やりたくもないのにどうしてもやらねばいけない時という物がある。だるい、かったるい、面倒臭い……まあ理由は何でもいいけれど、そういった理屈が通用しないどうしても避けられない事態の事だ。例えば事故、幾ら本人が遭いたくないと思っても本人の運次第でそれは何時どんな時でも起こりうる事態に変貌する。例えば人間関係、集団生活という物の延長線上で成り立っている社会の中ではどんなに隣りの人間が嫌な奴でもそれなりの付き合いをしなければならない事もある。そして例えばどうしても闘うしか方法が無くなったしまった時、色々な選択肢を消去法で消していった結果抗うしか方法が無くなった場合、人はどうしても闘う道を選ぶしかなくなる訳だ。勿論其処に本当に別の選択肢が在るのであれば話は別だ。協力者を募って全部その人に丸投げして済むのならばそれが一番本人にとっては楽なのだろうし、何も知らないふりをして逃げるというのも一つの手だ。目の前に立ちはだかった壁に必ずしも立ち向かわなきゃならないなんていう熱血漫画の主人公みたいな道理を皆が皆抱えている訳じゃないんだろうし、寧ろこっちの方が人間の行動としては地を行くものなのだろう。誰だって辛いことや苦しい事は嫌だろうし、自分の利益にならない事に善意で突っ込んでいける人間なんてそうそういる訳が無い。皆自分の身が一番可愛いのだから、なるべく楽な方へと流れて行きたいと思うのは仕方が無い事なのだ。そしてそれに関してだけいれば、私こと高町なのはも殆ど変わらないような思想の持ち主であると言えた。しかし現状抗う必要性があるのもまた事実であり、その為には私自身がどうしても前に闘わねばならないという事も私は同時に感じていた。それは私の為でもあり、私自身の居場所を守る為でもあり、そして私を頼ってくれる人を救う為でもある。とはいえ私のそれは護るとか助けるとかそんな美辞麗句なものではない、もっと自分勝手で保身的な感情から来るものだ。どうせ護りたい人といった処でこの街の人間全員を護るなんて馬鹿げた理想を抱えている訳でもないし、はっきり言えばそれ以外の人間がどうなろうが知った事ではない。私はただ私が望んだ物に縋るだけに闘うだけ、だけどそれ故に闘えるのだ。あくまでもこの胸に抱くのは自分の欲した者に対する渇望とそれを手に入れる為にはどうしたらいいのかという狡賢い思考だけ。そうやって割り切って挑もうとするからこそこんな私でも戦えるのだろう、私はそんな風に思いながら正面にいる人間に向き直って耳を傾ける事にしたのだった。「正直に言うと、だ。君の協力を我々は受ける事に決まった。とは言っても君に出来る事と言えば精々水先の案内人が関の山だろうが、幸いな事に私はこの辺りの地理にあまり明るくない。よろしく頼むよ、高町なのは君」「ほっ、本当ですか!?」「あぁ、少々反対する者も居たには居たのだがな。最終的には私の主である人間が快く賛同してくれたよ。まぁ、もう一人賛成した人間も居ないではないんだが……あれは単に自分が楽しめればどうでもいいというような奴なのでな。まあ何にしても、期待しているぞ」「分かりました。私も一度言ってしまった手前後には引けませんし……こちらこそ、よろしくお願いします」目の前の相手……トーレさんに微笑みながら慌ただしく頭を下げる私、そしてそんな私の様子に苦笑するトーレさん。とりあえず大前提となる処までは行きつく事が出来た、私は取り繕った表情の裏側でそんな風に考えながら現在の状況を整理していた。現在私は予定通りトーレさんとこの前の喫茶店で待ち合わせをし、私が協力者になれるか否かという報告を受けていた。初め私は断られるのではないかという不安を胸の内に燻らせていたのだが、存外その結果は淡白な物で私はあっさりとトーレさんから協力者になっても良いという事を言い渡されたのだった。事が上手く運んでいるというのはまさにこの事なのだろう、私はそんな風に思いながらトーレさんの話に耳を傾けていたのだが、これはあくまでも前哨戦に過ぎないのだという事を私は心の中で自分に言い聞かせる。確かにトーレさんに取り入るというのは情報や戦力の面でも大きなアドバンテージになるだろうし、この繋がりが深ければ深い程私の負担は軽くなっていく。しかし現状私自身も前に出て闘う必要があるという手前、全てトーレさんに丸投げして自分は部屋でふんぞり返っているという事は出来ない訳だ。つまりこれからは味方であるトーレさんも偽りながら行動しなければならないという事になって来る。行動には十分注意して事に取り掛かっていくとしよう、私は高揚する自分の気持ちをそんな現実的な思考で沈めながらそんな風に最終的な結論を纏め上げた。現在私の手の内にあるカードと言えばジュエルシードとアリシア、そしてアリシアから受け渡されたインテリジェントデバイスのバルディッシュ位だ。そして今日この時点でその中にトーレさんとその背後の組織というカードが加わった。しかしこのカードは他のそれとは違って下手をすればジョーカーになりかねない効果が不定期で、使いどころを誤るとそれまで積み上げてきた全てが駄目になってしまうかもしれないという危険な可能性も孕んでいるのだ。勿論正しく使えば私にも十分な利益になるのだろうし、最悪個人で動かなくてはいけなかった私にとっては組織というものが後ろに付いてくれた事は非常にありがたい事ではあるのだが、私自身も何時ボロを出すかもしれないという事を考えると安心しきれないというのもまた事実だった。それに私はトーレさんの組織というのがどんな物なのかは存じないし、そもそもどんな人間がどれだけの数居るのかという事すら分かっていない。とりあえず繋がりを作る事は出来たものの、不用意に全てを委ねるのは危険すぎる。だがこの関係は蔑ろにするには少し惜しいものがある、其処の処を上手く調整しながらやっていくしかないという事なのだろうと思いながら私は改めてトーレさんに向き直り、偽の頬笑みを浮かべながら言葉を投げかけるのだった。「しかし、大丈夫なんですか? 正直、私の様な人間なんて足手纏いでしょう? ご迷惑を掛けないと良いんですけど……」「いや、その心配には及ばんよ。直接君が件のアレをどうこうする訳ではないし、私も君に無理を強いるつもりはないからな。私が君に望むのはこの辺りの道案内と、出来ればジュエルシードの暴走体を発見した際に一報を入れてくれる事くらいだ。それに、君がジュエルシードを保有しているからこそ役に立つという事もある」「囮……そういう訳ですか?」「……あまりこういう事を言うのは難なのだが、その通りだ。私の所属している組織以外の組織もジュエルシードを狙っている。それも話して分かる様な友好的な手合いかどうかも分からん。