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No.15606の一覧
[0] 孤独少女ネガティブなのは(原作改変・微鬱)[ランブル](2010/04/02 18:12)
[1] プロローグ「きっかけは些細な事なの……」[ランブル](2010/03/15 14:33)
[2] 第一話「友達なんて必要ないの……」[ランブル](2010/03/15 14:36)
[3] 第二話「都合の良い出来事なんて起こりはしないの……」[ランブル](2010/03/15 14:43)
[4] 第三話「泣きたくても耐えるしかないの……」(いじめ描写注意)[ランブル](2010/01/23 17:32)
[5] 第四話「一人ぼっちの夜なの……」[ランブル](2010/03/15 14:52)
[6] 空っぽおもちゃ箱①「とある少女達の語らい」#アリサ視点[ランブル](2010/03/15 15:00)
[7] 第五話「出会い、そして温かい言葉なの……」[ランブル](2010/03/20 16:45)
[8] 第六話「変わる日常、悲痛な声なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/03/15 15:22)
[9] 空っぽおもちゃ箱②「誰かを救うということ」#トーレ視点[ランブル](2010/03/15 15:28)
[10] 第七話「これが全ての始まりなの……」[ランブル](2010/03/15 15:51)
[11] 第八話「現実と向き合うのは難しいの……」[ランブル](2010/03/15 16:00)
[12] 第九話「所詮理想と現実は別のお話なの……」[ランブル](2010/03/20 16:47)
[13] 空っぽおもちゃ箱③「欲しても手に入らないもの」#すずか視点[ランブル](2010/03/15 16:18)
[14] 第十話「護るべき物は一つなの……」[ランブル](2010/03/15 16:21)
[15] 第十一話「目的の為なら狡猾になるべきなの……」[ランブル](2010/03/15 16:25)
[16] 第十二話「何を為すにも命懸けなの……」[ランブル](2010/03/15 16:30)
[17] 第十三話「果たしてこれが偶然と言えるの……」[ランブル](2010/03/15 16:38)
[18] 空っぽおもちゃ箱④「打ち捨てられた人形」#フェイト視点(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:50)
[19] 第十四話「終わらせる為に、始めるの……」[ランブル](2010/03/15 16:39)
[20] 第十五話「それは戦いの予兆なの……」[ランブル](2010/03/20 16:44)
[21] 第十六話「月明かりに照らされた死闘なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[22] 第十七話「不安に揺らぐ心なの……」[ランブル](2010/04/02 18:10)
[23] 空っぽおもちゃ箱⑤「枯れ果てた男」#クロノ視点[ランブル](2010/04/19 22:28)
[24] 第十八話「それは迷える心なの……」[ランブル](2010/05/05 17:37)
[25] 第十九話「鏡写しの二人なの……」[ランブル](2010/05/16 16:01)
[26] 第二十話「芽生え始める想いなの……」[ランブル](2010/06/10 07:38)
[27] 第二十一話「憂鬱の再開、そして悪夢の再来なの……」[ランブル](2010/06/10 07:39)
[28] 空っぽおもちゃ箱⑥「分裂する心、向き合えぬ気持ち」#恭也視点[ランブル](2010/08/24 17:49)
[29] 第二十二話「脅える心は震え続けるの……」(微鬱注意)[ランブル](2010/07/21 17:14)
[30] 第二十三話「重ならない心のシルエットなの……」[ランブル](2010/07/21 17:15)
[31] 第二十四話「秘めたる想いは一筋の光なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/10 15:20)
[32] 第二十五話「駆け抜ける嵐なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[33] 第二十六話「嵐の中で輝くの……」(グロ注意)[ランブル](2010/09/27 22:40)
[34] 空っぽおもちゃ箱⑦「欠けた想いを胸に抱いたまま……」#すずか視点[ランブル](2010/09/27 22:40)
[35] 空っぽおもちゃ箱⑧「最後から二番目の追憶」#すずか視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[36] 空っぽおもちゃ箱⑨「Super Special Smiling Shy Girl」#セイン視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[37] 第二十七話「その心、回帰する時なの……」[ランブル](2010/10/25 19:25)
[38] 第二十八話「捨て猫、二人なの……」[ランブル](2011/02/08 17:40)
[39] 空っぽおもちゃ箱⑩「遠い面影、歪な交わり」#クロノ視点[ランブル](2011/02/13 11:55)
[40] 第二十九話「雨音の聞える日に、なの……」[ランブル](2011/04/18 17:15)
[41] 第三十話「待ち人、来たりなの……」[ランブル](2011/04/18 20:52)
[42] 空っぽおもちゃ箱⑪ 「殺されたもう一人のアタシ」#アリサ視点[ランブル](2011/06/05 21:49)
[43] 第三十一話「わたし達の時間、なの……」[ランブル](2011/07/03 18:30)
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[15606] 空っぽおもちゃ箱④「打ち捨てられた人形」#フェイト視点(グロ注意)
Name: ランブル◆b9dfffe8 ID:ba948a25 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/24 17:50
私は生まれてからずっと誰からも愛された事が無い、私ことフェイト・テスタロッサは自らの人生をそう振り返る。
今まで幾らでも努力は重ねてきた、喜ばせる為に、笑わせる為に、満足させる為に……私は泣き言も言わずに必死になって頑張ってきた。
にも拘らず、私に訪れる現実は何時だって非情で……それでいて理不尽な物ばかりだった。

別に私はそれほど多くの物を求めていた訳ではない、ただある人に愛されたかっただけ。
たった一人の肉親である“母さん”に私はただ普通の家庭にあるような温かな言葉を掛けて欲しかっただけなのだ。
私は“母さん”の為なら何でもやった、例えそれが悪い事だって分っていても、何時か私に優しい言葉と微笑を昔のように掛けてくれると信じて私は罪を犯し続けてきた。
盗みだってやった、散々人だって傷付けてきた、中にはその所為で命を落としてしまった人だって居るかもしれない……それでも私は止める事はしなかった。
ただ“母さん”が望む事を遣り通して、束の間の優しさに身を溺れさせたいが為に……私は幾らだってこの手を穢れさせてきたのだ。

だけどそれが間違いなのかもしれないと気が付いたのは此処最近、母さんの欲しがっている”ジュエルシード“というロストロギアに関わりだしてからの事だった。
この件に関りだしてから”母さん“は笑わなくなった、元々それ程笑みを浮かべてくれる人ではなかったけど……何時も以上に”母さん“は怖い顔を浮かべる事が多くなった。
いや、それだけではない……昔は笑って許してくれる筈であった失敗にも”母さん“は辛く当たるようになり、此処最近は私の身体に刻まれる生傷は次第に増える一方だった。
正直、辛かった……だけど幾ら私が泣いて許しを請うても“母さん”は許してはくれなかった。

