人間は一生に一度くらいは命を掛けて何かを為さねばならない時が来る。それが一体何時になるのか、またそれがどのような事に対しての“命懸け”になるのかは人によっても様々だが、まあ要するに生きていれば何時かはそれだけ必死にならねば乗り越えられない壁にぶち当たる……つまりはそういう事だ。言うならばこれは一生苦労を知らないで生きられる人間なんて居ないと言う事の裏返しでもある、少なくとも私こと高町なのははそう考えていた。命に対する価値観っていうのは人によっても様々だが、その“命”がどのような物であったとしてもそれを失ってしまえばその人間は死んでしまう。それが本当の意味での死なのか、それを失った事で自分が自分足りえなくなってしまった事を比喩しての死なのかは人によっても異なるが、何にしても最終的に行き着く先が“死ぬ”という現実であるのならば辿る道は違えどもそれは一緒の意味合いになる。一生治らない怪我を負って二度とスポーツが出来なくなったとか、何十年も勤めていた会社が突然倒産しただとか、愛していた恋人が突然別れ話を切り出して来たとか……凡そ人は自分が自分で無くなった瞬間に“死んでしまう”ものなのだろうから。しかし、そこで“死んでしまった”人間が誰しも同じように奈落に落ちていくのかと聞かれればそれは違うと私は思う。死人は死人なりに新しい物を見つければそれを為す為にまた命を賭けられる生者になれる訳だし、本当の意味で命を落とすよりかはまだ幾分か希望が残されている筈。少なくとも死人は死人のままでいなくてはならないと言う道理が世の中には無い以上、後は本人の力量と立ち回りと少しの運でもしかしたら何とかなるかもしれない可能性は残されている訳だ……その命を賭けられるものに向かって一直線に突っ走れる限りは。そして何処までも何処までも突き抜けて、その博打に勝利した時初めて死人は生者へと戻る事を許されるのだろう。ならば私は自分の敷いた“法則”の中でそれを成し遂げて、死人から生者へと戻ってやろう……それで今までの絶望の埋め合わせが出来ると言うのなら幾らだってこの安い命を張ってやろう。例えこの賭けが本当の命を賭ける事になるのだとしても、私はそれを見据えて真直ぐ進んでいこう……何処までも、何処までも。自分でも阿呆らしい言い回しだとは思うのだが、少なくとも自分の決めたその心情に嘘偽りは無い。出来うる事ならこの気持ちを突き通したいものだ、私は不意にそんな事を思いながらゆっくりと溜息を吐き捨てた。「……で? だからって何で私がこんな事をしなきゃいけないわけ?」「事を成すには何事も努力! 精進あるのみだよ、なのはお姉ちゃん!」「いや……まあ言いたい事は分かるんだけどさ。あー何だろう……これはその……致命的に空回りしてるっていうか、間違った方向へ驀進しまくってるっていうか……あぁ、うん……何かもうどうだったいいや。面倒臭い」「大丈夫、大丈夫。今回はまだ試しでそれ程大がかりな事はやらないつもりだから、ね?」いや何が大丈夫何だか分からないんだけど……、アリシアの言葉にそう感想を抱いた私は何だか遣り切れない気持ちに再び陥ってしまい、今日で何度目になるか分からないため息をまた宙へと吐き捨てた。正直私は困惑していた、まあ理由は色々とあるのだがそこら辺を抜きにしても現在の私のモチベーションは底辺に程近い場所でギリギリ最低ラインに触れるか触れないかという微妙な部分を行き来している感じだった。事の発端はトーレさんと別れて家に戻ってからに遡る、相も変わらず私に対して反応を示さない無関心な家族を無視し、自分の部屋へと戻った私は是からの事をアリシアへと相談しようと話を持ちかけていた。これからどう行動するべきか、その為にはどんな力が必要になって来るか……その他エトセトラエトセトラと相談する事は山ほど在ったからだ。それにお互い確認し合う事が多い筈だろうから、一度しっかりと腰を据えて二人でゆっくり話し合おう……そんな意図も私は考慮していた訳だ。しかし話し合おうにもアリシア曰く「なのはお姉ちゃんのお部屋は何か散らかってるからもう少し綺麗な場所で話したい」とのことで私の部屋は却下され、私は渋々アリシアが待つアルハザードへといく為にベットの中へと潜り込んで床に就いたのだった。地味に失礼な事を言う子だ、というのが私の正直な気持ちだったのだが確かに私の部屋は尋常じゃない程汚れているし、アリシアも初めて私の部屋を見た時は完全にドン引きしていたのも記憶に新しい出来事だ。それにアリシアは「なのはお姉ちゃんの能力を詳しく教えたい」とも言っていたし、私としてもそれならあの広大な草原の世界であるアルハザードの方が適しているだろうとの事で、アリシアに導かれるままアルハザードに足を踏み入れたのだが……正直現状を考えるとこれが本当に正しい選択肢だったのかどうかすら疑いたくなって来る。やっぱり何事も妥協して決める物では無い、私は何処までも続く広大な草原に立った一本だけ聳え立つ木の幹に寄り掛かりながら目の前のアリシアと現状を再度見比べ、此処に来た事を再び後悔し直したのだった。「まあ確かに私も初っ端からそんなとんでもな事されても堪ったもんじゃないから、其処は別に良いんだけどさぁ……。ただ……ちょっと突っ込んでいいかな?」「んっ、なぁに?」「いや……そのアリシアがさ、これ見よがしに堂々と着込んでるその服なんだけど……正直どうなのよ、それは?」「えっ、だってこれがこの世界の正式な練習着なんでしょ? 機能的だし、動き安いし、丈夫だしで色々と便利だと思ったんだけど……駄目だったの?」別に駄目では無い、駄目では無いんだけど……私は何とも言い難い矛盾した感情に頭を抱えるばかりだった。何故私がこんなにも頭を抱えなければならないのか、それは偏にアリシアの格好に在った。今回私がアルハザードを訪れた主な目的としては確かにアリシアとの話し合いも勿論なのだが、それ以上に大まかでもいいから自分の持つジュエルシードの能力と、出来うる事なら魔法という物がどういう物なのかという事を知っておく事に在った。何せこれは今後ジュエルシードの暴走体を相手にする上で必要不可欠な要素であり、その度合いによってどう動くかという思考も纏めなくてはならなくなるからだ。しかしアリシアはこれに対して「それなら練習だね!」と一体何処から何処をそんな風に解釈すれば導き出せるのか分からない結論を弾きだし、半ば強制的に私に能力を使いこなす為の練習を強要してきている訳なのだ。