そこで君を付け狙ってきた輩を私が倒すという事を条件に私は反対していた残りの人間の承諾を得て来たんだ。君にとっては酷い話かもしれないが、私も遊びでやっている訳ではないのでな。だが安心して欲しい、私がいる限り君には一切被害は及ばないと約束しよう。君の事は私が護る」一応覚悟の内です、私は沈み気味といった様子を醸し出しながらトーレさんの言葉に力無く返答する。勿論私だってそういう事態を考慮していなかったという訳ではない。敵はあくまでも暴走体だけではない、それは以前からトーレさんに聞いていた事だ。ジュエルシードを狙ってくる人間が私やトーレさんの組織の人間以外にも居るのだとすれば当然それ等を全部平和的に解決できるなんて事はあり得ない。今回は偶々トーレさんが物分かりが良い人であったというだけの話で、他の人間も同じように私に対して友好的であるかどうかは定かではないのだ。当然私を無力な子供だとみなして無理矢理奪い取ろうとする人だっているだろうし、最悪殺そうとする人間だって出てくるかもしれない。正直この歳で死ぬだ殺すだというような物騒な世界に身を投じたくは無いのだが、本当に最悪の中の最悪の場合私自身もその人たちとぶつかり合わねばならないかもしれないのだ。それ相応の覚悟は決めておかねばならない、私はトーレさんの真剣な眼差しを一身に受けながら内心でそんな風に考えていた。しかし、幾ら覚悟があったとしてもその覚悟に見合った戦力が無ければどうにもならないと私は同時に思っていた。現在私の手元の直接的な戦力はバルディッシュとジュエルシードに私が願った”遮断”の力のみ。しかも片方はまた使い方もあまり良く分かっておらず、もう片方も防御オンリーで使用時間は五分という制限もある。只管逃げ回るだけというのなら取りあえずは何とかなるのかもしれないけれど、とてもじゃないがこれではまともに誰かとぶつかり合う事など出来はしないだろう。何せ素人である私すら適当に感覚を掴んだだけであれだけの威力を持つ攻撃が出来るのだ。それがその道のプロのものとなると、正直想像もしたくない程に強力な物になるだろう。暴走体に加えて他の魔法を使う人間にも注意しなければならない現状には少々落胆の色も隠せないが、何にしてもその時になって何も出来ませんでしたでは御話にもならない。せめて私にも後二、三枚この件に関われるだけのカードが欲しい……私はそう思わずにはいられなかった。せめて今此処にアリシアが居て相談に乗ってくれるなら何か糸口が見つかるかもしれないが、残念ながらジュエルシードはトーレさんに言われて自宅に置いてきてしまったのでそういう事も出来はしない。今此処で私がどうこう考えていても仕方が無い、私が久しぶりに感じる自分の事を自分だけで考えなければいけないという状況に少しだけ物寂しい感覚を憶えていた。いつもなら此処で頭の中でアリシアにどうすればいいのかと話しかけたりして二人で今後の方針を決めようと考えるのだが、やはり一人だと如何にも考えすぎてしまう節が強くなってしまう。考えれば考えるほど物事が見えなくなってしまうのは私の悪い癖だし、今までもとりあえずはアリシアが居たからこそ切り抜けられてきたという部分も多々ある。だけど何時でも彼女が居るとは限らない訳だし、こういう状況に陥る事だって今日で最後ということにはならない筈だ。自分で考えるべき所はなるべく自分で考えなければ、私はすっかり緩みきった自分の気持ちを改めて引き締めながら机の上に何やらアルミ製らしきケースを取り出しつつあるトーレさんへと向き直った。「と、言っても流石に私にも限度という物がある。流石に四六時中君の近くで控えているという訳にも行かないし、ジュエルシードの回収の方もないがしろにする訳にはいかない。そこでもしもの時に備えて君にもそれ相応の武装をして貰う事にした。とりあえず、これを受け取ってくれ」「あの……これは?」「とりあえず開けてみれば分かる。一応それなりに君の背格好を考慮して購入した物だが、私もこの世界の武器には疎いのでな。しっかりと手に持って確認して貰えるとありがたい」「あっ、はい。それじゃあ失礼して……」苦笑いを浮かべるトーレさんの顔色を窺いながら私は机の上に置かれたアルミ合金製の小さなケースを受け取った。そのケースというのは凡そB4サイズの画用紙ほどの面積を持つ長方形のケースで、その質感は何処か物々しい雰囲気を漂わせていた。側面には何か英語で色々な事が書かれていて、中でも一番目を引いたのが大文字で大きく刻まれた『AMT』という刻印だった。これも何かバルディッシュと同じようなとんでもびっくりな魔法アイテムの一つなのだろうか、私は一瞬だけそんな気持ちになったが……徐にそのケースを開いた瞬間、直ぐにその認識を改めた。其処に入っていたものの正体、それはどこまでも身近な武器であり、凡そこの国では持つことが許されない人を傷付ける為の兵器だったのだ。拳銃、そんな単語が不意に私の頭の中を過ぎる。凡そこの国では持ってはいけないもの、しかしゲームや映画といったメディアでは極々普通に登場する私でも知っているようなこの世界切っての武器だ。当然私のような子供でもどんな物かという事くらいは知識を持っているし、それがどんな用途で使われるかというのも大体の人間が知っている。人を傷付ける為、人を殺す為、人を再起不能にするため……それが拳銃という兵器の役割である事くらい誰だって知っているものなのだ。そしてそれが今私の目の前にある、一応アルハザードでアリシアに一度拳銃を向けられた事はあったけれどこうして生で本物の拳銃を見たのは私も初めてだった。一体なんでこんな物騒な物を、私はそんな風に思いつつもケースの内に佇むクロームシルバーの小さなそれを手にとってよく観察してみる事にしたのだった。それは本当に小さな拳銃だった。映画とか漫画で出てくるような大きくて威力のあるようなものではないけれど、逆に小柄で無骨な所が強固さと形態性をアピールしているようにも見える。大きさは凡そ私の掌でもしっかりと握れるくらい小さく、漫画や映画の事を思い出しながらグリップに手を掛けてみると冷たい鉄の質感が掌の中に伝わってくるようだった。しかし此処は日本の小さな喫茶店であり、当然何時までも出していて良い物ではない。私は急いで手の内に握っていたそれをソッとケースの内に戻し、そのまま蓋を閉める。本物、間違いなく私は今本物の人を殺す武器を手に取っていた……そんな風な焦りと妙な高揚感を胸の中で燻らせながら。私は慌ててトーレさんの方を向き直り、説明を求める為に言葉を投げかけるのだった。「こっ、こんなもの……一体何処から!?」「すまん、驚かせてしまったかな? それはこの世界のアメリカとかいう国で作られた質量兵器だ。