少し思い出すだけでも私は胸が痛くなる、あの唸る鞭の音が私の頭の中で反響し、身体中に出来た古傷がその光景をフラッシュバックさせるのだ。
そしてその時の母さんの顔……あの凡そ親が子に向ける事などあり得る筈の無い狂気に歪んだその顔が一層私を怯えさせる。
だけど私は耐えようと思った、どれだけ酷い事をしてきたのだとしてもあの人は私のたった一人の“母さん”なのだから……きっと最後は私の事を愛してくれると信じていたから……。

でも、そんな私の淡い幻想はほんの少し前に起きたある出来事によって脆くも崩れ去った。
それは今から何日か前の日事だ、その日私は今まで回収してきたジュエルシードを“母さん”へと届ける為に一時“母さん”のいる時の庭園にまで足を運んでいた。
でもその時の私の状態と言えばジュエルシードの暴走体によってボロボロで、おまけに折角造って貰ったデバイスも半壊してしまっているという散々な状態だった。
だからこそ私は少しでもいいから“母さん”の声が聞きたかった、ほんの少しでいい……もう一度優しい声を掛けてくれたら私はまた頑張る事が出来るから……私はほんの少しの期待とそんな甘えを胸に抱きながらボロボロの身体を引きずって母さんの元まで会いに行ったのだ。

しかし結果はいつもと同じ、いや……何時も以上に酷い物だった。
たった数個しかジュエルシードを確保できなかった事に怒った母さんは何時にも増して激しく私を痛めつけてきた。
鞭、鋏、刃物……それは今まで私が受けてきたどんな仕打ちよりも酷く、元在った傷も相まってかまるで拷問のような苦しみが私に襲い掛かってきたのだ。
蚯蚓腫れが裂けて血が噴出すまで鞭で打たれ、抉るように刃物で裂かれ、気絶しそうになっても容赦の無い鋏の刺突の痛みがそれを許してはくれない。
もうこのまま死んでしまうのではないかと私は何度も思った、しかし”母さん“はそんな私が気に食わないのか死なない程度と加減をつけて私を痛めつけてくるのだ。
ないても許されない、哀願しても怒らせるだけ、気絶も死なせてくれる事もさせてはくれない。
そんな地獄のような時間の中で、私はただただこの身に降りかかる痛みを実が震えるほどの恐怖と言いようの無い理不尽に感じるばかりだった。

最初私はこの痛みも何時もと同じだと耐えようと思った、悪いのは自分なのだから……“母さん”を悲しませてしまった“娘”である私が悪いのだと必死に自分に言い聞かせて。
だけど……駄目だった、私は思わず泣きながら叫んでしまった「どうして母さんは私にこんなに酷い事をするの?」って。
もう自分でも苦痛と悲痛で頭の中が訳の分らない事になっていた、何時もの自分だったら耐えられたのだろうけど……もう精神的にも肉体的にも限界を迎えていた私にはそんなことを考えるだけの余裕すらも失われていたのだ。
私は続けて叫び続けた「私を愛して」って、「昔のように戻って」って壊れたラジオのように何度も何度も叫び続けた。
でも、そんな言葉すらも“母さん”には届かなかった……“母さん”はそんな私の叫びに対しただ一言「人形風情が賢しい事を!」と鬼のような形相で激怒したのだ。
その瞬間、私は悟った……あぁ、“母さん”は……いや、“この人”は私の母親じゃないんだって事を。

それから私はより一層その人に痛めつけられる筈だった、その為の人形として死ぬまで痛めつけられて……そしてボロ雑巾のように捨てられる筈だった。
だけど、幸か不幸か私はそうはならなかった……いや、寧ろ他人を巻き込んで犠牲を出してしまったと言う事に関しては不幸以外の何者でもないのだろう。
私が決定的な最後の一撃を好みに受けようとしたその瞬間、そんな私の様子をずっとドアの外で聞いていたアルフが私を庇ったのだ。
そしてアルフはその人に詰め寄り、私の事を指差し、泣きながら訴えかけたのだ。
そう、事の全ては……ここから始まったのだ。

「アンタはその子の母親で、その子はアンタの娘だろ! こんなに一生懸命な子に……こんなに頑張ってる子に……どうしてこんなに酷い事が出来るんだよ!!」

あの人の胸倉を掴みながら必死に訴えかけるアルフ。
その顔は私ですら見たことの無い、憤怒と憎悪に駆り立てられた鬼神のような怖い表情だった。
だけどあの人はそんな表情すらも物ともしないといった表情でただただ仕打ちに水を指されたのを不快だと言わんばかりに鼻を鳴らすだけだった。
そんな様子に憤慨したのか、アルフはまたあの人の胸倉を強く強く引き寄せては睨みつけるばかり……最早二人の間には私ですらもはっきりと分るほどの明確な亀裂が入ってしまっていた。

私は「止めて!」と声を出すつもりだった、だけど喉元に負った傷と痛みで朦朧とする意識が私にそれをさせてはくれなかった。
もしもあの時はっきりと私が声を掛けていれば何とかなったかもしれないのに、私はただただその光景を見つめ続ける事しか出来なかった。
そして次の瞬間、アルフの身体はあの人の手から放たれた簡易的な砲撃魔法によって弾き飛ばされてしまっていたのだった。

何度も地面に身体を打ちつけ、血みどろになるアルフ。
そんな姿を見つめ、私は酷く怯えた……ただこの状況が信じられなくて怯える事しか出来なかった。
今まで均衡を保っていたそれが脆くも崩れ去る瞬間、何かが決定的に私の中で壊れていく光景……それをただただ私は恐ろしいと嘆くほか無かったのだ。
そしてあの人はそんなアルフに近付きながら、見下したような視線を彼女へと投げ掛け、そしてまた砲撃魔法を掌の内で構築しながらゆっくりと言葉を宙へと吐き捨てた。
まるで私に見せ付けるかのように、その瞬間を私の瞼に焼きつかせるように……あの人はゆっくりとそしてはっきりと死の宣告を口にしたのだった。