別段私としても多少かったるいとは思うのだが能力を使いこなすにはやっぱり一朝一夕では済まないのは分かっていたし、何時かはやり始めなければならないのならなるべく早い方が良いだろうとの事で能力を使う練習には賛成だった訳だが……そんな気持ちは何処へやら、現状私の内に芽生えた欠片の様なやる気は完全に風化してしまっていた。何故なら……アリシアが練習着にと選んだ格好はよりにもよってウチの学校の体操着だったからだ。本来こういう練習ってもう少し緊張感を持ってやるものだと身構えていた私としては、行き成り目の前で自分の服を体操着に変化させるアリシアに思わず「何でなのよ……」と突っ込まざるを得なかった。しかもアリシアのしている格好は単なる体操着では無く、ウチの学校の体操着上下に明らかに汚れて汚くなるだろう白のニーソックスに黒いスニーカーという明らかに何処か危なそうな層の人間を誘っているとしか思えない格好だったのが余計にその感情に拍車を掛けていた。もう正直この時点でやる気もへったくれもあったものではない、更にその当人であるアリシアに自覚が無いから余計に始末に困ってしまう。果たして汚れた感性を持つ私が悪いのか、純粋過ぎるアリシアが行けないのか……私としてはもう頭を抱える他取るべき行動が思いつかなかった。「あ~うん、問題があると言えばあるんだけど悪気が無ければ良いって言うか……それでも倫理的に問題は残るっていうか……。何かもう、どうでもいいや」「え~っ? だってなのはお姉ちゃんの学校の人もちゃんとこの格好で運動してたよ?」「うん、そうなんだけどね。間違ってるのはもしかしたら私の方かもしれないんだけどね、何だろうこの気持ち……。凄く何かに負けちゃった気がするよ……」「とっ、とりあえずファイト! なのはお姉ちゃん」可愛らしく胸の前でガッツポーズをとるアリシアを他所に何だか自分でもよく分からない自己嫌悪に陥ってしまう私。アリシアは悪くない、なのに私が悪いのかと言われたら……正直この件に関しては私も自分だけが悪いとは思えない。だけど普通の小学生は高々体操服一つに一々私の様な考えを浮かべない訳で……正直汚れている私が悪いのだと言われたらそんな気がしないでも無い。何というか、この何とも言えない矛盾がこの別に何か悪い事をした訳でも無いのに湧きあがって来る罪悪感に繋がっているのだろうと私は思った。まあ私も暇だけは沢山あるから色々な方面のゲームに手を出している訳だし、その中には所謂十代中盤から二十代前半位の男の子が好きそうな「恋愛ゲーム」も含まれているから一体どういう服装がその手の男の子に受けるのかという事は分かっているが……普通こんな知識は小学生の、それも女の子が知っている知識では無いという事も私は理解している。先生の教えの中に固定観念に捉われないで柔軟な思考で色々な事に挑戦する事が大事だ、というのがあるのだがこんな純粋なアリシアを前にしてもこんな事を穢れた思考を浮かべてしまう様ではちょっと鵜呑みにし過ぎたのではないかという不安が私の脳裏を掠めて行ったのだった。いや、先生には感謝しているし、この考えも間違いでは無い事は私も重々承知しているのだが……何だか段々私も変な方向に感化されてき始めている事はどうしても否めなかった。というか、そもそも『Memories Off』とか『サクラ大戦』とかが分かる小学生って一体……私はちょっぴり自分の事を振り返って思わず両手、両膝をついて絶望しそうになった。あぁ、何だか私ってつくづく穢れてるんだな……そんな風に思いながら。「はぁ……まあこの際その格好についての突っ込みは置いておくとして、だよ? 訓練って言ったけど具体的にどうするの? 正直私かったるいのは嫌だよ、割と本気で」「なのはお姉ちゃん……虎穴に入らずんば虎子を得ずって知ってる?」「お~良く知ってたね、そんな難しい言葉。お姉ちゃんびっくりだ」「じゃ、なくて!! 努力しなきゃ何事も始まらない、事を成すには根気と努力が不可欠! つまりはそう言う事なんだよ!」アリシアは体操着に何故かついている『ありしあ』と平仮名で書かれたゼッケンを前に押し出す様にありもしない胸を突き出しながら、何かの本から引っ張ってきた様な受け売りを偉そうに語っていた。まあ正直その元ネタがムカついた私が昨日一日部屋に引き籠ってやっていた『メタルギア・ソリッド』のキャラクターのやり取りから来ている事が分かっている私としてはアリシアの熱意も何だか滑稽な物に思えてきてしまうのだが、まあ確かに言っている事は正しいので「そうなのかもね~」と適当に相槌を打っておく事に私は決めた。確かに論理的に考えればアリシアの言っている事は正論なのだろうが、その正論を分かっていても行動に移せないというのもまた人間のどうしようもない性なのだ。正直此処で下手に同調して妙に高いテンションに流されるって言うのも正直どうかと思うし、恐らくその結果待ち受けているのはかったるい事であるというのは容易に想像が付くから余計に避けたいと思ってしまう。人間楽な方へと一度でも思ってしまうと何処までも際限無く堕落してしまうもので、私自身もまた面倒な事はやりたくないという若者特有の無気力症に掛かっている人間の一人なのだ……出来うる事なら苦労はしたくないと思ってしまうのもまた道理だろうと私は思った。しかし、アリシアはそんな私の態度がどうにも受け止めがたかったのか「なのはお姉ちゃん、ジュエルシード出して!」とやや強めの口調で私に詰め寄ってきた。その勢いたるや獅子の如く……とまではいかないが例え相手が見た目五歳程度の女の子でも対人コミュニケーション能力の薄い私をビビらせるには十分であり、やや膨れ面で私に命令してくるアリシアに私は渋々ながらも従う他ない状況にまで追い込まれてしまった。見た目五歳の女の子に此処まで言われて何も言えない九歳って正直いかがな物なのだろう、そんな風に私は自分の情けなさを再認識しながらポケットの中からジュエルシードを取り出して再びアリシアの方へと向き合いながら再び会話を続けるのだった。「はい、これでいいんでしょ? はぁ……出来れば何もしたくないなぁ、嫌な予感するし」「よし! これからなのはお姉ちゃんにはジュエルシードを使って自分の能力を確かめて貰う訳だけど……ってそこ! 真面目に聞いてよ、なのはお姉ちゃんのことだよ!」「あ~うん、そうだね~……はぁ、かったるい」「うわ~そういう態度をしますか、しちゃいますか、しやがりますか~。別に私はいいんだよ? 訓練の内容をなのはお姉ちゃんが起きるまで只管マラソンするっていうのに変えても」すみませんでした、と速攻でアリシアに頭を下げる私。確かにかったるい事は勘弁願いたいが、疲れる事はもっと勘弁して貰いたいと言うのが私の心情だった。