確か名前はバックアップ、だったかな? この世界では割とポピュラーなものだと聞いて知り合いに手配して貰ったんだが……何か拙かったか?」「拙いも何も銃刀法違反ですよ、これ! 確かに世界的に見ればポピュラーかもしれませんけど、少なくともこの国じゃ持ってるだけで警察に捕まっちゃいますよ」「そっ、そうだったのか? それはすまないことをした。だが、それでも受け取って貰わねば困る。確かに私の世界でもそういった実弾を使用する兵器はご法度とされていて一般人は持つことは許されないんだが、君を襲ってくるかもしれない連中はそんな物でも持たなければまともに対処すら出来ん連中だ。下手をすれば持っていても歯が立たないかもしれない。多少この世界の法にも触れてしまうかもしれないが、其処の所は勘弁して貰えないか? これは私にしても、それに君にしても命に関る問題なんだ」真剣な表情を浮かべながら、付き返そうとしている私をやんわりと制止するトーレさん。その口調は何処か重々しげで、そして本当にヤバイ物なのだって言う所を何処か揶揄するように非情に危機感を孕んだものだった。確かに拳銃という物がこの国においてどれだけ拙い物なのかっていうのは私も分かっている。連日こうした物の不法所持で捕まる人なんて後を絶たないし、それによって引き起こされる事件の犠牲者なんてそれこそ午後のニュースに一度くらいは流れる程に頻発している。一昔前なんて怪しい宗教団体や赤軍派と呼ばれる共産思考の過激派が度々テロ紛いな事件を引き起こす為にこうした拳銃を用いたというのもよく聞く話だ。そして年々警察の人もこうした物を持たないように強く取り締まっているし、それによって逮捕される人の数も年々増しているのだとメディアではよく言われている。まあ私は確かに自他共に認める社会の最底辺に位置するような人間なのだろうが、それでも流石にこの歳で警察のご厄介になりたいとは思わない。本当なら早くこれを突き返してまた別のものを頼んだ方がいい、私はそんな風に考えて……其処で思考を切り替えた。確かに普通の人間が考えればこの目の前のケースに入っているものは物騒極まりないものなのかもしれない。だけど今私が遭遇している事態はとても普通の一言で片付けられるようなものではなく、それどころか私自身も一度は命の危機に瀕するまでに追い詰められた非常に危険な物なのだ。確かに私にはバルディッシュもあるし、“遮断”の力もあるから対処できない事は無いといえばそうなのかもしれない。しかし、現実的に考えれば此処で多少非合法だとしても拳銃というカードを自分の方に付けたほうがより活動の幅は広がる筈だ。何せ拳銃というものは突きつけるだけでも抑止力になりえるものだし、不意を付いて一点を穿てばそれだけでも相手の行動を封じる事もできる。後は使用する本人の問題になるが、これも魔法の練習と同じでアルハザードで訓練すれば真直ぐ銃弾を飛ばせるようになる位にまでは付け焼刃で何とかなる。それに他の人間に私が狙われる恐れがあるのだとすれば、何時でも持ち運べる武器というのは大きなアドバンテージにもなる。幸いこのケースの中に入っていた物は子供の私でも難なく使えそうだと思わせるぐらいに小さかったし、スカートの間に挟むかポケットに入れるかすれば学校にだって持っていく事も可能だ。此処は素直に受け取っておくのが吉というものだろう、私はそんな風に最終的な結論を自分の中で纏め上げると素直にトーレさんが突き返してくるケースを両手に持って受け取り、改めてこれを所持する事をトーレさんへと宣言するのだった。「……分かりました。本当はこういう物を持つのは嫌だけど、今は受け取っておくことにします。だけど、出来ればこれを私に他の人に向けさせないでください。そうなる前に……お願いします」「ふっ、承知した。私だって君のような子供に人殺しの汚名を着せるほど非情な人間ではない。そんな業を背負うのは私一人で十分だ……。しかし、いざとなれば迷わず撃ってくれ。それには9mm口径の弾が最大六発入る。詳しい取り扱いに関しては説明書を翻訳して中に入れておいたからそれを見てくれれば問題ないが、撃つか撃たないかという事に関してはもはや覚悟の問題だ。私もなるべく君にそれを撃たせないように心がける、だがもしも私に何かあった時は……君も迷わず引き金を引いて逃げてくれ。まあ、早々そんな事態にはならんだろうがな」「……分かりました。その時は、私はそれなりに覚悟を決めます。だけど本当にお願いしますね? 私、喧嘩とかそういうこと……全然した事無いんですから」「あぁ、任せておけ。こう見えても私はそれなりに強い、並大抵の連中ならばまず負ける事は無いさ。だから君もそんなものを持ったからと言ってそう気張る事も無い、君は君らしく何時ものように振舞っていればいいさ」一応気弱という設定で通っている以上お淑やかを気取るほか無い私の態度にトーレさんは優しくそんな風な事を言いながら微笑みかけてきてくれた。それは何処までも説得力があり、何処までも心強い返答だった。何せトーレさんは私を食い殺そうとしていたあの暴走体をバイクに乗りながら倒すような人だし、強いという言葉も単なる自画自賛で無いことは私もよく分かっている。それに彼女は私の命の恩人だ、例え表面的には取り繕っている私でも其処の部分は本当の意味で信頼もしている。しかし、信頼しているからこそ逆に面倒な事になりそうだ……私はそんな事も同時に明るく取り繕った表情の裏で危惧していた。彼女が強いという事はそれだけ私のこれからの行動が大きく制限されるという事にも繋がってくる、そんな風に私は考えていたからだ。並の人間ならば負けることは無いと自負しているトーレさんだが、その中には当然私のような人間も含まれるのだろうし、この自信の程から見ても既に何人も同じような人間を相手にしているというのは明白だ。つまり仮に私が魔法が使える人間という事がバレて敵対する事になった場合、寸分に一つも私に勝機は無いということになる。今後の動向に関してはアリシアともきっちり相談して上手く立ち回る必要がありそうだ、私は心の中でそう呟きながら手にしたケースを自分の席の脇に置いてこの思考に切をつけたのだった。するとトーレさんはそんな私の様子にもう一度だけ「苦労を掛けるな」とねぎらいの言葉を掛け、その場にそそくさと立ち上がって帰り支度を始めた。私が「もう帰ってしまうんですか?」と聞くと、トーレさんは「また一度組織の方に戻らなくてはならないんだ」と苦笑気味にそう切り替えしてきた。何でもトーレさんはあくまでも中間管理職のような立場に居る人間であり、常に自分の意思だけで行動を決められるような権限は持っていないのだそうだ。