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No.15606の一覧
[0] 孤独少女ネガティブなのは(原作改変・微鬱)[ランブル](2010/04/02 18:12)
[1] プロローグ「きっかけは些細な事なの……」[ランブル](2010/03/15 14:33)
[2] 第一話「友達なんて必要ないの……」[ランブル](2010/03/15 14:36)
[3] 第二話「都合の良い出来事なんて起こりはしないの……」[ランブル](2010/03/15 14:43)
[4] 第三話「泣きたくても耐えるしかないの……」(いじめ描写注意)[ランブル](2010/01/23 17:32)
[5] 第四話「一人ぼっちの夜なの……」[ランブル](2010/03/15 14:52)
[6] 空っぽおもちゃ箱①「とある少女達の語らい」#アリサ視点[ランブル](2010/03/15 15:00)
[7] 第五話「出会い、そして温かい言葉なの……」[ランブル](2010/03/20 16:45)
[8] 第六話「変わる日常、悲痛な声なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/03/15 15:22)
[9] 空っぽおもちゃ箱②「誰かを救うということ」#トーレ視点[ランブル](2010/03/15 15:28)
[10] 第七話「これが全ての始まりなの……」[ランブル](2010/03/15 15:51)
[11] 第八話「現実と向き合うのは難しいの……」[ランブル](2010/03/15 16:00)
[12] 第九話「所詮理想と現実は別のお話なの……」[ランブル](2010/03/20 16:47)
[13] 空っぽおもちゃ箱③「欲しても手に入らないもの」#すずか視点[ランブル](2010/03/15 16:18)
[14] 第十話「護るべき物は一つなの……」[ランブル](2010/03/15 16:21)
[15] 第十一話「目的の為なら狡猾になるべきなの……」[ランブル](2010/03/15 16:25)
[16] 第十二話「何を為すにも命懸けなの……」[ランブル](2010/03/15 16:30)
[17] 第十三話「果たしてこれが偶然と言えるの……」[ランブル](2010/03/15 16:38)
[18] 空っぽおもちゃ箱④「打ち捨てられた人形」#フェイト視点(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:50)
[19] 第十四話「終わらせる為に、始めるの……」[ランブル](2010/03/15 16:39)
[20] 第十五話「それは戦いの予兆なの……」[ランブル](2010/03/20 16:44)
[21] 第十六話「月明かりに照らされた死闘なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[22] 第十七話「不安に揺らぐ心なの……」[ランブル](2010/04/02 18:10)
[23] 空っぽおもちゃ箱⑤「枯れ果てた男」#クロノ視点[ランブル](2010/04/19 22:28)
[24] 第十八話「それは迷える心なの……」[ランブル](2010/05/05 17:37)
[25] 第十九話「鏡写しの二人なの……」[ランブル](2010/05/16 16:01)
[26] 第二十話「芽生え始める想いなの……」[ランブル](2010/06/10 07:38)
[27] 第二十一話「憂鬱の再開、そして悪夢の再来なの……」[ランブル](2010/06/10 07:39)
[28] 空っぽおもちゃ箱⑥「分裂する心、向き合えぬ気持ち」#恭也視点[ランブル](2010/08/24 17:49)
[29] 第二十二話「脅える心は震え続けるの……」(微鬱注意)[ランブル](2010/07/21 17:14)
[30] 第二十三話「重ならない心のシルエットなの……」[ランブル](2010/07/21 17:15)
[31] 第二十四話「秘めたる想いは一筋の光なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/10 15:20)
[32] 第二十五話「駆け抜ける嵐なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[33] 第二十六話「嵐の中で輝くの……」(グロ注意)[ランブル](2010/09/27 22:40)
[34] 空っぽおもちゃ箱⑦「欠けた想いを胸に抱いたまま……」#すずか視点[ランブル](2010/09/27 22:40)
[35] 空っぽおもちゃ箱⑧「最後から二番目の追憶」#すずか視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[36] 空っぽおもちゃ箱⑨「Super Special Smiling Shy Girl」#セイン視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[37] 第二十七話「その心、回帰する時なの……」[ランブル](2010/10/25 19:25)
[38] 第二十八話「捨て猫、二人なの……」[ランブル](2011/02/08 17:40)
[39] 空っぽおもちゃ箱⑩「遠い面影、歪な交わり」#クロノ視点[ランブル](2011/02/13 11:55)
[40] 第二十九話「雨音の聞える日に、なの……」[ランブル](2011/04/18 17:15)
[41] 第三十話「待ち人、来たりなの……」[ランブル](2011/04/18 20:52)
[42] 空っぽおもちゃ箱⑪ 「殺されたもう一人のアタシ」#アリサ視点[ランブル](2011/06/05 21:49)
[43] 第三十一話「わたし達の時間、なの……」[ランブル](2011/07/03 18:30)
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[15606] 第十八話「それは迷える心なの……」
Name: ランブル◆b9dfffe8 ID:ba948a25 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/05 17:37
何時如何なる時でも最後に成功を収めるのは頭を使う人間だ。
沸き立つ感情や高ぶるヒステリーにも耐え、獲物を目の前にした猛禽類のように状況を捉えながらも最高の瞬間が訪れるまで死んだように息を潜め、そして此処が最上だと断じれるタイミングで迷い無く行動を起す。
耐え忍び、よく考えて判断し、迅速に行動する……それが事を成す時に付いて回ってくる凡その最低条件だ。
これは何に対しても当て嵌まる物であると言っていい。
勉強にしろ、スポーツにしろ、仕事にしろ、その根本的な本質はそう大差の無い物なのだから。

私自身どれにしたって真面目に取り組んできた事はないから詳しい事はよく分からないが、今の自分の状況とその三つの条件を照らし合わせてみると中々どうして否定出来ない物がある。
自分自身が行っている事自体は机に向かって真面目に勉強しているという訳でもなければ汗水垂らして良い成績を残そうと運動に打ち込んでいるという訳でもないのだが、どちらにせよその三つの条件を蔑ろにすれば痛い目を見るという事には何の変わりも無い。
ましてやそれが命に関る事態なのだとすれば嫌でも無視する事は出来ないという物だろう。
古来奇抜な考えで常識外れと言われた人間はその特異さ故に一時は名声を欲しいがままにする事もあるが、大抵の人間は世に言う常識という考えと自分の存在とのギャップに押し潰されて早々に身を滅ぼすのが常だ。
そしてその大抵の原因というのが一部の思考だけに特化され過ぎていて、周りの状況という物に目を向けられなかったという至極単純な物だ。
それはあまりにも身近過ぎて常人ならば気に留めるような事でもない当たり前。
しかし、逆転の発想で言い換えれば身近過ぎる当たり前だからこそ、見落としがちになってしまう物でもあるのだ。
誰もがそれを身に染みて分かっているから他の誰かがそれを分からないとは思わない、だから誰も諭してはくれないし注意もしてはくれない。
結局最終的にそれを理解しているか如何かなんていう境界は、己がその当たり前を如何認識しているかという相違でしかないのだ。