何せ体育嫌いで運動嫌いの私にとってマラソンとか長距離走とかその手の物は最早敵なのである。動くの面倒くさい、汗掻くの嫌だ、部屋から出たくないという典型的な駄目人間の心情を抱える私にとって長い時間永続的に体力を使わなければならない事態と言うのは何が何でも避けなければならない事なのだ。だって唯足を動かすだけで疲れると言うのにそれを何時までも何時までも繰り返さなければいけないし、体力が『ドラゴンクエストシリーズ』に出てくる『はぐれメタル』並みに少ない私からしてみれば100m走っただけでも体力が其処をつく。したがってこういう単語が絡むと私はプライドを簡単に投げ捨ててしまえる訳だ、それこそ見た目五歳の女の子に土下座せんばかりの勢いで頭を下げるくらいに。アリシアは「よっし、それなら許してあげよう」とか偉そうな事を言っているが、何時か絶対目の物見せてやると心に誓う私なのだった。尤も、内心では「大人気ないなぁ、私」なんていうような風に口では大人だ、大人だって粋がっている普段の私にあきれ返っていた訳なのだが。まあ何にしても、とりあえずゴールの見えない草原を只管駆け回る事だけは避けられたと私は心の其処から安堵から来る溜息を宙に吐き捨てるのだった。「それじゃあ気を取り直して……まずはなのはお姉ちゃんの能力から説明に入ろうかな。なのはお姉ちゃん、ジュエルシードを握った手を目の前に突き出してみて」「えっ、あ……うん。こう、アリシア?」「そうそう、それでいいよ。あっ、そんなに力強く握り締める必要はないからね」「そっ、そう? 何だかややこしいな……」ジュエルシードを握った右手を自分の前へと突き出しながら不意にそんな事を漏らす私。とは言っても私はこうして教えて貰う他自分の能力を知る術が無いわけだし、その力の源となっているアルハザードの管理人格であるアリシアに教えて貰うのが一番適切なのはよく分っているのだが……どうにもいざこうやって真面目に練習をし始めるとしっくり来ない物がある。まあ私自身が今まで何に対しても所謂『糞真面目』と言う物になった事が無いからなのかもしれないけれど、慣れない事に一生懸命になると言うのが私には如何にも馴染めないのだ。恐らくこれは楽をしていたい、苦労はしたくない、責任を問われたら他所へ丸投げというような堕落しきった環境の中で長らく過ごしていた壁外なのだろ浮けども、身に染みてしまった物は中々値が深い訳で、そう簡単に拭い去れる物でもない。やはりこんな風に真面目に何かをするというのは性に合わない、私はそんな事を思いながら「リラックス、リラックス~」と言ってはしゃぐアリシアの言葉に耳を傾けた。「じゃあ早速実践してみる訳なんだけど、此処でなのはお姉ちゃんに質問! ずばり、なのはお姉ちゃんの能力っていうのは何でしょうか?」「えっ……『完全なる干渉の遮断』じゃないの? アリシアだってそう言ってたじゃない」「う~ん、まあ60点って処かな。確かになのはお姉ちゃんの言った事は間違っている訳じゃないんだけど……それじゃあちょっと捻りが無いかな。まあ私の言い方が直球過ぎたっていうのもあるんだろうけど、それだけじゃあ完璧とは言えないね。それじゃあこう言い換えたら分るかな? ずばり『完全なる干渉の遮断』っていうのは何なんでしょうか? 意味、分ったかな?」「そりゃあまあ『完全なる干渉の遮断』って言う位だし、物理的な接触を弾いたりだとか受け流したりだとかそういう物なんじゃないの? 私が化け物に襲われた時も「触るな!」って言ったら吹っ飛んじゃってたし……」憶測ながらも多分はこんな風な感じなんだろうという答えを口にする私、そしてそれに対して「正解!」とクイズの司会者の様に相槌を打ってくるアリシア。どうやら当てずっぽうで言ったのに正解してしまったらしい、賞品はハワイ諸島三泊四日の旅とかだったら良いなぁと不意にそんな阿呆みたいな考えが浮かんでしまった私なのだった。しかし、それと同時に私はもしかして私の力って実は物凄い物なんじゃないのかという風なことにも気が付かされていた。再度自分の能力を思い出してみると『完全なる干渉の遮断』というのは詰まり、私に降りかかるどのような物であってもこの身に触れる前に弾く、または受け流す事が出来るという事になる。実際私もその能力の程には半信半疑といった感じだし、その力を使うのに必要な対価だとか使用条件だとか制約だとかそんな物も当然気には掛けているのだが……それを差し引いても私の能力は凄まじい物であると言えた。何せその言葉をそのまま現実に起せるというのであれば凡そ防御の面に関しては私は無敵の存在である事が出来るという事になる、ゲームで例えるならばジュエルシードという装備品を装着して呪文を使うだけで絶対的なバリアを張れるという訳なのだ。とはいえこの能力がどれほどの物なのかスペックをアリシアに教えて貰うまでは過信する事は出来ないが、それでも十分に期待は持てる。とりあえず話を聞いてみない事には判断のしようが無い、私はちょっとだけ期待で胸を膨らませながら嬉しそうに言葉を紡ぐアリシアの方を垣間見るのだった。「そう、重要なのはまさに其処なんだよなのはお姉ちゃん。なのはお姉ちゃんがジュエルシードに願った事は『万物何者においてもこの身に触れる事を拒絶する』ってこと、そしてその願いは見事にジュエルシードによって叶えられ『完全なる干渉の遮断』という結果を現実に齎した。まあ、ありていに言えばそういう奇跡をこの世に呼び出す術を得たって訳だね。だけど此処でポイントになるのがその奇跡が“どれだけの物なのか”って事。それとそれによって生じるデメリットは何なのか。なのはお姉ちゃんにはまずこれを知ってもらおうと思うんだ」「はぁ、此処に来ても勉強か……ヤんなっちゃうよ、まったく。で? 具体的にはどんな物なの? この際だしもったいぶらないで率直に教えてくれると私もありがたいんだけど」「焦らない、焦らない。まずは一つずつ手順を踏んでいかないとこんがらがっちゃうよ? そうだね、まずはその力をどうやって発動するのか。まずはこの辺から行ってみようかな」「力の発動ねぇ。なに? 何か長ったらしい呪文唱えたり、変なポーズ取ったりしなきゃいけないの?」もしもそんな感じだったら出来たらこの力は極力使いたくないなぁ、と素直な感想を心の中で呟く私。まあこういうとんでも能力を使うアニメやゲームでは御馴染だけど、大体その手の人間というのはファンタジーな呪文を唱えたり、なんかのポーズを決めて変身しないと能力が使えないだとかそんな風な感じの物が多い。