「フェイト、貴方は使い魔を作るのが下手ね。余分な感情が多すぎる……」

「うぐっ……フェイトは……アンタの娘は……。アンタに笑って欲しくて……昔のアンタに戻って欲しくてこんなに……ぐっぅ……」

「……やはり駄目ね、欠陥品の作るものは何処までも欠陥品……そういうことね。いい、フェイト? よく見ておきなさい、もしも次に貴方がこのような醜態を私の前に晒すのなら……こういう風になるっていう事をね」

あの人は何の抑揚も無く淡々と私にそう言ってのけると、ゆっくりと手を動かし、砲撃魔法を構築していた手をアルフの前に翳した。
そして刹那に巻き上がるどす黒い紫色の閃光と、地面を揺るがすほどの衝撃が私の神経を刺激した。
私には何が起こったのか分らなかった、目の当たりにしている光景そのものが異質過ぎていて理解が及ばなかったのだ。
でも、その次の瞬間……私は信じたくは無いけれど信じるほか無い最悪の事態を目の当たりにすることになってしまった。
紫色の閃光が晴れ、母さんがつまらなそうに踵を返していってしまった後に残ったその場所には……グチャグチャになった肉の塊が其処に残っていたのだった。

私は腹ばいになりながらも必死でその場所にまで手を伸ばし、その肉へと触れた。
赤い何かでベトベトに濡れているそれは、まるで人肌のように生暖かく……それでいてこの世の物とは思えないほどの異様な臭いを漂わせていた。
初め、私はそれが何であるのか理解することが出来なかった……だってそうだろう、誰しも今の今まで其処で言葉を投げていた人間が次の瞬間には“こうなっていた”なんて受け入れられる筈も無いのだから。

私は赤い何かに塗れ、只管に放心する事しか出来なかった。
この肉の正体が何なのか私には分っている、だけどそれを理解したくない……理解なんか出来ないと言う自分の自尊心が最後の一線を思い止まらせていたのだ。
しかし、そんな私を前にしてもあの人は何処までも非情だった。
その次の瞬間あの人は私にこう言い放ったのだ、「次は貴方もそうなるのかもね……」と。
私はその瞬間に理解した、そしてそんなグチャグチャになってミンチ状の肉を必死でかき集めながら大声を上げて嘆いた。
いっそ狂ってしまえば楽だったのかもしれない、だけど私は目の前の死と”母さん”にはもう二度と愛されはしないのだという現実に板挟みになり、狂うと言う選択肢すらも忘れてしまうほどにただただ泣き叫ぶ事しか出来なかったのだ。

「どうして……どうしてこんな……アルフ……っ、アルフっ……!」

血塗れになりながらも私は必至になって“アルフであった何か”へと声を掛け続けた。
答えなど返ってこない、そればかりかもう自分の抱える“それ”はもう人であったのかどうかすらも疑わしい程に酷く歪んでしまっている事が分っていると言うのに。
私は己のみに走る痛みすらも忘れるほどに、泣いて、泣いて、泣き続けた。

そしてそんな様子をさぞや面白くないとでも言いた気な表情であの人は私の事を見ていた。
何を言うでもなく、満足したと言うでもなければ哀れに思うわけでもなく……何故私がこんなにも悲しんでいるのか理解できないといったような地獄に住まう悪鬼のような表情で私を見つめていたのだ。
そしてその瞬間、私は始めてこの身を揺るがす程の”絶望”という物を知った。
この人は私の母親じゃない、普通の母親ならばこんな風な事をする筈が無い、そして何よりもあの“母さん”だったらこんな酷い事を平気でするはずが無い……それを理解した瞬間私のアイデンティティは崩壊してしまったと言えた。

踵を返して私の元を去っていく母さんの後姿を眺めながら私は自分の中で何もかもが崩れ去っていくのを感じていた。
最早私は二度と愛される事など無い、なら私がこの世に生きている意味なんて果たして本当にあるのだろうか……そんな疑問の念が私自身の存在意義を蝕んでいったのだ。
そしてそれによって起こる過去と今との食い違い、どうしてこんな風になったのか分らないと言った疑問が次々に頭の中に思い起こされ……そして生まれた決定的な矛盾がそれにこう答えを出す事となったのだ。
もう私は生きる価値すらない、私がそう悟ってしまったその瞬間から……フェイト・テスタロッサと言う人間は完全に壊れてしまったのだと言えた。

その後、私は自らの傷を治療する事もしないまま、ただアルフであったものを両手いっぱいに抱えながら時の庭園を後にした。
そしてその亡骸を彼女のお気に入りであったあの空き地へと埋葬した私は、この世から命を絶つ覚悟を決めたのだった。
もう何もしたくない、もう生きていたくもない……もういっそこの世から消えてなくなってしまいたい。
どうせ一時的な逃避だけなら直ぐにあの人に連れ戻されてしまう、そしたらまたあの地獄のような苦しみを受けた上で死ななくてはいけなくなる。
ならばせめてこの身に受けた命だけでも自分自身が此処に確かに生きていたものだとして実感しながら死んでいきたい、私はそう思い……最後に壊れてしまった私の相棒であるデバイス―――――バルディッシュをアルフの墓の前に供え、電車へと身を投げる事にしたのだった。
あぁ、これでようやく救われる……アルフ、今そっちに行くから……そんな風な念を心の中で思い描きながら。





「くぅっ……はぁ……はぁ……。ゆ、夢……。何で、私……」

生きているの、そんな風な二の口を呟く前に私はその場に飛び起き……そして意味も無く安堵の溜息をその場に吐き捨てた。
其処は紛れも無く私が第97世界の地球において活動拠点としているマンションの部屋の中だった。
殺風景で家具や日用品といった物の極々少数、凡そご飯を食べる事と寝る事以外には使用する用途が見当たらないような……そんな風景が其処には何時ものように広がっていたのだった。

そして私はそんな風景の中の中央にいた。
何も無い部屋の中に一つだけ置かれたベットの上に横たわりながら、自分が何故まだ生きてこの場にいるのかという事を一人ただ思案してばかりだった。
しかし、私は次の瞬間にはその理由を直ぐに思い出していた……そういえば私は誰とも知らない現地の女の子に死のうとしたのを止められてしまった、だからこうして死に損なってこの場でただ一人寂しく生を謳歌しているのだという事を。

それを思い出した瞬間、私は自分の身体からスッと力が抜けていくのを感じていた。
馬鹿馬鹿しい、ふとそんなことを私は思ってしまったからだ。
あれほどの覚悟を決めていた筈なのに、たったあれだけの事で死ぬ事を思い止まってしまった……そんな自分が情けなくて仕方が無かったのだ。
今更生きていたって何の価値もありはしないのに、それなのにもうこの身体は死ぬ事を望んで動いてくれはしない。
生きたくもない、かといってもう死ぬ事も怖くなってしまった……そんな中途半端な状態に私はなってしまっていたのだった。