では、一体如何すればそんな辛酸を舐めさせられる事なく円滑に事を運んでいけるのかと問われれば……やはり常人より一層神経を尖らせて頭を使うしかない。
忘れ掛けた当たり前すらも思慮の中に入れ、周りの視線に気を配り、その合間を縫い這う様に生きていくしかないのだ。
誰だって敗者にはなりたくない、出来うる事なら勝者の身分に身を置きたいと考えるだろうから。
そして当然それは私こと高町なのはにもまったく同じ事が言えた。
今まで何に対してもやる気も覇気も無かった私だが、現状は真面目かつ正確に立ち振る舞わなくては明日の朝日も拝む事が出来ないと来ている。
やる気の一つでも出して目の前の事態に集中しなければやってられないという物だろう。
生きる為に頭を使うというのは少々誇張した表現なのかもしれないが、実際比喩的な意味でも現実的な意味でも私が身を置いている現状はそういう事をしなければ今この時に息を吐く事すらままならないものなのだ。
それに出来うる事なら私もこれ以上寿命が縮むような思いを抱えたくは無い。
この件に関った所為で既に二度、下手をしなくても死んでいたかもしれないような事態に私は直面してしまっているのだ。
もうこれ以上が痛い思いも苦しい思いもしたくは無いし、面倒を抱え込むのも御免だ。
私は度々挫けそうになる自分の心を此処で逃げ出したらもっと辛い事になるんだぞと必死になって叱咤しながら、過ぎ去った出来事と現在の状況を頭の中で纏めつつ、溜まりに溜まった鬱憤を肺を満たす溜息と共に宙へと吐き捨てるのだった。

「あぁ~……駄目だ。如何見繕ってみても何もかも足りないよ。情報も、人手も、時間も何もかもが……。どうしてこういう都合出来ない物ばかりが都合悪く欠けてきちゃうもんなのかなぁ。こんなんじゃあどれだけ知恵を絞ってみても早期解決なんて到底見込めないよ……はぁ」

『元気出して、なのはお姉ちゃん。確かに私としても事態が公にならない内に片付けたいのは山々だけど、此処で焦りだしちゃったら元も子もないよ。それに人手は仕方が無いとしても時間と情報はやりようによっては何とかなるかもしれないしさ。ほら、もう一度考え直してみようよ』

「そうは言ってもねぇ。周辺海域を入れたこの街の規模、一日で私が行動出来る時間と範囲、その他諸々をひっくるめて考えてみても最低二、三ヶ月は絶対に掛かっちゃうよ。今はまだ学校も休校中だから私も好き勝手に出来るけど、学校が始まれば今までと同じようにやっていくのは実質不可能だろうし……何よりもこれからはトーレさんやそのお仲間さんの動向も気に掛けなきゃいけなくなる。これはもういっそのこと開き直ってトーレさん任せにしておいた方がまだ幾分か建設的だと思うけどなぁ、私は。正直これ以上痛い思いするのもしんどいのも御免だし」

『そっ、それを言っちゃお終いだよぉ……。そうしないようにする為に、こうやって考えてるんだから。なのはお姉ちゃんだって下手に他人任せにしてしっぺ返し喰らうのは嫌でしょ? だからこそ頭を使って考える。安易な妥協は禁物、だよ!』

簡単に言ってくれるよ、私は何処か緊張感のないアリシアの言葉にそんな風な悪態を心の内に浮かべながら、目の前に置いてあるノートパソコンの画面に映し出されていたウインドウをキーボードを数回叩いて操作して全て閉じた。
するとそれまで海鳴市全体を示していた地図の画像や、様々な要因が書き込まれた文章構築ソフトが一瞬にして暗転し、画面上に再び起動したての状態と同じデスクトップが出現する。
模索しては消し、思慮すれば消し、倒錯すれば消し……もうこんな行為を何度繰り返したか分からない。
今まで碌に使ってこなかった頭をフル回転させ、難解な問題よりも遥かに複雑な公式を編み出し、其処に寸分の狂いでも出てしまえば最初からやり直しという途方も無い行為を繰り返してもう既に四時間半。
精神的にも肉体的にも疲労は甚大、というかもういい加減目と肩が疲れてきたぞと神経が悲鳴を上げるほどに私は疲れ果てていた。

一連の件の事態が大々的にニュースにも取り上げられるようになってから今日で丸三日。
まだ九年しか生きていないというのに一度ならず二度までも死に損なった事だとか、死体から湧き出た汚泥を被った事だとか、その他様々な要因の所為で疲弊し切っていた私もようやくまともな生活を送れる精神状態を回復させられるだけの月日が経過した頃の事だ。
学校も休校となり、比較的何時もより暇を持て余す時間が多くなった私は来たる時の為に備えて日々自分に出来る事を模索しては実行するという毎日を送っていた。
アルハザードでの魔法の訓練や銃器の取り扱い等の実践的な物から索敵やこの街の情報を基にしてのシミュレーション等といった擬似的な物まで、この三日という時間の中で私は実に色々な物に手を伸ばした。
とは言ってもまあ魔法の訓練にしろ銃火器の扱いにしろ今まで行っていた物にほんの少し力を入れた程度の事だから別段特別何かをしたという訳でもないし、情報収集や状況シミュレーションに関しても今此処でこうして煮詰まっているのだから成果があったかどうかと問われれば返答は微妙な物に成らざるを得ないのだけど……小学生三年生の女の子が出来る範囲で考えるならばやれるだけの事はやった筈だろうというのが私の評価だった。
何せ私は元は唯の子供でその上学校での授業もサボってばかりの問題児。
そんな人間がこうして間接的にでも誰とも知らぬ人間の為に行動を起しているのだ。
賞賛されはしても非難される謂れは何処にも無いし、寧ろ誰でもいいから少しは私を労わって欲しいというのが正直な私の本音だった。

だが結局こうして努力してみた所で誰も褒めてはくれないし、私自身も誰かから認められたいなんて感情はとっくの昔に捨てて来ているのだから最初から期待はしていない……と、強がってみた処でやっぱり無駄な事をしているのではないかという懐疑的な感情はどうしても薄れはしなかった。
結局の所私は自分のしている行為に対して今よりももっと明確な理由が欲しいのだろう。
だろうというのはやはり自分でも自身の抱えているもやもやと蠢いていて何処か行き詰ったように曇りを帯びている感情が上手く表現出来ない故の物なのだが、恐らくはそうなのだろうという確信もまた私の中に確かにあった。
はっきりと言ってしまうのならば割に合わない、私の言いたい事はこの一言に尽きた。
確かに先生の事は大事だし、私がこうして無駄な労力を使っているのも全ては彼女と彼女が私に提供してくれる環境を守る為だというのは自分でも重々承知している。
そもそも私が何で此処でこうしてのうのうと生き永らえているのかっていう様な事を考えてみても、全ては先生が傍にいてくれた御蔭なのだ。
先生に出会っていなければ遠の昔に私なんて心が折れてまともな精神状態を保っていられなかっただろうし、今だって恐らくは先生の存在が無ければ私がこうしてアリシアに手を貸してジュエルシードを共に探すなんていうような事にもならなかったに違いない。
詰まる所私が行動を起す所以が先生であり、彼女がいたからこそ現在の私が此処にいるという事実がある限り私が今の自分の心情を揺るがせる事はまずありえないと言っていいだろう。