今回の件に関してもそれはまた同じなようで、私に条件を提示した結果どういう反応が返されたのだとしても一応は報告に戻らねばいけないのだという。本当に難儀な話だと私は思った、しかしその大半が私が無理を言った所為だという事を考えると私は何も言えなかった。本来私がこんな風に我が侭を言わずにいればトーレさんだってこんな苦労を背負わなくて済んだのだろうし、彼女としてもこんな子供に拳銃を渡すような真似をしなくても良かった筈なのだ。やはり私の自分勝手がここでも迷惑を掛けてしまっている、私はとりあえず「ご苦労様です」と当たり障りの無い言葉をトーレさんへと投げかけながら少しだけこんな自分に自己嫌悪しつつ、机の上に千円札を置いて去っていくトーレさんの後姿を見届けるのであった。「しっかし、拳銃かぁ。確かに出来れば欲しいとは思ってたけど、まさか現物が手に入っちゃうとは……。世の中物騒だね、本当にさぁ」『確かこの国だと持ってるだけで法律に触れちゃうんだっけ? やっぱりあのトーレって人ちょっと怪しいよ。おまけになのはお姉ちゃんを囮に使おうだなんて……』「いやまあ、確かに怪しい人ではあるけど悪い人じゃないよ。態々自分の都合も無視して得体の知れない私を協力者にしてくれた位だし、寧ろ御人好しって言ってもいいんじゃないかな? あの人はアリシアが思ってるほど器用な人じゃないと私は思うけどなぁ……」『だけど丸侭信用って言うのもどうかと思うけど……? 人間の心なんて傍から見ただけじゃ分からないものだし、仮にもこういう物を渡してくるような組織の人なんだから余計に御腹の中に何を抱えてるか分かったものじゃないよ。現になのはお姉ちゃん自体が内心真っ黒な人な訳だし……』最後の一言は余計だよ、と笑顔ながらも怒気の籠った声でアリシアへと注意する私。その二秒後には「ひぅ!?」と情けない声をあげて黙ってくれた所を見るに、アリシアも自分の言った事がどういう風に返って来るのかという事を良く熟知しているようだった。別に私自身自分が腹黒い事を気にしているという訳ではないのだが、みなまで言われるとこちらとしてもあまり聞いていて気持ちが良いものではない。それにアリシアの教育的な面から見ても実質私は彼女の保護者みたいなものなんだから、最低限人に言って良い事と悪い事の区別くらいは付けさせるべきだろう。とりあえず私はそんな風に考えながら先生の真似をして笑顔で怒るという事を実行に移してみた訳なのだが、これがどういう訳か中々に効果が在った。これからアリシアが余計な事を言った時はこういう対応を取ろう、私は心の中でそんな風に思いながらまた一歩前へと歩を進めるのだった。現在私はトーレさんから受け取ったケースと一度家に戻った際に回収してきたアリシアことジュエルシードを持って人気の無い裏山に足を踏み入れている。本当は私もこんな何がいるのか分からないような場所に足を踏み入れるのは嫌だし、そもそも山登りなんていう難儀な事はしたくは無かったのだけれど……現状この法治国家日本で拳銃をまともに撃てるような場所が住宅地にある訳も無く、仕方なく私はこうして地道に山を登って適当な場所を模索しているという訳だ。拳銃を撃つ、という事に関しては私も色々と抵抗感があった。今までは魔法という何処か常識外れな力を振るっていた所為であまり誰かに暴力を振るうというイメージが湧かなかったのだけれど、今手にしているケースの中に入っているそれは下手をすれば一発で人を死に至らしめてしまう本物の武器なのだ。当然私のような子供が玩具感覚で扱っていい物ではないし、トーレさんにも言われた通り引き金を引くにはそれ相応の覚悟という物を決めねばならない。だから私としてもなるべく使いたくは無かったし、こうして態々街外れの裏山まで足を運んでまで試してみようとも思わなかったのだけれど……「これも魔法と一緒! 練習しなきゃ駄目!」とアリシアに駄々をこねられて渋々試し撃ちをしに来たという訳だ。まあ確かに最終的に何処かで使う必要があるのならばいずれこういう練習も必要になるんだろうけど、それならせめてアルハザードに行ってからやればいいのにと思う私なのだった。「はぁ……ダルいよぉ……。やっぱり多少匂いを我慢してでもマンホールの中で撃つべきだったよ。『NOIR-ノワール-』の霧香みたいにさぁ」『でもそれも嫌だって言ったのもなのはお姉ちゃんだよ? 服に臭い付くから~って』「まっ、まあそうなんだけどね……。あの臭いはちょっと尋常じゃなかったもん、本当に。多分並大抵の消臭剤じゃ押さえきれないね、あの臭いは」『そうと分かればほら、歩こうなのはお姉ちゃん。ファイト、だよ!』自分は歩かないからいい癖に、私は心の中で大人気ない愚痴を零しながら申し訳程度に舗装された山道を登っていくのだった。拳銃という物を扱う手前注意しなければならないのは、よくドラマや漫画の中で度々出てくるような銃声や誤射だ。拳銃の銃声というのはテレビなんかを見ている限りそれなりに遠くまで聞こえる物らしいし、練習をしている最中に誤って人を撃ち殺してしまったなんて事になったらそれこそ目も当てられない。だからこそ私はそういう心配の無い場所を私の行ける範囲で色々と模索していたのだが……騒音も気にならず誤射の心配も無い場所となるとかなり場所が限られてくる。だから私はとりあえず自分の持てる知識の範囲で拳銃を扱うアニメや漫画で主人公達が使っていたような場所を試していたのだが、そのどれもが空回りで終わってしまっていたのだ。アニメ『NOIR-ノワール-』では殺人代行人のミレイユが主人公である霧香の射撃の腕前を見る為に下水道に的を作って銃の練習をしていたけれど、日本の下水道では臭いがきつ過ぎてそれどころではなく結局ボツ。漫画『ガンスリンガー・ガール』や『ガンスミス・キャッツ』では専用の施設を使って主人公達が銃を撃っていたけれど、日本にあるような施設では当然私のような子供が出入り出来る訳も無くやっぱりボツ。プレーステーション2のノベルゲームである『Phantm ~Phantm of inferno~』の第二部では主人公であるツヴァイこと吾妻玲二が丁度私くらいの年頃だと思われるヒロインであるキャル・ディヴェンスに廃棄された工場のような場所で銃器の取り扱いを教えていたけれど、そんな都合のいい廃墟がこの辺りにある訳も無くこれもボツ。その後も私は考えられる案を色々と上げはしたのだけれど結局全部実行不可能ということが分かり、最終的な妥協案で仕方なくこの街外れの裏山を試射の場所に選んだという訳だ。幸いこの裏山は滅多に人も訪れないし、住宅街ともかなり離れているから多少騒音があったところで誰も気付きはしない。