/27 22:40)
[34] 空っぽおもちゃ箱⑦「欠けた想いを胸に抱いたまま……」#すずか視点[ランブル](2010/09/27 22:40)
[35] 空っぽおもちゃ箱⑧「最後から二番目の追憶」#すずか視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[36] 空っぽおもちゃ箱⑨「Super Special Smiling Shy Girl」#セイン視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[37] 第二十七話「その心、回帰する時なの……」[ランブル](2010/10/25 19:25)
[38] 第二十八話「捨て猫、二人なの……」[ランブル](2011/02/08 17:40)
[39] 空っぽおもちゃ箱⑩「遠い面影、歪な交わり」#クロノ視点[ランブル](2011/02/13 11:55)
[40] 第二十九話「雨音の聞える日に、なの……」[ランブル](2011/04/18 17:15)
[41] 第三十話「待ち人、来たりなの……」[ランブル](2011/04/18 20:52)
[42] 空っぽおもちゃ箱⑪ 「殺されたもう一人のアタシ」#アリサ視点[ランブル](2011/06/05 21:49)
[43] 第三十一話「わたし達の時間、なの……」[ランブル](2011/07/03 18:30)
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[15606] 第十九話「鏡写しの二人なの……」
Name: ランブル◆b9dfffe8 ID:ba948a25 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/16 16:01
とある諺の中に世界には自分と似通った人間が最低でも三人は存在する、という物がある。
これは単純に解釈するのであれば世界には自分と似たような容姿や背格好の人間が少なからず存在しており、それ等の個々は互いに面識が無かったのだとしても何らかの縁を感じざるを得ないという事になる。
人の運命とは実に想像が及ばない程に数奇で、また歪なまでに不可思議な物である。
私のような学の無い人間ではあまり偉そうな事は言えないのかもしれないのだけれど、つまりはそういう事なのだろうという位は何となく想像が付いた。
何せ実際の所、そういう奇妙な廻り合わせというのは中々どうして否定出来ない物が在るからだ。
別に私自身運命だとか天の定めだとかそんなオカルトめいた眉唾物の与太話を本気になって真に受けているという訳ではない。
寧ろ私の場合はその逆、朝のニュース番組の途中にやっている星座占いだとか血液型で人の性格が判るだとかそういう何の根拠も無い迷信染みた物は基本的に鼻で笑って馬鹿馬鹿しいと断じてしまうのが常だ。
何故なら其処には一切の確証が無く、また私自身が己に対してこれは正しい事柄なのだと納得させられるだけの理由も無いから。

だけど時にはそんな私の考えすらも逸脱して、無理やりにでも自分を納得させなければいけないような事態というものも確かに存在していたりもする。
そして更に驚く事に、その事態があろう事か自分の目の前で自身の存在を巻き込んで展開するというのも満更笑えなかったりもする訳だ。
勿論、それが特上級にセンスの悪い冗談だっていうのは私だって理解してはいる。
実際に自分が体験していないのにも拘らず、机上の資料だけで物事を語る人間が賢者ぶるのと似通った理屈だ。
あくまでも自分とはまったく関係ないと言い切れるからこそ、人は他人事だからと彼是何とでも言葉を並べられるのだ。
しかし、その逆もまた然り。
そんな普段なら他人事だと笑って済ませてしまうような出来事が現実に自分を巻き込んで起こりえたのであれば、これ以上の不幸は他に無いと言ってしまっても構わないだろう。
何せ今まで想像すらもしなかった出来事に覚悟を抱く間も与えられないまま直面しなければならないのだ。
それがどれだけ面倒でかったるい事なのか、似たような経験をしている私こと高町なのはからしてみればそれはもはや語るまでも無い事だった。

でも、今回の出来事はそれ等の経験を踏まえた上で考えても何処かそういった物とは違うんじゃないかという気持ちが否めなかった。
確かに今の現状は何処か不可思議ではあるし、一見してみただけならまた面倒事が舞い込んで来たという風にも解釈出来る。
だけど何かが、決定的な何かが今までのトラブルとは違うような気がしてならないのだ。
言い例えるのならばジャンルの違いだ。
今までのトラブルがR‐18指定物のバイオレンスアクションだとするのならば、今の現状は全年齢対象ながらも攻略の糸口が一向に見えてこない高難易度のパズルゲーム。
それも所々で思考型のシミュレーションを挟むタイプの一回プレイしたら数日はうんざりしそうな鬱憤と疲労感が溜まるタイプの面倒な奴だ。
ある種これ等の二つはトラブルというハードで括る事は出来ても、その中身を同一視する事は出来ないゲームのような物。
つまりは意味合い上は同じであったとしても、その中身は決して交わる事が無いと断言できてしまう程に相反しているという事だ。
今回の件もまたその例に外れず、寧ろその道理を見事に通ってしまっていると言っても過言ではないだろう。
何せ実際問題、こうして私の目の前にそんなトラブルという名の爆弾を抱えている疑惑が濃厚に漂う少女が現実に存在してしまっているのだから。
まぁ、ともあれ最終的に私が言いたい事は……本当にこの目の前で真剣な面持ちを浮かべるフェイトちゃんという人間は一体何物なんだろう、という事だ。
尤も、それは本質的に私が抱えている疑問とは別な物の様に思えてならないのだけれど……もう私は途中からその事については考えるのを諦めていた。
何せ、考えれば考えるほど疲れが溜まるだけなのは目に見えているのだから。
私は机を挟んで相対する形で向き合っているフェイトちゃんの顔をそっと一瞥しながら、何時もの物とは少々異なる事情から来る溜息を宙へと吐き捨てるのだった。

「ツモ」

「えっ、嘘でしょ? また?」

「はぁ……本当に? え~っと、これで確か最初の試しを除いて六戦やって私も先生も全敗したから……ってちょっと待った! という事は、フェイトちゃん今ので六連荘!?」

「ごめんね、なのは。えっと……対々和・南・混老頭・混一色・ドラドラ。倍満、8000オールかな。なんだか、また勝っちゃったみたいだね」

困惑気味にも何処か自信有り気に麻雀卓に自分の牌を曝け出すフェイトちゃんの姿に私は驚きと落ち込みの色を隠し切れなかった。
そして、そんな私の様子に同じくして始める前まではウキウキしていた先生も今となっては殆ど意気消沈気味といった様子でフェイトちゃんが曝け出した牌を呆然と見つめるばかりといった様子だった。
何せ素人相手だからと調子に乗って散々振り込んだ挙句、その素人相手に六連続で負け越してしまっているのだ。
幾ら私にしても先生にしても素人に毛の生えたレベルの実力しか有していないと言えども、一応オンライン麻雀やアーケード麻雀でそれなりの記録を出している手前それなりに場数を踏んでいるという自負はある。
ましてや相手は素人、それも腹の中の駆け引きなんて生涯一度もした事の無いような純粋無垢な少女なのだ。
幾ら暇潰し程度の嗜みとは言えども、大人でもクリアの難しい筐体をワンコインでクリアした身の上としては負ける事など絶対ありえない相手だったと言っても過言ではない筈だろう。

しかし、目の前にいる淡い金髪を持つ女の子はそんな私の常識を遥か斜め上を正に唯我独尊と言わんばかりの速度で駆け抜けてしまっていた。
本当につい一時間少し前まで彼女は麻雀のルールはおろか、そのゲームの存在その物すら存じていなかったような人間だった。
にも拘らず、彼女は持ち前の覚えの良さと学習力でほんの二、三回のプレイで大体のルールを完全に覚えるばかりか、あまつさえこうして私や先生を連敗に追い込むまでにその実力を磨き上げてしまったのだ。
それもまだ一時間ほどしか経過していないというこの短い期間の中で。
フェイトちゃんの成長っぷりには流石の私や先生も驚きを通り越してただただ驚くばかりだった。
まぁ、その驚きの殆どはそんな素人さんに惨敗を喫してしまうほど自分は弱かったのか、というような絶望からくる物が大半を占めていたりもするのだが……。
ともあれ、最終的に私や先生が言いたい事は恐らくこの一言に尽きるという物だろう。
「一体この子は何者なんだ……」という、懐疑的なこの一言に。