だけど物には限度という物が存在する、これもまた事実だった。
今までは何とか気力と立ち回りで何とか事をこなして来たけれど、何時までも事態に対する風向きが一定であるとは限らない以上このまま変らず構えているという訳にはいかないだろうし、私としてもこれ以上事が酷くなるのは正直な所あまり気のいい物ではない。
と、言うよりも現状だけでも既に二度も死に掛けたのだ。
もう二度とあんな拷問のような痛みを受けるのは御免被りたいし、出来うる事なら今後一切ジュエルシードなんて怪しい物に関りたくは無いって考えてしまうのも道理という物だろう。
でも、此処まで乗り掛かってしまった以上は途中下車をする訳にもいかない。
事態は既に私一人の問題ではなくなってしまっているし、今更アリシアの事を見捨てて全てを夢の産物だったと断じてしまうのは私としても気が引ける。
一度選んでしまった道ならば迷わず進むほか解決策は無きに等しい、精々あるとすればその道標の先にある道をどんなスピードで走り抜けるかという事ぐらいだろう。
選択肢を選ぶ段階は遠の昔に過ぎ去った。
伸るか反るかの事でウジウジ悩んでいても今更どうしようもない。
もっと言うならば例えこの先またあんな事態に私が陥ったとしても完遂する以外に私に逃げ道は無いのだから、後悔や自問自答を繰り返した所で意味は無いというものだろう。
永劫の続くような苦しみから逃れるには今自分の目の前で起きている事態にしっかりと向き合うしかない。
漫画の主人公みたいなご大層な語り文句なのかもしれないが、実際その通りなのだから笑えない話だった。

でも私は心の何処かで薄々こんな風にも考えてしまっていた。
実際の所このままの生活を続ける事で私は一体どれだけの利を身に付かせることが出来るのだとうか、と。
確かにこうしてテーブルシミュレーションゲームのようにパソコンに向き直ってデータを纏めるって言うのはそれなりに楽しい物があるし、こんな私でも確かに仕事をこなしているんだなっていう充実感も得る事が出来る。
実際私自身この状況を少しも楽しんでいないのかと問われれば応と答えるのはどうしても億劫にならざるを得ないし、かと言って事態にまったく悲観的になっていないかと言われれば別段そういう訳でもまた無い……こんな中途半端な感情を胸に秘めた私だからこそ時々自分の気持ちに反したネガティブな思考を浮かべてしまうのだ。
このままの生活で本当にいいのかとか、もしかして私がこんな風に死に物狂いにならなくても先生は傷つく事はないんじゃないかとかそんな無責任な感情を時々思い浮かべてしまう程に。

勿論今更こんな事を考える事自体お門違いな物だっていうのは重々承知はしているし、苦しい事なんて今まで何度だって経験してきたからこれが何時もの本能的な逃避感情だっていうのはよく分かっているのだけれど……私だって心身共に無敵のスーパーマンじゃないんだからそんな風に感じてしまっても仕方が無い面もあるというのも絶対に否めないとはどうしても言えなかった。
あぁ、確かに私自身も分かってはいる。
これが一時の気の迷いから来るネガティブシンキングが引き起こした被害妄想的な思いであり、そんな事を思考したところで何も変わりはしないって事ぐらいは。
だけど先生を護るという気持ちは揺るがなくとも、私の心は事態が起こる度にドンドン曇りを帯び始めてしまっている事も確かな事実なのだ。
まるで霧が徐々に濃くなっていくように当初の目的が見失われていって、最終的にはその霧に精神が蝕まれ呑まれて行く様に自分自身を見失う可能性。
恐らくこのまま幾度と無く死に掛けるような思いをすれば確実に私の心は濁ってしまう。
それは自分でも否定しきれない程にどうしようもない確率で私の精神を冒そうとしているのだ。
このままではそう遠くない内に私は私自身の事を見失ってしまう。
だからこそ、私はこう思わずにはいられないのだ。
こんな邪な感情を払拭出来るだけの理由がもっと欲しい、そんな強欲で自分勝手な考えを。
私は軽く首を回してポキポキと小気味良く鳴る音を静かに耳で捉えながら、密かに心の内でもう一度そんな独り善がりな想いから浮かんだフレーズをもう一度呟いてみるのだった。

「でもそうは言うけどさぁ、アリシア。正直私も限界に近いんだよ、割と本気で。最初から足りない物が多いのは自覚してたし、私の命と根性で埋まるような溝じゃないって言うのも分かってたんだけど……流石に此処まで事態が深刻だと、それを笑う気力も湧いてこない訳よ。死に掛けて死に掛けてまた死に掛けて……もしかしたら今後もそんな負の連鎖がエンドレスに続いていくかもしれない。そう思うと如何にも居た堪れないって言うかさぁ、時々こんな風に考えさせられちゃうんだよ……。正直私には身の丈にはあって無いんじゃないか、ってね」

『そっ、そんなこと無いって! なのはお姉ちゃんは頭も切れるし、凄く努力家さんだもん。きっと今は煮詰まっちゃってて苛々が溜まってるからそんな風に考えちゃうんだよ、きっと。それに今までは向こう見ずに突っ走っちゃったのと、致命的なまでに運が悪かったっていうのが原因なんでしょう? 運の方はまあ時の流れと状況にも左右される物だから仕方が無いとしても、前者の方はちゃんとこうやって自分を見つめ直す事が出来てる。自分で自分を振り返るっていうのは当たり前のようだけど、実は凄く難しいんだよ? でも、なのはお姉ちゃんはそれがしっかり実行に移せてる。なのはお姉ちゃんが今の自分から逃げようとしない限り、それは少しずつかも知れないけど着実に積み重なっていくんだよ。だからなのはお姉ちゃんも落ち込まないで。元気出して、ね?』

「あぁ、うん……御免ね。なんか愚痴っぽくなっちゃったかな? 最近如何にも嫌な事が立て続けに起こった所為か、鬱憤が溜まっててさ。学校にも行けないから先生にも会えないし、そもそも事が事だけに中々相談出来る相手も居ないじゃない? だからアリシアとこうやって気兼ねなく言葉を交わしてるとついつい本音が、ね。本当、何処までも大人気ないよね私って……。自分で引き受けておきながら、こんな愚痴吐いちゃうなんてさ」

『そういう弱い所もひっくるめて、なのはお姉ちゃんはなのはお姉ちゃんだよ。人は誰しもそう強くない、寧ろ何処までも脆い物なんだよ。例えるんなら砂の器。丁寧に形作って水で粘り気という支えを入れないとまともにその身姿を保つ事は出来ないのに、周りの環境は際限無く乾きもすれば湿り気を帯びる事だって平気で起きてしまう。そして、そんな環境に晒され続けた砂の器は簡単に崩れちゃう。本当に驚いちゃう位に簡単に、ね。だけど忘れないで。崩れようとしている物を保とうって思う人もまたちゃんと存在してるんだって事……。あはは……流石に私がそんな人間だ、なんて言い出したりはしないけどね。でも、一応この気持ちは本物の心算だから。辛いんだったらさ、何時でも私に弱音を吐いてくれてもいいんだよ? 私に出来る事なんて精々その位しかないんだろうし、無理に強がってるなのはお姉ちゃんを見てるとこう……私も胸が苦しくなっちゃうんだよ。それが私には辛い。凄く、辛いんだ……。こんな風に言っちゃうと私こそ自分勝手な風に思われちゃうかもしれないけど、こう見えても私実年齢的にはなのはお姉ちゃんよりも年上なんだしさ。少しくらい、肩を預けてくれてもいいんだよ、ね?』