「あぁ……そうか。そう言えば、私……」

あの人から逃げ出してきたんだ、ようやく私は自分が今おかれている状況を再認識する事が出来た。
本当だったらそんな事はせずに直ぐにでも命を絶つはずだった、だけどそれが出来ないから……いっそあの人の手が届かない場所まで逃げてしまおう……そんな考えが私をこの場に留めたのだと私は気付いたのだった。

第97管理外世界“地球”、そしてその中の小さな島国である日本という国は住み心地が良くて治安も安定している。
此処も何れ見つかってはしまうだろうけど、それまで身を隠しておくだけなら十分生きていける環境だと私は踏んだのだ。
何処にも行き先がある訳じゃないけど、ただただ惰性的に生きるだけなら十分過ごせるだけの環境……それがこの世界には凡そ調っているのだと私は改めて思った。

身を起し、ベットからゆっくりと足を地面につけて私はその場に立ち上がる。
さっきよりもほんの少しだけ高い場所から見上げる風景、だけどやっぱりそれは何処までも殺風景で……それでいて酷く寂しいものだった。
ほんの数日前までは此処には家族がいて、例えこれだけ寂しい風景の中に居ても私の事を温かく慰めていてくれていた筈なのに……そう思うと私は胸が痛んだ。
もう彼女の事を……アルフの事を思い出すのは止めようと散々あれだけ考えたというのに、それでもまだ彼女に縋ってしまっている自分がいる。
彼女を死に追いやったのは無能な私自身だというのに、そう思うと私は傷以上に痛む何かが疼き始めるのを感じたのだった。

だけど、そんな疼きは直ぐに収まった。
もう止めよう、何もかも諦めきってしまったという私の真情がそんな葛藤を覆い隠すように溢れ出し、湧き上がった激情をクールダウンさせるからだった。
もう私は何もかも投げ出してしまったのだ、母さんの願いを叶える事も、自分が生きる意味も、そして何をなさなければいけないのかという責任さえ全部全部放り出してしまったのだ。
御蔭で今の私はもう何の力も持たない普通の子供……いや、母親であった人から暗黙的に死刑宣告を言い渡される身としてはそれ以下の存在であると言える。
まあ何はともあれ今の私は……フェイト・テスタロッサは魔導師でもなんでもない、ただの孤独な子供に過ぎなかった。

「死に損なった、か。本当は……自分でも死ぬのが怖かったのかな……? あの人に見捨てられた以上、もう私に生きる価値なんて無いのに……」

自虐的な言葉を呟きながら私はふらふらと部屋の中を歩き、閉まっていた窓のカーテンの前まで行くと、それをスッと力なく横に引っ張っていく。
途端、窓から漏れ出したお日様の光が私の身体を照らし出し、あまりの眩しさに私は目を細めながらもその光を受け入れるのだった。
あぁ、また不安と無気力に押し潰されそうになる一日が始まる……そんな風に思いながら。

私が嘗て”母さん“と呼んでいた人の下から逃げ出してもう彼是数日の時間が経過している。
その間私は何とかその人から受け取っていた現地の通貨の貯蓄だけで細々と生活しながら、何の意味も無い生をただただ堪能していたのだが……何時見つかってアルフのように”処分”されるかもしれないという事を思うと私は不安で堪らなかった。
夜は夜であの人の影に怯えながら布団の中で小さく蹲り、昼間は昼間で流れるように歩く人の間をすり抜けながらふらふらと目的も無く歩き回るばかり。
そしてそんな私も止めてくれる人も、慰めてくれる人も今は居ない……結果的に見れば私は勝手も知らないこの世界でただ一人打ち捨てられた異邦人と化していたのだ。

そして今日もそんな何時死ぬかも分らないという不安に押し潰されそうになる一日が始まる。
もういっそ狂ってしまうか、このままあの時のように再び命を絶つか……そのどちらかを選択した方が幾分か楽になると分っているのにも拘らず、それを成さぬままただただ意味も無く私は生き続けるから。
私は死ぬ事を選ばず、また生きることも選ばず……この日もまたあの人の影に怯えながらただただ操り人形のように意味も無く動き続けるのだった。

「もう一度私に自ら命を絶てる勇気があれさえすれば……こんな風に苦しまなくて済むのにね」

誰に言葉を掛けるでもなく、私は独りでにそんな言葉を宙に漏らすと、纏っていたボロボロのネグリジェを脱ぎ捨ててたった一着しかない私服へと袖を通し始める。
黒い薄手のキャミソールに、それに合わせるように拵えられた黒のミニスカート、そして薄桃色の短いソックス……それが私の衣服の全てだった。
嘗ての同居人であったアルフはそんな私の様子に「もっとフェイトはお洒落してもいいんじゃない?」と言ってくれていたのだが、あの当時の私はそんな彼女の言葉にも耳を貸さず、これ一着で日々の生活を済ませてしまっていた。
というのも私は基本的にバリアジャケットを身に付けたまま生活をしていた事が多かった、その為私服という存在の意義を殆ど解していなかったのだ。
全ては母さんの為、そう思って我武者羅になって周りを見れなくなっていた時期に身についてしまった悪い癖なのだろうと私は思った。

着替えるのに掛かる所要時間は凡そ一分弱、特に何の感慨も無く着替えを終えた私はそのまま殺風景な玄関へと向かって歩を進める。
其処にあるのは左右並んだ皮製のブーツが一揃えあるのみで、それ以外のものは何も置かれてはいない。
一応、昔は此処にアルフの物もあったのだけれど……それも全て彼女を埋葬する時に纏めて埋めてしまった。
だからもう此処には何も残ってはいない、ただ一人……この世に打ち捨てられた私のものを除いてはの話だが。

やっぱり私は一人なんだ、そんな当たり前過ぎる事を改めて痛感した私はそんなブーツに足を通してそのまま玄関を開け、外へと出た。
何処か行く宛がある訳ではない、何かしたいことがある訳でもない、誰か会いたい人がいる訳でもない……にも拘らず私はゆっくりと日の降り注ぐ町へと向かうべく、足を動かし続けるのだった。
部屋には鍵も閉めない、どうせ盗まれる物なんてないし、無断で誰かに入られたところで何か問題がある訳でもない。
何しろ、私自身今此処で生きている理由そのものが無いのだから……私はそんな風に考えながらふっとあの時の事を……自分の死を名も知らぬ女の子によって止められた時の事を思い出していた。