さて、話しを原点に戻して今の状況を少しだけ振り返ってみるとこうして一見この場に順応しているように見られても仕方が無いような私からしても突っ込み処は多々存在しているような気がしてならなかった。
そもそも何で私達はこうも互いに遠慮する事も無く普通に麻雀卓を囲んでいるんだろうとか、というかまず何で数あるゲームの中からやたらと複雑なルールを持つ麻雀を選ぶ事になったんだろうとか、よくよく思い返してみれば私はまだ殆どこの目の前で微笑を浮かべながら牌を崩しているフェイトちゃんという少女についてまだ説明を受けていないのにどうしてこうも打ち解けてしまっているのだろうとか……その他諸々エトセトラエトセトラ。
常識的に考えれば一々突っ込んでいたら切が無いとしか言えないような膨大な量の状況が今の私の目の前には広がっていた。
とは言っても、流石の私でもこれだけの突込みを一度に捌き切るのは難しい為、状況を説明するには順を追っていく他無いのだろうけど……唯一つ明確に私の意志として発言する事が出来たのならばきっと私はこう呟いていただろう、という想いだけはその是非を論じるまでも無く今この場を持ってしてもしっかりと持ち合わせていた。
上記の懐疑の言葉に続く二の句、疑いの言葉をより明確にしながらもより歪に捻じ曲げる装飾語……有り体に言い表すのであれば「何にしても厄介な事情が在りそうだ」というそんな言葉を。
私は胸中の奥底ではこんな子に何が出来るというんだ、と自身の想いを嘲りつつも可能性が完全に無いとは言い切れない状況に頭を悩ませながら、とりあえず今は静観を決め込む事にしようと自身の考えの中に一応の決着を付けるのだった。

「うだぁ~、もうやってられないよぉ。素人相手に此処まで私が惨敗する羽目になるなんて……はぁ、そんなに私って弱かったかなぁ? 結構、自信あったんだけどなぁ……」

「あっ、その……なのは。ファイト、だよ」

「うぅ、返され方までなんかデジャヴだし……。先生ぇ、何か悔しく無いですか? 素人に此処まで良い様にされると、正直私滅茶苦茶悔しいです。割と本気で」

「そうは言ってもねぇ、私だって予想外だったのよ。まさか此処までフェイトさんがゲームに強いだなんて……。まぁ、とは言え貴方の意見には全面的に同意するわ。何と言うか、こう……実力者としての譲れない一線ってあるじゃない? そういうのに引っかかられるとさ、年甲斐も無く本気に為っちゃう訳よ。大人気ないかもしれないけど……」

何処か達観したような、だけどそれでいて負けず嫌いの子供のような先生の態度に私は思わず苦笑を漏らしながら「じゃあ私の場合は子供気無いって言うんですか?」と茶化す様に言葉を返した。
久しぶりに素のままの気持ちで笑えたような気がした。
誰かを騙す為の演技でも無く、自信を嘲る為の苦笑でも無い純粋な気持ちから来る素直な感情の体現。
微笑むとか素直とかそんな言葉が似合わない人間だっていう事は私自身も重々承知していたけれど、いざこうして一度離れてみると中々に感慨深い物があった。
今此処に確かな私の”日常”がある実感、とでも言えばいいのだろうか。
私もこの手の比喩的な表現は苦手だし、正直な所未だに自分自身はっきりとした実感を得られているという訳ではないのだけれど……この流れていく刹那の時の中でこの瞬間に私が笑えたという現実は嘘偽り無い本物であるような気がするのだ。
勿論其処に説得力なんか欠片も無い、寧ろ自分でもなんでこんな事を考えてしまっているのだろうと疑問視したい位だ。
でも、何となく私は思ってしまうのだ。
今此処でこうやって馬鹿らしく笑っていられる時間こそが私が求めた平穏なんじゃないかっていうような、どうしようもない独り善がりな考えを。

先生がいて、私がいて……まぁ、私からしてみれば未だにイレギュラーな存在ではあるけれどフェイトちゃんという女の子がいて、皆で馬鹿やりながら笑い合う。
それが当たり前なのかそうでないのか、その垣根はやはり私には測りきれない物だけど、今確かに此処には素のままの私が存在するのだ。
答えなんてそれで十分って言うわけじゃないけれど、少なくとも私にはそれ以外にこの胸中に芽生えた安堵のような気持ちを表現する言葉が見当たらなかった。
一様に平凡で、一様に平穏。
可も無く不可も無くというどっち付かずな退屈が、今の私からすれば堪らなく愛おしい物のように思えて仕方が無かった。
此処には自身を命に晒さなければならなくなるような危険もなければ、魔法やジュエルシードといった面倒臭い事情を抱えた厄介な品物も無い。
まぁ、その理屈で言えば今もこうして膝元に置いたままになっているポーチの中に隠された小型拳銃や目の前で只管にオロオロとする謎の外国人少女もその範疇に入るのだろうが……特別意識しなければ当面は問題が無いだろうから此処では除外するとしよう。
ともあれ、此処は平和で下手な問題に無理に首を突っ込んで頭を悩ませる必要は無い……それだけは確かな事だった。
尤も、目の前で何時の間にかおっぱじまったミニ三人麻雀大会がその雰囲気をぶち壊しているといえなくも無い訳だが。

そもそも何故私達が何の前触れも無く当然こうして麻雀卓を囲うような事態になっているのかと言えば、それは偏に悪い大人の突発的な思い付きだったという他なかった。
それは今より約三時間ほど前、まだ私とフェイトちゃんが顔を合わせてから間もない時にまで遡る。
マンションの外で対面し、そのままなし崩しに先生の部屋まで縺れ込んだ私たち二人は先生に諭されるがままに歳も近い者同士だろうという事で何気なしにお互いの自己紹介をする事になった。
まぁ、とは言えどうにもお互い人見知りが激しいというか内向的というか……運が悪い事にお互いそれ程知らない顔の人間と饒舌にやり取りが出来るほどの人間じゃなかった事が祟ってか一通りお互いの簡単な身の上を口にして以降は私にしろフェイトちゃんにしろただただお互いの顔色を度々窺いながら黙りこくるしかなかったのだ。
とは言え、こんな展開は私としても出会った当初からある程度は予想出来ていた事だった。
フェイトちゃんという少女は第一印象からして出会い頭に行き成り先生の背中に隠れてしまうくらいだから素人目に見ても人見知りが激しいんだなって言う事はある程度予想できていたし、反対に自分自身の事を振り返ってみた所でお世辞にもその評価が社交的であるという結論には至りはしない。
そんな半人間不信気味の二人を引き合わせてみた所で、会話がそう長く続かないというのは最早自明の理というものだろう。

それで結局私たち二人は互いに俯いたまま、何を話すわけでもなくただただ沈黙を護って場の空気を悪化させる一途を辿っていた訳だが……其処で先生から思わぬ助け舟が飛び出してきたのだ。
「どうせ黙ってたって時間の無駄だろうから、ゲームでもやって親睦を深めよう」、それが場の空気に耐えかねた先生からの悲痛な叫びにも似た提案だった。
恐らく先生も必死だったのだろう、それ位の事は私にだって容易に想像が付いた。
確かに先生自身はそれ程多くの事を語るような人ではないけれど、今此処にいる三人の中では最も社交という物を熟知している。
きっとその経験と感性がこのままではいけない、という事を悟った故の行動だったのだろう。
とは言え、そう言われては当人である私たちも黙っているという訳にもいかず……そのまま先生に乗せられる形でこうして現状にまで至っているという訳だ。
とは言え、何でその矛先が数あるゲームの中からよりにもよって麻雀になってしまったのかは今をもってしても分からないのだけれど。
まぁ、先生曰く「慣れてる人間が多いゲームが良い」との事だし、それに次いで「貴方も好きでしょう? 麻雀?」と問われれば勿論その通りではあるのだが……如何にもいまいち釈然としない物があった。