アリシアの言葉を聞いた途端、私は思わずハッと何かに気が付かされたような感覚を覚えてしまった。
自分勝手な悲観と自嘲が、知らない合間に彼女を追い詰めてしまっていた。
そんな言葉が頭の中に浮かんだかと思えば泡のように消え失せ、それに比例する様に止め処ない罪悪感が胸の内に込上げてくる。
私は大きな勘違いを犯してしまっていたのだ。
一人じゃ何にも出来ない癖に、私だけが苦労をしていると勝手に思い込んで……挙句それを独りで抱え込んでしまっていた。
今の私はもう一人じゃないと言うのに、こんなにも私の為に尽くしてくれる子がずっと傍に居たというのに。
私は……そんな簡単な事すらも、今の今まで気が付く事が出来なかったのだ。

本当に私という人間はつくづく自分勝手で最低な女だ。
自分が決めた事に一時的な気の迷いとは言え現状に見返りを求めようと考えたばかりか、その事を誰かに咎められるまで自ら気付こうともしない。
しかも、その上今となってはアリシアにまで気を使わせてしまう始末だ。
情けない、情けなさ過ぎて……思わず泣きそうな気持ちになってしまう。
彼女と初めて出会って言葉を交わした時、私は彼女に頼られる存在であろうと心に決めた筈なのだ。
確かにアリシアの実年齢は私よりも数倍上、下手をしたら親子程離れていると言っても間違いではないだろう。
だけどアルハザードの中であの幼い姿のまま歳を重ねた彼女の精神年齢は、どれだけ知識が豊富でも見た目相応でしかないのだ。
実質五歳、幾ら知識が豊富で同じような年頃の子と横並びにしてみれば色々な面で抜きん出ている処はあるとは言えども彼女はまだ甘えたがりの子供なのだ。
だからこそ頼られる様な存在でいなければならないと思った。
永い時の中で失ってしまった彼女の拠り所の代わりに、こんな私でもなれるのならと思わずにはいられなかった。
だって彼女があまりにも痛々し過ぎたから。
泣いている彼女の顔をもうこれ以上見たくなかったから。
こんな小さな子ですら素直に笑えないっていう事がどうしても許容出来なかったから。
私は彼女の友人として、無論姉貴分として……彼女の気持ちが少しでも楽にしてあげたかったのだ。

でも、それはどうやら私の独り善がりな杞憂でしかなかったみたいだ。
気遣う筈が気遣われて、甘えさせる筈が甘えるよう諭されて、不安にさせまいと努力している筈が逆にアリシアの心を不安にさせてしまう。
そう、つまる処私が取っていた行動は全部空回りでしかなかった訳だ。
確かに私が取った行動は年長者としての立場から鑑みれば立派な事の様に聞こえるかもしれないし、正しい事だったようにも思えてしまう。
だけど、アリシア自身はそんな事は微塵も望んではいなかった。
実際に彼女の口から聞いた訳ではないからこれはあくまでも私の推測でしかないのだけれど、彼女の口ぶりは私の行動理念その物を揺るがしかねない物に他ならなかった。
火を見るより明らか、これはこんな時に使う言葉なのだろうけど……先ほどアリシアの語った言葉は多くを語るよりも深く私に彼女の心情を分からせてくれた。

はっきり言ってしまえば、アリシアは慣れない事に身を窶す事で次第に擦り切れてしまうかもしれない私の事を誰よりも心配してくれていたのだ。
此処最近私は精神的にも肉体的にも多大なダメージを受ける様な出来事を連続して経験し続けていた。
自業自得だ、と言ってしまえば勿論それはそうなのだが……アリシアからしてみればそんな出来事に翻弄されて次第に意気消沈していく私の姿が見ていられなかったのだ。
何せアリシアは優しい上に誰よりも責任深い子だ。
私との触れ合いで多少は解消されたのかもしれないものの、やはりまだ私が傷つくという事がイコールとして自分の責任という様な結び付きになってしまうというのは変わっていないという事なのだろう。
そんな彼女だからこそ私の変化に敏感だったのかもしれない。
あんまりにも馬鹿らしいから皆まで言うのも憚れるんだけど、恐らくアリシアは最初から私が無理を重ねている事をずっと気に掛けてくれていたのだ。
訓練の時から実戦に至るまで、軽口や減らず口を言って無理に強がろうとする私の事をずっとずっと気に病んでくれていたのだ。
そんな彼女の気遣いに私は気付きもしないで……本当に愚かな事をしていたと思う。

確かに私はつい先日まで先生以外に頼れる人間もおらず、ずっと一人で何事にも挑んでいかねばならない身分だった。
だけど今の私は一人じゃない。
少なくとも、私の隣にこの小さな隣人が寄り添い続けてくれる限りは。
多分私はこれからも沢山迷う事になるだろうし、その度に愚痴を吐き出しては強がるという矛盾した行動を繰り返す事だろう。
素直になりたいとは思うのだけれど、そう思う度に本音が言えなくなる性分なのだ。
何時かそれも解消できる日が来るのかもしれない。
でも、それはきっと遠く遠い未来の事。
それも大人になったら治るなんていう様な、はっきりとした確証も無い不確かな物でしかないのだ。
それでも、私は淡い希望程度だけれど何時かは私も素直になりたいとは思っている。
辛い時に辛いと言えて、悲しい時は大声で泣いて、寂しい時は誰かを求める。
そんな自分に私は何時かなってみたい。
素直に自分を曝け出せるような、そんな自分に……。
けれども、今はまだ遥か遠い目標に留めておこうと私は思った。
だって今の私じゃあ一度甘えだしたら際限無く、誰かに頼りっきりになってしまうだろうから。
だから今はほんの少し、ほんの少しだけアリシアの厚意に感謝して肩の力を抜こう。
今更同じだけの物を背負えとは言わないし、支えてくれとも言うつもりは無い。
言う心算は無いけれど……それでなくても彼女は私に背を預けさせてくれるだろうから。
時には誰かに頼るというのもそう悪い物ではないのかもしれない。
私はしばしの間沈黙を護り、そして思い立ったようにふっ、と息を吐き捨てながらそれと合わせるように自分の頭の中で渦巻いていたネガティブな気持ちを忘却の彼方へと追いやったのだった。

「……ふふっ、ありがとう。アリシアは優しいね。でも、そう言われると余計に弱音吐けなくなっちゃうよ。確かにアリシアは私よりも年上かもしれないけど、一応私……アリシアのお姉ちゃん代わりだからさ。妹分に弱い所は見せられないよ。でも、ちょっとだけ元気出た。これならもうちょっと位は頑張れそうかな? よぉし、ちょっと休憩したら再度見直しと行きますか。まぁ、その時は……アリシアもちょっと知恵貸してくれないかな? 如何にも私だけじゃあ、何時まで経っても煮詰まっちゃいそうだからね」

『なのはお姉ちゃん……うんっ! 一緒にやろう。二人で、一緒に!』

「んじゃ、まずは休憩ね。あ~、肩凝った。偶には温泉にでも浸かってゆっくりしたいよぉ、まったく。今度日帰りで旅行でも行ってこようかな……温泉は無理でも近所のスーパー銭湯くらいなら安いだろうし。はぁ、ウチってこんだけだだっ広いのにマッサージ器の一つも無いんだもん。正直、泣けるよ」

『まぁた、そんな年齢にそぐわない様な事を……。でも、気分転換は確かに必要かもね。なのはお姉ちゃんこの処ずっと部屋に缶詰な日が続いてたし、この前も結局外食行かないでコンビニ弁当で済ませちゃったしね。本当に偶には外に出て一思いにパーッ、と楽しんでくれば? 勿論ジュエルシードの事なんか忘れてさ』