これがまだ『仮面ライダー』とか『ファイナルファンタジー』とかそういう物なら手短に済ませられるのだろうけど、『戦隊シリーズ』みたいなポーズとったりだとか『テイルズオブシリーズ』のような長ったらしくて憶えきれない様な呪文を唱えなくてはならないのだとするとそれこそ面倒臭いことこの上ない。それに世間の目というのもある、もしもそんな事をしている姿を誰かに見られでもしたら学校でクラスメイトに何をされるか分かった物では無い。出来うる事なら穏便な物でありますように……私がそんな風に思っていると、アリシアはありがたい事に「別にそんなのは必要ないよ」とやんわりと私の不安を否定してくれた。どうやら彼女曰く「要は手順なんだよ」との事らしい、私は尤もらしく私の能力について講義を続けるアリシアを見ながら少しだけだらけた気持ちを引き締めるのだった。「なのはお姉ちゃんの力の発動にはある一定のプロセスを踏む必要があるんだ。まぁ、力を行使するだけならなのはお姉ちゃんが拒絶の意思を対象物に示すだけで良い訳なんだけど……此処で言うのはその後の事、つまりは能力を発動してからの事だね。なのはお姉ちゃんの力である『完全なる干渉の遮断』という願い、これは文字通りなのはお姉ちゃんの身体に対象となる物が物理的、もしくは精神的に接触する事を断絶する力なんだけど、本当にこれは“遮断”するだけなんだよ。なのはお姉ちゃんの言った“弾く”だとか“受け流す”だとかそう言う力はその遮断した状態の物に更に拒絶の意思を加えて発動する付属効果の様なものでしかないんだ。つまり……」「私の能力は一度遮断した状態から拒絶の意思を付け加える事で発動する、言わばゲームで言う“コンボ”って事だね」「そういうことだよ。冴えてるね、なのはお姉ちゃん。まずは“遮断”する、そして次に“拒絶”する……このプロセスを踏んで初めてなのはお姉ちゃんの能力は完成するんだよ。まあ尤もなのはお姉ちゃんが最初から拒絶の意思を示したうえで能力の発動を行えばそんなプロセスが分からなくなる位の速度でこの手順が切り替わるから別に意識してこの手順を踏む事も無いんだけど……何事もまずは基本からやらなくちゃいけないからね」「まあチュートリアルを見ないで操作の分かるゲームなんか無いからね、それが道理か。それで、次に私は何をすればいいの? ビックボス?」おどけた感じで私がアリシアにそんな風な質問を投げかけると、彼女は「じゃあ今度こそ実践練習だね」と言ってその小さな足を動かし、私の前に相対するように歩いていく。そして私との距離を大凡8m程取った処で私の方を向き直り、アリシアは今の私と同じように片手を突き出して何かを唱え始める。すると彼女の翳した掌の上に何か光の粒の様な物が集まっていき、それが何かの形を作っている事に私は気が付いた。しかし、私は別段その光景を目の当たりにしても驚きはしなかった……此処がアルハザードでアリシアがそれを望む以上出来ない事は無い、アリシアとの会話の中で私はその事実をしっかりと現実の物として受け止めていたからだ。夢の世界に制約なんてない、つまりこのアルハザードでは管理人格のアリシア・テスタロッサという人間が望む限りは不可能な事など何もないのだ。そう言う現実を目の当たりにしているからこそ、彼女が今行っている“此処にある筈の無い物を呼び出す”という行為についても何ら疑問は抱かない。どうせ“今更”で片付いてしまうのだ、考えるだけ無駄だろうと私は思っていた。しかし、私はアリシアが作り出した光の粒が弾けた瞬間、別の意味で驚愕を露わにしてしまった。何故なら、アリシアの手の内にあったもの……それはどう考えても彼女には似つかわしくない物だったからだ。私も漫画やゲームの中でなら彼女の持っている“ソレ”を見掛ける事はある、しかしそれを現実の物として見るのは初めてだった。黒光りするスライド、強化プラスティックだかポリマー樹脂だかで造られた機能的なグリップ、そして今にも私を射殺さんとする銀色に輝く銃口……そう、アリシアの持っている物は何処からどう見ても拳銃以外の何物でも無かったのだ。どうしてそんな物を、と私は心の中で思った……しかしアリシアは手に持ったそれを見つめて満足そうに笑顔を浮かべるだけ。一度引き金を引けば簡単に人を殺せてしまう凶器を見て彼女は笑っているのだ、その光景を見て私は背筋に冷たい物が伝っていくのを感じていた。無垢という物は時として大人よりも恐ろしい物だ、私はそんな風に思いながらアリシアに対して早くそんな物は捨ててしまうようにと慌てて声をあげたのだった。「アッ、アリシア! 駄目だよ、そんな物を持ちだしたら! それがどういう物だか分かってる!?」「うん、なのはお姉ちゃんの世界の武器だよね? 確かワルサーって処のP22って言ったかな? 前になのはお姉ちゃんがこの武器のお話をしてくれた時からずっと気になってて色々と調べてみたんだけど……具合が良いね、これ。それにカッコいいし、精度も良さそう。気にいったよ、なのはお姉ちゃん」「そう、だったら良かった……ってそうじゃなくて! それは本当に危ない物なの! 私も気軽な気持ちで言っちゃったのが悪かったんだと思うけど、それは下手をしたら人を殺してしまうものなんだよ。だからほら、早く捨てて。お願いだから」「大丈夫、大丈夫。例えこれが本物だとしても私が望まない限りなのはお姉ちゃんは痛くもなんともないだろうし、勿論死ぬ事も無いから。これは単にお姉ちゃんの能力がどの程度の物なのか見極める為に呼び出したものだから、それほど心配はいらないよ。それに元々これって極力人を殺さないような弾を使ってるみたいだしね。なのはお姉ちゃんには『完全なる干渉の遮断』の力もあるし、ノープロブレムだよ!」テレビに出てくる似非外国人の様な発音でケラケラと笑いながらグリップを握り、銃口を私の方へと突きだしてくるアリシア。正直私としては冗談じゃないよ、と叫びたい気分だったが、確かにアリシアの力を持ってすれば痛みを感じるだとか死ぬだとかそう言う事柄も超越できるのであろうし、そもそもこれは夢の世界なんだからあの拳銃が本物であるのかどうかという点も定かではないのだ。不用意にあんな話をアリシアに持ちかけた私が馬鹿だった、私は内心でちょっとだけ自分の行いを振り返って自己嫌悪に浸りながら「あっ、そう……」と投げ遣りな言葉をアリシアへと吐き捨てた。まあこれが現実だったらとんでもない事になっているのだろうが、此処はアリシアを信用するしかない。それに私の力が本当に銃弾を弾く事が出来るのだとすれば、それだけでも自分の力が凄まじいものであるという証明にもなる。