まあ尤もその御蔭で其処に辿り着くだけでかなりの時間を有してしまい、現在時刻が既に五時をオーバーしてしまっていているのだが……どうせ家に帰ったって注意してくるような人間はいないのだから気にすることは無い。というかそういう風に思っておかねば割に合わない、私はいい加減悲鳴をあげつつある自分の身体を必死で動かしながら前へ前へと歩を進めていくのだった。「はぁはぁ……。この当たりまで来ればいいかな? どうせ此処じゃ人も来ないし、騒ぎにもならないでしょ?」『う~ん、大丈夫なんじゃない? でも一応念のために向こうの茂みの方まで移動しておいた方がいいよ』「うん、分かったそうする……。はぁ、やっぱりアルハザードでやった方が効率よかったんじゃないの? もう二度と山は登りたくないね、私は」『確かにやろうと思えば出来ない事も無いけど、魔法と違ってこの手の武器はイメージだけじゃ如何にもならないからね。アルハザードはあくまでなのはお姉ちゃんの”夢“であって現実って訳じゃないから、身に染み込ませて覚えるような事はやっぱり現実の世界でやった方がいいんだよ。まあ何にしても、お疲れ様なのはお姉ちゃん』アリシアのささやかな励まして適当に相槌を打った私は、最後の力を振り絞って近くの茂みの方まで入っていくと其処でゆっくりと地面に腰を降ろした。もう拳銃を撃つだの撃たないだの以前にもう少し改善するべき事があるのではなかろうか、私はほんの少しだけ運動しただけで既に息が上がってしまっている自分自身を振り返りながら軽く深呼吸を何度か繰り返して息を整える。しかし、呼吸を整えてある程度落ち着いた私は本当に寸分の迷いも無くその思考を忘却の彼方へと葬った。体力任せの根性主義というのはそもそも私の性分じゃないし、今更体力の事を言った所で一朝一夕で改善できる物でもない。それにどうせ実行しようとした所で三日どころか三十分ともたない私のことだ、直ぐにへばって投げ出してしまうに決まっている。体力云々の事に関してはもう一生改善出来ないだろう、私は自分の中で改めてこの件に関して諦めを決意しながらもう二度とこんな事はかんがえないようにしようと強く自分に言い聞かせるのだった。「さぁて……っと。それじゃあ、始めるかな」『なのはお姉ちゃん、もう大丈夫なの? もう少し休んでおいた方がよくない?』「何時までも何時までも休んでるだけじゃ夜になっちゃうよ。もう大分陽も傾き始めてるし、今の内にやり始めておかないと最悪帰るのも九時過ぎになっちゃうだろうしね。さっさとやって、さっさと帰るさ」『おぉ~っ、なんか男前だね。今日のなのはお姉ちゃん、何時もよりもちょっとだけカッコいいよ!』果たして男前なりカッコいいなりと褒め言葉と受け止めていいのか否か、私はそんなどうでもいいような事を考え苦笑しながらもトーレさんから受け取ったケースを手繰る。アルミ合金製で造られた物々しいケースは相も変わらず何処か禍々しい雰囲気を醸し出していて、明らかにこの場に似つかわしく無い物であるという事を私に示しだしてくる。これがまだ精巧に作られたモデルガンだとかエアーガンとかであってくれるのなら扱う私としても気が楽なのだけれど、物が実銃であるというだけに感じるプレッシャーというのも尋常な物ではなかった。人を一人殺せるだけの武器を持つという重み、そして魔法という異質な力とは違ってはっきりと物が分かっている兵器の暴力性……どちらも普通日本の小学生が背負わなければならないようなものではない。そりゃあ奮戦地域とか一部の軍事国家では今でも少年兵等という物も存在しているらしいし、世界中のどんな子供でも背負う筈の無い物であるとは言い切れないけれど、少なくとも私にとっては十分重苦しいものを感じられるだけのそれをこのケースの中身は持ち合わせていた。でも使わなければ私が死ぬんだ、私は今更竦みそうになっている自分を自ら叱咤し、ケースを翻してロックを解除する。確かに暴走体だけ相手にするのであれば魔法だけでも十分なのだろうし、こんな拳銃が一丁あったところで焼け石に水にだろう。拳銃という武器は確かに対人の兵器としては有能な物だ、当たれば人も殺せるし、それ以外にも鍵を壊したり遠くにあるロープを切ったりと使い道は幾らでもある。だけどそれはあくまで人や物を相手にした場合であって、あんな化け物を相手にするのならもっと大きなライフルや大口径の拳銃が必要になってくる。とてもじゃないけどこの拳銃一丁だけではあの化け物は倒せない、それは私も一度その化け物の所為で死に掛けているから身に染みてよく分かっている。だけど私の敵はそんなジュエルシードの暴走体だけじゃなく、自分と同じ人もいるかもしれないのだ。私だって出来れば人を殺したくなんか無い、だけど私が殺されるかもしれない状況になったら……やっぱり私は死にたくないから人を撃たねばならなくなる。それにもしも、本当に最悪の場合……先生に危害が及ぶような事があれば私は迷わず引き金を引かねばならなくなってくる。そうなった場合当たらなかったでは済まない、下手をすればその瞬間の一発が大きくその後の運命を分けることになるかもしれないという事にもなりかねない。そう言ったいざという時の為にもやはり此処は怖気づいてもいられない、そんな風に改めて自分の置かれている立場を再度認識し直した私は一度その場で深呼吸をして自分の気持ちを落ち着けながらゆっくりとケースを開いていくのだった。ケースを開け、改めてその中を確認してみると其処には実に様々な物が詰まっていた。何に使うのかも分からないような鉄製の器具、側面に英語で『フェンデラル 9mmショート』とプリントされたプラスティック製の小箱、漫画なんかでよく見かける弾倉と呼ばれる長方形の小さな部品、恐らくは取扱説明書であろう手帳大のマニュアル、そして件のクロームシルバーに光る小型の拳銃。凡そどれを取ってみても本来の私の人生からは無縁そうな品物で、正直やはり見ていていい気分ではないと私は思った。こんな小さな物が人の命を奪うのか、そんな自然な感想が私の脳裏を過ぎる。別に私だって拳銃自体が嫌いだとかそういう訳じゃない。こういう物を使ってバンバン敵を倒していくようなゲームは大好きだし、ブルース・ウィリス主演の『ダイ・ハードシリーズ』やキーファー・サザーランドが刑事役をやっている『24 -TWENTY FOUR-』等といった映画も先生の影響で進んで見たりもしている。そういう時主人公達が血を流しながらも銃を構えているシーンは思わず手に汗握っちゃうし、私だってちょっとだけ憧れていた様な節も確かに在った。だけどそれも所詮はフィクション、現実でこうして私の目の前にあるそれはやっぱりどう取り繕っても人を撃つ為の道具でしかない訳だ。