何処か呆れた様なアリシアの言葉に「そうは言ってもねぇ……」と、少しだけ苦虫を潰したかのように声を細めて返答する私。
確かに私自身この年頃の女の子にしては自分はあまりにもかけ離れた趣向の持ち主だった言うのは自覚しているが、それでも私だって一応は女の子……遠回しでも婆臭いと言われたら流石に傷つくという物だ。
それに部屋に缶詰状態なのは下手に外出して学校の連中に顔を合わせないようにする為だし、お金に関してシビアなのは本当にお金が必要になった時の為にコツコツお金をためているからなのだ。
別に私だってお金に余裕があれば派手にお金使って遊ぼうって思わない訳じゃないけど、今はそれ以上に纏まった事を身につける事の方が大切だと私は思っている。
だから別に私は特別ケチっていう訳じゃないのだ。
ただ周りの人間から見たらそんな風に勘違いされても仕方が無いというだけで……いや、自分でもひょっとしたら思わないでも無いんだけど。

まあ、ともあれアリシアの言葉には賛同したい処だけどそうも言ってもいられないというのが私の正直な本音だった。
ジュエルシードの発動がランダムな上に不定期である以上は気を抜いて休みを取る訳にもいかないだろうし、順調に事が運べる算段が付いたとしても今度はその為に翻弄しなければならないのだから余計に根を詰めなきゃいけなくなってくる。
現状どうしてもこれが無くちゃいけないっていう物を粗方揃えられたのならまだ話は別なのかもしれないけど、それ等を全部揃えようと思ったら……きっと一人でやった方がマシって思ってしまう程膨大な時間が掛かってしまう。
ある程度は妥協しなければいけないのは私も理解はしているけど、だからってその妥協の所為で命を落とすなんて馬鹿馬鹿しい最期は絶対に御免という物だ。
その為にはまずは考えなくちゃいない。
寸分の無駄も無いように隅から隅までチェックを繰り返して一番最適な答えを出さなくちゃいけないのだ。

確かに休みたいかと問われれば休みたいのは山々だし、自由に時間を割けない身の上としては趣味や娯楽に没頭したい時もある。
でも、だからこそ……限られた時間の中でしか行動出来ないからこそ貴重な時間を無駄にする事は出来ないのだ。
時は金なり、無駄にすれば無駄にする程損をするならば、いっその事開き直って行動を起こして得をしたい。
今はまだ選択する道は一本道なのかもしれない。
だけど何処をどう加速して、何処でどんな風に休息を取るのかの自由を選択する権利は依然として私の物だ。
その匙加減を調節する権限を未だ私が所有している以上、私は下手な選択を選ぶ訳にはいかない……それが分かっているからこそ私は考える事を止めないのだ。
まあ、そうは言っても今後はアリシアに心配を掛けないよう二人で考える形でやっていかねばいけないのだろうけど……面倒を被る事を本人が望んでいるのだ、この際彼女にも目一杯苦労を共にして貰うとしよう。
私は腕を組んで少しだけ頬の力を緩めながら、まだまだ私も捨てた物じゃないのかもしれないという想いを静かに胸の内に抱くのだった。

「まぁ、時間が空いたらね。さぁ~て、と。流石に温泉は無理だけど昼間にお風呂っていうのも偶には良いかもね。丁度この時間なら誰も家に残ってないだろうし、煩く言われない内に一風呂浴びて気分転換っていうのも……んっ?」

『あれ、どうかしたの?』

「あ~いや、ポケットの中のケータイがブルッたんだよ。最近気が散るからってマナーモードにしたまま上着に突っ込んだままにしてたんだけど……誰からだろ?」

『確認した方がいいよ、なのはお姉ちゃん。もしかしたら、あのトーレって人からの定期連絡かもしれないし。一度休憩しようって決めた手前蒸返すのは心苦しいけど、だからって無視するって訳にもいかないでしょ?』

急かすようなアリシアの言葉に、私は「まぁ、それもそうだね」と渋々ながらも同意して上着のポケットから携帯電話を取り出す。
充電もしないでずっと放置してあった所為か電池の残量は残り二つに減っていたが、側面の小さな液晶画面には何の問題も無く『メールを受信しました』という端的な文章が眩いバックライトに照らされながら映し出されていた。
一体誰からだろう、そんな疑問が瞬時に私の脳裏を過ぎる。
今の携帯電話は一度解約して別の物に機種変更した奴だから電話番号もメールアドレスも極少数の人間しか教えていない少々訳有りの物だ。
以前使っていた物は主に身内からの……っていうよりは完全にお兄ちゃんからなんだけど、メール爆弾顔負けのメールを送信してきたりだとか殆ど嫌がらせなんじゃないかって思えてくる程の電話攻撃が相次いだ為に私も泣く泣く手放して新しい物に申請し直したのだ。
だから当然身内からメールが掛かって来る事は無いし、例え万が一あったとしても着信拒否にしてあるから受信される事は無い筈だ。
また当然前の携帯電話に登録されていた様な人間にしても上記の理由と全く同じ事が言えるから、アリサちゃんやすずかちゃんが……まああの二人から掛かって来るような事は絶対にあり得ないだろうけどこの可能性もまた然り。
となると残る心当たりは先生かトーレさんの何れかか、登録している携帯サイトからのメールマガジンのどちらかなんだけど……メールマガジンが送られてくる時間は大体昼時に限定されているから後者の可能性は断然薄い。
まあそう言う訳で可能性としては前者、しかもどちらも簡単には無視する事の出来ない人間と来ている。
これはそうそうに確認を取ってしまった方が身のためという物だろう。
私は「ようやく休めると思ったのに……」と半ば呪詛に近い愚痴を吐き出しながら、携帯電話を開いてメールの送り主を確認するのだった。

しかし、いざメールを開いてみると今まで感じていた気だるい感じが嘘のように払拭されていくのを私は瞬時に感じ取っていた。
メールの差出人の欄にはたった二文字『先生』という表示、そして件名欄の処には『知恵を貸して欲しいんだけど……』という何やら意味深な文字の羅列。
私は久々のやり取りに心を躍らせながら嬉々とした気持ちで携帯を操作してメールの中身を画面へと展開させていく。
内容はどうにも困った事が起こってしまったらしく、第三者の意見を聞きたいから暇だったら家に来ないかというお誘いの物だった。
一体何が起こったんだろうっていう興味は尽きなかったけど、私はそれ以上に彼女から頼られているという事にちょっとだけ優越感を感じていた。
ほんの少し前までは見返りがどうとか思ってしまっていた私だけれど、それは単に先生と会える機会が此処の処滅法減ってしまったが故に心の迷いが起きてしまっただけの事で……結局の所はやっぱりこうして繋がりが持てているというのが嬉しくてならない訳だ。
此処最近に私はあまりにも目先の事だけを頭に詰め込み過ぎていて、本来自分が何を求めていたのかという事すら忘れかけてしまっていた。
何故自分はこんなに苦労しているのだろう。
そもそも何故私という存在は此処までひたむきになってまで頑張ろうとしているのだろう。
思い返せば簡単に答えが出てくるような事なのに、私はそんな事すらも見失い掛けてしまっていたのだ。
利己的な感性は自身を見失い易い、そう彼女から教えてもらっていた筈なのに……私は優越感の裏側で少しだけ自分の事を恥じながらそのメールに対して返事を打ち込み始めるのだった。
今までの事は忘れよう、そんな風に思いながら……。