「そういえば、どうしてあの子は……私を止めたんだろう?」

自分と何か接点がある訳でもなければ親しい訳でもない、本当に何の面識も無い赤の他人な筈なのに……あの子は私の行為を止めた。
あの子自身、どうして自分が突然そんな行動を取ってしまったのか理解できないといった風な感じだったけれど……その真意のほどは定かではない。
如何にも自らの命を絶とうとしているのではないかという私の様子に危機を感じ取っていたのか、それともこんな私を哀れんで手を伸ばしてくれていたのか……どちらにせよ迷惑を掛けてしまったと私は思った。
もしもあの子と再び出会える時がまた来るのだとしたら、その時はしっかりと謝ろう……そしてもう一度命を絶つのならその後にしよう、私は奇妙な決心を胸の中で抱きながら今日も街へと向かっていく。
少しでも人のいる場所へ、自分の胸に抱える埋めようの無い寂しさを慰める為に。





どうしてこの街で私は一人なんだろう、私はただ一人行く宛も無く何処とも知れない道を彷徨いながらふとそんな事を思った。
辺りには多くの人がいて、そんな誰もが誰かと一緒にいる……にも拘らず私は一人。
凡そ私くらいの年頃の子ならば友達と一緒にお喋りしたり、家族と一緒にお出かけしたり、例え一人であったとしてもこの街の何処かには共にいるぬくもりを共有できる人がいるはず……だけどそれが私には無い。
一体この違いは何なのだろう、私はそう思って止まなかった。

無機質に見えるこの街は確かに一見しただけでは感情の行き来が希薄で寂しい場所のように思える、私も始めてこの街に足を踏み入れたときはそう思っていた。
だけどここ数日この街で意味も無く彷徨うようになって、私はそんな自分の考えが間違いであるという事に気が付いたのだ。
人と人との繋がりは確かに小さいのかもしれない、だけどその誰もが何処かで誰かと繋がっていて……一人であることなどありえないと言わんばかりにこの街は感情に溢れている。
それに気が付かないのはそれを当たり前だと断じて日々を過ごしている人間だけ、凡そ私のような人間からみればこの街の人間は誰しも愛し、また愛されているように見えたのだった。

この街には人がいた、親子がいて、友人同士がいて、兄弟がいて、夫婦がいて……そして家族がいる。
時々挫けちゃう事もあるのかもしれないけれど、それでも皆誰かの事を拠り所にして笑うときを待っている。
そして彼らにはその権利がある、だけど私にはその権利が無い。
その違いは何処か理不尽で、それでいて明確な物なのだと私は思った。
誰かと繋がっている人達と誰とも繋がっていない私、何故そうなってしまったのかという事は一先ず置いておくとしてもこの違いは歴然なものだった。

「何で、私は一人なんだろうね……」

誰に問う訳でもなく、私は蠢く人混みの中でポツリとそんなことを呟いた。
私の小さな呟きは直ぐに人の行きかう街並みの騒音によって消されてしまったけれど、その答えはそんな騒音の中に隠れているのだと私は思った。
少しだけ耳を済ませてみれば聞こえてくる声、それは本当に微かにしか聞こえない物ではあるのだけれど明確な繋がりとして誰かと誰かを結び付けていた。
それは親しい誰かであり、敬愛する誰かであり、想いを胸に抱く誰かであり……また自らが生きる支えとして寄り添いあう誰かだった。
そしてそんな彼らの結びつきの言葉は本当に何処か温かいものがあって、決定的に私と異なるそれを常に私に示し続けていた。
もう何処にもそんな人間がいなくなってしまった、どうしようもない私との違いを……。

元々私だって初めからこんな風に一人であったという訳ではない。
あの人がいて、アルフがいて、あの人の使い魔であったリニスがいて……そしてそんな小さな輪の中に私がいた。
其処には確かに笑いあう時もあった、寄り添いあう時も、温もりを共有しあう時だってちゃんと存在していた……だけどそれ以上に悲しみと嘆きと苦痛があった。
ある日突然リニスは私の前から姿を消し、母さんは豹変してしまったかのように私の中で恐ろしい存在となってしまい、そして数日前アルフも逝ってしまった。
凡そもう私には嘗てのような繋がりは無い、未だに何か他人との繋がりがあるとすればそれは何時あの人に見つかってゴミのように処分されるかもしれないという恐怖だけだ。
誰かの傍に居たい、温かな温もりに包まれていっそもう何もかも忘れて眠ってしまいたい……だけどもう私には縋るような人間は居ない。
それがこの周りにいる何処の誰とも知れない人達と、そんな人達の中に隠れるように存在する私との違いなのだと言えた。

あぁ、もういっそのこと死んでしまいたい……ふとした時にはまたあの時と同じような衝動が私の胸の中に燻っていた。
もう何もかも遅い、どうせ何も取り戻す事なんか出来はしない、そんな風な思考が私の頭の中を埋め尽くしていく。
きっとあのままあの人の命令に従ってただただジュエルシードを集めて持って行き続けた所で、あの人は私の事なんか愛してくれはしない。
もう二度と私に微笑みかけてくれはしない、優しい言葉を掛けてくれはしない、温かく抱擁してくれる事もない……たぶん次の……それが叶ったならまた次の命令を淡々と私に下し続けるだけだ。
そして失敗すれば宣言通りアルフと同じように人が人として死ぬ事も出来ないような惨めに殺される。
何の躊躇もなく、本当に淡々と魔法を構築し、あの人は私を撃つ……まるで壊れた道具を処分するように。
そう、きっともう私はあの人に娘なんて思われてはいない……単なる態のいい道具として使い潰されようとしているだけなのだ。
だとしたら今までの私の努力なんて全部無駄で……そして私が今この世に生きていることさえ、全て意味の無い物ということになってしまう。
ならばもういっそこの命を終わらせて楽になってしまいたい、そんな衝動が何時もにも増して強く私を突き動かそうとするのだった。