私は魔法だとか不思議な力だとかそういったファンタジーな云々の事はよく分からないが、少なくともこの地球においては銃という物は数ある武器の中でも人が扱える物の中では最上級の物に匹敵する。もしもそれを防ぐ事が出来たのだとしたら……私は不安と同時にそんな淡い希望を同時に抱いていた。そして私はしばらくの間一人でアリシアの向けている銃の銃口を見つめながら考えを纏め、十数秒した後に改めてジュエルシードをその銃の方へと向けた。どうせ夢なら死ぬ事も無い、だったらやれる処までやってみようじゃないか……最終的に私の思考はそういう決断を下したからだ。ジュエルシードを握った拳を銃口へと向けながら、今か今かとタイミングを計る私。確かアリシアは遮断の後に拒絶というプロセスがあると言っていた、ならば後はタイミングを見てその能力を発動するだけでいい。そう決めた時には既に、私の覚悟は決まっていたのだった。「じゃあ今からこの拳銃っていうのでなのはお姉ちゃんを撃つけど、上手く弾いてね。まぁ、万が一当たったとしても痛くも無いし、死にもしないから大丈夫だけど……それじゃあ練習にならないしね。ファイト、だよ!」「あ~はいはい、真面目にやりますよ。……本当に痛くないんだよね?」「血も出ないし、怪我もしない。私がそう望む限りは絶対になのはお姉ちゃんが嫌がる様な事にはならないから安心して。それとも信用してないの?」「いや、そう言う訳じゃないんだけどね……。ただ物が物だから私も不安でさ。拳銃なんて相手するの初めてだし……でも、覚悟は出来たよ」グッ、と掌を突き出して暗に「さぁ、来い!」という事を私はアリシアへとアピールする。出来ればこういうかったるい事はしたくない、けれど何処か心の底では未知の力に対する好奇心という物が燻っているという事を私は否定できなかった。確かに私は面倒な事は大嫌いだし、自分から進んでゲームの世界にあるようなとんでもびっくりな能力を行使する様な事態に首を突っ込む様な事も極力したくはない。だが、結局私は自分の意思で自らこういうような世界にどっぷりと肩まで身を沈めてしまった訳で……だったらいっそ開き直ってこの状況を楽しむ方が幾分か特というものだろう。それにどうせ私はこの先、もしかしたら拳銃よりもずっと脅威であるかもしれない物と関らなければいけなくなるのだ。こんな所で間誤付いているようでは到底その冗談のようなモノ達に太刀打ちする事は出来ない、ならばやる事は一つだけ……私は柄にも無くそんな漫画の主人公のような台詞を思い浮かべながらアリシアの手の内にある拳銃を睨むように見据える。拒絶、そして反射する……そのサイクルだけを繰り返すだけに今は頭を回転させ、あの銃口から飛び出てくるであろう銃弾を弾く事のみに全神経を集中させる。沈黙と静寂だけが私とアリシアを包み込み、妙に張り詰めた緊張感がお互いの神経を刺激する。それはまるで荒野の決闘のような光景で、私はその内の相対する一人になっている訳だ。何だか映画の世界に迷い込んだみたいだ、私はそんな風にこの状況を内心で笑いながら拒絶の念だけを前面に押し出していく。イメージするのは透明な壁、アリシアと私との間を隔てる空間に出来たどんな物でも弾く事の出来る無敵の防御壁だ。行ける、これなら銃弾だろうが何だろうがそんな威力の大小を関係無しに私への”干渉“を遮断する事が必ず出来る……私の胸の内にはそんな核心が満ち溢れていた。刹那、銃口から漏れた光が漏れた……アリシアの持つ拳銃から銃弾が発射されたのだ。その弾丸は凡そ人の目には捉えられない程の超高速で螺旋を描きながら私の方へと向かって突き進み、今にもこの肉体を引き裂かんと唸りを上げる。しかし、その銃弾は私の身を貫く事は無かった……何故ならその銃弾は私の目の前に隔たった見えない”何か“によってその動きを止め、空中で静止していたからだ。私はそんな銃弾を満足気に見つめ、そして有無を言わせず「触れるな」と短い言葉を宙にはき捨てる。途端空中で静止していた銃弾はパキンッ、と鈍い金属音を立てて弾かれ、草むらの中へと落下してしまったのだった。成功、私はニヤリと口元を吊り上げてその事実を一笑すると再びアリシアの方へと視線を向けて彼女の方へも微笑を投げ掛ける。そんな私の様子を見てアリシアも嬉しそうに笑っていた、どうやら初の練習でそれなりにコツを掴む事が出来たらしい……私は自分らしくも無いと感じながらも心の何処かで一種の達成感にも似た嬉しさを噛み締めながら彼女へと声をかけるのだった。「初めてにしては上々……かな?」「凄い! 凄いよ、なのはお姉ちゃん! まさか本当に一発で能力を制御するなんて」「なぁに、ちょっとした応用って奴だよ。まぁ、正直私も適当にこれだって思ったものをやってみただけなんだけどさ。自分でも此処まで上手くいくとは思って無かったよ」「だったら尚の事だよ! お姉ちゃんは『完全なる干渉の遮断』って言う力を『見えない壁』っていう具体的なものに“変換”出来て、しかもそれを一発で使いこなせたんだもん。こんな事普通の人だったら出来ないよ。やっぱりなのはお姉ちゃんは凄いや!」きゃいきゃいはしゃぐアリシアに対し私は「偶然だよ、偶然」とどうでもいいような態度を取って対応したのだが……内心では自分のした行為に驚きを隠せなかった。確かに私は自分の力が『完全なる干渉の遮断』という物である事は知っていた、しかしその能力を自分でも把握していなかったが故にどれ程の物であるのかと言うのが分っていなかったのだ。しかし、此処に着て私はようやく理解した……私の力は拳銃ですらも弾く事の出来るとんでもない物であるという事を。元々あの化け物を弾き飛ばした時から薄々自分の力が防御面に優れている物であると言う事は何となく分っていたのだが、その上限が分っていなかった以上こうして実証されてみると私も驚くほか無いのだ。何せ銃弾っていうのはゲームの知識に照らし合わせて見ても秒速何百メートルというとんでもないスピードで相手を貫く物であるらしいし、その威力はどんな小さな物であっても当たり所が悪ければ軽がると人を殺せてしまう物なのだ。それを私はただ“壁をイメージしただけで”弾く事が出来て、更に私には一切のダメージが生じないと言う事態を引き起こした訳だ。やはりジュエルシードと言うのはとんでもない力だ、私はそう確信すると共にこの力ならば先生を護るのも可能なのではないかと言う期待を胸に抱いていた。防御と言うのはイコールとして守ると言う事に繋がる、だとすればこの力は正に守り通すと言う事に適している能力なのではないか……私はそんな風に思いながら改めて自分の使った力についてそう決断を下したのだった。