それから三十分ばかりの時間が経った後の事、私は少しだけ粧し込んだ格好に着替えて一人家の前で先生の車を待っていた。
とは言っても精々私が持っている私服なんてあんまり可愛い物が無いから周りの人間から見たらちょっと地味かなって程度の物なのかもしれないけれど……まぁ、私にしては頑張った方だと思う。
今日は少し何時もより暖かかったから黒の薄手のワンピースに白のぺチパンツを合わせ着して、髪止めもリボンから黄色いヘアバンドに変えて額を出す様な感じにしてみたというのが今の私の格好だった。
それにちょっとワンポイントを付け加える為にエナメルのショルダーポーチを肩から吊るしてはいるんだけど、中身が中身なだけにこっちはあまり意識しない様にしていた。

一応今日はプライベートな外出という事で一時魔法関係の事を忘れる為にジュエルシード……曳いてはアリシアの事になるんだけど、今日は家でお留守番という事にしてもらっている。
本当なら連れて行ってあげたい気持ちも無いではないのだけれど、そのアリシア自身に「偶には一人で羽を伸ばしてくると良いよ」なんて言われた手前こちらもお言葉に甘えさせてもらわざるを得なかったのだ。
私は本当に気遣いの上手い良い子をパートナーに持てて幸運だ、とつくづく思ってしまう。
きっとアリシアが普通に歳を重ねていたのなら、さぞや良いお嫁さんになった居た事だろう。
でもまぁ、だからって私もその言葉に二つ返事で「はい、そうですか」と承諾した訳ではない。
何時何処で有事が起きてしまうやも知れない以上、流石に丸越しというのはどうなのだろうと考えてしまった訳だ。
確かに私だって先生と会っている時位は、魔法の事も忘れて伸び伸びしていたいという気持ちも無い訳ではない。
だけど、だからと言って一度でも気を抜いてしまうと……何だか元の風には戻れない様な気がしてしまったのだ。
一時の堕落は病魔の様に伝染するとはよく言ったもので、いざやる気になっている時に過剰に休息を取ってしまうと心の余裕が危機感を押し潰して問題を先延ばしにしてしまいがちになるのだ。
だから其処の辺りのけじめをはっきりさせる為に私はポーチの中にトーレさんから貰った小型拳銃を一丁忍ばせておいている……のだが、どうにも失敗した様な気がしてならないのは言うまでも無かった。
まぁ、だからと言ってジュエルシードを持ってきたら本末転倒な訳だし、バルディッシュにしたってこの前の戦闘で大分無理させちゃったから今はアリシアの元で定期メンテナンスを受けている最中なので単純な消去法で今私が持ち運べる武器はこれしかないのもまた事実なのだけれど……正直な処物騒極まりないというのが私の心からの本音だった。

だけど今更置いてくるのも何だか心もとない様な気もする、等と私が改めて自分が取った行動が正しかったのか否かという事を自問自答していると私の目の前に一台の車がキッ、という小気味良い音を立てて停車するのが目に付いた。
フォルクスワーゲンのイオス、それは間違いなく先生の乗っている車と全く同じ物だった。
思いの外結構時間掛かったんだな、と私が思っていると助手席側の窓が開いて申し訳なさそうな女性の顔が露わになった。
くすんだ金髪に掘りの深い輪郭、そして何処か妖艶な雰囲気を醸し出している物腰。
まさに私の知っている先生の姿が其処にはあった……と、言いたい処なのだけど何処かその表情は何時もにも増して疲れた様な感じだった。
養護教諭という職業上夜勤明けとかそういう事は無いだろうけどもしかして仕事関係のトラブルで何か行き詰まった事でもあったのだろうか、そんな疑問が私の脳裏を過る。
まぁ、ともあれそんな悩みに一石投じる為に私が呼ばれたのだから其処の辺りはちゃんと力になってあげなくては……そんな風に頭で考えながら私は「乗って」という先生の言葉に従ってイオスのドアを開けて車内へと乗り込むと、久々に会う彼女に目一杯の笑顔を振り撒きながら挨拶をするのだった。

「お久しぶりです、先生。元気にしてましたか?」

「えぇ、久しぶり。そう言う貴女は元気そうで何よりね。まぁ、私の方は……察して頂戴。丁度今とんでもない厄介事抱えちゃっててね。物凄く疲れてるのよ……」

「なっ、何かあったんですか? 先生がそんなに切羽詰まるなんて珍しいですね」

「私だって人の子よ。悩む事もあれば、行き詰まる事もあるわよ。ふふっ、こんな事言ってても仕方が無い、か。事情は家に向かいながら追々話していくわ。とりあえずシートベルト締めて仕度して」

何処か悟った様な先生の口ぶりに私は若干の不安を覚えながらも、言う通りにシートベルトを締めて仕度を済ませる。
すると車がゆっくりと前進し始め、法定速度に則ったスピードで狭い道路を走り抜けて行く感覚が私にも伝わってきた。
しかし、その感覚は皮張りのシートの高級感もあってか微塵も不快には感じられない。
さすが高級車、乗り手の心情もちゃんと考えて設計されているという事なのだろう。
だけどそんな優雅な乗り心地に反して、私の胸中はあまり穏やかではなかった。
基本的に私の知っている先生は器量も良く、大概の事は何でもこなせてしまう様な万能な人というイメージが強い。
所謂カリスマ性という奴なのだろうか、まあ上手く言い表す事が出来ないのが何処か歯痒い気もするがともかく私が求める理想に尤も近い人だと言っても過言ではないだろう。

だけど今の先生からは何時もの雰囲気というか、何というか覇気が全く感じられなかった。
心ここにあらずという訳ではないけれど、何だかBGMにヴァイオリン楽章のチゴイネルワイゼンでも聞こえてきそうな程心がやつれてしまっている様な感じがするのだ。
元々多忙な身の上で、祖国から離れて仕事をしている様な人だからそうそう壁にぶつからずに淡々と道を進めて行ける訳じゃないとは思っていたけれど……何せ何でもそつなくこなしていける様なイメージを持っていた分此処まで追い詰められた先生はちょっと新鮮だった、勿論悪い意味での話だが。
でも、同時に一体何が此処まで先生を追い詰めてしまっているのかという事もまた私はそれと同じ位気に掛かっていた。
何せ先生は私が知っている限りでもかなりの博識で、以前聞いた話では医療系を含めた沢山の資格を一発で取ってしまう程の秀才でもある人だ。
そんな人を一体何がこんな風になるまで悩ませ続けているのだろう、私は頭の中でそんな風に考えながら先生へと話しかけるのだった。

「……それで、一体何があったんですか? 何だか先生、ただ疲れてるっていう風には見えないですよ。本当に大丈夫ですか?」

「あらあら、一丁前に私の心配? ふふっ、数日前だったら私が貴方を心配する立場だったっていうのに……人生っていうのはなかなか如何して上手くは行かないものね。とりあえず、大丈夫か否かって言う問いに関してはイエス。別に疲れてるって言っても精神的な方だからね。とは言え、抱えてる厄介事に関しては正直お手上げ状態なのもまた事実。情けない話だけれど、ちょっと私も手に余る物があってね。今日貴女を呼んだのはそれを一緒に考えて欲しいからなの。迷惑だったかしら?」