好きか否かと問われればそりゃあ私だってゲームセンターの筐体麻雀をワンコインでクリア出来る位慣れている手前嫌いといえば嘘になってしまうけど、普通小学生を相手なら人生ゲームなりウノなりトランプなり他に幾らでもやりようはあった筈だろう。
にも拘らず、どうして麻雀なのだろうか……そんなどうでもいい疑問は未だに解決されないまま私の頭の中に蔓延っていた。
でもまあ、結果的に今の現状を鑑みればこうして一応当初の目的は達成出来た訳だし、結果オーライと言えば正にその通りなのかもしれないけど……。
私は未だに何処か引っ掛かる物を自身の胸中の中に感じつつも、それも偏に先生の手腕なのだろうと適当な理由をくっ付けて自己完結しながら二人との会話の輪に意識を向けるのだった。

「それじゃあ……七戦目に突っちゃう? そろそろ私も本気出しちゃおうかな、って思ったり思わなかったりして久しぶりに気分高まっちゃってるんだけど。人間そういう中途半端な気持ちのままじゃいけないと思うんだよね、何事も。だからさぁ……発散しちゃいたいんだよ。ねぇ、先生?」

「そうねぇ……まぁ、一養護教諭として言わせて貰えばストレスを抱えたままにするのはよくないことは間違い無いわ。とどのつまり、それは大人も子供も変らない心理みたいな物よ。という訳で、本当に大人気無いけど私もちょっとだけ本気になっちゃおうかしらね。大学の頃から雀荘で積み上げてきた経験、伊達で終わらせるにはいかないってもんよ」

「ふっ、二人ともお手柔らかにね……」

「「勿論(だよ)」」

抑えても抑えきれない久々の高揚を肌で感じ取ったのか、何処か戸惑い気味に言葉を漏らすフェイトちゃんに私と先生は事前に打ち合わせをした訳でもないのに妙に息のあったタイミングで発する言葉をハモらせながらそれに返答して行く。
私も自身の内に存在していた数あるプライドを全て妥協して辛酸を舐めさせられながら生きて来てきたけれど、それでも譲れない一線という物もまだこの身には残っている。
それはゲームに対する感慨とプライドだ。
どれだけ自身が落魄れた身の上であろうとも、其処だけは決して私も譲る訳にはいかないのだ。
今の生活……って言ってもまだ魔法に関るほんの少し前の事を指しているのだが、その時間を過ごす上で私は様々なゲームに触れて暇を潰しながら過して来た。
古くは初代ファミコンからメガドライブ、少しマイナーな物になるとワンダースワンから果てにはかの有名なATARI2600まで実に多種多様な機種のコントローラーを私は手に取り、そしてそれ等のゲームのソフトを余す事なくどんなジャンルであろうと一通り享受して楽しんだ。
勿論なかには所謂クソゲーと呼ばれる物も多々存在していたし、苦手なジャンルや正直私のような子供が本当にプレイしても良いのだろうかと勘潜ってしまうような物だってそう数があった訳じゃないけど無い訳ではなかった。

でも、私はそれ等のゲームをどんなに困難な物であろうが時間が赦す限り幾度と無くプレイしてはクリアし、そしてその経験から自身の持つスキルを磨いて来たのだ。
当然それは麻雀のようなボードゲームだって例外ではない。
相手はあくまでも人間ではないCPUだったけど、麻雀ゲームなら据え置きのゲームにしろ携帯ゲームにしろゲームセンターにある筐体にしろ幾度と無くプレイし、そして最終的にはそれ等総てに私は打ち勝って来た。
その私がついさっきまでルールも知らなかった素人中の素人に負け越す訳には行かない、と言うか此処まで来ると最早そうそう何度も奇跡を起こさせて溜まる物かという最底辺の意地から来る問題だった。
そしてその心境は先生も同じなようで、ふと横目で彼女の方を窺うとその表情は穏やかな微笑を浮かべながらも猛禽類のようにギラギラと眼を輝かせている。
流石は我がゲームの師匠分といった所だろうか。
先に上げたゲーム機を全て所有し、あまつさえ貸し与えてくるほどの実力者である彼女ならば当然の反応といった所だろう。
私たち二人は互いに口元を吊り上げ、何処かお互いに魔女のような「ふふふっ……」という深みのある笑いを浮かべて目の前にある麻雀卓へと視線を移すのだった。

「なっ、なんだか二人ともちょっと怖いよぉ……。もう少し穏便にやろうよ、ね?」

「穏便にやる、か。なるほど、確かにそんな選択もあったのかもね。でも……それは娯楽を楽しむ上での心構えだよね? だったら今の私には必要ない。分かる? 今私がこの場で望んでいるのは勝利と優越、他の一切に興味は無い。妥協も無い。私はね、この“雀卓の上で何処まで踊れるか”……それ以外に興味は無いんだよ。だから……っ!」

「―――――そう、だから勝つのよ私たちは。最初に謝っておくわね。完全に本気になっちゃったら御免なさい。大人にもね、どうしても譲れないプライドって物があるのよ。ゲーム好きなら尚更、ね……」

「「ふふっ、ふふふふふ……」」

やっているこっちもこっちで何でこうも的確にタイミングが合うんだろうと疑問視したくなるような絶妙なタイミングで私と先生の笑いがハモり、何とも形容詞のしがたい不気味な雰囲気を辺りに撒き散らす。
その様子にフェイトちゃんは「ふえぇ!?」と狼に睨まれた子羊のようなリアクションを取っていたが、血潮の滾った私達からしてみれば些細過ぎて問題にすらなら無い物だった。
このゲームを通して下の名前を呼び合うほど親しい間柄になったとは言え、今のフェイトちゃんは私や先生のプライドをエーゲ海よりも深く傷つけ、チョモランマの頂上から見下ろしているような状況にあるのだ。
まあ彼女からしてみれば不可抗力だったのかもしれないが、そんな事はどうでもいい事だった。
彼女に勝利し、失われた穢れたプライドを取り返す……私たちの脳裏に存在する言葉は最早それだけで十分だった。

確かに私はまだフェイトちゃんと出会って間もないし、少々先生の耳には入れられないような疑惑もこの胸の内には存在している。
だけど今は、今だけはそんな事なんて関係無しに私は彼女という存在その物を見据えていたかった。
此処まで私を本気にさせた人間は久しぶりだ。
それこそインターネットのオンライン麻雀で『疾風-HAYATE』というハンドルネームの人に敗北をきってして以来初めてかもしれない。
まぁ、それほど私自身友達と呼べるような人間はいないからプレイする人がいないからなのかもしれないけど……そんな物は些細な問題だろう。
ともあれ、私はこの時久々に感じたのだ。
生死を賭けるわけじゃない、何か特別使命感を感じる訳でもない。
ただただ純粋に己の欲求と意地から来る勝利を得たいという衝動を。
永らく忘れていた感情だった。
もしかしたらこのまま永遠に思い出さなかったかもしれないような錆付いた矜持でもあった。
でも、それ以上に今の私の心の中では暴れ狂わんばかりの荒ぶった感情が渦を巻いて唸りをあげているのだ。
目の前の相手に勝ちたい、久々にであった自分よりも実力のある相手に挑んで勝利したいという気持ち……それが私の心からの本心だった。
私は一度スッと短く息を吸って今まで抱えて来た一切合財を忘れ、今目の前にある盤に並んだ牌を手に取ると誰に何を言われる訳でも無くゆっくりと……しかしはっきりと今自分の胸中にある気持ちを外へと吐き出すのだった。