「ふ~ん、『完全なる干渉の遮断』か……どうやら私は良いカードを引き当てたみたいだね。あんまりこういう事を言うのは不本意なんだけど、私らしいや。うん、気に入った」「それは良かったよ。アルハザードで得た経験は一応なのはお姉ちゃんの世界にも繁栄される筈だからピンチになったらこの力の使い方を思い出してね。あっ、でも一応そっちの世界だとまだジュエルシードの稼働状況が不安定だから連続使用は出来るだけ避けてね。まあ無理をすれば使えない事は無いだろうけど……多分一日の内に五分かそこ等が限界だろうから」「なるほど、時間制限有りの最強防御って訳だね。使い時は考えなくちゃいけないのか……面倒だね。それで? 他に何か制約とかは?」「う~ん、今の所は時間の制限だけかな。もう少しジュエルシードの稼働率が安定すればもっと能力の連続使用時間を増やせるんだろうけど、今はそれで私も抑えるのが精一杯だから」はしゃいだと思ったらまた直ぐに申し訳なさそうに項垂れるアリシア、どうやら彼女は彼女なりに何かしらの責任を感じているらしかった。だけど私はそんなアリシアに対し「アリシアが責任を感じる事は無いよ」と言ってやんわりと彼女を慰めた。アリシア・テスタロッサはジュエルシードの力……ひいてはその力の源である夢の世界アルハザードを司る管理人格だ。確かの彼女の力一つで私の能力も更に強力な物になるのだろうし、彼女の力量が足りればそれを早急に行う事だって可能なのだ。しかし、それを行えるのはあくまでもアリシアだけであってそのアリシアですらも今の能力を維持するだけで精一杯と言う感じなのだ。どうせ何も出来ないであろう私からしてみれば彼女はよくやってくれている方だ、寧ろ彼女がいなければ私は何も出来ないと言っていいのかもしれない。だからこそ、私はアリシアに必要以上の責任を感じて欲しくは無かったのだ。私はジュエルシードを持った手を下ろし、銃を降ろしたアリシアへとゆっくりと歩み寄って彼女の傍に立つと空いたもう一つの手で彼女の頭を優しく撫でてあげた。そんな私の行動に少しだけ照れくさそうにするアリシア、だけど内心私はこんな小さな子に必要以上の責任を押し付けてしまっている私自身が少しだけ情けなかった。本当はこんな無垢な子に私のような穢れた人間が傍にいて言い訳が無いのに、彼女はもっと聡明な人間と付き合う方が賢明だと分っているのに……何処かでこの子を手放したくない私がいる。だけどそんな私には彼女を留めておけるだけの資格も力量も無い、だから今私に出来る事は彼女の頭を撫でて少しでも気持ちを軽くしてあげる事くらいなのだ。どうせ気休めにしかならないと言うのに、それが分っていても何も出来ない私……正直、私は自分自身の事がより一層嫌いになりそうだった。せめて成るべく速くこの子のお願いを叶えてあげなくては、私はそんならしくも無い使命感を胸に抱きながら、表面上は何も心配させないよう笑顔でアリシアへと接するのだった。「マイナスな事を考えちゃ駄目だよ、アリシア。貴女は今貴女の出来る精一杯のことをしている……それでいいじゃない。何も悪くなんか無いし、誰も貴女を責めたりなんかしない。だから私から言えるのはこれからも頑張ってって事だけ。もう十分私は恵まれているからね、これ以上の高望みをしたら罰が当たっちゃうよ」「うん……ありがとう、なのはお姉ちゃん。えへへ、何だか私慰められてばっかりだね……。もっと私がなのはお姉ちゃんに役に立てれば……」「ほらほら、言った傍から後ろ向きなこと考えちゃってるよ。アリシアみたいな子は真直ぐ前を見つめて自分の出来る事を精一杯していればそれでいいんだよ。ごちゃごちゃ考えるようになると頭がこんがらがっちゃうよ。それに、私はアリシアに此処でああしておけばとかあの時他の方法を取っていればとかそういうような後悔はしないで欲しいんだ。そうなっちゃったら、きっと私のようになっちゃうから」「……それは、お互い様だよ」ポツリと漏れたアリシアの言葉に私は自分の胸が軽く疼くのを感じていた。私のようになっちゃうから、それはつまり社会の最底辺……更に言えば後悔したって戻る事の出来ない所まで落ちるという事になるのだ。私は此処何ヶ月かの間でいろいろな物を取り零した、友達も、家族も、平穏な生活も、有望だといわれた将来も、世間からの評判ですら全部全部落っことしてしまった。おまけに残ったのはガタガタの身体とボロボロな心、後はプライドも何もあったものではない卑怯で臆病な心情とほんの少しの大切な物だけだ。思えば私は……高町なのはという人間は負けて、取り零して、逃げるという事を繰り返してばかりだ。一度も本当の意味で何かに“勝った”事は無く、そもそも真面目に相手と相対して”戦った“事すらまともに無い。怯えて、泣いて、逃げて……そして行き着いた先が捻くれた心と素直になれない自分、凡そ誰からも蔑まれる為だけに存在する高町なのはという人間の亡骸だ。言うなれば私は一度全てを取り零した時点で一度“死んでいる”のかもしれない、何せ嘗ての高町なのはという人間は外部からの干渉“のみ”で成り立っていた不安定な存在であり、そんな不安定な存在の支えが全てなくなった時点で高町なのはという人間は息絶えていたと言ってもいいのだ。詰まり今の私は嘗ての高町なのはという人間の外郭をした”何か“であり、かつて支えとなったいた者達が嘗ての私を高町なのはであると肯定してしまっている時点で私はもう高町なのはと言う存在ですらなくなってしまった訳だ。だって私が良い子をやめて本当の私を曝け出した途端、勝手に離れていくのだ……どれだけ手を伸ばしたって誰も私を肯定してくれないから捕まる事すら出来なかった。だから今の私は高町なのはという名を冠した死人であり、誰もが私という存在を高町なのはであると認めてくれない限り私は歩く死人でしかない……つまりはそういう訳なのだ。だけど、今の私には私の事を高町なのはであると肯定してくれる人がいる、確かに存在しているのだ。その数はまだ少ないけれど、それでもちゃんと私が奈落の底へと落ちる前に手を伸ばしてくれた人が私にはいるのだ。故に私は妥協しない、妥協する事を許されないと運命付けられてしまったのだ。だから私はようやく今死人と生者の中間を歩む事が出来ている、しかしこの苦労は……恐らくは私が考えている以上に辛く果てしない物の筈なのだ。出来うる事ならアリシアには私のようになって欲しくは無い、彼女は彼女のままで生者として真っ当なままでいて欲しいのだ。