「もう私には生きている意味が無い、か。なら……今までの私の苦しみは、一体……」

何の意味があったのだろう、私は濁った目で前を見据えながらそんな言葉を胸の内に抱いていた。
其処には縦横無尽に自動車が行きかう道路があった、様々な種類の車があっちに行ったりこっちに行ったり……凡そ何処に向かうのかなんて見当が付かないほどの車が其処では忙しく動き回っていたのだった。
もういっそ此処に飛び込んで轢かれて死ねば少しは楽になれるのだろうか、私は縦横無尽に動き回る車達を見て密かにそんな考えを浮かべていた。
今まで私は散々この手を汚してきた、多くの物を力ずくで奪い取り、悪いと思いながらも人を傷つけ、そして汚泥と無数の傷に塗れながら今の今まで生き抜いてきた。
だけどそんな苦労も苦しみも、今となってはもう無意味な物……そしてもう私も大分疲れてしまった。
一生この苦しみに耐えて生きていく位なら、もういっそこの場で命を終わらせてしまった方が楽になれる……私はもう殆ど本能とも言っても良いような感覚でそんな事を思い、実行できないかどうかと本気で思案し続けていた。

だけど……やはり私には出来ない、もう後数歩行けば時速何十キロという速度でぶつかって私を死なせてくれるであろう道路までいけるのにも拘らず、結局私は寸での所で踏み止まってしまっていた。
あの時……雨が降り注ぐ日にあの女の子に止められた記憶が突然私の衝動を押し留めるかのようにフラッシュバックしてきたからだ。
凛とした顔つき、何処か強い意志を持っていながらも私のそれと似通った瞳、そして冷たい筈なのに温かく感じた手の温もり……此処に彼女はいない筈なのに私はまたあの子に止められてしまったかのような錯覚に陥ってしまっていたのだった。

どうして、そんな疑問の念が唐突に私の中に芽生えてくる。
あの時の女の子は名も知らない単なる他人で、私とは一切の関わりも持たない筈なのに……何故私はこうも死のうとするたびに彼女の事を思い出してしまうのだろうか。
そんな疑問の念が再び私の中に蔓延り始め、その考えに深く考えるようになる頃には私の死に対する衝動はすっかり収まっていた。
だが、その反面疑問の念の方は強く私の胸の内に残って燻り始めていた。
確かに私は彼女と始めて出合った時、何処か彼女に強い既知感を覚えていた……それは疑いようも無い真実だった。
でもだからといってそれがこんな風に度々記憶の中に蘇っては私の衝動を抑えるほどの衝動に変わっていることには説明が付かない。
私は一体あの子に対し何を思って何を感じてしまったのだろうか、考えても分らない疑問の念に頭を悩ませながら私はまた人混みの中へとふらふらと戻っていくのだった。

「死にたいのに死なせてくれない……酷いな、うん……酷いよ。こんなに私は苦しいのに……どうしてあの子の影がチラついてしまうの?」

もしもあの子の事も忘れる事が出来たのならば私は直ぐにでも死を選ぶ事が出来るのに、私は溢れんばかりの人の合間を潜り抜けながらそんなことを思った。
私にはもう生きる意味は無い、そしてそれを新たに見出すだけの価値も無ければそれを一緒になって支えてくれる人もいない。
どう抗っても私が解放されるには死ぬ事以外ありえない、なのにもかかわらず私は死ぬことが出来ない。
酷い矛盾、そしてそんな矛盾がより一層私の心を蝕んでいく……そう考えると私は少しだけあの子の事が恨めしく思った。
こんな気持ちを味わう位ならいっそあのまま放っておいてくれれば良かったのに、そんな風な事を私はあの子に対して抱かないでもなかった。
だけど何故かそれ以上に……言葉では言い表せないほどに私は心の何処かで彼女に強く引かれていたのだった。

初めて私があの子と出会った時、私が彼女に抱いた第一印象はまるで鏡写しの自分を見ているようだというようなものだった。
あの子も私と同じようにずぶ濡れで、傷ついていて、それでいて心の何処かではこんな自分として生きていくのが嫌になってしまったと思っているような自分に対する嫌悪感を孕んでいるような感じ私は彼女から受けた。
そしてそれは私もまったく同じ事が言えて……それでいてあまりにも似過ぎていながらも何処か私とは決定的に違う物を持ち合わせている彼女に私は奇妙な違和感を覚えてしまっていたのだ。

確かにあの子と私はよく似ていた、出で立ちも雰囲気も抗いようの無い何かにおわれているような感覚すらそっくりであったと言えた。
それは確かに鏡写し、目の前にあるのがまるで自分のようだと錯覚するほど彼女と私は似通った所があった。
でも、それでも所詮は鏡写し……鏡に自分自身の姿を映せばその姿が反転してしまうように私とあの子もやはり決定的な”ズレ”を孕んでいた。
そのズレが一体何なのかはまだ私にも分らないけれど、そのズレを感じ取った瞬間……私は何だか言葉では言い表せないほどの不安に駆られて……その場を逃げ出してしまったのだ。
もう少しだけ深く話し合えばその“ズレ”が何なのか分ったかもしれないのに、そう思うと私は何だかやりきれない気持ちを感じざるを得なかった。

「もう一度……会いたいな、あの子に」

あの子と話せばこのズレが何なのか少しは分るかもしれない、そんな取りとめも無いことを考えながら私は向こう側まで行く為の横断歩道の前で足を止めた。
信号の色は赤、この色であると渡ってはいけないのだという事を私は知っている……故に私も他の人に習って足を止めてその場で色が変わるのを只管に待ち続ける。
そしてやがて数十秒もすると赤かった信号が青に変わり、その場に留まっていた人達は待ってましたと言わんばかりに一斉に歩を進め始める。
そんな単純なサイクル、そしてそれを真似るように自らも歩を進め始める私……やっている事は同じな筈なのにどうしても私と彼らの間には溝が出来ているように思えてしまう。
このズレもまた私がこの街で孤立している所以の一つなのだろう、私は歩を進めながら何となくそう思った。