「それでは―――――」

「いざ、いざ尋常に―――――」

「「勝負!!」」

「さっ、さっきも言ったけど……お手柔らかに、ね?」

こうして私達の闘いの幕は開けた。
私は己がプライドを、先生は自身の信念を、フェイトちゃんは……何なのか分かんないけど取りあえず今ある立場を守る為と仮定してそれを貫き通す為に。
私達は各々の想いを胸中に抱き、そして牌を取る。
それこそが自身にとって最善な事だと信じて……。
と、まあこんな具合だと『アカギ 〜闇に降り立った天才〜』とか『咲-Saki-』とかその辺りの超頭脳派系麻雀漫画の一場面みたいだけど、先に言ってしまうのであればこの先何度やっても私にしろ先生にしろ一度もフェイトちゃんに勝てなかった事は言うまでもないことだったという事を此処に明記しておく。
そう、人間乗り越えられない壁の一つや二つ位はあるという事なのだ。
ただ殆どの人間はそんな壁がこんなにも身近に在るなどと想像もしないだけで、そして愚かにもそれに挑んでは散っていくという事を繰り返す訳だ。
今の私や先生のように、平凡な自身の才覚を自覚すらしないままに。
この後、結局通算17戦にまで及んだ三人麻雀はフェイトちゃんが勝ちを全て掻っ攫い、残る二人の無謀な挑戦者が折れた事でその終結を迎えたのだった。
今度こそは……と、そんな懲りない気持ちをその二人の挑戦者の胸へと植え付けながら。





その後、結局日が暮れる処か完全に空が真っ暗になるまで遊んで遊んで遊び尽くした私達三人はいい加減飽きが生じ始めた麻雀も取り止め、何をする訳でも無くそのままダラダラと各々が思い思いの事をして時間を過ごしていた。
先生は何やらパソコンで仕事の資料を纏めると言ったまま隣の部屋へと行ってしまったし、フェイトちゃんはフェイトちゃんでさっきまでは一人やる事が無いと落ち込んでいたけれど、私がテレビゲームのやり方を教えてあげてからはこっちもこっちで押入れに入れてあったと思わしき埃被ったスーパーファミコンを引っ張り出してきては気に入ったと思わしきパズルゲームを延々とプレイしては楽しそうに笑っていた。
まあ先生の方はあんなにおどけた性格の人でも一応教師だから仕事をしなきゃいけないっていうのは仕方の無いことなのかもしれないけど、反面細かいドット絵で埋め尽くされたテレビ画面に向き直るフェイトちゃんの方はまるで初めて好きな玩具を親から買い与えられた子供の様に無垢な笑顔を振りまいてるなっていう印象を私は受けた。
今日日単にテレビゲームをするだけで此処まで楽しそうに出来る子供なんて日本中捜しても極僅かな数に満たないだろうに、彼女はあんな単純なパズルゲームを繰り返すだけであそこまで純粋な微笑を浮かべることが出来ている……そんな姿が何となく目に付いて離れなかったのだ。

あんな古いゲームがそんなに物珍しいのだろうか、私はそんな風な率直な疑問を頭に浮かべつつも先生に許可を得て適当に本棚から拝借した『マテリアルゴースト』というライトノベルを一度顔の前から取っ払い、ソファーに寝転がったままという何とも年頃の女の子らしからぬだらしのない体勢のままフェイトちゃんの方へと視線を向ける。
視線の先には今も変らぬ無垢な表情で微笑を浮かべ、ゲームを享受するフェイトちゃんの姿があった。
どうやら最初の頃に比べて次第にコツを掴んできたのか、そのまま流すように画面の方に視線をやってみると其処では物凄い速さで積み上げられたブロックが連鎖して打ち消されているのが目に付いた。
相変わらず順応が早い子だ、私はその様子に感心しつつも反面で未だに自身の胸中でざわめく言い様の無い呆れを持余しながら不意にそんな評価を頭の中で浮かべた。
麻雀の時もそうだったがフェイトちゃんは何に関しても総じて理解が早く、また実行に移す際も的確に言われた事を動作に転用し、体現出来るだけの正確さも兼ね備えていた。
言うだけではそれこそなんて事の無いどうでもいいような事の様に思えてしまうが、これは非常に希少な特技だ。

周りに合わせて順応出来る適用力、それに少ない情報の中から正確に正解に程近い回答を導き出して徐々に修正を重ねていくという応用力。
至って普通に生活をしている上ではなんて事の無い物のようにしか思えないそれは、実は結構多くの人が見落としがちな能力でもあるのだ。
当り前過ぎるが故の盲目であるとでも言えばいいのだろうか。
まあ何でも良いけれどつまりは常人にはなんて事の無い普通な事だけど実際はその”普通“を忠実に実行できる人間は希少だという事だ。
その点で言えばフェイトちゃんは実にその王道のような希少を本人も大して自覚して無さそうな自然な挙動でやってのけられる逸材であると言えた。
こんな事を私のような人間が偉そうに語るべきではないのかもしれないが、実際の所素人目に見てもフェイトちゃんの“ソレ”は精練されていて非常に違和感の無い物だったし、逆に言えばそんな精練された混じり気の無い感情の内にある子供っぽさがより顕著に彼女を彼女たらしめているようにも私には思えたのだ。
とは言え、実際の所私自身まだ色々と至らない部分はあるし、この評価にしてもまだ年齢が二桁にも満たない子供の戯言に過ぎないのも自覚しているから決して今の自分の回答が完全に正しいとは言えないけれど……その是非云々を抜かすとして考えた場合、それが私が考えうる彼女の特徴を捉えた評価の限界ということなのだろう。
少々歯痒い気持ちも込上げて来てしまうけれど、こればっかりは私の実力不足によるものだから現状ではどうしようもない。
この件に関して再び思考する時が来るのなら、その時はしっかりと自身の思考能力を向上させた上で挑む事にしよう。
私はどうでも良いような思考に適当な区切りを付けつつも、じゃあ今度は何を考えて時間を潰せばいいんだろうかという別の角度から生じた問題に軽く頭を悩ませながら、そんなことの発端となった現在進行形で絶賛連勝中のフェイトちゃんへと何を考えた訳でも無く徐に思った事を言葉にして投げ掛けてみるのだった。

「……ねぇ、フェイトちゃん。それ面白い?」

「うん。とってもユニーク」

「そっ、そうなんだ。でもそれ、結構古いゲームだよね? 今時16-bitのマシンを引っ張り出してやってる人なんて私も久しぶりに見たよ。私ですら最後の触ったのが何時だか分からない位だし……っと、まあそんな事はどうでも良いけど実際の所本当にそんなゲームで良いの? 良かったら……もっと立体的で面白い奴教えてあげるけど?」

「えっ、あぁ……ううん、いいよ。なのはの気遣いは嬉しいけど、今はこれで私も満足してるから。こういう……テレビゲーム、って言うのかな? こういうの私碌にやった事無いような気がするし、多分そう感じちゃうって事はきっと“前の私”もやった事無かったんだろうから……だから今はこれで十分満足だよ。今はただ、新しい物に触れているだけで新鮮だから……」

先ほどから変らず貼り付けたような笑顔を浮かべ続ける表情とは裏腹に、フェイトちゃんの口元から漏れる言葉には何処か痛々しげな深みが込められていた。
まるで自らも触れたくないような事を無理やり思い返しているような、もしくは今の自分がまともじゃないという事を自虐的にアピールしているような……そんな何とも言いがたいネガティブな感じだ。
彼女の言葉を耳に入れた瞬間、私は不意になんで今の会話の流れからそんな感覚を覚えてしまうのだろうと自分で自分の思考に疑問の念を抱いた。
だってそうだろう、私はただ彼女のプレイしているゲームが満足する品物なのかどうかと言う是非を問うただけだった訳だし、彼女自身から返された返答にもあまり意識しなければ別段これと言って違和感を覚えてしまうような返答では無かった筈なのだ。
まあ確かに思い返してみればちょっと回りくどい言い回しではあったかなって思わないでもなかったけど、実際の所それ以上の印象を抱く事になるような物は正直皆無だった。
では、なのに何故私はこうも言い様の無い違和感にも似たもやもやとした気持ちを抱いてしまっていると言うのか……。
其処まで考え、そんな言葉を脳裏に過ぎらせた刹那……此処で私はようやく一つの心当たりに行き着いた。
今まで過して来た時間があまりにも自然過ぎて思わず失念してしまったいた事柄、もっと深く言えばそもそもなんでフェイトちゃんという女の子が今この場でこうしているのかという根本的な疑問その物を私は思わず忘却の彼方へと追いやってしまったいたのだ。
そしてそんな当たり前の事を私がようやく気付いたのは、それと同時に「しまった……」という今更如何しようもない後悔の念を抱くのと殆ど一緒のタイミングだった。