こんな歳で殺人犯の汚名を被る様な事にだけはなりたくない、私はこれを使う時は本当に追い詰められた時だけにしようと心に誓いながらそっと箱の中からマニュアルと拳銃を掴んで彼是と操作をし始めるのだった。『へ~これがなのはお姉ちゃんの拳銃かぁ……何だかごつい感じだね』「まぁね。だけど拳銃なんて大体こんなものなんじゃないの? 良くは知らないけど。えっとなになに……弾倉に銃弾を込めて、それから……」『弾倉をグリップの処の穴に差し込んでからスライドを引いて初弾を装填、だよ。一応なのはお姉ちゃんの世界の武器を調べる過程でやり方も何となく憶えたからマニュアルを見なくても私が教えてあげるよ。なのはお姉ちゃんは私の言う通りに手を動かして』「うっ、うん。えっと確か映画では……この箱の中に……」弾が入っていたはず、そんな台詞を吐き出す前に私は箱の中に付属されていたプラスティック製の小箱を手にとってそれを開ける。すると其処には私の予想通り縦にならびに陳列された弾丸が数十発ほど入っていた、どうやら私の知っている知識も案外無駄な物ではないという事らしい。私はマニュアルを自分の脇に置き、代わりにケースの中から弾倉を取り出しながら頭の中に響いてくるアリシアの知識を元にそれ等を本格的に操作し始める。まず小箱の中に入っている弾丸を数発手に取った私は、それを一発一発丁寧に弾倉へと込めていく。映画『ラストマン・スタンディング』で主人公のジョン・スミスもこんな風に弾を込めていたけれど、どうやら原理はこの銃も同じようでその真似事をするように実行してみた所、計五発の弾丸は問題なく小さな弾倉の中へと収まってくれた。初めてにしては中々いい滑り出しではないだろうか、私は自分の事をそんな風に自画自賛しながらアリシアに言われた通り拳銃の台じりの所に開けられた穴に納めて行き、スライドと呼ばれている銃のカバーになっているような部分を力いっぱい後ろに引っ張った。すると私の手の内の拳銃からジャコッ、という歯車がかみ合ったかのような機械的な音が発せられ、この銃が撃てるような状態になったという事を私に示しだしてきた。これでようやく撃つ事が出来る、私は頭の中でそんな風に考えながら誤って銃口がこっちを向いてしまわないように気を付けつつ徐にその場に立ち上がる。これで後はとりあえず撃ってみるだけ、私は頭の中に響く「頑張れ~!」というアリシアの温かな声援を聞き流しながらゆっくりと手にした拳銃を構えてみるのだった。右手でしっかりとグリップを握り締めて、掌の中に感じている出っ張りを強く銃に押し付ける。この銃はどうやら普通の銃とは違ってグリップ・セーフティというグリップの出っ張りを押し込まないと銃弾を発射できない構造を兼ね備えているらしく、漫画やアニメで見るような軽快な連射には向かない造りをしているようだった。だけど普段から隠し持つ事を考えるとこういう造りの方が暴発の心配も無さそうだから逆に気軽だ、私はそんな風に頭の中で考えながら銃を握った右手を覆うように残った左手をゆっくりと添えていく。途端私の掌の中で冷たいステンレスの感触がより一層強くなり、嫌な汗を全身に伝わせてくる。アリシアは「肘を伸ばしながらリラックスして」なんてアドバイスをくれているけれど、正直そんな言葉は私の耳には入ってきていなかった。今自分が何を持っていて何をしようとしているのか、それを処理するだけでも頭がいっぱいだったからだ。自分が手にしているのは人を殺す道具で自分は今一歩間違えば人を殺すような真似事をしている、そんな風に考えるだけでも私は自分で自分のしていることが急に恐ろしくなった。確かに私だって今まで一度も喧嘩をした事が無い訳じゃないし、寧ろ人を傷付けた回数で言えば並みの人間よりは多いという事が出来るだろう。だけどそれはあくまでも子供基準での事であり、今私がしてる行為は傷付けられた子の心が如何とか御免なさいして許し合おうとかそんな倫理が通用するような生易しい物じゃないのだ。謝ろうが何をしようが人に当たれば間違いなくこの銃から発射される弾は人を傷付けるし、最悪死に至らしめる事だってあるかもしれない。しかも私は既に人に狙われているようなのだから遅かれ早かれこの銃を使わなければいけないような事態は必ずやって来るのだ。投げ出してしまいたいってつくづく思う、だけど既にもう此処まで首を突っ込んでしまった時点で選択の違いで如何こうなるような分水嶺は過ぎ去ってしまっている。撃って生きるか、撃たずに死ぬか……今の私の残された選択肢なんてこのくらいしか残されていない訳だ。だとすれば私がとらねばならない選択肢はどちらなのか、私は極限にまで切り詰めた思考の中でその選択の中から答えを導き出しながらゆっくりと溜息を中に吐き捨てながら、グッと銃を掴む手により一層力を込めるのだった。『一発だけ。今日なのはお姉ちゃんが撃てばいいのはこの一発だけ。そう考えれば気持ちは楽になるでしょ?』「うん、一発……。撃てばいいのは一発だけ……」『その調子だよ。それじゃあ、そのままゆっくりと向こうの木の方を向いて。あの大きくてしっかりと根のはったアレだよ。ゆっくり、本当にゆっくりでいいから身体ごと銃口をそっちの方へ』「あれ、だね? これで、よし……っ!」アリシアの言われるがままにその場から右に30度ほど身体を移動させる私。その手の内にはしっかりと握られた銃が構えられていて、何時撃ってもいいようにしっかりとホールドしてあるのが自分でもよく分かった。だけどまだ私は引き金に指は掛けていない、誤って撃ってしまうのが怖かったからだ。これが玩具じゃない以上「間違えちゃった」で自分を撃ってしまったなんて事態だけは絶対に避けたいし、御贔屓にしてるライトノベルの『学園キノシリーズ』でも撃つ寸前まで引き金に指は掛けるなってキノが言っていた気もする。まあ何にしても下手な誤射をするよりは安全も考慮して扱った方が良いだろう、そんな風な考えから来た行動だった。そして私はそのままゆっくりとアリシアに言われるがままに視線を動かし、大体10m程離れた場所にある大きな木に銃口を合わせる。拳銃っていうのはもっと重くて取り回しにくいものだとばかり思っていたのだけれど、私の手の内にあるそれは殆ど重さを感じさせない位に軽くて取り回し易い。大体500g位、下手をすればゲームのコントローラーより軽いかもしれないというのが私の正直な感想だった。だけどこんな軽い物が人を殺すのか、そう考えると途端に軽かった筈の拳銃が凄く重い様に感じられた。今は木だから良いかもしれない、だけどこれが人だとしたら……私は本当に撃てるのだろうか。