「いっ、いえ! そんなこと全然……寧ろ私なんかで本当に良いんですか? 先生ですらそんなに悩んでるんならもっと頼りになる人に頼んだ方が良いんじゃあ……」

「それがそうも言っていられない事なのよ。事が事だけに公の場に出すのも渋られるし、事の当事者もそれを望んじゃいないもの。私の知り合いに話を付けてみた処で下手な妥協点に転がるのは目に見えてるわ。それに……今回ばかりは流石に大人よりも貴女くらいの年頃の子どもの方が適任だって思ったのよ。ちょうどその問題の中心にいる子も貴女くらいの年頃の子だしね」

それだけ言うと先生は何処か悟った様な表情を浮かべたまま車の灰皿で煙をあげていた吸い掛けの煙草を片手で摘んで口元へと持って行き、そのままフッと力無く紫煙を宙へと吐き捨てていた。
何だか先生は私が想像した以上に重い物を背負い込んでしまっている、何となく私はそう思っていた。
車を運転しながら煙草を吸う先生の横顔は何処か寂しげで、それでいてまるで自分の限界を知ってしまったかのような悲壮感さえ漂わせている。
私は今までこんな先生の表情を見た事が無かった。
一種の憧れに対するフィルターっていうような物を通して今まで私が先生の事を見ていただけなんだっていう気持ちも確かに無いではなかったけど、それでも私は先生が心から弱音を吐くような処を見た事は無かったのだ。

確かに上司に対する愚痴だとか生徒が起す問題の事だとかの事で私に愚痴を零してくる事はあったし、私自身もまたそんな彼女の愚痴に付き合ってあげたこと位は数え切れないあると言い切る事が出来た。
でも、今の先生の表情は何処か何時ものそれとは違っていた。
何処が如何という訳ではないのだけれど、なんというか何時もの先生っぽくないというか……何処か歯切れの悪い所で物事を燻らせてしまっているような感じが否めないのだ。
勿論私だって一から十まで先生の事を知っている訳じゃないからあまり大それた事を言う気は無いのだけれど、それでも私には如何にも今の先生の姿がそんな風に見えて仕方が無かったのだった。

だけど、それと同時に私は先生の漏らした言葉の中に幾つか引っ掛かりがあるという事もまた何となく感じ取っていた。
一つ目は事が事だけに公の場に出すのも渋られる、という所だ。
それは逆転の発想で考えれば公の人間に相談出来ない程の事という風にも捉えられるし、それだけ裏事情があるという事にもなる。
間違っても先生が犯罪に手を出したとかそんな事は無いだろうけど、彼女の口ぶりには何処か後ろめたい物を連想させる響きがあったのは否めなかった。
そして二つ目は問題の中心にいる子も貴女くらいの年頃の子、というフレーズだ。
これも一聞しただけではあんまりしっくりこないどうでもいい様な風に思えてくるのだけれど、此処で注目すべきなのは問題の中心にいる子という処にある。
何せ先生の口から問題の中心という言葉が出てきた以上はイコールで先生が事の当事者ではないという事を示し出している訳だ。
そしてそれと同時にその言葉はこの話の輪の中に私や先生以外の第三者が絡んでくるという事にもなってくる。
加えて、貴方ぐらいの年頃の子という事は大体私と同い年位かもしくはそれに近い人間に人物像も限定されるという事になる。
つまりこの二つの言葉から連想されるのは私と同い年くらいの第三者の所為で先生は頭を悩ませているという結論に結び付く訳だ。
まぁ、先生は養護教諭なのだから職業柄そういう問題を抱えない事も無いのだろうけど……本当に難儀な物を抱えてしまったんだなと私は何となくそう思った。
とは言え、何れにしても先生からの直々のお願いとあっては日ごろ散々お世話になっている私としても断る訳にはいかないというのもまた事実。
此処はちゃんと親身になって考えてあげる事にしよう、私は心の中でそんな風に意気込みながら改めてその人物について深く情報を得る為に先生へと言葉を投げ掛けるのだった。

「同じ年頃の子絡みのトラブルっていうと……ウチの学校関係の事ですか? 先生って確か結構上の人から面倒を押し付けられてるとかなんとか愚痴零してた事もありますし。やっぱり、そっちの方の悩みですか?」

「う~ん、残念。今回はウチの学校の子達絡みの事じゃなくて完全に私の私用よ。でも、立場的にはどうしても見捨てられなくってね。まったく、損な性分よ。時々こんな自分が嫌になってくるわ……」

「……私用、ですか?」

「あぁ、うん。そう言えばまだ詳しくは話して無かったわね。え~っと、まずは何処から話したら良いものかしら。私自身、ちょっとまだ混乱してる所があってね。上手く割り切って話を整理出来てないのよ。でもまぁ、簡単に言ってしまえば……ちょっとした“拾い物”が厄介なトラブルを抱えちゃってるみたいなのよ。それも、ちょっと度合いの桁が普通よりも二、三個違っちゃうようなでっかい奴を。本当、参っちゃうわよ。自棄酒でも煽りたい気分だわ」

先生は苦笑を浮かべながらハンドルを握っている利き腕とは逆の手で火の付いた煙草を摘み上げつつ、私にそんな風に漏らしてきた。
そしてそんな風に私に語りかけてくる先生の表情は何処か切なげで、まるで何かを悟ったかのように酷く寂しげな物だった。
思い出すだけでも辛い事を無理やり思い出しているような感じ、私はそんな先生の様子にそんな印象を密かに抱いていた。
何処か苦虫を潰したかのような表情を浮かべ、肩を竦めるような先生の仕草には何処か私も見覚えがあるような気がしたからだ。
そう、それは嘗ての私……どうしようもない事をどうしようもないのだと諦めてしまっていた頃の自分自身にそっくりだったのだ。

勿論当の本人が何を言った所でそれを決めるのは周囲の人間なのだろうけど、恐らく先生だったらあの当時の私に今の私と同じような心境を抱いていた事だろう。
どれだけ頑張っても独りではどうやっても対処のしようが無い事柄の壁、それにぶつかった時に失望と絶望は人の心なんか容易く折り曲げてしまうほどに大きな物だ。
幾ら強固な意志を持つものであろうと、卓越した知識を持つ人間であろうと、並々ならぬ才覚を露にする物でさえ容易く目の前の現実を見失ってしまう程に。
だけど多くの人間はそれを乗り越えて前に進む事が出来る。
何故なら、この世界で息衝く殆どの人間は決して周りから完全に孤立してしまっているような孤独な人間ではないだろうから。
でも、時と場合によっては人はそんな困難を前にしても一人にならざるを得なくなってしまう事だってある。
今の先生が置かれている立場というのもまた然り。
どういう事情なのか私にはまだよく分からないし、その「拾い物が抱えたトラブル」という全容が掴めていない今の状態では何とも言いがたいのだけれど……こんな私にすら縋らなければ解決の糸口さえ掴めないかも知れないというほど切羽詰っているという事くらいは私にも容易に理解出来た。
公的な立場で物事を考えられない以上、先生はまともな知り合いに声を掛ける事すらままならないということなのだ。
つまりは今の彼女もまた独り、少なくとも今は私が付いているから過去形になりつつあるのかもしれないけれど……私を加えた所で解決出来るか如何なのか定かでない以上はまだそう断定する事は渋られるという物だろう。