自分勝手なのかもしれないけれど私は本当に心の其処からそう思っている、何故なら彼女もまた……こんな私に手を伸ばしてくれた人間の一人なのだから。私はアリシアの頭から手を離しながら、そんな事を心の奥底で切に願うのだった。「なのはお姉ちゃん、私は―――――」「さぁて! 暗い話はもう止めだよ、止め。何時までもこんな事ウダウダと考えてたら切がないしさ。それに……お互い良い気分じゃない、そうでしょ? 今は私もアリシアも自分の出来る精一杯の事をする、それでいいじゃない。転んでもまた立ち上がる、それでも転ぶようなら……私が手を伸ばすから」「……うん。私も、約束する。なのはお姉ちゃんが躓いたら、その時は私が支えになってあげる。例えこの世界の誰もがお姉ちゃんを見捨てても、私だけはお姉ちゃんの味方になってあげる。だから、なのはお姉ちゃんも私が躓きそうになったら……起してね? 約束だよ!」「ふふっ、分った。何度も約束は破られたけど……アリシアなら大丈夫そうだからね。それじゃあもうそろそろ私も一度起きてご飯食べなくちゃいけない訳なんだけど……此処を離れる前にアリシアに教えてほしい事があるんだ」少しだけ懇願するような仕草で私がアリシアに話しかけると彼女は「何でも聞いて!」といつもの元気さを取り戻していた。なんというか切り替えが早い子だ、私は不意にそんな風に彼女を評しながら……内心では無理をしているのだろうなと少しだけ心配の念を深めるのだった。何せ彼女にとって私のとの関係は諸刃の剣のような物だ、深くのめり込めばのめり込むほど彼女自身を傷だらけにしてしまうことだってあるかもしれない。そして私にはそんな彼女の傷を癒してやるような術はない、精々出来る事と言えばそんな傷で泣きそうになっている彼女を慰めてあげる事くらいだ。何時までもアリシアに頼ってばかりでは駄目だ、ちゃんと自分だけでも自分の事くらいは管理できるようにしなくては……私は心の何処かでずっとそう思っていた。しかし、アリシアに心配を掛けさせないためには……つまりアリシアが気負わなくてもいいようにする為には私自身が何とかして力をつけるしか方法は無いのだ。確かにかったるいのは嫌だ、面倒な事もごめん被りたい……だけどそれだけでは避けられない現実が今の私の目の前にはしっかりとあるのだ。此処から逃げてしまったは私はもっと駄目な奴になってしまう、確かに私のプライドなんてその辺の犬に食わせても犬の方から拒否するくらい安い物だろうが……それでも私にだって譲れない物の一つや二つ在りはするのだ。この信条を曲げない為にも私は力をつけねばならない、そんな風に考えながら私はアリシアに今の私でも“何とかできるかもしれない力”についての事を何気なしといった感じで質問するのだった。「ずばり聞くんだけどさ、アリシアは魔法が使えるの? もしも使えるんなら私に実物を見せて欲しいんだ。駄目、かな?」「う~ん、此処に来る前の私は魔力適正が全然無かったから使えないと言えば使えないんだけど……まあ此処はアルハザードな訳だし、形だけなら私も”呼び出す”って形で使う事は出来るよ。でも、どうして?」「あぁ、うん……実はさ、この前アリシアは私にもその魔法って言うのが使えるって言ったじゃない? 私は力も無いし、運動神経も無いからどうせ何をやっても駄目なんだろうけど……もしかしたら魔法っていうものなら何とか手が届くんじゃないかって、そう思ったんだ。まあどうせ一朝一夕で身に付くモノじゃないんだろうし、それなりに努力しなきゃいけないことは覚悟してるけど……せめてどんな物かって言う事くらいは知っておきたくてさ。あんな化け物と闘うにしても、こっちも丸腰だと不安だしね。出来たら闘う事に特化した魔法とかを見せてくれるとありがたいんだけど……」「闘う魔法って言うと攻撃魔法とかそんな風なのかな? 私も実はああいった物には縁が無かったからよく知らないんだけど……まあやれない事は無いし、やってみるよ。えーっと、私の魔力をオーバーSランクに設定して、術式は―――――」何やらぶつぶつと呪文を唱えるように言葉を紡いでいくアリシア、そしてそんなアリシアをただただ興味有り気と言った様子で見つめる私。何故私がアリシアにこんな事を頼んだかと言うと、ぶっちゃけ私自身が自分の身を護れる術になりそうな力はジュエルシードの力を除けば魔法と言う物しか他に手段が無かったからだ。どうせ私は格闘技とかそういうものは出来ないだろうし、希望は捨てきれないけど銃や刀剣といった類の物で武装するにしても入手が難しい……となれば後は消去法で使えそうな力を残していけば最後に残るのはこの魔法と言うものになってしまう。しかしこれを使うにはアリシアも言った通り何度も練習を重ねるか、魔法を使う為の補助機具を入手するしかない……詰まり一番手の届きそうな物ですらも困難な道のりはつき物であると言う事らしいのだ。だけど裏を返せばこれは努力次第なら何とかなるんじゃないかと言う希望もまた在ると言う事にもなる、かったるい事は嫌だけどこの際贅沢は言ってはいられない。だからこそ見極めておきたかったのだ、その魔法と言う物がどんな物で、どれほどの力を孕んでいるのか……そしてそれが本当にこの身でも扱える品物なのかどうなのかという事を。そんな風に私が考え事をしながらアリシアの方を見ていると、アリシアは手にした拳銃を目の前に突き出しながら私に向かって「準備出来たよ!」と言ってきた。体操服の少女が銃口を構えている姿は何ともシュールな光景ではあったのだが、私の意識は次の瞬間には完全に別の物へと向けられることになった。一体あれでどうするんだろ、私がそんな風に思いながら観察をしていた刹那アリシアが手のした拳銃の前に突然光の巻き起こり、その光は形を変えて三角形の不思議な紋章へと姿を変えたのだった。それはまるでゲームに出てくる魔法陣のような歪で複雑な形の紋章だった、きっと何も知らない人間が見たらRPGに出てくるソレと勘違いしてしまうくらいに。しかしソレは確かに現実の物として私の目の前にあり、尚且つ素人の私からしても何処か危ない雰囲気を孕んでいるのが見て取れた。何だかちょっと嫌な予感がする、私がそんな風に思いながらその紋章を眺めていると今度はアリシアから私に対して警告にも似た声を発してきたのだった。「なのはお姉ちゃん、ちょっとだけ危ないから下がってて。私も使うの初めてだから制御利かないかもしれないし……。じゃあ、撃つよ! よく見ててね」「う、うん……なるべく、穏便にね」「それじゃあ―――――いっくよ~! トライデン~トッ、スマッシャぁぁあああ!!!」「ちょっ、だから穏便にってば!」