自分の命を守る為、先生を守る為、トーレさんに迷惑を掛けない為、幾らでも言い訳は出来るけれどやってしまった事は取り返しが付かないというのがこの現実に置ける心理なのだ。出来る事なら私だって人を殺したくなんか無い、だけどもしも誤って撃ち殺してしまったら……そんな風に考えるだけでも身震いが止まらなくなる。幾ら偉そうな事を口に出して並べた処で私も所詮は小学三年生の子供だ、人の生き死にを真剣に考えられるような年ごろじゃない。そんな私が本当にこんな拳銃を持つ資格が在るのだろうか、しばしの間私はこの状態で硬直したままそんな事をずっと自問自答していた。でも撃たずに殺されるよりは撃ってでも生き延びたい、私はグッとより一層グリップを握る力を強めて右手の人差し指を引き金に掛けた。確かに私だってこの歳で殺人者になるのは嫌だし、警察の御厄介になる様な事も出来れば一生したくないとは思っている。だけど撃たずに傷つけられて一生後悔するよりは、撃って傷つけて後悔した方がまだマシという物だろう。撃たなきゃいけない時にはしっかりと引き金を引く、例えその結果どうなってしまったとしても……最終的に私が生き残って入れさえすれば世は事もなしだ。今までだってそうやって何でもすぐ諦めて来たから私は下へ下へと落ちて行ったのだ。殴られても殴り返さず、嬲られても黙ったまま、挙句度を越した仕打ちを受けても解決しようとするでもなくただただ耐え続けるだけ。そんな風に何でも妥協してきたから私は今までずっと虐げられる側の人間だったのだ、そして恐らくこれからもそんなどうしようもない自分は続いていく事だろう。だけど後先が無い状況になった時、私は果たして虐げられて殺される事を良しと思うだろうか。自分を殺そうと躍起になっている人達を目の前にしてむざむざこの身を晒そうとする事を私は許容出来るだろうか。否、そんな事が出来る筈は無い……私だって殺されるのは嫌なのだ。殺される前に撃つ、私は改めて自分の抱えるもやもやとした気持ちを払拭して手の内の拳銃の引き金に掛けた指に力を込めると、一度大きく深呼吸してそれを引くタイミングを計り始めるのだった。『肩に力じゃなくて、握る指に力を入れて。右腕を突っ張って、左手を引っ張るの。銃が安定してると思ったら、次は銃身の一番前に付いてる出っ張りを目標に合わせて』「……分かった。これでいいんだね?」『そう、そんな感じ。だけど力を込めるのは腕全体じゃなくてあくまでも手だよ。引き金を引く時は慌てずに絞る様に……撃って!』「ッ!!」ドンッ、という衝撃が私の手の内に響き渡った。手首を叩かれたかのような衝撃、そして耳を劈く様な銃声が一気に私の元へと押し寄せてくる。そしてその数秒後に訪れる静寂と、真鍮製の薬莢が地面へと落ちる音がそれに追従する。撃った、私は銃を撃ってしまった……その静寂の僅か数秒後、私は自分の手の内の拳銃から昇る硝煙を見ながら自分が何をやったのかという事を改めて思い知っていた。始めて銃を撃った感覚は何だか何とも言えない物だった。清々しくも無く、でもだからといって何かとてつもない様な罪悪感を感じるでもなく……ただただ銃を撃ったという事実だけがその場に残る様な何とも言えない感じ。身体をスッと何かが通りに抜けて行く様な、自分自身が空っぽになってしまう様なそんな感覚が残されるだけだった。だけどそんな不思議な感覚はそれほど長くは続かなかった。私が銃を構えながらぽーっとしている刹那、頭の中に「当たった……」というアリシアの淡白な言葉が響き渡ったからだ。そう、私の銃から撃ちだした9mm口径の小さな弾丸は私が狙いを付けた木の中央にしっかりと小さな弾傷を残していたのだった。それを見た瞬間、私は自分の身体からドッと溜まっていた疲労が流れ出て行くのを感じていた。今まで張り詰めていた緊張感、そして今まで感じた事の無い程の精神的な疲労がその木の弾傷を見た瞬間に一気に解けてしまったからだ。まあ所詮拳銃と言えども標的が木ならこんな物、そんな安心感が私の胸にどっと押し寄せてくる。初めは子供の私なんかが安全に撃てるのだろうかと心配もしていたのだけれど、よくよく考えればアリシアの様な子だって撃っていた訳だし、正しい撃ち方をすれば撃てない道理なんて何処にもない訳だ。それに撃ち終わってみた感想は別段大した物ではなく、案外淡白な物だったというのもこの安心感に拍車を掛けていた。映画や漫画なんかだと一々描写を入れて撃ち終わった後の表現を大袈裟にしているけれど、実際にこうやって銃を撃ってみると本当に事は数秒で済んでしまっている。構えて、照準の合わせて、引き金を引く……結局はこんな単純な行動の結果が銃を撃つという事なのだ。拳銃というのも意外と大した物じゃない、私は心の中でそんな風に思いながら自分の中での拳銃という物に対する価値観を改めるのだった。「ふぃ~……案外普通だったね。これなら私にも十分扱えそうだよ」『流石なのはお姉ちゃん! 魔法だけじゃなくてこっちの才能もあったみたいだね。それじゃあ弾倉に残った後四発、全部撃っちゃおうよ!』「まあこんな才能があっても微塵も嬉しく……って、えぇ!? さっき一発だけって言ってたじゃん!」『それはあくまでも心構えだよ、心構え。今更此処まで来て本当に一発だけ撃って帰っちゃうっていうのもなんかもったいないし、もう弾倉に弾丸は込めちゃったからね。いっそのこと全部撃ち尽くしちゃった方が安全だと思うけど?』何処か小悪魔的なアリシアの物言いに「確かに……」と少しだけ共感を覚えながらも、私はもう一度先ほどの構えをし直す。確かに下手にこの状態のまま放置して暴発でもしたら事だろうし、危険の度合いを考えたら撃ち尽くしてしまった方が安全だろうとも思う。だけど何だか乗せられた感じがして癪に障る、私がどこか釈然としない自分の気持ちを仕方が無いと宥めながら一度離した指をもう一度引き金へと掛けた。初めは一発だけでも精一杯って思ってた、だけど一発撃ってみた感想としてはこれならばとりあえずは数発撃っても大丈夫そうだという風に私は感じていた。まあだからと言ってこんな物で撃ち合いを繰り広げたいなんて微塵も思わないのだけど、とりあえず練習というだけなら撃ってみても良いという風にも私は思った。先ほどの事を思い出しながら私はもう一度構えを作り直し、フロントサイトと呼ばれる銃身の先に付いた出っ張りに目標を合わせながら軽く深呼吸をする。肩の力を抜いて腕全体よりも手に力を集中し、そして一思いに引き金を引く。次の刹那私の耳元でもう一度あの劈く様な銃声が静かに響き渡ったのだった。ドンッ、ドンッ、と続けざまに響き渡る銃声とカンッ、カンッとそれに連動するように落ちてゆく薬莢。それはもう私にとって殆ど退屈なゲームをする様な感覚だった。