所詮私は他人を模倣する事でしか自らの存在をこの場に確立する事すらも出来はしない。
何時も誰かの真似事ばかりしてあの人の機嫌を損ねては傷ついて、なのにも関らず私はそれを止めようともしなかった。
他人が喜んでいる様を見てはそれで他の人も嬉しくなるのだろうとケーキを買ってあの人のご機嫌を伺ってみたり、他の子が叱られている様を見ては、それはいけない事なのだとして自らを強く戒めては二度と自分が犯さないようにと気を配ってみたり、他人が手が掛からない子供だと評しているのを見てはあの人に苦労が掛からない良い子であろうと考えてともかく何でも真似をした。
しかし、それは結果的にあの人の機嫌を損ねるだけで……自分で自分の首を絞めることにしかならなかったのだ。
傷つき、苦しみ、嘆き……そんな負の連鎖を繰り返しながらも私は常に自分の気持ちを自分が悪いのだとして誤魔化してきた。
だけどもう限界だった、あんな仕打ちに耐え続けるのは……あの人が私の事を愛しているからこそ私に辛く当たるのだと自分自身を偽り続けるには。
そしてあのアルフの死、其処でようやく私はあの人の事を”母さん”と呼称する事がなくなり……恐怖の対象としか見ることが出来なくなってしまった。
あんなに優しく、温かい人であったあの人を……私はもう恐れる事しか出来なくなってしまったのだ。
私はもう元のフェイト・テスタロッサに戻る事は叶わない、でもだからといってそれ以外の何かになれるというわけでもない。
結局そんな中途半端な存在であり続けている事こそが、私自身を大衆に溶け込めない何かへと変えてしまっているのだろうと私は思った。

これから私は何処へ向かえばいいのだろう、本当に今更になって私はそんな事を頭に思い浮かべていた。
あの人に見つかる前に早々に何処かに消えなければいけない、だけどこの場を離れてしまえば私はもう何処へと帰ることも出来なくなってしまう。
この場から急いで消えてしまいたい、だけど帰る場所すら失ってしまうのが恐ろしくて堪らない……そんな矛盾が私の中で渦巻いては胸を疼かせる。
一度は本気で死のうと覚悟したこの身の上なのに何を贅沢な事を言っているのだろう、私はつくづく甘えの抜けない自分が嫌で仕方がなかった。

しかし、私のそんな甘えに対する嫌悪感は次の瞬間には消え去ってしまっていた。
反対側から歩いてくる親子、凡そ五歳かそこら辺のやんちゃそうな男の子とまだ幼い子供をベビーカーに乗せながらその隣を歩く母親。
その二人の様子は何処か明るく楽しげで、私とあの人とはまったく逆の温かい家庭を象徴するような雰囲気を醸し出していた。
だけどそんな楽しげな様子が昔のあの人と私の記憶にダブって、そして私は猛烈に気持ちの悪い感覚に襲われてしまったのだ。
今のあの人と昔の”母さん”、まったく似ても似つかないような人間が同一人物であるという事に……そしてあの人の存在もまたあの微笑ましそうな笑顔を浮かべる女性と同じ母親であるという事に。
私は胸に込上げる奇妙な気持ち悪さと全身を伝う冷や汗に必死に耐えながらその様子をジッと見つめていたのだった。

「ね~ママ、今日僕オムライスが食べたいな!」

「え~どうしようかなぁ……」

「いいでしょ! ねっ、ねっ?」

「ふふっ、分かったわ。それじゃあオムライス、食べましょうか」

そんな無邪気な会話、何処にでも有り触れている親子の光景……にも拘らず私は自分の胸に蔓延る悲しい気持ちを抑えることが出来なかった。
既知感、自分も昔はあんな風にしたようなものだというのにその実感を得られないデジャブが私の中で自分の記憶のズレを呼び覚ましてくる。
それはまだ私があの男の子と同じ五歳位の頃の記憶、あの人がまだ私の事を娘だと見てくれていて、私もあの人の事を最愛の母親だと思っていた頃のほんの一場面だ。
私の好物であったジャムの入ったパンをよく焼いてくれたあの人、そしてそれに無邪気に喜ぶ私。
その頃は私もあの人も互いに温もりを共有し合っていた、その筈なのに……今のあの人は嘗てのあの人とはどうしても結び付かない。
矛盾、どれだけ考えてもあの人があんなに変わってしまった原因が私には思い当たらない……では何故あの人はあんなにも変わってしまったというのか。
分かりたい、分かりたいのに何一つとして分からない……そんなどうしようもない感覚が余計に私の心を締め付け、そして言いようの無い悲しい気持ちを私へと齎してくるのだ。
そして気が付いた時には私は、もうそんな気持ちに耐え切る事が出来ずに、目元に涙をいっぱいに浮かべてその場所から逃げるように走り出していたのだった。

おかしい、私は自分の頭の中でずれている記憶と現実のギャップに苦しみながらそれでも尚考え続ける。
記憶の中でのあの人は優しげな笑みを浮かべ、何時だって私を気遣ってくれて、子である私から見ても自慢の母であるといえるような立派な人だった。
だけど現実のあの人は鬼のように恐ろしく、私のことを道具とも思ってはくれず、終には私の目の前でアルフを殺した張本人でしかない。
そして、何れは私をも殺そうと考える恐怖の対象……其処まで考えた所で私は首を振ってその考えを必死で消そうとした。
だけど消えない、そしてますます記憶と現実は乖離していくばかりだ……まるでそれが現実と空想の違いなのだと私に知らしめるように。
だけど私は知っているはずだ、あの人の温もりを……あの人の優しさを……あの人の微笑を全部全部この身に刻んできた筈なのに。
それなのに私は……あの人を怖いとしか思えない、その現実がどうしようもなく私の涙腺を緩ませていくのだった。

走る、何処までも走り続ける。
周りの人達は度々私の事を変な物を見るような目で見つめてくるけれど、そんなことも気にならないくらい私は何処へ行くでもなく走り続けた。
もう何も考えたくは無い、だけど何か考えなくては私は私で要られなくなってしまう。
頭に浮かぶ記憶は現実と乖離し、そして私の中で矛盾し、それが苦しみとなって返ってくる……だけど少しでも私はその中からあの人が私の大切な記憶の中の一部なのだと認識しなくては今の自分の精神状態を保つ事すら叶わなくなってしまっていたのだ。
あの人は私の母親で、私はあの人の娘……だけど現実の私達の関係は使用者と道具という関係に過ぎはしない。
そして其処には欠片たりとも嘗てのような温もりは存在しない、だけどそんな中から温もりを必死になって探そうと私は躍起になる。
例えその度にあの鞭の音と鬼のような形相が頭の中でフラッシュバックし続けるのだとしても、私は現実の中からあの人の愛を見つけ出そうとする事を止める事は出来なかったのだ。

だけど、見つからない……私は何処とも知れない人気の無い路地で足を止めながら最終的な結論をその場で出してしまった。
幾ら私が記憶を遡ってもあの時から……あの強烈な光が私の目の前で突然立ち上ったあの瞬間から私はあの人に避けられるようになった。
それから私とあの人との関係は激変し、そして今のような環境に堕ちる事になってしまったのだ。
そしてその過程において私を愛してくれたのはあの人の使い魔であったリニスと私の使い魔であったアルフだけ……あの人からの温もりをあれ以降私は一切感じた事がなかったのだ。