私の嘆願も何処へやら、アリシアは拳銃の目の前で回る三角形の魔法陣に何処からともなく現れた光の粒子を収縮させ、ソレを思いっきり目の前へと放ったのだった。そして次の瞬間私が目撃した光景は、一言で言うならば三つの黄金の閃光だった。例えるならば『機動戦士ガンダム』に登場するメガ粒子砲か、『テイルズオブファンタジア』に出てくるボスであるダオスのダオスレーザーのような強烈で、当たったらほぼ間違いなく相手は木っ端微塵になっているであろう破壊力を秘めた物であったと言っていい。そしてそんな物が計三本、光の柱となってこの何処までも続く草原を直進している。その時私は改めて思い知った、あぁこれはもしかしなくても私が手を出してはいけない領域の物なのではないのかという事を。確かアリシアの話しではトーレさんもこのアリシアが使っているような魔法と言う物であの化け物を倒したとの事だったが、今ならばそれが為せたというのも納得が出来ると言う物だ。何せ私の目の前で起きた物は最早魔法と言うよりは『ゾイド』とか『ガンダム』とかそっちの方面で使われるような光の粒子による砲撃であったからだ。最早これは魔法ではなく名前を荷電粒子砲にでも変えておいた方がいいのではないだろうか、不意にそんな馬鹿らしい考えが私の頭の中を過ぎる。しかしソレと同時に私は感じていた……この力をモノに出来るのであれば、私だって十分あの化け物と相対することが出来るのではないかという事を。私は恐怖四割、興味六割といった感じでアリシアの使った魔法についての定義づけを終わらせ、何処かすっきりとした様子のアリシアへと近付いていくのだった。「ふぃ~全力全開って奴だね。どうだった、なのはお姉ちゃん?」「うん、凄いね。もうそれ以外の言葉が見当たんないや……それって私でも練習すれば使えるのかな?「う~ん、分んない。私の使ったトライデントスマッシャーは数ある魔法の中からランダムで選んだ物だし、そもそも本当に“現在”する魔法なのかどうかも定かじゃないから。でも練習すれば使えない事は無いんじゃないかな? 幸いなのはおねえちゃんの魔力は相当な物だし、相性がよければ直ぐ使えるようになると思うよ。まあとは言ってもこの魔法だけに絞って二、三ヶ月練習するのもどうかと思うけど……」「……ふ~ん、そっか。なるほど、なるほど。ありがとうアリシア、良い参考になったよ」えへへ、と子供らしく笑うアリシアに対し私は優しげな表情を作って感謝の念を露にする。しかしその裏側で私は先ほどの「トライデントスマッシャー」だとかいう名前の魔法に対して、様々な思考を廻らせていた。あの魔法が私にも使用できるようになれば、それこそあんな化け物と一々正面切って闘わなくても相手の視界が届かないアウトレンジから狙撃銃で狙うように責めれば此方に被害は及ばないのではないだろうかとか、あれだけの威力があればそれほど小細工をしなくても威力で押すだけで円滑に事が進むのではないだろうかとかそんな風な事を私は頭の中で延々と考えいく。アリシアは「色々な魔法をいっぱい覚えた方がいいよ」と言ってはくれていたものの、正直私はそれ等の物を一々練習して時間を割くのは嫌だし、そもそもそんなに多くの事を練習する事自体が面倒くさいのだ。だが裏を返してみれば単に闘うだけならば私の『完全なる干渉の拒絶』の力で防御し、遮断したところをあんな砲撃で仕留めてしまえばそれ程多くの苦労を感じずに相手が倒せる筈なのだ。まあもっともあんな大掛かりな物を一朝一夕で身に着けようって言ったって当然無理なんだろうし、それなりの苦労も掛かるのだろうけど……どうせ苦労するならば一つのものに集中して取り組んで使えるものだけを身につけていった方が幾分か建設的だ。此処は一度起き出して、冷静に気持ちを落ち着けるようになったら再度アリシアに教えを請って感覚だけでも身に着けておくのが最善だ……そうグルグルと廻っていた思考にけりを付けた私は一度ふっ、と息を吐くとアリシアに対し「それじゃあ一旦起きるよ」と言う言葉を掛けて彼女から離れた。何にしてもごちゃごちゃ考えるのは夕飯を食べてからにしよう、そう思ったのだ。「それじゃあ私は一旦元の世界に戻るね」「え~っ、もう帰っちゃうの? もっと練習しようよ~」「大丈夫だよ、一旦起きてご飯を食べるだけだからさ。それにまた夜には戻ってくるし、この続きはその時にしよう、ね?」「……うん、分った。バイバイ、なのはお姉ちゃん」うん、一旦さよなら……そう言いながら私は目を閉じて起き出そうという念を強く頭の中に思い浮かべる。そしてその数秒後、私の意識はすっかりアルハザードの中から消え去っていた。所詮アルハザードは夢の世界、此処に私がいられる時間は私の睡眠時間に比例するのだ。だけど私もそんなに寝てばかりはいられないし、ご飯だってまだ食べなくてはいけない。夜になったらもう一度戻ってこよう、私はそんな風に考えていた。だけど反面私はこんな風にも考えていた、あの強力そうな魔法を出来るだけ速く見につける術は本当に無い物なのかと。アリシアの話しではあの魔法を使うのに二、三ヶ月の時間を有するとの事だった……しかしそんなに長い間私も待ってはいられない。せめてあれだけの威力を有していなかったとしてもそれに変わる代用技くらいは覚えておきたい、そう思ったのだ。今後の私もあんな化け物と直接対峙しなければならない事も増えていくのだろうし、下手をすれば命を懸けなければいけない事態にだって発展するかもしれないのだ。そんな中でアリシアに心配を掛けないためには……私が強くなるしかないのだ。アリシアはアリシアのやれる精一杯の事をしている、ならば私も私の出来る精一杯のことをしよう。私はそんな念を胸に抱きながらゆっくりと目を覚ましていった。今日の夕飯何を食べようかななんていう、本当にどうでもいい事を頭に思い浮かべながら。どうでもいい補足説明。多分皆興味ないだろうけど、作中に出てきた銃器のスペックについての補足。ちなみに銃器類が出てくるのはもう作者の発作みたいな物だと思ってください。今回、どうも自重出来なかったので……それでは説明。モデル名:ワルサーP22製造メーカー:ドイツ、ワルサー社口径:.22LR作動方式:ブローバック DA/CA全長:159mm全高:114mm全幅:29mm重量:484gマガジン:10+1素材:スチール/ポリマー簡単な説明:ワルサーP99という銃の短縮、小口径化モデル。グリップの握り具合を調整できる為実質的には5歳の子供でも撃とうと思えば撃てる……筈。ちなみに間違ってもトライデントスマッシャーは撃てないので注意。