ただただ単純な作業を繰り返すだけ、そしてその結果として現れるのは目標に当たるという事実のみだ。そんな単純な作業を計四回、拳銃に込められていた銃弾を全て撃ちつくすまで私は構え、狙い、撃つというサイクルを繰り返した。二発、三発とその度に私の手の内の銃が忙しく動き回り、スライドを後退させながら硝煙をまき散らし、銃口から弾丸を吐き出していく。そして吐き出された弾丸は真っ直ぐに的である大樹へと撃ち込まれ、その弾丸が当たったという事を私に知らしめてくる。何処までも単純、そして何処までも淡白な現実だけが私の視界の中で忙しく動き回る。当たるというその事実を除いては他に何か感慨が湧く様な事が起こる訳でも無く、最初の様な怯えも殆どない。コツさえ掴んでしまえば然程大した物でも無い、私はガキッとスライドが後退したままの状態になった自分の拳銃を見ながら何となく興醒めにも似た感覚を胸に抱いたのだった。「これでラスト、っと。何だか拳銃ってもっとバンバン撃ちまくる様な物だって思ってたけど、どうにもそういう訳じゃないみたいだね」『まあその拳銃はあくまでも護身目的の物らしいからそんなに気にする様な事でも無いんじゃないかな? どうせなのはお姉ちゃんだって普段から使おうなんて思ってないんでしょ?』「そんなの当たり前だよ。幾ら撃てるって言ったってこの国じゃあ持ってるだけで犯罪なんだもん。私だってこの歳で警察に捕まりたくなんか無いよ。それじゃあ、そろそろ帰ろうか。もういい加減辺りも暗くなってきたしね」『そうだねぇ、後数十分もすればこの辺りも真っ暗になっちゃうんじゃないかな? なるべく早めに立ち去った方が良いかもね』言われなくてもそうするよ、私はそんな風にアリシアへと返しながら後退したままで固まっているスライドを元に戻し、辺りに散らばった薬莢を拾い始める。木に突き刺さった弾丸は仕方ないとしても、この国では空薬莢が見つかっただけでも世間を騒がす大事になりかねない。まあ既に銃を撃っている時点でもう犯罪なのだけれど、私もなるべく明日の新聞の記事を飾る様な真似だけはしたくは無い。幾らこの辺りが滅多に人が来ない場所だとは言っても用心に越した事は無いだろう、私はそんな風に考えながら五個の空薬莢をしっかりと回収し、それをポケットへとねじ込みながら帰る支度をし始めるのだった。手の内の拳銃をケースの中に収め、地面に散らばった小箱やマニュアルをそれに追従するようにケースの中に放り込んで蓋を締める。一々こんな風に色々な事に気を配らなきゃいけない分魔法よりも面倒臭い道具だ、私はケースの鍵を閉めて小脇に抱えながら何となくそう思った。魔法という物は証拠が残らないが拳銃という物は薬莢や硝煙といった実物的な証拠がその場に残ってしまう。それに威力の面に関してもサンダースマッシャーやフォトンランサーと比べれば微々たるものだし、効率の面から考えてもあまり常用する必要は無いとも思う。せめてこれがライフルだったりマグナム弾を使用する拳銃であるなら話は別だけど、そんな大きな物になって来ると常備しているという訳にもいかなくなるし、第一私の様な子供に扱えるかどうかも分からなくなってくる。一応用心の事も考えて普段から持っておく事にはするけどあまりジュエルシード集めには役に立ちそうにはない、私は最終的にそんな評価を下しながらそそくさとその場を後にするのだった。『さぁて、帰ったら今度は魔法の練習だよ! 今日はバインドの魔法を教えるからそのつもりでいてね』「えぇ~!? せめて今日ぐらいは練習なしにしようよ。私もうクタクタだよぉ、主に歩き疲れて……」『だ~め、一日でも気を抜いちゃうと直になのはお姉ちゃんはダレちゃうもん。こういう事は毎日の積み重ねが大事なんだよ!』「まぁそうは言うけどさぁ。私だって―――――ッ!?」明日も学校なんだから勘弁してよ、私はそんな風に言葉を紡ぐつもりだった。だけど、私はどうしてもその言葉を二の句として繋げる事が出来なかった。何時だか感じた様な悪寒、アリシアと初めてコンタクトを取った時の様な怖気が全身を駆け巡ってきたからだ。しかもあの時の物とは比較にならない程に強い、どこか近くにいるというのを感じさせるほどその怖気の具合は酷い物だった。ジュエルシードがこの近くにある、そんな予感が私の脳裏を過る。アリシアもこの気配に気が付いたのか「この感じは……」と意味深な言葉を紡ぎつつある。どうやらこのまま素直に家に帰る訳にもいかなそうだ、私は不意にそんな事を考えながら薬莢をしまったポケットを弄り、ジュエルシードと待機状態のバルディッシュを取り出すのだった。『なのはお姉ちゃん、ジュエルシードの気配! 凄く近くにある!』「分かってるよ。でも、このケースは何処に置いておけば……」『ジュエルシードで直接ケースに触れて。一時的に預かる位の事なら私にも出来ると思うから! それよりも今は現場に!』「……分かった。バルディッシュ、セット・アップ!」アリシアの言う通り、ジュエルシードをケースに触れさせて嘗てのバルディッシュと同じ要領で収納した私は徐にバルディッシュを起動させる。するとアルハザードでやった時と同じように私の服が何処か風変わりな黒い服へと変化し、先ほどまで何も無かった手の内に重々しい斧が顕現した。相も変わらず重苦しくて刺々しい武器だ、私は自分の手の内に収まったデバイスを改めてそんな風に評価していたのだが……直にそんな場合ではないと思い直して怖気のする方向へと駆けだしていく。私が初めて襲われた時は既に人が一人死んでいた、となれば今回も下手をすれば犠牲者が生まれる可能性だって否定は出来ないのだ。なるべく早く駆けつけて一刻も早くジュエルシードの暴走体を倒さなければ、私は胸の中に沸き立つ使命感にも似た感情を燻らせながら息を切らして山道の奥へと走っていくのだった。どうでもいい補足説明。また作者の発作が発動してしまい、リリカルで無い物が登場してしまいました。まあ常時使用する事はありませんが、一応スペックを……。モデル名:AMTバックアップ .380ACPモデル製造メイカー:アメリカ、AMT社口径:9mmショート、または9mmクルツ作動方式:DAO(ダブルアクションオンリー)全長:127mm全高:102mm善幅:24mm重量:470gマガジン:5+1素材:スチール、プラスチック(グリップ)。簡単な説明:殆どメディアに登場する事の無いマイナーな小型拳銃。オートマグを世に送り出したAMT社の作品でありながらも弾詰まりはあまり無く、安定した射撃が出来るのが特徴。一応作中でもチラッと名前の出たニトロプラスの作品『Phantom』のPC版で子供ヒロインであるキャルがこの銃を使用していた為、子供でも扱える……筈。