そう、そもそも根本的な疑問を遡るのであればどうしてフェイトちゃんは今この瞬間も含めて先生の傍にいるのだろうという事から全てが始っていると言えた。
初めて彼女と相対し、先生の仲介も合わせてお互いの身の上を語り合った時、フェイトちゃんは私以上に殆ど何も語ってくる事は無かった。
ただ一言自身の名前と思わしき「フェイト……」という言葉を漏らしただけ、後は全部場の雰囲気を何とか良い方向へと導こうと奮闘していた先生に細かい補足を述べさせるという徹底的ぶりだ。
そんな彼女の態度には流石の私も面を喰らったものだった。
何せ如何口を開いた所で彼女の口からは何も返ってこないんだ、っていう事を簡単に予測出来てしまう程にあの時のフェイトちゃんは暗く沈んでいるという雰囲気を前面に押し出していたのだ。
ゲームでだったらこれも無口キャラとか言って賞賛されるような物だったのかもしれないが、現実にそういう人間と相対すると……なんというか、そういう雰囲気に飲まれてこっちまで口を開くのを憚れてしまいそうになってしまう。
そんな状況で当然何時までも間が持つ訳も無く、結局それで私たちはお互い黙りこくったままになってしまったという訳だ。

本当だったら私だって彼女に聞きたい事は幾らだってあった。
何処から来たのとか、先生との関係はとか、歳は幾つとか……そんなありふれた質問から、少々曰く付の質問までそれこそ数え切れない程に。
その中でも特に、そう……彼女と私が以前にも出会っているという辺りの事なんかは正直明確な回答を今直ぐにでも彼女の口から得たい位だった。
確かにまあそれ以外の事も気になると言えばそうなのだが、こればっかりは他のそれを度外視してでも確認しておきたかったのだ。
何故あの時自殺なんかしようとしたのかっていう、そんな率直で何の飾り気も無い心からの素直な確認を。
普段なら他人の事なんて微塵も意に介さない筈の私が如何してそんな風に思ったしまったんだろうって事は、私自身今になってもあまりはっきりしていない。
ただ分かっているのはあの忘れもしない雨の降る日の踏み切りで私が出会った少女がフェイトちゃんだったという確信が私の内に芽生えていたという事と、そんな彼女と今一度言葉を交わしてみたかったという欲求が突然叶ったという現実が今私の目の前にあって、そんな欲求に流されるように私が彼女に対して何でもいいからただ一言言葉を投げ掛けてみたかったという事だけ。
それ以上でもなければそれ以下でもなく、それ以外に一切の他意はない。
ただ純粋に己の欲求の根本的な部分から彼女の無事を確認して安堵しておきたかった、本当にただそれだけの事だ。

勿論なんで赤の他人である彼女に私がそんな感情を持ってしまったんだろうって事は完全に棚上げされちゃったままなんだけど、其処はまあ人としての良心だっていう事で納得することにした。
こんな私でも一応カテゴリーとしては血の通った人間だ。
かなり錆付いてしまってはいるが、それ相応の状況にそれ相応の感情を抱く位の事はまだ何とか正常に機能している筈だろう。
と、いう事でこの感情は未だに心の隅にこびり付いてしまっている台所の油汚れみたいな良識的な感情がそうさせているだけ……言わば一時的な気の迷いという事なのだ。
正直あまりこの手の理屈の通らない解釈は私としても好きじゃないんだけど、それ以外に答えの出しようが無いのだからどうしようもない。
今出揃っている情報だけではどうやったってこれ以上の定義は出て来はしないのだ。
ならばこれ以上この事について知恵を絞る必要も無い、と言うか考えるだけ労力の無駄という物だろう。

でも結局の所、一つにけりが付いたからといって全体が解決されるという訳ではないのもまた事実。
一段階元に戻ってみれば、まだ其処には彼女の存在その物という疑問が何の解決もされないまま放置されていたりするのだ。
それも、そんな疑問を解決しようにも今の彼女に何を問うた処で何一つとして確かな情報が得られないというおまけ付で。
無論それも何時かは解決しなきゃいけない事なんだろうけど、少なくとも今は無理なんだという事を私は知っている。
尤も、正しくは事を解決するべき当人がそう出来ない”事情”を抱えてしまっている故に此方としても如何対処して良いのか測りかねているという事を自覚しているだけに過ぎないのだが……そんな区切りを付けた所で実際には何の意味も無いのだ。
事実は事実、如何角度を変えて見た処で現状が如何変化するという訳でもないのだから。
私は自分の頭の中に浮かんだそれ等の感情に思わず溜息をつきそうになりながらも、現状はとりあえず今の空気を元のように戻してあげる事が一番だとして、やや俯き掛けているフェイトちゃんに私は軟らかく言葉を投げ掛けるのだった。

「そう言えば……“そう”だったね。ごめんね、無神経な物言いしちゃって」

「……ううん、全然平気。なのはの方こそ、あんまり私に気を使わないで。なんて言うか、そういう風な改められた態度取られるとさ……私も如何反応して良いのか分からなくなっちゃうんだよ。私、あんまり人と喋るの得意じゃないから……」

「フェイトちゃんがそう言ってくれると私も助かるよ。正直、どうやってリアクション返して良いのか自分でもよく分かんなかったからさ。それに、実は私も人と喋るの苦手なんだ。だから如何したって訳じゃないけど、ほら……似た者同士でしょ? だから、さ。気を使って欲しくないのは私も一緒だよ。こんなに親しくなったのに今更遠慮がちにされるのも何だかむず痒いしね」

「なのは……。うん、ありがとう」

先ほどの暗さを帯びた態度から一新して再び健やかな笑みを浮かべ、私に感謝の句を述べてくるフェイトちゃん。
そんな彼女の様子に私はまた性懲りもなく自身の身の上に似合わない台詞を吐いてしまったという事に対する羞恥心と、そんな感情の中に微かにも含まれた「まあ偶にはこういう気持ちも悪い物ではない」という気持ちに対する戸惑いに苛まれ、思わずあまりの気恥かしさに彼女から顔を背けてしまった。
何というか、本来私はこんな風なやり取りを何の裏も抱かずにやってのける様なキャラじゃない。
もっとこう、ねっとりドロドロしていて疑心と不信に満ち溢れている様な……そんな穢れ塗れた人間な筈なのだ。
それなのに何で私はこんな青春ドラマも真っ青な甘酸っぱいやり取りを何の疑問も抱く無く交わしちゃったりしているのだろうか。
あり得ない、あり得ない筈なのに……今この瞬間私は確かにこんな気持ちになるのも悪くないって思ってしまっている。
こんな気持ち、もうとっくの昔に捨て去った筈なのに……。
私はそんな矛盾を抱えて倒錯する気持ちを何とか抑え込み、雰囲気に呑まれてはいけないと何度も何度も自分に言い聞かせながら再び彼女についての思考に頭を切り替えるのだった。