それからしばらくの間、私は如何返事を返せばいいのかと考えたまま黙り込んでしまっていた。
窓の外では次々に景色が移り変わり、気が付いた頃にはその景色は既に先生のマンションの近くの道路に変ってしまっていたほどだ。
まあ、先生の家と私の家は近道をすれば十数分程度で着いてしまうほどしか離れていないのだから車で移動すれば当然それ以上に短い時間で付いてしまうのは当たり前なのだけれど……私にはその時間が何処か何時も感じている時間よりもずっと永いような気がしてならなかった。
掛ける言葉が見つからないという焦りと、どんよりとした車内の空気が何とか打開しようとする私の心に侵食してそうさせてしまうのだ。
何か此処で上手い冗談でも言えたのなら私としても大分気が楽なのだけれど、生憎私はこんな雰囲気の中でジョークを言ってのけるほど器用な人間じゃない。
加えて基本的に私は口下手で、おまけに話している相手は騙しが利きもしなければする必要すらない先生なのだから余計に言葉が見つからなくなってしまうのだ。
だけど、だからと言ってこのままずっと黙っている訳にもいかないのもまた事実。
流石にこの空気のままずっと時間が過ぎていくというのは私としても辛い物があるし、何よりも間が持たなくなる可能性がかなり大きくなってしまう。
久しぶりの会話だというのにこのままではお互い微妙な空気のままになってしまうかもしれない、そんな風に心の中で危機感を覚えた私は改めて先生に話題を提供する為に苦し紛れではあるものの自分の思っていることを言葉にして先生へと投げ掛けたのだった。

「“拾い物”って、その当事者の子の事なんですよね? 一体どんな子なんですか?」

「う~ん、そうねぇ。とりあえず貴方と同い年くらいの女の子よ。だけど日本人ではないわね。欧州系……恐らくはイタリアの北部辺りの出身だとは思うんだけど、何せ当の本人がちょっと訳ありでね。自分の出身はおろか、自分が何処から来たのかすら覚えてないみたいなのよ。話す言葉も流暢な日本語だったから多分この辺りの子なのは間違いない筈なんだけど、ね。本当に参っちゃったわよ、っと……噂をすれば何とやらって奴ね」

「えっ、どうかしたんですか?」

「本当は家に着いたらゆっくりと紹介する心算だったんだけど、どうやらその必要もなくなったみたいね……」

何処か呆れ果てたような口調でそんな言葉を呟いた先生は溜まっていた疲れが更に上乗せされたかのような表情で一度大きく溜息を吐き捨てると、徐にブレーキを踏んでその場で車を停車させた。
一体こんな所で如何したのだろう、突然の先生の行動に私は何となくそんな疑問を頭の内に浮かべてしまった。
先生の住んでいるマンションは確かにもう直ぐ目と鼻の先だけどこんな所に車を止める訳にはいかないだろうし、そもそもマンションの前にはちゃんと住人用の専用駐車場が完備されている筈なのだ。
なのになんで其処に止めないでこんな場所で車を止めてしまったのだろう、考えれば考えるほどなぞは深まるばかりだった。

しかし、次の刹那私は先生側の窓の外に小柄な人影が蠢いているのを視界で捉えていた。
小柄で華奢なシルエットに無数の絆創膏や包帯を纏った色白な肌。
蜂蜜を細長い糸にして紡いだような艶のある金色の長髪に、その髪に彩られるように引き立つフリルやレースを用いた純白のワンピース。
そして同姓の私が見ても思わず綺麗な子だと評価せざるを得ないような整った顔立ちに、何処か小動物を連想させるような潤んだ瞳。
そう、其処には真っ白で何処か清純そうな欧州系の令嬢にも見えてしまうような可愛らしい女の子が姿があったのだ。
普通なら見とれてしまうほどに綺麗な子、というような印象で私も彼女への認識を止めていた事だろう。
でも、私はそんな印象的な彼女の姿に何処か見覚えがあって……そして思い出したのだ。
その少女こそあの雨の降る日の踏み切りで私が自殺を引き止めた子なのだという事を。
驚きのあまり、私はしばしの間何も言葉を発する事が出来なかった。
確かにあの時私はもう一度会う事が叶うのならば、言葉を交わしてみたいというような風に思ってはいた。
だけど私自身、まさか本当にこんな風に再び巡り会えるなんて夢にも思わなかったのだ。

すると先生はそんな少女の様子を見かねてかシートベルトを外して車を降り、その少女の下へゆっくりと駆け寄って行ってしまった。
どうやら先生が先ほどから口にしていた“拾い物”とは彼女の事だったらしい、私は先生の何処か呆れつつも苦笑を隠せないような態度から直感的にそれを察知していた。
何故ならその表情は何処か初めて私とであった時に彼女が浮かべていたそれと似通っていて、それが私には酷く懐かしいような気がしてならなかったから……。
ともあれ先生が降りたというのなら此処は私も降りて、ちゃんと事情を把握する為に説明を受けた方が得策だろう。
私は意外なの第三者の存在に何処か戸惑いつつも、先生に習ってシートベルトを外し、車から降りて二人の下へと歩み寄りながらゆっくりと自分の思っていたことを言葉に代えて紡ぐのだった。

「あの……っ、先生。その子は……」

「あぁ、御免なさいね。家に居てって言ってたんだけど、何だか独りでいるのが不安になっちゃったみたいでね。ずっと此処で私の事を待っててくれたみたいなのよ……。まっ、これも丁度いい機会かもしれないわね。どうせ遅かれ早かれ話さなきゃいけなかった訳だし、今でも別に問題ないわよね」

「じゃあ、やっぱりその子が……」

「そう。私の家の栄えある居候第一号、フェイトさんよ。仲良くしてあげてね」

何処か無理やり明るく声色を変えたような先生の言葉はあまり私の耳には響いてはこなかった。
変りに響いてくるのは目の前の彼女、フェイトと言う名前の儚そうな少女の視線。
まるで初めて鏡に映った自分を眺めた子供のような、何処か驚きながらも未知の何かに対する魅力に引かれていくようなそんな視線の目に見えない響きだ。
一体彼女の何が私をそう思わせ、何故そんな風な印象を私の抱かせるのだろうか。
そんな疑問が泡のように湧いては消え、そしてまた思い出したように湧き上がってくる。
まるで鏡写し、それは以前私が始めて彼女に会った時に抱いた印象の全てだった。

同じように傷つき、同じように窶れ、同じように独り……にも拘らず私と彼女の間には何とも知れない奇妙な相違が存在する。
それは本当に些細な違いなのに、完全に私と彼女をコインの裏表に仕立て上げてしまっている。
故に鏡写し、どちらか虚像でどちらが実物なのかは本人の視点次第なのだろうが……私には確かに彼女の姿がそんな風に思えてならなかったのだ。
だからこそ、私は目の前で目じりに涙を浮かべながら先生の背中に隠れてしまっている少女に強い興味を持った。
一体何故私がこんな印象を抱いてしまったのか。
一体何故彼女は私をそんな風な目で見ているのか。
そして一体何故、彼女は自殺なんて真似をしようとしたのか。
聞きたい事は山ほどあるし、話して欲しい事もまたそれと同じくらい沢山ある。
だけどそれ以上に私はこうして再び巡り会えた事に何処か言葉に言い表せないような既知感を憶えて止まなかった。
もしかしたら私たちは何処かで同じように出会い、会話をしていたのではないか……そんな風に。
こうして私たちは出会い、交差する。
そう、これが私こと高町なのはと身元不明の女の子であるフェイトちゃんとの二度目の出会いだった。


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