怖い、私は思わずその場にへたり込んでそんな風に呟いた。
あの人の存在が、という意味ではない……あの優しかったあの人の記憶さえも自分の中で嘘になっていく感覚が私はどうしようもなく怖くて仕方が無かったのだ。
私は今まであの記憶に縋って生きてきた、命令に従って良い子にしていればまた嘗てのようにあの人は私を愛してくれると信じてこの手を穢してきた。
それなのに、その縋ってきた記憶さえも嘘だというのなら私は一体……一体何を信じて生きていけばいいのかということすらも分からなくなってしまう。
それが私は無性に怖くて堪らない、私はその場で頭を抱えながら怯える兎のように身を震わせてその感覚に必死で耐え続けた。

「嫌だよ……なんで……こんなの違う。これは私の記憶……私だけの……でもじゃあ―――――」

あの人は私の事を愛してはくれないの?
そんな疑問の念が胸に込上げてきた瞬間、私は強烈な嘔吐感に襲われたのだった。
此処しばらくは殆ど何も口にしていない筈なのに、それでも胃酸の酸っぱい感覚だけは何時もと同じように込上げてくる。
矛盾、矛盾、矛盾……そんな記憶のズレに耐え切れなくなった思考は徐々に私の精神状態すらもおかしくさせていく。
優しかった”母さん“とアルフを殺した”あの人”の姿と記憶がごっちゃになり、一体何が真実で一体何が嘘なのかという事すら私は分からなくなっていく。
あの人は私の事が好きなのか、それともずっと昔から嫌いだったのか……それとも何か私がいけない事をしたから嫌いになってしまったのか。
分からない、考えれば考えるだけ吐き気が強くなっていって頭はボーっと靄が掛かったように曖昧になっていく。
目の前の世界が霞み、聞こえてくる音は壊れたラジオのようにノイズだらけ……そして私はそんな感覚に耐え切る事が出来ず終にはその場に倒れこんでしまったのだった。

気持ちが悪い、私は何とか自分を正気に留めようとあれやこれやと思考を止めようと躍起になる。
だけど何時まで経ってもこのどうしようもない気持ち悪さは収まってはくれず、そればかりか徐々に思考だけが一人歩きして自分でも止められなくなってしまう。
そして頭に浮かんでくるのは嘗ての記憶、あの優しかった”母さん”の記憶がまるで映像を再生するかのように鮮明に私の中で映し出される。
だがその記憶にしたって何処もかしこもおかしな物ばかりだった、嘗ての私はあの人の事をママと呼称していたし、私自身の利き腕も逆、そして何よりもあの飼っていた山猫はあの後何処へ消えたというのか。
分からない、その記憶の矛盾が何故なのか私にも分からない……だけど次の瞬間私は決定的な言葉を記憶の中の”母さん”の口から聞いた。
それは……凡そ私を私で無いと否定するような決定的な矛盾の正体だった。

「ア……リ…し……あ……?」

私は途切れていく意識の中でふとそんな言葉を口にした。
それは記憶の中の“母さん”が私に対して使った呼称、だけど私の名前はフェイトでありアリシアではない。
じゃあ記憶の中の私は私ではないのか、違う……あれは私の……フェイト・テスタロッサの記憶な筈だ。
だけど頭の中でノイズ塗れになりながらも再生されていく記憶のどの”母さん“も私の事をフェイトとは言わなかった。
代わりに出てくるのは”アリシア”という単語、凡そ私ではない私以外の誰かの名前だけだった。
一体、アリシアというのは誰なのだろう……私は最後の最後にそんな疑問を頭に浮かべながらゆっくりと自分の意識を泥のような思考の中に埋めていくのだった。





それは彼女が……フェイト・テスタロッサが意識を手放してから数分後の事だった。
彼女が倒れているその場所を偶然にも通り掛った白衣の女性は、道端に女の子が倒れているのを偶然発見し、急いでその場に愛車であるフォルクスワーゲン社のスポーツカーであるイオスを止めて彼女の元へと駆け寄っていくのだった。
くすんだ金髪を揺らし、息を切らせながらその女の子へと駆け寄っていく女性は全身の至る所に傷を負い、如何にも”訳あり“そうなその少女の様子を見てこわばった表情を浮かべていた。
そしてその女性は慣れた様子で女の子の傍に膝をついて脈や呼吸の状態を確認すると、不意に誰に言うでもなく医療的な言葉を呟きながら彼女の様子を再度自分の中で整理し始めるのだった。

「呼吸が乱れていて……脈が速いわね。それに精神バイタルも安定していない……フラッシュバック症候群の可能性が高いわね。それに……この傷……どう考えても普通じゃない。”虐待”……かしらね」

腕や足に走る無数の傷跡や蚯蚓腫れの痕、そして知り合いの少女よりも具合の酷い栄養失調……女性はそんな様々な要点から彼女の状態を察し、そしてそんな女の子を抱えあげて自分の車に運びながらこれからの対処を頭の中で模索し始めていた。
警察に届けるのは逆効果、かといって保護者を探すにしても碌な目に合うことは無い……とはいえ自宅に運べば誘拐やら何やらと言って騒ぎになる可能性もある。
此処は一度ゆっくりと休める場所まで彼女を運んでそれから少しずつ事情を聞く必要がありそうだ、女性はそんな風に思考を纏め上げると女の子を自分の車の助手席に乗せ、自分自身もまたゆっくりと開けっ放しになっていたイオスの中に乗車し、ギアをチェンジしながらアクセルを踏んだ。

「やれやれ……あの子にしろこの女の子にしろ、後ろめたい事情がありそうな子を拾ってばっかりね。まぁ、それが遣り甲斐だと思ったからこの仕事を始めた訳なんだけどね」

女性は自嘲気味に呟きながらより先ほどよりも更にスピードを上げて目的地のある場所へと車を走らせた。
こういう子達を救いたくて私はこの養護教諭という職業に付いたのだから、そんな風な考えを頭に思い浮かべながら。
そして女性と女の子は互いに何も知らないまま物語の横道へと逸れて行く、それが吉と出るか凶と出るか知りもしないまま。
それが母親に投げ捨てられた“人形”フェイト・テスタロッサと、全てを偽り投げ出してこの世界の住人となった戦闘”人形“ドゥーエの初めての出会いだった。


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