そもそも何故彼女の問題は解決されないのかと言えば、それは偏に彼女が現在抱えてしまっているとある事情が全ての根本的な原因なのだ。
無論だからと言って彼女の何もかもが分からないという訳じゃないし、そんな状態だからこそ見えてくる“事情”も無いではないのだが……所詮それは憶測に過ぎない不確か物でしかない。
厚い雲に覆われ、翳ってしまった真実を暴くには彼女の抱えてしまっている問題……記憶喪失という人を根本から揺るがす問題の壁は高く、また厚いのだ。
正式な病名は逆行性健忘性、それも先生曰く心的外傷や過剰なストレスに晒された事で起きる心因性の物であるとの事だった。
一概に記憶喪失と言ってしまうと多くの人が真っ先に思い浮かべるのは「此処は何処? 私は誰?」という安直でありふれたイメージなんだろうが、実際にフェイトちゃんが見舞われている症状は正にそんな感じだと言っても過言ではなかった。

言うなれば記憶という名のジグソーパズルのピースが所々欠落してしまっている状態、それも個人としてのアイデンティティを司るピースに描かれた絵画すらも分からないという有様なのだ。
現にフェイトちゃんが自分の事を聞かれて押し黙っていたのも単に喋りたくなかったからとか根が口下手だとかそういう訳ではなく、本当に自分のファーストネームである「フェイト」という単語しか思い出すことが出来なかった所為なのだという。
尤もこれは先生に聞いただけだから、その是非が分かるのはそう語るフェイトちゃん本人だけなのだけれど……少なくとも私はフェイトちゃんは嘘を言ってはいないと素直に思った。
普段なら先生にしろ私にしろ例え相手がどんな人間であろうが、まずは疑うという事を思考の第一段階に置いた上で物事を判断しようとするのだろうけど、こればっかりは疑う余地が無かったのだ。

何故ならフェイトちゃんはそんな嘘みたいな現実を簡単に真実だと相手に思わせてしまうほどの要因をその白く華奢な身体に、文字通り余す事無く刻み付けていたからだ。
フェイトちゃんの身体の至る処で目に付く紅に染まった包帯、それは決して大袈裟に誇張された物ではないのだ。
現在はあまり露出の無い服を着ている所為なのかそれ程目立ってはいないが、彼女の身体に巻きつけられた包帯や絆創膏の数は決して一つや二つといった生易しい物じゃない。
それこそ数十……いや、細かい物や小さな物を含めたら実に三桁に達してしまうのではないかと勘潜ってしまうほど今の彼女の身体はボロボロだった。
ただ、実際に治療していた所を私は直接見ていた訳ではないから現在の彼女の傷の具合がどれほどの物なのかという正確な物言いは出来ないのだけど……少なくとも以前私が見かけた時はそれ位の生傷を確かに彼女は負っていた事に間違いなかった。
何せあの雨の降り注ぐ踏切で自殺しようとしていた少女、詰まる所記憶を失う前のフェイトちゃんを私はしっかりとこの目で目撃しているのだから。
私は嘗ての記憶を自身の内で遡り、映像として頭の中に思い浮かべながら、これまた何気ない様子を装ってフェイトちゃんへと言葉を投げるのだった。

「それでさぁ、フェイトちゃん。ちょっとだけ聞きたい事があるんだけど、良いかな? あっ、勿論ゲームしたままで良いよ。どうせくだらない事だからさ」

「えっ? うん、いいよ。私に答えられる事なら何でも聞いて。何も答えられないままよりはそっちの方が嬉しいし、それがなのはの為なら尚更だよ。それで、何が聞きたいの?」

「うっ……! そんな恥ずかしい台詞をよくもまあ平然と……まぁ、良いけど。聞きたい事はまぁ、本当に下らないことだよ。先に断っとくけど、あんまりマジになって考えなくても良いからね。って訳で質問なんだけど、さ。実際の所フェイトちゃんってさ、何でも良いからこれが一番って言える物はある? 食べ物でも、ゲームでも、歌でも何でも良いからさぁ、これが己の一番って奴。どうにも、私ってそこら辺の定義付けが苦手だね。他の人から聞いたら何かの参考になるかもって思ったんだけど……どうかな?」

「好きな物……自分の、一番……」

思いがけない私の問いにフェイトちゃんは何処か不穏な空気を漂わせながらブツブツと何か怪しげな呪文でも唱えるかのように呟いては、首を捻って如何にも考えていますっていう事を体現するような仕草を私に見せてきた。
素でやっているのであれば結構……いや、かなり不気味な光景だった。
まあ私も人知れず独り言を漏らしてしまう事が少なからずあるから、本来ならあまり人の事を偉そうにどうこう言える立場じゃないんだけど……現状彼女が行っているそれを私はそれ以外の言葉で表す事が叶わなかったのだ。
何せそれ程までに、目の前でしきりに同じ事を呟き続ける彼女の雰囲気はホラー映画の一場面のような言いようの無い不気味さに溢れていたのだから。

しかし、言葉を投げ掛けた私からしてみれば今の彼女の反応は中々良い手応えだと言うことが出来た。
そう、私は彼女に一つの賭けを持ちかけてみる事にしたのだ。
彼女が記憶喪失であること、そしてその原因が自他共に認めざるを得ない確かな物だという事は先のまとめで私にも十分理解出来た。
今更それを偽りだと蒸返す心算は無いし、これ以上追求した所で徒労に終わる事も何となく悟ってもいる。
ならばこれ以上“その事について”思考する必要は何処にも無い。
早々に切り上げた所で何の問題も生じ得ないだろう、そう思ったからこそ私はこれ以上彼女を疑うという事を止めたのだ。
ただ、それはあくまでも今の彼女を彼女たらしめている大前提が私の中で肯定されたというだけの事だ。
疑いの念こそこれで消え失せたものの、私自身まだまだ彼女に聞きたい事を問い掛けてみたいという気持ちは曇ってはいないのだ。
そして、その気持ちを解消するにはあらゆる手段を用いて彼女から情報を引き出すほか無いというものだろう。
勿論、記憶喪失の真っ最中である彼女の口から直接有益な情報が得られるとは私も思ってはいないのだが……抜け道が無い訳ではない。
ただ問題なのはそれが本当に有効な手立てなのか如何なのか立証する術が私には無いということなのだが、だからこそ私が取った行動は掛けであったと言えるのだ。

賭けの内容を簡単に言ってしまうのであれば、それは私が意図的に一見何気なさそうな質問をフェイトちゃんにぶつけた場合に彼女が私の思惑通りに言葉を吐いてくれるか否かという事だ。
確かに彼女は現在意識的に自身の身の上を思い出す事が出来ない状態ではあるし、それは当然私も理解してはいる。
これ以上先のような押し問答な考えで事を運んでいても事態は進展しないという事も、下手に深く考えすぎても意味が無いという事も。
だから私は此処で逆転の発想をあえて取ってみる事にしたのだ。
意識的に思い出せないのなら無意識の内に情報を引き出してしまえばいい、と言うそんな考えを。
本当に考えている私自身でさえ眉唾としか思えないような方法ではあったが、これは何も其処まで悲観しなければいけないような方法ではない。
寧ろその逆、単純明快だからこそ、この行き詰った状況に一石投じられるのではないかと考えたのだ。

その理由はこれも至って単純な、如何にも子供の考えそうな論理から来る発想だった。
現状、確かにフェイトちゃんは脳という名の引き出しから記憶を取り出す事の出来ない難儀な状態に見舞われてしまっている。
それが医学的に早期回復が見込まれる物なのか、それとも一生このままなのかは定かでないが少なくとも明日、明後日という単位で回復できるものでは無いだろう事はまず間違いないと言ってしまってもいいだろう。
そんな状況の中一番手っ取り早く彼女という人間の情報を入手し、より明確な元の彼女の人物像を己の中で形成出来る手立てはたった一つしかない。
誰がどんな定義で決めて訳でもないけれど、少なくとも今の状態からステップアップするにはそれが一番手っ取り早いのだ。
曖昧な物であったとしても人間の思考の範疇外から不意に漏れた言葉を掻き集めて評価するという、そんな方法が。

勿論、私だって何も考えずにこんな馬鹿みたいな手段に出る事を踏み切った訳ではない。
以前、一時期『ブラックジャックによろしく』や『JIN-仁-』等の医療漫画に嵌っていたときが私にもあり、その時インターネットで調べた情報の中にこんな状況によく似た症状の前例とそのリハビリの方法が記されていた事があったのだ。
その症状というのは勿論記憶喪失、それが外傷的な物であったのか心理的な物であったのかという事までは定かではないが、部類として考えるなら現在の状況と殆ど同じだと言ってしまっても良いだろう。
そして、その症状を抱えた患者に対するリハビリというのが、現在私がフェイトちゃんに投げ掛けた物と同じ「自分が一番好きな物は何か?」という問い掛けだった。
一聞しただけでは何でこれがリハビリになり得るのだろうと思う人も多いのかもしれないが、無論これにだってちゃんとした医学的な根拠が存在する。
それは、あえて対象者に直接的な意識を持たせる事のない質問を投げ掛ける事で、本人も意図していなかったような事を無意識という第三の感性から引き出させようという試みだ。
言っているだけでは複雑過ぎて訳が分からないという風にも思えてしまうが、簡単に纏めるなら要するに回りくどい質問を投げ掛ける事で相手を無意識に記憶を失う前の人格に地被けさせようという事だ。

確かに今の彼女は記憶を失った状態で、まともに自分の事を口に出して表現出来る訳ではない。
しかし、それはあくまでも記憶が引き出せないというだけで失われてしまっているという訳ではないのだ。
自分が好きだった食べ物の味やお気に入りだったの歌のメロディ、常用していた香水の香りなどそうした本人の意識の範疇外で刻まれた趣向は今の彼女の状態でも関係なく生きている筈。
つまりはそうした外の部分から本人に関係ありそうな物を導いて行き、それを辿っていけば何れ本人の本質に程近い物へと行き当たるだろうという事だ。
そしてこれはその試みの第一歩、その考えが本当に正しいのか否なのかという事を確かめる始まりでもあるのだ。
だからこそ、私はフェイトちゃんの口から言葉が吐かれるのを只管に待つ。
基本的に堪え性が無い事を自負して止まない私だが、こればっかりは彼女の自主性に全てを委ねるしかないのだ。
まずは待つ、そして答えが出た後にまた思考する。
今はただそんなスタンスを貫き、遅くとも着実に歩を進めていくしかない……そんな考えが私の頭の中に浮かんだのと先ほどから何度も同じような事を呟いていた彼女が行動を起したのは殆ど同時だった。
そして、そんな様子に私が気が付いて徐にソファーから起き上がったのも、彼女の口から気恥ずかしそうな言葉が漏れたのもこれまた殆ど同じタイミングでの出来事だった。

「誰……と、一緒に……」

「えっ?」

「誰かと一緒に居ること。それが私の一番だよ、なのは。独りでいるよりも私は誰かと一緒に居るのが好き。隣に誰かいるっていうのが、一番安心出来るから……。だから、多分それが私の一番。寄り添いあって温かいって感じられる、それだけで……私は満足だから」

「……そっか。ありがとう、フェイトちゃん。凄く参考になったよ」

人見知りなのに誰かといるのが好きとは難儀なものだ。
私はフェイトちゃんの言葉を聞いた瞬間、殆ど反射的にそう思った。
本質的に他者と触れ合う事が苦手な気質であるにも拘らず、その趣向は正反対の物を示しだしている。
明らかなる矛盾、しかし何処かそうとも言い切れないよにも思えてしまう。
だってそれは嘗て何処かで自分の感じていた事のあるような……そんな筈は無いのに、そう感じてしまう“既知感”その物なのだから。
鏡写し、不意にそんな言葉が私の脳裏を過ぎり、刹那の間に四散して消える。
そう、“また”なのだ。
始めて彼女とであった時からずっと感じていた言いようの無い既知感。
彼女の事なんて何も知らないくせに何処か客観視出来ずに同情の念を抱いてしまうようなデジャブをまた私は感じてしまっていた。
それが如何してなのかは私にもはっきりとは分からない。
もしかしたら彼女の言う一番に私の抱える想いが似通っている所為なのかもしれないし、本質的に私と彼女が似た物同士であるからなのかもしれない。
思い当たる節が無いという訳ではない。
だけどその原因足りえる物のどれもが正解であり、また不正解のようにも思えてしまうのだ。
明確な答えなんて何処にも無く、またそれ故にこの既知は既知足りえている。
漠然とした答えではあったものの、今の私にはそう評価する他、表現の仕方が見つからなかった。

だが、そんな感情とは別に私はまた新たなる既知感を彼女の言葉から見出してもいた。
尤も、こっちの方は先ほどの言いようの無い物と違ってもっとはっきりとした物なのだが……だからこそ余計に引っ掛かりを覚える物でもあった。
その原因は誰かと傍に居たいと語る彼女と、同じように私にその欲求をぶつけてきた知り合いがダブって見えたように感じてしまったからだ。
当然その知り合いとフェイトちゃんは無関係な人間同士なんだろうし、確かにちょっと見た目や声が似ている気もしないでもないが……そもそも背格好や年齢が違う二人を比べたところで何の評価にも値しないから、それに関しては特に何の疑問も無い。
大体同じ金髪で同じように容姿が端麗であるとは言えど、私自身あまり外国人をそれ等の特徴以外で判別できるという訳でもないのだから、そういう部分的なことで判断する事自体そもそも大前提から大間違いという物だろう。
ただ、フェイトちゃんと彼女とを結ぶこの既知感は、まるでそんな私の考えを否定するかのように何処と無い違和感を孕んでいた。
ただの偶然だろうと思えばそうでないような思いが先行し、馬鹿馬鹿しいと切り捨てようとすれば本当は気が付いているんじゃないかという疑惑が浮上する。
故に既知、そんな事はありえない筈なのにもう私は“その答えを予め知ってしまっている”様な気がしてならないのだ。
二つの既知感、そしてそれを否定しようとすればするほど浮かんでくるフェイトちゃんに対する謎めいた感情。
一体、この感情は何を示しているのだろうか……そう考える度に私の疑問は深まるばかりだった。

でもまあ、それは言い換えれば私の目論見が成功した事でもある。
私は自身の胸中に蔓延る違和感に無理やりそうけりを付けながら、不意にそんな事を頭の中で思い浮かべた。
確かに未だ不鮮明な部分も無い訳ではないが、それ以上に彼女の口から出た情報は有益な物だったし、これからの割り振りを思慮するにも十分事足りる物だった。
今はただ目論見が達成出来た事を確かめられたという事実だけに目を向けていれば良い。
現実逃避めいた考えではあったものの、これ以上深入りしてようやく纏まり掛けた考えを無碍にするのは嫌だったのだ。
ある程度の割り切りは必要だ、私は自分の思いにそう決着を付けようとして……此処で一度そんな考えを全て忘却の彼方へと追いやった。
そう結論を付ける前に、不意にフェイトちゃんが私に言葉を投げ掛けてきたからだ。
何の意図があってなのかは知らないし、どうしてそう言おうと思い立ったのかは私にも知れない。
だが確かに言える事は、彼女の発した一言は私の考えを全て吹き飛ばすほどの物であったという事だ。
そしてそんな彼女に言葉を投げ掛けられた私は、自身もまったく予想していなかった不意な一言にただただ狼狽するばかりなのだった。

「じゃあ……私もなのはに質問。逆に聞いちゃって悪いんだけど、なのはの一番好きなものって何? あっ、別に他意は全然無いんだよ。ただ、私も……なのはの事がもっと良く知りたくって……。駄目、かな?」

「だっ、駄目って訳じゃないけど……。う~ん、そうだなぁ……ゲームも漫画もアニメも大概好きだけど、それとはまたなんか違うような気がするし。かと言って好きな食べ物も特には……」

「そんなに難しく考えなくていいよ、って……これじゃあさっきのなのはの真似になっちゃうね。でも、本当になのはの思った通りの事でいいよ。本当のこと言ってくれた方が私も嬉しいし」

「そう、だねぇ……。まぁ、あるって言えば確かにあるんだけど……。何だかこうして面と向かって誰かに言うのは初めてだから恥ずかしいなぁ……。絶対に誰にも言わないでね?」

動揺していた所為か、明らかに自分のキャラに似合わない声色でそんな事を思わず口走ってしまう私。
もう顔から火が出るどころかベギラゴンとかファイガとかバーンストライクとかそこら辺の呪文が出てくるんじゃないかって錯覚してしまうほどに物凄く恥ずかしかった。
だって普段の私を知る人間が見たらきっと「熱でもあるの?」位は聞いてきそうな事を私はやらかしてしまったのだ。
しかも演技という訳ではなく、素のままの自分の本心から。
この瞬間、私は心底ジュエルシードを持ってこなくて良かったと思った。
何せジュエルシードの主人格たるあの子にこんな事が知られれば、訓練の時どんな野次を飛ばされた物か分かった物ではない。
フェイトちゃんと会う時はなるべくジュエルシードを持ってこないことにしよう。
私が心の中でそう呟いたのは、そんな私の心境をまったく存じていないという事を体現するように「うん、約束する」とフェイトちゃんが微笑みながら発したのと同時の事だった。

とは言え、何と答えていいのかという事は慌てふためいて混乱している私でも明確に分かってはいた。
ただそれを本当に話していいものかどうかという事が今を持ってしても分からないだけで、私自身何が一番大切なのかという事くらいは重々分かっていたのだ。
自分がなにをしているときが幸福であるのか。
自身が今何を想い、そして何の為に今まで思慮の限りを尽くしてきたのか。
そして何よりも何を如何したいが為に私は武器を取ったのか。
それらの事を総合すれば出てくる答えなんてたった一つしか……そう、たった一つしか存在し得ないのだ。
でも、それを本当にフェイトちゃんに語ってしまっていいのかどうかという事は正直私も疑問だった。
確かに此処まで親しくなって以上、私もフェイトちゃんに嘘は言いたくないし、この流れから本心を語らないというのも何だかおかしな話になってしまう。
だけど、一時の感情だけで其処まで己を曝け出さなきゃいけないのかどうかという事については……正直あまり私も気乗りする物じゃなかった。

話すべきか、話さぬべきか。
そんな相反する疑問がグルグルと頭の中で渦巻き、私の胸中をこれでもかという位に乱してくる。
フェイトちゃんは私に語って欲しいと言った。
それは私としても嬉しい事だったし、出来ればはぐらかさないでしっかりと答えてあげたいとも想う。
だけど反面、そう軽々しくこの事を口にしていい物かという想いもまた確かに私の胸の内にあった。
果たして如何出るのがこの場において最良なのだろうか、その答えは未だに出てこないままだった。
でも、私の胸の内に芽生えたとある一つの思いが片方の意見の後を少しだけ押していたのが最終的な結論の明確な決め手となった。
どうせ抑えていて悩むままなのなら、いっその事吐き出してしまえという……そんな後押しが。
何せ相手はフェイトちゃんで、実際の事の当人に当たる人物はこの部屋には居ないのだ。
その人に聞こえないように小声でなら……そんな油断が胸の内に生じ、それをまんまと突かれる形となってしまった私はフェイトちゃんの視線に急かされるようにポツリポツリと言葉を濁しながら自分の答えを語るのであった。

「じゃっ、じゃあ……言っちゃうね。本当に、誰にも言わないでよ? 絶対だからね!」

「ふふっ、大丈夫。約束するよ」

「うん、ありがとう。あのね、私の……一番好きなのは―――――」

それから先の言葉は私がこの世で一番信頼していて、一番護りたい人の名前だった。
勿論今まで私自身も何度かそう思ったことはあったし、多分その答えは確信なのだろうという想いもちゃんと胸の内にあった。
ただ今まで一度も……そう、一度もその事実を口に出して誰かに語り掛けた事は無かったのだ。
私は怖かったのだ。
その事実を口に出して、それを誰かに知られるという事が……どうしようもなく怖かったのだ……。
恐らく私は先の言葉をフェイトちゃん以外の誰から投げ掛けられた所で、きっと答える事は無かったのだと想う。
何故なら此処まで純粋を直視し、何の裏も無く追求してくれる人なんてきっと誰もいないだろうから。
そしてその逆を言えば、恐らく私は記憶を失った事で真っ白な心になった彼女だったからこそ話そうと思えたのだから。
私はゆっくりと口を開き、喉の奥から震えるような声で次の句を紡ごうとして……其処で口を噤んだのだった。

結論から言ってしまえば、結局私は次に繋げる言葉を発する事が出来なかった。
何ともまあ情けない話になってしまうのかも知れが、何せその当人が隣の部屋から突然戻って来てしまったのだからどうしようもない。
凝り固まった全身の筋肉を背伸びして解し、パキパキと小気味いい音を立てながら現れた彼女……先生は開口一番に「仕事、終わり~!」と歳に似つかわしくない弾んだ声で誰に言う訳でもなく自身の役割が終わった事を宣言してきたのだった。
その様子から私は彼女の言っていた仕事とやらが片付いたのだという事を即座に悟った。
フェイトちゃんにしてもそれは一緒のようで、その顔には少し残念そうな表情を浮かべていた物の「お疲れ様」と口では労いの言葉を述べていた。
助かった、そんな言葉と共に安堵にも似た気持ちが私の中を瞬時に駆け巡る。
もしもあと少しだけ言うタイミングが速かったら、私は当の本人にとんでもない事を聞かれてしまう嵌めになっていたことだろう。
下手をしたら一生ものの弱みを握られる事になっていたかもしれない。
それを考えると、先生が戻ってくる事で言いそびれたというのは満更悪い物でもなかった。
私はもう一度その場で短く溜息を吐き、何気ない様子を装いながら、自身もフェイトちゃんに習って先生へと「お疲れ様です」と言葉を掛けるのだった。

「ふふっ、二人ともありがとう。ようやく抱えていた書類が纏まってね。たった今学校側にメールでデータを送り終えた所なのよ。まったく、自分がパソコン使えないからって養護教諭にシフト表作らせるんじゃないっての……あの禿ちゃぴん。っと、まあそんな事は置いといて……これから三人で御飯でも食べに行かない? 折角やる事やり終えたんですもの、喜びは見んなで分かち合うべきでしょ? 勿論、私の奢りで」

「えっ、いいんですか!?」

「あのっ……ドゥーエ。私も、いいの?」

「勿論よ。二人とも私の知らない合間に随分仲良くなったみたいだし、これからの事を考えたらもっとお互い色々な事を知り合うべきでしょう? だったら美味しい物食べながらの方が舌も回るってものよ。まぁ……私が美味しい物食べたいってだけなんだけどね」

最後の方に何処か本心が見え隠れしている彼女の言葉に私とフェイトちゃんは苦笑を漏らしながらも、顔を合わせてお互いに微笑んだ。
何と言うか、凄く嬉しかったのだ。
奢りで御飯が食べられる事でなく、三人一緒でって言う事が不思議なほどに。
それとも私の場合はフェイトちゃんと仲がよさそうと言われた事に対してそう想ってしまったのだろうか。
まあ、後者の方は今はまだよく分からないし、彼女の方が如何想っているかは分からないからなんとも言いがたかったのだけど……少なくとも悪い気分はしなかった。
何故とか、どうしてとかそう聞かれると答えようが無いんだけど……何だか私にはそう想う事が正解であるような気がしてならなかったのだ。
私の知らない何処かで彼女と私がそうであったのかも知れないという既知感のままに。
私達は似たように頷き合い、そして似たように同じ物を追いかけて歩み出す。
何が一番なのかという、その“答え”が微笑む方へと向かって……。






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